徒然日記

 日記と言うより、自分の行動記録と日々の雑感です。

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 12/4(水)曇り降雪少々寒波 飯川病院ボランティア
 0:30起床。医療文献PDF化、書類整理淡々と処理。文献・新聞読み。11:50バスにて飯川へ、ボランティア、微睡、外来入院対応。19:00帰宅、20:50就眠。歩数計Σ9495歩。本日から防寒靴にした。バス待ちは冷える。

中曽根元首相死去 現実を直視した先進的政治家であった
 田中首相の失脚を受け総理に就任した中曽根氏は「戦後政治の総決算」を掲げ、数々の業績を残した。
 先日、11月29日に101歳で亡くなった。民意に敏感な政治スタイル、長期的展望に立つ政治姿勢は、その後の歴代内閣に大きな影響を与えた。
 レーガン大統領との間のロン・ヤス関係構築、「不沈空母」発言などで物議を醸したが、後々の「劇場型政治」の走りといえるかもしれない。


 中曽根氏の原体験は戦争の悲惨さである。国家指導者達はだらしなかったし、民衆は戦前の官憲の圧力に懲りていた。
 
 戦後2回目の衆院選で27歳で国政に登場した中曽根氏は、タカ派的な言動で早くから注目を集めた。利害調整型の議員が多い自民党では異彩を放った。
 自民党戦国時代といわれた派閥抗争はなやかな時代、大きな派閥も持たなかった彼は、民衆に定着した姿勢を貫き、風見鶏とあだ名された世渡りのうまさを発揮し、田中角栄に支えられついに首相となる。
 1982-87年首相を務めたが、常に国家再建の姿勢を明快にしていた。 

 氏の政治のもうひとつの特徴は米大統領との蜜月、米軍事戦略との協力、外交・安保の重視であった。米国の国力が傾き、日米安保に安住するだけでは国を守れない、といまの日本が直面しつつある課題にいち早く気づき、防衛費の国民総生産(GNP)比1%枠を撤廃するなど、防衛力の整備を進めた。これは方向性として先を見据えた画期的政策であった。
 労使関係が破綻してスト続きだった国鉄の再建といった国民生活に身近な課題も成し遂げた。
 
 悲願だった靖国神社への公式参拝を強行したが、近隣諸国とのあつれきを考慮して翌年以降やめたのも、現実を直視した中曽根政治を象徴するエピソードといってよい。氏の政治の中で評価が大きく分かれている点である。国益の重視のために、英霊を想うという個人の思惑を捨てたのだろう。

 2003年(平成15年)、小泉首相から定年制導入のために引退を要請され、当初は反対するも最終的には政界から引退した。56年7力月の議員生活、うち5年首相を務めた 。2018年(平成30年)首相経験者として2人目となる満100歳を迎えていた。

 氏は若い時からの歌人でもあった。
 「暮れてなほ 命の限り 蝉時雨」。中曽根氏のこの旬は彼の人生そのものを詠っている。 
  
 私は知らなかったのであるが、晩年、回顧録を次々と執筆した、と言う。後世の歴史家に役立つ手掛かりを残したことは評価すべきである。
 敗戦間近に軍幹部は保身のために戦争関連の資料の大部分を焼却したが、これは日本の将来に対する重大な冒涜であり、犯罪行為である。 

 最近、「桜を観る会」の資料が廃棄された、というが、なんか共通する行いのような気がしてならない。隠蔽工作は、日本の、組織の、為政者の特技なのか?


12/3(火)曇り小雪 外来・新コンピューターシステム稼動 飯川病院 
 0:45起床、文献・新聞などPDF化。録音データ整理。6:00可燃ごみ集積所に。6:50バスで飯川病院。8:45-13:30中通病院外来。13:45飯川病院、微睡、14:00飯川病院勤務。入院患者対応。再び微睡。19:10帰宅、夕食。20:30就寝。歩数計Σ7820歩。

何もしない人が一番クレームをつける 被災地のボランティア募集について
 朝日新聞2019.11.13に以下の記事が掲載された(一部改変)

 この秋、3つの台風が猛威を振るった千葉県。長柄町の山あいでは濁流が押しよせ、床の上まで浸水した。今も泥まみれの家財道具が庭に積み上げられたまま。
 家財道具の運び出しや泥かきなど、各地でボランティア活動も続いている。
 熊本県から駆けつけ、二週間以上泥かきを続けているというB氏(66)は「必死に作業しているのに終わらない。もっと人数がいれば・・」と疲れた表情を見せた。
    
 千曲川沿いの長野市近郊のリンゴ畑では、分厚い泥が堆積し、すでに固まり始めている。取り除くには、散乱したリンゴの枝や流されてきた屋根などのごみを撤去しなければいけない。ここではボランティア約15人がリンゴ畑で汗を流していた。畑を所有する農家の女性(87)は「本当にいろんな人に助けてもらった」。ただ、本格的な冬を控え、なくならない泥に焦りを隠さない。「本当は、まだまだ力をお借りしたい」、と肩を落とした。

 全国社会福祉協議会によるとこの1カ月で延べ約13万400人のボランティアが被災地で活動した。宮城県丸森町や福島県いわき市、長野市などでは、今も人手が必要な状況が続いている。
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 被災した現場の深刻な状況がよくわかる。
 このようなニュースがTVや新聞で報じられると、「被災地が深刻なボランティア不足に悩んでいるそうだ。だからと言って、ボランティアは自主的参加なはずだから、もっと来て欲しいというのはおかしい・・・」といった場違いの意見が投書欄などに掲載された。ネットでも行き交っているらしい。

 そもそも、国は有事の際に国民を守る義務がある。だから、ボランティアの不足が問題なのではなく、国や地方公共団体に労働力不足の責任がある、という趣旨の意見である。

 こんな意見に真面目に反論する気は無いが、自分で手を出さずに全てに「親方日の丸」に、すなわち国や自治体に頼ろうとする、最も嫌な意見の一つである。

 本来ならば住民同士が共助互助の気持ちで助け合うべきであるが、それでも人手は足りない。広域災害の時は難を免れた地域からの労働力に期待せざるを得ない。こんなことは自明の理である。また、国自治体の動きには一定の時間が必要であるが、被災地の住民には生活があり、被災直後から生活を立て直さなければならない。この時に最も力になるのは篤志家によるボランティア活動である。

 ボランティアが余るほど来るということは期待出来難い。
 ボランティア活動をしている人、被災した人たちがもっと人手が欲しい、と深刻に思っているはずである。この気持ちに偽りはないだろう。

 ボランティアを募る事自体には何の問題もない。それに対していろんな意見を発することはいいことだと思うが、非難誹謗の意見は「何もしない第三者」から発っせられることが多い。活動に手を染めた人は意見を述べるにしてももっと慎重、建設的意見になると思われる。

 そういう私は、まだ勤務があるし、高齢で作業に参加することはできない。だから、中央共同募金会を通じて台風19号被災地に義援金を送金する事しか出来ない。私の小さなボランティア活動である。


12/2(月)終日雨 健康クリニックドック 飯川病院
0:00起床、本読み。文献・新聞などPDF化。7:10バス飯川病院着。9:00-11:00健康クリニックドック。11:30飯川病院へ、微睡など。14:00-18:45勤務、入院患者、外来患者対応。15:30明日からの新コンピューターシステム稼動に備え中通病院に勉強に行く。19:30帰宅夕食、21:15就寝。歩数計Σ7420歩。ラジオ深夜便録音数篇聞く。

師走2019 (2)もう師走、毎日をもっとゆったりと過ごしたいものだ

 せき立てられるような、落ち着きのないこの師走、私はあまり好まない。この時期は節目として一年を振り返る時期でもある。

 人聞は、特に私は、自分中心主義であるから心の中に絶えず「歪み」、「毒」、「葛藤」が形成される。私どもは、いや、私は罪作りである。生きるために他の命を殺めることから逃れられられないし、生きるためにウソを重ねて社会に適合、他人に迎合せざるを得なかったから、心の中に常に他人に対しての「毒の感情」を発生させてきた。
 
 人には五欲があると言う。
 【食欲】、【財欲】、【色欲】、【名誉欲 】、【睡眠欲】。朝起きてから夜寝るまで、私もこの五欲に追い立てられている。私はどちらかと言うと根暗で無気力人間であったから「他人を蹴落としても自分が・・・」と言う発想は乏しいが、それでもやっぱり五欲から逃れられず、様々な悪行を重ねてきた、と思う。
 私も年齢を重ねて自らの業の深さに思い至り、自らの過去を反省し、「終わった人」と、自身を否定している。これ以上罪を重ねない様に社会、他人との間に距離を置いている。

 もう私には大きな目標はない。例外は、家内には一生付き合ってもらったとの感謝を込めて、良き人生を纏うしてもらいたい、と思っている。そのために、「寛容」・「忍耐」・「奉仕」に徹して支えたい。
 彼女は「つまらない人と一緒になったものだ・・」と時折言う。その通りかもしれないがいまさら何ともできない。また、ボランティアとして彼女の仕事を手伝っているが、評価は低い。「外来には出したくない、患者が減るから。病棟は任せられない、患者が死ぬから・・・」と手厳しい。花壇の世話は略合格か?滅多に運転もさせてもらえない。危ないから・・と全てに関して好き勝手な評価をぶつけてくる。その時の表情がとてもいい。私の「寛容」・「忍耐」・「奉仕」の気持ちが発揮されていることの証の一瞬である。もちろん私にもプライドが若干残っている。私は彼女が言うほどひどい、役立たずの人間ではない、と思っている。それが私を支えているが口には出さない。長年連れ添った間といえ、まだ駆け引きは必要である。

 人が暮らしていくうえで、モラルや常識の範囲がある。法律より広い。しかし、今、さまざまな場面で、人間社会の澗滑油というべきその守備範囲が狭まっているように思われてならない。言葉や態度に載せて外に逃がさねば生きていけない厄介な存在の人もいる。最近の日本はその様な自己中心の考え方が増えてきた様に思う。私の自己中心とはちょっと異なっている。

 不寛容の時代である


12/1(日)快晴午後曇り プリウスタイヤ交換  
3:00飯川病院起床、本読み、文献チェック、スクラップ化。7:00検食、9:15レガシーにて帰宅。入浴、スクラップ電子化、データ整理。12:00NHKニュース、のど自慢楽しむ。13:00-15:30プリタイヤ交換、物置整理、廃棄物多数。微睡。書斎整理、ストーブ超整初点火。BR美術館関連。19:00夕食、21:00就寝。歩数計Σ9055歩。

師走2019 (1)もう師走、毎日をもっとゆったりと過ごしたいものだ
 ついに師走となった。この月は多くの家で僧侶を家々に迎えて読経などの仏事を行ったため、師が東西に走り回るから師走と言った。年の暮れの往来の慌ただしさを絡めて、陽暦12月の異称として親しまれている。

 新年を迎えてからの時間、過ぎるのが早い。もう11ケ月も経過した。それだけ私自身が鈍くなって時間感覚がスローペースになっているからである。全部の動作が遅くなっている。これだとポール・ジャネの法則などの難しい論理を持って来なくとも時間の過ぎるのが早くなっていることは簡単に説明できる。

 「忙しい」の「忙」は「心を亡くすこと」と言われる。昔の人はよくぞ言ったものだ。よくぞふさわしい文字を創り上げたものだ。
 ここ数年、多忙から解放され、かなり自分を取り戻している。そうなると新しく見えてくる分野が広くなる。

 私は師走があまり好きでない。何かと慌ただしいからである。私は淡々と、かつ静かに過ごしたい。
 師走になると世の中が喧騒になってくる。
 通勤路にはイルミネーション、商店街がクリスマスセール、お歳暮セールと、目や耳にうるさい。お歳暮は今なら10%引きなどと世の中を煽っている。半ば親切、半ば脅迫である。私は中元や歳暮など、意味の無い物品のやり取りは嫌いである。嬉しさよりも心に傷つく。
 
 新聞ひらけば折り込み広告がうるさい。ラジオ、TVも同様、商店街も「ジングルベル」。これからますます市井が煩くなっていく。音楽雑誌をひらけば「第九」、「第九」の広告である。
 世の中が見えない力で踊らされている。
 近年加わったのがおせち料理の広告で、9月頃から始まっている。3け月あとのセールスなのに、示した通りのものが作れるのか?、と思いきや、この頃から作り始め、冷凍状態で注文を待つのだ、という。今の冷凍はコンピューター制御で一定の温度のプロセスで冷凍されるため、食品の旨みが失われないのだ、という。私も骨髄移植の分野でこの方法で細胞を生かしたまま冷凍する技術を応用していた。今は産業分野で冷凍技術は素晴らしく発展している。

 駅前、街中のイルミネーション、評判は良いようであるが私は嫌だ。冬の夜はモノクロ写真の雰囲気が似合うのにカラーの世界である。
 忘年会、今年は一回だけ飯川病院の会に出席する。付き合いとしてでなく、業務の一環として出席する。私にはアルコールも不要、忘年すべきことなどない。記憶力が乏しくなった昨今、忘年会しなくとも自然に忘れていく。

 人間には、濃密でない時間があってもいい。これからは時間を大切にすることは勿論であるが、お金で買えない、静かで豊かな時間の中に身を置くことが最高の贅沢になる。

 いつも似たような結論になるが、今年も元気で師走を迎えられての感想である。良かった良かった。


11/30(土) 降雨小雪曇り不安定 飯川病院日直当直 レセプトチェック
 1:00起床、新聞文献チェック、PDF化。12:15飯川病院に日直当直、検食。
13:30-14:30末日聖徒宣教師二人来訪歓談。16:00-17:30外来レセプト点検。18:00検食、各種データ複製処理、読書、自炊など。20:16患者死亡、21:30就眠。Σ8959歩。

宗教2019(5)ローマ教皇の来日(4) 来日は何だったのか 不遜ながら感想を
 11月23日から26日の日程で、教皇が38年ぶりに来日し、過密なスケジュールをこなし離日された。
 信者の数は世界では12億人を数える。日本では約44万人にとどまるが、宗派にかかわりのない人々を巻き込んで熱烈な歓迎を各所で受けた。
 天皇、首相他の要人とも会われた。

 歴代の法王の発言は世界に大きな影響を与えてきた。キューバ危機の回避にヨハネ23世が、冷戦時代の終焉にヨハネパウロ2世の働きが大きかったことは国際政治の世界ではよく知られている。現教皇フランシスコはさらなる影響力を世界に及ぼしている、との評価もある。
 しかし、本当だろうか?たまたまこれらの問題が解決の兆しにあったからでないか?私はそう思う。
 法王は2017年にトランプ米大統領、2019年はプーチン大統領の訪問を受けるなど、世界の指導者とも交流を持つ。彼ら要人にとって教皇との面会は人道上の免罪符になる?のではないか。その上での冷戦の再来である。

 フランシスコ教皇の言葉は立派である。
 なぜ立派なのか?
 私は具体的には知り得ないが、個人としても魅力的なお人柄だ、と言われているし、敬虔な修行者であると言う。教皇が首長であるバチカン市国はローマ市内にある微小な国に過ぎず、軍隊もなく、経済力も小さく、他国々から見たら何もないに等しい。
 教皇には宗教を通じた人間のあり方の信念がある。この、信念がありながら何もないことが逆に説得力を持つ。

 しかしながら、私は宗教は政治・経済に及ぼす影響力はほとんど無だと思っている。宗教によって平和が維持されたことはない。宗教の歴史は戦いにまみれている。

 法王は、私たちが見失ったもの、見過ごしているものを取り戻し、再発見しなくてはならないと警鐘を鳴らす。経済、政治、あるいは「いのち」の認識を新たにしなくてはならないと訴え続けている。お言葉は美しい。

 今回の来日中、法王は被爆地である長崎と広島を訪れた。戦争は「いのち」を奪う。彼は戦争が、核がこの世から無くなるために動いている。ならば、なんで今ころの来日なのだろうか。

 彼は死刑に対しても、一貫して批判してきた。刑罰として「いのち」を奪うということは、人間に与えられた能力を超えている、と強く戒める。

 これまでの人間社会は強者、弱者を生んできた。法王は、こうした世界のありようを再構築しようと呼びかける。新しい世界を作る英知は「弱き者たちの知性」にある、と説く。それが法王の動かない信念らしい。

 死刑にも弱肉強食の社会構造にも、私はこれでいいとは思っていない。おそらく大多数の人たちも同じだろう。だから、教皇が発する言葉に感じ入るのだ。

 法王が、世界の人々に送った公的書簡には次のような一節がある。
 「私たちはこの世界を無償で与えられ、他者と分かち合うべき、神からの贈り物であることに気づきます。この世界は与えられたものであるゆえに、効率性と生産性をただただ個人の利益のために、単なる功利的視点で現実を眺めることは、もはや私たちにはできません」。
 この世界は、力のある者たちによって独占されるために存在しているのではなく、人々によって分かち合われるために存在している、と言う。法王が考えている「世界」とは、同時代の人々にとっての世界であるだけでない。過去から受け継いだ世界であり、未来に受け継いでいかなくてはなうない世界なのだ、と言う。

 教皇のメッセージを行動につなげて行くことが重要だ。新聞の論調も識者の論調もみんなそう言っている。軽い、軽すぎる。
 
 しかし、教皇が離日した今、誰の心の中にお言葉が残り、誰の行動が変わったのだろうか?人間は知があるから、地球にとって進行性に恐ろしさが増す、怖い存在なのだ。


11/29(金)曇り降雪寒い 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:00起床、本読み、医学文献チェック。5:30家庭ゴミ集積所に。7:35Taxi。8:11こまち。9:15ー12:15大曲外来。病院間は往路徒歩。帰路はTaxi、秋田駅チケット売り場でキエフバレー購入。14:00飯川病院ボランティア。19:00帰宅、夕食、21:20就眠。Σ9015歩。

本:上前純一郎著 狂気ピアノ殺人事件(3) 参考になる記述
 本書には事件前後の犯人の心理変化、裁判過程で明らかになった社会としての騒音対策などの事柄が記載されているて参考になる。それらのいくつかをあげてみた。
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 ■作曲家団伊玖磨氏の意見
 事件から2力月ほどたった10月25日号のアサヒグラフに作曲家の團伊玖磨氏は日本
の住宅環境の中にピアノを持ち込む愚をこう述べている。 
 「ピアノという楽器は他の楽器に較べて一段と巨大な楽器である。本来この楽器は天井の高い石造建築の30畳平均のサロンの中で演奏されるために発達して米た。その楽器を日本の佳宅、わけても団地のように隣室や階上や階下に別の家族が住んでいるような小部屋に持ち込んで弾くという事は根本的に誤りなのである。例えるなら銭湯の浴場でプロ野球を興行しようとする程の無茶で無理な事なのである・・・。」

 ■騒音被害者の会のアンケート結果と配布パンフレットの記載
 騒音被害者の会は事件後、渋谷駅前で「第二第三のピアノ殺人事件を起こさないようにするには・・ 」のアンケート調査を行なった。71通の答えのうち、法による規制49、話し合いによる解決は14であった。

 またアンケート用紙にはつぎのような呼びかけが印刷されていた。 
?? 生活の発達しているフランスでは、夜中に水洗トイレの水を流すと軽犯罪法に触れるといいます。
?? 西ドイツでは、絨毯を叩く日は金曜日と決め、お互いにルールを守っています。
?? カナダでは、訓練した犬でなければ飼うことはできない規則になっています。
?? アメリカでは、他人の家の前で自動車のエンジンをかけたままにすると、パトカーが飛んできて重い罰金をとる仕組みになっています。
?? ニューヨーク市の騒音条例は厳しく、街頭放送、車内のラジオの音、アイスクリーム売りの鐘の音まで規制しています。とくに市条例で日をひくのは、市民が騒晋の苦情を申し出ると奨励金が出るということです。
?? 日本では反対に、苦情をいう人は「少しくらいの音を気にするようでは社会生活をする資格がない」とお説教されます。諸文明国とは雲泥の差です。
?? ソ連では、低い音や単調な音を連続的、または継続的に聞かせて、音を拷問の道具にしたと聞きました。
?? ナチスは独房に入れた囚人に雨だれの音を聞かせ、拷問を行なったと聞きました。

 ■この事件の前、1973年10月、埼玉県朝霞市のアパートで、ステレオの音がうるさいと注意された若い会社員が、逆ギレし苦情を申入れた隣室の夫婦を果物ナイフでめった剌しにして重傷を負わせた。ピアノ殺人事件の犯人はこの事件を知っていたがために強く苦情を言えず忍耐を選んだ。結果として耐え難く憎悪を募らせた。

 ■ などなど・・・・・・。
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 騒音に敏感な人は騒音とともに発汗や頭痛、動悸などの自律神経症状をきたしやすく、音による恐怖感から不眠症や神経症、時にはうつ状態にも陥りやすい。騒音の発生源が近所であり、自分と変わらない環境の人たちが多いだけ、時には強い憎悪の気持ちを抱く。

 多くの被害者は苦情を言っても通用しないために、諦めて自ら別環境を求めて転居などする場合が多い。

 私も騒音ノイローゼの一人であり、この事件が生じた際には強い衝撃を受けた。今読み返しても同様である。
 私も騒音から逃れる努力はしてきた。今の住宅環境は静寂であることは満足している。また、市井の騒音にはノイズキャンセリングヘッドフォンが大いに役に立って私の悩みを救っている。


11/28(木)曇 飯川病院 
0:30起床、本読み、徒然他。医学文献自炊、整理、廃棄。徒歩で飯川病院着。8:45-13:00外来+ドック判定13名。微睡、14:00-19:50飯川病院、入院患者対応。20:15レガシー帰宅、夕食、21:30就寝、歩行計8239歩。ラジオ深夜便聞き直し数篇。

本:上前純一郎著 狂気ピアノ殺人事件(2) 私と犯人はとても似ている
 本書の初発本は1972年文芸春秋社から出版されている。

 本の題名が「狂気・・」とあるが、私は決して「狂気の沙汰」とは思わない。市井に音が溢れ過ぎている。そちら側の方が狂気なのだと思いたい。
 雑音・騒音は公害である。しかも、音公害は最も賛同者を得難い。音の感受性に個人差が大きいからである。特に騒音源となっている人は感受性がもともと欠如しているからほとんど通用しない。あたかもクレームをつける側に非があるように扱われる。

 私の場合、程度環境整備できるようになってからの50年ほどは騒音との戦い・忍耐であった。
 思い出すまま記述すると、以下のごとくである。

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 ■ 私は自身が出した音以外は全て騒音である。たとえ美しい音楽であっても変わりない。他人から聞かされるのは辛い。
 ■ 秋田に来てから3度転居した。2回はいずれも道路に面している住宅で、車、特に大型車のディーゼルエンジン音、走行音、タイヤ音などはストレスで転居の原因因子であった。
 ■ 最初の住宅の隣にM電気店の店舗がオープンしたが、営業時間中ずっと店の前のスピーカーから音楽が流れていた。商業地だから鳴らすことは責められない、のだそうだ。これは決定的であった。
 ■ 3度目が今の住宅である。メインの道路からは奥まっており、細い道を50m入った突き当たりである。したがって、交通騒音は皆無である。隣家の音もない。しかしながら冬季には除雪の悩みが大きい。しかし騒音よりはいい。
 ■ 我が家に一定時間停車する車、宅配などにはエンジン停止をお願いしている。
 ■ かつては犬害もあったが死んだらしい。
 ■ 我が家では窓を開けるが、秋田市中心部にある病院の私の居室の窓は一人でいる時は開けることはない。市井の音がどうしても飛び込んでくる。かつては音に無神経な方々と同室になっていたが、その方々の診療スケジュールをチェックし、同じ時間を同室で過ごさないようにしていた。
 ■ 我が家では私がいる場合は、洗濯機、掃除機、換気扇の使用は禁止している。
 ■ エアコンは今年購入したがちょっとうるさい。それが嫌で私はまだスイッチを入れていない。
 ■ TV等の音は最弱にしてもらう。家族が楽しむ場合、私はヘッドフォンを用いる。
 ■ 車は静粛性を重視してマツダのロータリーエンジン車を選んだ。ガソリン播き散らし車であったが、選択は正解であった。
 ■ 最近は静粛性を重視してプリウスにしているが、めったに乗らない。
 ■ 我が家の暖房は燃料は灯油であるが、静粛性を重視して煙突式、自然排気式でモーター音は聞こえない。FFはうるさい。
 ■ 台所の換気扇、浴室の換気扇を私は使わない。
 ■ 就寝、起床などは家族とはずらしている。0:00-2:00の間に起き、静かな朝を過ごす。
 ■ 騒音の多いところ、市井、タクシー、バス、新幹線などでは騒音消去効果が大きいソニーのノイズキャンセリングへッドフォンを着用する。ノイズキャンセリングへッドフォンは6台目。

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 一般的に40-45ホンで睡眠障害などが出ることもあるとされているが、音に過敏な人と比較はできない。

 私はこんな自分を困ったものだと思う。しかし体が自然と反応し不快になるからやむを得ない。


11/27(水)曇り 飯川病院ボランティア インフルエンザワクチン接種
0:30起床、新いiMac27の環境設定。本読み、徒然他。医学文献自炊、整理、廃棄。家の外回りチェック、12:00バス飯川病院着。微睡、飯川病院ボランティア、入院患者対応。19:15レガシー帰宅、夕食、21:30就寝、ラジオ深夜便聞き直し数篇。
インフルエンザワクチン、接種後体調不良に、喘息、倦怠感。2時間くらいで改善、19:00帰宅、夕食、20:30就眠。歩行計7680歩。

本 上前純一郎著 狂気ピアノ殺人事件(1) 文春文庫1982年 文芸春秋社
 私は今、終活の一環として古い蔵書を引っ張りだして電子化するとともに、興味のあったものから順次読み返している。
 30-50年前に読んだ本が大部分であるが、それらを改めて読むと当時と違った一面から味わい直すことができる。
 もう一つの目的は、世に大きな影響を与えた重大事件などについて詳細を知りたいと思い、求めて読み返している。重大事件といっても新聞などを通じて概要は知れるが表面的なものでしかない。だから、フィクション、ノンフィクションなどの作品があればそれを通じて事件とその背景を見つめ直そうという目標があるからである。

 本書も自炊の順番となり、電子化するとともに37年ぶりに改めて読み直した。

 当事件は騒音に極めて敏感な、無職の中年男性が階下の住人3名を刺殺した事件である。当時はそれなりに社会に衝撃を与えたが、生活環境の静けさを求める動きに対して大きな影響は残さなかった。
 私はこの事件の犯人に酷似し、騒音にとても敏感である。そんな自分から見てこの事件は極めて衝撃的であった。当時、数回は通読した。

 事件は1974年8月神奈川県平塚市の団地で発生した。
 被害者は33歳女性、8歳長女、4歳次女で、いずれも刺殺体で発見された。夫は出勤していて難を免れた。
 犯人は46歳。事件の3日目自首、ピアノの音が煩かったから殺した、と供述した。

 犯人は騒音に対して神経質なことから住居を何度も転々としていた。今回の犯行前には騒音から逃れるために真剣に自殺も考えたが、自殺しても何も状況は変わらないだろうと考えを変え、犯行に及んだ、という。

 被害者のうち、4歳次女は滑りのよいアルミサッシの窓枠を遊び道具の一つとして大きな音で頻繁に開閉して被害者の神経を逆撫でした。さらに8歳長女は早朝から夜まで時間に関わらず頻回にかつ長時間にわたってピアノを練習した。
 犯人は数回母親に対して苦情を言つてきたが、その度に聞き入れることなく、逆に無職であること、経済的に余裕のなさそうなことをバカにするような態度を取られた。

 犯人は階下の騒音に耐え難く、早朝から公園とか図書館に避難して時間を過ごした。そのうち階下の家族が立てる騒音は自分に対する嫌がらせだ、と思いこむようになり、機を見て3人を刺殺した。

 犯人は逮捕後も裁判中も反省の態度を見せず、今後も騒音に悩むくらいなら死んだほうがマシ、と自ら死刑を望んだ。
 1975年横浜地裁は残虐な殺害であったと死刑を言い渡した。騒音に悩む支援団体や弁護士の控訴の勧めも受けれず、1977年死刑が確定した。

 犯人は刑務所の中でも隣の独房のトイレを流す音などにも敏感に反応しトラブルを頻回に起こした。彼は早期の死刑執行を望んだが、今に至るまで執行されていない。現在収監中の死刑囚の中では2番目の長期収監者となっている。

 騒音を嫌う私から見ると、犯人は死刑執行されるよりも遥かに厳しい生活環境での生きることを強いられているように思われてならない。犯人の現在の気持ちなど知りようもないが、煩い環境の中で生き続けることがさぞや辛いだろうと同情する。


11/26(火)曇り  外来 飯川病院  
 0:30起床、献新聞チェックPDF化など。文献整理など。iMac27インチ入れ替え。Time Machineよりデータ転送、5:20可燃ゴミ提出。レガシーのエンジンかからず、7:10バスで飯川病院着、バスは混雑、8:45-13:00中通病院外来。あまり混雑せず。14:00飯川病院、入院患者対応。その後自炊、読書、微睡など、20:00講演会出席の家内待ち帰宅、夕食、21:30就寝。歩行計Σ9544歩。

宗教2019(4) ローマ教皇(3) 全ての予定を終え本日離日された
 ローマ教皇は本日、全ての予定を終えられローマに向けて離日された。
 その動きはNHKニュースでも逐一報じられた。どこに行かれても大歓迎を受けられた。

 ローマ教皇は国際協調に力を注いだ、と言われているが、私はいささかクールにみている。
 ローマ教皇の教えの基本は「貧困」、「平和」、「核」にある様だ。 

 近年、核軍縮への取り組みは後退している。自国第一主義が優先されている。

 ■ 米ロの中距離核戦力(INF)全廃条約は8月に失効。
 ■ 両国間の新戦略兵器削減条約(新START)も2021年に期限を迎えるが、存続が危ぶまれる。
 ■ 2021年に期限を迎える核不拡散条約(NPT)の再検討会議が開かれるが、核保有国と非保有国の溝は深まる一方である。

 核に関しての最近の動きは不穏であるが、教皇はどう感じられているのか?直接の言及はなかったように思う。
 核軍縮を目指す教皇は若い時から訪日の希望を持っていた。やはり被爆地に対しての思い入れはあったのだろう。今回実現したのは、長崎・天草の潜伏キリシタンが世界文化遺産に登録されたことも関連があるかもしれない。
 被爆地からのメッセージの発信が予定されている。カトリック信者が多数犠牲になった長崎の地に立ってのメッセージは強い力を生む(?)だろう。長崎でのミサは信者も多く大規模なになると予想されている。

 ローマ教皇の発言を新聞紙上で追ってみた。
 教皇の思いにどう応えるか。唯一の戦争被爆国である日本の責任と役割は大きい。

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 ■ 平和の実現にはすべての人の参加が必要。
 ■ 核兵器の脅威に対し一致団結を。
 ■ 13億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会のトップ、フランシスコ教皇が長崎と広島を訪れ、核兵器廃絶を訴えた。核の国際的な枠組みが危機にある中、被爆地から発せられた呼びかけをしっかりと受け止めたい。
 ■ 長崎の爆心地に立って「核兵器が人道的にも環境にも悲劇的な結末をもたらすことを証言している町だ。
 ■ この場所はわたしたちを無関心でいることを許さない。
 ■ 広島でのスピーチで「戦争のために原子力を使用することは犯罪」、「核戦争の脅威で威嚇しながら、どうして平和を提案できようか」、と述べた。この根源的な指摘を無駄にしてはならない。
 ■ わたしたちの世界は、手に負えない分裂の中にある。相互不信の流れを壊さなければならない。
 ■ 世界の指導者に向かって「核兵器は安全保障への脅威から私たちを守ってくれるものではない」と説いた。
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 教皇の言葉は今後さらに明らかになっていくだろう。なぜ教皇の言葉は重いのか?

 安倍政権は、日本が米国の「核の傘」に守られていることを理由に核禁条約に背を向け続け、核保有国と非保有国の橋渡し役を掲げるが、成果は見えない。

 ローマ教皇はこういう日本の姿勢を暗に批判して、離日した。


11/25(月)快晴 健康クリニック 飯川病院 
 1:30起床、文献・新聞など。いつものごとく。6:47バス飯川病院。9:00-11:30健康クリニックドック13名+結果判定+レントゲン判定14名。11:45飯川病院、本読み、微睡など、14:00-19:00勤務。入院患者処置。インフルエンザワクチン8名。19:30帰宅。21:15就寝。歩行計Σ9942歩。徒歩通勤神奈川到着。最後の東京まで341kmで伊能忠敬の足跡を辿る日本一周が完成する。

宗教2019(3) 私の宗教観に示唆を与えた言葉
 最近、私は少しだけ英語を復習している。その過程で、先日以下の詩を知った。
 NY大学付属病院リハビリテーションセンターの壁に誰かが書いたものらしい。ネットで知られて有名になった、という。2012年頃にも引用したことがあるが、今一度見直し再び感銘を受けた。再掲する。それだけの値がある。

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「A creed for those who have suffered (author unknown)」

I asked God for strength, that I might achieve?  I was made weak, that I might learn humbly to obey.
I asked for health, that I might do greater things ?  I was given infirmity, that I might do better things.
I asked for riches, that I might be happy ?  I was given poverty, that I might be wise.
?I asked for power, that I might have the praise of men ?  I was given weakness, that I might feel the need of God?I asked for all things, that I might enjoy life ?  I was given life, I might enjoy all things.?
I got nothing that I asked for but everything I had hoped for Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.
  I am among all men, most richly blessed!  

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添付されていた和訳   
 ■ 苦しみを超えて 大きなことを成し遂げるために力を与えてほしいと神に求めたのに、謙遜を学ぶようにと弱い者にされた。
 ■ より偉大なことができるように健康を求めたのに、よりよいことができるようにと病気を戴いた。
 ■ 幸せになろうとして富を求めたのに、賢明であるようにと貧しさを授かった。
 ■ 世の人々の賞賛を得ようとして成功を求めたのに、神を求め続けるようにと弱さを授かった。
 ■ 人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに、あらゆることを喜べるようにといのちを授かった。
 ■ 求めたものは一つとして与えられなかったが、 願いはすべて聞き届けられた。
 ■ 神の意に添わぬものであるにもかかわらず、こころの中の、言い表せない祈りはすべて叶えられた。
 ■ 私はあらゆる人の中で最も豊かに祝福されたのだ。

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 すごく心に響く名文だと思う。と同時に宗教の本質をついてるのではないかとも思う。
 しかしながら、これは聖書の言葉ではない。無名の兵士の作と言われている。

 聖書にはこの様な言葉が満ちあふれているらしい。米国を始めとしてキリスト教社会の子供達は聖書を通じてこの様な言葉に接しながら成長しているとすれば、最高の道徳教育がなされていると言って良い。
 しかしながら、米国は常に強さを、豊かさを求めている。オバマ、トランプ時代に方向性は変わったが、米国は世界の軍事費の半分近くを占めている。自由と平和と富を得るために用意されている。
 
 ユダヤ教・イスラム教などの教義も好戦的な内容ではないと思うのだが、宗教と戦争、殺戮など、現実との差はどこから来るのだろうか。
 宗教的土壌は人間社会に何かに役立っているのだろうか。私にとって追及していきたい分野である。

 現時点での感想を一言で言えば宗教とは集団催眠状態ではないか、である。


11/24(日)快晴温暖 舩杉一家離秋 ハイビスカス剪定他
 0:20起床、新聞チェック、医学論文読み,整理、PDF化。新聞スクラップ、10:30庭の落ち葉掃除、。微酔若干。NHKのど自慢途中まで観る、舩杉一家離秋。駅まで送り飯川病院、ハイビスカス剪定、殺虫剤、追肥後リハビリ室に収容掃除再度、19:00帰宅、夕食、21:30就寝。歩数計7552歩。昨年プリウスタイヤ交換と除雪機2台整備。

宗教2019(2) ローマ教皇(2) 混迷の世界、宗教に何ができるのか
 私は宗教に関心があるが詳しくはない。
 今回の教皇の来日のフィーバーぶりには驚いている。ありえないことであるが、あたかもキリストが訪日した様な雰囲気である。

 フランシスコ教皇は82歳、2013年に就任、266代目。歴代初の中南米アルゼンチン出身者、大学では化学を専攻した、と言う異色の経歴を持つ。「コンクラーベ」と呼ぱれる枢機卿間の選挙を通じて選出される。2013年当時の私の新聞切り抜きを見ると、決まるまで延々と選挙を繰り返し、本当に「根くらべ」と言えるような仕組みらしい。

 教皇はキリスト教の三大宗派のひとつカトリックの最高指導者で世界人口の2割弱に当たる13億人の信者を束ねる立場にある。教皇は信仰に関する広範な決定権や高位聖職者の任命権を時つ。

 カトリックの総本山バチカンはイタリアの首都ローマにある独立国で、1929年に独立国家となった。宗教機関と国家という側面を併せ持つ。面積は世界最小で東京ディズニーランドより小さい。その狭い領土の中にサン・ピエトロ大聖堂、バチカン宮殿、バチカン美術館、サン・ピエトロ広場などがある。バチカン市国は、一切の軍事力は保持していない。
 バチカンは国家というにはあまりに特殊な存在であり、利益追求の産業活動は行っていないため、歳入は「聖ペトロの献金」 として知られる世界中のカトリック信徒からの募金、切手の販売、バチカン美術館の入場料収入、出版物の販売、観光などに依る。
 バチカンは1984年に世界遺産に登録された。バチカンの人口は1000人足らず。これで国の機能を維持できるのか、と言うと、国外からの、すなわちローマ市内に在住者が勤務として通ってくると言う。

 バチカンは約180の国々と外交関係を持つが中国やアラブなどとは国交がない。 

 フランシスコ教皇は公邸への入居を断るなど質素な幕らしぷりを好む。気候変勣対策を各国に求めるなどリベラルな考えの持ち主として知られる。
 ローマ教皇の教えの基本は「貧困」、「平和」、「核」にある様だ。 

 今回の来日の目的は何か?  ローマ教皇の来日は1981年以来、38年ぶり2度目。
 前回来日したヨハネ・パウロ2世が平和外交を展開して東西冷戦の終結に影響を与えるなど、教会は核廃絶を含む平和への取り組みを重ねてきた。フランシスコ教皇も米国とキューバの国交回復で仲介役を務める一方、自らが国家元首であるバチカンは、核兵器の製造や実験、使用を禁じる核兵器禁止条約が2年前に国連で採択された後、いち早く条約に署名・批准した。

 上記の様な業績が語られているが、私は実行面での業績については懐疑的である。

 宗教に何ができるのか??私は常に疑問である。


11/23(土)勤労感謝の日 曇寒い 飯川病院午前日直 舩杉一家七五三来秋
1:00起床。いつもの如く資料整理中心。読書。9:30園芸用小者持ちレガシー出勤、12:30まで午前は飯川病院日直代行となる。予定のハイビスカス剪定出来ず。13:30某診療所医師来訪歓談、ロマンの実現に向け離秋して再出発するという。17:00帰宅、我が家、舩杉家族は次男宅で家族会、私だけ留守番。19:00夕食、21:30就寝。歩数計5376歩。

宗教2019(1) ローマ教皇(1) 38年ぶり来日、82歳、驚異的強行(教皇?)スケジュールに驚く
 私は宗教に関心があるが、腰を入れて学んでいるわけでないのでい詳しくはない。日本の宗教についても複雑でわからない。ましてや世界の3大宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の関係などは単発的にはわかるが詳しいことはよくわからない。
 そんな私であるが、今回の(フランシスコ教皇)の来日のフィーバーぶりには驚いている。

 ローマ法王(フランシスコ教皇)は11月23日(土)本日夕方タイから羽田空港に到着 、11月26日に離日の予定となっている。この4日間に訪れる地域は、東京→長崎→広島→東京と、各地で早朝からスケジュールをこなすことになっている。
 そのスケジュールの過密さには驚く。

 ■ローマ法王11月23日(土)
 バンコクから東京へ 。夕方羽田空港到着、 空港で歓迎式、 司教との集い 、教皇の講話。

 ■ローマ法王11月24日(日)
 午前7時長崎へ。長崎空港到着、核兵器に関するメッセージ、日本二十六聖人殉教者への表敬教皇のあいさつ「お告げの祈り」。長崎県営野球場でのミサ、教皇の説教 。
 午後4時35分 広島へ。広島空港から広島平和記念公園へ。 平和のための集い。教皇のメッセージ 。同20時25分東京へ 同22時10分羽田空港到着 。

 ■ローマ法王11月25日(月)
 東日本大震災被災者との集い、教皇の講話、皇居で天皇との会見。
 東京カテドラル聖マリア大聖堂で青年との集い、教皇の講話。
 ローマ教皇庁大使館教皇随行団と共に昼食。 東京ドームでミサ。教皇の説教。
首相との会談(官邸) 、要人および外交団らとの集い(官邸) 、教皇の講話。

 ■ローマ法王11月26日(火)
 イエズス会員とのミサ(上智大学クルトゥルハイム・チ ャペル)、イエズス会員と共に朝食(イエズス会SJハウス)。
 病気・高齢の司祭を訪問(同) 上智大学訪問(同大) 教皇の講話。別れの式(羽田空港)。
 午前11時35分 ローマフィウミチーノ空港へ向けて離日

 日本での正式名は来日を機に法王から教皇に変わるという。外務省によると、昭和17年にバチカンと外交関係を樹立して以来、「法王」を用いてきたが、カトリック関係者など一般的には「教皇」が広く使われているため、変更を決めた、と言う。
 教皇は現在82歳、この過密なスケジュールには驚かされる。自らの発案なのか?迎える支持者の発案なのか?
  強硬!! 強硬!! 教皇は大丈夫なのだろうか。


11/22(金)快晴 大曲中通病院 飯川病院
1:00起床、新聞文献チェックPDF化、徒然他。6:00可燃ゴミ出し。7:30飯川病院経由秋田駅、9:15-12:00大曲中通病院外来。往復徒歩。13:30飯川病院着、14:00-18:45ボランティア。19:10講演会に出る家内をメトロポリタンに送り通町書店経由レガシーにて帰宅、夕食。21:30就寝。 歩数計Σ101970歩。

人生100年時代(32)  寿命と人としての成熟の速さ
 私は戦後の日本文化を知るために乙津安次郎監督の作品のDVDを何種類か持っている。当時の寿命を意識して古い日本映画を見てみると、寿命と人としての熟成がどういう関係にあつたかよく示唆してくれる。乙津作品には高齢の名優がたくさん登場するが、演じている年寄りとしての役柄は50歳代のが多い。当時の平均余命はこんなものだった。

 「私はもうすつかりお婆ちやんで、肩も凝るし、めまいもするし・・・」と心弱く嘆いている母が43歳だったりする。こんな場面はしょっちゅう出てくる。今の43歳の女性なら娘のように気軽に振る舞う。それどころか独立心も少なくチャッカリ親に寄生するパラサイト娘によく出会う。

 戦後まもなくの間は人生50年の文化であり、社会全体が人生50年のプログラムの中でそれ「らしさ」が形づくられ、社会も、各人も「らしさ」への適合に努めていたようである。そのことによってある種のバランスと落着きが保たれたのであろう。

 戦前・戦中の20歳前後の若者の成熟度は実に高かったと思う。生きられる時間に限りある時代に生きて、彼らは今からみると実に早熟であった。それらは「きけわだつみのこえ」を読むと驚かされる。彼らは先の短い人生を意識して緊張度も高く暮らしていた。文章の成熟度、筆跡の素晴らしさ、人生観などなど驚いてしまう。
 
 しかし、今人生は100年時代である。幸せなことに、個々人の時間はたっぷりある。 
 かつての短寿命の文化のイメージに拘泥していることが不自然なのであるが、長さの中身が問題である。残り時間がまだまだあるとしても、加齢に伴い、残り時間は実際には薄っぺらになっていかざるをえない。
 「健康寿命が大事」、と今盛んにキャンペーンを張っている。中身は「健康余命」のことである。それも大事なのだが「健康知能が大事」と考える姿勢は少ない。
 現代人は生きながらえる余命時間があるだけに、知能面の衰えを意識しての密度の高い精神活動、研鑽を続けている人は少ないように思えてならない。

 一度しかない人生、先が身近いとしても、楽しく研鑽し続けたいものである。


11/21(木)曇り寒波若干緩む 飯川病院 社会福祉関連で巡回
 1:00起床、文献処理、徒然。午前は座学、10:00町内虚弱高齢者巡回。読書、自炊数冊、各種作業。文献他諸々。12:30バス飯川病院着。14:00-18:50飯川病院。入院外来対応、病棟インフルワクチン7名接種。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計9870歩。

人生100年時代(31)  高齢者の実年齢と見てくれの差
 私は74.5歳になった。総合病院の外来診療と老人病院のボランティアを続けているが、時々、患者から「お若いですね」、といわれる。こう度々言われるとついその気になって、若く見えるのかな?本当かな??と思ってしまう。 

 私の風情は全然若く無い。ざっといえば、頭髪は真っ白で髪の量は豊かだが散髪は2-3ケ月に一度だからもじゃもじゃ、顔ヒゲはここ5年はカミソリも当てたことなく無精髭をのばしっぱなし。どこまで伸びるか楽しんでいる。背中も曲がり、歩行も動作もゆっくり緩慢になってきた。服装は気楽に作業服を用いている。この服が若く見せているのかもしれない。

 私自身はそんなに若く見えるはずないじゃないか。むしろ、山から降りてきた仙人のごとくに年老いてかつ不潔に見えるのではないだろうかとさえ思っている。
 「若く見える」と言われるのはお世辞なのかわからないが、悪い気はしない。そうだとすれば、現在の環境の性かもしれない。現役の間は、「・・らしさ」を要求され、それに合わせていたが、今は解放されのびのびしているから若くみえるのだろうか。 
 他に要素を探るなら、常に「未完の感覚」があって少しながら自己研鑽に努めていることがそうさせるのだろうか。だったらうれしい。

 ところで 私は自分の若さを誇つているわけではない。今の高齢者は先人の方々に比較して誰でも格段に若い。
 近年は年齢不詳の人が多い。62歳とか75歳とかカルテに情報かあるからわかるが、10歳、20歳もの違いは外見からは判断できなくなっている。

 女性の場合はさらに分からない。高価な化粧品、アンチエイジングのサプリなど飛ぶように売れているらしい。
 女性の若さを見るにつけ、女性の努力は大したものだと認めざるを得ないが、意外と効果をあげていないのでは?と感じている。いまの生活環境自体が、男女ともにアンチエイジング効果を及ぼしている、としか思えない。勿論、その努力を男の立場から否定はできない。

 周辺の70代の男たちを見ると若々しく、中には青年のような顔をしている方もいる。話すこともやることも若い。枯れるどころか、まだまだ身を持ち崩す危険さえ秘めているようである。 
 私は自分を「終わった人」とみなして静かに自由を味わっている。本心は「イロ爺い」と呼ばれて見たいのだが今は空想の世界だけ。

 自分の父の姿を思い出すと、父は55歳定年で定年退職したが、その時父はもう老人であった。私は父が44歳の時に生まれたが、東條英機、指揮者のアンセルメに似た雰囲気もあり、ずいぶん年老いた親だ、と思っていた。 
 幼い子供の目を通して見るから大人に見え、老人に見えたのだ、という考え方もあるが、やはり、そればかりではなくかつての55歳は見てくれも老けていたのだがそれなりに成熟していたのだ、と思う。 


11/20(水)小雨小雪寒い 飯川病院ボランティア マック不調決定的
0:50起床、新聞・文献読みとPDF化、他諸々。ネコの世話、給餌、トイレ掃除など。
9:00Apple staffと電話相談、判断としては修理不能な状況と判断。11:50バスにて飯川病院へ。ボランティア。外来患者対応。ラジオ深夜便聴き直し。19:00薬局経由帰宅。19:30夕食、20:45就寝。歩数計9874歩。

日本の食文化の崩壊(17)賞賛 マイクロレボライス
 我が国は多災害時代に突入した。かつては地震とか津波、大火がその主役であったが、最近は天候不順による夏の強烈な暑さ、大型台風の襲来、集中豪雨と洪水が繰り返されている。
 次は我が身にいつ災害が降りかかるかわからない。

 その際には生活用品、飲料水、食品などの備蓄も必要となる。特にその中でも飲料水、食品の備蓄は重要である。

 私は日常的に食事に対してほとんど興味は無い。もちろん、今は食事を作ってくれる人がいるからだが、もし間違って一人暮らしになれば重大関心事項となる。私はなんとか自活はできると思う。

 生きるためにはどういう状態になろうとも食事摂取は欠かせない。だから、災害に備えて飲料水、食品は備蓄しておかなければならない。そういう意味で関心はある。
 春には保存食としてラミネートテューブ入りの「飲むおにぎり」を発見、我が家の備蓄品に加えた。手軽に栄養補給ができ、簡単に食べられる。カロリーは200kcal摂取できる。1年程度の常温保存が可能というもの。

 今回はマイクロレボライスを発見した。
 
 
 (25分間ボイル後の開封前の製品。内部の水分の傍聴で容器が膨らんでいる)

 「マイクロレボライス」とは、これまでの製法では難しいとされた食感すなわち、「粒感・艶感・もっちり感」を実現したとされるパック食である。特殊製法により保存料などは使用していないという。約2年間の長期保存を実現している。広島県の永岡商事KKの製造、内容は300g。

 自衛隊へも納入している。調理は9分間熱湯でボイルするだけと簡単であるが、そのためにバッチリ密閉されており、私の力でもなかなか上手に開けられない。はさみでまわりを切って開けた。ただ、非常時に25分間ボイルするのは簡単ではなかろう。

 私は試食したのは「とり飯炭火風」であるが「炊き込みご飯」、「とり飯炭火風」、「北海飯」、「ちらし寿司」、「カレーピラフ」、「栗ごはん」の6種類あるという。我が家には「カレーピラフ」があった。6種セットで2,520円と、そう高くはない。

 開封すると鶏肉、黒コショウの香りがいい。米には味が十分しみこんでいる。ベトベトでもなくパラパラでもなく、食感は良好、十分に美味しかった。
 日常的には、家族が留守とかの時には有用とおもう。我が家でも数セット備蓄しておきたい。


11/19(火)曇り終日小雨寒い 外来 飯川病院 
 0:30起床。新聞・文献読みとPDF化、本読み、自炊他諸々。5:30可燃ゴミ出し。7:00レガシー飯川病院着、バッテリー心配、交換要す。8:45ー13:00中通病院外来。14:00-18:15飯川病院勤務。入院外来患者対応。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計6424歩。昨年日産ゴーン会長逮捕。

首相主催の桜を観る会(2) 突然中止の怪 裏に何かが?
 国の予算を使って首相が毎年4月に開く「桜を見る会」の是非が国会審議の焦点に浮上した。野党は安倍政樹下で右肩上がりとなっている支出や運用のあり方を問題視。野党は12日に調査委員会を発足させ追及を強める。政府の説明責任が問われる 

 「桜を見る会」は発足は1952年吉田茂総理の時から。東日本大震災後の2011年などを除き、毎年春に首相が催してきた。政権が変わった旧民主党政権の鳩山内閣でも10.000人規模で行われた。国の事業の見直し、徹底して無駄を配するとして来た民主党としては、なんでこの会を槍玉に挙げなかったのか?結局同じ穴のムジナか?? 
 日本共産党は異分子として招待されていなかったのだろうか??
    
 出席者は2014年以降、毎年500人規模で増加、首相の地元後援会関係者も含め政治家の支援者らが多数出席した、と国会で指摘されている。 
 8日の参院予算委員会で共産党の田村氏が首相らに疑問をただした。 
 その際、首相は出席者について自分は関与していないし、「個人情報であるため回答を控える」とした。内閣府の担当者は関係資料終了後 遅滞なく廃棄した、という。
 国の行事への出席は個人情報か??私は「個人情報保護法」を「個人情報隠蔽法」と呼んでいる。

 「桜を見る会」について政府は13日突然、来年度の開催を中止することを決めた。招待者の選定基準などをめぐる批判が高まり今後取り組む全面見直しに時間がかかるため、と説明した。
 また、招待者の取りまとめの際、首相を含む官邸幹部や与党に推薦を依頼していたことも認めた。ここでも虚偽・隠蔽があった。中止に関して菅氏は詳細の説明には応じなかった。

 政府はこれまで各省庁からの意見などを踏まえて内閣官房と内閣府で最終的に招待者を取りまとめている。官邸内では首相のほか副総理、官房長官、官房副長官に依頼していた。菅氏はそれが自然なこと、とずつと思こていたと釈明した。

 また、「桜を見る会」をめぐつては首相の事務所名でこの会を日程に含んだ観光案内の文書が地元有権者に届いていた、という。

 私の印象では「桜を見る会」は与党、安倍政権による私物化行事というべきなのだろう。国のために寄与しているとは思えない。これだけに人数なら慰労親睦の意味もない。18.000人が全国から馳せ参じてくる交通費、宿泊費、装い費などでは、景気を高める作用はあっただろう。

 それほどの意義があるなら、来年から自分たちの金でやればいい。


11/18(月) 終日雨寒い 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:45起床。文献・新聞等処理、蓄積データ処理。徒然。7:10バス飯川病院着、新聞チェック、9:00-11:50健康クリニックドック13名+結果説明3名+結果判定。
12:00飯川病院。新聞、医学論文チェック。14:00-18:20勤務。入院・外来患者対応若干。自炊数冊、19:15帰宅、19:00夕食。 21:15就寝。歩数計6234歩。バス待ちの風除け、寒気を防ぐために上下ヒートテック着用。風除室のシマジのためにもヒーター考慮しなければ。

首相主催の桜を観る会(1) 18.000人集めて何を観る?? 互いの鼻か??
 毎春、東京・新宿御苑で行われる首相主催の「桜を見る会」が大規模化していることが明らかになった。

 私はこんな会があることなど一切知らなかったが、1952年に当時の吉田首相が始めたこの会は東日本大震災の後一時中止になったものの現在まで続いてきた、と言う。こんな馬鹿な会が開かれていたなんて呆れる。

 会の「開催要領」には各界で「功績・功労」のあった人たちを慰労し親睦を深めるのが目的とある。開催要領は、招待の対象を皇族や各国大使、国会議員、都道府県知事らのほか、「その他各界の代表者等」と定める。
 出席者は計約10.000人と明記されているが、今年の参加者は約18.200人。予算は毎年一律の約1.767万円で公費で賄われる。実際の支出は今年は5.519万円となった。ほとんどどんぶり勘定だ。

 新宿御苑がいかに広いとはいえ、桜が多いとはいえ18.200人で何を観る??桜の花でなく互いの鼻を観る会では無いのか。慰労し親睦を図る??招待者はどこに誰がいるのかもわからず無為に時間を過ごすだけで無いのか??

 私はこれを知った時、1958年(慶長3)に秀吉が開いた醍醐の花見を彷彿とさせる、と思った。約1300人規模であったが、秀吉一世一代の催し物として知られる。秀吉はこの約5か月後に没した。

 首相の後援会関係者が大勢招待され、公的な行事を私物化しているのでは??と噛みついたのは共産党。
 都内のホテルで開かれた前夜祭に850人が出席、首相は2013年以降出席している。首相の「後援会活動そのものではないか」と追及した。

 各界で「功績・功労」のあった人たちを慰労し親睦を深めるのが目的とされる。開催要領は、招待の対象を皇族や各国大使、国会議員、都道府県知事らのほか、「その他各界の代表者等」と定める。

 内閣府の担当者は、招待者名簿などの資料は会の終了後、「廃棄」したと述べた。税金の使途のための資料として、翌年の準備のために保管しておくのが当然であり、不自然さが残る。


11/17(日)曇りのち晴れ  
0:30飯川病院で起床.医学論文読み,蓄積データー整理。自炊数冊。読書。微睡など思うがまま。9:00研修会に出かける家内を送り帰宅。午前は座学、データ整理他。自炊ほか。正午NHK TVニュース、のど自慢楽しみ、午後はガレージ内の整頓掃除ほか。16:00飯川病院に。当直医の業務一部代行。散水。19:15帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計Σ7199歩、日直はほとんど室内だけ。

医師へのアンケート:「生まれ変わつたら就きたい職業は?」生まれて来たくない
 「FUJIFILUM MEDICAL A to Z」という広報雑誌がある。
 その2019年 No27号は「内視鏡画像強調LCI最前線」で、この小冊子をで内視鏡の現状と最前線の事情を学ぶ事が出来た。

 その巻末に「読者の広場」というコーナーがあり、「生まれ変わつたら就きたい職業」というアンケート調査の結果が記載されていた。

 質問は「あなたが生まれ変わつたら就きたい職業を教えてください」、というもの。
 その結果の説明文、全文は、以下のごとくであった。
――――――――――――――――――――――――――――-
 医療に携わる皆さまが「生まれ変わつたら就きたい職業」。

 

 「その他」の回答の中には、動画クリエ一ターやスピリテュアリスト、漁師、宮大工、駄菓子屋といったバラエティに富む職業か集まりましたが、1位は「医療関係」で1/4以上の方が今と同様に医療の仕事を選ぶと回答されました。
 その理由には「手に職をつけられそうだから」が約30%を占めたほか、「自分の経験やスキルが活かせそうだから」、「好きなことを仕事にしてみたいから」という回答が続き、皆さまにとつて医療の仕事か魅力的な職業であることがよく伝わつてきました。
 以下ランキングは「クリエーター・アーティスト」、「調理師(シェフ・菓子職人)」、「スポーツ選手」、「学者・研究者」、「エンジニア・プログラマー」と続きますが、そのすべてで選択理由のトップが「好きなことを仕事にしてみたいから」だったことから、図らずも読者の皆さまの好きなことをもうかがい知れるアンケー卜結果となりました。
――――――――――――――――――――――――――――-
 この小文をそう真面目に捉えることはないのだが、アンケート調査の基本の記載がない。せめて調査の母集団、回答者数、男女比などあったほうがいい。だいたいどういう人が答えているのかこれではわからない。

 生まれかわり、輪廻転生について
 私は死んだら無になる、と思っているから死ぬのが楽しみでもある。このアンケートは輪廻転生を前提している。私はまた生まれてくることなど考えるだけでも嫌である。

 輪廻とはそんなにヤワな事ではない。輪廻は釈迦の言う「六道に生まれ変わること」で、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の6つの迷場である。人間も迷いの一つにしていて生きずらいから、全くその通りだと思うが、上記のアンケートのごとく必ずしも人間に生まれるとは限らない厳しい世界が待っている。

 人間に生まれるには、五戒という基本的な戒律を守り続けなければならない。「五戒」とは、不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒の5つ。釈迦は『涅槃経』に「人に生まるるものは、爪の上の土のごとし。三途に堕つるものは、十方の土のごとし」と言って人間に生まれ変わることは実に大変なことである、と説いている。苦しみ迷いの人生の旅をまだまだ続けていくと考えるとつくづく嫌になる。

 私は自己採点では五戒の大部分合格点なので、たぶん人間に生まれ変われると思うが、はっきり行って私は無宗教的考え方を持っており、生まれ変わってくることなど、私の方からお断りである。


11/16(土)曇り やや寒い 飯川病院日当直 孫二人お泊まり 
1:45起床。新聞・文献PDF化。読書、画像、録音資料整理。いつもと同じ。10:00次男孫連れてタイヤ交換に来訪、二人の孫はそのままお泊まりだと言う。12:02バス飯川病院、12:30日当直業務に。文献・本の自炊。新聞チェックたのしむ。読書微睡三昧。ほとんど部屋に籠りきり。昼、夜検食。20:00就寝。歩数計Σ9702歩、ほとんど室内で過ごす。

映画 愛の流刑地 原作:渡辺淳一 監督:鶴橋康夫
 2週ほど前に、アマゾンのプライム会員の特典で、iPadにて自宅で、映画「愛の流刑地」を観た。主演は豊川悦司、寺島しのぶ。共に私の知らなかった俳優。他に検事役の長谷川京子も初めて知ったがなかなかの美形であった。

 愛の流刑地は渡辺淳一氏の、私は傑作だと思う小説の中の一つである。
 原作の小説に関しては男女の性の機微を描いた上巻よりは逮捕、警察、検察、裁判の過程を描いた下巻が良かった。

 本 渡辺淳一著 「愛の流刑地」特に下巻 幻冬社文庫 2004年
 渡辺淳一著 『愛の流刑地』とくに下巻 幻冬社文庫 2004年(2)

 映画は2時間程度の、時間的制約がある中で画像を伴うだけに小説を読むのとはストーリーも大きく異ならざるを得ない。どちらかというと無限の自由な想像ができる小説の方が、誰かのイメージを無理やり画像化した狭い解釈の世界よりは私は好きだ。ただ、この映画の映像でも見るべき部分は多々あって楽しめた。

 主人公は女の首を絞め、結果的に殺害したが、死体と8時間ほども過ごし、紫斑が出始めてから初めて警察に連絡する。その間の心理描写は見るべきものがあったが、肝心の女の死体がいつまでも綺麗であることに私は違和を覚えた。死後、死体は時間とともに変化して醜くなっていく。せっかく画像があるのだからその辺のリアルさが欲しい。これは猟奇的な意見だろうか。
 映画やTVドラマの中の死体は美しすぎる。そのことが死の扱いを軽いものにしている。

 例えば、昭和初期に不倫の末に愛人とともに44歳の生涯を終えた某作家の首攣り死体は、梅雨期に1ヶ月間も発見されなかったため、二本の蛆虫柱と化しており、天井から床まで滝のように蛆虫が湧き、別荘の屋外まで溢れかえっていたとされる。死体は腐乱のため検視でも個人を特定できず、二人の遺書によって判断された、という。

 人も動物も、生きているうちが血も通っているが、死とともに変化していく。これが現実なのだ。

 逮捕後の主人公は、拘留され取り調べを受けるが、そこには二人の間に交わされた情緒的交流など入りこむ余地がない。全て検察側の言葉で、弁護士側の言葉で置き換えられて行く。そんな中で苦しむ主人公の姿には見るべきものがあった。彼は「愛は法廷では裁けない。この裁判は何もかも違う!」と激昂する。最後の陳述として、彼は「彼女は私を、誰にも渡したくないと思い殺させた。私は選ばれた殺人者です」と語る。刑は懲役8年。彼は与えられた刑を受け入れようと決心した・・・・。

 私は法廷内の場面が好きだ。東京裁判然り、大岡昇平作の「長い旅」然りである。そのリストにこの作品も加えたい。


11/ 15(金)曇り降雨強風 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 0:00起床.新聞、文献PDF化、読書。自炊数冊、データ整理。何時もの如く。5:30可燃ゴミ、まとめたが袋に余裕、提出せず。7:30Taxi駅に、8:11こまち、9:10-12:10大曲中通病院外来。往路徒歩。帰路Taxi、風強いがこまち通常、13:30-19:00飯川病院ボランティア。入院患者対応。19:00プリウス帰宅、夕食。21:00就寝。歩数計Σ9702歩。

家庭菜園・園芸2019(11) 土・土壌(3) ミミズの貢献
 「土」は5gほどの中に細菌が50億ケ、カビやキノコなどの菌類もいて、5gほどの土の中に何と10Kmもの菌糸を張り巡らしているという。これらは微細であり肉眼で見ることができない。土にはそれだけではなく小さな生物も活躍している。その代表はミミズである。しかしながら、園芸をやっていてもその姿を見ることは少なくなった。幼少期には釣りの餌として身近だったのに。

 
 (私が育てているミミズたち。コンポストの熟成に寄与。のちに畑で活躍させる予定。裸で恥ずかしそうなのであえて小さな画像にした)

 植物の死骸である腐植土と岩石の風化によってできた粘土が混ざることによつて土壌ができる。この時に活躍しているのはミミズやアリ、ダンゴムシ等の小動物。
 ミミズの腸内の粘膜にはヒアルロン酸、コンドロイチン等のネバネバ因子、ムコ多糖類が含まれるために糞は粉末状の土を立体構造に変える。したがって、ミミズによって土壌は通気性、保水性、排水性のよい土となる。さらにこの構造が無数の微生物の含む土壌となる。肥沃な土は一般に見た目が黒く、フワフワ感がある。

 肥沃な土地という意味には、現在では肥料面での肥沃な土で作物の収穫量が期待できるという意味と、土壌微生物の種類と量が豊富と言う意味もある。古くは後者の意味が大きかったが、時代は変わってしまった。

 ミミズの働きをまとめてみた。
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 ■ 土の通気性の改善;微生物が活発化し、有機物の分解が速くなる。結果として土の中の栄養分が多くなる。また、大雨後などは多すぎる水を地下へ運ぶ通路にもなる。
 ■ 有機物の分解;ミミズは1日に自分の体重と同じくらいの土を食べる。有機物と土を混ぜ、糞として地上に出す
 ■ ミミズの糞は多くの有機物を含んだ土の小さなボールで、団粒土といわれる。団粒構造は微生物を助ける。
 ■ 生物性の改善;ミミズの糞から有機物の約7割が無機態窒素として残り、他の土壌生物や微生物による有機物の分解を早める効果も大きい。体表から分泌される粘液蛋白がトンネル壁に残り、微生物のエサにもなる。ミミズの糞土は土壌微生物が多量に含まれている。
 ■ ミミズは畑等では滅多にみないが、その減少原因としては
   1.??ミミズに対する機械的損傷、耕運機など。
   2.??土壌の乾燥
   3.??堆肥とかの使用が少なくなり、土壌中有機物の減少
   4.??多量の無機肥料による死滅。有機肥料はミミズに良い影響を持つ。
 ■ ミミズはどのくらい必要か
 一説には1mx1m、厚さ20cm程度の土に100匹で働きは期待できるが、30-40匹なら期待できないらしい。理想は500-1000匹。1000匹以上いれば耕運機などは不要?と言われている。


11/14(木) 終日雨 午後

 0:30起床、新聞、文献PDF化など。10:10レガシー飯川病院着。ボランティア、14:00勤務。入院外来患者対応+インフワク。微睡、自炊数冊。19:00帰宅、夕食、21:10就寝。歩数計Σ8791歩。秋田午後初雪、例年並みだが昨年より8日早い、とのこと。

家庭菜園・園芸2019(10) 土・土壌(2) コンポストで土、堆肥を作る
 人口が地球の収容能力を超えた時、近くの惑星に入植する計画が真面目に考えられている。いわゆる「惑星地球化計画」である。ところが植物を養うことができる土は地球にしか存在しない。100億人の養えるのは地球しかない。現状では「惑星地球化計画」は超SF的、夢また夢ということになる。

 ならば、今ある地球を大事に使うしかない。
 一般的に土・土壌と呼ばれるものは岩が風化などで細かくなった支持体と、微生物によって分解された動植物の死骸の混合物を指す。

 今知られている地球以外の星には岩石はあるが動植物の存在が確認されていない。だから、土壌はない。地球は表面を「水」と「土」が覆っている。地球は長い歴史を経て動植物の死骸とそれらの分解産物が覆っている。

 「土」の威力を見てみればすごい。
 スプーン一杯5gほどの土の中に細菌が50億ケも住んでいる。カビやキノコなどの菌類も居て、5gほどの土の中に何と10Kmもの長さの菌糸を張り巡らしているという。
 土について調べれば調べるほど、知れば知るほど驚異的、不思議な存在である。土・土壌に興味を覚える私は恵まれている。

 こんな大事な土壌、私も土・土壌作りに寄与しなくては、と思う。
 大事な土の産物である植物を枯れたからといって、食べ残したからといって可燃ゴミに出し、焼却場でエネルギーを加えて焼却するのは不自然、無駄。地球温暖化にも結びつく。

 私は10年ほど前からコンポストを用いて堆肥作りをしている。堆肥として役立つ他に、コンポストを観察することで土壌の成り立ちを観察することができる。

 コンポストは「生ゴミや落ち葉、枯れ枝などを集めて微生物や菌の力で分解発酵させ、土にすること」である。
 コンポストによる土の作り方は簡単。容器であるコンポスターを購入、庭に穴を掘ってその上に被せ、毎日出る生ゴミを投入するだけである。


 (現在使用しているコンポスター。一つ一年使用し、2-3年かけて熟成させる)

 コツとしては
  ■ コンポスターは日当たり、水はけのよい場所を選んで設置する。
  ■ 生ゴミなどの原料はできれば「細かくし、水切りして」投入する。
  ■ 一応入れては良いもの、ダメなものあるが、私は何でも入れる。
  ■ 時々、微生物の補充のために土も投入する。市販の発酵促進剤でも良い。
  ■ 中身をかき混ぜ空気を含ませ、微生物を活性化する。
  ■ 満タンになったら数ケ月放置。私は1年以上放置。
  ■ コンポスターを取り外して、土を被せてさらに数ケ月放置。
  ■ 適宜掘り出し肥料にする。

 コンポスト作りに慣れると、園芸用の土を手作りできるだけではなく、生ゴミを分別して捨てる手間が省け、ゴミの分類が簡単になる。
 生ゴミの焼却には多大なエネルギーを消費する。だから、地球の環境保全にも有用である。

 全ての方々がコンポスト作りができる環境にはないだろう。しかし、可能であればやって見てほしい。メリットは実に大きい。


11/13 (水) 晴れ午後降雨 飯川病院ボランティア
1:00起床、文献チェック。徒然他。データ整理など。午前は今中心に整理。10:00レガシー飯川病院、院長受診のためにボランティア。外来対応。19:15帰宅、夕食、21:30就寝。歩数計5171歩。

家庭菜園・園芸2019(10) 土・土壌(1)

 今期、上空に寒気が迫っているようで結構寒い。北海道、北東北等では大雪予報も出ている。秋田でも間も無く初雪が降るだろう。

 畑と庭にはネギとダリアが残っているだけで今年の園芸作業はほとんど終えた。前者は雪に埋まる頃から食する予定、後者はまもなく茎、花枝を切断し、球根の育ちを待って積雪前に掘り出す予定である。

 今年は全国的には災害が頻発して大変な年であったが、私はあらかじめ風雨に備えたし、幸い台風の直撃は受けなかったため被害は少なくてすんだ。
 作業を終えた今、天候、太陽、水、土への感謝の気持ちでいっぱいである。自然は牙を向けば恐ろしくもあるが、その恵みも大きい。

 私は大したものを栽培しているわけではない。
 作業始めの春には、畑、庭に元肥として、購入した鶏糞、牛糞、自作の堆肥を撒いた後にタネを、あるいは苗を植えるだけで、その後はこまめに支柱を立てたり世話はするが、基本的には、天候、太陽光、水、土の力に頼るだけである。
 農薬も殺虫剤も肥料も用いない。嘘のない有機栽培・無農薬栽培である。有機栽培・無農薬栽培と一般に言われているものでも無機肥料、農薬等が少量用いられているのもある。

 園芸や畑作りをしてみると土の威力、神秘的と言っていい能力・底力に感嘆する。

 地球上の75億人もの生命を支えるのに重要な働きをしている土・土壌であるが、「土」への認識はまだまだ低い。光や水の大切さに比較して土・土壌は関心も持たれず極めて地味な存在である。

 都市圏に住む人たちにとって、「土」と言えば植物を育て、いのちを育てる土壌としての認識よりも、地面、地所、一坪いくらの宅地と言うイメージの方が一般的であろう。

 日常のニュースでは、人口爆発、食料危機、環境破壊、温暖化、砂漠化、土壌汚染、水不足・・・など目を背けたくもなるような心配すべき項目が並ぶ日々である。

 70億人を突破した世界の人口は21世紀中には100億人に達するという。人間一人の命を支えるのに、土地は広さだけでなく肥ようである必要があるが、最小限14x14m必要とされる。それを勘案すると地球の耕地はずいぷんと挟い。そんな中、農産物も食料としてだけではなく、家畜飼料や工業製品の原料に回されたり、バイオ燃料としての消費も増えている。これで人間の社会が将来的に成り立っていくのか?いささか不安になる。

 人間はあらゆるいのちの源である「土」をもっと大切にしていかなければならないのでは?

 食材の全てを購入している方々が大部分であろうが、家庭菜園をやってみると、上記の項目はもちろんのこと、生命の維持に関していろいろと考えさせられる。小規模でも園芸をやってみてよかったとしみじみ思う。


11/12(火)早朝降雨のち快晴 外来 飯川病院
1:05起床。文献・新聞等処理、徒然。自炊本読み。5:30可燃ゴミ提出。もう真っ暗闇の中の作業。6:47バス飯川病院着。8:45-12:55中通外来。今までよりは若干楽。13:15飯川病院、微睡など。14:00-18:30飯川病院。新聞、医学論文チェック、自炊数冊。Safari不調についてAppleに相談、今度の提言やいかに。19:10帰宅、夕食、 20:45就寝。歩数計8801歩。Safari不調についてAppleに相談、解決せず

車のスピード抑制策 大曲の試みはその日のうちに頓挫したらしい
 約一月前に大曲中通り病院近くの道路の車道部分に突然6本のゴム製ポールが出現した。その前から道路のカラー化が進んでおり、一部の舗装がカーブを描くように塗られていた。面白い企画だと思っていたが、これが車の速度を落とすための企画の一環であるとは気づかなかった。

 その部分に、ある日ポールが立てられていた。20mほどの間隔で2ヶ所3本ずつ。これは、路上に障害物を置いてカーブさせ、車の速度を落とさせるための試みとわかった。しかしながら、こんな見え難い構造だと殆どの車はポールに気づかずに衝突するのではないかと心配した。

 

 次の週に同じ場所を通った時にはすでにポールは撤去されていた。ポールのそばで商店の前を掃除していたおばあさんから聞いたところ、次々に車がぶつかりその日のうちに撤去されたのだ、という。

 かなり前からポールの存在が予告されていれば別であるが、突然のポール出現では気付かれないだろう。
 ドライバーは路上の歩行者や自転車には細心の注意を払うが、こんな細いポールがあるとは思ってもいない。例え地元の住民には広報とかで知らされていたとしてもである。ましてやよそ者にとっては予想だにできない。

 だいたい、こんなポールでは夕方や夜間などはどうなるのか?道路が雪に覆われる降雪期にはどうするのかなどと考えたが、それ以前に企画そのものが問題となったようだ。
 ゴム製とはいえ衝突すれが車を傷つける。この計画自体は不自然であった。無理があった。車修理の保証などはどうなっているんだろうか。

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 同じような話題をもう一つ。
 日本海東北自動車道は従来道路中央部を仕切る頑丈な柵がなかった。コムのポールだけで危険極まりない構造であった。そのために対向車線への飛び出し事故、正面衝突による死亡事故も生じていた。 

 岩城インター付近にワイヤ式防護柵が設置された8月以降、対向車線への飛び出しなどによる死亡事故はないが、柵への衝突事故による通行止めが増えた。10月に9回。5年間の同時期の平均は2回と平均を大幅に上回った。

 防護柵への接触事故は8-10月で21件発生、昨年同期13件で、うち9件で通行止めが生じた。 
 防護柵は設置以降、ひとたび接触すると車両が大きく破損したり動けなくなる。防護柵の修復も必要となる。

 防護柵の効果は明らかで、高速道では当たり前の装置であるが、従来なかった装置などを設置する際には、十分前宣伝しておかないと、むしろ小事故がの原因になる。


11/11(月)快晴 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:00起床。文献・新聞等処理。蓄積データ処理。徒然記載。9:00-11:00健康クリニックドック15名+結果説明1名。秋銀に立ち寄り11:30飯川病院。新聞、医学論文チェック。微酔。Safari不調についてAppleに相談、解決せず。14:00-18:45勤務。19:00帰宅、夕食。 21:00就寝。歩数計4020歩。

第11回ルミエール落語会 古今亭菊之丞独演会。「死神」に感嘆
近年落語ブームと言う。秋田でも定期的に落語を楽しむ会が各地で定期的に開かれている。
 秋田の映画館「ルミエール」でも落語会が行われている。
 今回は11回目で、私は3回鑑賞している。三遊亭兼好、柳家さん喬、三遊亭歌武蔵、二代目立花家橘之助・・・氏らの芸を楽しんだ。

 11回目の今回は古今亭菊之丞氏の独演会が行われた。
 

 演目は、■「替わり目」■「片棒」■「死神」、であったが、「死神」には感嘆した。
 古今亭菊之丞は1972年生まれだから40代後半のベテラン噺家。現代的な爽やかな風貌している。

■「替わり目」
 酔っ払った亭主が女房などに勝手気ままな要求をする話。亭主はうどん屋にも迷惑かけた。うどん屋は女房に呼ばれたが、うどん屋は動かない。「いま行ったら銚子の代り目時分だから」・・とオチになる。比較的よく聞く演目。

??■「片棒」
 江戸に筋金入りのケチいて、御年70になったある日、3人の子供を呼んで自分が死んだらどう言う葬式を出してくれるかを問うた。その返事で跡取りにしようと言う魂胆。

 長男は派手にやります。お通夜は二晩、3日目仮葬儀、おって本葬儀に。本願寺を借り、お坊さんも22-23人ぐらいは必要です・・・。「聞いちゃおれん、あっちへ行け!!!」。

 次男は破天荒な、歴史に残る弔いをやりたい。紅白の幕、芸者、山車あとからお神輿が出ます・・・。「聞いちゃおれん、あっちへ行け!!!」。

 三男は葬式は、形式的なものに過ぎないから簡素にやりたい。棺桶は菜漬の樽を使う。担ぎ手を頼みますと、日当を払わなければならない。片方はわたしが担ぎます。問題はもう片方なんですが・・。「なあに心配するな、片棒はおれが担ぐ。跡取りはお前に決めた!!!」。
 これも有名な一話。

■「死神」
 借金まみれの男が首を吊ろうとしたところ死神が現れた。死神は偽医者になれば金儲けができる、と教えた。
 病人には死神がついており枕元にいれば助かることはない。足元にいれば呪文で死神を追い払うことで病気は治る。
 男はさっそく偽医者としての活動を始めた。やってくる多くの患者は死神が枕元にいるから男は病を治せません。ある豪商が病になったが同じように枕元に死神がいた。豪商は治せば3.000両出す、と言う。男は死神の隙を見て布団を180度回してしまった。豪商は全快したが、死神を怒らせ、それが元で男は死んでしまう・・・と言うもの。

 男と死神のやり取りの中、瞬時に声色を変える技術には感嘆した。


11/10(日)快晴 飯川病院日当直
1:30起床、新聞、文献チェック。医学雑誌のPDF化。8:42バス飯川病院、9:00日当直に従事。新聞入力、微睡。新聞データ整理、録音データ整理など。自炊ほか新聞入力。19:00夕食、21:00就寝。歩数計3776歩数、殆ど机に向かっていたので最低レベルとなった。

日本の林業(3) 緑のオーナー制度はどうなった?
 私は1985年に大学を辞して秋田市内の総合病院に就職した。
 この病院の脇2?300m程度の所に東北森林管理局のビルがあり、その前を毎日通勤した。施設の2階の窓の高さに大きな横断幕が掲げられており、多分、数年間はあったと考えられる。
 国有林に50万円出資で・・・と言うものであった。

 当時、国産材は輸入材におされて注目されなくなりつつあったから、林野庁が苦境脱出のための企画と考えていた。私は自然環境、海や森林には関心があるが自ら参加する気は無かった。

「緑のオーナー制度」とは
 一般の人から森林に出資してもらい、成長した木材を販売して収益を分けあう林野庁の制度で、1984年(昭和59)に林野庁が始めた。
 当時の宣伝文句は「資産作りに最適」、「安全確実」、「夢とロマンの制度」などが並んでいた。1995年(平成5)まで「元本を保証しない」との記載はなかった。

 国の企画であったことで投資として信用され、募集を中止した1999年(平成11)までに、8万6千人から500億円という巨額の資金を集めた。
 結果的に、国内の木材価格はスギは半額以下、ヒノキは3分の1近くに低迷したことで、全国で元本割れが相次ぎ、出資額の半分程度しか還元されなかった。13万円しか戻って来なかった出資者もいると言う。国内各所で訴訟が生じ、2016年(平成28)国の責任を認める判決が最高裁で確定した。

 ただ、この制度は経済的施策としては破綻したが、この制度によって2.4万ヘクタールの山林が整備されてきた事実は重要であった、と評価されている。出資者の中には自然に理解があって参加した方々も少なく無かったがこの好意すらも反故になった。

 森を守るには金がかかる。それをうまく進めなければ海が死ぬ。森の管理は税金だけではまかないきれない。森に対して関心が乏しいであろう都市部の人たちの参加も必要になってくる。この「緑のオーナー制度」とは別な仕組みで国民参加の森作りを呼びかける必要があろう。

 今年度から施行されることになった新しい「森林経営管理制度」では、市町村が所有者から山林を預かり管理権を持ち間伐などを担う。
 新制度の財源になるのが、2024年度から年1人1000円を負担する森林環境税。
 新制度は伐採期を迎えた国産材の活用を促すねらいもあり、都市部では公共施設に国産材を使うことなどが想定される。

 木のぬくもりが増えることは好ましい。地球環境のためにも、温暖化防止のためにも森林の保護は必須である。


11/9(土)曇り ルミエール落語会 Safari不調に
1:00起床、新聞チェック、徒然他いつもの如し。PDFデータ整理。午前は庭の整備、鉢植えの青年沖など室内に移動、伐採した枝葉資源ゴミか。午後はコンポスト関連。16:00映画渡辺淳一作「愛の流刑地」iPadで鑑賞。微睡、データ整理、17:22バスルミエールに、古今亭菊之丞独演会。特に「死神」に感嘆した。20:45トピコにて夕食、21:30飯川待機中の家内の迎えで帰宅。歩数計Σ9954歩。

日本の林業(2) 厳しい現実は続く
 衰退の一途をたどつてきた日本の林業がやっと見直されつつある。
 木材輸出国の資源囲い込みや、新興国の木材需要の高まりで外材調達の先行きが不透明になつてきて国産材の需要が相対的に増している。

 国産材の利用拡大に向けた企業や国の取り組みも活発化している。 
 
 北米産材木価格が新興国の輸入増などで高騰、燃料費高騰で運送コストも膨らんでおり、国産材の利用促進は不可欠と判断した。
 国産材を使った商品を製品に加えることで北米の仕入れ先への価格交渉力を高めるという狙いもある。 

 これまで売り物にならなかった間伐材や曲がった木を板状に加工する技術も向上し、直径10cmの間伐材なら30本9.900円ぐらいで売れるようになったという。

 工場で生産した板は北米産材をはり合わせて強度を高め、集成材に加工して梁などに使う。生産に手間がかかり収益性が低いのが難点だがコスト削減を狙う。

 国産材の利用拡大に向けた拠点づくりは全国各地に広がっている。
 その例として、秋田県男鹿市では地元の合板企業が加工設備を増強した。
 
 世界各国で資源囲い込みの動きがある。
 日本が輸入する外材の約4割を占めていたロシアは2007年木材の輸出関税の大幅アップを打ち出した。自国の木材加工産業を発展させる狙いと見られ、従来6.5%だった税率は2007年7月に20%に、2009年には80%に上がった。結果として2008年前半の木材輸入は、前年同期比で約60%減になった。
 
 国も国産材の利用拡大を後押ししている。
 政府の旗振りで1950年代から全国の森林所有肴が植林したスギやヒノキが伐採期を迎え始めているからである。 
 農林水産省は林業再生策を始めた。事業を集約して伐採などを効率化しコストをを低減、住宅メーカーなどの要求に応じた製品を安定供給できる仕組み作りを目指す。

 林業従事者は2005年の国勢調査によると約46.000人と30年前の約4分の1、しかも高齢者率が上がってきている。手入れを放棄する森林所有者が増え、山の荒廃が各地で深刻化している。
       
 外材に市場を奪われた国産材価格は長期低迷が続いている。ピークであった1980年の約3分の1。需要に応えられる体制を整え、価格を底上げしないと森林整備や植林など森林所有者の投資意欲が薄れてしまう。

 新聞紙上などでは漁業や林業の記事はとても少ない。人手不足も深刻である。実態が知らされていない間に事態は深刻さを深めている。


11/8(金)早朝降雨のち快晴夕方降雨 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
0:10起床、データ整理。新聞処理。5:00可燃ゴミ提出。7:35Taxi駅、こまち。8:50-12:00大曲中通病院外来。往路は降雨で徒歩不可、復路のみ。13:30飯川病院着、14:00-18:45ボランティア。14:30秋銀スタッフ来訪、15:00第一生命スタッフ来訪、外貨応用の保険の説明を受ける。19:10通町書店経由帰宅、夕食。21:30就寝。 歩数計Σ10970歩。

日本の林業(1) やっと再生機運が出てきたようだ
 本年秋に連続して15、19、21号の3つの台風が上陸した。
 山林や林業施設の被害額はまだ明らかになっていないが、災害関連のニュースの中では千葉県の停電の復興が倒木等に阻まれて長期化したなど、森林、林業関連の問題も明らかになってきた。台風の災害は決して水害や風害だけではない。
 2018年の西日本豪雨や北海道地震などの災害による山林や林業施設の被害額が約2.068億円で、東日本大震災のあつた2011年の3.049億円に次ぐ規模だった。

 上記の状況を受けて、政府は治山対策を進めるとした。 
 政府は本年6月、2018年度版の森林白書を閣議決定した。
 木材自給率はかつて100%近くあつたが1960年代で輸入自由化をして安い外国産材に頼ったために、2002年には18.8%まで下落した。2017年の木材自給率は7年連続で上昇し36.2%となり、32年ぶりの高水準を回復、住宅の壁や床に合板として国産材の利用が広がつていることなどが追い風となった。その後は合板の生産技術向上、木質バイオマス発電の燃料材として利用が拡大したことやアジアの森林違法伐採対策の徹底などで輸入が減少したことも自給率向上の要因となった。 
 今後はTPPや日本と欧州連合の経済連携協定の影響も懸念されるが、国産材のさらなる需要喚起や林業の経営体質強化を図るべきだとの判断である。

 日本の森林面積は国土の約3分の2で森林率はフィンランドに次ぐ世界2位。
 1950年代までは国内で消費される木材の殆どは国産材だった。しかし、戦後復興期に大量伐採したため供給が間に合わなくなり、1960年以降後輸入を自由化し木造住宅の主役は外材となり、木材自給率は1997年に20%を割った。2005年以降は国産材回帰の動きで微増が続いてきた。木材輸出国の資源囲い込みや、新興国の木材需要の高まりで外材調達の先行きが不透明になつてきたことが背景にある。

 衰退の一途をたどつてきた日本の林業が近年になって見直され始め、国産材の利用拡大に向けた企業や国の取り組みも活発化している。

 我が国の林業の再生実現するのか、いまが正念場にあるようだ。

 森林に関する情報は食品とかと異なり、なかなか国民の関心ごとにならないようであるが、国をあげて森林維持に力を加えなければ森が死んでしまう。森が死ねば海が死ぬ。
 とても無関心ではいられない。


11/7(木)早朝降雨のち晴れ 飯川病院午前ボランティア+午後勤務 
1:00起床、文献・新聞チェックなど。新聞・文献入力、自炊数冊。読書など。11:00バス飯川病院着、ボランティア。14:00勤務、外来+入院患者対応。微睡、14:00-18:55勤務。19:10帰宅、19:30夕食、21:45就寝。歩数計Σ9789歩。

本 「君の膵臓が食べたい」住野よる著 双葉出版 2016
 私はいま読書欲に囚われている。青春ものを含めていろんなジャンルを読んでいる。

 昨年から村山由佳氏の青春小説「おいしいコーヒーの淹れ方」全18巻を通読したが、その主人公「花沢かれん」がとても素敵に描かれている。私は女優浜辺美波さんをイメージしたので彼女が主演する映画「君の膵臓が食べたい」を観た。映画には満足した。

 上記の映画を補足するために、原作を読むべし、と住野よる著「君の膵臓が食べたい」を入手した。

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 この物語の舞台は単純である。友人もなく孤独、閉じこもりがちな高校生Aは、同じクラスの人気者Bが綴っていた日記を拾った。Bは余命1年ほどであることが綴られていた。2人は友人として付き合う。天真爛漫に振る舞うBに振り回される主人公A。

 二人の間で交わされる会話は、死を念頭に置いたものにならざるを得ないが、社会的責任の乏しい世代だけにあまり深刻でなく、軽い。純情な青春の匂いに圧倒される。
 
 死が2人を別つ日は必ず来る。Bがあまりに明るいがゆえ、テンポの良い2人の会話は切ない。

 Bの死後、AはBの自宅を訪れ焼香する。その時に母との会話で構成される最終的場面の存在感は大きい。

 この作品では「医療のこと」、「死に至る過程のシーン」は殆どない。主人公Bの死生観も各所に語られるが深刻さはない。このことが本書を軽いものにしている。
 青壮年者の死、時には高齢者の死は、生きてきた時間が長く、それに伴い負っている責任も大きくなっていくために、より重いものになる。

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 私は自分が経験した患者たちのことを思い出しつつ読み進んだ。

 若者が罹患する死に至る病は白血病をはじめとして血液疾患が多い。私も未成年の患者を30名ほど治療した。そのうち2名は50年近く、今も元気で過ごしている。他の方は残念ながら死亡された。
 若い患者が死を迎えるにあたって家族の悲嘆は限りなく大きい。患者は家族へ感謝しつつ死を迎えたが、静かに死を受け入れ旅立って行った、全体的に悲壮感は乏しかった、というのが私の印象である。

 生と死は、表裏一体である。人間いつ死ぬかわからない。重々理解しているつもりでも、日々を過ごすなかで、どうも忘れてしまう。老人だってそうだ。特に、青春時代はそうだろう。
 そんな日常の大切さを思い出されてくれるのは、小説の力といえるだろう。

 この作品はその意味を含め、私には有用であった。


11/6(水)快晴 午前居間の備品 ガレージ整理 飯川病院ボランティア
0:30起床。新聞・文献・医学論文PDF化・録音データ編集他。午前居間の備品整理、ストーブの上部に書籍など置けなくなったため。12:12バス、キャリアバッグ持ち、ルミエール、落語会チケット購入、飯川ボランティア、外来患者対応。微睡、新聞データ化。19:00プリ、薬局経由帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計Σ8675歩。

映画「君の膵臓が食べたい」原作住野よる 監督月川翔、主演は浜辺美波と北村匠海。2017 東宝

 3ケ月ほど前にアマゾンのプライム会員の特典で、iPadにて自宅で映画「君の膵臓が食べたい」を鑑賞した。
 この作品は新聞を介して知っていたが、「何じゃこの奇怪な題名の映画は・・・」と思った程度で特別に興味を持っていたわけではなかった。その後、この映画の主演女優が浜辺美波さん(?)であることを知り、どんな表情の女優かと興味を感じたから観てみた。

 彼女を注目したのは、たまたまグラビア誌、NHKの英語番組を見てなかなかいい表情の人だ、と思った。まだ20歳にも満たない新人女優らしい。
 昨年から村山由佳氏の青春小説「おいしいコーヒーの淹れ方」全18巻を通読したが、その主人公「花村かれん」がとても素敵に描かれていた。小説の世界だからどんな女性をイメージするかは読む者の自由であるが、浜辺美波さんを見て、彼女のような表情の娘かな??、と思ったからである。

 そんなこともあって、彼女の演技や表情を見るために観た。
 結論として映画には満足した。私は彼女に魅了された。

 映画のあらすじは単純である。原作にはないが、現在と13年後の2つの舞台設定で進められる。監督の技量であろう。

 この物語の舞台は、今よりももっと医療技術が発達した未来であろう。友人もなく孤独、閉じこもりがちな高校生Aは、ある日、病院の待合室で「共病文庫」というタイトルの文庫本を拾う。それは同じクラスの人気者Bが綴っていた日記で、彼女は膵臓の病気で余命いくばくもないことが綴られていた。今まで全く接点のなかった2人は友人として付き合う。とても死が近いとは思えないほど、天真爛漫に振る舞うBに振り回される主人公A。

 閉鎖的で孤立癖のある男の子と開放的だが未来を奪われた女の子が、秘密を共有することで、Aは次第に変わっていく。一方、Bは着実に病に蝕まれていく。高校生が膵臓がんに罹ることは稀であるが、交わされる死生観を含む会話は、社会的責任の乏しい世代だけにあまり深刻でなく、軽い。純情な青春の匂いに圧倒される内容である。
 
 死が2人を別つ日は必ず来る。Bがあまりに明るいがゆえ、テンポの良い2人の会話は切ない。死を意識しながら交わす言葉は高校生だから現実味に乏しい。死を意識しないで「普通に生きられる」世代は実にかけがえのない大切な日々なのだ。

 Bの死に際して、Aは通夜や葬儀にも出席しなかった。数日後、AはBの自宅を訪れ焼香する。その時に母との会話で構成される最終的場面の存在感は大きい。

 医学的リアリティが皆無と言っていい。Bの食欲は旺盛で苦痛も乏しい。すい臓がんではなく、死に至る架空の病気なら何でも成り立つ内容である。原作、この映画共に題名は奇抜であるが、「ある病気を患ったら、動物のその臓器を食べることによって病気が治る」という言い伝えによる。そのための膵臓の病気という設定なのだろう。

 この映画は現代若者に題材をとった架空の物語にすぎない。主演の浜辺美波さんを知るためにとてもよかった。それで充分に楽しめた。


11/5(火)快晴 外来 飯川病院 
1:00起床。文献、新聞・徒然。5:30家庭ゴミまとめ提出。7:25徒歩病院。8:45-13:45外来+人間ドック判定14名分。14:00-20:15飯川病院勤務、入院患者対応。当直医遅れを代行。20:30帰宅、夕食、22:00就寝。歩数計Σ10.422歩。

?人生100年時代(31) 終活2019(6) 狂ったように(?)本を読みたくなった
人生100年時代というが、私はもう時間が乏しくなってきている、と実感している。私が実際にいつ果てるかはわからないが、私はそう感じている。先のことは誰にも、私にもわからない。

 よしんば、もし生きながらえたとしても、身体機能、知的機能は必ず劣化していく。現実的に、近眼・老眼・白内障・緑内障で視力障害が著しい。

 だから、「可能性が一番豊かなのは今日なのだ」、と考え、生活の時間配分、終活作業にも一層力を注いでいる。

 終活として、昨年春から秋まで半年間かけて手持ちのCDを全て電子化した。それらの音楽はデータとしてiPhone8に入れ、Bluetoothを介してヘッドフォンに送られてくる。それらは連日休むことなく有効利用している。私のiPhone8はスマートフォンとしてではなくほぼ音楽プレーヤーとして機能している。

 CDの電子化終了後は書籍の電子化、すなわち自炊に集中している。
 自炊作業にも火がついたが、読書欲にも火がついた。最近は自炊、読書のための時間確保に四苦八苦している。

 自炊の範囲が今秋から急に広がった。書架にある本のめぼしいものの多くはすでに電子化したが、大学時代を中心に読んだ本などは書架に並べずダンボール数箱に詰めて空き部屋においていた。それらに手をつけ始めたからである。
 1970-2000年頃に購入した書籍で、大部分は存在すらも忘れていた。それらを並べてみるとこのことに何を考えていたのか思いだされ懐かしい。

 作家など到底あげられないが、石坂洋次郎、源氏鶏太など青春小説、小林多喜二、石川達三、松本清張、吉村昭などの社会派小説、推理小説、宗教書、哲学書、音楽関係の書籍などが出たきた。生老病死に関する本
 自炊の対象になる本をダンボールの奥から取り出す。この過程で、所持していることさえ忘れていた本や、懐かしい本、紛失したと思い込んでいた本も出てきて、驚いたり、喜んだりして悲喜交々懐かしんでいる。
 思い出のある本はつい再読してみたくなる。自炊データはiPadに入れていつでも呼び出して読むことができる。じっくり読み返すのもあるが、気に入っていた箇所を虫食い的に拾い読みしている。

 また、古い書籍がたくさんあるのに、今だに書籍を購入し続けるものだから、時間確保に困っていた。購入した日にすぐ裁断しその日のうちからiPadで読む。
 最近の青春小説は面白い。ジェンダー関連の知識を得るために女流作家の書く評論、随想はお面白い。
 時代に合わせて、経済関連書など新しい分野にも手を伸ばしている。

 読むジャンルは、手当たり次第、思いついたものから読み始める。持ち時間が少なくなっていくのが惜しい。


11/4(月)晴れ 振替休日 
1:20飯川病院で起床。文献・新聞等処理、徒然など。いつもと同じ。9:20プリウス帰宅。データ整理、自炊ほか。13:00プリウス修理、ガレージ掃除、17:00飯川病院、書類記述、18:45カレンダー旅行の家内帰宅。19:15帰宅、夕食。21:00就寝。歩数計Σ7711歩。

ヘッドフォンずれ防止の螺旋状の紐で質問受けた
 私はヘッドフォンで聴く音楽を好む。利点も大きい。
 
 私は寝るとき、入浴、食事中などを除きほとんど四六時中ノイズキャンセルヘッドフォン、最近はもっぱらSonyのWH-1000XM2をつけている。必ずしも何かを聞いているわけではなく、会話や生活ノイズを低減する目的のこともある。外出時は欠かすことはない。車のロードノイズ、市井の喧騒が軽減する。

 私にとってヘッドフォンの利点は大きいが、欠点は、コードがあることと、動き回ると頭からずり落ちる事であった。

 前者はいろいろ変遷したが、Bluetooth利用でほぼ解決した。
 後者のずり落ち防止は、これも変遷したが、今は文具店などで売っている伸縮するプラスチック製のらせん状の紐(?)を取り付けた。こんなちょっとした工夫でずり落ちて困る事はほぼ皆無となった。下を向いても、小走り程度でも落ちない。
 
 (落下防止用のストラップをつけたSonyのWH-1000XM2 後方にはBOSEのノイズキャンセリングヘッドフォンが見える)

 一昨日、秋田駅の隣の複合施設に用事があって駅構内を歩いていた時に、後ろから30代と思われる女性が小走りで近づき、私は声をかけられた。時折、歩行中に声をかけられることはあるが大抵は外来の患者である。その方は全く見覚えがなかった
 「そのヘッドフォンの後ろの紐は何のためですか??」という。曰く、「自分は全く売れていないがシンガーソングライターで、ヘッドフォンを多用しているが、髪型によっては頻繁にずれ落ちて困っている・・・」、という。

 私のずり落ち防止の工夫について具体的に教えてあげた。とても喜んで「早速やって見ます・・」とのこと。
 
 私のこんな工夫が注目されたのは初めてで、とても嬉しかった。
 実際、なぜ市販のヘッドフォンにずれ防止機能がついていないのか愛好家としては不思議でしょうがない。


11/3(日)文化の日 小雨、曇り快晴 飯川病院日当直 レセプトチェック 
1:30起床、新聞・文献チェック,他。画像整理多数。家内はカレンダー旅行で本日は熱海らしい。ラグビーWCでホテル取れず、と。7:30レガシー飯川病院。9:00日当直に就く、新聞チェック、外来レセプト点検、12:00検食、微睡、自炊数冊。
18:00夜の検食。データ整理、本読み、20:30就寝。歩数計Σ7119歩。

日本の食文化の崩壊2019(16) 秋田の漁業、衰退著しく厳しい現実
 第39回「全国豊かな海づくり大会」が9月7-8日、秋田市を会場に開かれた。本県での開催は初めて。天皇皇后両陛下が来県した。

 「海づくり大会」は水産資源の保護や海の環境保全、漁業振興などを図る狙いがあり、1981年以降毎年開催されている。
 秋田大会には本県の漁業関係者ら約600人、全国から約1400人参加した。テーマは「海づくり つながる未来 豊かな地域」。

 式典では、約150種類が水揚げされる本県の魚介類の豊富さや、伝統的な食文化などを紹介し、県内漁業者が海の資源を守り、漁業の発展に取り組む決意を表明した。

 しかしながら、秋田の漁業が置かれている厳しい状況は県民に共有されていないし、県行政の中における位置ずけも、振興策も不明瞭である。大会に関しても新天皇夫妻の来県のみが話題になった。

 本県沖は豊かな漁場に恵まれているが、漁業は厳しい現実に直面している。
 
 具体的には以下のごとくである。
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 ■ 県内漁業就業者は、1960年代の4000人から2018年には700人台まで落ち込んだ。

 ■ 就業者数の減少は、高齢化による。県内漁業就業者は年代別では60歳以上で7割超、70歳以上も4割以上。

 ■ 漁業を個人で営む590人中、後継者がいないのは546人、9割に上った。

 ■ 漁獲量は、1975年の3.3万トン台から2018年は6200トンに。39都道府県では下から3番目。

 ■ 漁業は天候に左右される上、資材の高騰などで苦しい経営を迫られている。

 ■ 本県の海岸線の延長は260Km余り。県北部と男鹿半島および県南の一部は漁業に適した岩場だが、他の大部分は平坦な砂浜で漁業の条件としては良くない。 

 ■ 約150種の魚介類が取れる一方で盛漁期が比較的短く、漁獲量は少ない。平成に入ってからは減少が続き、2017年度の漁業算出額は30億円で全国でも下位。ハタハタの低迷が顕著。特に男鹿の落ち込みが目立つ。 

 ■ 本県の漁獲は少量多品種のため大規模市場では取り扱いにくい面がある。
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 私は秋田県の漁業に対しては大幅なテコ入れが必要と考える。このままでは絶滅してしまう。にもかかわらず、秋田県の漁業振興策が見えない。

 
収入アップに関しては、現場では各種の試みが行われている。
 付加価値の高い魚の出荷を目指し、鮮度と品質を維持するための「血抜き、神経抜き」技術の導入、トラフグを「北限の秋田ふぐ」として、男鹿市産の「本ズワイガニ」のブランド化しての売り込み。「ワカメやギバサ」の生産増などなど。

 行政は意欲的な漁業者を支援すると同時に、産地化が可能な魚介類の養殖、放流を通じて資源拡大を図るなど、漁業振興に一層力を注ぐべきだ。

 また、県民は秋田県の漁業の現状を直視し、秋田産の海産物を積極的に消費し、県内の漁業者を支えてほしい、と思う。


11/2(土)快晴 家内カレンダー購入旅行 
 1:00起床、何時もと同じ.データ整理、読書中心。7:30家内駅に送り飯川病院、
文献・新聞読み。11:30古書店経由帰宅、数冊購入。患者死亡の報あり、そのまま再度病院へ。往復Taxi、16:00帰宅、微睡、その後はデータ整理、自炊数冊。19:00夕食、20:30就寝。歩数計Σ6841歩。

当HP「これからの医療の在り方?徒然日記」19年目迎えた(2) 
(3)記録に頼らねば記憶が保持できないから連日電子的に蓄積している
 私は記憶蓄積や保持が困難になった。記録をつけていないと全て忘れる。忘れてしまえば、自分は呼吸して食っていただけで無為に生きたことになる。
 物事について、思うだけ、考えるだけでは霧のごとくすぐ消える。だからメモを作り、その中の一部を文章化しておく。情けないが、忘却防止のためである。
 私の記録はハードディスクに電子データとして蓄積している。その代わり頭は空っぽ。
 検索にて何月何日、何時頃に私が何をしていたか、何を考えていたかを知ることが出来る。
 このHPは、徒然日記は、私が生きて来た証しになっている。

(4)自分だけで毎日の小さな積み重ねを楽しんでいる
 今は嘱託医として細々と外来診療を続けている。今年8月からは木曜午前の外来診療も無くなった。これで読書などに使える時間が増えた。
 他の時間は100%引きこもっている。別に鬱ではないが、人と会うのが怖い、ヒト付き合いが辛い、嫌になった。ヒトと会話すると不快な後味が必ず残る。それが嫌。最近始まった事ではない、ずっと耐えてきただけ。
 生者との付き合いは文章、書面上なら耐えられる。私は、生者より死者が好き。私を害さないから、改めて親しみを感じる友(?)となる。

 孫を含む家族達の動向を楽しみ、自然現象の移ろいを味わう。興味の対象は歴史、文化、政治・経済・・、と今でもまだ広がっていく。先人達の足跡は偉大である。それらを感心しつつ書籍を介して味わう日々である。

(5)自分の弱気に抗する毎日
 私は人と競争・抗争は好まない。だから、口頭では自己主張もしない。他人と会話することもなくなった。私の競争・対話の相手は私自身、抗する対象は私自身の弱気である。
 気力も低下しつつある。徒歩通勤は片道60~70分であるが今年は体調に自信なく休止している。往路はバス通勤が中心になった。

 最近はなんでも安易な方向に流れそう。それに抗するのが大変になってきた。もちろん、背景には老化による身体上の問題点、例えば下肢の衰え、バランス感覚の減弱なども意識する。しかしなかなか対応できない。
 このHPの更新は私の気力、体力のバロメーターである。

(6)ちょっとしたことをちょっと学び、毎日一つ形にする楽しみ、苦しみ。 
 普段考えている事を文章化していく作業は苦しいが楽しい。私に長文は無理。だから、小文にまとめる。
 何故連日か? 継続は力である。一日一話と自分に負荷をかけている。一旦不定期にするとなし崩し的に頓挫するだろう。キーボードはまだ打てる。気力さえ続けばまだしばらく続けられそう。

(7)生活記録、小文は自史資料としても貴重
 私は日々の記録を蓄積するのが好きだ。文章、画像、音楽など、覚えきれないから最近はほぼ全てを電子的に蓄積している。
 何か調べたいことがあると、まず自分の小文に検索をかける。5000項目以上もあるから大抵これで間に合う。それから新聞のスクラップを探す。2008年から1日20−40枚分作って蓄積しているから実に有用。次はブリタニカ。
 ネットでの検索は滅多にしない。

(8)私の文章は、私の文章とは言い難い
 私はペンを握れば僅か数行のハガキでも悪戦苦闘する。だから、普段はパソコンで文章を作る。それでも呻吟する。
 かつては辞書を引くのが好きだった。今は辞書は滅多に利用しない。

 電気とパソコンと、他人の技術の蓄積を利用して作っているだけ。とても自分の文章とは言えない。この点は残念だと思う。
 
(9)本日の段階での結論
 継続は力、今後もしばらく続けていく。


11/1(金)昨夜から雨  大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:00起床。文献、新聞チェック、徒然。6;00フィットにて可燃ごみ廃棄。庭掃除のゴミなど。7:35Taxi駅東に。8:11こまち。駅病院間往復とも歩行なし、9:00~12:15外来、秋田は徒歩、14:00飯川病院ボランティア。19:30Taxi帰宅、夕食、21:30就寝。歩数計Σ6831歩。

当HP「これからの医療の在り方?徒然日記」19年目迎えた(1) 
当ホームページ「これからの医療の在り方----徒然日記」は、2001年11月1日に開設したので本日満18年を迎えた。本日は19年目のスタート日となる。
 抜粋版「雑記帳Blog」は満15年目、「インスタグラム」は2.5年程である。

 19年目のスタート日の雑感。毎年似たような感想になるのはやむを得ない。
 変化に乏しい日々の積み重ねだから当然でもある。

(1)なぜ駄文を綴り続けているか? 
 「継続は力」、この言葉が好きだから。この1年間で更新できなかったのは5月30日の一回だけ。まずまずとその達成を一人で悦に入っている。
 私は意を決して始めた事はなかな止めない。

 続けている例を挙げれば、
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 ■ 生活記録は50年以上、うち18年間分がこの徒然として記述している。
 ■ 1:00amに起き出す早寝早起き習慣は約30年超。
 ■ 新聞・文献スクラップ蓄積は20年超。
 ■ ラジオ深夜便連日3時間録音蓄積は10年超。
 ■ 岩手へ復興資金寄付は8年。
 ■ 映画・録画の視聴7年。
 ■ 終活、特に書籍の電子化と廃棄は8年。
 ■ 準引きこもり状態は8年。
 ■ 徒歩通勤は今年健康上の支障があってやめたが5.5年続いた。その後もできるだけ歩くように心がけ、本日の段階で歩数計による集計では、Σ2.280万歩、距離蓄積Σ18.245Kmに達した。伊能忠敬の足跡を追っているが、間も無く達成の予定。
 ■ 無精ヒゲ8年。
 ■・・・などなど。
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 他人に全く影響を与えることのない一人だけの世界を楽しみ、自己満足にどっぷり浸っている。

 ただ、最近「雑記帳Blog」の連日更新はちょっとあやしくなってきている。
 加齢による意欲減退もある。春から秋にかけては園芸・畑作業に時間を要すこと、終活を兼ねた書籍や文献の自炊作業によって再燃した読書欲に火がつき時間が足りなくなったことなどが挙げられよう。

 のんびり生きたいといつも思うのであるが、自分に付加しているしている生活習慣をこなすのに1日24時間では不足である。

(2)「これからの医療の在り方」のタイトルが重荷に・・・
 最近、医学関係分野の勉強は徐々に乏しくなった。もちろん最小限は維持しているが。
 現在、社会や経済など医療外の分野を学び直している。記述する話題も医療分野以外の話題が大部分を占めるようになって「これからの医療の・・」のタイトル名が重荷になった。されど、いつまで続けられるかわからない。今更名称を変えてもしょうがないからこのままにする。





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