徒然日記

 日記と言うより、自分の行動記録と日々の雑感です。

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10/15(木)快晴 飯川病院終日勤務 飯川病院iMac27OS Catarinaへ
 1:30起床。文献・新聞他電子化。いつもの如し。8:30家内に同乗、飯川病院終日勤務、院長受診などあり。外来・入院患者処置対応。本読み中心。19:30帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計Σ11316歩。昨年半袖作業服を長袖に、ランニングシャツ着用。

四季2020(17) 家庭菜園・園芸(10) ダリアが最盛期を迎えた (4)東側の群
ダリアの観察は陽が昇る頃の早朝がいい。その汚れのない美しさを、私は毎朝味わっている。

 庭の南側の辺は、かつては住宅が建っていたところで、表層こそ土であったが、数cm下には瓦礫が埋まっており、耕作には向いていなかった。しかし、思いがけず8株の球根が26分割できたのでこの部分にも植えることにした。
 穴掘り作業は難渋したがスコップとツルハシで瓦礫を排除しつつなんとか10ケ程の植え穴を確保した。土が持つ土壌としての本来のパワーは期待できないために堆肥を深く埋め、培養度と腐葉土で株の周辺を囲み、かつ十分に水を補給し成長を待った。

 東側、北側に植えたダリアよりは明らかに生育が遅れ、かつ茎長も低いのは土壌のせいだと思う。そのために他の群よりは追肥を多めにやってきた。
 涼しくなった今、東側の群も最盛期を迎えている。

(黒鳥)

(夢舞台)

()

(炎冠)


10/14(水)晴れ 飯川病院ボランティア  
1:10起床。読書、録音データ整理と処分など。歴史関連本読み。午前はダリアの世話、写真撮影、庭掃除など。1150バス飯川病院ボランティア。19:10帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ7660歩。自炊数冊ほど。

四季2020(16) 家庭菜園・園芸(9) ダリアが最盛期を迎えた(3)  福田式簡易栽培法
 ダリアは酷暑、強烈な日照りに弱い。最近、急速に涼しくなり、開花する花はとても綺麗になった。ダリアの観察は陽が昇る頃の朝がとてもいい。その汚れのない美しさを、私は毎朝味わっている。

福田式栽培法のコツ

(1)追肥。
 ダリアは開花する頃に急速に茎長が伸び、長期間にわたって多数の花を咲かせる。肥料は適宜与える。球根を植える前に自分がコンポストで作った堆肥を元肥としてたっぷり土に混入する。後は成長の度合いを見て、月に一回ほど根元に発酵鶏糞または牛糞を土の上にばら撒くだけ。化学肥料は一切用いない。

(2)剪定、摘花。
 参考書を読むと、剪定して元気な茎のみ残せと強調している。脇芽かき・摘心・切り戻しなどであるが、私の場合は一切しない。必死に成長してきた枝や茎を除去するなど私には考えられない。これは畑の作物の場合も同じ。不利な結果が生じようとも自然体でいく。
 5月初旬に植えたダリアは初夏から咲き始め、夏の猛暑を耐えて、秋に最花期を迎える。今が最盛期と考えられる。咲き終わった花は次の蕾のために早めにハサミで摘除する。
 咲いた花は見頃を過ぎる前に、切り花にして楽しんでもいい。 私は病院の待合室に提供している。

(3)越冬。
 寒冷地では地植えの場合は霜が降る前に球根を掘り上げて乾燥させる。

(4)分球の時期と方法
 参考書によると、越冬中にも根が肥大して、茎の付け根にすべてくっついた状態で球根が増え、2~4月頃になると球根から発芽する、とあるが、私の場合は過乾燥なのか、球根が痩せ細り、昨年も今年も発芽しなかった。
 そのために、腐葉土中心の土の中に仮植えして3週間ほど待ち、芽を出させる。今年は、私自身がこの操作で生き返った。発芽点中心に切り分け直植えする。


(一切発芽せず、途方にくれていた時期の球根)


(仮植え3週間後、見事に発芽した。これは4分割して直植えした。純白の南雪原の株)

(5)病気や害虫
 ダリアは比較的丈夫。以下の如くの病気や害虫が発生する可能性があるが私は未経験。殺虫剤などは用いたことはない。
 病気として「うどんこ病 」「立枯病 」「灰色かび病 」など。
 害虫として「アブラムシ」 「ハダニ 」「ヨトウムシ」 「メイガ類」など。


10/13(火)晴れ 中通病院外来 飯川病院 
 1:00起床、新聞入力などいつものごとし。読書中心、6:00可燃ゴミ集積所に廃棄、6:47バス飯川病院へ、8:45-13:45中通病院外来。混雑疲弊。14:00飯川病院。14:00-19
:00勤務。19:30帰宅、夕食、21:30就寝。歩数計Σ11652歩。

四季2020(15) 家庭菜園・園芸(8) ダリアが最盛期を迎えた(2)  東側の群
 東側の群は柿と栗の木の下に位置するので午前中の日照時間が若干不足するのがハンディである。花の質には影響がなかった。東側はちょっとカラフル。


(東側のダリア達 )


(たぶん、思春期)


(レッドライオン)


(思春期)


(不動心)


 ダリアは花の大きさだけでも様々で、3cmに満たないものから30cm以上のものまで。 背の高さは150cm以上のから50cm以下のものまで多様。大きな花、茎長が長いものほどメインテナンスに手がかかる。特に風と雨。台風などの場合、風対策が大変。世話する人間がパニック状態に陥る。

ダリアを育てるときに必要な準備は?
 ダリアは球根植物、種子からのも不可能ではないが、球根から育てるのが一般的。鉢でも地植えでも可。
 必要なものは、球根・土・肥料・支柱・紐・記録用ラベル
 元肥として緩効性肥料。

 ダリアの球根は、通販は1月頃-3月頃に入手できる。 私の場合はここ何年かは自家製の球根から分株して増やしている。だから種類は増えない。
 芽が出ていないものは植えても芽が出ない可能性があるが、貴重な株ならそれでも植えてみる。 今春の場合は、全株発芽ぜず困惑し、一時諦めかけたが、仮植えし水を与えたら発芽した。発芽確認後本植えで成功した。これでかなり自信がついた。

 球根の大小と花のよしあしは無関係。植えてみなければわからない。被せる土は5cm-10cmほどが目安。大輪種は株間60cmが目安だが、私はいつも間隔が狭い。 反省点の一つ。
 植た直後はたっぷりと水を与えるが、その後は発芽するまで水は不要。地植えの場合は、特別に雨が少なくない場合は別だが、降雨で十分。私は水のやりすぎ傾向がある。


10/12(月)曇り、夕方降雨 健康クリニック 飯川病院 
1:00起床。何時もと同様、書類書籍自炊、新聞、医学論文などチェック。自炊数冊。
8:42バスで飯川病院へ。ちょっと体調不良。9:00-11:15健康クリニック、ドック診察14名。結果判定レ線読み14名分。11;30飯川病院。検食、微睡。 14:00-19:00勤務。19:15帰宅、夕食。21:00就寝。歩行Σ9696歩。書籍の自炊化5冊。

四季2020(14) 家庭菜園・園芸(7) ダリアが最盛期を迎えた(1)  北側の白中心の群 
 ダリアは江戸時代末期にオランダから渡来し、「天竺牡丹」と呼ばれ、愛好されて続けている。ダリアは初心者でも比較的育てやすい花であるが、あんまりポピュラーとは言えない。大規模なダリア園とかが新聞雑誌で紹介されているため、逆に一般の花愛好家も多少びびっているためかと思われる。
 しかし、私でも栽培できる比較的簡単な花である。

 ダリアは、メキシコなどでに自生する多年草。古くから世界中で栽培され、品種改良が重ねられて、今までに3万品種が作られた、という。
 ダリアに必要な環境は日当たりと風通し。日照不足と高温多湿を嫌う。特に30°Cを超える季節の直射日光、強い西日では葉も花弁も元気がなくなり変色する。
 最近、急速に涼しくなり、開花する花はとても綺麗になった。ダリアの観察は陽が昇る頃の朝がとてもいい。圧倒的な花の数、その汚れのない美しさを毎朝味わっている。

 今春、私は発芽させるのに苦労し一時諦めかかったが、思いがけず再生し、分株も上手くいったので、庭の3辺に分けて植えた。
 あまりにも見事なので各辺ごとに提示する。


(左:南雪原、右:名称不明 秋田県農協試験場提供株とかまくら)


(かまくら)


(橙 親愛)


(名称不明 秋田県農協試験場提供株)


10/11(日)快晴 飯川病院日直
 1:00起床。文献チェック他。何時ものごとし。書籍電子化、データ整理。8:40バスにて飯川病院に。9:00-19:15日直、当直医の業務一時代行。院内は平穏、読書、音楽観賞、データ整理など。散水も。19:30夕食、21:45就寝。Σ7497歩のみ。毎年この時期に開催される新潟大学医学部46会同級会は新型コロナのために中止となる。
 
運転免許証返納(5) 余波(2) ディバッグ雨対策 バスの本数増 古書店訪問減
 運転免許返上にて生活でいろいろ影響が出ている。

 ■ 雨の日のディバッグ濡れ防止対策
 近頃、背にはディバッグ、手にはキャリーバッグを引いて移動する方がめっきり増えた。両手あるいは片手が自由になるから便利かつ安全である。

 都会などではディバッグを背中にではなく胸に抱えている写真が目につくようになった。満員電車の中などではでは、背中のディバッグは立っていてもスペースを広く占拠する。対策として、ディバッグを胸の方に抱えればいい。私は前から実行している。

 私は雨の日にはディバッグを胸にかける。雨濡れ防止の工夫からである。
 私は常に軽く小さな折りたたみ傘を持っている。小さいサイズなので傘を用いても下半身はずぶ濡れになり、背のディバッグは傘の水滴もかかって濡れる。
 ディバッグには、iPad、iPhone、Hard diskのほか、新聞や書類、書籍も入っていてこれらは水分を嫌う。試しにディバッグを前に抱えてみると小さい傘でも水濡れ防止効果には有用であった。
 前に抱えれば、混雑した車内などでは、他人の邪魔にならない。席が空けば肩から降ろさずにそのまま座れるというメリットもある。

 今回、大きな傘、ディバッグの上からでも用いることのできる雨具を購入したので、かなりの雨でもディバッグを濡らさないで済みそうである。

 ■ 10月の改定でバスの本数が増えた
 秋田のバス網は徐々に縮小されかかっていたが、今回の時間改定で6:00-8:00間に一本増えて6本から7本になった。私が通勤に利用するバスは6:47発に固定しているが、降雪期などには混雑が若干改善されるかもしれない。

 ■ 古書店訪問回数減
 運転免許返納後に私が一番困っているのは古書店への訪問が不便になったことである。今までは適宜、週に1回程度は市内に3店ある古書店のどれかを訪問していたが、バスの便は必ずしも良くなくて気軽には行けなくなった。
 訪問するたびに、購入予定リストにある本を見つけ出して10冊単位で購入するのを楽しみにしていたが、それが出来ずにちょっとストレスになっている。
 これに関しては、バスの便を再確認してなんとかしようと考えている。

 通常の書籍は通勤途中にある書店で購入する。定期購読の雑誌類が多いが、適宜メールで注文し連絡が入ったら取りに行くというパターンで、矢張り週1回のペースである。こちらはさほど不便していない。


10/10(土)曇り晴れ  
 1:00起床。データ入力整理。早朝午前は体調すっきりせず座学中心でグダグダ過ごす。結構風強くダリア補強用す。録画で7け月ぶりのNHKのど自慢見る。12:30微睡、14:00ガレージ2F整理、古い蔵書発見、漱石芥川など。16:00書斎、録画で音楽関係見る、新聞データ化、自炊7冊、19:15夕食、20:30就寝。軽く喘息様になる。歩数計Σ7518
歩。

運転免許証返納(4) 余波(1) 大型で丈夫なビニール傘とポンチョ型の雨合羽購入
 9月13日(日)、秋田県運転免許センターで運転免許証を返納した。56年間の運転に終止符を打った。身分証明書として通用する運転経歴証明書の交付も受けたが手続きは簡単、1時間もかからなかった。
 
 運転免許センターは秋田駅から6Kmほど離れており、帰りには運転資格がなくなるので車で行くわけには行かずバスで行った。往路は曇りでであったが、復路は雨の中でバスを待った。

 私は自転車やバイクを好んできたから、小雨程度、短時間なら濡れるのをそれほど気にしない。でも、小型の折りたたみ傘は常にディバッグに入れている。
 センターからの帰路、雨はみるみる本降りになってやむなく傘をさした。しかし、この日は結構風もあって折りたたみの小さい傘だから上半身の一部しか効果なく、ディバックを含めズボンなど結構濡れた。

 従来、ひどい雨の日は車で出勤したが、これからは運転できないので雨対策が必要となる。大きなサイズの傘とディバックを背負った状態でも着用できる雨合羽、ディバッグ用の雨カバーは必需品となる。

 ■ 傘を購入した
 傘は、予てから購入するなら透明なビニール傘にしようと購入候補はかねてより決めていた。
 2017年6月6日ラジオ深夜便「ものづくりフォーユー」に「ビニール傘製造販売ホワイトローズ社社長須藤宰氏」が登場し、ビニール傘の意義について述べたのを聞き興味を持ったからである。

 氏によると、ビニールは完全な防水素材で、60年間ビニール傘啓蒙に勤めてきた、という。なぜ黒く、視界を遮るような傘を用いるのか?疑問だ、という。私もその通りだと思う。透明の傘は周りがよく見えるからである。3年も購入構想を持っていたが今回までその機会がなかった。
 氏の会社はワンコインのビニール傘に押されて経営は困難だ、という。皇室主催の園遊会の時に天皇皇后陛下が使うのも同社の傘。

 私は同社の数多い製品の中から「かてーる16」を選んだ。
 16本のグラスファイバーの骨は軽く丈夫であり、特許取得の逆止弁が風の通り道を作るため、風の強い日でもその影響は少ない、という。 素材は通常のビニールとは異なり三層構造で丈夫である。実行直径は約108cm、重さは約590gとやや重くできているが、この重さが風の時の安定性にもつながっている、という。手に持つグリップ部分は丈夫な木製である。私は日常的にもステッキ代りにも用いようと思う。コンビニで売っているビニール傘とは一目で違う重圧感があり、綺麗で、開閉もスムーズ。14.000円と値段が高いが、それだけの価値ある製品だと思う。

 ■ 雨合羽も購入した
 ディバッグ背負った状態でOK、自転車兼用のポンチョタイプの雨合羽である。
 運転免許返上後はバスで通勤している。小雨、中等度の雨の時には傘で十分であるが、強風や激しい雨の時には何と言っても雨合羽である。そのためにディバッグ背負った状態でもOK、自転車でもOKのポンチョタイプの雨合羽にした。雨合羽は傘にはない効果が確実に得られる。足元はぬれるが、フードもついているので顔もさほど濡れない。個人的にはこのタイプの雨合羽が一番便利である。雨の日の可燃ゴミ廃棄も車を使えず大変であったが、これで楽になる。2.800円であった。


10/9(金)晴れ 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 体調不良鼻炎
 0:30起床、いつものごとし。5:00可燃ゴミ廃棄準備まで、7:35Taxi駅東口に、8:11こまち、大曲は往復徒歩、9:10-12:00外来、市内も徒歩。13:30-18:45飯川病院ボランティア。19:00帰宅、21:00就寝。歩数計Σ12398歩。

菅義偉氏(12) 菅首相(8) 日本学術会議任命拒否(3) 任命責任
 今回の日本学術会議任命拒否を任命責任の立場から考えてみたい。

 任命責任について安倍前首相は、簡単に「任命責任は私にあります」、と言った。今まで何度聞いた言葉なのか。どんな形で責任を取ろうというのか??全く見えない。結局何も責任を取らなかった。
 私は、首相の言葉も、責任も空気のように軽くなった・・、と感じている。
 しかも、首相も追求する野党も「任命責任」の意義を取り違えている。

 首相の任命責任とはなんなのか?口先だけでいいのだろうか。
 安倍首相は「任命責任を取るということは、めげずに職務を果たしていくこと・・」、と答弁している。それは全然違う。

 「任命責任」とは人事権をもつ者の重大な責任である。
 日本では、不祥事が起こった場合、別人とすげ替えて「任命責任は私にあります」と言えば一件落着する。実に便利な言葉であるが、そんなに軽いものではない。

 「任命責任」とは何か。

 誰かを任命する時に、その人の資質が職務に適合するかどうかについて、事前に十分に調べ、資質を認めて指名する要がある。日本における「任命責任」は、不祥事等の「結果責任」という意味で使われるがこれは間違いである。
 「任命責任」があるか否かは事前に十分な審査をしたか否かであって、事前に情報を得られなかった場合には任命者に「任命責任」は生じない。調べなかった場合は「業務怠慢・責任放棄」である。

 「任命責任」は任命者の職務の大きな責任事項であり、「任命責任」を問われたら任命者の資質が問われていることに等しい。安倍前首相は長期政権の中で何度「任命責任」を負ったのか。責任を伴わない「任命責任」を負う名人であった。

 不祥事などによる「結果責任」は任命者が負う必要はない。本人の問題である。この辺、我が国の考え方はおかしい。

 今回の日本学術会議任命拒否に関してみると、
■ 菅首相が6人の候補者を十分に審査し不適格者と判断したのであれば当然拒否していい。
■ 政治から独立した自由な活動や審議が認められている日本学術会議に関しては、基本的に会の推薦を優先すべきである。
■ その推薦に応じられないなら、理由を明確にして拒否すべきである。

 この問題に関心を持っている方は「総合的に、俯瞰的に判断した・・」との説明に到底納得できないだろう。

 この問題は、重要ではあるが若干騒ぎすぎの感がある。 


10/8(木)快晴 午後飯川病院勤務 体調不良鼻炎
 1:30起床、新聞切り抜き入力・整理。録音データ整理などいつものごとし。8:45-13:15中通外来。10:00-11:30畑の枝豆の茎根抜去、マルチを剥ぎ取る。残るはネギのみ。12:10バス飯川病院、14:00勤務、入院患者対応。19:00帰宅・夕食、21:00就寝。歩数計Σ8848歩。

?菅義偉氏(11) 菅首相(7) 日本学術会議任命拒否(2) 任命拒否でなく、提言を拒否すべき
 日本学術会議は、105人からなり、総会、幹事会のほか、3つの部会(人文・社会科学、生命科学、 理学・工学)及び 30の分野別の委員会、組織運営委員会、課題審議のための委員会を組織し活動している。

 拒否された6人は憲法や歴史学などが専門。前政権の時代から「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案や安全保障関連法案などを巡り、批判または反対していた方々である。

 安倍前政権への批判姿勢が拒否理由だったのか。外からこの問題を見るとそうとしか考えられない。
 「政権の意に沿わない学者や学説は認めない」とのメッセージの現れなのか??多分そうだろう。

 首相は「法に基づいて適切に対応した」、加藤官房長官は「義務的に任命しなければならないわけではない」などと説明した。学術会議法は、「会議の推薦に基づいて首相が会員を任命する」と定める。
 法律上、上記の定めがある以上、任命を拒否する裁量権は首相にある、とは思う。ただ、任命を拒否する以上、その理由をはっきりさせなければならない。それができないのであれば早急に撤回し、6人を任命すべきである。そうは言っても任命拒否撤回は政権のダメージになるからそう簡単ではない。

 私は、以下のように考える。
■ メンバーの選定は学術会議に任せていいと思う。メンバーの選定は初めから学術会議の性格を変えてしまう。ここに首相が不用意に手をつけたことは勇み足であった。
■ 学術会議が出した提言を政治に取り入れるか否か、これは政府の判断でいい。科学者は政治家ではない。従来からも、表には出ていないので情報は少ないが、学術会議が出した提言を取り上げなかった事例は少なくないはずである。
 
 野党は「学問の自由に対する国家権力の介入」として国会の閉会中審査で追及する構えだ。そこまで問題の重大さを認識しているのであれば、尻切れとんぼにすることなく、諦めることなく、追求し続けるべきである。


10/7(水)曇晴れ、飯川病院ボランティア 体調不良鼻炎
 1:50起床、歴史、新聞切り抜き入力・整理。自炊数冊。自炊本再構築1冊。11:50バス、飯川病院ボランティア。19:00帰宅、夕食。21:00就寝。歩数計Σ10106歩。

菅義偉氏(10) 菅首相(6) 日本学術会議任命拒否(1)
 菅首相が日本学術会議が推薦した新会員候補105人のうち、6人の任命を拒否したことが大問題となっている。
 政権にとっての初の裁断だったであろうが、大きなブレーキになり始めた。

 推薦通りに任命してきた現行制度の下、拒否したのは今回が初めて。しかし、その兆しは前政権からあったとされる。
 ■ 学術会議の活動の多様性が失われれば学問研究の国民生活への貢献度も低下する。
 ■ 学問の自由が脅かされれば、市民の言論の自由にも影響を及ぼす。
 任命拒否を「学問の自由への大きな侵害だ」と学者達が批判し、反対するのも無理はない。

 普段は話題にもなり難い日本学術会議はどんなところか??
 国内の研究者らを代表する行政機関で「学者の国会」と呼ばれる。日本学術会議法は首相の所轄とはいえ、会議の「独立」を明記、科学や技術の振興などについて政府に勧告する権限を与えている。

 政治と距離を置く独立性こそが自由な研究と活発な議論を可能とし、豊かな学問を生み出す前提になっている。独立性を確保するため、政治側もまた、学術会議との距離を保たねばならない。
 独立性を重視するのは、先の大戦に科学者が協力したことへの深い反省があるからとされる。戦後発足した学術会議が政治と距離を取ったのは当然のことだった。こうした背景を振り返ると、任命拒否がいかに異例な事態なのかが分かる。憲法23条の「学問の自由」との関係で、適切な判断だったのかという問題が生じてくる。

 上記の理屈はよくわかる。マスコミをはじめ幅広く問題点が報道されている。ただ、私がよくわからないのは、従来どのような活動がなされ、国の施策にどのような提言を与えてきたのかの具体的な情報がない。だから、この学術会議関連のニュース、情報は隔靴掻痒の域を出ない。

 戦前戦中に学者が果たした諸問題、戦後の学術会議の活動状況を具体的に示してほしい。

 総論的には指名拒否問題の重要性は理解できるような気がする。
 学術会議にとって、官邸にとって任命拒否の意義はなんなのか、双方の説明を聞いても、見てもよくわからない。
 報道するマスコミもよくわかっていない?
 首相、官房長官の説明は説明の体をなしていない。


10/6(火)晴れ 中通病院外来 飯川病院 
1:00起床、新聞データ整理などいつものパターン。5:30雨の中違反覚悟でFit可燃ゴミ4袋提出、6:47バス飯川病院。8:45-13:20中通病院外来、14:00-18:30飯川病院、患者対応。19:00帰宅、夕食、21:00就寝。書籍自炊。歩数計Σ12260歩。

菅義偉氏(9) 菅首相(5) 本 松田賢弥著 「したたか総理大臣菅義偉の野望と人生」
 私は約50年秋田に住んでいる。しかし、官房長官菅義偉氏について秋田県湯沢出身の方とはほとんど知らなかった。選挙に関しては決して無関心ではないが、氏が秋田出身であることを知ったのは数年前、閣僚名簿を見ていてたまたま知った。
 氏の選挙地盤は神奈川県である。通常は秋田県にとってそれほど重要な人間ではなく、特別に扱われていない。

 今回自民党総裁選に出て以降、秋田県出身の首相誕生と秋田県知事、秋田さきがけ新聞、郷里の湯沢地域で一気にフィーバーした。しかし、秋田出身の総理とは登録されない。

 私は菅義偉氏について知りたいと思った。9月16日首相指名選挙を経て第99代内閣総理大臣となったが、折良く9月28日に緊急出版として、松田賢弥著「したたか総理大臣 菅義偉の野望と人生」が出版されたのを知り早速書店で入手した。


 しかし、私はすっかり騙された。
 「したたか」という題名も当を得ていると考えてたが、「したたか」であったのは菅氏ではなく出版社の方であった。
 本書は、2016年に刊行された講談社+α文庫「影の権力者 内閣官房長官菅義偉」を改題、新装刊したもの。そんな記述は表紙にも帯にも一切記載なし。
 書の最後のページに、3行だけこのことが記載されている。菅氏について新たな事実が明らかになるのは「編集部による6Pの前書き」だけでそれ以外は、2016年の本と内容は全く同じ。

 菅氏の総理大臣就任への便乗刊行としか思えない。一種の詐欺行為である。私は騙された。

 第99代内閣総理大臣菅義偉の、2016年までの足跡を知る一冊と割り切ればそれなりに価値はある。菅本人へのインタビューや永田町関係者らの徹底取材をもとに描いた評伝である。
 内容は以下のごとく。
―――――――――――――――――――――――――-
はじめに 菅総理、誕生す(この部分の6Pみが新記述)
第一章  血涙の歴史の落とし子
第二章  集団就職の世代
第三章  小沢一郎と菅義偉
第四章  権力闘争の渦中で
第五章  安倍政権の中枢で
第六章  権力を体現する政治家
―――――――――――――――――――――――――-

 人物評伝としては、良く出来ている。菅官房長官の経歴を分かりやすく、興味深く解説した好著である。

 法政大学法学部に入学。学費を稼ぐために皿洗い、ガードマン、新聞社の雑用係、カレー店の盛り付けなどのアルバイト生活を続けた。
 官房長官として地道な仕事ぶりをしてきたが、新元号「令和」の発表で国民の人気が高まった。これは平成の小渕官房長官もそうであったが政治というのはそんなものである。「ミー・ハー」的人気が政治家としての在りようを変えていく。

 コロナ対応等、政府の代弁者として常に菅官房長官の姿が全面にクローズアップされていた。安倍前首相の意向も在り、二階幹事長の働きで各派閥の調整が図られ、岸田・石破両氏はなすすべはなかった。

 本書で過去の政治家との対話を知ることができた。過去の出版物を改題しただけなので内容は古いがそれでも白日の下に出てくる歴史は意味がある。

 騙されて購入したが、記述内容には満足した。

 最近の新聞広告によると10万部近く売れているという。この本が、2016年出版の古い本の装丁を変えて前書きだけを加筆して緊急出版したものであることを気付いている方はほとんどいないだろう。本の表紙を見直しても、新聞広告を見てもそんなことはわからない。「騙す方も悪いが、騙される方はもっと悪い・・・」、本書はこんな記述で始まるが、この本にふさわしい、当を得た記述である。


10/5(月) 曇り時に降雨 健康クリニックドック 飯川病院 
 2:30飯川病院で起床。文献、新聞チェック。データの電子化。9:00-11:15健康クリニック、ドック診察14名。先週分の結果判定レ線読み14名分。11;45飯川病院。検食、微睡。 14:00-19:00勤務。19:15帰宅、夕食。21:00就寝。歩行Σ6703歩。書籍の自炊化。 

新型コロナ(79) トランプ新型コロナに感染、入院治療、退院

■10月2日トランプ新型コロナに感染??のニュース流れた。
 10月2日、ネットの速報にトランプ大統領が新型コロナに感染したという記載があった。時差があり、速報なので詳細はわからないが、たぶん本当だろうと思った。

 彼は初めから新型コロナを軽視していた。
 国際的に感染蔓延の初期から、トランプ大統領は「米国では抑制されている」と明言し明確な初動抑制対策を取らなかった。米国の蔓延は急速に増大し、7月には米国の感染者数は世界で最も多くなり、中旬になってトランプ大統領がマスク着用を渋々推奨した。
 トランプ大統領の政策は打算的、直感的、感情的であり非科学的である。米国で死者は20万人にも達しまだ増加の過程にある。

■トランプ新型コロナに感染、入院した。
 トランプ大統領は新型コロナに感染し、軍の病院に入院した。病状は一時酸素吸入を必要とした。高齢であり予断できないと思われた。治療として未承認の抗体療法、抗ウイルス薬レムデシビル(Remdesivir)も用いられた。さらに2度目に血中酸素濃度が低下した3日には、抗炎症作用のあるステロイド剤デキサメタゾン(Dexamethasone)も追加された。酸素補給が必要な中等症と重症患者に勧められる薬だが、軽症者の場合は逆に危険なこともある。「世界最高水準の医療」とされるが「何でもかんでもやりましょう」のレベル、結局何が効いたのかわからない。

■トランプは3日間で退院した。
 ホワイトハウスに戻り、報道陣に健在ぶりをアピール。ツイッターで「新型コロナを恐れるな」と発信した。
 幸い、大事に至っていないからいいものを、今後再悪化の可能性もゼロではないだけに彼の行動は軽率と言わざるを得ない。完治しないままの職務復帰は周囲への感染拡大の恐れもあり、看過できない。

 周辺では既にメラニア夫人をはじめ、ヒックス大統領顧問、マクナニー大統領報道官、報道担当のスタッフ、与党共和党議員らが相次いで感染している。政府中枢での感染予防対策はどうなっているのか?
 トランプ氏は通常マスクをせず移動し、選挙集会ではマスクを着けない多数の支持者の参加を容認していた。これではあまりにもコロナ対策軽視と言わざるを得ない。

 米国の新型コロナ感染者は約741万人、死者は約20.9万人。感染者・死者のいずれも世界の20%以上を占める深刻な状況だ。これでも一定数の支持率を得ているから米国の政治風土は不思議である。

 米大統領は常に「核のボタン」を身近に置く。治療薬デキサメタゾンは精神障害の副作用もある。彼の行動は世界が注視している。

 米大統領が新型コロナ感染を軽視することなく、まず自国の感染を収束へ向かわせる責任を果たしてほしい。


10/4(日)終日降雨 飯川病院日当直 外来レセプト点検
1:00起床。何時もと同様、書類書籍自炊、新聞、医学論文などチェック。8:30講演会に出席の家内に同乗飯川病院へ。9:00日当直業務に就く。患者対応は求められず。自炊準備数冊、新聞チェック、読書中心で過ごす。12:00、18:00検食。15:00-16:30外来レセプト点検、21;00就寝。歩数計Σ5065歩、日当直ではほとんどの時間を机に向かって過ごすから、意識して院内をうろうろしても歩数が伸びない。運動不足。

新型コロナ(78) 1月時点の予想と現況(3)
 私は悲観論者である。感染長期化に関して過去の感染症の疫学から以下の危惧を感じ取って、1月の下旬に以下のごとくに予想した。
 あれから9ケ月、現状はどうなっているのだろう。ほとんど過去のペストやスペイン風邪と同様の経過をたどり社会的文化的に大きな打撃を受けている。新型コロナウイルスへの直接対策はできていないのでやむを得ない。経済が活動が旺盛なだけ生じている障害は小さくない。
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■社会
  雇用維持困難、テレワーク発展、商業活動低迷(観光旅行関連 飲食業界、交通産業 航空 鉄道 バスタクシー)、通販拡大、葬送関連業低迷。
  社会安全の維持に関して(不安、パニック状態、拘禁ノイローゼ、詐欺横行、うつ病など増加、自死の増加など) 
  SNSデマ横行、差別の横行

  概ね、残念なことに上記の予想はその通りとなっている。経済関連の落ち込みはリーマンショックのレベルをはるかに越えている。原因が一時的なものでなく持続的だから当然でもある。
 医療関係者、感染者に対する偏見差別的行動は眼に余る。

■文化
  文化産業の衰退(音楽、美術館、 図書館、地域の祭り中止など)
 概ね、上記の予想はその通りとなっている。一部壊滅的状況まで。芸術家たちは大変な状況にある。徐々に再活動の動きは見られるが遅々としている。

■医療・医療破綻
  診療形態の変化、電話診療の普及。
  新型コロナワクチン・治療薬の開発促進。
  消毒薬不足 マスクなど医療機器、呼吸器・ICU医師不足、救急崩壊、入院機能崩壊
  命の価値観、死生観の変化
  蔓延地域の医療機関は大変苦労している。全国的に受診抑制の動きがあり、医療機関の経営運営は困難を迎えている。
 国際的にワクチンの争奪戦が始まっている。ワクチンは「世界の公共財」である。途上国にも行き渡るような配慮が必要である。

■国民生活
  健康維持困難、家庭内暴力など。

■教育
  休校などで学力低下。自宅学習・通信教育の開発。

■政治
 政治が変容する。
 我が国で安倍政権から菅政権に変わった。新型コロナ対策の批判を浴びたことも病状悪化の一因になった可能性がある。
 トランプ大統領の支持率低迷にコロナ対策の軽視が一因として挙げられる。米国は世界で最も死者が多い。20万人にも達している。大統領が自らも感染しては危機管理能力が疑われる。多分、トランプ政権ハイ割ることになるだろう。

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などなど。

 新型コロナ感染症の蔓延は世界的にあまねく共通する課題である。しかしながら、その対策はバラバラである。いまこそ、大国の指導者が度量を示し、全世界的に責任を果たすべき時ではないか。WHOの存在意義が問われる。


10/3(土)当直明け 快晴午後降雨 トランプ新型コロナに感染入院 
 2:30飯川病院起床。何時もと同様、書類・録音データ整理、自炊準備。新聞チェック。9;00バス帰宅、新聞データ化、ダリア世話。日差しも和らぎ最近の開花は美しい。新聞、医学論文などチェック、自炊。13:30-15:00書斎の整頓、ガレージ2F整理など、廃棄物多数。以降は書斎にて音楽関連の最近の録画鑑賞、読書中心、19:00夕食、21:00就眠。歩数計Σ10807歩。

新型コロナ 新型コロナ(77) トランプ感染(2) 1月の予想と現況(2)
■トランプ新型コロナに感染、入院した。
 トランプ大統領の新型コロナ感染は本当で、軍の病院に入院したという。病状はそれほど重症ではないようであるが、情報は錯綜している。一般論として、高齢であり予断できないと思われる。

■新型コロナ感染症について。
 ウイルスはβコロナウイルスの一つ。感染者の多くは無症候か軽症のため、感染者の同定と隔離による封じ込めは困難。たとえ、PCR検査を増やしても決定的効果はない。
 社会活動を強力な活動制限すると、時間はかかるが感染抑制は可能である。しかし、社会活動が人間を生かしているので協力な抑制は非現実的。だからと言って、集団免疫が出来ないうちに活動制限を無制限に解除すると、再び大流行が起こり得る。現実にヨーロッパ、特にパリ周辺の感染拡大は深刻な状況になっている。

 長期の社会活動制限は社会や経済の崩壊をもたらす。活動制限は社会的に痛し痒しで、状況に応じてブレーキを踏んだりアクセルを踏んだりのコントロールを断続的に行う必要がある。活動制限には休業に対する保障が必要である。国も資金不足に陥っているが、地方自治体の経済は逼迫しており休業要請は安易にはできない。

 日本の行動制限は緩い。だから、若者中心に期待に反する行動が見られる。今は全国民が感染抑制を担う当事者として自覚が必要となる。
 日本の将来は一人一人の良識にかかっている、と言っても過言ではない。休業だ保障だ、だけでは不完全、

 新型コロナ感染は長期化すると予想される。
 私は悲観論者である。感染長期化に関して以下の危惧を感じ取って1月の下旬に以下のごとくに予想した。
 あれから9ケ月、現状はどうなっているのだろう。

1月時点の予想と現況(2)
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■新型コロナ疫学 
  感染蔓延抑制無策なら世界的に感染者は1000万人以上、死者2-4%。一国で抑制し得たとしても、このグローバル社会、感染者の入国は抑制困難。
  国際的に蔓延対策の足並みの乱れが憂える。
  感染者は3000万人以上、死者100万人に達した。WHO予測では地球上の全人類の10%が感染しうると予測している。
 米中の諍いは感染状況を悪化させる。新型コロナ感染は世界規模であることから諍いなどしている暇はない。ワクチンの争奪戦も見ちゃおれん。ワクチンの成否はまだわからないが、途上国にも均等に配布しなければ世界的抑制は望み得ない。

■経済 
  国内経済破綻ーー企業家計への休業補償、収入減補償拡大、赤字国債発行に次ぐ発行、国の税収激減、大企業の能力低下、地方経済低迷・活力低下
  国際経済破綻ーーユーロ圏 イタリア ギリシャ イランも危ない。エネ産業低迷 大恐慌、リーマンショック以上の経済危機。新興国の経済破綻、没落
  上記の予測は全て当たっている。改善傾向は微々遅々としている。

■食料危機
  国際的ーー食糧生産の低下。食料自国主義から流通量低下。 
  国内ーー食品輸入量の低下 食品流通不足
  今のところ大きな変化は見られていないが、中国では備蓄を開始した。食料自給率の低いが国は早急な対策が必要であろう。


10/2(金)快晴 大曲外来 飯川病院ボランティア 本日当直
1:10起床、新聞その他文献チェック何時ものごとく。5:30可燃ゴミ提出。7:35Taxi駅に。8:11こまち、往復路徒歩9:10-12:00大曲中通病院。秋田徒歩、業務用スーパー、ゴマだれドレッシング、白だし購入。重い。13:30飯川病院ボランティア。患者対応。17:00当直に就く。18:00検食、21:30就寝。歩数計Σ12989歩。

新型コロナ 新型コロナ(76) トランプ感染(1) 1月の予想と現況(1)

■トランプ新型コロナに感染??
 ネットの速報にトランプ大統領が新型コロナに感染したという記述があった。速報なので詳細はわからないが、たぶん本当だろう。

 彼は初めから新型コロナを軽視していた。
 国際的に感染蔓延の初期からトランプ大統領は米国では抑制されている、と明言し明確な初動抑制対策を取らなかった。米国の蔓延は急速に増大し、7月には米国の感染者数は世界で最も多くなったが、中旬になってトランプ大統領がマスク着用を渋々推奨した。
 トランプ大統領の政策は直感的、感情的であり非科学的である。
 9-10月になり大統領選挙が近ずいたが、氏の選挙対策は多数を集める集会が中心となっている。大統領が感染したというニュースは、まだ詳細はわからないが、それほど大きな驚きはない。

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1月の予想と現況(1)
 私は1月下旬に、過去の疫病の歴史から「疫病は社会を変え、政治を変える・・・」と記載した。その後9け月経過し、ほぼそのような状況を蹴てきた。

 地域封鎖は歴史上でも何度か行われてきた。ペストの例が有名である。
 封鎖の意義を理解できずに強行突破した住民たちは世界中にペストを蔓延させた。その歴史から学び取るべき教訓は多い。

(1)疫病は社会の在りよう、身分制度、政治を変えた。
(2)病気に対する古い考えもあらためられた。病気は神の罰などではなく、現実的な何か別の原因があることを人々に教えた。
(3)おぼろげながら伝染病についての考えが現われた。
(4)患者を隔離するという試みの効果は不十分ではあったが、とにかく公衆衛生の下地が出来た。
(5) 疫病は戦争も終結させた。

 人間の歴史上でスペイン風邪の経過を見てもそう思う。後者は100年前のことであったが、収束に約2年かかり、その間5億人が罹患、3000万人以上が死亡したとされる。正確な記録はないようだ。
 現在も新型肺炎に積極的対応策はまだない。治療薬もワクチンもない。基本は100年前と同じ。
 いや、100年前以上に、人間は都会に集中し、過密状態で旺盛に経済活動を営み、国際交流も盛ん。当時は交通は船舶、鉄道が中心であったが、今は航空機で1日で地球を半周できる。とても便利な時代になっているが感染症という立場ではハンディを背負っている。

 今は急速な感染爆発を何としてもおさえなくてはならない。国の機構が破綻し、医療機関も破綻し、社会は泥沼化する。
 感染爆発を抑える事が出来れば、素晴らしいことであるが、結果として流行は長引くことになる。

 社会は短期収束を期待している。コロナ収束後の経済をどう立て直すか、などの論評も見られるが、まだまだ早い。今は感染抑制が第一である。
 今後、新型コロナ感染がどのような経過を示すか、まだ明らかではない。
 国の新型肺炎対策然り、教育界然り、産業界然りであるが、もっとスパンの長い状況を考慮して、しかも新型コロナウイルスと共に生きるという、新しい発想を考えて欲しい。


10/1(木)快晴 11:00飯川病院勤務に 
 0:30起床。文献・新聞他。自炊数冊。早朝寒くてガスストーブ初点火2院長運転免許更新のため外出、10:50バス飯川病院、11:10-18:45勤務、入院患者対応。19:10帰宅、夕食、21:00就寝。自炊3冊ほど。歩数計Σ9613歩。

新型コロナ 新型コロナ(76) 久々新型コロナについて 世界の現状
久々新型コロナについて考えてみる。前回は8月12日であった。

■ 10月1日時点の国内感染者総数(死者)数。
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?変動した数値
  ??国内感染判明例    86505人(死亡1598人)
    秋田県        58人             
    岩手県        24人
  ??空港検疫関連者     1007人
  ??入院療養中     5351人(重症140人)
  ??退院患者    79370人
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?変化のない数値
  ??ダイヤモンドプリンセス号関連  723人(13人)
  ??コスタ・アトランチカ号関連   149人
  ??チャーター機関連        15人
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 米ジョンズ・ホプキンズ大の集計では、4月10日に死者が10万人を超えて以降、1ヶ月で15万人程度増える状況が続いている。世界全体の新型コロナウイルスの感染者は3000万人、感染症死者が世界全体で100万人超となった。WHOによれば、最近はインドや米国、中南米での死者が多く、1日当たり5000人前後に上る。

 いま何より求められているのは利害を超えた各国の協調である。こんな状態では東京五輪は望み得ない。
 依然、拡大傾向にある感染被害を重く受け止めなくてはならない。

 WHOは適切な対応を取らなければ死者は倍増すると警鐘を鳴らしている。現在のペースで増えれば半年後にも200万人に達する可能性がある。

 感染の「第2波」に見舞われた日本では、8月以降も感染者数、死者数ともに微増傾向にあり、いまだ気は抜けない。

 そうした中で全世界からの入国制限の緩和が開始される。
 3カ月以上滞在する外国人が対象で経済活動の再開が目的。しかし、世界の感染状況を見れば、安心できるタイミングとは言い難い。しかし、社会的視点で見れば選択肢は乏しい。

 世界各国も感染防止策と経済活動との両立を迫られている。
 その中で、欧州では「第2波」が拡大中。中でも感染者数が多いスペイン、フランス、英国で、経済活動再開の本格化とともに感染者が増えている。このため3国とも移動や飲食店の営業を制限するなど再び規制強化を始めた。

 これは当然である。新型コロナ感染症に対しては、人的交流接触抑制、3密回避以外に効果を上げてはいない。
 効果があると考えられている、手洗い、マスク着用、うがい、フェイスシールド、アクリルパネルの応用などは今できる対応の一つであるが、絶対的効果はない。やらないよりはやったほうがいい、というレベル。
 特効的治療薬とワクチンはまだないに等しい。

 だから、人的交流の再開は感染再増加の容認でもある。
 今できることは、爆発的感染増加にならないよう、社会を、社会常識を再構築して中庸のレベルの人的交流で感染を低いレベルでコントロールしていくことだろう。
 
 新型コロナに関して根拠なき楽観論は許されない。例えば、PCRを増やしても感染は抑制できない。コストと疫学的価値を考えれば意義は乏しい。


9/30(水)晴れ 午後飯川病院ボランティア 
 1:00起床。読書、録音データ整理と処理、新聞データ化、データ分類など。歴
史関連本読み。午前は座学とダリアの世話、ガレージ2F整理、13:40バスにて飯川病院、ボランティア。自炊準備。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計Σ7178歩。

菅義偉氏(8) 菅首相(4) 私の印象(3) 自称、都市も地方もわかる政治家だと
 菅首相は、何事も中途半端で解決を見なかった政策について進めていくだろうと思う。
 新型コロナを受けて注目されたのは東京一極集中の問題、要するに地方創生である。

 地方創生の一環として官房長官時代にふるさと納税制度を提起した。
 私はふるさと納税制度自体はいいアイデアだと思っている。地方で経費をかけて育成した人材が大都市に吸収され、そこで納税する構造、これは地方の立場から見ればどう考えても理不尽である。だから、郷里に対して納税の一部を振り分けることができるふるさと納税制度はとても素晴らしい制度だと考えている。しかし、そこに見返り品という報酬をつけたことは問題である。国民の三大義務の一つである納税を景品付きのネット通販まがいにしたことは許しがたい。
 日本は文化として寄付が少ない国である。寄付は基本的には見返りを期待しない無償お行為である。景品付きの納税制度は寄付文化の一層の衰退に結びつく。

 菅首相は突然秋田人になった。秋田県出身者ではあるが、選挙地盤は神奈川県である。秋田県では初の首相誕生と手放しに喜んでいるが、公的には神奈川選出の首相ということになる。秋田県には秋田新幹線が走っており、県民の重要な交通手段になっているが公的には秋田・山形新幹線は我が国の新幹線網の中には入っていない。規格外だからである。
 菅氏は今月2日、総裁選の出馬会見で「地方も都市もわかる政治家」として働く、と述べた。しかしながら、氏は2000年のころは「地方重視の交付税を見直し、都市の住宅問題、保育問題に力を注ぐ・・・」、と述べていた。地方創生は前政権の目玉政策の一つであったが、はっきり言えば何一つとして成果を上げていない。
 都市型政治家が地方出身政治家に変身を遂げようとしている。

 秋田には、菅氏が秋田出身だからといって期待すべきではないが観光と農業政策は進めてほしい。

 菅氏の主張として、なかなか実現しなかったのが携帯電話料金値下げ問題であった。名だたる日本の大企業ですら収益率が5-6%でしかないのに携帯電話3社は90%ものユーザーを寡占する状態であり、世界一高い料金で20%もの収益率を挙げてきた。
 なんで是正ができなかったのか??自民党に対する多額の政治献金がなせる技か??我が国の多くのユーザーは契約内容を十分理解しないで使用契約を結んでいる。スマホ料金は各人5000-10000円程度ではないのだろうか?あまりにも高いと思いながらも便利さの陰に隠れてしまっている。
 立場が変わった今、是正の方向に大きく変化していってほしい。

 今後は新型コロナウイルスとともに生きていかなければならない。
 テレワーク、デジタル化が求められる所以である。我が国はこの分野が遅れている。デジタル庁の発足は当を得多発想であるが、従来からもかなりの予算を投じてきた分野であり、総括が必要である。


9/29(火)曇りのち快晴 中通病院外来 飯川病院
 1:10起床、新聞・文献チェック、書籍電子化、徒然など。5:10家庭ゴミまとめだけ、ストッカーに余裕。6:47バス飯川病院着、8:45-13:30中通病院外来、予約数通常の倍、処方予約だけの患者募集するも誰も希望せず、疲弊。13:45飯川病院、14:00-18:30勤務。入院患者対応、19:00帰宅、夕食、20:30就寝。自炊数冊。歩数計Σ10718歩。

菅義偉氏(7) 菅首相(3) 私の印象(2) 安倍氏が任期満了なら・・・
 菅氏がいつから総理を意識したのかという点では、総理のお考えは全くわからないが、野心としては多分あったであろう。大体、総理を目指さないような政治家は烏合の衆でしかない。
 
 自民党の流れとして数年前から次期総理候補としては岸田・石破ラインが規定的であり、両人も地道な活動を展開してきた。
 今回この二人が脇に置かれたのは、安倍総理の体調不良で突然辞任表明したことが大きい。それまでは菅氏は次期総裁候補としては大きな話題を集めていなかった。
 今回の総理選出はハプニングであった。しかも、喫緊の課題、新型コロナ対策が迫っているということで、周りから安倍長期政権の後継としてとして、即戦力のある総裁に押されたのであろう。

 今回の総裁は来年9月までの任期しかない。
 イメージとして暫定政権という考えがあるが、菅首相はこれを完全に否定している。ただ、これは当たり前の表明である。頂点に達した政治家が暫定を認めるはずはない。「働く内閣」としての実力の評価を図るだろうが、今回の総理選出が自民党内の派閥の成果として選出された以上、同じことが次の総裁選で生じる可能性がある。

 同じことは第66代内閣総理大臣の選出時にもあった。三木武夫氏が総理に任命され、1974 年(昭和49年)12月から1976年(昭和51年)9月までの2年弱の短命内閣である。三木は金脈問題で世論からの厳しい批判を浴び、退陣に追い込まれた田中政権の後に、金権批判をかわすことを目的とした緊急避難的な事情で首相に選ばれた。いわばクリーンな政権を運営することであった。
 しかしいったん政権を獲得した三木は、自民党内で期待されたクリーンな管財人的な役割を越え、自らの政治的な理想を追求しようと試みた。保守政治の修正を試み、保守政治に新たな方向性を見いだそうとした。しかしながら、最終的には三木おろしとされる派閥間抗争の結果、退陣に追い込まれた。

 私は菅首相は暫定内閣ではないと思われる。
 安倍長期政権を傍で支えた実力者であり、時期候補とされている岸田・石破ラインは政策的に影が薄い。さらに、喫緊の課題として新型コロナ対策がある。経済抑制はもはや限界、特に新型コロナ直前に観光3188万人へ達した海外からの観光客をいかに取り戻すか、国内ではGo-Toキャンペーンの成果が求められる状態にある。
 国内外の観光業の回復は、新たな感染の危険を含むために、アクセルとブレーキのバランスを適宜維持して操縦するF1レースのヒール&トウに例えられる難しい判断が求められる。

 この時勢は前政権の延長線上に立つ、政権が求められている、と思う。


9/28(月)快晴 健康クリニックドック 飯川病院  富士山初冠雪
 1:00起床、新聞・文献チェック。データ整理、6:47バスにて飯川病院。9:00-11:00健康クリニックドック14人+結果判定1人。11:15飯川病院、読書、微睡ほか、14:00-18:50勤務、入院患者対応。新聞チェック、読書他、書籍自炊準備。19:15帰宅、夕食、21:00就寝。歩数10218歩。富士山が初冠雪した。平年より2日早く、昨年より24日早い。

菅義偉氏(6) 菅首相(2) 私の印象(1) 派閥の談合を否定するが
 菅義偉氏は首相まで上り詰めたが、官房長官時代に私が菅氏に抱いていた印象は決してよくなかった。

 官房長官としての力量は、安倍首相の長期政権の間ずっと勤めていたことから政治的力量は確かなのであろう。堅実な、失言のないスポークスマンとしての技量は政権側からは安心して委ねることができたのだろうが、情報を与えられる側にとっては紋切り型の不満が残ったのではないだろうか。菅氏は気に食わなかった質問は無視することもあったというし、似たような質問には全く同じ言葉を繰り返すだけで、どうひねって質問しても発展的ではなかったという。

 失言が少ないことは情報を絞って提示していたとも取れる。記者たちとの間にホットな応酬があったとは思えない。
 今までは自分の言葉として話した機会に私が接したことがない。だから何を考えているかわかり難かった。
 
 最近の、総裁選などを通じて少しずつ氏の言葉に触れてきたように思う。まだ不十分であるが。
 
 氏は安倍総理の補佐役として7年余にわたって日本の行き方を指導してきたのだから、首相になっても根本的な独自性は期待できないだろう。安倍氏の方向を維持しながら、その隙間を縫って安倍氏が成し得なかった分野に力を発揮するだろう。

 今回の総理選出に至る過程は、私には派閥の談合としか見えないが、本人はきっぱりと指定している。それは自身がどの派閥にも属していないことを強調している。
 逆に菅氏に派閥カラーがないことが、7つある自民党の5派閥にとって都合がいい存在になっていたということ。すなわち、その5派閥の長あるいは主要なメンバーは次期総理を狙える実力者まで育っていななかった、からである。

 5派閥にとって、総理候補のトップを擁している岸田派、石破派はとは、決して同調できない、ということになる。
 石破、または岸田氏が次期総理になってしまうと時間が無駄になると考えたため、と思われる。もちろん、このお二人の政策にも問題ががあったのだろう。
 菅氏はその意味で都合よい存在になっていた、ということ。本人が派閥人間であるかいなかは別として、今回の総裁選出は派閥政治の事情が濃厚に反映されている。これが派閥の談合ではない、と言えるのか。

 公職選挙で選ばれた議員のうちの一部は、好色選挙法で選ばれた??といような議員でもあるが、菅氏が清廉潔白な方であることは明らかなようである。この点では信頼がおけそうである。


9/27(日)快晴 夕方から降雨  
1:10飯川病院起床、結構寒い。データ整理、読書など、7:00検食、読書など、9:40バスにて帰宅、新聞データ化など。12:30昼食後ダリア世話、ガレージ2F物置整頓、一部物品廃棄準備。微睡。書籍自炊化。19:00夕食。21;00就眠。歩数計10779歩。

菅義偉氏(5) 菅首相(1) 9月14日総裁選挙、16日首相指名選挙 結果
  9月16日午後、衆院本会議の首相指名選挙で菅義偉氏が第99代の首相に選出された。

 菅氏は湯沢市秋ノ宮出身。秋田県出身者が首相に選出されるのは初。 
 体調不良により辞任した安倍首相の後を受け、菅官房長官が急にクローズアップされ、あれよあれよといううちに自民党総裁に選出され、首相指名選挙に臨んだ。
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 自民党総裁選挙地方票(141票)
   菅氏68票、石破氏42票、岸田氏10票
 国会議員票(393票)
   菅氏288票、岸田氏79票、石破氏26票票。
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 衆院本会議での首相指名選挙(投票総数462票)
   菅氏314票、立憲民主党の枝野氏134票、日本維新の会の片山虎之助氏11票、
   無所属の中山成彬氏2票、自民党の小泉進次郎氏1票 
 参院本会議での首相指名選挙(投票総数240票)
   菅氏142票、枝野氏78票、片山氏16票、国民民主党の伊藤孝恵氏1票、白票3票
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 首相交代は2012年12月以来7年8力月ぶり

 菅氏は直ちに組閣に着手。皇居での首相任命式と閣僚認証式を経て自民・公明両党連立による菅内閣が17日に発足した。 

 自民党選出首相で、派閥に所属せず世襲でもないのは異例。その派閥なしのあり方が派閥人にとってむしろ都合が良かったのだ。

 菅氏は第26代総裁に選出された14日に、国民のために鋤く内閣をつくると宣言。役所の縦割り、既得権益、あしき前例主義を打破し、規制改革を進めること強調した。
 新型コロナの感染抑制と経済再生の両立にも取り組む。 

 安倍内閣は16日午前の臨時閣議で総辞職した 歴代最長となった安倍首相の在職日数は連続1位で2822日、第1次からの通算は3188日であった。

 安倍内閣の終焉を受け、私は開放感を味わった。
 菅首相がどのようにこの国を導いていくのか未知数であるが、かなり前から政策上の限界を見せながらなかなか退陣しなかった安倍首相よりは見るべきものがあるかもしれない。そういう期待を抱いて首相指名選挙を見守った。

 自民党の総裁選挙は、時間がないなどの理由で簡易型をとったが、時間はあった。だから納得のいかないものであった。総裁選挙は首相指名選挙に等しい。
 長老たちの意向が見え隠れするだけに、首相選出を私物化したと言わざるを得ない。総裁選そのものを私は支持しない。

 だが、今となれば、菅首相の手腕に期待するしかない。


9/26(土)晴れ 飯川病院日当直
 1:00起床。文献チェック他。何時ものごとし。風邪の症状続く、熱感、鼻汁。読書、自炊と書斎の整理。新聞チェック。自炊5冊、午前も同様。12:00家内に同情飯川病院、日当直に就く。録画でTVドラマみる。検食、読書、微睡、18:00検食、20:30就寝。歩数計Σ6612歩。

本 若竹千佐子著「おらおらでひとりでいぐも」(3) 芥川賞、直木賞などの文学賞について 
 「おらおらでひとりでいぐも」の著者は、2018年、史上最年長となる63歳で、デビュー作で「芥川賞」を受賞した。「おらおらで・・」(2)で紹介した「壬生義士伝」の著者浅田次郎氏は「直木賞」を受賞している。
 これを機会によく知らなかった文学賞について調べてみた。

 芥川賞、直木賞、本屋大賞、山本周五郎賞、川端康成文学賞、吉川英治文学賞、太宰治賞、大江健三郎賞、三島由紀夫賞・・・などなどであるが、各文学賞についてどんな特徴があるのか理解していなかったので、今回調べてみた。っ区文学賞には有名出版社が主催または後援しているのが多い。

 ウィキペディアで調べた範囲では数百の文学賞があるようだ。とてもまとめきれない。結局よくわからない。私にとってはあまり役立たない資料であった。私にとっては芥川賞、直木賞、本屋大賞くらいが関心のあるところになる。

■ 芥川賞
 世間で最も知名度がある。直木賞とともにメディアでも取り上げられる。デビュー作で受賞も可能。受賞者一覧を見ると私が知らない作家も多い。なぜか、受賞後に次作が続かず消えてしまう作家も多いようだ。注目されるだけに受賞そのものがプレッシャーとなり書けなくなる場合が少なくないらしい。

■ 直木賞
 世間で最も知名度があると思われる。芥川賞とともにメディアでも取り上げられる。芥川賞は純文学系に、直木賞はエンターテインメント小説、大衆小説を対象にしていることに加え、将来性を加味して選ぶらしい。受賞者一覧を見ると息の長い活躍をされている作家が多い。

■ 本屋大賞
 「打倒直木賞」をスローガンに作られた賞。受賞作は全国の書店で店頭宣伝されるために売れ行きがよく、重版、重々版されるケースが多いという。

■ 山本周五郎賞
 エンタメ系の文学賞で権威もある。

■ 吉川英治文学賞
 エンタメ系の文学賞の中で高い評価がある。ベテラン作家の受賞が多い。

■ 読売文学賞 
■ 三島由紀夫賞
■ 谷崎潤一郎賞
■ 野間文芸賞
■ 柴田錬三郎賞 などなど多数。多すぎてとても記載できない。

 私が好んでいる作品の著者は上にあげる代表的文学賞のどれかを受賞している。このリストにない場合は、個別に作者の経歴を調べれば他の文学賞を受けていることがわかる。作家は何かの受賞を契機に作家活動に専念する機会にしているようだ。尤も、受賞暦がなければ作品が有名出版社から出版され難いのは理解できるし、出版されなければ作品が世にでることもない。

 それにしても作家生活は大変なものだ。新人が次々とデビューし話題をさらっていく。中堅作家としてもほぼコンスタントに作品を上梓続けないと忘れ去られていく。

 私は最近は自由になる時間のほとんどを読書に当てている。
 彼らが呻吟した作品をさらさらと、飛ばし飛ばしなどしながら読む。気楽なものである。


9/25(金)曇りのち降雨 大曲中通病院外来  飯川病院ボランティア
 1:30起床,文献、データ整理などなどゆったり過ごす。5:00可燃ごみ集約提出せず、7:35Taxi駅西口、8:11こまち、8:15大曲中通病院外来。往路徒歩、復路雨Taxi、アルベ氏の出張所で住民票取り方確認。13:40-19:00飯川病院。書籍データ化進める。19:20帰宅・夕食。21:45就寝。歩数計Σ10753歩。

本 若竹千佐子著「おらおらでひとりでいぐも」(2) 味のある方言文学 
 主人公は標準語と岩手弁を駆使して物語を進めている。
 通常の語り部分は標準語で、心情の吐露、独り言などは岩手弁で語る。主人公の二つの言語を駆使して人生が語られるのは実に新鮮である。

 岩手弁が活字になると結構読みにくい。私にとっては懐かしい郷里の言葉であり心地よい柔らかさで伝わってくる。イントネーションも思い出し、親しみがわく。もう忘れてしまった言葉も頻繁に出てくる。本作品はなにより言葉に活気がある。直接話し言葉として聞いてみたいほどであるが、もうそのような機会はなかろう。多分、他の地方の出身者の読者の方々は読み切るのにかなり苦労されるだろう。

 本作はひとりの老女の周囲の出来事を追うことに多くの頁が割かれていて、彼女の記憶や思考を巡る内容が中核をなす。こうした手法で小説を構成し、これほどの緊張感を保つのは難しいと思われるがそれが成功している。

 今の社会は地方で育っても、ほとんどが生きる糧を得るためには郷里をでて都会で生活せざるを得ない。だから、誰しも方言を持っているのだろうが、数ある作家の中でこのような手法をとった作品に触れたことはない。
 標準語と東北弁の声が交錯する二重構造が効果的で、生きていく上で東北の女の置かれている立場を示している。
 主人公は、親とも子とも闘ったあげく、私は一人で生きて死んで行くのだという心境に至る。今の高齢者の諦觀、表題は宮沢賢治の、妹の死を悲しむ「永訣の朝」の一節、「わたしは、わたしで、ひとりで、逝きます」からとられている。これもいい。 
―――――――――――――――――――――――――――――-

 私が知っている岩手の方言を駆使した作品として、浅田次郎著「壬生義士伝」がある。私はまだ読み切っていないが、以下は郷里の盛岡の情景を示した一節である。

「南部盛岡は日本一の美しい国でござんす。西に岩手山がそびえ、東には早池峰。北には姫神山。城下を流れる中津川は北上川に合わさって豊かな流れになり申す。春には花が咲き乱れ、夏は緑、秋には紅葉。冬ともなりゃあ、真綿のごとき雪こに、すっぽりとくるまれるのでござんす。」(文春文庫下巻 P.82)。
「盛岡の桜は石ば割って咲ぐ。盛岡の辛夷は、北さ向いても咲ぐのす。んだば、おぬしらもぬくぬくと春ば来るのを待つではねぞ。南部の武士ならば、みごと石ば割って咲げ。盛岡の子だれば、北さ向いて咲げ。春に先駆け、世にも人にも先駆けて、あっぱれな花こば咲かせてみろ。」(文春文庫上卷, p401)。

 浅田氏は岩手出身者ではない。本作の時代背景も異なるから比較はできないが、「おらおらで・・・」の方言は柔らかく心に沁みる。


9/24(木)家内誕生日 晴れ 午後飯川病院 
 1:15起床、新聞、医学文献他読む。徒然。9;00-11:00ガレージ、庭掃除。11:50バスにて飯川病院、14:00-18:50飯川病院勤務。入院患者対応。19:30書店経由帰宅、夕食、21:00就眠。歩数計Σ9683歩。書籍自炊5冊。

本 若竹千佐子著「おらおらでひとりでいぐも」(1)河出書房新社  2017年11月
 2018年、史上最年長となる63歳で、デビュー作で芥川賞を受賞し話題になった若竹千佐子氏の作品。


 私は通常は受賞作の作品は、購入してはおくものの、受賞に関して話題になったという先入観にとらわれるので、購入しても自炊して電子化しておくが、読まないでおいている。
 この作品も早々に入手はしておいたがまだ手をつけていなかった。二ヶ月ほど前に、ラジオ深夜便の「芥川賞受賞作家シリーズ」の一人として若竹氏へのインタビューを聴いて、彼女の人生、人となりに興味を持ち一気に読みたくなった。

 著者の若竹氏は幼少時は私と同じく岩手で過ごした方。1954年、岩手県遠野市生まれ。岩手大学教育学部卒。教職を目指すも果たせず。専業主婦として家庭を維持し子育てなど。夫と死別後、55歳から小説講座に通い始める。8年の時をかけて本書を執筆、2017年、河出書房新社主催の第54回文藝賞を受賞、翌年、同作で芥川賞を受賞した。

 本書で設定した主人公は作者よりも10歳ほど年上の、74歳の女性として登場させている。
 テーマは老化、孤独、死。主人公の内面は複雑な思に満ちていて、過去、現在、未来へと縦横に行き来する。多分さほど多くの時間はないであろうが、未来への期待にも富んでいる。それを淡々と綴っている。文芸作品として面白みはあるのか??と言えば起承転結の流れも乏しく、大きな山場はないからなんとも言えないが、活字化された岩手弁が魅力である。
 
 作品の底に流れているのは、この生きていることのぬくもりではないだろうか。そしてこのぬくもりは、作者がその人生を賭けて勝ち取ったものである。
 このような深さは、やはりある程度の年齢を重ねてこなければ書けないもののようだ。同様に、読む者にとってもやはりある程度の年齢を重ねてこなければ理解や共感もでき難いようだ。

 筆者は、地球46億年の歴史など、卓越した知識も有していて各所に散りばめられる。だから、もつととんでもない場所にまで到達した作品が生み出される可能性を秘めており、そのような作品が生み出されることが期待できる。

 語りは、自由気ままを装いながら、実に用心深く、論理的、かつ卓越した構築を持っている。

 一例として、ある病院の待合室に偏執症と思われる老女がいる。彼女はさつきから持つているバッグを開けて財布の中身を取り出し、一つ一つを確かめるようにひろげ、財布の底まで確かめと、ふたたび全てをバッグに戻す。しぱらくするとまた同じことを繰り返す。自分より少しだけ若そうなこの老女を眺めていた主人公は「ああ この人は何かをずつと探している人なのだと思つた。何を探しているかも忘れて探すことに没頭している。 この人にはこの人にとって特異な時間が流れているだけなのだ」と受け入れる。 


9/23 (水) 快晴 飯川病院当直医補助出勤 ボランティア 2TBハードディスク購入
 0:30起床,早朝冷え込み。フリース着込む。新聞、文献、徒然などゆったり過ごす。6:47バスにて飯川病院。当直医早めに離院。代行す。その後ボランティア。11:00-13:30ブックオフドンキホーテ店。10冊購入。そのままボランティア。入院患者対応。19:30帰宅、20:45就寝。歩数計Σ13755歩。書籍自炊5冊。

敬老の日2000(2) 敬老から軽老にシフトせざるを得ない社会作った前政権 

 日本が置かれている現状として、医療や介護は高齢化で給付費が膨張し、国と地方自治体の財政を悪化させている。だから、長寿社会、高齢化社会、敬老だ・・・といって手放しには喜べない。

 人口問題などは、統計学などを駆使すれば数10年先までほぼ正確に読める。
 前政権は、せっかくほぼ安定した長期政権が予想されながら、政治手腕としては場当たり的な発想のスローガン政治で、内容的にはほとんど実を結んでいない。「地方の時代」、「一億総活躍」などなどであるが、一つも成果を上げていない。

 今まですら厳しい状況であったが、今年になってから新型コロナウイルスの蔓延があって、国や地方の財源を休業補償とかに充てたために、国や地方の経済状況は厳しさを増している。休業補償などは社会を維持させるのに必須であったことは論を俟たない。毎年借金を重ね、このようなリスクに対応する力を養ってこなかった。
 リスクの中には、少子高齢化社会という項目は当然入っているが対策は乏しかった。

 私から見て安倍政権は権力者その特権を最大限利用し、社会をの小さな個を無視し、国のために利用しただけの政権だったと思う。政権の目は大企業に向けられてきた。

 社会保障や労働条件を悪化させた一方で、家族の助け合いや自助を押し付ける。病気や事故、自然災害に対して極めて脆弱な社会を前政権が生み出してきた。     

 日本は、先進国のなかで子育て世代、母子家庭への支援が薄く、特に働く世代に冷淡な国になった。アベノミクスの3本の矢の元に、非正規雇用者は約4割まで増加し、女性の6割近くは非正規で、何かがあればいち早く失職させられる。統計的には女性の就業率は世界が驚くほど上昇したが、その内容は脆く危なっかしい。
 女性たちの経済的劣位は、子どもの貧困にも直結する。子どもの貧困は次々と連鎖し、貧困社会の拡大に繋がる。 

 社会的弱者は、政治によって守られるのではなく、つくられるといっても過言ではない。

 皮肉なことに、政治が弱者の声に耳を傾けない状況が長く続くと政治には期待しなくなる。選挙の無関心は有権者にあるのではなく身近に感じられない政府にある。

 日本で消費税などがアップされると拒否反応が起こるのは、税金が本来の役割である 格差の是正やセフティネットもの強化、教育の強化などの働きを果たしていないから。数年先の社会保障がどうなっているのか、あるのはネガティブな材料だけである。


9/22 (火) 秋分の日 快晴
 1:10起床,文献、データ整理などなどゆったり過ごす。早朝冷え込み。フリース着込む。5:00可燃ごみ提出、午前は座学、データ整理。ブログ記載。午後は畑仕舞い。残るはネギのみ。録画のぶらぶら美術館視聴。書籍データ化進める。19:20夕食。21:45就寝。歩数計Σ11586歩。書籍自炊5冊。

敬老の日2000(1) 私が敬老会のメンバーに??!!! 私は最も若い新入りだから末席に
 昨日、9月22日は敬老の日で祝日であった。
 その数日前に、私あてにA4判厚さ3cmほどの、とても軽い箱が送られてきた。一見何も入っていないのでは??と思うほど軽い箱であった。
 包装を開けてみると「祝 敬老」とあり私宛で驚いた。全く予想もされていなかったからである。

 中には小分けされた「焼き海苔セット」が入っていた。また、外旭川地区の高齢者1.300人余の名前と年齢が記載された名簿が同封されていた。この個人情報隠蔽の時代に、よくもまあこんな名簿が作られ、送られてきたものだ、と感心した。
 私から見ればこれが当たり前の姿である。

 また、秋田市長、秋田市社会福祉協議会会長からの挨拶状が入っていた。
 以下は後者の内容である。名文なので引用した。
――――――――――――――――――――――――――――

        お祝いのことば

 本日、ここに敬老の日を迎えられた皆さまのご長寿を心からお祝い申しあげます。
 これまで、皆さまが貴重な経験を生かしその豊かな知識でご家族や地域社会のためにお力を注いでくださいましたことに、心からお礼申しあげます。
 さて、今年は新型コロナウイルスの感染拡大によりマスクの着用、人と人とが互いに距離を取り、接触する機会を減らすなど、新しい生活スタイルが求められ、不慣れな生活を強いられております。
 しかし、この様な状況が、誰かを支えていたり支えられていたりしていることの大切さ、ふだんのくらしの幸せを、我々に改めて気付かせてくれました。
 今こそ、一人一人が力を合わせて繋がり合い、生きがいを感じられる地域共生社会を目指していかなければなりません。
 そのためにも、皆さまにはこれまでの経験を生かして、地域の発展にご尽力いただくことを期待しております。
 本会では今後、皆さまの健康と長寿を喜ぶことができる地域共生社会を目指し、地域福祉推進のため更なる努力を続けてまいりますので、何とぞご支援、ご協力をお願いいたします。

 結びに、敬老の日に際して、ご尽力されました関係各位に感謝申しあげますとともに、皆さまのご健勝とご多幸をお祈り申しあげ、お祝いのことばといたします。

  令和2年9月吉日   秋田市社会福祉協議会 会長 〇〇〇〇
――――――――――――――――――――――――――――

 我が国で「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨として「敬老の日」が設定されたのは1966年(昭和41年)で国民の祝日に制定された。
 この年は私は新潟大学医進過程1年生であったが、忘れられない重大事故として2月にANA727型機東京湾に墜落、3月カナダ太平洋航空DC8型機羽田着陸失敗事故、翌日は英国BOAC 707型機富士上空で空中分解事故が起き、巨大事故を追っている私にとっては忘れられない年である。

 1966年(昭和41年)日本の人口は約1億2.000万人、高齢化率は10%程度であった。現在は28.4%で世界一である。

 敬老の日の趣旨は素晴らしいが、今は同じコンセプトで高齢者を捉えていては国が成り立たなくなっている。菅首相のにとっては厳しい判断を迫られる高齢者対策が問われることになる。

 最近まで、シルバーデモクラシーとしてで厚い庇護を受けてきた高齢者は、今後は「軽老」へシフトせざるを得ない状況を自覚しなければならないだろう。
 現実的にどうなるかは、政治家の手腕にかかっているが、新型コロナの影響もあって国力は低下しつつあり、決して甘くはない。


9/21(月)敬老の日 早朝降雨雷鳴降雨  
1:30起床、。文献、新聞他。午前座学、午後書斎にて録画音楽番組視聴中心に。微睡後外仕事。16:00から新聞文献など処理。19:00夕食。21:00就寝。歩数計Σ15096歩、外仕事のため。

菅義偉氏(4) 総裁選(3) 派閥と老害が作り上げた不可解な総裁選(2) 派閥とは
 自民党総裁選で派閥が果たした役割はとてつもなく大きい。今回の総裁選を見ていると派閥と老害が作り上げた不可解な総裁選と言える。
 日本の議会制民主主義って上手く機能しているのだろうか、と思う。 

 派閥とは、同じ政策や利害に基づいて行動する国会議員の集団のこと。一般に政策名でなくトップの名前をとって〇〇派と呼ばれる。自民党には7派閥がある。

 7派閥のうち、石破氏は19名、岸田氏は47人の派閥のトップである。菅氏は無派閥と言われている。

 今回の総裁選では、細田派や麻生派、二階派など5派閥が菅官房長官の支持を表明した。これで264票を獲得したようなもの。菅氏が一気に岸田氏、石破氏よりも優位に立てたのはこの派閥の存在が大きい。

 派閥は、かつては総裁候補を担ぐ集団という意味合いが強かったが、議員自己保身のための集まりの意味づけが強くなったように思われる。政策集団として、組閣や党人事でポストを得られるよう働きかけている。しかし、金策上の繋がりが一番でないかと感じている。

 日本の政治は派閥政治といわれる。
 衆院選選挙が中選挙区で行われていた時代、同じ選挙区に党内から複数の立候補者が出ていた。候補者は選挙では派閥から選挙資金や支援を受け、議員としては総裁選では派閥のトップを応援する。

 様々な場面で派閥間の勢力争いが激化、閣僚人事は人物の適性よりも派閥の力学に左右される。閣僚不祥事や不適切発言が増えてきた背景には、人物としての資質以上に派閥の力関係で推挙され、任命する首相がほとんど知らない人物が大臣になることもある。 

 政治制度改革の一環として1996年に衆院選に小選挙区が導入されたが、1選挙区に1党公認候補しか立だなくなったことで派閥の力関係が変わった、と言われている。 

 菅氏は派閥に配慮した人事を否定しているが、派閥の支持で総裁候補にまで上がっただけに菅氏は派閥に関連なく組閣できるのか??
 水面下ではもう派閥からポストの要求が始まっているという。

 私は各議員が政策集団として派閥に属することは否定できないと思う。自身の政治活動、保身のためにもやむを得ないだろう。

 しかし、個人として信任を得て当選した議員が、個人の判断よりも派閥の論理に従って総裁選挙に投票するならば、議会制民主主義の破綻を意味する。


9/20(日)快晴 国際ダリア園訪問
 1;00起床。本読み、早朝・夜間はけっこう寒い。読書、新聞などいつものごとし。書籍自炊進める。午前は座学。読書、データ整理。午後は急遽国際ダリア園に。種々参考になった。読書、微睡。19:00夕食、20:45就寝。Σ8529歩。

菅義偉氏(3) 総裁選(2) 派閥と老害が作り上げた不可解な総裁選 
 安部退任表明後、菅氏が一躍政治の表舞台に躍り出た。つい先日までは菅氏は候補の一人とはみなされていたが、本命は岸田氏、石破氏であった。

 自民党総裁選出は、通常は党大会を開き、国会議員と党員・党友票の合計788票で総裁を選出する。今回は両院議員総会で国会議員394票と47都道府県連が持つ3票だけで選出した。「コロナで緊急を要する。政治空白を作るべきではない」との党執行部の判断。しかし、これはおかしい。安倍首相はまだ執務できている。だから時間はあった。原則通りに実施できなかったはずはない。

 自民党総裁選は首相を選ぶことと同じ。候補者が政策論争を交わし、党員・党友の意思を反映させるべきであった。

 党青年局ら有志議員は二階幹事長に国会議員140人超の署名を添え、党員・党友投票を実施するよう申し入れた。地方議員ら約400人も賛同。このほか、地方組織も同じ要求を出している。これほどの多数の意見を取り上げなかった超長老の自民党幹事長の横槍、個人的と思われるゴリ押しが見える。二階氏は自分の保身を考え、岸田氏、石破氏に不満を感じていたのだろう。

 総裁選は岸田氏、石破氏、菅氏の三人が立候補した。実際には、変な総裁選が展開された。派閥に属さない菅氏が、細田派、麻生派、二階派などの支持を受け優位に立った。菅氏がどこかの派閥に属していたらここまでの指示にはならなかったと思う。菅氏への各派閥の支持表明を見た限り、総裁選は投票の必要はないほどであった。
 こんな馬鹿な総裁選はない。

 総裁選では議員票の比重がより増した。しかも、議員個々の判断というより、各派閥の意向によっている。なんで各議員は総裁を自由意思で投票できないのだ??これは絶対的におかしい。
 各派閥の支持表明はいい。しかし、各議員はそれにとらわれない自由意思で投票すべきである。派閥に属する議員は派閥のロボットなのか??

 派閥にとらわれた各議員の投票行動は、各議員が各国民の1票の選挙で選ばれるという民主主義の根幹を揺るがすもので、私は絶対に受け入れられない。
 こんな総裁選で選ばれた総裁を支持できない。

――――――――――――――――――――――――
 古い話であるが、私が県医師会の役員であった時に、県医師会の代議員として日本医師会の会長選挙に何度か臨んだ。私はその際、県医師会の支持候補には投票しないこともあった。代議員ではあったが、一人の医師会員としての判断が尊重されるべきで、最終的には自分の判断に基づく1票を投じた。

 今回の総裁選で小泉進次郎氏に1票が入ったという。ふざけた結果であるが、個人の考えを表明した議員がいたことは朗報と考えたい。

 今回の総裁選の候補者には直面する新型コロナウイルス感染症対策、経済立て直しなどへの姿勢が問われている。。


9/19(土)曇り時々雨  
1:00起床。新聞チェック・文献読み。画像データなど整理。座学三昧。新聞、単行本データ化、19:20夕食。20:10就寝。歩数計8520歩。

菅義偉氏(2) 総裁選(1) 突然秋田人になった 
 菅義偉氏は自民党総裁候補として突然トップに躍り出た。その背景には複雑な派閥の事情もあるようだ。
 同時に菅氏は突然秋田人になった、という印象である。もちろん、秋田県出身者であることは知られていたが、つい最近までは、私の目から見て決して秋田県と関連深い政治家とは言えなかった。現住所は神奈川県横浜市。選挙の地盤も神奈川県にある。

 氏は現在の秋田県湯沢市秋ノ宮出身である。イチゴ農家の長男として生まれる。母や叔父、叔母は元教員、2人の姉も教師である。
 県立湯沢高校卒業後上京し、ダンボール工場に勤務したが、社会の厳しさを痛感、2ヶ月で退職した。大学進学を志し、アルバイト生活で、法政大学へ進学。法政大在学中にもアルバイトで生活費と学費を工面していた、という。苦学生であった。大学を卒業後は建築関連会社に入社した。

 1975年、政治家を志して小此木議員の秘書となる。以後11年秘書を務めた。
 1987年、横浜市会議員に初当選、2期務める。
 1996年、衆議院議員選挙に出馬、初当選。以降8回連続当選している。

 菅首相が総裁選に出馬し、本命とされ始めると秋田県出身者による初総理誕生の期待が高まり、秋田県でも一躍時の人となった。実際には「秋田犬」よりも知名度が低く秋田への影響力があったとはいえないが、秋田県知事をはじめとして地元でも大いに持ち上げ始めた。菅氏自身も秋田県の田舎町出身で苦労した話をするようになった。総裁選における自身の地方票の獲得のためと、地方へ目配りできる政治家としての印象を植え付けるための戦略が見え透いてくる。

 地方紙である秋田さきがけ新聞は大々的に扱って、私など「今更何を・・」と気恥ずかしい。
 
 秋田県関係者は、秋田県が歴代首相の出生地でも選挙区でもない18県の一つであることに大きなコンプレックスを持っていたようである。政治家の出身地などどうでもいいのだ。


9/18(金)午前降雨時々晴れ 大曲中通病院 飯川病院ボランティア
 0:30起床。新聞チェック・文献読み・徒然など。書籍自炊による電子化、可燃ごみまとめだけ。7:30Taxi駅東口に。8:11こまち12号、雨で徒歩不可、9:10-12:00外来、徒歩駅に。駅で軽昼食、13:50-18:45飯川病院ボランティア、散水など。19:15帰宅、21:00就寝。歩数計Σ11623歩。

菅義偉氏(1) 官房長官として
 安倍首相は8月29日夕方、持病の再発を含む体調不良を理由に退陣を表明した。内閣連続最長記録を樹立して1週後であった。安倍首相については何回か記載した。全然足りないが、退任を表明した政治家などはすでに過去の人である。安倍政権についての評価はまた機会を改めて考えたいと思う。

 あれから約3週間になろうとしているが、その間、菅氏が9月14日に自民党総裁選挙で総裁に選出され、9月16日に国会で首相に指名された。
 現在の政治状況を予想した人は私を含め当初はほとんどいなかったであろう・・と思う激変である。

 第一には、安倍氏が思い入れのある東京五輪の前に辞めるとは、予想できなかったからである。しかし、病気にはストレスの持続が最も悪いから、やむを得ない判断だったのだろう。
 第二には、辞任を受け自民党総裁の人選が急展開したが、菅官房長官が一気に浮上した。次期首相の候補としてはかねてから石破氏、岸田氏が常に下馬評に上がっていた。多分このどちらかが次期の首相につくものと私は思っていた。
 それが、安倍首相の辞任表明直後から、菅官房長官がトップに躍り出てしまった。

 菅義偉官房長官は71歳、日本で、安倍氏の裏で仕事をきっちり進めてきた。安倍総理も歴代最長政権であったが、菅氏は官房長官としての歴代最長でもある。2016年、内閣官房長官の在職期間が、歴代1位の在職日数を記録したが、その後も最近まで記録を伸ばしてきた。

 菅官房長官は一見目立たないが、政治的実力は確かなものであろうとは私も思っていた。安倍氏の後任候補の何番手かにはなり得るだろうな・・程度には思っていたが、一気に時の人になるなどまでは考えつかなかった。四年前、トランプ大統領は共和党の大統領候補としては本当に末席であった。誰も大統領候補にまで上り詰める、とは思っていなかったのではないか。質的には異なるが、なんか類似性があると思ってしまう。日本では三木首相の登場がこれに近いし、鈴木善幸首相の誕生とも類似性がある。

 菅氏が官房長官として公に見せる顔は、笑顔がなく、表情も乏しく、地味で魅力的とは言えなかった。政府スポークスマンとしては適任であったろう。自分の言葉で十分説明する姿勢も見えなかった。
 もっと表情豊かであれば、表情から心を読まれることもあっただろうと思われるが、見事なポーカーフェイスを身につけている。気に入らない質問には回答を拒否することも度々であったが、失言をしないことが安倍内閣の中では高く評価されていた。何しろ安倍内閣は失言閣僚を何人も抱え、辞任に追い込まれ、その度ごとに首相の任命責任が追求されてきた。任命責任って何か?任命者が傷つくわけでもなし、今だにわからない責任である。議員不祥事2020(3) 首相の任命責任 あまりにも軽い マスクのごとく使い捨て


9/17(木)早朝雨のち曇り 健康クリニックデータ判定 飯川病院
1:15起床。文献若干,本読みなど。書籍自炊データ数冊。雨は上がったが外仕事は向かない、座学中心。12:07バス飯川病院着、13;15健康クリニックデータ整理、14:00飯川病院勤務、入院患者対応、文献読み、新聞チェックほか。読書進める。19:00帰宅、夕食、20:45就寝。歩数計Σ10699歩。

運転免許証返納(3) 実は、私は誰よりも安全運転励行者であった、・・今だから言える
 数年前から、同乗した家族から私の運転のことをいろいろ注意されていた。自覚は無かったが気にはなっていた。多分指摘は正しかったのだろう。

 実は、私は誰よりも安全運転励行者であった、・・と思う。そう感じていること自体が傲慢であり問題があるのかもしれないが、免許証を返納した今だからこそ自信を持って言えることである。

 私は運転が嫌いであるほかすぐに睡魔が襲ってくるため自分ではあまり運転しなかった。約20年間愛車として用い、今も現役で動くスバルレガシーワゴンは6万Km余しか走っていない。私は、歩行者として、自転車・バイク愛好者として、交通弱者の時間が多かった。
 危険なことも2、3経験したが大きな事故までは至っていない。弱者の立場で日本医事新報に投稿したこともある。車よ騎るなかれ!! 車を騎らせるなかれ!!--ある交通弱者の叫び--

 交通弱者は自分で危険に近づかないことが安全を守る要である。自転車にせよバイクにせよ、車との事故の場合、車側の乗員の安全は車体でバッチリガードされている。だから、自分に過失があろうとなかろうと決定的に受傷するのは自分の方である。だから、周辺の車の動きに注意し、見通しの悪いところ、交差点では、たとえ青信号でも細心の注意をして通過していた。

 私のコンセプトは、交差点は「車だけでなく、人間の思惑が交差する危険な場所」と考えてきた。だから、自分を守るのは自分しかない、と考えてきた。第1は適正なスピード維持である。第2、第3は自分の五感である。
 それでも3回衝突された経験がある。今夕、路上で接触事故に遭う(1)
 3回目の経験となった いずれも双方に人的被害はなかった。一回目は後部ドア付近がバッチリ潰れ、結構ボロ車だったのでそのまま販売店に行って車を買い替えた。あとの2回は自分で直せる軽微な損傷で済んだ。加害者側?にはなんの保障も求めなかった。
 このいずれの事故も相手の車がブレーキを踏んだか否か、直接は判断できなかった。私は車のフロントにブレーキランプを装着すべきとの意見を持っていてそれについてを国交省に2回提言したが梨の礫であった。

 私は爽やかな気持ちで運転免許を返上したが、不便であることは否定しない。でも、私はなんとか暮らせそう。しかし、田舎の高齢者にとっては生活の足であり、生活が成り立たないこともありうる。私は高齢者用に、車種限定、走行地域限定、高速道路不可などの条件をつけた限定免許証も一つの方法かなと考えている。


9/16(水)快晴 飯川病院ボランティア 菅総理大臣就任
1:00起床、文献若干,本読み。書籍自炊データ化。なんとなく体調不良なるも午前は畑の仕舞作業、草刈り、支柱整理、ダリアの世話若干、11:50バス飯川病院に。ボランティア。文献読み、新聞チェックほか。散水。家内は漢方研究会、18:30発バスにて帰宅、19:00着、夕食、20:45就寝。歩数計Σ14930歩、外作業のためか。菅総理の十個応力は未知数。

運転免許証返納(2) 身分証機能を持つ運転経歴証明書の交付を受けた
 9月13日(日)、私は県交通運転免許センターで運転免許証を返納してきた。
 主たる理由は視力低下であるが、漠然とした事故の恐れも背景にあった。まだ1週間にも満たないが、車なしは不便を感じるものの、事故を起こす不安とは無縁の立場になった自身を感じて安堵している。 
 運転免許証は最も信用のある身分証明書として汎用されるが、返還時に運転経歴証明書の交付を受けた。身分証明書としては勿論のこと、これを提示すれば秋田県ではタクシーが10%、バス回数券が20%引きになるなどの各種の特典もついている。

 秋田県警運転免許センターのまとめでは、1998年に始まった免詐の自主返納制度は県内では増加傾向が続いてきた。
 2017年に3550人を記録し、19年には一気に4495人を記録し過去最高を更新した。統計的には最近急増したが、その背景因子として池袋で2018年にあつた当時87歳の男性が運転する車が暴走して12入が死傷した事故などで、高齢ドライバーによる事故に関心が高まったことがありそうである。
 高齢化が進む秋田県内でも、2018年交通死亡事故は39件で死者42人。このうち38.5%の15件が高齢運転者によって引き起こされている。高速道路の逆走事故もあった。

 高齢ドライバーによる事故対策として、認知機能検査を強化する改正道路交適法が2017年施行された。2018年は約216万入が検査を受け、約5万4千人が認知症のおそれがあると判定された。最終的に医師に認知症と診断され運転免許証が取り消しになったのは5.0%にあたる1932人だった。

 2019年の秋田県における自主的免許返上のうち 65歳以上の高齢者は96%を占めた。 
 年齢別にみると、60歳未満72人、60代425人、80代2077人、90歳以上が203人だった。 
 県警では返納手続き時に返納理由も尋ねている。それによると65歳以上の返納者で過半数2227件を占めたのが身体機能の低下、運転の必要がないが1256件、家族などの助言が689件と続いた。私の場合は身体機能の低下のためと申告したが、その内訳に関しては残念ながら統計がない。視力低下はどれだけいるのであろうか。

 警察庁は認知機能に着目した仕組みは一定の効思をあげつつあるとしながらも、認知機能に問題がない高齢者を対象にした対策も進める必要がある、と検討していると言う。

 私自身の状態を見ても、高齢者の問題は認知だけでないことは確かである。加齢とともに運転技術は明らかに低下するからである。


9/15(火)早朝降雨午前曇午後快晴 中通病院外来、飯川病院
 1:20起床。新聞・医学論文チェック他データ整理。書籍4冊ほど自炊データ化、5:00ゴミ出し。6:47バス飯川病院、8:45-13:15中通病院外来混雑疲弊。14:00-19:00飯川病院、微睡後入院患者対応など。19:15帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計Σ10543歩。書籍自炊4冊ほかデータ化。

運転免許証返納(1) 56年間の運転に終止符
 9月13日(日)、県交通運転免許センターで運転免許証を返納してきた。
 昭和39年取得の普通免許と昭和40年取得の大型2輪の運転免許であったが、56年間の運転に終止符を打った。
 私の運転免許は本年6月が有効期限であったが、新型コロナ蔓延のために特例として3ケ月間の延長が認められ、9月14日が有効期限となっていた。有効期限のギリギリまで利用した。

 免許免許証返納の背景としては、バランス感覚の低下から全体的に運転技術が落ちていること、集中力の減弱で注意力が散漫になり、疲れやすくなったことの自覚が主であったが、加えて視力の低下である。高齢者の交通事故が社会問題化していて、自分がその中の一人になる可能性を否定できなかったことも遠因である。

 いまは高齢者の運転免許更新時に事前に適性検査を受けておかねばならない。その中で認知症検査等はクリア出来たのであるが、視力が限度の0.8 に今一歩どとかなかった。眼科的対応や眼鏡の調整で再度臨むことも考えたが、無理やり更新したとしても危険の更新にもなる、との結論に達したためである。

 私の56年間の運転生活を振り返ってみれば、我が家では10台近くの車を利用した。大型2輪免許は1440ccの大型バイクも楽しめた。人身事故なし、他車への物損事故なしであったが、自分の車には小さな傷は随分つけた。ほとんどは自分で修理できた程度の傷であった。バイクは20年ほど乗ったが、転倒歴もなしであった。

 私は車の便利さは享受してきたが、車を運転することは好きではない。だいたい、あの密閉空間が嫌であった。それに対してはオープンカーはやや快適に用いることができた。私が車よりバイクを好むのは「風」であった。

 遠出する場合には他の方法、例えば列車とかバスとかがあれば迷わずそちらを選んだ。同じ時間を移動にかけるのであればハンドルを握っている時間は私にとっては無駄な時間だからである。

 加齢とともに運転技術は明らかに低下する。私は特にギリギリの隙間を通過させたり駐車するのが得意であった。ぶつからなければ1cmであろうと1mであろうと変わりない、と豪語していたこともあるが、さすがに中年以降は無理になった。ましてや今は75歳である、技術的衰えは明らかである。返納はやむないだろう。
 しかし、わかっていても足をもがれたような寂しさを感じる。

 通常はバスを利用している。車は寒さや風雨の時には便利であった。今後もタクシーという手はあるが、心情的には簡単には利用できない。大きな傘、便利な雨具を購入して悪天候に備えたいと思っている。


9/14(月) 降雨  健康クリニックドック 飯川病院 自民党総裁に菅氏
 1:00起床、新聞・文献チェック。データ整理、自炊文庫本4冊。晴れ間を縫って6:47バス飯川病院、結局びしょ濡れ。9:00-11:45健康クリニックドック14人+結果判定14人分。12:00飯川病院、微睡ほか、14:00-18:50勤務、入院患者対応。新聞チェック、読書他、19:15当直医来院待ち帰宅、夕食、21:30就寝。歩数8673歩。書籍自炊5冊ほど。

扇風機で右小指怪我 労災か??
 9月8日、約1週間前、間借りしている飯川病院院長室の古い扇風機の風向きを変えようと上部の取っ手を持ち上げた途端に右の小指に激痛が走った。後方の針金状のガードの間隔が広くなっておりそこから小指が入り込み回転する羽に接触したもの。予想もしていなかったことで、一瞬で手を引いたが衣服に鮮血が飛び散リ小指の先端は血だらけになっていた。傷を見たところ皮膚に小さな切創が3箇所、指尖部は挫滅して大きく皮膚が剥げ落ち、爪は3/4ほど爪床から浮いて禿げかかっていた。
 私は5年ほど前に心臓由来の脳梗塞を発症したことがあり、それ以降血液凝固阻止剤を服用している。そのために止血機能が落ちているのだろう、出血は3日間続いた。

 一般の方であれば十中八九救急外来を受診したであろうが、私はその気にならなかった。受診すれば切創は縫合され、爪は抜かれ、挫滅部分は遊離した組織を除くためにクリーニングされるだろう。傷そのものよりもその処置・治療の方が恐ろしい。私はあまり医療に頼りたくない。

 対応として、新しいティッシュペーパーを帯状にたたみ傷に巻きつけ、左手で圧迫止血を試み、次いで輪ゴムの収縮力も利用して圧迫し、小指全体はサランラップのボール紙の芯をカットし小指ケースを作り保護した。血液がしみたティッシュは頻回に変え、清潔維持に努めた。出血は徐々に減弱したが、結局3日間も続いた。止血後はできるだけ傷口を覆わずに空気に晒し乾燥するように努めた。約1週間経過した本日のの状況では傷は乾燥し、硬いカサブタで覆われ順調な回復過程を辿った。

 この間、感染の可能性は少なかったから抗生物質は用いず、鎮痛剤も用いなかった。自分のバカさ加減を反省するには痛みに耐えていた方がいい。

 最近は傷口の治療方針として出来るだけ湿潤に保つことが推奨されているらしいが、本当にそうだろうか?? 
 私は子供の頃から傷口は綺麗に洗い、圧迫で止血した後は外気に晒し乾燥し、痂皮の形成を促すのがいいと思ってきたので、今回もそのようにした。

 飯川病院勤務時間内の受傷であり、ちょっと欠陥のある備品で受けた傷だから労災にもあたるだろうが、私の不注意が因である。自己責任の範囲で考えた。子育ての頃は扇風機は危険と口すっぱく指導してきたが、その私が・・と思うと情けない。還暦後ここまで幼児化したのか??

 総務省の労働調査によると65歳以上で就業しているのは2019年は892万人もおり、労働者全体に占める高齢者の割合は13.3%で過去最高になっている。高齢者の健康寿命が伸びたことだけでなく、一昨年の2000万円問題などが示すように、老後の経済的不安が大きくなっていることも因の一つあろう。
 それに伴い仕事中に怪我をする高齢者の割合も増えてきている。労災発生状況によると60歳以上は全体の26.8%を占めている。
 厚労省は今年3月「高年齢労働者の安全と健康弱保のためのGL」を初めて定めた。事業者に関しては職場環境の改善や高齢者の体力に応じた仕事の提供などを定め、労働者に対しては自分の体力の限界等の把握と安全就業に対する自己管理を求めている。納得である。


9/13(日)終日降雨 県運転免許センター免許証返納手続き  
0:30起床、自炊、本読み。午前は座学、ナスの収穫。13:20バス駅→運転免許センターへ。14:30運転免許返納手続き、費用は1100円。14:50バスで逆方向、16:15飯川病院。18:00家内とともに帰宅。微睡。19:00夕食、20:45就寝。梅酒50ml泥酔。書籍自炊化進める。歩数計Σ10215歩。

私の嗜好品観(11) 自家栽培のキウリ、トマト、ナス

 4月下旬から5月上旬にキウリ、トマト、ナスを植えるのだが、6月下旬から我が家の食卓に自家製の野菜がリッチに上るようになる。いや、リッチという以上に拷問に近い状態まで行く。贅沢な悩みである。
 最近の私は痩せれないが、自家製野菜の過剰収穫も一因である。

 我が家の栽培は完全に無農薬。土つくりの段階では石灰とか散布するが、基本的には土と水と太陽の力におんぶしている。だから有機栽培にも合致しない。安心して食べられる。

 通常の年は、天気予報、特に強風情報を先取りして、その際には支柱を強化し風に備えるのであるが、過去にはそれでも根こそぎ吹き飛ばされ涙したことがあった。今年は強風をきたすことは皆無であり、台風の直撃も一回もなかった。
 今年はキウリの支柱を工夫して斜めに立てたのでキウリが枝から遊離してぶら下がり、見た目も収穫も楽であった。機会があれば来年はもっと工夫して臨みたい。

(毎朝、平均的にこれだけ獲れる。最盛期にはこの2倍以上獲れる)

(1)キウリ
 我が家の中では最も早い時期から収穫できる。
 今年は6月20日から9月12日まで約2.5ヶ月間収穫でき、しかも豊作であった。

 キウリは綺麗な緑の色合いのため多くの料理の添え物として年間を通して重要である。しかし、素人の自家栽培となると年間を通しての収穫は無理で、同じ種類を時期を1-2週間ずらして植えてもそのくらいの差だとシンクロしてしまって、短期間に一気に収穫することになる。早生と奥手の品種に分けなければなるまいだから旬の、食べごろに収穫できる。

 キウリが活躍する食品といえば意外と少ない。代表的なのは漬物か??

 きゅうりはみずみずしく、パリッとした食感が持ち味。特徴的味もないことから、脇役として重要。せん切りしてサラダ、和え物、酢の物、オイキムチなどなど。酢豚もいいね。

 各方面で引っ張りだこであるが、しかし、こんなものでは到底消費できない。我が家ではキウリを好むのは私だけだから地獄であるが、自分で作った以上、なんとか食べ切るよう工夫する。
 漬物のほか、梅味の酢の物、ひき肉入りスープ、時に味噌汁に。時にキウリサンドイッチを作ってもらう。特に、梅味の酢の物は100mlほどのガラス瓶に常に10ケほど作られ冷えている。それを一日2ケは食べている。

 収穫時期は終了したが我が家では年間を通じてキウリが必要という。今は適宜スーパーから仕入れている。

(2)トマト
 今年は7月15日から9月12日まで収穫できた。
 私は基本的に枝の剪定はしない。そのために実は市販品よりははるかに小さい。栽培するにはこれでいい。大型の実はやや大味であり、雨が降った後には表面に亀裂が入ることが多い。小型だけに味は濃厚である。家内が殊の外トマト好きで収穫した7割ほど食べてくれる。
 味の評価もまずまずで、畑に向かうのが楽しみである。

(3)ナス
 今年は7月20日から9月12日まで収穫できた。漬物に、炒め物に、ナス焼きに、カレーに、味噌汁にと大活躍である。ナスを栽培してわかったことであるが、ナスのヘタには鋭いトゲ状の突起があり不要に触ると激しく痛い思いをする。だから、ナスに関しては鋏を用いて丁寧に扱う。
 ナス漬けが綺麗にできた時の紫の色調はなんともいえない美しさがある。栽培していての楽しみの一つである。
 ナスは国際的に全世界で栽培されている代表的野菜で、料理法も豊かである。我が家ではやはり私が中心に消費するが、ひき肉と炒めたのが一番口に合う。


9/12(土)降雨・曇天・午後快晴 散髪 古書店へ 大阪なおみ全米優勝
1:00起床。蓄積資料整理。9:00散髪、読書、書籍自炊、データ整理など。午後はダリアの世話、15:00ブックオフ飯島店、17冊購入。散髪を含め自らの運転としては最後。微睡。19:00夕食、20:30就寝、歩数計Σ7395歩。昨年千秋花火大会、今年は中止。

私の嗜好品観(10) さくらんぼ 羽後スイカ
 夏になると我が家の食卓に果物類が急にリッチに上る。いや、リッチという以上に拷問に近い状態まで行く。贅沢な悩みである。

(1)さくらんぼ
 6月下旬、サクランボの季節がやってきた。
 毎年、この時期になるとわが家の食卓には殆ど途切れることなくサクランボが並ぶ。それも結構な量である。
 例年、知人から送られてくる県南の十文字産のサクランボがきっかけとなって始まる。今年も見事なのをいただいた。

 (写真を撮る前に食べられてしまった)

 この時期以降、家内は「錯乱母」化する。かつては2Kgの箱、それも比較的高級なのが、1-2晩で全てツルと種に変身し、腹ふくれた「錯乱母」が箱の横でうたた寝していたこともあった。注意しても効果はない。救いはサクランボの旬が短いことである。
 
 サクランボは世界で1000種、国内で100種程、山形県では30種程あるといわれている。

 佐藤錦、晩生種の紅秀峰が有名。後者は佐藤錦の後に食べ頃になる。さらに、「紅姫」というブランド品は冷蔵保存技術により、酸素を通しにくいフィルムをかけ、低温で冷蔵保管したもの。約40日間鮮度を保つとされている。
 家内は自分が楽しむだけでなくお世話になった方々にも送っているらしい。今年の出費は3万円超か?? 錯乱母には何も言えない。

 サクランボはバラ詰めのが好きだ。綺麗に並べられた高級品は私の方で気後れしてが出ない。ざっと水洗いする。実の表面は天然のオイルで覆われているのか撥水性がある。この水滴と果実の色調がおりなす光沢、新鮮な雰囲気が良い。美しさという点ではきれいに紅色になった果実より黄色と淡赤色、深紅のモザイク調のが一層美しい。    

 サクランボはあのツルをプラプラさせて形や色合いを十分楽しんでからおもむろに口に運ぶ。1ヶずつ口に含む。 この時、おちょぼ口である。若くて口元の美しい女性をイメージするとエロチックなイメージが伴う。

(2)羽後スイカ
 秋田県羽後町は昭和22年頃からスイカの生産を始め、高い評価を受けている。羽後町の夏は日照時間が長く、内陸気候で昼夜の温度差は15℃と大きく、この温度差が羽後町のスイカをさらにおいしくしているという。
 同じ枝から収穫してもスイカの味には必ず当たり外れが生じるらしい。その点、羽後町産スイカ「夢あきた」は確実に甘い。確かにハズレはない。JAうごの「光センサー選果システム」で糖度の高い美味しいスイカだけを出荷しているからである。だから安心して購入できる。

 数年前から家内はスイカ中毒にも罹患した。その季節になると週に一回羽後産スイカを積んだ移動販売が病院前に売りに来る。毎週1-4ケ購入する。自宅用のほか、病院スタッフ用に、応援医師に、病院の厨房に食後のフルーツ用に、時には近隣の病院にも届けている。多分良い顧客なのだろう、わざわざ病院まで来てくれるのが嬉しいという。

 さらに、デパートでもカットスイカを買いこむ。おかげで私は連日スイカに追っかけ回されている。先週、ついにスイカの季節は終わってホッとしている。
 「今年のスイカ関連出費は5万円近くでしょうね・・」、その嬉しそうな笑顔に向かって、私は何も言えない。


9/11(金)改正暑い 大曲中通外来 飯川病院ボランティア 
 1:30起床、新聞・文献他、本読み。5:10可燃ゴミ提出。7:35Taxi秋田駅東口、8:45-12:00大曲中通病院、往復徒歩できず、やや体調不良。13:30飯川病院ボランティア。散水他、19:15帰宅夕食、20:30就寝。書籍自炊化。歩数計7268歩。右小指の傷出血止まりやっと痂皮化始まる。プリウス車検問題なしと。

私の嗜好品観(9) 冷菓(3) 水羊羹 (付)ソーメン 冷やし中華 
 私は虚弱児だったから、夏になると毎年食欲が失せ「夏まけ」という状態に陥った。ガラガラに痩せていたがさらに1-2Kg体重が減った。何を食べても美味しくない。口に入れても飲み下すのが嫌。しかし、家族のいる食卓の前では無理やり流し込んでやるという状態であった。

 こんな時に、私が好んだのは「水かけご飯」であった。茶碗に盛ったご飯に水をかけ、しばし箸でかまして洗い、ぬめりを取った後で、もう一度冷やした水をかけて食べた。たくあんや梅干しがよく合った。盛夏の何日かは三食ともこれで過ごしたものである。こんな時にも、新鮮な果物は食べられた。りんご、トマト、桃など、直接枝からもいで洗って食べた。
 こんな場合、「一暑いからといって口触りの良いものばかり食べていてはいけません。夏だからこそきちんと食べないといけません」、という声が聞こえてくるが、私は間違っていると思う。たとえ精などつかなくとも一時的現象である。はかない薄味のものしかたべれなかったという事実、食べれない者に「食え」と強制するのは一種のいじめだ。 

 夏には、あまり硬いもの、中身がびっしり詰まった練り物などは食べたくない。
 あるかないか?といった感じのはかなさを漂わせる食べ物を、暑さにぐったりとしながら飲み込むというのが合う。 

 その点では、今なら、お菓子なら水羊羹、食事ならソーメン・冷やし中華がいい。

(1)水羊羹
 水羊羹は羊羹のサマーバージョンで存在感がある。口に入れればあくまで冷たく、そして舌の上でほろりと溶けて消えていってしまう。この食感が水羊羹の存在意義だと思う。工夫した人は偉い。最近はプラスチックのカップ容器入れが断然多い。カバーに若干の趣向が見られるがちょっと風情がない。地元の菓子屋では笹舟に盛った製品などを売り出している。日持ちは悪いだろうが、風情があってとても良い。 

(2)ソーメン
 私は麺類も、特にラーメンが好きだ。三食ともラーメンでも困らないほどである。しかしながら、盛夏にはちょっと出番が少なくなる。
 代わりにソーメンは盛夏にはぴったりである。氷を張ったガラス製のボールに浮かべたソーメンをちゅるちゅると吸って食べる。生姜を効かし、氷を入れたたつけ汁、これがあれば何もいらない。

 ソーメンの持つ風情、はかなさ、せつなさこそが夏という特別な季節を象徴するような気がする。夏ははかないというイメージがつきまとう。

(3)冷やし中華 
 ちょっと濃厚に麺類を食べたい時は冷やし中華がいい。氷と畑で採れたばかりの具、キウリの千切り、カットしたトマトをリッチに乗せ、和がらしを十分に効かせて食べる。至福である。

 水羊羹、ソーメン、冷やし中華は夏の味がする。
 夏のご馳走はどちらかというと爽やかであり、かつ安上がりである。


9/10(木)夜半から激しい降雨 曇り小雨 午後飯川病院
1:00起床。文献検索、新聞チェック、微睡など、書籍自炊多数、ダリア枝のまとめ。雨で外無理、座学。11:00レガシー出勤、途中ブックオフ、9冊購入、12:30飯川病院、HDMI-RBG変換機にてMacMini復活。助かった。入院患者対応。19:30通町書店など経由帰宅、夕食、20:50就寝。歩数Σ8555歩、書籍自炊化。

私の嗜好品観(8) 冷菓(2) ソフトクリーム 秋田特産ババヘラアイス
 ソフトクリームは美味しい。しかし、この2年間は食べていない。
 今年は新型コロナの影響で墓参りツアーがなくなったからである。

 例年盆には墓参りする。寺は盛岡近郊にあるが、その時国道13号線、角館町近辺に〇〇醸造の大型店舗がありいつも小休憩を取る。この店では味噌・醤油・酒などの醸造製品の販売され、レストランもある。この店の醤油味のソフトクリームが静かな人気商品となっている。同行者はみんな食べるのであるが、家内など、孫がいる時には流石に我慢しているようだが、いない時にはソフトを両手に持ってダブルで食べていることもある。
 なかなかの味で私も好きである。
 帰路にもこれを目当てに寄ることがある。

 ソフトクリームはスプーンで上品に食べるのもいいが、やはりひたすら砥めること。まずは先端の尖った頂点を口に含み上から下にだんだんに砥め下がって行く。下の方が溶けてきそうになつたら逆に下から上へと砥めあげる。間に合わなくて溶けてしまった場合にはコーンの尻に口をつけて吸い取る。ソフトクリームは舌および口唇とが直に接触する面が非常に多い稀な食品である。要するに、舌と唇をつけたいと誘惑する微妙な感触をそなえている。
 
 先日、読んだ某女性作家の小説の中に似たような表現の官能的部分があった。あまり想像豊かに、詳細は記述できないが、ソフトクリームは考えようによっては卑猥なイメージを体感できる稀な食品と言えそうである。

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 アイスといえば、秋田にはババヘラアイスという特産の冷菓がある。
 中高年の女性(ババー)が道の傍らに立ちアイスクリームをヘラで盛って売るからババヘラアイス。
? ババヘラは主に国道沿いやイベント会場に出ている。黄色とピンクのパラソル、アイスを詰めた缶があり、ババが座っている。
 イチゴ味、バナナ味の二種類。味が薄めのジェラート風。駄菓子感覚に近い。
 ババヘラは春から秋まで道端で食べられる。?

 気になるのはババーのトイレ問題だが、近くの公衆トイレを使うか、あるいは会社の見回りのワゴンを携帯で呼んでトイレまで連れてってもらうという。そうか、しばらく疑問に思っていたがこれで解決、安心して食べられそう。

 ソフトクリームは機械が必要だから国道脇では販売できない。
 だからババヘラアイスは外に似合う粗野な感じもあり、その価値は相対的に増加する。?

 今年はまだ食べていない。今後楽しみにしている。


9/9(水)快晴暑い 小指の怪我で飯川病院ボランティア休む 
1:20起床。右小指怪我、今だに出血続く。傷自体挫滅に近く、かつプラザキサの効果か。
小指のため飯川病院ボランティア休む。主として座学、10:00整形受診の石井さんレガシーで病院に送り、ブックオフに。13冊購入。午後微睡ご久々書斎で仕事、読売日響の録画見る。2月以降公演を停止していたという。書籍電子化新聞電子化、書籍自炊。文献検索、画像データ整理、本読み他。新聞チェックほか。19:30家内帰宅待ち夕食、21:00就寝。歩数計Σ7452歩。書籍自炊化。

私の嗜好品観(7) 冷菓(1) かき氷派だが、カップアイス、アイスキャンデイで代用 
 かき水は何故か美味しい。しかし、店舗では60数年間食べていない。

 子供の時の思い出の中で生きている食材である。
 幼少時の田舎には住居の近く、歩いて数分のところに食品も扱う雑貨店があったから、暑い時には店頭で木のベンチに座って食べた。ときには住み込みの看護婦の分を含め10数人分を出前で届けてもらって楽しんでいた。記憶では定番のイチゴミルク一杯分10−15円であった。カップを返しに行くのはいつも私の役目であった。

 今は滅多に街を歩く機会はないが、街には子供の時から見慣れている「氷」の旗がひらめいている店が時折ある。懐かしい旗である。実際には各店で若干の違いがあるが、昔からほとんど変わっていない。
 ほんとのことを言えば、たまには入って食べてみたいのであるが、店内は高校生を始め女性方が分取っていることが多く、つい気後れして入れない。それに、内容的に豪華なのかわからないが、昔のより2-3倍大きくカラフルで、一杯400-700円もするようだ。
 どんな状態なのか?中に何が入っているのか?興味は深々である。ちょと涼しくなり始めたから、今年もついに食べれないだろう。

 かき氷は冷たく美味しくてもわざわざ食べに行くというものではない。たまたま、強い日差しを浴びながら、流れる汗を拭きながら歩いていて、たまたま見かける「氷」と描かれた旗が軒先に吊るされているのを偶然た時に、気持ちが大きく揺らぎ吸い寄せられる。

 かき氷は偶然性に左右される食品だ、と思う。盛夏といっても曇りの日、ちよつと肌寒い日には興味も意欲もわかない。
 街中で食るかき氷にも条件設定が必要なのだ。

 ものすごく暑い夏の日の午後に、さほど冷房の効いていない、かき氷の美味しそうな、年季の入ったような甘味店に出会う。この条件が全て揃うと、最高のかき氷の醍醐味が味わえそうである。今は見るだけ。

 私は代替品で楽しんでいる。
 市販のカップアイスと棒状のアイスである。前者は、苺味の、単純な、大きめの氷が入っている「ガリガリアイス」が好きなのであるが、今年は秋田地方は品薄らしい。安いから仕入れないのかもしれない。入手できるのはアイスクリームにより近いタイプの、練乳入りの製品が中心である。さらに入手困難な時は棒状のアイスで代用する。


 家族は夕食後ビールなどを楽しみ歓談しているが、私はアイスを楽しみ、ネコどもとスキンシップでコミュニケーションを取る。至福のときである。


9/8(火)快晴暑い  中通病院外来 飯川病院 扇風機で右小指怪我
1:30起床、医学文献・新聞ほか。5:15可燃ゴミ廃棄提出。6:47バス徒歩飯川病院
着、8:45-13:40外来。患者多くはなかったが疲弊。13:50飯川病院。入院患者対応、新聞スクラップ、16:00回転する扇風機で不用意に指挟み右小指怪我。挫滅創で止血困難。19:10帰宅・夕食、20:30就寝。歩数計Σ7381歩。書籍電子化。

安倍首相退陣表明(10) 7.5年間の評価(9) 女性活躍推進法(3) 性差をもっと尊重して
 首相はダボス会議で演説し「指導的立場に立つ人の3割を女性にする」と宣言した。実際、女性就業率は7割になり米国を上回った。女性就業率が欧米を上回ったことに海外投資家も驚いている。
 政府が女性の活躍を成長戦略の柱に位置づけたからこその結果なのだろう。ただ、働く女性の5割以上がパートなどの雇用か不安定な非正規にとどまる。

 指導的立場の女性を3割とした目標はどうか。
 企業の役員や課長相当職以上の女性比率は15%にも届かず、上場企業の役員に占める割合は5.2%、国会議員は14%。海外では多くの国が議員の候補者や議席の一定数を割り当てる制度を取っているが、高比率を確保するのにはジェンダー文化の異なる諸外国でも人為的操作をしないとなかなか到達しないようである。

 仕事と家庭の両立支援は中途半端だ。
 女性が働き続けるには男性の子育て参加が重要で、2020年の男性の育休率13%を目標に挙げたが、19年10月時点で7.5%となっている。

 合計特殊出生率は、目標は 1.8であったが、2012年に1.41で、この7年間の間に1.36に低下した。
 
 各国は女性の登用を急いでいる。日本はむしろ遅れをとった。
 経済活動、政治への参画度、教育水準などから算出する男女平等の度合いを示すジェンダーギャップ数の順位は、12年の101位から19年は121位と首相の肝いりがあっても過去最低に落ちた。
 
 首相が、女性問題を成長戦略に据え、社会の共通課題にした点は大きい。
 リーダー層はまだまだ薄いが、政策だけでは進むものではない。社会の熟成が必要である。人口減少で労働力不足は続く。経営者も社員も偏見を改め、女性労働者のポテンシャルを最大化する必要がある。

 私見であるが、女性活躍推進法などの趣旨はわかる。
 しかし、男女の性による特質をそぎ落とし、双方を中性化して近ずけようとする考え方には問題があるように思われる。性差を否定することなくその違いを最大限に尊重し、むしろ違いを広げ、お互いの偉大さを互いに認識し合いながら共存を図る方向性が必要と思う。
 私は、人間の男と女は全く別の種類の生物ではないか??とさえ感じている。


9/7(月)快晴 健康クリニックドック 飯川病院
 1:45起床、若干寝過ごし感。新聞・文献チェック。データ整理、自炊文庫本4冊。6:47バス飯川病院、9:00-11:45健康クリニックドック14人+結果判定14人分。12:00飯川病院、微睡ほか、14:00-18:50勤務、入院患者対応。新聞チェック、読書他、19:15当直医来院待ち帰宅、夕食、21:30就寝。歩数7691歩。書籍自炊。

安倍首相退陣表明(9) 7.5年間の評価(8) 女性活躍推進法(2)
 安倍内閣が掲げた施策として、2016年「女性活躍推進法」がある。
 「法」の第2条2項には、「男女が共に協力して家事や育児をし、就労を継続できる社会を目指す」という理念が書かれている。この理念は素晴らしいが、そうなっていない背景は長い日本的文化がある。
 日本の社会は長い間、男尊女卑的であった。これは否定できない。その間に日本的な男女の役割分担が浸透し、男女の心理そのものにも影響を与えた。時代とともに女性の地位向上運動は盛んになったが、目立つのは相変わらず一部の活動家だけである。日本の女性の大多数は地位向上など求めてないのじゃないか?と思うこともある。

 日本の「女性活躍政策」は、人口減少社会における経済活性化の一環として広がった。今の時代、女性就労が増えることによる税収増や社会保障財源の安定といった経済効果を期待するのは国の舵取りを担う立場からは当然だろう。 

 女性活躍は、社会をよりいいものにするために必要なのだ。
 人手不足を解消するためではなく、税収のためでもなく、女性が希望を持って社会の中で生きていく立場を確立するために必要なのだ、という視点をもっと強調すべきだ。 

 2016年の世界経済フォーラム「ジェンダー・ギャップ指数」でみると、わが国の女性の社会進出は111位/144国中、と異常事態である。
 日本の女性は高学歴だが、多くは人材として未活用のままでいる。これは女性側にも問題もあるが、男性中心社会、年寄り中心社会が長く続いてきたからである。それに高齢者の居残り。私は「男性害社会、老害社会」と呼んで批判的である。
 しかしながら、この文化を短時間で改善させようと法律などで無理やり動かそうとしても、社会に受け入れ素地が乏しければ無理がある。
 
 閣僚の女性登用を例にまとめてみた。
 ■ 2014年9月、安倍内閣は5人の女性閣僚を登用した。
 ただ、女性閣僚を、改造するたびに4-5人と登用していくと、女性の人材が枯渇し、後回しにされた男性閣僚候補者から不満が出る。
 小渕経産、松島法務、稲田防衛と、途中3人が辞任した。女性の人材が育っていないことの表れであり、総理の思惑は空回りしている。
 ■ 2017年の第3次安倍内閣改造では女性閣僚は野田総務大臣兼女性活躍担当大臣と上川法務大臣の2人、となった。
 2017年当時、自民党の議員は、衆院290名、参院126名の計416名。うち女性は、全体でも10.8%程度しかいない。女性議員は一般的に若くて経験が乏しい。無理やり登用すると綻びが生じる。
 ■ 2018年10月の第4次安倍改造内閣では女性閣僚は片山地方創生担当相のみ。
 ■ 2019年9月11日の第4次安倍再改造内閣では、高市総務相、橋本五輪担当相の2人。

 首相でもなかなか実行できない。裏に大きな事情があるのだろう。


9/6(日)快晴残暑 飯川病院日当 
 1:00起床、新聞チェック、本読み、データ整理ほかいつもの如し。読書進める。7:00検食、実にあっさり。外来レセプト点検終了、散水。その後はデータ整理、読書三昧。12:00検食、午後院長来院したので許可得て外出、ブックオフにて12冊購入。新聞データ化多数。読書三昧、19:00当直医と交代、レガシー帰宅。夕食。21:00就寝。歩数計5838歩。

安倍首相退陣表明(8) 7.5年間の評価(7) 女性活躍推進法(1) 法に違和感を持つ
 安倍内閣が掲げた施策として、2016年「女性活躍推進法」がある。以降、政府も自治体もメディアも、法律や政策の周知のため一生懸命である。この法が、それだけ社会が熟していない中に無理やり施行されたことの現れである。私はそう思う。

 首相も内閣の中で女性を積極的に登用してきた。しかし、そのほぼ全てが、私から見て失敗に終わっている。要するに、わが国では「女性活躍」はまだ機が熟していないのだ。

 私は女性の存在と役割について、如何に高く評価しても仕切れないと思っている。女性を敬っている。私は、女性は男とは違う、別な崇高な生き物ではないのか??とすら思う。
 そのルーツは、
 第一は、やはり妊娠、出産、子育てに関連している特質。
 第二は、男にないそのほかの特質、性格、気配り、曲線の美しさと軟らかさ、などなど。とても挙げきれないが、それらの全て。
 第三は、男の私は、常に女性の存在を意識している。今でも。思っていることの事も実行できないが、それでも良い。見ているだけでも楽しい。私はアルコールを嗜まず、喫煙もしない。さらに、女性のいない社会だったとしたら、生きていてもつまらない、と思う。

 ただ、このことを女性たちに述べると「それはセクハラ的意見だ・・・」、と言われる。男女に関して心底思っていることも言えない時代になってきた。実につまらない。

 わが国の女性の社会進出、活躍が国際的に見て乏しい、とされている。そのために女性活躍推進法が2016年に施行された。日本の男女の歴史にも因があり、男女の性別に由来する特質の差を無理やり法で埋めようとする方法はなじまない。

 私は女性に対して理解ある方だ、と思っているが、そういう私にとっても残念なのは女性活躍という言葉がしっくり響いてこないことである。「女性活躍推進」云々と言われると何だかもやもやする。

 確かに、女性たちの活躍の場が無理やり抑制されている、とすれば必要な法律だろう。
 「女性活躍推進」に関して、確かに社会の受け入れ態勢が未熟の部分もある。それは認めたい。が、それ以上に「女性自身の社会進出の自覚や準備ができていない」ように感じられる。

 違和感の根本は、家事や育児より外で働くことに価値がある、との見方である。
 日本の経済の低迷に女性が関連している?云々、いろいろ言われている。
 そうだとしても、もっと両性の考え方の土壌の醸成が必要である。もう少し時間が必要である。


9/5(土)快晴猛暑  飯川病院日当直 外来レセプトチェック
1:20起床。いつもと同じ。新聞、小説、録音データ整理。自炊数冊。朝方微睡。8:00-10:00庭仕事、草刈り。日照りと気温で疲弊。10:30家内に同情、書店経由で飯川病院へ。
12:00件食後から日当直に就く。外来MacMini不調に。モニターに像が出ない。Appleにも相談、ほとんど治る可能性なしと判明した。外来レセプトチェック一部。18:00夕の検食。読書三昧。20:30就寝。歩数計10600歩。

安倍首相退陣表明(7) 7.5年間の評価(6) 「憲法改正」(2) むしろ不信感に
 首相は2012年第二次政権が発足直後、憲法改正の条件を定めた憲法96条を議員の2/3以上の賛成から過半数に緩和すべきと主張した。要するに、与党のみで改憲が可能になる。これは与野党、識者、専門家からの反対を受けて沈静化したが、安倍首相の改憲の考え方を示すものとして最初の勇み足となった。

 自ら改憲に向け一て主張を強めた2017年5月3日を振り返り、自民党がまとめた憲法9条自衛隊明記を含む改憲4項目を、令和元年という新たな時代のスタートを受け我が国の将来像について真正面から議論を行うべき時に来ている、と訴えた。首相は持論に固執しているが全くの空回り状態である。首相の焦りだけが目立った。
 改憲を急がず、改憲について冷静かつ率直に議論できる状況をつくる努力をするべきだった。そのことが改憲の手段の一つなのだ。

 首相はさらに2020年までに戦争の放棄と戦力不保持を定めた9条はそのままとし、自衛隊の存在を明記する文言を追加する案を提唱した。自衛隊を憲法に明記しても自衛隊の任務や権限に変化はないと脱明したが、そんなら改憲の必要はない。こういうことを含め憲法改正へのこだわりは首相自身の不信感に繋がっていった。

 2014?15年は集団的自衛権の行使に関して無理やり自衛隊法を改正したが、識者・専門家はこれは憲法に抵触する、憲法軽視ならぬ憲法違反と言いうる、との意見を述べたが当然である。

 憲法53条に関して、2017年6月モリカケ問題のために野党から臨時国会招集の要求が出された。憲法ではこれを拒むことは許されていないが内閣は開催を拒み続け、9月に召集した国会は冒頭で衆議院を換算し、実質協議に入っていない。これじゃモリカケ問題隠蔽と言われても反論できない。
 2020年7月新型コロナに関して野党から臨時国会招集の要求が出されたが、開催することなく辞任発表に至った。コロナ対策についての検証要求に応えたくなかったからであろう。

 安倍首相自らが憲法を軽視している。
 安倍首相退陣で憲法改正問題は一旦影を潜めるだろう。

 急がず丁寧な憲法論議を求めることが民意重視の姿である。
 今後は、「自身の信念のゴリ押し」ではなく、国民の声に真摯に耳を傾けながら議論を深めてほしい。

 私は、安倍首相の改憲姿勢を是とするものではないが、改憲は必要、と思っている。<a href="https://blog.goo.ne.jp/mfukuda514/d/20170506">憲法論議2017(1) 私は改憲が妥当と思う</a>


9/4(金)夜半に降雨曇り 大曲中通外来 飯川病院ボランティア 
 1:20起床、夜半から激しい降雨と雷鳴。新聞・文献他、本読み、自炊数冊。5:10可燃ゴミ集めただけ。7:30Taxi、渋滞でギリギリ、8:11こまち、途中で徐行、9:10-12:15大曲中通病院往復Taxi。大曲は早朝集中豪雨あったらしい。13:30検食なしと言うので駅で軽食、飯川病院ボランティア。入院患者対応。プリウス17歳(初登録平成15年9月)車検終了、最近の方が故障少ない。19:30帰宅夕食・就寝。歩数計9767歩。

安倍首相退陣表明(5) 7.5年間の評価(4) 「憲法改正」 笛吹けど踊らず、当然だ

 日本国憲法は公布から73年目を迎えた。

 新憲法発令後間も無く憲法改正の息吹は始まっていて「憲法の自主的改正」を自民党の党是としてきたが、いまだにどの内閣も成し遂げていない。国民的論議を喚起したこともない。安倍首相が長期政権、国会議員の数の優位性を背景に意欲を示すのは理解できないことではない。

 ずっと現憲法でやってきてそれほど大きな問題が生じていないのに改憲改憲という意義が国民には一切伝わってきていない。安倍首相の思惑と国民の思惑は全く一致していない。にも関わらず任期中、常に語っていること自体が、国民から浮いた状態にあるとも言える。

 2017年の憲法記念日に首相は「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と踏み込み9条への自衛隊明記に意欲を示した。成し得なかった。

 2018年に自民党は4項目の改正案のたたき台をまとめたが、憲法審査会はろくに開かれず議論は進んでいない。このの4項目とは、■9条改正、■緊急事態条項、■参議院の合区解消、■教育制度、から構成されている。

 安首相のめざす2020年の改正憲法に盛り込もうとしている緊急事態とは、@内閣の一存で、国会の審議抜きで、法律と同じ効力を持つ政令を定めることができ、これによって、例えば官庁組織を自由に設立したり、刑罰を定めることもできる。A国会議員の任期を無限に延長することができ、内閣総理大臣も終身在任とすることができる、なども含まれている。かなりの強権を目指している。

 憲法改正に向け国民の意識はクールである。
 自民党内でも憲法に自衛隊明記など考え方が多様にあり一枚板ではない。

 与野党対立に加えそれに、森友・加計・桜の会など、権力の私物化の疑惑などが解決しない中での憲法改正は国民に浸透しない。

 憲法改正は急ぐ必要はない。クリーンな内閣のもとで進めてほしい。
 安倍内閣のもとで論議が進まなかったのは当然でもある。このような中での改正論議はできるはずもなかった。
 憲法改正は「笛吹けども踊らず」、であったがその因は自分にあったことを安倍総理には考えていただきたい。


9/3(木)快晴やや風強し 飯川病院終日勤務 
1:20起床,医学文献、新聞他、自炊数冊。院長受診ということで飯川病院終日勤務。入院・外来患者対応、15:30 あきぎんスタッフ来訪、12:07バス飯川病院。19:30帰宅、夕食。21;00就寝。歩数計7610歩。


安倍首相退陣表明(4) 7.5年間の評価(3) 「1億総活躍社会」(2)掲げた目標
「1億総活躍社会」に掲げた目標をまとめてみた。今から見ても優れた内容であった。
それだけ到達目標は高すぎ、実効性は乏しかった、と思う。
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■1 働き方改革  
   同一労働・同一賃金の実現 
   長時間労働の是正
■2 子育ての環境整備
   保育士の処遇改善 確保・育成
   放課後児童クラブの整備:
■3 介護の環境整備
   介護の受け皿整備:2020年代初頭までに約50万人分を整備。
   介護人材の処遇改善:月額平均1万円相当を改善。
   多様な介護人材の確保・育成:
■4 すべての子どもが希望する教育が受けられる環境の整備 
   学びの機会の提供
   奨学金制度の拡充
■5 「希望出生率1.8」に向けた取組 
   女性活躍、若者・子育て世帯への支援:子育て世代包括支援センターの平成32年度末までの全国展開。
   不妊専門相談センター:平成31年度までに全都道府県・指定都市・中核市に配置 して相談機能強化。
■6 三世代同居・近居:大家族で、世代間で支え合うライフスタイルを選択肢として広げるための環境づくりを推進。
■7 子供・若者等の活躍支援:困難を有する子供・若者等に対して、地域若者サポートステーション等の関係機関が連携して伴走型の支援を実施。
■8 「介護離職ゼロ」に向けたその他の取組
   健康寿命の延伸、 障害者、難病患者、がん患者等の活躍支援
   地域共生社会の実現
■9 「戦後最大の名目GDP600兆円」に向けた取組
(1)第4次産業革命 (2)世界最先端の健康立国へ (3)環境・エネルギー制約の克服と投資拡大 (4)スポーツの成長産業化 (5)2020年東京五輪・パラリン競技大会に向けた見える化プロジェクト (6)既存住宅流通・リフォーム市場の活性化 (7)サービス産業の生産性向上 (8)中堅・中小企業・小規模事業者の革新 (9)攻めの農林水産業の展開と輸出力の強化 (10)観光先進国の実現 (11)地方創生 (12)国土強靭化、ストック効果の高い社会資本整備 (13)低金利を活かした投資等の消費・投資喚起策 (14)生産性革命を実現する規制・制度改革 (15)イノベーション創出・チャレンジ精神に溢れる人材の創出 (16)海外の成長市場の取り込み

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 あまりにも総花的でこれらが達成されたら日本の社会はほぼ理想な状態になり得た。
 実際に到達し得た目標は少ないが、今の社会の問題点を列挙しただけでも価値があると思う。


9/2(水)晴暑い 草刈り 飯川病院ボランティア 台風9号九州に接近
 1:00起床。文献・新聞。医学論文など。7:00ガスレンジ上の換気扇スイッチ故障。On Off不可に。約40年間の油汚れのため固着?。別ルートでスイッチ新設し解決。
10:00-11;20草刈り。昼食後13:07バス飯川病院、ボランティア。微睡、データ整理。文献読み、録音データ整理ほか、歴史本他読む。19:00帰宅・夕食、20:30就寝。歩数10218歩。飯川病院粗大ゴミ廃棄あり、iMac21(2012)一台廃棄。

安倍首相退陣表明(4) 7.5年間の評価(3) 「1億総活躍社会」(1)
 政府の看板政策「地方創生」が何だか分からないうちに、なんだか分からない「1億総活躍」政策に変わってしまった。両者の内容は互いに重なるところが多い。

 私は、「1億総活躍」よりは「地方創生」のままの名称で突き進む方が良かった、と思う。ただ、後で調べてみると「地方創生」は目標点がなんであったか不明の観念的な政策であったが、「1億総活躍」はより具体的な項目を挙げての実質的内容であった。しかしながら、どれだけ到達できたのか、という点では「地方創生」も「1億総活躍」も共に不発に終わってしまったと思う。

―――――――――――――――――――――――――
 2016年6月「一億総活躍プラン」が閣議決定された。
 少子高齢化に歯止めをかけ、50年後も人口1億人を維持し、家庭・職場・地域で誰もが活躍できる社会を目指すため、という。具体的には、同時に発表したアベノミクスの新しい「3本の矢」を軸に、経済成長、子育て支援、安定した社会保障の実現を目指した。

 経済面は、「強い経済」を目標とし、2020年頃にGDP600兆円を達成する。
 子育ては、「夢をつむぐ子育て支援」により、希望出生率を1.8とした。
 社会保障は、「安心につながる社会保障」により、介護離職ゼロを実現。

 以上の目標に向け、新たに「一億総活躍国民会議」が設置され、初代担当大臣は、加藤勝信が任命された。首相を含む閣僚13人と有識者15人から成る会議である。

 私は「一億総活躍プラン」が発表された時には「またスローガンだけに終わるのか??」とクールに考えていたことは確かである。
 財政再建2015(11) アベノミクス第二ステージ宣言(3) 1億総活躍社会って何だ

 「一億総活躍プラン」は日本語としても素晴らしい内容であった。社会のあり方の理想郷を述べた微分であった。
 以下の如し。素晴らしすぎてちょっと恥ずかしい。

 若者も高齢者も、女性も男性も、障害や難病のある方々も、一度失敗を経験した人も、みんなが包摂され活躍できる社会の構築。
 一人ひとりが、個性と多様性を尊重され、家庭で、地域で、職場で、それぞれの希望がかない、それぞれの能力を発揮でき、それぞれが生きがいを感じることができる社会。
 強い経済の実現に向けた取組を通じて得られる成長の果実によって、子育て支援や社会保障の基盤を強化し、それが更に経済を強くするという「成長と分配の好循環」を生み出していく新たな経済社会システムの構築を目標とする。


9/1(火)曇りのち快晴 外来 飯川病院 
1:30 起床、医学文献・新聞ほか。5:15可燃ゴミ提出、6:47バス飯川病院着、 8:45-13:15中通病院外来、数・質ともに中程度、されど疲弊。13:40飯川病院、微睡、14:00-18:20勤務。入院患者対応。19:15帰宅、夕食、20:30就寝。歩数7551歩。書籍自炊化。

安倍首相退陣表明(3) 7.5年間の評価(2) 「地方創生」
 首相は次々と新しい政策を提起した。
 「地方創生」、「一億総活躍社会」、「全世代型社会保障」、「女性活躍社会」など毎年のように看板政策を陥げて政策の幅を広げた。この新しい名前はとてもわかりやすい。これも首相の才能の一部だろう。

 しかし、私は「一つ一つの政策を総括することなしに・・・」次の政策を繰り出してくる姿勢には疑問を感じていた。安倍首相はきちんと総括してから次に進むという手法には長けていないようである。ズルズル型である。

■「地方創生(2014年)」について。
 政府が熱っぽく「地方創生」策を打ち出し担当相まで指名した。現在、自民党総裁選の立候補者の一人石破氏であった。
 
 「地方創生」は流行語となった。しかし、政策はどこへ行ったのか?
 「地方創生」の目標は、地方の経済低迷からの脱却、深刻な人口減と、東京への人口集中に歯止めをかけることだった。日本の将来の舵取りに関与する最重要な政策であった。政府は、無責任にも地方自治体に「地方創生」の政策立案を丸投げしたが、自治体は日頃から乏しい知恵を総動員して地域に相応しい戦略を立てきたが、自治体レベルでは限界を迎えていた。それを一層進めろと、と言うのは土台無理な話であった。
 地方に新風を吹き込むのは地方の判断を超えた中央の仕事である。

 「地方創生」の政策は、国主導で地方への機能移転しかない。一局集中を是正するには、働く人の働き場所を変えることが現実的である。
 秋田県にとっての地方創生策は食料生産だと思うがそのような方策は出ていなかったようである。

 「地方創生」の予算として、2017年には1兆7536億円、2018年には1兆7877億円の予算が付けられている。
 第一の目標は、まず地方経済の活性化である。
 第二は人口減少を止めることである。それを回避するために、東京に流出する人口を抑制し、出生率を上げることである。

 多くの自治体は地方に安定した仕事をつくり、結婚、子育てできる本来の事業を地方に定着させることを求めている。それらは壮大な事業であり、国主導でなければ不可能である。
 「地方創生」は、人□減、東京一極集中を是正する素晴らしい政策であった。
 国は継続的に財源を確保し、柔軟な姿勢で支援すべきなのは言うまでもなかった。

 結果的には到達点が見えず、予算のバラマキだけが目立った政策であった。約2年後、成果が見えないまま「一億総活躍社会」が打ち立てられた。

 秋田から東京を考える(3)  人口減対策、東京一局集中対策の地方創生はどうなった??


8/31(月)曇りのち快晴 健康クリニックドック 飯川病院
1:00起床。新聞・文献チェック。データ整理、9:00-11:30健康クリニックドック13人結果判定13人。早めに終わったので古書店訪問、文庫17冊購入。12:30飯川病院、微睡ほか、14:00-18:50勤務、入院患者対応。新聞チェック、読書他、当直医の来院待って19:00帰宅、夕食、20:30就寝。歩数8347歩。

安倍首相退陣表明(2) 7.5年間の私的評価(2) アベノミクス 消費税
 約7年8カ月の「長期政権」は、今月24日には連続在職日数が佐藤首相を超え歴代最長となった。それは圧倒的な多数議席を背景にした「数の力」の政治で「1強」、「官邸主導」などと揶揄された。

 安倍政治とは一体、何だったのか。

 ここ数日、各新聞社は社説はもとより、識者を登場させて 7.5年間の評価について賛否両論展開し、喧しい。

 私も時折、安倍政権の政策に対し言及していたので、それを振り返りながら私にとっての7.5年を振り返って見たい。衆院選挙(4) 自公で320議席超確保 民主は壊滅的敗北

 安倍政権の前には政権交代があり、政権再奪還の後も首相がコロコロ変わる短期政権が続き、政治に対る期待感は急落した。
 
 そんな中、5年程の空白期間を経て再登場したのが2回目の安倍政権であった。確かに平地に降りて充電した期間が有効に働き、特に低迷した日本の経済に対し力強い方針をうち出した。安倍政権の経済税策:大型借金と「コンクリートからコンクリートへ」への回帰 

 選挙後自民党総裁に就いた、安倍首相は2013年1月政権発足当初の年頭記者会見で、内閣として経済再生に目を向けたい。何よりも強い経済を取り戻す、と強調した。そこで提起したのが後にアベノミクスと呼ばれる経済政策であった。
 首相は通常国会の施政方針演説で3本の矢、すなわち、■大胆な金融政策、■機動的な財政政策、■民間投資を喚起する成長戦略を宣言した。 
     
 2013年3月、日銀総裁に黒田氏が就任、物価上昇率2%を目標に大胆な金融緩和を始めた。民主党政権時に一時1ドル80円を突破した過度な円高が修正され、平均株価は4月にほぽ4年半ぶりに1万3千円台に回復、2018年に一時2万4千円台まで上がった。 

 景気回復の一方で首相が直面したのは消費税増税の判断であった。
 民主党政権は2014年4月に税率を5%から8%にあげ、15年10月に10%に引き上げると決め、野党として自民・公明も合意していた。

 首相は同年4月予定通り8%に上げた。??2014年(3)経済はどうなる?

 増税前の駆け込み需要対策を打ったものの増税後の景気落ち込みは想定を上回った。
 この経験から最優先する経済や政権運営への悪影響を懸一念して10%への引き上げには慎重を期した。 

 同年11月には増税時期を17年4月に1年半延期すると表明した。
 その後、突然衆議院を解散、選挙で国民に信を問い、勝利した。いきなり解散・総選挙(4) 総理は「自身のために」解散し、勝利をおさめた

 個人消費の伸び悩みなどを踏まえ、首相は10%への消費税の増税を19年10月まで再ど延期した。
 19年10月は予定通り実施した。


8/30(日)曇り11:00以降降雨  
 1:00飯川病院にて起床、新聞チェック+歴史本、医学論文読み。9:50日直医来院確認帰宅、通町書店経由。外仕事できない、終日読書、新聞データ化。蓄積データ整理。19:00夕食、20:00就寝。歩数6305歩。自炊進める。

安倍首相退陣表明(1) 7.5年間の私的評価(1) なにはともあれ「ご苦労様」と言いたい

 安倍首相は昨夕記者会見を開き退陣を表明した。持病の潰瘍性大腸炎の悪化が判明、職務を継続することはできないと判断した、とのこと。
突然の辞意表明に驚きを感じた。ここ2日間新聞報道を中心に安倍首相の評価、辞任についての記載を一気に読んだ。

 安倍政権は長期に渡ったがために、前向きの成果のみならず批判せざるを得ない項目も少なくない。批判的検証を受けることは首相の責任のうちの一つである。病気だからといってその点を曖昧にすることは長期に頑張ってきた安倍氏にむしろ失礼になる。

 一つの驚きは、突然の辞意表明にかかわらず、大手新聞各社、私が読んでいるのは共同通信社、朝日、日経の記載が総じて詳しかったことであった。ここ数週間の動きから、多分Xデイが近いことを先取りして予想していたのだろうと思う。一方で歴代内閣で在任期間最長関連の記事、それと並行してXデイ用の記事を並行して準備していたのであろう、新聞社のブレーンは大変なものである。それにしても新聞各社は昨夜はてんやわんやでなかったのか?と思った。

 国会閉会後、首相はマスコミの前に姿を表す機会は減っていたようである。ドック受診後短期間に時間をそれほどおかずに医療機関を受診している様子から健康不安説が取り沙汰されていた。私も、顔の表情から何かありそうだ、とは思っていたのだが、それにしても昨日の突然の表明には驚いた。

 さらにもう一つの驚きは、首相の約7年8カ月に及ぶ活動に関して前向きの評価よりも批判的評価が多かった、ということであった。辞任が健康上の理由が主であったことからもう少しソフトに表現してもいいのではないか?との印象であった。

 私は安倍政権に関していろいろなことを感じ、時折記載してきた。
 ■ 長期政権たらしめた要因は何か、
 ■ 業績は何か、
 ■ 森友加計、桜を見る会など、対応不十分の事案、
 ■ 憲法改正の熱意、
 ■ 米ソなど、70ケ国以上にもわたるにもわたる訪問外交は、結局何をもたらしたのか
 ■ などなど

 考えたいと思う。


8/29(土)曇り午前から降雨雷鳴など 終日座学
 1:20起床、新聞・文献他、本読み。散水、9:50日当直医の来院確認して、通町書店経由で帰宅、11:00外仕事始めるも降雨で中断、以降は座学、終日読書、データ整理三昧。19:00夕食、50mlの梅酒の小瓶飲んで泥酔、20:30就寝。書籍データ化。歩数計9586歩。

心理学を学ぶ(35) 「差別の心理」(9) 共同体帰属に由来する優越感(2)
 社会の共同体の考え方のうちゲマインシャフトは基本的に「縁」に由来している。だから個人に帰属、離脱の選択肢はない。

 これに対して、利益社会の結びつきであるゲゼルシャフトは選択意思を基礎として形成される。
 実用主義的合理性,経済活動を中心に据えた人為的,機械的な,互いに相手を利用する打算的契約関係を特色とする。

 これは離れるのも参加するのもほぼ自由意志でできる共同体であるが、そこに存在続けるにはその共同体に対して一定の義務を果たすこと求められる。

 かつては日本の雇用関係は終身雇用制を背景にした結束の強い共同体であった。ここから離脱することは生活基盤を失うことでもあった。労働者は会社に忠誠を誓い、持てる能力の何倍も必死に努力した。会社も労働者を、その家族も含めて庇護してきた。一昔前、会社主催の家族旅行、盆踊り大会、運動会、野球大会などが開催されていた。このような労使関係は日本の経済復興過程では高い生産性を上げたが、発展途上国の経済力が向上して先進国は搾取の旨みが薄れてきた近年、特にグローバル経済の流れの中では日本型雇用関係は非効率となり、ここ20年ほど就労関係は大きく変容を遂げた。すなわち、正規職員による雇用制から非正規労働者中心の労使関係にシフトしている。

 この実用主義的合理性を備えた組織への帰属は、能力という意味で高い均一性が求められ高い生産性が求められる。そのことが落ちこぼれを生じさせ、職場内のいじめやパワハラ、セクハラの温床になっている。

 社会を構成する人間に自我があり、より良き状態を求めるという人間の欲求・エゴがある限り、社会やコミュニティは差別感情の温床であり坩堝になりうる。

 この差別意識は個人のアイデンティティそのものであり、人間の心の中から無くすることはできない。
 だから、差別意識への対応は個人の問題から「社会の考え方を無理矢理変えて行く」しかない。その手段は第一には法律ということになるが、法による規制は人間の心の中までは及ばない。次の手は教育、ということになろう。

 ところが、新型コロナの蔓延は会社組織に急速な変化をもたらしつつある。多くの分野でテレワークが導入されつつある。新型コロナはワクチンとかが実用化したとしても完全収束は考えがたい。そのために労働者は集団で一箇所に集まって仕事する分野が製造業では残るだろうが、労働者は分散して働き業務内容が集合される時代になろうとしている。
 こんな労使関係の変化を迎えて、おそらく企業間の差別意識、企業内の差別意識に変化をきたすようになる可能性が出てきた。


8/ 28(金)快晴暑い35度 大曲中通病院 飯川病院ボランティア 首相辞任発表
 1:20起床、新聞・文献他、本読み。可燃ゴミ2け提出。ダリア散水、7:35Taxi、8:45-12:00大曲中通病院往路Taxi、復路徒歩。市内もTaxi、13:30飯川病院ボランティア。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。書籍データ化。歩数計8935歩。久々寝苦しい夜であった。

心理学を学ぶ(34) 「差別の心理」(8) 共同体帰属に由来する優越感(1)
 人間は社会的動物だから一人で生きてはいけず、必ず何らかの集団に属さねばならない。

 社会の共同体の考え方のうちゲマインシャフトは個人に選択肢はない。
 生まれ落ちた時点で帰属が決まっている。その共同体のありように自らは何も貢献していない。国、民族、故郷、家族などであるが、通常はこの環境の中で自我の形成がなされていくから、基本的にはこの共同体を好み、愛している。もちろん成長とともに批判する余裕も出てくるが基本的には離れることはできない。
 この共同体には個々に性格があり、他の共同体との間にランク付けが決まっている。自分が属する共同体のランクが上位にあると思う優越感が差別感情が生じる一因となる。

 国、民族の優位性に由来する差別感は、例えば、戦前の日本民族の欧米に対する卑屈な劣等意識、それに反動してか、アジア諸国に対するいわれのない優越感にも現れる。
 ナチスのユダヤ人差別によるホロコースト、現在も続くヘイトスピーチ等に現れる。アイヌ民族に対する差別感はないのだろうか。

 それに比較すると故郷に対する誇りは現代のグローバル社会においては一般的に結びつきは強くない。しかし、根底には根強いものがある。その一端は部落問題などに現れている。
 意外と、学歴社会の中では、特に勝ち組に属するエリートたちの同窓意識は半端でない。負け組は一般に結束力は弱い。負け組は同窓意識で落ちこぼれであり、庇護される機会は少ない。

 家族・家庭は現在社会においては崩壊傾向にあるが、時には家柄、そだち、経済状態を背景に、また、異常な心理状態を背景にした毋娘関係において堅固な結びつきが見られる。各家庭単位の秘匿性、排他性、他の家庭への容認しがたい批判感情は、その関係が利害関係がある近隣間の家庭で繰り広げられる。感染症、遺伝病などを抱えた家庭、犯罪者が出た家庭に対する受け入れがたい感情は家庭の中の会話や指導で形成されて行く。時に、村八分的差別に直結する。

 このゲマインシャフトの帰属性は互いの「縁」であり、均一性が求められ、互いの監視の目で互いを縛り、最近再注目されてきた同調圧力が吸引力の一因になっている。特に個人主義的価値判断が強い欧米に対して集団の価値判断が優先する日本社会の特徴の一つである。

 新型コロナ対策の緊急事態宣言は個人の自覚の範囲で衛生思想の喚起と、外出自粛への協力であった。初期には大きな効果が見られたが、その背景には互いの行動を監視し合うという日本独特の同調圧力をあてにしたものであった。

 その結果、新型コロナ感染者への差別、医療関係者及びその家族たちへの偏見、差別行動がいまだに収まらない。
 ウイルスよりも「常識人と自認する人たちの差別」、「同調を求める圧力」の方が手をつけられない状況にある。


8/27(木)快晴 飯川病院 職員検診
1:10起床。新聞雑誌データか。録音データ整理。ダリアとネギの世話、散水、11:10バス飯川病院、13:00-18:45飯川病院勤務、15:45職員検診。歩行9497歩。

心理学を学ぶ(33) 「差別の心理」(7) 共同体帰属に由来する優越感
 人間は社会的動物だから一人で生きてはいけず必ず何らかの集団に属さねばならない。

 私は新潟大学の教養課程で社会学を選択した。人間の歴史の中で太古の時代から現在まで、社会がどのように形成し発展したのかなど何も知らなかった。私は社会学の講義に大きな衝撃を受けた。今でも社会の有り様を考えることが好きであるが、そのルーツはここから始まっている。

 社会学では共同体をゲマイシャフトとゲゼルシャフトに2大別している。ともにドイツの学者の考え方の集大成である。適当な和訳がないので私は今でもそのまま用いる。

 ゲマインシャフトは最も本来的,自然的状態としての人々の意志に関わらない完全な統一体,すなわち、あらゆる分離の試みにもかかわらず本質的に結合し続けている社会のことである。それには、家族、地縁社会,友情社会の3つを典型的形態とした。この概念は,社会の類型,人間の結合関係を示すだけではなく,社会の歴史的考察の原理ともなる。

 これに対して、ゲゼルシャフトは利益社会の結びつきである。選択意思を基礎として形成される社会関係を言い、実用主義的合理主義,都会的ないしは産業的文明よ生まれる人為的,機械的な,互いに相手を手段とする打算的契約関係を特色とする社会である。これは離れるのも参加するのもほぼ自由意志でできる共同体である。

 卑近な例で言えば親子・同胞関係 vs 恋人・夫婦関係に例えられる。後者であれば自由意思によって別れることは可能であるが、前者は感情的な、あるいは法的な結びつきも堅固で一般的には別れることが困難な関係である。

 ゲマインシャフトにせよ、ゲゼルシャフトにせよこの集団に属した立場、ここは一般的に居心地がよく安全である。
 大部分の方は、ごく自然に、国、民族、故郷、家族、出身校などを愛して、同行の人達と共同体を形成する。この共同体にはすでに個々に性格があり、このことが差別感情が生じうる一因となる。

 心から愛することができる共同体をもっている人は幸せである。
 しかし、その幸せ感がそのまま他の者を何らかの形で排除する感情に繋がっていく。
 
 帰属意識を愛することに由来する差別感情はある意味で自然であり、それは人間か社会的動物であることから自然に導かれる。その場合、ある人が属する集団と他の人が属する集団には必ず内容的にも、力関係でもランクづけが生じてくる。
 
 われわれは、ある共同体に所属していることによって、身の安全を得るのであり心の落ち着きを得る。また生活の基盤を得る。


8/26(水)快晴 飯川病院ボランティア 
1:00起床、文献検討、新聞チェック。11:50バス飯川病院、検食は院長、イヤタカ会館で昼食。飯川病院ボランティア、新聞チェック、微睡。病院周辺の草刈り。読書と書籍データ化進める。散水。19:00帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計10421歩。

本 川崎悟司 絶滅した奇妙な動物 2009年(3) 「ゴキブリ」(2) そんなに悪者か?
 国内に約40種が生息するというゴキブリ。そのうち屋内でよく見かけるのは小さい順にチャバネゴキブリ、ヤマトゴキブリ、クロゴキブリ、ワモンゴキブリの4種類。 
 家庭ではクロゴキブリ、飲食店やビルなどではチャバネゴキブリが主。ゴキブリと言っても人間と密接な関係にあるのは一部の種に過ぎない。あとは自然界の清掃係りをになっている。にもかかわらず十把一絡げにゴキブリと称して嫌われる。

 ゴキブリの被害にどんなものがあるのか?
 ゴキブリが人にもたらす害が意外と多いとされている。しかし、本当だろうか?私は疑問である。
 ゴキブリの所為にする前にゴキブリを呼び込む人間の方に何か問題あるのでは?

 ゴキブリが屋内に侵入する経路は排水口や流し台のシンクなどで、ここは雑菌の温床。これらの場所を通過してゴキブリが屋内に侵入すれば、自ずと雑菌も持ち込まれてしまう。常識的にはみんなそう説明している。しかし、雑菌の巣にしているのは人間の方に問題があってゴキブリは通過しているだけ。

 健康上の被害としてゴキブリが持ち込む雑菌、時に病原菌による病気がある、とされる。さまざまな食中毒の原因となる。本当かな??ゴキブリが原因になった食中毒、私は不勉強にしてまだ知らない。あるとすれば人間の衛生観念の欠陥に起因する。
 ゴキブリのフンや死骸が喘息などのアレルギーの原因となることは確認されている。確かに、アレルゲンの検査にゴキブリの項目は含まれている。

 経済的な被害も。ゴキブリは雑食のため紙なども食べる。貴重な古書や絵画のような美術品に被害が出ることはあり得る。

 ゴキブリの被害を防ぐには生活環境の中にゴキブリを喜ばせないようにしておくことにつきる。ゴキブリの好む環境は、■暖かい、■水がある、■暗い、■食べ物がある環境だろうという。
 具体的には、生ゴミはこまめに捨て、シンクも掃除すること。

 それでも完全に駆除は無理だろう。そんなに彼らは柔じゃない。何しろ3億年も生きてきた実績があるから。

 市販の駆除用具、薬剤、あるはあるはいろんな剤型のが数10種類も。これだけあることはどれも決定的でないことを示す。それでも、と思うなら専門家へ依頼して駆除するしかない。

 私も時に早朝などゴキブリと対面することが稀にはある。そんなに不快ではない。私は追っかけ回すことはない。我が家には複数のネコがいるので彼女らに任せることにしている。

 本書には魅力的な解説文、コラムがある。その中で「ゴキブリのしぶとさの秘密」についてのコラムがある。これはとても面白い。以下について言及している。
 ■その1 なんでも食べる超雑食
 ゴキブリはなんでも食べる。その雑食度合が半端ではない。人の毛髪、フケなども。ゴキブリの体内には消化分解能力の高い細菌が同居しておりそんなものまで栄養にしてしまう。
 ■その2 ゴキブリはとても清潔な虫
 昆虫は人のように免疫系を持つていため、病原菌に対する抵抗力は皆無に等しい。しかし、ゴキブリは病原菌に抵抗する抗生物質のような成分を体内で生産し分泌することができる。だから、病気にならずに生きていけるのだ。また死骸も腐らない、という。
 ■その3 3億年も生きた実績
 ほぼ同じ姿のままで生き続けたしぶとさがいかに強大であるか、疑いのない実績がある。


8/25(火)快晴 外来 飯川病院 
1:00起床、文献検討、新聞チェック。5:00可燃ゴミ集積所に。6:47バス飯川病院、8:45-
13:00中通外来、混雑なし。13:15飯川病院。14:00-18:30飯川病院。微睡、入院患者対応、外来のMacMini調整、画像でず。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計9396歩。

本 川崎悟司 絶滅した奇妙な動物 2009年(2) 「ゴキブリ」(1)しぶとさ 
 人間は、何故ゴキブリを毛嫌いし、見れば大声をあげ、スリッパなどを片手に追いかけ回し、叩き潰すのか。その執念に対して私は非常に興味がある。
 どうしてあんなか弱い生き物が気に入らないのか。ゴキブリから見たら人間の姿そのものは恐竜にも匹敵する恐怖の対象なのだが、彼らは一言も弱音を吐かないでただ逃げ回るだけのひ弱な生物である。

 人間とゴキブリの関係の裏には非常に深い、何か根の深い別の問題があるように思われる。

 ゴキブリはそんなに悪い昆虫なのか??
 私は結構ゴキブリについては詳しい方だと思う。だから、気持ち悪くもないし、むしろ親しみの気持ちを持っている。

 世間的には、最も嫌いな身近な生き物と問われれば、間違いなくゴキブリがトップになるだろう。
 ゴキブリは、悪行が過剰に評価されていて気の毒であるが、人間にとってそれほど危険性があるわけではなく、多大な害を及ぼすわけではない。

 にもかかわらずゴキブリは嫌われ者の代表に挙げられる。
 その理由には、■黒光するその体色、■長い触角、■トゲトゲしい長い脚、■垂直の壁でも走り抜ける機動性、■突然走り出す予測不可能な動き、などなど生理的嫌悪感は絶大である。この中で黒光するその色から受ける印象はカラスのそれに似ている。

 このために嫌われ者などの総称として「ゴキブリのようなやつ・・」などと悪い印象の生き物の代名詞としても呼ばれる。これは同じ生きるものとして、いわれもない差別である。人間は自分たちの不潔な生活環境をそっちのけにして出てくるゴキブリを悪の主役に押し付けている。

 そんな嫌われ者のゴキブリであるが、人類が滅んでもゴキブリは生き残るといわれるほどしぶとい生き物という説が定着している。人間や他の生物が絶滅した後新しい「いのち」の源となりうる貴重な生き物なのだ。むしろ尊敬すべき存在である。

 ゴキブリの先祖は3億年も生き続けた「生きた化石」といいうる。この3億年前に生息していたというゴキブリ仲間は、たくさんの環境激変があり、他の生き物たちが絶滅したり、いろいろな形に姿を変えて進化していくなか、ゴキブリはほぼ同じ姿のままで生き続けた唯一の生物と言っていい。その生きるしぶとさがいかに強大であるかを物語っている。


8/24(月)快晴 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:20起床。文献、新聞チェック。自炊、データの電子化。収穫散水他、6:47バスと徒歩飯川病院。新聞チェック、9:00-11:45健康クリニック、ドック診察13名。先週分の結果判定13名分。12:00飯川病院へ、微睡。 14:00-19:15勤務。入院患者対応、散水、19:10帰宅、夕食。21:00就寝。歩行Σ9718歩。書籍の自炊化。

本 川崎悟司 絶滅した奇妙な動物 ブックマン社 2009年(1)
 最近私は考古学に関心を持って書籍を通じて勉強を始めている。今更ながら何やってんだ、と思う。もう、深いことはできない。
 地球の歴史から始まって、生物の誕生、動物の誕生と進化など、初歩的なものである。その中でも絶滅した動物たちに関心を寄せている。

 何億年という生き物の長い歴史は進化と絶滅の繰り返しである。
 5億年ほど前にカンブリア大爆発という生き物の急激な多様性が生じて、現在知られているほぽすべての生き物が出揃つたといわれている。
 それ以降、生き物の種の7-9割が絶滅した大量絶滅期が5度起きたといわれている。
 その5番目が隕石の大衝突で生じた6500万年前の白亜紀末の大絶滅でこの時に恐竜か絶滅した。これ以降哺乳類が一気に増え大型化した。

 現在は第6番目の絶滅期を迎えてる。国際自然保護連合(IUCN)が評価した種の25%以上が実際に絶滅の危機にあるという。これらの種は、人間があらわれる以前の絶滅の数100倍ものスピードで絶滅していく。
 多くが、低危険種→近危急種→絶滅危惧種→近絶滅種→絶滅種にランクアップされていく。

 本誌は恐竜図鑑・百科などとともに購入した数冊の一つ。



 著者の川崎悟司氏は1973年、大阪府生まれ。古生物研究家。古生物イラストレーターとしても活躍している。
 化石の発見やその後の研究により、その昔確かに地球に生息したとされている動物たち。現生種を思わせる姿形をしながら、どこかちょっと滑稽なその動物たちを紹介している。

 5億年前、生物の急激な多様化が起こった古生代から、恐竜が出現・繁栄した中生代、そして恐竜が絶滅した以降、哺乳類が大型化し、ヒトが出現した新生代と、生命の歴史をたどりながら、著者選りすぐりの113頭を詳細な復元図とともに解説している。例えば、
 ●恐竜をエサにしたカエル
 ●へその緒を持った魚
 ●空を飛ぶ爬虫類
 ●推定体重1トンの巨大ネズミ 
 ●歯が螺旋状に生えたサメ
 ●頭にリボンをのせたキリン
 ●4本足で地上を歩いたアザラシ
 ●シャベルを持った象……

 本書はイラストだけ見ても十分楽しめる内容であるが、それぞれの動物につけた短な解説文が意外と充実している。古生物へのロマンがあるれてくる。
 本当の姿を誰も似たことがない古生物の想像図。イラストであるが、色彩豊かでいろんな想像が自然に湧いてくる。実にリアルで古代に思いを馳せてしまう。
 大きさを比べる為に人間の女性が並べられているのもいい。

 近世以降に滅んだものを除けば、ほとんどの絶滅生物はその生態や姿かたちを知るすべがない。しかしこの本に登場した生き物たちは、川崎氏の温かみあふれる筆のもとで実に生き生きとしている。
 古生物学の入門書として、また「いのち」の連なりに思いを馳せる文献の一つである。


8/23(日)快晴 庭で焼肉パーティ 
0:30飯川病院起床、本読み、データ整理他。外来コンピューター調整。散水。5;17患者死去、確認。9:10レガシー帰宅。ダリアに追肥、散水、ガレージ整理。12:15NHKのど自慢、特集番組。微睡、14:00蛍光灯など解体廃棄。読書進める、データ整理、読書中心。18:00庭で焼肉パーティ下準備、19:00ビール100ml泥酔就寝。歩行Σ11277歩。

イヌの飼育は、思春期児の「しあわせ感」維持に貢献する ネコは??
 「思春期の子の幸福度はイヌを飼うことで高くなる。」
 そんな研究結果が大学や東京都医学総合研究所などの家庭環境調査から明らかになった。 

 ペットを飼うことで幸せを感じる人は多いが、その仕組みはよくわかってはいない。
 従来の研究ではヒトはイヌと見つめ合うことでオキシトシンが分泌されることがわかつている。オキシトシンは社会行動の積極性を高める作用が確認されている。 

 研究では、東京大など3機関が2012年度から行っている「子供の発達を支援するための調査結果」を活用した。
 この調査は、10歳の子のいる家庭を無作為に選び、質問票やインタビューを通して家庭環境を調べたもの。

 この中からデータのそろつた約2600家庭について、10歳の時点でイヌやネコを飼っているか、10歳と12歳の時の「幸福度」を点数化して行なった。「幸福度」はWHOの基準によった。 

 楽しい気分だつたか、よく眠れたかなど、過去2週間に幸せを感じたかを6段階で評価した。
 家庭環境を
 (1)イヌもネコも飼っていない
 (2)イヌを飼っている、
 (3)ネコを飼っている、の3群に分けた。

 一般的に人の幸福度は自我の形成とともに10歳ごろから徐々に低下する、とされる。
 3グループの中でイヌを飼う家庭の12歳児の幸福度の低下度が最も低かつた。

 子の性別、兄弟の有無、親の年齢や収入などの影響を除いてデータを補正しても結果は変わらなかつた。 

 イヌは最も古くから家畜化された動物のひとつ。
 イヌと人とは日常的に旺盛にコミュニケーションをはかる。犬と共生することにより交わされるコミュニケーションはヒト同士のコミュニケーション能力をも円滑にする働きがあり、人間関係から派生してくるストレスが軽減されるからではないだろうか、と考察できる。
 これに関する論文は https//www.mdpi.com/1660-4601/17/3/884 で読むことができる。

 我が家の孫達4人はボーダーコリー犬3匹とともに暮らし、成長してきた。別の孫一人はイヌもネコも飼っていない。ジジイの立場から贔屓目に見れば前者の孫たちはより活発に見えるが、基本は性格的な差異であり、犬の影響が有意に出ているかわからない。

 加えていえば、私はネコと暮らした期間が長いが、私はネコから学んだのは自己中心的、孤立を好む生活であり、コミュニケーション能力は全然伸びなかった、と言える。ただ、ネコのさりげない日常の仕草を見て私が「しあわせ感」を感じているのは確かである。


8/22(土)快晴 飯川病院日当直
 1:15起床、新聞・文献他、本読み。散水日差しは強く汗びっしょり。ガレージ整頓、岩手で用いていた台所用品、瀬戸物廃棄多数。11:30レガシー飯川病院へ、12:00日当直に就く、検食、新聞チェック、微睡、読書三昧、18:00検食、20:30就寝。歩数計5518歩。

本 福田幸広著 写真集「動物たちのしあわせの瞬間」NG社 2016年 3200円(2)

 本書は動物たちの「しあわせ」感を彷彿とさせる瞬間の表情を集めている。確かにそのような表情が見える。しかしながら、動物たちにそのような感情があるかは疑問である。
 私もペット歴は長い。イヌ、ネコを始めウサギ、金魚、熱帯魚など、いつもなんらかのペットを飼っていた。それらのうち大部分では、怒りや恐怖感、食後の満足感、快適感を表情から感じ取ることができた。
 しかし、幸福感と思われる感情は一度も読み取れなかった。

 動物の「心」は、本来異質である人間の心理や感情からから類推できるものなのか??私はできないと思う。

 私は極端なことをいえば、同じ人間であっても、他人の、いや、家族であってもそのなかの心を読み取ることは全くできない、と達観している。その人が幸福であるかなどは考えても無駄である。本人が言葉とか文章とかでそういえばそうだろうと思うだけ。

 ましてやペットである彼らの心などわかるわけはない。私はペットの気持ちといえば、安全性、快適性に加えて安定的に餌をもらえればそれで全て充足、と思っている。その範囲の中でより都合のいい飼い主に擦り寄って生きている、のだろうと思う。

 ペットに対して「かわいい」というのは飼い主の勝手な気持ちであって、動物の理解に人間本位の感情を押し付けないことだ、と思う。

 写真集「動物たちのしあわせの瞬間」をまとめた福田幸広氏もおそらく動物たちは「しあわせ感」など持っていないとわかった上で、見るものをほっとさせるような表情を収集されたのだ、と思う。私は、この画集は見るものを「しあわせな気持ち」にさせるという十分な意義があると思っている。

 動物心理学の分野には擬人主義が入り込んでいる。
 動物心理学は、動物がヒトと同じような行動をする場合には、その背景にある意識も同じと類推できると考えた。
 実は、これが一般の人が動物と接する時にしている、ごく自然な考え方である。そして、ペットや動物たちに「かわいい」という感情を持つ。しかし、そのことこそが問題の根本原因なのだ。

 ペットに名前をつけること、「うちの子供達」などと呼ぶことなどで感情移入が始まる。
 イヌやネコはうれしいときには人間から見て喜んだような顔をし、痛いときには痛そうな表情する。だから、動物の気持ちを類推することが全くできないわけではない。だから、動物に人間同様の心がある、と多くの人が考えたくなる。 

 動物とも、「わかりあえると思い込む擬人主義」こそが動物やペットをきちんと理解するする理性を曇らせてせてしまう。 


8/21(金)快晴 大曲中通病院 飯川病院ボランティア  
 1:20起床、新聞・文献他、本読み。5:10可燃ゴミ提出。7:30Taxi駅東、8:11こまち、9:00-12:00大曲中通病院、駅病院間往路Taxi、復路徒歩、秋田も徒歩。業務用スーパー経由、13:30飯川病院ボランティア。18:45帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計16458歩。
大曲にiMac21交換す。飯川外来にはMacMiniセットする。

本 福田幸広著 写真集「動物たちのしあわせの瞬間」NG社 2016年 3200円(1)

 福田幸広氏は1965年生まれの動物写真家。現在は動物、水中、風景の3本柱で取材を行う。主な著書に「うさぎ島会いに行けるしあわせ動物」(NG社)、「PENGUIN LAND ペンギンたちの国」(青菁社)、「ウマがうんこした」、「ねむいんだもん」、「オオサンショウウオ」(そうえん社)、 『うさぎじまのうさぎちゃん』(小学館)など。 (出版NG社 =ナショナル ジオグラフィック社を示す)

 私は氏を知らなかったが、本年6月2日ラジオ深夜1:00am「便動物たちの幸せな瞬間を撮り続けて」と題したインタビュー番組を通じて知、甚く興味を持った。

 動物たちに「幸せな瞬間」が果たしてあるのか?
 私は動物たちにはそんな感情はないと思っている。ただ、見る私たちが動物たちの姿に擬人化して感情移入している、だけと考えている。その立場でこの写真集を見ても動物たちの表情に人為的なものはなく、本当に「幸せな瞬間」を味わっているような気がする。

 本書は30年近くにわたる撮影活動による作品を収めた写真集。250ページ余、A4版、数100葉の作品を掲載している。紙質のためだろう、通常の本よりずっしりと重い。


 写真の撮影は、山あり、海あり、極地ありで、絶壁あり、マイナス20℃を下回る雪山、標高4000メートルを超える高山、熱帯ジャングル・・・厳しい環境の中で数週間にわたり待ち続けて得られた貴重な瞬間の記録である。

 ページをめくリその動物たちのリラックスした姿を見るたびに、私は幸福感に満たされた。

 「はじめに」より、著者の意向を知ることができる。
 動物たちは、親子で寄り添い、遊び、眠り、恋をする。「そこに暮らす動物たちは、実に生き生きとしていた。満たされるだけ食べ、穏やかに眠る。日だまりで無邪気に遊ぶ子どもたち。大人たちは誰にはばかることなく愛を叫ぶ。膨大な時間をフィールドで過ごしたことで、彼らは懸命に生きている証しを私に見せてくれた。」

 福田氏はこの動物たちと同じ環境下で過ごし、野生動物に溶け込んでから撮っている感じで、野生の動物もリラックスした感じで、本来の姿の一瞬が写ってる感じがする。余人には真似のできない作品である。

 動物たちには温かな眼差しが感じられる、表情がある。
 食べる、眠る、恋、子育てなど14の章に分かれ、空と陸と海に住む動物たちの日常が、美しい写真とメッセージで綴られている。ページをめくるごとに動物たちの豊かな表情に驚かされ、そして何とも言えない穏やかな気分に浸る。ただ自然に生を営んでいる姿、それ自体がいのちあるものにとって幸福な瞬間なんだと気付いた瞬間でもあった。


8/20(木)快晴暑い 終日飯川病院勤務
1:00起床。文献・新聞ほか処理、読書。自炊多数、畑、収穫。8:07家内に同乗飯川病院へ。本日は院長受診、生検とのことで終日飯川病院勤務。入院外来患者対応、書類等処理。散水、19:00佐野薬局経由帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計10202歩。

心理学を学ぶ(32) 「差別の心理」(6) 「自分は常識人・・」、に由来する優越感

 差別に結びつく心理として、「自分は常識人」であるという判新に潜む差別感情態度は極めて危険である。
 常識人であるという言葉が持つプレッシャーは特に日本の社会では大変なものである。

 なぜなら 差別問題におい「自分は常識人」である判断基準を当たり前のように、非反省的に使って世を批判いたくてうずうずしている人は多数いるからである。最近のネット中傷などこれに由来している。

 それは世の中で古くから言い伝えられてきた常識的因習などを背景にしている。例えば、男として外で働くのは自然のことだ、女は子供を産むのは自然のことだ、義務教育の間は学校に行くのは当たり前だ、そんなことは日本人として不自然だ、・・・というように、そう主張する人は、自分の考え方が自然である、という言葉を用いることによって、すべての議論を終らせようとする。よく考えない、怠惰な人達なのである。 

 「自分は常識人・・」という人は、そこに潜む間題をあらためて見なおすことを拒否し、思考を停止させている人である。常識的考え方を背景に、その鈍い刀ですべてをなぎ倒す。あたかもマニュアル重視者がマニュアルを遵守することだけを重要と考え、ほとんど応用力を持たない状態に陥っているようなものである。 

 差別を論じた時に、相手が「自分は常識人・・」という言葉を使用したら用心しなければならない。差別感情の考察においてこのような人たちは差別問題を真剣に考えている人にとって最も手ごわい敵でもある。 
 なぜなら、彼らはまったく自らの脳髄で、あるいは心を駆使して思考しないで、ただ世間を支配する空気に合わせて少数派を裁いているのだ。だから、罪が重い。
 しかも、そのことに気づかず、気づこうとしないのだからさらに罪が重い。

 息子に家出されたある父親は「私が彼に求めた要求は、ほぼあたりまえの常識的なことじやないか!!!」と述べていたが、そういう考えが息子を追い詰めたのだ。そのことを今だに父は自覚していない。その父はもう十分すぎるほど苦しんでいたが、考えを変えることがなければ、息子の気持ちを死ぬまで理解できないのだろう。 
 
 差別に対峙とき、最大の敵はよく考えないことである。あらゆる差別問題はよく考え
ないこと、すなわち思考の怠惰、思考の停止から発生する。
 
 差別について、差別の対象者についてよく考えれば、すさまじく複雑に入り組んでいる問題が鮮明に見えてくる。よく考えない者にはそれが見えてこない。見えてこないから 単純に思い込む。
 こういう怠惰な人達が差別における最大の加害者である。
 しかも、自分が加害者であるとはちっとも思つていない、鈍感きわまりない加害者である。だから差別問題は根が深い。


 8/19(水)快晴暑い 午前歯科受診 午後飯川病院ボランティア
0:30起床。文献・新聞ほか処理、自炊、読書。畑、庭に散水。収穫、10:30-11:00歯科受診、メインテナンスが主。次回は11月に。11:50バスにて飯川病院へ。ボランティア。検食、微睡、新聞チェック、書類等処理。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計9742歩。

心理学を学ぶ(31) 「差別の心理」(5) 自尊心=差別感 だから差別は無くならない
 心理学の中でも「差別感」はとても重要だ、と思う。あらゆる心の働きにリンクしている。「いじめ」にも深い関係にある。

 差別感のルーツは格差の自覚に起因する。その格差の気持ちは「自尊心」、「優越感」、「自己肯定感」、「プライド」・・・などの言葉と置き換えられる。多少のニュアンスの違いがあるが大きな問題問題ではない。
 
 人は「自分の存在を価値あるものとして肯定したい願望」を意識的、無意識的にもっている。これが人だけにある「自己肯定感」にほかならない。これは人間だけに備わった「今以上に良き状態を求める」という欲望にも結びつく。すなわち、人間に備わった「エゴ心」である。

 いい面で言えば、文明・文化の発達のルーツであり、他人より優位でありたいという差別感のルーツである。
 マイナス面で言えば、人間の「エゴ心」で、例えて言えば、地球環境は「エゴ心」のためどんどん悪化、■採取・乱獲、■森林伐採、■環境汚染、■温暖化、■不用意な外来種導入、■里山の管理放置・・・などをもたらし、他の動物の存在を脅かし絶滅にいたらしめた。いや、人間自身が「エゴ心」のために絶滅品種の一つ、となっている。

 成長過程で身についた、自分に対する「肯定的感情」が、実は後の差別のルーツでもある。他の動物にはない感情とされている。彼らには差別感なんてないのだ。
 我々人間には、「今以上によりよきものを目指す」という欲望が普遍的に備わっている。人間の知能、心理はそこまで発達している。誰もが、自分に対する肯定的感情を備え、それを元に前向きの意欲が出る。

 われわれ人間が「より良い状況を目指し続ける限り」差別は無くならない。「より良いこと」の背景には「より良いことではないこと」を否定し、押しのけ、それを凌駕し続けなければならない。これが差別感である。

 一般的に、常識人や教育者達は「差別感を抱くことは良くないこと・」、「差別感を教育とかを通じてなくしなければならない」との主張するが、これは正しくない。その主張している限り差別はなくならない。

 「いじめの根絶」、これも重要なテーマであるが、差別感情がある限り、差別感情があるから人は生きられるのだから、いじめは複数の人間がいれば、多数の人間がいればなおさらのこと、その間で生じて当たり前。だから、「いじめ」も、「不和」も「DV」も決してなくならない。


8/18(火) 快晴やや熱い 中通病院外来 飯川病院 
 2:00起床,論文読み、データ処理・整理他、自炊数冊、可燃ゴミ提出、6:47バス飯川病院。8:45-13:50中通病院外来。盆明けで混雑、疲弊。14:00飯川病院、14:00-19:00勤務、入院患者対応、散水ほか。19:30帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計6440歩。

なんと!! 飯川病院の検食にうな丼(2) うなぎの完全養殖の現状
 私どもが食べているウナギは全て天然ウナギである。
 養殖、養殖と言われるから、うなぎは養殖されているだろうと考えている人が少なくないが、浜松等の生産地では各地の沿岸で漁獲された幼魚のシラスウナギを養殖して成魚にして出荷しているだけ。

 昨年、うなぎの完全人工養殖についての現況を調べた。
 なかなかよく記述できたので再掲する。
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 日本でのウナギの人工生産の研究開始からおよそ40年を経た平成14年、世界で初めてシラスウナギの人工生産に成功した。農林水産省の報告書によると、平成22年に 完全養殖を達成した、という。

 ウナギの養殖産業にとってはシラスウナギを安定的に確保が年々困難になり、ニホンウナギはクロマグロとともに「絶滅危惧種」に指定された。
 ウナギの人工的な完全養殖を求める声が高まった。

 ウナギの完全養殖はとても難しいらしい。
 新聞記事などをもとにまとめて見た。
 ■ ウナギの繁殖生態はよく分かっておらず、最近までどこで生まれるのかさえ不明であった。ウナギから卵をとるには、まず性成熟させて卵を産める状態にする。人工飼育では性成熟の進行や産卵を起こすホルモンによる情報伝達系が正常に働かなくなる。まずそれに対する研究と技術開発が必要であった。

 ■ウナギは養殖環境ではほとんどの親がオスになる。人工飼育でも同じだったため、母親候補のウナギには成長期の初期に女性ホルモンを加えた特別な餌を与えメス化するなどの研究も進めた。

 ■さらに大変なのは、ふ化した仔魚の飼育。人工ふ化仔魚がサメの卵を食べることがわかり飼育が可能となった。サメの卵などの材料を調製した餌を2時間間隔で1日5回、長いガラスのスポイトで静かに流し込む。水槽内は常に清潔に保つのは勿論のこと、光の色もアクリルの円形水槽も、注水装置も試作・改良を繰り返した。

 ■シラスウナギ量産化への課題
 こうして世界で初めて人工養成ウナギから人工受精によって世界初のふ化仔魚が誕生し、完全養殖に成功した。

 ■課題は人工シラスウナギの大量生産をいかにクリアするかで、まだ解決には至っていない。まだ1万匹程度の生産だというが、日本の食文化であるウナギ安定供給のためには1億匹は必要と言う。本格的な実用化には費用や技術の面で多くの高いハードルがあり、実現は容易ではない。仔魚の飼育に必要なサメの卵などの入手も困難。関係者はさらなる技術の確立に力を注いでいる。

 上記が日本ウナギの完全養殖の概要と到達点である。
 関係者の努力には頭がさがる思いである。

 かつてはクロマグロの完全養殖も同様の困難さを抱えていたが、今では商品化されるにまで至っている。

 私にとっては、日常の食材としてウナギもマグロも必要ない。日本の漁業は危機に瀕している。TV、雑誌、新聞などを見ても食に対する情報ばっかり。なんでもお金さえ払えば手に入る現場で、食料に関しての危機意識が乏し過ぎるように思う。

 日本人は食べることにしか興味がないのか?とさえ思ってしまう。
日本人の食を考える(1) 日本人は食べることにしか興味がないのか?


8/17(月)夜半から小雨、午後から晴れ 健康クリニック 飯川病院勤務
 1:00起床。文献・新聞、医学論文チェック、先週分溜まった文献その他電子化。降雨ありレガシーにて出勤。飯川病院着。新聞切り抜き、9:00-11:30健康クリニックドック13名、結果判定昨週終了で無し。11:45飯川病院、入院患者対応、花壇に散水。読書、微睡、新聞切り抜きなど。14:00-19:00勤務。当直医来院まち19:30帰宅、夕食、20:45就寝。歩数計7949歩。

なんと!! 飯川病院の検食にうな丼(1) 2年ぶり再会す
 8/14 (金)飯川病院はお盆休みであった。通常は大曲中通病院内科外来に診療応援日であったが、飯川病院の日直医師の人グリがつかず、大曲を休診にして飯川病院の日直に就いた。
 12:00昼の検食に、なんと!!! うな丼が出た。うなぎとは2年ぶりの再会、お互いの無事を喜びあった。ご飯が見えないほどのサイズ、厚さもリッチ、ふわふわの食感で最高に美味かった。


 私はウナギが好き。しかし、昨年のうなぎ狂騒を呆れて傍観していた。同時に、今後は口に入ることもなかろう、絶滅に近いのであればそれもやむを得ないと諦めていた。それが丼の蓋の下にいた。びっくりした。

 今年は、ニホンウナギの稚魚シラスが豊漁とのことで、今夏の土用の丑の日は前年より安くなりそうだのニュースには触れていた。実際は食べていなかった。
 不漁であった前年に比べ、今年の国内の稚魚の漁獲量は約4倍に増え、取引価格は大幅に下がった。国内の養殖場は稚魚で満杯となっているという。

 食卓に上がるうなぎの9割は12月から翌春にかけて海や川にいるシラスウナギを捕獲し養殖場で半年ほど太らせて出荷する。
 静岡県の3月末までの漁獲量は前年同期の3.5倍、高知県の漁獲も前年の約5倍。 

 稚魚の豊漁で取引価格が下がった。同年まで2年連続でKgあたり平均200万円を超えていたが、今季は12月が110万円、2月には35万円ほどにまで下がった。

 今年は日本に限らず 東アジア全域で豊漁だという。
 うなぎは日本から約2000Km離れたマリアナ諸島付近の海域で生れ、海流に乗ってアジアに来る。
 日本で消費するうなぎの半分近くが中国産。前年までは在庫が枯渇していたが、業界筋によると今後3年間は蒲焼の供給に不安はない、という。

 ただ、ニホンウナギの漁獲量は激減している。最近、科学的検討から絶滅危惧種に指定された。アジア地域に生息するニホンウナギの資源が減った要因には河川の環境変化なども指摘される。しかし、量大の要因は過剰な漁獲にあるとされている。特に日本の食生活が果たしている責任は大きい。親うなぎを保護し、シラスを捕獲し過ぎないよう、資源保護のためにも悪循環を断たねばならない。

 水産庁の推計によると、大雑把な統計では1960年代に比べると60分の1ほどという。
 
 7月27日は土用の丑の日、例年うなぎの消費量はピークを迎える。土用の丑の日は江戸時代からの風習なのだそうだが、商業主義的イメージに加え、食品軽視、遊び半分のイメージが払拭できない。私は、丑の日や恵方巻きなど特定の食品を食べる日などは不快に思っている。

 完全養殖によって生産されたシラスウナギの供給はまだ試験段階である。

 先日うなぎと久々再会した。しかも病院食として。驚いた。
 今年のうなぎの状況について若干調べてみた。


8/16(日)曇り快晴暑い 
 1:00起床、新聞文献チェック。本読み、データ整理他。趣味の園芸自炊。午前、散水、ダリアのケア。収穫。10:00畑周辺の草刈り、追加。ナイロンブレードホルダー注文。午後は微睡のちガレージの2F中心に整理、16:00新聞切り向き作業など。19:00夕食。20:30就寝。歩行Σ9278歩。10日以降の盆中心の非日常的生活は本日で終了。徒歩12467歩。

75回目の終戦記念日(2) これからの平和の維持はどうすべきか
 戦争は国民にとっては不幸な現実に陥る。新聞の論調を見るとこぞって我が国は過ちをおかした、過ちを二度と繰り返さないと、誓いを新たにしたい、との論調である。
 
 そうだろうか。欧米列強の中で孤立を求められ、日本は生きる道を求めて開戦に至ったもの。確かに今からみれば戦争回避できる機会はあったかもしれない。

 最近、以下の書を求めて読んだ。
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 油井大三郎著、「避けられた戦争―1920年代の日本の選択」(ちくま新書)で近著である。
 いまから100年前、ヴェルサイユ条約が発効し、国際連盟が発足して軍事力と植民地権益を基軸とする19世紀的な国際政治が変化をとげる時勢のさなかにあった。ところが11年後満州事変によって日本は世界の潮流から離脱、やがて国際連盟も脱退して自ら孤立化の道をたどつてゆく。 
 この過程に起こつたのは軍部の暴走による全面戦争の可能性を退ける選択肢があり得たのではないか、という考え方を著者はとる。
 1924年の排日移民法などで日本が首を絞められつつあったともされるが、日本の対外権益を最重視する19世紀的な外交忌考にとらわれていたことを明らかにする 
 具体的にはどう対応すればよかつたか。中国は国家の統一をめざして国権回復運動
が起きたが、欧米諸国と協調して中国ナショナリズムに対応すれば1930年代の満州事変や日中戦争は回避できたとの考え。
 1925年の北京関税特別法に英米と協調して中国の関税自主権の回復に応じていれば日中の軍事衝突は回避できた??
 もう一つは1930年の日華関税協定で、この時満蒙特殊権益の一部返還で合意が成立すれば日中関係は修復可能だった??などなど。 

 歴史には「もし・・」ならばという考え方は成り立たないとされるが、歴史を学び直す価値は大きい。

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 最近の世論調査では、日本が75年間、戦争をしなかった理由について「憲法9条があったから」と答えた人が最多の47%だった。次に多かったのが「戦争体験者や被爆者が悲惨さを訴えてきたから」の23%であった。
 平和主義、戦争放棄を掲げる憲法と太平洋戦争への反省が深く根付いていることがうかがえる。しかし、戦後75年間戦争をしないでこれた理由は、日本を取り巻く世界情勢が微妙な非戦のバランスを保ってきたことにあると思われる。

 その中で大きな意義を果たしてきたのは日米安保の存在であろう。
 私は、日米安保は日本を守るためにあるのではなく、米国自身のためだ、と思っている。米国が自由社会の大義を守るために地理的位置付けから日本が必要なのであり、日本の危機のために米国民が犠牲になる道は取らない、と思う。
 しかし、近年米国の力には陰りが見られる。多分、日米安保はより関係の薄い方向に変化していくだろう。

 北朝鮮の非核化に向けた米朝交渉は頓挫している。米中ソ関係の悪化も進む。
 日本に求められるのは関係改善に向けた外交努力ではないか、平和を守るには平和的な手段がふさわしい、というのは簡単だが、それで我が国がの安全が守れるのか?

 戦後75年の節目に、私は勉強し直す必要があるようだ。


8/15(土)ポツダム宣言受諾終戦の日 曇り晴れ 畑周辺の草取り
 1:30起床、文献・新聞チェック等、本読み等。午前は自炊ほかデータ化と整理。午後晴れ間あり。草刈り開始するも電動草刈機不調、補修試みるも完全昇天、部品取りにする。飯川病院に新草刈機とりにいき調整。夕方畑周辺の草刈り。雑草に覆われたネギは脆弱。腰が弱い。19:30家内帰宅待ち夕食、21:00就寝。歩数計8890歩。

75回目の終戦記念日(1) 平和は維持された
 本日75回目の終戦の日を迎えた。敗戦という表現も使われるが戦争には勝ち負けがあるのだろうか?疑問である。あるのは悲惨さだけである。

 我が国国民は東京無差別絨毯爆撃、沖縄戦、そのほかを含め、2発の原爆で戦争の愚かさを国民は十分に味わった。ただ、米国のこのような作戦は全て国際法違反であった。東京裁判では戦勝国側の論理のみで結論が導かれたが、これも認めがたい史実である。
 
 GHQによる民主主義が押し付けられたが、結局その前があまりにもひどかったから日本人の多くは思考停止に陥り無批判に民主主義に変わって行った。そこまで国民の意識が成熟していたのかは疑問である。結果として、民が主権者として進路を決める民主社会へシフトしたのは良かったと思う。
 ただその後現在まで民主社会が成熟してきているのかは疑問である。

 ことしのコロナ禍を受け、一部の政治指導者は事態を戦争に例える発言をした。また、昨年議員の一人が領土返還交渉を話題にする際に戦争を持ち出したが、社会を不安や不満が覆うとき、政治家が勇ましい言葉で気を引くことは珍しくないが、常識を疑ってしまう。

 日本は当時の軍部の世論指導、マスコミの追従などあって国民の大部分が戦争を志向していた。当時は簡単に異議を唱える時代ではなくなっていったが、国民は開戦に向けてほぼ一体化していた。国民自体が情報不足もあって狂っていた。治安維持法などにより、言論が厳しく取り締まられた時代である。軍部が情報を操作し、新聞を含むメディアは真実を伝えず、国民は多くを知らないまま一色に染め上げられた。
 開戦して溜飲を下げた人が多かった。
 まず国民はその歴史に振り返ってみなければならい。

 ドイツではヒトラーを盟主とするナチスがホロコーストを含め暴挙を繰り返した。ドイツはナチに責任を押し付ける政策をとって国際社会に復帰したが、ナチの台頭を熱狂的に支えたのはドイツ国民のほぼ総意でであった。

 戦争遂行中は軍部が暴走した。いのちは軽視され結果的に300万余の国民の生命は失われた。犠牲者は日本人だけではない。
 この時代の中にいた指導者たちの思考過程は、求めて読んで勉強しているが、私はいまだに理解し得ていない。
 戦争の理不尽さや悲惨さを語り継ぎ、世代を超えて記憶を共有して教訓を学び続けたい。

 今は時代が変わった。同じ思考にはハマらないとは思うが、国民は政治を冷静に見極める必要がある。戦後民主主義の理念は、あの戦争から学んだ社会の安全装置の一つである。
 いま世界では、自由社会と、画一性を強いる強権社会がある。その間で米中ソの「新冷戦」と呼ばれる覇権争いが起きている現実は嘆かわしいが、歴史が人間社会のバカさ加減を示している。集団となるとバカが台頭してくる。歴史の勉強は人のバカさ加減の振り返りである。

 日本では不戦の誓いと民主主義とが結びついた平和思想は、国民に浸透しているといえるだろう。

 ただ、不戦の誓い、平和思想だけでは平和は守れるのか?これも疑問である。


8/14 (金)曇り午後から降雨 大曲中通病院外来休診→飯川病院日直
 0:30起床,文献・新聞ほかこなす。5:00家庭ごみ廃棄、ダリアのケア、8:42バス飯川病院、9:00日直に。本日は飯川病院は盆休み二日目。本来なら大曲中通病院外来担当であるが日直医の人ぐりつかず休診として飯川病院日直に就いた。 12:00検食、なんと鰻丼が出た。美味かった。データ整理と読書三昧、19:30帰宅。21:00就寝。歩数9436歩。

心理学を学ぶ(30) 「差別の心理」(4) 自分の優位性、自尊心から
 心理学の中でも「差別感」はとても重要だ、と思う。あらゆる心の働きにリンクしているからである。

 差別感のルーツは格差の自覚に起因する。
 他者との比較において自分自身に対する優位性の自覚である。自尊心と言い換えてもいい。自尊心はさらに「自己肯定感」、「プライド」と置き換えてもいい。
 
 自尊心とは、一般的には、自分を他人より高く位置付けようとする感情ないし態度のことで、人は自分の存在を価値あるものとして肯定したい願望を意識的、無意識的にもっている。これが人だけにある自尊心にほかならない。
 自尊心のスタートは、ほとんどの両親が自分の子供に与える好意的評価の表現にあると思われる。親は可及的豊かに新生児に話しかけなければならない。親バカ的表現でもいい。とにかく褒めることである。子供たちは、こうした価値づけを全面的あるいは部分的に受け入れ、それ以後の自分の成長、経験と評価をそれに一致させようと努力する。
 したがって、幼少時に両親が子供に頻繁に否定的な評価を与えれば、子供は自分自身に対するこの見方を後世まで受け入れてしまい、自分をだめな人間と決め込んでしまい、自尊心の低い人間になる。

 「自尊心」が表す意味には「尊大である」という否定的ニュアンスが伴いがちであり、そのため「自己肯定感」や「プライド」などの表現が用いられる。

 成長過程で身についた、自分に対する肯定的感情が、実は後の差別のルーツでもある。動物と異なる所以でもある。我々人間はよりよきものを目指すという普遍的に備わっている。人間の知能、心理はそこまで発達している。誰もが、大なり小なり自分に対する肯定的感情を備えている。

 我々人間が「成長の過程で、生活の過程で、より良いことを目指し続ける限り」差別は無くならないであろう。「より良いこと」の背景には「より良いことではないこと」を押しのけ、それを凌駕し続けなければならないからである。


8/13 (木)快晴暑い 飯川病院お盆休み初日 飯川病院日直
1:00起床,文献・新聞ほかこなす。早朝涼風あり快適だが秋の訪れ怖い。8:42バス飯川病院。9:00-17:00日直。患者は落ち着いている。散水など。19:00迎えあり帰宅、19:30夕食、20:45就寝。歩行Σ7944歩。

心理学を学ぶ(29) 「差別の心理」(3) 優位性の意識から
 「心理学を学ぶ」は今年の3月から。新型コロナについての勉強も必要で、なかなか進んでいない。
「美しいとは何か」、「匿名での行動」を取り上げたが、最近は「差別」について考えている。
 
 心理学の中で差別感はとても重要だ、と思う。
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心理学を学ぶ(27) 「差別の心理」(1) 「偏見や差別」は生きるエネルギー源(8月5日)
心理学を学ぶ(28) 「差別の心理」(2) 「偏見や差別」は社会集団にも生じる(8月6日)
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 私は差別感というのは個人の自我の形成に伴って必ず身につくもので、個々人が生きるエネルギーであり、あらゆる場面で、心の表に出てくるものだと思う。

 まず、私は差別について語るときに、差別感情を抱くのは人間として当然のことと認めよう。そこから始めなければ進められない。だが、その感情をネガティブな行動に、例えば「いじめ」、「ハラスメント」等に、結びつけていいということとは決して同格ではない。

 国際的な差別問題でも、ナショナリズム、人種差別、国別の差別、肌の色による差別感、歴史観、経済格差など。かつての日本人は経済的優位性で他国を差別していなかったであろうか。GNPなどの指標が次々と中国に抜かれる現実にショックを受けていないかな?これからは差別を受ける側になるかも。
 国内問題でも差別部落問題、アイヌ民族に対して差別感はないか?能力、家柄、収入とか父親の社会的立場を背景にした差別感はないか?男社会の優位性を感じないか?

 差別問題といえば常に差別感を無くそう、という話題になる。
 我々は差別感解消を求めていくのではなく、各人が心理の内に持っている差別感情について徹底的に考え、それを足蹴にすることである。尤も、足蹴にしても解消には結びつかないだろう。差別感はあって当たり前、なくすることはできないのだ。
 問題にすべきは差別に起因する行動をいかに抑制できるか、にかかっている。

 「差別感」をわかりやすく論じるには「格差」を背景に考えるのがわかりやすい。
 
 自我の中においては自分の優位性を模索し、自分を他者や外界から区別して成り立たせる格差の発見は、行動や意識の主体となる。精神分析でいえばで、現実への適応を行わせる精神発達の一側面である。その時に人は必ず他に対する格差、優位性を意識する。

 「差別感」を「格差」を背景に優位性の意識と考えるのがわかりやすい。
 自分自身に対する優位性の意識、他者に感じる劣勢の意識が差別の意識を形成し、自分が存在できるエネルギーの元になる。
 あらゆることで、優位性を意識しなくなる時、自分の存在意義が乏しくなる。


8/12(水)早朝幸運、午前から晴れ 飯川病院ボランティア
1:00起床,画像データ整理、文献・新聞ほかこなす。6:00トマト・キウリ収穫。8:20ダリアの世話、11:50バス飯川病院、郵便局から江岸寺当て書留送付。12:30:飯川病院ボランティア。リッチに座学、至福の時間過ごす。19:00帰宅、夕食、21:00就寝。歩行Σ9232歩。

新型コロナ(75) 墓参り2020 墓参初中止 ミニ家族旅行も中止
 私は、物心つくころからお盆の墓参は欠かしたことはなかった(はずである)。
 昭和40年前後までは祖父母中心、昭和58年迄は父母中心、それ以降は私が中心になって墓参を続けてきた。平成10年頃からは子供たちも就職や修学のために家を出たのでそれ以降は繋温泉、花巻温泉郷とかに宿を取り1-2泊のミニ家族旅行とした。

 平成20年以降は孫もぞくぞく生まれ、その頃からは墓参のための小旅行、家族同士の親睦という静かな小旅行が、孫を中心とした喧騒旅行に様変わりした。最近は家族も増えて総勢12人となった。孫たちの活動力にはほとほとついていけないものがある。

 今年は新型コロナ蔓延のために実行が危ぶまれたが、計画だけは立てておかないと何も生まれない。いつものように繋温泉、花巻温泉郷のホテルを確保しておいた。しかしながら新型コロナ感染状況は東京圏を中心とし憎悪傾向が出てきた。

 新型コロナ感染対策は基本的に人間の移動の制限、3蜜の回避しかない。
 緊急事態宣言解除後は特に若い世代は油断し、3蜜は当たり前、マスク、フェイスシールド、窓口のアクリル盤などの効果はやらないよりはいいだろう的レベルである。現に感染対策OKのお墨付きをもらった店からも感染者が出ている。尤も、実際にはどう対策されているか、「接待を伴う・・」と微妙は表現がされる店舗などでがマスク、フェイスシールドでことが足りるわけがない。
 経済活性化のためにGoTo トラベル政策も始まったが、感染抑制のためにはちょっと早かったと思う。各地の医療機関が破綻する可能性がある。

 そのような感染状況を受けて、次男が勤務する大学病院、私が勤務する中通総合病院、家内が勤務する飯川病院も県外への移動は原則禁止、家族以外との外食・飲み会が禁止されている。県外からの家族の帰省、来客の受け入れも要注意ということであった。

 上記の事情から、横浜在住の長女夫婦は帰省しないこととなり、秋田在住の家族も岩手へは出かけないこととし、7月末日に旅券やホテルをキャンセルした。
 
 菩提寺である岩手県紫波郡の江岸寺には本日現金書留で「志」を、別便でお茶を送った。今年はこれで済まさせていただくこととした。いつもは住職殿から経をいただき、若干のふれあいがあるのであるが、今年は残念なことである。孫たちへの教育効果もあると思っているだけ残念であった。墓周辺の草はどうなっているのだろうか、案じてもしょうがない。

 今年の秋田は夏の行事がなくて静かでいいのだが、ちょっと寂しい。


8/11(火)快晴 中通病院外来 飯川病院
1:50起床,体調は比較的良好に。文献・新聞ほかこなす。早朝涼風あり快適・・というより秋の息吹に恐怖感。5:30家庭ゴミ、資源ごみ集積所。畑花壇の対応散水、収穫。
8:47バス飯川病院。8:45-13:00中通病院内科外来。19:20帰宅夕食。草刈機届く。
20:30就寝、歩数9232歩。恒例の鎮魂・家族親睦小旅行今年はなし。

新型コロナ(74) 寂しい夏・静かな夏 秋田の祭軒並み中止

 秋田は夏祭りの宝庫である。秋田県内各地に有名な祭りがある
■土崎港曳山まつり、■今泉祗園囃子、■仁井田番楽 、■秋田竿燈祭り、 ■増田の朝市・花輪朝市・五城目朝市、 ■男鹿日本海花火、■西馬音内盆踊り、■花輪ばやし、■大曲全国花火競技大会、■その他にも角館祭り、大館人妙者祭、能代市などなど・・・。

 上記の祭りは新型コロナの影響で軒並み中止になっている。

 私は3月下旬の時点で東京五輪の開催は無理、2年は延期すべきだと考えていた。現時点では一歩進めて中止・返上すべきと考えている。
 同時に秋田県内の主要な祭り、■土崎港曳山まつり、 ■秋田竿燈祭り、■西馬音内盆踊り、■大曲全国花火競技大会、は今年は従来の形での開催が無理と考えていた。
 実際には中止の決定がとても遅くどうなることかと気を揉んでいた。各祭とも開催時の一月前近くまで中止の発表はなかった。
 それだけ開催する立場にある人たちの新型コロナに関する甘い期待感、収束の期待感、地元の経済に及ぼす影響を恐れてズルズルと決定を遅らせていた、と思われる。立場はわからないわけではないが、日本国中の感染状況を見れば簡単に結論が出る問題であった。感染症の専門家等の意見を聞けばもっと早く決断できただろうし、早めに結果を出せば、中止したのちの地域に密着した小規模な形態での開催を模索できただろうに、と思う。

 祭は基本的には地域の神社を中心に住民たちによって運営が行われてきたが、近年の観光ブームですっかり様変わりしてしまった。徐々に全国規模の大型化になってしまった。各地の祭は各地域の地元の住民たちのものではなく、地域の経済を大きく潤してきた。これでは中止延期の決断がでないのは当然である。

 私は来年も従来の規模での開催は、多分無理と考えている。いや、今後しばらくは無理だろうと考える。

 私は、新しい姿での祭りの開催を早く模索し始めるべきだ、と思う。

 小さな祭も中止に??
 私が住む地域の父兄と子供会が中心になって開催されてきた「お堂っこ祭」も中止になった。私の新型コロナの感染状況を観察している立場から見れば、現在の秋田の感染状況のもとでは中止にすべき理由は一つもない。「行事は中止を!!!」は感染多発地域の問題である。ちょっとワンパターンすぎる対応に思われる。

 竿灯祭りが中止になって、毎年恒例になっている各町内のお囃子の練習の音が聞こえない。
 静かな環境を好む私にとってはとても良かったが、祭り好きの方々にとっては相当に寂しい夏になっただろう。


8/10(月)山の日休日 早朝まで降雨のち晴れ暑い 室内で31℃
 1:30起床、新聞記事チェック。蓄積データ整理。午前中は溜め込んでいた資源ごみ化。音楽データiTune化。パソコン2機に取り込む。午後は家内の椅子が壊れたので修理。DIY店にて車輪、ベニヤ板購入、完成す。19:00夕食。その頃から体調不良、早めに20:00就眠。歩数計9685歩。日本国中35℃ほど熱暑のニュース。我が家は室内で31℃。5台の扇風機大活躍。

原爆投下75年(3) 核を持たないことが抑止力にならないか
 いま、世界の核兵器をどのように考えるべきだろうか。
 
 核兵器は廃絶すべきだという議論、他方、抑止力としての核が必要だという主張がある。
 核兵器に関する議論の多くは、この正反対の立場の間で行われ、両者は現実の戦争で核兵器が使われる懸念には目を向けていない、様に見える。
 核戦争は核がある以上、可能性として否定されてはいないが、遠い遠い将来の小さな可能性と考えられてきた。 

 専門家の見方はこれとは違う。
 核兵器を管理する体制が近年著しく弱まっており、大国の軍事戦略における核兵器への依存、さらに核兵器自体の軽量が進み、核の破壊力も小さくすることで実戦で使用される可能性さえ高まっていると考えられている。 

 どうしてだろうか 
 まず、ロシアが核戦力への依存を高めている。さらに中国が新世代ミサイル開発を進めている
 これを受けて、米国核態勢見直しである。ここでは抑止力の強化ぱかりでなく、小型化を通じて実戦における使用可能性も視野に入れている。 

 昨年8月のトランプ政権によるIMF条約離脱はこの流れのなかから理解することができる。

 米ソ冷戦終結後、米口両国の核戦力削減が進むとともに、国際政治の課題として核核兵器を用いないという国際的な合意さえ生まれた様な考え方すらあった。

 しかしながら、その流れは逆転した。
 中ソ米の軍事的緊張が高まるなかで、核兵器への依存が復活しようとしている。
    
 核戦争は、多分起こらないと思うが、管理上のミスもありうる。決して起こりえない危険ではない。

 日本政府は、緊急の政策課題として、核軍縮を実現しなければ現在の平和が失われるという緊張感のなかで核兵器の削減に努めなければならないが、安倍首相は米の核の傘の下にあることから踏み込んだ発言は聞かれない。今年の慰霊祭でも同様で関係者の顰蹙を買っていた。
 
 核を持たない国に核攻撃を仕掛けてくることは考えられない。考えたくない。核を持たないことが核を持つよりも強力な抑止力を発揮する、との考えは甘いのだろうか??
 その面でもトルーマンは史上最大の犯罪者の一人である。


8/09(日)終日降雨、風多少 長崎75年  
 1:30起床。読書、徒然、データ整理など。早朝から雨の中ダリアの風対策。特に白ダリアは風に弱い。書斎改修、微睡、読書、自炊数冊。19:00夕食、20:30就寝。歩数計8593歩。

原爆投下75年(2) 核なんてもはや無駄 人類は温暖化でいずれ滅亡する
 広島・長崎に原爆が落とされてから、75年を迎えた。広島・長崎では慰霊祭が規模を縮小してしめやかに行われた。
 核をめぐり、数年前までの「核なき世界」への方向性が後退し、核大国は再び、軍拡に転じようとしている。核を小型化し、兵器として実用性のあるものにする、という。

 トランプ政権は戦力の更新に力を入れている。これにロシアは対抗姿勢を打ち出したほか、台頭する中国も新型ミサイルなどの開発に突き進む。核兵器の舞台は宇宙空間にも広がり、兵器システムは複雑さを増している。システムの誤作動や誤認による核戦争の危うさも高まっている。一国が増強すれば他国は黙っておれない。

 世界的政治指導者はなんと馬鹿なことを繰り返すのか!!!

 地球は核兵器を用いなくともジリ貧状態にある。旺盛な人間の欲望と経済活動の結果地球環境の悪化である。すでに不可逆的状況にまで進んでしまった。気候変動、人口増加、食料不足、・・・・。

 それに、新型感染症の勃発である。今回の新型コロナの蔓延は一つの例に過ぎない。これ以上温暖化するとその気温に適したウイルス等が発生してくる。かつてインフルエンザという弱い感染症が蔓延したことがあったが、あの当時はまだよかった・・・と懐かしく語られる日も遠くない。

 かつて地球上をに王者のごとく君臨していた恐竜たちは隕石の落下による地球環境の変化で絶滅した。それは予想外の大事件であったが、いまの人類にとって一触即発の核戦争がそれに匹敵するだろう。

 ことわざに「前門の虎、後門の狼」というのがある。ひとつの災いを乗り越えたとしても、間髪おかずに次の災いがやってくる、という意味がある。前門は核であり、後門は地球温暖化である。まさに八方ふさがりな状態にある。

 核の加害者は核大国の指導者の問題が大きい。
 地球温暖化の加害者は地球上に住む全人間、と集約できる。
 核についても声をあげよう、地球環境のためには、破滅は回避できないが遅らせることは可能である。そのために各人が何ができるかを考えよう。


8/8(土)夜半早朝降雨 曇り 夕方から再度雨 電動草刈機昇天す
 2:00起床,読書、入浴、午後は収穫、畑、ダリアの世話など。昼食、微睡。午後から草刈り試みるも1時間ほどで不調に。2012年購入の製品、ずいぶん働いてくれた。寿命か?我が家にとっての必需品、同一型を注文した。価格3.000円アップしていた。17:00微睡。19:00夕食、21:30帰宅、就寝。9429歩。


原爆投下75年(1) 核なんて改良しても無駄 人類はいずれ滅亡する
 広島は8月6日 長崎はあす8月9日、被曝75年を迎える。

 

 今年は新型コロナの世界的蔓延のために広島・長崎での慰霊祭は縮小されて行われる。継続は力だからその運動の意義は小さくないが、よくまあ同じような行事を繰り返してきたものだ。

 核をめぐり、数年前までの「核なき世界」への方向性が後退し、核大国は再び、軍拡に転じようとしている。
 従来の核は威力向上を目的にしてきたために非実用的になっていた。大型の核では被害が大きすぎるために使用できない、というジレンマを抱えていた。
 大型核兵器は軍事的に国威を示し抑止力にはあるだろうが、一度核攻防が生じれば地球環境は放射能汚染だけでなく、地球環境の変化を介して気候も大きく変動する。陸地は砂漠化し、食糧生産も困難になる。結果として人類滅亡も視野に入ってくる。

 だから、核兵器を小型化し、兵器として実用性のあるものにする動きもある。

 戦争といっても何をしても良いということは無い。
 戦争には国際法がある。無差別東京空爆などは非合法だったとされているが、原爆投下に対しては国際法違反との言葉をほとんど聞かない。広島長崎に原爆投下を決めたトルーマン元大統領を非難する言葉も弱々しい。原爆投下が第二次世界大戦を早期に終わらせた、などの考え方は、世界最大級の嘘である。

 トルーマン元大統領は投下を決断しなかったら政治生命は途絶えていただろう。国を挙げて、秘密裏に巨費を投じて開発してきた爆弾を使用しなかったらその責任は大きく問われたことだろう。
 加えて言えば、東京大空襲、ポツダム宣言受諾前日の秋田の空爆は、作り過ぎた兵器を消費するために計画されたゴミ捨て行為であった。もはや戦略的に意味をなさないことを熟知していながらあえて実行したのは戦略的必要性からでなく、当時の政治家の保身のためであった。

 トランプ大統領の不用意な?ツイッターが反応を呼び、核のリスクが高まってる。
 「核兵器が存在し、抑止論に頼り続ける限り、いつか使われる」、「核兵器が使われるリスクは、第2次世界大戦後で今は最も高い」との識者からの警告もある。

 米・ロシアは互いに数を減らしてきた、といえども世界の核兵器のうち9割、計12,000発以上を保有している。
 核不拡散条約で核保有の権利を認められてはいるが、両国は核軍縮に逆行するふるまいが目立つ。

 核に関連する世界的政治指導者は総じて馬鹿である。


 8/7(金)夜半から降雨・昼前から晴れ暑い 大曲中通病院 飯川病院ボランティア 
 1:05起床,朝強烈な雨。文献・新聞チェックその他。5:30一般ゴミまとめまで、7:30Taxi駅東。8:11こまち。往Taxi、9:10大曲中通病院外来、混雑なし。復路徒歩、新幹線ガラガラ、ジュンク堂により哲学書購入、徒歩、13:50飯川病院ボランティア。19:00帰宅、夕食21:00就寝。歩数10411歩。

四季2020(13)立秋 2020年は明日8月8日
 最近は日中はやや暑いが、8月に入ってから早朝1:;00頃から涼風が室内に流れ込むようになった。間もなく秋の到来を実感する。

 私は子供の頃からお盆の墓参りの時に秋を感じて来た。当時は日が登る頃に起床、いまは1:00 am頃起床だから早朝の涼風をいち早く感じるのだろう。

 立秋は毎年8月7日頃〜8月22日頃にあたる。日付が固定されているわけではなく今年は明日8月8日から8月22日とのこと。

 立秋は、1年を約15日間ごとに24等分して決められる二十四節気のひとつ。1日程度は前後する。
 立秋とは、立秋に入る日を示す場合と、二十四節気の第13立秋から処暑までの約15日間をさす場合がある。私の感覚では入りの日のこと。
 暦のうえでは立秋の日から秋に入る。立秋以降の暑さを「残暑」という。「暑中見舞い」は、立秋以降「残暑見舞い」にかわる。

 二十四節気をさらに5日ごとに七十二侯に分ける。七十二侯がある。立秋の間に、以下がある。
■涼風至(すずかぜいたる)8月8日頃。
■寒蝉鳴(ひぐらしなく) 8月13日頃。
■蒙霧升降(ふかききりまとう) 8月18日頃。
 いづれも今の季節の移り変わりをほぼ正確に提示している。昔の方々の季節への感受性にはほとほと感心する。
 
 立秋を迎えると大好きな夏が去っていく。秋は好きと言えないが、爽やかな季節である。

 今年の県内は長引く梅雨の影響で記録的な日照不足になっている。横手市や湯沢市など複数の観測地点で7月の日照時間が平年の5割に満たなかった。
 秋田地方気象台によると、7月は太平洋高気圧の本州付近への張り出しが弱かったため 梅雨前線が停滞して曇りや雨の日が続いた、という。
 7月の日照時間は県内の24観測地点全てで平年を下回つた。
 秋田市は平年の70%で、日照時間が10時間以上あったのは計5日だけ。
 降水量は県内36観測地点のう20地点で平年を上回った。
 
 日照不足が県内の農作物にも影響を及ぼし、市場では高値が続いている。私の畑ではキウリ、ナス、トマトは豊作である。 
 水稲の生育は平年並み、という。

 本県を含む東北北部の梅雨入りは6月14日。平年の梅雨明け7月28日ごろ。
 今年は東北北部(青森、岩手、秋田の各県)について、気象庁が梅雨明けを発表しない見通しとなった。
 8月の日照時間や降水量はほぼ平年並みの見込み。暖かい空気に覆われ、気温は高くなりそうだ、という。 


8/6(木)広島75年 晴れ暑い 飯川病院 健康クリニック結果判定
1:00起床、新聞データ化と整理。画像データ処理。5:00野菜収穫。11:50バス飯川病院勤務、14:00入院患者対応。健康クリニック結果判定。微睡、読書。19:30帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計積算11144歩。

心理学を学ぶ(28) 「差別の心理」(2) 「偏見や差別」は社会集団にも生じる

 どうすれば「偏見・差別感情」をなくすことができるのか??

 私の考えを結論から言えば、「偏見・差別感情」はなくすることは出来ない。仮にそのような理想的な(??)個人の集まりによって社会が成立すれば、その社会は活力を失い、滅亡していくだろう。」なんとなれば「偏見・差別感情」に基づいた思考は人間としての生きるエネルギー源だからである。
 問題は「偏見・差別感情」に基づいた攻撃的行動をなくすることで、これは教育などで可能である。法による規制もやむを得ないないだろう。しかし、ハンセンなどで見る限り、教育も法も十分な効果を上げているとは思えない。

 なぜ偏見や差別が生じてしまうのか??
 それは、個々人の存在理由(アイデンティティ)を有しているからで、アイデンティティの確立は人間の成長にとって必要不可欠なことである。それが「自己肯定感」にもなるのだが、安易に攻撃的アクションを起こすことが問題である。

 社会集団から生まれる偏見や差別もある。
 私は個人が持つ「偏見・差別感情」は自我の形成の結果であって当然と考えている。
 ところが、これは社会集団に属している人間にも生じる心理である。
 アイデンティティは個人だけではなく、社会集団の中でも生じうる。「普通」の存在でいたがる人の多い日本人は、自分を安全な大きな集団に属させながら、マイノリティー集団を差別することで安堵感を抱きがちである。

 人間が営む社会生活において、集団としてもあらゆる状況や場面で偏見や差別が生まれているといっても過言ではない。思想家吉本隆明氏のいう共同幻想依存症だと思う。
 共同幻想依存は「ある集団に属する人々は、特定の性格や資質をみんなが持っているように見えたり、信じたりする認知的な傾向」、偏見は「好感、憧憬、嫌悪、軽蔑といった感情を伴ったもの」ということになる。
 これは社会の問題であるが、個人の問題とほぼ同一のことである。
 そして差別は「偏見・差別感情」を根拠に、集団的に接近・回避、攻撃などの行動として現れる。
 
 社会心理学では、人には味方と敵を分ける心理が働き、自分にとっての敵を区別するのが基本的な考え方とされる。
 外国人差別はこの典型的なパターン。簡単に言えばナショナリズム。
 ヘイトスピーチの対象となりがちな在日韓国人や中国人は、日本人にとって身近な存在だからこそ、自分たちを脅かしうる敵だと判別されやすく、偏見や差別が頻発する。

 「偏見や差別」にさらされる対象は、「LGBT」や「障害者」などのようにマイノリティー側であることが多い。日本のマイノリティー差別の問題について、自分たちが社会の中で「普通」の「安全な、より正しい」存在だと考える傾向がある。

 マイノリティーへの「偏見や差別」を防止するにはマイノリティーの人々への理解を深めることが重要であるが、それ以上に必要なのは自分自身に対する考察で、倫理観の高揚である。


8/5(水)曇り暑 歯科受診 午後飯川病院ボランティア  
 1:00起床,新聞・録音のデータ整理中心。3:00前後から外から涼風が吹き込みシャツ着用。読書データ整理、9:00収穫、胡瓜、トマト、ナス豊作。10:30佐々木歯科医院、定期メインテナンス。Fitにて往復。虫歯一本もなしと評価。11:50バス飯川病院、諭すファクション昼食、やや過食。新聞データ化そのほか座学中心、外来患者対応。20:30帰宅、夕食。21:30就眠。歩数計積算8285歩。

心理学を学ぶ(27) 「差別の心理」(1) 「偏見や差別」は生きるエネルギー源
 最近、小説「あん」を読んでハンセン病の差別を考えた。ハンセン病の差別の背景には医学会も、政治も社会も深く関与している。
 差別を受けた人は人生が否定された気持ちになる。差別を受けていない人は偶然自分がその環境に生まれなかっただけ。その差別を受ける立場を自分に置き換えて考えてみてほしい、と訴えている。切実な気持ちである。

 差別の心理について考えてみた。
 人間社会では、いかなる文明、社会においても、好むと好まざるに関わらず、誰しも性別、人種、年齢、出身地、職業、障害の有無、貧富、などの格差の中で生きていかざるを得ない。
 この格差をもとに、ありとあらゆる事項において「偏見・差別」が生じる、と私は思う。
 「偏見・差別」感情を持つことはいけないことだと教えられるがそれは間違っている。絶対になくならない、と思う。
 各人の心の中に「偏見・差別」感情は必ず内在する。この感情がないと力強く生きていけないからである。

 今は新型コロナウイルスが話題になっており、ワクチン問題を介して人間の免疫形成等についての話題が盛り上がって、国民に多少免疫についての知識も増えているようである。
 人間は成長過程で免疫学的に完全に個が確立される。例外は一卵性双生児間だけである。たとえ親子間であっても兄弟間であっても免疫学的には完全に、絶対的に他人である。「免疫学的個人」の確立の目的は完全な他者の排除にあり、他人同士の臓器移植は基本的にうまくいかない。そのことが免疫力を背景にした疾患防御力、疾患からの回復力になる。

 他方、人間の成長過程において、知的な意味において「自我」が確立していく。
 乳児のイヤイヤ期、幼児の反抗期、青少年の権力への反抗心などは自我の形成過程で生じてくる。
 この自我は、「免疫学的個人」よりは多少ゆるいところがあり、教育や環境で変わりうるが、「免疫学的個人」と同様にほぼ完全な個の確立と言っていい。ただ、「自我による個人」の確立は本人の知性、社会的常識観などで抑制され、日常顔を出さないこともある。教育も一部効果的である。
 自我の確立とともに、各個人はこの世の不平等の中に自分が置かれていることを自覚し、次第にその抑圧感に苛まれていく。その際に「偏見・差別感情」が形成されるが、多くは諦め、達観を介して乗り切っていくが、一部の人は「偏見・差別感情」をテコに大きく飛躍していく。そういう人たちの心の中では「偏見・差別感情」は大きく育っていく。

 要するに、ここで述べたいのは「偏見・差別感情」は誰しも持つ普遍的感情である、ということ。
 「偏見・差別感情」を持つのは当然のこと、ならば、差別などどうしようもないのかというと、「偏見・差別感情」を悪しき方向で行動に移さないことである。
その端的な方法論の一つは、自己研鑽によって自己の立場を理解すること、差別の対象者の置かれている立場の人たちを多方面から学ぶことである。差別感情の発露は互いの無知から発している。


8/4 (火)快晴暑い  外来 飯川病院  
0:20起床,いつもの如く。5:00可燃ゴミ廃棄。散水、6:45バス飯川病院。8:45-13:30外来、盆前で混雑疲弊。14:00飯川病院、18:45まで勤務。外来入院患者対応。19:15帰宅、夕食。21:30就眠。歩数計10095歩。竿灯なく市内平穏。

本 「あん」ドリアン助川著 ポプラ社 2013年(2) 深刻な内容をさらりと表現
 ハンセン病家族への差別に対する国の責任を認めた熊本地裁の判決後1年を迎えた。昨秋11月には元患者の家族に130万余を補償する法律施行された。

 原告となった元患者の家族561人のうち表に出て活動したのは僅かに10人ほどで、大部分が名前や身元を伏せている。また、厚労省によると申請期間は法施行から5年間で約2.4万人が対象。せっかく判決が出たのに補償金を申請した人は約2割にとどまる。過去の差別がトラウマとなって申請をやめた人もいた。根深い差別が背景にある。

 ハンセン病をテーマとして取り上げた文芸作品は多くはないが、最近本作品を読んで感銘を受けた。

 作者のドリアン助川氏は1962年、東京生まれ。詩人・作家・道化師。早稲田大学東洋哲学科卒。全国ネットのラジオ深夜放送のパーソナリティーを務め人気を博す。著書多数。

 ストーリーは単純である。詳細は記載できないが、小さなどら焼き店が舞台。店先に、バイトの求人をみてやってきたのは70歳を過ぎた手の不自由な老婆。彼女が作った「あん」の旨さに舌をまいた主人公は、彼女を雇い、店は繁盛しはじめるのだが、間も無くハンセン病患者を雇っているのでは?と疑われ客足が落ち、やがて閉店やむなきに至る。

 偏見のなかに人生を閉じ込められた老婆、あやまちを犯し一時刑務所で過ごし、生きる気力を失いかけていた主人公、自分の未来が見えず日々苦しんでいるカナリアを飼う女子高校生。3人はそれぞれ新しい生き方を求めていく。その際、老婆によって放たれたカナリアが象徴的役割を果たす。

 なお本作品は出版翌年に映画化されている。樹木希林の最後の作品になった、という。映画は50力国以上で上映されて好評を得た。 

 ハンセン病についても、病気そのもの、歴史、社会の偏見迫害の実態が語られる。極めて深刻で重要な内容であるが、作者の優れた文章力のため全然圧迫感がない。表現が繊細で描写が綺麗で、わかりやすい。

 作者は、人はたとえ何者になれなくても、生きているだけで鮮やかな体験ができるとする「積極的感受」を解く。世の中を見る、感じる、花をめでる、鳥のさえずりに耳を傾ける。この世をただ受け止める。これこそが人生である、と説いている。仏の境地に近い。

 一時、社会問題とまでなって人々の関心を集めた事件なも、訴訟・裁判を経て結論が出ることころには人々は忘れ去り、誰も関心を持たれない。マスコミの扱いも小さい。だから、社会へ浸透しない。

 ハンセン病訴訟に関しても同様の経過をたどっている。家族訴訟に加わつだ原告たちはその痛みを社会に分かつてほしかつたから訴えたのだ。補償金が欲しかったわけではない。しかしながら前向きの判決が出たからといって原告らは決して解放されることはない。

 世を震撼させた重大事件など、次々と風化していく。だから、世に及ぼす影響は皆無に近い。同じ様な事件が次々に生じることの一因になっている。


8/3(月)晴れ暑い 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:00起床,新聞・文献チェック他。5:00ネコ給餌ほか。6:47バス飯川病院着。9:00-11:30健康クリニック。12人、結果判定13名、11:45飯川病院に。読書、データ整理。微睡。14:00-18:30勤務。本読。撒水。19:15帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計積算6888歩。

本 「あん」ドリアン助川著 ポプラ社 2013年(1) この作品の社会的背景
 ハンセン病患者の隔離規定が盛り込まれたらい予防法は1996年に廃止されたが、差別は現在まで色濃く残っている。 

 家族への差別に対する国の責任を認めた熊本地裁の判決は1年を迎えた。判決は確定し、昨秋には保障金の支払いを定めた法律もできた。

 しかしながら、裁判を闘った家族たちの手記などを読むと、患者家族を取り巻く状況は裁判前と変わつていないようである。 
 訴訟では、ほとんどの原告が差別を恐れて匿名だった。判決から1年たつても名前や顔を出せる状況にはなつていない。
 ネットでは、元患者への賠償を国に命じた訴訟の判決を引き合いに、「お前たちは、また賠償金をもらうのかよ!!!・・・」などと批判する声も散見する。

 国がハンセン病に関する偏見を作った責任を認めた判決が確定し、補償法もできた。それでも患者家族たちは自分たちが受けた思いが社会にはほとんど届いていないと感じている。
 差別を受けた人は人生が否定された気持ちになる。差別を受けていない人は偶然自分がその環境に生まれなかっただけ。その差別を受ける立場を自分に置き換えて考えてみてほしい、と訴えている。

 2016年、私はハンセン病について、医学的諸問題、政治・社会的問題、補償問題などについて集中的に学び直した。

 その中で得た結論は、当時の医学会が果たした悪しき役割であった。
 また、我が国の社会が持つ差別意識は、特に病人に関しては極めて強いものがある。私の育った田舎でも結核患者がでた家に遊びに行くことは禁止され、その近くを通る際には呼吸を止めて急いで通り過ぎなさいと言われていた。
 その後もハンセン病についての動きは追跡している。この中で患者家族が受けた社会的差別については厳しいものを感じ取った。らい予防法が成立してから四半世紀にならんとしているのにその差別はいまだに続いている。
 人間は、特に農耕民族である日本の社会では均一社会が望まれ、一定の基準から外れた人間は排除するという習慣がある。

 東大教授であった呉秀三は1918年『わが邦の十何万の精神病者はこの病を受けたるの不幸の他に、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし』と言った言葉は医学生の頃に知ったが、私の記憶からから離れたことはない。

 誰でも罹りうる新型コロナ感染者についても非難の言葉などが浴びせられている。
 感染者が出た医療機関に勤務する職員の子女は幼稚園、保育園から休むよう強制されている場合が報告されている様である。
 また、先日岩手県では初の感染者が出たが、本人、会社などに誹謗中傷の電話とかが多数かかってきているという。中には励ましの内容もあるというが、一抹の救いである。


8/2(日)快晴暑い 飯川病院日直
 1:00飯川病院起床、読書、新聞、画像データ整理など。継続日直で時間はたっぷり。
ひまわり急成長、支え追加必要。新聞データ化そのほか。竿灯中止で市内は平穏。7:00、12:00検食。観葉植物2鉢植え替え、ハイビスカス1鉢土入換。19:30帰宅・夕食、21:00就寝。歩数計9625歩。

最近、辞書で調べたカタカナ語2020(5) 最近のカタカナ語に関する世論調査

 オーバーシュート、ロックアウト、クラスター・・・、新型コロナの感染拡大の防止に向けて、政府や専門家らが国民に外出の自粛を求める際に用いてきた力夕カナ語である。 

 最近の力夕力ナ語を許容できるか??
 朝日新聞が読者に尋ねたところ、回答者の72%が許容できない、と答えた。 
 回答者を世代別でみると50代以上が全体の87%をしめた。カタカナ語許容の割合は28%。 
 40代以下の回答者は全体の13%と少数だつたがカタカナ許容派の割合は395%と全世代の割合よりも高かった。

 その中の意見の一部
 ■ 新型コロナ禍は地球規模の非常時。国民に自粛を求めるのであれば(子供でも高齢者でも)誰もが理解できる平易な言葉を使うべきだ。
 ■ そもそもカタカナ語の中には官僚や政治家、専門家や報道機関が翻訳の努めを怠った結果である。 
 ■ 不都合な真実を伝えない意図を感じる。  
 ■ カタカナ語は人によって理解が異なるので、都合が悪くなれば言い逃れをするのに便利。
 ■ 漢字ばかりだと硬い雰囲気になって意味が通じにくくなる。 
 ■ 無理やり翻訳すれば弊害が生じることもある。 
 ■ 力夕カナ語の役割もある。うまく採り入れるのが良い。

 上記は朝日新聞の記事を参照したが、この記事の結論は「カタカナ語の氾濫は許容できない・・」ということであるが、掲載した朝日新聞の姿勢がわからない。
 朝日新聞も無批判にカタカナ語を取り入れている。矛盾している姿と思う。

 言葉は生き物である。
 言葉の微妙なニュアンスが加わつて表現しやすけれぱ定着するし、適正な訳語があれば次第に便われなくなるだろう。
 力夕カナ語の是非は今に始まった話ではない。ただ、その過程で国文学者の姿勢が見えないのが不思議でもある。

 私が住んでいる秋田市はカタカナ語が氾濫している。
  氏の標語は「エイジフレンドリーシティ」
  「コグニサイズ」
  「秋田版ネウボラ」
  「妊娠のお祝いにプチギフトを差し上げます」
   などなど。


8/1(土)?快晴 飯川病院日当直 外来レセプト点検
1:30起床、新聞や文献読み。データ整理。途中微睡とる。キウリ、トマト収穫、ダリアに有機肥料追加。ガレージの2F整理。庭の草刈り一部。11:30バス、飯川病院へ。12:00日当直業務に。検食、新聞入力。午後は微睡、読書中心。16:00外来レセプト点検
、18:00夕食、20:30就寝。徒歩8587歩。

最近、辞書で調べたカタカナ語2020(4)
 最近のカタカナの氾濫は、異常である。
 その責任は安易にカタカナ語を用いるマスコミにある。第二に各界の識者と言われる方々である。専門分野の説明に平易な日本語で表現できないということは、識者としての実力の欠如を示している。

 おそらく、カタカナ語を好んで用いる方々は、カタカナ語の方が最新でグローバル化の波に乗った語彙で、かっこいいと考えているのではないか。もしかすると、日本語は近い将来カタカナ語を平仮名の「てにおは」でつないだ言葉になるかもしれない。

 日本語はそれだけで内容伝達性がある。カタカナ語にすればソレを失う。これは記録性や意思伝達、内容伝達が目的の言語としての価値を捨てることになる。さらに日本語は、書いても聴いても歌っても美しい。

 新聞を読んでいる時に、以下の条件で不適切と思われる単語を抽出した。

■意味が取れなかった単語、 
■日本語表記できるのに無駄に置き換えられている単語、
■何でここでカタカナ語が使われなくてはならないのか?と疑問に思った単語。

 日本語に興味を持ち、できるだけ標準的な日本語を大切にしたいと思っている立場からは残念である。私みたいな高齢者は日本語でもいじめられている。

 ざっと挙げると以下のようなものである。一つ一つの意味は省略する。

(1)老医のつぶやき2019(15) 最近意味がわからなくて辞書で調べたカタカナ語
(2)老医のつぶやき2020(1) 最近、辞書で調べたカタカナ語(2)
(3)老医のつぶやき2020(2) カタカナ語(3) 河野防衛相も疑問に思っている

今回が4回目である。

インクルーシブ
ブラックロック
アウトリーチ
ネガティブケイパビリティ
イリュージョン
エゴドキュメント
カタストロフ
デジタルデトックス
ソーシャルシティテーション
レバリッジ
ステイホーム
エッセンシャルワーカー
スカベンジャー
ソーシャルディスタンシング
インナーマザー
ネットリンチ
ファナティズム
アバター
ファナティシズム
アンビグラム
ブラックライブスマター
ソーシャルディスタンシング
ディスタンス
ブロックチェイン 
モテテク
バタリアンパターナリズム
サブスクリプション
ソシャゲ
ギグワーカー
キックオフイベント
GoToキャンペーン
ミソジニー 
ソジハラ
ワーケーション


7/31(金)晴れ曇り暑い変な転機 大曲中通病院 飯川病院ボランティア
 0:10起床,湿度高く朝が吹き出す。文献・新聞チェックその他。5:30可燃ゴミ提出、6:00収穫。7:35Taxi駅東口に。8:11こまち。往路徒歩、9:10大曲中通病院外来、結構混雑若干。帰路時間なく徒歩不可。13:40飯川病院、ボランティア、入院患者対応。第一生命スタッフ来訪、19:30帰宅、夕食、20:45就寝。歩数計積算1131歩。大曲外来iMac21途中から不調に!!起動せず。

新型コロナ(73) 東京五輪(5) 呪われた五輪(麻生副総理の弁)
 麻生副総理は、いつも本音を言って失言として問題視されるが、私は政治家としてふさわしい発言ではないが、内容的には概ね当を得ているから評価している。氏が3月18日の参院財政金融委員会で、東京五輪の推進側にありながら「呪われたオリンピック」と強調し、物議を醸した。
 
 2020年東京五輪は最初から諸問題が生じ、最近まで続いてきた。
―――――――――――――――――――――――――――
●スローガンには東日本大震災復興、実際にはそっちのけ、
●新国立競技場案の白紙撤回、
●エンブレム盗作問題、
●贈収賄疑惑、
●東京の激暑問題とマラソン会場変更、
●IOC、JOCの確執
●新型コロナによる開催延期
●などなど
―――――――――――――――――――――――――――

 五輪の構想は、2005年石原都知事の掛け声で始まった。理論もなく、ビジョンも何もなく、強引に主張し続ける老知事に、都も国も引きずられていった。

 16年の誘致計画は、幸い大差で敗れて私は一件落着、これで平穏が戻ると思ったのであるが、その後も誘致運動を続け、東日本大震災の復興をスローガンに掲げて2020年の誘致に成功した。誘致前には五輪神話はマスコミによって再演され呪文のごとく浸透していた。

 東北復興は招致のうたい文句だつたが、私など、災害を逆利用されたの感は否めない。

 それでも日本人はこの構想を支持した。平成の沈滞ムードの中で国民は、過去の五輪の再演によって輝かしい時代が再演されるのではないかと考えたのだろうか??  
 
 たしかに、建築関係者をはじめとして五輪需要で盛り上がっているだろうし、延期しても開催するべきだ、と望みをつなぐ関係者も多いだろう。

 いつたいなぜ、こんなことになつたのか。
 2020年東京五輪が「呪われ」ているのは、偶然なのか。私たちは根本で間違いを犯してきたのではないか???

 「オールジャパン体制」で運営に臨むとし、森・元首相を前面に押し出しが、誘致を言い出した石原元都知事、JOCの竹田元会長も含め高齢の関係者が多い。こんな方が上にいれば若手は力を活気できない。「オールドジャパン体制」と言い換えても良い。東京五輪と震災復興(2) 森元首相をトップに据えたオールドジャパン体制が問題


 中止や延期による損失はIOCも大きく被る。IOCの収入は5700億ドル、これじゃ延期や中止は考えないだろう。

 都はすでに関連費を含めると大会予算として計1兆3700億円を計上、延期した場合、人件費や広告などで数百億円の追加出費が必要である。 

 施設の維持管理費も年間10億円超とみられる。晴海地区の選手村は大会後にマンションとして一般販売される。入居開始予定は23年3月で延期になればそのスケジュールは幅に後ろにずれる。これにも経費がかかる。 

 JOCは大会関係者向けに都内のホテルを数万室を仮押さえしており、2000台のバスも借り上げている。中止や延期なら違約金などが発生する。
 
 ある経済学者は中止となった場合、総額6700億円の損失と試算する。 
 中止よりは延期の方がはるか被害が少ないことは自明の理ではある。

 新型コロナ蔓延のもとでの五輪開催への執着が、経済問題が主眼だったら、傷がより小さな状況を見極めて早めに決断すべきである。


7/30(木)快晴爽やかな1日 飯川病院院長不在で終日勤務 
 1:00起床、新聞・書籍データ化整理などいつもと同じ。院長大学病院受診のために飯川病院終日勤務。家内に同乗して出勤、外来対応なし。入院対応。微睡、読書、散水ほか。19:15帰宅、夕食、21:30就寝。歩数計積算6949歩。

新型コロナ(72) 東京五輪(4) 1964年東京五輪が果たした意味を振り返る
 新型コロナの世界的感染拡大を受け、安倍首相は3月24日に、東京五輪・パラリンピックの開催を1年程度延期し来年夏までに開催することを表明した。

 私は、当時も国際的にパンデミック増悪状態にある最中での1年延期の決断は根拠のわからない希望的判断と思った。新型肺炎(21) 国際協調(3) 東京五輪、私は2年延期がいいと思う

 その後も新型肺炎の経過は、日を追うごとに悪化している。にも拘らず、IOC、JOC、首相、都知事等々は次の決断、「更なる延期または中止」の表明をしない。

 私はここまで新型コロナウイルスの蔓延を見ながら、新型コロナ(71)に述べたように「2020年東京五輪は中止すべき」と考えを変えた。

 1964年の東京五輪は日本に転機をもたらした。それは明らかである。しかしながらもうその価値は失われている。
 2005年夏、それでも多くの日本人は2回目の東京誘致を支持した。五輪神話は熱病のようにメディアで再演され、呪文として機能する。平成の停滞ムードの中で国民は、過去の五輪の再演によって輝かしい時代を招来しようとした。しかしながら、それは幻想であった。
  
 1964年当時の日本は工業化途上の貧しい国だった。その時代だから価値があった。
 沖縄からスタートした聖火リレーは全国を周りナショナリズムの高揚に役立った。当時日米はその関係において転機を迎えていた。1972年沖縄はわが国に返還された。 

 「東洋の魔女」の異名をとつた日紡貝塚チーム、「マラソン銅メダリスト」の円谷選手をどうしても思い浮かべる。チェコのチャスラフスカの美技も素晴らしかった。
 当時、チェコは政治的に厳しい状況にあった。一方、国内では繊維産業には膨大な女子工員がいて多数の強豪チームが誕生したが、背景には労使関係の問題があり、「東洋の魔女」の輝かしい栄光は、不満のガス抜きの作用を果たしてしまった。
 円谷選手は福島の貧しい農家の末つ子、口減らしのために自衛隊に入った。彼は親譲りの律儀な性格を有しており、組織の期待とプレッシャーに耐えかね自死した。書 沢木耕太郎著 敗れざる者 1979 文芸春秋社(2) 円谷選手の遺書


 1964年五輪は殖産興業と寓国強兵策、日米関係を背景とした象徴的舞台であった。その舞台を、日本人は自分たちの復興と経済的成功の物語として受容してきた。

 この物語が平成時代に入ってほころび始める。多くの人はもう五輪は輝かしい時代の再来にならないと知っている。
 
 そのことを一部の為政者たちが再現しようとして2005年夏から運動を始め、2020東京五輪の誘致に成功した。 


7/29(水)晴れ暑い 飯川病院ボランティア 
0:20起床、文献新聞整理。8:00収穫、散水。家内はダリア切り花を持って出勤。居間の私用の事務用イスヘッドレスト外れ修理。12:12バス飯川病院ボランティア,
19:15帰宅、夕食、21:30就寝。歩数計8404歩。

新型コロナ(71) 東京五輪(3) 中止すべき
 新型コロナが発生してから6ケ月余、世界の感染者数はいまだにうなぎのぼり。
 対コロナ対策として人間が成し得ていることは未だに3蜜の予防だけ。現代の過密社会では社会的文化は3蜜によってもたらされているのだから、現実には予防すらも困難である。

 マスク、フェイスシールド、アクリル板・ビニールカーテンの遮蔽の効果は微々たるものである。
 治療薬はまだまだ不十分で有効なものはない。ワクチンは臨床実験が緒に就いたばかりで、まだ海のものとも山のものとも言えない状況にある。

 こんな状況の中、一年後に五輪が可能か??と言うと、私はできないと思う。
 IOC、JOC、首相、都知事等々は早めに決断すべき、と思う。

 先日スポーツの日を迎えた。私が購読している新聞の社説も五輪を取り上げている。
  以下に抄述する。
―――――――――――――――――――――――――――――――
 ■ 秋田魁新聞社説;東京五輪まで1年 コロナ克服する大会に
 (これは共同通信社発の記事だろう。中止への視点はないようだ。)
 五輪はスポーツを通じた平和の推進、肉体や精神の限界への挑戦などを目的とする。東京五輪・パラには東日本大震災からの復興を世界へ発信するという狙いもある。さらに世界の人々が力を合わせて新型コロナを克服する機会にするという新たな目標が加わった。
 困難だが価値ある目標であり、ぜひ開催を実現したい。

 ■ 朝日新聞社説;延期五輪 開催の姿を問い直せ
 社が行ったの世論調査で「来夏に開催」との答えは3分の1。懐疑的な空気は開催者側から打ち出されるメッセージの貧困、IOC・JOCの不協和音だ。それが五輪自体への嫌悪感を生んでいる。五輪改革に踏み出した大会としての遺産にすればいい。

 ■ 日本経済新聞社説;感染防止と簡素化が要の東京五輪
 IOC、JOCは観客数を削減することを選択肢として認めた。
 開催する従来の計画を維持すると言う。大枠が踏襲できたことは評価したいが、課題はまだ山積している。開会式や競技会場での社会的距離のとり方や、検疫体制にも不安がある。安心な環境を提供できるかどうかが、大会の成否のカギとなってくる。

 ■ 毎日新聞記者の目;中止やむなし?東京五輪
 中止の可能性についての意見が掲載された。

―――――――――――――――――――――――――――――――

 昨年の今ころ、私が感じていた開催の問題点は、以下の項目であった。
 ■ 復興五輪の面影がない、■ 肥大化した大会そのものの運営、■ 競技チケットの第1次売り出し、■ 訪日観客やボランティアの問題、■ 関係者への情報伝達、■ 酷暑への備え、■ 日かげの確保、■ 飲料の提供、■ 救護体制など、■ 円滑な輸送、■ テロをはじめとする警備、安全確保、■ 期間中前後に異常気象との遭遇もありうる・・・、などなど。

 しかしながら今年に入って事情は一変した。
 新型コロナ蔓延に関連しての是非が第一となった。上記に挙げた問題点など、今から見ればちゃちな心配に見える。

 感染に関することが第一になった。
 新型コロナからいかに「いのち」を守るか、社会的「いのち」を守るか、「五輪が世界の感染事情を悪化させないか」、が主眼となる。


7/28(火)夜半から雨午後から晴れ 中通病院外来 飯川病院  
1:00起床,文献整理。本読み。雑誌データ化。5:00可燃ごみ提出。右大腿に刺し傷、何か刃物?? 6:40降雨にてレガシー飯川病院。8:45-12:50外来。13:15飯川病院、14:00-18:45勤務、19:15帰宅、夕食、21:00就寝。積算8983歩。

新型コロナ(70) 東京五輪(2) 再び一年を切ったが開催は無理、中止すべき
 私は今淡々と生きている。曜日ごとに出勤する場所が異なるために曜日だけは間違わないように意識している。変わったスケジュールも特になく、予定表とか暦はまず見ることはない。

 7/23(木)は海の日祝日、7/24(金)はスポーツの日祝日であった。これに気づいたのは7/21(火)でびっくりした。私は5連休になっていた。

 なんでスポーツの日が7/24(金)なのか?? スポーツの日は10月でなかったのか!!!
 これは2020年五輪の開催日とのことでこの日に変更になったらしい。
 私は五輪に関心は乏しい。だから気がつかなかった。

 安倍首相は3月24日に、東京五輪・パラリンピックの開催を1年程度延期し来年夏までに開催することを表明した。
 私は、当時も国際的にパンデミック増悪状態にある最中での1年延期の決断は根拠のわからない希望的判断と思った。
 五輪の延期は史上初。

 私は五輪に関心はない。五輪の経済効果などには関心はある。延期だけでも経済界・産業界は大きく揺れている。

 今回の新型コロナの流行で、1月下旬には今年の五輪の開催は無理でないか、少なくとも2年は延期すべきだろうと私は当ブログに記載した。その後も新型肺炎の経過は、日を追うごとに悪化している。
 それから約5け月、新型コロナは終息どころかより悪化している。にも関わらず、IOC、JOC、首相、都知事等々は次の決断、「延期または中止」の表明をしない。

 私はここまで新型コロナウイルスの蔓延を見ながら、「2020年東京五輪は一旦延期したが、中止すべき」と考える。

 前例がないだけに、新型コロナは予想外の問題、中でもウイルスの強毒化もありうる。世界経済も五輪どころではなくなる可能性もある。

 来夏に延期となった東京五輪・パラリンピックの開幕まで先日また1年を切った。収束の見通しが立たず、世界中から選手団と観客が集まるスポーツの祭典はかつてない難局に直面している。

 感染拡大が続く中、選手や観客の安全を保証できるのか。


7/ 27(月) 終日降雨  健康クリニックドック 飯川病院
1:20起床。文献処理他録音データ整理。降雨あり、レガシーで出勤、と思ったが若干晴れ間あり、6:47バス飯川病院着、9:00~11:45健康クリニックドック14名+結果判定15名、12:00飯川病院、傘あれ度用いずやや濡れる。本読み微睡、14:00~19:00飯川病院勤務、夕食、21:00就寝。歩数8155歩。

ラジオ好き2020(4) ラジオ深夜便は私の先生

 私は早寝早起きである。大体は1:00am頃起床する。
 起床するとまずAMラジオにスイッチを入れる。音量は蚊が飛ぶ程度、ちょっと離れると聞こえない程度に絞っている。私にとってこの状況がいい。せっかくの静かな時間を音で乱したくない。

 1:00am以降はNHK-FMでも同時放送されるから、別の装置で3時間分デジタル録音しながら、耳元のAMラジオを聴いている。5:00am以降は引き続き「朝一番」を聞く。これもいい番組である。

 私が聞くラジオ深夜便は主に1:00am、3:00am、4:00am以降の3番組である。
 @ 1:00amからは毎日テーマが変わる。好きな落語もこの時間帯。
 @ 3:00amからは日本の歌シリーズ。戦前から現在に至るまでの流行歌。
 @ 4:00amからは明日への言葉。各界で活躍される方々のお話である。

 ラジオ深夜便はもう30年も聞いている。
 番組の案内役は20名ほどの、ちょっと旬を過ぎたベテランアナウンサーが担当している。そのため声も落ち着いていて、話す速度もゆっくりしていてとても聞きやすい。

 録音は2008年以降、自動録音機を用いているので取りこぼしがない。インデックスも作っているのでパソコンを通じて検索をかけるとすぐに取り出して聞くことができる。1日3時間、12年間分の蓄積だから総録音時間は1万3.000時間にも達している。録音データはパソコン、iPad、iPod、iPhone8に移して通勤時や外作業時にヘッドフォンを介して聴いている。

 ラジオ深夜便の録音を振り返ると私の生きた足跡を振り返ることになる。
 この番組をきっかけに興味の分野が広がった。適宜、書籍や文献を購入し更に深く学んでいる。
 だからラジオ深夜便は私の先生でもある。

 ラジオのメリット、特徴
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 ■ 例えれば、集まりたい人が集まる気楽な広場という感じ。TVは舞台。
 ■ 司会者が番組を一層面白くする。
 ■ 何かをしながら聞く、構えて聞くものではない。
 ■ 1対1の共感のメディア。時間の贅沢を感じる。
 ■ 映像がないだけに聞く人の想像力を掻き立てる。ある意味では読書と同じ。
 ■ 一瞬で消えないように録音を通じて音声を固定している。何度も繰り返してき聞く機会も少なくない。
 ■ 災害時の情報蒐集に適している。
 ■ などなど
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 私はTVは小学の時から性に合わず忌避し続けている。
 ラジオ生活は今後も続く。


7/26(日)?晴れ 暑い30度予想 今季最高か(実際は29.6度)
1:00起床、書類、読書などいつもの如く。野菜収穫。午前ガレージ2F掃除整頓。13:30盛岡の廃品回収業者「岩手の便利屋さん」来訪、金属製品、パソコン、ラジカセなど依頼。メインは75cmの熱帯魚用水槽、トータル8.000円。その過程で古い音楽関連の書籍発見、また楽しめそう。午後、暑くて外仕事には向かない。久々書斎整理、新聞チェック、データ整理、本読みなど。町内会関連行事「おどっこ祭り」、「外旭川夏祭り中止」の報告。19:00夕食、21:00就寝。歩数8588歩。

ラジオ好き2020(3) AM好き AM放送は無くなるかも
 私はラジオが好き。しかも、AM放送の愛好者である。70年のキャリアがある。鉱石ラジオの時代からである。
 
 それが、2028年までにAMをやめてFMに切りかえられる制度にしてほしいと日本民間放送連盟が昨年3月末に総務省に要望した。
 
 AM放送は遠くまで電波を飛ばせる特性があるが、高層ビルが増えた都市部では聞こえにくくなっている。鉄筋が多いビルではシールド効果のために電波の状態が悪くなかなか実用的にはならない。

 さらに このAM波の送信所はより広い土地が必要で海辺や河川敷にあることも多いから水害や洪水にも弱い。そのため、2014年から国が補助金を出してAM47社のうち44社が番組をFMでも流す補完放送(ワイドFM)をすでに行っている。NHKでも1:00am-5:00amはFMでもおなじ番組を放送している。

 しかしながら、このままAMもFMも放送し続けるは費用の二重負担になって経営が苦しいラジオ局は困っている、という。 

 AM放送局の広告収入は年々減っている。ピークであった1991年は2.040億円あった広告収入は2017年度は797億円まで減少している。築50年を超えた古い送信所を抱えている局もあり建て直しは困難。だから簡易な設備で放送できるFMに切り変えたいとする局が多い。

 したがって、FMに切り変えることを国が認めると多くがFMに移行すると考えられる。ただ、北海道のように広く電波を飛ばす必要がある地域では民放のAM局も残りそうである。NHKは放送法で両者で放送することが義務付けられているから今後も続けることになる。

 AMは国境を越えて届くので周波数や出力で調整しているが、国内でAMが使われなくなると諸外国からの電波が押し寄せて来るのではないかと思われる。

 AMのFMかはあるとしても2028年と考えられるから私には関係なかろう。今はAMラジオでもネットラジオでも問題なく楽しめているから十分である。


7/25(土)?曇りのち快晴 
11:30飯川病院起床、新聞や文献読み。データ整理。途中微睡とる。9:00レガシー帰宅。
新聞入力、キウリ、茄子トマト収穫、本日も暑予想、ダリア順調。レコード廃棄どのスペース利用し、居間の箱など整理。午後は微睡ごガレージの2F 整理。読書中心。19:00夕食、20:30就寝。徒歩11410歩。

ラジオ好き2020(2) ラジオは出演者と距離が近い
 私は、ラジオ、TV、ネットの中ではダントツにラジオ派である。しかも、聞くのはNHK-AMだけ。申し訳ないが民放に選曲を合わせたことはない。
 定期的に見るTV番組は19:00のNHKニュースだけ。昨年までは日曜日ののど自慢を楽し見にしていたがコロナ以降放送がなくて寂しい。

 ラジオはほとんとスイッチを切ることはない。
 居間や書斎では耳元にラジオがあり、蚊の泣くようなヴォリュームで常になっている。早朝起床すればスイッチを入れ、出勤時に切る。午後は飯川病院で過ごすがラジオはパソコンから小音量で流れている。

 ほぼつけっぱなしだから重大事件の速報など、阪神淡路大震災の第一報、やまゆり園の殺傷事件など最初から聞けた。ケネディ暗殺の第一報にも接した。

 最近ラジオの機能が向上した。
 AMはかつては雑音、混信が多く、音声もクリアではなかった。FMは音質はいいが電波状態が不安定で高機能のアンテナが必要であった。
 これがここ数年で一気に質が向上した。AM自体が進歩したというよりは、既存の放送局がインターネット上で電波放送と同内容の音声、内容を配信するようになったからである。

 電波放送と同内容を流しているからサイマル配信と呼称される。
 このサイマル配信は「NHKネットラジオ らじる★らじる」や民間放送共同出資の「radiko」がある。
 NHKらじるらじるを通じてAM第一、第二放送、FM放送を聞くことができる。従来の電波による配信でなくインターネットを介する配信なのでスマホやパソコンでもラジオを聞くことができる。これが混信などなく、とても音質がいい。

 ラジオという媒体は不思議だ。受けとめ手に相手の顔は見えないのに、TVなどよりもずつと距離が近い。
 ラジオの放送は視聴者の耳に静かに語りかける。TVほどうるさくない。おそらくカーラジオで聞いている方は多いと思われるが運転に支障になることはなかろう。この点、TV、DVD映像を見ながらの運転は危険である。

 私は連日、深夜番組「ラジオ深夜便」を聞いているが、出演者とまるで一対一で語り合っているかのような親密さが生まれる。TVでは得られない不思議な親密感が生まれて来る。
 この親密感はなんなんだろう、と思うのもしばしばである。


7/24(金)スポーツの日 早朝降雨快晴暑い 飯川病院日当直
1:10起床,文献・新聞チェックその他。5;00可燃ゴミ集積所に、8:40レガシー飯川病院、9:00日当直、新聞スクラップ、読書、文献データ整理。12:00検食、入院患者は落ち着いている。微睡などのんびり。18:00件食後、読書文献、データ整理など。20:30就寝。徒歩13.788歩。

ラジオ好き2020(1) NHKラジオ日曜討論 各人が被災者に見舞いの言葉を述べるのはやめよう
 私が好きなラジオ番組の一つにNHK第一放送、最近は第一放送ではなくR1放送と呼ぶらしいが、9:00amからの日曜討論がある。

 毎回我が国が迎えている政治・経済・社会が抱える困難事項、話題など取り上げ、各界の責任ある立場の方々が出席して討論する番組で、生番組である。NHK-TVでも同時に放映される。

 この番組は討論番組としては決して面白いものではない。発言者が各界の代表の立場で出席しているために言葉を選びすぎる傾向が強い。NHK的おとなしい表現になる。そのため、物事の核心や急所に触れず、もどかしい。「隔靴掻痒」の感がある。

 民放の同様の趣旨の番組の場合には、日曜討論ほどの人材は集まらないが、それだけ自由な発言があり勇み足あり、本音も見え隠れし、むしろ聞きごたえがある。

 最近の話題としては新型コロナ関連、北朝鮮、韓国、中国、米国をめぐる国際問題が中心であったが、今月初頭からは熊本県を中心とする豪雨による自然災害が話題になった。

 このような場合、出席者はまず「被災に遭われた方、お亡くなりになられた方に・・・」と見舞いの言葉を述べるのが常である。立場上こういう言葉を述べないわけにはいかないことは理解できる。

 しかしながら、貴重な討論番組の時間を確実に侵食する。
 このような見舞いの言葉は、司会者が一括して「本日ご出席の方々の気持ちです・・・」と代表して述べれば一度に済む。
 討論は5-10名ほどが出席するから各人が別々に見舞いを述べると時間の無駄である。しかも、各人が濃厚に気持ちを表そうと工夫して述べるから表現がだんだん濃厚になり、時間も長くなる。

 「そんな挨拶を聞くために聴いているのではない」と私はいつも思う。
 司会者はそのためにいるのだ、と私は思う。

 是時とも改善していただきたい。そして、討論の中身をもっと充実させてほしい。 


7/23(木) 海の日祭日 早朝降雨午前から快晴
1:00起床、新聞・文献・本読みなどいつもの如く。8:00微睡、10:00本読み中心に。13:10-16:00庭周辺草刈り、今回のサイクルは一応終了、疲弊した。本読みなど、新聞スクラップ。19:00夕食、20:50就眠。歩数計12.622歩。

終活2020(2) 私のアナログオーディオ それはSPから始まった
 我が家の祖父は新し物好きだったらしい。
 ゼンマイ式の蓄音機が2台、電蓄が一台あった。私は小学校以前から半ばおもちゃ代わりに遊んでいた。童謡のSP盤も20枚ほどはあった。

 小学一年時の火災ではこれらは焼失を免れたが小学高学年で機能を失い機器は分解して廃棄、機械分解の面白さを知った。SPレコード200枚ほどは畑で燃やした。黒煙がすごかった。

 音楽に目覚め、最初のLPレコードを購入したのは中学1年の時。忘れもしないヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮の「運命」、ウイーンプロムジカ管弦楽団の演奏。以来コツコツと収集した。社会に出てからは自由になるお金の大部分がレコード・オーディオ機器に費やされた。結果的に2.500枚程度あったが、50代を前に自分の耳が「違いがわからない」ことを自覚してオーディオ機器の更新やレコード収集をやめた。500枚ほどは知人に差し上げた。
 現役を引退した時に全レコードを聴きなおそうと思ったが、時間的に無理で早々に諦めた。

 大阪の某業者から電話連絡があったのを機会に全てのレコードの廃棄を決めた。

 6月15日業者が引き取りに来たがレコードとしての価値を認めてくれなかった。塩化ビニールの板としての扱いであった。私の60年にわたる、いや、SP時代からのことを入れると70年に私の円盤生活はこの日を最後に100%終止符を打った。ターンテーブルも廃棄したから。

 一枚一枚のレコードに購入時の、聴いた時の思い出が刻まれている。ほとんどが記憶に残っている。2.000枚に及ぶレコードはインデックスは作っていなかったが、収納場所に一定のルールを作っていたから探し出すのに苦労したことはなかった。よく管理したものである。レコードに対する思い入れはCDとは比較にならない。

 ここ10年ほど、就活として蔵書のほとんどを電子化した。CDも全てMP3化した。書籍やCDは廃棄されたとはいえその内容は電子データとして呼び出して読んだり聴いたりすることができる。だからかりそめの廃棄である。

 LPレコードはCD化も、MP3化も不可能では無い。しかし、私のLPレコードへの思い入れは思いのほか強いかっただけに、逆にその形を変えてまで維持しようとは思わなかった。どうせ私も死ねば無になるのだ。
 そういうことで私のLPレコード生活は先日アナログのまま終焉を迎えた。

 レコード購入に費やした経費は500万円近いだろう。物品としては住宅、書籍、自動車、パソコンに次ぐ位置だろうか。

 レコード生活を通じて私は音楽的に素晴らしい体験した。幸運な人生でもあった。
 でも、真の音楽の喜びは録音などでは決してえられないことも確かであった。


7/22(水)早朝午前雨、午後時々晴 飯川病院ボランティア
1:00起床、新聞・文献・本読みなどいつもの如く。午前フリー、12:07バス飯川病院。検食、微睡、読書、入院外来患者対応。19:30帰宅夕食、20:50就眠。歩数計11701歩。読書三昧に近い一日。私は当直一回あるが本日から5連休となる。

終活2020(1) アナログ音源と完全決別 レコード・ターンテーブル全て廃棄
 7月11日、「レコードとかオーディオ製品、楽器とか、手放そうと思っている貴重品はありませんか?」という電話がかかってきた。

 現在、私は終活中で、形あるものは積極的に処分しつつあった。オーディオに関しては大型のタンノイスピーカーなどは昨夏に処分したが、レコード約2.000枚、ヤマハのターンテーブル,オンキョウのアンプだけは残しておいた。
 薬学を学んでいる知人の息子が2年ほど前に興味を示して我が家を訪れたことがあって、将来的には彼の元に全て託そうと思っていたが、その後は連絡がない。気が変わったのだろう。音楽を聴くのに何もレコードにこだわることはない。
 2年も待ったのだからもういいだろう。

 降って湧いたようないい機会が訪れた、と考えこの機会に全て処分することにした。

 7月15日、打ち合わせ通りに若いスタッフが我が家を訪れた。なかなかイケメンの青年であった。
 聞くところによると、大阪の「Best」という会社で、全国を回って物品を集めている、のだという。このスタッフは日本海側の県を周り、もうひと月以上も会社には帰っていないとのこと。回収した物品は一定程度集まると社の方に送るのだ、という。

 レコードは単なる塩化ビニールの円板ではなく、私にとっては音楽的記録を伴う文化資産である。単体のレコード1500枚ほど、バッハ、ビヴァルディ、モーツアルト、べートーヴェン、ブラームス、マーラー、ブルックナーその他セット物の全集を500枚分ほど保存してあった。
 私から見て生涯追求してきた貴重な財産であった。

 いくつか幾分かの金銭的価値が評価されると思っていたが、一般的にはほとんど無価値に等しいのだ、という。特にセット物の全集はほとんど取引の対象にならない、という。それでも引き取ります、という。
 私は些かショックを受けたが、秋田でいる限りそう引き取ってくれる業者もない。ネットオークションに出品すれば一定の値段はつくだろうが、これも性に合わないし、億劫である。

 終活なのだから、まず処分することが優先である。次世代の家族は「レコードには興味もないから全部処分してから死んで!!!」とクールな反応である。
 私は「ひき取ってくれればそれでいい」と瞬時に発想を切り替え、全てのレコードとターンテーブルを運び出した。
 玄関に並べたレコードは壮観であった。


7/21(火) 早朝から小雨 外来  飯川病院 プリウス板金塗装終了
0:30起床、文献読みなど。5:15可燃ゴミ収集所に、畑庭収穫ほか。7:00バス飯川病院。新聞チェック。8:45-13:00中通病院外来。13:20飯川病院、微睡。14:00-19:15勤務、入院患者対応など。歩数計12682歩。プリウス板金塗装終了、25万円+消費税。19:30帰宅、夕食、 21:30就眠。

プリウス板金塗装終了 55年の車生活の中で初めての板金金塗装修理
 6月30日に板金塗装のために引き取られていったプリウスが本日終了し戻ってきた。とても綺麗になった。古い型ではあるが新車??と見紛うような車体となった。

 このプリウスは初年度登録が平成15(2003)年9月だから17歳と古い製品である。


 プロの手で板金塗装したのは、私の約55年クルマ生活の中で初めての経験である。
 今まではマイナーなキズや凹みは自分で板金(?)し,塗装していた。私の技術などは取るに足らないが、剥げ落ちた塗装をそのままにしておくと金属の錆に繋がるからそれを防ぐ意味は大きい。大きく凹んだ部分は内装をいったん剥がし内側から叩いて直した。もちろん毎回うまくいくわけではなかった。
 塗装は似た色調の車用の応急塗料液を、範囲が広い場合には一般のスプレー式の塗料を用いた。同色の塗料が見つかるわけでなく、間に合わせ的なものを用いたから、私の車は徐々にツートンカラーになっていた。

 私は他にもう一台所持している。現役時代は緊急呼び出し対応用に必要だった。スバルレガシー4WDで、初年度登録が平成10年7月だから22歳と古い製品である。

 6-7年前までは家内がレガシーを、私がプリウスを用いていたが、レガシーが傷だらけになり、調子も悪くなりかかってきたので家内の要望で交換して用いてきた。
 交換時にはプリウスの車体には目立つ傷はなかったが、徐々に増えてきた。家内は駐車時とかに不注意が多い。角やポールにこすている。自分がつけた傷だから苦情は言わなかったが、傷だらけの古い車には引け目を感じていたらしい。ダメ押しは正直な某看護師に「ひどい車!!!」、「新車を買ったら??」と言われたこと。

 私は、現在機能的には何ら問題がないから新車購入などハナから考えない。板金塗装を提案したら、家内は珍しく素直に受け入れた。
 行きつけの修理工場に相談したら「ひどい状態ですな!!! 本来ならバンパー、ドア交換です。それをしない場合は屋根を除く前後左右の板金と塗装が必要、修理期間は約ひと月、費用見積もりは30万円」であった。

 結果として、3週間で完了、費用は25万円+消費税で済んだ。

 それにしてもプロの技術は大したものである。改めて感心した。
 いつまで綺麗なままで維持できるか??大事に乗って欲しい。修理前は小さい傷が増えたってどうってことはない、と鷹揚に構えていたが、より心配になっている。


7/20(月) 晴れ 健康クリニックドック  飯川病院
0:00起床。文献処理。新聞チェック。録音データ整理。7:00検食、9:00-12:00健康クリニックドック診察14名、判定15人。結果説明1人だけだが対応に難渋45分も。12:15飯川病院に移動、微睡、14:00-19:00勤務、検食14:30。20:00次男宅経由帰宅・夕食、21:30就眠。Σ10223歩。

新型コロナ(60) 数々の保障策
 一般会計の歳出総額が31兆9千億円の2020年度の第二次補正予算算が成立した。これを受けて大規模な経済対策が策定された。
 4月末に成立した一次補正予算25兆7千億円と合わせれ新型コロナに対応し経済対策が出来上がった。

 以下のごとくの保証がなされることとなった。
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一般家計向き補助
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■特別定額給付金       全国民対象一律10万円
■子育て世帯への給付金    児童手当の支給所帯に子ども1人当たり一律1万円支給 
■一人親世帯への給付金    第1子5万円 第2子以降は3万円支給
■住宅確保給付金        賃貸住宅に住みつ続けられない人に家賃相当額
■緊急小口資金の貸し付け   一時的資金が必要な最大20万円 条件によっては返済免除
■総合支援資金の貸し付け   失業した所帯などに最大60万円 条件によっては返済免除
■国保料・介護保険料減免   収入が3割以上減った所帯の保険料軽減
■困窮学生への給付金     最大20万円。それ以外は10万円支給
■電気ガス水道料金猶予    収入滅で支払いが困難になった所帯に期限延長

――――――――――――――――――――――――――――――
企業向き補助
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■家賃支援給付金       ひと月当たり最大100万円
■持続化給付金        収入半減の中小企業に200万円。個人事業に100万
■雇用調整助成金特別措置   解雇せず雇用維持に努めた中小企業に全額
■衛生環境激変対策拡充    売り上げ10%以上減少旅館などに3000万円
■法人税・消費税など納税猶予  収入2割以上減の企業に1年間猶予

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 新型コロナ対策費用は全額借金に頼る。まさに危機的状況であるが、これに対し危機的状況だからか与野党から大きなクレームは出ていない。

 日本の運営に必要なお金に対し、税金収入が少ないために国債を発行して、主に日本国内から資金を調達し補填している。

 令和元年度末の借金の総額は897兆円。日本のGDPの約2.37倍。日本の借金は先進国中で最大。約23%を過去の借金返済に充ててい る。
 
 国民1人当たりの借金は約713万円と計算される。人口減少、少子化・高齢化という決定的な危機が迫ってきている中、次世代がこの借金に耐えられるか疑問である。国は最終的に財政再建をどう考えているのだろうか。


7/19(日) 早朝から降雨 午後から晴れ 
0:30起床。降雨、遠雷あり。読書、データ整理他。自炊、新聞切り抜き、9:00ドアにネコ用小ドア装着2Fの。座学、読書。午後はネギ周辺の草むしり、土かけ。ダリア茎補強。夕方微睡。今年はモモ・リンゴの結実が少ない。昨年はたわわ過ぎたのに。19:30夕食、21:00就寝。Σ7157歩。

新型コロナ(68) 数々の保障策が揃ったが、わが国の財政はどんな状態にあるのか

 私は従来から国の借金体制に対して不安と不満を感じてきた。為政者たちは何を考えているのか、ずっと疑問に思ってきた。

 現状で我が国は巨大な借金を抱えているだけでなく、我が国は経済・産業界の活力を失い国際競争力は低下している。だから、外貨が稼げない。
 国内においては、少子高齢化、人口減の一層の悪化にあることから、将来的に税収入は減少していき、借金の返済の機会があるとは考えられないからである。

 これらの借金を額が小さいうちから返済し始めなければ返済不可能な事態に陥ると危惧していた。

 そこに、本年初頭から新型コロナ蔓延が始まった。リーマンショック以上の大事件である。
 2008年9月、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズ・ ホールディングスが経営破綻し、連鎖的に世界規模の金融危機が発生。各国ともに経済的に大打撃を受けた。この時も厳しかった。

 新型コロナが及ぼす経済危機はリーマンショックのレベルを優に越す。
 半年以上経過したが、まだ世界的に感染者数は増加し収束すらできていない。世界の感染者数は1.356万5.020人、死者は58万4.385人。日本での感染者数は24.000人、死者1.000人超となった。再び正念場を迎えている。
 何しろ決定的な対コロナ策がないからである。

 蔓延対策は今の所、人の移動の抑制、三密の回避程度しか功を奏していない。アクリルの感染防止カーテン、フェイスガード、マスクなど、感染防止効果は知れたものである。やらないよりはいい、という程度。特に夜の街などではガードをつけていては何も楽しいことはできない。

 こういう状態では社会的活力は低下する。保障を伴わない休業要請などは憲法違反に当たるとのことだから、休業要請を出す以上補償は必須である。

 一人一律10万円の支給の意義はわからなかったが、これだけでも国は12兆円負担した。私にも入金があった。岩手の復興資金に用立てた。

 今回、新型コロナ禍で対策費を出し惜しめ政権は転覆し、歴史的にも禍根を残すだろう。止むを得ない措置と思われるが、次世代に負わせる借金であることには変わりがない。


7/18(土)? 晴れ暑い・今期最高か 散髪 畑園芸作業中心に  
0:30起床。読書、データ整理他。自炊、新聞切り抜き、村山・初恋など。6:00散水、8:00草刈り開始。9:00散髪、10:00午前は草刈再開、7割方終了、胡瓜収穫、トマト初収穫。昼食後微睡。梅収穫梅干し用。庭の作業追加、草刈り4周目だろうか。作業用椅子修理、散水、読書。19:00検食、20:30就寝。Σ16070歩。

新型コロナ(67) いのちと経済(3) 相互にトレードオフ関係にある
 トレードオフとは、何かを達成するためには何かを犠牲にしなければならない関係のこと。今、世界を悩ましている最大の問題は新型コロナである。経済優先か、人命優先かの関係のことである。

 ジョン・ホプキンス大学の7月16日のまとめによると、世界の感染者数は1.356万5.020人、死者は58万4.385人となった。このうち米国の死者数が最多で13万人を超えている。
 日本では、15日時点での感染者数は23.102人、死者は985人である。都心部の1日当たりの新たな感染着が240人を超え、再び正念場を迎えている。
 
 諸外国と氏べると日本の死者数は少ないとはいえ、命の重さ、大切さに変わりない。

 ■ トランプ大統領の新型コロナ対策を巡って考えられること

 米国の死者数は突出しているが、コロナ対策の失政をトランプがそれほど責められているようには見えない。国民性もあろう。
 トランプは功利主義である。されど功利主義も万能ではない。少なくとも合理性を軽視すれば不幸は増える。米国の現状はまさしくそのように見える。

 ここで明白なことは、経済活動の再開によっ新型コロナ感染者は増加し、死亡率が上がるとい点である。つまり、経済と生命はトレードオフ関係にある。
 つまり、経済と生命という2者択一の決断が求められている。経済を無視し、人の行動の制限に走れば感染は制御され、人命が助かるが、社会が死ぬ。

 トランプ米大統領は、都市封鎖を解除すれば新型コロナによる死者が増加することを知りながら、経済優先の政策をおし進めている。

 氏の経済優先の政策が再選に有利に働くとしているからであろう。米国内の黒人やヒスパニックの死亡率は、生活環境も恵まれておらず、十分な空間の維持も困難で、白人よりも感染率も死亡率も高いことが判明している。
 しかし、これらの多くは、トランプ支持層ではない。だから、選挙にはあまり関係がないと、トランプ氏は読んでいると思われる。
 つまり、トランプ氏は国の経済と人命とを天秤にかけ前者優先の政策を推し進めているのである。言い方が悪いが、大統領再選のために人命軽視の政策を推し進めている。          

 一方、我が国では「人の命は地球より重い」という言葉がある。この言葉は1977年、ダッカ日航機ハイジャック事件に際し、当時の福田赳夫内閣総理大臣がこれを引用して、要求された身代金を支払い、「超法規的措置」として、収監メンバーなどの引き渡しを行った。
 一躍有名になった言葉である。その意味することは時代とともに様変わりしているが、典型的非合理的政治判断であった。世界はその姿勢に驚き倒れた。

 我が国の政治家たちに対しては、新型コロナ対策においては、粘り強く、科学的な、合理的判断を求めていきたいものである。 


7/17(金) 晴れ/快晴  大曲中通病院外来  飯川病院ボランティア
1:00起床。文献など読む、録音データ整理。5:00可燃ゴミ、枝葉など廃棄、キウリはピーク。7:35Taxi駅東に、8:11こまち、9:15-12:15大曲中通病院外来。復路徒歩できずTaxi 。14:00飯川病院ボランティア。微睡、15:30友人医師来訪歓談。読書、新聞チェッ ク。散水。19:30帰宅・夕食。21:00就寝。Σ13458歩。書籍自炊日経メディなど進める。

新型コロナ(66) いのちと経済(2) GoToトラベル
 私は新型コロナ禍の「感染予防と経済のバランス」について考えるとき、いのちの危険と数秒の単位で勝負を争うカーレース、フォーミュラーカーの運転技術のことを思い浮かべる。
 ここではブレーキとアクセルを同時に繰る「ヒール&トウ」の高度の技術が使われる。事前に迫る危険性と展望性を道路の状態、車の調子、他車との関連情報を瞬時に得て微妙にコントロールしなければならない。この際、判断に要する時間が十分に短いことが必要である。ほぼ瞬時である。そうでなければ自分が繰る車はめちゃくちやな動きをしてしまう。 
    
 これを感染対策に当てはめるならぱ、感染の広がり方のデータを細かく、素早く政策に反映させることが大切である。変化が確認された際には即座に対応する準備を重ねておくことが肝要である。 

 新型コロナ感染のコントロールは、きめ細かな方針の調整が必要。
 新型コロナの感染状況は地域差が大きいために対策は小さく分割すべきであって、間違っても「全国一律一斉休校」といった様な、雑な対応をしてはならない。この対応が日本の経済をダメにした根源である。
 ただ、この経験は非難することではなく、今後の対策に生かす為の貴重な経験である。何しろ、緊急事態宣言の前後、感染症の専門家は「人との接触を80%抑制しなければ感染は拡大し、わが国でも40万人の死者が出る・・・」などと述べていた時期である。 

 かつて日本に「エイズ患者」が初めて診断された1985年当初、感染症専門家の一部は急速な蔓延予想を示して国民に恐怖を与えたが、新たに見つかるHIV陽性者は毎年1500人程度。日本国内のHIV陽性者の数は2万5千人前後と抑制された状況で推移している。
 専門家と政治家の立ち位置は、内容によっては大きく異なっても止むを得ない。

 新型コロナは緊急事態宣言が解除された以降、首都圏での感染の再拡大が報じられているが、政府は「GoToトラベルキャンペーン」で経済の賦活を図ろうとしている。しかも全国的規模で。それが感染拡大の危険性を指摘されて急遽、「東京から地方への旅行の場合の特典」を中止した。これは東京の感染を地方に拡散する可能性が高いだけに当然の処置である。

 経済活動の賦活は、感染が少ない地域の中で、感染者数を監視しながら徐々におこなっていくべきだろう。結果を見つつ範囲を広げるのがいい。もし、悪化したら即座に方向転換する。こうした細かなコントロールをしながら感染者数の抑制を図るべきである。
 いま東京から感染者が地方に拡散すると地方の医療は崩壊する。経済活動は一層低迷する。

 国は、また地方も、新型コロナの休業補償などで経済的余力はなくなっている。

 私はこの辺の状況はよく分からないが、「GoToトラベルキャンペーン」は時期的に見て、地域の感染状況を見て全国一律の計画としてはちょっと時期が早かったのではないか?と思う。


7/16(木) 快晴 夕方から降雨 外来 飯川病院
1:00起床。新聞・文献等。8:00庭掃除、縁石掃除、11:50バス飯川病院に、読書、微睡など。14:00-18:45勤務。本日家内勉強会、Taxiにて書店経由で帰宅。19:30帰宅、夕食。21:00就寝。歩数計12395歩。書籍データ化。昨年、京都で放火30人超死亡。

新型コロナ(66) いのちと経済(1) 即座に、かつ微妙なコントロールを要する今後
 私はいつも強調しているのであるが、私どもは新型コロナ対策に何も決定的な対抗手段をまだ持っていない。
 我々の行動制限しかしていない。細かくは、■ 3密の回避、■ 集団行動の回避、■ 広域異動の抑制程度である。

 これらは感染症予防対策としてかなり初歩的な、消極的な予防法であったが、緊急事態宣言のもと一定の効果をあげた。
 しかしながら、その中でわかったことは、行動制限はいかに個々人に対してストレス蓄積の原因となっているか、かつ、社会的経済状態の悪化をもたらすか、ということであった。
 それだけ人間は社会との関わりを持たないでは生きられない生き物になってしまったかということである。

 緊急事態宣言が解除されて約1ケ月、最近の新型コロナ感染の拡大は私たちに再び緊張感を強いている。
 個人の健康上の問題だけではなく社会に及ぼす影響も大きい。
 私たちのちよつとした行動が自分の健康や社会に不利益を与えるかもしれない。
 しかもそれは不確実性が高い。にも関わらず、時には特定の個人に非難が集中し、人権侵害も起きている。

 感染症のリスクは、■ 直接「人間の健康」を損なう。■ 社会経済的な不利益は「人の生活基盤を破壊」する。このことは間接的に人間の命を奪いかねない。

 これらの調整をどう取るのか、問題は深刻な意味を持つ。
 国や自治体の長の迅速、正確な判断は重要である。

 私たちは個人的にも究極の選択を至るところで迫られる。一体どう判断すべきなのだろうか。 

 たとえば先日、イベン卜の参加人数の上限が緩和された。それによって救われる多くの人たちがいる一方で、不用意に参加すれば確率的に低く以下もしてないが、感染し、場合によっては命を落とす人も出てしまうかもしれない。
 しかも、感染の確率が事前にはよく分からないから厳しい。行ってみて危険を感じたら事前に参加を回避する決断を勇気が欲しい。 


7/15(水) 曇り  飯川病院ボランティア レコード、ターンテーブル廃棄
1:00起床。データ整理などいつもと同じ。久々雨なしで5:00庭に出て小作業、小枝裁断掃除、縁石の土排除、かなり綺麗になった。10:00大阪の業者にレコード、ターンテーブルを引き取ってもらう。12:50バス飯川病院、13:30飯川病院ボランティア、入院患者対応、撒水ほか。 19:15Taxi帰宅・夕食、20:50就眠。歩数計19246歩。書籍自炊化すすめる。

四季2020(9) 庭先の花たち(4) ダリア(4) ついに開花し始めた
 球根からのダリアの発芽は毎春綱渡的であるが、ここ数年なんとかしのいできた。そのために、徐々に種類が少なくなった。

 今年は例年以上に危ぶまれ、球根を3月以降、5月上旬までずっと観察していたが一つも発芽しなかった。
 半ば諦めていたが、仮植えという新しい手法が功を奏し、3週間後には予想外に順調に発芽した。
 6月上旬に、8株を20株に分株できた。今までのスペースでは足りず南側に新しいスペースを作った。

 新しいスペースは、表面は通常の土であったが、掘ってみると基本的には砂地で、その中に小石や瓦礫が埋まっており、花を植えるには厳しい条件であった。
 やや大きめの穴を掘り、堆肥や腐葉土を埋めて土つくりした。心配していたが、若干背の竹が小さい傾向ではあるが、ほぼ順調に生育した。
 お盆頃にはぐるっとダリアの花が見頃になるだろう。楽しみである。

 ここ5日ほど前から一部の株の花芽が綻び始めた、今朝の段階で数株が開花した。
 本日の段階での花を記録した。
 個々の花の名称はわからない。のちに調べてみる。
 我が家のダリアのシーズンの始まりである。


7/14(火) 快晴  外来 飯川病院
1:00起床、データ整理、本読みなど。小説のDijest作成、家の可燃ゴミ廃棄1ケ。6:47バス飯川病院、新聞切り抜き、8:45-13:00中通病院外来、患者中等度の混みよう、14:00飯川病院、微睡。14:00-18:40勤務、入院患者対応、代車のバッテリー充電、19:30帰宅、夕食、21:00就眠。歩数計11659歩。自炊化すすめる。

四季2020(8) 庭先の花たち(3) アジサイ
 4月20日、秋田市内千秋公園の桜が満開を迎えた。
 私の通勤路脇の桜もほぼ満開、通るたびに季節感を味わっている。
 千秋公園では例年であれば屋台が出たり観桜会などが開催されるのであるが、今年は新型コロナウイルスの世界的蔓延を迎え、緊急事態宣言も出て人出はまばらである。
 大型連休を前に桜は散った。
 今年の桜は寂しげであった。
 これとともに私には夏が訪れた。

 花の季節である。

 6月下旬からわが家のアジサイが開花し始めた。

 個々の花に対して私の知識は乏しい。名称もろくに知らない。

 アジサイは品種として2大別できるらしい。
 ガクアジサイは千葉以南で海岸に自生する。このため、ハマアジサイとも呼ばれる。高さは2-4mに達することもある。
 花序は多数の両性花を中心として、装飾花が周りを縁取る。名称の「ガク」はこのさまを額縁になぞらえたものである。花序は直径12?18cm、装飾花は直径3?6cmと可憐である。

 狭義のアジサイ(ホンアジサイ)は、日本でガクアジサイから改良した園芸品種。ガクアジサイから変化し、花序が球形ですべて装飾花となったアジサイは「手まり咲き」と呼ばれる。

 なお、アジサイは有毒植物であるため、園芸や切り花として利用する際には取り扱いに注意が必要である。


(ガクアジサイ)

(我が家で最も大きく育った紫のアジサイ)

(私が好む白アジサイ。背は何年も伸びない)




 名前はよく知らない。名前などうでもいい。木々、草花の美しさをじっくり味わえる季節を感じている。

 なんで花はキレイに咲くのか?誰のために??私の疑問はまだ解けていない。


7/13(月) 曇り午後から快晴  健康クリニックドック 飯川病院
0:45起床、各種データ、特に自炊関係整理。そのほかはいつもの如く。6:50バスにて飯川病院。9:00-12:00健康クリニックドック、受審者15名、結果判定15名、口頭による結果説明2名と盛りだくさん。疲弊す。12;15飯川病院、代車がバッテリー切れ.12;50検食、微睡。14:00勤務、入院外来患者対応。ヒマワリに補強の支柱たて、散水。19:30帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計9868歩。

秋田市のアンケートへの私の意見(2) 大型商業施設誘致計画 これは進めるべき計画だ
 秋田市は奥羽線秋田ー土崎間に新駅「泉・外旭川駅」を設置する。
 市の試算では1日当たりの乗客数は2118人で、開業から50年間の経済効果が48億3千万円と試算。どのようにして試算したのか不明であるが、私はほとんと実現性のない机上の試算と思っている。1日当たり500人がせいぜいか、と思う。設置費は全額市の負担で20.5億円。このギャップは大きい。

 駅の設置する地区は主に静かな住宅地である。高齢化も進んでいる。若い世代は車に依存した生活である。その状況を推定する資料としてこの地区を走るバスの状況から推定してみる。私は往路はバス通勤しているが、どの時間帯に乗っても乗客は少なくガラガラ、高齢者と高校生の姿が目立つ。通勤のためにバスを利用している人は極めて少ない。
 だから、新たな駅ができたとしても、秋田の中心街への距離も7Kmと近いこともあって、車通勤をやめて列車を利用する人が多数出るとは思われない。

 なぜ新駅が必要と判断したのか、新駅設置で何がどう変わるのかについてももっと丁寧に説明してほしかった。
 また、市は新駅設置の効果が及ぶような手だても講じる必要がある。新駅をどう活用するかは市の重要課題となる。
 これに関連してなのだろう、町内会回覧板を通じてアンケート調査が回ってきた。スタジアム建設と大型商業施設の誘致関するものである。

 秋田市北部地区に大型ショッピングセンター誘致問題についての私の意見は以下のごとくである。
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 秋田県最大のショッピングセンター「イオンモール」は1993年に秋田市南側の郊外の御所野ニュータウンに誘致された。秋田市周辺のみならず全県から客があり、休日は大変な賑わいだという。駐車場は3.800台分あるというが、これが休日とかにはほぼ満車に近くなるらしい。

 ある休日にこの施設を見学を兼ねて映画を観に行った。
 その時に感じたことは、秋田市内が休日で閑散としていたがここは別世界で、若い男女で賑わっていた。その格差の大きさに私は唖然とした。

 秋田市内の長期の過疎化が問題となっている。駅の近くには先週公園がある。ナカイチという商業施設、新県立美術館もある。現在「あきた芸術劇場」が建設中であるが、広い年代に魅力的な施設をは思えない。

 そうなると次の賑わい創世計画が必要になってくる。

 私は、あきた北部に大型商業施設があってもいいと思われる。これが、民間で作ってくれるとなるとさらに魅力的である。

 ■ 新駅「泉・外旭川駅」の利用促進に。
 ■ 若者、子供たちには一定の遊興商業施設が必要である。
 ■ 新駅、秋田道の北インターチェンジの近くであり、全県、特に秋田県北部からの利用が期待できる。
 ■ 間接的ながら秋田県の過疎化、若者の流出に影響を及ぼす。
 ■ などなど・・・。


7/12(日)?雨小康状態 飯川病院日直 
1:00起床、文献検討等など,いつもの如く淡々と。蓄積データの整理中心。8:30家内に送られて飯川病院、日直勤務、患者は落ち着いている。読書、データ整理中心。小説のダイジェスト版作成。12:00検食、微睡。19:00当直医と交代。帰宅。19:30夕食21:00就寝。自炊数冊。歩数計9483歩。

秋田市のアンケートへの私の意見(1) スタジアム建設計画 これは不要な計画
 秋田市は奥羽線秋田ー土崎間に新駅「泉・外旭川駅」を設置する。21年3月開業を目指す。
 秋田-土崎間7.1Kmは東北6県の県庁所在地の中で、中心駅との駅間距離が最も長く、沿線側の住民や施設にとって鉄道不便区間地域となっていて、新駅は周辺住民の悲願だつた。 
 ホーム2本、待合室を備えた駅舎などバス停や駐輪場、タクシー乗降場などを設ける。
 市の試算では1日当たりの乗客薮は2118人で、開業から50年間の経済効果が48億3千万円と試算。総事業費は20.5億円は全額市の負担となる。
 市は鉄道とバスによる新たな交週接点と位置づけるが、バス会社の事情は厳しい。駅を設置しても駅と目的地をつなぐ交通網が脆弱では効果も限定的だろう。 

 社会機能が縮小していく中で都市機能をどう維持していくのかという視点でも事前にもっと論議を深めてほしかったが、私が知る範囲ではそのような動きはなかった。

 先日住民の意見を求めるアンケートが町内会を通じて配布された。

 秋田市北部の地区にスタジアム建設、大型商業施設の誘致に関する意見募集である。
 何を今更、の感は否めないが、意見は述べておきたい。

 これらについての私の意見は以下のごとくである。
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新スタジアム建設について
 サッカーJ3ブラウブリッツ秋田の現在ホームスタジアムはJ2規格に見たないレベルであることは明らか。チームは2017年J3で優勝し、J2昇格への期待が高まったことからJ2規格の新スタジアム整備の機運が盛り上がった。だが、2019年と18年は8位に終わった。過去の成績を眺めてみて、J2昇格の可能性は難しい。こんなあやふやな状態なのに建設費100億円もかける計画が進んでいるとは信じがたい。

 秋田県は2017年度にスタジアム整備を念頭に置いた検討委員会を設置、2018年1月に「多機能・複合型スタジアムを新設する必要がある」、「建設場所は秋田市の中心市街地エリア」、「全天候対応の開閉式ドームが望ましい」といった趣旨の提言をまとめた。秋田県の現状を考慮していない、あまりにも調子のいい提言である。
 秋田県知事はこの提言に難色を示している。私も賛成できない。

 にもかかわらず、スタジアム整備計画は進んでいるようである。
 新スタジアムを巡り「有力な候補地」して、市長は私が住む外旭川地区の可能性を初めて示した。

 本県は人口減、少子高齢化が加速し、自治体財政は厳しさを増している。
 新スタジアムの整備費は100億円と見積もられている。整備を望む声は一部にはあるが全県のものとはなっていない。必要性を疑問視する声も根強い。

 秋田県の人口は減りに減って現在97万人、高齢化率も高い。こんな秋田にJ2規格の収容人数15.000人の大規模施設が必要なのか、疑問だらけである。私は無くても構わない、と思う。
 ブラウブリッツ秋田はたまたま一度優勝したもののJ2昇格の可能性が低い。スタジアム整備への市民、県民の理解を得るのは難しい。
 せめて常時4位以内を確保するとか、今後の成績向上なしに、整備構想を前に進める必要はない。


7/11(土)?早朝から降雨 
1:20起床、読書、新聞・文献チェック他いつもの如し。小説のダイジェスト版つくる。外仕事不可なのでデータ整理など中心に。16:00雨一時やむ、ダリアの支柱追加、成長方向を固定。数株咲き始めた。17:30再度データに戻る、19:00夕食。20;30就眠。歩数計10449歩。

新型コロナ(65) 治療薬・ワクチン(6) ワクチンの現状(4) 有効な抗体ができるのか?
 ワクチンの開発はうまくいくだろうか??
 実用に供するまでのハードルは極めて高い、完成までに検討を要する点は山積み、と思う。
 総理などは今年中の投与・・・と言っているがそう甘くはないだろう。

私が危惧しているのは以下の点である。
―――――――――――――――――――――――――――――――
 ■ DNAワクチンの成功例は、まだない。
 ■ ワクチン投与で本当に抗体が誘導されるのか??エイズのワクチンは数年以上研究されているが、未だに成功していない。
 ■ その抗体は投与後どれだけで産生されるのか??
 ■その抗体は新型コロナ感染に対する予防効果はあるのか??それとも、診断に寄与する程度の弱い抗体なのか??
 ■ その産生された抗体の寿命はどれだけなのか??6ヶ月か、12ヶ月か、18ヶ月なのか、あるいはほぼ永久か??それによって投与回数が決まってくる。
 ■ 産生された新型コロナ抗体が体内で思いがけない副反応を生じて新たな疾患を生まないか??
 ■ などなど・・・

―――――――――――――――――――――――――――――――

 まあ、このような問題点はあるが、政府はワクチンができた際の接種優先順位について今月中から検討を始めるらしい。供給量が追いつかないための処置である。

 新型インフルエンザに備えて、政府は「特定接種」、「住民摂取」の制度を設けた。前者は社会機能の維持に必要な職種の人を優先する。医療従事者、公務員、インフラ企業の従業員が対象。これらが済んでから後者の住民摂取になる。新型コロナでこの仕組みをどう使っていくかも検討される。

 実際に安全有効なワクチンが供給されるかわからないが、このような検討は早めにしておくことはいいだろう。


7/10(金) 晴  大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア  
0:30起床。文献読みなど。新聞雑誌スクラップ入力。5:00可燃ごみ集配所に。7:35Taxi駅東口に。8:11こまち、9:10-12:15大曲外来。往歩行、復はファイト湧かずTaxi。市内徒歩、14:00飯川病院ボランティア、散水など。入院患者対応。19:15帰宅、夕食、就寝。歩数計13503歩。

新型コロナ(64) 治療薬・ワクチン(5) ワクチンの現状(3) 副作用など問題山積み
 免疫の仕組みを利用するワクチンの開発はうまくいくだろうか??
 私は期待しているが、実用に供するまでのハードルは極めて高い、完成までに検討を要する点は山積み、と思う。

 世界で「ワクチン開発競争」が激化している。
 英オックスフォード大学が開発するワクチンは、早くも臨床試験の最終ステージに突入し、米製薬大手のファイザーも独ベンチャーと共同開発するワクチンの初期臨床試験が好結果だったと公表した。
 日本も例外ではない。アンジェスがすでに治験を開始し、年内の実用化を目指しているほか、塩野義製薬も国立感染症研究所と共同で年内にも治験を開始する方向だという。

 現在までに120ものワクチンが開発中ともされる。これだけの候補があると言うことは決定打がない、と言うこと。

 現在開発中のワクチンのほとんどはDNAワクチンといわれるもの。
 DNAワクチンはウイルスの遺伝情報だけを使うためウイルスそのものを増やして作る従来のワクチンより開発期間が短いという特徴がある。

 ただ、DNAワクチンは人間用に実用化されたものはなく、効果と安全性の検証は慎重に見極める必要がある。現にHIVワクチンは数年検討されているがいまだに目処は立っていない。 

 新型コロナウイルスはインフルエンザウイルスやHIVウイルスと同じように、生物学的に安定した「DNA」ではなく、不安定な「RNA」を遺伝子に持つ。この「RNAウイルス」の場合、不安定だから次々と変異していく。だから、飛ぶ鳥を目掛けてライフルを撃つようなものである。そう簡単には命中しない。要するに、効果的なワクチンを作るのは難しい、ということ。

 新型コロナウイルスもインフルエンザ同様、遺伝子が変異するスピードが非常に速いとされていて、文献上で見ると、中国でウイルスが発生して以来、世界各地に広がっていく過程で変異を繰り返し、5月末ですでに数100の変異があるという。だから、ワクチンが完成しても、開発当初とは異なる遺伝子のウイルスが蔓延している可能性があり、一部のウイルスにしか効かないワクチンになる可能性がある。

 そのほか、ワクチンには効果とともに副作用の問題がある。これは絶対的に無視できない。
 原則的にワクチンは未感染の健康人に投与する。
 だから効果以上に副作用が問題になる。
 我が国のワクチン医療が、法定接種から任意接種となったのは副作用の問題である。一般的に、ワクチンを投与された個体の体内では期待された以上の多くの免疫反応が賦活される。これが思いがけない副作用の原因となる。
 これはワクチンを実際に多数に投与して見なければわからない問題である。

 ワクチンはまだまだ実用化の入り口に達しようとしている段階で、まだ海のものとも山のものともわからない状況にある。勇み足で期待だけ膨らますと危険であることを認識すべきである。
 ことに、政治家には、特に安倍総理には慎重な発言を望みたい。


7/09(木)  快晴 外来  飯川病院
0:30起床。文献,新聞、録音データなど処理。5:00ネコ対応など。9:00DIY店にて草刈り用ナイロン刃2セット購入。ダリア付近中心に草刈り。バス11:50、通町下車さの薬局経由、12:45外飯川病院着。14:00飯川病院勤務、入院患者、外来患者対応。16:00来客あり。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。Σ17833歩。 書籍自炊4冊。

新型コロナ(63) 治療薬・ワクチン(4) ワクチンの現状(2) 国際的競合状態
 新型コロナワクチンの開発現状を調べてみると、まだ確立されたワクチンはできていない。
 現在は国際的に開発競合状態にある。

 わが国でも、治験の結果を待たず、早くも量産体制の準備を始めている。政府も支援に乗り出した。
 実用化の見通しが立つ前から量産体制を確立しようとする動きは世界的な流れになっている。それほど社会がワクチンを待ちかねているからである。

 リストによると、開発中のワクチンは120種類もあるようだ。
 その中で現在最も進んでいると思われるワクチン製造の企業、供給開始、供給人数は以下のごとくである。
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日 アンジェス     21年3月     100万人
日 シオノギ      21年秋以降   1000万人

米 モデルナ 21年以降     10億人分/年
英 アストラゼネカ 20年9月以降   20億人分/年

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 英国アストラゼネカ社のワクチンは安全性と有効性が確認されれば、20年9月以降20億人分/年供給できるという。一見、まもなく実用化するような雰囲気であるが、まだ開発に成功し、生産が軌道に乗りつつあるというニュースは届いていない。

 次の問題は、米国の資本が入っているために、成功しても全世界的に平等に配布される可能性は少ない。トランプの言うごとく「America the first」で米国中心に供給される可能性がある。

 日本政府がアンジェス、シオノギにテコ入れする理由はここにある。
 新型コロナ用ワクチンの製造には新しい技術を使うが、特殊なタンクが必要とされ、新しい技術を使う世界中のタンクは抗がん剤の開発などで稼働率が高く、奪い合いになっているらしい。大きなタンクがある工場は世界でも限られるから論理的に順調に生産が進むとは限らない。20億人分/年
は夢物語でないか。

 まだ成果が確立していないワクチン製造に国が支援をするのは、ワクチンが開発された後に生産体制を整備すると、国民の接種開始時期が大幅に遅れるからである。 
 商品化が見込めない段階で多額投資するリスクを民間企業に負わせられないと政府関係者は言う。ただし、開発に成功しなければ投じた公費がむだになるおそれもある。 

 一般的にワクチンの開発には年単位の時間が必要とされ、先行きは見通せない。
 期待が先行し、準備が進むがワクチンは健康な人にも接種するため安全性と有効性を確認する過程をおろそかにすることはできず、治療薬以上に慎重さが求められる所以である。 


7/8(水) 終日降雨 飯川病院ボランティア 
1:00起床。新聞・文献チェック、歴史関連書籍他。外仕事は無理、11:50バス、通町で下車、書店でコミック2冊、おいしいコーヒーの淹れ方、購入徒歩飯川病院。昼微睡。ボランティア、入院患者対応、文献的考察、読書他、19:30今朝採れたキウリ届け帰宅、夕食、20:55就眠。歩数計9805歩。

新型コロナ(62) 治療薬・ワクチン(3) ワクチンの現状(1) 先が見えていない状況

 これまでの新型コロナ対策は、実際何ができているのだろうか??
 マスク着用、不要不急の外出抑制要請、3蜜回避程度に過ぎない。
 そのうち最も効果的だったのは「外出抑制要請」、「県境をまたぐ移動の制限」であった。
 しかし、これでは地域の経済は窒息状態となり、打撃を受ける。だから各種の行動制限は解除せざるを得ない。解除することは感染の再燃が生じることを容認することにもなる。
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 ウイルスに対しては現状まで何も対策ができていない。
 治療薬として最も期待が寄せられてきたアビガンは効果が乏しく非実用的であることがわかった。
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 次の期待はワクチン、ということになる。
 ワクチンに関してはメディアでもしょっちゅう取り上げられる。早いものでは今秋頃から実用に供されるなどと先走ったの記事が見られる。政府もそんなことを言っている。無責任である。

 私は現時点では期待に沿うようなワクチンはまだないし、今年度中の完成もないと思っている。

 製薬企業のアンジェスKKと大阪大は6月30日新型コロナウイルスの予防ワクチンの臨床試験を始めたと発表した。 
 アンジェスと大阪大などが共同開発した「DNAワクチン」という新しいタイプのワクチンで安全性と効果を確かめる。新型コロナワクチンの治験は国内で初めて。大阪市立大学で7月末まで行う。
 ウイルスの遺伝情報を情報を体内に入れ、新型コロナウイルスを無力化する抗体ができるか、抗体が長続きするかを調べる。 

 DNAワクチンはウイルスの遺伝情報だけを使うためウイルスそのものを増やして作る従来のワクチンより開発期間が短いという特徴がある。
ただ、DNAワクチンは人間用に実用化されたものはなく、効果と安全性の検証は慎重に見極める必要がある。 

 ワクチンの感染予防効果はワクチンを打った人が発病する率がどれだけ低下したかで示すことが望ましい。しかしながら、感染者が減少するということを統計的に証明するまで膨大な臨床検討を要するために長い時間がかかる。 

 まだワクチン開発はスタートラインについたに過ぎない。
 まだ海のものとも山のものともわからない状態である。

 メディアの報道姿勢は無用の期待を喚起するだけの無責任なものである。


7/7(火) 雨  外来  飯川病院 九州地方豪雨と被害多発
0:30起床,新聞、文献読み、自炊2冊、その他いつものごとく。5:30可燃ゴミ提出。徒歩7:00バス飯川病院。8:45-13:00中通外来。飯川病院へ、微睡、14:00-18:20飯川病院。入院患者対応、19:10バス帰宅、19:30夕食、20:15就眠。Σ10017歩。自炊進める。

新型コロナ(61) 治療薬・ワクチン(2) 治療薬の現状(2)  アビガンについて
 新型コロナの治療薬候補の中で「アビガン」に期待が集まった。
  
 感染した某著名人が「アビガン」の投与後に回復したと公表したことで一気に有名になり、安倍首相は5月中の承認を期待する、などと述べた。しかし、現時点で治療薬として利用できるか否か十分な科学的根拠が得られていない。

 「アビガン」はもともと催奇形性の問題などがあり、専門家からは「有事とはいえ、十分に検討をしないまま政治的に承認を進めるのは納得できない」、「総理の承認方針は根拠のない、政治的な前のめり」などの声が出ている。 

 「アビガン」は冨士フィルム・富山化学KKが開発した国産の新型インフルエンザの治療薬。
 新型コロナ向けに国の承認を得るには、臨床研究や治験でウイルスの減少や肺炎症状の改善といった効果があるとのデータを示す必要があるが、企業内の治験は完了していない。

 別に藤田医科大学を中心に「アビガン」の多施設共同の臨床研究を進めてきた。承認審査にそのデータを活用できると期待されてきたが、5月中旬に厚労省に報告された中間解析結果で ウイルスの減少率に明確な結果が出なかった。   

 「アビガン」に関して、審査で効果や安金性を慎重に見極めるよう求める意見が専門家から上がている。
 「有事だから根拠が不十分でいいとは断じてならない。科字を軽視した政策は国民の健康にとって問題だ」日本医師会の有識者会議が「アビガン」の承認に関し異例の厳しい声明を公表した。

 そもそも首相が5月中の承認と時期を明示したのはなぜか??勇み足だ。
 「アビガン」が社会に期待があるのは事実だが、報じられている効果の判断は個人的な見解に過ぎない。
 臨床試験の結果が出ていない段階で5月中の承認を目指すと政治家が発言するのはいかがなものか。

 副作用もある薬なので冷静に科学的評価を検討すべきである。 

 各地の医療機関が参加し、投与された人の経過などを見る臨床研究も続いている。 
 藤田医科大学の最終結果(?)はまもなく出される予定であるが、有効との結果は出ないらしい。


7/6(月) 晴夕方から小雨 健康クリニックドック  飯川病院 運転免許証高齢者講習
0:30起床、医学文献等など中心に読書、録音データ整理。5:00畑花壇に散水、7:00バス飯川病院着。9:00-11:50健康クリニック、ドック15名、レントゲン読み14名と多い。12:30飯川病院で検食、13:00太平自動車学校、運転免許証高齢者講習、まずい!!!視力が不足。メガネとか対策要す。16:30-19:00業務。散水など。Σ9601歩。19:30帰宅夕食、20:30就眠。自炊3冊。ダリア2株開花。

新型コロナ(60) 治療薬・ワクチン(1) 治療薬の現状(1)  有効な薬品はない!!!
 これまでの新型コロナ対策は、不要不急の外出抑制要請、3蜜回避など。
 そのうち最も効果的だったのは「県境をまたぐ移動の制限」であった。
 しかし、これでは地域の経済は窒息状態となり、打撃を受ける。だから各種の制限要請は解除せざるを得ない。

 ウイルスに対しては現状まで何も対策ができていない。
 治療薬ワクチンには大きな期待が寄せられている。

 (1)治療薬の現状
 治療薬の現状は既存の薬品の再検討から始まっている。新薬開発は砂漠の砂から一つひとつ可能性を検討する行為に近い。従って、時間もかかるし、成果もどれだけ期待できるかわからない。
 だからまず既存薬の再検討から始めるのは常套的手段である。

 現状で有効性が期待できるのは以下である。
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 ■ フサン(膵炎治療薬 ウイルス酵素を阻害する。 臨床検討開始)
 ■ アビガン(新型インフルエンザ治療薬 検討中、承認は先送り)
 ■ レムデシベル(エボラ出血熱治療薬 5月7日日本でも承認)

 ■ カレトラ(HIV/エイズ治療薬 有用性不明とも)
 ■ アクテムラ(関節リューマチ薬)
 ■ オルベスコ(喘息治療薬)
 ■ イベルメクチン(寄生虫・ダニ治療薬)
 ■ クロロキン(マラリア薬)
 ■ ベータメサゾン(炎症性疾患治療薬 WHO推奨)
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 新薬の開発は困難を極める。
 ウイルス遺伝子の複製を阻害するのがレムデシベル。エボラ出血熱の治療薬候補として開発された。ウイルス共通の仕組みに違いがほとんどなく効果が期待できる、とのこと。アビガン以外の抗インフルエンザ薬は効果が期待できないという。
 新型コロナでも免疫暴走が考えられているがこうした現象が重症化に関わつてい吋ると考えられている。その面ではアクテムラ。

 従来用いられているこうインフルエンザ薬は期待できない様である。

 他の薬品は疑義があり、効果があるとする報告、その撤回と混乱が起きている。
 
 ベータメサゾン(炎症性疾患治療薬 WHO推奨)はコロナ以外の重症肺炎に効果があり、私どもも必要な方には日常的に用いている。新型コロナに決して特徴的に効くものではない。

 (2)結論
 有効な薬品はまだない。 


7/5(日)?雨のち晴れ 飯川病院日直 
23:30飯川病院にて起床、本日はそのまま日直となる。時間だけはたっぷり。読書、文献チェック。録音データ整理。微睡。自炊。夕方散水。患者は落ち着いている。19:30次男宅経由帰宅、夕食。20:55就眠。歩数計7949歩。

新型コロナ(59) 全国一律の行動制限が地域の経済をダメにした(3) 発想の転換を
 これまでの自粛要請は、
 4月08日緊急事態宣言東京に。4月16日宣言を全国に拡大。
 4月24日東北6県と新潟県は「緊急共同宣言」、「他地域との不要不急の往来自粛」。

 この間、秋田県民は自粛要請に対して本当に、あまりにも忠実に、協力的であった。秋田市内の人出は著減し秋田駅前はガラガラ、新幹線の乗客は一列車あたり数人程度にまで減少した。13:30頃秋田駅前から利用した個人タクシーのドライバーは「7:00から仕事を始めたがまだ3人しか乗せていない。今日はこれで帰ります」と肩を落としていた。

 これでは日銭の水揚げ金をもとに翌日の運用を考える弱小の個人経営の商店などは維持できない。

 秋田県では4月15日以降、本日まで約2.5け月新たな感染者は出ていない。

 最も有効であった対策は「県をまたぐ移動の自粛」で、感染者が秋田に来なかったこと。
 意味がなかったことは県民の過度の行動自粛である。これで秋田の経済活動は大きく低迷した。

 なんでこんな状況になるのか?
 県民の多くが素直にお上の指導に従っているからである。知事は「真面目な県民性のなせる技・・・」と評価していた。
 しかしながら、それは自分なりの判断はほとんどなされていない、県民は何も考えていない、ということを褒めているだけ。

 私が診察している患者の様子からも外出を著しく控えている様子が聞き取れた。運動不足、体重増加、自宅内でもマスク着用・・・などなど。

 6月19日、政府が、都道府県境をまたぐ移動自粛の全面解除し、接待を伴う飲食業の休業要請も解除。イベント入場者数1000人まで拡大することとした。
 これによって東京とかの過密地域の感染者増加はもとより、秋田も、岩手も感染者ゼロを維持することは諦めなくてはならなくなった。

 人的交流の再開は感染者の流入を容認することである。
 私は、新型コロナの感染は治療薬ができても、ワクチンができても根絶はできないと思っている。これからの時代は「新型コロナウイルスとに生きる」発想でなければならない。だからいいことでもある。
 第二波の爆発的感染を抑制し、医療機関の破綻を防ぎ、慢性感染症のレベルにうまく持っていければ最高である。

 「発想の転換」のスタートである。

 それにしても岩手の第一例目になる方は、間も無く誰かがなるだろうが、お気の毒である。


7/4(土)?午前降雨、午後から晴れ 飯川病院日当直 外来レセプト点検
1:50起床、新聞・文献チェック他いつもの如し。小説のダイジェスト版つくる。録音データ大量整理。外仕事不可なので、9:00患者死亡にて出勤する家内に同乗、飯川病院に。ブックオフにて数冊購入。12:10検食、日当直勤務に就く。読書中心。12:00検食、微睡、16:00-17:30外来レセプト点検、18:00検食。19;30就眠。23:30起床。歩数計6180歩。

新型コロナ(58) 全国一律の行動制限が地域の経済をダメにした(2) 秋田も同様。
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 ■ これまでの自粛要請
 4月08日緊急事態宣言が東京など一部の都府県に。
 4月16日緊急事態宣言が全国に拡大。期間は5月6日まで。
 4月24日東北6県と新潟県は「緊急共同宣言」を出した。内容は「7県内のほか、関東、関西など他地域との不要不急の往来自粛」も呼び掛けた。

 ■ それらの解除
 5月25日 政府緊急事態宣言全面解除
 6月01日 北海道と首都圏の一部を除き府県境をまたぐ移動自粛要請を解除
 6月19日 政府が都道府県境をまたぐ移動自粛の全面解除。
     接待を伴う飲食業の休業要請も解除。
     イベント入場者数1000人まで拡大
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 これらの制限の中で秋田県に最も効果的だったのは「県をまたぐ移動の自粛」要請であった。私はそう考えている。

 秋田県の感染者は4月15日以降新感染者は見つかっていない。
 もし、この頃にたまたま未発見の感染者が県内に何人か居たとしても、その後の2週間の間に有症状の感染者は出なかった。したがって、秋田県内は可能性として大型連休の始まりの頃には新型コロナ感染者は居なかったと推定できる。

 したがって、この状態で県境をまたぐ移動要請が有効に機能していた、とすれば大型連休頃からは「秋田県内では新型コロナ感染者はゼロであり、秋田県民の県内での行動は特に制限を要さない」ことになる。
 外出や商業施設等の利用抑制は不要であった。

 しかしながら、秋田県民は自粛要請に対して本当に協力的であった。

 私の生活の中で秋田市内の状態を観察することができるのは金曜日の大曲中通病院外来の診療応援で、13:30前後に秋田駅前、市民市場の周辺を歩いて飯川病院に戻る。
 この付近の商業地、商店の人出は、何ら抑制する必要がないのに見事に抑制されていた。

 この頃、政府の方針は、人との接触機会を「最低7割、極力8割」削減するよう呼びかけた。秋田の地方紙であるさきがけ新聞も、TV、ラジオも、全く必要がないのに無批判に接触機会抑制を呼びかけ続けた。

 この状態は商業施設にとっては厳しい状態である。私の知っているラーメン屋、食堂は維持できずに店を閉じた。
 これらの小規模店は国の方針、県の方針の影響をモロに受けた。

 秋田県知事は大型連休以降、県民の行動抑制を解除すべきであった。


7/3(金) 午前曇り午後快晴  大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア  
0:30起床。文献読みなど。新聞雑誌スクラップ入力。5:00可燃ごみ集配所に。7:35Taxi駅東口に。8:11こまち、橋の欄干に七夕飾り。いつもよりも数は少ない。9:10-12:00大曲外来。往復歩行。検食ないとの連絡あり外食、市場のカレー専門店ひのや。14:30飯川病院ボランティア、散水など。19:15行きつけ書店経由で帰宅、夕食、就寝。歩数計12995歩。

新型コロナ(57) 全国一律の行動制限が地域の経済をダメにした(1)
 4月8日緊急事態宣言が東京など7つの都府県に出されたが、それ以外の地域でも感染が広がって4月16日に緊急事態宣言が全国に拡大された。期間は5月6日まで。対象地域は全国。

? また、これまでの宣言の対象の7都府県に北海道、茨城県、石川県、岐阜県、愛知県、京都府の6つの道府県を加えたあわせて13都道府県について、特に重点的に感染拡大防止の取り組みを進める「特定警戒都道府県」と位置づけた。

 ?宣言は?以下の内容を含む。
―――――――――――――――――――――――――――――――?
 ■ 一人ひとりに取るべき行動の重要性を認識。
 ■ 感染リスクを減らすための努力。
 ■ 仕事や通院など生活の維持に必要な場合を除き外出を控える。
 ■ 外出する際は、「密閉」、「密集」、「密接」の3条件が重なる場所を避ける。
 ■ こまめな手洗いや消毒などの感染症予防を確実に行う。
 ■ 大型連休中の旅行や東京都など特定警戒都道府県に設定されている区域への移動を極力控え、自分や家族を守る。?
 ■ 政府では、人との接触機会を「最低7割、極力8割」削減するよう呼びかけた。
 ■ などなど。
―――――――――――――――――――――――――――――――?

 秋田県では4月15日までに16名の感染者が報告されている。いずれも県外への旅行者やその家族で、県内で感染した方は見られない。いずれも医療機関に収容されている。地元のメディアは盛んに記事あるいは放送をし、県民の誰しも警戒感が高まった時期である。
 時を同じくして4月16日に緊急事態宣言が全国に拡大されたので、秋田県民も宣言を受け入れた。

 さらに、東北6県と新潟県は4月24日、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、大型連休を前にそれぞれの県民に外出や県境を越える移動の自粛を訴える「緊急共同宣言」を出した。内容は「旅行や帰省を含め、7県内のほか、関東、関西など他地域との不要不急の往来自粛」も呼び掛けた。

 秋田県の佐竹敬久知事は「連休の観光地は東北では全面的に閉鎖する。来ていただいても駐車できないし、食事もできないから相当制限がある状態となる」と説明した。

 国による緊急事態宣言、東北6県と新潟県の「緊急共同宣言」はその時点では止むを得ない対応と思ったが、秋田県とっては結果的に過剰な対応になったように思われる。


7/2(木) 終日降雨 午後飯川病院
0:30起床。新聞チェックし文献、歴史書を読む。自炊数冊、8:20激しい降雨にてバス嫌、家内に同乗、9:00飯川病院着、午前は座学ゆっくりと。14:00-18:45飯川病院勤務。入院患者対応なし。文献チェック。充電関係の配線の整理。19:30帰宅、夕食、 21:30就眠。歩数計9472歩。

新型コロナ(56) 2000年7月時点での日本の現状、世界の現状
 新型コロナ関連記述は6月16日以来である。
 この2週間について感染者数のデータを比較した。

 ■ 7月1日時点の国内感染者総数(死者)数。      #5月28日時点との比較
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??国内感染判明例    18693(972人) # 16807人(883人)

秋田県        16人              # 16人

岩手県        0人 # 0人

??ダイヤモンドプリンセス号関連  723人(13人) # 723人(13人)
??コスタ・アトランチカ号関連   149人 # 149人
??チャーター機関連      15人 # 15人
??空港検疫関連者     172人(2人) # 308人(1人)
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 この約ひと月間全国の感染者数は約2000人増加、死者が100人増加。
 秋田は4月15日以来新感染者は見つかっていない。岩手は0人のまま推移している。

 昨日の段階で全国の感染者数は増加傾向にあり厳しい状況が続く。ただし、経済活動旺盛な都市部に集中している。

 世界で感染者は1000万人超。死者50万人超。感染者は50万人/週のペースで増加。特に貧困層に感染が増加。
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 ■緊急事態宣言解除以降の動き
5月25日 政府緊急事態宣言全面解除
6月01日 北海道と首都圏の一部を除き府県境をまたぐ移動自粛の要請を解除
6月02日 東京アラート発令 感染拡大への警戒呼びかけ
6月11日 東京アラート解除
6月19 日 政府が都道府県境をまたぐ移動自粛の全面解除。
     接待を伴う飲食業の休業要請も解除。
     イベント入場者数1000人まで拡大
7月02日 東京の新規感染者が107人へ

 ■緊急事態宣言解除の目的
 緊急事態宣言は一定の成果をあげた。感染者数の増加は緩徐化した。
 しかし、これによって経済活動は低迷し、外出できないことで国民のストレスは大きく悪化。
 緊急事態宣言解除はウイルスの感染力をそのままに、人の行動の仕方を工夫し、そのレベルでバランスを取ろうとする政策である。
 したがって宣言解除はコロナの終息・終息を望まず、「コロナウイルスと共に生きる」という方針転換である。宣言解除後は一定の感染者数が発生することは当然である。


7/1(水) 終日降雨 飯川病院ボランティア
1:10起床。文献・新聞チェックなど。収穫、午前中にきうり等のつる処理、収穫など。12:10プリウスにて飯川病院。ボランティア。新聞データ化など。文献・新聞チェック、19:30帰宅夕食、21:20就眠。歩数計10139歩。

新型コロナ(55) この2週間の話題

 前回は6月16日を最後に新型コロナから他の話題に移った。
 その後に一定動きがあった。新聞3紙の見出しの主なものをあげてみた。
 詳細は記載しないが、これでもこの間の感染状況、社会の傾向は読み取れる。
 決定的対策は生まれていない。
 むしろ、緊急事態宣言、県境越え移動制限解除によって再度感染者数が増加傾向にある。
 第二波に備えて全国的に準備が必要。

(27)6月11-15日――――――――――――――――――――――

?? レムデシベルとRA薬   ?? 世界のワクチン開発現状   ?? 移動の自由は戻ってもなかなか経済は   ?? 医療 院内感染医療者に なみはや病院   ?? 医療 救急病院で抗原検査   ??医療 秋大PCRラボ設立   ?? 熱中症対策:屋外マスク着用柔軟に・夏用マスクも   ?? 専門家会議議事録   ?? 県内ホテル苦境   ?? 抗体検査陽性率低く   ?? 消毒剤の使い方   ?? 新興国善感染者の8割占める   ?? 専門家会議あり方   ?? 第二波感染に備えて病床確保を   ?? 倒産244件   ?? 二次予算に医療機関の援助を   ?? 収入途絶え路上で物乞いに   ?? 面会再開介護施設   ?? 有事の医療・医薬・人材備蓄を   ?? 労災申請増加

(28)6月16-20日――――――――――――――――――――――

?? 外出を大きく控える高齢者   ?? 岩手どうしてずっとゼロ??   ?? 自粛要請について   ?? 数値目標   ?? 政府の新型コロナ対応は評価30点  ?? 保育現場の苦悩

(29)6月21-25日――――――――――――――――――――――

?? PCR妊婦   ?? PCR 行政準備道半ば   ??マスク適宜外して   ?? ワクチン100万人分   ??官邸 vs 専門家ずれ   ?? 検査多様化   ?? 県境移動可能に   ?? 広がる差別   ?? 子供への制約多すぎ   ?? 持続化給付金電通に委託   ?? 小児病棟苦悩面会制限   ?? 新生活様式の圧力、特に女性にストレス   ?? 専門家会議のあり方、発展的解消   ?? 電車窓空け   ?? 民生委員、高齢者を見守りたいが出来ない   ?? 救命救急、命の選択 高齢者障害者の立場

(30)6月26-30日――――――――――――――――――――――

?? アビガン遅れ   ?? ギグワーカー   ??コロナ新対策会議.   ?? ペット感染   ?? ワクチン前のめり   ?? 感染リスク温暖化   ?? 感染症アプリ   ?? 感染症対策司令塔   ?? 感染妊婦対策   ?? ウイルスと共存へ   ?? 往来自由   ?? 県北ホテル苦境   ?? 国内新規感染>100人   ?? 自然災害が起こったらどうする   ?? 首都機能分散論議    ?? 秋田PCR 30件/日まで増加   ?? 集団免疫が収束の鍵スエーデン   ?? 第二波に備え病床増      ?? 東京リスク   ?? 日本の死者の少なさ   ?? 米再拡大
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