徒然日記

 日記と言うより、自分の行動記録と日々の雑感です。

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 4/19(木)晴れ 外来+ドック判定総括 飯川病院 
 1:OO起床、書類PDF化、文献読みなど数件。7:20プリにて飯川病院。8:45-13:40中通病院外来+ドック判定総括。疲弊。14:00-18:30飯川病院。外来入院患者対応。19:00帰宅、家内不在で外食夕食、20:30就寝。歩行計6635歩。通勤路の桜は満開近い。庭改修工事

第115回日本内科学会総会講演会で京都(4) 雑観 JALの予約状況確認が困難 
 日本内科学会総会は6年ぶりである。
 
 学会そのものは大きな変化はなかったが、登録時に会員カードの提示を求められた。私は完全にその存在を失念していた。机の何処かに仕舞い込んだのだろうか。登録はカード無し会員の受付コーナーがあり、無事参加登録出来た。

 今回ははじめて新幹線、宿泊ホテル、帰路のJALのチケットを全部ネットで予約した。私にとっては不慣れで、申し込みの全ての項目を埋めるのにそれなりに苦労したが、全て自宅のパソコンで、しかも、早朝でも手続きが可能であり助かった。

 ただ、問題はJALの手続の結果が全く私のパソコンに残っていなかったことである。
 通常の手続きをしたつもりであったが予約終了後にそのデータを不用意に消してしまったらしい。
 そのことに気付いたのは数日後である。

 手元にデータが無いと予約完了できたか分からない。確認とれないと翌日の仕事に差し支える。ネットでも予約状況が確認出来る方法があるので、何度か試みたが予約番号が不明では不可能であった。

 次に電話で確認をとろうとし、JALの対応部署に連絡した。所定の時間内に数回連絡を試みたのであるが、すべて「ただいま電話が込み合っておりますのでつながるまでに若干のお待ち頂きます・・」のアナウンスが虚しく流れるだけであった。10分以上待ったのも何度かあるが一度も繋がらなかった。数回トライしたから全部で1時間以上も待った事になる。通信料金もバカにならないので電話での確認はあきらめた。

 クレジットカードには「JALチケットレス航空券」が領収済みになっていた事で予約されたことは明らかであろう。しかし、これだけで搭乗できるかわからない。日本内科学会会場にも臨時のJTBの出張所が開設されるのでそこで確認するか、伊丹空港に行って確認するかの方法をとることにした。

 結果として、JTBの出張所の担当者はコンピューターや電話を介して15分程で「予約済み、搭乗可能」との結果を得てくれた。聞けば、JTBとの間で緊急連絡電話ネットワークがあってそこを通じて確認してくれたのだ、と言う。この確認によってゆっくり学会を聴講出来た。

 航空機利用は数年ぶりである。この間いろいろ状況が変わった。
 前はJAL、ANAともに秋田支店があってそこを通じていろいろ予約とか出来たのであるが、各県の支店を廃止したらしい。たしかに瞬時に繋がるネット時代、情報を集中管理するほうが確実である。
 それは分かる。だからと言って電話がほとんど機能しなくなっているのは困る。JALの電話対応部は何分待たされるのか、などの提示があってしかるべしである。もっと繋がりやすい環境がほしい、と思った。

 登場した機種はブラジル製のエンブラエル170。私は初めてで楽しみにしていた。快適であった。ブラジルはカナダのボンバルディア社を抜いて現在世界第3番目の航空機メーカーに成長した。三菱MRJの現状はどうなっているのだろうか。


4/18(水) 快晴で温暖 飯川病院ボランティア 院長日本消化器病学会出発
 1:00起床、新聞・文献読み、徒然。自炊本読み。画像データ処理。11:30~19:00院長日本消化器病学会で東京出発、午後コーヒー購入後飯川病院へ、ボランティア。入院患者対応。19:30帰宅、夕食、21:30就眠。歩数計7383歩。本日より庭改修工事。

第115回日本内科学会総会講演会で京都(3) 最終日に聴講した演目など 
 4/15(日)は日本内科学会総会講演会最終日である。
 実はこの日は学会そっちのけにして京都観光にしようと思っていた。

 昨日の京都の、混み様、交通渋滞からみてうまく観光ができるか危ぶみながら就寝したが、当日は早朝から京都・大阪地方共にかなりの降雨であった。和歌山奈良方面では始発電車の運休などと伝えていた。たしかに、風も強い。
 私はこの時点で楽しみにしていた京都観光を早々にあきらめた。
 京都観光目的で来たのであればくやしいが、私の場合はせいぜい観光バスで名所巡りしか思いつかず、本来の目的は学会出張なので簡単に切り替え、学会最終日の講演を聴講した。

 9:00にチェックアウトし10:30過ぎに開場へ到着。やはり、道路は渋滞であった。
 早速第一会場の最前列の席を占拠し以下の演題を聴講した。

――――――――――――――――――――――――――――――-
■ シンポジウム2:二次性高血圧の診断と治療
■ 教育講演14:メタボリックドミノと先制医療
教育講演15:鉄代謝と貧血
■ 教育講演16:運動ニューロン病と治療
■ プレナリーセッション 
■ 招請講演5:膠原病の診断と治療の進歩
■ 教育講演17:肝癌診療の最前線
――――――――――――――――――――――――――――――-

 やはり「みやこめっせ」のパイプ椅子席は苦痛であった。
 それもあって、道路の渋滞を考えて15;00に中座し、バスで伊丹空港に向かった。空港には16:00到着、16:40発、機種は初めてのエンブラエル150、ほぼ満席で17:55定刻に秋田についた。1時間ほど前の羽田便は着陸出来ずに引き返した、というから今日も私は運が良かった。

 私はもうそれ程日本内科学会総会講演会に出席する機会は無いだろうが、要望として以下のことをメモにして学会事務局に届けた。

 ■ 観光シーズンを迎えてからの京都の学会の開催は、宿泊困難、渋滞などあってふさわしく無い、と思う。
 ■ 高齢者の出席も多い。パイプ椅子席は長時間の聴講には苦痛である。


4/17(火)快晴で温暖 外来 飯川病院
1:00起床、新聞・文献読み、徒然といつもと同じ。6:00可燃ゴミ集積所に。7:45家内の車に同乗、飯川病院。8:45-13:00外来。人数の割に時間がかかった。疲弊。14:00
-18:30飯川病院。院長市医師会班会議。19:00プリにて帰宅、夕食、21:00就眠。Σ8795歩。BR視聴無し、CDの廃棄のためにiTune化推める。

桜開花2018 奥羽本線脇の歩行者道路の桜開花
 私の通勤路コースの前半分は奥羽本線に沿っての歩行者道路であるが、ここには比較的若い桜の並木がある。

 見ると、中でも若い桜の枝、日当たりのいい枝には桜が3−4部咲きと既に開花していた。
 一昨日まで学会出張で京都に出掛けていたから、私にとって桜開花の初観察日となった。いつもなら毎日徒歩通勤するので蕾のふくらみから開花の始まりを観察出来たのであるが、今年はそれができなかった。
 比較は出来ないが、昨年は開花開始が4月15日、その前は4月10日と4月8日であった。
 昨年もそうであったが、4月に入ってから寒い日が続き開花が遅れたのだと思われる。

 千秋公園他の桜の名所、並木も通過してきたが、これらはまだで蕾は固い。

 寒い日々であるがついに、桜の季節が訪れた。
 いい季節になった。
 私の春は桜が散ると共に終わり大好きな夏が訪れる。
 うれしいが、我が家の車はまだ冬タイヤのままであり、除雪機もまだ仕舞い込んでいない。自転車もガレージの2階にある。全体に遅れている。花壇の準備もしなければならないし、畑も・・・。

 これから忙しい日々になる。


4/16(月)雨 健康クリニック 飯川病院 
0:00起床、新聞・文献読み、自炊など。いつもと同じ。7:20徒歩飯川病院着、奥羽本線脇桜開花。9:00-11:00健康クリニック。11:30飯川病院、検食後微睡。14:00-19:00飯川病院勤務。入院外来対応。脳梗塞疑い患者救急に紹介など。19:00帰宅、夕食、20:00就眠。Σ7232歩。BRながら視聴なし。CDの廃棄のためにiTune化推める。

幸福・不幸(4) 客観的といえない結果をもてあそぶ閑人
 いろんなランキングが出てくる。私はそんなのを殆ど気にはしない。可及的にデータは集めながら、自分の五感を大事にした評価の方が大事である。
 美しい景色、芸術作品に触れたときに、美しいと思える環境に居るだけで幸せ感を覚える。そういう感受性を持っているだけで自分は幸福だ、と思う。この場合、他人がどう感じたとかはどうでも良いことで、知りたくもない。

 世界の、日本の「幸福度」も各県の評価とか、「豊かさは世界で何番目か・・」といったことはどんな意味があるのだろうか,

 「幸福度」の物差しとして、学歴、貯蓄、平均寿命、ひきこもりの数も加えるようだが、そんな物を組み合わせて幸福度がでてくる、という発想はどこからくるのだろうか。

 幸福感は純然たる個人の感情である。それを、あやふやな社会の、生活の物差しで、他の人と比較なんて出来ない。貧しくても幸せだと感じる人は大勢いる。逆もしかり。有り余る金を持っていても孤独感にさいなまれて不幸だと思っている人も大勢いる。
 私が担当する外来にはその様な金持ちの一部が通院してくる。一方で、ドン底に近い環境の患者もいる。彼ら、彼女らを見てどちらがどうのという評価はとてもくだせない。

 それを、多項目を参考にした正しい統計結果だ、というように扱うのは陳腐ですらある。何しろ前提が間違っているのだ。
 1960−70年代ころ、「この結果はコンピューターがはじき出した結果ですので・・・」などということが流行った事がある。当時、歯磨きをすればするほど虫歯が増えると示した研究もあったが、統計処理にかける前の論理的前提が誤っていて、得られた数字を統計処理すること自体が過ちを増幅してた。幸福度の評価も同様である。

 いろんなランキングが出てくるが、他のデータと比べるということ自体、自分の客観的評価力が足りないことを示している。現代人は比べることが好きなようだ。「優越感」、「劣等感」を自分でつくって、悩んでいる。

 大事なことは、他人はどうであれ、自分の感情を大事にして自分の立ち位置を評価し、自分を尊ばねばだめである。求められているのは、比べるということが必要のない社会であり、生き方である。

 日本で暮らし、秋田で暮らす日常、よそ様のおかげを実感する。
 70歳を過ぎた今も、私は働く環境が与えられている、これだけでも恵まれている。物欲もほとんどないから、いまの生活の中で十分満足出来ている。

 私がほぼ毎日味わう小さな幸福感の一つは実にくだらないが落差が大きいだけに喜びも大きい。
 私は、朝方4時すぎにぬるくなり過ぎた風呂に浸かり、追い焚きをしながら、身動きもせず温かくなるのをじっと待つが、40度Cを超える頃からのホットして幸福感、充足感に満たされる。水に近い風呂に浸かってしまった不幸感に苛まれながら、簡単に追い焚きできる風呂の構造、燃料に感謝しながら、温かくなるのをじっと待つ。そんな日々を過ごしながら幸福とは何か、について考えている。


4/15(日)午前降雨 日本内科学会総会最終日 帰秋
 1:00起床、本読み、文献・録音・画像整理。微睡など。7:00朝食。8:30新大阪から京都に。日本内科学会総会最終日14:00伊丹空港に。16:40JAL、17:55秋田空港着、6:10秋田空港リムジン、私にとっては新ルート、6:45秋田駅着飯川病院へ。東京発のANAは強風の為に着陸出来ず引き返した、と言う。迎えあり帰宅夕食、21:00就眠。Σ7651歩。

幸福・不幸(3) 秋田県のは総合28位 実にくだらない!!!
 自分の人生に幸福を感じるかどうかは人それぞれで、何を重視するかによって異なる。  
 その幸福を客観的に測ろうと、日本日本総合研究所(東京都)は健康、仕事、教育、文化、生活の5分野の指標を基に「47都単府県幸福度ランキング」をまとめている。

 5分野の指標は更に、生活習慣病受療者数、正規雇用者比率、勤労者所帯可処分所得、教養・娯楽費支出額など計65項目に細分化されている。
 2016年版総合一位は福井県で、2位東京都、3位富山県と続き、本県は総合28位だった。

 2018年3月14日、国連が156カ国を対象に行った幸福度調査『世界幸福度ランキング』を発表したが似たような発想で調査をしている。日本は51位で先進国のなかでは低めであった。

 幸福の定義は人それぞれだから、何を基準に幸せを測るのか、その尺度がよく分からない。あえてランキングしようと言うなら、客観的?とされる経済的統計の集計結果をまず発表し、次に個人的主観を加味した「幸福度」の順位をつければいい。そうすれば、各国の国民がどう幸福を享受しているか判るだろう。
 客観的データに個人的感覚を加味したランキングに意味を感じとれない。

 指標のうち、経済的なゆとり感などは確かに幸福感を左右する。だが、本当か??

 本県での生活に、28位という数字以上に満足感を得ている人は少なくないのではないか。だいたい「住めば都」と言うじゃないか。個人毎に秋田に住んでいる事の満足度をきいたら、私の個人的判断であるが、かなりの割合で「最高です・・・」と言う、と思う。

 世界経済協力開発機構(OECD)は「主観的幸福」を測って役立てようとした。幸福が何によって構成されているかを理解することが不可欠という発想だが、主観的幸福を樗成するものとして仕事や所得、健康などを含む「生活満足度」、充足感や喜び、不安などの「感情」、さらに「人生の意義や目的」などを判断の項目に挙げる。

 WHOの調査も、日本日本総合研究所の調査も、OECDの調査も似たり寄ったり、こんな事で人間の幸福度を知ることが出来るか疑問である。私はできないと思う。

 要するに、調査は人間の感情的幸福度と社会基盤の充足度・満足度を取り違えている。だから、指標の選択は客観性を求めれば求めるほど陳腐になって行く。
 生活に余裕が無い人は不幸なのか??発展途上国の国民は不幸なのか?そんな事はないだろう。

 秋田県民が、何時、どんなときに、何に幸福を感じるのかを分析すれば、慕らしやすさや満足度を引上げる県政につなげられるのではないか、―-―などと地方紙の秋田さきがけ新聞の社説にあった、が甘い。

 若い人達が生まれ育った秋田で生活できるようにすることこそ、秋田県民にとって最高の幸福をもたらすことになる、と私は思う。
 「幸福とは何か」などとくだらんことを考えていないで県職員は県政に励んで欲しい。


4/14(土)京都大阪 晴れ 日本内科学会2日目 
 3:00大阪ガーデンホテル起床。持参の新聞切り抜き、本読み、つれづれなど。6:45朝食、葉っぱとコーヒー中心に。9:00快速列車にて京都に移動、9:30みやこめっせ、日本内科学会講演会2日目に参加、学会参加証登録、会場内設置のJTBにてJALの予約確認。16:00中座し、大阪に戻る。以降、本読みなどノンビリと過す。ホテルには何も無いのが気が散らなくてとてもいい。19:30ホテル内レストランで夕食、21:00就寝。歩行Σ6643歩。

第115回日本内科学会総会講演会で京都(2) 二日目に聴講した演目など 
 4/14(土)は日本内科学会総会講演会二日目である。京都・大阪共に快晴で快適であった。

 8:30に新大阪駅近くのホテルをたちJR東海道線の快速列車で京都に向かった。9:00過ぎについたが開場へのアクセスがわからないためにタクシーとした。タクシー乗り場は大勢の観光客でごったがえしており、乗車まで待つこと30分。翌日は名所巡りを楽しみにしていたがこんな混雑では!!!と暗雲がたちこめた。
 10:00近くに学会参加の手続き終了、早速第一会場の最前列の席を占拠した。

 この日に聴講出来た演目は以下の如くである。
――――――――――――――――――――――――――――――-
■ シンポジウム2:循環器領域における血管内治療の現状
■ 教育講演8:糖尿病診療の最前線
■ 招請講演4:日本から発信するIBD診療の新たなエビデンス
■ 一般演題:プレナリーセッション5題
■ 教育講演9:COPDの治療管理
■ 特別講演:「がんブレシジョン医療」の現状と課題
■ 会長講演: IL-6の発見と広島復興の医学
■ パネルディスカッション:日常診療における難治性疾患への対応とピットフオール
――――――――――――――――――――――――――――――-

 最初のシンポジウム2は途中から聴講、最後のパネルディスカッションはあまり魅力なくて中座した。また、途中の演題も頻回にまどろみながら聴講した。

 ところが、私にとって座席に問題があった。会場は私の最後の出席となっていた前回に続き今回も多目的施設「みやこめっせ」であった。メインの講演会場はだだっ広い平場に置かれたパイプ椅子席であった。
 例えば京都の国際会議場などの専用の会議場だと椅子の座り心地も良い。対してパイプ椅子は狭くて固い。背もたれ機能もチャチで姿勢が限定される。本日は5時間ほど座っていたが、心地良い微睡すらも出来ず、姿勢も限定され、背部痛・腰痛が生じ苦痛であった。これだと明日はやはり学会聴講をやめて観光にするか・・と考えた。

 もう一つの問題は会場から京都駅までのシャトルバスにあった。
 バス自体は大型で十分の台数が用意され、運営に細やかな配慮が感じとれた。ガイドがついて補助椅子を含め65人ずつキチンと座らせたが、私が乗ろうとした時間帯はバス乗り場には既に300人程の方々が並んでいて、乗車まで30分ほどもかかった。立ち席でも早い処理があったほうが良いと思った。
 更に、激しい渋滞の為に京都駅まで45分もかかった。往路のタクシーは乗るまで30分ほどかかったが所要時間は10分ほどだった。

 明日予定していた京都観光めぐりは混雑と渋滞で面倒な事になりそうである。


4/13(金)曇り晴れ京都曇り 大曲中通病院外来 日本内科学会で京都へ向かう 
0:00起床。読書中心。6:00可燃ごみ提出。7:30Taxi駅に、8:10こまち、雨にて徒歩不可、9:00-12:15外来。12:47こまち20号東京、JR東海のぞみ乗り換え、19:00新大阪着。シャトルバスにて大阪ガーデンホテル。この間、耳はずっと音楽会、快適であった。夕食は時間的に食いっぱぐれ、外で焼き肉、22:00就眠。歩数計7735歩。

第115回日本内科学会総会講演会で京都(1) 久々の学会出席
 本日4月13日から京都にて日本内科学会総会が開かれている。
 初日の参加は勤務の関係で無理と諦め、二日目から参加すべく大曲の診療応援終了後、12:43新幹線で東京に向かい、JR東海ののぞみに乗継ぎ新大阪に向かい19:00過ぎに到着した。のぞみは振動も異音もなく快適に走行した。

 日本内科学会は大規模の学会である、一月以上も前に学会専用の宿泊窓口であるJTBを通じてホテル予約を申し込んだが、それでも遅かったのであろう、京都市内の宿泊はとれなかった。新大阪駅近隣のホテルにしたが、新大阪から京都の学会に通ったのも過去に2-3回はある。だからそれほど特別の事と思わなかった。

 新幹線は乗り換え含め約7時間の行程。この間、数ヶ月前に購入したいノイズキャンセリングヘッドフォンWH-1000XM2はおおいに役立った。新幹線の中でもほとんど無音状態を確保出来、これにBlueToothを介して音楽を流した。今までこんな快調な移動はなかった。ブルックナー、マーラーの交響曲を数曲堪能、その詳細な構成を再確認し、曲の素晴らしさ、演奏の素晴らしさ堪能した。

 私は日本内科学会総会の講演会が大好きである。
 メインの第一会場に終日座っているだけで次々と知見が流れていく。こんなハッピーな事はない。だから、現役時代はほぼ毎年出席し、9:00-17:00頃まで舞台直下の席を確保して過ごしていた。
 しかしながら、おそらくはこの6年ほどは日本内科学会をご無沙汰していた。私の記録では2012年の第109回日本内科学会総会が最後となっている。もう6年も前の事だからこれでは認定医更新手続用の蓄積点がゼロ点まで減少したのは当然である。

 もう私は日常の記憶も定かでなくなり、引退も考えている。だから次ぎの認定医の資格更新など不要と考えていた。日本血液学会はそのように考えて4年ほど前に脱会し、認定医・指導医の資格を返上した。

 ところが、たまたまであるが、まだ生き長らえて仕事をさせて頂いているから事情がちょっと変わった。
 内科医として働いている以上、もっとも基礎的な資格である内科学会の認定医は立場上失う訳にはいかない。それに、3月上旬に学会から「認定医の更新点数がゼロ点ですので要注意」との連絡がきた。

 それで焦り、かつ、迷ったのであるが、会場が京都とあったのでそのことに押されて急遽出席を決めた。


4/12(木)曇午後晴れ 外来 飯川病院 
0:45起床。新聞・文献チェック他。7:30今季初全コース徒歩飯川病院着,8:45-13:00外来+ドック総括10名分。14:00-18:30飯川病院。入院患者対応。19:00帰宅、夕食、20:30就眠。BRながら視聴:「そこまで言って委員会:日本人が抱える不安」。歩数計13098歩。

終活2018(3) 葬儀、定期購読誌の解約 新聞 メールアカウント 預金通帳 生命保険
 終活にとっての項目としては、物品の廃棄は勿論であるが、私の死に関して残されたものが把握できない項目も少なく無い、と考えられる。それらに対する準備も重要である。

 ■第一には自分の死に際する指示項目だろう。
 人の死に方など予測できない状態で生じる。私は条件が許せば一人静かに死にたいから、それを支持して欲しい。家族以外の誰にも知らせも不要。町内会は脱会できないがお知らせは不要。
 所属団体など、会員資格など、今後も脱会して行く予定。学会は日本内科学会のみ残した。新潟大学学士会、医師会、出身医局同窓会も漸次脱会手続する。

 ■葬儀など
 死後の行事など一切不要。よそさまを巻き込んではならぬ。
 自分の棺桶を得意の木工技術を活かして自分でつくりたいが、無理か。死体を海か山に捨てても良いが、犯罪になるから火葬はせざる得まい。生きている間のみならず、死んでからもエネルギーを消費し環境汚染するのは不本意である。最小限のエコノミーコースは無いものか??
 葬儀など本心では不要。残る者として一応心の整理したいというなら小範囲の親族だけで小さくやっていい。
 先祖から受け継いだ墓があるからそこに入ることにするが、子供達に迷惑掛けないよう永代供養的扱いは出来ないものか。今年の盆には住職さまと話しあいたい。

 ■E Mailなどの整理
 従来、rnac.ne.jp、meiwakai.or.jpなども使用していて、種々の会員もこれで登録していたが、全部解約し、HomePageとYahooのみとした。

 ■講読新聞、定期講読月刊誌の整理
 定期購読しは3紙に減らした。月刊誌もすくなくし、広告をみて書店にその都度注文している。請求書が届いた時点での解約してもらえばいい。

 ■生命保険の解約
 私は生命保険はあまり好きで無い。若い時の死の際の保障だけは確保して来たが、70歳を機会に保障額がそれ以前の額の1割程度とドンと減ってしまった。もう大した額ではない。ちいさい掛け捨ての保険は解約済み。内容は、家族がパソコンでいつでも見れるようまとめ、適宜状況を更新してある。
 また、受取人は全て家内としてあったが、家内も心許ないから3人の子供達にあらかじめ分配を開始した。

 ■預金等の整理
 かつては少額の預金通帳があったがこの1年でかなり解約整理した。それほど高額の預金は無いが、私の死亡時はすべての預金通帳はロックされ、それを解除するのにかなりの複雑な手続がいると言う。死ぬ直前に降ろすのが一番だが。残っている通帳のすべては死亡時混乱しないように家族がパソコンでいつでも見れるようまとめてある。

 終活のことをまとめておくのは楽しい作業である。


4/11(水)曇り晴れ雨、強風と一定せず 飯川病院ボランティア
1:30起床。文献検索、徒然ほか。8:20クリーニング店、12;30雨中車検中の代車で飯川病院に。ボランティア。新聞チェック、音楽データiTune化。18:00帰宅。喘息発作??湿性咳嗽ひどかった。19:00夕食、20:45就眠。おもに音楽楽しむ。歩数計10649歩。

終活2018(2) 書籍の廃棄 書籍を売ってみた
 終活を意識し始めたのは5年ほど前からである。そのころを契機に次々と思いがけない疾患に罹患した。幸い全て経過良好で今も生きているのであるが、その後終活が私の大きなテーマとなってきた。

 昨年は終活(2017)として庭木の伐採を進めた。また、40年間手を付けていなかった母親の箪笥を開けた。
 
 今年の終活(2018)の重点は書籍、オーディオ関連の廃棄とした。後者はまだ廃棄し切れていないレコード廃棄、CDの廃棄である。まだまだ先が長い作業が続く。

 書籍の廃棄は2011年からは、重要な書籍はスキャナーで読み取り電子化をしながら廃棄した。書籍の電子化はなぜか自炊と呼ばれている。それ以降、現在まで綿々と続けている。本棚の半分ほどは小物を置く棚に変身した。
 最近は、私が購入する書籍、月刊誌は書棚に並ぶことは無い。全部ハードディスクに収まっていて、必要に応じてパソコンかiPadで読む。

 書籍の廃棄の中で困っているのは小説などである。
 実用書なら自炊するのであるが、文芸作品は1-2度読むとその後の再読率はきわめて低い。だから、ほとんどの書籍は綺麗なままで書庫で眠っている。本当は背表紙をみているだけでも楽しいのであるが、これを残しては死なれない。今年はこれを重点的に処分しようと考えている。
 
 文芸書は概して長編なのが多い。だから、自炊には向かない。どうするか。捨てるのは惜しい、と思われる書籍が沢山ある。

 私が時に利用するアマゾン関連の古書取扱会社のバリューブックスが郵送で古書を受け入れてくれると言うので会員登録をした。地元で、秋田でも売れないことはないが結構めんどうである。

 先日、程度の良い本を選んで50冊ほど送ってみた。送料は会社持ちである。まだ査定されていないのでいくらになるかは皆目検討もつかないが、1000円にでもなれば御の字と言えよう。私としては値段の問題でなく、何らかの形で愛好者の手に渡り、利用されれば良いと考えている。

 この方法による書籍の廃棄は始めたばかりでうまく軌道に乗せられるか、まだ未知であるが、これで大きく進む事が期待される。 


4/10(火)火災記念日 曇り・強風 外来 飯川病院 
1:20起床、新聞・文献・本読み他、蓄積データ整理、徒然。6:00可燃ゴミ提出。家内に同乗飯川病院。家内は大清依頼し孫の入学式に。8:45-12:55外来。13:15飯川病院、微睡など。14:00-18:45勤務、夕食、文献処理等、19:00帰宅、夕食、21:30就眠。歩行計9437歩。

終活2018(1) CD廃棄を始めた
 私は無趣味な人間の一人なのだろう。酒も飲まず、タバコも吸わず、美食にも、女性にもそれほど・・興味は無い。旅行もきらい、あえていえば本、音楽関係かな、と思う。この方面だけは追求し続けてきた。

 音楽関係は楽器も若干嗜んだが、基本はオーディオ関連であった。
 オーディオではハード面にも金を掛けたが、スピーカー以外は徐々に寿命を迎え、世代交代し、私の趣味も徐々に軽薄短小化した。
 音楽ソースとしては、LPレコード、オープンリール、ヴィデオ、カセット、MD、CDと変遷し、最近ではもっぱらMP3録音をヘッドフォンで聴いている。

 終活を意識し始めたのは5年ほど前からである。そのころを契機に次々と思いがけない疾患に罹患した。幸い全て経過良好で今も生きているのであるが、その後終活が私の大きなテーマとなってきた。
 昨年は終活(2017)として庭木の伐採を進めた。

 今年の終活は書籍、オーディオ関連の廃棄とした。

 実に贅沢なことであるが、これらのソフト類の存在は物理的にも大きな問題となった。
 今までに、オープンリール50巻、ヴィデオ100巻、カセット500本、MD200ケはほぼ廃棄し終えた。LPレコードも1000枚以上は処分したがまだセットものを中心に同程度残っている。これらに収納されている音楽は時間として並べてみれば1000時間以上にもなったろう。今後200年も生きていないと聴くことはできない。初めから不可である。ならば廃棄と、ことは簡単である。

 暫時棄てているがレコードは一枚一枚に思い出が残っているために中々廃棄が進まない。
 ここ一月ほど前から並行してCDの廃棄を始めた。

 私はCDはあまり興味がわかずそれほど購入しなかった。記憶にある最後の購入CDは2012年いきものがかりの「バラードン」であった。それでも、家族が購入したり知人から引き取ったのもあって500枚以上もあるだろうか。本当は欲しい人がいればさしあげたいのであるが、その様な方を探すのも面倒である。

 CDは他のメディアと異なり、容易にMP3化できる。だから、そのうちの比較的大事と思われるものはパソコンを通じてMP3化しながらの廃棄である。MP3化しておけば簡単に再生できるというメリットがある。だから、ほかのメディアと異なりCD廃棄への罪の意識は他のメディアの半分程度と軽い。

 今となって見て私のオーディオ趣味は何だったのか??と思う。
 私にとっては大きい存在であった。しかしながら、計算することの意味はほとんど無いが、投資額の何十分の一しか利用できなかった、楽しめなかった・・と思う。もう一つは、我が国のGDPに若干寄与したかな?という事だろうか。

 まだ廃棄を開始したばかりなのでそれほど進んでいないが、CDラックの一段ほどがカラになってスッキリした。


4/9(月)小雨寒い日 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:30起床。いつものごとく。8:20家内に同乗飯川病院着.9:00-11:00健康クリニックドック10名と結果説明1名。11:30飯川病院に。微睡、本読みなど、14:00-18:45飯川病院。帰宅・夕食、21:30就眠。音楽中心に。歩行計7612歩。

生老病死2018(7) 自死は責められるべきか(6) 西部邁氏(5)
 1月に「興味ある死に方」をした論客・西部邁氏はマトモな社会人二人を自殺幇助と言う形で道連れにした点で許し難いものがある。

 自死を考えるなら誰でもできる。それを実行に移したと言う意味で、氏はわれわれに対して大きな問題提起をしたのだと思う。
 自死には必ずメッセージが含まれる。

 氏の自死から何を学び取るか・・である。学びとらなければ氏は悲惨な死に方を遂げたのだ、と言うしかない。

 氏の自死からの教訓は私にとってはそれほどない。
 考えが氏と近いからである。

(1)自死には外力が必要
 氏はピストルが欲しかったが入手できなかったらしい。私は飢餓死も興味あるが,独居で身動きがとれない状態になったとき以外はなかなか難しいだろう。外力としては寒冷をうまく利用するのが良いのではないか。どちらにせよ悲惨な死に方の選択で他人には迷惑をかけたくないものだ。

(2)己の生を他人に命令されたり弄り回されたくない。
 同意出来る。かつて肺がんを疑われた時には私は自然経過に任せた。幸運にも誤診であり、無治療で経過を見ていたら消えてしまった。ホントだったら今私は居ない。

(3)自ら死を選ぶ権利について
 自分の命は究極的には自分の自由にできる、と思っている。だから、安楽死は制度化していいと思う。

(4)配偶者を失うことは、特に男にとっては生きる意欲を削ぐ。
 誰にも起こりうる事。周辺に家族がいるか否かは大きい。

(5)高齢者を対象にさらに長寿化を目的とした研究をするおヒマな方が沢山いる。老化とは何か、そんな研究など不要である。
 私は臨床の場で、その知識・技術を弱った高齢者に適用すること自体間違った方向と思う。

(6)人は如何に死ねぱよいのか、という研究をし、国民を指導してほしい。
 これは哲学的なことではなく実践論としてである


 超高齢社会とは、人死という普遍的なテーマの方に、われわれの関心を改めて概り向ける社会なのである。年老いて体は弱っても容易には死ねない社会の到来である。

 高齢者の孤独死、独居死という事実が待ち構えている。一人で死なねぱならない老人の割合は今後も増加する。みんな平然と生きているようにみえるが、ホントに最期はどうする気なんだろうか。

 政府は人生100歳社会の到来を唱え、医療の進歩と寿命の延長は、無条件で歓迎すべきこととしているようだ。しかしそうだろうか。政治家の票を集めるための詭弁と思う。長寿とは、「本人を苦しめ」、「家族を苦しめ」、「国を苦しめ」、「地球を苦しめる」。そんな方向の何処が正しいのか。還暦前後に寿命が尽きれば、上記の問題は全て解決する。

 今まで、生命尊重、自由の権利、個人の幸福追求を普遍的な価値としてきた。結果として、経済成長、人権保障、技術革新がもたらされたが人の死に方については何らの解決ももたらさないかった。

 地震国である日本は戦後、地震予知に驚く程の研究費を投入してきた。得られた結論は、今までに予知し得た地震は皆無で、研究者は最近になってやっと「予知は不可能、減災に努めるべき」と言っている。
 加齢医学も同じ。どんな研究をしても人は加齢にて弱り、死ぬのだ。死なねばならぬのだ。


4/8(日)雨寒い iMac27修理の旅に
 1:00起床。本読み、文献・録音データ整理中心に過す。12:15NHKのど自慢楽しむ。13:00書斎弱電関係のコードなど整理。15:30花徳経由飯川病院川に、当直医カバー。18:00iMac27修理に。19:30夕食。21:00就寝。歩行計6100歩。本田美奈子歌唱楽しむ。DVD視聴なし。

生老病死2018(6) 自死は責められるべきか(5) 西部邁氏(4) 自死には外力が必要
 1月に自死した論客・西部邁さんの死の様子、状況に問題が判明してきた。
 遺体の両手が縛られていた、など不審な点があり、 警視庁捜査1課が何者かが自殺を幇助した可能性があるとみて捜査していた。

 数日前に氏の自殺幇助として、東京MXテレビの関連会社職員等2名が逮捕された。容疑者は「氏の死生観を尊重して」、「20年以上お世話になった西部先生のためだから・・」などと話しているという。いずれも、西部氏に思想的にも共鳴、心酔していた、という。

 「俺は覚悟を決めてる」、と去年12月に発行された著書「保守の真髄」の中でも「己の生を他人に命令されたり弄り回されたくない・・・」と綴っていた。

 私は氏の思想についての興味はそれほどない。
 氏の存在を知り興味を感じたのは死去されてからである。死に方に興味があった。氏の死生観については私と同じ様な考え方を持っていたので関心を持っていま氏の著作の一部を紐解いている所である。

 今回の逮捕劇を通じて氏の死の様子が一層明らかになりつつある。死者に鞭打つことは考えたくないが、私は最終的に氏は、幇助者はバカな選択したものだ、と思う。氏にたいする私の評価が多少小さくなった。

 人の自死と言うのはいかに決心が強固であっても自らの行動だけで成し遂げる事は極めて困難で、そこには何らかの外力が必要である。
 その外力とは、薬物、寒冷や高温、重力、人工的破壊力などである。しかも、それらが瞬間的に作用するものでなくてはならない。
 判断力ある人が、歩いて冷たい海や川に入って自死を遂げること、食事を拒否しての飢餓死は通常の人間には出来ない。私は自死の本気度を疑っているのだが、途中まで水につかってあまりの冷たさに戻ってきた、と話してくれた患者を数名知っている。

 私は社会的使命を終えた方の死は「社会的死」から「家族にとっての死」へ、さらに「個人的死」に立場が変わっていく、と思う。特に、高齢化社会においては「社会的死」はありえず、徐々に「家族にとっての死」、「個人的死」に至る。だから、その死においては死亡広告を出すのはいいとして、葬儀などは家族だけで、さらには個人の希望に沿って営めば良い。

 ちなみに、私は既に「社会的に死んいる」から、一人静かに死にたいし、死んだ後には一切の行事は不要と家族には告げている。私の死に際しては、家族以外の誰にも動いてほしくない。静かに処理されたい。

 私はそう考えているから、死に及んで他人を巻き添えにしてしまった西部氏の考えかたには同意出来ない。氏も自分で冷たい川に入って死ぬことに自信が無かったのであろう。近くに橋はなかったのであろうか。
 氏は20年近くも「死ぬ死ぬ」と言い続けてきたから、自死したことに私は違和感を覚えないし、氏は自死しなければならなかったが、社会人二人を幇助者として巻き添えにしたことは許し難い。最期は判断力を失ってしまったのか?


4/7(土)曇り時々降雨 寒い日 iMac27と格闘 
1:30起床。iMac27は接続出来ず、OS入れ替え2回。本読み、微睡、音楽、落語など楽しむ。データ整理。5:00ネコ給餌など。9:00-14:00Appleと電話対応、OS入れ替え再度。結局修理に出す事に。見積り7万とは高い!! 書斎のMacMiniと入れ替え、状況設定に難渋。17:30家内に同乗、飯川病院に、19:30帰宅・夕食、21:30就眠。歩行計11257歩。

「幸福度」の順位に意味あるのか??(2) 幸福とは 不幸とは何なのだ??? 2018年3月14日、国連が『世界幸福度ランキング』を発表した。
 面白い結果であるが、 「幸福とは」、「不幸とは」なんだろうか。何を基準にしているのか??私にはわからないからデータを読むのにハスに構えてしまう。

 広辞苑には、幸福について、「満ち足りた状態にあって幸せだと感じること」とある。一方、「不幸=幸福でないこと、不幸せ、不運」、と記載されており、何が何だかわからない。
 誰もが「幸せ」になりたいと願いながら、「幸せとは何か」についての明確な答えを持たないのではないか。私もそう明快な答えを持っていないが、「幸せ」の基本は「嬉しい気持ち」にあって、他人には分からないような主観的な問題で、さらに刹那的な感覚である、と思う。 

 「幸福とはなんだろうか??」。
 この問いについてはハーバード大学の75年にわたる研究「Grant Study」が有名である。
 調査対象はハーバード大学に在学した268人の男性を対象に、卒業後も毎年健康診断と心理テストを行い、戦争、仕事、結婚や離婚、育児、老後といった彼らの人生を追跡調査したもので、2009年にThe Atlanticがこの調査をまとめている。この研究によって「何が人を幸せにするか?」ということが明らかにされた、と言う。
 75年、約20億円をかけた研究であるが、結果と結論は「幸福とは愛です。それ以上の何物でもない」、と研究者の一人は総括的に語っている。

 何だ、クダラナイ!!!! 私は思う。「幸福」の追及は哲学分野の研究なのだろうが、こんな研究は何の役に立つのだろうか。
 「幸・不幸」感覚を持つ全ての人間がテツガク学者より優れた哲学者である。

 私も孫達の発達段階の観察を通じ、また、人間観察を通じて「幸福」とは何かについてずっと考えて来たが、費用はゼロで、しかも、得た結論はもっと具体的である。

 私は「幸福」、「不幸」は学術的な研究に頼らなくても、人間として生きていくかぎり常に感じ取っている感覚なのだ、とおもう。
 赤ちゃんですら、この世に生を受けた時からもう原始的な「幸・不幸」感覚がある。ただ、まだそれを「幸・不幸」感覚として認識出来ていないだけである。

 赤ちゃんはお腹が満たされると満足しきった極楽顔になる。周辺の環境が悪化すれば地獄顔となり泣き叫んで「不幸」を周囲に伝達しようとする。そこには嘘が無く、実に素直である。

 赤ちゃんの「幸・不幸」感覚は状況によって簡単に入れ替わる。
 赤ちゃんの「幸・不幸」感覚は刹那的で、「幸福」感はゆっくりなだらかに上昇、下降する。持続時間は短い。「不幸」感は突然やってきて状況が続く限り持続する。

 大人の「幸・不幸」感覚もこれに似ている。ただ、表現は社会的常識や教育によって下手になっている。


4/6(金)雨 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 
 0:30起床、新聞、文献などいつものごとく。Macネットにつながらず。徒然、5:30可燃ごみ提出、7:30飯川経由Taxi駅に、8:10こまち、9:00-12:15大曲中通病院、本日から次男も外来担当と言う。13:30雨にてTaxi飯川病院、14:00飯川病院ボランティア。。19:00Taxi帰宅、夕食。iMac27は接続出来ず。21:30就眠。歩行Σ5992Km。

「幸福度」の順位に意味あるのか??(1) ついでに「不幸度」も出しては??
 2018年3月14日、国連が156カ国を対象に行った幸福度調査『世界幸福度ランキング』を発表した。

 2018年版は6回目だ、と言う。より幸せを感じられる国にするにはどうしたらいいのかを知る為に、また、全世界で幸福について考えてもらうための調査、と言う。

 このランキングは「所得」、「健康と寿命」、「社会支援」、「自由」、「信頼」、「寛容さ」などの要素に加えて各国国民の主観的判断を基にランク付けされる、国連の公式調査報告で、日本は51位で先進国のなかでは低めであった。

 ざっというと上位は、北欧諸国>欧洲国々>中南米諸国>紛争地・アフリカ諸国>・・>となる。
 日本のランキングの近傍には 47位イタリア 57位韓国 59位ロシア 86位中国 97位ブータン・・・となっている。世界一幸福な国、と言われてきたブータンが97位とはこれいかに・・である。

 幸福の定義は人それぞれだから、何を基準に幸せを測るのか、私もその尺度がよく分からない。
 国連の関連機関から依頼受けた米国の調査会社が各国の国民1000人ほどに電話や面談で、「今の幸せは0〜10でどれくらいと思うか?」と質問し、その答えの平均値で順位をつけている、と言う。
 国の経済や政治のデータのみから判断しているわけではなく、あくまで各国の人たちの主観的な答えがもとになっている。その統計に加える比率などがわからないが、毎回一貫性のある判断で続けるなら、それなりに意味を認めるべきランキングと言えるだろう。

 今回のランキングで51位だった日本が「本当に世界で51番目に幸せな国」とは言えない。

 だから、「所得」、「健康と寿命」、「社会支援」、「自由」、「信頼」、「寛容さ」などの統計の元になった各項目の集計結果をまず発表し、次に個人的主観を加味した「幸福度」の順位をつければいい。そうすれば、社会、政治、経済のランキングが分かるし、それにもかかわらず各国の国民がどう幸福を享受しているか判るだろう。

 だから、客観的データに個人的感覚を加味したランキングに大きな意味を感じとれない。あえて言えば、序でに「不幸度」ランキングも出してはどうか??と思う。「不幸度」の方がより各国の実態を正しく反映するのではないだろうか。


4/5(木)曇り夕方降雨寒い日 外来 飯川病院 Macとの対話
 1:00起床、文献チェック、徒然他いつものごとし。徒歩にて通り街まで。8:45-13:00外来。13:00飯川病院、微睡ほか、14:00-18:45勤務、19:10帰宅、夕食、19:45Apple電話対応うけ、Airは接続。21:30就寝。Σ12185歩。

老医のつぶやき(3) 老医だからこそできる突っ放し
 患者自身をやる気にさせる魔法の言葉はありませんか??と看護師や保健師、栄養士対象の講演会などでよく質問された。特に、糖尿病やリハビリテーションに関連した業務を担っているスタッフの共通の悩みである。

 それは、患者がなかなかスタッフたちの指示に従ってくれない、からである。若手のスタッフたちは何でこんなに個々の患者に肩入れ出来るのだろうか??老医の私にはもう理解出来ない世界である。
 私の若いときはどうだったのか??思い出してみると、私は昔から患者との関係はクールにとらえて来た。

 リハビリテーションは多くはスタッフが同伴して行なうが、ある程度自立出来る患者は指導中心になる。この場合、納得してもらっても、本人が具体的に行わなければ効果はでない。自宅に帰ったあと患者の機能が悪くなる事が多い。

 糖尿病は自己管の病気と言われるが、糖尿病専門の診療科に通院されている患者達は概して肥っている。もともと自己管理できない方々が多い。
 ここ10数年の糖尿病治療薬の進歩は著しい。患者達は新薬の発達は大歓迎であるが、それと共に自己管理の努力は徐々に乏しくなって行く。患者にとって新薬の登場は「これで一層楽になる・・・」という発想に結び付くからである。

 医師やスタッフ達がどんなに頑張って指導しても患者はいろいろ言い訳しながら従わない。そんな患者に、検査結果を提示し、合併症の進展などについて説明し、医学的なおどしをかけてもほぼ100%効果がない。大体、若いスタッフたちのいう事など聞かない。にもかかわらず、若い医療スタッフはまじめである。

 こんな患者をその気にさせる名言は??
 私はそれに対する答えは「いろいろあります。最終的には突っ放しです。ただし、人によってちがいます。安易にワンパターンではいけません・・」である。

 私は中高年の患者には、「スタッフの皆んながいう事は正しい。でも、自分の人生なのだから好きにしてもいい。いや、もうここまで生きたのだから好きにすべき。私は貴方がどう対応するかをみているだけです。薬はムダです。薬はあなた自身です・・」、と答える。

 その真意は以下の如くである。15年前の文章であるが、私も全然進歩が無い。

「Proceed at your own risk」(2003年6月5日の徒然より)
 私はこの言葉も好きだ。ハワイのワイキキ海岸にある看板に書いてあるのだそうだ。頭の隅から離れない言葉である。要するに有名なリゾート地であるワイキキ海岸にも水泳に適していない場所もあるらしく,そこに立っている看板の文章とのこと。日本であれば当然「遊泳禁止」の立て看板になるはず。日本語訳は「危険を承知の上でなら,進みなさい」ということ。これは良い言葉である。

 我が国では自己責任,という言葉は大きな意味を持っていない。日本人は画一性を求めるし,求められる。そのような場所で誰かが事故に遭うとそこの管理者が責任を問われる。だから画一的に禁止とする。この「・・禁止」の看板の先には夢も希望も全くない。
 さすがに欧米では違う。むやみやたらに禁止するのではなく危険だから,と注意を与えて後は個人の判断に任せる。この先に何があるのか?夢か?希望か? 結果的に地獄かもしれない。私の好みの考え方である。

 健康管理だってそうだ。健康雑誌に掲載されているように,一部の医師もやっているように,たばこは止めよう,過食は危険,運動しよう・・・実にうるさい。厚労省など一日30品目食べよう、と食卓の皿の上の品数まで干渉してくる。
 人間社会の一員として社会にある程度の貢献した後は,100%自由で良いじゃないか。何しようと自分の責任のもとでなら・・これは私の人生観,医療観でもある。


4/4(水)小雨寒い日 午後飯川病院ボランティア 
 0:15起床,文献検索と本読みetc.いつもと同じ。モデム変えたらネットつながらず、ストレス。午前はネコ外出防止装置改良。レガシーで出勤、12:00ワークマンにて作業衣サイズ変更。飯川病院ボランティア。iTune化したCD廃棄開始。18:15コーヒーショップ経由で帰宅、19:00夕食、21:00就眠。 BR視聴なし。8227歩。

老医のつぶやき(2) 老医だからこそできる傾聴

 私は、医師の仕事の8割は患者の話を聞くこと、と思う。特に老医にとってはそうである。そこに自身の存在意義がある。

 医師だからと言って患者のすべての病態を治せるわけではないし、合併症の発生などあり、治療には副作用も生じ得るからいつも完ぺきな治療ができるわけでもない。そういう医学上の限界を患者も医師双方が納得していないと、患者は真の意味で共感しない。

 そして、慢性疾患をもつ患者は、とりわけ悪性疾患をもつ患者は、治療中も増悪や再発の不安を抱えている。定期検査の時に医師の「大丈夫」という声、医師の和顔に触れて「また元気に頑張れます」と言って診察室を出る。いかに信頼関係を築けるかが重要である。

 この様な役目の一翼は私は宗教者も担ってほしい、と思う。医師にとっても重要な業務であるが、悩みが深い場合には専門家の宗教者が担うのが望ましい。このような患者に対し、私の場合は、外来でも業務終了してから1時間以上面談する事もある。
 
 医師にとっては患者の不安、悩みに対応するには時間が足りない。
 宗教者には何か特別なチカラがあるとは思っていない。むしろ、宗教者は相手の感情をただひたすら受けとめ、そばで見守る「寄り添い型」のイメージでいい。

 スビリチュアルな痛みと悩み、魂の痛みから回復力は、患者自身の奥の奥に鎮座していると思われる。患者に寄り添うにはそれなりの覚悟と訓棟が必要であるが、臨床の宗教者は傍にいて傾聴し、患者の生来の回復力が自律的に蘇り,再浮上するブロセスに立ち会い、見守る、それで充分と思う。

 患者を治すのは医師ではない、患者を治すのは時間であり、患者自身である。患者は心の内を話す過程を通じて、自分自身で治る方法を構築していく。これが出来ない患者は改善が望めないだろう。

 私ども医師は、科学的知見に基づいた知見を患者に応用して治療しているわけであるが、じつは患者の潜在能力に100%負っている。
 身体的疾患の場合は、われわれは患者の潜在的体力を期待して種々の治療行為を加える。潜在的体力が期待できない時は何をやってもムダである。スビリチュアルな悩み、魂の痛みに対しても患者自身が回復力を有していない場合は回復は望めない。

 この辺のことを謙虚に感じていない医師は、罪深いことをしている、と思う。
 まず傾聴を通じて患者を知ることから始めなければならない。私はそう思う。


4/3(火)くもり 中通病院外来 飯川病院 
1:00起床、文献、新聞チェック録音データ整理。6:10可燃ゴミまとめ。8:00家内に同乗飯川病院、8:45-12:50外来、14:00-18:45飯川病院。入院患者対応、CD電子化iTune入力中心、19:10帰宅、夕食、20:30就眠。Σ6637歩。

老医のつぶやき(1) 私は年齢判断能力欠如人間?? 
 最近の中高年者は年齢が分からない。いや、若い人も分からない。私は年齢判断音痴、らしい。

 馴染みのない患者が外来に来たときに、診察時に「どうされたんですか?」と聞き、ついでほぼ全員に「年令は?」と聞く。
 机上の電子カルテに年齢は表示されているし、紙カルテの場合でも処方箋などを見ると年齢が分かるのであるが、私はそれらを見ないで患者から直接聞く。認知症の患者の場合はテストを兼ねてであるが、おかしいときは返事を聞いた後で確かめる。
 
 この様な当たり前の質疑、対話を介して患者との間の緊張関係を解く。和顔愛語と共に私が絶やす事のない診察のコツのひとつである。

 若い印象の患者は、特に若作りの方は嬉々として〇〇歳と応える。その時の表情が良い。自分でも実年齢との違いを意識している、という事がわかる。

 最近の方々は各年代を通して年齢がよくわからない。自分が予測した年令に近い事のほうが少ない。外見よりも高年齢である事が多い。毎回驚きであり、楽しみのひとつであり、自分の年令音痴にあきれることも多い。時代そのものが、日本の文化そのものがアンチエイジング効果があるからである。
 人の外見とアンチ工イジング(3) 現代に生きること自体アンチエイジング

 中には直接答えないで〇〇年生まれです、と答える方もいる。患者から私が試されているようだ。自分の年齢に近い方々の場合は分かりやすいが、ちょと離れると計算出来ない。その時の為に私はiPhoneの裏に年齢早見表を添付してチラッと見る。

 逆に患者から探りを入れられる事がある。
 私の様な高齢医師に診られることなど想定して来なかったのであろう。60代の時は1-3歳ほどサバを読んでいた。一般的には若くみられたいのであろうが、私はより高年齢に見られたい、と思ってきた。遺伝的な問題なのだろうが、小学高学年の頃から白髪交じりで、40代頃からドッと白髪が増え老けてみえるようになった。そんなことも関係していた、と思う。

 最近はサバを読むをやめた。患者に不安を与えるのではないかとの懸念からである。なんでこの病院はこんな年寄り医師も雇っているのか?? 今日の診察医は大丈夫か?? などなど。

 私からみても高齢医師はあまり頼りにならない。頼りにしないほうがいい。近代医療の事を知らないし、判断があまいからである。その甘さの影には、病気や疾患を詳細に捉えるよりは大局的立場から患者を考えるべきだという、という意味もある。ただし、この部分は私の個人的な感想である。他の高齢医師が自らの医師像をどうとらえているかなど、話したこともないから知るよしもない。

 ただ一般的に医師は経験も大事と思われていることもあって、私は幸い大部分の患者からは好意的に捉えられているが、若手の医師からの評判は芳しく無い。それを日々自覚する。


4/2(月)曇り 健康クリニックドック休診 飯川病院
0:20飯川病院で起床、文献、新聞チェック他。健康クリニックは年度始めで休診。そのまま病院に残りボランティア、鉢植え移動、散水ほか。微睡など。14:00-19:10勤務。入院患者対応。19:30帰宅、夕食、21:30就眠。 Σ8352Km。

生老病死2018(5) 自死は責められるべきか(4) 西部邁氏(3)の自死から学ぶ
 西部氏の最期は、ずっと考えてこられたあげくの自裁死である。決して発作的ではない。

 私は高齢者に具体的に自死をすすめているわけではない。自死を選ばなくてもいいような、なんらかの方法を高齢者の立場で共に考えよう、と言う考えである。多分、自分達のの世代にはまにあわないだろう。

 氏を自死へと至らしめたものは、自身は不本意な延命治療や施設で介護など受けたくない、だから自死しかないという判断であった、と彼を知る人は語っている。なんだ、そのような考え方なら誰でも思いつく。私はもっと高邁な論理でもあるのかと思っていたが、ある意味では当たり前の発想で肩透かしであった。自死の方法の一つとしてピストルを入手したいなどとも言っていた、が果たせなかったらしい。

 考え様によっては未熟な社会が間接的に氏を死に追い込んだ、と言える。今の虚弱高齢者は社会の仕組みの中で、じっと死を待たれている存在、と言っていい。

 ただ、自死を考えるなら誰でもできる。それを実行に移したと言う意味で、氏はわれわれに対して大きな問題提起をしたのだと思う。自死には必ずメッセージが含まれる。氏の自死から何を学び取るか・・である。学びとらなければ氏は悲惨な死に方を遂げたのだ、と言うしかない。それでも、氏にとっては生きながらえるより良かったのだ、と考えたい。

 ただ、氏の自死の様子、状況に問題が判明してきた。
 遺体の両手が縛られていた、など不審な点があり、 警視庁捜査1課が、何者かが自殺を幇助した可能性があるとみて捜査している。
 遺体は両手が縛られ、川まで届くロープで近くの木と結びつけられており、口中には小さな瓶が入っていたという。眼と口は毛糸のネックウォーマーで覆われ、ロープには工事現場で使われるようなハーネスが付けられていた。
 また、氏は生前ワープロを使わなかったと言うが、ワープロで綴った遺書が残されていた。あまり自由の利かない手で、どうやって木にロープを括りつけ、ハーネスを付けたのか・・・などなど不明の点が多い。そのうちに明らかになるであろう。自殺幇助をした人物が居たとしても主役は西部氏であり、大きな問題では無い、と考えたい。ただ法治国家としては無視出来ない。

 わが国は超高齢社会になった。2025年には65歳以上の刳合は人口の30%に逹するとされる。医療・介護施設の収容力をはるかに超えた老人が出現する。また、生涯未婚率は、男で23%、女で14%となっている。一人で死なねぱならない老人の割合は今後も増加する。みんな平然と生きているが、ホントにどうする気なんだろうか。

 高度の医療技術や延命治療が発達したこの社会で、私はその技術を弱った高齢者に適用すること自体間違った方向である、と思っている。
 高齢者を対象にさらに長寿化を目的とした研究も方々で行われている。老化とは何か、そんな研究など不要である。人はいかに死ねぱよいのか、という研究をし、国民を指導してほしい。

 死という誰にでも訪れる人生の締めくくりという問題に対してどのような答えを出せばよいのか、こっちの方が重大である。それを欠いたまま長高齢化を迎えてしまった日本、我が国は高齢化病に罹患している。


4/1(日)曇り小雨、時に晴 就業契約更新日 飯川病院日当直 レセプト
 1:00起床。新聞チェック、本読み、録音データ整理他。8:38バスにて飯川病院。9:00飯川病院日当直、午前はデータ整理、入れ替え。午後はレセプトチェックし、散水。入院患者対応、微睡、読書。院長室のオーディオ回路の改良、音楽聞きやすくなった。18:55検食。20:30就寝。Σ5563歩。

新年度(2018)スタート 就労予定と発想の転換  
 本日は新年度スタート日。飯川病院の日当直で始まった。

 本日から私の就業契約も改訂になった。昨年度とほとんど同じ内容。
 今年は明和会からは声がかからないかも、と思っていたが、相変わらず医師体制が厳しいらしく、本年度も嘱託医師として、また、飯川病院の応援医、ボランティア医として働くことになった。

 
 以下がスケジュールである。あくまでも予定。
――――――――――――――――――――――――
 月曜 午前は健康クリニックドック診察、結果説明。 午後は飯川病院勤務。
 火曜 午前は中通総合病院外来。          午後は飯川病院勤務。
 水曜 勤務なし(飯川病院ボランティア)。
 木曜 午前は中通総合病院外来+ドック判定。    午後は飯川病院勤務。
 金曜 午前・午後は大曲中通病院勤務。    (帰秋後は飯川病院ボランティア)。
 土・日曜日 月1-3回飯川病院日直または当直。
――――――――――――――――――――――――

 私は、ついちょっと前までもっと余暇を得て、広く勉強する時間、考える時間が欲しい、と考えて来た。2016年1月から水曜日がフリーとなり、時間的には一部希望がかない、いろんなことが出来るようになった。

 しかしながら、せっかく時間に余裕ができたのに、最近は体力・気力の低下を自覚している。
 だから、一昨年暮れに発想を転換して「あるがままに過ごす」こととした。上記の勤務予定以外は、だから無計画的に過ごしている。

 その日の過ごし方がどうであっても「まあ、良い。今日は寝る。明日もまた来るだろう。明日のことは目が覚めてから考えよう・・・」、こんな感じである。

 「無の境地」に至る過程にある、やっとその境地になった、と思っているが、「ボケ老人の境地」への過程なのか、とも思う。まあ、どちらでもいい。自然に任せる。

 こう考えてから心身ともにとても楽になった。「明日も」「明後日も」生きる、と考えるから窮屈なのだ。
 惰眠も楽しんでいる。

 新年度初日、こんな私にとっても新しい気分でのスタートになる。
 いい季節である。



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