徒然日記
2022年1月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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 1/31(月)曇り時々晴れ寒い 健康クリニック  午後飯川病院
 2:30起床、医学文献、新聞チェックPDF化など、いつもと同じ。6:40バス飯川病院。 新聞チェック、9:00-11:30健康クリニック14名、結果判定14名、飯川病院へ、午後は自炊、データ化。微睡を挟み読書三昧。14:00-19:00勤務、帰宅、21:00就寝。Σ7812歩。

季節の話題2022(3) 秋田の雪(3) 恒例の1月末日現在の除雪機稼働回数比較
 恒例の1月末日現在の除雪機稼働回数比較の時期が来た。

 今季は秋田地方は雪が多い。
 私は勝手に冬の訪れ初除雪の日と決め、冬の定義を「除雪が必要になった日から不要になった日」の間にしている。
 今季の冬の訪れは12月25日。夜から朝にかけて降雪6-7cmあり、今季初除雪を行った。

 私の四季は、狭くて長い我が家へのアクセス道路、私はそれを「胎盤・臍の緒道路」と呼んでいるが、50m以上あり、ここの除雪は40年来やっているが結構大変である。除雪機は2台あり、1台はバックアップ用に残してある。


 まだそんな経験ないが、ちょっとでも手抜きすると生活用品が届かなくなり得る。例えば、郵便物、宅急便、牛乳の宅配、灯油の宅配、宅配スーパーへの注文商品、タクシーなど。
 だから雪の季節は健康に注意し、緊張して朝を迎える。降雪がある日には早朝何度も状況を確認し除雪をどの程度するか考慮する。
 私の生活は冬の除雪を中心に季節が回る。

 今季はラニャーニャ現象のために雪が多めと長期予想の中で示されていたが、これほど甚だしく多雪とまでは思っていなかった。

 私は毎年1月末日の段階での我が家の除雪機稼働回数を取り出して比較している。
 その回数をグラフで示すと以下の如くとなる。

 
 (年別除雪機稼働回数とグラフ 今年分は手書きで色を変えた。)

 昨咋季は0回、昨季は8回、今季は12回で更にふえそうである。
 2013年をピークに、温暖化のためか確実に除雪回数は少なくなっていたが、今季は約10年ぶりの多さとなった。

 県内では今季の豪雪で各自治体が、除雪予算、除雪機能を増強するなど苦悩しているニュースが伝わってくる。秋田市では幹線道路は除雪が行われているが、いわゆる生活道路、路地にはほとんど除雪車が回ってこない。歩行はわだちを歩かざるを得ない。滑って危ない、後ろからは車が迫ってくる。とても難渋している。
 

 最近の日差しには春の息吹が感じられるが、まだ大寒を過ぎたばかり、そう甘いものではないだろう。
 緊張感を失わないよう、毎朝の積雪状況を見守り、対応したい。


1/30(日)曇り 寒い 積雪5cm 除雪12回目
1:30起床、医学文献、新聞チェックPDF化など。自炊6冊、読書、データ関連、新聞チェック。午前座学、昼食後。微睡を挟み読書三昧。積雪5cm なるも明朝のことを考え15:00-16:00除雪12回目、19:00夕食、20:00就寝。Σ6913歩。

ラジオ2022(2) 昨年ラジオを3種更新 スマートスピーカー2種とオリンパスPJ-20
 昨年は愛用していたラジオが2種が壊れた。経年変化なのだろう、やむなく更新した。
 身辺整理の年齢に至り、終活をすすめている時に新機種を購入すのは矛盾した行動であるが、ラジオ、パソコン、読書関係は別扱いである。

 ■Amazon Echo Show 5
 昨年2月、長く用いてきたラジオが不調になってきたので、Amazon Echo Show 5、通常価格1,5000円が期間限定で9,980円で販売していたので購入した。

 音声でコントロールできる多機能スピーカー「Amazon Echo Show5」を購入

 スマートスピーカーについて興味を感じていたので丁度よかった。これはAmazon社の製品の中では廉価品に相当する。本機は多機能であるが、私は今のところラジオを聴くだけ程度であるが、実に便利で頻用している。起床時から出勤時まで居間でスイッチが切られることはない。

 ■Amazon Echo Dot
 昨年12月上旬、Amazon Echo Dot、通常価格5,000円が期間限定で1,500円で販売されていたので、飯川病院で用いるために購入した。これは小さな円錐形をしておりディスプレイはない。だから映像を見ることはできないが、他はEcho Showとほぼ同様の機能を持つ。出勤時から帰宅時まで病院の自室でスイッチが切られることはない。

 ■「Radio Server Pocket PJ-20」

 昨年12月30日、オリンパス「Radio Server Pocket PJ-10」が突然電源が入らなくなった。電子回路ではなくボタンの問題だろう。10年以上用いてきたのでやむなしと諦めた。このシリーズは既に販売終了になっているが製品は大手通販のカタログには残っていた。今回は改良型のPJ-20を現役時の価格の1/4程度で入手した。基本的機能はPJ-10とほぼ同一で主たる機能はボイスレコーダーで、それにラジヲがついているという製品で、気軽に音声メモも録れる。録音のメモリーが2MBからmicro SDカードを利用して34MBに大幅にのび、かつ簡単に充電できる点が私にとって有用である。出勤の移動時などにNHKラジオを聴いたり、他機種での録音データを聞く。就寝時には枕の下で鳴っている。


(左がAmazon Echo Dot、右が「Radio Server Pocket PJ-20」でアンテナステーションで充電中)

 新しいものになかなか踏み出せない、ケチで保守的な私は、Aiにちょっと距離を置いていたのであるが、前2者はAi機能を応用している。今まで使っていたラジオとは比較にならないほどの機能があり面白い。

 生活の幅が広がった。


1/29(土)昨夕早朝降雪、曇り 除雪12回目 
1:00起床。読書、徒然、データ整理。午前8:00-9:00除雪12回目、以降座学。新聞文献チェックとデータ化。読書その他データ整理、16:00微睡。19:00夕食、読書など、21:00就寝。Σ7138歩。

ラジオ2022(1) 日曜日午前の楽しみ 子ども科学電話相談
 ラジオはながらで聴いていても十分楽しめるから私にとってはとても有用、必須のメディアである。業務がなく病院の自室に一人でいるとき、自宅にいるときはほとんどつけぱなしである。また、出勤等の移動の際、寝る時にもで聴いている。
 放送はNHK AMの第一放送、今はなぜかR1,と呼ばれているが、これが大部分、民放は聞くことがない。

 蚊の鳴くようなかすかな音でかけている。あまり計画的に聞くわけではないが、流れてくる番組を漫然と聞いている。比較的集中的に聞くのはAM1:00-5:00までのラジオ深夜便。好んで聞いている。

 いつとはなしに日曜日午前に放送される子ども科学電話相談を楽しみに聞くようになった。この番組は1984年からいろいろ変遷しながら続いてきたという。
 2019年春季の番組改編に伴い、レギュラー化した。
 番組では、「動・植物」、「天文・宇宙」、「科学」、「心と体」の疑問点を電子メールで全国の幼稚園・保育園児及び小・中学生から募集し、放送時間中にスタジオの専門家が電話で解説しながら回答する。
 国会中継がある日には中止になるのが残念である。2021年の夏休み子ども科学電話相談は東京五輪、高校野球選手権で放送時間が大幅に縮小され残念であった。今年も2月中の放送は北京五輪のために放送がない。

 2017年度から、「NHKネットラジオ らじる★らじる」の「聴き逃し配信サービス」ですべてが放送後1週間限定で配信されるから何かあって聞き逃した際にはとても便利である。

 電話で質問者と回答者が対話形式で進めるが、質問者が幼稚園児、小学低学年時の場合は説明に苦労する。それがまた面白い。
 また、回答者と質問者の間で交わされる挨拶もとても可愛い。気持ちが暖かくなる。
 質問は、中途半端に知識がある私には思いつかないユニークな質問があり、かつ本質をついているのが飛び出し、回答者が慌てる場面もあって面白い。

 最近の小学生は宇宙や恐竜などについて驚くほどの知識がある。私も刺激を受けて小学生の孫の一人から恐竜図鑑などを借りて勉強してみたが面白い世界である。

 最近の質問のいくつかを上げてみた。
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 ■風は音がするのになんで見えないの?
 ■シシャモはどうしてメスの子持ちのだけが売られているの?
 ■勝って勝つ。地上最強の生き物は何?
 ■きゅうりの棘はなんのため?
 ■バナナはなんで曲がっているんですか?
 ■みんなで力を合わせればまあるい地球が四角になりますか?
 ■世界で一眼頭の悪い動物はなんですか?
 ■太陽が沈むときどうして赤くなるの?
 ■ガスのタンクはどうして丸いの?
 ■新幹線は車より速いのにどうしてシートベルトがないの?
 ■地球上の空気はどうやってできたの?
 ■人はなぜ嘘をついてしまうの?
 ■ダメと言われるとやりたくなるのはどうして?
 ■小さい時に仲良かった猫が大人になって喧嘩するのはどうして?
 ■・・・・みんな面白すぎて上げきれない。


1/28(金)風雪 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 
1:00起床、文献チェック他本読み等いつもと変わらず。5:30可燃ゴミ提出。7:10Taxi駅に。時間的に余裕ありスターバックス。8:11こまち。駅病院間徒歩出来ず。秋田大曲ともに新積雪数cm。帰路こまち3分遅れ。15:30駅飯川病院ボランティア。疲れて微睡も。19:30帰宅、夕食、21:00就寝、歩数計Σ6029歩。

COVID-19(2022)オミクロン株(5) コロナ自宅療養 患者の支援体制拡充を急げ
 COVID-19感染はデルタ株から、オミクロン株への置換された。オミクロンであるか否かの区別はもはや不要である。
 政府は重症化しやすい高齢者や基礎疾患のある人の医療を確保するために方針転換を表明した。軽症者の受診を控えてもらうため。これは医療資源に限りある以上やむを得ない。危機管理上のトリアージに相当する。
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 ■重症化リスクが低い感染者は医療機関を受診しないで自宅療養に入る
 ■自分で検査し、
 ■結果を行政側に連絡する。
 ■行政や医療機関は自宅療養者の健康観察を徹底、
 ■病状が悪化した場合は迅速に医療機関での受診、入院につなぐ。
 ■行政側の体制拡充を急ぐ。
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 オミクロン株が主流の現在の流行「第6波」では、かつてないスピードで感染者が増加している。まん延防止等重点措置の適用地域は計34都道府県に拡大した。 オミクロン株は重症化率が低いとされるが、感染者の増加が続けば、一定の割合で病状が悪化する例が出てくる。
 医療を受ける権利は年齢層を問わない。自ら受診を控えて協力してくれる人への対応を充実させ、健康状態に変化があれば受け入れるべきだ。

 感染の有無を自分で検査するためには抗原検査キットが必要だ。
 市販品は既に品薄状態だ。自宅療養に入る人には保健所等を通じて配布すべき。
 政府は国内メーカーに買い取りを保証を行った上で当面1日80万回分まで増産するよう要請した。
 キットの多くは輸入品。需要は世界的に伸びており、品薄の早期解消は難しい。
  感染が疑われる人がキットを手に入れられない場合も想定し、対策を講じるべきだ。

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 余談1 COVID-19関連については、PCR検査を含む検査用品、検査キット、ワクチン、治療薬のどれをとっても国産品はほとんどない。大体、COVID-19関連で国がどれだけの経費を遣っているのかはどこにも公表されていない。何故だ??

 余談2 エネルギー関連でもほぼ全て輸入品に頼って、再生可能エネルギーの国産品はほとんどない。

 余談3 食料品も米以外は輸入便りで食料自給率が上がらない。輸出元で今後自国用に囲い込みが増えてくると思うが、そんな時はどうやって乗り切るのか? 現にインドネシアで石炭輸出が国内需要を賄うためと制限している。

 余談4 防衛だって然り、である。

 余談5 人口減、少子高齢化対策も然り。

 結論 我が国の識者・行政の危機管理は問題が差し迫ってから慌てる。
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 岸田首相は「最悪の事態」を想定し「先手」で対策を講じる姿勢を強調してきたが、オミクロン株の感染拡大のスピードに対策が追い付いていない。
 対策の要となるワクチンの3回目接種について、首相は高齢者等の接種が完了するのは、2月末の見込みというができるかな?
 私の元に入ってきている一般希望者の接種予定表は3月以降である。

 対オミクロン株に関しては時間がない。希望者へのワクチン接種時期を一層前倒しすることが求められる。


1/27(木)曇り 古書店に 午後飯川病院 明日からまた荒れる?? 
2:00飯川病院起床。パソコン関係学習、徒然など。当直でちょっと拘束感あり、午前外出ドンキ古書店にバスで往復、12:40飯川病院。検食、微睡。14:00-19:00勤務、入院患者対応。読書中心に。19:30帰宅、夕食。21:00就寝。Σ7561歩。

COVID-19(2022)オミクロン株(4) 中和抗体が低下しても免疫はあるはず
 オミクロン株感染は全世界的にも3億人ほど、日本中でも5万人以上と予想以上の感染者数に達している。オミクロン株は不顕性感染が多いと考えられるため、実際にはこの10倍ほどの感染者がいるものと推定されている。
 重症度は従来の株に比して低い傾向にあるが、未成年者を中心に感染者が急増し社会機能に影響を与えている。
 政府はオミクロン株の性質に合わせて水際作戦、陽性者・濃厚接触者待機時間期間、エッセンシャルワーカーの職場復帰陽性者の待機期間の短縮など新しい基準を発表している。
 「まん延防止等重点措置」は当初16都県に適用されていたが、さらに24日までに適用要請があった18道府県を合わせ、34都道府県に広がる。これには青森、山形など隣県も含まれている。

 識者や政府は3回目のワクチン接種を急がせているが、3回目の接種を終了したのはまだ対象者の2%に過ぎない。3回目の接種による感染予防効果、重症化予防効果は明快に示されている。これは朗報である。

 3回目のワクチン接種については、もっと早く進めるべきと思うが、私は2回目のワクチン接種が済んでいれば、もし感染した場合は体内でブースター効果が生じるはずであり重症化が避けられるのではないかと考えている。

 「中和抗体」定量による、COVID-19ワクチンの有効性評価はワクチンによって誘導された「中和抗体」のレベルで評価される。しかも、人の免疫には細胞性免疫と液性免疫があり双方が協力して関与する。一般的に「中和抗体は液性免疫の指標」になるが、細胞性免疫の指標にはならない。だから、「中和抗体」の推移を調べても人の免疫能を全て表しているわけでない。
 COVID-19ワクチンには各種の製品があるが一般的に使用されているmRNAワクチンはすべて、ウイルスのスパイクタンパクを抗原として使用している。

 インフルエンザワクチンは皮下に投与されるが、COVID-19ワクチンは筋注で接種される。
 mRNAワクチンは筋肉の細胞質内で活性化することで抗体を誘導する。その際、液性免疫も細胞性免疫能も刺激する。

 なお、「中和抗体」として1gA抗体、IgG抗体双方を産生し、前者は気道感染を、後者は肺炎の発生・重症化を予防する、と言われている。

 細胞性免技能は簡単には測定できないが、「抗体が陽性になった」ということは細胞性免疫も獲得した結果と考えられる。

 mRNAワクチンで誘導された「中和抗体」は、当初は高いが3~6カ月経過すると減少し、ワクチンの有効率は低下する。その観点から、3回目の追加接種が議論されている。しかし、血中「中和抗体」がどのくらいのレベルにあれば感染を防御するかは明らかになっていない。その際には細胞性免疫が代わりに作動し始めるはずである。
 だからと言って、「中和抗体」を測定することは、決して意味がないことではなく免疫能の目安の一つとして意義はあるだろう。


1/26(水)晴れ曇り 飯川病院+当直
2:20起床。新聞チェック、徒然。野鳥関連書籍読む。一気に興味が。他に文献検索多数。午前は探し当てた文献の検討など座学中心。11:50バス飯川病院。検食後微睡ほか新聞チェック、入院患者対応。17:00当直業務に。スキャナー関連習熟きし練習。18:00検食、文庫本数冊自炊、微睡若干、21:00就寝。Σ5504歩。

こころと身体2022(6) 私が老化を自覚したのは・・・老視であっ
 私は高齢であるが、老人であると思ったことはまだ一度もない。高齢者と老人は違うものなのだ。
 ただ、加齢による自身の身体的変化に気がついて、その変化を味わいながら楽しんできたが、その観察の結果は私の高齢者医療の中に生かされている。

 私が「これぞ老化だ!!!」と初めて気づいたのは還暦の頃の夕食時であった。その時のことは明快に覚えている。
 
 私は中学生の時に眼鏡をかけ始めた。その時の自覚は曇りの日などで黒板の字が見え難い、ことであった。知らず知らずのうちに近視が進んでいた。
 その後、乱視が混じったが還暦の頃まで中等度の近視で、眼鏡を用いれば十分視力が維持され、実生活上ではなんら問題はなかった。

 それが、ある日、夕食の時に箸先の食品が口元に近づくと見え難くなることに気づいた。それに気づくまでは食品を口に収めるまで鮮明に見えていたのに・・・、なぜなんだ?と感じたのが最初であった。
 自分で目の近点を調べてみたら裸眼では12cmほど、メガネの元では25cmほどと短くなっていた。通常は目の近点は30cm以上と言われているから、いわゆる老視である。これは自分の年齢から十分納得できる結果であった。だから、その時から、今までも自然現象の一つとして受け入れそれほど対策していない。

 具体的には、裸眼であれば新聞や書類を顔から15cmほどの距離にすればしっかり見える。しかし、新聞や雑誌等を条件よく顔から離してみるのは現実的ではない。そのために新聞、雑誌、書籍等は電子化してiPadで読む。iPadならどんな重さの書籍でも、どんなサイズの書籍でも同じ条件で読めるから便利である。読む姿勢も自由である。

 私のパソコンは数台稼働しているが、全てキャスター付きの台にセットし、細かいのを見る時には目の前に移動できる様にしている。パソコンのディスプレイの場合は細やかな各ドットを識別できる。

 最近は運転免許も返上したので日常的にはメガネも用いずボヤッとした視野の中で生きている。それでも困ることはない。必要な時だけピントが合えばいい。
 こういう障害を抱えているがこれは加齢による現象であって、だからと言って私は老人になったわけではない。

 私は高齢であるが、まだ老人ではない


1/25(火)晴 中通病院外来 飯川病院  平田さん祝賀会 3回目ワクチン会議
 1:10起床。本読み、文献チェック。5:30可燃ごみ2袋提出。道路の雪解けあり歩行難。6:40バス飯川病院、8:45-12:00外来、10名前後で余裕。12:30飯川病院、微睡、14:00-18;00勤務。16:00キャッスル家内は友人の表彰祝賀会へ。18:30キャッスル医師会のCOVID-19ワクチン関連の会議、22:40帰宅、夕食。20:30就寝。計Σ7820歩。

こころと身体2022(5) 私が初めて老化を自覚したのは・・・
 マルコム・カウリー Malcolm Cowley(1898-1989)はアメリカの詩人、批評家で「八十路から眺めれば」という著作を残している。私の蔵書の一冊である。


 その中に、「老いを告げる肉体からのメッセージ一覧」と題されている小文がある。
 お前は老人だ、とのメッセージを男性が受け取るのはこんな場合だとして、そこに十六の項目があげている。
 以下に示す(多少改変した)。()は私に当てはまる項目、(○)はやや当てはまる項目。
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 ■「骨に痛みを感じるとき」
 ■「誤ってブラシを取り落としたとき」
 ■「去年よりも足先が手から遠ざかったように感じられるとき」()
 ■「片足で立つことができず、ズボンをはくのに難渋するようになったとき」
 ■「階段を下りる前に踊り場で一瞬ためらうとき」
 ■「美しい女性と街ですれちがっても振り返らなくなったとき」()
 ■「もう日が沈んだあとの車の運転はよそうと決心したとき」()
 ■以前なら本能的にやってのけた簡単なことが、考え考え、段階を踏んで、ようやくなしとげられる大仕事となったとき ■どこかに置き忘れた物を探す時間のほうが、それを自分で見つけてから使用する時間よりも長くなったとき ■二つの事柄を同時に記憶にとどめることが困難になったとき(○)
 ■入浴、髭剃り、衣服の着脱など、いろんなことに時間が余計かかるようになった。
 ■時間の進行がまるで下り坂を行くときのようにますます速く感じられる(○)
――――――――――――――――――――――――――――――
 私はまだ70代の後半であるが身に思い当ることが数項目ある。他のことは容認するとして、美しい女性とすれ違っても振り返ることがなくなったのは残念である。しかしながら、その原因は目が見えないから。美しい人を見ても振り返る意欲が乏しくなったことは確かである。
 
 カウリーによれば、老いのきっかけとなるのは他人の眼差しだというが、私の場合は自分の感覚だけである。だいたい他人の眼差しなど見えないし、関心もない。

 私は自分が高齢者であることは認めるが、老人であると思ったことはまだ一度もない。高齢者と老人は違うものなのだ。

 歳を重ねていく自分に興味を感じ、心身の変化を楽しんで観察し始めたのは30代中頃からだった。
 加齢による変化に気がついて、それを楽しみながら味わってきたが、その観察の結果は今の高齢者医療の中に生かされている。

 私が「これぞ老化だ!!!」と初めて気づいたのは還暦の頃の夕食時であった。その時のことは明快に覚えている。


1/24(月)快晴  健康クリニック  午後飯川病院 
1:15飯川病院で起床。本読み。文献チェック等々いつもと同じ。9:00-11:30健康クリニック13名結果判定14名。微睡、14:00-19;00勤務。入院患者対応、15:30-17:30外出古書店に往復バス、10数冊購入。19:10帰宅、夕食。20:30就寝。計Σ7829歩。ご近所の三浦さんブルで除雪してくれた。2回目、感謝。

こころと身体2022(4) 高齢感覚と老化は違う 無視されてきた加齢の意義
 人間として、こころの働きが、加齢とともにどう変化していくかという問題に関しては、まだまったく分かっていない、五里霧中状態と言っても過言ではない。
 しかも、ほとんど何もわかっていないにもかかわらず、私たちは、年を重ねるにつれて「こころも身体も老いる。加齢によって老人は枯れていく」のを当然と考え、無批判に受けとめているのではないだろうか 社会も、高齢者達も。

 「老い」感覚はどうつくられてきたのか?
 そもそも「老い」と「加齢現象」とは、決して同義ではない。加齢というのは、齢を重ねることを意味し、それと共に変わってくる心身の変化を示している。例えば、私ども人間の筋力を例にとると、どんなに優れたアスリートでも、30歳前後にピークを迎えその後はどんなに頑張っても衰えていく。これは加齢現象である。しかし、彼らは決して「老い」てはいない。すなわち加齢が「老い」に結びつくとは限らないのだ。

 「老い」には良きにつけ悪しきにつけ、なんらかの心身の変化に対する評価がつきまとう。現代では「老い」には「悪しき」のニュアンスが伴うことが圧倒的に多い。
 かつては必ずしも、今日のような状況ではなかった。「老い」ることによって、当人達が社会の中で地位が上がったり、救われる対象となった時代も存在した。

 それが、老いすなわち衰えと、直結して連想するように変わってしまった。これには高齢化を迎えて高齢者に対する価値観が変わってきたことも関連している。また、誰しも、自分が衰えたと感ずるのを好む人、それを指摘されるのを好む人はいない。おのずと現実から目をそむけようとする。
 
 今日、高齢者医療、福祉が飛躍的に充実したにもかかわらず、高齢者の心理学的な知見がほとんど蓄積されていない。加齢から衰えを連想し、社会も医師も心理学者もそのまま受け入れている。加齢に伴うこころの変化の基礎研究も遅れをとっている。

 日本が将来少子高齢化を迎えることは、戦後すぐにわかっていたこと。しかし、それへの社会的準備を何もしてこなかった。今になってあらゆる分野で問題になっている。

 こころの加齢変化の再認識をめざして「こころの衰えた老人」観を、再認識し、社会の中で重要な集団として位置づけなければならない。
 周囲が、加齢現象に否定的な意味づけをしてしまうことで、高齢者を必要以上に老けこませ、社会から囲い込んでしまう状況に追いこんでいる。高齢者とより若い現役者達の間の溝は深く広がっている。

 私たちはややもすると、からだの衰えとともにこころも衰えるのは不可避と、捉えがちであるが、それは正しくない。


1/23(日) 寒波それほどならず曇り 飯川病院日当直
1:00起床。読書・新聞・文献チェック、徒然などいつものごとく。終日微睡を挟みつつ読書、データ整理で過ごす。本読み、7:00、12:00、18:00と検食が楽しみ。食べては読み、そして寝る生活。読書三昧で過ごせるのがいい。20:00就寝、歩行200歩、万歩計忘れた。ほとんどトイレ往復のみで部屋に篭っているだけ、最低記録か?

こころと身体2022(3) 高齢者には存在意義があった
 かつては、高齢者は他の人間では肩代わりできない役割を担っていた。
 その背景の一部は日本全体が貧しかったことで、家族内で助け合わないと生活がなりたたなかったことにある。

 やがて金銭的余裕が生まれると同時に世代間の分断が始まった。高齢者の社会的地位の喪失が始まった。今日では、高齢者は若い世代にとって影が薄いだけではなく、人口構成の多数を占めながら居場所がなくなった。

 これから高齢者は一層増えていく。一大集団となる。だからこそ、その存在は無視できない。高齢者の心身の特徴を正しく把握する必要がある。

 高齢者はどういう仕事を行っていたかというと・・・、尤も、今から強調してもどうしようもない不可逆的レベルに達したが・・、次世代が生活を営むために不可欠な家庭内の労務、家事や子育ての分担すること、高齢者が蓄えた知識を、次世代・次々世代に伝承することが、第一義の本分ではなかったか、と思う。

 そもそもかつては、家族は、三世代同居を基本とする大家族の形式で暮らすのが普通であった。以前は、家族みんなが食べていくこと自体が、決して楽なことではなかった。だから学業を終えたものから地域の中で生活の糧を得るために懸命に働かなくてはならなかった。次世代が新家庭を持ったとしても別居など到底無理であった。

 子育て中の女性とて労働力として、生活の糧を稼ぐ意味では例外ではなかった。
 結果的に、子どもの相手をするのは、身体の無理がきかなくなった高齢者の仕事と決まってしまう。
 三世代同居では、子どもの発育のかなりの部分が、祖父・祖母にあたる人物によって担われていた。
 子供の成長過程で高齢者が果たした役割は、日々の生活を共にしながら、子供達に生老病死の実態を身をもって示したことにもある。これは大きい意義がある。

 さらに、家を守ってくれてたから、高齢者の存在は非常に有難い存在だったことであろう。

 もちろん、各世代人はそれぞれ育った時代の文化や社会の影響を深く受けており、世代間の生活感、感情的ギャップは徐々に深くなったが、貧しさが故に表立つことは少なかったが、高度成長期を迎えて生活に余裕ができると一気に表出した。

 その結果は家庭機能の喪失という、各世代人にとっても決して軽視できない状況が生まれてしまった。
 私は戦後の文化の影響下で育ったからまだこの状況を受け入れることができた。

 しかし、今は数少なくなりつつあるが、戦前戦中に苦労して子育てをしてきた世代人にとっての夢は、いまだに三世代同居時代のまま捨てきれないで残っている。この世代人は時代の変化に乗り切れず、夢が削がれ、手足をもがれた状況にある。
 私の母は60代で死亡したが、彼女の最大の夢は息子夫婦と孫達と和気藹々笑顔で暮らすことであった。私がその夢を潰してしまった母を語る。


1/22(土)寒緩む快晴   
1:00起床。データ整理他何時もの朝と変わらず。自炊4冊、座学、雪寄せ一部、スキャナーバラシ開始、プラスティック部分の精密加工に驚く。居間パソコン付近の電源、USBなどの配線点検、単純化する。午睡若干、新聞スクラップ電子化。19:00夕食。20:00就寝。歩数計Σ5263歩。

こころと身体2022(2) 高齢者感覚を一気に自覚した
 私はこの新年を迎え、徒然と思いを巡らして間に、突然高齢者になった。玉手箱を開けた浦島太郎の心境である。
 今までは動物園の猿山にいる猿を見物席から見物している立場であったが、今は私自身が猿山の猿になって、見にくる若者を眺める立場になった。

 それと共に私はとても気分が良くなった。高齢者であることを自覚した途端に生きるのがとても気軽になった、ということ。

 仕事上でも高齢医師として時流に沿った医療は到底無理との自覚はあったが、若い医師や医療関係者とのコミュニケーションはほとんどないために彼らが高齢医師をどう感じていたのか知るよしもない。多分、この年寄り医師は「一体誰なのだ」、「いつまで院内をうろうろしているのか??」と思われているのだろうが、私の場合は自分でもそう思っているから問題はない。

 一般的には高齢者は周囲から年寄り、と指摘されて自覚するらしいが、私の場合は自覚していることだから問題は些少である。

 社会における高齢者の認知機能や感情というのは、実際以上に、衰えていると周囲から誤解されている。私は自分をそうは思っていない。尤も、そうした誤解は、今にはじまったことではない。
 一貫して昔から、社会のなかで高齢者は誤解されてきたといっても過言ではない。ただ、不当に能力を低く評価されても、過去には、さほど深刻な問題にはならなかった。ところが、今は、高齢者のこころを適切に把握しないと、社会がうまく回らない。

 その理由は、どうしてかというと、過去の社会では、高齢者は、誤解されつつも「それなりの地位」を占める存在だったが、近代化を遂げるなかで、居場所を失いつつあるからに他ならない。よく、「おばあちゃんの知恵、おじいちゃんの知恵」などと言って珍重されてきた知識などは現代社会ではまず求められることはない。ネットから得られる知識で十分という。

 いや、「それなりの地位」どころか、以前は翁ということばのニュアンスが含んでいるように、神仏に近づきつつある存在として、むしろ慕われていた。それが今や、敬意のかけらも持たれなくなってしまった。溢れているのは軽老的扱いである。

 地域で敬老会が催されるのは軽老に陥らないようにとの最後の足掻きでしかない。なんでかというと、高齢者は全く希少価値がなく巷に溢れているからである。
 私には、他の高齢者に、向かって言うべき資格はないが、「高齢者よ、老人達よ、身の程を知ろう」とは言いたい。


1/21(金)曇り 除雪11回目 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床、文献チェック他本読み等いつもと変わらず。積雪10cm。5:00可燃ゴミまとめのみ。5:30-6:20除雪11回目、7:05Taxi駅に。余裕持って8:11こまちに間に合う。大曲駅病院間徒歩出来ず。8;55大曲中通病院外来、帰路こまち5分遅れ。15:25飯川病院ボランティア。19:30帰宅、夕食、21:00就寝、歩数計Σ9883歩。

こころと身体2022(1) 高齢者として新しい門出の年
 最近の私の記述には高齢者のことがよく出てくる。しかしどちらかというと、第三者的な立場から高齢者を捉え、社会的弱者なのだから柔らかに擁護しなければならない、などど書いてきた。
 例えば昨日の雪についての記載では、「高齢者単独世帯が増えている。そのような方々の多くは体も不自由になりつつあるだろうから雪の処理は困難、だから支援が必要だ・・・」などなどである。

 しかし、それらを記述しながらハッと気づいたことがある。考えてみれば、私自身がもう社会的には立派な高齢者の仲間になってしまった、ということ、また社会からはそのように見做されているということである。この点については最近まで自覚が足らなかった。

 私が高齢者であることを嫌がおうにも認めざるを得なかった最近の事例は、以下であった。
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 ■後期高齢者医療制度への加入
 ■敬老会からの招待
 ■市医師会からの喜寿を祝う会への招待
 ■などなど・・・
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 かつては何の苦労もなくこなせた行為が難しくなり、おや、と気づいて首を傾げる機会が増えている。齢を重ねるにつれ、様々の能力が次第に衰えて来る。そんなことは日常から経験している。前からわかっていたことだ。しかし、立派な高齢者になっていた、という自覚には乏しかった。

 体力検定でも受ければ自分の状態が今どうなっているかを知ることは出来るのだろうが、今更そんなテストに挑む気にはさらさらなれない。

 ところが一つだけ、いやでも自己の能力を知らされる機会があった。自動車の運転免許証更新である。
 少し前、法律が変わり高齢者は自動車教習所で運転適性検査を受けた上で、運転免許試験場で更新手続きを行うことになった。
 教習所で適性検査では大きなスクリーンの前に座り、画面の変化に応じてアクセルやブレーキを踏み変え、ハンドル操作をする。これが結構難しい。それに比べれば、コースを周る実地走行のほうがはるかに易しかった。

 そして最後に適性検査の結果表を渡される。総合評価はほぼ平均点に達していたのでほっとしたものの、内容を詳しく見ると、状況の変化に対する反応の速さは平均点より上であるものの、反応の正確さは平均を下まわっている。なんとなく思い当る節もない訳ではなかった。

 若い頃のデータがないため、それが本来の傾向であるのか、老化の故であるのかは定かではない。ただ運転中に自分でヒヤッとするケースに出合ったことはあった。大事に至ったことはないが、その度毎に昔はこんなことはなかったとシュンとした。もう一つの問題は更新のためには視力がギリギリであったことである。

 で、私は一昨年8月に自らの限界を感じ取って免許を返納した。次いで、22年愛用してきた車を手放した。淋しくはなかった。私の場合、むしろ解放感の方が勝っていた。

 警察白書によれば、交通事故の死者は総数において減少しているものの、高齢運転者による事故件数は増加し、死亡者数も増えている。特に最近目立つ。
 一般に、お前はもう老人なのだから、と他人に言われれば多くの老人は反発を覚えるに違いない。まだ捨てたものではない、とする自負が生きる力の支えにもなっている。この主観と客観との隙間を埋めるのがとても難しい。

 その点では、高齢者講習と適性テストは私にとって無駄ではなかった。私はそう考えた。

 今年の正月は、自らを老年であることを納得した記念すべき年になった。これからは高齢者の立場で、老人の立場で、謙虚に物を感じ、考えていきたい。


 1/20(木)晴れのち曇り 除雪10回目 飯川病院  
0:50起床、新聞・文献チェック他いつものごとく。朝までの新降雪7cm。除雪10回目午前は座学中心。11:50バス飯川病院。ボランティアと14:00から勤務。入院患者対応。19:15帰宅、夕食、就寝21:00。歩数9713歩。

季節の話題2022(2) 秋田の雪(2) 高齢者支援が必要
 秋田市内、秋田県南では12月中旬から寒波が長居した。加えて降雪。今季の私の初除雪は12月25日であった。その後も降雪が続いた。しかもただ事でない程度。新年の1月4日にはすでに除雪は4回目となった。

 20日午後5時現在の各地での積雪は、横手市117cm、北秋田市阿仁合105cm、秋田市50cm。横手市中心部ではだんだん雪を捨てるスペースなくなってきた、という。秋田市、能代市は通常の3倍近くの積雪量になっている。

 この1週間は積雪で交通機関が乱れた。JR秋田支社によると、14日には奥羽、北上両線で計34本が運休または区間運休し、羽越、奥羽、北上各線の計9本に最大2時間半の遅れが発生した。
 航空各社によると、14日午後5時までに秋田空港発着のJAL4便が欠航。JAL3便、ANA9便に遅れが発生した。

 私の周辺では、14日は大曲出張日であったが、通常30分未満で秋田駅に着くタクシーが70分かかった。状況を読んでかなり余裕を持って出かけたので新幹線になんとか間に合った。が、大曲駅でタクシーが来なくて乗り場で雪に吹かれながら50分待った。寒かった!

 過去に秋田市の豪雪は ■「昭和48年豪雪」 ■「平成18年豪雪」といった、記録的豪雪がある。前者の時は秋田に移ったばかりで「どたまげた!!!」と言うのが本音であった。後者の時は一晩で膝高付近まで積雪あり。地域の道路は除雪なく、車は全く走行不能、雪をこぎこぎ病院まで歩いた。普段なら1時間のところ2時間ほどかかった。この時は秋田市の交通は数日麻痺し、市民生活は困難を極めた。

 雪は高齢者にとっては辛い負荷となる。私はまだ動けるから何とかして除雪できているが、年々辛くなってきている。これから先のことを考えると心もとないものがある。
 
 (除雪直後の我が家へのアクセス道路 距離的にはこの2倍の長さを除雪する)

 県内の高齢化率は「昭和48年豪雪」時約8%、「平成18年豪雪」時約27%。現在は約38%で、高齢者のみの世帯は全世帯の約32%を占める。もはや高齢者が自力で除雪できるレベルの積雪量ではない。高齢者の命と生活を守る支援や対策が急務となっている。 
 
 県内には地域の高齢者宅などの除排雪を行う共助組織が50団体ある(2020年、県調べ)。中でも先進的に活動を始めたのが横手市山間地の団体。高齢化・過疎化が進む地域で1人暮らしの高齢者らの暮らしを支える。しかし支える側も決して若くはない上、大雪で自宅の雪下ろしや除雪に追われる毎日。請け負った家を全て回り切れていないのが現状だという。
 買い物支援の車の運行も、福祉関係の車も道路除雪が進まなければ難しい。記録的大雪を前にしては、共助組織の奮闘にも限界がある。 

 秋田県は広い。高齢者が地域に分散している状態では到底お世話できない。冬季間のみ開設する高齢者単独所帯者用の公的収容施設なども考えるべきであろう。

 秋田市は今晩からまた荒天になるといい、降雪量も多いらしい。緊張が走る。


1/19(水)寒波緩む 除雪9回目 古書店 飯川病院 
 1:00起床。文献チェック他。徒然。自炊。蓄積データ整理。夜間降雪は4cmそれほどなかったが昨日分含め6-7cmほどで8:00-9:00除雪9回目。10:30古書店広表に、20冊ほど。午後飯川病院勤務。外来入院患者対応なし。家内プリウスにて杉本コーヒー店駐車場にて軟雪の塊に前輪をツッコミ、スタック、JAFの世話に。19:30帰宅、夕食、20:45就寝。歩数計Σ8385歩。

季節の話題2022(1) 秋田の雪(1) 寒冷暴風雪で新年早々大荒れ 
ここ数年来暖冬少雪であったが、昨年に続き今年の気象状態は寒冷暴風雪などで異常である。ふだん雪の少ない秋田市など沿岸でも今季は、今期に関しては、地球温暖化に加えてラニャーニャ現象が発生していて、天候不順が懸念される予想されていた。
 昨年までのように雪かきの少ない冬は期待できそうも無く、逆に大雪への備えが必要だと予想されていた。 
 現実に、今季は年末年始にかけて秋田地方は低温と著しい降雪に見舞われ、1月上旬以降、大暴風雪により秋田県内は広い範囲で降雪に見舞われた。

 秋田の天候に及ぼす影響は3つにまとめられそうだ。
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 ■「西高東低」型気候。
日本の西に高気圧、東に低気圧がある状態で、「冬型」ともよぶ。
冬の大陸は海に比べるととても冷えやすくて、冬型になるとシベリアや中国あたりで冷えた空気が北風になって日本に吹きこんでくる。 日本海の上を通るときに水分をふくんで、日本海側に雨や雪を降らせる。

 ■「ラニャーニャ現象」。
赤道付近のペルー沖から中部太平洋にかけて海水温が平年より低くなっている。これをラニャーニャ現象という。
この現象が発生すると、偏西風が日本付近で南に蛇行し北から寒気が入りやすくなる。今年の秋田にはより上空の寒気が西回りで入ることが多くなりそう、と予想できる。加えて湿った重い雲を降らせる帯状雲が発生しやすくなる。ラニーニャ現象になると、太平洋のいちばん西側の対流活動が活発になる。すると冷たい北風が南の海まで届きやすくなり、間にある日本にも影響がおよぶ。(逆の現象はエルニーニョ現象と呼ばれる)。

 ■日本海の海面水温は年々上昇し、その上昇率は世界全体や北太平洋全体の海面水温の平均上昇率の約2-3倍にもなっていると言われている。 
 特に、日本海中部の海面水温の上昇率は日本近海で最大。季節別では冬季の上昇率が100年前に比較すると2.3度Cも高くなっている。 
 海水温が高いと少しの寒気でも大気の状態が不安定となり、雷雲が発達しやすくなる。
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 こうした現象は過去にもあった。
 2006年から翌年にかけて秋田市などで記録的な大雪となり交通が乱れるなど暮らしに深刻な影響を与えた。


1/18(火)寒波 強度の暴風雪、午後緩む  中通病院外来 飯川病院 
1:00起床。新聞チェック、徒然他。昨日からの積雪10cmほどなるも強風のため除雪は明朝に。5:00可燃ごみ集積所に搬出。6:40バス飯川病院へ、バス待ちは去年同様きつく試練であった。8:45-13:00外来。13:15飯川病院に。14:00-18:45飯川病院ボランティア。19:30帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ9200歩。

終活2022(3) 510Mの後継機としてiX1300を導入
 紙媒体の電子化、書籍の電子化は、新聞3紙のスクラップを含むから毎日処理しないと資料がどんどん溜まっていく。
 故障したS-510Mのツナギとして長男からiX500を借用して資料の処理を進めながら後継機を検討した。

 私は終活を進めているところであり、高機能で贅沢な機種は不要である。
 富士通のドキュメントスキャナー現役機種のうち、3番目に位置する、入門機とされるiX1300を選んだ。
 

 型番や形状から見るとS1300の後継機()のように思える。サイズも他の現役機種よりは二回りほど小さく、重量も他の上位機種3.4Kgに比して2Kgと軽く、当直の日などに飯川病院に持っていくのも簡単そうである。しかも、S1300よりは機能がはるかに向上している。
 肝心の読み取り速度はS1300は8枚/分であったが、iX1300は両面カラーでも30枚/分と早い。解像度は上級機種と同じ600dpiである。しかも改良された付属のソフトを用いれば、読みとった書類の一部が名前として示され、Wi-Fi経由でデータをパソコンやタブレットにも送ることも可能となっている。

 まだ使い始めたばかりで未知の機能もありそう。
 いろいろ自分なりの使い方を研究しながら、紙媒体の電子化を進めていく。

 ドキュメントスキャナーは私の学習、自炊、終活に必須の機器である。
 私が用いた歴代のスキャナー
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 2000年-2004年 ヒューレット・パッカード/Scanjetシリーズ(型番不詳)。
 2005年-2011年 富士通S-300M。
 2011年-2019年 富士通S1300 1台目、
 2015年-現在   富士通S1300 2台目補助機として
 2019年-2022年 富士通のS-510M
 2022年-現在  富士通のiX1300


1/17(月)曇りやや寒い 健康クリニック 飯川病院 
 1:20起床、新聞データチェック、本読み、徒然。6:30バス飯川病院、富士通Scaner iX1300注文する。9:00-11:00健康クリニックドック。14名、判定先週休みのためなし。11:15飯川病院へ。読書など、14:00-19:10勤務、入院患者対応。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計Σ6953歩。

終活2022(2) 頻用の富士通スキャナー510M昇天する
 私の学習はほとんど文字情報から得る。
 大きな全国学会には出席するが、秋田で行われる講演会等にはほとんど出席することはない。医療関係者たちに会いたくないからである。
 それ分、学術書、文献等はよく読む。そのほか、書籍、新聞もよく読み情報を仕入れる。
 その際、紙媒体のまま読むことはない。全て自炊というプロセスを経てiPadで読む。

 書籍等紙媒体の自炊は、■対象になる本や文献、新聞記事lの選別、■本の裁断、■スキャナーによる電子化、■電子化データをiPadに転送、■読む時間の確保、である。

 その際、主役はあくまでも自分であることは論を待たないが、用いる道具の主役は文字情報を電子化するスキャナーである。脇役としてカッター、はさみ、定規、日付印などである。

 スキャナーについては種々のタイプがあるが、書類や本の取り込みについてはドキュメントスキャナーと言われるタイプが向いている。

 私は20年以上も前から紙データを積極的に電子化しペイパーレス化していた。
 2000年頃にはにヒュレットパッカード社のスキャナーを用いてきたが、2004年に何故か入手できなくなった。

 富士通KKは従来からScanSnapというスキャナーシリーズを販売していたが当初はWindows対応のみであった。
 2005年にマックでも用いることのできる製品、S-300Mが発売になり私は嬉々として購入した。

 S-300Mは2005年から2011年2月まで使用、約14万枚スキャンしたが、消耗品のゴムパッドが劣化し修理不能となった。
 2011年やむなく改良型のS1300を購入、2015年にはS1300をもう1台追加し自宅と飯川病院で自炊作業を進めた。S1300は一度に処理できる枚数は10枚程度、処理スピードも遅く機能的には必ずしも満足できるものではなかった。

 2019年9月次男から富士通のS-510Mというマック用のスキャナーを使わないか?という話があった。いつもなら値段をつけて迫って来るのであるが今回は値段交渉はない。タダなのか??タダより高いものはないと言われるが、その後、テーブル、冷蔵庫、洗濯機とかいろいろ家財道具の希望があって子煩悩、孫煩悩の家内が対応したらしい。こんな時は私を介さない。結果的にかなり高くついた。

 S-510MはS-300Mとほぼ同時に発売になった機種であるが、機能的にはS1300よりは処理スピードを始め、全ての点で優れている製品で、高価で、購入を諦めていたもの。私の自炊作業はS-510M中心となり、効率的に進めることができ、S-1300は脇役に回った。
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(手前がS-300M、後ろがS-510M)

 S-510Mは私の元に来てから3年余、ほぼ連日50枚ほどの紙媒体の書類、新聞の切り抜きが電子化された。何100冊かの蔵書も電子化してくれた。

 それが1月15日、昨日のことであるが、510Mが突然機能停止した。いろいろ蘇生を試みたが私の範囲では蘇生できなかった。電子回路がダメになったと警告ランプが点灯した。2010年製で10年以上も前の製品であり、製造元のケアは受けられない。
 私は深い感謝と共に諦めた。

 今後は私の手によってネジ一本のレベルまでバラされ、メカの勉強と故障の部位の検討に回る予定である。


1/16(日)曇小雪 除雪不要
2:00飯川病院で起床、ラジオはずっとトンガ海底火山関連の津波の警報関連ニュース。データ整理、読書、時に微睡。7:00検食。10:00回診のために来院した家内に同乗帰宅。長男の富士通Scaner iX500借用、条件設定難渋するも部分的になんとか。新聞チェック、新聞スクラップ一部電子化進める。本読み、微睡、文献・新聞チェック。19:00夕食、20:30就寝。歩数計5398歩。

終活2022(1) 丸い卓袱台をどうするか  便利だが私は嫌い
 私が小学1年の頃から使い慣れてきた丸い卓袱台、そろそろ処分を考えている。
 昭和27年に貰い火で自宅が火災にあって大部分の家財道具を消失した。家族が多かったから必要があって急遽買い求めたのであろう、中型のそれほど立派な作りではない。脚が折り畳みで比較的軽く、広げるのも仕舞うのも便利であった。
 郷里の自宅で20年ほど用い、私の引っ越しについて、盛岡、秋田と渡り歩いてきた卓袱台は70歳ほどになる。私の終活のためにそろそろ処分しようか、と考えている。

 丸い卓袱台は大家族の時はとても有用であった。そのイメージはサザエさん一家の食卓のシーンである。磯野家でも客間は立派な角卓袱台であった。

(サザエさんの食卓研究 〜50年前、磯野家の晩酌はこうだった〜渥美まいこ 2019/03/19 より引用)

 岩手の我が家では住み込みの看護師さん2-3名、お手伝いさん一人いて最も多い時で10数人家族であった。比較的立派な角形卓袱台で上座は勿論祖父母と父で、次いで私。その下座に広げた丸い卓袱台に、みんなが囲んだものである。

 秋田の我が家では最も多い時で9人家族であった。
 ただ、私は食事をする時でもお茶を楽しむ時でも、どうも角形の卓袱台の方が、落ち着く。

 卓袱台は一般的に脚が短く座位で使う。今は脚が長く椅子で使うからテーブルと呼ぼう。
 なぜ角形を好むのかと考えると、おそらく私は「自分の領域」がはっきりしないと不安を感じるタイプだから、と思う。
 角形のテーブルの場合、普通は一辺が一人分の領域という感覚になる。対して丸いテーブルの場合は、どこからどこまでがこの人の領域かはっきりしない。逆に、だからこそ丸型は、ハッピーでピースフルなイメージを持つ形と言えるのだろう。歴史上でも参加者間の相互関係や席次の明確化を避けるなどの目的で円卓を用いて行われた会議は多数記録されている。

 しかし、私にはどうもそれが、居心地悪いのだ。

 私は滅多に客を招かない。食卓を囲むのは家族が中心であるが、食事の時に丸いテーブルだと、家族の間であっても私は、オーバーに言えば不安な気持ちが募る。
 中華レストランの円卓くらい大型ならどうでもよくなるだろうが、一般家庭ではそんなのは無理。より小さな丸テーブルだと、常に誰かに領域が侵略される。

 他人であれ家族であれ相対峙する時、「これ以上接近されたら嫌」と思う距離が人にはそれぞれある。私はそれがかなり広い。常にキープしておきたいその距離以下だと忽ち不安になる。
 角テーブルのうちさらに縦に長いテーブルが好きだ。そこに各人が離れて座る、これが私の理想である。いま私が愛用しているのは100x170cmのガス台付きの食卓で、これ以上のサイズは我が家では事実上無理。

 テーブルにも、流行があるらしい。丸い小型の格好いいのが今、若者の間で流行っているようだ。

 いろいろ感慨はあるが、丸い卓袱台は今後も用いられることはなかろう。終活の対象になっている。


1/15(土)晴/曇り 積雪3-4cm 飯川病院日当直 トンガで海底火山 
1:00起床、新聞チェック、文献読み。 富士通Scaner510M、2010年製、昇天したらしい。蘇生試みるの反応なし。11:00病院に所用ある家内に同乗、飯川病院。飯川病院午後日直、当直に就く。昼頃南方のトンガで海底火山、検食、午後は微睡後、文献読み、読書、座学中心。18:00検食、iPadで「アルキメデスの大戦」みる。21:30就寝。夜間になり津波関連の警報発令、NHKラジオが全て地震津波関連番組に。歩数計Σ3069歩。昨年秋田市立総合病院でCOVID-19クラスター発生、当院にも影響。

本 村山由佳「風よあらしよ」(2) 伊藤野枝の評伝 力作と思う
 本作は、20世紀初頭に活躍した婦人解放運動家である伊藤野枝の一生を描いた作品。

 九州の貧しい漁村から激しい向学心を持って上京、女学校4年へ編入し、翌年には級長となるノエ。実在の人物を描いた小説ではあるものの、伝記的な内容ではなく、作者は女性の活躍がまだまだ抑圧されていた明治・大正の時代に、自分の意志のままに躍動する野枝の姿を詳細に調べ、著者の心で咀嚼され、結果を生き生きと描いている。

 ノエは貧しいが故に貧困や立場が弱い女性問題に早くから目覚めていたが、貧乏であるがために郷里で無理やり結婚させられるが婚家を早々に飛び出し再度上京、教師であった辻潤と再会、同棲し二児を設ける。
 その後、ノエは女性問題、社会問題の活動を地道に続けていたが、足尾鉱毒事件に関する見解を講演で述べた大杉栄に宛てた手紙は、大杉のハートをわしづかみにして、大杉と強烈な個性でひかれあう。夫も子供も棄てて大杉のもとへ走った彼女の、さらなる精神的な高みへの飛躍はこうして始まった。「あたりを意識するあまり、自分の意見さえ口にできないような、口にすればたちまち弾圧をうけるような、そんな世の中であっていいはずがない」、その頃の彼女の言葉の一つ。

 大杉栄はいわゆるイケメンであったが同時に自由恋愛論者であった。そのために彼の周辺には常に複数の女がいて頻回に問題を起こしていた。ノエ、堀保子、神近市子、女性の三角関係ならぬ男性を巻き込んでの五角関係は修羅場となって、大杉は神近に刃物で刺され重傷を負う。これが日蔭茶屋事件である。
 女性解放運動の活動家は概して男女間の倫理上のハードルが低いように思われる。それも女性の解放なのか?

 大杉にも野枝にも定まった収入がないのに、平塚らいてうが進めていた解放運動の新聞や同人誌を代わりに出版し活動に努めたが、常に出版禁止処分を受け赤貧を洗うが如くの貧乏生活が強いられていた。約束した家賃を払えず引っ越しの頻度も数えきれない。にもかかわらず、大杉と野枝は6人の子供を育て、明るく生きていた。

 大杉が不当な逮捕を受けた時、野枝は当時の内務大臣後藤新平への抗議の手紙も書いた。この手紙は男まさりの筆跡で「あなたは一国の為政者でも、私よりは弱い・・・」とあり、後藤新平はこの手紙を書いた伊藤野枝にいたく興味をひかれた、という。この手紙は岩手県奥州市立後藤新平記念館に所蔵されている。

 大杉栄、野枝の死は闇から闇に葬られそうであったが、陸軍憲兵による拉致をつかんだ警察から後藤新平の耳にも入り、後藤の強力な指示の元で憲兵による私的なリンチであったことが明るみになった。

 関東大震災に続く社会不安の不幸な時代の事件とはいえ、あまりにも理不尽な国家の犯罪行為には怒りを覚える。「本来は国家権力の暴走を見張るべき新聞が、軍人どもの極悪非道な行為を護ってきた」、現代のマスコミはどうであろうか?

 28歳で終えた野江の人生はまさに波乱の連続で、多くの女性作家の関心を引くのであろう。寂聴にも著作、「美は乱調にあり」、「諧調は偽りなり―伊藤野枝と大杉栄(上) (下)(共に岩波現代文庫)がある。

 村山氏の作品は、概して話題が豊富すぎて時に食傷気味になることもあるのだが、この作品では伊藤野枝28年の生涯について、つぶさによく研究し、野江を取り巻く多くの人物も登場し詳しく語られる。その登場人物の視点を通して、野江の実像に迫る。資料としても参考になる。時代背景の描写も素晴らしい。力作である。


1/14(金)曇り 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床、文献チェック他本読み。6:00可燃ゴミ集積所に。降雪1cm。7:15Taxi、されど渋滞のために8:11こまちにやっと間に合う、次回からもう少し早めに。8:42-9:15タクシーなく寒空で待つ。9:10大曲中通病院外来。往復Taxi。秋田駅病院間徒歩。15:30飯川病院ボランティア、微睡、読書など。19:00帰宅・夕食、21:00就寝。歩数計Σ7294歩。

本 村山由佳「風よあらしよ」(1) 集英社 2020/9/25 単行本:656ページ 伊藤野枝の評伝
 2021年年末にかけて村山由佳著「風よあらしよ」を読んだ。単行本で656ページもある長編である。

 この本を手に取ったのは20世紀初頭に活躍した婦人解放運動家である伊藤野枝について知りたかったからである。

 伊藤野枝、大杉栄という人物については明治・大正期における日本の代表的なアナキストである。大逆事件で幸徳秋水らが死刑となった後に共産主義の中で目立つ存在になった大杉栄はアナキストの立役者であったために危険視され、関東大震災直後、憲兵隊司令部で二人が不当に殺害され短い生涯を閉じた。これは甘粕事件と言われている。

 大逆事件は有名であるが実効性の乏しい幼稚な計画であり、無政府主義者の陰謀と言うよりも、むしろ検事の手によって捏造された陰謀と言う方が適当なようである。政府の巧みなキャンペーンで一般社会に社会主義の恐ろしさを植え付けると同時に、文学者にも大きな衝撃を与えた。
 徳冨蘆花は一高で「謀叛論」を講演して幸徳らを殉教者と訴え、石川啄木は事件の本質を鋭く見抜いて社会主義の研究を進め、森鴎外や永井荷風は事件を風刺する作品を書いている。欧米の社会主義者も日本政府に多数の抗議電報などを送るなど、抗議運動を展開した。

 伊藤野枝、大杉栄については歴史上の事件を介して若干の知識はあった程度だったから、先入観なく読むことが出来た。このような激動の人生を歩んだ女性が大正の時代にいて若くして殺害されたのかと知って驚いた。彼らは「国家より国民」の無政府主義を理想とし、行動した人たち。当時の恐るべき国家に抵抗した自由主義者である。

 この本は伊藤野枝、大杉栄の家庭の描写から始まる。彼らには五人の子があったが出生届も出さず、二人の婚姻届も出していない。無政府主義の考えに沿って国の機構には始めから頼ろうとしていない。骨太の活動家であった。

 次に、大正12年9月1日11時58分発生した関東大地震の被災の様子に移る。死者・行方不明者は推定10.5万人で、明治以降の日本の地震被害としては最大の被害となっている。
 この地震で「富士山が大噴火した」、「大津波がやってくる」、「伊豆大島が水没した」、「皇居が炎上した」・・・などなどの流言が広まった。

 それらの中でも最もまことしやかに囁かれているのが、「朝鮮人が攻めてくる」というもの。「朝鮮人が大挙して暴動を起こし、強盗、強姦をくり返し、井戸を見れば次々に毒を投げ入れている」。おまけに彼らの後ろには、この機に乗じて何ごとか起こさんとする「社会主義者たちがいて糸を引いている」、という流言であった。

 流言は広まるばかりだった。何しろ政府までもそれを信じてか、「不定な輩を取り締まれ」との通達を下したのだ。またたくまに自警団が地域ごとにされた。逃げれば追いかけ、抵抗すれば問答無用で殺したという。戦争でもないのに不安はさらに不安を煽り、いよいよ収拾がつかなくなって行った。

 こんな社会的背景の中、震災から半月後、二人は憲兵に突然拘束された。


1/13(木)比較的温暖道路は雪どけ 午後飯川病院 積雪10cm除雪8回目
1:20起床、新聞・文献チェック他。座学、読書、学術書自炊2冊ほど。積雪10cm8:30-9:30除雪8回目。院長外出予定あり、10:40バス飯川病院。融雪状態で歩行困難。病院はボランティア+14:00から勤務。微睡、読書など。19:30帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ9860歩。

2022おせち料理雑感 今年はおせち料理をほぼ完食した 
おせち料理は、種々の節目に供される特別な料理のことであるが、今では節目の風習の大部分が廃れてしまい、おせち料理は正月料理を指すようになった。
 おせち料理の基本は地方により異なるが、味を濃くしたり焼いたり、酢を用いて日持ちするように工夫されている。正月の間、「神聖な火」を使う煮炊きをできるだけ避けるという風習が背景になっているらしい。
 私は、正月の間女性を家事から一時解放するための保存食、と教わって納得していた。だから、ワンパターンなちょっと食傷気味のおせち料理を有り難くおし頂いていたものである。

 おせち料理はかつては各家庭で作られ、年末は大変多忙であった。子供であった私もキントン作りなどで芋の裏ごしなどで手伝わされた。ただ、我が家ではおせち料理を作ったのは母の世代までであった。

 家内との生活の中で私の食生活はかなり変わった。
 今は賄いの石井さんが夕食作りを担ってくれる。日常から多忙のため料理をすることの少ない家内が、たまに主役となって夕食を用意するが、その際のメインとなる食事はいわゆるデパ地下食材が並ぶ。時に北海道名産展などがデパートで開催されるときは名物弁当が中心となる。私はこのような食生活になんら不満はない。恵まれすぎていると思っている。

 家内はおせちに対するこだわりなど全く無いと思っていたが、そうではなかった。年末になると子供たちも来るので毎年市内の有名料亭からおせち料理を購入していた。多かったときには3-4箇所から取り寄せていた。1セット3-4万円ほどと安くはなかった。ケチな私はかならずしも納得していなかったが、家内は自分が采配して購入するおせちに強い思い入れと誇りを持っているので、その気持ちを踏み躙ってはならないと、私が口を挟むことはなかった。

 ここ2年間は長女一家が来れず寂しい正月になった。おせち料理もにも変化が現れた。今回は初めて1セットのみの購入となった。おかげでいつもなら10日過ぎには食べられず廃棄され、私の心が傷つくのであるが今年はほぼ完食できた。


(今年のおせち1セット4段の一部を示した)

 現在ではおせちの内容も多様化し、伝統的な和食、中華料理、西洋料理など多種多様な料理で供されている。最近のおせち料理は早いものは9月頃から作り、冷凍保存されているらしい。
 おせち料理は贅沢ではあるが、質的にも味としても私は満足できない。どんなに高価であっても内容がワンパターン、見た目は素晴らしいが、決しておいしいわけではない。コストパフォーマンスが良くない。だから、ついついおいしいと無理やり自分を納得させながら食べている。

 私としては、単品を買い揃えて自分で好きなようにセッティングする方が満足できるのではないか、と思うが、その準備をする気はないので今のままで納得しよう。
 様々な気分が交錯する正月、おせちを用意する家内、それをありがたく押いただく私。何10年も続けて来たが、それぞれ思うことにズレがあるということだけは、互いにわかつていた方がいいと思う。


1/12(水)寒波終日強風大荒れ、飯川病院ボランティア+勤務1:00起床、いつもの如し。寒波終日強風大荒れ予想あり、路上の雪が解け歩行難、雪は降った時よりもこの状態が困る。バス待ちがきついと考え出勤する家内に同乗飯川病院、9:00ボランティア、データ整理。午後勤務、微睡、入院患者対応他。19:30帰宅、夕食、21:15就眠。歩数計Σ4515歩。運動不足に日々続く。

秋田市の成人式2022(4)  成人式の和装を見ての雑感(2) 「うなじ」の魅力
 私は和服を着た女性の姿が好きである。
 シャキっと背を伸ばした姿が魅力的。和装では身体の露出部分は、頭部と頸部、手くらいのもの。ボディラインもわからない。着る人のスタイルも分からない。
 全てをラッピングして隠してしまう和服がなぜ女性の衣服としてこんなにすばらしいのか??

 私は和服そものもの質感、生地の様子、着物の柄模様などもあるが、その美しさのルーツは着る人の姿勢、露出しているクビの部分、特に「うなじ」にあると思う。
 成人式の和装では大部分の方々が背が伸びていない。多くはネコ背で、着物が生きていない。絵柄もゴテゴテしすぎている。

 さらに、なんでショールでクビの部分を覆ってしまうのか?私には分からない。
 和服を着たがる本人たちが、和装の最も魅力的な二つのチャームポイント、「姿勢の美」、「うなじの美」を知らないのではないか、と思う。だいたい突然その日だけ和装してもダメなのだ。着物も嘆いている。

 和装の方の「うなじ」は私には妙に生々しく、時には色っぽく見える。
 「うなじ」の存在は和服を着る日本人にとってとても重要である。ことさら隠さなければならない理由はないのに、ふだんは髪の毛によって否応なしに隠されている「うなじ」は、着物を着用した時だけは、露出することが多い。日本人女性は古くから和装の際の「うなじ」の価値を知っていて和服の際には髪をあげるのではないか??

 「うなじ」は常に見えるものではない。だから特別に価値がある。まず、髪の毛を下ろしている時は存在しない。一方、ショートヘアの人の「うなじ」はそれほど意味はない。常に見えている「うなじ」は単なる首の後ろ部分でしかない。

 「うなじ」は髪の長い人がたまに髪をあげた時に真価を発揮する幻の部位。和服を着ている方の「うなじ」が魅力的なのは、この時しか見れない妖しい存在ということなのだ。

 「うなじ」の下には骨がある。頸椎の上部と頭蓋骨とがおりなす山と谷がほどよく存在し、程よく硬いイメージを伴い、ブヨブヨの印象はない。重い頭蓋を支えているという強さも醸し出す。さらに、頭髪に移行する生えぎわのやわやわとした毛、おくれ毛などが、さらに複雑な陰を作っていく。

 「うなじ」自身が持つ形の良さもある。「うなじ」は10cmほども露出していないが、女性に「らしさ」を与え、全身の姿をイメージさせる貴重な部位である。
 手軽に女性らしさを醸し出すために、肌をさらけ出す人がふえている。しかし、「うなじ」は僅か10cmほどの露出であるが男性に夢を見させる部位である。

 成人式の画像から受けた印象をもとに勝手な偏見を述べてみた。私は芸術家か、はたまた単なるエロ爺か。


1/11(火) 寒波緩む曇り小雪 中通病院内科外来 飯川病院
 1:15起床、文献・新聞チェック,PDF化。降雪なし。寒波緩む、6:00可燃ゴミ2袋提出。6:40バス飯川病院、路地など道路状態最悪、歩行困難、危ない。8:45-12:30中通病院外来。13:45飯川病院、14:00-19:00勤務、入院患者対応。微睡。録音データ整理、読書三昧、19:30帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ8310歩。

秋田市の成人式2022(3)  成人式の和装を見ての雑感(1)
 私は自分が着る衣服などにはほとんど興味がない。だからロクな衣服は持っていない。いま、私が最も気に入って毎日着ているのは作業服、作業着と言われるもの。これは気楽である。第一安い。伸縮するから生地だから動きも自由。汚れても洗濯も簡単、ポケットがたくさんあるから便利などなど、私にとってはいい事づくめ。

 ただ、衣服、ファッションそのものに興味がないか、というとそうでもない。数多くの生物の中で衣服を身につけるのは、人間だけであり、この特徴、文化について考えないのは片手落ちである。いずれじっくり勉強して見たいと思っている。

 衣服をまとう第一の目的は、厳しい気象条件から体を保護するためであろう。毛を失った人間は衣服を着ける知恵と文化があったから、ヒトは寒冷地や寒暖の差の著しい地域への進出が可能となった。
 加えて、一定の組織に属していることを示す制服もあり、資格や職業を象徴したりする制服などもある。

 更に、これが重要なことなのだが、衣服には富や権力、地位を誇示するアイテムにもなるし、ファッションとしての極めて重要な要素がある。私が興味を感じている分野はこの装いの文化とそれを着用する人間の心理についてである。

 どうして、人は、時には健康を害しながらも体を締め付け、時間的にも、経済的にもかなり無理してまでも、美しく()装うのだろうか。私にとってはまだ謎である。

 以下の部分は現状における私の感覚で、偏見である。

 女性の和服姿はとても素敵である。これが結論。
 成人式の和装も個々人として見れば素晴らしいが、これほどワンパターンな装いの女性が大量に集まると魅力半減を超えて食傷気味となる。

 和服の魅力は、体の大部分がきちっと隠されているから、なのだと思う。美しい着物で、美しくラッピングされた女性には未知の魅力が漂い、ビキニ姿で海岸やプールサイドにいる女性方よりは遥かに魅力的である。
 和服姿の美しさのポイントは、着る方の姿勢である。成人式の集団は普段着慣れていないせいか一般的に姿勢が良くない。背中が伸びておらず前屈みである。
 それに、満面笑み・・ならいいのだが、仲間同士でのバカ笑い、じゃれつきは和服姿には似合わない。和服が泣いている。
 和装には、それにふさわしい抑制された行動も必要である


1/10(月)成人の日 ほぼ快晴、寒波緩む 近所の三浦氏による除雪 
1:00起床。本読み、新聞・文献チェック他。11:00回診に来た家内に同乗帰宅。道路は融雪でひどい状態。読書、微睡、データ整理大量。午後、近所の三浦氏による除雪が行われた、我が家の敷地は綺麗に、感謝。家内は大倉医師の葬儀に。19:00夕食。20:15就寝。歩数計Σ6031歩。明日から再び荒天予想。

秋田市の成人式2022(2)  なんで成人式で女性達はワンパターンに着飾るのか??
 これだけジェンダー論が交わされ、履歴書にも性別を書かなくて良くなり、かつ個性が珍重される時代、なんで成人式で女性達はワンパターンに振袖、白いショールに身を包むのか?

(魁電子版より借用)

 私の理解を越えている。もともと女性の気持ちは理解できるものではない。ましてや若い娘の考えることなど、解らない。

  成人式は最初から「晴れ着」だったわけではない。
 「成人式発祥の地」の記念像がある埼玉蕨市では、敗戦直後の1946年、当時の蕨町が若者たちをはげまそうと「青年祭」を開催。当時の参加者の服装は男性が国民服、女性はもんぺだったという。
 いつから、振り袖が当たり前なったのか。和装業界に詳しい着物プローサーの石崎氏によると、第二次大戦中にぜいたく品が禁じられ、壊滅状態になった着物業界が復興策として業界が成人式に目をつけたのがきっかけだという。
 人の通過儀礼として古来からの『元服』をヒントに、未婚女性の礼装である振り袖を成人式に着てもらおうと、当時の百貨店などが動いたという。
 
 成人式は着物業界にとってかき入れ時で、約2800億円の市場のうち700億円程度が成人式の振袖関連だとみる。

 一方で、一部の自治体が平服での参加を促そうと1970年前頃から成人式の開催月を8月に変えた。秋田県でも夏季開催の自治体は何ヶ所かみられる。だが、2014年にずっと夏季に開催してきた石川県の某町が行った調査では、1月開催を希望する人が約7割いて、その理由の1位は本人たちの「振り袖、着物を着たい」、娘に「着せたい」と思う親の意見だった、という。

 うーん、はやり女心は分からない。

 2018年の成人式の話題といえば着物の販売・レンタルなどを手がける「はれのひ」が突然店を閉じ、同店に60万円ほど支払い、契約していた多くの新成人が晴れ着を着られなかったと言う事件が発生した。私には全く予想も出来ないことで驚いた。成人式を当て込んだ、こんな大規模な業界があったのか??ひたすら驚くばかりであった。同店は1月26日に横浜地裁に破産を申し立て、破産手続き開始決定を受けた。負債額は契約金ベースの被害総額は2億円以上、全体で約6億3500万円に上ったという。

 我が国のジェンダー論議は、話題にはなっているがその論議は実効性が伴っていない。日本のジェンダー論の進展には、まず女性自身が変わらなければならないと思うのだが、女性たちはなんでこんなワンパターンの装いにこだわるのだろうか。これでは先が思いやられる。
 意外と、大多数の女性たちは、日本の現状の女性像にほぼ満足しきっているのではないのだろうか。成人式の装いを見てそう考えた。
 うーん、はやり女心は分からない。

 2018年の成人式の話題といえば着物の販売・レンタルなどを手がける「はれのひ」が突然店を閉じ、同店に60万円ほど支払い、契約していた多くの新成人が晴れ着を着られなかったと言う事件が発生した。私には全く予想も出来ないことで驚いた。成人式を当て込んだ、こんな大規模な業界があったのか??ひたすら驚くばかりであった。契約金ベースの被害総額は2億円以上。1月26日に横浜地方裁判所に破産を申し立て、破産手続き開始決定を受けた。負債額は約6億3500万円に上ったという。


1/9(日)早朝雷鳴と雨 飯川病院日当直 秋田市成人式
1:00起床。文献読み・録音・PDFデータ整理など。ネコの邪魔で非効率。8:30回診に行くかないに同乗飯川病院に。9:00日当直に就く。終日読書三昧、データ整理大量。午後午睡など。12:00、19:00夕食、20:15就寝。終日部屋に篭りきり、歩数計Σ3566歩と運動不足。

秋田市の成人式2022(1)  成人が法的に変わる端境期の成人式
 今年の成人式「新成人のつどい」が2022年1月9日、午前、午後の2回に分けてCNAアリーナ (市立体育館)で開かれた。昨年の成人式はCOVID-19の影響で中止、2年ぶりの開催となった。今年は、2001年4月2日~02年4月1日生まれの新成人計2013人が出席した。
 マスクを着用した出席者は、久しぶりに会う友人たちと一緒に写真撮影したりして節目を祝っていた。市長は「柔軟な発想で新たな未来を切り開き、秋田を豊かに創造するために活躍してもらいたい」と呼び掛けた。
 秋田市の新成人は2613人(男1320人、女1293人)。年々人数は減少している。

 民法が改正され、2022年4月法的には18歳で大人と見做すことになった。すでに選挙権が18歳に引き下げられている。現行法下では最後の成人式となる。

 ■成人に達すると何が変わるのか??
・親の同意なしに、結婚ができ、
・車や家などをローンを組んで購入したりでき、
・公認会計士司法書士や行政書士、土地家屋調査士、社会・保険労務士などの資格がとれる。(実際にはこれらの資格取得は結構難しく、年齢が早まることはないと思われる。)

 成人式は、日本では地方公共団体などが、多くは成人の日近くでに成人に達する人々を招き、激励・祝福する行事である。敗戦間もない1946年(昭和21年)11月12日に現在の蕨市において実施された「青年祭」がルーツとされている。
 成人年齢が18歳に引き下げられるが、成人式の対象者は何歳にすべきか自治体が頭を悩ませている。「20歳の式」の継続を決めたところも出始めている。

 ■成人式の対象年齢をめぐる主な意見。日本財団「18歳の意識調査」800人の意見では「20歳での開催」が74%を占めた。
 (1)20歳とすべきだ
・飲酒や喫煙も含め、すべてで大人と扱われる年齢だから
・都会に出た若者が式で帰省することで、Uターンのきっかけになる
・18歳の1月の式だと大学受験期と重なり、出席が困難になる
・受験期に重なると家計の負担が増え、晴れ着の準備が大変
・パーティで飲酒できる・・・など

 (2)18歳とすべきだ
・成人になった歳だから
・成人の自覚を早い段階で促すべき
・学生服で参加すればいい、家計の負担が軽減できる
・開催時期をずらせば、受験期は避けられる
・飲酒問題がない

 秋田市も従来通り20歳で行うとのこと。


1/8(土)快晴温暖
    1:15起床。いつもの如く。新聞文献PDF化。文献読み、本読み。学術書自炊3冊。午前は座学中心、午後微睡ごDIY店に。防寒手袋なく玄関アプローチに敷く中型のゴムマット購入。枝に残して寒波にさらされた柿の一部採取、甘い美味!! 16:00書斎に籠り新聞チェック。年末のN響第9公演試聴、名演だった。つづいて内外の音楽名演・名場面2021、反田恭平氏の足跡を再認識。歩数Σ5560歩。

2022年はどんな年に??(4) COVID-19オミクロン株(3) 世界中に席捲するだろう
 COVID-19感染は第5波をもたらしたデルタ株から、オミクロン株への置換が進む。
 ジョンホプキンス大学の推計では現在まで世界で3億人がCOVID-19に感染し、500万人超が死亡したと推計されている。

 全世界的に見て同株の感染者数が驚くほどの増加である。毎日毎日同株の感染者数が日毎に倍々と急増している。WHOの1月2日付集計によると、1週間の新規感染者数は約952万人と、昨年4月に記録した約570万人を大幅に上回る形で過去最多を更新した。

 従来株より感染力が強いオミクロン株の流行と、年末年始で人の交流が活発になったこと、COVID-19慣れが要因とみられる。

 もはや、流行地ではゲノム分析で同株による感染との判断は不要であろう。

 オミクロン株の感染では一般的に症状が軽いか欠如している。だから、医療機関を訪れる感染に対する不安や軽い症状のある人は全員検査の対象となる。現状では検査なしでCOVID-19感染ということはできない。陽性者は感染を伝播させないような行動が求められるからである。
 一方、無症状の不顕性感染者がいると推定されるから感染者と非感染者の区別は曖昧となる。すなわち感染蔓延地方では実際には誰から感染をもらったのかわからない状態にある。だから、感染予防は一層困難となった。オミクロン株は世界中に席捲するだろう。

 感染蔓延地域では医療崩壊の懸念があるためにオミクロン株を意識して、これまで通りの予防策をより徹底する必要がある。不要不急の外出を避け、空気感染の可能性があることから、マスクと換気が重要となる。食事するとき以外はマスクを着用し、また、3回目のワクチン接種を速やかに受けることも重要。もし、症状が出たり、感染が疑わしい状況ではすぐに医療機関に相談する必要がある。

 オミクロン株にワクチンが有効との臨床試験結果が米国の製薬大手2社により確認されている。国内でも既に医療従事者から3回目接種が始まっている。

 治療に関しては、デルタ株に有効だった抗体カクテル療法はオミクロン株にはあまり効果を期待できないため、厚労省が投与を推奨しないことにした。同様の治療薬「ソトロビマブ」はオミクロン株にも用いられる。また、最近承認された経口薬は効果はが期待できそうでこれは朗報である。

 オミクロン株をただ恐れるだけでなく、知見の集積を急ぎ、それを踏まえて適切・柔軟に対応していくことが求められる。


 1/7(金)夜間早朝降雪7-8cm除雪7回目 大曲中通外来 飯川病院ボランティア
  1:00起床。文献・新聞PDF化。5:00可燃ごみの整理。意外と降雪量が多く、除雪に切り替えた、5:20-6:20除雪7回目。可燃ゴミ廃棄。7;25いつもより10分はやくTaxiで秋田駅に向かうも渋滞が激しくいつもの新幹線に乗り遅れた。14:30飯川病院ボランティア、微睡読書、新聞文献チェック。1950Taxi帰宅。19:30帰宅、夕食、21:30就眠。 歩数計Σ8770歩。

2022年はどんな年に??(4) COVID-19オミクロン株(2) 救世主(株)
 COVID-19感染は第5波をもたらしたデルタ株から、オミクロン株への置換が進む。
 全世界的に見て感染者数が驚くほどの増加である。オミクロン株に関する知見の集積を急ぎ、それを踏まえて適切・柔軟に対応していくことが求められる。
 我が国でも感染者数が日毎に倍々と急増している。沖縄、山口、広島の3県に、1月9日からまん延防止等重点措置を適用することが正式に決まった。
 
 オミクロン株の特徴は、従来株とは比べものにならない伝播力。
 重症化リスクは低いとされるが、高齢者や基礎疾患のある人が感染した場合のデータはまだ十分に集まっておらず、軽々に判断できない。
 医療崩壊も起こりうるから、責任ある専門家たちは激しく警鐘を鳴らしている。

 私は医療者の一員とはいえ今は何も責任ある立場にはない。
 私はちょっと発想を変えてオミクロン株を見ている。
 「高い伝播力と低い重症化リスク()」を持った変異株は、私は人類にとって実に都合の良い変異株が現れた、と考えて事態の推移を見ている。

 オミクロン株は、もう各国ですでにかなりの人たちが不顕性感染として広まっていると考えられる。
 ―――――――――――――――――――――――――――
 (1)一般の方々のうちで検査を受けてCOVID-19、オミクロン株と検出されるのは感染者のうちで発熱等の症状を持ち検査を受けようとした一部の人たちである。無症状の方々は検査を受ける機会は多くはない。
 (2)水際作戦として国際線空港とかで発見される方々はほとんどが無症状。ただ、全員検査対象になっているから検査を受ける。濃厚接触者とされ待機している方々からも陽性者が出ている。
 (3)スポーツ選手等は定期的に検査を受けていて、その中から思いがけず陽性者が出てその後の試合ガ中止になる事態が散見される。
 (4)無症状の方々を母集団のとしたCOVID-19感染検査、さらにはオミクロン株検出者はまだわからない。しかし、年末年始の各地の人流とオミクロン株の特徴から推定するに、もうすでにかなりの人たちが不顕性感染として広まっていると考えられる。
 (5)蔓延地域ではかなりのCOVID-19、さらにはオミクロン株ウイルスが存在しているから感染経路不明の感染者が多い。
 (6)蔓延地域住民は不顕性感染でかなり免疫が備わっていると考えられる。
 (7)感染者は軽症無症状であっても10日間ほどウイルス排泄があり、標準的予防策は必須。
 (8)軽症無症状の感染者は一定の隔離期間は必要であろう。その後、標準的予防策のもと、対面のない職場であれば復帰させて良いのでは。
 ―――――――――――――――――――――――――――

 とは言え、何より大切なのは医療逼迫、崩壊の状況を招かないことが必須。

 まずは、
 (1)最前線に立つ医療従事者へのワクチンの3回目接種を急ぐ。
 (2)高齢者についても、ワクチン3回目接種さらなる前倒し。
 (3)医療機関には陽性者の中から重症者およびその危険度が高い患者のみを収容する。
 (4)そのほかは自宅や施設で経過を観察するが、健康状態観察機能を高める必要がある。

 私はCOVID-19のうちオミクロン株は人類にとって救世主ではないかと考えている。
 オミクロン株は多くの不顕性感染で多くの人々に免疫を授けてくれるはずである。
 強毒性、高感染力のさらなる変異が生じなければ、オミクロン株が世界を、人類を救うかもしれない。
 そういう目で見るのも必要でないか


1/6(木)午前降雪5cm、午後快晴 除雪6回目 午後飯川病院 
 1:10起床、文献・新聞PDF化準備。夜間は強風で嵐状態。8:00-9:00除雪6回目、午前から凪いで快晴状態。11:50バス飯川病院、12:30検食、微睡、読書三昧。午後飯川病院勤務、入院患者対応。15:30秋銀スタッフ来訪、歓談。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計Σ8770歩。

2022年はどんな年に??(4) 核兵器保有5カ国が「核戦争を避ける」共同声明
 核兵器を保有する5カ国、米露中英仏が「核戦争を避ける」との異例の共同声明を発表した。
 2022年初頭に当たって素晴らしいニュースが飛び込んできたものだ。散発的には同様のニュースは従来からあったが、共同声明という形で出たのは初めてである。もちろん実効性が問われることになるが、なんでもはじめの一歩が大切、まずはいい傾向と喜びたい。

 被爆者や専門家は、核兵器禁止条約の発効など、国際世論の高まりが影響したと歓迎している。一方で、実際に核軍縮が進むかは見通せない。必要なのは次のステップである。

 「核戦争に勝者なし」、「核兵器は防衛目的で戦争を防ぐためのもの」、「軍事衝突を防止するため2国間、多国間の外交的取り組みを続ける」などが明記された。主義主張が異なる保有国が同じテーブルについた意義は大きい。

 現状の核保有数は13.000発以上と推定されている。内訳は、米5800、露6370、中320、英195、仏290 、イスラエル80−90、パキスタン160、インド150、北朝鮮35発と推計されている。大変な数であるが、1985年には約7万発もあったことを考えると米露の保有数はかなり減少している。

 各国保有の核はなんでこれだけの数が必要なのか、私には理解できない。核保有国間には不信感があふれ、軍拡競争が激化してきた結果である。サイバー空間や宇宙など新たな競争分野の台頭で危機的事態が起きやすくなっている。核の威力が持つ抑止力は相対的に低下している。各々の核は巨大化し、長崎広島の当時の威力の数100倍らしい。地球や人類を根こそぎ滅ぼしてなお余りある威力となる。逆に、巨大化しすぎて実用性は乏しくなってきたので核の小型化が図られている。

 ロシアはウクライナ、中国は台湾をにらみそれぞれ軍事的緊張を高めている。そんな中、5カ国が核軍縮に向け歩調を合わせたことは評価したい。
 ただ、共同声明は踏み込んだ内容ではない。「核戦争に勝者はおらず・・」は名言だと思うが、すでに1985年の米ソ首脳会談の共同声明で盛り込まれていた。
 その後、インド、パキスタンや北朝鮮などが核実験を強行し、中国は急速に核戦力を増強している。核兵器を巡る状況は当時よりむしろ悪化した。

 共同声明をきっかけに核軍縮に取り組んでほしい。2021年に核兵器の使用を禁止する「核兵器禁止条約」が発効し、非保有国からの圧力は高まっている。最終的に目指すべきは核兵器の廃絶であることは論をまたないが、これこそ非現実的と言わざるを得ないだろう。核兵器がない時代になれば各首脳たちの肩の荷が軽くなり、ストレスはグッと減るだろうに、とゲスの私は思うのだが。

 1月4日からは核拡散防止条約(NPT)再検討会議がニューヨークで始まる予定だった。これは核保有国、非保有国がともに参加した唯一の枠組みだ。
 2015年の前回会議では保有国と非保有国の対立で合意文書を採択できなかった。非保有国の発言力は増している。そこに望みがある。


1/5(水)曇り雪若干 除雪5回目 飯川病院ボランティア
2:00起床、文献チェック他、本、数冊に目を通しながら自炊進める。9:00-10:00除雪5回目、録音データ分類整理、11:50バス飯川病院ボランティア。検食微睡、新聞チェック文献、数冊裁断。19:30広表経由で帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計Σ8590歩。

年末年始休暇2021-2022 読書三昧で例年より怠惰に過ごし得た
 昨期の年末年始休暇は前後が週末で9日間の休暇となった。
 今期の2021-2022年の年末年始休暇は、中通病院は12月29日(水)-1月3日(月)、飯川病院は12月31日(金)-1月3日(月)までであった。この間に飯川病院の日当直が2回あった。当直明けの日はどうしても帰りが遅くなり午前が潰れるから、丸々時間が自由というわけにはいかない。それを入れれば丸一日休みとなったのは結局0日であった。

 現役のときは休日にも出勤して溜まった残務をこなしたが、嘱託となった今はそれもなく、休日はとても嬉しい。
 昔のことは思い出したくもない。

 この間の勤務状況は以下のごとく。
 1日の行動の様子を知るために歩数計のデータをつけた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――- 
         午前     午後 ほか    1日歩数(活動) 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-
12月29日(水)   (フリー)   飯川病院勤務    Σ7255
12月30日(木)   (フリー)  飯川病院勤務    Σ6450
12月31日(金)   飯川病院日当直 飯川病院日当直   Σ3561
―――――――――――――――――――――――――
1月1日(土)    (当直明け)    (フリー)    Σ9508
1月2日(日)     飯川病院日当直 飯川病院日当直   Σ6493
1月3日(月)    (当直明け)    (フリー)     Σ7623
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-
 最近は歩数計は腕につけている。日本一周も済んだことだし、歩行以外にも腕の動きもカウントされ10%ほど増える事になるが、私の活動のバロメータとして見做している。
 年末年始休暇中の活動を歩数計から見ると、昨季は9日間で平均9504、今期は6日間で平均6804であった。活動が少なかった理由はひと月前の転倒による左膝痛がまだ残っていることもあろう。

 結局、フリー日が全くなく、6日間の間はかなりの時間を飯川病院で過ごしたことになる。
 この間は蓄積した各種のデータの整理、読書に充てたので結構充実した時間となった。


1/4(火)曇り小雪 中通外来 
飯川病院 今季転倒2回目1:20起床。夜間積雪ゼロで除雪不要、新聞チェック、文献、本読み。いつもと同じ。5:30大量の可燃ゴミ廃棄。6:40バス飯川病院へ。バス停へ向かう途中雪に足を取られて転倒、今季2回目、崩れるように転んだからダメージはなし。8:45-12:45中通病院外来、混雑せず。13:00飯川病院。14:00-18:50勤務。19:30帰宅、夕食、20:45就寝。歩数Σ9077歩。

2022年はどんな年に??(3) COVID-19 オミクロン株感染増加を侮ってはならない
 2022年は年末年始の人的移動を機会に世界で猛威を振るう「オミクロン型」の市中感染が日本でも増加し始めた。今後は感染者数を今に抑制し、医療体制をいかに維持できるかが焦点となる。

 「オミクロン型」は感染力は従来の数倍はありそう。日本でも「第6波」が間近に迫ってきた。東京や大阪では病床逼迫に結びつくような動きが出てきている。
 「オミクロン型」の毒性についてはまだ基礎的研究の範囲であるが、欧米の研究では入院治療が必要となる患者は従来株の2/5程度という。これがワクチンによる免疫能獲得による結果なのかはまだわからないが、ハムスターによる実験でも肺組織の中でのウイルス増殖は従来型よりも少ないことが示された。
 これは朗報の一つではあるが、しかしまだ軽々には言えないと思う。

 COVID-19対策では途上国へのワクチン供給が課題となる。
 感染症対策では政治上の主義主張、経済力、科学力の差を超えて協調しなければ感染予防は機能しない。如何に一国の対策が抜きんでいても対策が遅れた国とは併走できないからである。

 私が子供の頃は、科学雑誌などには火星人などの地球外生物が地球を侵略する話があって心を沸き立たせたものである。その際は地球防衛軍なるものが組織され世界が協調し、一体化してして敵と戦い、苦労しながらも勝利を収め地球が助かる、というストーリーであった。これぞ感染症対策の基本である。名だたる為政者に読ませたいものだ。今の子供達は宇宙に対する知識も深く、こんなチャチなストーリーを喜ぶとは思えないが、まさにCOVID-19問題はこの状態に近い。
 地球上のすべての国にとって、人間にとって遍く共通の問題であるにもかかわらず各国の対応がバラバラな状態は目を覆いたくなる。
 このCOVID-19の問題点はWHOが不甲斐ないため、と言わざるを得ない。事務局長が声明を出しただけでは効果は期待できない。WHOは持てる力で集めた科学的データを背景に説得すべきである。

 COVID-19感染が昨年後半から国内で鎮静化した。その原因はわかっていない。
 しかしながら、年末年始を挟んでオミクロン株を中心に再度感染拡大が見られている。

 国内は「第6波」を迎えようとしている。医療体制が逼迫し「いのち」を支える仕組みが揺らいでいる。
 企業の倒産や解雇、雇い止めも相次いでおり、特にサービス業の倒産が目立つ。倒産に至らないまでも雇いどめなどで職を失っている弱い立場の労働者の数も増えている。特に女性労働者の立場は弱い。

  厚労省は2020年2月からコロナ禍を理由にした解雇や雇い止めの人数を集計している。21年2月末までの累計は約2万3千人で、半数超が正社員とみられる。
  当初は派遣や契約社員といった非正規雇用が半数超を占め、正社員を上回っていた。コロナ禍を受けて、非正規雇用にまずは手をつける企業が多かった。影響が長引くなか、希望退職などの手法で正社員も減らすところが増えてきている。
 感染拡大を封じ込め、国民の「いのち」を守り、生活の要である経済活動をどう再生させるか。それが今年の、岸田首相の最重要課題となる。


1/3(月)終日曇り 年始休暇三日目 
1:00飯川病院で起床。文献検討、徒然など処理。書籍自炊数冊分準備。道路は固く凍結状態で歩行には危険、回診にきた家内同乗9:50帰宅。車に乗るまでも、降りた後も滑った。微睡、新聞電子化など、読書等座学中心。夕食用の畑のネギ、雪が固く凍結していて抜けず。19:00夕食、新春オペラコンサート一部見る。21:30就寝。歩行Σ8115歩。

2022年はどんな年に??(2) 国会 参議院選 地方政策 まもなく国会が開催される。
 論戦の中ではオミクロン対策、経済安定が問題になろう。
 市井では半導体の供給不足から、物がない、部品が少ない、湯沸かし器が直せない・・・などが問題化している。これは半導体不足、流通機能の低下が関連していると言われ、時期を待たねばなるまい。

 本年夏には参議院選挙が行われる。
 岸田首相は就任後100日経過、まだ何も具体的政策を出していない。中心となる政策を出せるか 具体的メッセージの発信が求められる。
 今までは「新資本主義の始まり」、「デジタル田園都市国家構想」とか大きなこと言っているが中身は見えない。後者は地方創生と絡んでいるようだが、県や県内各市町村の発展にどう生かすか。 国の政策ばかりでなく、自治体側の主体的な姿勢の在り方も問われる。

 野党は困難を抱えている。
 立憲は政策提案型に舵を切るというが、これは一見良いように見えるが危険な方針転換である。与党案に対する反対を中心に掲げている方が国民の目を引き、存在は目立つ。特に経験の乏しい弱小の政党は政策提案型になると政党間で埋没してしまう危険があり、結果的に相対的に岸田政権は安定する。

 岸田首相は成長戦略の柱の一つとし「デジタル田園都市国家構想」を掲げ、「新しい資本主義」の主役は地方と強調している。
 新型コロナウイルスのコロナ後を見据えた経済対策も不可欠。

 岸田首相デジタルを活用し、医療や教育、交通などの分野で都市と地方の格差を解消することをす。 第5世代 (5G)通信システムなどデシタル技術を活用するためのネットワークなどの普及も進める。また、海底ケーブルで日本を周回する「デジタル田園都市スーパーハイウェイ」を3年程度で完成させる方針。国内どこでも高速大容量のデジタルサービスを使えるようにするという。

 首相の構想も看板の掛け替えに終わらないよう地方の視点からチェックし、積極的に働き掛けていいくがある。県や市町村は地域の特性をしっかり認識した上で、どんな政策、インフラ、人材が必要か、明確なビジョンを持たなければならない。

 今春からの県政運営の指針「新秋田元気創造プラン」が始まる。
 長年の課題に、直ぐに効果的な特効薬を求めても難しいのかもしれない。しかし、国が「デジタル田園都市国家構想」に本腰を入れるのであれば、これをいかに本県の発展に活用するか検討を急ぐべきだろう。国に注文すべき点があれば積極的に声を上げ、さまざまな政策の実を高めていくことが必要だ。

 北半球が冬場に入ってから米欧で再び感染が拡大している。米では1日の感染者数が100万人にも達している、という。
 経済の再生の価値は人の命の重要さそのものに匹敵する。
 その多くの問題は、数世紀に渡る世界の産業構造変化、旺盛な経済活動、人的交流の濃厚化、エネルギー消費増大、人間の生活の変化に伴い生じたもので、コロナ禍でこの一年の間に弱点としてあぶりだされた、と言うこと。
 だから、今回は単にコロナ前に戻すだけではなく、デジタル化や雇用市場の改革など新たな経済・社会を切り開く戦略、一極集中の解消を伴わなければならない。


1/2(日)年始休暇2日目 寒波小雪除雪4回目 
飯川病院日当直 レセプトチェック1:30起床。新聞・文献チェックほか。殆どいつものペースに。専門誌等4冊ほど自炊。7:00-7:50除雪4回目、回診に行く家内に同乗飯川病院へ。8:45日当直業務に就く。新聞チェック、ラジオ深夜便データ移行、数篇再聴。11:00数日前に注文したオリンパスPJ-20届く。14:00-15:30外来レセプトチェック。ハードディスクデータ整理とバックアップ。読書三昧、微睡三昧で過ごす。正月だからいいか、と割り切る。12;00、18:00検食、21:00就寝。歩数Σ6499歩。

2022年はどんな年に??(1)岸田政権はどんな政策を出すのか
 昨年までは以下のような動きがあった。

(1)世界の動きとして 
■バイデン米政権発足 アフガン米軍撤退、タリバンが政権を掌握
 ■COVID-19の感染爆発。世界のCOVID-19死者500万人 ■中国共産党歴史決議 習近平3期目に
 ■G20今世紀半ばに温室効果ガス実質ゼロ ■世界中で分断や歪みが目立った。

(2)国内の動き
 ■COVID-19で度重なる緊急事態宣言 経済活動には急ブレーキ
 ■五輪強行 菅首相退陣、岸田政権誕生
 ■記録的大雨で土砂災害、熱海土石流
 ■ 不穏な世相。小田急線、京王線での刺傷事件、 大阪ビル火災25人死亡

 9年間続いた安倍氏退陣、短期の菅首相を経て岸田政権が発足した。
 岸田首相は今の所政策よりも、「聞く力のある総理」としての個人的イメージで勝負している。確かによく聞いているようだ。しかし、政策には朝令暮改のニュアンスがつきまとう。10万円の配布にしても現金、クーポンなどまだ一定していない。

 今までの政権と異なり非難が少なく50%の支持率を維持している。聞く力のイメージ、および前、前々政権にない個人的なソフトな魅力が作用しているのだろう。
 岸田首相は自身の派閥を大きくしようとは考えていようで、そのことが自民党内である種の安定感をもたらしている。

 国会が間も無く開催される。
 今年の最優先課題はCOVID-19感染封じ込めであることは言うまでもないが、COVID-19は足掛け3年を迎え、国民の反応にもある種の納得感、パターン化が見られてきている。

 COVID-19の衝撃が大きかったため、世界の災禍はすべてこの感染症のせいと考えがちだが、多くの問題は世界の産業構造変化、旺盛な経済活動、人的交流の濃厚化、エネルギー消費増大、人間の生活の変化に伴い生じたもので、COVID-19でこの二年の間に弱点として一挙にあぶりだされた、と言うこと。

 特に、世界一と誇ってきた我が国の医療体制が意外と脆かったのは、有事を考えない危機管理体制の弱点が顕になった。なにしろ、保健所を統合整理して縮小し、病床も減らそうとしていたのだから。その歪みがモロに出た。

 南海トラフ地震予測に続き、千島日本海溝地震についての被害予想も発表された。
 特に後者については対策によっては被害を8割まで減らせることも示された。

 さあ、これからは政治の判断に移っていく。


1/1(土)元旦 暴風雪  年始休暇初日 MacOs 12.1 Monterey導入  
1:00飯川病院で起床。データ整理、歴史の本読み、新聞入力中心。新年を期して飯川病院に設置のiMac27(2019)にMacOs12.1 Monterey導入。当直の畠山医師に膝関節について相談、さらに時間を、と。安心した。11:00家内買い物のついでの迎えあり帰宅。入浴など。データ整理関係を2022年度版に書き換え。読書、微睡、書籍の自炊等でゆったり過ごす。新聞・文献大量にチェック。自炊数冊ほか。昼は雑煮、19:00雑煮とおせち。「ウイーンフィルNY con」一部視聴。バレンボイム指揮で行われた。21:00就寝。歩数計Σ7120歩。

2022年元旦 明けましておめでとうございます。
新年あけましておめでとうございます。
今年が良き年でありますよう、願っております。


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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
  日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。時間的に余裕無いのが悩みです。


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