徒然日記

 日記と言うより、自分の行動記録と日々の雑感です。

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5/15(月) 曇り降雨午後快晴 健康クリニック  
 1:20起床、本日から通常に職場復帰。ただし、月曜火曜の通勤はバスからしばらく家内に同乗して通勤することにした。昨日購入した苗の内キウリ、トマトを地植え。各種データ整理。徒然、読書。9:00-11;15健康クリニックドック12名+レ線判定10名。所長に挨拶。11:30そろそろとリハ病院に歩行。データ整理、入院患者対応、読書。19:00横田屋に食器返却、帰宅。夕食、21:30就眠。歩行Σ5074歩。

遊行期に生きる(1) 私も遊行期に達したようだ

 このコラムは2001年から公開している。22年も経った。

 先日、78回目の感謝の日を迎えたが、その約10日前に突然急性心不全状態、呼吸不全状態に陥り、あの世の入り口にまで行ってきた。しかし、高齢化多死社会の今、空きがないとのことで入場を拒否され、すぐに戻されてしまった。そういえば、そんな歌が流行ったことがあったなア。

 自覚症状は間も無く改善し、今のところ症状は全くなく体調も悪くは無いが、次いで行われた心肺機能検査では厳しい結果が提示され、私の人生は新しいステージを迎えた。
 先の時間が読めないほか、行動的にはエネルギー消費を27METTs以内に抑えるソロソロ人生である。まあ、それでも恵まれていると言えよう。

 今のインドではどうなっているかわからないが、古代のインドでは 人生を4つのステージ、即ち、「学生期(がくしょうき」、「家住期(かじゅうき)」、「林住期(りんじゅうき)」、「遊行期(ゆぎょうき)」に 分ける、という考えがあった。

 私はこの世に生を受けて以来、これまで紆余曲折しながらも何とか「人生」を積み重ねてこられたのはすごく素晴らしいことであった、と自認し満足していが、ついに私は遊行期に至ったようである。
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 ?「学生期」は幼少から青少年にかけて、いろんな知識を学び、社会に出て生活できる準備をする時期。
 ?「 家住期」は一家を構え子孫を残す。
 ?「 林住期」は、社会的活動から身をひき、自由になって、じっくりと己の人生を振り返ってみる時期。
 ?「遊行期」は、人生の最後の締めくくりの時期で「死」に向かって準備する時期。身につけた知識と記憶を世間に返し、子供に還り、誕生した場所に戻っていく時期。
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 自然豊かで、広大、悠久の流れを感じさせる考え方である。
 当時は平均寿命も短かかったであろうから「学生期」「家住期」「林住期」の半ばにして、人生が終わることが大部分であったであろう。

 2021年の我が国の平均寿命は男性が81.47歳、女性が87.57歳である。インド哲学が生まれた当時は「遊行期」に至るまで生きながらえることは誰もができることでは無かったであろうが、その時代にこのような人生のステージの分類が確立していたということは実に驚きである。

 現実の人の生き方は、社会が不安定で先が読めないというストレスにさらされている。ただ、現在のように、技術の進歩や政治・経済の環境が激変している時代は、いつの時代にもあったこと。

 大きな観点から人間を見れば、インド哲学の時代と何も大きくは変わっていない、と思う。

 現在はほとんどの人が遊行期まで生きられる恵まれた時代である。
 しかし、内省とか、個人の哲学が影が薄くなり、全て「他力に頼って生きているのでは無いだろうか??」、私にはそう思えてならない。

 考える、思考する、そんな時間が十分あるのに実にもったいない、と思う。
 私にとってこのコラムはそういう意味で、とても大きな意味がある。

5/14(日)曇り・降雨 78回目感謝の日 
1:40起床、78回目感謝の日、今回は特別感慨深く朝を迎えた。本読み、文献チェック。徒然記載、新聞チェック、のど自慢楽しむ。微睡短時間、14:30 DIY店にてトマト、ナス、キウリ、サトイモ苗、除草剤購入。降雨のため植え付けは後。16:00家内に同乗中通リハ。患者は落ち着いている。新聞入力、自分の入院データなど確認。中通リハ27iMacOSVenturaに更新。18:40感謝の日記念夕食のため横田屋経由帰宅。うめがったが感想。21:00就眠。Σ3389歩。

78回目の感謝の日 行けるとこまで生きてみる
 本日は78回目の誕生日、即ち感謝の日。
 現役で働いている時は誕生日などはほとんど意識することなどなかった。
 65歳で現役を退いて、以後は細々と嘱託医師として働いているが、70歳を過ぎた頃から体力が落ち始め、気力も減退しつつある。老化によるものと理解していた。

 ところが先日、私の健康状態に大きな転機が訪れた。
 5月5日に、ちょっと良い天気に誘われて草刈り等を頑張って過労状態にあったのであるが、書籍を購入しようと市内に出かけたが、突然心臓喘息状態で救急外来受診、入院治療を余儀なくされた。

 幸い経過が良く大事には至らなかったが、心肺残存機能検査では心臓に大きな負荷がかけられない状況と判定された。すなわち今後はソロソロと注意して生きろ、それでも場合によっては冠動脈閉塞によって頓死する可能性もある・・・などなど、が分かった。

 私にとってはこの歳まで生きながらえることなど想定外であったが、現に生きてしまった。しかし、前途に黒雲が立ち込めソロソロ限界が見えてきたようである。

 自分の体の問題点がわかってきたとはいえ、通常に動ける。
 だから、今後の生き方を大きく変えるつもりはない。ここまで来たのだからもう少し大事に生きて、残りの人生を楽しんでみようかと思う。

 毎年のことだけれど、以下のような姿勢で明日も生きよう。
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(1) 私の社会的使命は終わった。私と言う個人よりも私に付随している医師免許は医師不足の秋田、法人にとってはまだ価値はある。仕事は最小限、補助的診療にのみに限定する。
(2) 家族間ではまだちょっぴり存在意義はあるだろうが、私が担っている仕事を分散させなくてはなるまい。
(3) 残り時間が予測不能となった。今さら焦ってもしょうがない。意の赴くまま、気ままに生きよう。
(4) 自然、人生に一層深く味わいを感じる。五感を生かして生きる。
(5) 長時間の歩行は心機能の低下から出来なくなったが、2.7METTsの範囲で心臓を守りながら、こまめに動いて移動機能、下半身機能を維持したい。
(6) 診療で得られた報酬の約10-20%を岩手の復興資金に送っているがもう少し続ける。
(7) 終活を一層進める。
(8) 過去に自省すべき言動が数多くあった。それらを恥じて準引きこもりを今後も続ける。
(9) 何もしない、一見無為な時間が大切に思えてきた。微睡を楽しむ。
(10) より中性的になったから、ジェンダーなどについて改めて考察したい。 
(11) 心身の衰えを感じるが、それを得難い経験と考える。
(12) より寛容になった。人に腹を立てることが無くなってきた。物事をじっくりと味わうことができる様になった。多様な考え方を受け入れたい。さりとて人の言葉に左右されたくはない。
(13) 同年代またはそれ以上の年齢の方の訃報を見れば安堵する。若い方々の訃報に接するのは辛い。
(14) 自然の大事さを認識。自分自身も自然の一員である。
(15) いい詩には無限の広がりがある。私も美しい日本語を書きたいものだ。
(16) 1日一話の随想はできれば継続したい。
(17) 新興感染症の今後、地球温暖化、国際社会の動きが気になる。
(18) 肥満傾向にあり、生活習慣を若干見直したい。
(19) 視力が低下傾向であるが、広いジャンルの書籍を読みたい。
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 矛盾し、スッキリしない部分もあるが、家族達も総じて元気であるし、ネコ達も元気。まずは良い78歳のスタート日になったと思っている。


5/13(土)快晴 
1:45起床。文献等データ処理、本読みなど。午前軽い外回り、ダリアの若芽出始めた。微睡若干、ダルマストーブ一台廃棄準備、新聞チェック。読書中心、午後も微睡、全体に平穏な一日。身体的症状なし。19:00退院祝って小宴的夕食、20:45就寝。歩行Σ3116歩。

慢性心不全急性憎悪?にて緊急入院(8)  私の行く末が定量化(?) 厳しい結果!!!(2)

 今回は心不全ということで循環器科への入院であった。
 循環器科の特徴の一つとして心肺の各種の機能検査が発達していることだろう。

 一時は呼吸苦で「来るべき時が来たかな??」とも思った。救急室の看護師の記録でも「喘鳴を伴う呼吸苦で重症感あり状態は良くない・・・」等の記載があるが、幸い、酸素吸入後は経過は思った以上に良好であった。

 それは私にとってとても良いことで「この世に戻ってきた」との感覚であったが、その後に行われた心機能の状況、データは思ったより良くない結果であった。

(1)胸部レ線検査、CT検査、採血検査
 ?救急室ではCOVID-19、インフルエンザの簡易検査。
 結果は陰性で一応これらは否定された。院内で対応する患者はほぼ全員検査するはず。特に急性の呼吸不全状態なので高齢者のCOVID-19は病態として否定しておかなければならない。

 ?救急室ポータブルで胸部レ線検査:全肺野すりガラス様陰影。
 ?胸部CT検査:やや心拡大あり。右肺上葉を主体に両肺野すりガラス様陰影。気管支壁肥厚、小葉隔壁の肥厚あり。胸水なし。心不全疑い。
 ?5/8病棟でのポータブル胸部レ線検査:すりガラス様陰影ほとんど消失。

 ?採血検査;CRP 0.06 CK 228 CPK-MB 14 と正常。BNP 265
肝腎機能に異常なし。電解質・糖代謝:異常なし 抹消血液検査、尿検査に異常なし。
(結構厳しい病態であったにも関わらず、採血では著変がなかった。とくに、BNPは軽度上昇しているだけ、心筋障害の所見は伴っていない。ならば何だったのか?? 不思議である。)
 
(2)心電図検査、心臓超音波、CTによる冠動脈造影、
 ?救急室心電図検査:心房細動+完全左客ブロック 心拍数約130/分。

 ?心臓超音波検査;(詳細省略) 心拍出量48%。(前回2022.3は62%)。
 (心拍出量は中等度の低下。救急室の病態では30%ほどと予測されたらしい。)

 ?CTによる冠動脈造影:左前下降肢に狭窄 70%??
 
(この狭窄像は予想していなかっただけにちょっとショックであった。今回の病態の主役だったかもしれない。今後どうするか??)

(3)CPX(Cardiopulmonary Exercise Training)心肺機能検査
 ?結果(詳細省略) : 心肺筋の総力として2.7METsと超低値。

 (日常生活の運動量は、歩行ならば時速2-3Km/時の速度で20-60分、1日1-2回、3-5回/週程度ならOK、と評価された。要するに今後はソロソロとゆっくり生きていくように、ということらしい。)

(4)勝手な自己評価
 回復後、退院後の状況から見て、上記の検査成績は実態より厳しすぎるような気がするが、まだ病直後であり、現状では素直にそれに従って生活して行くしかない。心臓もそれなりに対応してくれると期待している。

5/12(金)快晴 入院7日目 大曲中通病院外来(休診) CPX検査後退院
2:50起床。可燃ゴミ提出はOK?。今年は畑どうする??微睡、読書、新聞データ化、14:00トレッドミル。検査は難なく乗り切り、いい結果が期待されたが意外と余力はないようだ。主治医より運動負荷のレベル、2.7Mettsを告げられる。これはそろそろとゆっくりと生きろ、と言うこと。そのまま退院のコースへ。会計済ませ徒歩でリハ病院へ。多くのスタッフから無事退院できたことの祝福を受けた。流石に今回は嬉しかった。入院関連書類、新聞入力。19:20通町書店経由帰宅、夕食、20:30就眠。歩行Σ4214歩。

慢性心不全急性憎悪?にて緊急入院(7)  私の行く末が定量化(?) 厳しい結果!!!(1)

 今回、病院到着後の私の動きを思い出してみた。
 玄関から救急外来までの動線についてそっくり記憶が抜けている。電話で迎えを要請したような気がするが急速に進んだ低酸素状態で意識を失ったのかもしれない。

 救急到着時は意識も朦朧とし、何が何だかわからかったが、酸素吸入後、利尿剤投与を受けた後は比較的速やかに意識状態も呼吸苦も改善に向かった。
 一般的評価の結果、原因は急性心不全に伴う呼吸不全ということで循環器科の入院となった

 あれほど厳しく具合悪い状況まで陥ったのだが、自覚症状も時間と共に改善しつつあった。入院後、夕食は全量摂取でき自分でも驚いた。

 私は全く運がいい星の元に生まれた・・と今回も感じ入った。しかし、検査結果は決して甘くはなかった。

 入院は個室が用意された。主治医はベテランのS医師。
 
 経過良好とのことで利尿剤の経静脈投与、点滴ルートは翌日昼には中止となった。酸素吸入はリザバー付きフェイスマスクで毎分10リットル投与されていたが酸素飽和度96-100%と改善しも翌々日には中止となった。

 入院後は約1週間にわたって、採血、胸部レ線の経過観察、心臓超音波による機能検査、CTによる冠動脈の動脈硬化の評価、CPX(Cardiopulmonary Exercise Training)という心肺機能検査を受けた。

 自覚症状から見ると経過は良好で上記の検査結果からは大きな異常は出ないだろうと考えていたが、心臓の状態はその甘い予想は裏切られ、結果が示されるたびに今後の人生の厳しさが提示された。考えてみれば何もない心臓でこのような事態が急に起こるはずもないのだ。

 ちょっとオーバーに言えば心臓に過負荷を与えないようにそろそろと生活しなければならなくなったということ。経過によっては一瞬に心機能が頓挫する厳しいコースも十分考えられるということ。

 経過に関しては上記の如くであるが、以下、私が理解できた範囲で現状について記述を試みる。



5/11(木)快晴 入院6日目 体調良好 冠動脈狭窄指摘
2:50起床。いつもの如くデータ整理中心、読書三昧。微睡、新聞チェック、8:00主治医とから冠動脈狭窄を告げられ、チョット落胆。今の所はステント治療までは不要だろうとのこと。明夕機能検査のうえ退院予定となる。救急受診時の汚れもの洗濯。朝昼夕食はいずれも完食、20:00就眠。歩行Σ1680歩。

慢性心不全急性憎悪?にて緊急入院(6)  いのちと医療(2) 口頭で自己紹介し合う意義

 今回、救急室到着時は意識も朦朧とし、一瞬何が何だかわからなくなったが酸素吸入後は比較的速やかに意識状態も呼吸苦も改善に向かった。
 胸部レ線撮影、採血が済んだ時点でその日の当番医であろう中堅どころの医師は私の耳元で「内科の〇〇です・・・」と自己紹介してくれた。私は弱々しく「福田です・・」、と答えたような気がするがはっきりとは覚えていない。
 でも、その医師の挨拶の言葉を聞きとても安堵した。医師は数人いたが、マスクをかけた状態では個々人を識別できなかったからである。

 実際に〇〇医師が全ての患者に自己紹介しているかは分からないが、医師の側から自己紹介してくれたことに素晴らしさを感じた。

 特に医療の現場では初対面の主治医と患者とが互いに自己紹介し合うと言うことは基本中の基本であろう。確かに患者側の個人名などの個人データの概略はすでにカルテが用意されて医療者側には明らかになっている。しかしながら、これらは一種のレッテルにすぎない。

 双方が互いに見つめ合い、口頭で紹介しあうと言うことはそれとは次元の違った意義がある。
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 ?第一に、人違いを防ぐ。
 姓のみ呼ぶのは患者の人違いを防止する方法として完全ではない。現に人違いが生じ誤った手術が行われ裁判沙汰になったケースがある。

 ?第二に、患者がフルネームで自己紹介するねらいは医師や看護師に対し、自分を人格を持った一人の人間として診てほしいというメッセージを伝えるという意味を持つ。
 そういう挨拶ができれば、患者は医師に対し萎縮した気持にならくなる。
 控え目に「お願いします」と言って医師の前でかしこまるのでは、対等の関係にはならない。はっきりと「福田光之です・・」とフルネームで挨拶をしてから座れば、医師側も威儀を正して、挨拶を返すだろう。その後の扱いにも変化が出てくるであろう。

 ?第三は、フルネームでのあいさつは、患者と医師の間に信頼関係を築く最初の扉を開く意味を持つ。
 双方とも名乗ることもなく、ずるずると面接の会話に入ったのでは、けじめがつかない。 双方が人としての人格を認め合う最初の機会を失った、ということ。

 ?第四は、担当医の氏名・専門分野は記憶に留めておくべきと言うこと。
 最近、医師や看護師をはじめ職員に所属と姓名を記したネームプレートを胸につけさせている。また、外来の診察室の入口には、その日の担当医の所属と氏名を掲げ、病棟のベッドにも担当医の氏名を表示するようになった。
 患者はそういう表示を見て、自分を診てくれる医師の氏名専門とをメモしておくべきである。

 私はドックに来た方々に必ず、「かかりつけ医はどなたですか」と尋ねる。すると、しっかりと覚えていない人が意外に多い。「日本の患者は医師の権威の前に、よくわからないから、おまかせします」と自己を投げ出す傾向がある。よりよい医療とは、患者と医療者が協力し合って実現していくものであるから、双方が相手の人格を確認し合う必要があり、氏名の確認はその第一歩である。
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 私は患者に専門領域や経歴を尋ねられた際には自分のHPを紹介している。

5/10(水) 快晴 入院5日目 午後CTによる冠動脈撮影
 3:10起床。文献チェックほかいつものごとし。今回の入院も自覚症状は速やかに改善した。この数日間の病室内における生活は、読む、聴く、考える・・・などなど実に豊かである。14:00CTによる冠動脈撮影。結果は未だであるが症状や経過から予想するに大きな問題はなかろう。朝昼夕食共に完食。21:00就眠。Σ1736歩。

慢性心不全急性憎悪?にて緊急入院(5)  いのちと医療(1) 患者に必要な主体性
 いのちが有限であるということからはできるだけ目をそらして、できるだけ楽して、効能不明のサプリメントとかに頼って健康と長寿ばかりを願う現代社会。こんな状況は、現在の物品が溢れるほどある物質文明の中、物品が増えれば増えるほど感謝の念が薄れるのと同じように、私たちは、いのちを粗末にしていることにつながっているように思える。

 いや、具体的に自分のいのちを粗末にしている人はそれほどいないだろうが、自分の五感を通じた自分のいのちに対する評価や感覚を感じることができなくなった状況は、いのちへの感謝と感覚を軽視していると同義ではないか、と思う。

 私は医師になって60年余、次々と変遷していく日進月歩の医療に適応しながら医療のあり方、医師患者のあり方を観察してきた。いやそれ以上に、先にまとめてみて自分でも驚いたのであるが、私もずいぶん多数の病気に罹患し、その都度適正な医療を受けて解決してきた。

 このような医師としての経験や患者としての経験を通じて考えたことから私にみえてきたことは、医療は過去の姿からはすっかり様変わりした。医療者は「もっと患者に情報を開示すべき」だし、患者は「主体性をもった新しいタイプの患者として育たなければ医療を自分にのために利用できなくなるのではないか?」と言う危惧である。

 患者はよく勉強し、自分を客観的にみなければならない。

 患う者という弱々しい立場を捨て、自分で病と闘い、医療を選択する「主体的な医療受益者=患者」になることである。受け身の立場で医療を受けるのではなく、自己決定権を行使する自立した病人の立場である。

 社会が好むと好まざるとにかかわらず、主体的な医療受益者が増えていかなければならない状況と私には思われる。主体的な医療とは医療者側と患者側の間の「合意の上での医療」として共に納得の上で進めなければならない、と言うこと。

 合意の医療の実現のためには、患者側は成熟し、「自己判断、自己決定」しなければならない。生物としてのいのちの限界をわきまえ、プロの医師にどこまで頼れるかを知らなければならない。また、病気ばかりでなく、自分の人生そのものにも主体性を育んでいかなければならない。

 成熟した患者が増えてくれば、医師もさらに勉強しなければならなくなるであろうし、患者の生命の質ということを現在よりもっと深く考えさせられるであろう。

 私は身体的内容はもとより、身体を支える精神的方面の医療上の意義について,身体的以上に深くも学ばなければならないと思ってきた。そのルーツは「気が小さく、いつも人の顔色を窺ってきた」ことから始まっているが、心理学を学び、私のいい面の特質の一つとなっている。

5/9(火)晴れ 入院4日目 中通病院外来(代診依頼) 
3:30起床。録音データ整理。文献他PDF化、徒然、微睡、読書、データ整理などなど。本日は検査等なし。15:00入浴。湯舟は我が家の2/3程度のサイズ。前の患者が終わった後清掃し、新しい湯を張るのだ、と言う。非効率だが、病院である以上やむを得ないかも。デイルームの机で新聞チェック。21:15就眠。Σ1711歩。病棟内散歩では伸びない。新しい処方4種のためか若干食欲低下を感じるが朝昼夕食共に完食。

慢性心不全急性憎悪?にて緊急入院(4) COVID-19による面会禁止

 2020年以降、COVID-19蔓延で多数の病や多く高齢者施設クラスターが発生し、以降面会が一切禁止になった。

 感染を防ぐためとはいえ、患者やご家族からは一切面会禁止はひどすぎないか? 人権侵害でないか、との意見が多数見られ、患者も家族も不安が増していることを痛感する。

 病院には免疫力や体力の低下した高齢の患者、若い患者も多數入院しているだけに、COVID-19に感染すると重症化する危険がある。また、医療従事者に感染者が出ると、患者さんに感染が拡がるだけでなく、濃厚接触者に相当する医療従事者も自宅待機を余儀なくされ、たちまち人手不足に陥り医療機関としての機能の維持も困難になる。外来診療も閉鎖せざるを得ず地域の患者にも、多大な迷惑をかけることになる。だから、医療機関としては最大の予防策を講じなければならない。

 病院や施設としては苦渋の決断で面会禁止にしている医療機関がほとんどである。

 昨日(2023年5月8日)からCOVID-19はインフルエンザと同様な5類感染症となった。COVID-19が5類感染症となったのは医学的、科学的、疫学的な立場からではなく、社会の機能を維持するための政治的決断である。
 治療に大きな進歩があったわけでもない。オミクロン株になってウイルスの毒力が若干軽減したものの5類感染症になったとしてもその危険性に変化は無い。5類感染症になったことで社会生活の中では数々の制限が撤廃されるが、これからは危険を察知し感染予防は自己判断で行わなければならない。私は、隣に居る未知なるひとは感染者かもしれないと考えて予防策をする積りである。

 病院や高齢者施設では5類感染症になったからと言って面会制限は続けなければならない。

 ただ、状況が長期化するなかで、オンライン面会を採り入れる医療機関も増えてきている。電話やTV電話で会話できたり、患者さんの様子を伝えることでも不安が軽減する。私が勤務している中通リハビリテーション病院では定期的に担当看護師から家族に連絡し、近況を説明することになっている。

 そうはいっても、面会ができないことで問題も生じている。
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?「会えない」ことが患者と家族に及ぼす影響。
 患者、家族共に家族間のコミュニケーションを奪われ、高齢者の場合は闘病意欲にも影響しうる。
?医療者と患者・家族との関係。
 病状が悪化傾向にあるとき、急変したとき、説明が十分に尽くされていないことが多く、情報不足から思わぬ誤解や医療不信を招く。
?特にCOVID-19に感染し死亡された場合は、医療機関によってはご遺体との面会さえかなえられなかった場合もあり、ご遺族の悲しみ、悔しさはいかほどのものか想像に難くない。
?火葬場によってはご遺族の入館が拒否されたり、過剰な対応もあったとされる。
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中通総合病院の面会禁止についての概要
 2022年7月23日より、私が勤務する病院でも入院患者や職員の感染防止対策の強化を行うため、面会を禁止とさせていただいた。
 その概要は病棟看護師の説明によると以下のごとくである。

【ご家族の方へ】
 体調のすぐれない方、発熱している方は入館禁止です。
 入館は、必ずマスク着用をしていただき、アルコール手指消毒に協力を。
 入館後は指定させていただいた場所以外の立ち入りはできません。

【重要:入院中の患者へ】
 入院患者が1階ロビーなど制限区域外に出かけて、ご家族等とお会いになることも禁。
 COVID-19感染症の検査を行い、陰性確認をさせていただいた上で入院となっている。感染を防ぐために協力を。

【差し入れについて】
 洗濯物や差し入れ品は、病棟の看護師にお渡しください。入院患者と直接会うことは禁じます。
 差し入れは衣類や生活必需品などに限ります。

【入退院時の迎えについて】
 1階またの廊下にコーナーがあります。そこで待機いただきます。
 ご高齢の方や車いす利用などの場合には、病棟看護師へ申し出を。

【などなど】
 そのほかにも詳細な取り決めがある。

 COVID-19の終焉にはまだまだ時間が必要である。その時期までは医療機関も患者も耐えなければならない。



5/8(月)曇り 入院3日目 健康クリニック(代理医師お願いした) 
3:30起床、データ整理、画像データ、音楽データなど整理。8:30中通医局医局秘書室を通じて今週と来週の健康クリニック、中通外来、大曲の代行をお願いした。胸部レ線、採血採尿。結果は良かったらしい。酸素吸入中止となる。飽和度92ー98%と略良好。午後は心臓エコー、こちらのデータは1年前よりやや劣化していた。FF48%ほど。当然だね。20:30就寝、Σ1507歩。朝昼夕食共完食。

慢性心不全急性憎悪?にて緊急入院(3) 入院中の食事 病院食は美味しいよ

 ひと昔前とくらべれば、病院食は味も見た目も格段とよくなった。
 暖かい、あるいは冷えた状態で届けられる。それでも、自宅でのでの食事より病院食のほうがおいしいと思う人は、そう多くはいないであろう。

 しかし、私は遜色ないと思っている。もっとも、何度か入院の経験があるがいつも同じ病院なので病院間での比較はできない。
 食事の雰囲気もその判断に重要である。プラスティックトレイに、プラスチック食器・・・これだけでもずいぶん違う。

 病院から出される食事には、普通食と治療食とがある。
 普通食というのは、健康な人がふだん食べる食事とほぼ同じ内容のものである。 治療食は、心不全食、高血圧食、肝臓病食、藏病食、臓病食、糖尿?食、術後食(手術の直後の食事)など、それぞれの病気や重症度によって細かく分かれている。
 治療食は、当然、その病気の治療にプラスになるものを多くし、マイナスになるものは極力減らすように献立されている。
 今回、私がいただいているのは心臓高血圧食1800Calである。

 よく患者さんから病院の食事がまずくてしかたがない、なんとかしてくれないかと苦情がでていた。 本当にそう思っている方にはお気の毒、ごもっともであるが、そう簡単なな問題ではない。

 ここで健康保険から支払われる給食費に、ちょっと目を向けよう。
 食事に対しては患者が支払うのは一食460円である。実際には、材料費、燃料費、人件費、その他いっさいの諸経費をふくめて食事の準備にどれだけかかっているかは今の立場では知る由はない。不足分は健康保険で賄われる。

 ラーメン一杯が800円はする時代に一食460円しかし払っていないことを何と考えるか。この枠内の自己負担に見合うだけ安い病院食をつくらなくてはならない給食関連職種員は日夜努力している。
 食事の内容に大きく期待するほうが土台無理。しかし、そうとわかってはいても、すこしでもおいしいものを食べたいのが人情であろう。

 それでは、どうしたらいいのか?
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 ?第一の手は治療に専念し早期退院に持っていくこと。
 ?普通食が出されている人は、若干の副食物を自分で用意するか、差し入れをしてもらうといい。治療食が出されている場合には、それも許されない。
 ?それが叶わない時は早く食事になれること。不満が不満を呼ぶ。
 ?病院食を通じて、人間がどれだけ少ない食事量で生きられるのか考えてみるべき。
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 私は日本人の食事を考えてときに分不相応な贅沢をしている、と感じている。

 この背景には一日130円で耐え忍んだ6年間の経験が大きい。私は日常の食事は「一汁一菜+アルファ」でいいと思っている。
 日本人は自給率も悪いのに食べることにしか興味がないのか??・・・とさえ思っている。
日本人の食を考える(1) 日本人は食べることにしか興味がないのか?

私には食事以外に興味を引く分野が多々あり、とても恵まれている、と思っている。

 今回の入院も自覚症状は速やかに改善した。しかし、ことの重要性からまだ退院許可は下りないが、この数日間の病室内における生活は、読む、聴く、考える・・・などなど実に豊かである。

 朝中夕の3食は、「えっもうご飯なの??」という気持ちで迎えている。働きもせずに与えられている。いずれも完食でき、食事の面でも幸せ感を味わっている。


5/7(日) 曇り 入院3日目 殆ど無症状
2:20中通病院で起床。本読み、文献読み、徒然記載ほか。ほとんど無症状で体調は良好、酸素吸入さえなければ自宅や職場で過ごせるレベル。終日ラジオ録音データを聞き返し、読書、徒然記載、ゆっくり過ごす、20;30就寝。Σ1744歩。朝昼夕食共完食。明日はレ線や各種の機能検査が予定されている。

慢性心不全急性憎悪?にて緊急入院(2) 入院後は速やかに自覚症状が消失した 疾病歴まとめた

 私は15年ほど前から心臓に問題を抱えていた。基本は心房細動である。 

 それに昨年来、完全左脚ブロックが加わった。心房細動も最初は時折生じる発作性心房細動であったが、徐々に持続性になった。恐らく心臓に加齢または生活習慣による退行性変化が緩徐に生じていたのであろう。

 昨年3月の循環器科の定期チェックは経過観察のレベルでであったが、自分としては、人生の終末の一つの形として狭心症又は心筋梗塞?? あるいは鬱血性心不全??の確率が高いだろうと覚悟していた。

 従って、5月5日に生じた異常事態は発症当初は驚いたが「遂に来たか!!!!」と想定内にあったと言うこと。だから、自分としては迅速に判断出来たし、救急車でなくタクシーでも良いだろうと病院に向かったのであるが、実際には時間的には厳しかった。到着時気を失う一歩手前であった。

 私はあと数日で78歳になる。思えばいろいろ病気をしたもんだ、と思う。
 これを機会に、私の疾病歴を項目だけをざっと振り返ってみた。

 自分の疾病歴は以下の如くである。随分色々あったものだ、と思う。 
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■1945年 出生、幼少時は虚弱・腺病質で戦時下でもあり育たないだろうと思われていた 
■1951年難治性急性胃腸炎で匙を投げられる。小学生3年の時 恐山のイタコに願掛けた
■1953年 盲腸周囲膿瘍 小学生5年
■2007年8月1日膀胱頚部硬化症(経尿道的切開)+膀胱憩室手術(腹部正中切開) 
■2007年頃から発作性心房細動自覚、2012年5心房細動の慢性化
■2008年肺がん疑い 器質性肺炎であったか?
■2011年緑内障・白内障の診断 点眼治療開始。
■2012年10月腸閉塞 内ヘルニアで腹腔鏡手術  
■2012年11月心原性脳塞栓 後遺症なく改善
■2017年5年ほどかけ右下腹部に鼠径ヘルニア増大あり、手術
■2022年10月大腸憩室から出血。内視鏡的止血術。輸血には至らず
■2023年4月鬱血性心不全(今回)

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 今回のエピソードを含めて病院関係者からは大事に扱われていることを感じた。
 いかに感謝してもしきれないほどである。

5/6(土)曇り降雨 中通病院入院2日目 苦痛は殆どなし
3:30起床。ラジオ深夜便を聴きiPadで読書、徒然記載する。昨年畑に苗を植え付け。今年はなんとしようか。午前早めに主治医の回診あり。処方などについて説明あり。昼にテザリングにてインターネットに繋ぐ。読書と微睡、ラジオ深夜便。21:30就眠。1022歩と最低。入院中ベット上安静とトイレ歩行だけだから運動不足。朝食、昼食、夕食も完食。食事摂取できるということは体がそれほど悪影響を受けていなかったことか?昼食から普通食に。持続点滴中止。

慢性心不全急性憎悪?にて緊急入院(1) 昨日、遂に予測していた事態に陥った

 私は心臓に問題を抱えていた。基本の問題は心房細動である。 
 それに昨年来、完全左脚ブロックが加わった。循環器科の定期チェックは昨年3月に受けたが、その時点では経過観察のレベルであった。

 ここ数年来、自覚的には軽度の心不全状態にあるのではないか、しかも徐々に悪化傾向にある、と考えいつかはこのような状況を迎えるものと覚悟していた。その予防として自己判断であるが、日常生活を軽く制限することでなんとか凌いできたが、この連休の天候に惑わされて外仕事に精を出し過ぎ、ついに昨日その限界を越えてしまったと言うこと。

 具体的には心不全傾向として以下を感じていた。
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 ?全体的には動悸、易疲労による気力の減退。
 ?階段昇降が辛くなってきた。
 ?長距離歩行が困難、せいぜい30分程度までと歩行可能距離が短縮。
 ?急足歩行ができなくなった。
 ?リクライニング椅子を倒しネコを胸に載せていると時に呼吸困難感が出る。
 ?前かがみ状態で作業しつづけると呼吸困難感だ生じる。
 ?腕立てや腹筋運動などの全身運動に耐性がなくなった。
 ?心不全の指標であるBNPは軽度高かった。
 ?・・・などなど
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 しかしながら、心不全の指標である兆候の一つである下肢の浮腫などはなく、主として左心の機能低下なのだろうと考えていた。

 症状や経過の推移については出来ることならばいつものごとく記録するつもりである。

 先に示したいのは、救急室受診前が最も辛く、歩行も困難で、意識も薄れかけていたが、大量の酸素吸入で1時間ほどで大きく改善してその後は全く自覚症状がなくなったことである。

 今回も短時間ながら死を意識したが、なんか今後も生きられそうである。
 私はツクヅク運がいいらしい。
 

5/5(金) 子供の日 快晴 草刈3回目 午後心不全にて緊急入院
2:20起床。文献検討、徒然。5:00家庭ゴミまとめ提出。昨日出した金属袋1ケ残っていた。サイズ過剰であったのか。13時半バスにて、通り町、徒歩長崎や、長崎や小書店にて15時ころに心不全悪化か、呼吸困難増悪、ついに来るべきものが来た、という感じ。タクシーにて中通病院救急受診、最終的には歩行も困難状態に陥った。到着時酸素飽和度60台だったらしい。酸素10L吸入で楽になった。採血レ線CTなど、COVID-19などではなく、想定の心不全と診断、循環器科に入院となる。夕食副食(全がゆ、炒り卵、付け合せ)は完食。こんな状態なのに食事ができたのは不思議であった。9時頃から就寝。結構熟睡できた。排尿3回。Σ6391歩、午前はかなり動いていた、ということ。

季節の話題2023(12)モクレンよ、フジよ、オオデマリよ、なんでお前達はそんなに一生懸命に咲くのだ

「なんで、君たちは、こんなに美しく一生懸命に咲くのだろうか。

 いま庭にはオオデマリ、フジが満開である。4月中旬にはモクレンが美しく咲いた。
 余りにも見事、声が出ないほど。
 わたしがグチャグチャ書くよりは画像で示すことにしたい。
 以下が今年の花達である。

5/4(木)みどりの日  快晴 草刈り2回目他 散髪
 1:50起床。随想読み、徒然などトロトロ進める。5;30金属系廃棄物提出、電池、蛍光灯、血圧計ほかで2往復。8:30草刈り2回目暑さもあって疲弊。8割終了、14:00草刈り再開するも隣家が家族総出で畑仕事しており中止した。16:00庭で散髪。衣服に髪付着対応に難渋。本日は病院に行かず、19:00夕食、20;30就眠。歩数11539歩。草刈り作業のため。

季節の話題2023(11)ボタンよ、君たちはなんでそんなに一生懸命に咲くのだ

 「なんで花は、君たちは、こんなに美しく一生懸命に咲くのだろうか?誰のために!!!」は私は物心ついた時からずっと考えているがいまだに考えがまとまっていない。

 桜について一歩踏み込むと、「なんで桜はこんな一生懸命咲くのだろうか??」。私はつくづく呆れている。なにもこんな精一杯、樹々全体で一斉に、火がついたように咲くこともないだろうに、と思う。

 ほとんど一つのクローンからなるソメイヨシノとに備わった宿命といえども、見ず知らずの人類まで、こんな美しい姿をさらけ出すのは何故なのか。

 桜は一生懸命頑張り過ぎて可哀想に思う。落ちこぼれの樹々があってもいいじゃないか。花だけが先行して咲くので桜色一色で見ていて疲れる。あんまり桜がきれいだから、ちょっとけなしてみたくもなる。

 今年は桜をまじめに見ないうちにあれよあれよと言ってる内に散ってしまった。談春で以上も早く咲いた他に、開花してからの強風と降雨が災いした。

 5月になって我が家のボタン、かつては10本もあったのだが継代に失敗、鉢植えから地植えにするのに失敗し半数近くにまで減少してしまったが、そのうちの3本が一斉に咲き始めた。

 余りにも見事、声が出ないほど。
 わたしがグチャグチャ書くよりは画像で示すことにしたい。
 以下が今年のボタンである。

5/3(水)憲法記念日 快晴 草刈り第一回目
2:30起床。ちょっと乗らず、データ処理、随想読み、徒然などトロトロ進める。8:30草刈り第一回目、南側半分、明日の金属類廃棄に向けて準備。11;30新聞チェック、午後微睡。台所の中型ゴミ箱の蓋の修理、見事に出来た。14:00家内に同情中通リハ、入院患者の様子見る。受け持ちの某患者の三女は約30年前に私が仲人をした方であった。当然当時の面影はない。達筆であったことを思い出す。新聞入力、19:00せきや経由で帰宅夕食、21:00就寝。 歩行計9886歩。

日本の危機と対策2023(10) 人口減(7) 外国人によって維持できている社会
 (1)純血主義のもと国家として衰退の道を選んだのは何時か、誰か??
 日本人は文化的に完全に島国根性である。島国だからこその良い面は今まではいっぱいあった。
 しかし、人口問題に関してはもう国内では解決できないレベルに達している。

 自国民内で人口を維持しようとすると、すでに出産可能人口が減ってしまったから出生率を今の倍以上の3.0以上にしなければ成り立たない。これは不可能。
 
 日本は一定の人口を維持し、国力を維持する道より、日本人による純血主義のもとで国家として衰退の道を選んでしまった。

 ところで、いつ誰が純血主義を維持し、座して死を待つという日本の将来の選択をしたのだろうか??
 閣議でもない、国会討論でも取り上げられたことは無かったはずで、私は指摘できない。この問題は、国民投票をしてもいいような重要な話題であったはず。

 (2)外国人の助けを借りて成功した角界。
 あれほど伝統にこだわる角界が外国人力士を導入した事は今となっても驚きであるが慧眼であった。いまの隆盛は外国人力士の活躍の結果である。もし純血主義にこだわっていたら、勝負は面白みにかけ、ファンは離れ、マイナーな世界になっただろう。

 それなのに、まだ外国出身力士に批判的であったり、日本人横綱の誕生を異常なほど熱望するなど純血主義のなごりは深く残っている。もちろん外国出身力士が持っている文化的土壌は角界の中では問題を醸し出しているが。

 (3)外国人の助けを借りて成り立つ介護・看護部門
 厚労省の2019年の発表によると、看護職員は2025年に約200万人必要と算出されてるが、看護職員の供給数は175〜182万人で、約6〜27万人程度不足すると推計されている。労働力不足を補う為に外国人スタッフの導入について、積極的に取り組み始めている。

 (4)問題があった労働力としての外国人技能実習制度
 国際的な人材獲得競争が激化する中、短期間の滞在しか認めない現行の技能実習制度を見直し、希望者は日本に定住できる仕組みを整えることは重要だ。

 技能実習は1993年に始まった。発展途上国の人材を育成する国際貢献が目的。最長で5年間、農業や製造業など86職種に従事できる。

 2019年の入国者のうち、ベトナムが91,170人、中国34,685人となっており、両国からの入国者で技能実習生の入国者全体の約7割を占める。両国以外ではインドネシアから15,746人、フィリピンから13,839人、ミャンマーから6,460人を受けいれている。

 名目は実習制度であるが、実態は国内の労働力不足を補完に利用されている例が多い。実習生への暴力や賃金未払いなど人権侵害が相次ぎ、国内外から批判されてきた。

 新しい制度では、明確に労働力と位置付け労働者としての権利を守ることで、日本で働く魅力を高めると期待される。新制度では一定の技能を獲得した外国人を特定技能制度へ円滑に移行させ、中長期の滞在を可能にすると言うもの。より幅広い職種で、高い技能を持った労働者の長期の安定雇用を可能にする制度設計を目指すべき。技能実習では認めていない家族帯同も認める必要がある。

 経済の低迷が続く日本は他国に比べ賃金が低くなっており、外国人の就労希望者が減っているとの指摘もある。労働者から選ばれる国であり続けるために、外国人の受け入れ体制を大きく転換させるべきだ。

 国立社会保障・人口問題研究所が将来推計人口を4月26日公表した。それによると外国人が占める割合を人口の10%と推定している。納得できる結果である。


5/2(火) 早朝一時雨、その後晴れ 中通病院外来
 1:40起床,文献チェック、随想読み、読書ほか。5:00可燃ごみ廃棄。秋田市契約の処理業者さん、連休中だと言うのにご苦労様。6:40バスリハ病院へ。回診、新聞チェック。8:45中通病院外来。12:30中通リハ、微睡、14:00患者対応そのほか、新聞入力、項目分類ほか。19:30帰宅、夕食、21;00就眠。歩行計7504歩。

日本の危機と対策2023(9) 人口減(6) マスコミは人口減の根幹を報道していない(2)
 日本のように、ここまで少子高齢化が深刻化・固定化すると、国内の出生率だけでは対応不可能であることは歴史が証明している。
 ここまで出生率が低下して、その後、人口減少が止まるとされる0.21まで持ち返した国はいままで存在しないし、出生率改善の試みは数10年もかかるものであり、即効性の策はない。

 そもそも人口ピラミッド構成はその国の政策決定者たちに警鐘を鳴らし、 早めに手を打つことを促す目的で作られ、通常、他国はかなり早めに具体策をとった。しかし、日本の無策は非常に特殊であり、すでに回復不可能なところまで傍観し続け、不可逆状態まで陥っている。

 政策決定者たちの「近視眼的」対応が不思議でならない。世界では、日本はすでに没落過程にある過去の国と見なされている。

 日本の最大の課題が人口問題であることについての認識は、ほぼできている?? と言うよりは人口減の歪みが現実になった今、やっと気づき始めたレベル。

 人口減少によって、暮らしを支えてきた社会の基盤は次第にやせ細り、地域社会そのものを支えきれなくなりつつある。
 起こるだろうと想定していたことが、われわれの暮らしの周辺で現実に始まっている。各界で若い労働力が不足している。こうした中でも、どんなことがあっても「移民だけは絶対に受け入れない」という視野の狭い政策をいつまで続けるのだろうか?

 移民とは単に人口減少を補う 「労働力」というものではなく、日本社会にさまざまな貢献をする可能性を持つ人たちであり、現在の閉塞感を打破し日本を新しいステージへと導いてくれる。

 そこの最も大切な論点はマスメディア、政治家も必死に避けているようだ。

 私は若い女性を増やすことにしか解決策はないと考えていた。しかも、日本人だけでは実現し得ないところまで状況は悪化している。

  マスメディアだけでない。人口減問題を受け入れようとする立場から論じた書籍もある。なかなか容認し難い論旨であるが、・・・
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●藤波 匠 人口減が地方を強くする
●村上由美子 武器としての人口減社会 国際統計でわかる日本の強さ
●松谷明彦・藤正巌 人口減少社会の設計 幸福な未来への経済学
●山崎史郎 人口減少と社会保障 - 孤立と縮小を乗り越える
●吉川 洋 人口と日本経済
●日下公人 「人口減少」で日本は繁栄する
●平田オリザ 下り坂をそろそろ降りる

5/1(月)快晴夕方から降雨 健康クリニックドック 
1:30起床,文献チェック、随想読みほか。6;40バスリハ病院、回診ほか、9:00-10:00健康クリニックドック2名だけ+結果判定11名。リハ病院へ移動、それ以降は座学、文献読み、読書など。新聞チェックなど。書籍自炊。入院患者対応、19:30通り町書店経由帰宅、夕食、21;15就眠。歩行計5624歩。

日本の危機と対策2023(8) 人口減(5) マスコミは人口減の根幹を報道していない(1)
 2015年、人口減のために「地方が消滅する」とする報告が出て世論に衝撃を与えたが、それほどの社会問題にはならなかった。それは、我が国のメディアが十分に、正しく取り上げてこなかったため、と私は思っている。

 そのために当時の朝日新聞の社説や記事を見直したが、問題の捉え方に深刻さを欠いている他に、人口減少の原因の根幹には一切触れていなかった。私は違和感を抱いた。

 我が国の人口減少は半世紀も前から予測されていたが、何ら具体的対策を取らなかったために少子高齢化がすっかり進んでしまった。高齢化も深刻な問題であるが、少子化の方がその何倍も深刻であるのに、この50年間のメディアの関心は少子化よりも高齢化にあった。
 
 少子化は高齢化より遥かに深刻である。

 出生率、出生数は極度に低下したから将来出産することが期待される女子人口がどんどん減少する。出産可能女子がここまで減少してしまえば、例えば、現在1.3程度の特殊出生率を2.5ほどまでに倍増させても人口減少を防ぎ得ない。しかも、若い夫婦が子供を産みたいと考えていてもそう出来ない社会的事情が多過ぎるから、出生率の改善は望み得ない。その事情は政治がつくってきた。

 政府は今に至って少子化対策に力を入れ始めた。「異次元」と言う名前が好きだね。

 50年遅れたツケを何とかしようとしているが、5兆円の少子化対策予算を組んでも出生率への影響は0.1程度と試算されている。当然だ。
 いくらお金をかけても子を産める女性が少なくなった以上人口減は何ともならないのだ。

 結局は子供を産める女性を集めることしかない。すなわち「移民の受け入れ」である。所が、日本では「移民」という言葉が出たとたん、 政治家は後ろを向き、 メディアはいっせいに慎重になる。

 ここ数10年、移民問題を正面切って論じた新聞はあっただろうか??私が知る限りは無いと思う。
 
 人口問題に携わる海外の文献に接すると、「日本はすでに手遅れだ」、「これだけの資料がはっきりしているのに誰も具体的な手を打たないのは不思議だ」という意見をたびたび目にした。

 日本国内で地方創生、子育て支援策など、まだ努力すれば大丈夫という夢想と、海外からのきわめて厳しい見方との間には大きなギャップがある。

 日本のひし形が大きく上方に広がった人口推計ピラミッドを、日本では「ビヤ樽」型と呼ぶが、欧米では国が滅亡するという意味を込めて、「棺桶」型と呼んでいる。

 人口減問題に関する新聞記事からは今も深刻さは窺い知れない。移民問題はあえて避けてきたとしか思えない。


4/30(日)早朝まで降雨のち快晴 玄関アプローチの灯り修理 夕方回診
1:40起床、画像・文献新聞チェック。録音データ整理など。8:30玄関アプローチの灯り修理着手、途中の電線、接合部が劣化していた。電線は丈夫でその処理は難渋。風除室扇風機給油にて改善。NHKのど自慢楽しむ、新聞データ化。微睡。ボタンは開花直前。15:27バスでリハ、回診ほか。19:00帰宅夕食。20:30早々に就寝。歩行計5870歩。

日本の危機と対策2023(7) 人口減(4) マスコミは人口減をどう報道してきたか(2)
 (2)2015年6月8日の記事「人口減への危機感反映」では、池上清子日大教授の「出産や子育てに男性を参加させるなどの意見を挙げ具体的な処方箋を示したうえで、「社会全体での議論なしには、前に進めない」と説いた。課題実現への具体論を期待せるなど、みやすい仕組みや社会の合意を整えることが重要だ」との指摘を伝えた。

(3)しかしながら、 8月1日の社説「人口減少を考え直す /『豊かさ』みつめる契機に」において、これまでの社説の論旨を転換させたような変化が見られる。論旨がぶれている。
 まず、「そもそも「人口減少=悪』なのか」と問い直した。その上で、明治維新後は富国強兵、戦後は経済成長という目標に向けて、「無理を重ねてきた疲労や矛盾が臨界点に達した結果が、人口減少となって現れているのでは??」、「人口減少は、本当に豊かで幸せを感じられる社会をつくっていくチャンスなのではないでしょうか」との某識者の見方を紹介している。ズレている。

 (4)その一方では、2015年8月8日からの連載「人口減日本/近未来からの警告」においては、「人口減少社会」がどのような歪みを生むかを身近な実例でわかりやすく報道し、人口減少に対する危機感を国民に訴えている。

 豊かさの実現に伴う価値観の多様化と言うならまだしも、人口減少を前向きに、メリット面から捉えた意見への変化は唐突な感じを禁じ得ない。
 確かに超長期でみれば、人口減は新たな均衡に向けた変化の始まりだが、来るべき人口減少に対する危機感が甘く、大きな違和感を覚えた。

 (5)また、8月9日「政治断簡:危うい 『大きな家族のため』」において、少子化対策が戦前の家族国家的な論理につながりかねない、との朝日らしい警戒感を示しているが、核家族化という不可逆的な流れは強く、それは時代錯誤的、心配し過ぎだろう。

 (6)8月13日の記事では「出産阻む要因取り除け/企業の地方移転支援を」において、増田寛也・元総務相も、『結婚したい』 『子どもを持ちたい』と「願う若者も多い」とし、「出産を阻む社会的、経済的な要因を取り除かなくてはいけない」と指摘する。

 政府の調査によれば、夫婦が理想とする子どもの数は2.4人。ところが、実際の合計特殊出生率は約1.4人。両者のギャップは出会う機会の減少や経済的理由、仕事上の制約、保育所の不足など種々の要因から生じている可能性が高い、と指摘している。

 朝日新聞を題材に人口減少に関する記事を検証したが、深刻さを欠く。
 出産可能の女性の人口がここまで減少すれば、子育て環境を支援しても効果はしれている。そこの最も大切な論点は必死に避けているようだ。

 私は若い女性を増やすことにしか解決策はないと考えていた。しかも日本人だけでは実現し得ないところまで状況は悪化していた、のだ。


4/29(土)昭和の日 快晴 連休初日 除草剤散布
1:30起床、文献検索。読書。8:30除草剤散布1回目、農道だけ。11;30家内に同乗、久保田新橋、千秋公園コイに給餌、飯川病院。引越しセンター時間間違え、13:30まで一時リハ、病棟チェック、16:00終了、新聞チェック、入力、自炊3冊・データ処理、微睡、ハイビスカス外に移動。読書三昧、音楽鑑賞、微睡など。19:00帰宅、夕食。20:30就寝。歩行計9888歩。

日本の危機と対策2023(6) 人口減(3) マスコミは人口減をどう報道してきたか(1)
 2015年の「地方消滅」、2019年の「老後の費用2.000万円」は結構インパクトがあったニュースである。ちょっぴり社会に影響を与えた様にみえたが、意外と持続性はなかった。

 「地方消滅」の報告の以降、新聞紙上で我が国の人口減のことが散発的に取り上げられるようになった。しかしながら、日本が消滅するかもしれない超重大な予測であるにもかかわらず、扱いが全般的に軽いとの印象を私は持った。実に不思議であった。

 私は半世紀も前から我が国の人口減に関心を持ち、資料を集め、種々の機会に勉強してきた。30年前から新聞記事のうち関心のあるものをスクラップし、2008年以降は電子的に保存している。その中で人口減少問題は最大の関心事で、関連記事はできる限り収集していた。

 そこで、私のスクラップに検索をかけて朝日新聞記事を読み返してみた。
 勿論、私が収集した資料であるから初めからバイアスがかかっている。データの数も少ない。それを承知の上で、当時のメディアの姿勢が分かるのではないか?? と検討を加えた。

 それを見ると、人口減問題に対してメディア全体の論調が甘く、真剣みがなく、しかも、どうも首尾一貫していないように感じられた。

 この頃の朝日の記事の論調は以下の如くであつた。
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 日本全国1800 市区町村の約半分が、2040年までに自然消滅する可能性がある。こうした推計が、2015年5月に官民合わせて三つの有識者グループが公表した。これを機会に、わが国の人口減少に対する危機意識がこれまでになく高まっている。

 政府は90年代以降、少子化問題に取り組んできたが、デフレと景気低迷が長期化するなか、対策は小出しで後手に回ってきた。 政府も、2015年6月に「骨太の方針」を閣議決定し、人口減少を意識し、50年後に1億人の人口を安定的に維持することを目標に掲げた。

 そこで、朝日新聞は、今こそ人口減少に対する国民的議論を行い、本格的な具体策を講じるべきと考えた(かに見える)。

 2015年5月26日の社説「人口急減社会の問い/生き方の再検討を迫る」ではまず、官民三つの報告書を踏まえて 「やるべきことははっきりしている」として、介護や子育てなどの事情に応じて柔軟に働ける制度を構築することや、高齢者に偏る社会保障を見直し、子育て支援などに振り向けることなどの具体的な処方箋を示した。そのうえで、「社会全体での議論なしには、前に進めない」と説いた。

4/28(金)快晴 大曲外来 家内演劇Rabitto hole
1:30起床、文献検索、途中睡魔でトロトロ、5:30可燃ゴミ。7:40Taxi駅に、8:11こまち、往路徒歩。9:15外来。15:30長崎屋なしでリハに直帰。新聞チェックと入力。入院対応。画像のカルテへの貼り付け学習。18:45港交通タクシー帰宅。19:00夕食、20:39就寝。歩数計8553歩。

日本の危機と対策2023(5) 人口減(2) 国立社会保障・人口問題研究所将来推計(2)
●今回の推計で人口減少傾向が改善する、と受け止めることはできない。
――――-不定の要素が多過ぎるが、後戻りはしない。減少は進む。

●中国や韓国など人口減や少子化に直面する国が増え、今後は人材獲得競争が一段と激しくなる。海外に見劣りしない水準に賃金を引き上げ、待遇しないと日本は選ばれなくなる。これは厳しい現実になる。

●今後必要なのは、人口減少抑止できると言う楽観を排し、急激に進む人手不足への対応に全力を注ぐことだろう。
――――-子供を産める女性が少なくなった今、もう遅きに失した。が、常に努力は必要。

●15〜64歳の生産年齢人口は2020年に7.509万人だったが、2045年には2割減の5.832万人になる。新技術で省人化を徹底するなど知恵を結集し、社会の機能を維持できる方策を模索しなければならない。
――――-もう遅きに失したけどね。

●日本は移民政策によって将来が変わりうる。もっと正面から議論しなければならない。

●人口が急減した地域では道路や鉄道、水道、電線、河川や森林の保全といった維持が難しくなる。国土が荒廃する。国民の居住地をどう考えるか。地方都市も集約化が必要である。

●労働力の縮小と並行して高齢化は一段と進み、2043年には65歳以上の高齢者数がピークの3.953万人に到達する。高齢者に提供する年金、医療や介護の仕組みを追求しなければならない。

●半世紀以上前から現状の厳しい人口減少社会が指摘されてきた。今回の国立社会保障・人口問題研究所将来推計が示しているのは一層厳しい未来社会である。
ーーーー誰も対策してこなかったから今を迎えた。今後も同じなら推計通りとなる。

●出生率が長期的に2.20まで上がる、と夢想するのは人間の歴史を学ばないから。

●子育て支援政策は重要。しかし、5兆円投資の効果は出生率を0.1アップする程度の微々たる効果しかない。

●人口減で縮小する社会で生活や文化、経済活力を守る手立てを考えるべき。
ーーーー下り坂をそろそろ降りるように国のあり方を考えるべき。

●少子化対策の重要性は変わらない。出生数が増えれば人口減のペースは鈍り、活力ある社会を将来の世代に継承しやすくなる。

●固定化した男女の役割分担や硬直的な雇用慣行など、根本原因にメスを入れる対策が急務。
---------私は無力。全ての政治家の皆さん、よろしく。これは超党派的懸案なのだ。

4/27(木)夜半降雨早朝から一変快晴終日  
1:45起床。文献等若干処理。画像収集処理。8:30家内に同乗中通リハ。新聞チェック、文献読み、病棟に時間かける。午後微睡後、病棟。飯川病院で木材など回収。読書三昧。新聞電子化、自炊2冊、14;00-19:00勤務、入院患者対応。19:00上田経由帰宅、夕食。21:00就寝、歩行6093歩。

日本の危機と対策2023(4) 人口減(1) 国立社会保障・人口問題研究所将来推計(1)
 国立社会保障・人口問題研究所が将来推計人口を4月26日公表した。

 将来推計人口は5年ごとの国勢調査をもとに50年後までの人口を推計するもの。人口は出生率や平均寿命、外国人を含む出入国の状況によって変動していくが、近年の動向から将来像をはじいた。

 久々、インパクトのあるデータが発表された。
 2015年の「地方消滅」、2019年の「老後の費用2.000万円」もちょっぴり社会に影響を与えたが、意外と持続性はなかった。特に後者は深刻に考えなければならない方々は少なくないと思われるのに・・・不思議である。


国立社会保障・人口問題研究所が将来推計が示唆するもの -----は私の感想
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●外国人を含む日本の総人口は2070年に8.700万人になる。20年の1億2.615万人から50年間で約3割減る。
――50年も前から分かっているのに今更何だ!!!

●日本の人口減少は着実に進み、社会のあちこちに深刻な影響を与える。
――もう明かになっているのに今更何だ!!!

●労働力が急速に減る。
――50年も前から分かっているのに今更何だ!!!

●社会機能をどう維持していく?? 上下水道だって維持困難に。

●増える高齢者をどう支えていくのか。厳しい未来図を直視して社会全体の変革を急げ!!!
――高齢者よ耐えろ!!!

●2020年の国勢調査を出発点とする今回の推計では、人口減少のペースが前回推計に比べて 若干緩んだ。総人口が1億人を割り込む時期は、前回の2053年から2056年に3年遅くなった。
――良かったが、ホント?

●出生率が改善するからではない。在日外国人を大きく見積もったから。前回調査では外国人の入国超過数を年6.9万人、今回は年16.4万人と2倍以上にした。この結果、2070年の外国人数は939万人と20年時点の3.4倍に増え、総人口の1割超の推計になっている。
ーーー日本の人口減対策の鍵は移民政策。これは私もずっと思い続けてきたこと。

●平均寿命が延びる。2020年時点の平均寿命は男性81.58歳、女性87.72歳だったが、70年には男性85.89歳、女性91.94歳になる。
ーーーここで一句:「寝たきりを 増やして今年も 世界一」。

4/26(水)夜半から降雨終日やや寒い  午後リハ勤務
1:20起床、文献チェック他。データ関連処理進む。汎用していた今のパソコンのキーボード不調。オークションで千三百円で落札、久々。午前は旧ダブルベットの廃棄作業でマット以外解体ガレージに。バス12:12中通リハ。13:00本年度初医局会、微睡、14:00入院患者有り種々対応、読書。19:00帰宅夕食、20:30就寝。歩行計5256歩。

日本の危機と対策2023(3) 代表的項目から・・・
■防衛
 北朝鮮がミサイルを発射したか否かで数時間かけて解析しているが、こんな状態で防衛などできるのか?我が国へはミサイルが10数分で届くが、こんなモタモタ判断でどうなる??どうやって撃墜する??
 ホントは遥かに高度な情報を迅速に得ているのだが、戦略上あえてモタモタしている様に見せている??のかもしれない。どちらにせよ米日韓の連携は欠かせない。
 敵基地攻撃能力、核の共有など、安易に是とは言えないがじっくり検討してほしい。

 対中国で日本の防衛力を比較してみる。一言でいえば「日本は非力」である。
 中国軍の戦闘機数は日本の3.7倍、戦闘艦艇1.5倍にのぼる。中国軍の軍事力は米インド平洋軍の5~5.6倍に達し、ミサイル戦力でも大きく差広げている。米国のインド太平洋軍と自衛隊合わせても敵わない。

 露に比較してウクライナも明らかに非力であった。
(資料)
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●ウクライナ問題理解のための資料 (ミリタリーバランス2022年版より)
    ロシア       ウクライナ
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兵力       290万人      109万6600人
現役兵       90万人      19万6600人
予備役       200万       90万人
攻撃機         1511機        98機
攻撃ヘリ      544機        34機
戦車       1万2420両        2596両
装甲車両      3万122両       1万2303両
――――――――――――――――――――――――――――――――――-
 されどウクライナは国際支援のもと国民一丸となって対抗している。

 では、日本はどのような安保戦略を取るべきか。
 第一は対話による外交、国際協調だろう。
 北朝鮮への対応と共に、日本が重点を置くべきなのは、台湾海峡の安定。
 米中がぶつかれば大戦争になる可能性が高い。在日米軍などが標的になるほか、中国が作戦上、日本の南西諸島の一部を占拠しようとするとも考えられる。

■国際 
 自国主義の横行が予測され、国際協調の流れは停滞すると思われたが、ウクライナへのロシア侵攻でその重要性が再確認された。強大な国が屁理屈を並べて国家の主権を脅かす可能性の一つが今回具体化した。狂った指導者を正す道は唯一国際協調。それだけである。
 なんであれ自国を自分達で守らなければならないことが示された。我が国が標的になった場合、同盟があるからと言えども米国は安易には立ち上がらないはずである。世界大戦になりうるからである。ならばどうする??
  
■社会
 これからの国の危機管理対策として社会不安対策が必要となる。
 不安、パニック状態、拘禁ノイローゼ、詐欺横行、うつ病など増加、自死、SNSデマ横行、差別の横行など。どう対応するのか?
---------------------------------------------------------------------------
などなど。

 検討すべき点はまだまだ幾らでもあるが私の立場では及びもつかない、記載しきれない。最大の問題点は人口減による国力の低下である。あらゆる分野に問題が生じていくが、解決策はその道のプロに、政治家に委ねるしかない。

 次からは非力ながら各論に移りたい。

4/25(火)快晴 中通病院外来 徒歩福井修了富山に入った 
1:30起床。本読み、データ整理他いつもと同じ。5:00可燃ゴミ提出。6:40バスリハ病院。8:35-12:15中通病院内科外来、患者数9人と少ない。午後リハ、微睡若干、診療情報提供書作成、新規入院患者受け入れ、読書その他。19:00帰宅、夕食。21:00就寝。Σ8666歩。福井修了富山に入る。京都まで398Km 。現時点でのデータ、Σ3278万歩、3671日、Σ26220Km。

日本の危機と対策2023(2) 代表的項目から・・・

■社会保障、医療
 医療・介護を含む社会保障は資金と、それを担う人材が必要な部分である。したがって、少子高齢化、人口減によってモロに影響を受ける分野である。

 ●年金
 年金は、かつては100年安定などと言われてきたが、人口減の将来を感じ取っていた私には初めから理解できない考え方であった。
 現に、避けられない人口減少、少子高齢化の中で格差・貧困が拡大し社会の分断が進むなか、社会保障に求められる機能・役割はむしろ拡大している。社会保障の再構築が必要だ。だが、これが日本経済の低迷による資金難のため難しい。さて、将来的に何とするのか。国には腹案があるのか??それすらわからない。

 ●医療・介護など
 日本の医療は国民皆保険のもと世界一という評価であったが、COVID-19禍を通じてその脆さが露呈した。
 日本の医療体制は医療危機に対してこうも脆弱だったのか。驚くばかりであった。COVID-19ウイルスの流行が日本で始まってから3年余、自粛的な活動を続け、感染防止に協力してきた多くの国民がいのちが脅かされる現実に疑問と不信感を抱いたのではないか。

 日本の病院や診療所の8割は民間経営で賄われてきた。国は低非医療政策の下で国民の健康に責任を負ってこなかった。民間に丸投げし、互いに競争させながら、医療関係者に犠牲を強いながら安上がりに運営してきた。
 民間の医療機関の経済基盤は極めて脆弱である。またスタッフは人数も余裕がなく、給与も身分保証も弱い。だから、平時の医療は何とか対応できているが、特に感染症などへの緊急対応は困難である。対応したくともできないのが現状である。

■自然災害
 地震、温暖化、異常気象など懸案は並ぶ。
 昨年、宮城県沖地震では東北新幹線が被害を受けた。人的被害が出なかったことは運が良かったとしか言いようがない。高速のまま不規則に脱線したら脱線防止装置など役に立たず大惨事になる。
 私はこれ以上の高速化は不要と思う。秋田から東京まで10分早く着かなくてもいい。むしろ安全性の向上が必要と思う。
 リニアも不要と思う。安全対策は大丈夫なのだろうか。通常は500Km/時走行でトンネルは86 % (246.6 km)も占める。脱線はないだろうが制御不能な状態になりトンネルの壁に激しく衝突するだろう。救護はできるのか??私は開通しても乗りたくない。青函トンネルも不安だった。

 我が国は自然災害頻発国である。自然災害の脅威を軽視してはならない。自然災害の脅威と対峙する行き方は人間の驕りである。結果として大きな被害につながる事になる。東電福島原発の事故を忘れてはならない。

4/24(月)快晴 健康クリニックドック  
1:30起床。文献,ネコなどいつものごとく。6:40バスリハ病院、ざっと回診、9:00-11:00。ドック8名、結果レ線判定6名。11:20リハ病院、一時微睡、読書、入院患者対応、15:00家族面談。19:00うえた経由帰宅、夕食、21:30就寝。歩行計6168歩。

日本の危機と対策2023(1) 代表的項目から・・・
 COVID-19もロシア侵攻も我が国の脆い状態を明らかにした。
 私は悲観論者であるが、日本の危機管理を見れば以下の項目に相当に危惧を感じ取っている。これらについて順不同に検討を加えたい。
-----------------------------------------------------------------------------------
■人口問題
 日本にとって最重要課題である。50年も前から予測されていたことだが、人口減の影響を受けない国民生活など上げるのが困難である。目先のことしかわからず、先を読めない政治家はずっと無視し続けてきた。各所に歪みが明らかになった今になって人口減対策などと慌てている。異次元であっても子育て支援では出生数は増えない。悪戯に夢を求めるより、不可逆的になった今、人口減による新常態の設定を進めるべきである。 

■食料危機
 国際的に食料は逼迫しているのに我が国は今後も輸入できると思っているらしい。食料自給率が37%と、まだ輸入に頼り続けている。コメ以外は軒並みに輸入品で賄われている。世界的に見て温暖化、砂漠化とかで食糧生産は頭打ち状態にあり、発展途上国の生活向上に伴い食品需要量は増加しつつある。現在、食品は戦略物質化している。今までは資金力を背景に食品を獲得できてきたが、今後は厳しくなるだろう。食料受給率の向上が必須と考えるが、国の方針がわからない。

■経済 
 我が国の経済は税収が予算の半分程度で毎年赤字国債発行によって賄われている。国債は借金である。国債の発行残高は約1200兆円、年々増加している。    
 地方経済低迷・活力低下によって国の税収が激減している一方、今までの無策のツケの対応で資金が求められ、危険な状態だ、と思う。

■エネルギー問題
 我が国はエネルギー資源が乏しい。2018年の日本の自給率は11.8%(2010年20.3%)で、ほかのOECD諸国と比べると低水準。エネルギーとして使われる石油・石炭・LNGなどの化石燃料は輸入に頼り、依存度は85.5%。ロシアのウクライナ侵攻でエネルギーの流通は世界的に影響を受け、大きく変わっていく可能性がある。
 エネルギーは今や戦略物質となった。
 再生可能エネは徐々に伸びつつある。その傾向は将来的に変わらないが、インフラのほとんどが中国産の輸入品。国の危機感が乏しかったためにこの方面での産業は育たなかった。
 地球温暖化のために再生可能エネの比率が伸びていくが、その発電コストは化石燃料より遥かに高いことから、市民生活に大きな影響を持つ様になるだろう。


4/23(日)快晴曇り小雨と一定せず寒い 町内会総会 秋田市議会選投票日
 1:30起床、文献検索整理。午前は引っ越し荷物整理若干。新聞チェック、のど自慢鑑賞。秋田市議会選投票、帰路細い路地に入り左バックミラー根本から脱落、応急処置。14:00-15:15町内会総会出席、110世帯のうち9割以上の委任が集まった、という。出席は30人ほど。今年も社会福祉協議会保健福祉推進委員に。微睡、寒さのため外仕事せず、書斎にて録画若干鑑賞チェック。19:00夕食、21:00就寝。歩行計4980歩。

日韓関係改善の兆し(4) 尹大統領の方針に日本は十分呼応していない
尹錫悦韓国大統領は
 ?日本は既に十分に謝罪している。
 ?厳しいアジアや世界情勢から見ていつまでも日韓が関係がギクシャクしているのは良くない。
 ?徴用工問題は日本に請求するのでなく国内の財団が賠償を肩代わりする案を提示した。

 これは十分に納得できる解決策の様に見える。
 被害者への賠償は原則、韓国側がみることで協議が大きく前進したのは確か。その結果を踏まえ先日念願の首脳外交も行った。

 韓国の発表を受け、日本政府は即座に歴史認識に関する立場の継承を明言し、そこには過去への反省とおわびを示した日韓共同宣言も含まれるとした。
 岸田政権はこの時に及んでも安倍政権の頑なな「歴史路線」を寸分たりとも動かせなかった。韓国では岸田首の発言に不信を招いている。
 
 何より被害者の心に響くのは、首相が自らの言葉で率直な思いを伝えることである。被害者らの多くが心から望んでいるのが、「過去の謝罪の歴史の再確認」などではなく、まさに岸田総理の「誠意」の表明である。

 韓国では実際に補償金の支給が始まり、勝訴が確定した原告15人のうち、これまでに10人が受けとった、という。

 私は、 歴史問題をめぐる日本側の対応次第では、せっかくの政治決着は霧散しかねない、と思う。日本側でも誠意をもって尹氏の決断に呼応すべきである。

 周囲の慎重意見を抑えて踏み込んだ尹氏の決断には、激動する国際情勢を踏まえた戦略性に加え、北朝鮮や国内左派勢力に対する観念的な我執もにじむ。

 韓国の反日政策は左右・保革を問わず歴代政権で繰り返されてきた。しかし、韓国社会に“反日疲れ”が見られるらしい。とくに反日の政治的な利用には「時代錯誤」あるいは「時代遅れ」という感想が語られるなど変化の兆しがうかがわれる、ようだ。

 それでも今なお韓国では「親日」が「売国」を意味するらしい。
 伊大統領の動きに対し、野党陣営は早速、「尹政権は親日政権だ、売国者だ!!!」として非難キャンペーンを展開しかけたが、世論は動かなかった。

 歴史問題をめぐる国と国の対立を克服するには、双方の不断の努力と誠意が欠かせない。徴用工問題では韓国側の解決策が着実に進展するよう、日本政府も積極的に支援すべきだ。

 一定のリスクを覚悟して関係改善のために政治決断をした韓国政府や財団関係者らを、国内で孤立させることは日本にとっても本意であるはずがない。

 今回の尹錫悦大統領の決断を大いに評価し、パク・文大統領のもとで冷え込んだ日韓関係を修復する大きな機会である。


4/22(土)快晴 意外と寒い ダリア仮植え
1:30起床、文献検索。読書。8:30ダリア仮植え。11:00大谷観戦しながら新聞チェック。11奪3三振3勝目。12:00午後は読書三昧、14:30家内と千秋公園コイ、リハ病院、微睡など。新聞入力、自炊など。18:00ウエタ経由帰宅。20:30就寝。歩行計3932歩、午後忘れて行って半日分だけ。 一昨年草刈り一回目。

日韓関係改善の兆し(3) 慰安婦・徴用工への補償は韓国国内の問題

 2013年11月1日、韓国南部の地裁で三菱重工業に対して戦時中に朝鮮半島出身の労働に対する損害賠償を認め、被告に日本円で6.300万円の支払いを命じる判決がでた。これで3件目。7月に同様の判決を受けた新日鉄往金は韓国最高裁に上告している。このほか機械メーカーの不二越も同様の訴えを起こされている。

 私はこの判決はおかしいと思う。
 もし違憲として請求権を認めるのであれば、韓国司法は韓国政府に対して賠償を命じるべきである。外交問題として処理された件について納得出来ないのであれば自国政府に保障を求めるべきである。

 戦後補償をめぐっては、1965年の国交正常化を定める日韓基本条約と共に締結した請求権協定で、日本が5億ドルの経済協力をすることで個人の財産請求権問題は完全に消滅している。しかも、2000年代半ばに公開された外交文書で、個人補償の道を閉ざしたのは日本ではなく韓国側だったことも判明している。

 ところが韓国政府は2005年に、従軍慰安婦、サハリン残留韓国人、被爆者は協定の対象外であったと主張した。2012年には韓国最高裁が元徴用工の請求は協定で消滅していないと判断した。

 協定や条約の中で個別の問題は挙げきれない。
 だから包括的に取り決めている。その時代に日韓間で結んだ協定に対しては両政府に責任がある。
 その前提に立って個別の保証を論じるのであればもう慰安婦・徴用工問題は韓国国内問題である。だから、原告は韓国政府を訴えるべきである。

 韓国も司法権は行政権から独立しているというが、司法判断に近年の政治的背景が影響を与えている様に感じられる。
 
 国家間の取り決めや司法に感情論を持ち込んではならない。

 私が知る限りにおいて外交問題はたとえその後に解釈が変わったとしても両国間では蒸し返しをしないのが国際的な原則だと思う。

 慰安婦、徴用工問題、竹島問題は解決済みの事項である。

 10年余にわたった安倍政権は日韓正常化条約の締結の時点で全てが解決済みであると、頑なに方針を貫いてきた。その姿勢は正しいと思う。

 韓国は昨年、右派・保守系の尹錫悦(ユンソンニュル)政権がスタートし、文在寅前政権下での親北・反日政策の手直し、韓米日協力体制の復元、強化に懸命に取り組んでいる。


4/21(金)快晴 大曲外来   
1:30起床、文献検索、録音データ処理その他,5:30可燃ゴミ準備のみ。7:40Taxi駅東に。8:11こまち、駅病院間久々徒歩、9:15大曲中通病院外来結構余裕。帰路こまち。長崎屋古書店購入7冊ほど、15;40中通リハ病院、患者対応ほか。19:20帰宅夕食、21:00就眠。歩数計7780歩。

日韓関係改善の兆し(2) 喜ばしいが両国の歴史認識にズレがあり前途は多難
 文在寅・前政権では日韓関係は「戦後最悪」と言われるまでに冷え込んだ。

 韓国の主張は歴史認識に立脚しない感情的なものが多い、と私は思うが、それだからこそ対立した国民感情を解きほぐしていくのは容易でない。

 韓国は昨年、右派・保守系の尹錫悦(ユンソンニュル)政権がスタートし、文在寅前政権下での親北・反日政策の手直し、韓米日協力体制の復元、強化に懸命に取り組んでいる。

 「日本はすでに数十回にわたり、私たちに歴史問題について反省と謝罪を「表明している」と述べ、反日を政治利用しないよう呼びかけた。

 これは画期的なことである。

 韓国は1910年の日韓併合から45年の終戦までの朝鮮半島の日本統治時代を 「日帝36年」と呼び、日本がいかに悪逆非道の行いをしてきたかということを非難しつづけてきた。
 しかも、日本政府がいくら謝罪や反省を重ね、さらにはそれを明文化しても、韓国人の反日感情は沈静化するどころか、さらに激昂させてしまった。
 民衆を一つにまとめるために「日本」を共通の「敵」と位置づけようという政治的な思惑もあるだろう。

 だが、韓国人の反日の最大の理由であり、彼らが日本攻撃の際に必ず引き合いに出す「歴史認識」問題は無視できない。
 「日帝36年」にいわゆる「七奪」とされる厳しい略奪があった、とされているがそれを検証することを怠ってきた。

 日本は下記の如く韓国の近代化に大きな貢献をしたのではないか??
―――――――――――――――――――――――――――――――-
?日本によって朝鮮半島は初めて独立と主権を獲得できた??
?日韓合邦は李朝朝鮮の破滅と混乱を回避した??
?韓国民の命を救ったのは朝鮮総督府の医療・食糧政策??
?朝鮮半島に近代教育を普及させたのは日本??
?産業の近代化とインフラ整備を果たしたのではないか??
?朝鮮半島は日本人の血税が注ぎ込まれたのではないか??
?などなど・・・
―――――――――――――――――――――――――――――――-

 私は韓国の歴史に詳しいわけではない。歴史書を数冊読んだだけに過ぎない。
 ただ、日本がなければ、いまの韓国はなかったのではないか??と思っている。
 両国の関係を論じる際にこのような歴史の流れが具体的に論じられることはない。 
 「相手が怒っているからとりあえず謝っておく」のレベルに見える。これでは前に進まない。

 尹錫悦政権はこのような流れに一石を投じた。
 だから、私は注目している。

4/20(木)快晴  
1:10起床。いつもと変わらず読書、ネコ対応、データ整理など。8:30家内に同乗病院。8:50-19:00勤務。入院患者対応。飯川病院からゴミにすべきもの自宅に運ぶ、自宅で廃棄に回す。19:30帰宅・夕食、20:30就寝。Σ4252歩。

日韓関係改善の兆し(1) 喜ばしいが前途は多難

 私は隣国の韓国に対しては、中国、北朝鮮、ロシアよりははるかに親しみを感じている。しかし、これまでの日韓関係については憂いていた。

 両国共に関係修復については努力はしてきたとは思うが、韓国は大統領が変わるたびに対日政策が変化した。また次々と懸案事項、すなわち慰安婦問題、徴用工問題が俎上にあがった。各政権の対日政策は政権の安定化のために恣意的に使われた。
 また、その方法としては国同士の問題にしてはチャチな形で示されたりした。特に、慰安婦像の設置などは見ちゃおれん、という幼稚な抗議活動であった。日本も敏感に対応した。これが国家間同士のまともな対応なのか??

 一方、10年余にわたった安倍政権は日韓正常化条約の締結の時点で全てが解決済みであると、頑なに方針を貫いてきた。その姿勢は正しいと思うが、異様なほどの頑固さが感じられた。基本は変えずとももう少し柔軟に対応しても良かったのではないか?

 韓国は昨年、右派・保守系の尹錫悦(ユンソンニュル)政権がスタートし、文在寅前政権下での親北・反日政策の手直し、韓米日協力体制の復元、強化に懸命に取り組んでいる。

 しかし、韓国国内を見てみると、議会は多数派である民主党に握られ、KBS-TVやMBC-TVをはじめ代表的メディアも依然、前政権派が影響力を持ち、新政権は苦戦が続いている。支持率も低迷している。

 にもかかわらず、尹大統領の対日関係修復と「脱・反日」の意思は強固である。その思いは「8.15光復節記念演説」で語った「日本は今や共に世界の自由を脅かす勢力に立ち向かい、共に力を合わせて進むべき隣人」という日本観に表れている。従来ならばこのような言葉に対して韓国社会も敏感に反応してきたが、そのような報道は比較的少ない。日本のメディアが扱っていないから?? ではないか。
 しかし、韓国も徐々に変わりつつあるようだ。だから、政策目標としてこの姿勢が今後も維持されることが期待される。

 ただ、実際には尹大統領の道は茨の道のようだ。

 尹錫悦政権は発足以来、首脳会談の実現を求めた。その流れを受け、今年1、2月に外務次官らが訪韓し、全体像をまとめて政治決着の基礎を作った。

 3月16日尹錫悦大統領が来日し日韓首脳会談を行った。両国がようやく関係正常化への第一歩を刻んだことは歓迎すべきだろう。

 今回の首脳会談実現は、両国間で最大の懸案となっていた元徴用工訴訟問題で韓国政府が6日、解決策を発表したことが契機となった。韓国最高裁が命じた日本企業の賠償支払いについては韓国政府傘下の財団が肩代わりするという内容である。

 会談では、岸田首相が韓国側が示した元徴用工訴訟問題の解決策を評価し、日本政府は日韓共同宣言を含め歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいると確認した。

 軍事力増強が著しい中国、ミサイル発射のほか核実験強行が懸念される北朝鮮への抑止にもつなげたい。
 日韓連携の強化は緊張が高まる東アジアの安全保障への対応として欠かせない。
 

4/19(水)快晴、午前フリー
 1:30起床、文献データ処理,いつものごとく。ダルマストーブ清掃、収納。書斎机の左側コーナー若干改変。12:12バス中通リハ病院、新聞チェック+入力。病棟業務、新入院あり対応、読書。画像データ処理。飯川病院廃棄物処理。イヌケージ用金属フェンス自宅に移動、19:20ウエタ経由帰宅、夕食、就寝。Σ6080歩数。

第120回日本内科学科総会(3) 聴講したオンデマンド講演

 聴講出来たオンデマンド講演を演題だけ記録しておく。

講会長講演
 心不全診療・研究の現状と将来展望
特別講演
 医療におけるAIの活用
招請講演
 1. 血管炎症候群診療の最新知見と課題
シンポジウム
 1. COVID-19が与えたインパクト
 2. 循環器学と腫瘍学の新たな接点
 3. 日常診療における低ナトリウム血症
 4. 関節リウマチの最新の治療
 5. 悪性腫瘍に対する免疫細胞療法の進歩
パネルディスカッション
 分子情報から画像情報まで統合したAIによる内科学の進展
教育講演
 1. サイレント・パンデミックとしての抗菌薬耐性 (AMR) の問題
 7. 下部消化管機能性疾患 最近の進歩
 10. 睡眠呼吸障害の臨床
 15. 血栓止血系検査の選択と解釈
 16. CKD患者における認知機能障害と脳萎縮
 17. アルツハイマー型認知症の診断と治療
 19. 心疾患患者における最新の抗血栓療法
-----------------------------------------------------------------------
 上記の講演の視聴時間は計12時間ほどとなり、今学会の認定基準は満たされた。

 内科学会の講演はあらかじめ抄録集が会員に配布されるから聴講前に予習ができる。また、秋口には講演の内容を詳細に記録した決定稿が配布されるなど、向学心のある方々にとっては実に親切である。
 だから、私は本学会を好む。


4/18(火)快晴 中通病院外来  
 1:00起床。文献・録音データ処理,いつものごとく。5:00可燃ごみ提出。6:40バス中通リハへ、7:10病棟、患者は略平穏、8:40-12:40外来、本日は予約患者22名、疲弊した。13:00中通リハ病院、一時微睡、14:00新聞チェックなど。病棟対応、19:20帰宅夕食、20:00就眠。歩数Σ6566歩。

第120回日本内科学科総会(2) 私もWeb参加とした
 私は日本内科学会総会の講演会が大好きである。
 毎年4月上旬の週末、3日間にわたって開催される。
 メインの第一会場に終日座っているだけで次々と医学医療の最新知見が流れていく。こんなハッピーな事はない。だから、現役時代はほぼ毎年出席し、9:00-17:00頃まで演者の近くの席を確保して聴講してきた。

 しかしながら、業務の関係、COVID-19蔓延もあって、この数年はご無沙汰していた。私の記録では2019年の、名古屋市で開催された第116回総会が最後となっている。もう4年も欠席した。私の認定医更新手続用の蓄積点がゼロ点となった。

 10年ほど前、もう高齢になったので日本血液学会などの専門領域の指導医、認定医資格、会員資格も辞退した。しかしながら、最も基礎的な資格である内科学会の認定医は内科医として働いている以上失う訳にはいかない。

 それに、本年3月上旬に学会事務局から「認定医の更新点数がゼロ点ですので要注意」との連絡がきた。認定医は2025年春まで有効であるが、それを更新するには今回と次回の2回の総会に参加する必要がある。だから、今回を逃せば認定医更新はできない。
 
 もう歳だし、いいじゃないか?? それで迷ったのであるが、止むを得ない、今年は私がWeb聴講で参加することを決めた。

 日本内科学会のWeb参加は学会期間中に会場からリアルタイムに配信される講演と、翌日0:00から配信されるオンデマンド講演がある。後者の場合は聴講したい講演を自由に選ぶことができるので時間が無駄にならない。この3日間1:00-5:00まで4時間聴講している。

 他の学会の状況は知らないが、日本内科学会総会のWeb配信は私にとって以下のメリットがある。
―――――――――――――――――――――――――――――――-
?業務を休んで会場に出かける必要がない。
?Web配信は参加費+聴講費は1万円のみ。
?移動時間、移動のための経費、宿泊経費が不要。
?オンデマンド講演の視聴は翌朝から2週間ほど配信されるから、時間に追われず好きな状況で好きな時間帯に視聴できる。
?オンデマンド講演は録音・録画も可能で内容をじっくり検討出来る。
?会場の混雑、嫌な人物にも会わずに済む。
?などなど・・・
―――――――――――――――――――――――――――――――-
 いい時代を迎えたものである。
 COVID-19がもたらした変革である。高齢の私にとって最高である。


4/17(月)終日小雨 健康クリニックドック  
 1:30起床。新聞休館日、文献・録音データ処理,いつものごとく。6:40バス中通リハ病院、入院患者対応確認、9:00-11:00健康クリニックドック7名と新年度始まりで少ない、結果レ線判定8名。リハ病院、読売新聞チェック、入力。14:30患者家族と面談。入院患者対応、内科学会講演視聴は所定の時間に達した。19:00ウエタ経由帰宅夕食、20:50就眠。歩数Σ6680歩。

第120回日本内科学科総会(1) COVID-19がもたらしたWeb参加の道
 私は日本内科学会の定時講演会学会が好きである。

 会場で座しているだけで広範な領域にわたって最先端の講演を聴講できる。そのほかに学会認定医資格の更新が自動的に得られるというメリットがあった。だから、1973年(昭和48)以来業務が許せば可能な限り参加してきた。

 最近は地方都市で開催されることは稀で、学会長が全国どこの大学であっても大都市圏で開催されるようになった。確かに、鹿児島や旭川などの地で開催された場合は、交通アクセスの面、宿泊の面、などが大変であった。かつ学会参加者確保の面、開催業者の準備の都合もあるだろうと思う。

 私は旅行嫌いであるが、学会開催地だけはこまめに訪れていた。
 私の旅行歴のほぼ全ては学会関連で、四国・沖縄を除くほぼ全ての都道府県にわたっている。
 かつては学会の合間を縫って各都市の美術館巡り、名所巡りもしたことがあった。京都の寺院、長崎、広島の原爆記念館などなど。しかし、50代頃からは業務が過剰になり、学会期間は休息を兼ねてホテルに篭りっきりで読書で時間を費やすようになった。

 その学会の状況に変化が出たのは2020年の総会からである。

 COVID-19が蔓延し、緊急事態宣言が出され出席できなかった。2021年も同様であった。この間、Webでの聴講も可能となったが、私の認定医更新に余裕があったため参加を見送っていた。

 2022年も同様の状況であったが、家内の認定医更新に必要な点数が不足するために今回は東京会場で聴講するかWebで参加する必要があった。COVID-19の蔓延中でもあり、また業務上の問題もありWebで参加することにした。

 Webによる学会参加はとても便利であった。
 移動する必要がなく、飯川病院の院長室でパソコンモニターで講演を聴講し、家内は更新認定が得られた。Webで参加は技術的に私の援助が必要であり、私も側で聴いていてとても勉強になった。

4/16(日)小雨終日 ピアノ演奏会
1:40起床。文献・録音データ処理,いつものごとく。8:50病院よりTEL.、患者不調。孫たちのピアノ教師の演奏会に行く家内に同乗9:30中通リハ、正午まで患者対応。以降は居室で過ごす。新聞チェック、データ化、読書、微睡。通町書店経由19:00帰宅、夕食、21:00就眠。歩数Σ6680歩。

チャットGPTの衝撃(3) 生成AIの上をいくために
 人間には感情、5欲7情がある。
  これが人間の強みになるのではないか。
 生成AIには感情はないはずだ。だからその欠陥を理解し、その上をいく新たな能力をつけることである。

 生成AIの書く記事が必ずしも真実とは限らない。
 真偽を判断する能力はない。すでにこの面での失敗例が報じられている。
 テクノロジーニユース専門サイト「CNET」は昨年1月から、ひそかにAT記事作成プログラムに書かせた記事を配信していたが、結果的に読者を減らした、という。調べ直してみたら、AIが書いた記事の半分ほどに訂正が必要だった。

 今後、メディア、他の業界は、「作文」ができる生成AIをどうやって使っていくのか検討していくことになるが、 CNETの二の舞いは避けなくてはならない。

 写真は人工的操作で自由に改変されるからなんら確証的証拠にならない。リアルタイムの映像や音声すらも最早「真実」の証明にはならない事になる。

 ネットニュースには「偽ニュース」が多いから「疑う力」、メディアリテラシーが必要である。「何かがおかしい」と思うには、文章を読む前に事前の知識や情報の蓄積が欠かせない。自分がいま見聞きしているこの文章は、「ヒトをだますために作為的に作成されたものかもしれない」と疑いながら接すべき、と言うことになる。

 芸術分野ではどうか・・??
  今のところ落としどころが全くわからない。

 今後、五感を最大限に活かした、生の感覚の表現がますます重要になっていく。

 加えて、 フェイク映像・音声を見るテクニックを身につけることはもとより、生成AIが使用されたものか、その判断のためのツール、これはまだ無いようであるが、開発は困難ではなかろう。その機能をコンピューターやスマートフォンに搭載することが必須となろう。

 生成AIが悪用されたら、いかに危険な事態が起きるか、人々に知らせていくこともジャーナリストの仕事となる。

 今後生成AIがどこまで進化するか??
 今のところ、私はやっぱり期待より危惧の方が大きい。

 繰り返すが、人間には感情、5欲7情がある。ポイントはここにあると思う。
 生成AIには感情はないはずだ。だから、その上をいく新たな能力をつけることになるだろう。

4/15(土)曇り  日本内科学会総会講演会2日目 Web聴講開始
2:00起床。新聞スクラップ、文献・録音データ処理。内科学会総会講演会Web参加2時間参加。午前さらに2時間視聴。次男一家来襲、タイヤ交換のため。午後中通リハ病院、微睡、患者対応若干。19:00帰宅、、19:00夕食、21:30就眠。歩数計5038歩。

チャットGPTの衝撃(2) 問題点は多々ある
 生成AIの問題点は現状では以下の如くである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ?「チャットGPT」は正しい判断をするわけではない。そこまでの能力はない。間違った論旨の文章を作成してしまう場合がある。その判断も困難である。

 ?生成AIが文章や画像を生み出す「思考回路」がどうなっているのか、開発者自身にも分からないという。全てソフト任せらしい。生成AIの「思考回路」の解明にも尽力してほしい。

 ?何を入力すると何が出てくるのか?? 制御も予測も不可能で、入力のたびに異なった内容が示され、再現性も低い。

 ?生成AIの基礎になる膨大な資料は「Deep leaning」によって自動的に収集される。その学習資料がいつ、何を、どの様にして集められたか明らかでない。米国のある画家は自分の作品が無断で引用され改変された、と提訴している。

 ?米マイクロソフトは、検索サービスに生成AIを搭載した。他社も対抗して参加し、一気に利用者獲得競争に火がついた。Yahooはニュースへのコメント投稿を成AIで分類することにした。東京海上、損保ジャパンなども導入予定、という。

 ?生成AIの基本技術の開発者、著名起業家ら多数が、先端生成AI開発の一時停止を呼びかける公開書簡に署名した。イタリアはチャットGPTを一時禁止した。速いスピードで進化する技術に対して法律などの規制がどこまで有効なのかも分からない。

 ?生成AIは国境を越えて広がるため規範の国際協調も大事。

 ?東京大学、上智大学など、学生がレポートなどに生成AIを用いた場合毅然とした対応をとる、と表明した。

 ?などなど・・・
――――――――――――――――――――――――――――――――-
 こんなものが出てきたら人の頭が不要になる??
 私の答えは「いやそんなことはなかろう」である。

 ただ危険はある。今だって思考過程を省いて即結果を求め、鵜呑みするのが当たり前になっている。
 自分で本や文献を紐解き、状況を予測推定するのではなく誰かが選択した情報に安易に頼る。ネットや、画像で提供されるTV情報がこれに当たる。
 マニュアルがあれば自分で考えることをしない。などなど。

 まず自分で考えることである。

4/14(金) 小雨曇り 大曲中通病院外来 日本内科学会初日
 2:10起床、読書、データ整理。5:30可燃ごみ集積所に。7:40Taxi秋田駅。8:11こまち。
8:55大曲中通病院外来。雨で駅病院往復徒歩できず。15:30長崎屋古書店経由中通リハ。新入院患者、認知症あり対応は大変そう。新聞入力ほかできず、19:20帰宅、夕食、21:00就寝。6576歩。

チャットGPTの衝撃(1)
 精緻な文章や画像などを作り出す人工知能・・生成AIと呼ばれる・・が注目を浴びている。

 昨秋公開された対話型AIの「チャットGPT」が世界中で注目され利用者が急増している。
 質問を書き込むと、膨大なオンライン情報から自動的に答えが瞬時に出てくる。情報量もとても豊富である。

 先日、約1週間前であるが、NHKラジオ「らじるらじる」で「チャットGPT」が話題になり、作家の高橋源一郎氏が番組の導入部の挨拶で「チャットGPT」で作った文章をサンプルとして読み上げた。
 氏による毎回の挨拶もとても良いのだが、「チャットGPT」が書いた原稿も聞いた範囲で違和感もなく、全く遜色を感じなかった。少なくとも著名な作家に近い文章が「チャットGPT」によって立ち所に造られた、と言うこと。

 私は驚いた。

 生成AIは人間の仕事や創造活動を飛躍的に上げる可能性がある。
 一方、野放図な開発や普及に関しては懸念する声も高まっている。

 こんな素晴らしい能力を持つソフトが当たり前となれば、人は頭で考えることを放棄する可能性がある。
 この場合、子供が宿題に使って学力向上が滞ったり、大学の学生がレポート作成時に利用する可能性がある。なんのための学習なのか、レポート提出なのか、わからなくなる。

 さらに、真偽不明の情報が大量に流布し、世論形成に影響を与え得るなど、従来はなかったような現象が起こる可能性も潜む。

 人間が開発する技術には常に功罪がある。
 新技術が登場するたびに人間社会は両者の問題を意識し、法による規制や社会規範を作って乗り越えてきた。
 生成AIについても功罪両面をふまえ、社会はどう向き合うべきか考える必要がある。


4/13(木)快晴  
 1:20起床、文献読み、ネコ対応など。家内に同乗中通リハに。午前は新聞チェック、病棟の電子カルテ対応若干。以降は居室の機能整備、ミニステレオセット、蚊の鳴くようなレベルだが音質的には向上。座学。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。通勤路の桜は散り始めている。今年は観桜の気持ちになれない、環境が変わったせいか?? 歩行計2457歩と最低レベル。

日銀総裁黒田氏から植田氏に交代(5) 新総裁の手腕に期待
 植田氏が9日付で日銀の総裁に就任した。

 前任の黒田氏が10年間続けた金融緩和策の功罪を踏まえ、より多彩で柔軟な政策運営と明快な説明に努めてほしい。
 欧米で銀行破綻など生じ金融界が動揺している。リーマンショックの経験から金融のプロたちはより適正な方法を考えていることだろう。私には及びもつかない世界であるが、海外当局と緊密に連携しつつ経済や金融の安定に細心の注意を払ってほしい。

 黒田総裁が就任した頃は日銀へのバッシングがとても強かった。氏が2013年に導入した異次元緩和は当初、円安・株高をテコに景気を押し上げ、デフレ対応が不十分だとする日銀への批判も消えた。だが次第に硬直的な政策運営がみられ、金融緩和の副作用が目立つようになった。別な意味での日銀へのバッシングが高じてきた。

 長期金利を低く抑える政策のもとで、金利アップの圧力に対して日銀は大量の国債購入をすることで市場に流通するお金を増やす方策をとった。しかし、金利形成をゆがめ、企業の社債発行をかく乱した。22年12月には抜き打ち的な政策修正をしたが、市場との対話、社会への説明に課題を残した。

 植田新総裁はこうした教訓を踏まえ、政策運営の枠組みや情報発信のあり方を総点検してほしい。
 植田氏は2月に国会での所信聴取の際、黒田氏の施策を踏襲しながら「一発逆転」的な方策は試みず、経済や物価を丹念に点検し、その時々に最も適した政策対応をとるという意味の意思表示があった。

 確かに黒田氏の施策は多くの副作用も生んだが、10年間も続けただけに、異次元緩和をすぐにはやめたら別な意味で問題になるだろう。
 黒田氏の負の遺産は発行残高の5割にも及ぶ国債保有にある。そのため日銀は柔軟な対応力を失っているように思う。だが、施策の拙速な変化は避けるべきだろう。

 経済再生への主役は企業や個人の創意工夫を促し、成長戦略や構造改革である。政府も国債頼みの方策を排し、長期の財政健全化の道筋づくりをすべきだろう。

 現在、世界的に悪いインフレ下にある。従来の異次元政策の枠組みとは違う、「別な意味での異次元の運営」求められる。


4/12(水) 降雨のち晴れ 午前ボランティア午後勤務 
 1:00起床、新聞・文献読み、徒然。自炊本読み。降雨ありバス回避のために家内に同乗、石井さん同伴、シーガル経由、午前病院ボランティア、デンカル入力、午後勤務、15:00千秋公園コイに給餌。新聞データ化。19:00帰宅夕食、20:30就眠。歩数計5700歩。石井さんの診療待ち時間長く6時間かかった、という。一昨年、リハビリ病院を通じてデロンギヒーター2ケ、ガス台など廃棄。今年は飯川通じてMac21、TV、CDなど廃棄。

日銀総裁黒田氏から植田氏に交代(4) 日銀は八方塞がり状態 今後どうするのか??
 古典的な経済論では、中央銀行の金融政策は、主として政策金利の上げ下げのことであった。すなわち、景気が過熱すれば政策金利を引き上げ、景気が悪化すれば金利を引き下げる。これには副作用がないとされる。

 ところが、2013年に黒田氏が総裁に就任してから始めたのが量的緩和、つまり「流通するお金の量」の拡大策である。

 金利をゼロ%まで下げたので、「金利を下げる」という伝統的金融策が出来なくなったので、銀行間の取引市場にお金を供給しようという発想であった。 市場にお金が溢れれば、いずれ市中を潤し、景気を刺激するだろうという目論見であった。

 お金の供給は、日銀が市中から国債を購入し、その代金を民間銀行が日銀に持っている当座預金に振り込むという形で行われた。

 日銀の負債、696.4兆円の大部分は発行銀行券と日銀当座預金。この二つに貨幣流通量を足したものをマネタリーベースと言うが、このマネタリーベースは、GDPがほとんど変わっていないにもかかわらず、30年前に比べて約14倍になった。
  つまり、経済規模はほとんど変わらないのに、ばらまくお金の量を14倍にした。これではお金の価値は低下する。

 現在、日本のインフレ率は世界に比し低く、したがって円安もそれほど進んではいない。しかし、それは政府・日銀が国債、株式、為替市場を管理下に置き、強引に縛っているからである。

 著しいインフレの場合、政府が歳出を賄う手段には「増税」と「新しく紙幣を刷る」という二法がある。政治家は増税よりも後者を選択しがちであるが、その場合は紙幣価値が失われ、国際的信用も失墜する。

 日銀は発行済国債の50%以上を保有した。日銀は今、出口がないという苦境下にある。財政コントロールをやめれば長期金利が上がり、日銀は債務超過に陥る。

 物価上昇に対して黒田総裁が頑なに利上げをしなかったのは、利上げすれば日銀が債務超過に陥りかねない。中央銀行の信用が失墜すれば、その発行する通貨も信用を失う。
 日銀はいま八方塞がり状態で、日本がインフレに陥ってもなす術がない?? らしい。

 要するに、日銀は持つべき機能を失いつつあるらしい。
 この時期に日銀総裁に就いた植田氏はなんとするか、目が離せない。


4/11(火)晴れ 中通病院外来 
1:20起床、文献読み、徒然といつもと同じ。5:00可燃ゴミ提出。6:40バス中通リハ病院へ。新聞チェック、8:45-13:15外来。24名疲弊した。13:20中通リハ、軽食。微睡。新聞データ化。入院患者延期となる。19:00帰宅夕食、21:00就眠。Σ6410歩。

日銀総裁黒田氏から植田氏に交代(3)
(3)黒田氏退任記者会見を読んで

 第2次安倍政権が掲げたアベノミクスの下、大規模な金融緩和を主導してきた日銀の黒田総裁が退任した。 7日の記者会見で黒田氏はこれまで通り、緩和の効果や成果を強調。異例の金融緩和の副作用や課題については語らなかった。

 退任を控え、日銀本店で会見を開いた黒田氏は、2%の物価目標を達成できなかったことは「残念」としつつ、緩和の成果を誇る発言を繰り返した。
「ベースアップが復活し、雇用者報酬も増加した。これまでの政策運営は適切だった」「日本経済の実力を示す潜在成長率は伸び悩んでいるが、もっと下がるものが下がらなくて済んだ」との強気の見方を示した。

 人々の物価観、購買力を変えられず2%の物価目標を達成できなかったことを問われた際も、「失敗などとは全く思ってない」と否定した。

 10年前、総裁になった黒田氏が思い描いたのは、異次元の金融緩和で人々の期特に働きかけ、2%の物価上昇という目標を2−3年で達成することだった。これを10年間も実現できなかったことについて黒田氏は「就任前の15年続いたデフレの中で物価、賃金は上がらないという考え方が根強くあったため」と指摘した。

 ただ、輸入物価の上昇などを背景に「今やそれも変容しつつあり、2%の物価安定目標を安定的、持続的に達成できる時期が近づいている」とも語り、将来の目標達成に自信をみせた。

 緩和の長期化で懸念が強まっている緩和の副作用についても、強気な姿勢を崩さなかった。
 黒田氏は「政策には常に効果と副作用があり、量的質的金融緩和も例外ではない」と認めつつ、経済、物価、金融情勢に応じて、副作用に対処しつつ、効果的かつ持続的な金融緩和を継続してきた」と述べた。

 黒田氏の会見は上記のごとく強気が目立った。これは当然である、最後に弱音を吐くと自分自身と業績を否定することになる。
 氏の業績は時間を経てからその道の識者に語られるだろう。

(4)「良い」インフレ、「悪い」インフレ

 黒田氏は2%の物価上昇を目指していたが、日本が目指していたのは当然良いインフレであった。

 需要が増えることで起こるインフレを「ディマンドプルインフレ」と呼ぶがこれは良いインフレである。 社会が豊かになって「企業の設備投資などが惹起される→ 企業が儲かる → 賃金が上がる → 消費が活発になる → 物価が上がる → 企業が儲かる」という持続可能な良いパターンになる。
 アベノミクスの景気回復は、デフレ脱却を目指して年2%程度物価を上昇させる、よいインフレを目指し、黒田総裁が通貨流通の面からそれを支えてきた。残念ながら目標には達しなかった。

 一方、ロシアの侵攻によって世界の経済が混乱し、物価が3-4%上昇したが、それはコストプッシュインフレと言われる悪いインフレである。
 原材料費その他の経費が高騰した場合、売上が増えず企業の利益につながらず、企業が儲からなければ、従業員の給料も上がらず、さらに購買意欲が乏しくなる。つまり、物価だけ上がり、景気はよくならないという状態が悪いインフレである。日本はエネルギー自給率が低いため、悪いインフレが起こりやすい。

 現在のインフレは悪いインフレである。

4/10(月)快晴 健康クリニック  
1:20起床、文献読み。いつもと同じ。6:40バス中通リハ病院、9:00-11:00健康クリニック。新年度で7名と少ない、結果説明2名。韓国出身国際教養大学の某教授と対話し在日の方の厳しい環境に触れた。11:00西六郵便局で機能停止された通帳の再機能化。飯川病中通リハ、患者状況入力、昼食後微睡。14:00病棟、入力。15:00ミルハスにて家内用の演劇のチケット購入。入院外来対応なし。19:00関谷経由にて帰宅、夕食、20:30就眠。Σ8772歩。

日銀総裁黒田氏から植田氏に交代(2)
 (1)黒田氏就任のころの世論と期待
 2013年白川総裁に代わり黒田新総裁が就任し、日銀は新しい金融政策を打ち出した。
 総裁自身が「常識を超える」と言うほど大胆な内容だった。

 市場の資金量を新たな政策目標とし、2年間で供給するお金の量を倍増させ、2年程度で2%の物価上昇を達成するため、金融緩和の継続も宣言した。

 新政策の発表直後、下落が続いていた東京株式市場の株価は上げに転じた。 東京外国為替市場での円売りも加速し、円は急落した。

 当初は、新しい正副総裁が政策委員会をまとめきれず、詳細な緩和策決定を先送りするとの見方もあった。しかしながら打ち出した内容は、市場の予想を遥かに超える強力なものだった。

 黒田総裁が示した「何でもやる」姿勢が、市場に好感を持って受け止められた。日本経済の病弊である15年近いデフレからの脱却に効果が期待されそうだったからである。
 新政策は長期国債の購入拡大が柱の一つ。長期金利を下げて、企業の設備投資や個人の住宅購入を活発にする狙いがあった。

 市場への発信はシンプルが第一だ。この点で歴代総裁は分かりにくさがあった。黒田氏はこれを改善し、私にも若干はわかりやすくなった。

 ただ、黒田総裁の課題は多い。

 日本経済が振るわない要因は民間設備投資の弱さとされる。お金の量を増やし、長期金利を下げるだけで本当に設備投資の意欲が増すかどうか。日銀の従来の同方針は中途半端ではあったが、確たる効果は挙がっていなかったことを見れば疑問もあった。

 成長分野への融資に取り組む金融機関へのさらなる支援が必要。
 発足3ヶ月を迎えた安倍政権による成長戦略の実行も不可欠とされた。

 (2)黒田氏再任のころ
 安倍内閣が2018年4月、日銀の黒田総裁 (73) の再任を決めた。国会の同意を経て再任となった。一般的には順当な人事とみなされ、 緩和路線を継続し景気拡大を何とか維持したい政府の思惑がにじむ。
  しかし、黒田総裁の先行きには難題が待ち受けていた。
 ?米国発の株価急落で景気が悪化した
 ?遠い物価上昇2%
 ?国債の買すぎによる市場の歪み
 ?などなど・・・

 総裁は明治15年からの制度であるが、2期連続は高橋是清、山極正道氏と少ない。


4/9(日)曇りのち快晴に 
 1:45起床、本読み、文献・録音・画像整理。微睡など。午前は昨日の続き、新聞チェック、のど自慢後座学中心。微睡若干、15:30バス中通リハに。新聞二日分入力、居室整理。19:00帰宅夕食、20:30就眠。Σ4743歩。

 
 本年4月日銀黒田総裁が交代した。
 私は無学にして経済問題には疎い。それを反省しながら、いい機会なので多少勉強してみた。

 日銀は政府の機関ではなく、日銀法によって定められた 「中央銀行」。
 日銀の役割は、簡単にまとめれば以下のごとく。
――――――――――――――――――――――――――――――――-
?金融機関のお金を預かり、貸し出す「銀行の銀行」という役割。
?政府から国債の発行、外国為替の売買などの業務を委託。
?紙幣も発行。
?国民が納めた税金を預かる「国の金庫」という役割。
?景気の動向を見ながら、金融市場へ出回るお金の量を増減し、物価をコントロールする。
――――――――――――――――――――――――――――――――-

 すなわち、日銀は、金融を通じて経済が成長し、うまく回っていくよう、さまざまな調整をするのがその役割である。アベノミクスは十分な成果をあげたとは言い難いが、日銀が何度もお金の供給量を増やして金利を下げ、市場を活性化させようとする試み、「量的金融緩和」を行い、経済を活性化させようとした。

 日銀は民間の銀行から国債などを買い入れ、各銀行の預金残高を増加させる。これによって企業や個人が民間の銀行からお金を借りやすくなり、経済が活性化すると言うシナリオであった。

 日銀の代表として業務を総理するのが「日銀総裁」。国会の同意を得て内閣が任命し、5年の任期途中には政府や国会の意向では解任できない。
 総裁のほかに、副総裁(2名)、審議委員(6名)、監事(3名以内)、理事(6名以内)、参与(若干名)が置かれている。このうち総裁、副総裁、審議委員の計9名で意思決定の「政策委員会」を構成している。

 私が日銀総裁の存在を意識したのは2003年-2008年の福井総裁からである。ただ福井氏に関しては殆んどお名前だけ。

 次の5年間は白川総裁。
 当時日本はデフレ状態にあり日銀はゼロ金利政策を継続、市場への資金投入を通じた金融緩和も断続的に実施してきた。
 しかし、米連邦準備制度理事会(FRB)が、2012年1月に物価上昇率2%を目標とするインフレ目標を導入したことで、日銀が「1%程度」としてきた 「中長期的物価安定の試み」は「踏み込み不足」 と見られた。閣僚や与党関係者の間からは、日銀に対応を促す発言が相次ぎ、政治の圧力が強まった。
 白川総裁は国会で与野党議員に連日のように突き上げられた。総裁は2月5日、任期満了を待たずに3月19日に辞任を表明。有終の美を飾れなかった。

 私が日銀について興味を抱いたのはこの時期の国会答弁を聞いてからであった。


4/8(土)終日降雨 
1:50起床。読書、データ整理中心。久々のフリー日。家内はゾンタ。降雨もあって座学と書斎の整備。旧液晶TVと飯川病院で用いていたCRT入れ替え、電気の配線の整理、MacMiniのOS更新など。新聞チェック。それ以降は座学、音楽の視聴に集中。終日自宅で過ごすのは久々。19:00夕食、20:00就眠。歩数計3342歩。

新聞週間に思う(3) 衰退を迎える前に復権を期待
 ネット情報はマイナス作用しか持っていないと言う訳ではない。
 あらゆる個人が情報発信できるようになったことで、マスメディアの情報を補完する。従来は個人で情報発信など考えられなかった。すなわち「情報の民主化」とも言えるいい時代になった。

 問題は、それらの情報の中に不正確なものや嘘が大量に混じっていること、である。
 偽ニュースや怪しい情報は、視聴者にメディアリテラシーがあれば、こんなわけないと気づくものが多いはず。しかし、視聴者がメディアリテラシーを持っている訳ではないところに恐ろしさがある。

 その涵養のためには広い情報を連日一覧できる新聞を併用すればいい。新聞はもっと読まれるべき、と私は思う。

 結局、誤ったネット情報に太刀打ちしていくには、正当な報道をやっている人たちが、正当性の主張を声高く主張していかなければならない。表現の自由、言論の自由があるから、そのチェックを権力側に委ねてはならない。あくまで自主的な機関がやるしかない。

 私は社説欄を前面に押し出すべきと思う。社論を明確に提示しながら、一方でそれに反対する話もあると幅広く紹介することも大事と思う。

 民主主義下のインフラとして、新聞やTVは今後もその力が求められるだろう。
 しかしながら、新聞の部数は右肩下がりだし、若年層のTV離れも指摘されている。それによって収入が落ち込めば、両者とも取材・調査体制も縮小せざるを得ない。そうなれば新聞の魅力は乏しくなる。

 新聞はまだ愛好者が残っている。
 限界まで至る前に復権を目指していかなければ、新聞の将来は日本の人口問題の二の舞になる。
 
 日本の人口問題の厳しさは、再生産年齢にある女性の数が不可逆的レベルまで減少したことにある。ここまで至れば人口減は防ぎ得ない。
 この時点でいかに異次元の少子化対策しても効果は望み得ない。

 私は新聞からの情報を最も信頼している。新聞はもっと力をつけてほしいが、ちょっと元気が乏しいのが気になる。


4/7(金) 終日降雨 大曲中通病院 秋田市桜開花宣言
 1:30起床。読書、データ整理中心。5:00可燃ゴミ提出、7:35Taxi駅に、8:11こまち、8:50大曲中通病院外来、往復タクシー。秋田は徒歩。長崎や古書店経由、2022年版「今日の治療指針」購入、15:30-19:00中通リハ。19:00帰宅、21:00就眠。歩数計6057歩。日本内科学会登録必要。 一昨年Suica使用開始。FAX用感熱紙届く、電気スタンド交換。

新聞週間に思う(2) メディアリテラシー涵養を
 世界で、日本でマスメディアに対する信頼性は下がっている。

 新聞通信調査会は2008年から毎年「メディアに関する全国世論調査」を実施している。最新の調査は2022年8月、全国の18歳以上の5000人を対象に行い、59.9%から回答を得て11月に結果を公表した。

それによると
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?メディアへの信頼度は新聞67.1点。トップは僅差でNHK。
?NHK、新聞、民放TV、ラジオへの信頼度が、いずれも低くなっている
?新聞の購読率は低下傾向が続く
?ニュースは、民放>ネット>NHK>新聞の順
?ウクライナ情勢への関心88.4%、情報入手は民放トップ
?ウクライナ情勢の報道「真実が見えにくい」59.0%
?日本が軍事攻撃を受ける不安を感じる76.6%
?自衛隊が米軍とともに戦うことに関しては賛成22.5%、反対74.2%
?などなど
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 いまの10〜20代はそもそも新聞を読まず、ネットのニュースしか読んでいない。
 ネットでは「新聞こそ嘘をついている」とかの記載は稀ではない。だから、新聞の歴史、価値を知らないまま不信感を持つ。

 ネットの情報にも価値がある。しかし、ネット情報だけを集めていては「木を見て森を見ず」と言う事態に陥りやすい。
 これではメディアリテラシー能が欠如するのは当然である。

 新聞の価値はニュース他を選択することなく鳥瞰できることにある。新聞は知りたくないことでも、伝えなければならないことは伝えている。だから信用出来るのだ。

 なぜ、メディアは信頼を失いつつあるのか。ネットの登場によって崩れたと言えよう。

 報道は本質的に危うさを抱えている。

 メディアには高度の社会的価値があるが慈善事業ではない。収益を上げて存続し続けなければならない。だから、メディアは視聴者が知りたいものを報じることが、業績を伸ばす近道になる。しかし、大衆に迎合してはならないのだ。それがメディアの現実であり、危うさでもある。

 ネットには抑制のフィルターが無いから新聞やTVで報じられていないことが出る。 
 「大新聞やTV局が報じない真実」という週刊誌的見出しで、「真実はこうだ。新聞やTVは隠している」という論調も多いから誤解が広がり、ネットの方が信頼できると感じる人が増えていく。

 週刊誌や月刊誌の影響力はそれを読んだ人に止まるのが普通。
 しかし、ネットでは記事に共感した人が、自分で裏を取る努力もせずにネットに情報を気軽に流す。それがネットの特性だと捉え、その思いでネット上に書き込むから不信感は増幅拡散していく。

 ネットの怖さはそこにある。
 ネットの情報にも価値がある。しかし、ネット情報だけを集めていては「木を見て森を見ず」と言う事態に陥りやすい。
 これではメディアリテラシー能が欠如するのは当然である。

 新聞は知りたくないことでも、伝えなければいけないことは伝えてきた。そこが信用された。

 なぜ、メディアは信頼を失いつつあるのか。ネットの登場によって崩れた。

 報道は本質的に危うさを抱えているからであろう。

 メディアは慈善事業ではない。収益を上げて存続し続けなければならない。だから、メディアは視聴者が知りたいものを報じることが、業績を伸ばす近道。それがメディアの現実であり、危うさでもある。

 ネットには抑制のフィルターが無いから新聞やTVで報じられていないことが出る。「大新聞やTV局が報じない真実」という週刊誌的見出しで、「真実はこうだ。新聞やTVは隠している」という論調も多いから誤解が広がり、ネットの方が信頼できると感じる人が増えていく。

 週刊誌や月刊誌の影響力はそれを読んだ人に止まるのが普通。しかし、ネットでは記事に共感した人が、自分で裏を取る努力もせずにネットに情報を流す人達がいる。それがネットの特性だと捉え、その思いでネット上に書き込むから不信感は増幅拡散していく。

 ネットの怖さはそこにある。

4/06(木)晴れ曇り  
1:45起床。新聞・文献チェック他座学中心。秋田ゾンタ関係ファックス大量に届く、用紙装着など、印刷用紙一本注文。8:30家内に同乗中通リハ病院。居室の整理など、患者状況記録、郵便局本局経由、19;30帰宅夕食、21:00就眠。歩数計4380歩。

新聞週間に思う(1) 新聞社は社説欄をもっと前面に出すべき
 私の情報収集法のメインはなんといっても新聞である。現在は連日4紙に目を通す。

 なんだか新聞に元気がなくなってきているように思える。
 明日から春の新聞週間である。新聞についての感想を述べてみる。

 新聞は毎日自宅まで届けてくれる情報誌、かつ教科書である。こんな素晴らしいメディアはない。しかも、素晴らしいのは自分の興味と関連ない、自分にとって読みたくもない雑多な情報が満載であることが私にとっては有難い。

 私は小学生の頃から「こども新聞」に親しんできた。
 毎朝新聞を開くのを楽しみにしてきた。自分の狭い視野が一瞬にしてわかるからである。

 しかし、新聞は現在危機的状況にある。発行部数は減少し広告収入は減少している。新聞は将来的にどうなるのか、滅ぶのか? 私はそれを見届ける時間はないが、深く心配している。

 新聞を窮地に追い込んでいるのはネット情報であろう。
 偽ニュースや不正確な情報がネットで急拡散する時代。新聞の速報性や信頼性が下がり続けている。 
 私たちは一体何を信じ、どう対応すべきか。
 私は新聞を最低一紙、鳥瞰的でもいいから目を通すべきだと思う。それによってネット情報の価値がわかってくる。

 新聞には長い間に培ってきた伝統があり、各紙には各々報道姿勢がある。要するに各紙が一つの思想的ブランドである、と言っていい。

 正確なニュースを報じ、民主主義社会のインフラとなるべき新聞が信用されなくなっていることに、どう対応すべきか、という問題は大きい。

 私は新聞社側としては自社の立場をしっかり主張するために、社説を一面に掲載すべき、と思う。社説こそが各紙の価値を定める、と思っている。
 社説を一面に掲載している新聞は私が知る限りではないと思われる。

 読者側としては偽ニュースを見抜くためにも、新聞を一紙でいいから、鳥瞰的であっても毎日見るべきだろうと思う。そうすればメディアリテラシー能を養う。メディアリテラシーとはマスメディアの本質や影響について幅広い知識を身につけ、批判的な見方を養い、メディアそのものを評価できる能力のこと、である。

 偽ニュースはまるで本当のニュースのように装ったデマ情報。金銭的な利益、政治的に有利な立場を得るために、あるいは遊び感覚でデタラメ情報をニュースのように仕立てる。パッと見は普通のニュースの様で、信じてしまう人は驚くほど多い。
 従来のメディアが信頼を失っているからこそ、偽ニュースが本当のニュースよりも速く広範に広がる。

 その見極めのためにも必要なのがメディアリテラシー能である。これは簡単には新聞を読むことで自然に養われる。


4/5(水)快晴 午前フリー 
1:15起床。文献検索、徒然ほか。紙の廃棄大量。午前は自宅のケア、外回りなど対応。12:12バス中通リハ病院に。13:00勤務、入院患者延4名装着物交換対応。居室整理継続、データ整理、新聞入力、本読みほか。19:30帰宅。夕食、21:00就眠。歩数7626歩。

近況(2) 情報収集、分類、蓄積の日々 芋づる式に展開していく

 自分の学習のために収集している情報は自分から見ても多岐にわたっている、と思う。だから、世の中が、社会が面白い。

 これらの情報は連日かなりの分量になる。
 活字で提供される情報は数日以内にスキャナーで取り込み電子化するから原本は残らない。だから、書棚は不要である。私の情報収集は終活をも兼ねながら進めている。

 勿論、これらの情報は収集だけなら単なる好事家的趣味である。
 収集した以上、適宜検索をかけて引っ張り出して読み、聞き、聴く。そのためにはヘッドフォンとMP3プレーヤーのセット、iPadは離せない。iPadは新旧含めて4台で新聞用、専門領域用、小説用、資料用などと目的別に用いている。

 情報収集の楽しみは、連日、自分の無知を再確認する日々であるということ。

 これらの情報からは芋づる式に次々と世界が広がっていく。それも楽しい。
 特にラジオ深夜便では各界で著名な方々の話を聞くことが出来るが、ながら式の聞き方だからなかなか体系立てて理解することは困難である。
 だから、それらの情報のうち自分のアンテナと共感した内容は、すなわち私の興味と共感した演者に関しては著作を検索して著書があれば買い求め、知見を深める。

 最近の例では、ラジオ深夜便の2022年10月28日放送の元・一橋大学講師「村瀬幸浩氏」の「性教育にかけた半生」を聞き、氏の著作を一気に6冊購入し現在紐解いている最中である。

 私の情報収集は最終的には書籍にたどり着く。
 書籍といえ100%信用できるものではないが、書籍の場合、出版に至るまでの労苦、著者の筆力・構成力、クリアすべき諸問題を通過した結果であり、甘い考えでは出版まで至らない。そういうフィルターがあるから、今の所私にとって一番安心できるメディアである。書籍を参照して知識を得る。
 基本的に私はネット検索をしない。

 参考文献、著書を読み、得られた知見のうち身についたと思われる内容は自分のブログにアウトプットし知識の定着を図っている。このブログはその目的が大きい。


4/4(火)快晴 中通病院外来 
1:30起床、文献・本読み他、蓄積データ整理、徒然。5:30可燃ゴミ提出。6:40バス飯川病院。8:45-12:00外来。混雑なし。12:15中通リハ病院、微睡など。居室整理中心。病棟若干。19:30帰宅、夕食、21:00就眠。歩行計8690歩。

近況(1) 相変わらず情報収集、分類、蓄積の日々を続けている
 3月下旬から新しい職場で働いている。私にとっては未知の、フレッシュな環境であり適当な緊張感に包まれて過ごしている。

 私が生きている世界はとても狭い。私は世間知らずである。
 一方、興味を持っている世界は広い、だから、連日の新聞をチェックする作業、ラジオ深夜便で知らなかった世界を、知らなかった人物を知るのに有用で、とても楽しく有意義な時間である。

 自分の学習のために収集している情報は以下の如く。
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?新聞4紙(朝日、読売、日経、秋田魁)
?ラジオ深夜便録音(am1:00、3:00、4:00)
?定期購読週刊誌(医療 日本医事新報他3誌)
?定期購読月刊誌(文春、音楽の友、MacFan、WWF Japan、National Graphics、趣味の園芸、きょうの健康、月刊ラジオ深夜便など) 
?単行本(小説、エッセイ、ドキュメント・ルポ、心学関連他)
?N響定期公演録画
?らじるらじる聞き逃しサービス(宗教の時間、演芸各種、歌謡曲、日曜討論窓)
?不定期刊行物
?日々の歩数のチェック
?そのほか
--------------------------------------------------------------------
 これらの情報は連日かなりの分量になる。これらのうち書籍は書籍としては残さない。
 連日、自分の無知を再確認する日々でもある。

 興味のある分野を抽出して電子化し、分類してハードディスクに収めておく。データは分類しなければ無用の長物になる。これらの分類にかなりの時間を使っているから、時には「私の人生は何なんだ! 分類だけの人生か? もっと有意義は時間の過ごし方があるのではないか・・?」と時に思う、が思い当たらない。私にとっては最も適している時間の過ごし方だろう。

 勿論これらの情報は適宜引っ張り出して読み、聞き聴く。そのためにはMP3プレーヤー、iPadは離せない。そして、上記の情報から得られた知見のうち身についた内容は自分のブログにアウトプットし知識の定着を図っている。

 何かを選択することは何かを失うことでもある。
 毎日を平穏に、時にはこの様な人生の過ごし方に多少の疑問を抱きながらも、ほぼ満足しながら過ごしている私にとっては、人生の終末期に達した今、何か新しいことに踏み出すというよりは、長く続けてきたことを淡々と継続しながら過ごすことにある、と納得するしかない。

 私が存在し続けていることは、家族以外にとってはもう価値はなかろう。引きこもりの成果である。いや、新しい職場にはちょっと有意義な存在なのだろうか?

 私が蓄積した情報やデータ、作ったデータは、私以外には不要だろう。くるべき時期を迎えたら自分で全てを消去し、スッキリ旅立ちたい。骨も残す必要も感じないが、家族たちはどう判断してくれるか。


4/3(月)快晴 健康クリニック休診
 1:30起床。いつものごとく。6:40バス中通リハ病院。健康クリニック新年度初日で休診。居室の整理。飯川病院ブラウン管TV廃棄、13:00-14:00大型机、食器棚、冷蔵庫、プリンター、補助机引越し。居室整理続ける。かなり進んだが途中疲労で1時間微睡。19:30帰宅・夕食、21:00就眠。歩行計7700歩。

新年度(2023)スタート 新年度迎えての感想 
 前病院では直接患者を担当しなかった(させてもらえなかった?)ので時間はたっぷりあった。その時間はほとんど読書等の座学に充てた。多分、私にとってこの数年は至福の期間であった、というべきだろう。そう采配してくれた家内には感謝するしかない。

 せっかく時間に余裕ができたのに、近年、体力・気力の低下が著しい。
 自覚的には心肺機能、四肢体幹機能の低下も自覚する。

 日々、時間を無為に過ごすことはまだないが、複数回微睡をとることが多くなった。寝過ぎ??
 その日充実感に乏しかったとしてももう気にしない。
 これは「無の境地」に至る過程??  イヤイヤ、「ボケ老人の境地」への進行過程と思う。まあ、どちらでもいい。自然に任せる。

 余生である。余生とはいつ途切れてもいい状態。旅立つ準備は不十分な点もあるがかなり進めてある。「明日も、明後日も生きる・・・」、と考えるから窮屈となる。これも自然に任せる。
 
 新年度から3日経った。こんな私にも新しい職場が提供された。
 前向きに考えれば「私はどこまで運が良いのだ?」と考えるべきだろう。
 引き受けた以上、甘い考えではいられない。おそらく前病院の時より業務量は増えるだろう。年齢から見てどこまで対応できるか緊張と不安はある。

 年度という節目はいいものだ。
 私は自分に課した日課、作業を机に向かってコツコツ進めるのが好きである。これが新年度どこまで継続できるか??ちょっと気になるところ。

 早朝起床のパターンは維持する。
 最近、起床時間を2:00と従来よりも約1時間遅らせた。睡眠に対する学習の成果である。
 月曜、火曜日は午前健康クリニック、中通総合病院外来があるから従来通り6:40のバスで出勤する。
 19:00の帰宅までの間、診療に費やす時間が増えていくだろうが、診療外の時間は座学と微睡、歩行訓練と称して散歩に出ようと思っている。


4/2(日)快晴 
 1:45起床。ネコたちと対応。データ整理。9:00-10:00外仕事、ガレージ掃除など。11:00家内に同乗飯川病院、ついでリハ病院。引っ越しの小物。14:00-15:00微睡。座学。リハの居室整理。ブラウン管TV廃棄。19:00帰宅、夕食。21:00就寝。歩行計6593歩。

新年度(2023)スタート 新職場コメント 
 私は3月20日から中通リハビリテーションの嘱託医となった。

 中通リハビリテーション病院は、1969年開設された。
 その後、50年間地域に密着した「リハビリテーション専門病院」として、障害のある人達が求める医療や福祉の向上を目指し、その改善のための医療、リハビリテーションに取り組んできている。
 リハビリテーション医療の目的は障害のある人達の「生命の質」「生活の質」「人生の質」を豊かにすることにある。その際、リハビリテーションは、「身体機能のリハビリテーション」とともに「心のリハビリテーション」が大切であると考えてきた。

 当院は現在は回復期リハビリテーション病棟2病棟(110床)と療養病棟2病棟(110床)からなる。私どもは療養病棟の患者を担当する。

 (参考)回復期リハビリテーション病棟とは
 脳血管疾患や大腿骨頚部骨折、脊髄損傷等の患者さんに対して日常生活動作能力(ADL)の向上による寝たきり防止と,家庭復帰を目的としたリハビリテーションを医師、看護師、介護者,理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、医療ソーシャルワーカーなどの専門職がひとつのチームとして共同で作成し、これに基づくリハビリテーションを集中的に行う。
 一つの回復期リハビリテーション病棟に理学療法士13名,作業療法士13名 ,言語聴覚士1名,医療ソーシャルワーカー1名を配置し,密度の高い訓練を行っている。
 私はまだこの方面の経験は乏しいが、今後視野を広げなければならない、と思っている。

 もう赴任して14日経つがまだ引っ越しの最中である。机や書棚、ソファなどの引越しは大体終えたが細々とした生活関連の物品などはなかなか進まない。

 この中で大変なのはパソコンを中心とする電子機器の移転と機能の復活作業である。パソコンの周辺機器は一つ一つのは消費電力が小さいがほとんどACアダプターで給電される。だからコンセントがすぐに不足する。結果的にタコ足配線になってしまう。タコだけでは足りずイカの足、ネコの足まで欲しいところである。

 中通リハビリテーションの医師体制は常勤的嘱託医を含め、私どもの参加で五人体制。全体に高齢医師が多いが、私どもの参加で平均年齢が一層上昇した。

 診療として精神科、整形外科のリハビリも担っていて中通総合病院の医師が担当している。そのほか、休日の当直は中通総合病院、秋田大学からの派遣医が担っているから結構医師の出入りは多い。

 当院は看護部門、訓練部門のスタッフは総じて若い。
 ここ10数年来聞くことのなかった若い人たちの声を浴びながら、私はリフレッシュしている。 


4/1(土)快晴 新年度スタート 
1:30起床。本読み、データ整理、新聞チェックと切り取り。ガレージ2F点検整理。収納していた散水用ホースを水道に繋ぐ。バラ剪定若干、11:30家内に同乗、久保田新橋のコイに給仕するもまだ活動性低い。千秋公園はハト、コイとも元気。飯川病院から荷物持ち中リハに、新聞入力、医師室整理。19:00帰宅、夕食、20:30就眠。歩行計6440歩。

新年度(2023)スタート  今年度就労予定とコメント 
 本日は新年度スタート日。
 昨日をもって飯川病院が閉院となった。

 私はもう歳だし、今年は明和会からは就業継続の声がかからないだろう、と思っていたが、中通リハビリテーション病院への嘱託医師としての継続就労の依頼があった。
 私はやや消極的であったが、家内が飯川病院の患者のお世話も含め働きたいとの意向が強く、そのバックアップのために私も応じることになった。

 有難い申し出であったが、二人とも高齢で健康上の懸案がありいつまで続くかは不明。なんとか法人、病院に迷惑だけはかけたくない。若干緊張気味である。


 以下が今年度予定されている私の勤務スケジュールである。

 飯川病院では私は入院患者は直接的には担当していなかったがリハ病院では入院患者も担当することになった。飯川病院の時にあった午後のボランティアはなくなり、終日の勤務となり、全体的に業務は重くなった。
 水曜日午前だけは園芸、畑仕事等、自宅の外回りの仕事をこなすためにフリーに設定した。

    今年度の就労予定 (?は中通リハ病院勤務)
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           午前              午後
 月曜      健康クリニック            ? 
 火曜      中通総合病院外来          ?
 水曜       (フリー)               ?

 木曜         ?           ?
 金曜       大曲中通病院外来        大曲中通病院(帰院後?)
土・日曜日・祭日はフリー(適宜回診予定) 

 家内の勤務は月曜から金曜日、午前午後とも中通リハ病院
――――――――――――――ーーーーーーーーーー――――――――――

 飯川病院では午後のボランティアの時間帯には玄関先の花壇の木々や花のケア、散水なども担当していた。また、平日、土・日曜日・祭日に頻回に日当直があったが中通リハ病院ではそれらの予定はない。

 私は3月20日から患者の転院と共に中通リハ病院所属となった。
 入院部門の電子カルテの対応に苦慮している。また、まだ業務の全貌、病院の構造、人的体制が見えていない。

 新年度を迎えて多少の緊張と不安を感じている。

3/31(金)飯川病院閉院!!! 快晴 大曲中通病院  
 1:30起床、データ整理、文献読みなどいつものごとく。徒然、5:30可燃ごみ提出準備のみ。中通リハ転院患者死去。7:40Taxi駅に、8:11こまち。9:50大曲中通病院、徒歩の条件は整ったが歩かずTaxi。外来の電子カルテかなり便利に。15:30長崎屋経由Taxi中通リハ。臨床病態検討:、19:15帰宅、夕食。21:00就眠。歩行Σ5738歩。

こころと体2023(21) 睡眠 睡眠不足による過労死は人だけ、日本人だけ
 疲労感は生体アラームのひとつであり、疲れを感知した脳がその個体に警告を与えている状態といえる。


 疲労を放置すると生活習慣病、メタボのリスクが高まる ことが明らかになっている。
 体は「神経系」「内分泌系」「免疫系」のメカニズムの相互の働きによって、体内環境を一定のコンディションに保っている。疲労を放置していると、糖尿病、高血圧、脂質異常などの生活習慣病にかかりやすくなる。

 疲労の蓄積がもたらす最も重大なリスクは過労死である。

 「過労死するのは人間だけ」といわれている。
 しかも、達成感のある仕事が過労死をまねくという現象がある。

 疲労感が生体アラームとして効かなくなり、疲れが積み重なっているにもかかわらずそれを感じなくなる現象に至る。この現象は「疲労感のマスキング」と呼ばれる。

  これは、人体にとってもっとも危険な状況で、 仕事に生きがいを感じ、休む間もなく忙しく働くビジネスパーソンが陥りやすく、自覚できないだけにその危険は高いと言えます。

 なぜ人は疲労感という生体アラームが効かなくなるのか??

 それは、ほかの動物にはみられないほどに発達した前頭葉が原因。 前頭葉は、「意欲や達成感の中枢」 と呼ばれ、人間の進化に大きく貢献してきた。 ただ、ヒトではあまりにも前頭葉が大きくなったために、眼窩前頭野で発した疲労感というアラームを「意欲や達成感」で隠してしまうらしい。

 一方、前頭葉が小さいほかの動物は前頭葉が発達していないために生存のための原始的な欲望があっても「意欲や達成感」という高度の感覚が欠如しており、疲労感というアラームによって行動を抑制する。 それゆえ、ヒト以外の動物では過労死することはない。

 日ごろから仕事にやりがいや達成感がある、あるいは上司や同僚からの賞賛、昇進といった報酬が期待できて楽しく仕事しているときほど過労死のリスクが高いことがわかっています。
 生きがいを持って、楽しく仕事しているときほど「疲労感なき疲労」が蓄積されやすく、休まずに仕事を続けることで疲労は脳と体を確実に蝕み、果てには過労死にいたらしめる。

 もちろんブラック企業や、身分の不安定な非正規労働者たちは上司によって労働が強要され疲労が蓄積することもあろう。しかし、この場合は、別の防御作用が働き過労死にまで至ることは少ない。過労死に至った人たちの手記を直接見る機会はあまりないが、過労死した30歳女性のNHK記者の身辺の状況を母親が述べていたが、危機感を窺い知ることはできなかった(ラジオ深夜便:2022年11月30日過労死の遺族や専門家に聞く NHK佐戸未和記者の母親恵美子氏)。

 疲労感のマスキングが脳疲労を蓄積させ、過労による重篤な病気や死亡の原因になるが、本人の自覚が乏しいこともありうる。上司の権限で睡眠不足、過重労働状態を監視する必要がある。


3/30(木) 快晴 
1:30起床。文献検索、徒然ほか。8:00家内に同乗、飯川病院。荷物持ちリハ病院に。患者対応ほか。患者は比較的安定。引っ越し業務進める。昼過ぎに新聞チェックと入力。徐々に生活のペース戻ってきた。19:30通町書店経由帰宅。夕食、21:00就眠。歩数計5727歩。

こころと体2023(17) 睡眠 疲労は=脳の疲労、に納得(3) 活性酸素について

 大気中には、約20%の酸素が含まれ生物はこの酸素を利用し生命活動を維持している。酸素は本来とても不安定な物質。生物は不安定さを活用して代謝を行い生命活動を行う。

 体内に取り込まれた酸素の数%はさらに不安定で反応性の高い「活性酸素」に変化する。「活性酸素」は過剰に産生されると細胞を傷害し、様々な疾患をもたらす。だから、生体内には「活性酸素」の害から生体を防御する抗酸化防御機構が備わっている。「活性酸素」の産生が防御機構を上回った状態を酸化ストレスという。

 「活性酸素」は有用な作用もある。白血球から産生される「活性酸素」は、体内の免疫機能や感染防御の重要な役割を担う。また細胞間の情報伝達、排卵、受精、細胞の分化などの生理活性物質としても利用される。

 生体が有する抗酸化防御機構は、スーパーオキサイドディスミュターゼに代表される内因性の抗酸化酵素に加え、ビタミンC、ビタミンE、カロテノイド類、カテキン類など外因性の抗酸化物質もある。

 通常、ヒトの生体内では「活性酸素」と抗酸化防御機構のバランスが取れているが、紫外線、放射線、大気汚染、たばこ、薬剤ならびに酸化された物質の摂取などにより酸化ストレスが引き起こされる。

 また、過度な細胞の活動負荷やストレスも活性酸素の産生を促し、酸化ストレスを引き起こす要因となる。

 ヒトの場合、過剰な身体的ストレス状態になると「脳の自律神経の中枢」と呼ばれる視床下部や前帯状回の活動が増加する。その結果、脳細胞の中で「活性酸素」が発生し、本来の機能が果たし難くなる。これが「脳疲労」の状態で「疲労感」として自覚するメカニズムだと言う。
 
 確かに、脳の重量は体重のわずか約2%であるにもかかわらず、酸素消費量は20%にも及ぶ。脳細胞の酸素利用回路は体細胞と異なっており、長期ストレス下で「活性酸素」も生じやすい状態と推定される。


3/29(水) 快晴 終日リハに
1:30起床。文献検索、徒然ほか。午前はフリーなるも患者の具合から出勤。8:30家内に同乗飯川病院、リハビリと往復。患者は比較的安定。引っ越し業務進める。昼過ぎに大型の道具類搬入。新聞チェックと入力。19:30帰宅。夕食、21:00就眠。歩数計6727歩。

こころと体2023(16) 睡眠 疲労は=脳の疲労、に納得(2)

 私は「疲労」は「筋肉活動によって乳酸などの疲労物質が蓄積することで生じる」と考え、「疲労」を感じた際には筋肉を休ませるようにしてきた。今はこの乳酸説は科学的に否定されている。
 
 一方、「エネルギーが枯渇するから疲れる」ととの考えもあったが私はそうとは思っていなかった。
 その判断の参考にしたのは、ボクシング界のことを考えてのことである。ボクサーにとって試合そのものよりも事前の減量が厳しく、摂取カロリーを制限しつつ練習を重ねるという過酷な状況に置かれる。それでも彼らは試合中に エネルギーが枯渇して試合継続ができなくなることはない、とされている。ましてや過食状態にある日本人が仕事の中でエネルギーが枯渇するなど考えられない。

 日本は「疲労大国」と言われている。
 ある疫学調査では、日本人の約80%は何らかの疲れを意識していることが判明ている。さらに、「半年以上疲労が持続して悩んでいる」人が40%近くも存在するという報告もある。
 さらに、日本では過労死も問題になっている。

 それほど日本では「疲労」が国民的に浸透しているにもかかわらず、疲労は科学的には取り上げられてこなかった。そのために疲労回復方法として一般的に言われている、ニンニク料理摂取 、ウナギ、栄養ドリンク、入浴・・・などは、心理効果はあるだろうが科学的に効果は認められていない。

 世界的にみても疲労の研究の歴史はまだ浅い。
 日本において国が疲労に関する研究をスタートさせたのは1990年になってからで、まだたかだか30年である。 1991年に現・厚労省がこの病態の対策として研究班をスタートさせた。1999年に文科省の研究班に引き継がれ、「疲労および疲労感の分子神経メカニズムとその防御に関する研究班」を発足させて現在に至っている。2005年に日本疲労学会が設立され解明が続けられている。

 そもそも、疲労はどのようにして起きるのか??
 身体に負荷を与える運動を4時間続けても、筋肉や肝機能などにはほとんど影響しないことがわかっている。

 ヒトは、身体運動を始めると、心拍数が上がり、呼吸が速く大きくなる。また、体温が上昇し始め、それを抑えるために発汗する。それらを制御しているのが「脳の自律神経の中枢」と呼ばれる視床下部や前帯状回である。
 運動が長時間、激しくなると、この中枢の活動が増加する。その結果、脳細胞の中で活性酸素が発生し、本来の機能が果たし難くなる、と言うことが判明した。これが「脳疲労」の状態で「疲労感」として自覚するメカニズム、だと言う。

 しかし、最近に至るまで疲労度の測定は非検者の自覚症状に頼らざるを得なかった。しかし、この面でも急速に進歩がみられている。



3/28(火)快晴 中通病院内科外来 中通リハ病院 飯川病院お別れの会
1:30起床。新聞チェック、本読み、徒然他。5:00可燃ゴミ提出。6:40バス中通リハ病院。8:40-11:00中通病院内科外来、比較的余裕。院内理容にて散髪1800円、13:30飯川病院昼食。微睡、中通リハデータ入力、引っ越し、読書。17:30飯川病院お別れの会、弥高会館。50名未満で院長挨拶、ピアノ、ヴァイオリン、フルートのトリオ演奏会中心。会食はなく持ち帰り弁当。20:15帰宅、夕食。21:00就寝。Σ9772歩。

こころと体2023(15) 睡眠 疲労は=脳の疲労、に納得
 私は睡眠障害の悩みは一切ない。
 入眠は実にスムーズ、中途覚醒はない。生活上早朝起床しているので今でも睡眠時間は若干短い。その点は午後の微睡でカバーしている。

 にもかかわらず睡眠について学ぼうとしたのは、最近、疲労感を異常に早く、頻回に感じる様になってきたからである。

 仕事の一区切りがつく毎に、特に外来業務を終了した後に、一定の読書の後などに原因不明の疲労感に襲われやすくなってきた。

 勿論、加齢と共に身体機能は確実に衰えてきている。心肺機能の低下を感じるし、四肢体幹の筋力低下の自覚は顕著である。前者は慢性心房細動による軽度の心不全状態からきていると思うし、筋力低下は加齢による生理的萎縮、運動不足に由来している、と思う。

 しかしながら、私が感じる疲労感は身体的負荷はほとんどない場合であっても同様に生じてくる。

 私は最近まで疲労感は筋肉労働などの身体的負荷が原因になって感じるもの、と思ってきた。だから、私のこの疲労感は単なる加齢現象なのか??気力の減退に伴うものなのか??などと思いつつすがる思いで疲労についても学び始めた。

 しかし、ほとんどの疲労は脳の疲労によるものだと解説する梶本修身氏の著書 「すべての疲労は脳が原因」(集英社新書)に接して、「そうだったのか、さもありなん!!!!」と溜飲を下げた。

 私は15名/週の人間ドックを担当している。高齢の方も少なくないが、30代以降の若い方々が受審する。若い方々は自分からというより企業の勧めで受審してくる、ほとんど通院すべき疾病を持たない一見健康体の方々である。

 しかしながら、私の方から意識的に「日常の疲労感の有無」ついて問診すると80%ほどの方々が「いつも疲労がある」「休息を取っても疲労感がとれない」「運動不足である」などと答える。

 確かに日常的に激務をこなしていることが窺い知れる方々である。
 最近まではドック担当医に対する「挨拶代わり」に無理にその様に答えているのかと思っていたのだが、「これは、近年の労働者の一つの実態なのかも・・・」、と健康人の疲労感に一層興味を感じている。

 疲労のほとんどは脳が疲れた状態なのだ、と梶本修身氏はいう。


3/27(月)晴れ 健康クリニック休診
 1:30起床。本読み、徒然他。8:30家内に同乗飯川病院、健康クリニックは年度末で休診。10:40リハ病院、引っ越し。患者データ入力その他。14:00微睡、入院患者対応。引っ越し作業。家内は秋田県女医の会の役員会、18:30バス、19:00帰宅、夕食、21:00就寝。Σ8222歩。

こころと体2023(15) 睡眠 患者の不眠対策
 世に睡眠障害を感じている人は2.000万人もいるという。
 私が診ている高齢の患者たちの中にも睡眠障害を訴え、睡眠薬を求める患者が少なくない。

 一方、その相談を受ける私は睡眠不足としての睡眠障害の悩みは一切ないからあまり親身にはなれない。安易に薬に頼る方向は賛成でないが、それほど将来も長くない高齢者が不眠に悩んでいる姿を考えるだけでも辛い。
 だから、睡眠の悩みには対応してあげるようにしている。

 かつての睡眠薬は脳全体に抑制的に作用し、過剰服用は危険でもあったが、現在の睡眠薬は脳の睡眠機能の研究から生まれたもので、睡眠中枢にのみ作用するから安全性は高く、高齢者が服用してもそれほど心配はない。
 薬効としての習慣性もほとんどないが、人間の弱さからつい薬に頼ってしまう人もいる。

 間も無く永遠の眠りにつく方々といえどもこの世にいる間に睡眠の悩みを持ちながら過ごさせるのは勿体無い。
 私は、翌日に残らないよう、薬効がソフトで短時間型の睡眠薬数種を適宜選択して処方する。

 患者によっては数日に一度程度の服薬でいい人もいる。錠剤を割って半錠ずつから服用を開始するよう勧めたりする人もいる。睡眠障害を訴える方の一部は枕元に薬を置いただけですみ、実際に服用しないで済む人もいる。

 睡眠薬処方の前に、睡眠障害に結びつく様な生活習慣がある場合はそれを除くよう指導する必要があるが、長年培ってきた習慣をやめさせるとストレスでかえって眠れなくなる方が多い。だから深酒以外は深く介入りしない。
 そういった意味では私は良い医者とはいえない。
 若い方、比較的若いかたの睡眠障害は積極的に精神科に紹介する。この点では良い医者だろう。

 不眠治療の第一は非薬物療法である。実際の臨床では薬物療法と非薬物療法を併用することも多い。睡眠薬の処方にあたっては有効性と安全性を考慮した薬剤の選択を行い、最小用量から開始し、なるべく低用量で維持することが望まれる。


3/26(日)終日降雨 
 1:30起床。新聞チェック、本読み、他。新聞チェック、11:30ゾンタに出かける家内に同乗飯川病院へ、その後リハに引っ越し作業、患者対応に。新聞入力、電カル習熟。病棟で微睡、読書。19:00帰宅夕食。20:30就寝。Σ4221歩。

こころと体2023(15) 睡眠 睡眠障害と疲労感
 良い睡眠は心身の健康を守ってくれる。
 私は睡眠の意義を軽視していたが、そんな考えは捨てることにした。

 健康にとって睡眠が欠かせないと今更ながらわかったが、快適な睡眠ができない「睡眠障害」の人が日本に約2千万人いると言われている。
 日本は世界の中でも睡眠時間が短い国として知られているが、COVID-19禍のこの3年、ストレスや不安によって睡眠に悩みを抱える人がさらに増えたのではなかろうか??


 睡眠-覚醒障害を有する人の主たる苦痛や症状は以下のごとく(秋田大学三島教授)
―――――――――――――――――――――――――――――――-
(1)不眠の症状
?布団に入ると眠気がさめる、寝つけない(入眠困難)
?途中で何度も目覚める (中途覚醒)
?朝、早く目が覚める (早朝覚醒)

(2)日中症状(社会機能・QOLの障害)
?日中の眠気、疲労、倦怠感
?注意力、集中力、記憶力の低下
?社会上、家庭上、職業上の支障、学業低下
?気分がすぐれない、いらいらする
?行動上の問題(多動、衝動性、攻撃性)
?やる気、気力、 自発性の減退
?過失や事故を起こしやすい
?睡眠や薬物に関する悩み不満 (こだわり)
―――――――――――――――――――――――――――――――-

 睡眠障害のある方々の各人の覚醒時の症状は一口に言えば疲労感と言えそうである。この「疲労感」は、どこからやってくるのか。

 そんな疑問に答えたのが、梶本修身著 「すべての疲労は脳が原因」(集英社新書)である。疲労と脳の関係を最新の知見を紹介しながら説いている。

 疲労というと体のだるさを想像する。だが、ジョギング程度の軽い運動では筋肉の疲労蓄積はほぼないらしい。
 むしろ疲労が起きる場所は脳にあり、おもに自律神経の中枢となる部位が深く関係していると明かす。

 「疲労因子」、「疲労回復因子」というタンパク質群の存在も明らかになった。仕事や運動で取り込まれた活性酸素が脳の神経細胞を酸化させるが、その老廃物がシグナルとなって疲労が増加する、と解説する。ほぼ納得できる論旨である。

 疲労の取り除き方でやはり不可欠なのは睡眠である。良質な睡眠がとれていれば「疲労回復因子」が十分に分泌され、疲労は回復すると著者は述べる。


3/25(土)快晴 リハへの引っ越し
 1:50起床。読書、データ整理他。午前は座学いつもの如し。10:30家内に同乗、飯川病院へ、引っ越し荷物もちリハ病院に。入院患者の情報確認。昼食は売店利用。その後座学。データ整理、微睡なし。19:00帰宅夕食。ネコたちと交流、20:30就寝。徒歩Σ7320歩。

こころと体2023(14) 睡眠 「ノンレム睡眠」「レム睡眠」の役割(2)

(1)「ノンレム睡眠」の役割
 大きな役割に脳の休息と成長ホルモン(GH)を分泌させる機能がある。

 身体の成長に大きな影響及ぼすとされているGHは睡眠下で脳が休息モードに入った時に分泌され、体内の生体機能の調節や体内組織の修復が行われる。その他に、GHは骨格形成や脂肪分解などの代謝調節、免疫力の向上など生命機能を維持する重要な役割を担っている。

 私の古い知識では、GHは身長を伸ばすなどの子供の成長に関わる重要なホルモンとして理解していたが、近年の研究では子どもから大人まで分泌されていることが判明した。加齢によって分泌量は減少するが、高齢でも分泌され、細胞の修復や代謝の調節などの役割を持つことから、アンチエイジングホルモンと呼ばれることがある。

 睡眠初期の深いノンレム睡眠時に、このGHが分泌されるので、睡眠初期の「黄金の90分」で深い眠りに入るのが理想的。
これができれば、しっかり成長ホルモンの分泌が行われ、子供は育ち、大人は衰えにくい身体を維持できる。ことわざ「寝る子は育つ」は真実である。

(2)レム睡眠の役割
 「レム睡眠」睡眠の重要な働きの一つに記憶の定着がある。その日に得た多くの情報や出来事を記憶として整理する役割があり、日々インプットした内容や学んだことを記憶に定着させる。

 「レム睡眠」中に学習記憶に関わる海馬が活発になることで、膨大な情報量の統合や整理活動が起こり、寝ている間に記憶が定着する。

 睡眠が不足すると、「レム睡眠」も短くなり、せっかく習得した知識や技術を記憶として定着しておくことが難しくなる。記憶を向上するためには、良質な睡眠は不可欠。 「レム睡眠」中に何かしらの刺激が入って覚醒してしまうと、時間をかけて得た技術や知識は水の泡になってしまう可能性もある。

(3)「ノンレム」と「レム睡眠」の見分け方
 両者には外見上も多少の特徴があるが確実に見分ける方法は脳波測定以外では不可能である。

 「ノンレム」と「レム睡眠」を活かすためには最適な睡眠時間確保が重要である。
 誰にとっても身近な存在である睡眠。
 睡眠を単なる疲れを取るための方法の一つとして考えるのではなく、日々の暮らしを豊かにするため、仕事で最大限のパフォーマンスを出すために必須な習慣と考えなくてはならない。

 この点は私が大いに反省すべき点である。


3/24(金)曇り快晴 大曲中通病院外来 リハ勤務 プリウス整備・タイヤ交換
 1:50起床。文献関連整理他、5:30可燃ゴミ提出。7:40Taxi駅。8;11こまち。8:50大曲中通病院外来。長崎屋古書店経由帰宅。15:30飯川病院にてゾンタ関連メール送付。中通リハにて状況確認。自炊若干。ディーラーにてプリウス整備・タイヤ交換
19:30帰宅。夕食、21:00就寝。徒歩Σ7970歩。

こころと体2023(13) 睡眠 「ノンレム睡眠」「ノンレム睡眠」の役割(1)


(1)「ノンレム睡眠」
 ?脳の休息、?成長ホルモンの分泌による体内組織の修復、?免疫機能の向上、?運動や楽器演奏など、習得した運動動作や技術を記憶する。

 脳波で「ノンレム睡眠」は3段階に分けられる。
ステージ1:小さな音で目覚めてしまう浅い眠り
ステージ2:軽い寝息を立てる程度の浅い眠り
ステージ3:声や物音でも目覚め難い深い眠り

 ステージ1~3に進むにつれ脳は休息状態になり、脳波では徐波が観察される。しかし、全身の筋活動は活発で、寝返りなどで疲労が溜まっている部位の回復を促す。

 入眠後の最初の90分の「ノンレム睡眠」をできるだけ深くすることが、脳を休息させ、睡眠の質の向上につながる。

(2)「レム睡眠」
 就寝後のノンレム睡眠の次に「レム睡眠」になる。
 レム睡眠では、脳は活動状態に入る。この状態では夢を見るが、筋肉は弛緩し全く動かない状態になる。

 「レム睡眠」中は脳は活動し、?思考の整理、?記憶の定着、?脳の発達や精神的な安定にも重要。
 朝を迎えるにつれ、「レム睡眠」の時間が多くなる。

 脳の発達のために、また疲れた脳の機能回復のために、睡眠時間を長く取ることも必要である。入眠後時間が経ち、朝が近づきレム睡眠が増えていくと、体も温まり、快適な目覚めを迎える。

 この2つの睡眠が交互に繰り返す90~120分の周期は「ウルトラディアンリズム」と言われ、人が体内に持っているリズムである。
 この状態が不安定になってしまうと睡眠の質が低下し、健康状態に悪影響を及ぼしかねない。
 「レム睡眠」が少なくなると、思考力の低下や精神的な不安定などを招く。
 「深く寝れば短時間の睡眠でも大丈夫」と考えている人もいるだろうが、短時間睡眠では「レム睡眠」は不足する。

 「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」のサイクルを一晩で4〜5回繰り返すことのできる、6〜8時間の睡眠時間を確保することが理想。

 また、就寝前にアルコールを摂取したり、テスト前の緊張感によるストレスなど、様々な要因が重なる場合は最初の深いノンレム睡眠が現れにくくなる。特に「レム睡眠」は普段の生活リズムから影響を受けやすい。

3/23(木)曇り夕方から小雨 中通リハ勤務 健康クリニック判定 
 1:40飯川病院で起床。引っ越し業務、文献関連整理他。7:30リハ引っ越し荷物、午前新規転入患者入力。飯川検食最終の摂取。13;30健康クリニック結果判定、忘れ物して2回往復。14:30-18:00リハ勤務、入院患者対応。19:30帰宅、21:00就寝。徒歩Σ9504歩。

こころと体2023(12) 睡眠 「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」を繰り返す
 70年近く睡眠を軽視してきた私は、今更ながら学び直し、睡眠の重要性をやっと認識できてきた。

 睡眠中は身体や脳が単純に休んでいるのではないことがよくわかった。実際に何が起こっているのだろうか。

 1953年、アセリンスキーとクライトマンは、睡眠学史上に残る画期的な発見を発表したことは前述した。
 彼らの発見をもとに、睡眠中でも脳が活動している「レム睡眠」と、脳も身体も深く休息する「ノンレム睡眠」をほぼ規則正しく繰り返していることが判明した。

 この2つの睡眠サイクルが働くことで、「睡眠中に体力が回復する」、「記憶力が定着する」など、様々な生理的効果をもたらすことがわかった。

 ヒトは睡眠直後にまず「ノンレム睡眠」から始まって、90〜120分後に「レム睡眠」に移行する。それを一晩で4〜5回繰り返して7-8時間後に覚醒する。


(上図は睡眠を勉強する過程で読んだある論文から借用した。残念ながら出典は失念した。とてもわかりやすく図示されており作成された方に感謝したい)

 この中で、最も深く眠っているのが1周期目の「ノンレム睡眠」で、この最初の90分を「黄金の90分」と呼ぶこともある。

 最初の深い眠り「黄金の90分」で脳下垂体から「成長ホルモン(GH)」が分泌される。GHは骨格形成を促し、身長を伸ばしたりする作用が有名であるが、それだけでなく、疲労の回復や他のホルモンバランスの調整を行い、全身的に疲労回復や、ミクロのレベルでは生命活動の中で障害を受けた細胞の修復が行われる。

 その後「ノンレム睡眠」、「レム睡眠」という、異なる2つの睡眠を繰り返すことで、想像以上に重要な生命活動を作り出している。
 時間的には、「レム睡眠」が2割で、8割が「ノンレム睡眠」に充てられる。

 「ノンレム睡眠」「レム睡眠」それぞれに重要な役割が判明してきた。



3/22(水)快晴 午前フリー リハ病院勤務  飯川病院当直(最終回)
 1:45起床。文献チェック、本読み中心に過ごす。読書、データ整理、引越し作業あり、8:30家内に同乗、飯川に。午前引越し準備、11:00当直室でWBC決勝を見る。素晴らしい試合であった。検食、13:00リハ病院医局会、13:30本日入院患者4名について電カル入力。引越し作業進める。17:30飯川病院当直勤務。本日を最後に当直業務無くなった。最終日の当直にあったったのも何かの縁。新聞チェック,18:00検食、家族たちはかに本家、20;30就寝。徒歩6495歩。

こころと体2023(11) 睡眠 研究は脳波の発見から

 睡眠中には身体や脳に何が起こっているのだろうか。

 そもそも睡眠とはなにか?
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?第一の特徴
 外部の刺激に対する反応性が低下した状態。外からの刺激で容易に覚醒する。昏睡状態や、全身麻酔下でも反応性は低下しているが、容易に回復しない。だから睡眠とはみなされない。日常臨床においても昏睡と睡眠の区別に悩むことがあるが、その際にはいろいろ刺激を与えて起こしてみる。それで覚醒すれば睡眠であった、と判断できる。

?第二の特徴
 睡眠時は外部の刺激に対する反応性の低下がみられるとともに、運動系では目的をもった行動がなくなる。寝返りなどの単純な行動は維持される。

?第三の特徴
 動物種特有の姿勢をとる。 人間の場合は全身の骨格筋が弛緩するために横になって眠る。動物によってはすぐに逃避行動に移れるよう立ったまま眠る。渡鳥は飛びながら熟睡すれば落ちてしまう。水中哺乳類は呼吸で酸素を取り込むから、熟睡する酸欠状態になる。だから、これらでは左右の脳を交互に切り替えながら睡眠をとる。

?第四の特徴
 睡眠は状態は「脳波」で観察できる。

 1924年にドイツの精神科医、H・ベルガーによって初めて人の脳波が記録された。現在も睡眠ステージ判定のもっとも重要な指標は脳波である。

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 私どもの脳の機能状態を簡単に分類すると2大別される。
●覚醒状態
●睡眠状態

 両者は全く異なった状態である。さらに興味深いのは、私たちの脳は睡眠中にも種々の活動していることがわかった。

 1953年、米国のアセリンスキーとクライトマンは、睡眠学史上に残る大きな発見を発表した。

 クライトマンは、入眠時に起こるゆっくりと回転する眼球運動に注目し、それが睡眠の深さに関係するかに興味をもち、大学院生だったアセリンスキーに一晩にわたり睡眠中の眼球運動を記録することを指示した。
 彼はまず予備実験として、7歳になる息子を被験者として眼球運動を記録する装置を試した。 息子が入眠すると眼球が急速かつ不規則に動き始めた。この現象は睡眠中に規則的に脳が強く活動していることを示している。

  それまで、睡眠中は脳の活動が低下していると考えられていた。彼らはこの現象を、急速眼球運動 (rapid eye movement) をともなう睡眠、レム (REM) 睡眠と名づけた。


3/21(火)春分の日 快晴  
2:30起床。体調かなり改善。文献チェックなど。徒然、蓄積データ整理。5:50可燃ゴミ廃棄。9:00-11:00WBCメキシコ戦堪能、見事な試合だった。プリタイヤ交換準備。13;00飯川病院に移動、ボランティア。リハへ、パソコンその他引越し。家内の電カル習熟サポート。19:00帰宅、夕食。20:45就寝。徒歩Σ5627歩。

こころと体2023(10) 睡眠 研究はつい先日(?)から始まったばかり

 「人は眠るために眠るのではなく、活動するために眠るのだ」。
 1770年代のドイツの物理学者G・C・リヒテンベルクは、睡眠についてこのように述べている。
  ごく当たり前の言葉であるが、私はかつては「おやすみ」の代わりに「充電してくる」と言っていた。私は睡眠を勉強する前は「休む」と言う発想は乏しかった。睡眠科学に興味を持った今は含蓄を含むポジティブな、貴重な言葉に思える。

 ヒトや動物が何故睡眠と覚醒を繰り返すのか??
 この疑問については、古くから神話、哲学、宗教、自然科学などさまざまな立場から論じられてきたが、どちらかというとネガティブな捉え方であった。

 ?古代ヨーロッパの神話:「睡眠は、生体外のなんらかの神秘的な力の仕業とされ、その力の源泉を神、悪魔 、天使らである。つまり、人間は神や悪魔に眠らされているとした(睡眠外因説)。

 ?古代ギリシャに時代:学者たちは、睡眠を 「生と死の中間の状態」ととらえ、睡眠は「血液中の熱元素がいくらか冷やされた状態」であり、「完全に冷やされた状態が死である」(睡眠内因説)。

 ?宗教的見解:「新約聖書」では、「イエスは永遠に目覚めたものであり、 眠らずにいることは、肉体的な疲労を克服するだけではなく、精神的な力を証明するものである」とされた。「 仏教」では、 「睡眠は心を覆う五つの蓋のひとつであり、「睡眠を誘発するのは煩悩である」と戒めている。

 キリストや仏陀が眠らなかった?
 それは不明であるが、凡人が惰眠を貪ることのないよう戒めている。

 このように、睡眠科学が発展する以前、睡眠は悪魔の仕業、煩悩、あるいは、死と生の中間状態などとネガティブにとらえていた。

 ?睡眠科学は100年ほど前に黎明期を迎え、ドイツの精神科医H・ベルガーの脳波の発見により発展し、この数10年間で急速に進歩した新しい学問の分野である。

 科学的に睡眠の意義は次のようにポジティブに変遷していった。
??????????????????????-
@人は、活動するために疲れた脳や体を休ませ、心身のストレスを解消するために
眠る。
A脳に入ってきたさまざまな情報を整理して、記憶としてとどめておくために眠る。
B睡眠が不足すると免疫力が低下して重大な病気を引き起こす。


3/20(月)降雨 中通リハ病院所属となる 健康クリニック 
0:30起床、文献・徒然ほか何時もの如く。6:40バス飯川病院。9:00-11;20健康クリニックドック+結果判定15名。11:45中通リハ病院に。飯川病院より4名入院、転入院時の対応開始。同僚医師、看護師の助言で助かった。13:00-14:15飯川病院、検食、微睡。14:30-18:00中通リハ病院、引越し荷物、居室の整理など。
19:00帰宅、夕食、風邪気味か??20:00就眠。徒歩Σ6577歩。

こころと体2023(9) 睡眠 健康ブームにもかかわらず、おろそかにされる 「睡眠」


 現在、新聞紙上、折り込み広告、雑誌等では各種の機能性食品の広告が溢れている。

 「血液さらさら」「動脈硬化を防ぐ」「物忘れの予防」「骨を丈夫にする」「睡眠の質をたかめる」・・・などなど枚挙にいとまがない。これらを全て服用したらどうなるのだろうね。むしろ心配になる。
 まさに健康に関する、国民の不安のあらわれである。

 確かに「医食同源」という言葉がある通り、食は健康な体を維持する。また「食事療法」という言葉があるように病気を予防したり治すといった効果は重要である。

 ただ、「機能性食品」「サプリメント」の背景には「何も努力せず、楽して、効果だけを求める」と言った人間のズルさ、弱さが企業に目をつけられ、効果の乏しい製品に高価な代償を払っている、という印象が否定できない。私は効果のあるサプリメントに遭遇したことはない。

 しかし、私たち人間は、一生のうちの約1/3は眠っている。 人生を80年生きても25~27年間は眠っている計算になる。

 それなのに眠ることに関しては、 「眠くなったから寝る」 「夜になったから眠る」といった受動的感覚の人がほとんどではないか。

 それだけならまだしも、いくら体が睡眠を要求していても、仕事や遊びを理由に睡眠時間を削っているのではないか。そのような行動がどんなに自身の健康を脅かしているかも知らずに・・・である。

 その睡眠軽視という悪習慣の真っ只中に身を置いて、時間を有効に使っている、と自己満足に浸っていたのが現役時代の私であった。その頃は業務も超多忙、趣味も多々あって「なんでヒトは、否、なんで私は眠らねばならぬのか!!」、とブツブツ言いながら布団に入ったものである。

 ところが、ここ10年ほど前から、ちょっと仕事をした後など、読書の後などで強烈な睡魔が襲ってくる様になった。加齢による脳機能の劣化と考え、睡眠について勉強を始めた。そして初めて睡眠の重要性に気づいた。実にバカであった。
 
 そして、睡眠不足が、ガン、心疾患、脳血管疾患のリスクを高めることも学んだ次第である。

 日本では特に企業の効率性、高収益性が求められ、24時間営業のコンビニやファストフード店、深夜勤務の工場や工事現場などで働いている労働者たちも数多い。この様な社会を支える業務の従事者は一般的に決して社会的立場が強いとは言えない。この様な方々の多くは生活のために身を削って生活している。せめて、納得できる報酬を得ていればナア・・・などと思う。

 この様な方々を含めて、睡眠に問題を抱える人はせめていい睡眠をとってほしいと思う。
 運動のためのジム通い、サプリメントも結構高価である。その点、睡眠に関しては発想の転換が主であってそれほど投資は必要でない。

 私は近年睡眠に関しては発想を変えてしまった。それによって生活に変な緊張感がなくなった。今更ながら、であるが。


3/19(日) 51年周年 快晴 外仕事若干 
1:30起床。文献・録音データその他の整理で過ごす。9:00コンポスト柿の下に全部移設し使用開始した。石井さんの体力を考慮してのこと。ダリア球根チェック、まだ芽が出ていない。NHKのど自慢楽しむ。新聞チェック、微睡。15:27バス飯川病院。16:00-18:00リハで電子カルテ習熟。19:30記念日夕食、20:30就眠。Σ6779歩、運動不足。我ら夫婦の51回目の記念日。

こころと体2023(8) 睡眠 睡眠がヒトの寿命に影響するという研究結果は本当か?

 先進国で最も睡眠時間が短い日本人は慢性的に睡眠不足状態にあると言われている。

 睡眠時間の長短は健康にも大きな影響を与える。それは明らかだろう。
 睡眠や栄養摂取、環境の衛生状態、各人の教養、学歴、生活習慣などはヒトの全人生に深く関与し、いろいろな疾病の原因にもなっている。実際には各因子が複雑に絡み合っているから、各因子と寿命の因果関係の解釈は難しい。

 睡眠に視点を合わせた研究によると、睡眠時間は短くても長くても寿命を縮めてしまう、と言う。

 このことは、日本人10万4000人を対象に追跡調査を行なった「睡眠時間と死亡の危険率」のデータにも示されている。
 それによると、6.5~7.4時間の睡眠時間のヒトの死亡の危険率が低く、それより短くても長すぎても危険率は高くなる、という。グラフ化するとそのカーブは、ちょうど「U」の字型になっている。

 なぜ、睡眠時間は短くても長くても寿命が短くなるのか???
 睡眠時間が短くなると、免疫力が低下するということは、睡眠の研究者にほぼ共通の見解である。
 結果として、生体防御機構がうまく働かなくなり、いろいろな生活習慣病の発症リスクが高まってしまう。
 今日の日本人の三大死因はガン、心疾患、脳血管疾患で、いずれも生活習慣病である。こうしたことで、睡眠不足が免疫不全状態を介して、寿命を短くする、という論旨である。

 一方、睡眠時間が長くても寿命が短くなるのはどういう機序からなのか??
 長時間眠らなくてはならないというのは、よい眠りを得られていないということの現れ、とも考えられる。その原因が別の因子を介して寿命を短くしている可能性がある。

 UNFPA(国連人口基金)はWHOと同じく国連の1機関で、主に人口分野を担っている。UNFPAが発表した2022年版の世界人口白書によると、平均寿命が最も長い国は日本で、男性は82歳、女性は88歳だった。

 日本は先進国でもっとも睡眠時間が短いと言われているが、同時に最も長命の国でもある。これは睡眠学者たちの見解と矛盾していないだろうか??

 国内に目を転じてみる。
 平均寿命を都道府県別にみると、男女共に最も平均寿命が短いのは青森、秋田県等の、睡眠時間が長い県である。これも睡眠学者たちの見解と矛盾していないだろうか??

 なぜこの様な乖離が生じるか、というと睡眠学者は「樹木を見て山を見ないから」であろう。個々の樹木に関する研究や検討は科学的に見て正しいだろう。しかし、各国や日本の平均寿命、各県の寿命は「ヒトとして長く、辛い人生を生きてきた結果の集計」である。どちらも論理的には正しいが、私は後者のデータを尊重する。

 学問として科学的検討の価値はもちろん高い。否定はできないが、限界もあるのだ。


3/18(土)曇り晴 飯川病院午前日直
1:30起床、新聞・文献・徒然ほか。録音データ整理。午前は飯川病院午前日直、8:30
家内に同乗病院に。8:30-13:00日直、新聞チェック入力、15:00-18:00リハ病院電子カルテ習熟に、入院診療計画書入力、19:15帰宅夕食、20:30就眠。徒歩Σ4701歩。

こころと体2023(7) 睡眠 秋田の1日の平均睡眠時間は国内でも長い方

 先進国で最も睡眠時間が短い日本人は慢性的に睡眠不足状態にあり、社会的に見れば業務の生産性を押し下げて経済的に著しい損失になっているともいわれる。

 総務省の社会生活基本調査は1916年から日本人の睡眠時間を調査している。
 それによると日本人の睡眠時間は年々短縮してきている、という。
 ところが、COVID-19流行下の2021年に平日の睡眠時間が初めて増えた。テレワークの普及などで通勤時間、通学時間が大幅に減少したことがその理由の一つと考えれれている。そうはいってもわずか10数分延びただけ。

 この社会生活基本調査には各県ごとのデータが挙げられている。
 これを資料として地域差の背景を探った。

 都道府県別にみると、睡眠時間は青森県民が480分(8時間)と最も長い。 高知県(477分)、秋田県、鹿児島県(共に476分)と続く。
 一方、最も短いのは神奈川県で454分。続いて東京都 (455分)と静岡県、兵庫(共に458分)であった。

 上位の県は農業県で職住近接で暮らす人が多く、通勤・通学時間が短い。
 青森県統計担当者は「県内は農村部も多く大都市と生活パターンが異なる。夜の繁華街も少なく、 アフター5の過ごし方も限られ、早く寝ることも睡眠時間が長い原因ではないか」とする。

 一方、下位の都府県は長時間の通勤・通学が当たり前になっている。通
 勤時間が短い県ほど睡眠時間は長い傾向にあり、通勤・通学時間が40分以上の8都府の睡眠時間の平均459分なのに対し、30分未満の9道県人が平均471分だからわずかに10数分だけ延びた。

 COVID-19下でテレワークの影響を受けたのは首都圏周辺の県である。 千葉県では通勤の時間が減って、・・・とは言っても10分程度であるが、少し長めに眠れるようになったとみられる。東京では、未成年や高齢者よりも現役世代でやはり10分ほど延びている。

 最長の青森県(480分)と最短とされる神奈川県(458分)間の差はわずかに22分でその間に48都道府県がひしめいている。こんな統計は意味があるのだろうか??
 私は甚だ疑問に思っている。

 最長の5県、最短の5都府県のデータをまとめて統計処理をしてみても有意な差は出なかった。このような近接したデータだから当然である。
  
 総務省の社会生活基本調査は、どの様な仮説をたて、どの様な体制で、調査対象者をどの様に選び、どれだけの人数に調査を行なっているのか?? 総務省のHPを見てもよくわからない。だから、調査結果から何が導き出されるのかもわからない。一見無駄な調査だ。

 一例として、睡眠不足は数々の健康障害の原因になる、と学者の先生方は強調する。
 本当かな?? と私は思っている。



3/17(金) 曇り快晴 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 
1:50起床。文献・新聞読み、データ整理などいつもの如く。6:00ゴミ出し。7:35Taxi。8:12こまち。9:00外来、15:45長崎野経由飯川病院。ボランティア、微睡など、新聞入力。リハ習熟は行わず。19:30帰宅、夕食。21:00就寝。徒歩Σ6520

こころと体2023(6) 睡眠 1日の平均睡眠時間は日本はOECD中ワースト1

 OECDのデータ2018年統計(調査年は国によって異なり、日本は2016年)、によると、1日の平均睡眠時間は、多くの国が8時間を超えるなか、日本は7時間20分と33ヵ国中ワースト1であった。
「睡眠時間6時間未満の人が40%」という厚生労働省の報告(2018年)もある。

 この背景には、「働く時間」や「通勤時間が長すぎ」といった日本の働き方にくわえて、24時間営業による店舗やインターネット化が挙げられる。

 睡眠は単なる休息ではない。
 睡眠不足の弊害は近年さまざまな観点から指摘されている。

 眠らないことによる弊害の懸念
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? 免疫力が下がり、 感染症などの病気にかかりやすくなる。
? ホルモンバランスが乱れ、太りやすくなる。
? 目覚めが悪く、 眠気や疲れがリフレッシュされない。
? 日中のパフォーマンスが低下する。
? 交通事故や業務上のミス、
?などなど。
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 ある調査によると、睡眠不足による経済的損失は我が国では1.5兆円と推定されている。
 その理由は、●就業効率の低下により生産効率の低下、●ミスやトラブルによる大事故の発生、●生活習慣病、心筋梗塞、脳梗塞、ガン、糖尿病、認知症の発症のリスクが上がることが挙げられている。

 もう一つのデータがある。
 日大医学部の内山教授による研究では、ある製薬会社の全社員を対象にした調査では、3人に1人が「睡眠の問題を抱えている」と判断された。
  これらの人は欠勤や遅刻、早退の頻度が高く、勤務中の眠気で作業効率が4割低下していて、交通事故を起こすリスクは、問題を抱えていない人と比べて1.4倍であった。

 この結果を国内5355万人の労働者にあてはめたところ、 作業効率低下による損失が約3兆665億円、欠勤などの損失が約1616億円、交通事故の損失が約2413億円
となり、合計約3兆4690億円に達したという。

 私も睡眠の意義を完全に誤解していたが、今は反省している。
 睡眠は単なる休息ではない。 睡眠をとることは決して無駄な時間と捉えるべきではない。睡眠の価値を理解し、よりよい睡眠へ意識を向る必要がある。


3/16(木)小雨終日 終日飯川病院 院長受診+市医師会喜寿の会
 1:30起床、新聞文献廃棄準備、読書。8:30家内に同乗飯川病院、終日勤務、入院患者対応。14:30-16:00リハ病院にて電子カルテ習熟。医師から指導受けたが分かり難い。自分の入院字の看護記録見て落ち込む。18:30バス帰宅、夕食、20:30就眠。徒歩Σ6560歩。

 昨年同日、21時34分頃、地震、宮城県や福島県で震度6強。同36分頃にも両県で震度6強が観測。震源は福島県沖、深さは約60キロ。予想される津波は最大1m。広範に停電しているという。 東北新幹線で脱線あり。この程度で済んだのは素晴らしい。この事故で秋田新幹線の運行に影響。

東日本大震災・原発事故2023(6) 12年 原発事故(4) 住民帰還問題

 避難住民達による街の再生への粘り強い取り組みが続く。
 帰還困難区域とされていた地域でも除染で放射線量が下がり、昨夏から避難指示が解除され始めた。
 事故後に得た原発に対する社会的合意は以下の如くであった。
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 ?原発の「安全神話」との決別、
 ?エネルギー政策の転換。
 ?政府は原発依存度を可能な限り低減。
 ?安全規制も一新。
 ?高い独立性を持つ原子力規制委員会が設けられた。
 ?個々の原発の運転期間も制限された。
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 ところが昨年来、岸田政権がこれに反する動きを加速させた。
 原発を「最大限活用」する新方針を決め、原発の新設や運転期間の延長に踏み出した。

 国民的な議論もなしに原発回帰を進めるのは、国民に対する欺瞞。
 にもかかわらず、国民の声は小さい。安倍元首相の国葬問題よりも重大な内容であるのにもかかわらず、である。

 双葉町では公営住宅が建ち、役場も戻った。だが、生活環境の回復は十分でなく、かつて7千人が暮らした町にいま住むのは約60人だけ。

 私は、住民帰還に夢を持たせ少数の方の帰還を象徴的に扱うことに納得できない。
 帰還できない方々には一層苦渋を強いることになるが、たとえ帰還したとしてもコミュニティは戻らず、社会福祉などのインフラ再構築はできないだろう。

 一顧だにされないような無責任な意見であろうが、私は以下のように考える。
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 ■ 現在帰還困難区域と言われる原発被災地域を全て国が買い上げ国有地化する。
 ■ 未帰還者には現在の避難地区あるいは新たな場所で生活できるよう一層援助する。
 ■ 国有地化した地域に原発汚染物質、放射線廃棄物、廃炉で生じた核のゴミなどを集約し処理する。福島以外に汚染を拡散するのは考えもの。
 ■ 日本全体が少子高齢化する中、地域の事情はもっと厳しい。将来的に街が成り立つか、コミュニティが形成されるか、私は先行きに展望を抱けない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 原発近隣を写真で見ると、積み上げられた無数の黒い袋が見える。福島第一原発の周りには、汚染土の中間貯蔵施設が広がる。住民居住区近隣の里山は除染困難で放射能はまだ高い

 除染で集められた汚染土は法律で、30年後に県外へ運び出すことなっている。これを決めるにあたって県外候補地の意見などは聞いていない。だから、この方針を知っている国民は少ない。
 
 私はそんな根拠不明で作った約束が果たされることはあり得ない、と思う。
 受け入れのことを何ら調査や議論することなく取りめた国の方針は超無責任である。 
 かつて「原子力船むつ」の母港を巡ってトラブルが生じたことをもう誰もわかっていないのではないか。


3/15(水)快晴 午後飯川病院勤務 リハ電子カルテ習熟
1:30起床、文献整理関連ほか。午前は座学。ガレージ2F整理、11:50バス飯川病院、通り町から千秋公園、コイとハトに給餌。読書。午後飯川病院勤務、微睡、15:30-18:00リハ電子カルテ習熟。新聞データ整理、文献読み、読書など。19:30通町書店経由帰宅、夕食、21:00就眠。Σ7780歩。

東日本大震災・原発事故2023(5) 12年 原発事故(3) 原発稼働期間延長
 原発再稼働手続きが全国で進められている。これまで10基が再稼働済み。

 震災後に導入された新規制基準は運転期間を「原則40年」とし、延長は例外的処置とした。それをさらに形骸化させるような判断がなされた。

 原子力規制委員会は再稼働の審査で停止した期間を除き、60年超運転も可能と見直す案を2023年2月に正式決定した。規制委が重要案件を意見が割れたまま多数決で決めるのは異例という。

 それを受けて、2月28日に原発の運転期間延長や次世代型原発への建て替えが脱炭素化の基本方針にも盛り込まれ、閣議決定された。
 この機に脱炭素化への原発の寄与をリンクさせて正当化した、としか見えない。

 それによると、原発の運転開始30年後から、10年ごとに設備の劣化状況を確認した上で延長運転を行い、60年超の運転を可能にする、というもの。
 政府は国会に提案するために原子力規制委員会の判断を急がしたようだ。短期間で十分な議論を経ず、原発政策の大転換が進められようとしているのは疑問だ。福島原発事故を防げなかったという反省に立った「安全最優先」の考え方はどこに行ったのか。

 原発の60年超運転は世界でも前例がない。60年超運転でも安全性を確保できるという根拠は何か。岸田首相は正面から説明しなくてはならない。
 私は、性急とも見える進め方に不安を抱く。

 規制委員会の採決では委員5人のうち4人が賛成。地震や津波など自然災害対策を主に担当する委員が唯一反対した。賛成した委員の1人は「締め切りを守らないといけないと、せかされて議論した」と明言した。

 高機能の医療機関ですら50年経つと建物の機能、耐用性に問題が生じ、建て替えの必要が迫ってくる。
 原発は過酷な負荷が加わる構造でないのか?
 60年超原発は当然設計の古さが課題となる。
 必要な性能を満たすかは最新知見を踏まえて確認する方針。
 ただ安全性を確認する具体的な方法、点検方法などの詳細は示されていない。延長の決定が先にありきで、その判定の方法などは後回しでないか?

 規制委の審査期間が既に9年前後に及ぶ休止中の原発もある。理由は活断層を巡る評価の長期化や巨大地震に伴う津波想定に時間を要することなどが理由。そうした審査が長引いた原発ほど寿命が延びることになる。

 岸田政権が原発の最大限活用へ動いたのは昨年2月のロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機がきっかけという。電力料金値上がり抑制のために原発活用を大義とした。
 ロシアのウクライナ侵攻によってエネルギー不足が予想され、再稼働を求める意見は徐々に強くなっているが、判断は安易であってはならない。ドイツはエネルギー逼迫の中にあるが脱原発を一掃押し進めている。

 日本は世界でも有数の地震国であり、繰り返し大きな津波被害を受けてきた。先日は東日本大震災と福島第1原発事故から12年を迎えた。

 被災地の現実を見つめ、立ち止まって不安や疑問の声に耳を傾ける時ではないか。



3/14(火)快晴 中通病院外来 飯川病院ボランティア  リハ電子カルテ習熟
1:00起床、いつもの如し。5:50可燃ゴミ2袋提出、6:40バス飯川病院に、まだ寒い。新聞チェックなど。8:45-12:45中通総合病院外来、24名。13:15飯川病院ボランティア。微睡、15:00-18:00リハ電子カルテ習熟。19:00検食、21:00就眠。8329歩。

東日本大震災・原発事故2023(4) 12年 原発事故(2) 処理水問題
 福島第一原発からは放射性物質を含む「汚染水」が大量発生している。放射性物質は取り除く操作をした後、「処理水」としてタンクに保管している。1日約100トン発生、2月時点で約132万トンになっている。

 これまで、原子炉建屋への地下水・雨水の流入を減らすため、地下水のくみ上げや凍土壁等、重層的な取組みを実施した結果、汚染水発生量は、対策前の約540m3/日(2014年)から、約140m3/日(2020年平均)まで減少しているが、毎日増えていることは確か。満杯になる本年春から夏にかけて海に放出する計画。

 いずれ満杯になることは10年近くも前からわかっていたこと。その処理方法の決定を昨年までろくに検討もせずに延ばし延ばしにし、これ以上は待てない切羽詰まった状況に追い込まれてから海洋放出と決断した。

海洋放出を待てない理由
――――――――――――――――――――――――――――――――――-
 ?貯蔵用タンクの置き場が限界に達しつつある。
 ?廃炉作業のためにタンク設置場所を空ける必要がある。
 ?タンクの腐食も始まっている。
 ?新たな地震の際などでタンクの安全性が確保できない。
 ?などなど
――――――――――――――――――――――――――――――――――-

 地元漁業者は一貫して反対を表明してきたが地元の理解をえる説明の機会も作ってこなかった。世論調査では放出への賛否が拮抗した。
 これらの世論調査結果を見れば、今夏の放出目標が地元の納得の上とは言い難い。

 政府は、科学的には安全であることを地元に「丁寧に説明」して判断した、と強調する。地元ではそのように理解していない。しかも、福島だけでなく、宮城、茨城各県の漁連も反対を表明している。
 政府や東京電力は、放出で風評被害が生じたら、適切に賠償すると説明する。しかし、漁民達は政府の賠償方針に不信を募らせる。

 政府の「丁寧な説明」とは同じことの繰り返しのことを指す。
 かつて、秋田市の住宅地近隣にミサイル迎撃システム「イージスアショア」設置を計画があった。2018年から20年にかけて論議が重ねられたが、住民、県、市への説明会では何度も聞いても同じ内容の繰り返しに終始した。
 2020年6月政府は突然この計画を撤回した。その撤回の理由の説明も不十分で、私は唖然とした。

 処理水の放出は30年ほどかかるとみられる。その間、環境や取れた水産物に悪影響が出ていないか監視する体制を政府や東電は築く必要がある。しかし、今のところその方法すら確立してとは言えない。積極的に情報を公開して地元の理解を得なければ、事態は進まない。

 処理水に関して政府と東電は2015年、「関係者の理解なしにはいかなる処分もしない」と地元漁業関係者と約束した。全国漁業協同組合連合会は一貫して放出に反対している。それにもかかわらず、政府が21年に海洋放出を決定した。

 処理水は大量の海水で希釈しトリチウム濃度を国基準の1/40未満にして流す予定。トリチウムは体内に蓄積されず、健康への影響は小さいとされる。福島の沿岸漁業の水揚げは徐々に増えているが、事故前の2割ほどにとどまる。回復途上での放出で、漁業関係者の風評被害への不安は大きい。


3/13(月)曇り小雨 健康クリニックドック 飯川病院 
1:00起床、いつもと同じパターン。データ整理、6:40バス飯川病院に。9:00-12:00健康クリニックドック14名+レ線チェック結果判定15名。飯川病院へ、微睡、15:00-16:30中通リハ病院に打ち合わせ。19:30帰宅、夕食、 21:00就眠。Σ7120歩。

東日本大震災・原発事故2023(3) 12年 原発事故(1) 現状の諸問題(1) 

 東日本大震災で、東京電力福島第1原発が事故を起こして12年。

 原発に関して、最近の動きを記しておく。

 ■政府と東電は2041-51年の廃炉を目指す。
 しかし、核燃料デブリの取り出しは当初計画より2年以上遅れて今年10月以降に着手する予定。計約880トンと推定されるデブリの取り出しは数g程度から試験的に始める予定。
 だから、廃炉への道筋は描けていないのと同じ。

 ■福島県内外ではいまだ2万人超が避難生活を強いられている。
 原発事故がいかに甚大な被害をもたらすか。その現実を直視しなければならない。

 福島第1原発は制御不可能なメルトダウンの危険もあったという。そうなれば関東一円まで汚染され、東北・関東一帯で住民の避難が必要であった。
 この場合、首都圏も避難対象区域になるが、関東以南でこれらの全てを引き受けられる場所などない。定員過剰の船舶の様なもの。

 そうなると日本は国民の生活が成り立たず壊滅したであろう。まるでSF的世界の一歩手前になってしまう。

 実際には薄氷の如くの対策でなんとか制御が可能となって現在の状況に落ち着いた。このことを国民は、政治家は忘れていないだろうか??同様の事故は起こらないだろう、と言えるのか??自然災害だけでなく、原発はミサイル攻撃対象にもなった。

 ■原発の使用年限の延長、安全性の意識
 世論調査でも「脱原発」を求める声は7割近くに達している。しかしながら、ロシアのウクライナ侵攻に伴う原油高騰への対策として、緊急的に原発の再稼働、老朽化した原発の使用期限の延長決めてしまった。

 原発はひとたび事故が起きれば被害は甚大で収束に長期間を要する。
 これを教訓に政府は原発依存度低減の方針を堅持してきた。だが岸田政権は国民的な議論なしに原発の最大限活用に転換。ロシアのウクライナ侵攻などによるエネルギー危機や地球温暖化への対処が理由だ。しかも、地球温暖化の件も絡めてしまった。拙速である。

 ■ロシアのウクライナ侵攻で原発が攻撃対象となった。
 誰しもが「考え難い!!!!暴挙」、と評論するが、戦術上そこに原発があれば攻撃対象になることは十分考えられる。そこまで理性のある為政者だけでは無い。プーチンはその一人。

 だから、原発のある国は自ら急所を抱えていることになる。核攻撃をせずとも、通常兵器で核攻撃と同じ効果がもたらされる。国際情勢が不安定になりつつある今、国の安全のためには原発の存在から考えなおさなければならない。
 なお、日本の原発は武力攻撃を想定して作られていない。

 ■処理水
 これがまた問題が大きい・・・・。



3/12(日)快晴温暖 午前庭仕事 
1:45起床、蓄積データの整理と確認、本読み、文献読み。午前9:30から庭仕事中心。?冬の間に庭に落ちた枝葉、ゴミ等の片付け、?除雪機の整備と収納、?自転車の整備、?ガレージ掃、?鉢植え数個外に、?防寒靴収納、ウオーキングシューズへ。12:00ニュース、のど自慢。微睡、午後は書斎の整理と掃除。音楽関係の録画確認、数編楽しむ。本読み。19:00夕食。WBC対オーストラリア途中まで観戦。21:00就寝、Σ4430歩。歩数意外と伸びない。

東日本大震災・原発事故2023(2) 12年 またこの日がやってきた(2) 私にとっての東日本大震災
 岩手、宮城、福島の東日本大震災の災害状況は凄まじかった。さらに福島では原発事故による被害がこれに輪をかけた。

 震災直後から全国から、多くの国々から支援が行われた。

 私は岩手県出身で、学費が不足し岩手県医療局から奨学金を受け卒業した。医師としての最初の2年間三陸にある県立宮古病院で勤務した。
 その間三陸にある名所等を訪れ見事な風光明媚な自然を味わったが、その地はいずれも甚大な被害を被った。そんなこともあって私も心に大きな傷を受けた。

 そんな縁もあって、この11年間、毎月岩手県復興局に復興資金を送り続けている。
 私も嘱託医になり収入は半減、それに応じて寄付金も少なくしたが・・・。

  昨年2月の第31回岩手県東日本大震災津波復興委員会の報告によると、令和3年度の復興推進プランの進捗状況は、全213の計画指標のうち、進捗率が80%以上が94.4%にあたる201指標で、おおむね計画は順調に進んでいるという。しかし、地域経済の回復度は50.9%となっていた。
 岩手県の被害状況
■人的被害  死者:5,145人(余震、震災関連死を含む) 行方不明者:1,110人
■建物被害(住家のみ、全半壊) 26,079棟
■義援金受付状況 188億1,206万円(98,481件)
■寄附金受付状況 203億2,731万円(14,143件)
■いわての学び希望基金受付状況 104億4,824万円(26,355件)

 上記の如く、この10年の間の復興はかなり順調のように思える。微々たるレベルであるが、私もその手伝いをしていることに喜びを感じている。
 
 寄付し続けるのは決して楽なことではないが、今後も続けていく積もりである。
 だから、私にとって東日本大震災は風化することが無い。重大な災害のままである。


3/11(土) 快晴温暖 午前日直 東日本大震災12年目  
2:45起床、文献検討、徒然など。回診とゾンタの会議、消化器系の講演会に出る家内に同乗。飯川病院へ。8:30-13:00日直。午後はそのまま病院でデータ整理、読書、雑誌の自炊などで過ごす。19:00帰宅、夕食。NBC対チェコ戦途中までみる。20:45就寝。Σ3200歩。

東日本大震災・原発事故2023(1) 12年 またこの日がやってきた(1)
 東日本大震災・原発事故から12年が経った。
 人は歳とともに時間の経過が早く感じるようになる。もうあれから12年!!! 感無量である。

 ■メディアの東日本大震災関連の特集がここ2週間ほど一気に増えた。報道記者たちはその日に向けて関連特集を含め、報道の準備に忙しかったであろう。マスコミの果たす意義は大きい。

 ■ 毎年節目の時期には思い出すべきものがある、ということ。この動きが記憶の喪失、風化を防いでいく。自分が成長、あるいは老化して行く毎に捉え方も異なるから大きな意味がある。

 ■ 同じテーマの記述が集中するから、その折々の評価、経時的変化などがまとめられる。

 ■ 資料として活用できる。

 ■ メディアの役割は速報だけではない。次世代に知恵と経験を伝え得ていくことも重要。被災者が置かれている状況を個人個人のドラマに終わらせず、大きな目で評価し問題提起していく機能ももとめられる。

 ■その日の秋田の状況
 その日、秋田の地では震度5程度で地震による直接的被害はあまりなかったが、3日間ほど停電した。その後もしばらく物流は滞り、病院の自家発電用の重油の入手、薬品の入手な度で安心できない状態が続いた。結果的に大きな損害を受けることなく経過した。

 ■電気の供給は現代生活の中で大きな比重を占めることが実感できた。電気がなければ水も出ない。水も出なければ・・・と、芋ずる式に生活が難しくなっていく。大切な情報収集も大きく障害を受ける。
 このライフラインの欠損は人口密集地、都市部、大規模施設で大きくなる傾向がある。被害の減免についての準備が必要となる。

 ■本年2月、3月時点での3県合計の人的被害状況
―――――――――――――――――――――――――――――
       死者  行方不明者  震災関連死(前年)  県外避難者(前年)
―――――――――――――――――――――――――――――
岩手県    4675    1110       470        578 (741)
宮城県    9544    1213     931 (929 )     1221(3396)
福島県    1614     196    2335 (2332 )    21101(26292)
―――――――――――――――――――――――――――――
合計     15833   2519   3736(3731)    22900(30829)
―――――――――――――――――――――――――――――
 この統計の中で変化があるのは震災関連死、県外避難者の数。
 前年に比し前者は+5人、後者は -7929人となっている。


3/10(金)小雨のち曇り 大曲外来 飯川病院ボランティア 
1:45起床、文献・新聞読み、データ整理など。5:30可燃ゴミ雨で提出せず、7:35Taxi駅に、8:11こまち、8:45大曲中通病院外来、Taxiで移動。長崎や古書店15冊ほど購入。15:45-19:00飯川病院ボランティア。新聞点検入力など、19:15帰宅、夕食、NBC対韓国戦観る、逆転の時点で就寝、21:00就寝。Σ5836歩。

野球の第5回WBCを楽しむ(2) 対韓国戦、先発はダルビッシュ 日本は逆転勝利

 野球の第5回WBCでは日本チームは実力ある先発陣がそろう。投手を中心とした守備力は日本がナンバーワンと評価されている。大谷選手、ダルビッシュ投手、昨シーズン完全試合の佐々木投手、沢村賞・山本投手等々。

 佐々木選手も岩手県出身、東日本大震災で父と祖父母を失っている。つらい思いをして成長してきた青年がついに大きな夢の舞台に立つ。しかも、明日、東日本大震災発生の日の登板が予定されている。どんな気持ちで登板するのだろう。緊張感は相当なものに違いない。彼の気持ちなど到底伺い知れるものではないが、応援したい。

 今大会からなのだろうか。投手の投球数は1次リーグは65球、準々決勝は80球、準決勝と決勝は95球の制限が設けられる。だから、投手リレーが試合の鍵を握る。この面でも実力派が揃っている日本のチームは有利とされている。 
 また大谷ルールも適応される。大谷二刀流は誰しもが認める技能であるが彼のためにルールを変更した球界もすごいと思う。

 過去の大会はほとんど記憶にないが、第1回大会(2006年)は第2ラウンドで2敗したものの、失点率の差で「奇跡」の準決勝進出。結果的に薄氷の優勝。第2回大会(2009年)は決勝でのイチロー選手の勝ち越しタイムリーが出て優勝。連覇後の第3回、第4回大会は惜しくも準決勝で敗退した。

 そんななか迎えた今大会は、久々私も盛り上がっている。
 
 本日は第2戦の対韓国戦を途中まで楽しんだ。
 先発のダルビッシュ投手は2失点で降板したが日本がすぐに逆転し勝ち投手になった。ここでも大谷が活躍した。

 明日の第3戦は佐々木朗希投手の登板が予定されている。楽しみである。


3/9(木) 晴れ温暖で体調はやや不調 飯川病院午後勤務 次年度の労働契約
2:00起床,新聞入力。文献多数検討など。本読み、など、暖かくて暖房不要。むしろ不快。午前は座学、読書など。11:50バス飯川病院。14:00-19:00飯川病院勤務。患者対応なし。16:00法人スタッフ来訪、家内分も含め来年度の労働契約にサイン。私は3月20日から中通リハビリテーション病院に移籍する。19:00帰宅、NBCの初戦対中国を途中まで観る。大谷活躍が嬉しい。20;45就寝。Σ5156歩。

野球の第5回WBCを楽しむ(1) 対中国戦、日本の代表的選手を初めてみた
 野球のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)、なぜこのような名称なのかわからないが、本日から開幕した。

 私はスポーツ一般への関心度は決して高くない。関心あるのはテニス、野球、マラソン、大相撲程度。その折々で話題になった選手がいるスポーツには若干関心が湧く。とは言っても、夜のNHKニュースと新聞記事で競技結果を確認する程度。
 私の関心は競技そのものと言うより選手個人にに対する関心が大きい。

 日本はWBCで第1、2回は連覇したが、3、4回は準決勝で敗退。第5回は一昨年に予定されていたが、COVID-19の影響で延期となり、6年ぶりに今年開催となったもの。
 史上最強の呼び声が高い「侍ジャパン」に王座奪還の期待がかかる。

 今大会には米大リーグの選手も複数出場する。
 かつては大リーガーは契約上、シーズン前にチームを離れられず、けがの懸念もあって各球団の協力を得るのも難しい状況だった。が、今回はその問題は解決したらしい。
 大リーグで活躍する大谷選手、ダルビッシュ投手、日本で昨年完全試合達成・佐々木投手、2年連続沢村賞・山本投手、三冠王・村上野手、本塁打王3度・山川選手ら強力な先発陣がそろう。

 2連覇を狙う米国の他、ドミニカ、プエルトリコも有力選手を揃えるが、投手を中心とした守備力は日本がナンバーワンと評価されている。「侍ジャパン」の名称のもと一丸となって戦えるのも強み。

 私の野球についての関心は野茂、イチローの活躍後はもっぱら大リーグ中心となった。この先駆となった二人の業績はすごい、と思う。

 大谷選手は私の郷里に近い花巻の出身、しかも、史上初の投打二刀流で最高の結果を示している。彼を注目しない方が異常であろう。だから、私は正常である。
 他に、花巻出身の菊池雄星選手もいる。ダルビッシュ選手は仙台育英校出身などなど、多数の有名選手がいてよくわからなくなった日本のプロ野球よりは焦点を絞りやすく、活躍を興味深く見守っている。

 野球の実況を見るのは久々である。ちょうど夕食時に中継される。大谷の活躍が楽しみである。佐々木投手、村上選手、他、日本の著名な選手達の姿を観れるのも嬉しい。
 
 1次リーグは準々決勝まで東京ドームで試合をする。中国、韓国、チェコ、オーストラリアと対戦。順調に勝ち進めば準決勝、決勝は米マイアミでの戦いとなる。今後の数日間は楽しめそう。

 本日は初戦の対中国戦を途中まで楽しんだ。
 先発の大谷は4回まで無失点、あわやホームランか、と思われるフェンス直撃の2塁打も打った。
 この東京ドームのシリーズの中でおそらくホームランも出るだろう。そう期待しながら楽しみたいものだ。


3/8(水) 快晴 午後飯川病院勤務 
2:00起床、データ整理、文献多数、データ検討など。9:30TOTOスタッフ来訪、一階のトイレ不調で点検依頼、各種検査でマイコンの基盤の問題で結論、修理不可と。騙し騙し使うとする。10:50石井さん病院受診で同乗飯川病院、ボランティア。14:00-19:00勤務。13:30検食、微睡。15:30許可得て外出ミルハス往復、19:30帰宅、夕食、20:45就寝。Σ5390歩。ミルハス往復は大した運動にならない。

季節の話題2023(10) 3月末日飯川病院は閉院、スタッフ達みんなそれぞれの道に
 早いもので3月。
 県内では高校に続き、これから小・中学校などの卒業式が行われる。また旧暦で3月は弥生。「弥」はいよいよ・ますますの意味がある。「生」は草木がだんだんと芽吹くこと。子どもたちが成長する姿とも、社会の成長の姿とも重なる。

 そして、厳しい冬にもそろそろ別れを告げる時期で、心理的に自然とわくわくして笑みが溢れるようになる。

 この時期は、若者達が社会に巣立つ時期で、高齢者が一線を退く時期で社会的に壮大なターンオーバーがなされる時期である。私は人的に澱んでいる環境は好きではない。制度的に、社会的にこの時期に多くの方々が入れ替わるのは好きである。

 私は現役を退いてから法人の嘱託医として過ごしてきた。長く勤務した法人の人事が次々と若手に移って行くのを観るととても嬉しくなる。

 私は老害、男性害の弊害を主張してきた。一方で自分が老害、男性害の元凶になっているのでは?? これについては私は謙虚で、今は求められる業務を淡々とこなすだけ。組織に対する主張はほとんどしない。現役世代が一番、私は2番でいいと考えている。

 我が家関連の人的動きは今は殆どない。せいぜい孫たちの小学校入学や卒業程度で、大人達の動きはなかった。

 ところが、今年の3月末日に、家内が雇われ院長として2010年から、私が2016年から午後の診療応援医として勤務してきた飯川病院が閉院することになった。私は3月20日から、家内は4月1日から中通リハビリテーション病院の非常勤医師として働くことになった。

 今いる看護師、看護助手その他医事関係で総勢28人、一部は退職、一部中通総合病院、一部中通リハビリテーション病院に別れてそれぞれの道に進むことになった。

 飯川病院の入院患者はあらかじめ他院や施設に紹介して数は少なくなったが、10数名が3月20日から数名ずつ中通リハビリテーション病院に転院し引き続き家内が担当する運びとなっている。

 中通リハビリテーション病院は1969年開設。回復期リハビリテーション2病棟(110床)と療養病棟2病棟(110床)からなる慢性期の病院。私どもは療養病棟の患者を担当する予定である。

 中通リハビリテーション病院の診療は全て電子カルテでなされている。
 私は外来関連業務では電子カルテに慣れていて7割方使いこなせると思っているが、家内にとっては初体験である。おそらくつきっきりで補助し、教えなければ何もできない・・と思う。
 電子カルテの習熟は今後しばらくは二人にとっての最大の懸案事項となるだろう。


3/7(火)晴れ  中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:40起床、文献チェック。5:30可燃ゴミ1袋提出。6:40バス飯川病院、8:40-12:20中通病院外来。若干難渋。飯川病院ボランティア、検食、微睡。新聞入力、自炊。読書。19:30帰宅、夕食。21:30就眠。Σ7479歩。

季節の話題2023(9) ついに春 季節は移ろう、例え世界に紛争が起きようとも

 ついに春 季節は移ろう。たとえ世界に紛争が起きようとも、環境汚染が進もうとも自然は偉大な力で推移する。

 この冬は例年に比し降雪量が多いと予想されていた。北陸以南では多かった様で九州でも降雪があったらしいが、秋田県は、特に秋田市は平年並み程度で、その意味では暮らしやすかった。

 その一方で、1月下旬からとても寒かった。偏西風が蛇行して北極圏の激寒と言われる冷えた空気が漏れて南下したため、と考えられている。

 ところが、3月に入ってから天候は一変しとても暖かくなった。いやそれ以上に気温の上昇がすごい。身体がついていけず不快になる。4月下旬並みほどの日もある。

 秋田では歩道に積み上げられた雪は殆ど消失した。今残っているのは広い駐車場などで集められ積み上げられた雪の山だけで、それもみるみる小さくなっている。

 私の定義では今期最後に除雪機は2月15日であったから、数日間遅くして2月20日から春になったと判断した。

 昨シーズンはあまりの雪の量で多数の農業用ビニールハウスが壊れ、農家は大変な苦労をしたというニュースが記憶に残っている。 修理の費用の工面ができず廃業を選んだ農家も少なくなかった様である。

 今シーズンの被害は、雪よりも寒冷による被害が続出した。私も秋田に来て50年になるが、今年の寒波はすさまじかった。私は水道管の凍結には神経質である。注意していたから水道管の凍結被害はなかったが、通院してくる患者の何人か、病院のスタッフの何人かの家では水道管破裂したらしい。

 私は、今季は雪がある道路を歩く際は靴底にスパイクアダプターを装着していたから転倒は2回で済んだ。いつもより少なく、外傷もなかった。

 3月に入って気温が上昇し、我が家の周辺でも積み上がっていた雪が急激に解けた。

 敷地内にある木々を見ると植物がもう芽吹き、膨らみ始めている。
 椿の花などはもう散って地面にぼとぼとと落ちている。



 [ 落ち椿 一つ選びて 戻りけり ] (國井勝雄)
   (木の下に花がぼとぼととたくさん落ちている。そんな椿の花の中から、
   心に適う花を一つ選んで戻ったのだろう。 水盤に浮かべるためか。
   いや、椿の 画をくためではなかろうか)。

 蕗のとうが開き、木蓮の花芽、紫陽花の葉芽が大きくなっている。



 広葉樹のほとんどは眠った状態で厳しい冬を過ごすが、来る春の準備に花や葉の芽はしっかりと準備されている。芽の形や付き方は各木々に特徴があり面白い。

 降雪のある冬季間、私は屋内で座学中心に過ごして来たが、膨らみ始めた木々の芽に誘われ、春を迎えるための諸準備のスイッチが入った。

 今週末からは、?冬の間に庭に落ちた枝葉の片付けと細断、?除雪機の整備と収納、?自転車の整備、?プリウスのタイヤ交換、?ダリア球根の保存状態のチェック、?リンゴ、モモなどの剪定、?熟成したコンポストの解放と堆肥化、?防寒靴からウオーキングシューズ履き替え、?防寒着から作業服への切り替え、などなどの作業から手をつけようとと思っている。


3/6(月)快晴 健康クリニックドック 家内分申告書提出 飯川病院
1:15飯川病院起床、新聞・文献チェック。その他蓄積データ整理。微睡。9:00-11:45健康クリニックドック15名+結果判定14名、12:00飯川病院、微睡、14:00-19:15勤務。入院患者対応。15:30許可得て外出、家内分申告提出。なかいちコーヒー、読書など。19:15帰宅・夕食、21:00就寝。Σ8432歩。

ランドセル考(3)  私自身のランドセルは10日間背負っただけで火災で消失
 1952年(昭和27)4月1日は私は小学校に入学した。
 ところが、4月10日、近隣の農家の籾殻焼の火が茅葺き屋根に燃え移り、強風下で11軒が全焼した。診療所関係の機器や大型の家財などのいくつかは持ち出せたが、生活用品などは殆ど失ってしまった。
 私の文机、文房具、新しいランドセル、筆箱なども全て消失した。0歳〜小学校まで(1945〜52)

 私のランドセルはズック生地による布製であった。
 ズックとはもともとは、粗い麻布を意味するdoekというオランダ語。やがて麻だけでなく、太い綿糸を平織りにした厚手の綿布も指すようになった。これらの厚布は、帆布、テント、カバン、靴などの素材として広く用いられた。「ズック」だけで布製の靴を指す。

 私のランドセルはズック生地であったが、貧しかった田舎の子供にとっては贅沢品であった。全28人の同級友のうち曲がりなりにもランドセルを使っていたのは5-6人しかいなかった。代わりに風呂敷を縫って袋状にした代用品が多かった。

 私は真新しいランドセルを持っていることがむしろ恥ずかしかった。なにしろ、小学校の隣が自宅であり、生垣の隙間をくぐれば校庭であった。だから、もともとランドセルなどは必要がなかった。私は火災後しばらく、多分卒業まで風呂敷あるいは布製のフクロを用いていた様に思うが、この辺についての記憶はもう曖昧である。

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 最近、6年間用いたランドセルを思い出の品として残してあげようという親が増えてきた様である。確かに、最近のランドセルは6年間用いてもそれほど劣化せず捨てるには忍びないように見える。
 ランドセルリメイク工房では注文を捌き切れないほどで、約1/4サイズにリメイクするのが人気で値段は様々、8000円-2万円程度らしい。もちろん財布とかにもリメイクできる。

 私にはランドセルを懐かしむ発想がないが、物を大切にするのはごくあたりまえと思っている。家内ほかからリタイヤした皮革製品のバック等が私に回ってくる。皮革製品は工作の素材として実に貴重である。細断してパーツとして用いるので捨てる場所などない。

 私は、自身で使い込んだ物品に大きな愛着を覚える方である。新しいものを珍重することはまずない。劣化すれば自分で修理する。修理すればするほど愛着がます。そんな古さが、私の心のどこかにある。私はそれを誇りに思う。

(2013年来愛用のディバッグ 布は擦り切れ、ほつれ、穴だらけで底も抜けてしまった。修理した箇所は十箇所以上 補強のために裏表から皮革のパッチを当てている 針金、接着剤、中型のホチキスで固定する)
ディバッグ論議(2) 背負ったディバッグに何度も助けられた



3/5(日)雲ひとつない快晴 家内分申告書作成 夕方2時間ほど当直位業務補助
 2:15飯川病院起床、データチェック。関連文献検討、本読みなどほかいつもの如く。入浴など。7:00朝検食、座学中心、データ処理、読書三昧。家内分申告書作成、印刷終了。明日提出予定。12:00回診にきた家内と共に帰宅。16:30再度飯川病院へ、当直医の補助金2時間、19:30帰宅。夕食、21:00就眠。Σ4526歩。

ランドセル考(2)  土屋鞄製造所の土屋國男氏のインタビュー放送を聞く
 ランドセルに徐々に興味を覚えつつあったが、先日、2月7日ラジオ深夜便のam4:00「明日へのことば」で「子どもの背中に寄り添い60年」と題した土屋鞄製造所の創業者土屋國男氏のインタビューが放送された。それを聞いて一層興味を覚えた。
 氏は厚労省の令和4年度「現代の名工」に「革ランドセル製造工」として選ばれた方である。

 氏によると製造所は二人で始めたが、景気低迷と少子化など紆余曲折あって厳しい経営を強いられたが、最近では同社の製品の価値が大きく評価され、現在は200人のスタッフを擁するようになったという。創業以来、現在まで作ったランドセルは90万個にも達した、という。

 ランドセル制作の氏のコンセプトを以下のように述べていた。
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?丈夫で安全で使いやすいこと。
?6年間の成長を通じて飽きのこない製品であること。
?身体が成長しても体にフィットする機能的デザインであること。
?優れたものを所持する喜びが感じられる製品であること。
?「ピカピカの一年生」だけでなく、艶消し製品なども選べる幅広い製品ラインナップ。
?6年間の品質保証でこの間の修理は無料。修理期間中は近似の製品が無償でレンタルされ継続的に利用できるシステム。
?などなど。
――――――――――――――――――――――――――――――――-

 氏によると、土屋鞄製造所のランドセルは150以上のパーツからなり、300を超える工程を経て作られる、と言う。材料選びは特に重要で、特に折れ曲がる部分には特に丈夫な皮革を用いるほか、力がかかる肩バンドなどには手縫いで補強を加えている。特に、角の部分はすり減りやすいから補強材も入れて特に入念に仕上げている、という。

 特に感心したのは、6年間使われた自社、他社の古い製品を全国から収集して構造や機能の問題点を解明し、改善に務め、常に新しい製品を生み出す努力をしている点であった。また、氏は創業者であるが、早々に経営面の責任を長男に譲り、自らは一介の職人として製品の改良に徹した点である。

 確かに同社のランドセルは高価である。
 氏の製作コンセプト、長期の補償と無償修理などのシステムを考えれば半ば当然の様に思える。

 この1月以降、ランドセルや、同社の皮革製品について学んだ。目から鱗であった。
 されど、特に祖父母は身の丈を超えた高額製品を与えるまでもなかろう。何もランドセルだけではない。孫たちを暖かく見守る眼差しにはそれ以上の値がある。


3/4(土)快晴 飯川病院日当直 外来レセプトチェック 
1:45起床、調子に乗らずグダグダ過ごす。4:00頃から調子戻る。疲労の手間か? 朝までは座学中心。8:30家内に同乗、飯川病院に。8:30から明日朝まで日当直。微睡、新聞チェック。12:00昼の検食、16:00-17;00外来レセプトチェック。18:00夕の検食、20:30就寝。Σ3359歩。部屋からはほとんど出ず、運動不足。微睡の時間も長かった。

ランドセル考(1) 孫のためのカタログが送られてきた
 我が家には5人の外孫がいる。
 家内が各孫が小学校入学時にお祝いにランドセルを贈っている。とは言っても、実物を見ながら選ぶ機会はなく、孫と親が仙台のショールームで選んで来る。製品は私の家に送られて、代金は家内が支払うという形である。私は今までは傍観していてあまり深く関与はしていなかった。

 私宛に1月下旬に 土屋鞄製造所という会社からランドセルのカタログが送られてきた。今年入学する孫はいないはずだ、なぜこの時期に??今回はそのカタログをじっくりみる機会があった。
 購入申し込みは3月1日からで、要するに来年入学児のためのカタログであった。納得。

 私は国内のランドセルメーカーのことはよく知らない。その中で土屋鞄製造所のカタログを見たのが初めてである。
 カタログも立派だが、ランドセルの値段ではびっくりした。7−20万円近くと驚くほど高価である。この価格差は、皮革か、人工皮革か、あるいはハイブリッドなのかによる所が大きいらしい。国内で丁寧な工程で製造すればどうしても高価になるらしい。

 今まで孫のため4け購入したことになるが全てこのメーカーらしい。どのレベルのを贈ったのか?私は知らない。まさか非常識に高額のではないだろうね。

 デパートなどでは2万円台からあるが、売れ筋は5-7万円、中にはその倍以上の品も売れるらしいが、入学児をもつ親や祖父母たちの負担は決して小さくない。
 小学校入学はその子の人生のステップとしてとても重要であり、良いものを購入したいという気持ちは理解できる。

 6年も用いるのだから丈夫なことが一番だろうと思う。
 当の子供たちはランドセルの選択はちょっとしたデザインとか色調だけでないのか?だから、あまり背伸びする必要はなかろう。ケチな私はそう感じていたが、最近ランドセルについて興味を持ってちょっと考えが変わった。

 我が家の三人の子供たちは昭和の時代であった。どうだったのか?
 娘は赤いのを、長男次男は黒いのを背負っていたと思うが、ほとんど当時の記憶はない。
 長女が用いていた赤のランドセルは6年経ってもしっかりしていたので私がもらって重量のある大工道具、電動工具入れとして今も現役で役立っている。
 

3/3(金)快晴温暖  桃の節句 大曲中通病院 飯川病院ボランティア 
1:45起床。文献・本読み、徒然他、データ処理。積雪1cm。6:00可燃ゴミ一袋提出。7:35Taxi駅、8:11こまち。大曲は往復タクシー、8:50大曲中通病院外来。患者中等度、電子カルテ処理も徐々に軌道に。秋田駅から徒歩。15:45長崎屋古書店経由飯川病院、ボランティア。10冊購入、微睡、新聞入力、読書中心。19:20帰宅、夕食、桃の節句で手巻き寿司。20:30就寝。歩数6617歩。

国際 ウクライナ問題(10) ロシアの侵攻1年(8) 「法の支配」で結集を
 今回のロシアのウクライナ侵攻に対してはっきりさせなければならないのは、侵略が成功する前例を残してはならないということである。違法行為を防ぎ、止める実効的な枠組みが欠かせない。

 その意味で国連の非力はきわだった。
 第2次大戦の戦勝5カ国が安全保障理事会で平和維持の責任を負う一方で、拒否権も持つ「大国一致の原則」を決めたが、その弊害が図らずも露呈した。大国一致の原則とは国際連合の安全保障理事会において、「米、露、英、仏、中」の5か国がすべて賛成していなければ、議案が否決される原則のこと。

 国連がどうしてこの様な異様な構造になったのか、私は不勉強でまだわからない。今後勉強してみる。

 日本の閣議の決定も「全閣僚の一致」が必要と考えられている。
 内閣法1条2項に「内閣は、行政権の行使について、全国民を代表する議員からなる国会に対し連帯して責任を負う」とある。だから、内閣は「全閣僚が一蓮托生で政治決定の責任を負っている」ため、その決定は全閣僚一致でないと、まずいことになる。こういう機構で「首相に決定権を与えない」システムになっている。

 日本の閣議でも全メンバーの意見が一致していることはあり得ないことであろうが、「閣僚の責任として、譲歩した上で責任を負う」、前向きの姿勢で努めを果たすということであろう。

 しかし、国連の安全保障理事会の議決は主として中ロの反対で議決できないことが多い。
 その反対の目的は決して建設的立場で前向きに行われるのではなく、妙な対立軸を表に出して、後向きに行われている様である。

 しかしながら、現代ではもはや特定の大国に紛争解決や平和維持を委ねる時代ではない。大国自体が問題を起しているし、今後もその傾向は続くだろう。
 だから、政治体制も統治理念も様々な国からなる国際社会が、全体として責任を持つ集団安全保障を模索すべき時である。

 その意味では現在機能低下状態にあると言え、国連の存在は無視できない。国際法なんてなんの役に立つ??国連なんて??と思うが、それでは何も進歩しない。

 国連が本来の機能を発揮できる様に改革して行って欲しいものである。「民主主義 vs 専制主義」といった対立軸にこだわってはかえって世界の分断を深める恐れがある。

 「法の支配」の元に国連加盟国が結集し、国際社会の一致した対応を促す。そんな国連のありように向け、日本などが改革を主導していくことを望む。


3/2(木)曇り小雨 飯川病院  
1:00飯川病院起床。文献など。そのまま病院で過ごす。新聞データなど大量に処理。スキャナークリーニング液届く、紙送り改善。読書など。14:00勤務。入院患者対応なし。15:30-16:15散歩、小雨で中断、わらび餅店経由帰院。家内は県石会館講演会、20:15帰宅、21:00就寝。歩数計6350歩。

国際 ウクライナ問題(9) ロシアの侵攻1年(7) 中国のロシア支援は厳しい結果をもたらす
 最近、中国の動きに気になる事項がある

(1)中国政府は「ウクライナ危機の政治解決に関する中国の立場」と題する和平案を発表した。
 核兵器や原子力発電所への攻撃に反対する内容も含まれる。しかし、和平に向けての具体案の提示はなかった。

(2) 2月1日から10日間、中国軍はロシア、南アフリカと合同軍事演習をした。
  3カ国の軍事演習は18年1月以来のこと。ウクライナ侵攻からちょうど1年の時期に中国軍がロシアとの軍事演習に応じたのは米国を牽制するため、と考えられる。

(3)王毅氏ロシア訪問、経済連携強調
 中国外交担当トップの王毅氏がロシアを訪問した。2024年の米大統領選を前に成果を挙げたいバイデン米政権の足元をみて、揺さぶりをかける作戦と思われる。

 王氏は訪口で中口の経済連携の強化をアピールした。22年の中ロ貿易額は1903億ドル(約2兆円)と21年比3割増え、2年連続で最高を更新した。欧米による経済制裁で割安になったロシア産原油の調達を増やし、経済が疲弊するロシアへの協力姿勢を示した。

 24年秋の米大統領選が迫り、バイデン大統領はロシアのウクライナ侵攻への実績を求められる。中国がロシアと近づく構えをみせれば、米国は中国を取り込もうと譲歩せざるを得ず、米中関係で有利になるとの読みがある。

(4)バイデン政権は「中国のロシアへの武器提供の可能性に懸念を示した」。
 これに対し、王毅氏はミュンヘンで会ったブリンケン米国務長官に中ロ関係に対する米国の口出しや脅迫、圧力を一切「受け入れない」と突っぱねた。

(5)習指導部がロシアと「一枚岩」とみられるのは避けたい様だ。
 ベラルーシの大統領との会談で習氏は、欧米の対露経済政策を「世界経済の政治問題化」好ましくないと改めて批判した。
 また、ロシア外務省はプーチン大統領が習氏の今年春の訪口を要請していると発表したが、中国側は沈黙している。


 これらの中で中国のロシアへの武器提供の可能性の問題は極めて重要である。
 欧米のウクライナ支援は容認できないロシアの暴挙に対する、「正義」を守るための支援である。中国のロシア支援があるとすればロシアと同じ立場になるばかりでなく、問題を限りなく複雑化する。

3/1(水)曇り暖 午後飯川病院+当直
1:15起床。文献など処理。午前中は座学中心、一階のトイレの流れが悪くなって対応。データ整理など。11:50バス飯川病院、ハードディスクバックアップ。午後ボランティア+午後勤務、患者対応なし。17:00当直、18:00検食、20:50就眠。Σ3791歩。

国際 ウクライナ問題(9) ロシアの侵攻1年(7) ロシアは全てを失う
(3)従来の正義、現在の正義 
 「正義」の実現を願う声は、パワーがモノを言う国際社会の現実の前に、しばしばかき消されてきた。「正義」は確かに、建前にとどまりがちだ。「正義」を主張してもなんら実質的果実が得られない。

 戦争の非道は、弱き者により重くのしかかる。「いのち」を奪われた子供、家族や住み家を失った子供たちがいる。少なくとも6.000人の子供たちがロシアの手で「再教育=洗脳」のため連れ去られた。そんな報告もある。
 一方、この度のロシアのウクライナ侵攻では、ロシアの一方的なゴリ押しで始まったから、ウクライナ国民の思いが世界の世論に共有され、欧米では政府に行動を促す力ともなっている。

 今回の侵攻では国際的組織の国連の機能の問題点が明らかになった。しかし、国連の動きはロシア、中国が拒否権を行使してまとまらないが、内容的には確実に前向きに変化しているように見える。正義に対する考え方に変化が見られている。

(4)ロシアが失った未来 
 数日で首都を攻略するというロシアの目論見は早々に外れた。ウクライナをロシアのいいなりにする狙いも、完全に裏目に出た。

 ウクライナ人の心には、「幼子を含む大勢が殺された。ロシアを許せない・・・」、ロシアへの憎悪が深く刻まれた。この侵攻がどういう形で終焉するかはまだわからないが、この憎悪は数百年に渡って幾世代も続くであろう。
 しかも、ウクライナ人だけではない。全世界の識者たちからロシアはそっぽを向けられることになるだろう。

 ロシア軍の死傷者は最大で20万にのぼるという。多くの前途ある若者の「いのち」とともに、国際秩序に責任を負う大国としてのロシアの威信と信用も失った。プーチン個人の偏見によってロシアは未来を失った。

 戦争の被害者はウクライナだけではない。食料やエネルギーの高騰など、影響は全世界に広がる。ここでも犠牲となるのは貧しい発展途上国、貧困層などの社会的弱者である。

 それでもプーチン氏は年次教書演説で「祖国防衛」の戦いを続けると強弁した。もともとロシアは国際的には条約すらも守らない、信頼度の低い国であったが、プーチンは長年にわたって地道に取り戻しつつあったロシア国民の未来をも失った。

 ロシア国民が気の毒である。

(5)世界の対ロシア不信は様々
 まず、戦争が1年前に突如始まったわけではない。
 ロシアは2014年にウクライナ領土であるクリミア半島を占領して自国領だと宣言。さらに軍事介入してウクライナ東部に政府支配が及ばない領域を作り出した。欧米は東部での停戦を仲介する一方、明白な主権侵害であるクリミア占領には事実上目をつむった、という過去がある。

 世界が決してロシア批判で一枚岩となっていない現実も、直視する必要がある。新興・途上国で今回の新興の影響を厳しく受けながら距離を置いて静観する国々が目立つ。

 先進国が振りかざす「正義」、「自国優先」の二重基準が、冷ややかな視線を浴びている事実に真摯に向き合う必要がある。


2/28(火)晴れ春めく 中通病院外来 飯川病院ボランティア 
1:45起床、文献関連など。6:00可燃ゴミ2袋出し。6:40バス飯川病院、8:45-12:00中通病院外来。予約患者も少ななかった。自分分の申告書提出。飯川病院へ移動微睡、14:00-19:15ボランティア、入院患者対応なし。15:00-16:00許可を得て歩行、19:30帰宅、夕食、20:20就寝。Σ11060歩。久々1万越え。

国際 ウクライナ問題(7) ロシアの侵攻1年(5) 正義、倫理観が通用しない専制国家ロシア

 「平和」は誰もが希求する。民主的政治もそうだ。まして戦乱の地であれば、その思いはひときわ強いに違いない。
 しかし、これは日本にいるからの第三者的論理なのではないか。

 国際社会を見ていると、平和の希求、正義感、戦争による犠牲、指導者たちの倫理観、人道性など、日本に居て期待するような事項は国際社会では通用しない様に思える。だから、侵攻問題は日本の地で軽々に語るべきではない。

 それでも、私は1日も早く平和が戻ってほしい、と思う。

 (1)プーチン大統領の非人道性
 ウクライナ侵攻1年を前にプーチンは年次教書演説を行い、今回の侵攻は西側が始めたもの、ロシアはこれに対抗している、などと信じ難い論旨で国民に「祖国防衛」を呼びかけ、ウクライナ侵攻の責任を欧米になすりつけた。

 「戦争を始めたのは彼らだ」、 「西側は18世紀から、今ではウクライナと呼ばれ歴史的な領土を我々から引きはがそうとしてきた」。プーチン氏は演説でそう訴え、ウクライナ侵攻の責任を何度も欧米になすりつけた。

 プーチン氏はウクライナ政府を一方的に「ネオナチ」と糾弾。「彼らを前に我が国の存続がかかっている」とまで主張した。

 プーチン氏は昨年来、欧米の脅威をあおり、自ら始めた侵攻を正当化し続けてきた。
 昨年2月24日の侵攻開始時の演説では、ウクライナを「非ナチ化して、非軍事化をしなければならない」 を侵攻の目的に掲げ、短期間でゼレンスキー政権を転覆させ、 ウクライナに自らの意思に従うロシアの傀儡政権を打ち立てる計画だったとされる。

 だが、侵攻によってゼレンスキー政権に対する世界の支持と支援が高まった。
 追い込まれたプーチンは、国民の支持をつなぐ必要に迫られている。そのために侵攻した側のロシアが、欧米諸国から集団的な攻撃を受けているかのような構図を描き出した。これが、国内で発揚するのだから恐ろしい国である。

 (2)ウクライナの世論調査 「平和」より「正義」の希求
 昨年11月にウクライナで実施された世論調査では、ロシア軍による占領が続く状態での停戦を求めた人は、わずか1%だった。停戦の条件として、93%が「クリミア半島を含むウクライナ全土からのロシア軍撤退」を挙げた。

 多くのウクライナ国民は、現在の状況では平和を得るよりも、戦う道を選ぶ。つまり一般的「平和」希求とは異なる価値観を有している。その価値観の中心は「正義」なのではないだろうか。

 なぜロシアから攻撃されるのか。あまりに理不尽ではないか。このような市民の怒りが、「いのち」を賭しても「正義」を望む意識に結びついているのだろう。

 ウクライナの弁護士たちはロシア軍が占領期に手を染めた戦争犯罪行為に対する訴追活動を、ボランティアで続けている。国際司法裁判所(ICC)には被害者救済制度が設けられており、損害賠償への道も開けるという。この動きの効果は不明瞭であるが、ロシアを糾弾することにも結びつく大事な活動である。


 2/27(月)快晴温暖  健康クリニックドック 飯川病院  
1:00起床。文献チェック。徒然など。読書。6:40バス飯川病院、歩道もほぼ消雪。9:00-11:50健康クリニックドック15名、結果判定14名、意外と時間がかかった。12:00飯川病院。微睡、14:00-19:00勤務。入院患者対応。確定申告関連作業、iMac21利用して自分の分は印刷も終了、明日提出予定。家内分医療費問い合わせなど。データ入力と整理、家内はWeb学習会認知症。20:00帰宅、夕食、21:30就寝。Σ5300歩。

国際 ウクライナ問題(6) ロシアの侵攻1年(4) 世界はどう行動しているか(2)
 第2次大戦後、米国が秩序形成を先導し、なんとか均衡を維持してきた「ポスト冷戦時代」は、ロシアのウクライナ侵攻で終焉した。

 その結果、「米欧と日本を中心とする民主主義陣営」と「中ロを核にする専制主義陣営」の対決が、 世界情勢の基調になった。

 以下の図は両陣営の分布を世界地図上にプロットしたものであるが、国名を挙げられて説明されても分かり難いが、画像化すると分かりやすい。
 世界はこの図の如く分断されている。EU諸国、チベット、日本、オセアニア地区はその接点にあり、緊張が高まっている。また、日本から見て理解し難い、NATOにおける米国の重要性はこの地図を見ることで理解できる。

(スエーデン調査機関「V-Dem研究所」の解析による「民主主義陣営」と「専制主義陣営」の概要 秋田魁新聞より引用)

 「帝国主義的な野心」を抱くプーチン大統領の侵攻は、国家の主権や領土の一体性との保全といった国連憲章の原則を無視した暴挙であり、国際的秩序を根底から覆した。 

 米中対立も相まって大国間競争が激化している。戦後秩序の中核に位置した国連安全保障理事会の常任理事国」はロシアによる 「憲章違反」(欧米首脳) という暴挙で機能は一層低下した。その影響は計り知れない。

 「ロシアの侵攻で全ての民主主義国家が試練にさらされた」。バイデンはキーウ訪問後、ポーランドでの演説でこう訴え、一層の結束を訴えた。
 しかしながら、民主主義陣営の多国間協調の在り方も再考を迫られている。
 バイデン氏は大統領就任前から「プーチン政権は最大の脅威とみる欧米の民主主義を攻撃する」(2017年の米外交誌への寄稿)と警戒していた。2年後の就任時以降、トランプ前政権で揺らいだ民主主義の再興を急いだ所以である。

 民主主義国家の連携はウクライナへの強力な軍事支援につながったが、21年12月に開催した「民主主義サミット」では「二者択一を嫌う途上国からは敬遠された」(東南アジア外交筋)との声もあり、バイデンのもくろみ通りに進んでいるわけではない。

 中国は米国の予測を上回るスピードで核弾頭数の増強など軍拡を進める。 バイデン政権は意思疎通を通じた衝突回避を図るが、中国の偵察気球を米上空で撃墜した問題もあり緊張は緩和されていない。

 対ロシア、対中国と二正面作戦を迫られる米国は、かつての冷戦期よりはるかに難しい立場に立たされている。


2/26(日)寒波再来 小雪 申告家内分作成開始
1:50起床、本読み。データ整理。午前家内分申告開始。医療費は問い合わせることに。日曜討論、新聞文献チェック、微睡、読書など。12:00検食、大阪マラソンのためにNHK「のど自慢」なし。午後も読書中心、急に春めいてきた。19:00夕食、20:30就寝。Σ3010歩。

国際 ウクライナ問題(5) ロシアの侵攻1年(3) 世界はどう行動しているか
 独立国の主権を武力で踏みにじるのは国際社会の秩序をないがしろにする暴挙であり、断じて容認できない、と私などは単純に思うのだが、国際社会ではその様に考えない国民や指導者が多いらしい。

 プーチン大統領は2022年2月21日にウクライナ東部独立を一方的に承認し、住民保護を名目に派兵を命令。2月24日、ロシア軍がウクライナへの軍事侵攻を開始した。

 これは暴挙であり、侵略は重大な代償が伴うことを国際社会が一致して示すことには意義がある。米国と欧州諸国、日本などは経済制裁を発動した。

 北大西洋条約機構(NATO)が冷戦終結後、東方への拡大を続けてきたことにプーチン氏は反発。米欧寄りのウクライナが将来的にNATOに加盟すれば、安全保障上の重大な脅威になると主張していた。ウクライナには独立国家として自らの安全保障政策について決める権利があり、ロシアの要求には無理がある。

 プーチン氏はロシアとウクライナは「一つの民族」と主張する。そうは言っても、ロシアが過去にソ連邦の一員であった近隣の独立国を「属国」の様に扱うのは時代錯誤である。

 国際社会の側も外交による解決の道を閉ざしてはならない。多くの国がロシアに対する厳しい制裁を通じて毅然たる態度を示し、粘り強い外交努力を継続することを期待したい・・・のであるが、国際状況はそう単純ではない。ようだ。

 2年目に入り込んだウクライナへの侵攻は国際政治・経済・社会の各分野に大きな影響を及ぼしている。国際経済的側面から見てもエネルギー・食糧危機が高まっており、世界的供給網もまた揺れ動いている。

 国際規範や価値観の代わりに自国の経済的利益を優先視してEU側とロシアの間で「日和見的静観国」として行動する国が大きく増えたという点が注目される。

 英シンクタンクの王立国際問題研究所が2月21日に発表した「戦争1年報告書」で、以下の如くボベている。
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アジアではウクライナを擁護するのは韓国と日本、シンガポールなど少数。
インド、パキスタン、イラン、インドネシア、南アフリカなどは自国の利害関係により行動している。ここでは国際規範や、自由・人権・民主主義のような理念のは軽視されている。
イランはロシアにドローンを輸出し、代わりに自国のヒジャブデモ無力化に必要な監視装備を導入した。
インドはアジア太平洋戦略では米国など西側諸国と肩を並べながらも値段が安いロシア産石油輸入を持続するなど経済的利益も手放していない。
アフリカと中南米、中東など、開発途上国の「日和見的静観国」も注目される。
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 拒否権を持っているロシアと中国の反対で国連安全保障理事会の機能が事実上麻痺した状況であるが、国連総会は昨年3月に2回、4月、10月の4回にわたり対ロシア決議を採択した。
 これに対し上記の途上国地域を中心に45-48カ国が棄権または欠席した。特に昨年4月の対ロシア人権決議案には反対24カ国、棄権58カ国、欠席18カ国と193カ国の加盟国のうち100カ国が否定的・留保的反応を見せた。

 「日和見的静観」を決め込んでいる国を味方に引き込むための民主主義陣営とロシア・中国など権威主義陣営間の、表に出難い戦いも一層激しくなる見通しだ。

 この様に、国際社会では「国際的規範、正義や道義」が通用し難い状況に陥っているが、それらの国の国民や指導者たちの考えを直接確かめる術がないのが残念である。


2/25(土)曇り小雪 申告本人分作成
 1:00起床。早朝午前は新聞、文献、徒然など、微睡、申告書作成開始、ゆったり進める。午後も微睡後同様の作業。夕方一応終了。19:00夕食、のど自慢チャンピオン大会観る。見事な歌唱、優劣なし。20:15就寝。歩数Σ3728歩のみ。玄関から一歩も出ず。

国際 ウクライナ問題(4) ロシアの侵攻1年(2)
 侵攻1年を前に米ロ両国の大統領が演説を行った。

(1)ロシアのプーチン大統領は戦争を始めたのは米欧の側だと強弁し、侵攻を正当化。「ロシアに勝つことはできない」と述べた。

 だが、独立国であるウクライナに一方的に侵攻し、国際法を踏みにじったのがロシアであることは明白な事実。プーチン氏の発言に道理はない。

 当初はウクライナの首都キーウ周辺まで軍を進めたが、予想を上回る反撃に遭って後退。主な狙いだった東部ドンバス地域の全面制圧も果たせないまま、戦闘は泥沼化している。ロシア軍は万単位の死者が出ていると推定される。

 さらなる犠牲の増加にロシア国民が理解を示すかは不透明。国民に情報が浸透しているとは思えない。ロシアは戦闘を長引かせ人命を失う愚に気付き、直ちに撤退を決断すべきだ。

 プーチン大統領は21日にモスクワで100分間にわたり演説をし、米ロ間の新戦略兵器削減条約(新START)中断を宣言した。これまでも核使用を示唆する発言を繰り返しており、今回の条約不履行も到底容認できない。

 22日の祖国防衛の日の記念演説で3大核戦力、すなわち戦略爆撃機と大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの保持を強調した。現在ロシアは兵力と兵器を増強し新たな攻勢を予告している。

 (2)米国のバイデン大統領はキーウを電撃訪問し、開戦以来初めてウクライナの首都キーウを訪問してゼレンスキー大統領と会談した。ウクライナを支え続ける決意を表明した。その後、ワルシャワで演説し「決してロシアの勝利にはならない」と断言。米欧各国の結束を誇示した。ひとつの国が侵略を受ければ集団で対応するNATO憲章第5条も繰り返し強調した。

 (3)北大西洋条約機構(NATO)加盟の各国はドイツ製戦車の供与などを決めた。ロシア軍による一般市民の虐殺など戦争犯罪が明らかになっている中、各国の団結は評価されよう。

 (4)日米欧はロシア産原油の禁輸や資産凍結、金融取引からの排除などの経済制裁を続けている。
 しかし、中国など制裁に加わらない国への原油輸出などが堅調で、制裁の効果は限定的なものに留まっている。日米欧はこれまで以上に結束し、制裁を強化してロシアの戦闘継続能力を奪うことが求められる。

 (5)日本は今年のG7議長国であり、2年間は国連安全保障理事会の非常任理事国。いかに困難であっても、外交を通じ平和を回復する努力を放棄してはならない。日本には平和外交で主導的な力を発揮することが期待される。

 (6)中国の王毅共産党中央政治局委員は22日にモスクワでプーチン大統領と会い協力を確認した。これから中国がどう動くか、ウクライナ侵攻に大きな変化をきたしうる重大事項である。中露は協力関係にあるが、ロシアの暴挙に対して冷静な判断が求められる。中国による武器供与が行われれば侵攻は一層泥沼化する。

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 このように侵攻1年を迎え米中ロの首脳クラスの要人の注目すべき動きが続いた。国際社会では自由民主主義陣営と権威主義陣営間の「代理戦争」の様相が鮮明になりつつある。


2/24(金)曇り小雪寒波ゆるむ 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:10起床。文献・データ整理、読書。5:30可燃ゴミ廃棄は準備のみ。7:30Taxi駅に、8:11こまち、8:55大曲中通病院外来。病院駅間は歩行難往復Taxi。長崎や古書店経由15:45飯川病院ボランティア、新聞記事チェック、入力ほか。微睡。患者の急変あり、20:00帰宅、夕食、21:15就寝。歩数Σ7490歩。ウクライナ侵攻1年。

国際 ウクライナ問題(3) ロシアのウクライナ侵攻1年(1)
 ロシアによるウクライナ侵攻が始まって今日で1年経過した。

 この間、よくわからない部分もあるが、戦闘はウクライナ側の強力な応戦で膠着状態にあるようだが、ウクライナの一般市民を含む多くの生命、ロシア兵の生命が失われた。プーチンは当初、経験の乏しいゼレンスキー大統領の能力を見誤り、数日で陥落させることができると考えたようだが、これは誤算であった。

 戦闘はNATO側からの武器供与を背景に、ロシア vs NATO の戦いの様相を帯びた。いまだ戦闘終結の見通しは立っていない。いや、プーチン vs NATOというべきかもしれない。

 旧ソ連時代から周辺諸国に少なくない影響を及ぼしてきた巨大国ロシアに対する不信感が背景となって結成されたNATOの位置付けが確個たるものとなった、とも分析される。同時に、西側勢力を牽引してきた米国の世界的リーダーシップもまた挑戦を受けている。
 欧州とNATOの「対ロシア恐怖症」の拡散も西側諸国がNATOを中心にひとつになる要因として作用している。長く中立基調を維持してきたスウェーデンとフィンランドがNATO加盟を申請したのが象徴的だ。

 一刻も早くロシア側が撤退し、ウクライナに平和が戻ることを願う。
 今回の如く、武力による一方的な現状変更を許すことは、ウクライナばかりでなく世界全体の平和の維持に影を落とす。
 さらに、今回の侵攻は二国間の戦闘問題でなく、経済・食糧・エネルギー流通に全世界的に深刻な問題を醸し出している。

 国際社会、日本も含め、改めて結束を確認し、ウクライナへの支援を強化すべきだ。同時に事態打開に向け、粘り強い外交努力を続けることが求められる。

 ロシアのウクライナ侵攻から1年を迎えた国際社会が以前とは全く変わった局面と向き合っている。
 国連は23日に緊急特別総会を開き、ウクライナを侵攻したロシアの無条件かつ即時の軍撤収を要求する「ウクライナ平和と原則関連決議案」を通過させた。
 決議案は賛成141票、反対7票、棄権32票で可決され、国際的に孤立したロシアの現実をそのまま見せた。韓国も米国と欧州連合(EU)などが中心となって推進した決議案に共同提案国として参加し賛成票を投じた。反対国はロシア、ベラルーシ、北朝鮮、シリア、ニカラグア、エリトリア、マリだけであった。

 今回のロシアの暴挙に対して国際機関である国連の機能不全が明らかになったが、上記の経過を見る限り、国際社会は新しい局面を迎えつつあるように見える。


2/23(木)天皇誕生日 寒気若干緩む曇り晴  
1:00飯川病院起床。文献・データ整理、読書。微睡挟みつつ座学継続。新聞チェック、入力、12:00迎えあり帰宅。13:30微睡、申告資料集め。読書、そのほか。文献データ整理多数。19:00夕食。20:30就寝。Σ6472歩。

こころと体2023(5)  睡眠 眠らなければどうなる??(2)

 私の場合、睡眠不足の翌日、体調が本調子でなかった。 体熱感があり、終日ボーッとしていることもあった。それでも睡眠を削って生きてきた。

 もっとも寝不足の時に顕著に現れるのは、注意力の低下である。それは運転中にはっきりわかる形で表れ、寝不足での運転は酒気帯び運転と同等に危険であることを自覚していた。
 私はアルコール飲料は好きだが、酔うことは嫌い。眠くなる。判断力は落ちる。起きた後も身体的に倦怠感を中心に不快な気持ちが残る。 だから、飲まない。飲んだ場合には一切運転しなかった。運転免許を返上した今、気が楽になった。
 
 また、睡眠不足は冷静な判断力も鈍らせる。
 ときに警察の過酷な取り調べが冤罪を生んでしまうことがある。取り調べ中に、眠りを奪われると判断力を失い、眠りの代償にどんなことでも話すようになる。ある種の宗教的儀式の洗脳時にも利用される。

 残酷な拷問方法が約100種類も記録されている。
 その多くは心身に重大なダメージを及ぼす方法であるが、中国では尋問するために、断眠法がよく使用されている、と言われる。

 断眠法は最も残酷な拷問の1つと世界的に認識されている。被害者の体に拷問の痕を残さず、意志をくじくのに役立つため、広く使用されている。強制的に座位か立位にし、強い照明を常時被害者に当て、眠らないように怒鳴ったり、物を叩いたりして眠らせない。被疑者は数日で錯乱状態になり、強度の神経衰弱症状を発症する。善悪の判断力を失ってしまう。
 冤罪から無罪を勝ち取った元受刑者の手記を読むと、取調べ中の不眠はに抵抗できなかった、と評している。

 私は睡眠の軽視していた。
 大学受験の頃、現役の多忙であった時期には、眠らずにいることができるのであれば、あるいは1−3時間で済むのであればいいのに、夢のようなことを考えていた。

 睡眠は高等脊椎動物では普遍的にみられる現象である。種によっては睡眠形態に違いがあるが、睡眠を欠いて存在しうる哺乳類はいない。これは生物とその生存のバランスを保っていく上で重要な因子である。

 睡眠中、動物は外敵に対してまったくの無防備になる。もし、睡眠をとる必要のない動物が突然変異で発生していたら、生存競争のなかで圧倒的に有利のはずで、生物界を圧巻していてもおかしくはなかった。幸か不幸か、実際そのような生物は知られていない。

 水中の哺乳類、長時間を飛行する渡り鳥でさえも、睡眠の呪縛から逃れることはできない。水中で、あるいは飛行中に睡眠に陥ることは命にかかわる。 彼らは、特殊な環境で眠るために睡眠を進化させた。

 このことからだけでも、高等動物にとって睡眠はどうしても省くことのできない必須の機能であることがわかる。

 「惰眠をむさぼる」ことができるヒトはいかに幸せな生物であるか、私はこの歳になって初めてこの心境に至った。
 もう、睡眠を削って生きる、という発想はそっくり捨ててしまった。


2/22(水)晴れ時に小雪 寒波緩む 午後飯川病院勤務 飯川病院当直 ネコの日
1:00起床。文献・昨日分新聞チェック。座学一般。12:12バス飯川病院、家内の迎えあり、自炊データ整理、新聞チェック、入力、読書多数。自炊準備数冊。外来患者対応、17:00当直に就く、18:00検食、20:30就眠。Σ4005歩。当直。

こころと体2023(4)  睡眠 眠らなければどうなる??(1)
 無理して睡眠時間を削って仕事をつづけていると心身の機能が低下し、睡眠で、疲労感が消滅し、作業効率が回復する。そのため時間は惜しいが寝ざるを得ない、と思っていた。せめて3-4時間熟睡してすっきりできる方法があったら求めたかった。

 私の場合、睡眠不足が続くと自律神経系の乱れが生じていることがはっきりわかった。不機嫌、イラつき、意欲低下、めまい、ふらつき、頭痛などが生じた。時には真っ直ぐ歩行できずロッカーの角などに肩を頻回にぶつけた。血圧上昇、不整脈を自覚した。不整脈が高じて、発作性心房細動から慢性心房細動に固定したのは2010年の頃であった。

 寝不足状態で最も危険だったのは車の運転であった。
 通勤の帰路、赤信号で不覚にも寝込んで窓ガラスを叩かれて起こされたことが3度あった。東京出張時には秋田空港までの運転が恐怖で、県医師会の公用車あるいはリムジンバスを用いて危険を回避した。

 私どもは、もし眠らないとどうなるか
 もし眠らないと生き物はどうなるのだろうか。
  文献から事例を集めてみた。
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 最も古い動物実験報告に、19世紀にロシアの科学者M・M・マナセーナの実験がある。イヌを運動させて起こし続けたところ、96-120時間で死んだ、という。

 脳波で睡眠を感知すると直ちに覚醒させる装置を用いてラットで断眠を行うと、およそ3週間で死んだ、という。

 1964年に断眠マラソン大会で11日間起きていた米国の高校生。 しかし、その間も覚醒の質が明らかに低下していた。

 一日半の断眠実験で、目を開けているのに脳波はまどろんでいる状態と同じになってしまった、という。つまり、目を開けたまま眠っている状態が生じた。

 ディスクジョッキーのP・トリップは1959年に小児麻痺救済の募金集めのために200時間一睡もしない不眠マラソンに挑戦した。3日目になると、彼は幻覚や妄想をきたし、意味不明なことを話すようになった。ゴールに近づくにつれて妄想や幻覚は顕著に、ある種の精神疾患に近い状態になった。

 極度の睡眠不足におちいったヒトには、数秒、あるいはもっと短い一瞬の間だけ眠りにおちいるマイクロスリープが現れる。私は運転中に何度か経験している。これによって何度か事故を免れた。思い出しても恐ろしい経験である。

 睡眠不足に関する実験では、睡眠時間を半分にしただけで血圧上昇がみられたり、4時間睡眠で6日間過ごすと血糖値のコントロールが乱れた。

 睡眠時間を短縮すると食欲ホルモンが増加して、食欲が増進する。
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 睡眠不足の翌日、終日本調子でなく、睡眠をとることのみで解消した。私にとって日常的であった。


2/21(火)寒波再来 小雪雲り 中通外来 飯川病院ボランティア
1:20起床。文献など読み、データ整理、5:20可燃ゴミ提出。作業・歩行にヘッドランプまだ必要。6:40バス飯川病院、バス待ち昨日よりは楽。8:35-12:40中通外来。14:00飯川病院ボランティア、微睡。読書、19:15帰宅、夕食、21:00就眠。歩数計:Σ7766歩。

こころと体2023(3)  睡眠 なんで眠るのか 眠気を解消するために??
 私はかつては睡眠を軽視し、「 限られた人生なのだから、その貴重な人生のうち3分の1にあたる睡眠時間は勿体無い」と考えていた。どうして人は眠らなければならないのか??私は疑問に思っていた。

 その疑問は高校/大学生の時に思いついたことで、自分なりに工夫して睡眠時間を短くしようと工夫していたのであるが、その多くは精神論的な、「頑張りの維持」に立脚した不確かなものであった。しかし、その頃はそれによって時間を確保できた。しかも、自分の時間はほぼ自分で自由に過ごすことができた。いわば極楽のようなものだった。

 社会に出てからは私は多忙な状況に身を置いてしまった。
 睡眠時間の設定は自発的なものではなく、その日の仕事上のデューティなどの外的要因によって決まっていった。それが20-60代後半まで続いた。いわば、自由に眠ることもできないがんじがらめの日々であった。

 特に中通総合病院の管理者として過ごした時期は県医師会の副会長でもあったために自由時間の殆どない、苦しい時期であった。その間のスケジュール票を見直すと、よく乗り切ったものだ、と評価する一方、やることなすことが中途半端に終わった感がどうしても否めない。だから、思い出すのも辛い。

 「燃え尽き症候群」と言う言葉は有名である。「それまで意欲を高く保っていた人が、身辺の状況が変わったことなどを機会に突然やる気を失ってしまう鬱に近い状態」のことであるが、私の場合はこれとは違う発想で積極的に「準引きこもり状態」に身を置いて時間を確保し、有効に、自分のために用いることとした。やっと自分を取り戻した。

 その過程で、睡眠の重要性に気づき、睡眠について学習をし始めたのはここ3-4年のことである。 睡眠の持つ不思議な生理機能に驚きながら、睡眠についての学習をつつづけ、睡眠に魅力を感じ、結果として睡眠を大切にするようになった。

 ヒトはなぜ眠るのか
 確かに、無理して眠らずに仕事をつづけていると心身の機能が低下し、睡眠をとることによって、疲労感が消滅し、作業効率が回復する。だから寝るのだ、と思っていた。

 そもそも、どうして眠らないとならないのか??
 その高校生、大学生の頃に抱いた疑問に対してつい先日までの到達点は「眠らないでいると眠気が襲ってくる。眠気を無くするには寝るしかない」ということであった。70年も生きていて、毎日寝ているのに睡眠の意義をこの程度にしか考えてこなかった。これではなんら進歩していない。

 睡眠の医学的意義、整理的意義は知れば知るほど不思議な、興味深い世界である。

 2/20(月) やや寒い曇り夕方から小雪 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:00起床。文書整理、徒然他。いつもの如く。降雪はそれほどないが、寒波再来。6:40バス飯川病院へ。バス待ちはやや辛い。新聞チェックなど。9:00-11:30健康クリニックドック14名。結果判定12名。11:45飯川病院。微睡、新聞入力、本読みほか、14:00-19:00勤務、入院患者対応、19:20帰宅、夕食、20:30就眠。歩数計:Σ6730歩。

こころと体2023(2) 睡眠 現役時代は寝不足人生
 社会に出てからの生活と睡眠
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 宮古病院時代(20代)
 1971年から三陸の県立病院で2年間の勤務したが、一年目はほとんど病院の仮眠室で過ごし、当直医等から声がかかると昼夜問わず手伝った。実に不規則な、不健康な生活であったが、得るものは大きく、睡眠不足を意識したことはなかった。

 秋田大学の頃(30代)
 卒後3年目の1973年春から秋田大学の内科に属した。娘も生まれ共稼ぎであり、19時頃一旦帰宅、夕食をとり、娘を寝かし、21時頃-2時頃まで再度大学で過ごした。血液内科の独立準備等で多忙であった。当初は無給に近く、休日はアルバイトで県内の病院を回っていた。その後、家内の叔母にあたる石井さん親子と同居して家事の多くから解放され一息ついた。
 大学では年と共に、診療、教育、研究に追い立てられ心が休まることはなかった。自己評価では、特に大きな成果を残せなかった。

 中通総合病院の頃(40-60代後半)
 1965年、中通総合病院に赴任、時とともに、立場が上になるとともに院内業務多忙となった。加えて、特に市、県医師会役員を兼ねたことからはam2:00頃から自宅で業務処理、5:00過ぎ出勤で入院患者対応など行なう必要があった。常に寝不足状態、体調も安定しなかった。
 その原因の大部分は私が協調性が乏しく、業務をスタッフたちに振り分けることが出来図ず、自分でかなりを抱え込んだところにあった。自業自得でもあった。

 中通総合病院嘱託医の現在(70代)
 2011年6月嘱託医となり徐々に業務軽減され、やっと自分を取り戻した。読書中心に時間を費やしている。ともすれば興に乗って寝不足状態になる。
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 私はつい70歳近くまで業務をこなすために睡眠を削らざるを得なかったが、時間を有意義に使っている、そのため業務を広くこなしていたという満足感()に似た感覚もあった。馬鹿だったね。しかし、後悔はしていない。自分の人生を自分で否定したくない。

 睡眠不足が蓄積していくと自律神経系の乱れが生じていることがはっきりわかった。不機嫌、イラつき、意欲の低下、めまい、ふらつきが生じてきた。時には真っ直ぐ歩行できずロッカーの角などに肩を頻回にぶつけた。

 交感神経が緊張すると、血圧や心拍数が上がる。 必要以上の興奮状態は、心臓に大きな負担をかけることになる。
 私が高血圧、不整脈を自覚し、心房細動に罹患したのは2010年の頃であった。睡眠不足が誘因の一つだった、と思う。
 睡眠不足が、うつ病、糖尿病とも深い関係があることも疫学的には証明されている。

 私は睡眠不足に苛まれながら、「睡眠」に関してあまりにも無関心だったのではなかろうか。 睡眠は単なる「休息」の時間と勝手にかたづけていた。 確かに睡眠は休息の時間でもあるが、それは睡眠がもっている機能のごく一部にすぎなかったのだ。

 実は睡眠は脳が積極的に生みだす自己防衛手段であり、身体と脳のメンテナンスに必須の機能であることを知った。目から鱗である。


2/19(日)比較的温暖終日小雨
1:30起床、早朝は文献関連。データ整理。昼近くまで蓄積データ整理、読書。のど自慢、新聞切り取り。微睡後申告準備のための資料収集。自炊図書再分類開始。19:00夕食、21:00就眠。Σ3680歩。玄関から出ず運動不足。

こころと体2023(1) 睡眠 つい最近まで睡眠の意義を誤解し軽視していた
 私はかつては睡眠を軽視していた。

 つい10年ほど前まで、すなわち、ほぼ70歳に近くなるまででである。それまでは、眠りの意義についてロクに考えもせずかなりおろそかに考えていた。

 「 限られた人生なのだから、その貴重な人生のうち3分の1にあたる睡眠時間は勿体無い」と考えていた。睡眠の意義を無視し、睡眠時間を犠牲にしてでもほかのことをしたほうが自分にとって有意義だと固く思っていた。

 しかし、高齢になり、社会的立場も変わった。体調も変わってきたし、物事に関する考え方も変わってきた。

 睡眠の重要性に気づき、睡眠について学習をし始めたのはここ3-4年のことである。  睡眠の持つ不思議な生理機能に驚きながら、睡眠についての学習をつつづけ、睡眠に魅力を感じ、結果として睡眠を大切にするようになった。

 睡眠は外部からの刺激がなくなったことによって起こる受動的な休息状態で、身体のためには最小限必要と考えていたが間違っていた。
 睡眠は脳にとって、身体にとっても極めて重要な生理的現象であることがわかった。積極的に睡眠を取る価値がある。「果報は寝て待て」という言葉の意義もわかってきた。

 私の睡眠に関する考え方を辿ってみた。
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 幼少の頃
 早寝早起き、陽が登るとともに起き、暗くなると寝るといった自然のサイクルに沿って過ごしたように記憶する。

 中学の頃
 盛岡の私立中学に通い、通学時間が自転車またはバスで往復3時間ほどもかかって常に寝不足気味であった。英語の時間に思わずあくびをして英語教師に殴られた。
こころと身体2022(10) 怒り、恨みの心理(4) 私のためになった怒り、恨み2件

 高校の頃
 私が睡眠について強く意識したのは、さほど能力に恵まれていない私が医学部を狙うにあたって、「無駄に寝ていては医学部進学などおぼつかない」、と意地を張って自己暗示したのが最初だった。

 当時、受験生の間では「4当5落」という言葉があったが、私もすっかりその影響を受け、その気になった。当時、睡眠時間を5時間もとるようでは、東大合格は無理で、4時間以下に切り詰めないといけない、というようなことが言われていた。「東大を狙うような優秀な人でもそうなら、私みたいな並な能力しかないものが国立の医学部を目指すのだから当然のこと」、と思い込んだ。その背景には担任との以下のやりとりがあった。
こころと身体2022(11) 怒り、恨みの心理(5) 私のためになった怒り、恨み2件(2)

 私は高校時代のこと、浪人時代のことのことはあまり覚えていない。ひたすらガリ勉に費やした。結果として新潟大学に合格でき、よく成し遂げたものだと自画自賛していた。
 今は学習塾などもあり、論理的合理的学習法が普及しているのか、この「四当五落」ということは、あまり聞かれなくなったようだ。

 ちなみに、現役で新潟大学医学部に合格した家内に聞いてみたが、それほど辛い受験勉強ではなかったとケロッと言う。私はガックリきた。

 大学の頃
 フランクリン自伝の影響を受け「惰眠は人生の浪費」、と考え、規則正しい生活とし、睡眠時間をけずって学業に、読書に、部活のオーケストラに取り組んだ。


2/18(土)曇り 温暖なるも終日降雨 家内秋田県医学会総会
1:30起床。新聞、文献、徒然などゆったり進める。午前蓄積データ整理、読書、データ化など。午後微睡後、データ整理、ディバッグ補習、強化など。申告準備のための資料収集。漫画あかね噺に集中。19:00夕食、20:45就寝。Σ5541歩。運動不足。

三菱ジェット 開発中止(2) その内情、外的要件
 三菱重工業は国産ジェット旅客機の開発を中止すると発表した。私はショックを受けたが、文献を読んでみると種々の問題点が浮かび上がっていたことを知ることができた。 

 2013年に予定していた初号機の納入を6度も、10年にわたって延期し、いまだに先が見えないことで航空会社として新規導入機材としての魅力をほとんど失ってしまった結果である。

 私も、開発中止はやむを得なかったと思うようになった。

 三菱ジェットの失敗の原因は耐空証明を取得できなかったことにある。その理由として、技術的に国際的企画でなく、持てる技術への慢心()、「JIS規格」で通用すると甘く見ていた()、という意見もある。 真偽は分からないが現実に通用しなかったの事実である。

 試作機公開後、電気系統の配線などに約900カ所に上る設計変更が必要であることが判明した。そうした設計変更は、試作機製造以前に対処すべき課題である。その点でも甘さがあった。

 今回の結果に対する責任は三菱重工と国の双方にあるが、事業への支援に約500億円の公的資金が使われていること、導入予定計画を維持していたANAとJALの事業計画に大きく影響を与えた責任がある。

■ 官民一体で日の丸ジェットを推進。
 三菱重工と国一体で計画が始まった。ANAとJALは伊丹空港のジェット機発着枠が削減される動きがあり、66-80席のスペースジェットが国内で使いにくくなる可能性が見込まれ導入には慎重だった。三菱重工はANAとJALに対して納入実現まで、他社機リース料の肩代わりなどを提案して売り込みを図ったとされる。

 2006年時点では採算ラインは350機、利益確保には600機の生産が必要とのことであったが、2008年3月にANAから25機の発注を受け、JALは32機の導入が決定されたた。導入に慎重であった両社が発注に動いた背景には、政治からの働きかけがあったとみるべきであろう。

ANAはLCC(格安航空会社)のピーチ・アビエーションをグループに入れ、短距離ローカル線を強化する戦略を描いている。本当は70-100席の中型ジェットが欲しいところであるが、今更三菱ジェットではなかろう。他社にも候補機はある。

JALの事業計画では、ブラジルエンブラエル社製(76-90席)機体を32機を三菱ジェットに置き換えることが書かれているが、三菱ジェットに切り替えていく必要は消えた。だから、JALにとっては実は好都合だった

■ 航空会社経営に与えた影響と政府の責任
 三菱ジェットの開発の遅れは10年間もANAやJALの機材計画に大きな影響を与えてきた。三菱重工と国に責任がある。

 とりわけ、経産省と国交省は所管官庁であるのに、官民一体の事業と言いながら事実上、開発を三菱重工に丸投げして耐空証明を取得できるような援助も指導もできなかった。その責任は重大である。
 投入した500億円という公費への責任をどう考えるのか。まだ説明はない。

 私も、三菱ジェットの開発中止はやむを得なかったと思う。
 ただ内情を知るにつれ、計画そのものの杜撰さを感じガックリきた、のが本音である。

2/17(金)晴れ時々曇り  大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:20起床。文献・データ整理、読書。5:30可燃ゴミ提出2袋。7:20Taxi駅に。8:11こまち。9:00大曲中通病院外来、長崎屋古書店経由15:45飯川病院ボランティア。新聞等入力。18:30Taxi帰宅、期待のH3ロケット不具合にて打ち上げ中止。中止でよかった。夕食、20:15就寝。歩数Σ7500歩。新雪に関しては秋田の方が多い。もうこの位にして欲しい。

三菱ジェット 開発中止
 YS-11に次ぐ国産ジェット旅客機、三菱スペースジェットについて私はずっと期待して完成を待っていたが、今月、開発断念のニュースが入き驚いた。

 日本の産業史に残る失策と言える。

 私は乗るのは嫌であるが、航空機の形や機能が好きである。飛行機ほど姿形に無駄がなく最も機能的美しさがある、と言える。世界を飛んでいる代表的旅客機の資料を集めて楽しんでいる。

 三菱重工業が国産ジェット旅客機の開発を断念した。
 開発には約15年の月日をかけて1兆円規模の資金を投じた。試作機は6機作られ、飛行を繰り返し欠陥部分を改良しつづけていたが、ついに型式証明が得られなかったばかりか、もたもたしている間に機能的に遅れをとってしまった。型式証明を得たとしても欧米の優秀機と比較して見劣りし、事業化しても無駄、という状態に追い込まれた。

 (画像はpixtaより借用 試験飛行中の勇姿 ここまで完成したのにもたつきが惜しまれる)

 注目すべきは最近登場した中国製の旅客機C919である。C919は158〜192人乗りのジェット旅客機で、三菱ジェットとほぼ同時期2007年に開発が決まり、2017年5月に初飛行した。まだまだ問題はありそうだが、すでに注文数は900機以上、とのこと。

 国産ジェット旅客機開発は約500億円もの国費もつぎ込まれた大型プロジェクトである。

 そもそも見通しが当初から甘かった。
 三菱重工は2008年に事業化を決定したが、わずか1年余りで主翼や胴体といった基幹部分の大幅な設計変更を迫られた。その後も主翼の強度不足など欠陥が露呈した。2013年に予定していた初号機の納入を6度も延期する事態となった。わずか5年で完成できるという事業計画は、素人の私から見ても余りにも無謀に思える。

 当初は1500億円と見積もっていた開発費が膨れ上がっただけでなく、航空機の開発でハードルとなるのが、機体の安全性などに問題がないことを示す「型式証明」の取得のための条件整備と対策が欠けていたこと。

 途中で、海外から認証取得の専門家を招き開発全体の責任者に据えたが、海外とは企業の土壌が違い現場が混乱した。経営陣と現場の関係もぎくしゃくし、三菱航空機社長を次々とすげ替えた。背景には独立心が強い航空畑の幹部との主導権争いもあったとされる。

 先進的航空機の開発にあたって、日本の古い企業体制の欠陥がモロに出た感じ。
 ここにも老害があったのではないか?

2/16(木)曇り降雪寒波やや緩む  飯川病院勤務
1:30起床。文献チェック他。本読み、徒然など。11:50バス飯川病院。外来患者対応なし。文献新聞そのほかチェックと入力。19:20帰宅、夕食、20:30就寝。4958歩。

気候2023(9) 雪(7) 雪は文学にどう表現されているか
 私は文学作品は全般的に好むが、とりわけドキュメンタリー、ノンフィクション、小説などを好む。これらの作品を通して、自分として未知の分野を知ることができるのが楽しい。

 文学作品のジャンルには旅行記、冒険記などもあるが、私自身旅行を好まないのであまり好んでいない。
 この項を考察するにあたって、日本の文学作品の中で、雪に関連した作品として私が記憶から離れないのは、新田次郎「八甲田山死の彷徨」、井上靖「氷壁」、川端康成「雪国」、加えて渡辺淳一「阿寒に果つ」である。そのほかにも忘れ難い作品があるが・・。

新田次郎「八甲田山

死の彷徨」
 日本陸軍史に残る悲惨な事件。日本陸軍史に残る悲惨な事件を題材とした山岳小説である。気象学を修め、登山家でもあった著者の描く雪山の情景は、恐ろしいほどの現実感をもって読む者の胸に迫る。
 日露戦争前夜の1902年、厳寒の積雪期において軍の移動が可能であるかを、八甲田山中において検証すべく、青森第五聯隊、弘前第三十一聯隊は、それぞれ特命を受けて過酷な雪中行軍に挑んだ。
 雪の中に呑み込まれていく兵士たちの姿は余りにも悲惨であり、大自然の脅威を改めて認識させられる。
 2つの部隊は明暗がはっきりと分かれる。深雪の対策を行った三十一聯隊が1人の犠牲者も出さずに任務を完遂したのに対して、気象の苛烈さを侮り、精神論で行軍に挑んだ五聯隊は199名もの死者を出した。
 著者の筆致は冷徹を極める。不可避の運命へと向けて行軍していく者たちの姿が眼前に浮かび上がる。
 大人数、異常な暴風雪の中、軽めの装備、民間の案内人も断った軍隊意識。吹雪の中で気が狂っていく隊員たちの描写がすごい。

井上靖「氷壁」
 井上靖が描く男の姿は素晴らしい。氏の作品は学生時代に好んで30冊ほど読んだ。「氷壁」は最も印象に残った作品の一つ。
 登山パートナーが何故かザイルが切れて遭難するが、その原因について、その事件がもたらした後の人間模様が複雑に交錯していく。
 上高地、穂高の自然が美しく描写されていたことが印象に残った作品。

川端康成「雪国」
 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」この文章で記憶に残っている作品。内容的には複雑であった印象はあるが、良く覚えていない。

渡辺淳一「阿寒に果つ」「リラ冷えの街」「ひとひらの雪」「失楽園」など
 著者は札幌医大卒の医師作家。氏の広範な趣味と筆力には舌を巻く。氏の毛筆による揮毫は美しい。短歌や俳句、エッセイにも魅力的作品が多い。小説は恋愛小説、医学小説、伝記小説など、あらゆる分野に及んでいる。

 恋愛小説では描写があまりにも精緻に描かれたために性愛小説作家、と誤解を受けているが、私はそうは思っていない。氏に貼られたこのレッテルが氏の存在感を狭めてしまった。
 氏は囲碁・将棋にも秀でているばかりでなく、ゴルフもプロ級であった、という。写真に残っている着物姿も艶やかである。

 氏の作品には北海道の冬、雪のシーンが頻繁に出てくる。その中の圧巻は「死に顔の最も美しい死に方はなんであろうか」で始まる「阿寒に果つ」、であろう。

 私は人間としての氏の存在を無視できない。今も作品を読み続けている。



2/15(水)寒波来襲という 除雪6回目 午後飯川病院勤務  職員健診  
1:20起床。文献チェック他。本読み、徒然。8:00-9:00降雪10cmあり除雪6回目。11:50バスにて飯川病院。患者対応無し。新聞チェック入力、15:30中通病院にて職員検診、以降座学、19:15帰宅、20:30就寝。歩数計Σ9179歩。

気候2023(8) 雪(6) 雪がもたらす叙情 雪は歌謡曲にどう表現されているか
 私は音楽全般を好むがとりわけ歌謡曲、特にねっちりとした恨み節の演歌が好きである。
 日本の歌謡曲、とりわけ昭和時代の歌謡曲は、人間模様の抒情だけでなく日本の風土や文化をもうまく表している場合が多い。

 そこで,「雪」が歌謡曲でどのように扱われているかを、雪に関連する題名がついた曲を取り出しながら聴き直し、考えてみようと思った。

 曲の収集は私が集めている歌謡曲のライブラリーにゆるく検索をかけてピックアップした。
 私は中学生の時に身の丈を超えた値段のオープンリールテープレコーダーを入手して以来、録音マニアになって現在に至っている。2008年、それまで録り溜めて大量になったアナログテープ音源をバッサリ廃棄してデジタルのMP3録音に乗り換えて現在に至っている。

 録音は全て自動化してam1:00-5:00に放送されるラジオ深夜便は全部録画している。am3:00-4:00が「日本の歌、こころの歌」で、15年分、時間にして5.500時間ぶん蓄積している。録音を溜めておくだけでは再聴できないから、全てインデックスを作って整理し、いつでも検索できるようにしている。

 ここ数日間の作業で以下の曲と歌手が抽出された。抽出された曲のうち私が知らない曲は除外した。不完全ながらアイウ順に並べた。
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紅い雪(長山洋子)          暖かい雪(永井真理子)
艶姿女花吹雪(長山洋子)       あなたという名の雪が降る(松原のぶえ)
淡雪(鏡五郎)            淡雪の花(真咲ようこ)
海に降る雪(太田裕美)        落葉が雪に(布施明)
おとこ雪 おんな雪(やや)       肩に二月の雪が舞う(北島三郎)
悲しみは雪のように(浜田省吾)    北の雪虫(岩本公水)
恋吹雪(大沢栄作)          ?粉雪は忘れ薬(中島みゆき)
細雪(五木ひろし)          さだめ雪(長山洋子)
札幌しのび雪(篠路圭子)       三月の雪(槙原敬之)
残雪の駅から(三船和子)       白い雪(松山千春)
白い雪が降る夜に(上戸彩)      白い雪まいおりた(大江千里)
雪中花(伍代夏子)          ?雪の華(中島美嘉)
雪椿(小林祐子)           白い恋人達(桑田佳祐)
外は白い雪の夜(吉田拓郎)      雪國(吉幾三)        
雪のファンタジー(松田聖子)     雪が降る町(多数の歌手)   
雪の慕情(佐々木功)         津軽恋女(新沼健二)    
津軽海峡・冬景色(石川さゆり)    なごり雪(イルカ)         
クリスマス・イブ(山下達郎)
恋人がサンタクロース(松任谷由実)
虹と白い雪のバラード(トワ・エ・モア)
クリスマス・ラブ ~涙のあとには白い雪が降る(サザンオールスターズ)
クリスマスキャロルの頃(稲垣潤一)
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 歌謡曲が好き、とは言えよくまあ聴いたものだ、知っているものだと感心する。
 これらで歌われている曲は多彩でそのコンセプトはまとめきれないが、「挫折」「傷心」「出直し」「静謐」「失恋」「恨み」「清潔」「望郷」「クリスマス関連」・・・・などなどである。

 一曲一曲、序奏も、歌唱も、伴奏を含め実に味わい深い。3分間のドラマである。
 厳しい季節に耐えなければならない北国の私どもにとって、いや他人の感覚はわからないが、これらの歌謡曲を聴くとき、私がホッとする時間、心安らぐ時間である。

2/14(火)曇り晴れ午後風雪 中通病院外来 飯川病院ボランティア
2:00飯川病院で起床。新聞・文献など読み。やっと朝が早くなってきたという実感。8:35-12:40中通外来。24名、スムーズに進行した。13:00飯川病院、ボランティア、微睡。読書、新聞チェックと電子化、学術雑誌自炊他。19:15通り町書店経由にて数冊購入、帰宅、夕食。21:30就眠。歩数計:Σ4939歩。バレンタイン、昼の検食にチョコレートプリン。

気候2023(7) 雪(5) 雪の異名「六花(むつのはな)」 
 雪の異名として「六花(むつのはな)」というのがある。もちろん雪の結晶の形が名前の由来になっている。とてもいい言葉である。雪と共に暮らし、厳しい環境と戦ってきた雪国の先人がどれほど子細に雪を観察し、色々の表現に用い、生活に生かしてきたかよくわかる。

(1)「六花」という名称を冠した学生寮で6年過ごした。
 雪国の代表県の一つ新潟、私はそこで学生時代を過ごした。「六花」という名を冠していた寮であったが流石に「むつのはな寮」ではなく「りっか寮」という学生寮である。1965年、入寮した時のボロ「六花寮」は耐用年限を大きく過ぎていたような建物で今にも崩れそうな状況にあった。1964年の新潟地震でよくもまあ倒壊しなかったものだ、と感心した。

 同年12月に新築移転した。新六花寮は、A館・B館の2棟、鉄筋コンクリート4階建、1~3階は4人部屋、4階は2人部屋で総勢400名の男子学生が居住した。

 私は青春時代の後半をここで過ごしたが、世間知らず、孤独を好む私は人間関係の構築や好まない人物の扱い方などで学ぶものが大きかった。粗食にも慣れた。大学時代 医学進学課程(1965〜67)。

(2)「六花(むつのはな)」などの言葉を冠した季語などの日本語。

 雪と共に暮らしてきた先人の悲喜交々が言葉として残っている。それらの一部を参考文献からピックアップしてみた。
 これらの言葉は雪国に住む私たちには日常語でもある。

「雪の花」:雪を花の散るさまに見立てて
「雪の花」:雪を花の散るさまに見立てて。
「銀花(ぎんか)」:雪を銀になぞらえて。
「雪空(ゆきぞら)」:雪が降ってきそうな空模様。
「雪明かり」:積もった雪のために辺りが明るく見える。
「雪の声」:樹木などに積もった雪が落ちる音。
「深雪(みゆき)」:深く積もり、音を吸い込むような雪。
「粉雪・細雪(ささめゆき)」:寒く乾いた時に降る、細かい雪。
「小米雪(こごめゆき)」:精米する時に砕けた小さい米のような。
「餅雪」:餅のようにふわふたした。
「新雪」:新しく降り積もった。
「根雪」:積もったまま春まで残る。
「雪紐」:木の枝、電線などに積もった雪が垂れ下がり、飾り紐のように見える。
「雪庇(せっぴ)」:庇に張り出した。
「雪華(せっか)」:雪の結晶がいくつか合わ去った。
「雪片(せっぺん)」ひとひらの雪。
「しまり雪」:降り積もった雪の重みで締まった状態。
「ざらめ雪」:日中解けた積雪が日没後再び凍結し、それを繰り返してできる塊、
「湿雪(しっせつ)」水分を多く含んだ雪。
「雪風(ゆきかぜ)」:吹雪を指す。
「雪月夜(ゆきづきよ)」:雪のある時の月夜。
(参考文献:新版 角川俳句大歳時記 冬  
     夏井いつきの365日季語手帖)

 四季の代表的な風情を表す「雪月花」という言葉がある。雪は、春の花、秋の月と並んで冬の美を代表する。

 豊かな表現の数々から、雪と共に暮らしてきた先人がどれほど子細に雪を観察し、生活に取り入れてきたか良く分かる。


2/13(月)曇り 健康クリニックドック 飯川病院+当直 
 1:20起床。文書整理、徒然他。いつもの如く。明日可燃ゴミ廃棄できないので今朝まとめた。6:40バス飯川病院へ。体調ちょっと問題あった。新聞今朝は休刊日、新聞は一紙のみチェック。9:00-11:30健康クリニックドック12名。結果判定12名。12:00飯川病院。微睡、本読みほか、14:00-18:20勤務、入院患者対応。19:10帰宅、夕食、21:00就眠。歩数計:Σ9235歩。

気候2023(6) 雪(4) 美しい雪の結晶(2) 江戸時代の審美眼に驚く
 今朝も多少降雪があった。服についた雪をよく見るとみんな板状の六角形。柱状のはなかった。

 結晶ができるときは、雲の中の小さな水滴が凍って氷の粒になる。最初は丸いが、周りの水蒸気が少しずつくっつき次第に六角形の柱になる。

 水は氷になるときの蜂の巣のように六角に並ぶ性質がある。「雪の赤ちゃん」の大きさは100分の1mmくらいで、目には見えない。それでも顕微鏡で観察してみると形は六角形が基本。不思議なものである。

 雲の中で雪の結晶は水蒸気を取り込みながら成長していく。1時間くらいかけて数mmになったところで、自重によって地上に降ってくる。

 雪の結晶が成長するとき、周りの温度によって、六角の柱が横に広がるか、縦に伸びるかが決まる。 横に広がると平らな板状に、縦に伸びると細長い柱形になる。

 その際、土0度Cから-4度Cだと板形に、-4~10度Cでは柱形に、 -10~12度Cでまた板形に、-22度C以下ではまた柱形になる。温度のほかに、空気中にどのくらい水蒸気があるかということも関係する。水蒸気は結晶の角にくっつきやすい、という。

 雪ができる温度と環境によって様々な形ができるなど実に不思議である。

 中谷宇吉郎博士が顕微鏡を駆使して精密な雪の結晶を観察したが、歴史を遡ってみると、江戸時代に既に衣服や陶器などの紋様に雪の結晶が精密に描かれている。

 下にその実例を示す。


(江戸時代、着物の紋様に雪の結晶が描かれた浮世絵、陶器や印籠に描かれた雪の図、書籍に描かれた雪の結晶ーーー日本経済新聞より引用)

 当時、拡大鏡があったか否かは私にはわからないが、精密な観察が行われ、それらが書籍にも書かれ、デザインの素地として一般化していた、と見ることができる。これは実に驚きである。
 
 雪の異名に「六花(むつのはな)」がある。江戸時代といえば暖房も灯りも乏しかったはず。雪と共に暮らしてきた先人達が厳しい環境の中でもこれほど子細に雪を観察してきたか、その審美眼の素晴らしさがよくわかり感動すら覚えてしまう。


2/13(日)終日曇り降雨 新降雪なし  
2:00飯川病院で起床、本読み、徒然。その他いつものごとく。11:30回診に来た家内に同乗、帰宅。昼食、のど自慢楽しむ。13:30微睡。その後文献・本読み、情報処理、座学中心。19:00夕食、21:00就寝。歩数計:Σ3382歩。

気候2023(5) 雪(3) 美しい雪の結晶(1)
 「雪は天から送られた手紙、そして例えようもなく美しい宝物である」と書いたのは科学者の中谷宇吉郎博士(1900-62年)。彼は北大理学部教授として雪の研究と人工雪製作で知られる。戦後、研究の場を米国へと広げ、研究対象も雪から氷、さらにグリーンランドの氷冠へと進める。
 氏は、雪の結晶の美しさに魅了され、生涯を氷雪の研究にささげた。早くから地球の気候変動や温暖化にも着目し、科学者として多くの社会的発言も遺した。


(雪の結晶観察中の中谷氏の様子とエッセイ集の表紙から 研究の苦労が偲ばれる)

 氏は寺田寅彦氏の弟子である。師に習って多数の文献、エッセイを残したが、幸せなことに私どもはそのほとんどを「青空文庫」で無料で読むことができる。

 寒い日の朝、サラサラと降ってくる雪を掌で受けると一瞬ながら雪の結晶を見ることができる。いろんな形の結晶が見られるがなぜ毎回形が違うんだ しかし、今まではじっくりと観察することなどはなかった。

 雪はなぜ小さいのか。それは、上空で雪の結晶が誕生してから地上に着くまでに、1時間ぐらいしか時間がかからないから、という。雲の中で生まれる最初の雪の粒は0.01mmほど。周囲の水蒸気を呼び寄せて成長し、地上に届くころには直径2~3mmほどに育つ。もっと時間があれば、また引力の影響を受けない場合にはどんな結晶になるのだろうか。

  一瞬ながら、掌で輝く六角形の結晶を見て、「自然がなぜこんな形を造り出すのだろう」と疑問を持ったのは小学生の頃、中谷氏の文献を読み始めたのは最近のことである。

 雪の結晶一つ一つは微小であるが、この世界に巨大な量が存在している。 地球上の気温の幅が土50度と広い中にあって、氷の融点は0度であること。雪と氷の結晶化とそれらが水になる際に、大量の熱を抱え込んだり放出する。それも気候変動の一因と考えられる。雪や氷の結晶が温暖化で融ける際に大量の熱が放出され、さらに温暖化に関与していく。

 中谷氏が記録した極小の雪の結晶の世界が、地球という大きな世界につながっている。
 雪の世界は決して小さくない。


2/11(土)快晴  積雪5cm 除雪せず 飯川病院日当直
2:00起床、猫たちと交流。いつものごとく。積雪5cmなるも本日は気温が上がる予報があり除雪は省略。8:30家内に同乗、飯川病院に。日直予定であったが当直医が都合悪くなったとのことで急遽に地当直となる。8:50業務につく。新聞チェックと電子化、読書など。微睡を挟みずっと座学。Zipファイルの解凍に関す対策に時間取られたがなんとか。16:00書斎で音楽関連録画視聴、N響定期公演:Vcチャイコロココ風,サンサーンスの作品。19:00夕食、21:30就眠。自宅から一歩も出ずに過ごす。腰痛もあって歩数は伸びない。歩数計Σ2883歩。

気候2023(4) 雪(2) 雪への考え方が変わってきた
 私は盛岡近辺で育ち、新潟で学び、1973年秋田市に移り住んだ。秋田市はかれれ50年になる。

 人生のほとんどを雪国の地で送っている。当然、冬の間は「雪」を意識せざるを得ない。雪は時に牙をむき出して襲いかかってくる悪魔でもある。1973年(昭和48年)豪雪には心底びっくりした。

 現役の頃は多忙で、除雪の時間確保も困難、「もう雪の降る所は嫌だ」と一心に思いながら処理していたものであったが、考えてみたら育った故郷より雪の多い地区に長く住んだことになる。
 冬季間のみとはいえ雪との付き合いは切っても切れない。広さを重視して構えた我が家は立地条件が今ひとつで、降雪の季節には除雪の手を抜くと通行に不便になる。そんな条件下、雪の悩みは私から離れない。
 私が雪から解放されるのは黄泉の国に移ってからであろう。

 雪国人に共通なものかはわからないが、私にとって雪が人生そのものになってしまった。厄介で大嫌いなはずなのに、雪に魅かれるところもある。生活の中に、心の中まで雪が染み込んでいるのだろう。

 雪は時に牙をむき出して襲いかかってくる悪魔的な存在でもあるが、えも言われない良い表情でほほ笑みかけてくることもある。

 雪のもたらす恩恵をちょっと考えてみた。
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 冬の早朝、積もったばかりの新雪に朝日が当たる光景を見るとあまりの美しさに胸がキュッと締め付けられる。雪国で過ごしている厳しさとは別に、雪が織りなす表情の素晴らしいことといったら、なんと表現したらいいのか。とにかく、そういう景色に心が洗われている。
 空気中の塵埃物を吸収する空気清浄作用。
 山に水をためる貯水作用。
 雪の下を零度以下にしない土壌の保温保湿作用。
 辺りを静寂にする吸音作用。
 雪国の子どもの遊びの種類の豊富さは雪のない地方の約三倍もあったと言われる。子どもの心をより情緒豊かに、かつ厳しい自然に対峙する雪国人に特有な強靭な精神力も涵養する。
 「雪景色の中の家々の明かり」を描いた絵画、「雪の降るまちを」などの名曲には家族のぬくもりを強く感じたもの。現代の家族制度や家族形態について考えさせられた。
 などなど・・・・
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 普段は雪のデメリットばかりが話題に上りやすい。
 雪がもたらす恩恵の大きさを思うと、生活に不便と狭い視点で忌み嫌うべきものではなく、発想を変えて親しむことも大事かもしれない。そんなことを時々考えながら過ごしている。

 自然美のギッシリ詰まった雪国は良いものでもある。


2/10(金)寒波再襲来予定 終日曇り降雪  大曲外来 飯川病院ボランティア
 1:20起床。徒然など。7:25Taxi、8:11こまち大曲へ。8:50外来、長崎屋古書店、21冊購入。大創、日用品各種、Taxi帰院。15:55飯川病院ボランティア。新聞チェック。微睡。19:15帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計7545歩。

気候2023(3) 雪(1) 今季の降雪
 恒例の1月末日時点での除雪機稼働回数比較の時期が来た。

 私は勝手に冬の訪れ日を初除雪の日と決め、冬の定義を「除雪が必要になった日から不要になった日の間」にしている。
 1月5日、夜から朝にかけて降雪6-7cmあり、今季初除雪を行った。私にとって冬の訪れである。いつまで続くのだろうか。

 今季は雪が多めと長期予想の中で示され、心の準備、除雪機、除雪道具等の準備は早々に行ったが、秋田市内は意外と降雪量は少なかった。全国的にみれば北陸以南で降雪が多かったようだ。九州でも雪が降った、という。
 秋田県では県南の豪雪地帯では平年程度であったとのこと。

 我が家へのアクセス道路、私はそれを「胎盤・臍の緒道路」と呼んでいるが、50m以上あり、ここの除雪は私も担っているが結構大変である。人力では到底無理で、除雪機は2台あり、うち1台はほぼ40年前の旧品であるが、まだ現役でバックアップ用に用いている。

 私が除雪に勤しんでいるから、まだ経験はないが、我が家のアクセス道路は道幅が狭い部分がありちょっとでも手抜きすると車がスタックし生活用品が届かなくなる可能性がある。例えば、郵便物、宅急便、牛乳の宅配、灯油の宅配、宅配スーパーへの注文商品、タクシーなど。
 我が家のプリウスも前輪駆動車だからスタックする可能性もある。

 だから、降雪期は早朝何度も状況を確認し除雪をするか否か判断する。
 私の生活は冬の除雪を中心に季節が回る。

 私は毎年1月末日の段階での我が家の除雪機稼働回数を取り出して比較している。
 その回数をグラフで示すと以下の如くとなる。

  (年別除雪機稼働回数とグラフ 前年と今年分は手書きで色を変えた。)

 2020年は0回、21年は8回、22年は12回であった。
 多少の増減はあるが、除雪回数は2013年をピークに、確実に少なくなって来ている、といえよう。

 2023年の立春は2月4日であった。最近の日差しには春の息吹が感じられるが、まだ寒波の襲来が予想されている。緊張感を失わないよう、毎朝の積雪状況を見守り、対応していく。


2/9(木)曇り、晴れ 午後飯川病院
1:20起床。早朝はいつもの如く。午前座学中心、11:50体調不良、調整不備にてバスに乗り遅れ、12:50バス飯川病院、午後微睡をはさみ、入院患者対応、以降読書三昧。19:30中央郵便局経由、帰宅、夕食、20:45就寝。歩数計:6788歩数。

人権2023(9) 共同体帰属に由来する人権侵害
 一つは家族、国、民族、故郷、地縁社会を典型的形態とする。
 生まれ落ちた時点でもう帰属が決まっており集団間のランク付が決まっている。だから差別感情が生まれ易く人権侵害にも発展しうる。
 基本的には人はこの共同体を好んでいる。もちろん成長とともに批判する余裕も出てくるが基本的には離れることはできない。

 家族・家庭は現在社会においては崩壊傾向にあるが、時には家柄、そだち、経済状態を背景に、堅固な結びつきが見られる。
 各家庭単位の秘匿性、排他性、他の家庭への容認し難い批判感情は、その関係が利害関係がある近隣間の家庭で密やかに成長する。感染症、遺伝病などを抱えた家庭、犯罪者が出た家庭に対する受け入れがたい感情は家庭の中の会話や指導で形成されて行く。時に、村八分的差別に直結する。

 この帰属性は互いの「縁」であり、均一性が求められ、互いの監視の目で互いを縛り、最近再注目されてきた同調圧力が吸引力の一因になっている。個人主義的価値判断が強い欧米に対して集団の価値判断が優先する日本社会の特徴の一つである。
 国、民族の優位性に由来する差別感は、例えば、戦前の日本民族の欧米に対する卑屈な劣等意識、それに反動してか、アジア諸国に対するいわれのない優越感にも現れ、人権侵害に結びついた。軍部の捕囚に対する侵害は熾烈であり、まだ一部しか明らかになっていない

 二つ目は利益社会の結びつき。
 互いに相手を手段とする打算的関係。これは離れるのも参加するのもほぼ自由意志。とは言っても生計のルーツでもあり、気軽には離別でき難い。ここに悲劇が生じる。

 この集団にあっても質的には均一ではない。ごく自然に、国、民族、故郷、家族、出身校などを通じて、共通の人達と新たな共同体を形成する。この共同体の中の非均一性が一体感と排他的差別感情が生じうる一因となる。

 その場合、自分が属する共同体のランクが上位にあると思う優越感が組織の求心力になる。そこに存在続けるにはその共同体に対して一定の義務を果たすこと求められる。

 かつては日本の雇用関係は終身雇用制を背景にした結束の強い共同体であった。ここから離脱することは生活基盤を失うことでもあった。労働者は会社に忠誠を誓い、持てる能力の何倍も必死に努力した。会社も労働者を、その家族も含めて相互に庇護してきた。

 グローバル経済の流れの中では日本型雇用関係は非効率となり、ここ20年ほど就労関係は大きく変容を遂げた。すなわち、正規職員による雇用制から非正規労働者中心の労使関係にシフトした。

 この実用主義的合理性を備えた組織への帰属は、能力という意味で高い均一性が求められ高い生産性が求められる。
 そのことが落ちこぼれを生じさせ、職場内のいじめやパワハラ、セクハラ、ひいては人権侵害の温床になっている。


2/8(水)比較的温暖曇り 飯川病院ボランティア COVID-19ワクチン接種担当
 1:00起床。早朝はいつもと同じ、ハードディスクの書籍データ他に移す。午前、コンポストNo3の一部をNo2に移した。町内廃棄物集積所のメインテナンス、玄関先のドアの調整など。11:50バス飯川病院へ。ボランティア。道路は滑る。微睡、新聞、文献電子化。14:00COVID-19ワクチン接種担当、数名だけ。微睡、データ整理。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。Σ7595歩。

人権2023(8) 「自分は常識人・・」に由来する人権侵害

 差別に結びつく心理として、「自分は常識人」であるという判断に潜む差別感情は極めて危険である。
 「自分は常識人」であるという言葉が持つ意味は、特に横並びを好む日本の社会では大変なものである。

 なぜなら、人権侵害問題におい「自分は常識人」である判断基準のもと、世を批判いたくてうずうずしている人は多数いる。最近のネット中傷、多くの人権侵害加害者などはこれに由来している。

 それは、世の中で古くから言い伝えられてきた常識的因習などを背景にしている。
 例えば、「男として外で働くのは当たり前」、「女は子供を産むのは当たり前」、「学校に行くのは当たり前」、「そんなことは日本人として不自然だ」、・・・と主張する人は、自分の考え方がない。集団帰属を背景に、安心しきってよく考えない、怠惰な人達である。 

 「自分は常識人・・」という人は、そこに潜む間題を改めて見なおすことを拒否し、思考を停止させている。「自分は常識人」を背景に、「だから正しい」と考え、その鋭い刀ですべてをなぎ倒す。あたかもマニュアル重視者がマニュアルを遵守することだけが重要と考え、ほとんど応用力を持たない状態に陥っているようなもの。 

 差別に由来する人権侵害を論じる時に、このような「自分は常識人」と考える人たちは最も手ごわい敵でもある。 
 なぜなら、彼らはまったく自ら思考しないで、ただ世間を支配する空気に合わせて少数派を裁き、「非・常識人」が持つ権利を侵害している。だから、罪が重い。
 しかも、そのことに気づかず、気づこうとしないのだからさらに罪が重い。

 差別について、差別の対象者についてよく考えれば、すさまじく複雑に入り組んでいる問題が鮮明に見えてくる。よく考えない者にはそれが見えてこない。見えてこないから単純に判定し、単純に思い込み、単純に人権侵害的行動に移す。

 こういう怠惰な人達が人権侵害における最大の加害者である。

 しかも、自分が加害者であるとは些かも思つていない、鈍感きわまりない加害者である。だから人権侵害問題は根が深い。

 特に国家権力を背景に特権階級にある人たちは人権侵害だと気がつかないままに行動している。例えば、入管関係者、司法関係者、警察・検察などは目に余る。私はそういう目で人権侵害問題を収集している。

2/7(火) 夜間降雪1-2cm、日中は晴れ 中通病院外来 飯川病院 
1:10起床、文献、本読み他、降雪1-2cm。5:00可燃ゴミまとめ、2袋提出。路地は融雪凍結で歩行も難渋。6:40バス飯川病院。新聞データチェック、入力、8:45-13:15外来は混雑疲弊。なんとかこなす。3月20日から中通リハ病院に転勤となる。13:30飯川病院、午後微睡、読書など,、新聞データチェック、入力。19:16帰宅夕食、20:30就寝。Σ6917歩。

人権2023(5) 差別感情に起因する人権障害(2)
 なぜ、偏見や差別が生じてしまうのか??
 なぜ、我が国では人権侵害がこんなに多発するのか

 それは、個々人が存在価値(アイデンティティ)を有しているから。
 アイデンティティの確立は人間の成長にとって必要不可欠である。それが「自己肯定感」にもなるのだが、安易に攻撃的アクションにつながることが問題である。能力、家柄、収入とか父親の社会的立場を背景にした差別感はないか?

 社会集団から生まれる偏見や差別もある。
 「普通」の「横並び的集団の一員」でいたがる人の多い日本人は、自分を安全な大きな集団に属させながら、マイノリティー集団を差別することで安堵感を抱く。

 社会的差別は「偏見・差別感情」を根拠に、集団的に回避、攻撃などの行動として現れる。

 外国人差別はこの典型的なパターン。簡単に言えば誤ったナショナリズム。
 ヘイトスピーチは重大な人権侵害である。その対象となりがちな在日韓国人や中国人は、日本人にとって身近な存在だからこそ、歴史的に見て下位の民族だと思われていたこと、また、国民性の違いによる特異な言動は偏見や差別の対象になりやすい。

 さらに、「LGBT」や「障害者」「発達障害者」などのマイノリティーは特に差別の対象になりやすい。アイヌ民族に対して差別感はないか?部落問題はどうか?

 国際的な問題でも、ナショナリズム、人種差別、国別の差別、肌の色による差別感、歴史観、経済格差など。かつての日本人は経済的優位性でODAで援助を与えながら、裏では途上国の国民に対して差別感はなかったであろうか。

 差別問題といえば常に差別感を無くそう、という話題になる。
 我々は差別感解消を求めていくのではなく、各人が心理の内に持っている差別感情について徹底的に考え、差別に起因する行動をいかに抑制できるか、にかかっている。

 マイノリティーへの人権侵害などの行動にするにはマイノリティーの人々への理解を深めることが重要である。
 それ以上に必要なのは自分自身に対する考察で、倫理観の高揚である。

2/6(月)曇り降雪10cm 健康クリニックドック 飯川病院 
1:20起床、文献・本読みなどいつもと同じ。曇り降雪10cm、本来なら除雪だが出勤時間まで降雪を気がつかなかった。5:40バス飯川病院、新聞チェックデータ化、9:00-11:15健康クリニック、受診者12名、結果判定14名。11:30飯川病院、新聞チェックデータ化追加、本読みなどいつものごとく。14:00-19:00勤務。入院患者対応。19:30帰宅、主要道路は除雪あるも支道・路地はひどい。夕食、20:30就眠。Σ6676歩。

人権2023(5) 差別感情に起因する人権障害(1)
 人間社会では、いかなる文明、社会においても、好むと好まざるに関わらず、誰しも性別、人種、年齢、出身地、職業、障害の有無、貧富、などの格差の中で生きていかざるを得ない。
 この格差をもとに、ありとあらゆる事項において「偏見・差別」が生じる、と私は思う。
 「偏見・差別」感情を持つことはいけないことだと教えられるがそれは間違っている。絶対になくならない。

 各人の心の中に「偏見・差別」感情は必ず内在する。この感情がないと力強く生きていけないからである。

 そしてこの「偏見・差別」感が内在しているうちはいいのだが、外に向かってアクションを起こす時、そこには虐待、いじめ、人権侵害の形をとる。

 人間は成長過程で免疫学的に完全に個が確立される。
 他方、人間の成長過程において、知的な意味において「自我」が確立していく。

 この自我は、「免疫学的個人」よりは多少ゆるいところがあるが、「免疫学的個人」と同様にほぼ完全な個の確立と言っていい。ただ、「自我による個人」の確立は本人の知性、社会的常識観などで抑制され、日常顔を出さないこともある。教育も一部効果的である。

 自我の確立とともに、各個人はこの世の不平等の中に自分が置かれていることを自覚し、次第にその差別感を強く意識していく。
 その際に「偏見・差別感情」が形成されるが、多くは諦め、達観を介して乗り切っていくが、一部の人は「偏見・差別感情」をテコに大きく飛躍していく。そういう人たちの心の中では「偏見・差別感情」は大きく育ち、次第に外に向かってアクションするようになっていく。その形は「優位な立場」では他人への侵害に走り、劣位の人は屈辱に甘んじる事になる。

 要するに、ここで述べたいのは「偏見・差別感情」は誰しも持つ普遍的感情である、ということ。それによる人権侵害は切っても切れない関係にある、ということ。

 「偏見・差別感情」を持つのは当然のこと、ならば、その外向きの表現で他人への人権侵害はどうしようもないのかというと、「偏見・差別感情」を悪しき方向で行動に移さない文化の育成と監視機構である。

 その端的な方法論の一つは、自己研鑽によって自己の立場を理解すること、差別の自害者の立場の人たちを多方面から学ぶことである。差別感情の発露は優越感、と無知から発している。


2/5(日)晴れ寒い 飯川病院日直 レセプトチェック
1:30起床。なかなか乗らず。4:00頃までトロトロ。文献処理、徒然、録音データ処理、など。8:30回診する家内に同乗飯川病院、9:00-19:00日直。新聞チェック&電子化、読書。微睡など。14:00-15:00日レセプトチェック、12:00検食、19:30帰宅、20:30就寝。Σ3756歩。読書三昧、ラジオ深夜便聴取三昧の一日。

人権2023(5) 日本の人権意識のながれ
 近代日本の歴史を振り返ると、維新の前後に西洋の普遍的な人権思想を真剣に学ぼうとする動きはあった。
 その到達点は、「人権は権力者によって与えられるものではなく民衆の運動で闘いとるもの。権力者は謙虚に人権を認めるべき」いう考えであった。

 しかし、明治政府は女性を選挙権から排除し、政治活動を禁止した。天皇主権を採用した明治憲法では普遍的な人権は認められず、表現の自由などが制限され、それを背景に戦争の時代へと突入していった。

 それでも人権を求める運動が日本社会で連綿と続いていた。
 例えば、敗戦直後、憲法学者たちが作った「憲法研究会」は、社会権規定などを盛り込んだ憲法草案要綱をまとめた。連合国軍総司令部(GHQ)はそれを参照し、日本国憲法に取り入れた、とされる。

 憲法13条には「個人の尊重」を定めている。それが、文化の熟成が未熟であったために「個人主義」、「利己主義」尊重と誤解されたという事情もある。

 日本国憲法には、米国憲法にもない「男女平等規定」が盛り込まれた。しかし、1947 年(昭和22)5月3日に本国憲法が施行されて70余年にもなるが、女性の人権状況を見ると先進国で最低レベルにある。

 背景には、戦前からの家父長主義的家制度と性別役割分業構造の残存、積極的改善措置の遅れなどがある。いかに法律が充実しても文化としての考え方が急速に変化を遂げるわけではない。中年以降の日本人に男尊女卑的考え方がいまだに蔓延っているのに驚く。古い人間は意識改革などできない。消え去っていただかなければならない。

 人権の番人としての最高裁に、女性裁判官は15人中2人しかいない。司法の世界でのジェンダー平等の実現は、喫緊の課題の一つ。

 人権侵害をなくすには人権教育と主権者教育の充実が必須である。
 小学校の低学年から人権感覚を教え鍛え、批判的精神を涵養して欲しい。その欠如を象徴するのが、現在社会の各所に蔓延っている人権侵害の現実である。ジェンダー不平等もその一つである。

 人権は戦後に著しく発達した国際規範である。1948年、国連総会で世界人権宣言が採択された。そこにはナチスによる迫害など深刻な人権侵害への反省があった。市民の自由権から社会権、マイノリティーなど特定集団の人権保護規定なども培われ、国際法が整えられた。人権は普遍的価値として共有されつつある。

 ところが過去15年ほどの間に世界では人権を軸とした自由主義的な価値観が弱体化し、言論、報道、信教の自由などが侵害されるケースが増えている。SNSなどの技術革新も進み、人権抑圧の道具として使われている。

 人権とは、だれであっても等しく、個人として尊重される権利である。漠とした考えではなく、法律で守られるべき権利である。

 人権を保障する責任は最終的に国家にある。しかし我が国の政治家は人権問題に関して感受性が低い。人権の侵害が放置されると、社会も不健全となる。それを避けるための専門家の要請など仕組みが極めて不十分。

 「選択的夫婦別姓制度」の実現を求める動きや、「性と生殖に関する権利」、議席や候補者の一定数を女性に割り当てる「クオータ制」導入を求める動きなどフェミニズムには元気がある。

 多くの人が、日本でこうした政策が遅々として進まない背景が、人権が国家の柱でなく、日本に人権政策がないからと気づき始めた。誰もが生きやすく魅力ある日本社会を作るために今こそ国内人権機関が必要である。


2/4(土) 晴れ 飯川病院午前日直
2:30起床。文献,新聞整理他、録音データ整理など。8:30家内に同乗飯川病院に。午前日直に就く。新聞チェックと入力、座学一般。午後はそのまま飯川病院で過ごす。微睡、読書、文献読み、18:30帰宅、19:00家内はゾンタWeb会議、19:30夕食、20:30就寝。歩数計Σ3387歩。

人権2023(4) 日本の人権の国際的位置、評価
 日本は国際的に見ても人権後進国だと思う。
 世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数では、政治分野の男女格差は146カ国中139位で世界ワーストテンに入っている。
 外国人技能実習生の被害や入管収容施設での深刻な人権侵害の報道を目にすると、保育所から障害者施設、高齢者施設まで含め、全般にわたって点検する必要性を痛感する。

 人権の制度面でも日本は世界の動きから遅れている。

 人権意識の遅れの原因
一つが、「国内人権機関」の設立ができなかったこと。
二つ目が、日本の政治形態が、特権階級の集団である保守によって長期間占められてきたこと。自民党が一時下野し野党になったが、この時の政策提案の方が血が通っていたように私は思う。
三つ目が、人権侵害に関わった個人や組織を罰することができる人権制裁法も必要。
四つ目が、人権教育の場がないこと。

 「国内人権機関」は、政府から独立して、人権侵害からの救済と人権保障を推進する国家機関である。世界約120カ国が国内に「人権機関」を持っている。日本は国連からも度々、「国内人権機関」を設立するよう勧告されているが、日本政府の関心が乏しく、いまだに作られていない。

 日本には、人権擁護委員会制度というなんだかわからない仕組みはあるが、総合的に人権政策を作る機関がない。
 ここに日本で人権尊重が進まない一因が垣間見える気がする。つまり、具体的な人権の中身に関する議論が深まっていない。

 その結果、世界各国の政府には多数いるが、「人権政策の専門家」日本に殆どいない。これでは、日本の人権政策が場当たり的で、政府のリーダーシップに欠けるのは必然である。

 人権は「いのち」に匹敵する普遍的価値である。
 どの国にも同じ基準で対処すべきで、国際的に、人権という価値の実現を目指して行くのが人権外交である。しかしながら、しばしば恣意的に外交手段として使われてきた。
 冷戦期には西側先進国が、政治、経済的に重要でない国に人権侵害を理由に圧力をかけた一方、大国の人権侵害には口出ししてこなかった。

 今、国際社会が最も憂慮するのは、中国政府による香港、ウイグル、チベット、内モンゴルなどでの人権侵害である。

 日本などアジア諸国は、他国への内政不干渉を重視し人権外交をためらう傾向があった。岸田首相は、国際人権問題担当の首相補佐官を新設し人権外交に乗り出した。ただ、自民党保守派の望むままに、対中国への強硬姿勢の道具として人権を掲げるようでは、国際社会からの信頼は得られない。インドやインドネシア、ミャンマーをはじめ、日本が連携を強化する他の民主主義国における人権問題にも目を向けることが欠かせない。

 人権外交を進める側が、国内で人権を尊重しなければ説得力はない。
 日本国内で女性や外国人の権利、ヘイトスピーチなど様々な問題をなおざりにしたままで人権外交を唱えても、それは単に実体のないイデオロギー的空論に過ぎない。

 また、日本のODA援助は「政府対政府」がほとんどで、抑圧されている人々には、届き難い。援助の効果を再評価しなければ人権侵害国家を助長することにもなる。

 人権の理解のアップデートは必須だ。今こそ、国際人権規範を手がかりに、具体的な人権の中身について議論を深める時に来ている。

2/3(金)曇り降雪 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 
1:10起床。文献チェック、徒然など。5:30可燃ゴミまとめるも集積所に出さず。降雪1−3cm、路面は凍結、除雪なし。7:20Taxi駅に、8:11こまち。9:00曲中通病院外来、駅病院間往復Taxi。長崎屋古書店15:45-19:00飯川病院ボランティア。微睡、新聞データ化、19:30帰宅夕食、21:00就寝。歩数計Σ6189歩。

人権2023(3) 「人権侵害」は「人ならば誰でも持つ差別感情」が具現化したもの

 私は「人権侵害」の背景には「人ならば誰でも持つ差別感情」があると考える。
 「差別感情」は自分の「優位性、自尊心」から由来し、 家庭で、学校で、社会で育つ。
 人は自尊心がなくては生きられない。

 一見、立派な地位を持ち、社会的にも権力を持つ方ほど自尊心は強い。
 「人権侵害」は差別感の具現行為である。より上位の人からの「人権侵害」の素地は常に存在する。

 「人権侵害」を具現するかは、より優位にある方々の、教養、倫理観、常識、価値観である。これらの抑制力は強くはない。その時に気分によっても左右される。弱い者の立場を味わい考え直すこともない。

 「人権侵害」の具現化は快感を伴い、徐々にエスカレートするから一層困難である。
 だから、「人権侵害」の監視する制度が必要である。それが制度として存在する今の人権擁護委員制度ではダメだろう、と思う。
 
 私は2020秋に「心理学を学ぶ」という項の中で「差別感とは何か」について考察した。
 以下にそれらの見出し題名のみ列挙してみた。この題名からだけでも、私が考えた「差別の心理」の概論を思い出す。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「差別の心理」(1) 「偏見や差別」は生きるエネルギー源
「差別の心理」(2) 「偏見や差別」は社会集団にも生じる
「差別の心理」(3) 優位性の意識から
「差別の心理」(4) 自分の優位性、自尊心から
「差別の心理」(5) 自尊心=差別感 だから差別は無くならない
「差別の心理」(6) 「自分は常識人・・」、に由来する優越感
「差別の心理」(7) 社会的立場に由来する優越感
「差別の心理」(8) 共同体帰属に由来する優越感(1)
「差別の心理」(9) 共同体帰属に由来する優越感(2)
「差別の心理」(10) 新型コロナと差別(1) 私の周辺では
「差別の心理」(11) 新型コロナと差別(2) 知識が差別行動を抑制
「差別の心理」(12) 新型コロナと差別(3)
「差別の心理」(13) 新型コロナと差別(4) 攻撃より寛容
「差別の心理」(15) 免疫的には他人を100%排除する
「差別の心理」(16) 家庭で、学校で育つ差別感
――――――――――――――――――――――――――――――――

 上記のごとく、人に差別感情がある限り、自分以外ものもの対して差別感情を抱くのは自然である、と思う。その結果として生じる人権侵害は無くし難い。

 繰り返すが、人権侵害は差別感情の具現化である。その優位にある立場の人の感情をコントロールできるか否かが問われる、と思う。人権侵害を犯しながら平然としている組織のトップの方々の良識を疑う。もう転換は無理である。このような方々には去っていただくしかない。

 そのためには新しい監視機構が必要である。


2/2(木)寒波続く 昨日除雪後は2cmほど
1:30起床。新聞、文献本読み。除雪なんとか不要。座学、微睡。11:50バス、飯川病院、まだ路地は歩行は危ない。14:00-19:00勤務、本読みなど、書籍データ化など。微睡。本日もWeb講演会、19:10帰宅、夕食、20:30就寝。歩数6397歩。

人権2023(2) 我が国では人権擁護制度、人権擁護委員会もあるが活動実体不明

 最近の報道を見ると社会の各所において「人権侵害」と言っていいような事件が頻回に報じられる。学校や会社、組織のいじめ、セクハラなど、入管や拘置所、刑務所等の説明のつかないような死亡事故などなど全てこの範疇に入る事件である。
 これはどうしてだろうか。

 我が国には人権擁護委員制度がある。これは、我が国独自の制度で世界に比類のない独特の制度、という。

 人権擁護委員制度は、様々な分野の人たちが、人権思想を広め、地域の中で人権が侵害されないように配慮して人権を擁護していくべし、という考えから設けられた。その歴史は戦後間も無く、GHQ占領下から始まり、紆余曲折しながら現在に至っている。GHQも、我が国が新しい民主化時代を迎えるにあたって人権の擁護を監視する組織がが必要と考えたのであろう。

 人権擁護委員は、無報酬で、一般人から選ばれ、現在、約14.000人が法務大臣から委嘱され、全国の各市町村に配置されている。
 現在、人権相談の年間取扱件数は20万件、という。

 人権擁護委員制度の紹介文には、・・・・
 「全国の法務局・地方法務局では,『人権を侵害された』という被害者からの申告などを受けて,救済手続を開始します。
 人権擁護委員は,法務局の職員と協力して,人権侵犯事件の調査,処理に当たります。また,調査の途中で,当事者の主張や利害を調整し,事案の円満な解決を図ることも行います。」とある。

 そして、対応する項目は・・・・
 差別を受けた
 暴行・虐待を受けた
 いじめ・体罰を受けた
 セクハラ・パワハラを受けた
 インターネット上でプライバシーを侵害された
 名誉毀損・プライバシー侵害を受けた
 などなど・・・
と記載されている。

 しかしながら、頻発する人権侵害の事件に人権擁護委員会が間に立って調整したとか解決を図ったというようことなどの報道も一切なく、その活動実体はほとんど知ることができない。
 少なくとも私はその実態を知らない。
 第一、人権擁護委員制度の紹介文は固すぎる。お役所の文書そのもの。被害を受けた弱い立場の人が気楽に相談できるようにはとても見えない。

 私は、人権擁護委員会は全国の市町村にも設置されているとのことだから、その存在や活動実態をもっと住民に広報すべき、と考える。


2/1(水)降雪 午後飯川病院勤務 積雪20cmほど 除雪4、5回目
 1:30起床。データ整理に集中。8:00-9:00除雪4回目、11:50バス飯川病院、しかしこの時点で積雪10cm、再度除雪を要する状況になっていた。迷ったが出勤、検食、14:00勤務、患者対応なし。プリウスの通行確保のために除雪要す。16:07バスにて帰宅、16:30-17;30除雪5回目。19:00夕食、20:30就寝。Σ11905歩。積雪5cm、明日は除雪必要か。2台目のオリンパスラジオサーバー外部出力部分故障す。

人権2023(1) 人権軽視・無視が蔓延る日本、看過できない
 「人権は重要、とても大切」とだれもが言う。ときに外交の場面でも使われる。しかし、私たちの社会はこの言葉の意味を真剣に受け止めてきたのだろうか。

 私は社会のありとあらゆるところで、例えば入管、児相、教育、介護などなどの現場で、職場で、男女間で、家庭の中でさえ、特に閉鎖的環境の中で、強い立場にある人間による「人権無視・軽視・侵害」などが生じており、そういう報道に接するたびに不快になる。

 「人権」とは何か、について非力ながら考えたい。

 20世紀世界大戦の反省に立って、地球上に生きる全ての人に対する基本的人権の尊重こそが世界平和の基礎であることを確認した「世界人権宣言」が、昭和23年 (1948 年)に採択された。

「世界人権宣言」の骨子は以下のごとくに始まる。
 (前文)「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で、譲ることのできない権利を承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎である」。
 (第1条)「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」。
 (第2条)「すべて人は人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的、若しくは社会的出身、財産、その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる」。
 (第3条)「すべて人は、生命、自由及び身体の安全に対する権利を有する。」
・・・・・・と規定されている。

 これは、人権の尊重と擁護が、国を越えた共通の課題であることを世界の各国が再認識し、その実現には各国の絶え間ない努力が必要であることを指摘したものである。名文であるが、さっぱり機能していない。

 日本国憲法においては、法の下の平等、思想及び良心の自由、信教の自由、学問の自由、生存権、教育を受ける権利、 勤労の権利など多くの種類の人権を基本的人権として保障している。名文であるが、これもさっぱり機能していない。

 最近の報道を見ると社会の各所において「人権侵害」に関する報道が頻回に見られる。これはどうしてだろうか。

 「人権侵害」が生じる背景には特権階級意識の存在が大きい。また社会は種々の立場の人間が交錯する。個々人の社会的立場は決して平等ではなく、階級差が自然と備わっている。

 この階級差がある限り、そこには人権侵害の事象が発生しうる。
 人権侵害に対しては、弱い立場の視点に立つ監視機構が絶対に必要である。解決策はここにあると思われる。


1/31(火)小雪やや寒い 中通病院外来 飯川ボランティア 積雪5-10cm除雪3回目
1:00起床。新聞、本読み、徒然などいつもの如く。5:00可燃ゴミ集配所に。除雪3回目積雪5-10cm、6:40バス飯川病院。8:45-13:00外来。13:20飯川病院、ボランティア、微睡も。Web学習会、疼痛管理。夕食はテイクアウト、20:45帰宅、21:20就寝。Σ10905歩。主に除雪で伸びた。

気候2023(2) 岩手の気候は秋田より厳しかった 井戸の凍結防止の作業は辛かった

 確かに、今回の寒気は私にとっても久々である。

 秋田に転居して約50年、何度か豪雪にも見舞われた。しかし、これほどの寒気の記憶はほとんどない。それでも数年ごとに寒波が襲来する。水道凍結は最低気温が-4℃以下になると危ないとされている。1-2度水道蛇口からジャリジャリと細かい氷が出てきて驚いたことがあったが、秋田では水道の水落としをしたことはない。それでも幸い凍結に至ったことはない。

 ただ、寒波が来た時に私は傍観していたわけではない。私は水道管の凍結については厳しい岩手での経験があるから神経質に対応する。
 私は早朝1時頃起きている。強い寒波が予想される日には1-2時間ごとに給湯器を含め全蛇口を捻って水を出すことで状況の把握と凍結防止を図ってきた。

 私は高校卒業まで岩手で過ごした。新潟で学生時代を過ごし、1973年から秋田に居住した。岩手の冬季間の冷え込みは新潟や秋田に比較して明らかに厳しい。今も時折ニュースで確認しているが、盛岡は秋田に比較して4度Cほどの差がある。

 岩手の冬季、気温が0度を下回るようになると、台所にあった人力井戸ポンプの凍結防止は必須であった。その役目は小学生のいつ頃からか忘れたが、私が担っていた。
 凍結防止栓は台所の外にあった。極寒期、降雪期には雪を除けながらの作業で実に辛かった。

 盛岡での冬季の夜は早く暮れた。夕食や入浴を早く済ませ、20時頃には翌朝用いる「呼び水」をタライに用意し、凍結防止作業を終えたが、その時間でも外にある凍結防止栓の凍結が始まっていてヤカンを持って溶かしながら栓を回したものである。幸い我が家では破裂などに至ったことはない。私のちょっとした自慢事項である。

 凍結防止したポンプは母親達が朝の家事を開始する時に水揚げをしなければならない。その役目も私であった。水揚げに用いる「呼び水」は今でいえば台所のシンクの中に置いたがそれでも往々にして凍った。凍っていない状態でもちょっと動かすと一瞬に凍ってしまったこともある。当時は意味がわからなかったが「過冷却」状態の水が揺れたことで一気に凍りついたものであった。
 
 当時はペットボトルなどはなく水はガラス製の一升瓶に2−3本に溜めたほうが作業に便利であったが、時には凍結して破損し危険であった。岩手の台所は極寒気にはそれほど寒かった、ということ。
 母親や当時のお手伝いさん方の苦労が偲ばれる。

 私が新潟に出る頃、古い井戸を私設のポンプで水道化し、水抜きも室内からできるようにしてとても便利になった。

 今回の寒波で病院のスタッフ、患者さん方から水道管凍結や破裂の話を聞いた。私の感覚では考え難いことである。

 今回は数100件の水道管凍結が発生した、という。お気の毒ではあるが、日常の便利さのもと生活感覚が甘くなったのではと思った。



1/30(月)寒波来襲続く 積雪1-2cm 健康クリニック  午後飯川病院
 1:00起床。本読み。文献チェック等々いつもと同じ。6:40バス飯川病院へ。新聞チェック、9:00-11;10健康クリニックドック、12名、結果判定13名。途中秋田銀行南通視点横で滑ってソフトに転倒、実害なきもややショック。11:30飯川病院に移動、微睡など。14:00から勤務、入院患者対応なし、19:10帰宅、夕食。20:30就寝。計Σ6384歩。

気候2023(1) 10年に一度の最強寒波到来 秋田では-8℃に
 1月25日朝の日本列島は沖縄を除く各地で軒並み気温が零下となり、全国的に「過去10年の最低気温」に迫る冷え込みだった。
 降雪地帯の日本海側だけでなく、ふだんは雪が降らない太平洋側や九州の南方の一部でも雪が降り、場所によっては大雪となった。 まさに「10年に一度」の稀な寒波といえる。

 気象庁によると、 この寒波をもたらしたのは、1月25日にかけて日本の上空5000mに流れ込んだ強い寒気。北日本から東日本で零下42度C以下、西日本では零下36度C以下という寒気が南下して国内を覆ったからとされている。

 このような寒気がなぜ日本にやってきたのか

 東京大の中村教授(気候力学) は、「強い寒気は北極の上空にあった巨大な冷たい寒気の渦『極渦(きょくうず)』の一部」と指摘する。『極渦』は 通常は極地上空にとどまっているが、偏西風が強く蛇行することで一部が南下し、1月24日ごろから日本付近を覆ったという。
 偏西風の蛇行には、2021年から続く太平洋東側の赤道近くの海面水温がいつもより低くなる「ラニーニャ現像」の影響があったのではと指摘している。
 ほかの要因も重なった。
 大陸から吹き付けた冷たい空気に、日本海で大量の水蒸気が供給され、各地に大雪をもたらした。日本の東に進んだ低気圧が発達したことも、西高東低の冬型の気圧配置を強める原因となった。

 秋田県内では連日大雪警報が発せられていたが、実際の降雪は少なかった。
 1月25日、気温は-8℃に達し、地方紙の報道によると、水道管凍結や停電、公共交通機関は強風による停電などが相次いだ。鉄道はローカル線中心に125本が全線または区間運休となった。空路は秋田空港の全42便、大館能代空港の6便が全便欠航となった。全便欠航は2017年12月以来5年間無かったことらしい。

 県内は25日、水道管などの凍結が相次ぎ、各市町村には午後4時までに累計300件以上の相談が寄せられた。能代市の東雲中では屋外受水槽に水を送るための管が凍結、給水の見通しが立たないことから、26日は休校になった、という。

 各自治体は解凍方法を案内したり、業者への相談を促したりした。業者も対応に追われた。秋田市内約7万4千戸に都市ガスを供給する東部ガスKKには300件以などの相談が寄せられた。社員が一軒一軒訪問などの対応に追われたが一部にしか対応しきれていない、という。
 
 飯川病院の設備には問題がなかったが、スタッフの自宅では水道管凍結が何人かにあったようだし、そのうちの一人は2階の水道管が破裂し1階まで水浸しになるなど悲惨なことになったようである。

 確かに今回の寒気は私にとっても久々である。



 1/29(日)寒波再来襲 早朝までの降雪2-3cm
2:00起床、医学文献、ネコ対応など。読書など。9:00徒歩クリーニング店往復。路面は凍結で危険。午前は微睡を挟みながら座学、読書、データ関連、午後のど自慢見ながら新聞チェック。午後は微睡を挟み読書三昧。19:00ピザで夕食。20:00就寝。Σ4800歩。iPad1世代、活用に。

日本の人口減問題(8) 人口減関連の経済縮小は各国レベルから国際レベルに進展
 今後、日本の人口は確実に減少する。
 それは日本だけの現象ではない。 他の先進国や人口の多い東アジアにおいても、これから30年以内には減少に向かう。

 ヒトという生物種が個体数の減少という段階に自然に突入したとも考えられる。食物や環境の制約がない条件下で、自ら個体数を減らした生物種はこれまで知られていない。衰退・絶滅の運命を辿った多くの生物は、個体数の増加が食物の不足や生存環境の悪化を招いた結果であった。

 ヒトという生物種が意図的に自らの知恵で永続する安定したヒト社会をつくり出そうとしている筈はなかろう。経済力を背景にした各国の文化の発展、個々人の考え方の反映だろう。

 ヨーロッパ連合(EU)の結成も、経済の面からみれば、若い人口を抱えた国を取り込んで人口の若返りを図り、経済の「成長」を確保しようとする策略の一つと見ることができる。

 いずれにせよ世界的に人口はやがて極大値に達し、これまでの「右肩上がり」から「右肩下がり」に転ずる。 そして世界的経済もまた、遠からず「右肩下がり」に転じる。

 先進国のなかで米国だけはまだ当分のあいだ、 「右肩上がり」の経済成長を続けることが予想される。しかし、その米国でも、これから30年以内には人口は減少に転じ、やがて経済も「右肩下がり」に転ずることが予想される。

 経済学はこれまで拡大のメカニズムを解明してきた。もしそのメカニズムが逆方向になるのが「縮小のメカニズム」であるなら、従来の経済学の蓄積はこれからの経済に対しても有効である。

 しかし、「右肩上がり」のメカニズムと「右肩下がり」のメカニズムが別物であれば、これからの経済は新たな経済学を必要とする。「右肩下がり」こそ経済の基本とみなす新しい経済学である。

 それは政府の経済政策においても同様であり、経済政策の手法も変わらざるを得ない。
 「右肩上がり」の路線を歩む我が国の政府には「右肩下がり」に対する準備が進められているのだろうか。それが見えない。

 人口減、経済の「右肩下がり」によって、人々の国への考え方、すなわち国への「求心力」が低下する可能性がある。国家が存立する基盤は求心力であり、人々は、まとまりを持つ社会を希求したからこそ、 国家を通じて安全も福祉も享受し得た。

 だから、国への求心力の低下は人々の生活にとって脅威となる。

 いかにすれば、これからも社会の「求心力」を保持し得るのだろうか。
 それには、新たな「社会の価値」を創出するほかはなかろう。これまでの社会の価値は、「国民」を豊かにするところにあった。それを実現したのが「右肩上がり」の経済であり、その下で国民の誰もが、程度の差はあれ、生活の改善を享受し得た。

 しかし、社会の価値を経済の発展に置く限り、国への求心力がいまよりも低下することは避けられない。そのような状態になった時、どうなるのか

 間も無く居なくなる私には知るよしもない。若い方々の問題である。

1/28(土)早朝降雪、曇り 飯川病院日直 朝まで降雪3cm 除雪なし
1:00起床。読書、徒然、データ整理。8:30家内に同乗、飯川病院へ。日直業務。午前新聞チェック+入力。12:00検食、微睡。読書、除雪8回目。新聞チェック、読書その他データ整理、16:00微睡。19:00迎えあり帰宅、夕食など、21:00就寝。Σ3773歩。

日本の人口減問題(7) 人口減は厳しい しかし、まだまだやれることがある
 人口減は厳しい。経済から見る国力も縮小していく。

 しかし、どうにも留まらない状況に至った人口減、経済的縮小傾向を認めた上で、右肩下がりのに方向転換すれば、日本にはまだまだやれることは沢山ある・・、と思う。

日本の農業
 日本の農業には、私は門外漢であるが、技術革新の材料、余地は沢山ある、と言われている。農業に不適な国が多い中で、降水量、日照量、土地などの条件がすべていい条件下にある国は稀有である。現在4割ほどの自給率を6-7割にすることは不可能ではないだろう。

 しかし、国の方針の中では農業政策は見えない。生産年齢人口が減っても農業の大規模化とAIとロボットによる省力化で乗り越えられ、採算が取れる可能性が出てきた、というのにである。

長寿国日本 しかも豊かな高齢者が多い
 長寿は誇るべきことである、と一般的には言われるが、私は心から賛成ではない。
 高齢者となって生活資金面から長生きリスクに不安を抱く人が増えている。このことも消費を控えることで経済の低迷の要因となっている。個人消費の低迷はそのままGDPの低下に結びつく。

 高齢者の多くが金銭面の不安を抱えているのは確かであるが、一方で高齢富裕層が膨大な金融資産を抱え込んでいる。これらの、高齢者が生存中に使わない貯蓄の一部をなんとかして社会に導き出し、運用金として回転させ、持たざる高齢者の福祉に回すことができれば、それだけで若者に負担をかけずに社会保障などの事態は改善できるはず。投資の勧奨と、相続税の工夫が必要であろう。子孫に美田を残す必要はない。
 同様のことは大企業の莫大な社内留保金にも言えることである。

社会保障 年金
 今の高齢者の年金は現役世代の保険料で賄う『賦課方式』になっている。今更変えられないであろう。これを制度通り運用して、貯金のある間は貯金を取り崩して生活してもらう。他方で生活保護制度の運用を改め、換金できる財産、貯蓄が尽きた高齢者がすぐに生活費を受給できるようにする。
 これは国に対する絶対的信頼が必要であるが、老後の安心感が増し、むしろ消費は増え、財政負担は減る。

人口減の理由は少子化。
 ここまで来れば、3人以上産んでも人口は維持は困難だが数千人規模の集落なら、若者の収入源さえ確保できれば可能かもしれない。

 2015−2020年までの5年間に0-4歳の乳幼児人口が増えた過疎自治体は1700自治体のうち100以上あったが、首都圏3県ではほとんどなかった。かつては地方消滅、絶滅集落が話題になったが、逆に見れば首都圏の日本人は絶滅危惧集団である。 

高齢者は減少し始めた。
 日本は、先進的主要国で最初に65歳以上の人口が減少し始める時代を迎えた。すでに全国約1700自治体のうち300近い自治体で70歳以上の人口が減り始めた。こうなれば福祉予算を減じて子育て支援に予算を回すということも可能になる。それで子育て環境が整えば子どもが増え始める可能性がある。

訪日観光客の誘致
 訪日観光客の誘致はCOVID-19禍がなければ年間4000万人が見込まれ順調であったが頓挫した。
 このグローバルな時代、日本には国際観光地としての優位性がある。世界から見た日本は、四季折々に訪れたい庭園のような場所なのだ。

そのほかの各分野にも可能性
 私は厳しい状態だが、打つ手はあるのでは?と思いたい。

 ただし、それには国の強力な後ろ盾が必要である。国は未だに右肩上がりの政策に固執している。国会の論戦を聞いていて歯痒い。
 

1/27(金)寒波ゆるむ晴れ 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 転倒1回目
 1:00起床、文献チェック他本読み等いつもと変わらず。徒然記載。5:30可燃ゴミ提出準備のみ。7:20Taxi駅に、道路事情に応じて早めた。8:11こまち。大曲駅タクシー乗り場で転倒、段差があり危険な状況であったが頭は無事であった。実害なし、つくづく幸運に恵まれている。右の足低アダプターが外れていたらしい、深く反省する。患者数は少なかった。長崎や古書店で9冊購入。15:30飯川病院ボランティア。微睡も。新聞チェック、19:30帰宅、夕食、21:00就寝、歩数計Σ6368歩。

日本の人口減問題(6)  人口減と経済は密接な関係がある
 どのスーパーに行っても商品であふれている。隙間のある棚などない。
 なぜ日本はこんなにも豊かなのか、実際本当に豊かなのか。
 私は、国は危機的経済状態を迎えようとしているのにこの豊かさはなんでだと思っている。

 平均賃金や1人当たりたりのGDP、貧困率といった個人の豊かさという点では、日本の落ち込みようは深刻と言っていい。が、国民の消費行動には変化がまだ乏しい。

 GDPの内訳を見ると「民間の個人消費」が圧倒的に大きなウエイトを占めている。政府が躍起になって、個人消費が下がらない政策を打ち出し補助金をバラまくのも、個人消費の低迷がそのままGDPの低下に結びつくからだ。

 日本はGDPは世界第3位なのに、1人当たりの名目GDPは世界第26位(2018年、IMF調べ)。単純に考えれば、生産性が低く、賃金が上昇していないためで、安い賃金で働き続ける高齢者やいまだに旧態依然とした産業で働く労働者が数多くいることなどが指摘されている。
 
 安倍首相も、岸田首相もインフレ率を上回る賃上げを産業界に呼びかけている背景はこの名目GDPを意識してのこと。

 日本の富の蓄積状況を見ると、その実態がよくわかる。
 日銀が発表した2019年7-9月期の資金循環統計によると、家計が保有する金融資産残高は1864兆円、企業の現金・預金は271兆円。金融資産に限れば、個人が最も多くの金融資産を保有しているし、企業も莫大な金融資産を保有している。ところが、ここに問題がある。金融資産が有効に流通していない。

 2010年、日本はGDPで中国に抜かれ、半世紀近く続いた世界2位の経済大国の座を失った。
 不景気と経済大国からの転落。この二つに私は大きなショックを受けた。この時のショックを契機に私は世界経済、日本の経済問題に関心を持った。しかし、不勉強にして未だになかなか理解は進まない。

 日本のGDPは早ければ本年中にもドイツに抜かれ、4位に転落する可能性が出てきた。

(近年の円安に伴う経済規模の縮小に加え、低成長と人口減による生産人口の減少の結果である)。

 これほどの問題になっているにもかかわらず、人口減問題は政策の焦点にはならず放置されてきた。一方、金融緩和で物価や株価を上げれば消費も増えるという論理を信じ込んだ安倍首相は異次元緩和を鳴り物入りで行った。しかし、景気は改善したが、消費はほとんど増えなかった。
 経済を動かすのは景気の波でなく人口の消費行動である。

 現役世代は生活面で多様な消費ニーズがあり、所得を消費に回すが、高齢社層は欲しいものがなく、消費より貯金に回す。こうしたいわば「預金偏愛」の層にため込まれてしまうので、金融緩和や財政刺激をしても需要は伸びない。

 需要なき生産は値崩れを起こすだけ。だから、国民の消費行動の低迷は産業の萎縮にもつながっていく。

 まとめとして、人口の減少は経済を確実に変質させる。
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第一は経済成長の消滅である。今後、経済成長率は年々低下していき、やがて継続的なマイナス成長に転ずる。
第二は生産資本ストック、すなわち生産設備の総量の縮小である。それによって日本経済の原動力であった設備投資は、今後ほとんど拡大せず、 やがて明確に縮小に向かう。
第三は経済の不安定性の増大、具体的には不況が長期化する危険性の存在である。
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 しかし、だからといって、これからの日本を悲観的にとらえるべきではない。経済が縮小し、経済構造が大きく変化したとしても、われわれ日本国民が幸福になり得る可能性は十分ある。

 勿論、そのためには、かなりの努力を要する。その努力を惜しむべきではなかろう。

1/26(木)寒波若干緩む 曇り 飯川病院 降雪2-3cm
 2:00飯川病院で起床徒然など。蓄積データ整理。結局そのまま飯川病院で過ごす。新聞チェックと入力、微睡。読書。インフルエンザワクチン接種業務なし。14:00-19:00勤務、入院患者対応。読書中心に。19:30帰宅、夕食。21:00就寝。Σ3163歩。運動不足。

日本の人口減問題(5) 対応策は戦略的に縮みながら経済を効率化すること
 国会で論じられている「人口減少に歯止めをかける異次元の政策」といった意気込みだけの討論に付き合っている暇などない。
 人口減少が不可逆的状況に至った現在、人口が増加するという見込みは幻想に過ぎない。だから、増加を模索するより「戦略的に縮む政策」に切り替えるしかない。 しかも、政策転換にも時間がない。早急に手をつけなければこれすらも間に合わない。

 「戦略的に縮む政策」では残すものと捨てるものを建設的視点で選別していく必要がある。
 日本は未曾有の激変期にある。過去の常識や成功体験にこだわるならば、待ち受けるのは衰退の未来だ。無策のまま漫然と社会の縮小を受け入れたのでは、全分野が衰退してしまう。

人口減少の日本が生き残る道とは
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 商売に例えて言えば、薄利多売から厚利少売への転換だ。
  マーケットが縮小する以上、拡大路線は必ず行き詰まる。大型百貨店が軒並みに経営難に陥ったが、地域に密着した中規模商店は、地域の住民の生活やニーズに即応し、得意分野に特化し、インターネットを駆使して回転率を挙げることである。

 労働力不足は、発展途上国からの外国人労働者には今後はあまり期待できない。送り出し国の経済発展は著しく、各国でも雇用が創出されてきている。一方、多くの国が外国人労働者を必要としており、大規模に訪日することは考え難い。 だから、既存の従業員のスキルアップを図って、一人当たりの生産性を向上させるほうが現実的だ。

 若者の起業力を維持するには、若い世代を分散させてはならない。若者同士で競い合う環境を提供していくことである。老害に伴うマンネリズムは我が国にとっては致命的だ。

 人口も分散は回避すべきだ。東京一極集中是正のために、政府は地方移住を促しているが、商圏人口を確保するには核となる都市を中心として人口集約を図る必要がある。こうした都市を基盤とする企業が地域の雇用を創出し、効率の良い経営で海外マーケットを取り込んでいくのがいい。

 などなど・・・
(人口減少総合研究所 河合雅司氏の論文を参照し、改変した)
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 日本の人口は2017年で1億2000万人余。世界第11位と中ぐらいの規模に属する。にもかかわらず1年間に稼ぎ出す名目GDPは、米国、中国に次ぐ世界第3位である。

 約6720万人が働いており、その勤勉さは世界的に有名だが、近年は少子高齢化で人手不足が目立つ。頼みの自動車産業もEV化に乗り遅れ一時の勢いはない。
 そんな中で、日本のGDPはいまでも世界第3位の地位にあり、財政赤字が1122兆円(2017年)もあるとはいえ、今でも安全資産の代表格として扱われている。 

 2018年現在、各国のGDPを比較してみると、米国が2222兆円 >> 中国は1443兆円 >> 日本は536兆円 > ドイツの426兆円 > イギリス305兆円となっている。米中が断トツで巨大なGDPを稼ぎ出しているものの、日本も長い間3位を堅持している。

 私にとってGDPがこれほど維持されていることに不思議でならないが、人口減と景気低迷の今、現状を維持するのは困難であろう。

1/25(水)大荒れ強風降雪寒波−8度C 飯川病院+当直 除雪2回目
 1:00起床。夜間何度か水道の蛇口を捻って凍結していないかを確認。徒然。積雪10-20cm吹き溜まりあり、7:00-8:00除雪2回目、午前はガスストーブフィルター掃除他。座学。11:50バス飯川病院。微睡ほか新聞チェック、14:00勤務、本日はCOVID-19ワクチン接種なし。17:00当直業務に就く。18:00検食、21:00就寝。深夜便数篇聴く。Σ7903歩。

日本の人口減問題(4) 楽観論もあるが受け入れ難い
 私は性格が内向きで、なんでも悪い方向に考えてしまう。悲観論者である。
 日本の人口問題についても悲観的に考えている。悲観論を乗り切って生きていくのに最大の武器は、その懸案項目に対する学習である。その結果、少しでも感情論から抜け、より科学的に、論理的に上むきに考えられるようになる。

 日本の人口問題は決して予断を許さないレベルであるが、依然として楽観論者もおられる。典型的な楽観論を集めてみると「本当にまだそんな考え方の人がいる??」というのが正直な感想である。おそらく大都会などで人口密度の高さなどで苦渋をなめながら生活しているからだろうが、陳腐と言うべき内容でが多い。

 「人口減少」すれば・・・
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通勤電車のラッシュが軽減する。
大学の受験戦争がなくなる。
高速道路の渋滞もなくなる。
人口密度が減少し住みやすくなる。
地価が下がる。
自然の流れ、∴無理に止める必要はない。
環境問題や食料問題などには好ましい。
70歳以上を高齢者と定義すれば高齢化比率は低下する。
経済成長は無くても困らない。
などなど。
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 こうした楽観論は、身近な問題から発生する感想であろうが、経済の基本である「需要と供給」の法則をわきまえていない。

 ラッシュは乗客が減少すれば、8両編成の電車は4両編成になるか、間引き運転か、あるいは運賃が高くなる。
 18歳人口が減少すれば全員大学入学もありうるが、学生が減れば大学の倒産・廃校の時代が来る。 難易度の高い大学は相変わらず入学は難しいままになる。大学はレベルを維持するために定員を減少せざるを得ない。
 高速道路の渋滞がなくなれば、道路の維持費用を捻出するために通行料金は著しく値上がる。

 人口が減少すればその地域自体が消滅する可能性があり、地価は安くなるが、公共サービスを受けるには人口が少ない分、費用の分担が増える。
 地価は地方では安くなるが、需要が集中する都市部では反対に上昇する。

 環境問題や食料問題を考えれば日本の人口が減ることは好ましい側面を持つのではないかという。もし、世界が国や民族を超えて、諍いもないのであれば、こうした議論も成立するかもしれないが、そんな理想的時代は来ない。
 
 現実からすれば、私どもは日本という国の中で生活しているのであって、日本の国力によって大きな影響を受ける。

 国の人口規模は経済同様、国力を象徴するものの重要な因子である。

 国民一人当たりのGDPが大きく、かつ人口規模が大きい国の筆頭は米国。一方、中国はまだ一人当たりGDPは大きいと言えないが人口規模が巨大な国で力をつけた。 中国が国際的なステータスを高めたのは、 14億の人口を抱え、高い経済成長が続いたことによる。

 国力の視点からは、人口減少に加えて成長を停滞させることになれば輪をかけて国力が減退する。
 1980年代後半のバブル期には日本の経済力は米国のほぼ半分にまで近づいた。しかし現在では4分の1程度にまで経済規模は落ち込んでいる。 将来をみれば、たとえ一人当たりの経済水準が変わらなくても、人口増加が維持されるアメリカと、人口減少になる日本とでは格差はますます大きくなる。 同盟の質も変わっていく。
 
 国際交渉にせよ、輸入品の確保にせよ、島国として生きる日本は、国力の維持という視点も併せて人口問題を考えていく必要がある。

1/24(火)大荒れ強風降雪寒波 中通病院外来 飯川病院ボランティア  積雪5cm
 1:10起床。本読み、文献チェック。5:30可燃ごみ提出。6:40バス飯川病院、8:45-12:30外来、15名前後で余裕。院長と面談、次年度からの外来診療契約延長再確認。血液分野で多数の業績を上げたW医師が死去された。13:10飯川病院ボランティア、微睡、14:00-15;00ゾンタ関連書類送付。入院患者対応、19:10帰宅、夕食。20:30就寝。計Σ7580歩。

日本の人口減問題(3) もう、どうにも止まらない!!!
 残念ながら、日本の人口減少はどんな対策をしても止まることはないだろう。
 人口に関する科学的知見を集めてみてもこれに反論は不可能である。

 政府や国会は「少子化対策は国の根幹対策」と周回遅れの議論を重ねているが、今更不妊治療の拡充や出産育児一時金の増額などを講じても焼け石に水。本当にこんな対策で人口が増えると考えているなら国会議員たちは完全にずれている。

 尤も、日本の人口問題を無策で放置してきた議員たちはズットずれていたからここまで深刻な状況を迎えてしまった。そのことの反省も出てこない。

  岸田内閣の少子化対策は真の少子化対策になっていないが、不必要だとは言わない。子育ての重要さを軽視してきたつけとして、子育て世代を厚く保護する必要はある。実効として出生数の減少ペースを多少緩められるぐらいの効果しか期待できない。最も重要な視点、すなわち教育費への対応が抜けている。

 長い間の無策で、もう子供を産める年齢の女性の数が減り過ぎてしまった。
 出産可能女性はどれぐらい減ったのか。
 2021年に出産した母親の85.8%は25-39歳。総務省の人口推計(2021年10月1日現在)によれば、この年齢の日本人女性は943.6万人。一方、25年後にこの年齢に達する「現在0~14歳女児」は710.5万人で、24.7%も少なくなる。

 一人の女性が生涯に出産する子供数である出生率は現在1.3程度であるが、これが2.0と驚異的に改善しても、出生数は減り続ける。OECD加盟国の中で出生率が2.0に達した国はない。

 この「不都合な現実」から目を背けてはならない。
 2023年の日本人の年間出生数は80万人を割り込む。 国立社会保障・人口問題研究所(社人研)は70万人台になるのは2030年と推計していたが大幅な前倒しとなる。

 COVID-19感染症も出生数減少に関与している。若者の収入が減り、出会いの機会は減少した。 婚姻件数も落ち込んだ。今後も出生数の急落は続きそう。

 人口減少の弊害はあらゆる分野に及ぶ。日本はその影響を受けていない分野を探すことの方が難しい。

 国内マーケットの縮小は内需依存の企業を苦境に追い込み、 働き手の不足は社会を停滞させる。各界の若者の減少は老害のためにマンネリズを起こし、活力の低下になる。起源小国にとって活力の低下は致命的だ。

 東京とかの大都市に生きている人たちは人口減を体感できないだろう。
 地方ではもう深刻な事態に追い込まれつつある。
 秋田市でも商店のシャッターは閉められている。民間サービスの撤退や値上げが深刻化している。
 公共交通機関であるバスや鉄道の存続問題が各所で論じられているが、これは将来の福祉や電気や水道の姿でもある。

1/23(月)寒波来襲とのこと 健康クリニック  午後飯川病院
 1:00起床。本読み。文献チェック等々いつもと同じ。6:40バス飯川病院へ。新聞チェック、9:00-11;10健康クリニックドック、12名、結果判定14名。飯川病院に移動、14:00から勤務、入院患者対応、19:10帰宅、夕食。21:30就寝。計Σ6582歩。

日本の人口減問題(2) 中国の人口減少に転じたニュースの扱いにショック
 地球上の人口が80億人に達した。地球の包容力を超えた数値であり、食糧難、温暖化などをもたらす。

 中国の総人口が61年ぶりに減少に転じた。
 高い成長を支えてきた原資である「人口」が縮小に転じ、かつ少子高齢化という難題に直面している。

 このニュースは1月中旬にメディアで一斉に報じられた。
 私はその報道で少なからずショックを受けた。

 我が国の人口減問題は20年以上前からで社会のあらゆる分野で現実問題になっている。中国の問題よりも遥かに顕著で深刻である。
 しかし、国民の、政治家の、メディアの問題意識は乏しい。特に対策については実効性ある対策はほとんどされていない。人口が減少し国が融解していくのを指を咥えてただ見ているだけである。 
 私は常々そう思ってきた。

 対して、1月中旬の中国の人口減に対する報道は私の目で見て体系的で驚いた。おそらく中国の国力、政治形態、世界制覇の野望などに潜在的脅威を感じているために、中国の人口減問題を過大に評価し報道したのであろう。

 某主要紙の社説では以下の点を強調していた。
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中国では7年ほど前から15-64歳の生産年齢人口は減少が続いている。
「一人っ子政策」は廃止されたが、出生率は回復していない。
若い世代の価値観も多様化し、低出生率は恐らく変わらないだろう。
何より克服すべきは他の主要国と比べても大きい貧富の差である。
税制改革で資産・所得課税を強化し、再分配を進めることが必要だ。
急速な高齢化に対応するため、医療、年金などの仕組みを十分に整えることも求められる。
格差是正や生活の安定を支える制度の整備など、構造改革が急務である。
社会保障の財源も足りない。
いままでは驚異的な成長を見せた中国であるが、近い将来、日本と同様に停滞の道をたどる可能性がある
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 中国では高齢者が爆発的に増加しており、少子化も止まらない。
 20年遅れで日本を後追いしている。

 このような問題はすでに我が国では社会の各所で具現化していおり、我が国の実情は中国よりも遥かに深刻である。

 同時に発表された中国の昨年の経済成長率は3.0%と低い数値にとどまった。厳格なゼロコロナ政策が生産と消費の両面で足かせになった面は大きく、中国の不振は世界経済低迷の主因の一つに挙げられる。

 ゼロコロナ政策は撤廃された。春以降には経済活動が回復して、今年は高い成長率を記録すると予想されている。
 そうした展望はあくまで短期的なもので、中長期的にはかつての高い成長を望めない現実、人口減問題を直視する必要がある。

 中国の計画経済にこれから求められるのは、自由な経済活動と政府の適切な関与とのバランスだろう。世界経済の安定にも資する成長軌道を描けるか、いよいよ政権の力量が問われる。

 中国の人口減の問題が具現化していくにはまだ20-30年先であろう。この間に、いかに国内対策ができるかが問われている。

 その対策に失敗したモデル国が側に控えている。


1/22(日) 寒波それほどならず曇り 積雪1cm
1:00起床。読書・新聞・文献チェック、徒然などいつものごとく。9:00本日日直医緊急手術が入ったとのことで急遽代理に。Taxiにて出勤、15:00までの予定。珍聞チェック、入力。自炊3冊など。読書、データ整理など。食べては読み、そして寝る生活。読書三昧。19:00帰宅、夕食、21:00就寝、歩行2734歩。トイレ往復のみで部屋に篭る。

日本の人口減問題(1) 超深刻 一方世界の人口80億人と増加

 我が国の人口減少問題は厳しい局面に向かっている。もう不可逆的レベルに達した。

 にもかかわらず、岸田総理は異次元の人口減対策と称して異次元()の少子化対策案を提示し、出生率向上を目指すというが、所詮子育て支援策でしかなくこれでは出生率は向上しない。

 今更何をいうか、と私は思う。
 残念ながら、政府がどうあがこうと日本の人口減少は止まらない。政府や国会は「少子化対策の強化だ」と周回遅れの議論を重ねているが、いまさら不妊治療の拡充や出産育児一時金の増額などを講じても焼け石に水。 少子化対策を不要だとは言わないが、出生数の減少ペースを多少緩める程度の効果しか期待できない。子育て世代の福祉としては意義があるが、子供を産める年齢の女性の数が驚異的に減ってしまったからもう遅いのだ。

 議員たちは感覚がずれている。人口減対策と称して議論していればそれで責任が果たせる、というレベルに見える。

 人口減は国にとって最大の有事である。早急に国の運営方針を変更しないと人口減時代に対する準備も間に合わない。
 人口減時代に入った我が国はどう対策していけばいいのか?

 政府が早く今までの無策を明らかにし、「戦略的に国を縮めていく」しかない。 残すものと捨てるべきものを選択して対応をしなければ地方のみならず国が消滅しかねない。

 一方、世界の人口は80億人に達した。
 WHOは2022年11月に世界の人口が80億人に達したと発表した。
 世界の人口は1987年に50億人、98年に60億人、2010年に70億人に達した。ざっとみて10年ごとに10億人増加しているが、その伸びは若干鈍化している。

 国連グテレス事務総長は、新型コロナや気候変動、戦争などで世界は危機的状況
にあるとしつつも、「人類は母子死亡率を大幅に低下させ、世界的に寿命を延ばした。保健衛生の驚くべき進歩をたたえる時だ」と表明した。
 確かにWHOから見れば保健医療の対策の成果と強調したいのだろうが、世界の人口増は新たな困難を迎えることとなる。

 WHOによると多くの国で出生率は低下している。世界の人口は1080年に約104億人となってピークを迎え、2100年頃までは横ばいで推移する、という。

 人口分布では東アジア、東南アジアで23億人、サハラ砂漠以南のアフリカの12億人を占める。
 世界的に少子高齢化が進み65歳以上の割合は2022年に9.7%であるが、これが2050年には16.5%になると予想されている。

 世界の人口増は食糧難、エネルギー難、温暖化などの環境劣化をもたらす。食糧、エネルギー確保で新たなナショナリズムが台頭し、新たな国際紛争のもとにもなりうる。

 それより、地球は果たして持つだろうか

1/21(土)寒緩む曇り  
 1:30起床、強風のためか停電。1時間ほど前かららしく、電気毛布が切れ、寒さで気がついた。停電は我が家だけだったのか??配電盤操作にて回復、されど配電盤自体の操作がよく分からず手探り。データ整理他何時もの朝と変わらず。午前午後とデータ整理、読書で費やす。午後微睡後、書斎の整理、音楽関連録画楽しむ。19;00夕食、21:00就寝。歩数計Σ2999歩。外に一歩も出ず運動不足。

老害の人(4) 不遜な老害発信者
 私が老害・男害について論じる場合、身近な話題も避けて通れないが、笑い話的な内容のこともある。それほど深刻ではない。
 言いたいことは国政レベルにおける老害である。また有名高齢者の言動にも多少は感じることもある。

 政治家の年齢上限に法の定めはない。自主的に「定年制」を設ける政党がある。
 自民党は、衆院比例代表では「73歳以上は原則公認しない」という内規を持つ。2003年の衆院選では、当時の小泉首相が厳格に適用し、中曽根、宮沢元首相らが引退を余儀なくされた。公明党は、国会、地方議員について、内規で「任期中に69歳か在職24年を超える場合は原則公認しない」としている。

 日本の政治に深く関与しているのは自公与党である。特に自民党では安定政権が長く、高齢の議員が多い。それらの一部は、経験豊かであることで党の重要なポストを占め続けている。

 私の老害のイメージとしてご登場いただくのは森元首相、と二階元幹事長である。ともに、時代に乗り切れない意見を吐露し私を落胆させた。

 今回の東京五輪は「オールジャパン体制で」、とされたが、組織委員長に森元首相(1937年生まれ)を据えたことで「オールドジャパン体制」になった。私はがっくりきた。招致の時はあれほど若いアスリートたちの活躍が目立ったのに。

 菅内閣を支えた二階幹事長(1939年生まれ)も高齢である。

 私は、培った技能を持って個人的に活躍されるのは容認できるが、組織の場合は、老齢化が問題で常に若返りが必要、との考えに立つ。老害を感じるからである。老害の具体的な問題点はいろいろあるが、より優秀な後輩の登用の道を絶っている事実だけでもほぼ十分説明がつくだろう。

 人はその育つ過程の社会の影響を心身ともに身につける。身についた時代感覚は学習によっては乗り越えることもあろうが、表層がカバーされるにすぎない。それが高齢化とともに徐々にはげ落ちてくる。私もそうだ。

 森氏のセクハラ関連の発言で自ら「五輪精神に反する」と認め、「老害」と公言したことは評価するが、辞任の意がなくがっかりした。
 「身内」のJOCも菅総理も森氏を批判する素振りは見せたが、積極的に非難する人間は誰も出てこなかった。IOCの会長、政府関係者、都知事も容認した。そのこと自体がもう老害の現れである。
 マスコミを通じて世論が湧き上がってから、関係者が力を得て弾劾し始め、森氏は辞任に追い込まれた。ネコに鈴をつけた人は誰もいなかった。

 森氏の発言は「五輪の、日本の、世界の恥」として長く記憶されることになるだろう。

 老害のもう一人の立役者は二階幹事長である。
 五輪の森発言に関しても的の外れたコメントを出し、火に油をそそぐ結果となった。完全に時代感覚からずれている。

 安倍辞任に伴う自民党総裁選出は、二階氏のゴリ押しで異常なプロセスで菅氏が選ばれた。通常は党大会を開き、国会議員と党員・党友票の合計788票で選挙するが、二階氏は党青年局ら有志議員他の提言を無視し、自民党議員の票のみで選挙し、結果的に菅氏が選ばれた。派閥にとらわれ自由に投票できない各議員の投票行動は民主主義の根幹を揺るがすもので、私は絶対に受け入れられない。

 最近、森氏、二階氏が表舞台に立つ頻度は大幅に減って安堵している。

 私はこの国の最大の問題は〈老害〉と〈男害〉だと思う。         
 「もし女性にもっと発言権があれば世界がどれだけ今より良くなるか」と思う。しかし、我が国では女性の自覚が乏しく、なかなか発言力が改善しない。
 2022年のジェンダーギャップランキングは、世界の146か国中で日本は116位である。〈男害〉の圧力のためと思うが、責任の一端は女性にもある。

1/20(金)曇り強風寒波 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:15起床、文献チェック他本読み等いつもと変わらず。積雪はない。5:50可燃ゴミまとめのみ。7:30Taxi駅に。8:11こまち。駅病院間徒歩出来ず。帰路こまち5分遅れ。15:45長崎屋古書店経由飯川病院Taxiで、古書18冊購入、ボランティア。新聞チェックと入力、購入図書整理。19:30帰宅、夕食、21:00就寝、歩数計Σ7237歩。

老害の人(3) 私の被害
 「高齢者」による害、すなわち老害というと、一般的には加齢によって心身の状態がおろとえ、介護を必要とする方々をイメージする。

 だが、私が老害というのはその前段階の元気な高齢者の言動のこと。何らかの病気を持ち通院などはあるものの、まだ大きな介護を必要とせず、虚弱高齢者と言われながら、とりあえず日常生活の多くを自分でこなせる男女だ。頭も体も結構ピンピンシャンシャンしている。

 人生100年時代になって、こういう高齢者は増えている。70歳代はほぼ当たり前、80歳代や90歳代であってもこのような方は少なくない。しかも、高齢者単独世帯者、伴侶を失って単独世帯の方が多い。だから概して寂しい環境にあることは認めざるを得ない。

 彼ら彼女らは手際は悪くなっても、風呂、トイレからゴミ出しまで、かなりの部分すべて自分でできる。訪問ヘルパーの手を借りている方も少なくない。

 新聞や雑誌を読み、テレビのニュース番組も欠かさない。私が知る限りでは、高齢者のほぼ全ての方々は、起きている間はテレビをつけっぱなしにしている。なのに「最近の番組はくだらないね」とのたまう。そして、国際問題、プーチンによるウクライナ侵攻について、最近の円高についても語るが、視点はずれている。

 そのような方々を対象に診療している私にとって、ほぼ安定した健康状態を保っていて、医療上では手のかからない高齢者は有難い。
 高齢者の診療のコツは、常に傾聴に努め、共感の雰囲気を作り、不安や不幸を慰め、時には最小限の対症療法をする程度で、内容的には楽。しかし、彼らのバラ撒く老害にはうんざりしている。とても疲れる。

 そんな高齢者たちは自分に自信があるだけに、機会があれば人と語りたがる。私は狙われている。それも同じ話を何度も繰り返す。古くさい話を聞かされる私のストレスは大きい。

 老害は、ざっとあげれば以下の如く。
――――――――――――――――――――――――――――-
「昔の自慢話」、「 手柄話」、「病気自慢」もある。過去にどれほど重い病気をし、そこから生還したか。 病状と闘病を詳細に語り、「病気は無駄ではなかった」と人生訓を垂れる。

「若さ自慢」。 自分がそこらの老人とはいかに違うかを語る。時には筋力トレーニングをやってみせたりして、私を励ます。

「趣味の蘊蓄」を垂れる。 ゴルフでも歴史でも文学でも、言うなれば「素人の講釈」だ。ヴァイオリンをやってみては?と薦める。

「説教」。現在の若年者のやり方や、仕事への向き合い方、考え方などに異を唱える。老人が共感するような若者が多ければ世は末。

「いつまでも現役でいたがる」。 私にしてみれば、「昔のやり方は通用しないよ」 である。秋田県では降雪期に屋根から落ちて死亡する高齢者が少なくない。家族も止めるが、家族がいなくなってから一人で屋根に登って、落ちる。自己過信である。

「地位を譲らない」。私は「いつまで居座わるんだ」と周りの人たちが気の毒である。

「クレーマー」も目立つ。

「孫自慢」で写メを見せられる。他人の孫などちっとも可愛くもない。私はそんな時はネコたちの写メを見せる。

「死にたい、死にたい」。心にもないのに連発する老害。 典型的あまえの心理。「トットと死ねッ!」、もう誰も悲しまないよ。
――――――――――――――――――――――――――――-
 まだまだあるがこの辺で。

1/19(木)曇り 降雪0cm  飯川病院 COVID-19学習会 岸田劉生展
 0:50起床、データチェック他いつものごとく。朝までの新降雪0cm。家内に同乗飯川病院、ボランティア、午前は座学中心。新聞・文献チェック入力。13:30平山医師によるCOVID-19学習会。午後勤務、COVID-19ワクチン接種患者対応。外出ミルハス喫茶コーヒー、県立美術館岸田劉生展。19:15帰宅、夕食、就寝21:00。歩数6656歩。


老害の人(2) 内館牧子著「老害の人」 講談社 (2022/10/17)


 著者の内館牧子氏は、脚本家、作家、作詞家。秋田市土崎出身、40歳にして脚本家デビューを果たした。代表作に、NHK連続テレビ小説の脚本「ひらり」、「私の青空」、大河ドラマ「毛利元就」など。著作も多作で『終わった人』(2015)、『すぐ死ぬんだから』(2018)、『大相撲の不思議(1)(2)』(2018)(2022)、『今度生まれたら』(2020)などがある。

 氏は郷土愛が強い方らしい。地方紙である秋田魁新報への掲載記事も多い。
 「心に愛、唇に毒」などの作品も同新報社から出版されているが、愛に満ちた()、かつ歯に衣着せない直言で、秋田県の政治、文化、食や祭り、人々の営みなどテーマに「牧子節」が光る。

 私は映像を好まないから氏の脚本家としての作品には触れていないが、著作は好んで読んでいる。

 この「老害の人」も短期間に読み終えてしまった。老害を振りまく人たちの表現に、老害の被害者を自認している私は没入して読めた。自分と登場人物とが自然に重なり、不思議な気分であった!

 老害の被害をモロに受けている私は、老害発散者に不快感を抱きながら読んでいたが、最終的には、老害は加齢のなせる技ではあり、なんて素直な、かつ自然的な人間なのだと感心した。

 一方、18歳の主人公の孫を登場させているが、若年者が持つエネルギーと、「爺さん孝行」への姿がうまく表現され、高齢者と若年者の人生観の違いが良い対比を成し、老若者間の人間関係のあり方として、この作品に大きな価値を与えている。

 これから読む方もおられると思われるので、この程度の紹介で留めておく。

 なお、私が気に入っている同系の他の作品として、マンガ作品であるが、小林よしのり著「遅咲きじじい1-3」がある。こちらも老害発散者がパワフルに描かれている。

1/18(水)寒波 午後飯川病院 降雪なし
 1:00起床。文献チェック他。徒然。蓄積データ整理。夜間降雪なし。8:30家内に同乗飯川病院。11:00中通リハビリ病院訪問、院長と次年度の業務打ち合わせ。部屋が狭いのが難。14:00勤務。COVID-19ワクチン担当外来入院患者対応なし。18:30夕食テイクアウトカレー。家内はネット学習会20:20帰宅、21:20就寝。歩数計Σ4480歩。

老害の人(1) シニア川柳「老害の人」の本読みフテ腐る
 つい先日、1月10日、地方紙である秋田魁新聞、シニア川柳投稿欄に「老害の 人の本読み フテ腐る」が掲載された。おそらく内館牧子氏の著作を読んで、自らの老害に気付き、著者の鋭い指摘に不快な気分を味わったのであろう。

 「老害の人」は内館牧子氏の著作の題名である。
 氏の高齢者を扱った作品に「終わった人」内館牧子著 「終わった人」 講談社 (2015年9月) 単行本 378ページ、「すぐ死ぬんだから」 、「今度生まれたら」などがある。

 内容は、実にリアルかつユーモラス。 高齢者の前向きな姿、周囲の迷惑感を存分に表現されており、私は楽しむことができた。

 私も日常から老害の被害者である。同時に私自身も老害をふり撒く加害者になっていないかとの恐れを抱いている。いや、私は絶対に老害加害者ではあり得ない、とも思っている。

 高齢者に何度も同じ話を聞かされて閉口するのは誰にでもある経験だろう。普段、高齢の患者さんの診療に携わる私は、「病気の話より昔話に付き合う時間の方が長い」という悩みを抱える。もっと医者らしく付き合ってほしいものだ、との悩みが若い時からあった。最近は「どうせ、先がみじかい老齢医師だから、まあイッカ・・」と諦めムードである。

  そのような老害関連の感情に切り込んで小説に仕立てた著者の目のつけどころは、誠に鋭い。

 本作の主人公は古いタイプの元会社社長85歳であるが、自らの会社の若いスタッフに人生を語りたくて仕方がない。会社に出かけては社員相手に説教をする。後継ぎ世代の娘と婿養子の現社長はイライラしながらも無視できず、葛藤の日々を送る。
 しかも、主人公は自宅にも俳句自慢や絵画自慢、遅刻常習者など、さまざまな「老害」仲間を連れてくる。会社での主人公の説教や、自宅の中でも家族内の会話が延々と語られるが、家の中で最も主人公を理解しているのは18歳の男の孫である。
 これから読む方もあろうから、内容はこの程度にしておく。

 私は読了して、爽快な気持ちになった。
 高齢者の姿、特徴を存分に確認し、溜飲を下げた。

 物語中の「老害の人」たちが80歳前後であるのに対し、困惑する娘世代は60歳前後。つまり、「老害を振りまく老人の話に、プレ老人がイラつく」という構図である。そう考えれば、無邪気でパワフルな「老害」を振りまく方々の姿は次の自分の姿である。プレ老人世代の抱く焦燥感は、将来の自分自身への恐れと戒めからくるものに違いない。

 どんな人も若いままではいられない。体だけでな脳細胞だって老化する。「子供笑うな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」はけだし名言である。
  次の世代の人は「不快だが将来の自分の姿かもしれない。先が長いわけでなし、多少のことは大目に見よう」と言いたくなる。若い世代の人は「言った後の人間関係の不愉快さ」を味わいたくなくてクレームはつけられない。

 かくして、老害者達は表立っては誰からも非難されず、野放し状態になる。だから老害者達は体力知力が衰えるまで実にイキイキしている。

 私は超高齢者の活躍が前面に出るのを是としない。
 社会を見る限りにおいては、日本の社会は時代遅れの旧体制、男性社会、老人社会の状況であり、不快に思っている。すなわち男性害・老害の社会である。しつこいが、私はそれを是、としない。

 私は、老害の人にはなるまいと組織の内規に沿ってスッパリ引退した。現役引退後は自身を恥じて言を慎み社会的にはほぼ隠蔽生活に入った。

 こんなことを言うのも老害にあたるか??注意しなければ・・・。

1/17(火)寒波  中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:00起床。新聞チェック、徒然他。昨日からの積雪3cmほど除雪不要。5:00可燃ごみ集積所にソリで搬出。6:40バス飯川病院へ、バス待ちはややきつかった。8:45-12:45外来。13:00飯川病院に。14:00-18:45飯川病院ボランティア、患者対応なし。19:30帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ6831歩。

2023年はどんな年?(16) 岸田政権の舵取り(9) バラマキ政権(2) 政策決定をコンロロールする機関、ブレーンはない??
 国の借金は膨張し続け6年連続で最大を更新し、2022年度末国債残高は1,029兆円に上ると見込まれている。なのに、29兆円の総合経済対策といい、5年間で総額43兆円に膨らむ防衛予算といい、昨秋来、岸田政権はカネに糸目をつけず次々と重要政策を決めてきた。ビジョンが乏しく、支持率低下に悩む政権の焦りが見て取れる。

 (1)バラマキ施策の効果があるのか 検証要す
 検証していないから効果が疑わしい。電気料金やガソリン代の高騰に苦しむ家計を助ける意義はあるだろう。とは言え、巨額予算を漫然とつぎ込めばそれだけ物価高を促し、景気上かえって逆効果ともなりうる痛し痒しの政策だ。

 それにしても電気料金の高騰は著しい。我が家では昨年と今年1月の比較で、ほぼ同じ使用量だが料金は8.000円高い。節電に努めよう。

 (2)防衛費論議にモヤモヤ感
 「国家安全保障にかかわる費用を借金でまかなうわけにはいかない」と政権が増税案をもち出したのは理解できる。だが、年間3兆円超の追加財源が必要だというのに増税目標額は1兆円。残り2兆円は税外収入や剰余金などで捻出すると言うが、不安定財源でいずれ税に置き換えざるをえない。
 そこを語らずして重大政策を決めたのは、納税者を欺く行為じゃないか。

 (3)国の財政や金融政策の在り方が変わった
 財政や金融政策は世界的経済状態などにも影響されミズモノ的性格もあるが、本来は理論やデータ分析の規律が働く分野だ、という。にも関わらず、これほど矛盾に満ちた政策がまかり通るのはなぜか 浅学な私には疑問は尽きない。

 余談だが、人口問題もほぼ正確に長期的予想ができる分野である。人口減・少子高齢化は半世紀前から予想されていた。半世紀ほとんど手をつけず、実害が出始めた今になって大騒ぎしている。もう不可逆的状態だ。

 マクロ経済学は、国や特定経済圏といった巨視的視点から、政府、企業、家計という経済主体の動きを明らかにし、貧困や失業を減らし、人々が豊かに暮らしていくための解決策を考察する学問である。
 かつてマクロ政策の総合司令塔として政府内や日銀との調整役を担ったのは経済企画庁(現内閣府)だった。官庁エコノミストと呼ばれる学者顔負けの有名専門家たちが集い、経済財政白書に大きな国家構想を描いた。

 経企庁は22年前、省庁再編で総理府などと統合し内閣府になってマクロ経済調整は一部門に過ぎなくなった。かつては、経企庁の物価局には50人規模が配置されていたが、現在、わずか2人である。今や絶滅危惧部門だ。しかも、官僚は表だって時の政権の方針を批判でないという。

 政権の暴走をコントロールする部門がなくなった どうやらここに理が通らぬ政策が横行する原因がありそう。しかし、よくわからない分野である。

 せめて、返済の方向性を示しつつ借金してほしいものである。



1/16(月)曇りやや寒い 健康クリニック 飯川病院 
 1:20起床、本読み、徒然。データ整理。6:40バス飯川病院、9:00-11:20健康クリニックドック。13名、面談だけ。判定先週休みのためなし。11:30飯川病院へ。読書など、富士通スキャナー不調でチャットで相談。ほぼ解決。14:00-19:10勤務、入院患者対応。19:30帰宅。夕食、21:00就寝。歩数計Σ5108歩。

2023年はどんな年?(15) 岸田政権の舵取り(8) バラマキ政権(1) 日本は堪えられるか
 私は浅学にして日本の経済の仕組みがいまだによくわからない。また日本の政治家の経済の考え方がよくわからない。

 国の経済は税収によって賄われるべきものと理解するが、景気低迷の近年、毎年の国家予算の半分程度しか税収がない。不足分は国債を発行して賄っている。これは異常である。

 (1)先ず、国債
 景気対策として国債発行は多額である。国債に頼るのは他の多くの国のにも共通することであるが、諸外国の場合は自国で十分購入力がないため国外から購入してもらっている。要するに外国から借金している。
 対して、日本の場合は国債は日銀や国内の金融関連の企業が購入していて諸外国からの購入には大きくは頼っていない。だから、比較的安全だと言われているが、財政基盤が弱くいざという時の瞬発力、持続力に欠ける。

 借金財政は膨張し、国の借金は6年連続で最大を更新して2022年度末普通国債残高は1,029兆円に上ると見込まれている。これはGDPの2倍を超えており、主要先進国の中で最も高い。

 政治家は、与野党ともに、国の借金を際限なく膨らますことをどう考えているのだろうか。歳出拡大や減税ばかりを強調し、財源確保を語らない論戦に、私は不安が拭えない。

 与野党の歳出増につながる政策
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COVID-19対策、交付金など、
ガソリン等の物価高対策、
少子化・子育て、異次元の、
脱炭素、
防衛予算の大幅増額、
・・・・・
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 岸田政権はバラマキが好きなようだ。これは無策の反映でないか バラマキの効果の検証もない。
 しかも、原資に余裕がない状況だから適所に適量配布するなら納得できるが、それほどの配慮されていない。万人への一律バラマキなど効果もなく支持できない。

(2)一方、税収。
 2022年11月、一般会計税収が68兆3500億円余と過去最高になる見通し。物価高も要因、その主役は消費税で消費税が22兆円。やっと軌道に乗りつつある消費税、国の財政を大きく支えている。野党は消費税減税または廃止などを強調しているが巨額の税収が失われれば、社会保障の持続可能性への懸念が強まる。当然一般会計に大きな影響を及ぼす。
 消費税減税または廃止は亡国の施策である。

(3)そして、財政再建。
 かつては財政再建が大きな争点になった。
 COVID-19禍で政府の巨額の借金がさらに積み上がったにもかかわらず、どの主要政党も財政を立て直す道筋を論じない。
 返済の計画を語らず借金する??
 異常だろう。この面でも政治家は無能?でないかとも思う。

 政治家の発想は半世紀も放置してきた人口問題と全く同じ。どの政権も責任を取らない。無責任政策の積み重ねである。

 私の、国の経済に対する考え、不安が大きく間違っていることを望む。

 1/15(日)曇小雪 COVID-19ワクチンの副作用でほぼ改善
0:20起床、体調ほぼ改善。データ整理、読書、時に微睡。終日読書、微睡、徒然など。朝食は通常に食べられた。本読み、文献読み、自宅のスキャナーで新聞PDF化。12:30京都女子駅伝見る。15:30買い物に行く家内に同乗飯川に。自室で座学継続。19:00帰宅夕食、20:20就寝、歩数計3599歩。

2023年はどんな年?(14) 岸田政権の舵取り(7) 日米首脳会談で米国に擦り寄る
 訪米した岸田首相はバイデン米大統領と会談し、防衛力強化や防衛費増額の方針を提示した。バイデン氏は賛意を示し、日米同盟の深化への決意を共有。対中国を念頭に連携強化で一致した、と報じられている。

 両首脳は会談後、共同声明を発表。
 台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を指摘し、ロシアのウクライナ侵攻については「強く反対」と、力による勢力拡大への対抗姿勢を鮮明にした。

 バイデン政権が最大の競争相手と位置付けるのは、急速な軍事力拡大を進める中国。 台湾有事が起きれば、もはや米国だけでは対抗できないとの危機感があるとされる。
 これで、台湾有事の際は日本が引き込まれる、ということが一層明らかになった。
 台湾問題では日米間で考え方の相違がかなりあると思うが、米国の軍事行動に否応なく巻き込まれる可能性が強くなった。

 反撃対象に関する情報収集などは米国への依存が避けられない、という後ろめたさもある。

 日米首脳会談でおおむねの合意は得られたようだが、一方的な防衛の方針転換の提示のように思う。
 敵基地攻撃能力保有をはじめ日本の政策転換を巡っては、国内議論が尽くされたとは言い難い。にもかかわらず日米間で既定方針とされることは、国民や国会を軽視である。逆に、日米首脳会談での合意がうまくいきそうと言う事実を背景に国会論戦に臨もうとしているようにも見える。

 日米両国に求められるのは、抑止力強化だけでない。中国との外交を通じて意思疎通を図り、台湾をめぐる緊張を紛争に発展させないための取り組みである。
 中国との緊張緩和に向けて外交努力を第一に取り組むべきだ。
 同盟関係にあるとはいえ、日米間では利害が異なる。こんな状態で戦闘に巻き込まれたら目を当てられない。日本は独自の平和外交などで主体的な役割を発揮すべきある。

 反撃能力保有するといえども、「専守防衛の範囲で適応」されることを国際的に説明し、果てしない軍拡競争につながらないようにしなければならない。

 政府は、防衛費を倍増させ、国内総生産(GDP)比2%とする方針。財源は歳出改革で捻出するほか、法人税、所得税、たばこ税の増税も行うとする。このような姑息的増税で間に合うだろうか

 防衛費には安定した恒久財源が必要。さりとて安易に国債を発行することは、財政悪化をさらに深刻化させるだけ。
 その際、人口減、少子高齢化に伴う国力の低下は避けられない状態が予想されるだけ舵取りは困難だろう。なんとするか。

 23日に開会する通常国会で徹底的に議論を深めるべき。
 岸田首相は国民の声に耳を傾け、自ら説明を尽くす責任がある。しかし、ゴリ押し環境の外堀だけが整ったように見える。


1/14(土)晴 飯川病院日直 COVID-19ワクチンの副作用でほぼ臥床
1:00起床、暖房効率化のため居間の仕切りカーテン工夫。文献読み。体調不良となる、全身倦怠感、微熱感、頭痛。8:30家内に同乗飯川病院。9:00日直業務に。この頃からサラの症状悪化ほとんど臥床で過ごす。昼の検食箸をつけず。16:00頃から症状軽減、新聞チェック開始。午後は微睡、微酔。19:00帰宅、夕食、若干少なめにした。20:00早めに就寝。歩数計Σ2503歩、寝たきり状態に近いのと日直で歩行せず。

2023年はどんな年?(13) 岸田政権の舵取り(6) 対中国外交路線に心配(2)
 対中国路線についての続き。
 (3)安倍首相時代
  安倍政権は大きく台頭しつつある中国に対し戦略的に向き合った。
 2000年代までの日本の政権による外交は、中国に対峙していく戦略を欠いていた。安倍政権は制度面では「国家安全保障会議」を設置し、集団的自衛権の行使を一部容認した「平和安全法制」を制定した。
 外交政策面でも中国を念頭に置き、「自由で開かれたインド太平洋」構想を推進した。

 安倍政権は単なる対中強硬派だったわけではない。硬軟施策を使い分けた。
 日中両国のナショナリズムに関わる歴史認識問題には穏健な対応に終始した。第1次政権以来の懸案だった靖国神社参拝については1913年の一度限りにとどめた。
 また1915年8月に発表された「戦後70年談話」では、過去の戦争に対する「痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明」する歴代内閣の立場を踏襲し、新たな波紋を防いだ。

 安倍政権の歴史認識問題への対応は、安倍首相を支えてきた保守層の主張とは相いれないものだった。 だが安倍首相は、彼らの不満を抑えて中国に対する問題と歴史認識分離に成功した。

 強固な政権基盤を持つ安倍政権が歴史認識問題では現実的対応をとった。
 尖閣問題で対立すると、「一帯一路への協力」を示し、中国政府も対日政策転換を決意し、2018年には李克強首相訪日と安倍首相訪中が実現した。

 安倍政権は中国に対する安全保障面での対応を進めながらも日中両国の政治的安定を確立し、戦略的互恵関係をよみがえらせた。
 日中関係の改善について安倍首相が果たした役割は振り返ってみればとても大きかった。

 (3)岸田首相時代
 2022年10月に発足した岸田政権は、安倍政権の路線を継承する形で対中政策を推進しているように見える。 だが大きく異なるのは、 保守層に支持された安倍政権が柔軟な外交を展開する余地があったのに対し、岸田政権には党内右派からの圧力が常に存在し、中国に対する姿勢はやや厳しく見える。
 それでも安倍元首相が存命のうちは、大局的見地から党内をとりまとめてくれることが期待できた。だが、安倍元首相の不測の死去は岸田政権の対中政策形成を一層難しくしている。

 岸田政権は2027年度までの総額4兆円となる防衛費の大幅増額と、日本国外の敵基地への「反撃能力」を保有することを閣議決定した。 今、首相は今年広島で開催予定のG7の準備で各国を歴訪、最後にバイデン大統領との会談が予定されている。そのため最近の対中国路線の話題は仮想敵国としての防衛論が中心である。

 戦後最大の安全保障政策の転換は米国からも歓迎されるだろうし、日米同盟は一層強固になるだろう。しかし、日米同盟を通じて米中問題とりわけ台湾をめぐる睨み合いに無批判に同調してはならない。

 中国との軍事的緊張を高めるだけで敵基地攻撃能力の保有論議を終わってはならない。 抑止力強化の論議の次なる課題として、防衛力強化以上に重要な中国との関係を安定させるための外交手腕、指導力を示せるか、そのために党内をまとめられるかも含めて、岸田政権の真価が問われている。

 ただ、最近の岸田首相内閣の対中国政策には外交によって両国の関係を維持していく、という固い姿勢が見えない。それが気掛かりである。

1/13(金)晴れ 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア COVID-19ワクチン接種
1:00起床、文献チェック他本読み。降雪なし。7:45家内に同乗駅に。8:11こまち。8:50大曲中通病院外来。往復Taxi。秋田駅病院間徒歩。長崎屋古書店経由飯川病院ボランティア、16:00COVID-19ワクチン接種5回目、微睡、新聞入力、読書など。19:00帰宅・夕食、21:00就寝。歩数計Σ5127歩。今のところ副作用はない。

2023年はどんな年?(12) 岸田政権の舵取り(5) 対中国外交路線に心配
 岸田政権が2027年度までの総額4兆円とな防衛費の大幅増額と、日本国外の敵基地への「反撃能力」を保有することを閣議決定した。 今、首相は今年広島で開催されるG7の議長国としてG7諸国、米国を歴訪中で、各国首脳に上記の内容を強調している。

 2022年2月のロシアのウクライナ侵攻は、中国による台湾への武力侵攻が起き得ることを想起させた。これほど大きな転換にもかかわらず反対論があまり盛り上がらないのは、世論の大勢もロシアや中国、北朝鮮による安全保障環境の悪化を認めているためだろう。

 戦後の安全保障政策にとっての最大級の転換である「反撃能力」保持は中国の脅威が念頭にある。
 岸田首相の決断は、厳しい国際環境があるとはいえ、防衛力拡充を唱える安倍派の主張に引きずられたことと、各国訪問前に急いで方向を決めたかったからであろう。

 日本の外交の歴史、とりわけ日中関係は自民党内の派閥対立としばしば結びついて苦難の道を辿ってきた。

 (1)田中首相時代
 1972年7月に首相となった田中は世論の支持を背景に一気に日中国交正常化を成し遂げた。しかし、党内親台湾派は台湾切り捨てに反対した。日中国交正常化は国会の批准を要しない「共同声明方式」で実施された。その背景には、国会審議をすれば党内の賛否が大きく割れる恐れがあったからである。
 日中国交正常化は、田中の決断と強力な政治力があったからこそ、党内の異論を封じて実現できたといえる。とはいえ、十分な合意を得ないまま一気に進めたことは、党内の分断を加速させた。
 72年12月の総選挙で自民党が苦戦を強いられ、田中の指導力に陰りが見えると党内で批判が強まり、日中関係にも連動するようになる。

 (2)福田首相時代
 1976年12月に首相となった福田は自派閥に多くの親台湾派が所属していたが、日中関係の重要性はよく理解し、 国交正常化後の最大の外交課題である日中平和友好条約の締結に向けて動き始める。

 福田は中国側と時間をかけて交渉しながら、同時に党内コンセンサスをしっかり固める道を選んだ。交渉終盤には尖閣諸島沖に大量の中国漁船が出現するなど危機的な事態も起きたが、福田は慎重に対応することで、日中平和友好条約の締結に至った。

 戦後の日中関係では、間題が起きるたびに自民党内の派閥対立と結びつき、親中国派と親台湾派が激しく対立してきた。だが親台湾派に影響力を持つ福田が大局的見地から、自民党内をまとめて日中平和友好条約へ導いたことは、80年代以降の日中関係の安定的発展に大きな意味を持った。(本稿は、井上慶應大教授の論文を参照させていただいた)


1/14(木)比較的温暖屋根は雪 午後飯川病院+当直
1:20起床、新聞・文献チェック他。座学、読書。11:40バス飯川病院。道路は消雪し歩行が楽。病院は14:00勤務、入院患者対応。微睡、読書など。17:00当直業務に。検食、19:30就寝。歩数計Σ5369歩。

2023年はどんな年?(11) 岸田政権の舵取り(4) 敵基地攻撃能力に踏み込む
 今年はどんな年に 岸田政権の舵取りが問われる年である。
 この1年間で大きく変わったのは防衛問題であろう。
 ロシアのウクライナ侵略、中国の台湾周辺での大演習、北朝鮮のミサイル実験
の激化により、3国と隣接するわが国の安全保障環境が厳しくなったことは事実。

 「安全保障関連3文書」が閣議決定された。自衛目的で他国領域のミサイル基地などを破壊する敵基地攻撃能力の保有を記した。政府は「専守防衛」に徹する姿勢を強調するが、敵地判断の方法論、憲法との整合性が問われている。

 他国が日本を軍事侵略しようとした場合、敵基地攻撃能力を持つことによって日本からの反撃で自国も大きな痛手を被ると分かれば、それは、攻撃をためらう理由になる。抑止力としての敵基地攻撃能力は有効と思う。

 しかし、現実に敵基地攻撃を考えた場合に、敵国のミサイル発射基地の判断する能力は十分だろうか。北朝鮮から頻回にミサイルが打ち上げられるが、そのニュースを聞く度に、韓国や米軍からのデータをもとに発表がなされているがこんなにモタモタしていて迎撃ミサイルで撃ち落とせるのか心配になる。

 第2次世界大戦の反省から生まれた憲法9条の下で、わが国は「専守防衛政策」を採っている。これは「やられてからやり返す」ということで、第一撃を甘受するという弱点を有する。
 そのため、「発射の兆候があった段階で敵国の中枢を討つ」という乱暴な議論もあった。その判断は不可能だろう。誤った判断で敵地を攻撃したら先制攻撃の開始であり、憲法違反は明白。かつ国際法違反で、国連憲章に基づきわが国が制裁を受ける危険を招く。

 しかし、「専守防衛」を維持する姿勢はそれには大きな利点もある。「専守防衛」は日本を守るものだ。
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「わが国は絶対に先制攻撃はしない」と世界に誓い、長い時間をかけて平和国家であることを世界に認知させてきたが、そのことでわが国の安全に寄与してきた。

わが国を攻撃する国があれば、ふさわしい反撃を行うと知らしめた。恐らく抑止力としてわが国の安全に寄与する、と考えられる。
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 しかしながら、反撃として敵基地攻撃を考えた場合に、敵国のミサイル発射基地の判断能力は十分だろうか。最大の問題点は潜水艦からのミサイル発射の場合の対応でろう。
 しかし、そこまで考える必要のない状況の維持こそ最重要課題である。

 すなわち外交による相互理解が重要であるが、最近の論調は外交努力がおざなりになっていないのではないだろうか。

1/11(水)寒波緩む終日曇り 午後飯川病院勤務 歩行富山終了石川に
1:00起床、いつもの如し。午前はデータ整理、午前座学。12:45中通飯川受診の石井さんの迎えの車に同乗、飯川病院へ、微睡、14:00-15:30COVID-19ワクチン接種担当。19:00帰宅、夕食、21:15就眠。歩数計Σ4735歩。石川到着、今日までのデータ、3216万歩、3567日、25732Km 、5654時間。

2023年はどんな年?(10) 岸田政権の舵取り(3) 人口減少の視点を欠く防衛計画
 今年はどんな年に 岸田政権の舵取りが問われる年である。

 この1年間で大きく変わったのは防衛問題であろう。
 自衛目的で他国領域のミサイル基地などを破壊する敵基地攻撃能力の保有を記した
「安全保障関連3文書」が閣議決定された。政府は専守防衛に徹する姿勢を強調するが、敵地判断の方法論、技術論、憲法との整合性が問われている。

 私が得ている新聞を中心としたメディアからの情報では、この政策の決定は早急だと思われる。また、軍事の専門家、憲法法律の専門家の意見がどれだけ参考にされているのか?? 知ることができないのが歯痒い。政治家は決して軍事に精通しているとは言えない。国会の論議を聞いていて核心からずれているのでは??と思うこともある。まさか、とは思うが無知な政治家の中だけの議論ではないだろうね??

 今回の敵基地攻撃能力保有は、外的環境の変化に押されて焦って踏み込んでしまったが、この機会に地に足の着いた防衛論議を始めたらいい。

 その点で、「GDPの2%」などと先に金額がくる防衛論議は邪道である。 現実にわが国に迫り得る軍事侵攻を想定して、それに有効に対抗し得る部隊の配置、弾薬の備蓄、装備の更新、同盟強化などを考える中での敵基地攻撃能力でなくてはならない。

 その議論の上で、長距離型ミサイルを適宜、陸上や海上に配備するのであれば国民の納得は得られるはずである。

 さらに、憲法と国際法に準拠した専守防衛の下での敵基地攻撃能力保有ならば、国際社会も平和国家日本に対する信頼を失ったりしないはずである。日本が立派な軍備を持ちながら平和国家として諸外国から信頼されてきたのは専守防衛に徹してきたからである。

 ただ、私が興味を感じて議論の経過を見ているのは、
―――――――――――――――――――――――――――――
人口減少、特に少子化による若年層の減少における自衛隊の運営に関する視点が欠如しているのでは??と思う。どうやって精鋭を集めるのだろうか。今の隊員の確保で大丈夫なのか??
 我が国のあらゆる機能は人口減の煽りを受けてヨタヨタ状態になった。国防に関しても同様でないのか??

もう一つ、人口減少下での国家運営である。国の経済基盤は改善していく可能性は低い。人口減でおそらく税収が減少する。一方、社会保障を中心に支出が増加する。なのに、国の方針は全懸案事項に対してお金のばらまき政策が中心である。これではいずれ経済危機が来る。

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 人口減少、国力低下を十二分に反映した政策を打ち出すべき時期である。
 経済の右肩上がりは期待できない。人口減の中の増税は厳しい。さりとて国債発行は泥沼化し、いずれ破綻に向かうだろう。
 私は右肩上がりの政策のみの自民党の議員たちの経済感覚を疑っている。

1/10(火) 寒波緩む曇り小雪 中通病院内科外来 飯川病院ボランティア
1:15起床、文献・新聞チェック。早朝から降雪始まる。寒波緩む、5:15可燃ゴミ提出。6:40バス飯川病院、バス待ち若干つらかった。8:45-13:00中通病院外来。疲弊、13:15飯川病院、ボランティア。その後微睡す。19:30帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ7437歩。

2023年はどんな年?(9) 岸田政権の舵取り(2) 最大の有事、人口減
 今年はどんな年に 岸田政権の舵取りが問われる年である。

 岸田首相は1月4日、年頭の記者会見で、今年の優先課題として「異次元の少子化対策」と「 インフレ率を超える賃上げの実現」に取り組む考えを表明した。
 首相が優先課題として少子化対策を挙げたのはとてもいいことだが、はっきり言って人口減対策としては遅きに失している。対策名に「異次元」という枕をつけたのも情けない。

 「異次元の少子化対策」として以下の政策を柱として挙げた。
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児童手当など 経済的支援の強化、
学童保育や病児保育、
産後ケアなどの支援拡充、
働き方改革の推進、
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 「異次元」と名をつけたものの抽象的な内容で、従来の政策と大きく異なるところはない。
 これは少子化対策ではなく「子育て支援対策」であって、これも重要な政策ではあるが、これでは人口減対策にはならない。子育て支援でお金をばらまく手法では効果は上がらない。もっと深いところからの対策が必要である。

 政府は「人口減対策=子育て支援」と間違っている。あるいはあえて置き換えている。子育て支援では子供の出生数は増えない。本気で子供を増やそうと思うのなら、出生数を増やすしかない。出生率改善と言っていてもそれは言葉の遊び。

 一人の女性あたりの出生数をあげるには社会構造、就業構造、子育て環境、就学費用など、多角的に捉えなければならない。
 でも効果は限られる。究極的には出産できる女性の数を絶対的に増やすしかない。すなわち、子宮の輸入、すなわち移民の受け入れしかない。

 次善の方策としては、お金のバラマキでないもっと根本的部分で親世代を保護し子供を持つモチベーションを高めることである。

 子供を持つことは個人の価値観の問題ではない。子供は日本の活力の素であり、財産である。
 子供は成長過程では消費者として社会の活性化を促す。成人後は長期間納税者として国の税収に寄与する。

 要するに、子を持つ親の寄与度は莫大なものである。その評価が足りなかった。国は親世代を減税によって生涯優遇するのがいい。これによって、子供を持つ意欲が高まる。

 これはフランスで行われている方式である。フランスでは子育てすれば、親は税金が安くなり、年金も増える仕組みである。

 なんでも横並びを好む日本では「子供のいる世帯が不当に優遇されるのはおかしい」との意見が出るだろう。
 しかし、子供は将来、納税者になり、子供のいない人を含めた国民全員に寄与することになる。

 必要なのは、「何はともあれまず子供」。そうした危機感を政治家には持ってほしい。もう対策をしないまま半世紀を浪費し今日を迎えた。

  「異次元の対策」が必要なのは確か、しかし岸田首相の方針では成果が上がらない。本気で「異次元の対策」をしたら??

1/9(月)成人の日 寒波若干緩む 終日曇り 除雪なし 
1:00起床。本読み、新聞・文献チェック他。午前読書中心に過ごす。七草粥初体験、決してうまいものではない。午後は新聞チェック、微睡後東海林さだお関連本一冊終了、録音データインデックス整理大量。19:00夕食七草粥。20:15就寝。歩数計Σ2941歩。


2023年はどんな年?(8) 岸田政権の舵取り(1)
 今年はどんな年に
 ロシアのウクライナ侵攻から10ケ月、その後、国際情勢、国内政治情勢は大きく変化した。
 ただ、国内情勢は、私の目から見れば長い自民党政治の中で放置、先送りしてきた事項が一気に問題化したに過ぎない。
我が国の危機管理の問題点2022(3) 国家の危機管理 (1)
我が国の危機管理の問題点2022(4) 国家の危機管理 (2) 医療・社会保障
我が国の危機管理の問題点2022(5) 国家の危機管理 (3) 災害・防衛など

 首相が主導した重要な政策は国会や国民的な議論を経ていない。国民の命と暮らしに関わる重要政策を政権内の議論だけで決めたことは、許し難いプロセスである。
 今月下旬に召集見込みの通常国会では防衛や原発政策の転換が焦点になるだろう。人口減、COVID-19対策、物価高対策など議論すべきテーマは多い。

 安全保障関連3文書が昨年末に改定された。敵基地攻撃能の保有が明記された。米軍が担ってきた「打撃力」を持つという防衛政策の大転換することになった。「専守防衛」が揺らぎ、軍拡競争にもつながりかねない。諸国に向けての説明が必要。

 27年度までの5年間の防衛費を約43兆円に増額する。財源確保策として増税のほか、国債を発行することも決めた。23年度予算案には過去最大6兆8千億円の防衛費が計上された。

 原発の新増設や運転期間延長を認める方針も決定。東京電力福島第1原発事故以降の「可能な限り原発依存度を低減する」というエネルギー政策の転換だが、核のごみなど根本的な問題は残ったまま。

 「政治とカネ」問題、旧統一教会との関係などを理由に閣僚が相次ぎ辞任した。議員たちの一部はどうしようもない抜けた連中である。首相の対応は後手に回った。首相の「任命責任」の言葉はあまりにも軽い。

 防衛力強化はその内容とともに財源についても徹底議論が必要。増税には東日本大震災の復興特別所得税の枠組みを使って創設する防衛目的税も含まれる。
 首相は「国債発行は未来の世代に対する責任として取り得ない」と防衛財源に借金となる国債を充てることを否定していたが、もう転換した。

 5月には広島でG7広島サミットが開かれる。ウクライナ危機への対応や「核兵器のない世界」実現をG7がどう主導していくか、議長を務める岸田首相の外交手腕の発揮が求められる。
 
 強引な手法による重要政策転換、閣僚の不祥事なども加わり、政治に対する国民の不信感は高まっている。岸田首相は聞く力を強調して誕生したが、その能力は疑問。さらに説明は下手。首相による国民に向けた会見は型にはまったワンパターン。聞くものに真摯に伝わってこない。国民と真摯に向き合い、政策について説明を尽くすべきだ。

1/8(日)曇り比較的温暖 降雪なし 
1:15起床。文献読み・録音・PDFデータ整理など。家内は御法事に出席、午前は読書三昧、死刑関連勉強、データ整理大量。午睡など。15:30外旭川駅まで歩行、靴擦れのために歩行諦めJRで秋田へ。成人式の正装助成数人いた。一日前倒しらしい。徒歩飯川病院に、自炊など。19:00帰宅夕食、20:15就寝。。歩数計Σ6666歩。昨年配電盤不調に、交換となる。

2023年はどんな年?(7) COVID-19問題(3) 国外とりわけ中国(2) 体制批判
 COVID-19流行4年目を迎えた。 感染爆発は世界を一変させた。

 中国は共産党一党支配の国から、習主席を中心とする独裁路線に舵を切った。その体制は一層盤石になったように見えるが、私はむしろ政治体制としては脆弱さが増した、と思っている。

 今回のような疫病等で、国民の生活や疾病、いのちに関わる対応があまりにも拙ければ体制にほころびが出る可能性がある。
 中国では2020年1月以来、 極めて厳格なゼロコロナ政策が続いた。 3年近く続くコロナにおいて死者数は最小限に抑えこんできたが、その代償として経済、社会に与えた影響は甚大であった。
 そんな対策のあり方に反発した抗議集会は「白紙革命」 と称される。これまでにもコロナ対策への不満が抗議集会や暴動につながった事例は何件も確認されているが、 「白紙革命」 は全国的に拡大したこと、 そして 「打倒習近平」、「打倒中国共産党」と、政権を公然と批判するシュプレヒコールが上がった。

 COVID-19に対する抗議活動を目の当たりにして習主席は、指導部は焦っていると思う。

 中国のCOVID-19事情としてさらに深刻なのは、情報が国際的に公開されていないこと。当局の公式発表で日毎の新規感染者が数千人、死者ゼロとなっているが、不自然。こんなことでは中国の情報は一層信用を失う。

 「ゼロコロナ」政策は本日をもって終了に踏み切ったが、感染が爆発的に広がる中で医療逼迫に見舞われている。 北京の病院には重症化した高齢者らが駆け込む例が増えているが、人手や病床が追いついていない。検査薬や治療薬も不足している。

 WHOは、重症者数など詳しい情報を出すように中国に求め、データ収集の協力も提案している。
 一方、山東省青島市など地方政府が感染者数の推定値を公表する独自の動きもみられる。市民と向き合う現場で透明性への意識が高まっている兆しである。

 COVID-19が国際的脅威になる前の2020年初頭に、私は■疫病は社会、政治を変える力がある、■疫病は戦争をも終結させた、ということを考察した。

 疫病は人類の歴史に大きな影響を与えた。
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 中世のヨーロッパではペストが大流行したが、生き残った人たちの労働賃金が上がって、封建制度がくずれ去るきっかけとなった。
 病気に対する考えも改められた。当時は、病気を神の罰と信じていたが、聖者も、貴族も罪人も区別なく殺戮したペストは、神の罰などではなく、朧げながら何か別の原因があることを人々に教えた。
 病人を隔離する試みの成果は不十分ではあったが、公衆衛生の下地が出来た。
 疫病は戦争も終結させた。1918年から感染が広がった「スペイン風邪」は、全世界で少なくとも5000万人以上が死亡した。第1次世界大戦の最中、戦争継続が困難となり、終結が早まった。
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 中国は共産党一党支配の国であり、その体制は盤石に見えるが脆弱さも包含した。
 今回のような疫病等の対応があまりにも拙ければ、ほころびが出る可能性がある。
 指導部は焦っていると思う。

1/7(土)晴れ曇り比較的温暖  飯川病院午前日直
1:15起床。いつもの如く。文献読み、本読み。8:30回診に行く家内に同乗飯川病院に、午前日当直に。新聞チェック入力大量。12:00検食、夕方まで院内で座学、録音データ整理。19:00迎えあり帰宅、夕食。昨年は除雪5回、本年まだ一回。歩数Σ4790歩。

2023年はどんな年?(6) COVID-19問題(2) 国外とりわけ中国(1)
 COVID-19流行4年目を迎えた。 感染爆発は世界を一変させた。

 中国では唯一ゼロコロナ政策を続けてきたが、今回政策が大幅に緩められた。
 中国政府は、これまで国民にPCR検査を広く受けさせ、陽性者は徹底的に隔離、省をまたぐ移動の際には行動履歴を確認。また、感染が広がった地域は封鎖し感染を封じ込めようとしてきた。

 中国はゼロコロナ政策で何とか新規感染を抑え込んできた。正確な規模は不明であるが、各国と比べて感染規模が小さかったのは事実のようだ。
 この中途半端な感染抑制の成功は、逆に感染が拡大した時の対策をおざなりにさせた。

 日本の原発政策は安全神話が先行したから、事故の対策などろくに考えてこなかった。これが原発事故の規模が拡大し、一時は都民の避難まで考慮された背景であるが、これが現実となれば日本は崩壊していた。これと類似している。

 いま、中国はCOVID-19禍で大変な状況にある。

 11月下旬に中国国内で同時多発的にゼロコロナ政策への抗議活動が起きた。暮らしていくことが困難なほどのきつい制限に国民が示した反発も強かった。
 自由にものが言えないことに抗議する白い紙が掲げられ、習氏の退陣を求め厳る声まで上がった。ここまで抗議が大きくなるとは予想外のことだったろう。

 なにしろ、ゼロコロナ政策で国民の生活は自由を失い困難になっていた。
 政策転換の理由として、
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 厳しい感染対策は習指導部、共産党一党支配の成果と世界に向けて強調してきた。
 さらに続けることが、政権にとって不利になると判断した。
 経済の悪化への対応も必要であった。都市封鎖などで経済活動へのダメージが広がり、5.5%前後としていた今年の成長率目標の達成が困難になっていた。
 国内の医療態勢の脆弱さから、ゼロコロナ政策を緩めることができなかった、という事情もあった。 
 政策緩和は既に時期を失していて、爆発的感染が生じる準備状態にあった。
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 12月7日からPCR検査の規模を縮小し、無症状や軽症の感染者は自宅で療養することが認められた。当局はもう、感染者全体の人数を追わなくなった。けれど感染者は爆発的に増えている。

 厳しい制限から一転、何ら準備もなく国民は「ウィズコロナ社会」に放り出された。高齢者など、ワクチン接種が十分に行き渡っていない。現在、自宅療養を強いられる市民は医薬品の確保に走り、品切れを招いている。

 中国社会はパニック状態である。
1/6(金)荒れ模様 大曲中通外来 飯川病院ボランティア 除雪不要
 1:20起床。外は強風だが、寒波はやや緩むという、降雪殆どなし。5:30可燃ゴミ3袋廃棄。雪道でと夕をつけ6:20Taxi、8:11こまち、大曲に。大曲往復Taxi、電子カルテ化してから殆ど時間的に余裕なし。個人のマック立ち上げる余裕もなし。バス長崎屋、古書店10冊。15:40Taxi飯川病院に。ボランティア、法人から4月以降の条件が提示された。疲れて微睡。新聞チェック。19:30帰宅。夕食、21:30就眠。 歩数計Σ7255歩。

2023年はどんな年?(5) COVID-19問題(1) 国内
 COVID-19流行4年目を迎えた。
 COVID-19感染が国内外で沈静化する気配が見えない。むしろ年末にかけて「第8波」が懸念悪化傾向にある。

 COVID-19は徐々に軽症化しつつあるように見えるが、社会全体が慣れによって緊張感を欠きつつある最近、乗り越えることができるかどうかが問われる一年となる。ワクチン接種者も頭打ちにある。

 2022年12月1日現在、累積感染者は2.494万人、死者は50.070人。年初頭の「第6波」、8月の「第7波」で感染者数が急増、死者は2022年だけで3万人を超えた。「第8波」としてインフルエンザとの同時流行が懸念される。

2023年に向けてCOVID-19に対する話題
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医療体制の脆弱さ
社会全体の慣れと緊張感欠如
2類から5類への移行の検討
内閣感染症危機管理対策庁の発足
経口薬 塩野義ゾコーバ 11月21日承認。それよりまずワクチン。
後遺症問題
インフルエンザとの同時流行
COVID-19関連自殺の増加
対策事業の無駄の検証 病床確保など
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 COVID-19の流行は4年目。今後もウイルスの変異と感染拡大が懸念されるが、社会経済を可能な限り回復軌道に乗せることも大切。社会経済を回すという意識を共有し、各人が感染予防をしながら前向きな一歩を踏み出したい。

 昨年3月にまん延防止等重点措置が解除されて以降、新たな行動制限は課されていない。飲食店の休業や時短営業など強い行動制限は経済への打撃があまりに大きかった。

 必要に応じたマスク着用や「密」回避の行動が定着してきた。ウイルスに関する科学的知見も徐々に蓄積されてきた。対策の進展に合わせ、規制緩和を今後も進めていく必要がある。

 COVID-19の法的位置付けに関し、政府は季節性インフルエンザと同等の「5類」へ引き下げる方向で検討している。両者は明らかに異なった疾患である。早急に決めるとのは危険。

 昨夏は秋田市の秋田竿燈まつりをはじめ、県内でも多くの祭り、イベントが「復活」した。これら行事は地域に活気を生み、住民が地元への愛着を改めて認識する機会にもなる。昨夏の経験は、COVID-19下でも感染対策を講じた上で出来ることがある、ということを示している。

 一方、昨暮からの「第8波」によって本県などの医療体制は逼迫している。医師・看護師ら医療人材や病床の確保へ、国や県は支援を拡充する必要がある。

 「接種疲れ」が叫ばれ、オミクロン株に対応した新ワクチンの接種率が伸びない。治療薬が承認されたといえ、ワクチンあってこそ。国は、各自治体の首長はワクチンの効果を積極的に訴え、国民の協力を得るよう努めてほしい。

 感染拡大を封じ込め、「いのち」を守り、生活の要である経済活動をどう再生させるか。それが今年の最重要課題となる。


1/5(水)寒波曇り 積雪3-4cm 午前除雪初回午後飯川病院 健康クリニック結果判定
1:30起床、文献チェック他、本、数冊、入浴。8:30今季初除雪。私に本格的冬到来。10:50バス飯川病院。ボランティア。新聞チェックと入力、微睡、文献、数冊裁断、午後は勤務、14:00-15:00健康クリニック結果判定、入院患者対応。19:20帰宅、夕食。20:30就寝。Σ9480歩。

年末年始休暇2022-2023 フリーの時間が少なかった
 今期の年末年始休暇は中通病院は12月29日から、飯川病院は12月31日から1月3日だったから実質的には4日間であった。そのうち飯川病院日当直が大晦日と1月3日の二日間あり、自宅でゆっくり過ごし得たのは実質2日間のみだった。

 ほぼ恒例であるので、私の年末年始休暇中の日々の状態を記録した。

 この間の勤務状況は以下のごとく。1日の行動の様子を知るために歩数計のデータをつけた。参考までに昨年のデータもつけたが明らかに今回は運動量は低下した。

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           午前     午後 ほか    1日歩数 (昨年歩数)
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12月29日(木) (フリー歯科受診) 飯川病院勤務    Σ4978歩 (9262歩)
12月30日(金) (フリー)    飯川病院ボランティア  Σ8897歩 (7578歩)
12月31日(土)  飯川病院日当直  飯川病院日当直    Σ3255歩 (8578歩)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-
1月1日(日)   (フリー)    (フリー)      Σ2877歩 (5797歩)
1月2日(月)    (フリー)    (フリー)      Σ2748歩 (11280歩)
1月3日(火)   飯川病院日当直  飯川病院日当直   Σ4152歩 (8030歩)
                       平均 (4484歩) (8428歩)   
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-

 今季の私の年末年始休暇は、飯川病院で過ごした時間が長かった。
 自宅で過ごした2日間は、除雪なく、読書三昧、音楽鑑賞、微睡三昧であった。ただし、歩数計で見るように昨年の半数程度で決定的に運動不足であった。

 読書は内容的には昭和史関連の作品、エッセイ集に集中した。漫画もずいぶん読んだ。
 それぶん時間が不足して徒然日記に充てる時間の確保が困難であった。

 音楽関連では録画で「N響特別第九公演」を視聴。いい演奏であった。毎年この期間に作っている録画インデックス一覧は作れなかった。
 
 家族たち、ネコ6匹も元気。若さゆえのいたずらは徐々に少なくなり、私との関係も一層ホットになってきた。

 体力気力の減退で何事も億劫になりつつある。この間の歩数プロット平均からもわかる。

 除雪は0回であったが、昨年は休暇中に4度、一昨年は0回であった。
 今年は日本海側の降雪量が多いと予報されていたが、本日までのところ秋田市は予想から外れている。

 新年に気持ちをリセットすることも止め、目標設定などは行わず、肩を張らず、あるがままに、気の向く方向で、できるだけズルして生きるつもり。

 飯川病院は本年度末で閉院する。
 健康クリニック(月)、中通病院(火)、大曲中通病院(金)の業務は次年度も継続することになった。

1/4(水)寒波曇り 積雪3-4cm 飯川病院午前ボランティア+午後勤務
2:30起床、飯川病院で起床、文献チェック他、本、数冊、入浴。午前はそのまま飯川病院ボランティア。新聞チェック、微睡、文献、数冊裁断、午後は勤務、14:00-1COVID-19ワクチン担当、14名。19:20帰宅夕食。20:30就寝。ラジオ深夜便数編聴く。歩数計Σ4700歩。

2023年はどんな年?(4) ウクライナ問題(2) 何とか休戦できないか? 
 今、何故なぜ朝鮮戦争が出てくるかと言えば、同戦争は1933年に休戦協定が結ばれたが、いまだに正式には終結していない。 正式な平和条約が締結されないまま戦いが幕を閉じ、以来、何十年も停戦状態が続いているが、戦争は実質的に凍結されている。

 確かに、ロシアはいまも「勝利した」という言葉を使っている。だが、プーチンはウクライナ侵攻で大きな失敗を犯した、というのが国際的評価なようだ。

 プーチンが9月に発令した部分動員令は何千人ものロシア人男性の国外脱出を招いた上、戦いの形勢を逆転させることもできていない。ロシア軍は既に約10万人にも上る死傷者を出している、とされている。

 プーチン氏は自らが自国にもたらした犠牲の大きさも、ロシアがウクライナでどれほどの戦争犯罪を重ねているかも認めようとはしない。もう殆ど独裁者の意地の世界である。この意地が和平に向けた交渉を阻む大きな障害となっている。

 人間の扱いは難しい。だから、プーチンの意地を大きく傷つけることなく、ロシアがこの戦争に敗北したと認めるさせることもなく、軍事戦術上の調整として戦いから徐々に手を引かせることは可能だろう。

 ウクライナの世論は領土奪還まで頑張るとの意見は80%超になるという。こちらの方の調整の方が難しいが、国民の尊い命の犠牲を増やさないという意味ではコントロール不可能ではなかろう。

 無責任な展望であるが、これ以上戦果を交えても良好な結果には結びつかないだろう。見ていて辛いものがある。

 国際政治学者R・フリードマンは朝鮮戦争の例をあげて「撤収に向けて大統領同士でなく両国の軍部同士が交渉することで休戦が実現できる可能性」を示している(日経)。

 同氏は、朝鮮戦争とウクライナ侵攻には重要な違いが少なくないと強調した上で朝鮮戦争の如く、完全な和平合意に至らなくても戦闘停止が実現できる可能性を示す。

 プーチンは領土をどれだけ奪い、それが政治的にいかにプラスになるかを主張できない限り戦争終結の宣言はできない。

 ウクライナ側にも道徳的にも政治的にも、国家を存続させるためにも戦闘を続けるべきだと考える強い根拠と世論がある。ゼレンスキ大統領は、2014年にロシアに併合されたクリミアを含め、占領された地域はすべて奪還すると公言している。クリミアを取り戻すには、さらに過酷な戦闘が避けられない。

 朝鮮戦争の如く、早期の休戦協定はウクライナにとってもプラスに思える可能性はある。ロシア側と同様にウクライナ側も日々、膨大な数の犠牲者を出しているからだ。

 停戦が実現すればウクライナは味方する各国からの支援を得られ、国家の再建も可能になる。

 はるか遠方の日本の高齢者からの、無責任な意見かもしれない。両国には理解し難い困難な歴史もあるようだ。が、やはり人命が失われている現状は看過でき難いものがある。

1/3(火)曇り小雪 年始休暇3日目 飯川病院日当直
1:20起床。夜間積雪ゼロ3-4cmで除雪不要、新聞チェック、文献、本読み。いつもと同じ。8:45回診に行く家内に同乗飯川病院、日当直に就く。新聞チェック、微睡、患者は安定。昼の検食後新聞入力、読書。18:00検食、のだめカンタービレ実写版一部観る。困難だったと思われる撮影。外国オケ、ウイーンフェラインザールなど。22:45就寝。歩数Σ4352歩。廊下歩行で稼ぐ。

2023年はどんな年に(3) ウクライナ問題(1)
 今年はどんな年に ウクライナ問題を第一におかねばならない。

 ロシアは年末年始になった今も攻撃の手を休めていない。
 無人機によるインフラに対する攻撃が中心のようであるが、小児病院なども被害を受けている。プーチンの姿勢は国際法違反だらけである。ウクライナ非戦闘員の殺戮、国民生活のインフラへの攻撃なども国際法違反である。

 我が国では、得られる情報は乏しい。私は内容的には新聞、画像としてはNHKニュース程度。
 米シンクタンク戦争研の報告ではロシアの国内でプーチン政権の強硬姿勢に対し反戦の声は鳴りをひそめている。 強権を発揮しているのだろう。だが、戦局の劣勢や戦死者の増加は市民に漏れ伝わっている上、米欧や日本の制裁で景気は低迷し「何のための戦争か」との疑念が広がっている、と見ている。

 ウクライナにルーツを持つ住民が多いロシア極東の人々は軍に動員される可能性に怯えている、という。ウラジオストクの公立学校では愛国心を高めようと、毎週明けの朝礼で国歌を流し、教員が戦果を報告するようになった、という。

 ロシアに不都合な情報は殆ど伝えられないが、市民は戦死者が増えていると知っている。郊外の墓地で戦死兵の墓が増えているからだ。国民はネット情報は得られるのか  公的発表はないが、国内の世論は侵攻否定の方に波だっていると見て良いようだ。

 今年はウクライナ・ロシア問題はどう展開していくのだろうか??
 これ以上は一層泥沼化するだけである。国民や兵士の命を守るために上手く休戦あるいは停戦に持ち込めないのだろうか

 うまく休戦に持ち込めばウクライナ戦争の実質的な終結につながるかもしれないという期待が浮かんでくる。

 その理由は以下が挙げられる。
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第1に、ロシアもウクライナもこれ以上戦っても完全な勝利を収めることは難しい。時間が延びれば犠牲者が増すだけ。
第2に、ロシア側は兵士に、ウクライナ側は国民の犠牲と生活困難など、どちらもこの戦争による犠牲があまりに深刻なため、休戦は価値ある選択になる可能性を秘めている。
第3に、これ以上戦っても問題を複雑化するだけ。
第4に、両国の政治的立場があまりにかけ離れており、今回は修復不可能な状況に陥った。将来的にも明確な和平合意が成立する可能性が低い。
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 このような戦闘において何とか休戦に持ち込んだ例として、同じ民族間の戦いとしての「朝鮮戦争」が参考になるのでは??という考えがある。


1/2(月)寒波来襲 終日曇り暴風雪 年始休暇2日目 積雪は3−4cm
1:30起床。文献検討.徒然など処理。微睡、読書、早朝・午前ともに読書等座学中心。午後、元旦の新聞のうち付録的部分読む。15:00-16:30書斎に籠りN響第九特別公演味わう。19:00夕食、20:30就寝。歩行Σ2748歩。運動不足。

2023年はどんな年に(2) ウクライナ問題を背景にN響第九特別公演味わう
 昨年は、ウクライナへの理不尽なロシアの侵攻問題で暮れた。二国間の問題に留まらず世界中で分断や歪みが目立った。この10ケ月、私にも精神的に色々影響を与えている。青空を見ても心は晴れない。心にもゆとりが乏しくなっている。

 そんな中、2022.12.25NHKホールで行われたベートーヴェンの交響曲第9番 ニ短調 op.125「合唱付」を本日午後、録画で視聴し心から感じ入った。

 演奏者はN響、指揮 井上道義、クリスティーナ・ランツハマー[Sop]、藤村実穂子[M.Sop]、ベンヤミン・ブルンス[Ten]、ゴデルジ・ジャネリーゼ[Bs]、
新国立劇場合唱団+東京オペラシンガーズ

 指揮の井上道義氏は1946年東京生まれで私と同世代、2014年に喉頭がんを克服し、以降も精力的な演奏活動を続けてきたが、2024年の引退を宣言している。氏が奏でる音楽は時に斬新である。指揮ぶりも華麗。引退は勿体無いが、氏なりの人生観、考えがあるのだろう。多分、闘病の経験がもたらしたものは小さくないと推定する。

 ベートーヴェンが生きた時代、氏が味わった苦悩は今よりもはるかに厳しかったはず。私のたどった人生など比較にもならないだろうと推定する。

 人との別れや別離の苦しみ、難聴という病、それらの苦難と共に生きたベートーヴェンが辿り着いた万物への巨大な眼差しと畏怖に基づく表現は、巨大なメッセージを包含する。分断された人間の感情、世界を音楽で一つに結び付けるという思いが込められている。
 人類の平和と歓び、自由と平等を願った渾身の超大作である。本日改めてその大きさを味わった。

 ロシアのウクライナ侵攻という人類史上忘れることの出来ない年となった2022年、ベートーヴェンの交響曲第9番は私にとって耳慣れた曲であるが、本日はこの一年を振り返りつつ聴いていた。

 今年の演奏はひとしお感慨深く聴こえた。

1/1(日)年始休暇初日 曇り 除雪不要 
2:30飯川病院で起床。文献整理。読書。7:00検食。元旦祝膳。YouTubeにてクラシック音楽ランダムに鑑賞する。11:00家内の回診を兼ねた迎えあり帰宅、昼食は雑煮。音楽関連録画見る。新聞チェックとスクラップ作成。データ整理、歴史の本読み、微睡。正月元旦だからいいか、と割り切る。新聞・文献チェック。19:00おせちと雑煮で夕食。21:00就寝。歩数計Σ2877歩。驚くほどの歩行不足。

2023年はどんな年に(1)
 明けましておめでとうございます。
 今年が良き年でありますよう、願っております。




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