徒然日記

 日記と言うより、自分の行動記録と日々の雑感です。

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11/9(木)曇りのち晴れ 外来 飯川病院 昨年トランプ大統領誕生
0:30起床、文献・新聞チェックなど。7:10バス通町徒歩飯川病院着。8:45-12:45外来。13:30飯川病院、14:00-17:50勤務。Blu-rayながら視聴:「そこまで言って委員会:死刑制度の是非」、「世界は今:カタルーニャ地方独立問題」。18:35バス帰宅、夕食、20:45就寝。歩数計Σ10754歩。

企業不正2017(5) 「スバル」の不正(2) メーカー任せに問題
 国土交通省は、新車の最終検査について、自動車メーカーが認定した従業員が行うよう求めている。スバルの場合、正規の検査員に認定されていない4人に最終検査を行わせていた。
 スバルのリコールの対象は約40万台に上る。安全に関わることだけに、迅速に対応するとともに、ユーザーには丁寧に説明して理解を求める必要がある。
 スバルは業界の中では小さな方に属する。製品にも、ディーラーのサービスにもひたむきさが窺い知れた。個人的にはそこを評価してきた。スバル車を30年以上も使い続けてきたルーツの一つである。

 国交省は資格者の基準は設けておらず、メーカーに任せていた。各メーカーが勝手な基準を用いているとすれば、例え正規資格者が検査をしていたとしても信頼に足るものにはならない。三菱自動車で、燃費データ不正が行われたのは自社の測定データが用いられてきたからである。

 この様な重要な検査の資格者の認定などはメーカー任せにしてはダメだ、と思う。
 せめて、自動車業界の機関が共通の基準と資格者認定を行うべきである。今回の事件は他のメーカーには波及しないとのことであった。それは良いことと思ったが、今回の不祥事の背景には国交省の考えの甘さもある。
 組織には巨大化するとともに隠蔽体質が備わっていく。ましてや経済活動が旺盛な企業には不正と隠蔽が付きまとう。

 家ではよき夫、パパが組織の中では良心、倫理観を失っていく。何故だろう!!
 人間の弱さ、ずる賢さ、があると思う。複数の人間が集まれば責任感も曖昧になる。

 私は医学論文を読むときに疑いの目を持ってみる。特に、新薬や新治療法については、その関係者の論文は距離を置いてみる。

 いま、小中高でいじめ問題が多発し、自殺者も相次いでいる。学校や教育委員会はいじめはなかった、気がつかなかったと安易にコメントするが、人間の集団では大なり小なり必ずいじめが発生するものだ、との前提を持たねばならない。こんなことが教育関係者になんで浸透しないのか。私は不思議に思っている。いじめがない学校を作るのは無理だろう。いじめがあるとの前提で観察する方がいい。

 残念なことだが、組織には大なり小なり不正・隠蔽が付いて回る。企業不正は探して発見してから、発覚してからでは遅い。
 年に一度ずつ、過去にあった企業不正の項目をチェックする習慣を義務付け、公表すればいい、と思う。
 
 日本のものづくりの信頼度は高いとされてきた。いま、現場は一体どうなっているのか、と思う。失われつつある信頼を取り戻すために、掛け声だけではダメだ、思う。


11/8(水)曇り時々雨 終日オーディオ調整
0:30起床。新聞・文献・医学論文PDF化・録音データ編集他。本日は天候も悪く飯川ボランティアは必要な案件が出た時に出かける、とした。結局は飯川病院も休み。荒天を理由に午前からオーディオ調整。難渋した。結局タンノイスピーカーの劣化が明らかになった。新規システム構築。19:00夕食、20:20就寝。DVDながら視聴:「N響定期、国立劇場バレー公演:白鳥の湖他」。歩数計Σ4739歩。

企業不正2017(4) 「スバル」の不正(1) 社長の姿勢、倫理観欠如に驚く
 昨年4月には三菱自動車で、燃費データ不正問題が発覚した。
 日産自動車は、本年9月29日に完成車の無資格者検査の事実を公表した。完成車検査は、公道を走る要件を満たしているか否かのチェックで、運輸支局で検査を受ける検査を、メーカーが代行し、条件を満たした車を販売している、ということ。言わば「発売前の0回目の車検」にあたる重要な検査である。

 ここまでは私は車関係の企業不正について憤りを感じながら、私は日産も三菱も車を購入したこともないし、とちょっと距離を置いて推移を見ていた。

 自動車に関しては私は変なこだわりがあって先進的な技術の実用化をなし遂げたメーカーに注目して、その技術が生かされた製品を用いてきた。新しい技術の開発とその実用化に至るまでの企業の長い間の努力、投資を評価し、車メーカーとしてのブランドイメージを自分の中に形成してきたからである。

 ホンダに関してはCVCC、スバルは4WDを、マツダではロータリーエンジン車を、トヨタに関してはハイブリッド車に注目してこれらの社の製品を用いてきた。その意味では三菱自動車、日産車には目を惹く魅力がなく、まだ購入したことはない。

 スバルに関しては他社にない水平対向エンジンと前輪駆動車の開発、さらに4WDの技術に注目した。さらに整備士として働いている旧知の友人から「スバル車は整備士から見ても丈夫、しっかりと作られている・・・」という評価を聞かされていたこともイメージアップにつながった。1970年台後半から現在に至るまで途切れることなく、スバル1000、レオーネ、レガシーと乗り継いできた。現有のスバル車はレガシーで20年目である。

 日産は過去3年間に国内販売した38車種、106万台について無資格者による最終検査をやっていたことでリコールの届け出を行った。ブランドイメージのダウンは避けられないだろう。
 この無資格者による新車の最終検査が、スバルでも行われていた。30年にわたり常態化していたというから驚く。これで、自動車業界全体のイメージダウン、日本車のイメージダウンは避けられそうもない。神鋼の不正を加えれば日本製品そのものへの信頼を損ねることになろう。

 スバルの吉永社長は不祥事を謝罪する一方、慣習で続けていたもので悪意はなかったと強調した。だが資格のない従業員が有資格検査員の印鑑を借り押印していたのだから、明らかな偽装であり、社長の考え方は有用しない。トップがこうだからこんな不祥事が起こるのだ


11/8(火)曇り、午後快晴 外来 飯川病院 
1:00起床。文献、新聞・徒然。5:30家庭ゴミまとめ提出。7:10バス通町徒歩病院。8:45-12:30外来。14:00-18:30飯川病院勤務、入院患者対応。19:00帰宅、夕食、20:00就寝。歩数計Σ11850歩。Blu-rayながら視聴:「知恵泉:宮沢賢治」2回目。

ズル休み
 昨日7日、私は午前中ズル休みした。過去にはなかった発想である。
 大曲中通病院の医師体制が一時的に薄くなるから、3週間に渡って月曜・水曜の追加の診療応援の依頼があった。週一回金曜日に診療応援に行っているから3週に渡って週三回の応援となった。

 私自身は嘱託医師として、健康クリニックの人間ドック、中通総合病院外来、大曲中通病院の外来診療を継続しているが、内容的にいつ継続終了を告げられてもやむを得ないレベルの外来しかやっていない。本来なら、この様な診療応援は、より能力の高い常勤医が行うべきであるが、なぜか私に診療応援の依頼がまわってきた。

 水曜はもともとフリーの日にしてあったので問題はないが、月曜は健康クリニックで人間ドックを担当しているが、こちらの方に代診を出すから大曲に、とのこと。確かに、大曲の外来は金曜の診療応援で慣れているから、ということもあったらしい。

 3週の予定で診療応援を引き受けたのであるが、事情が変わって3週目の診療応援は、すなわち今週は応援不要となった。
 
 スケジュール表を見れば、3週目の月曜日、すなわち昨日も代診医が決まっていてそのままになっていたので、せっかくの機会と考え、私が休暇を取ることにした。
 月曜日のドックは面談診察の作業はそれほどではないが、結果の判定をする木曜日は外来が混雑するから処理が大変で、外来の混み様によっては飯川病院に持参し、そこで判定することもあるほどで負荷が大きい、という事情もあった。

 月曜日は、午後飯川病院の勤務があるので時間的には大した休暇にはならなかった。現に、正午のバスで飯川病院に出勤した。

 こんな、大した実益にならない休暇を取る発想をした、という背景には、私の老化によって気力の衰えがあるのだろう。かつてならこの様な発想はしなかった、と思う。

 私は今、身の丈にあった業務を与えられている。
 いつまで続くかわからないが、今の環境はとても恵まれている、と思っている。


11/6(月)曇りのち快晴 午前年休 飯川病院 
0:20起床。文献・新聞等処理、徒然など。いつもと同じ。臨時大曲中通病院診療応援は職員の経過順調とのことで先週で終了。健康クリニックの業務は本日まで代診医が決まっているので休暇を申請した。実際には飯川病院の応援があって休めないが良い気分。12:07バス飯川病院に、14:00-18:30勤務。入院患者対応。19:15帰宅、夕食。21:00就寝。歩数計Σ7778歩。Blu-rayながら視聴:なし。

サイクリスト谷垣氏の事故に自分を重ねて(2) 身の丈にあった自転車で
 中学の時から用いていた内装変速機付の自転車は浪人生活の仙台、大学の時は新潟で用いていたが、大学2年時に盗難にあった。9年ほどの利用で終わった。

 秋田では、1988年に隣家の高校生から事故でシャーシーが軽く変形したスポーツタイプの自転車を1000円で引き取り、修理して2006年まで用いた。これは勤務先の中通病院の駐輪場から消えてしまった。次いでボロ・マウンテンバイクは貰い物で半年近くかかって整備したが数日で中通病院の駐輪場から消えた。
ボロ・マウンテンバイク、見事に持ち去られました(1)

ボロ自転車盗難(2)私は病院では2台目

 2011年9月、現役引退の記念に、と子供たちからクロスバイクを贈られ、また自転車ライフが始まった。
 谷垣氏と比較するのもおこがましいが、氏が自転車を再開したのは40代の頃、私がクロスバイクに乗り始めたのは66歳の時だからキャリアは全然違う。氏の自転車は100万円以上するロードバイク、チネリの名車、私のはブリジストン製のクロスバイクC9で12万円と比較にならない。

 氏は年間3000Kmを目標にしていたらしい。業務がきつくなるとなかなか到達できなかったという。私も2011年夏から秋までの約1年間で4200Km走破した。当時の新幹線ルートは総距離2800Kmだったから地図上にプロットしてみるとその距離が実感できる。


 2周目に挑戦しているときに不注意で高校生と衝突した。
 幸い私の場合には凹凸がない舗装面に投げ出され、胸腹部を強打しただけで済んだが、氏の場合は頸髄損傷の重傷を負った。私は外傷としてはそれほどひどくなかったが、怪我の関連でその後腸閉塞を発症し、脳梗塞も起こしてしまった。

 氏も私も自転車に乗る目的の一つは健康増進のためであった。しかしながら、その軽快な走りが仇になったということ。私の場合には不注意で、谷垣氏の事故の状況は知らないが、かなりのスピードが出ていたと推定する。多分受傷当初には相当厳しい状態だったろう。

 私の場合、クロスバイクだからタイヤもロードに比べると太く、車体も重いからせいぜい瞬間的に40Km/hであったが、谷垣氏の場合は多分50Km/hは出せると思う。自転車での高速は怖い。特に路面の凹凸、小石や砂が怖い。ハンドルが取られる。

 日本の狭い道路では一気に自転車専用通行帯を確保することは不可能である。谷垣氏のいうシェア・ザ・ロードの考え方には全面的に賛成である。

 私は高校生との衝突事故で、高校生には幸い怪我がなかったが、自分の非力を認めてクロスバイクをやめた。自転車としては気に入っているので、改造して通常の軽快車に近づけて利用している。スピードも上がらず、22-23Km/hがせいぜいであるが、停止時足も地面に届くから立ちごけもない。
クロスバイク2016(1) スポーツ仕様のクロスバイクを軽快車に改造した

 自転車は便利であり、健康増進にも良いと思う。しかし、危険が伴う。そこを十分考慮して身の丈にあったタイプの自転車を選び、マナーを守って慎重に乗って欲しい、と思う。


11/5(日)曇り寒い 家内帰秋 
1:00起床、新聞・文献チェック,徒然その他。ネコ対応、5:00-7:30患者死去あり飯川病院。10:00-12:30年賀状用記念写真ごとのことで次男一家来訪、NHKのど自慢楽しむ。午後、懸案のオーディオ関係調整、難渋したがなんとか完成。タンノイの調子今ひとつ。音が歪む。エッジの劣化か??17:00飯川病院、18:20駅に家内迎え。19:00夕食、20:30就寝。Blu-rayながら視聴:「らららクラシック:ドヴォルザークVn協奏曲」。歩数計Σ8622歩。

サイクリスト谷垣氏の事故に自分を重ねて(1) 氏の受傷と引退を惜む
 2016年7月16日午前、当時自民党幹事長の要職にあった谷垣氏は、趣味のサイクリング中に皇居前で転倒し、頸髄損傷を起こした。幹事長を辞し、療養に努めていたが、思うようには回復せず、本年10月の衆議院総選挙には立候補せず、正式に政界引退を表明した。

 谷垣氏は2012年11月、趣味の自転車ライフについて朝日新聞に寄稿している。たまたまスクラップのファイルを整理して見直す機会を得たてじっくりと読んだ。以下が掲載文である(一部省略、表現を改変)。

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 小学生のころ、親父と一緒によく東京近郊の多摩川や多摩丘陵をサイクリングしました。
 中学から大学までは山登りのトレーニングを兼ねて自転車に乗り、ロードバイクを本格的に始めたのは司法試験の勉強をしてから。ぶくぶく太って風邪もひきやすくなり、これはいかんと。自宅から本郷の東大まで17Kmを往復しました。

 弁護士になってすぐに父が急死。後を継いで衆院補欠選挙に立った時も自転車を使った。最高級のレース用で。
 それから10年ほどは忙しくて自転車から遠ざかりましたが、40代後半で再開。以来、趣味と健康のため、全国各地を走っています。

 昔の面影が残る街道が好きです。
 最近、自転車人口が増え、通勤に使う人もいる。サイクリストがマナーやルールを守るのは当然ですが、自転車用のスペースを車道に確保することも不可欠です。道端に白線を引くだけでかなり違う。
 前後にお子さんを乗せた「ママチャリ」のため、歩道を走る際のルールもいります。シェア・ザ・ロード!!! 道路を、自転車、車、歩行者で共有していく意識が大切です。

 自転車を中心に発想すれば、町も変わります。地方の中心部の市街地がシャッター街になっていますね。みんなが車で郊外型ショッピングセンターに行くからです。それって人の息づかいの聞こえる町でしょうか。
 車中心の発想から離れ、公共交通と自転車、徒歩で気軽に行き来できる町をつくれば、駅前商店街は活性化します。

 年間3000Km走破が目標ですが、役職についていたら厳しい。自民党総裁選への不出馬を決めた後、一気に1500Km乗り、(年間目標の)3000Kmを超えました(後略)。
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 谷垣氏はのロードバイク歴は長い。20代からで、東大までの17Kmを往復した、とある。それでスリムになったらしい。
 私は中学生当時まだ珍しかった内装3段の変速機付の自転車で、降雪期を除き、岩手中学に2年、盛岡一高に3年、往復32Kmを通学した。当時は田舎道は舗装されておらず、北上川を渡し船で渡り、舗装されている国道4号線に出て走った。朝7:00前に家を出て、着くのが8:40ギリギリで風のある日などは実に辛かった。その代償として、私はすっかり丈夫になった。
 
 新潟での大学生活、秋田岩手で医師として過ごしている間は子育てもあって車中心となった。自転車は便利な日常の足としての利用のみとなった。
 2011年9月、現役引退の記念に、と子供たちからクロスバイクを贈られ、また自転車ライフが始まった。


11/4(土)夜半雷雨降雨のち曇り 家内東京 レセプトチェック終了
1:00起床、何時もと同じ.データ整理、読書中心。6:00軽朝食、文献・新聞読み。午前、居間のストーブ点火試験、室内整理。軽昼食後微睡、13:50-18:10飯川病院に。入院患者対応、外来レセプトチェック終了。往復はバスで。19:00帰宅・夕食、20:00就寝。歩数計Σ11038歩。Blu-rayながら視聴:「知恵泉:宮沢賢治」。

四季2017(11) 紅葉・黄葉が織りなす様が美しい(2)
 秋田も紅葉の季節である。それも、多種類の葉が色づき、それらが織り成す紅葉の風情がいい。
 私はかつては、見るたびに自然のエネルギーを、また、今後迎える暖かい季節を感じ取れる青葉を好んでいた。それが、最近はちょっと変わってきた。年とともに紅葉にも惹かれるようになってきた。

 秋は行楽にふさわしい時期とされている。私は行楽に行く趣味はない。紅葉狩リは秋の代表か?

 紅葉ならば身近なところでも十分に味わうことができる。
 私は6:30amに徒歩で病院に向かう。その時間はまだ陽が昇らず薄暗い。徐々に明るくなっていく。途中で見える山々の紅葉が朝日に映え、刻々と様相を変えて実に美しい。わざわざ紅葉を見に出かける意味は多くはない。


(通勤路の一本紅葉、生垣のニシキギ ともに見事)
 
 ただ今年は約ひと月前、同級会があって洞爺湖有珠山ジオパークを訪れた。結果的に行楽に行ったようなものであった。秋田は、まだ紅葉には一歩早かったが、洞爺湖有珠山はすでに紅葉の真っ盛りであった。
 湖畔の路傍のドウダンツツジ、ニシキギの赤さから刺激を受け、改めて山々を観察した。秋田の山々の色調よりはくすんだ印象を受けた。おそらく、時期の違い、樹木の違いによるものと、樹木の側で見るのと下から遠く眺める景色との違いによると考えられた。


(有珠山ロープウエイ乗り場から見た紅葉 色調は今ひとつの感)

 紅葉は色の交じり合いこそが美しい。明るい赤、暗めの赤、黄色、それに加えて常緑樹の緑。それぞれの色のバランスは場所によって千差万別、個性がある。紅葉の美しさは「多様性の美」である。
 自然のエネルギーを感じる緑の若葉もいいが、エネルギーの枯渇しつつある様を予想させる紅葉にはまた別な味がある。西に沈む夕陽がとともに見れば無常観すらも漂う。
 つい自分の年齢、状況を重ねてしまう。高齢者の人生は多様である。

 赤く変色し、枯れて散る葉を無常と受け止めたのは平安の世。散る葉を惜しみ、人生の黄昏を歌った名歌も多い。京都を中心とした静かな雅の文化である。

 紅葉の風情を大いに、積極的に、明るく楽しむスタイルを確立したのは江戸時代だった。商業が栄え町民文化が華やぐようになると、人々は行楽を楽しむようになった。日本人の、普通の人が、自ら自然の移ろいを楽しもうとする、当時の人々のバイタリティー、審美眼に感服するばかりである。

 日本の文化は桜も紅葉も見るだけに止めない。秋の情景をえがく和菓子にも銘菓がある。味わう時は紅葉の情景を思い浮かべてみれば一層美味に感じられる。

 奥深い山の紅葉はどこか神秘的で捨てがたい。20年以上も前、学会出張で見た清水寺の紅葉、他の寺社仏閣の庭園の紅葉はこの世のものと思われないほど素晴らしかった。日本の自然は素晴らしい。しかし、京都の風情は紅葉する木々の植樹によって作られた産物という。でもそんなことはどうでもいいのだ。

 私の家の庭にも楓や他の大きな落葉樹が数本あり、この季節になると週末には葉っぱの掃除に忙しい。でも、恨めしい気持ちを持って木々を見上げることはない。

 日本の自然は素晴らしい、だから、この程度の労力を回すのは当然、と思っているからである。


11/3(金)晴れ 文化の日祝日 家内東京 レセプト対応
1:45起床。文献、新聞チェック、徒然。6;00可燃ごみ廃棄。久々在宅の休日、ストーブ煙突修理、レガシーバッテリーメインテナンスなど整理中心。14:30-16:50クロスバイク病院往復、高熱患者など対応、レセプト一部点検。書斎の Blu-ray視聴:「NHKのど自慢、先週分」、「題名のない音楽会:天才少年少女Vn+Vc」、「らららクラシック:作曲家ニーノ・ロータ」、この作曲家について初めて知った。19:00夕食、20:30就寝。歩数計Σ9487歩。

四季2017(10) 紅葉・黄葉が織りなす様が美しい(1)
 街路樹の葉か歩道に落ちて風に吹かれてカサコソ音を立てる風情は、冬を前にした寂寥感をいや応なく増す。秋の紅葉、四季があってよかった、と言いたくなる。
 ついに秋たけなわ、となった。しかしながら、私は秋はそう好きな季節ではない。除雪に追われる日々の、追われる気持ちをつい先取りしてしまうからである。

 秋田の山々は「紅葉」というも「黄葉」という方かぴったりするように思う。
 イタヤカエデ、ブナ、シラカバやダケカンバは黄色く色づく。これは見事な赤である。その中にドウダンツツジ、ニシキギ、ヤマモミジ、ナナカマド、ウルシなどの赤か適度に混じり自然美を見事に醸し出す。

 一方、「紅葉」といえば思い浮かべるのが京都。
 京都は学会を通じて何度もおとづれ、その風情に興味を抱き、感動していたが、ここ10年以上は行っていない。最近、花房観音という作家の京都を舞台にした著作を読んでから、文字を通じて表現された京都の風情に一層興味を持つようになって、新聞雑誌等に掲載される写真を集めて鑑賞している。

 京都の紅葉の写真を見ると明らかにと赤一色。
 京都のもみじは王朝時代に、宮中で愛でる「紅葉」として、赤く色づく植物が好まれ、家庭や寺の境内に植えられた。当時の公家たちや京都五山を指導した寺僧たちの色彩感覚かうかがい知れる

 京都のもみじは極めて美しいが、人工的に植栽されたものか多く、周辺の山を彩るもみじは、長い間の人の手によるものだ、いうことを知った。それによって評価が下がるものではないが、驚いた。

 万葉集の中でもみじが歌われた歌のうちほぽ9割が「黄葉」という字を当てている、という。すなわち、古代万葉人にとって、もみじは「紅葉」ではなく「黄葉」だった。万葉人は自然の美しさをそのままに受け止め、その色のままに表現していた。

 秋田も紅葉の季節である。それも、多種類の葉が色づき、それらが織り成す紅葉の風情がいい。
 私はかつては、見るたびに自然のエネルギーを感じる青葉を好んでいた。それが、最近はちょっと変わってきた。年とともに紅葉にも惹かれるようになってきた。

 紅葉は色の交じり合いこそが美しい。明るい赤、暗めの赤、黄色、それに加えて常緑樹の緑。それぞれの色のバランスは場所によって千差万別、さらに、一日の中でも時刻によって、色合いもまた微妙に変わってくる。それがまた良い。つい、人間の一生を重ねてしまう。


11/2(木)夜間降雨のち快晴 外来 飯川病院 
 0:40起床,新聞・文献チェックほか。7:15バス飯川病院、8:45-13:00外来、複雑。13:30-18:30飯川病院。入院患者対応、院長、私用にて東京に。19:10帰宅、夕食、20:45就寝。歩数計Σ8006歩。Blu-rayながら視聴:「ヒストリア:愛に生きた城主」再視聴。「英雄たちの選択:徳川吉宗誕生、坂本龍馬暗殺、家康大敗北し天下人に」。

企業不正2017(3) 「商工中金」の不正
 「商工中金」という政府系金融機関で不正が発覚した。
 「商工中金」は私にとっては耳慣れない組織であるが、中小企業によって組織された団体に対する金融の円滑化を目的として設立された特殊法人。中小企業向け融資を手掛ける国の機関である。
 小泉政権下で民営化が決まり、2008年株式会社化されたが、その後完全民営化は先送りされた。政府が株式の46%を持つ筆頭株主。貸出金は16年9月末で約9.5兆円。商工債券の発行が認められており,これがおもな資金源となっている。

 政府系の金融機関の不正といえば、「日本郵政」が海外事業で巨額の損失を招き、赤字決算に陥ったニュースが目新しい。同社は一昨年に上場したが、株式の8割を政府が持つ。上場の半年前にオーストラリアの物流企業を6200億円で買収した。しかし、この企業の業績が悪化し、企業としての価値が落ち、4000億円もの損失を計上した。この問題はまだ国民に説明がない。監督官庁である総務省の責任も重い。

 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は2015年度の公的年金積立金の運用実績がマイナス5兆3千億円だったと発表した。年度ペースの赤字は10年度以来、5年ぶりのことだった。GPIFは14年10月に運用基準を見直して株式の運用比率を24%から50%に倍増したために株価の影響を受けやすくなっていた。よくわからないが、正当な経済活動の一つで不正とはいえないらしい。後日、かなり損失は縮小したらしい。

 「商工中金」は不正を重ねて民間企業を圧迫していた。不正融資は4609件、2646億円に上ることが明らかになった。経済産業省は業務改善命令を出し、責任の所在の明確化や再発防止策の策定、経営管理体制の強化などを求めた。不正は全100支店のうち97店で行われており、秋田支店でも4件の不正があった、という。

 「商工中金」の存在意義は民間の金融機関が融資しにくいリスクのある案件が対象で、そこに政府系金融機関の存在意義がある。不正は職員が書類を改ざんしたり自作したりして融資していた。背景には各職員のノルマ達成と関係書類の煩雑さがあるというが、徐々に不正に対する現場の感覚が麻痺していった。

 「商工中金」はかつての年金機構のごとく、解体的出直しが必要であるが、監督官庁である総務省はここに至るまで何をやっていたのか??

 森友学園の土地の異常値引きを容認した財務省も含め、政府系組織の金銭感覚はどうなっているのだろうか??驚くばかりである。


11/1(水) 降雨 大曲中通病院臨時診療応援 千秋美術館
0:30起床,新聞整理。本読みなど。7:35Taxi駅、8:10こまち。9:10-12:15大曲中通病院外来。先週から週3回の大曲の臨時診療応援は本日までとなる。13:30-14:00千秋美術館、飯川病院。外来患者対応など。散水など。19:00Taxi、書店経由帰宅、20:30就寝。Blu-rayながら視聴:「ヒストリア:愛に生きた城主+大奥ロイヤル:篤姫、和宮」。歩数計11450歩。

当HP「これからの医療の在り方--徒然日記」 17年目迎えた
 当ホームページ、「これからの医療の在り方----徒然日記」は、2001年11月1日に開設したので満16年を迎えた。本日は17年目のスタート日。

 17年目のスタート日の雑感である。昨年とほとんど同じ。変化に乏しい日々の積み重ねだから当然でもある。

(1)なぜ続けているか? 
 継続は力、この言葉が好きだ。この1年間もやりきった、と一人で悦に入っている。
 私は意を決して始めた事はなかな止めない。
 生活記録は50年以上、うち16年分がこの徒然。1:00amに起き出す早寝早起き習慣は約30年、新聞・文献スクラップ蓄積は20年、ラジオ深夜便連日3時間蓄積は10年、岩手へ復興資金寄付は6年、映画・録画の視聴5年、徒歩通勤4.5年でΣ16万歩、距離蓄積Σ12.900Km、などなど、自己満足だけの世界にどっぷり浸っている。

(2)「これからの医療の在り方」のタイトルが重荷に
 現在、医療外の分野を学び直している。医療関係が減ってタイトル名が重荷になった。今更変えてもいつまで続けられるかわからないから、このままにする。

(3)記録に頼らねば記憶が保持できない
 私は記憶蓄積や保持が困難になった。記録をつけていないと全て忘れる。忘れてしまえば自分は無為に生きていただけ、になる。考えるだけでは霧のごとくすぐ消えてしまう。だからメモを作り、その中の一部を文章化しておく。
 私の記録はハードディスクに電子データとして蓄積している。
 検索にて何月何日、何時頃に私が何をしていたか、何を考えていたかを知ることが出来る。私が生きて来た証しになっている。

(4)小さな毎日の積み重ねが楽しい
 今は嘱託医として細々と外来診療を続けている。他の時間は引きこもっている。別に鬱ではないが、人と会うのが怖い。付き合いが辛い。私は生きている人間に興味が乏しい。人と会話すると不快な後味が必ず残る。それが嫌だ。幼少時から我慢してきたことが嫌になっただけ。生者との付き合いは文章、書面上なら耐えられる。私は、生者より死者が好き。親しみを感じる。

 家族達の動向を楽しみ、自然現象の移ろいを味わう。興味の対象は歴史、文化、政治・経済・・、と今でもまだ広がっていく。先人達の足跡は偉大である。それらを感心しつつ味わう日々である。

(5)自分の弱気に抗する毎日
 私は人と競争・抗争は好まない。だから、口頭では自己主張もしない。私の競争・対話の相手は私自身、抗する対象は私自身の弱気である。最近は年齢のせいか安易な方向に流れそう、抗するのが大変になってきた。このHPは気力のバロメーターである。

(6)ちょっとしたことをちょっと学び、一つだけ形にする楽しみ 
 普段考えている事を文章化していく作業は苦しいが楽しい。考えるだけだとすぐに霧散する。私に長文は無理。だから、小文にまとめる。
 何故連日か? 一旦不定期にすると多分頓挫する。だから、一日一話と自分に負荷をかけた。キーボードはまだ打てる。気力さえ続けばまだしばらく続けられそう。

(7)生活記録、小文は自史資料としても貴重
 私は日々の記録を蓄積するのが好きだ。文章、画像、音楽など、覚えきれないから最近はほぼ全てを電子的に蓄積している。
 何か調べたいことがあるとまず自分の小文に検索をかける。5000項目もあるから大抵これで間に合う。それから文献を探す。ネットでの検索は滅多にしない。

(8)私の文章は、残念ながら私の文章とは言えない
 私はペンを握れば僅か数行のハガキでも悪戦苦闘し、数枚無駄にする。だから、パソコンで文章を作る。それでも呻吟する。
 日本語入力ソフトはMac OSのを用いている。これが私の語彙力より何十倍も勝っている。とても便利であるが、自分の文章であるとの実感は乏しい。電気と機器と、他人の技術を利用して作っているだけ。この点は残念である。
 パソコンがなければ到底続けられなかった。いい時代に生きた、と満足している。間も無く、キーワードを入れるだけで自動で文章化されるようになるだろう。そうなると私は一体どうすればいい??楽しみが一つ減ってしまう。今から考えておかなければならない
 
(9)結論
 継続は力、今後もしばらく続けていく。


10/31(火)晴れ夕方から雨 外来 飯川病院 
 0:40起床,文献チェックほかいつものごとし。5:00可燃ゴミ提出、7:10バス飯川病院着。8:45-13:00中通外来。13:30飯川病院へ。14:00勤務。入院患者対応。18:50車帰宅、夕食、20:30就寝。Blu-rayながら視聴なし。深夜便聴く。歩数計Σ8796歩。

ヘルスチャレンジ2017(3) 私の体重コントロール -3Kgは未達成で終了
 2007年頃は、私は175,5cm、66,6Kgであった。現在70+アルファKgでなんとか70Kgを切りたいと思っているがなかなか実現できない。

 9月1日は法人共済会主催の「ヘルスチャレンジ2017」(以下「ヘ・チャ」)と称する2ヶ月間のキャンペーンがスタートした。本日で終了したが、今朝の体重は69.4Kgで、途中良い所まで行ったのであるが、終了間際にまた増えて-3Kgの目標はついに達成できなかった。9月1日5:00amの時点で70.5Kgであったから正味1Kgしか減っていない。

 「ヘ・チャ」直前にすでに3Kgほど減らしたから、今回の目標は最初から厳しいものがあった。

 私は右下腹部に大きなヘルニアを抱えていて徒歩通勤時に疼痛があった。そのため歩行、外作業が辛くなって運動量が落ちた。
 9月8日に手術を受けた。術後の経過は順調であったが、約一月は歩行時に、自転車時にまだ疼痛があった。今は気力の減退もあって全コースの徒歩通勤は再開していない。バスで通町まで行き、そこから病院まで歩いている。間も無く再開しようと思うのだが、天候の関係で踏み切れていない。これも減量失敗の一因になっていると思う。

 食生活は減量に重要である。この3ヶ月間ほどは口に入れたものは全部書き出している。これにより間食がだいぶ減った。やはり間食は多かったと反省している。しかし、甘党だから時には出が出る。

 三度の食事であるが、朝食は残り物など軽く摂る。私は脳梗塞を予防するために抗凝固剤を3年ほど継続しているが、この薬剤は胃腸障害が多い、とされる。私の場合はげっぷも頻回、時に腹痛かな? そのための朝食でもある。サラダ中心。
 昼食は飯川病院の検食。副食だけ。主食は持ち帰る。
 問題は夕食。19:00ころ、出されたものは感謝と共にぺろりと平らげる。用意してくれる側に私の減量作戦にアンチのイメージが見え隠れする。だからやや多めに盛り付けられる。分かってはいるけど残せない。ここに減量失敗の因がある。
 私は食品廃棄については厳しい対応をしている。日本の食糧は自給率が39%と低く、輸入に頼っているくせに、食べ残しはWHOの食糧援助とほぼ同量であることなどに心を痛めている。だから残せない。

 もう一つ、私の牛乳の過剰摂取の問題がある。家内がカスピ海ヨーグルトに凝っており、週2.8L作っている。それを飲まされるのは私である。自分は飲まない。400ml/日の牛乳は健康に悪いのは明らかである。長い間世話になったし、止むないか、と諦め半分の境地で受け入れている。

 「ヘ・チャ」は終了したが、体重コントロールは今後も継続する。成果や如何に、結果が楽しみである。


10/30(月) 曇り・降雨 市内初雪 大曲中通病院臨時応援 飯川病院 
 0:30起床。録音データ、画像データ整理、歴史本を読む。PDF書類整理など集中。7:35Taxi駅、8:10こまち。9:10-12:15大曲中通病院外来。駅病院間往徒歩。13:30徒歩飯川病院、途中で降雨あり、みぞれ、すなわち初雪。微睡後14:00-19:30当直の次男の補助勤務。入院患者処置対応、深夜便聴く。19:30帰宅、夕食。21:00就寝。歩数計9520歩。

企業不正2017(2) 人間の根本的欠陥に由来する企業不正
 私たち人間は未来を展望しながら生きていく存在である。より良き未来を築くためには、現在生じている問題を直視しなければならない。

 しかしながら、一昨年以降、次から次へと「立派な会社」の不正、隠蔽工作が明らかになった。
 今年になってから「日産自動車」、「神戸製鋼所」、「スバル」の不正が明らかになった。
 日産自動車、神戸製鋼所、スバルなどの場合は不正の結果は国内外に及ぶ。物としての信用度の他に日本の車、日本の製品は、高級で安全、信用できると行ったイメージにまで傷をつけた。
 
 これらの企業では30年以上前からの不正もあり、組織ぐるみの疑いが強い。

 かつての「立派な企業」とは単に儲けだけを追求する企業ではなかった。ブランドイメージは信用に繋がっている。だから、ユーザーは高い金を払うのだ。
 日本の産業が発展してきたのは、ごまかさず品質を追求する、真面目なもの作りの姿勢ゆえであったはずだ。
 なぜこんなに幼稚な不正が横行してしまうようになったのか。私は呆れているが、ここに人間の根本的弱さがある、と考えている。

 昨年問題になったVWの不正を見れば、日本だけの問題ではないと分かる。
 欧州の中でも抜きんでて真面目なイメージがあるドイツにあって、VWは特に質実剛健、真面目一辺倒の企業だと思われていた。その車が米国の排ガス規制をクリアするために、テスト時のみ排ガス浄化能力を最大限に働くソフトウエアを搭載していた。
 販売台数世界一を目指しての不正だというが、なぜ世界一になりたいのか?「世界一」をブランドの頭に冠したかったのだろう。

 「いいものを作る」から「売れる物を作る」へのシフト、「立派な会社」から「評価を得る会社が立派な会社」への価値観の大逆転だ。
 自分たちの製品が「人類に貢献し、人々を幸せにしている」、のではなく、「ひたすら売りまくって経済的に勝利する」、これが組織の経営の考え方ならば、人間の尊厳の敗北である。組織人は、やがてその先にある空虚感に苛まれることにならないか。組織そのものには力がある。エネルギーがある。そこの構成員一人一人が、人間の弱さを知り、他人への思いやりに満ちて、人が見ていなくてもコツコツと努力する。そうした「勤勉さ・誠実さ」が必要なのだろうが、それが死滅しようとしている。

 なぜこんな風潮になるのか??組織の抱える問題点は何か??いつも私は考えているのだが、よくわからない部分がある。
 でも、根本は構成するメンバーの人間性にあると思う。組織を動かすような立場になればなるほど人間性が問われてくる。
 「日産自動車」、「神戸製鋼所」の不正は、組織的で、幹部が知っていた、という。重症である。

 ■ 人間の問題。人は自分にさえ嘘をつく。ましてや複数の人間関係の中では嘘をつき、それを隠蔽するのが当たり前。
 ■ 不正をしても自らが直接利益を享受しない場合、背徳感は乏しくなる。
 ■ 他人の不正を看過する無責任さ。
 ■ 組織犯罪は、一般的に個人の刑事罰は問われない。
 ■ 慢性的疲労蓄積。
 ■ 資本主義社会の右肩上がりの思考。
 ■ 安ければ良い、という消費者の嗜好。
 ■ 日本の社会が育てる道義感の希薄化。
 ■ ・・・

 結局、人間そのものの問題、組織という構造、社会の経済事情・・・などである。
 尊厳ある人間としての教育と創造性を高めなければならない。


10/29(日)曇り  ゾンタ講演「健康増進・医療にどこまで期待できるのか」
1:00起床。録音データ整理、11:00飯川病院、13:00市役所ホールへ、14:00ゾンタ講演、ちょっと不満、疲弊した。17:00飯川病院、残務整理。18:30帰宅、19:00夕食、21:30就寝。。歩数計7156歩。昨年同日に居間のストーブ初点火、今年は未。

企業不正2017(1) 個人のアイデンティティ、道徳心は企業の中では不要になる??
 大企業、一流企業の不正が次々と明らかにされている。企業不正の裾野はどこまで広がり、いつまで時をさかのぽるのか。この情報化の社会、学ぶ機会は数あるはずなのに、企業人には「他山の石」、「対岸の火事」の論理は通用しないのか。

 今年になってから日産自動車、神戸製鋼所、スバルの不正も明らかになった。ちょっと時を遡れば、東芝、三菱自動車、VW、スズキ、タカタ、化血研、旭化成杭打ち問題、廃棄カツ横流し問題・・・と私の蓄積した情報ファイルを開くとすぐに出てくる。

 日産自動車、神戸製鋼所、スバルなどの場合は不正の結果は国内外に及ぶ。これらの企業では30年以上前からの不正もあり、組織ぐるみの疑いが強い。

 企業不祥事が起きると、経営陣が何らかの責任を取り、再発防止策がつくられる。でも、神鋼の場合には1999年以降、不祥事を繰り替えしていた。
 どこも法令順守、企業統治の重要性は分かっているはずだし、態勢も整えてきただろう、と思う。別企業の例などから学ぶ機会もあったはずである。それでも不正が絶えない。企業人はバカか??バカとは言えなくても何かが狂っているとしか言えない。

 企業不正を語るに当たって、組織の問題点を明らかにすることは勿論当然だが、企業人個人の心理も分析する必要がある。
 企業のお偉方といえ、私人としては道徳心もあり、倫理観もある、よき父、よき夫のはずである。それが、企業の中では変身してしまうと考えざるを得ない。

 企業経営ではまず伝統的な経済学理論が重視されるが、行動経済学では人の経済活動での感情や心理が分析の対象となる。

 「自らが不正をしても直接自分が利益を得るわけではない」という考え方がある。だから不正に関わっても後ろめたさは乏しくなるだろう。
 「上司や同僚もやっていた、だから良いのだ」、と他人の不正を看過する。これは複数の部署、管理職が関わっている場合に当てはまる。看過して何も言わない、は道徳心の域値を下げる原因となる。
 「人は疲れが蓄積した時、壁に当たった時に不正に手を染めやすい」、とも言われる。

 では、どんな対策が有効なのだろうか。この分野では人の感情や心理が対象となるから一見非科学的となる。

 「仕事前の朝礼で皆んなで社是を口に出す」、立ち小便に悩む住宅では鳥居のミニテュアや絵を張り出すのが効果的だったという。
 それに似たような効果なのか、会議室の長押に歴代社長の肖像を飾る、なども有効であった。見られている、という心理が行動にブレーキをかける。昔は「お天道様が見ているよ」と言われるたびに私は大きなプレッシャーを感じたものである。

 ちょっとした誘惑が不正ヘの抵抗を鈍くさせる。人間は弱いのだ。本人は「これぐらいなら」という思いだったとしても、その小さな弱さの積み重ねが、大きな会社を危うくする。


10/28(土)快晴 講演準備 
0:30起床、新聞文献チェック。文献その他整理、廃棄。11:00飯川病院。講演準備に集中、19:00バス帰宅、女性運転士の車内放送心地よし、夕食、21:30就寝。 Blu-ray視聴なし。歩数計12876Km,9492歩。

第49回「よこて菊まつり」 見事な菊であった
 10月27日、大曲中通病院外来の業務終了後、横手に足を伸ばし秋田県立近代美術館を訪れた。目的は「明治工芸至宝展」であった。昨年の時期は「橘小梅」展だったが、その時も「よこて菊まつり」が開催されていて、帰りしなにざっと見てその見事さに感じ入った。

 美術館エントランスの前庭には昨年と同様「よこて菊まつり」が準備中であった。準備中とのことであったが、会場は自由に入れたので、今年は若干時間をとってじっくりと鑑賞した。

 横手は古くから観賞菊の栽培が盛んな地域で、昭和44年より「菊まつり」が始まったという。今年は第49回で期間は本日10月28日-11月6日 までとなっている。

 「菊花展示大会」は「秋田県菊花展示大会」や「横手市菊花展示大会」が開催され、県内の愛好家が丹精込めて育てた菊約2500点が並び、訪れた人の目を楽しませる。全県の愛好者が育てた菊が一堂に介する重要な大会という。
 
 会場には黄や赤、紫など色鮮やかな作品が並ぶ。 色鮮やかな大輪の菊やかわいらしいスプレー菊の他、玉菊を使った玉菊アートなどを鑑賞できた。



 会場中央には、小菊を玉状に盛った鉢植え約500点を並べて愛らしい秋田犬を描いた「玉菊アート」があり、隣接する県立近代美術館の6階展望スペースから眺めることができる。米作地域でよく見られる田んぼアートのようなイメージである。私は高い場所から眺めるのは諦めた。

 菊花の育成は奥が深いという。
 私はバラとダリアを若干育てているが最小限の世話しかしていない。それでも十分美しく咲く。しかし、これらの菊を見ていると到底そんなレベルではなさそうである。私には到底できないな・・と思いながら会場を後にした。


10/27(金)快晴 大曲中通病院外来 県立近代美術館「逸品 明治工芸の至宝展」
12:50起床、新聞文献チェック。文献その他整理、5:00可燃ごみ処理。7:30家人に同乗大曲、9:00-12:10外来。12:30業務用スーパー、ラーメン小盛り、13:45-14:40横手、県立美術館「逸品 明治工芸の至宝展」の七宝、漆工、木彫・牙彫、印籠、刺繍絵画など約100点展。見事な作品群であったが、展示方法に問題。16:30直帰宅、ストーブ点火関係修理試みるも失敗、19:00夕食、21:30就寝。 歩数計9667歩。

展覧会2017(8) 県立近代美術館「明治工芸至宝展」 明治近代化に貢献した
 本日、10月27日、大曲中通病院外来の業務終了後、横手に足を伸ばし秋田県立近代美術館を訪れた。昨年の同期「橘小梅」展だったからあれから1年、早いものである。本年8月28日には「ミューズ展」を観た。

 今回の明治工芸展は明治工芸の至宝展実行委員会による展覧会で、明治期の“超絶技巧“をもって制作された七宝、漆工、木彫、牙彫、印籠、刺繍絵画など、清水三年坂美術館他が所蔵する幅広い分野から選りすぐった工芸作品約100点が展示されている。

 明治工芸について語るとき、精緻な手仕事が話題になる。江戸時代より蓄積されてた様々まな技法が、各作品に実に見事に応用され表現されている。その超絶さには、理屈抜きにに驚嘆させられる。
 しかし、技巧だけなら人は「感心」はしても「感動」することはないだろう。おそらく多くの現代人の心を動かすのは、精緻な技巧の奥に見えてくる、時代の要請に必死に応えようとする明治の職人たちの「心意気と熱意」ではないだろうか。
 明治工芸の魅力は、果たして技巧だけなのだろうか、と思う。同様の感覚は6月に観た「明治有田焼展」でも感じた。

 時代背景を見ると、日本が万国博覧会に初めて参加したのは開国まもない慶応2年(1867)のパリ博覧会とされる。明治政府として初めて参加した明治6年(1873)のウィーン万博には陶磁器、金工作品か沢山並べられた。当時、工業を持たない日本は、江戸以来培ってきた工芸技術の粋を結集した、大型でかつ細密な工芸作品を万博会場に並べた。

 ウィーン万博以後、ほぼ2年毎に開催された万博で、日本は大量の工芸品を売却し、得た外貨で欧米先進国から工業技術を導入し、工業国化、軍事大国化を推進した。明治も30年代になると急速に人件費が高騰し、優秀な人材は工業・商業分野を目指し、工芸の分ごは急速に衰退の一途を辿ることになる。皮肉な経過である。

 特に明治20年代から30年代にかけて作られた作品には、欧米から流人した異質な文化の影響で、より新しい感覚の魅力的な作品が多い。このことは特に蒔絵作品や金工作品に顕著に表れている。金工作品では、武家社会において主に刀装金具で培われてきた彫金技術が、花瓶や香炉のような器を装飾する技術として使われ、金工の新しい美術分野として大きく発展することになる。

 明治の工芸作品は、その時代の欧米人を魅了し、今なお多くの欧米人を魅了し続けている。一方で、日本人からは忘れ去られ、日本には作品が殆ど残っていない。残念なことである。
 同様のことは浮世絵、伊藤若冲の場合にも当てはまる。

 わずか数十年の間だけ花開いた美しい世界、もう誰にも作れない超絶技巧の世界を日本人はもっと知るべきではないだろうか。

 会場で、「明治の万国博覧会の再現美術品」 2010年 制作:清水三年坂美術館、を購入した。素晴らしい写真集である。
<img src="http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/e6/11f20083d36b9e7936956b80d2001dc5.jpg" border="0"><img src="http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/29/6c938a5caad4de429633fdc561a10cfa.jpg" border="0">

 秋田県立近代美術館の展示はほとんどが壁際であった。工芸品は絵画などと異なり正面から味わうだけでは不足である。裏も側も観れるよう部屋の中央での展示、または、例えば、回転する台の上に設置して全方向から見れるようにしてほしかった。


10/26(木)早朝曇り晴れ 外来 飯川病院 
 0:40起床,新聞・文献チェックほか。7:15バス通町から徒歩飯川病院、8:45-13:00外来、複雑。14:00-18:30飯川病院。入院患者対応、19:10薬局経由帰宅、夕食、20:45就寝。歩数計Σ9739歩。Blu-rayながら視聴:「100分で名著:維摩教(1)(2)(3)」。

健康増進・医療にどこまで期待できるのか(8) 高齢者の交通事故に多剤服薬の関与はないのか
 10月20日午後、武蔵野市の吉祥寺通りで、車が歩行者に突っ込んだ。警視庁によると、2歳児を含む男女7人がけがをした。いずれも命に別条はないという。
 武蔵野署は車を運転していた85歳の運転者を現行犯逮捕した。車は対向の路線バスに接触、そのまま走行し歩行者らをはねた。調べに対し容疑者は「アクセルとブレーキを踏み間違えたかもしれないが、よく覚えていない」と供述しているという。

 警視庁が2016年に起きた75歳以上の運転者による死亡事故459件を分析したところ、「ハンドル操作」の誤り、「アクセルとブレーキ踏み間違え」など「操作の誤り」が一番多く、認知機能の低下が原因とみられる事故も少なくない、という。 

 このような高齢者の交通事故が生じると認知症との関連がよく言われるが、私は背景に精神安定剤や睡眠薬を含む高齢者への薬物多剤投与が関連しているのではないか、と考えている。降圧剤ですら可能性があると考えている。
 しかし、高齢者の交通事故に関して身体の状況、疾患の治療状態、服薬中の薬剤などが報じられることは殆どない。おそらくプライバシー保護の問題であろう。

 高齢者が運転中に体調を崩して事故に結びついた例は、てんかん発作、低血糖、心筋梗塞、大動脈解離破裂、脳卒中、咳嗽失神などの例が挙げられる。このような方々はおそらく医療機関に受診中で、治療を受けているだろうと考えられる。
 疾患や服薬が影響する自動車運転に関する改正道路交通法と自動車運転死傷行為処罰法が2014年に施行された。医療機関が投与する薬剤の添付文書で運転に対しての注意喚起が記載される薬剤は多い。市販薬の文書にも記載がある。

 自動車運転死傷行為処罰法は、疾患や服薬が影響した事故への厳罰化を規定しているが、「運転に支障が生じる恐れのある状態」でも適用される。改正道路交通法は、疾患の虚偽申告による免許取得への罰則化を規定し、法律で定めた一定の症状を呈する患者は主治医の診断書が求められる。

 多くの薬剤の添付文書で運転禁止の注意喚起がなされていることを含め、一定の疾患があると運転が大幅に制限される状況にある中、服薬を継続する患者は少なくなく、運転行動に悪影響を及ぼす可能性がある。しかしながら、薬剤の運転に影響に関する判断については十分ではない。現状では「薬剤服用期間には運転をやめましょう」など画一的な指導にならざるをえない。だから運転免許更新時にも虚偽報告される。

 そういう私自身が、具体的に薬剤と交通事故の関連についてデータをつかんでいるわけではない。しかし、某県のデータでは後期高齢者の多数が多剤服用であることを示している。通院中の患者のうち、約1/4が2ヶ所以上の医療機関に通院し、十種類以上の投薬を受けていることが示されている。これらの薬剤には精神安定剤や睡眠薬、降圧剤、血糖降下剤が含まれていると推定する。


(緑の部分は私の追記)

 この状態が交通事故に関与している可能性は大きいと思う。
 
 私は交通事故に関しては年齢にかかわらず、運転者の服用中の薬剤を明らかにすべきと思う。主治医には厄災と事故との関連性を問い合わせるべきである。そのことが、運転免許を持つ高齢者の治療にいい意味での影響すると思われる。


 10/25(水)快晴、 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 2:30起床,なぜか寝過ごす。文献チェックほかいつものごとし。7:30Taxi駅に、8:10こまち。9:10-12:15大曲中通病院外来。駅病院間往徒歩。13:30ヤマハ秋田店からヴァイオリン受け取り飯川病院。14:00-18:30ボランティア、検食、外来・入院患者対応。19:10タクシー帰宅・夕食、20:30就寝。歩数計Σ12542歩。Blu-rayながら視聴:「コズミックフロント:トラピスト1惑星系、木星の不思議、環境DNA」。

健康増進・医療にどこまで期待できるのか(7) 29日の秋田ゾンタ同名の講演内容
 昨年9月中旬、秋田ゾンタクラブで「医療介護に頼らず長く生きる」と題する講演を行った。
 今年も講演依頼が来た。昨年の講演で全てを話したから、とお断りしたのであるが是非にと再依頼を受けた。今年は「健康増進・医療にどこまで期待できるのか」、にした。

 日本人は世界でも有数の生活環境にあり、平均寿命も世界一である。医療環境も、国民皆保険制度を含めて最高である。
 にもかかわらず、私の目から見ると健康に過度の不安を抱え、軽微な症状でも受診し、採血検査やCT検査を希望する。今まで生きて何を体得して来たのか、と呆れてしまう。
 我が国の糖尿病が候補者を含めると2000万人に近くなっている。ここまでくると疾患というよりは病的な状態である。その上、責任は自分にあるのに健康不安が強く、「健康追求病」と言うべき病的な状況に陥っている。

 この点についての話題である。
 話す項目を書籍の目次風に並べてみた。

―――――――――――――――――――――――――――
■通院中の方は、私でなく、主治医の方を信じて。
■人は他力でなく自分の生命力で生きている。
■医療の意義は大きいが、医療の一部に疑問あり。
■健康に対する不安、医療に対する期待は過剰すぎる。
■医療:健康上のリスクを避けるために別なリスクを加える。100%安全な医療はない。
■体を動かす努力しない高齢者ほど、サプリに頼り、医療に頼る。
■高齢者の今後の人生は、「努力」と「運」で決まる。
■私がクスリ嫌いになったルーツは。
■非科学的だが、私は臨死体験し、祈祷師の予言を受けた。
■自転車通学が私を丈夫にした。
■平均寿命、余命、健康寿命とは。
■長命の背景因子。 医療は大きくは関与していない
■健康寿命を伸ばすには体を動かすことに尽きる。
■自然治癒力、生命力に頼らない医療はない。
■軽微な病気の90%は自然に回復する。経過観察が基本。なんで医師に金を払う。
■多剤服用の高齢者。気づかれない副作用。
■過剰な検査と治療 CT検査ほか。
■高齢者の胃瘻。
■過剰医療の背景。
■健康と食事。
■サプリメント・健康器具。
■認知症、ガンは予防できるのか??
■最後はガンで逝きましょう
■私の人生は何だったのか?
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 何故、現代人はこれほどまでに、健康に関することに、みな不安を持つようになったのだろうか。サプリメントの広告も多い。メディアの健康関連記事や番組が目白押しである。さらに、理解する力もないのに自分からも健康情報を求めている。これじゃ狂うのが当たり前。

 医療や健康の情報はいくら流されても、医学知識がなくては患者側は十分な理解ができない。だから、不完全な情報に接した後で自らの健康状態と比較して不安に陥るのが常である。

 健康とはなにか、という基本が理解されていないのに、いい結果だけを求めるから、かつ、人生は全て「運」なのだ、と言う諦観や死生観などが確立していないから、狂うしかない。人生は運なのだということを自覚すれば、気楽に生きられると思う。
 これが本当のの断捨離である。






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