徒然日記

 日記と言うより、自分の行動記録と日々の雑感です。

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2/11(火) 建国記念日 夜間降雪のち曇り 除雪5回目
 1:00起床、文献、本読み他、降雪4-5cm。5:00可燃ゴミまとめ、提出。除雪迷うも明日から気温が上がり溶けるらしいので雪の量を減らしておく必要がある。∴7:00-8:00除雪5回目。午前は書斎にこもり座学。午後微睡、読書など新聞データチェック、入力。19:00夕食、22:30就寝。Σ9664歩。

私の嗜好品観(1) 「美味しい」と思わないがさりとて止められない
  食事の次は嗜好品である。
 嗜好品とは一体何だろうか?嗜好品という言葉に明確な定義は存在しない。
 一般的に通用する定義としては「栄養摂取を目的とせずに、人生に潤いをもたらすような食品や飲料で、喫煙を含む」だろうか。そこから色々派生して対象が広がっていくが、「趣味や嗜好を満足させるための、ちょっと贅沢な物品」か。
 いわゆる違法なドラッグなどは含まれない。例えばチョコレートなども雰囲気としては嗜好品と言えないこともないが、食品、その中でも菓子に分類される。

 要するに、食品とは「生命を維持するために摂取する食べ物や飲み物一般」を指す言葉であり、嗜好品は「栄養摂取を目的とせず、自分の生活を潤すために趣味嗜好的に摂取する物」を指す。嗜好品というだけにちょっと贅沢な雰囲気を伴わなければならないだろう。

 食糧が飽和しているともいわれる現代日本においては、もはや嗜好品と食品の区分はあいまいである。
 栄養を摂取するためだけに食事をしている、という人はよほど食に興味のない変わり者だろう。私はどちらかといえばそれに近い。子供の時に読んだSF小説にあったように錠剤を数粒摂取すれば一日分の栄養が取れるという便利な環境。それを今でも理想の一つとしている。食事の用意や食べることに時間をかけるのも嫌で、私の食事は単純な場合、例えば飯川病院の昼の検食は5分程度で終わってしまう。

 四大嗜好品として「酒」、「茶」、「コーヒー」、「タバコ」が挙げられている。各々のを歴史的に見れば、食品とは別な意味で人間の文化に大きな影響を与えてきた。

 私は「タバコ」は一切やらず、「酒」は年に1,2回、舐める程度。
 主に「緑茶」と「コーヒー」、さらに食卓で料理に添加する香辛料、「胡椒」、「一味、七味唐辛子」、「タバスコ」である。私はピリッと辛い味が好きで大量に用いるが、それを見て料理人たちはとても嫌な顔をする。

 「緑茶」と「コーヒー」は美味しいとは思わないが、体が求めるのか止められない。
 だからその消費量は多い方だ、と思う。特に前者は家内が購入しているが、かなりコストがかかっている。後者は私が用意しているが、超安価に楽しんでいる。


2/10(月) 曇り寒波 健康クリニックドック 飯川病院
 1:20起床、文献・本読みなどいつもと同じ。大雪予報に反し殆どなし。除雪不要。6:47バスにて飯川病院へ。本読み、データ化などいつものごとく。9:00-11:15健康クリニック。来年度の就業本年度と同じに。11:30飯川病院、検食、微睡、読書。14:00-19:00勤務。入院患者対応。19:30帰宅、主要道路は除雪あるも支道・路地など凸凹で車がまっすぐ進まない。市の除雪に問題あり。夕食、21:30就眠。Σ7845歩。

私の食事観(4) なんでも「美味しい」と言う私は嫌われている

 私は、食事に関してはいつも感謝している。

  ■食べられることに感謝、■食品に感謝、■調理してくれる方に感謝、■その他にも感謝感謝、である。

 だから、私は食事にほとんど不満は言わないし、ネガティブな評価をしない。特に質的内容に不満は言わない。あえて言えば、過度の塩味に関しては評価が酷しい。ほぼこれだけ、と言っていい。これは健康面に対する配慮からでなく、生理的に濃厚な塩味を受け付けないからである。昼には飯川病院の検食をするのであるが、私は醤油・ソースなど一切調味料を用いない。それでもなんら困らない。主食以外完食する。検食の評価にはほぼ「問題なし、美味でした」と書く。嘘ではない。

 こんな私だから、我が家の料理や献立に文句をつけることはなく、「美味い」、「美味い」と連発しながら完食する。私は心からそう思って、出されたものは残さず食べるし、食事をいつも前向きに評価している。

 私は結構気むづかしい人間である。特に音に関しては異常である。食器がぶつかる音などは耐え難い。TVの音も同様。家族には煙たがられている、と思う。

 そんな私であるが、こと食事に関して一切ネガティブな評価をしないことは、料理を作ってくれる方々にとってとてもありがたく、かつ都合のいい存在だと考えていた。つい先日まで。
 ところが、確かめてみたところ、実は全く逆の評価であり、私はショックをうけた。
 特に、45年も食事を用意してくれている賄いの石井さんにはすこぶる評判が悪い。稀に作ってくれる家内にも評判が悪い。

 何を作ってもいつも「美味しい」と言って素直に食べてくれるということは、廃棄するたびに自動的に「美味しかったよ」と言葉を発するゴミ箱に等しい、張り合いがない、という。料理は色々工夫しているが全部同じ評価で作る張り合いがない・・・のだそうだ。
 予想外の返事であった。
 言われてみればそうだろう。
 私は我が家の食事に関しては毎日ほぼ100%満足している、嘘はない、遠慮もない。
 「美味しい」という評価が喜ばれないという現実に驚いた。


2/9(日)曇り寒波 積雪5cm除雪4回目
 1:00起床。新聞文献処理、録音データ処理、など。積雪5cm∴7:00-8:00除雪4回目。微睡若干、その後は午後まで読書、データ整理。昼NHKニュース、のど自慢楽しむ。15:30レガシー飯川病院、16:00-19:00当直医の業務代行。帰宅道路事情悪い、19:45夕食、21:30就寝。Σ10384歩。

私の食事観(3) 食事の嗜好品化?? 際限のない欲望
 食事に関しては、ほとんどの人は、栄養のこと、特に過剰摂取を気にしつつも、自分の好きなものを選んで食べているのではないだろうか。
  「美味しいものを食べたい」、「食事を楽しみたい」と思って食事をするというのは、生きるための栄養摂取目的はもちろん兼ねているが、むしろ、自分の食欲、嗜好欲、贅沢欲を満たそうとする心の働きに近い。
 食事は生きるためというよりは楽しむもの、となった。

 だから、日本人の食行動は、もはや「嗜好品化している」といっても過言ではない。そう考えれば、私が「日本人は食べることにしか興味がないのか?」と言いたくなるルーツが理解できる。

 だから地産地消でなく、世界中から魅力ある食材を輸入することになる。もちろん、食材輸出で国の経済が成り立っている国もあり、これは国際的にも意義があることに思うが、ちょっとね・・・、と私は思う。輸入食材の通販市場は活気を呈している。

 今は食べられない物は無い?私は知らないが、内モンゴルのラクダのひづめ、スコットランドの伝統料理の羊の内臓のプディング、沖縄・久米島のヤギのお刺し身・ヤギ汁なども探せばあるようだ。

 インドネシアをはじめ農業国各国では食糧増産のために森林が伐採され、畑に変わっている。
 振り返ると、私が子どもの頃はまだ地球に優しい生活をしていた。
 日本人は食糧資源をむさぼりすぎている。世界的に見ても、日本が消費し、廃棄している量は相当なもの。
 しかも、今の農業はエネルギーを大量に消費する。保存にも輸送にも消費する。だから、温暖化にも寄与している。

 食はあくまで地産地消が基本。
 地産地消でない、異地の食材を食べられるのは人間だけ。
 
 これからの世界の食糧事情を考えれば、より質素に、つつましやかに生きることが必要になってくる。なるべく産地に近く、冷蔵・冷凍・輸送コストがかからない食材を選びたい。本当はそれが一番贅沢な選択なのだ。

 私は食に関してはそれほど貪欲ではない。それはすなわち私が食に恵まれていることの証でもある。そのことは常に意識していた上でのたわごとである。


2/8(土)終日曇り降雪 比較的暖かい 除雪3回目
0:30起床。文献,新聞整理他、録音データ整理など。昨日からの積雪5cmほど、湿った雪。気温から見てかなり溶けるだろうが、溶けた時の方が厄介である。∴7:00-8:00除雪3回目。終了間際にシャーボルトがまた折れた。再セットするのに手間取る。10本注文する。座学一般。午後は家内の傘の修理、箱の修理など。新聞データ化、本読み、データ整理。微睡。歩数計Σ9650歩。19:00夕食、20:30就寝。

私の食事観(2) 私の食事に関するコンセプト 外食は大嫌い 
 今の世相をみると、大げさにいえば「日本人は食べることにしか興味がないのか?」と思うほどである。メディアには美味しいものの情報があふれている。
 また秋田市の繁華街には食事を提供するレストランや食事処が目白押しである。とは言っても、私は繁華街などを歩く趣味はないために正確なことは言えない。それでも外食産業はますます盛んだ、と思う。
 尤も、個人経営の店は経営者の高齢化などで減少傾向にあるようで、ビルとかにテナントに入っている店が多い。
 
 外食産業は庶民の経済状態を推し量るバロメーターになっている、とされる。だから今の世相は、日本の経済にとっては悪くない現象のだろう。

 私の三食。
 朝食は孤食。5:30頃当然誰も起きてこない。6匹のネコどもに餌をやったあと、朝食を冷蔵庫を探してそこにある何かを食べる。大部分はキャベツ中心の野菜サラダとごまドレッシングだけ。時にはチンご飯に生卵または納豆と贅沢することもある。大量に作った「おでん」などは無くなるまで私の朝食となる。先週は5日間連続「おでん」を温めて食べた。概して賄いのおばさんは大量に作る傾向がある。朝食の中身、質についてはほとんど頓着しない。食べられれば良い。

 昼食は飯川病院の入院患者の普通食を検食する。ご飯抜きで副食だけ。概して質素。これが良い。院長は、私の家内なのだが、たまには自分の分の検食を私に押し付けて一人外食に出る。

 夕食に関しては帰宅時間を連絡しておけばもう準備ができていて、玄関先から直接食卓に向かい、箸を持つ。夕食の中身についてはほとんど自分から注文をつけることもなく頓着もしない。用意されたものを粛々と食べる。カレー、丼物以外では主食は食べない。概して品数は多い傾向。家族たちはビール楽しむが、私は食後にアイスキャンデイ一本が楽しみ。

 こんな状況だから私の外食の機会はほぼゼロ。なんで外食が混雑するのか理解に苦しむ。家族、特に家内は結構外食を好むので、私が飯川病院の当直の夜を狙って外食しているらしい。
 
 私は他人がいるところでの食事は嫌だ。うるさい。
 尤も、私が外食を忌避するのは家での食事が整っている、という恵まれた環境にあるからだ、と思う。共稼ぎとかの事情で夕食を用意でき難い家庭もあるだろう。それは理解する。また、外食を楽しみにしている家族も少なくないだろう。それも理解する。

 私が食事に抱いている考えを簡単にまとめれば、以下のごとく。
-----------------------------------------------------------------------------------
■食べられる環境にあることにひたすら感謝、
■食品として供される全ての生物の命に感謝、
■調理してくれる方に感謝、
■食品を絶対に無駄にしない,
■食事に不満は言わない、
■塩味が強いのだけは感覚的に受け付けない、
■食べる前後にネガティブな評価をしない、
■当たり前の、地産地消の廉価な食材が良い,
■旬の食材を摂れば栄養バランス等配慮不要、
■過度に贅沢な食事は喜びよりも罪悪感、
■食事に時間をかけない,
■・・・・・、である


2/7(金)曇り降雪 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 除雪2回目
1:10起床。文献チェック、徒然など。5:30可燃ゴミ集積所に、ゴミ運搬に今季初ソリ使用。降雪3-4cm。6:00-6:45今期除雪2回目。7:15Taxi駅に。7:37意外と早く着きスターバックス時間調整、8:11こまち。9:00-12:15大曲中通病院外来、駅病院間往復Taxi。帰路新幹線3分遅れ。秋田駅病院間は徒歩、強烈に寒い。14:30-18:30飯川病院ボランティア。18:40家内を新型肺炎講演会場に送りプリにて帰宅、途中渋滞。19:30夕食、21:00就寝。BRながら視聴:「そこまで委員会」歩数計Σ10590歩。

私の食事観(1) 秋田に転居し食生活が一変した
 私は無趣味的人間である。特に食事、食品、嗜好品に関してはそう思う。

 食事を、栄養摂取を主として生きるためにしている、という人は、よほど食に興味のない合理主義者なのか、どこかずれている? あるいは狂っている? としか言いようがない。
 ただ、私を振り返ってみれば、私自身がそれに当たるのかもしれない。

 今の世相をみていると、ちょっと大げさにいえば「日本人は食べることにしか興味がないのか?」と思ってしまう。それほどメディアには美味しいものの情報があふれている。私の目から見て過剰な贅沢品が並んでいる。

 食べることは生きることであって、私もそれを軽視する気はない。ただ、生きるための食事のレベルを質的に超えている。私の目から見て日本の食事は何倍も何倍も贅沢だ、と思う。世界の食材を食い尽くしているのではないか?とも思う。

 TVにはグルメ番組が多い。雑誌をみても食べ物の記事や広告が多い。新聞然り、折り込み広告見ても食べ物の広告がかなりを占める。それだけ外食産業が盛んだ、ということ。
 ちなみに、私は外食は嫌いである。だから批判的に見ているのかもしてない。

 私は食に関しては貧しい岩手の農村の片田舎で育った。しかも、昭和20年生まれで、母親も料理は保守的であった。私は新潟大学では6年間学生寮で一日130円の食費で、空腹を抱えた生活であったが、毎日定時に食べられることに喜びを感じていた。そんな私は「ちょっと美味しい食事・・・」という餌で釣られてしまった。

 秋田に来て食事の豊かさにびっくりした。
 昭和48年に秋田に転居し、以降、我が家の家事一般は家内のおばさんがである石井さんが住み込みで手伝ってくれる様になった。これがまた料理上手で、作る量も半端でなく過剰である。これが秋田の食文化なのだろう。

 私の両親は、孫を見に時折秋田に来たが、その際「まるで盆と正月が一緒に来たような食事。こんなの毎日食べているのか??・・・」と呆れていた。

 私自身も我が家の食事の贅沢さに半ば呆れ、「基本は一汁一菜」でいいのだ、といつも言っていたが、育ち盛りの子供もいて、私の言葉など大して通用していなかった。

 私は食事に関して日本の食文化に恐れと将来への厳しさを感じている。
 地球上には2019年の統計で77億1500万人生活しているが、食品の供給力は50億人分ほどで頭打ちになっている。理屈の上では三人に一人は飢えに直面する事となる。現にそうなっている。経済格差で食品の奪い合いで今の所我が国は優位な立場にあるが、将来的には日本も厳しくなっていく。

 だから、日常過不足なく食べられる自分の環境にこの上なく感謝している。


2/6(木)昨夕+早朝から降雪約10cm 初除雪  飯川病院
0:15起床。新聞、文献本読み。電子化。降雪朝まで10cm、6:30-7:30今季初除雪。11:30レガシー飯川病院、14:00飯川病院勤務、本読みなど、微睡、14:00-18:50勤務。19:10レガシー帰宅、夕食、21:30就寝。歩数8975本 。

四季2020(3) ついに、私に冬が冬が来た。
 今朝、ついに、私に冬が来た。長い時は約3か月に及ぶ。

 2013年は12月13日突然35cmの積雪で冬が始まった。2014年は12月16日であった。通常はこの付近で冬になる。

 今季は特別な季節である。昨日まで私には秋であり、冬が来ていないかった。これほど甚だしく少雪であると、嬉しさを通り越して気持ちが悪い。 

 我が家へのアクセス道路、私はそれを「臍の緒・胎盤道路」と呼んでいるが、細い道路が50m以上あり、だから降雪にはすこぶる弱い。一旦積もらせ、車で踏み固められると除雪が困難になる。だから、私は早朝5:30頃から除雪を始めるが、除雪機がなければニッチもサッチも行かない。そのため除雪機はバックアップのために2台準備している。

 古い除雪機は1985年HONDA製、HS55J型、5.5馬力、当時は最小の規格であった。丈夫で故障知らずであったが、徐々に故障するようになり、買い替えを考えた。
 2台目は2011年型のHONDA製、HSS760n型、エンジンは200cc、5.6馬力、除雪機の規格としては2番目。作業灯、セル付きであるが、私は単純なメカを好むので当時出始めていたハイブリッド機構、その他のオート機構の無いシンプルなタイプにした。値段は旧機種購入時のちょうど2倍であった。

 降雪期は除雪に手が抜けない。健康に注意し、緊張して朝を迎える。
 私の生活は除雪を中心に季節が回っている、と言っていい。

 最近の日差しには春の息吹が感じられるが、まだ大寒、そう甘いものではないだろうと思っていたが、ついに今朝初除雪した。私の通勤姿は今朝からいつもの次男が中学生の時に着たスキーウエアにしている。

 昨日から降雪、強風、雷鳴などあり今朝5:00の段階で10cm+αほどの積雪となった。強風のために吹きだまりができて降雪量が判断できない。今朝は午前フリーなので6:30-7:30まで除雪を行った。

(今朝の積雪の様子 除雪機は2台目の方)

 途中で除雪機の安全ピンが折れて旧式を持ち出しちょっと手間取った。
 私の四季は除雪を中心に一年が回る。冬になってしまえば、もう迷いは無い。早朝から心は外に向かい、除雪を何としようかと考える。気力も充実してくる。
 今年は降雪はどうなのか。来年3月上旬迄、私は雪と戦い、戯れる。


2/5(水) 曇り晴れ・比較的温暖 飯川病院ボランティア 
 0:30起床。新聞・文献読みとPDF化およびそれらの整理に集中。11:50バスにて飯川病院。検食、12:30-18:30ボランティア。家内患者重症にて居残り、プリウス19:00帰宅。夕食、21:00就寝。Σ8584歩。午後から寒い、全国的に寒い予定で秋田もついに雪か??

四季2020(2) 全国的に記録的な暖冬少雪、明日は降雪か??

 全国的に記録的な暖冬少雪となっている。
 気象庁は3日、1月の天気概況で、日本海側の降雪量が統計開始以降、最も少なかったとした。

 秋田地方気象台によると、県内の1月の累積降雪量は秋田、本荘が平年比の10%と極端に少ない。このほか鹿角33%、角館18%、横手28%など、全県的に少雪となっている。

 平均気温は全26観測地点で平年よりおおむね2度前後高く、大半が0度を上回った。
 平年より2.7度高い1.1度だった横手など計11地点で統計開始後の最高を記録した。
 それ以外の地点もほとんどが07年に次ぐ2番目の暖かさだった。

 暖冬少雪だと、除雪や屋根の雪下ろしをしなくて済むから体力的にも金銭的にも助かると歓迎する声は多い。
 除雪が最高のストレスである私にとっては極楽のごとく。また、冬野菜は豊作で価格も安定している。

 一方で、弊害も出ている。観光やウインタースポーツ面で大きな影響を受けている。

 森吉山の樹氷は生長が悪くやせ細っている。樹氷を通して木洩れ陽が見られるほどという。
 雪祭りや冬のイベント、小正月行事の多くが、中止や規模縮小を迫られている。有数の豪雪地帯で知られる横手市が15-16日のかまくらに使う雪が足りず、市外から確保するなどの対応を余儀なくされている。冬の秋田の代表的な行事だけに、観光への影響が懸念される。

 仙北市の田沢湖スキー場で22、23日に開催される予定のモーグルの国際大会「2020FISフリースタイルスキーW杯秋田たざわ湖大会」、という長い名前の大会も同様、駐車場の雪をかき集めるなど、対応に追われている。

 鹿角市の花輪スキー場では来年と再来年の2月、2年連続で冬季スキー国体が開かれる。同スキー場で今年1月に行われた県高校、中学スキー大会は雪不足で一部会場を変更した。

 日本では近年、大雨による洪水など大規模な気象災害が頻繁に発生している。地球温暖化が要因になっていると指摘する識者は多いが、まだ最終結論ではない。ただ、その一つの要因として人間社会の過剰なエネルギー消費が関連していることは否定できないだろう。いま生きている全ての人間がそのことを意識して生活する必要がある。
 
 本日から約1週間、今季最高の寒気団が日本上空に居座り、明日は降雪が予想されている。やっと私にも冬が来るのかもしれない。


2/4(火)曇り晴れ やや寒い 外来 飯川病院
1:20起床。新聞、本読み、電子化などいつもの如く。5:30可燃ゴミ二袋集配所に。6:30レガシー飯川病院。8:45-14:00外来。新カルテで処方入力対応困難、疲弊。14:15飯川病院、微睡他、14:00-19:00勤務、入院患者対応。また微睡も。19:30帰宅・夕食、21:20就寝。Σ8582歩。

備蓄食品の中に乾燥しきった缶詰を発見した 

 私は缶詰が好きである。特に果物の缶詰はどうしても子供の時のことの思い出につがなる。昭和20年代後半の頃にはいくつかの缶詰の買い置きがあったが、病気にでも成らなければ食べさせてもらえなかった。私は病弱だった食べる頻度は多かったのだろう。密かな楽しみであった。
 みかん、洋ナシ、黄桃・白桃など、どれも美味しかった。私は果物自体よりもシロップを飲むのが好きだった。勿論、今も果物の缶詰は好き。かすかに果物の味がついたシロップも好き。

 我が家では非常食、保存食として缶詰をいくつか備蓄している。市販の各種の魚介類の製品が20ケほど棚に並んでいる。
 そのほか、秋田では山菜採りが盛んで、地域によっては缶詰化してくれる会社があるようで、時折、自家製の缶詰をいただくことがある。一番多いのが、タケノコであるが、自宅で採れたマルメロなどの果物の缶詰をいただくことが多い。

 缶詰は賞味期限、常識的な消費期限もあるが、基本的には保存さえちゃんとしていれば缶詰は腐らない、決定的には変質しない、と思っていた。特に、私は賞味期限・消費期限などは気にしない。
食品の賞味期限など気にしないが、私はくみ置きの水は飲めない
 だから、我が家では缶詰の備蓄は10年以上もチェックしていなかった。

 10日ほど前に久々備蓄品をチェックしてみたら、缶詰類を入れた箱の中に中身が入っていな軽い缶詰があるのに気づいた。クワイ水煮ホール、567g、固形物340g、中国製、賞味期限1998年10月、とある。完全に乾燥しているらしく振ってみるとカラカラと音がする。
 長期保村している間に缶が腐食し、徐々に中身が蒸発した、と考えられた。保存箱のどこにも中身が漏れたようなシミとかはなかった。缶の合わせ目の上のレッテルが縦に腐食し一部脱落していたからこの部分から長い時間をかけて蒸発したのだろう、と当初は考えた。しかし、缶を開けてみて底に多数の小穴があり、缶を逆さまにおいていた為に内容が漏れることなく蒸発したと推定された。
 中のクワイは完全に乾燥黒く変色し、若干クワイの形を残していた。


(缶の側面の接着部分 レッテルが劣化し一部脱落している)

(缶の底面に光を当てたら多数の子穴が確認できた)

(本当にクワイだったのだろうか?)

 最近、ある社が発売した缶詰の何ケかが膨らんだ為に自主回収したとのニュースもあった。また、賞味期限が切れた果汁入りみかん缶を家で保管していたら爆発して中身が飛び出した、との報告もあるようだ。
 
 結論としては、缶詰は普段の食事にも、備蓄に便利である。今回のようなことは例外もあるというレベルで捉えていいのではないか。
 怪しい状況にある缶詰は食べない方がいい、だけである。


2/3(月)曇り降雨みぞれ混じり 健康クリニックドック 飯川病院
1:10起床、新聞、本読みなどいつもの如く。6:50バス飯川病院、9:00-11:15健康クリニックドック12名+CTR計測。11:25飯川病院へ、みぞれ混じりでびしょ濡れ。休息、微睡、データ整理。14:00-18:30勤務、入院患者対応。19:15帰宅、夕食、21:20就寝。Σ6821歩。

私的徒然教育論(3) 教員の労働時間 中学6割、小学校3割の教員が過労死ライン??
 ここ数週間、教育関連の文献や新聞記事を読んでいる。門外漢の私にも徐々に教育界の問題点が読めてきた。

 教員採用試験の受験者は近年滅少ぎみである。学校が「ブラック職場」とみなされているから。このままでは、若者の教員離れはさらに進む。
 近年、大量の教員が定年を迎え、新規採用募集者数は増えている。教育界の若返りのいい機会である。なのに、夢や能力のある、優秀な教員希望者が減っていては質が問題になる。

 教員をめぐる職場環境の問題点は多岐にわたる。
 同時に検討始めては解決につながらない。

 まず、教員の労働時間をどうやって減らすか。

 最近の調査でも明らかになっているが、日本の教員は中学で6割、小学校で3割の教員が、過労死ラインの月80時間を超す残業をしている、という。OECD加盟国の中でも際立って忙しい。しかしながら、授業にあてられる時間は他国より短い。

 教員は授業以外の用事に追われているからである。
 先般成立した働き方改革関連法で、企業の残業時間は月45時間以内とされた。学校もこれを原則とし、週休2日以上を確実に守ることを前提で仕事をどう回すかを考えるべきだ。

 教員のかなめの業務は授業であることは論を待たない。授業とその準備に集中できるようにしなければならない。

 ■ 元々雑用はないだろうが、教員でなくてもいい仕事はあるだろう。それを削る。
 ■ 教員だけからなる環境は閉鎖的であり、多様な需要に応えられない。他職種員を入れ、肩代わりしてもらう。
 ■ 中学の先生は部活動の指導に携わる時間が長い。教員に代わる、専門の外部指導員の登用する。
 ■ などなど・・・・。

 学校には文科省から次々と新たな課題が降ってくる。
 小学校では、英語に続いて間も無くプログラミング教育が必修になる
 開かれた教育の場として、地域や保護者からの要請があれば、むげな対応もできない。

 だからと言って教員の仕事の範囲が野放図に広がらぬよう、歯止めとなる方法を考えなければならない。

 もう、教員の心がけだけで解決できるレベルではない。

 先般成立した働き方改革関違法で、企業の残業時間は月45時間以内とされた。
 教師にだけ適用される時間外労働に関する法律も、考え方も見直す時期にきている。
 本来の給与月額に4%分を上乗せするかわりに、残業代は支給しない現在のきまりは残業が少なかった1970年代の名残である。この制度がつい最近まで教員の超過勤務実態を不明瞭なものにしてきた。

 文科省の試算では、働いた時間どおりに残業手当を支給すると総額は年9千億円に達するという。予算を組めないほどの多額であるが,逆に考えれば教員のただ働きで教育界が成り立っていることを示す。社会全体でこのことを認識し、その解消に本気で取り組むことが求められる。

 義務教育期間は、子供達にとって最も重要な時期である。教育界の歪みのしわ寄せを受けるのは、未来を担う子どもたちである。


2/2(日)曇り 飯川病院日直明け 
1:00飯川病院で起床、医学文献、新聞チェックPDF化など。9:30レガシー帰宅。午前は座学、読書、データ関連、自炊数冊、新聞、文庫本ほか文献電子化。昼はNHKニュース後のど自慢楽しむ。13:30-15:30ガレージ整頓、掃除、中央の支柱が劣化、一部切断、レンガにて固定、略成功。微睡、19:00夕食、21:00就寝。Σ5889歩。

私的徒然教育論(2) 教師志望者減=ブラック職場?
 ここ数週間、教育関連の文献や新聞記事を読んでいる。門外漢の私にも徐々に教育界の問題点が読めてきた。

 近年、教員採用試験の受験者が減少し、非正規教員も不足している、という。

 学校現場ではベテラン教員が定年退職の時期を迎えている。そのため、正規教員の採用人数が膨らんでいる。にも関わらず、志望者の減少しているが、その原因は、残業代もない長時間労働が当たり前と考えられるブラック職場とみなされていること、給与を含め民間の就業環境の方に魅力を感じるようになっていることが理由だと言われている。 
 
 教員を大量に採用する時期を迎えることは分かつていたのに、また、教職にあるものが精神疾患に陥るなどのいろいろなサインを出しているにも関わらず、対策が後手に回ったため、と言える。
 長時間労働の問題を解決し、教職の魅力を高めなければ教育の質も低下しかねない。

 2020年度の採用試験の受験者は、全国で約9万8千人 2012年度の約12万2千人から約2万4千人減っていた。 
 競争倍率は、近年は採用人数が増えていることもあり 今年度は小学校が約2.8倍、中学校が約5.5倍と、2000年度の約12.5倍、約17.9倍から大きく落ち込んだ。 

 非正規教員の需要も拡大してきたが、非正規の教員のなり手も減つている 
 小泉政権が進めた規制改革のなかで、教員の人数や給与は自治体が決められるようになり、少人数学級などの取り組みが広がった。しかし自治体の財政は厳しく、多くの場合は安い非正規教員に頼ることになった。 

 その間、教員をめぐる職場環境は厳しさを増してた。「学力向上」、「いじめや不
登校の増加」、「保護者への対応」、「部活動の監督指導」、「報告書、事務処理業務の増加」などなどである。
 社会や文科省からの要請にともない、学校の役割は膨らみ、教員の仕事も増えてきた。 
 これからの時代、学校教育の充実のために優秀な人材が求められるが、日本の教育行政は優れた人材を教職に引きけるための方策に無頓着で過ごしてきた。

 教師の働き方の実態を調査したのは2016年で、小学校教諭の約3割、中学校教諭の約6割が過労死ラインに達していた。 

 長時間労働の背景には時間外勤務の給与体系がある。教員の待遇の現在の骨格ができたのは1970年代、他の公務員より優遇することで人材を確保することにした。残業代を原則として出さず、給料に月額4%を「教職調整法」として支給することを決めたのも同時期であり、今になってみると明らかに矛盾を含んでいるが見直されていない。
 見直しには巨額の予算が必要になるからである。

 教職養成課程で学ぶ学生のかなりが労働環境の劣悪さ、低い給与体系から進路を変えている。 

 今のままでは教員に求められる仕事ばかりが増え、意欲ある志望者までが背を向ける。一度遠のいた人材を教育界に取り戻すのは容易ではない。


2/ 1(土)曇り雨 飯川病院日当直 レセプト点検  
1:00起床。読書、徒然、データ整理。午前自宅で座学。コンポスト攪拌、居間のゴミ箱の修理。午後から飯川病院日当直。12:00レガシー病院に。新聞チェック、読書その他データ整理、16:00外来レセプト点検。18:00検食、読書など、21:00就寝。Σ7476歩。

私的徒然教育論(1) 教師志望者減が示すもの
 なんか得体がしれないが、今の教育現場ではいろいろな問題が渦巻いているようだ。
 生徒間のいじめ問題・・・、ばかりかと思っていたら陰鬱な教師間のいじめ問題もあった。不登校生も増えている。教師はブラック職業化しているのか、教員志望者は年々減少している。
 私は教育関連業ではない。一時、大学医学部の教官だったことはあるが、今の教育界の実態は知らない。あるのは三人の子供の親だったということ、今は就学期の孫もつ爺爺だということ。後者の立場から親とは異なった立場で、間接的に、教育に関して無関心ではいられない。
 身近に教職、元教職の方は何名かいるが、情報源にはならない。

 今、学校や教師への不信感がうず巻いている。メディアが不信をあおっている。ボヤ程度の問題点にメディアが介入すると火災になる。
 
 そんな背景があって、短絡的?な教育改革が性急に進められている。しかし、場当たり的改革は、決して教育をよりよいものにはしない。安倍総理は教育改革に意欲を燃やし、教育再生会議などを主催している。しかしどのような形で結果が出ているか、私はわからない。

 学校や教師への不信感を煽るような情報がメディアで報じられるようになったのは、1970年代以降。それまで教育者はある種の尊敬の念などがあり、教育界は聖域扱いであったから、報道の標的になることが少なかった。しかし、「落ちこぼれ」や「不登校」、「いじめ問題」、「管理教育」、「ゆとり教育」、「保護者とのトラブル」などが明らかになってからは、メディアにとっては格好の「社会ネタ」だった。

 その「ネタ」は次々と変化した。「校内暴力」が沈静化したら、次は「いじめ」や「体罰」がクローズアップされ、一通り報道・論評つくされると、次は「校則問題」・・・へ、といった具合である。
 確かに、メディア報道を契機に事態が改碧した部分はあった。体罰はずいぶん減少した。「ブラック校則」も姿を消しつつある。

 だが、そうした、メディア情報は二つの困った事態を生んでいる。
 ■一つに、少数の事件や事例がセンセーショナルに取りあげられること。
 ■一つは、この改善策を・・とやるたぴに、学校現場は余裕がなくなっていく。

 メディアが注目するのは、信じられないような事件や、とんでもない不祥事ぱかりである。そういうニュースだけに触れると多くの人は「今の学校は……」という不信感を抱く。
 大多数の学校が地逍に、それなりにうまくやっていることや、ほとんどの教員がまじめで職業意識に溢れていることなどは、「当たり前のこと」としてメディアで取りあげられることもない。だから、真の姿が人々にみえなくなっている。

 「よりよい教育」を手探りしている目の前の教師には目を同けないまま、多くの人は学校を語っている。
 1980年代の学校はは、ろくに教員も増員されないまま、次々と「改善」、「改革」の名のもとで、新しい試みの指示が上から降ってくるようになった。

 その結果、教師の職務は多方面へ広がった。会議や研修や書類作りの仕事が増えた。トラブルや苦情への対処の時間も増えた。
 教育活動そのものではなく、評価資料作成や評価のための時間も増えた。まじめで熱心な教師ほど、追いつめられる。近年の教員の精神病の増加は、おそらくその現れである。このままの方同では、さらに大量の教師が燃え尽きてしまいかねない。

 私は最近の小中学校が置かれている立場はこれでいいのかな?と思っている。
 詳細なことは門外漢である私にはわからない。ただ、教師志望者が激減していることが教育界の問題点を示しているように思う。
 






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