
日記と言うより、自分の行動記録と日々の雑感です。
9/6(月)晴れ 管理会議 安全管理者との打ち合わせ 秋田市保健所スタッフ来訪 療養病棟判定会議 長副会議
1:45 起床。文献チェック。ドック判定・総括x1。6:00Taxi病院へ。6:30回診他病棟業務。7:45-8:25管理会議。10:00-11:00安全管理者と打ち合わせ。13:00市保健所スタッフ来訪。16:00-16:45療養病棟判定会議。17:00-19:00長副会議、20:30自転車帰宅、夕食、21:45就寝。
懐メロ「氷雨」 演歌歌手・佳山明生氏を直接聴いた
昨日9月5日は第59回東北六県再生資源組合連合会で2時間に渡り講演した。私も大変であったが、400名ほどの方々も大変だったと思う。しかし、2時間、場の雰囲気を何とか維持出来たと思う。ただ、Castleホテルの壁を隔てた隣の会場ではどなたかのコンサートが行われておりその音も聞こえて来たから、逆に私の声も隣の会場にも響いたのではないかと心配した。されど、それを意識してあまり淡々と話したのでは持たないから通常の如くメリハリをつけて話した。もしお隣から苦情があっても会場側の責任であろう、と割り切った。続く懇親会では20 数名の方々と名刺交換したが、講演は結構インパクトがあり、ためになったとの評価を戴いたが、まあ半分くらいに割り引いておこう。
続く懇親会ではメインテーブルに座らせて戴いた。開会、乾杯の挨拶は共に簡素で、挨拶はかくあるべしと思ったが、長時間の講演の反動であったのかもしれない。
懇親会のアトラクションは演歌歌手の佳山明生氏なる方が登場し、私は一番近い席であったこともあって、十二分に楽しめた。さすがにプロ歌手は身なり、姿、身のこなし、表情等が素人とは段違い、世界が違う、と思った。「氷雨」という曲を中心に約1時間ほど会場を回りながら数々の歌とトークで雰囲気を盛り上げた。ただ、秋田の酒の席である、喧噪の中に声が埋もれ、後半はちょっと気の毒に感じた。私も2,3言であるが彼と言葉を交わし握手した。
ところが、実のところ、私はこの日まで「氷雨」なる曲をまともに聴いたことが無く、曲名も知らなかった。演歌歌手・佳山明生氏についても全く知らないままで、すごい、と感心していた、と言うこと。翌早朝にネットで調べてみたところこの曲は1977年の彼のデビュー曲で、当初はヒットしなかったが1983 年にからヒットし始め、80万枚近いセールスを記録した、という。とすれば実際には何度かは聴いているだろうが、殆ど記憶に残っていなかった。 YouTubeで何度も何度も聞き返したが、バックの伴奏を含めて実に良い曲と思う。
「氷雨」はもう懐メロのジャンルに分類され、数々の歌手がカバーしていた。テレサ・テン、本田美奈子、前川清、研ナオコ、日野美歌、ジェロ版も YouTubeにあったのでじっくり聴いてみた。各々特徴、個性があって比較は困難であるが、本人の歌を直接聞いたばかりと言うこともあってか、佳山明生氏の版が一番親しみを持って聴けた。
縁があってお引き受けした講演で準備も大変であったが、思いがけず名曲「氷雨」と歌手佳山明生氏を知ることが出来て良い半日となった。
9/5(日)快晴 病棟拘束 再生資源組合連合会講演
1:00起床、ドック判定・総括X1、文献・新聞チェック。講演準備。12:00自転車病院着。回診、15:10-17:15第59回東北六県再生資源組合連合会講演+懇親会。2時間の持ち時間は聞く方も大変だっただろうが、何とか維持出来た。懇親会のアトラクションは演歌歌手の佳山明生氏。楽しめた。20:00帰宅、20:00就眠。
ゆらぐ血縁という「きづな」(2) 血縁関係の乏しい関係
血縁以外の「きづな」もあるのだろうか。多分あるだろう、と思う。
私の母の妹は理由は知らないが、私が知る範囲ではずっと独身を通していて東京の某会館のマネージャーとして定年まで勤めた。この間、私が大学生の時に上京する際に何度も会館に宿泊させてもらったし、秋田にも2-3回ほど訪れたこともある。
彼女は退職を機に同じような境遇にある女性と資金を出し合い都内にマンションを購入し、共同生活をしていた。この叔母は静岡にの郷里には手をかけた甥達が住んでいるが、側に住むとか、援助を求めるような考えは一切持っていないようであった。長い時間をかけて準備したであろう自立の覚悟と老後の生活のための術を用意されていた。退職後の生活についてほぼ思っていた様に順調と話していたが、私は楽しげな雰囲気と共に裏には悲壮な決意とのイメージを受けた。いつぞや私との音信は途絶えたが、年齢的にみてお亡くなりになったと思われるが、意志の如くに生をまとうされたのか、心の隅に引っかかっているものがある。この気持ちは全くの他人であれば一切気にも留めなかったであろう。血縁がある方という「きづな」のなせるところである。
叔母の選択は今後の生き方の一つとなり得るが、その背景として自立心、許容力、健康それに資金は最小限必要なのだろうと思う。家族の中で暮らすのとは別の、甘えの許されない自己規制が必要であろう。そうでなければ他人同士の「血縁以外の結縁」は成り立たない。
東京慈恵会医科大学阿部正和名誉教授・元学長は「医師に求められる心」としてイカの4点をあげている。(1)病に苦しみ悩む人の、その病に共感する心 (2)病に苦しみ悩む人に、意識的ではなく自然に慰めの手が出る心 (3)自分がこの世にあるのは自己の幸せのためではなく病める人の幸せのためである、と考える心。(4)病人に真実を伝え納得してもらい、自由意志のもとに同意して頂くよう努力する心。
私はこの阿部先生の言葉を学生や研修医の教育の際に引用してきた。しかし、医師として約40年になろうとしている私自身は正直言ってこの心境には全くなり得ていない。「無縁」の方々に対し、私は医師としての職業上の責任から、こうあらねばなるまいと思って患者に対応してきた。
そんな私がいつも感心し、到底その側まで近づけない、と思っているのは看護師や看護助手、ヘルパー等の方々の働きである。全く「血縁を欠く結縁」なのにたまたま巡り会った他人にどうしてこれ程親身に世話できるのだろうか。職業人としての自覚だけでは理解できないレベルだと思う。
9/4(土)晴 病棟拘束 講演準備
2:00起床、ドック総括x1、新聞文献チェック他、明日の講演準備。7:00病院着。回診。重症患者対応。レセプトチェック。その後は講演準備中心。16:30回診、18:00自転車帰宅、夕食。19:50就寝。家内は札幌泊で不在。
ゆらぐ血縁という「きづな」 家族関係の乏しい個の時代へ
全国で100歳以上の高齢者の所在不明が相次いでいる。ミイラ化した状態で見つかった方々も10人ほどで、昨日もほぼミイラ化・白骨化した遺体が見つかったようであるが、このケースでも年金の不正受給が絡んでいた。家族が同居していたことから高齢者の孤立死ではなく、血縁者と共にいながらも見捨てられた家庭内孤独死といえる状況だったようである。
まれなケースが次々と発覚してくる。まだ、特異なケースだと思いたい。
しかし、血縁があるからという理由はもう通用しがたい時代になってきており、私の周辺にもポツリポツリとそのような事象が増えつつある。
さすがに秋田は都会地とは異なりまだ少ないが、今年になってから私どもの病院で亡くなった方々のうちには、全く名前や身元が分からなかった方はいないが、身よりが一切無い方、身寄りがいても長期間音信不通で連絡が付かない方、あるいはご子息や娘さんが見つかり連絡したところ、逆に怒られ、「関係ない、二度と連絡するな」と一方的に電話を切られた方々が数人おられた。
そのような方々は行政の福祉関連担当部署が死後の世話をしてくれるよう手続きする。その際、私が仮の身元引受人として私が署名する。その際、この方は人生の最期を迎えるに当たり一時的にせよ当院の医療や看護を受け、ホッと安息の気持ちになられたのであろうか、と思いをはせる。ご遺体が霊柩車で病院を出られる際には主治医や治療に当たった看護師等がお見送りするが、その後どのように事が進められているのかは私は十分理解していない。
もう血縁と言うきづなの意義はとても薄れ、揺らぎつつあることを仕事を通じて日常的に実感する。
上記の如くの例はまだ特異な例だろう。しかし、病気を持ち、障害を持った高齢者を抱えた家族は住み慣れた自宅で介護していくと言う気持ちは殆ど失せてきている。勿論、背景には高齢者夫婦家庭であったり、家族構成から明らかに無理だろうと考えさせる場合もあるが、多くは逆である。経済的にも家族構成からも明らかに家庭内で介護が出来る環境にある方々、あるいはヘルパーとか訪問看護とかの社会資源の導入のもとで十分でやっていけると思われる場合でも、それほど検討もせず簡単に在宅介護を拒否し、退院を拒否したり、施設の紹介を求めてくる。
このような家族の姿は秋田でももう当たり前になりつつある。
9/3(金)降雨・曇り 入院患者対応 ドック診察
1:30起床、講演準備他。7:00自転車で出勤。緊急入院、回診その他。11:30入院患者対応。 13:30ドック診察。患者関連書類処理他、20:00帰宅。夕食、 22:30就寝。
アンチ・アンチエイジング(6)自立のためのアンチエイジングを
昨年9月、秋田市のあるロータリークラブの設立何周年かの記念大会に際して私に基調講演の依頼が来た。
演題は何と「アンチエイジング」であった。私はアンチ・アンチエイジングの立場であるがお引き受けした。この時は講演時間が30分ほどと短かったが結構バカ受けしたらしく、この講演会のあと「アンチエイジング」を演題として何度か求められとても驚いている。本年4月は県南の羽後町で、5月には秋田市のロータリークラブの記念式典でも話す機会があった。6月、8月の県LL大学開校式、県老人クラブ連合会でも類似の演題で講演した。
私自身は老いることを楽しんでいる。やはり日々、体力・気力の減退を自覚しつつあるのだが、それでも感じられる事象は私にとって初体験であるからやはり楽しいし、驚きでもある。その一方で、何で他の方々は老いることを忌避したいのか、私は理解できない。
明後日の日曜夕方から「東北六県再生資源組合連合会第59回秋田大会」という会で「アンチエイジングーー生きがい・ライフスタイル」という演題で特別講演をすることになっており、ここ数日準備している。講演時間として与えられたのは2時間と、十二分である。しかし、話す内容はいくらでも提供できるのであるが、聴いて下さる方々の気持ちを集中させていけるのか、多少不安を抱えながらいろいろ工夫しているところである。いつものことであるが準備時間がなかなか確保できず、本日呻吟している。恐らく直前まで悩むことであろう。幸い、今朝家内はZonta Clubの用事で札幌に出かけたので集中できそうである。気がかりなのは入院患者の病状で、大きな変化が生じないように、と願っている。
最近、高齢者をめぐって奇怪な事件が頻発している。100歳以上の高齢の方で行方が分からない方は全国で300人ほどいるという。他人への無関心は先々から言われてきていたことであるが、親子関係に於いてすらも無関心、放置がなされる風潮にある事が明らかになってきた。しかも、高齢者は家族の一員をしてでなく、年金の方が金づると見なされている、直視し難い実態も見られている。
アンチエイジングの考え方の背景には、老いを悪しきものとして忌避し、老いと共に徐々に不健康になっていく高齢者は社会にとって役にも立たない、マイナスの存在として抹殺していく考え方があるように思えてならない。これは恐ろしい考え方であるが、政治も、医療福祉行政もその方向に向いており、すでにこの考え方は社会に浸透している。
この様な中、私の講演の趣旨は、アンチエイジングの考え方を容姿や容貌の維持とかの狭い部分に向けるのではなく、もっと広く前向きにとらえて自分の生活の中に取り入れ、いつまでも元気に自立した生活を送るために利用する、という視点に置いている。それと同時に、避けることのできない死についても話題を提供し共に考えながら、死生観の確立の重要性についても言及している。
9/2(木)晴・暑 リハ病院との合同感染症対策会議 外来 医師来訪面談
2:00起床、ドック判定総括x2他、時間なし。6:20自転車病院着。6:30回診+病棟業務、7:45リハ病院との合同感染症対策会議。 8:45-14:30外来。疲弊。退院総括他書類処理。16:00老健施設長来訪歓談す。20:45自転車帰宅、夕食、21:15就眠。
8月29日のNHK日曜討論の後半、勝手な政党選択は不公平でないか
日曜朝9:00からNHKーTV、ラジオ第一放送で毎週放送される日曜討論を私は出来るだけ観る、あるいは聞くようにしている。
先日8月29日の番組時間を20分ほど延長して二部構成にし、最初の30分間ほどは民主党の小沢氏を支持する山岡副代表と菅氏側から寺田学首相補佐官が登場し互いの立場を主張した。両陣営ではの考え方の違いはある程度分かったが、こんな討論は放送でやるべき事ではなく、党内で話し合って政策や考え方を摺り合わせ挙党態勢を作るべきだろう、と思った。
後半の1時間のテーマは「円高・株安 経済政策」を問う、であった。司会者の導入の挨拶は、日本の円高対応の現状と経済対策の問題点について、政府代表と「国会で法案提出権をもつ政党」の各代表による討論を行う、とのことで、民主側2、自民1、公明1、みんな1の4党5人と司会者の6人で話された。
討論された内容は、それほど目新しいものではなかったが、政府の対応が遅すぎる、日銀とのタイアップが乏しいなどと、一方的に追求を受けた形となった。方法論として提示された内容は野党側の方に見るべきものがあったように感じるが、どれも似たり依ったりの印象であった。
「国会で法案提出権をもつ政党」と言う縛りを付ければ上記の4政党になるのだが、この様な重大な内容の討論において、民放ならいざ知らず、公共放送で、国民から義務的に受信料を取っているNHKが勝手に出席者を絞り込むことは果たして許されるのか?大いに疑問を感じてしまった。外されたのは、共産党、社民党、国民新党、たちあがれ日本、新党改革の5党である。
ただ、実際に更に5人のメンバーが増えた場合には討論が成り立つのか?と言う疑問は残るが、それは何か運用上の工夫で解決出来るだろうと思う。 基準はないのだろうか。それに、小さな党だからこそ持ちうるユニークな考え方もあるのではないかと思う。
同じ事は街頭のインタビューにも言える。都合の良い意見だけを選択して放送したら情報操作にあたる。「今回、何名から意見を聴取し、その分布はこうでした」、と全体像を提示し、その上で代表的な意見を紹介すべきだ、と思う。情報はそう軽々しく扱ってはならないのだ。
9/1(水)晴 外来 院長6年目 ヘルスチャレンジ2010 県個人情報保護検討委員会 新築関連総合内科との話し合い
2:00 起床。ドック判定総括x2.講演準備等。7:10自転車病院着。家内転倒すれど大きな外傷無し。8:45-15:00外来+ドック結果説明3名。 15:30県個人情報保護検討委員会。県のこの委員会は本日で任期終了。17:00-18:15新築関連総合内科との話し合い。 病棟書類処理他。20:40自転車帰宅,夕食。21:30就寝。
院長就任6年目で心境は「我、時を待つ」 「ヘルスチャレンジ2010」スタート
今朝、院長就任6年目の朝を迎えた。
まる5年経過した。この日は毎年同じことを記載しているが、5年もやれたのは長副会議のメンバーをはじめ、全職員の協力、サポートがあればこそである。
この一年、公私ともども、いろいろあったが、今年もまた振り返る時間も持てず今日を迎えた。
私的な面ではこのままの状態は心身にとってダメだ、ということ。最近、体力の減退、気力の減退が著明で緊張感の維持が困難になりつつある。昨年のこの日の心境は「時、我を待たず」であったが、今年は逆転させて「我、時を待つ」である。
ともあれ、今朝、6年目のスタートの朝の一歩は踏み出した。
本日は法人共済会主催の「ヘルスチャレンジ2010」と称するキャンペーンの初日でもある。
「ヘルスチャレンジ2010」の項目は全部で13項目あって「ジョギング100Km」、「完全禁煙」、「ウオーキング60万歩」・・・と身近な項目である。今回は「サイクリング200Km」「エレベーター・エスカレーターを使わない」の2項目に手続きしたが、考えてみると両項目とも私の生活そのものであるから「ヘ・チャ」に相当しない。数日前に後者を「スリム3Kg作戦」に変更した。
「ヘルスチャレンジ2007」の時には「スリム3Kg作戦」、「エレベーター・エスカレーターを使わない」の2項目にエントリーし、双方とも完全達成、
2.000円分の図書券を獲得した。その時は66.9Kgから63.4Kgまで減量した。「ヘルスチャレンジ2008」は何にエントリーしたか忘れた。手続きが間に合わなかったかもしれない。「ヘルスチャレンジ2009」は「ウオーキング60万歩」、「エレベーター・エスカレーターを使わない」の2項目。前者はウオーキング時間がとれず早々と脱落、後者だけ達成1.000円分の図書券を獲得。
最近また太ってきた。先週の職員検診では69.0Kgだった。退職後在宅で過ごしていた家内の監視下で隔日程度であったが朝食を強要されたことでカロリー摂取が増えたのと、私の緊張感の欠如が原因と考えられる。6月以降は、朝に弱い家内は自らの出勤準備で忙しく、私の食事まで気が回らなくなっており、再び一日一食の福田式減量の機会が訪れている。
今回の「スリム3Kg作戦」は多分達成できるだろうし、この間の緊張感が私の意欲の維持の後押しをしてくれるものと期待している。
| 年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(人間ドック)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。 月〜土曜は6:00頃出勤、人間ドック報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、人間ドック受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来と人間ドック受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。 日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。 |