徒然日記

 日記と言うより、自分の行動記録と日々の雑感です。

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2/16(木)曇り 外来・ドック処理 飯川病院 
1:45起床。いつもの如く。降雪なし。6:47バス飯川病院へ、7:05病院着。8:45-13:30中通病院外来、混雑。ドック関連業務処理。13:45-17:50飯川病院。18:00バス帰宅、夕食、20:45就寝。BR視聴:「コズミックフロント:伊能忠敬」「林:初耳」。歩数計:8459歩数10880Km。

徒然草から学ぶ(2) (121段) 動物を飼う

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 (121段 一部略) 養ひ飼ふものには、馬・牛。繋ぎ苦しむるこそいたましけれど、なくてかなはぬものなれば、いかがはせん。犬は、守り防ぐつとめ、人にもまさりたれば、必ずあるべし。その外の鳥・獣、すべて用なきものなり。走る獣は檻にこめ、鎖をさされ、飛ぶ鳥は翅を切り、籠に入れなれて雲を恋ひ、野山を思ふ愁、止む時なし。その思ひ、我が身にあたりて忍びがたくは、心あらん人、是を楽しまんや。生を苦しめて目を喜ばしむるは、桀・紂が心なり。王子猷が鳥を愛せし、林に遊ぶを見て、逍遥の友としき。捕へ苦しめたるにあらず。
凡そ、「めづらしき禽、あやしき獣、国に育はず」とこそ、文にも侍るなれ。
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 (私の意訳)馬・牛他の動物たちのは繋いで苦しめるのは痛ましいが、無くてはならないから仕方ない。犬は家を守り防ぐから、必ず飼うべきだ。その他の鳥や獣は、すべて無用のものである。飼われて苦しむ他の動物たちの思いを、我が身にあてはめて耐えられるだろうか。楽しめない。生き物を苦しめて目を喜ばせるのは古代の暴君の心である。風流人として知られる王子猷が鳥を愛したのは、林に遊ぶのを見て、そぞろ歩きの友としたのである。捕えて苦しめるためではない。
「珍しい鳥、見慣れない獣は、国内で養わない」と、書物にもありますよ。
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 今の時代を兼好法師が見たらどう思うだろう。
 馬・牛他の動物たち一般的には飼われていない。文中に登場する動物の中で飼われているのは犬だけであるが、ネコが多いのに驚くことだろう。

 兼好法師とネコの関係はようわからないが、多分嫌いだったのだろう。
 紀元前から日本にネコが存在をしていた可能性は否定できないが、今の祖先に当たるネコは奈良時代ごろに、経典などの大事な書物をネズミから守る益獣として、中国から輸入されたとも言われている。ネコの記録は、889年の宇多天皇による黒ネコの飼育日記である。平安時代にはさまざまな和歌や物語に登場し、「花咲か爺さん」、「桃太郎」などに登場するなど人々に親しまれていたことが窺われる。一方、ネコはの登場は一般的に少ない。十二支からも外された。

 兼好法師(1283-1352)は平安時代の末期に生まれているからネコの存在は十分知っていたと考えられているが、この文には登場していない。89段で「奥山に猫またといふものありて・・・」という項でてくるが、実際はネコではなく犬であった。当時はネコはまだ数も少なく一般的でなかったと思われる。

 一方、日本ネコは愛玩用ではなく鼠狩りの益獣として輸入されたため、家で飼われるより外で暮らすことが多かったらしいが、1945年第二次世界大戦が終結した頃から進駐軍など外国人の手によって外来種が日本国内に大量に持ち込まれるようになり、爆発的なシャム猫の流行期以降、外来種との混血が急速に進んだ。

 本来の日本ネコは、定義もはっきりせず、よくわからない存在となっている。ちなみに我が家の7匹のうち3匹はシャムミックスである。


2/15(水)快晴・温暖 飯川病院ボランティア 
 1:30 起床。新聞・文献などいつもの如し。飯川病院院長多忙にて一緒に出勤、9:00-14:00ボランティア。徒歩で薬局、書店、コーヒーショップ経由、15:06菊谷小路からバス帰宅。ネコ室コタツの通電モニター修理。春の訪れを体感した1日。BR視聴:「エンスゼロ:心の所在」。「100分名著:野生の思考(3)」「知恵泉:大江戸事件簿」「北斎漫画」「英雄の選択:小松帯刀」。19:00夕食、20:30就寝。Σ12216歩10873Km。

徒然草から学ぶ(1) (序段) やっと法師の気持ちの一端が分かるようになったかな
 本日は比較的暇があった。請われてボランティアとして飯川病院に来たものの、午前中に予定した患者搬送等の予定がキャンセルされたためである。こんなときにはゆっくり過ごすに限る。

 当ブログの名称になている徒然草は一度通読し、他は適宜参考になりそうな章を読んではいたが、深読みしたことはない。名前を借りたということもあってちょっと罪深さを感じていた。それが、今日突然、再読してみたくなった。通読した時には、現実離れした、勝手なことをのたまっているひねくれ老人、と捉えていたが、今読むと印象がかなり違う。私の感受性がすっかり変わってきたのだと思う。

 徒然草序段は短文である。それに、暇な時間があるときの時間の使い方についての提言である。

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 (序段)つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
????????????????????????????????????
 (私の違訳)特に急いでやることもないままに、一日中パソコンにむかって、心に浮かんでは消えていく何でもないこことを、コツコツと書き付ける。これがなかなかいいもの。私にとっては平穏そのもので、あやしくも狂おしい感じはない。兼好法師は何を狂おしく感じられたのだろうか?」
????????????????????????????????????

 現役を退職してから5年経った。ほぽライフスタイルもきまってきた。まだ勤務していて辛いほどの業務が重なる日もあるが、現役時代とは一線を画する余裕が生まれた。当時は今から考えるとずいぷんコマネズミに近い生活をしていたものだと反省させられる。「名利につかわれて、閑かなる暇なく、一生を苦しむるこそ、愚かなれ」と、兼好法師に笑われていい生活であった。

 退職した時には、責任ある立場から解放され、自分の自由になる時間ができる。いろいろやりたいことが山積みで計画を立ててこなしてきたが、5年も経つとそれにも限界も見えてきた。

 昨年暮れに私はそのような自覚の元に、年間の総括と新年を迎えていつも立てていた年間計画とそれに対する努力することを一切やめた。

 勤務ある日は穴を開けないようにするのは当然であるが、それ以外の時間はその日暮らしの発想である。無計画な日常生活を送って見ることとした。自分の五感で感じ取ったことに応じてその場で考えたことをやって見る。読みたければ読む、腹がへれば食べる、微睡を取りたければそうする・・・。「忙中閑あり」でなく、気が向いた時に「閑中忙あり」にする。そんな感じである。

 現代は徒然草の時代と異なることは言うまでもないが、「しずかなるところ」にこそ、いろいろな知恵も生まれ出てくるということは、多分、昔も今も変わりはないであろう。もう長くないであろう余生を、無為に過ごしてみたいものである。それが無駄でない結果を生むのではなかろうか。

 発想を転換してから、かなり心に安らぎが生まれてきたように思う。


2/14(火) 晴れ比較的温暖 外来 飯川病院 
 0:30起床,文献、本読み他、降雪無し。5:00可燃ゴミまとめ、提出せず。6:47バス飯川病院、8:45-13:00中通病院外来+書類数件処理、13:15飯川病院。本日は対応患者なし。BRながら視聴:「池上ニュース総括2016」、4時間の長時間番組であった。19:00帰宅、夕食、20:00就寝。Σ6604歩。

社会保障環境2017年(7) 高齢者定義75歳?? 制度的意義がなければ無駄
 高齢者の定義について国際的にも一般的に65歳以上とされいる。

 日本老年学会と日本老年医学会は1月、高齢者を75歳以上とすべき、とする提言を発表した。65-74歳は「心身とも元気な人が多く、高齢者とするのは時代に合わない」として、新たに「准高齢者」と位置づけた。
 医師や心理学者、社会学者らでつくる両学会のワーキンググループが日本人の心身の健康に関する複数の調査結果をもとに2013年から検討してきた。「あくまで、医学的な立場から検討した・・・」というが、ヒマな方々だね、と思う。

 社会的に認知度がたかい現在の前期高齢者、後期高齢者で何が悪いのか?
 「准高齢者」とは考えたものである。私は今これに相当するのだが恥ずかしい。前期高齢者の方が居心地がいい。それに、「元気だから高齢者とするのは時代に合わない・・」とは何を示すのか。高齢者は元気ではダメか?

 65歳以上でも、身体能力をみる指標の歩行速度などが衰えず維持される傾向にあり、生物学的にみた年齢は10-20年前に比べて5-10歳は若返っていると判断した。そんなこと学会がわざわざ指摘しなくとも誰だって実感として感じている。「高齢者の体力は最近向上したね・・」とお祝い事として捉えていればいいのだが、「・・・だから、社会保障など少なくてもいいよね」との議論に必ず組み込まれる。なんとなれば、高齢者社会保障は今後薄くなることはあれ、逆は無理だろうからである。

 高齢者は長い人生を生きて来ているから個体差が大きい。そんな高齢者を年齢で十把一絡げにまとめてどうするのか。高齢集団は多様である。
 働ける方には働きやすい環境を用意してほしい。
 健康的に問題があったり、経済的に、社会的に弱者であったり様々である。このような高齢者を拾いあげるための工夫を考えてほしい。

 私は今後、この提言を社会保障そのほかをめぐる高齢者制度に利用するのであれば賛成である。健康的で豊かな高齢者への社会保障は薄くし、代わりに個々の落ちこぼれを如何に拾い上げるかを考えるならばいい。

 知的機能の面でも、70代の検査の平均得点は10年前の60代に相当するという報告があり、判断根拠の一つとされた。そんなこと言っても今後は高齢者の10%以上が認知症になると予想されているから、認知症軍団が増えてくる。

 「高齢者とは何歳以上か」を間うた2014年の内閣府の意識調査では、70歳以上との答えが28%で、15年前より13%上がったのに対して、「65歳以上」は6%で、12%下がった。こうしたことも考慮された??「あくまで、医学的な立場から検討した」のではなかったのか?

 学会の提言は概ね好意的に受け入れられているように見える。しかし、私は疑問である。


2/13(月)曇り時々晴れ 比較的温暖 健康クリニックドック 飯川病院
 1:00起床、文献・本読みなどいつもと同じ。積雪予報に反し殆どなし。6:47バス、7:10病院着、9:00-11:00健康クリニックドック診察11名、11:15飯川病院へ。14:00-18:30勤務。入院患者対応。 DVDながら視聴「100分で名著;正法眼蔵(3)」、「知恵泉:小林虎三郎」、「池上:ニュース2016」、「サイエンスゼロ:未解決問題??心はどこにある」。19:00帰宅、夕食、帰路道路脇には雪が積み上げられて危険な感じ、排雪急務。20:30就眠。Σ8056歩。

稀勢の里横綱昇進 「日本人横綱」か、「日本出身横綱」か
 大相撲初場所で初優勝した稀勢の里が25日、第72代横綱に昇進した。相撲界に19年ぶりとなる「日本出身横綱」が誕生した。

 私が目にした新聞・雑誌は全て「日本人横綱」でなく、「日本出身横綱」との表記で足並みが揃っていた。そのための表現としてメディアでは「〇〇人力士」と表現せず「〇〇出身力士」と記載する取り決めがあったのだろう。

 私はそのことを今回まで知らなかったが、今回初めて「日本出身横綱」の表現に気づき違和感を覚えてしまった。

 若乃花が66代横綱に昇進したのは19年前の1998年、67代横綱武蔵丸はその1年後に昇進した。武蔵丸は米国のハワイ出身であるが、日本国籍を取得し、横綱昇進時は日本人だった。それ以降の、朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜と続けてモンゴル出身の横綱で、4人ともモンゴル国籍のままである。

 ほとんど私の記憶から消え去りつつあるが、横綱武蔵丸の呼び出しは変わらず「ハワイ出身」、同じく日本国籍を持つ旭天鵬は「モンゴル出身」と呼ばれていたような気がする。両者とも日本人になっていたのだが、日本人になったことよりも出身地を重視した差別的扱いになっていた。

 稀勢の里は、出身を重視すると19年ぶりの「日本出身横綱」、国籍を重視すると武蔵丸以来18年ぶりの「日本人横綱」ということになる。この辺は微妙である。

 メディアはなぜ「武蔵丸以来18年ぶり日本人力士」と讃えないのか?私は若乃花以来の「日本出身横綱」との表現に、差別的扱いを感じ、やはり少しの引っかかりを覚える。

 日本人ではなく日本出身と記載するきっかけを作ったのは旭天鵬の優勝らしい。彼が優勝する前は「〇〇人力士」と「日本人力士」の別だったのが、その後は「日本出身者」、「モンゴル出身者」とかに表現が変わった、という。国籍を重視して「〇〇人力士」は差別的、との発想があったのだろう。

 私は熱心な相撲ファンではないが嫌いでもない。
 国籍は関係ないと思っている。相撲が日本の国技とされるがここまで外国出身力士が多くなり土俵を盛り上げていることは重要である。外国人力士がいなければ相撲がこれほど面白くなっていただろうか。
 角界では約630人の現役力士がいるが外国出身力士は6%ほど。人種別のバッシング等もあると聞く。中立であるべき協会が露骨にモンゴル出身力士に対し差別的発言したこともあった。侵略者のような扱い?である。そんなに嫌なら、新弟子として受け入れるのをやめればいい。多分、相撲は一気に衰退するであろう。

 こんなこととは別に、横綱としての稀勢の里の活躍を願っている。


2/12(日)曇り寒波去る? 北朝鮮ミサイル発射 除雪11回目
 1:00起床。新聞文献処理、録音データ処理など。7:00-8:15除雪11回目、10-15cmで水分含む雪で難渋する。疲労感あり微睡。ネコ風除室掃除、コタツ天板改良し熱効率高めた。冷蔵庫の移動、棚固定。午後は書斎にてBR視聴:「らららクラシック:薔薇の騎士」,北朝鮮ミサイル発射ニュースのため予定変更なった「NHKのど自慢、岡山」観る。新聞・文献などファイル化。秋田市の除雪あり、助かった。19:00夕食、20:30就寝。Σ13381歩10852Km。

日米首脳会談の印象
 安倍首相がトランプ大統領と会談した。
 この会談は、未知数のトランプの今後を見るのに重要で、おそらく世界的に注目されたことだろうし、今後、今後内外のメディアを通じて多くの論評がなされることだろう。

 私の印象では、初会談という割には、大方の予想に反し比較的おとなしい、ふつうの会談だったと思った。いや、それ以上に過度に、時間を共有し、不自然に親密な会談であった、ちょっと気持ち悪さも印象として感じた。このことの意味はまだわからない。
 両首脳が個人的な信頼関係をうたい、そのこと自体は良いと考えるが、両国の「蜜月」を演出しても、国際社会の秩序の維持につながらなければ、意味はない。

 日本にとって最大の懸案事項である日米同盟に明快な方向性が示されたことは評価すべきだろう。共同声明では強固な日米同盟をうたい、尖閣諸島に日米安全保障条約第5条が適用されることが明記された。一方、声高に主張していた日本国内の米軍の駐留経費について、日本側の負担増の要求もなかった。
 
 トランプ大統領が選挙戦や当選後も繰り返してきた自動車輸出や為替問題をめぐる対日批判が、記者会見で一切出なかった。

 経済問題、二国間の貿易に関しては副総理と副大統領間で別口に相談する機会を作ったことも大きいと思う。損得勘定には詳しいが、トランプ氏は日本との貿易の歴史や背景をご存じないだろうから、日本にとって安心材料の一つと言える選択だったろう。

 トランプ氏の政策の詳細はいまなお、わからない。
 対中国問題も流動化している。台湾総統と電話会談したかと思うと、習近平氏との電話会談では中国一国主義を支持するとしたかと思うと、トランブ氏は中国の為替政策を改めて批判した。

 今回の首脳会談は一見うまく行ったように見える。
 「予測不能」な言動のトランプ氏への対応として、共同声明を文書に残したのは適切な判断といえるだろう。しかし、今後の日米関係を安堵するのはまだ早い。トランプ氏が中国との関係も複眼的に見ていることは注目しなければならない。

 まだまだトランプ氏はわからない存在である。
 選挙期間中、大統領選出後、日米首脳会談前に放っていた対日本政策、これらは首脳階段で影を潜めたように見えるが、トランプ氏の言動には日本人が考え直さなければならないだろう真実も含まれていた。常に原点に立ち返って考えなければならないことには変わりがない。


2/11(土)建国記念日 終日曇り降雪 飯川病院日直 
1:00起床。文献,新聞整理他、録音データ整理など。除雪は迷ったがパス。8:38バスにて飯川病院、9:00-17:00日直。入院患者は落ち着いている。BRながら視聴:「ヒストリア:最上兄妹」,「段階スタイル:ぶらり旅」,「小野田直武と角館」,「NHKsp:がん治療革命」。歩数計Σ5921歩10830Km。日直日はほとんど部屋から出ず運動不足。19:00迎えの車あり帰宅、夕食、20:30就寝。

こたつの思い出(3) 今季ネコ専用暖房器として採用
 我が家では平成10年頃まで世界初と思われるハイブリッドこたつを用いていたが、コタツを暖房器具として使わなくなってから15年余りが過ぎた。

 わが家は家ネコの「クロ」と「プチ」、風除室に親子ネコが5匹がいる。親子ネコ5匹は「プチ」の母親と一年違いの兄弟である。後者は家ネコの資格は与えていない。風除室ネコとして、私とは内縁の関係である。しかしながら、今更何ともできない。ずっと保護してやらねばなるまい。同じ生き物として尊重し、掃除洗濯、食事などは十分に世話している。全員去勢済みであるし、遊びの道具も比較的リッチに与えている。

 風除室は4畳ほどの広さで、床を除く4面がガラス、屋根部分がプラスティックだから、冬は寒い。風除室は外気とほとんど同じ気温でとても冷える。家ネコの「プチ」は暖房の効いた部屋でぬくぬくと過ごしており、風除室ネコから差別だ、とクレームが来ているらしい(・・・ウソですけど)。

 昨冬は暖房として11月下旬から2枚のヒーターマットを用意した。ネコ達も体格が大きくなってヒーターマットに乗り切れなくなった。

 ネコといえばやはりこたつが相応しい。
 今年は70cm角の家庭用こたつを風除室にセットした。古いのもあるが、安全を考えて新調した。
 こたつといえど布団は用いていない。床を含め6面をダンボールで覆って箱型にし、一箇所に出入り口を作っている。温度は安全を考えてほのかに暖かい程度にセットした。電源のon/offは私の作業机で切り替えが可能であり、朝夕の給餌の際には箱を触って温度を確かめている。何しろ、こたつの製造元ではこんな状態で使用されるなど想定外だろうから、安全の面では私も緊張して用いている。

 ネコたちはこたつの中と天板の上で暖を取れるようになっている。中に入ったり天板の上に横になったりして、のびのびと過ごしている。その表情は満ち足りているように見え、一安心である。今季、暖房にこたつを採用して良かったなと思う。

 こたつの上にミカンがあるという風景は、それだけで心がほっこりするような温かさかある。「おーい、おめだちミカンでも食うか?」と声をかけるが、返事はない。こんな気持ちになる自分を見て、「年取ったな・・・」と苦笑いする日々である。
 マンガ「ネコと爺さん」もほっこりと暖かい本 「ねことじいちゃん」 ねこまき著 KADOKAWA 第1巻2015年8月、第2巻2014年4月 @1100円。

 なお、わが家のネコどもの様子はこの雑記帳の左袖にあるブックマークのインスタグラムのクリックで見ることができる。


2/10(金)曇り 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:10起床。文献チェック、徒然など。5:30可燃ゴミ集積所。降雪なし。7:30Taxi駅に。8:10こまち。9:10-13:15大曲中通病院外来。千秋美術館に立ち寄り、14:30-18:15飯川病院ボランティア、18:40Taxi0書店経由帰宅、19:30夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「プロファイラー:田中絹代」,「コズミックフロント:金星」、「ガイア:日本の米」。歩数計Σ7772歩10830Km。雪に足取られ3回目の転倒、実害なし。


こたつの思い出(2) 子育ての頃 ハイブリッドこたつを自作
 秋田には昭和48年に転居した。
 長女が生まれたのを機会に家内の親族が多い秋田で子育てしようと画策したものである。
 幸いなことに、私が志向していた血液内科学の講座が秋田大学に作られる予定であったから一挙両得であった。私は幸運の星のもとに生まれている。

 私は大学病院に勤務し血液免疫学を学んだ。家内は秋田組合総合病院内科に復帰した。
 日常の勤務状況は多忙を極め、生活一般、子育ては家内の叔母にあたる石井さんにお願いした。石井さんは昭和52年頃から二人の女の子とともに同居することになった。

 昭和51年に長男、54年に次男が生まれたをの機会に借家が手狭になって現地に居を構えた。子供が石井さんの娘2人と合わせて5人、大人3人の多人数家族で暮らした。

 居間には比較的大型のストーブがあったが、そのほかに補助的に豆炭こたつも併用していた。豆炭こたつは炭火に比較して扱いが簡単で、長時間火力を維持できた。しかしながら、休日などにはこたつ一つではでは物理的に不足で、その時には電気こたつを引っ張り出して併用していた。豆炭こたつは、私どもが夜遅くに帰ってきた時などには燃え尽きて冷えていることも稀ではなかった。その場合、電気コタツが重宝した。しかし、こたつ二つ併用は、結構部屋も狭くなるし、機能的にも不便であった。

 ならば、70cmx70cmの豆炭コタツと電気コタツを合体し、ハイブリッド化すれば互いの長所が活かせるのでは、と考え作成に取り掛かった。コタツは物干しの時の踏み台にもなるし、子供達が上で遊ぶことも稀でないし、70cmx140cmにしても脚が中央にあれば意味がないから構造的に4本足を維持しながら大人の体重に耐え、子供達の遊びにも耐える構造に強化した。これは私の木工作業の中でも傑作の部類に属する成果であった。
 こたつぶとんも二つ合体させた。

 自作の細長い、ハイブリッドこたつに一家8人が集まり、背中を丸めて顔を寄せ合う。ミカンを食べたり、ファミコンしたり、トランプ・・・など、時には雑魚寝の場にもなるなど、ハイブリッドこたつは長い間わが家の冬のだんらんの場だった。

 やがて、子供達は一人一人進学し家を出た。ハイブリッドこたつは平成10年頃まで用いていたが、家族が少なくなるとそのでかい図体があだになって邪魔者扱いとなり、ガレージの2Fの物置にしまわれ、数年後に解体した。

 2000年トヨタがハイブリッドのプリウスを発売して、ハイブリッドの言葉が広く知られるようになったが、我が家ではその20年も前から世界初と思われる豆炭と電気によるハイブリッドコタツを実用化していた。このことは、誰からも知られていない歴史的秘話である(・・・ウソですけど)。


2/9(木)曇り 外来 飯川病院
0:20起床。新聞、文献本読み。電子化。6:47バス飯川病院、8:45-13:00中通病院外来+人間ドック結果判定14名分。13:30飯川病院、14:00-18:50勤務。19:10帰宅、夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「100分で名著:正法眼蔵(2)」,「知恵泉:江戸」、「アナザーストーリーず:日活ロマンポルノ」、昭和偉人伝:吉岡治」。歩数計Σ7922歩10830Km。

こたつの思い出(1) 岩手で
 こたつは古くは室町時代から用いられた、と言う。木炭などを熱源に専用の布団をかけて温かい空間を作り、そこに脚や体を入れて暖を取るという道具である。日本人の多くが親しみを持つ暖房器具であり、これからもその価値は薄れることはないだろうと思う。

 私もこたつに関していろいろ思い出がある。しばらく用いていなかったが昨秋から復活した。今回はネコ専用暖房器具としてである。

 岩手でのこたつ生活の思い出ーーーそこにはいつもネコがいた

 岩手の冬は寒かった。1-2月の朝は家の中でも-5℃は当たり前、-10℃に達することもあった。居間の暖房は薪ストーブ一つと木炭のこたつであった。座敷は複数の火鉢だけ。私はこたつに入って小机を脇に置き、湯たんぽに湯を入れ、かじかむ手を温めながら受験勉強した。そばには常にネコがいた。私に生き方を教えてくれた初代のネコで、こたつの上や私の膝上が彼女の好みの指定席であった。

 早朝、母が炭火を起こしコタツを準備するのであるが、最初は火力の調節が難しく時に木炭が弾けるのでその時は布団をかけない。ネコはその時はこたつの縁に丸くなって暖をとるのであるが、布団をかけていないのに頻回に一酸化炭素中毒になった。炭は点火時に多くの一酸化炭素が出るのだろう。
 ネコはその時、ふらふらと立ち上がり、よろよろと数歩歩き、ばったりと倒れ、意識を失った。私が遭遇しただけで10回はあっただろう。うちわで冷たい風を送りながら全身をマッサージして刺激を与え続けた。10分ほどで意識を取り戻しことなきを得た。呼吸が止まりそうになったことが一度あって、私は鼻から息を吹き込んだこともある。

 炭火が安定すると灰を厚くかけて火力を落としこたつ布団をかけるのであるが、ネコは頭だけを布団から出して、あるいは布団のヘリに丸くなって暖をとった。

 ネコとこたつ、とても相性がいい組み合わせである。冬のこたつの周辺にはいつも私とネコがいた。私が大切にしている以下の写真は昭和38年頃、こたつの上にいるときに撮影された。

(あったかいこたつの上で、はいポーズ)

 やがて、ネコは老衰死し、私も新潟に進学し、両親は盛岡郊外に小さな住宅を得て転居した。これを機会に我が家のこたつは木炭から電気に変わった。母親も早朝の火起こしから解放されたし、安全のためにもとても良かったと思っている。


2/8(水) 曇り比較的温暖 飯川病院ボランティア 除雪10回目
 1:00起床。新聞・文献読みとPDF化およびそれらの整理に集中。新たな降雪2-3cm。6:00-7:00除雪10回目。場所によっては20cmほどに、除雪し甲斐があった。昼食久々回転寿司に。13:00飯川病院ボランティア。BRながら視聴:「そこまで委員会;トランプは大丈夫か」、「世界は今;トランプ」観る。18:00バス帰宅。自宅近くで氷結路面に足とられ2回目転倒。実害なし。それにしてもよく滑る。19:00夕食、20:20就寝。Σ9514Km。

回転寿司 ほろほろと口の中でとろけるしゃりの美味さに驚いた
 本日(水)はフリー日である。
 週の中間に勤務がないフリー日があるのは最高である。こんな恵まれた環境が得られるとは思ってもいなかっただけにとても嬉しい。とは言っても、飯川病院の院長からボランティアの声がかかるから、完全に休める水曜日は月に一度ほどである。本日も午後依頼があった。

 午前フリーだったのでゆっくり10回目の除雪し、ネコ室となっている風除室の掃除、壊された棚の修理などをやった。時間がゆったり流れる。読書タイムも取れた。

 午後の飯川病院のボランティアは時間がそう厳しく決められているわけではない。家人が買い物に行くと言うので車に便乗した。途中、空腹を満たすために回転寿司店に寄った。
 私は基本的に外食は嫌いであり、回転寿司店は3-4年ぶりである。それほど空腹でもなかったが、こんな時は、安く、気軽に好きなものを好きなだけ食べられる回転寿司がいいのでは?と大学病院近くにある店に寄った。同様のチェーン店は数多いが、入ったのはその中でも安い方に属するK店であった。

 昼食時だがウイークデイでもあるし混んでいるか??と思ったが、座席の1/3程度の客数であった。どこに座ってもいいと言うわけでなく、店の方から座席に案内された。2ブロックほどに客がまとめられた。店側の効率化のためで納得できた。だだ、ちょっと幼児たちが通路を駆け回ってうるさかったが、未来の日本のために我慢我慢である。

 最近の回転寿司は寿司が回転していないようである。上下にレーンがあり、下のレーンに回っている寿司もあるが、多くは品物を記載したプレートであった。これにはびっくりした。
 いまは、各テーブルごとにタッチパネルの注文タブレットがついており、注文を受けるようになっていた。注文すると1−2分程度で上段のレーンに新幹線が音もなく運んでくる。握ってからできるだけ早く口に入るように配慮している、と言う。

 肝心の味である。しゃりは柔らかく炊かれ、握りは一般的にゆるい。形も大きさもほとんど一定である。多分機械で作っているのだろう。サーモン、タマゴ、ブリ、ネタなど食べたが、そのネタの質については寿司への知識が乏しくコメントできない。まずまずであった。
 頬張れば口の中でしゃりがほろほろと崩れてとろける。このしゃりの食感と美味さに驚いた。私はしゃりの美味さに誘われてやや食べ過ぎた。

 私が寿司を食べる機会は、ほとんどが出前である。子供達や孫が集まってきたときなど時折利用する。値段も倍以上高い。ネタは概して立派、高級である。その場合、冷えた状態で食べることを前提にやや硬めに握られ、寿司鉢の中で転がしても簡単には崩れない。
 K店の寿司は出前の店のそれに比べて質・量ともに、見てくれさえも及ばない。しかし、しゃりの食感に関しては出前の寿司よりはるかに優れていた。今日は、冷えた寿司の限界を感じた。

 寿司は握った瞬間から食感が劣化し始める、と言う。本日は握りたての寿司の素晴らしさを確認できた。これほどの美味しさなら、近々また味わって見たいと思う。

 ちょっと過食したが、私の分は1000円程度で、心に、負い目は感じなかった。この点も良かった。


2/7(火)降雪寒波 外来 飯川病院
0:20起床。新聞、本読み、電子化などいつもの如く。可燃ゴミ集めた。6:47バス、7:00飯川病院。8:45-11:50外来。12:00飯川病院、微睡他、14:00-18:30勤務、入院患者対応。19:00帰宅・夕食、20:20就寝。Σ8932歩。BRながら録画:「昭和は輝いていた:島倉千代子」、「団塊:企業女性」、「ありえへん世界」、「サイエンスゼロ:海底地下生命」。帰宅時、我が家の積雪量は約10cmで明朝除雪。

本:「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃 」藤田孝典著 朝日新書 2015年(2)
 日本の高齢者の格差と貧困は極めて深刻であり、今後も一層深刻になっていく。
 私が細々と行なっている外来は高齢者が多いが、徐々に経済的に破綻を迎えつつある患者も少なくない。

 現役時の年収が400万前後の平均的サラリーマンにとってもそれは例外ではない。なんとなれば、退職後の期間は平穏無事に過ごしたとしても長命化のために、十分だと思った蓄えが枯渇する可能性が高い。何しろ20年−30年にも及ぶ高齢期は年金と蓄えを崩して生きていくにはあまりにも長すぎる。
 さらに、高齢期は健康問題そのほかに相当なリスクを抱えている時期である。夫婦二人暮しの場合、途中でどちらかが病気になる確率が高い。がん、寝たきり、認知症などになった場合多額の療養費がかかる。高齢期にそのリスクが現実になった場合、若い時と違ってもはややり直しがきかない。

 このような実態や背景については、ある程度の収入と貯蓄がある方々ほど驚くほど無知である。老後の生活を順風満帆と捉えている。
 そのようは状況に差し迫った人たちは異口同音に家族の疾病罹患など「想定外でした・・」という。

 医療、介護のニーズは、若者にとっても明日は我が身。備えているつもりでも、自身や家族の病気、寝たきり状態やがん、難病に罹患した場合、貯蓄を切り崩し、貧困状態に向かうパターンも頻繁に発生している。
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 本書の記述に戻る。
 本書の著者藤田氏によると、下流老人の指標として以下の項目を挙げている。

@ 収入が著しくすくない。
@ 貯蓄がない
@ 社会的kに孤立

 また、下流老人の増加が社会に及ぼす影響を以下のようにあげる。  

@ 価値観が変わる。健康で長生きは誰でも望むことだろうが、捉え方が変わる。
@ 世代間の共倒れ。国としても、家庭内としても。
@ 若者世代消費の低迷。国の経済の落ち込み。
@ 少子化加速。高齢者を抱えては心配で子供を産めない。
@ 平成25年国民生活基礎調査から見れば、全所帯収入平均537万円、高齢者世帯309万円。しかし、平均値の比較は実態を表さない。格差があるためで、高齢者の90%は全所帯収入平均以下。
@ 高齢者世帯は倹約しようとしても支出が減らない。想定外のリスクが目白押し。

 下流化に向かうパターンを以下のようにあげる。

@ 病気や事故による高額な医療雨日
@ 高齢期が長くなった
@ 高齢者介護施設に入れない
@ 家族が年金に寄りかかる
@ 熟年離婚
@ 認知症・・・などなど。

 下流老人の救済の最後の砦として、生活保護を中心に社会保障の再構築を主張している。著者の言うごとく最後の砦としての生活保護があるが将来的には原資の点で成り立たないのではないか。
 さらに、人として必要な「備え」も列挙している。豊富な現場経験を持つ著者ならではのアイデアが示されており、教えられるところが多きい。
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 医療・介護・貧困を含む社会保障全般について、私は将来的にビジョンを持ち得ない。この本を読んでも私の結論は変わらない。社会保障を全て経済で捉えるならば、私には解決策が浮かんでこない。現状の考えでは限られたパイを奪い合うしかない。

 ここで、発想の転換が必要である。

 「経済成長で人間の幸福を考える価値観からの脱却」、「そもそも人間の尊厳とは何か」、「国家と国民の在り方は?」にまで立ち返っての転換が求められる。私は高齢者本人、家族、医療者関係者の死生観の確立が必要だと思う。その上で経済弱者を「切り捨てるのではなく、支える社会の安全装置」をつくらなければ「歪みが下の世代に及び、社会は衰退ていく」と思う。


2/6(月)終日小雨降雨 健康クリニックドック 飯川病院
1:10起床、新聞、本読みなどいつもの如く。夜間降雨。不明の腹痛軽度あり。6:47バス飯川病院、9:00-11:00健康クリニックドック14名+結果説明。11:15飯川病院へ、休息、微睡、データ整理。14:00-18:00勤務、入院患者処置。19:00帰宅、夕食、20:20就寝。Σ7666歩10809Km。BRながら視聴「コズミックフロント:彗星探査」、「ヒストリア:真田丸」、「団塊:国際交流」、「ありえへん世界、10809昭和偉人伝特別編」。

本:「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃 」藤田孝典著 朝日新書 2015年(1)
 いま、高齢者の貧困について関心を持って色々調べている。その過程で今までチェックしていた書籍を何冊か見直したが、その中でも本書は優れた内容の本であった。いま集中的に読み返している。

 「下流老人」とは著者の定義によると「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」とのこと。
 本書は貧困状態にある高齢者に関する資料が豊富に掲載されていてそれだけでも価値がある。
 わが国では裕福な老人も多数いる一方で、貧困な老人がさらに多いことがわかる。高齢夫婦世帯の生活も決して楽でないが、死別、離婚などでの高齢者単身世帯になった場合、男性は4割近くが、女性は5割以上が貧困となっている。

 著者は、貧困対策を行うNPO活動の経験から、具体的なケースと統計データを駆使し、高齢者の置かれている貧困実態を描き出す。本書の前半部分の、我が国の高齢者が置かれている実情と、将来、かなり裕福な一部の高齢者を除き、ちょっとした人生の回り道、例えば同居の家族や、自分、配偶者の病気などによって、ほぼ全てがそう時間をおかずに「下流老人」化するという現実、このことを知らなかった人々に対する忠告部分は見るべきものがある。ある程度の蓄えがある多くの高齢者はこの厳しい現実に気づいていない。著者の言いたいところはここにある。

 最終章に近づくとナショナルミニマムとしての社会保障の再構築を主張している。その中で生活保護についての考え方が詳細に示されている。著者の言うごとく生活保護受給を通じて貧困老人を助けるべきと言う考えは理屈では成り立つが、少子高齢化の状態にある我が国では経済的に成り立たないのではないか。
 さらに、人として必要な「備え」も列挙している。豊富な現場経験を持つ著者ならではのアイデアが示されており、教えられるところが多きい。

本書の構成は以下の章からなっている。
●第1章 下流老人とは何か
●第2章 下流老人の現実
●第3章 誰もがなり得る下流老人
●第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日
●第5章 制度疲労と無策が生む下流老人――個人に依存する政府――

●第6章 自分でできる自己防衛策――どうすれば安らかな老後を迎えられるのか
●第7章 一億総老後崩壊を防ぐために


2/5(日)晴れのち曇り夜半降雨 
 1:00飯川病院にて起床、医学文献、新聞チェックPDF化など。9:00バス帰宅、午前はデータ整理、録画にて「題名のない音楽会」2回分。「のど自慢」たのしむ。午後ネコ室の底の抜けたたな修理、掃除ほか、「N響定期クラリネット協奏曲」聴く。データ整理にて過ごす。19:00夕食。20:30就寝。Σ14421歩10803Km。

社会保障環境2017年(6) どの世代だって生活は苦しい
 現代の日本社会は、一見すると貧困の拡大に歯止めがかからない状況に陥っている。
 国民生活基礎調査によると、生活が「大変苦しい」と感じている世帯の割合と「やや苦しい」を合わせると、「国民の約6割が生活苦を感じている」としている。

 にもかかわらず、政府に対して市民レベルから貧困対策強化を求める声が高まらない。どうしてなのだろうか。

 @ 国民性か??
 @ 漫然とした不安があり、調査にはそのように答えるが、自己責任の範囲で耐えられる、今後も耐えられる状況?と甘く考えている。
 @ 高齢化に伴い高齢貧困者は増加しているものの、その貧困率は低下傾向にあると分析データもあるが、本当か?弱者の実態を捉えているのか?
 @ 生活苦を感じている甘く考えている、というが実態はそれと違う??
 @ ある程度の蓄えがあるから、なんとかなりそうだ、と思っている。
 @ 旧来の家族観の「幻想」があり、なんとかなる?と考えている。

 最近注目すべき動きは「子供の貧困」に対する関心の高まりである。子どもの貧困に関してはここ2年ほど社会的に問題となってきている。その背景には子育て世代の非正規労働など労務環境の変化、それに伴う経済力の弱体化の実態がある。

 「子供の貧困」が注目されたことは貧困問題を前向きの対策を考えるきっかけとなるから良いことだと思う。
 「子どもの貧困」対策を「貧困問題全体の牽引車」にしていこうとする議論もあるが、これらは両立し難い問題である。高齢者や単身者など「子育てに直接関わらない大人世代の貧困問題を「子どもの貧困」対策にリンクさせると議論が噛み合わなくなる。

 我が国の社会保障制度には問題が山積みであるが、その背景は原資、すなわち、対策資金が乏しいことである。だから、子供の貧困、子育て世代の貧困、労働者世代の貧困、高齢者の貧困全てに光をあてることはできない。
 だからこそ、「高齢者の貧困」を正面から語っていく社会運動が必要だ。

 老後への不安が高まる中、「軽老」「嫌老」感情とともに『世代間格差」が叫ばれている。社金の分断は回避できるのだろうか。

 現代の高齢者問題の背景。
# 平均寿命の急速な伸び。
# 旧来の家族観の残存「幻想」を背景に、老後の生活を具体的に思い描けない。
# 75歳以降の十数年間を、病や障害を持ち、親族との関係も失われた状況をイメージできないまま、長生きしたいと望む。

 我が国は社会保障の原資がない。だから、子供の貧困、子育て世代の貧困、労働者世代の貧困、高齢者の貧困全てに光をあてることはできない。
 限られたパイを世代間で奪い合う事になりかねない。「世代間格差」を上手に解消出来ず、全体的に落ち込ませるのは得策でない。
 そんな政治には展望を感じ取れない。
 「高齢者の貧困」はどうすればいいのか。ウーン、名案は思いつかないが・・・。


2/4(土)曇りのち晴れ 飯川病院日当直  
1:00起床。徒然。メロディアスライブラリーインデックス2016年分作成。聞きたい番組が目白押し。12:15家人の車で飯川病院に。12:30検食・日直当直に就く。微睡、15:00 -18:00 1月分外来レセプト点検、健康クリニックドック14名分処理。BR録画ながら視聴:「サイエンスゼロ:ノーベル賞解説」、「アナザーストーリーズ:ユリゲラー」、「昭和の選択:市川房枝」、「プロファイラー:ロックフェラー」。Σ3177歩。18:00検食、20:00就寝。

社会保障環境2017年(5) 高齢世帯の貧困の実態は厳しい
 我が国の相対貧困率が、年々、悪くなっている。このようなデータが示されるたびに本当か??と思ってしまうが・・、本当らしい。
 年間120万円以下の収入しかない「貧困世帯」は2012年16.1%、1985年が12.0%だったから増加している。

 OECDが2015年に発表した各国の生活に関する調査報告書では、日本の「子どもの貧困率」がOECD平均13.7%を上回る15.7%であることが示された。日本の17歳以下の子どもの1/6人がこの貧困世帯に属し、OECD加盟34カ国中11番目に高かった。

 子どもの貧困に関してはここ2年ほど社会的に問題となってきている。実態はきびしいが、注目されたことは前向きの対策を考えるきっかけとなるから良いことだと思う。

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 一方、高齢者の貧困問題は一層厳しい実態である。
 我が国の高齢者は蓄えを持っていて豊かなのだ、と言われたこともある。若い世帯と比較して長い生活歴があるから個々の世帯間の格差は大きい。

 昨年、生活保護を受ける高齢者世帯の割合が初めて受給世帯全体の5割を超えた。そのうち、9割は単身者で、受給者数は100万人に迫る。
 公的扶助に頼らざるを得ない高齢者は増え続け、将来への不安をかき立てる。

 老後に経済的に困窮しないための備えが、全国民が加入を義務付けられている公的年金制度である。ただ、国民年金しか受け取っていない人の2014年度の平均受給月額は約5万円にとどまる。もともと国民年金の対象者は、老後も資産や収入があるような自営業者が中心だったから生活援助の意味合いが大きかった。しかし、現在はパート・アルバイトなど非正規の労働者の割合が増えている。この場合の年金支給額は生活をフルに支えるには足りず、更に、保険料の納付期間によっては満額を受け取れない低年金や無年金者が問題となっている。

 毎月の国民年金の保険料は、今年4月時点で1万6千円余りでそれでも平均受給月額は約5万円である。一方、勤め人らが加入する厚生年金では毎月の保険料は企業と折半して納め、受給額の平均は15万円前後である。

 少子高齢化で制度を支える現役世代が減り、公的年金は今後目減りしてゆくが、14年の国民生活基礎調査では、高齢者世帯の収入の67.6%は年金が占め、うち56.7%の世帯はほかに所得がないとしている。

 現在の国民年金水準で、持ち家のない高齢者の生活は厳しい。生活は不可能であろう。結果的に生活保護を受給することにならざるを得ない。年金制度の問題と住宅政策を解決しないと、これからも生活保護の受給者は増え続けるだろう。

 生括保護は憲法25条で「健康で文化的な最低限度の生活」を保障している。国が定める最低生活費を収入が下回れば不足分を支給するので、年金を受け取っていても額が少なければ生活保護を受給できる。
 厚生労働省によると、生活保護受給世帯のうち、65歳以上の高齢者を中心とする世帯は今年3月時点で過去最多の82万世帯で、初めて受給世帯の5割を超えた。

 これは厳しい実態である。


2/3(金)曇り 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 除雪9回目
 1:00起床、徒然。新聞・データチェック。5:00可燃ゴミ集積所に。7:25Taxiにて駅に。8:10こまち、秋田より雪が少ない。8:50-12:10大曲中通病院外来、今週も患者少ない。14:00-19:30飯川病院ボランティア。19:15帰宅、夕食、20:30就眠。Σ8724歩。BR録画ながら視聴:「昭和は輝いていた:平尾昌晃(前半)」、「100分名著:野生の思考(2)」、「あらすじ名作:宮沢賢治」。

本を読む(3) iPadで読む
最近、私は本を読む際に電子ブックリーダーを用いている。
 スマホのiPhone5にも電子ブックリーダー機能があるが、こんな4インチの小さな画面を到底見つめる気がしない。

 2012年末にある男(A氏)がiPad miniを買ったから不要になった、と楽天の電子ブックリーダー「Kobo」をもらった。「Kobo」は白黒のディスプレイで画面サイズ6インチ、180gと軽く、充電も一月以上も不要であったなどの利点もあった。しかし、私の実力では自分で自炊した書籍をうまく「Kobo」用に変換出来ず、やむなく専用の電子書籍を購入して読んでいた。当時、普及し始めた電子ブックリーダーってこんな不便なものか??と思い込んでいた。

 2013年末、A氏がRetina displayのiPad miniを新規に購入するので、現有のiPad miniを「下取り価格で是非・・」、「安くしとく、○円で良いよ!!・・」と甘い言葉をかけてきた。私にとってその条件が有利なのか否かも判断出来なかったが、A氏に益するならと了解した。それが、画面サイズ7.9インチ、331gと若干重かったが、実にすばらしい結果を私にもたらした。

 2016年初頭、今度は別の男(B氏)がRetina displayのiPad proを購入するので、現有のiPad2を「下取り価格で是非・・」、「安くしとく、○円で良いよ!!・・」と声をかけてきた。私にとってその条件が有利なのか否かも判断出来なかったが、B氏に益するなら、と了解した。サイズ9.7インチ、441gとずっしり重いが、私に一層すばらしい結果を私にもたらした。

 2種のiPad共にいろいろ多機能でまだ使い方を習熟した訳ではないが、Wi-Fiを通じてネットにも繋がるから情報収集と読書の面で、私の生活に大きな変化をもたらした。

 私の読書の大部分は自分で電子化した書籍を、ほぼすべて二つのiPadで読むようになった。視力が弱ってきたが、字が小さければ拡大すれば良い。

 パソコン画面は21?40インチと広くていいのだが場所と読む姿勢が固定される。iPadには別世界の利便性があり、手に取った瞬間からすっかり気に入ってしまった。各々に書籍を数100冊も収納できる。パソコンの末端にもなるし、Wi-Fi環境下では通信も可能である。もう手放せない。いつも身近に置いて、バスや新幹線の中で、外来診療中の空いた時間などにちょっとした時間でもひょいと利用している。

(パソコン、iPad mini、iPhone5S、iPad2)

 私のエレクトロニクス製品の多くは三人の子供たちからのお上がりである。やや古いが、居間、書斎、職場で不足なく機能している。実に便利な時代に生きているものだと思う。

 私の最近の出で立ちは、髪ぼうぼう、口髭顎髭伸ばし放題、子供たちが中高生の頃に着ていた派手派手のスキーウエア、口にマスク、耳にiPad shaffleを装着したノイズキャンセリングヘッドフォン、夏場はサングラス、左手にiPhone、右手にiPad、右の足首に歩数計、背にディバッグ、腹に脂肪である。端から見ると変なジジイにみえるだろう。
 ここまで来れば何も気にすることない。マイペースで生きられる境地に到達した。


2/2(木)夜間降雪2cm、寒波曇り 外来 飯川病院
 1:00起床。新聞チェック、徒然。家内5:00患者急変にてTaxi出勤、7:10レガシーにて飯川病院、8:45-13:50外来+人間ドック結果処理不可。患者数多く疲弊した。14:00-18:20飯川病院。19:20孫誕生日で男宅経由帰宅、夕食。20:20就寝。BRながら視聴:「そこまで言って委員会;過剰反応社会」、「いま世界は、世界のいま」。Σ11674歩10782Km。

四季2017年(2) 1月末日現在の除雪機稼働回数
 今年、1月6日、今季初除雪した。あれから約一月、もう日差しには春の息吹が感じられる。ただ、まだ安心はできない。

 私にとって早朝の除雪はかなりの心理的な負担になっている。3-5cm以上降雪があると、5:30から1時間除雪してから出勤する。

 それで、私は毎年1月末日の段階での我が家の除雪機稼働回数を取り出して比較している。
 
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?2010年 13回  ?2011年 9回  ?2012年 14回  ?2013年 21回 ?2014年 11回  ?2015年 7回  ?2016年 2回    ?2017年 8回
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(1月末日時点の毎年の除雪機稼働回数。今年は平年並み)

 初除雪日は、2013年は12月13日、2014年は12月16日、2015年は12月27日、昨年は1日12日、今季は1月6日であった。温暖化?のためか徐々に遅くなってきている印象はある。

 除雪回数では2013年をピークに、昨年までは確実に少なくなっていたが、今年は8回と例年並みに戻ってしまった。

 今年は予想としては降雪量が多いとされていた。
 しかし、雪の少ない正月を迎え楽な冬かと思っていたら、1月中旬から冬型の気圧配厦が続いた。それもただ事でないほどの寒波と降雪であった。天気予報は連日雲だるまが並び秋田市では1月23日、平年の2.7倍となる積雪43cmを観測した。

 1月中旬から下旬にかけての寒波は全国的に規模で、山陰地方、九州沖縄まで降雪があったという。

 県内では冬本番を迎えて積雪が増す中、除雪予算が不足し、追加して計上する自治体が相次いでいる。
 ニュースによると、由利本荘市では、今年度の除雪費が過去最高になるペースとなっている。予算を追加計上したのは秋田のほか4市3町で、追加計上の総額は約12億円に上る。
 全体的な降雪量は多くないが1月中旬に集中的に降ったため、除排雪にかかる負担と費用が増えたのだ、と言う。
 秋田市でも当初予算11億円であったが7億円が追加計上された。

 最近の日差しには春の息吹が感じられるが、そう甘いものではないだろう。緊張感を失わないよう、毎朝の積雪状況を見守り、対応したいものだ。


2/1(水)曇り降雪・霙・風雪 飯川病院ボランティア 
 1:00起床。新聞チェック、徒然。午前から飯川病院ボランティアとなる。8:38バス狙うも休日ダイヤだった。急遽戻りフィットで。8:55-14:00院長代行、帰宅。微睡、データ整理読書中心に。19:00夕食、20:20就寝。BR視聴なし、落語録音ながらで聴く。Σ9243歩10773Km。佐賀の海岸線再度、次は110Kmで再度福岡へ。九州の海岸線の構成は複雑である。

徒歩通勤2017(1) 長崎海岸線1048Km通過、再度佐賀県に入った
 平成13年3月から徒歩通勤を始めた。歩行実績が積算できる歩数計「新・平成の忠孝」の積算開始が13年4月7日からだったから、約4年近くかかって本年2月1日に歩行距離がΣ10.773Kmに達し、長崎県の海岸線1048Kmを歩破し、再度佐賀県に入った。
     
 長崎県に入ったのが9月18日であった。海岸線1.048Kmを10Km/dayのペースで100日程度で歩きたいと思ったが、秋口の天候不順、12月以降の積雪もあって135日もかかった。7.76Km/dayと大幅にペースが落ちた。

 佐賀県の海岸線175Kmは8.75Km/day、福岡県は461Kmで8.9Km/day、山口は7.9Km/day、島根県約5.3Km/day、鳥取県は約5.0Km/dayであったから1日の平均時歩行距離はいい方というべきだろうか。

 歩数にしてみると積算開始から現在まで1345万歩/1390日だから9700歩/dayとなる。1万歩/dayの目標値に近くなった。

 私は旅行嫌いで、観光にも土地の味覚にもそれほど興味がない。九州は一般的に見ても馴染みがない。

 ただ、亡母の話によると幼少の頃に一度何かの用事で長崎を訪れたことがあるらしかったが、私の記憶には全く残っていない。
 その後、長崎県は内科や血液学会を通じて2回訪れた。学会のことなど記憶は皆無だが、平地の少なく坂道だらけの地形、夜景の素晴らしさ、歴史的な街として長崎出島、グラバー邸などが記憶に残っている。長崎チャンポン?はあまり美味とは言えなかった。
 中でもやはり衝撃的だったのは平和公園、原爆資料館で、2回のとも訪れた。広島のそれとともに機会があれば何度でも訪れたいところである。

 具体的日時は忘れたが、最初の訪問時には飛行機が海面すれすれまで降下して長崎空港滑走路に着陸したことである。長崎空港は大村湾の中央付近、海岸から約2kmに浮かぶ世界初の海上空港として開業したが、その情報を得ていなかったためにこのまま海上に不時着するのかと思った。

 長崎については一昨年だったか、吉村昭氏の戦艦「武蔵」建造に関わる著作を読んだことが機会となって、ひさびさ長崎について認識を新たにした。

 いま通過中しようとしている2回目の佐賀県の海岸線は117Kmである。ここが終わると2回目の福岡県の海岸42Kmに至る。九州地方は島々が多くて複雑な地形しているが、海岸線も福岡→佐賀→長崎→佐賀→福岡を通過して熊本に至る。県境は複雑である。

 まだ徒歩通勤には厳しい天候、道路状況が続く。バスに乗る機会がまだしばらく続くが、歩行の機会を可能な限り得て20日ほどで熊本に入りたいと考えている。


1/31(火)曇り・寒波 外来 飯川病院  
 1:10起床。本読み、文献チェック。早朝、降雪あり3cm、4:00ネコどもの世話、可燃ごみ対応など。6:47バス飯川病院、8:45-12:30外来。13:00飯川病院、14:00-17;45勤務。18:30バス帰宅、19:00夕食、20:10就寝。計Σ11425歩10766Km。BRながら視聴:「コズミックフロント;ケプラーの真実」、「ガイア;町工場の技術」。

ネットでの物品購入(2) 「トロイの木馬」に感染??
 病院のパソコンをアンチウイルスソフトで再度スキャンしたところ「トロイの木馬」、ほかのウイルスは検出されなかった。駆除されたと考えられる。まず現時点では安心である。
 また、問題が生じたカードの請求と決済を一年間にわたって再確認したところ決済に進んだのは一件だけで、その後の問題は生じていない。これも一安心である。

 私のウイルス関係の体験は初めてである。
 「トロイの木馬」について調べてみた。

 「トロイの木馬」はパソコン内にマルウェアを侵入させ、第三者がそのパソコンを勝手に操作できるようウイルス様のウエアで、自己増殖能はない。だから一般的なウイルスとは異なっている。

 「トロイの木馬」に感染した結果、パソコン、スマフォ、 タブレット などを通じて以下のような操作がされる可能性がある。
@ 個人情報 、クレジットカード情報、各種の ID/パスワードが盗まれる。
@ パソコン、端末内の情報を変えられる、削除される。
@ サイトにアクセスする。

 感染は、仕込まれたファイルを通じて伝播する
@ フリーソフト や アプリ、偽のアンチウイルスソフト、偽のゲームアプリ。
@ jpg 、 gif 、mp3、avi、zip ファイルなど。

 「トロイの木馬」を含んだファイルを開いた瞬間に感染する。
 これらのファイルはインターネットで配布されていたり、電子メールで送られてくる。したがって、素性のわからないファイルは開けないことが肝要。
 私も日常注意しているが、連日100本ほど届くメールを、判断する前に指先感覚で不用意に開いてしまうことは稀でない。こんな時に感染したのであろうか。

「トロイの木馬」の予防と対策
@ セキュリティソフトを導入し、最新の状態に保つ。
@ 不明メールの添付ファイルを開いたり、URLを安易にクリックしない。
@ 正規版のソフト以外を使わない。

 一般的に、Windowsと異なりMacがウイルスのターゲットになることは少ないとされている。今までは実害がなかったが、必ずしもそうとは言っておられない、ということがわかった。

 家内と私が日常的に用いているのは、Mac6台、iPhone2機種、iPad2機種であるが、アンチウイルスソフトはこのうち1機種しか入っていない。これらはDropbox、iCloudで互いに繋がっている。いま、これらに共通に使えるソフトを探している。


1/30(月)降雨のち曇り 健康クリニック  飯川病院
 1:00起床。本読み、文献チェック等々いつもと同じ。4:30ネコトイレ掃除ほか、連日のルーチン、6:47バスは激しい降雨にて諦め車で。9:00-11:15健康クリニックドック14人と結果一人。11:45飯川病院、微睡、14:00-18;45勤務。19:00帰宅、夕食、20:00就寝。BRながら視聴:「知恵泉;糸川英夫」後半、「昭和の選択;中島飛行機」、「プロファイラー;石原莞爾」。計Σ7926歩。

ネットでの物品購入(1) カードに不明の請求が来た ウイルス感染??
 私は基本的にカード類は嫌いで、買い物は現金払いを好む。内容が見えないから信用できない。もともと物品の購入の機会はそう多くはないが、持ち合わせがないときに緊急的にカードを用いることはある。

 ネットではカードを用いざるをえない。だから基本的には嫌である。そのために本の購入程度で、少額の買い物しかしない。

 ところが、昨年11月頃から、時に変な請求が記録されるようになった。
 全て海外での物品購入になっている。私は海外からの購入歴は一件もない。
 それに気づいたときにカード会社に電話して不明の請求の決済処理の中止を申し出てきた。カード会社では、決済に進まないようにするとともに、その度ごとにカードの再発行を勧められ、それで改善されるならと、そのようにしてきた。
 しかしながら、その後も不明請求が続き、この2ケ月の間で4回ほどカード再発行した。
 カードの再発行も徐々に煩わしくなり、請求額も徐々に増えてきたから危険でもある。

 本年になってからも海外購入の請求リストが届いたために、これ以上のカード再発行は効果なしと判断し、カードそのもの解約した。これで恐らくは新しい請求は発生しないと考えられ、一件落着となるはずである。

 私のカードの不正使用はすべて海外からのものであり、一見して異常な請求であることがわかる。私がカードで購入したことがないほど高額の請求ももあった。今までの手続きの中での中で一件のみ、6000円ほどが、決済まで進んだが、これは後ほどカード会社から戻ってくることになっている。だから実害は生じないはずである。

 カード会社の説明では
@ 私が不明の会社にカード支払に関する個人情報を入力した。
@ ウイルス感染
の二つの可能性が考えられる、とのことった。前者に関しては心当たりはない。

 ならば、ウイルス感染か??
 飯川病院のパソコンには抗ウイルスのカスペルスキーが入っている。スキャンしてみたところ「トロイの木馬」が検出され、所定の処理で駆除された、はずである。多分これが悪さをしていた可能性がある。
 居間のパソコンにはウイルスソフトが入っていない。私のパソコン、iPhonei、Padは全てDropbox、iCloudで連携されている。これらを通じてウイルスが伝播されるのかわからないが、いま対策を検討中である。


1/29(日)  晴れのち曇り 
1:00起床。読書・新聞・文献チェックなどいつものごとく。終日読書、データ整理で過ごす。BRながら視聴:「題名のない音楽会」,12:00NHK TVニュース、のど自慢楽しむ。微睡後ネコのコタツ改良修理1月分。BR視聴:「ブロムシュテット、バンベルクSO:田園、運命、エグモント序曲」堪能、満足。「バラエティ:バカ売れ研究」。19:00夕食、20:30就寝。計Σ8336歩。

本;「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」坪田浦貴著 KADOKAWA/アスキーメディアワークス (2013)
 映画「ビリギャル」に続いて原作を読んでみた。
 映画と本のあらすじは特に異なるところはない。高校2年まで落ちこぼれ状態にあった主人公が塾の坪田講師と出会ったのを機会に努力し、慶應大学に現役合格したというサクセスストーリーで、本はその講師の作。

 長い題名の本である。「学年ビリの」、「1年で偏差値を40上げて」、「慶應大学に現役合格」という魅力的な語彙が並ぶ。多分、藁をもすがる状況でこの本を購入したであろう、受験を控えた生徒やその保護者は読んだ結果「自分達と違うんだ・・」と、かえって落胆したのではないだろうか。私はそう思った。例えると、どんなに努力しても駄馬はサラブレットの域に達することはできない、からである。

 このサクセスストーリーには以下のような好ましい条件、その他が揃っていた。

@ 第一は、本人には学ぶための資質があった。並々ならぬ集中力もあった。坪田講師は面接時に「この子には机に集中して向かう資質がある」、「健全なコミュニケーション能力を維持している」と坪田先生は瞬時に判断している。

@ 第二は、保護者の経済力。主人公は日曜以外塾へ毎日来られる学習コースを選べたが、百数十万円を前払の必要があった。私立高校の授業料と合わせ合計で二百万円以上の費用が必要になる。

@ 第三は、親がモンスター・ペアレント的であったこと。坪田講師は、学校のカリキュラムは一切無視し、慶雁大学合格に沿った指導に特化している。学校での生活態度、学習態度が問題になり、退学の可能性も示されたが、母親が強い姿勢で臨み、停学で済むこととなる。学校から問題ある保護者と思われることで主人公を助けている。

@ 第四は、坪田講師のおだてたりすかしたりの受験テクニック指導は見事。遂行した主人公も立派。しかし、本例のような指導は受験技術に長けているだけのアンバランスな学生を生みだすことになりかねない。

@ 第五は、主人公は慶応に合格すること自体が目的で、それで何を学びたいか・・などの提示はない。ちょっと寂しい。

@ 第六は、学校での成績で目立たないなら勉強以外にエネルギーを向けるようになるのも自然。ならばギャルになって注目されたいと考えるのは、中高校生の女子の心理としてあり得るのではないだいか。結果としてゲーム依存症、非行に走る生徒も珍しくない。主人公の揺れ動く心理も描かれる。

 70歳も過ぎてから受験期の話題満載のこのような本を読むとは思っていなかったが、自分にも苦しい受験期があって共感できることも少なくなく、懐かしい気持ちで一気に読んだ。


1/28(土)晴れ 飯川病院午後日直  
 1:30 起床。録音データ整理他変わらず。キッチンの収納扉修理他。ネコとたわむる。11:26バス飯川病院、12:00-19:00午後日直一部ボランティア。BRながら視聴:「世界のドキュメンタリー:プーチンが恐れた男、プーチンの権力の秘密」、「アナザーストーリーズ:田中角栄」、「知恵泉:零戦開発の光りと影」、「100分で名著:レヴィ・ストローズ:野生の思考(1)」、「映画:ビリギャル」後半。再びネコとたわむる。20:00帰宅・夕食、21:30就寝。歩数計Σ9257歩10743Km。

映画2017(1):「ビリギャル」原作坪田浦貴 監督土井裕泰
 2014年初頭、「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」という長い題名を持つノンフィクション本が話題になった。私は新聞の紹介記事で知り興味を持っていた。

 高校2年の時に小学生程度の学力しかなかった主人公が、塾の講師と出会い、指導で慶応大学に現役合格するまでをたどった本で、65万部を超えるヒットになった。受験を控え成績が伸び悩んでいる子供たち、子を持つ親たちが購入したものと思われる。
 有村架純を主演に「映画ビリギャル」として映像化もされた。私は映画化自体は昨日まで知らなかった。本にちょっと興味を感じていたがまだ入手していなかった。

 私のiPadには家族の配慮でアマゾンから配信される映画やTVドラマを有料で見ることができる。あまり利用していないが、昨日インデックスを見ていたところ「映画:ビリギャル」が配信されていた。見るとはなしに見始めたが、題材が教育現場であり、非行やいじめの問題に関連する内容もあり、劣等生問題でもあり一部私の経験ともオーバーラップするから次第に引き込まれた。

 あらすじは、全く勉強せず、毎日友人たちと遊んで暮らしていた高2の主人公が母から塾に通うよう言われた。彼女は金髪パーマにピアス、厚化粧にミニスカートのへそ出しルックで渋々入塾面接に行き、坪田教師と出会う。面接で大学進学、慶應大学を目指すこととなった。
 主人公は努力家でもあった。徐々に成績を上げ、紆余曲折はあったが、希望通り慶應大学に合格した、という話。塾に入った時、主人公は、偏差値30の学年ビリの成績であった。背景には娘を信じて助けてくれる気丈の母親の存在は大きい。

 塾の費用は年間百数十万円、と高額である。塾での勉強も大事であるが、塾自体が費用を勉強してほしいものだ。これは、進学期の子供を持つ父兄の大きな希望。

 主人公は愛知県の私立中高一貫校の生徒らしい。中学受験も経験しているから能力が欠けていたわけではなかった。
 要するに、高校進学後に目標を失い、勉強せずにビリになっていたが、本人のやる気、厳しい母親、経済力、いい指導者と慶應の受験科目に特化した徹底指導が揃い、たまたま花開いたことで、可能性は少なかったであろうが、当たり前のサクセスストーリーと捉えられる。多分、藁をもすがる状況で原作を購入して読んだ読者は「自分とは遠い環境の子・・」で、あまり参考にならなかったのではないだろうか。

 主演の有村架純は表情もよく好演であった。それ以上に、高校、塾、大学と若いエキストラ達が多数登場したが、いずれも自然の姿で場面をもり立てた。教育現場、非行やいじめの問題につながる内容もあり、遊興、サボリ、ゲームに浸りやすい現代の若者世代の世相の一部を知るのに役立った。

 だた、主人公の家庭の問題などは、話の展開に必要なのであろうが、ドラマ嫌いの私にとっては興味ない話題であった。

 坪田浦貴著「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」を読んでみることとした。


1/27(金)曇り晴れ 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床、文献チェック他本読み等いつもと変わらず。5:00可燃ゴミ提出。7:30Taxi駅に。8:10こまち。9:15-12:15大曲外来、駅病院間徒歩出来ず。帰路こまち風で何度か停車。14:00飯川病院着、ボランティア。外来対応。19:00Taxi帰宅、夕食、20:00就寝。BRながら視聴:「そこまで委員会:女性による社会評論」、「池上:トランプ」。「映画:ビリギャル」前半。歩数計Σ8961歩。

いじめ問題2017(3)いじめはあるものとの認知から
 いじめに対してこの数年間は「いじめ防止対策推進法」の整備を始めさまざまな対策をじているが、ほどんど成果が上がっていない。これはどうしたもの??何故なのだ??と思う。
 一般的に教育環境は新しい発想を取り入れ難い。専門的閉鎖空間での仕事であって、教育者は一般的に柔軟性は乏しい性格になる傾向がある。

 青森県の少女の自死の件しかり、原発事故で福島県から避難した子どもに対するいじめのニュースには、学校側の鈍さに呆れ、怒りからこみ上げてくる。

 何を言っても聞いてくれなかった教師。いじめの背景には子どもを守るべき教育に携わる人たちの、こうした無責任と怠慢がある。担任教師は。校長は何しているのだ??

 教師は、知識を教えるだけでなく人権や人間の尊厳を説くもの。こんな状況ではまた犠牲になる子どもを生み出す。
 加えて、加害者の親も鈍い。多くは子を擁護する場合が少なくないと聞く。

 いじめの加害者のありように、家庭が関わっていないはずはない。いじめという差別感の植え付けは家庭内の会話から培われていく。いじめを軽視する親の姿勢こそ人権軽視の教育にほかならない。この人権軽視か高じて人命軽視につながり、ときには命が失われる。

 いじめは教師と加害者の保護者の資質に関わることが大きい。教師や加害者側か痛を感じる社会にならないと、いじめは決してなくならない。いかに未成年であろうといじめ加害者が立場に応じた罪を償うのは当然のこと。関係する教師も親も本人に準じて扱われるべきだと思う。

 悲劇を繰り返さないためには、社会全体で、保護者と教師が「いじめは絶対に許さない」という意識を共有することが重要である。子どもは大人の社会を映す鏡と言われる。

 私は小中学校における「いじめ」対策は、まず学校が「いじめ」の場になる可能性が高いことの認識と周知・徹底だと思う。
 教師への訴え、不登校は重要なサインである。決して無視してはならない。原発事故の避難児はこの条件を満たしていたのに、学校現場の状況は実に情けない。

 「いじめ」は減らすことは出来ても無くすることは出来ない。集団があるところにいじめが生じるのは当たり前の現象である。
 だから、「いじめ」対策の究極の目標は、子供達が自死に至らないように防御する環境を社会をあげて作ることである。


1/26(木)曇りのち晴れ、比較的温暖 外来 飯川病院
 0:30起床、新聞・文献チェック他いつものごとく。6:47バス飯川病院。8:45-13:00中通外来+人間ドック判定総括。今週は外来患者数少ないが疲弊。13:30-18:30飯川病院、19:15帰宅、夕食、就寝20:30。BRながら視聴:「そこまで委員会:天皇退位」、「世界は今:トランプ就任」。歩数計Σ8846歩。

いじめ問題2017(2) 関係者の処分はどうなっているのだろうか 
 このいじめ問題は、いじめを受けた生徒が情報を学校側に頻回に発信していたし、不登校にもなっていた。現場ではいち早くいじめと認識し、重大事態として調査すべき事案で、学校側のいじめ防止対策推進法への認識が不十分であった。
 
 市教委の第三者委員会の調査では、小学5年時、加害児童ら10人ほどと遊園地やゲームセンターなどに行くようになり、遊興費のほか、食事代や交通費も含めてI回5万?10万円の費用を10回近く負担した。児童2人にエアガンを買ったこともあった。学校は他の児童の保護者からの情報で金品のやりとりを2年前に把握していたが、「男子生徒が自分の意思でお金を渡した」など子供達の言い分を一方的に鵜呑みにして放置し、両親にも伝えなかった。

 男子生徒は親の現金を持ち出していた。小学生が150万円もの大金を持ち出せたことも驚きであるが、学校側の対応にも驚くし、これをいじめとしなかった第三者委員会の判断にも驚く。どんなにとたちが判断したのか??

 横浜市教育長は会見で、「1ヵ月以上不登校が続き、金品の問題もあった。小5の6月時点で重大事態とすべきだった」と話し、学校側の対応の遅れを認めた。男子生徒に対しては「申し訳ないことをした」と謝った。

 その後、市教育委員会が市立の小中高に「いじめ問題への取り組みの徹底」とする通知を出した。事実をはっきり示さないまま指示を出して、果たして効果が上がるのか。指示を出した、というアリバイ工作でないか。

 市教委の第三者委の報告書の扱いにも疑問である。報告書は一部だけ公開された。全26ページのうち公表は答申部分の7ページと目次だけで、あちこちに黒塗りがある。
 この公開された報告書からは、事実経過はほとんどわからないし、学校や市教委はどう判断し、いかなる対応をとってきたのかも知ることはできない。学校や市教委の失態を隠したい意図があるのではないか、と考えたい。

 福島から転校した子どもたちがいじめられやすいことは各地で話題となり、気をつけなければいけないこともわかっていたはずだ。その責任も忘れてはいけない。
 
 横浜市は学校、教育委員会メンバーの処分を考えるべきだし、加害者の保護者は不当に奪った金品を自主的に賠償すべきである。
 いじめ事件は数多いが、最終的落とし所がどうなっているのか、私どもはほとんど知ることができない。加害者及びその保護者の責任はどう問われているのだろうか??子供同士の件としても、暴力行為は傷害の罪に、金品の要求、強要は脅迫行為に相当するのだということを知らしめなければならない。

 いじめ問題を個別に終わらせず社会問題化しなければ十分な対策もできない。


1/25(水)寒波緩む快晴 降雪なし 飯川病院ボランティア
 1:00起床。文献チェック他。徒然。自炊。蓄積データ整理。数日前から台所に小ネズミ現れている。10:00次男宅経由にて飯川病院、ボランティア。15:00給油、帰宅、16:00買い物広面スーパーに。恵方巻き予約でTV収録していた。19:45家内帰宅待ち夕食、20:45就寝。BRながら視聴「そこまで委員会:天皇退位」、「日本の今、今の日本:米国事情」、歩数計Σ9994歩10722Km。

いじめ問題2017(1) 根が深い原発避難者へのいじめ問題
 2016年の世相を映した言葉を選ぶ「2016新語・流行語大賞」は「神ってる」だという何だか分からない言葉が選ばれた。「保育園落ちた日本しね」はトップ10の一つに入ったが、見るたびに不快になる嫌な言葉である。

 私が、昨年最も感動した言葉は、「なんかいも死のうと思った、でもぼくはいきるときめた・・・」である。これは小学2年の時に福島から横浜に避難転校し、いじめを受け不登校になった現在中2の男子生徒の手記の中の一文である。

 この子の両親は何もしてくれない担任や学校、教育委員会の姿勢を横浜市長に訴え、一年近くかかって調査し、一部が明らかになった。いじめの専門家---こんなのいるのか分からないが??---「学校や教育委員会は何もせず教育を放り出した」と強く批判した。

 原発避難者のいじめ問題はこの例に限らず日本全国で発生していることが判明した。
 原発避難者へのいじめ問題は通常のいじめとは様相の異なる背景があると思われる。また、いじめの背景を考える際の参考にもなる。

 東電福島第1原発事故で福島県から横浜市へ自主避難した生徒に対し、同級生はいじめを加え不登校にした。
 現在中学1年の男子生徒(13)について、横浜市教育委員会の第三者委員会が転校直後からのいじめを認定する報告書をまとめた。

 報告書で第三者委は、生徒らに対する教育委員会や学校の対応を「教育の放棄」などと批判した。

 報告書を受け取った林市長は定例記者会見で陳謝するとともに、学校や市教委にいじめを見逃さない体制があるか見直す考えを示した。
 ところで、職務怠慢の担任や学校、教育委員会に対し、横浜市はどのような姿勢で臨むのだろうか。また、いじめ問題では加害者側に対する対応が明らかにされていないが、この件はどうなるのだろうか。保護者の責任はどう問うのだろうか??私はここにも興味がある。

 報告書によると、生徒は小学校2年時の2011年8月に横浜市立小学校に転校したが、直後から同級生は名前に「菌」をつけたり、蹴ったりするなどしていじめを加え、小学校3年時一時不登校になった。

 小学校5年時のときには、同級生から「原発事故の賠償金をもらっているだろう」と言われ、ゲームセンターでの遊興費などを1回当たり5万〜10万円を約10回、10入人前後に支払ったという。その後、現在まで不登校か続いている。

 第三者委は、学校側について「避難等の内面的な問題を抱えた生徒への配慮に欠け、積極的に対応する姿勢がうかがえない」と指摘。金銭の授受そのものはいじめと認定していないが、いじめから逃れるためだったと推察できるとし、事態を把握しながら指導しなかったことを「教育の放棄に等しい」と激しい文面で批判した。
 市教委に対しても、重大事態と捉えず調査の開始が遅れたとした。

 市長は市教委や学校の対応を「感受性が足りない」と述べた。市教委は「組織的な対応ができていなかったことは反省する」としている。

 この子の両親は何もしてくれない担任や学校、教育委員会の姿勢を2015年12月に横浜市長に訴え、いじめ防止対策推進法に基づき、市教委の諮問で第三者委が調査していた。委員会は一年近くかかって調査し、一部が明らかになった。


1/24(火)降雪のち晴れ  外来 飯川病院 除雪8回目
1:00起床。新聞チェック、徒然他。昨日からの積雪20cmほど。5:00ネコ給餌、トイレなど清掃、5:15-6:15 除雪8回目、雪量多く積み上げ場所少なく難渋。可燃ごみ集積所に提出。6:47バス飯川病院へ、8:45-13:00外来。13:30-18:45飯川病院、19:00帰宅、夕食、20:25就寝。BRながら視聴:「サイエンスゼロ:ブラックホール」、「NHKsp:戦艦武蔵の最期」、「BS1sp:日ソ・日露交渉秘話」、「団塊スタイル:横尾忠則」。歩数計Σ9378歩10714Km。

トランプ大統領(3) 発言は場当たり的で、歴史、時代の流れから学ぶ発想がない??
 トランプ大統領の最近の動きを見ていると、発言は経済、雇用創出や貿易不均衡といった実利への言及に終始し、どのような理念で大国を導こうとしているのか、見えない。
 就任演説では「アメリカ」、「アメリカ」と20回以上も叫んだ。

 米フォード社は、大統領の恫喝に負けてメキシコへの工場建設を撤回した。
 メキシコに工場新設予定のトヨタ自動車も「米国に工場を造るか、巨額の関税を払うかどちらかだ」と威嚇を受けている。

 大統領は会見で「海外に生産拠点を移す企業には高い関税を課す」と表明。多くの企業が米国に留まり、あるいは戻ってくるとし、自分は最大の雇用創出者になる、と力を込めた。
 米国に工場が戻れば短期的には雇用が生まれるかもしれないが、生産コストが上昇し、企業の競争力が低下する。アメリカ車は売れなくなる。

 中国や日本に貿易不均衡で莫大な金額が流れている、と指摘した。中国からの輸入品に高関税を課す考えを示しているが、相手国が同様の関税を課すのは必至で、貿易全体の縮小につながりかねない。

 自国の利益にこだわる保護主義的な発想は、各国との摩擦を招き、かえって自国の利益を損なうだろう。

 日本でアメリカ車が売れないのは当然である。売るための工夫に欠いている。今でも左ハンドルなのだろうか?私は知らないがアメリカ車のコンセプト自体、日本には向いていない。

 私はかつてハーレー社の1340ccの大型バイクを20年間用いていたが、購入当初まともに走らなかった。点火プラグにススがこびりつき始動できなかったり、途中で止まったりした。ガソリンタンクの空気抜きが閉鎖しており、数10Km走る度にガソリンタンクの圧が下がってガソリンが供給停止となり、エンストした。冬季にはキャブのオーバークールのためにエンストした、などなど。これらはディーラーでは解決できず、私は状況をじっくり観察することで自分で原因を突き止めた。約20年近く、良きバイク生活を送ったが、私はすっかりメカニックに強くなった。私の小さな経験からも細かな工程上仕上げ作業に難があったと思う。
 私にとってハーレーは重くて取り回しが大変であったが、歳とともに困難になったため売却し、東日本大震災の復興の義援金に寄付した。


 世界は安定の時代から、先行きを読めない変動の時代に移っているようだ。昨年はトランプ氏、今年は、フランス大統領選で、右翼ルペン氏に?? ドイツ総選挙で、メルケル首相が退陣??。EU崩壊は?? 株価大暴落は??・・等々起こり売る。

 予想外の出来事であっても歴史を通じて過去の事例を学べばリスクを軽減できる。問題は、冷静に振る舞えるだけの歴史観を、トランプ大統領自身が持ち合わせているかどうかであるが、この辺はあやしい。
 ブッシュ前大統領は、テロや中東情勢に認識を欠いていた。就任した年に9.11テロに遭遇し、気が動転、過剰反応しイラク戦争を引き起こした。それが今のIS問題に、難民問題につながっている。

 トランブ大統領は大丈夫か?? これが心もとない。平時ならツイッターで文句を言っていればいいが、テロ、軍事衝突、大災害といった予想外の出来事を前にした時、論理をまとめて適切に行動できるのか??

 トランプ氏の今までの発言を見ていると歴史について勉強不足であるのか、誤解だらけである。過去に学ぶ姿勢はトランプ氏にほとんどなさそうだ。


1/23(月)終日降雪 健康クリニック 飯川病院 除雪7回目
 0:20起床、なんとなく体調不良、いつもの不明の腹痛、今回は12時間。新聞チェック、蓄積画像処理、一部廃棄、本読み、徒然。5:50積雪6?7cmあり、急遽除雪7回目、時間なく道路中心に30分。6:47バス飯川病院へ。エントランス除雪。9:00-11:00健康クリニックドック。11:30飯川病院へ。往路で本年1回目の転倒。14:00-18:45勤務、入院患者対応。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「英雄選択:空海」、「プロファイラー:ツタンカーメン発見者ハワードカーター」、「コズミックフロント:ブラックホール」、「ヒストリア:80日間世界一周」。歩数計Σ8203歩10706Km。

トランプ大統領(2) ツイッターを好む性格?? ツイッターしかできない??
 この扱いづらい大統領と全世界はどう付き合うか。
 言いたい放題のトランプ大統領の発言の中には、確かに聴くものの琴線に触れる表現が多数含まれる。そう思わざるを得ないが、アメリカ国民でないから真のことはわからない。
 多くの先進国で格差が拡大し、欧州全体でも自国主義の機運が高まっている。欧州で行われる選挙に大きな影響を与えると思う。

 選挙中も、選挙後も、就任後も、トランプ氏はツイッターで頻回に発言している。実にツイッター好きである。

 私は、短文で意見を述べることは不得意である。そのために140字の制限のあるツイッターなど利用したことも見たこともない。文章は自分の考えを表現するものであり、そのためには起承転結が必要、と私は思う。
 トランプ氏の考え方はわからないが、「短文で鋭いことを言う・・・」、「鋭い言葉で相手を威圧する・・」印象であるが、実際には「短文でしか自己を表現できない・・・」のではないか??と思う。

 新聞に掲載された就任演説の全文を読んでみた。おおむねツイッターなどを通じて発せられてきた内容であり、想定の範囲内だった、と思った。就任演説は多くが単文で、関係代名詞などはあまり使われていない。分かりやすいが、真意が見えない。

 大統領はネガティブな側面を強調し、雇用や移民などに焦点を絞った簡潔な就任演説だった。国際秩序への言及はほとんどなかった。人権問題への関心は薄い。経済問題に専念すると宣言した。
  
 日米関係については、まだ何を考えているかわからない。発言の中には私も同意できることもあるが、今の所、大統領は日米関係の歴史をご存じないのでは??と思わざるを得ない。
 閣僚の中で誰かアジア外交の実権を握るのか、注目しなければならない。
 私が国際政治に興味を持ってからそう久しくないが、私が知っている政権の中でこれほど先を見通すことが難しい政権はなかった様に思う。

 異次元の不確実性??を備えた新政権だと思う。まだその本質はわからない。

 トランプ政権は、「忘れられてきた人々」が既存の支配層に対して起こした反乱の結果である。


1/22(日)曇り 降雪若干 
1:30起床、ラジオは大荒れ、降雪を報じているが無風、雪なし。本読み、文献・新聞チェック。録音データ整理。午前は棚とかネコ対策など。以降は終日読書、文献整理等。
19:00夕食、20:15就寝。BRながら視聴:「題名のない音楽会:Vnの難曲」、「めしばな刑事:レトルトカレー他」、映画:「ビリギャル」一部。歩数計不調、ほぼ計測できず1994歩。

トランプ大統領(1) 就任 ポピュリズム手法の妙
 私は、大統領選をアメリカの偉大なジョーク?と捉え、いずれはトランプ氏は消えていくと、当初はあまり注目していなかった。党内での候補者としても下位の扱いでありそれほど注目されていなかった。しかし、あれよあれよと言ううちに党の指名獲得し、大統領選まで勝利した。

 私はトランプ大統領についてまだそれほど観たり読んだりしているわけではない。
 ただ、氏は始めはそれほど強く大統領になることを望んでいたのではなかったのではないか、と思う。自己顕示欲の強いだけの人物が時流に乗って、自身も思いがけないほど支持者を集めてしまった。隠れ支持者を集めてしまった。選挙結果に最も驚いたのはトランプ氏自身でなかったのか?党指名の前であれば辞退もできただろうに。

 大統領としての政策は従来の流れを排することを辞さない急進的、刹那的なものが多く、超大国の大統領としての政治的手腕に長けているとは思えない。

 彼がのし上がったのはポピュリズムに訴える手法をうまく使ったためだった。
 トランプ氏勝利もそうだが、欧州各国で反移民や反EUを唱えるポピュリズム候補者が、ポピュリズム政党か躍進している。英国がEU脱退を選んだのもポピュリズムの表れだとされている。
 そんな時代の流れも背景にある。

 ポピュリズムは民衆の願望・不満を大きく取り上げ、感情に訴えて考えを主張する手法である。
 それが21世紀の今、成熟した国家とされてきた先進国でも広がっている。
 グローバル化や技術の進歩が一握りの富裕層を生み出し、社会の格差が広がっていることが大きい。インターネットの普及で、人々が直接意見を発信するようになった。

 これまでの政治が、人々の不安や不満に十分対応できていなかったことは確かだ。資本主義政治は平等化を目的にしていない。無理やり格差を作りそれをエネルギーにして成長する。だから格差を生む。それに適宜対応していくのが政治手法の一つである。
 
 先進国のポピュリズム的主張をする政治家は、「少数のエリートのための政治だ」と批判して支持を伸ばした。感情に訴える手法なので急進的訴えが多くヽ政策が実現できるか疑わしい。ただ、ポピュリズム政党の躍進が既存政党の改革を促し、政治の活性化をもたらす、という。
 ポピュリズムは古くからの政治手法の一つであり、別に問題はない。ポピュリズムは民主主義に伴う。

 ポピュリズムは簡単に言うと、「下からの運動」、「生活者からの運動」と集約できそうである。ポピュリズムには政治理論よりも生活実感が優先する。旧態依然とした論法を持つ候補者を攻撃し、駆逐する。

 最近の政治の風潮は何か怖いものがある。
 特に、世界第一の経済力、軍事力を持つ国の大統領がポピュリズム的価値観が優位であることは危険である。

 トランプ大統領の言動は私も興味ある。今後もフォローしていく。


1/21(土)晴れ比較的温暖   
 0:30 起床、新聞チェック、文献読み。寒波。降雪0cm。早朝は何時もの如く。午前は風除室のステップの改造中心に大工仕事。午睡若干、午後は棚の修理中心。BRながら録画:「題名のない演奏会:演奏困難な曲」など2本、19:00夕食、20:30就寝。歩数計Σ7983Km。ながらTV:「めしばな刑事:うどん編、コンビニアイス編」観る。家から一歩も出ず、それでも歩数計Σ10864歩10698Km。

生老病死2017(2) 自死 全国的に減少 秋田県の現状
 県警がまとめた2016年の県内自死者は263人で、前年より15人減少し、記録が残る1979年以降で最も少なかった。自死者の減少は2年ぶり。65歳以上の高齢者の減少が目立った。
 
 2016年は全国の集計でも、前年より2.2万人も下回った、という。何が減少の要因となっているのだろか。

 県警の統計は県内で自死した人が対象であるが、2003年に過去最多の559人を記録して以降減少傾向にあり、2013年から200人台となっている。
 16年の自死者の内訳は男性は20人滅の178人、女性は5人増85人.。
 年代別では70代47人 > 50代と80歳以上46人 > 40代39人 > 60代38人 > 30代25人 > 20代19人 > 20歳未満3人と続いた。65歳以上の高齢者は前年比19人滅の112人で全体の42.6%でのあった。

 複数因子の原因別では、健康問題118件(39・2%)>経済・生活問題34件(11・3%)が多く、職業別では学生・生徒含む無職が173人(全体の65.8%)であった。自死は個々のケースごとに事情が大きく異なる。個々のケースの比較すらできない。

 本県では民・学・官の連携による自死対策が進んでおり、「秋田モデル」と呼ぱれて全国的に高い評価を得ている。秋田県の自死者は2003年に559人、昨年は263人で47%と半減し、36.8%減少した全国統計よりも減少比率が大きい。これは関係者が10年以上の歳月をかけてつくり上げた連携の成果である。

 私は地道な活動をされていることは評価しているが、「ワースト連続何年間・・」とか、「ワースト返上・・」といった論調で新聞が取り上げることは不快で、賛同できない。

 自死をタブー視せず、社会の問題として関心を持つという機運は確実に高まっている。
とてもいいことと思う。自死を思いとどまった方々のその後の人生については知る由もないが、そのような方々への支援、フォローはどうなっているのだろうか、と思う。
(文中の数値は秋田さきがけ新聞を参照した)


1/20(金)晴れ 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア トランプ大統領就任
 1:00起床、なんかノリ悪く作業非効率、こんな日もあるさ。文献チェック他本読み。5:00可燃ゴミ集配所に。降雪なし。7:30Taxi駅に。8:10こまち。大曲雪溶けていた。9:00-12:10大曲中通病院外来。次年大曲どうなるか? 13:45飯川病院ボランティア。新聞読みなど。19:00帰宅・夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「アナザーストーリーず:CM黄金時代」。歩数計Σ9083歩10683Km。ながらTV:「めしばな刑事:ポテチ編、牛丼編」観る。

生老病死2017(1) 自死 全国的に減少 
 毎年この時期になると自殺に関する統計が発表になる。

 私は自殺という言葉には抵抗がある。自死ならまだ言いやすいし書きやすい。
 他の方の感覚はわからないが、私にとって死は決して不自然なことでなく、恐れるべきものではないと、身近な存在である。自死に対しても自分に関係のないことだ、とは考えていない。

 死はあらゆる苦痛、苦悩からの解放であり、安息の獲得なのだ。むしろ、死が、家族の価値観、他人の価値観、社会の価値観で、安易に医療に委ねられ、不自然な形で迎えなければならない現実に疑問すら抱いている。

 @ 全国の自死者
 2016年は2万1764人で、2.2万人も下回り、7年連続減少したという。2.2万人を下回ったのは1994年以来22年ぶり。最多だった2003年と比べると36.8%減少している。

 警察庁は1978年に自死の統計を取り始めた。しばらく2万人台で推移後、1998年に3万人超に、2003年に3万4423人となった。その後増減していたが、2012年以降は2万人台が続いてきた。昨年は、2015年より2261人減り、過去最大の減少となった。男性が10%減の1万5017人、女性が8%減の6747人。

 厚労省が2016年1-11月の自死者2万193人について原因・動機を複数因子でまとめたところ、健康問題1万63人 > 生活苦や負債など経済・生活問題 > 家族の不和、介護・看病疲れなど家庭問題 > 仕事や職場の人間関係など勤務上の問題、の順だった。
 自死は個々のケースごとに事情が大きく異なる。実際には個々のケースを比較することなどできない、と思う。

 全国的に見た場合、近年の自死者の減少は自殺対策基本法と関連施策が充実し、市民への啓発が進んだことやに加え、介護や家庭内暴力、いじめなど孤立しやすい人に向けた対応が改善してきていることに関連がある。
 今回の電通の長時間労働の問題もその一つで、おそらく労働に由来する因子の一つは改善していくことが期待される。


1/19(木)曇りのち晴れ 外来+飯川病院 
0:30起床、新聞・文献チェック他。寒波厳しいが夜間積雪なし。6:47バス飯川病院。8:45-13:15外来+クリニックドック判定総括。勤務1年延長となりそう。13:30飯川病院。入院患者対応。19:00帰宅、夕食、19:30就寝。BRながら視聴:「昭和は輝いていた:ロングセラー」、「サイエンスゼロ:探査機ジュノー」、「100分で名著;正法眼蔵(1)」,「知恵泉;東京誕生」。歩数計Σ9083歩10683Km。ながらTV:「めしばな刑事:缶詰編、カップ焼きそば編」観る。

ラジオ深夜便と共に過ごす2017(4) 『ピアノが奏でる七十二候』(3) 納得した
 2016年4月から火-金曜日の1:00amから『ピアノが奏でる七十二候』という、私にとって不可解なシリーズが始まった。番組の前にピアノソロで1-2分程度の小品が奏でられる。音楽は好きだが、違いがわかる程の実力も感性もない私にとって、「こりゃ一体何なんだ、何のために放送しているのか??」が、私の正直な気持ちである。

 暦で「二十四節気」があるが、これをさらに3分類した「七十二候」の印象をピアニスト・作曲家の川上ミネ氏が作曲のしたものである。

 現在まで50数曲も放送され、私はその殆どを聴いているが、私にはどれ一つも『七十二候』の雰囲気がイメージできない。

 これを聴く日本人はこれらの曲から「七十二候」をイメージできるのか? 意義を感じ取れないのは私の無知、無感性による私自身の問題なのか?・・・などの疑問が湧いてくる。

 そういえば、私が小学生の頃、NHK第一放送である音楽番組があった。
 視聴者参加の公開番組で舞台に音楽愛好家を登場させ、数分間の曲を聴かせ、その後にどんなイメージを抱いたのか、どんな情景を想い浮かべたのか・・・を語ってもらうという内容であった。私は何もイメージできなかったが、各登場者は各々心に浮かんだ情景をとくとくと披露した。私はこのような番組を理解できなかった。各人が披露した状況と曲との間に、私は何ら関連性を感じ取れなかったからである。
 今回の「七十二候」について考えている間にこの番組について突然思い出した。何という番組であったのかすら思い出せないが、そのような感受性を持った人がいるのだ、と改めて感心した。

 先日、音楽関係の文献を読んでいる際に、「曲を聴く度に色のついた情景が浮かんでくる」という投稿文が、また「美しい景色や絵画、写真などを見るとある自然と曲が心に浮かんでくるのです・・・」という投稿もあった。あたかも、「展覧会の絵」のラベル、「ボッティチェルリの三枚の絵」のレスピーギそのもののようである。

 それで、この項の結論である。
 結論(1) 「七十二候」の印象をピアノで表現した川上ミネ氏のような感受性が私には全く欠けている、と言うことがわかった。
 結論(2) 川上ミネ氏のCDのジャケットを見ると、氏はそう若くはないがかなり美形である。それを知ってから「七十二候」の各曲が突然聞きやすく、身近なものになった。

 音楽への感受性は乏しいが、私の美人に関する感受性は十分備わっているようである。


1/18(水) 快晴・寒波緩む 降雪1-2cm 飯川病院ボランティア
0:30起床、文献・新聞チェック,PDF化。 降雪1-2cm、除雪なし。8:11斎場初前でバスを待った。本読みながら30分待っても来ない。時間表に「雪のために迂回」との表示あった。急遽戻りフィットにて病院に。9:00-14:30飯川病院ボランティア。院長受診など。14:20帰宅、ネコ室清掃。BR視聴:院長室エアコン工事で見れなかった。19:00夕食、20:15就眠。歩数計Σ10114歩10676Km。家でながらTV:「めしばな刑事:立ち食いそば編、袋入りラーメン編」観る。

ながら勉強、ながら仕事の能率は低い??(3) 私はずっとながら勉強してきたが・・
 複数の作業を同時にこなす能力は、時間を大切にするために有効とのイメージがある。私は子供の時から現在に至るまでそう思ってきた。子供の時は鉱石ラジオで、次いでトランジスタラジオで、今ではネットラジオを通じて今に至るまでながら勉強、ながら作業を続けてきた。

 私のながら勉強、ながら作業は2011年以降、ラジオから映像に移った。
 私が映像に目覚めたのは2011年8月に一本の映画を観たことが切っ掛けであった。それ以降はDVD、Blu-rayでTVから録画した映画を見始め、ラジオは深夜番組のみとなった。
 
 私の映像番組視聴は1日数時間にも及ぶが、基本は音声中心のながら視聴である。音声を聞き、画像が期待される時だけ一瞬目を向けるだけである。一つの番組を流しながら一切画像を見ないこともある。そんな視聴であるが、それでも情報収集という面ではラジオよりは有用である。

 脳は同時に複数の作業を処理できないことがわかってきた。
 人間の脳は同時に複数の作業を処理しているのではなく、脳のスイッチを高速で切り替えているだけ、という。そのために作業内容にもよるが、40%も能率が低下する、とされている。

 私の今までの生活、勉強、業務などを考えた場合、私は多分、40%も非能率で無駄な時間を長年費やしてきたということになる。
 確かに、私の勉強は能率が悪く、人の倍も努力しなければ友人たちに着いていけなかった。私は自分を物覚えの悪いバカか、と思ったことも稀ではない。

 もしかすれば、これはながら勉強のためだったのではなかろうか??
 私は学生の時には脇目も振らずに勉強に勤しんできた。高校生活など楽しい思い出など一つもない。友人たちが寝ている時にも勉強した。それでも友人たちになかなか肩を並べることもできなかった。私は、ながら勉強のために大変な無駄をしてきたのではなかろうか??
 
 私は、ながら勉強せずに集中していたら、もしかして、今ある自分とは違った人生を歩んでいたのではないか??
 机上にある映像再生装置を横目でチラッと見ながらそんなことを思う。

 もう一つ、もしかしたら??と思うのは、私は乳児期いつ死んでもおかしくないほど虚弱であったという。食も細く、家族の弁では痩せこけたサルの子供を想定させるような子だった、という。もし、母親が健康で、ミルクで栄養よく育っていたら、脳の発達がより良くて、今より何倍か頭が良かったのではないか??などなど、萎縮が激しい私の脳のMRI画像をチラッと見ながらため息をつくこともある。(この項の後半は、ウソですけど)


1/17(火) 晴れ・寒波緩む 外来 飯川病院
 0:30起床、文献・新聞チェック,PDF化。雪2-3cm程度。5:00可燃ごみ準備、6:47バス飯川病院。8:45-12:30外来。12:50飯川病院、14:00-18:45勤務、19:15帰宅、夕食、20:15就眠。BRながら視聴:「プロファイラー:ニクソン」、「ガイア:医療を救う町工場」、「段階スタイル:死・がん哲学外来」、「新日本風土記:そば」。歩数計Σ13103歩10668Km。

ながら勉強、ながら仕事の能率は低い??(2) 脳は同時に複数の作業を処理できない
 複数の作業を同時にこなす能力は、時間を大切にするために有効とのイメージがあるが、脳は同時に複数の作業を処理できないことがわかってきた。
 特に、より高度の集中力を要する複数の作業、中でも運転中の携帯・スマホは共に高度の集中力を必要する作業なので極めて危険である。

 人間の脳は同時に複数の作業を処理しているのではなく、脳のスイッチを高速で切り替えているだけ。短時間で脳の処理の担当部位を切り替えて行っている。そのために作業内容にもよるが、40%も能率が低下する、とされている。

 運転中の携帯・スマホは共に高度の集中力を必要する作業なので極めて危険と考えられるが、具体的検討を行ったデータは少ないようで、私が調べた範囲では以下の一件のみであった。

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 道交法違反である運転中の「ながらスマホ」の影響をJAFが教習所のコースで検討した。被験者は29歳前後の男女5名。
 「通常の運転」では、ほとんど問題がなかったのに対して、「ながらスマホ」では、半数のモニターが、ハンズフリーでの通話も含めて、発進の遅れや信号、一時停止標識の見落としがあり、車などの陰から飛び出したボールを避けることができなかった。特に、画面を注視するメールやゲームの場合、安全に対処できないモニターが多く、ハンドル操作も不安定となり対向車線にはみ出すケースもあった。

 モニターの視線の動きを観察すると「通常の運転」では左右をよく見ていたのに対し、メールやゲームを使った運転では、視線は前方とスマホ画面に集中し、狭い範囲しか確認していなかった。
 使用が規制されていないハンズフリーでの通話もほぼ同様の結果であった。

 JAFの結論は「ながらスマホ」は運転に必要な周囲の情報が得られず危険、ハンドル操作も不安定になる。運転中に「ながらスマホ」は絶対にすべきでない。(JAF mate 17-1)
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 人間の脳は複数の情報処理をする場合、脳のスイッチを高速で切り替えているだけで、場合によっては40%も能率が低下する、とのデータも確認した。JAFの実験結果はその影響を具体的に示している。

 私の過去を考えた場合、私は多分、大変な無駄な努力をし、非能率で無駄な回り道をしてきたことになるのかもしれない、と思った。


1/16(月)雪のち晴れ 健康クリニックドック 午後飯川病院 除雪6回目
 1:00起床。本読み、新聞・文献チェック他。6:47バス出勤、飯川病院。9:00-11:00健康クリニックドック13名。11:15飯川病院へ。微睡。14:00-18:45飯川病院、入院患者対応、外来対応。19:10帰宅、夕食、20:15就寝。 BRながら視聴:「団塊スタイル:健康でいつまでも」、「久米書店:五木 & 外山」、「池上:沈黙の春」、「サイエンスゼロ:新・瞑想法」。歩数計Σ8135歩。近隣のM氏ブルで除雪感謝。

ながら勉強、ながら仕事の能率は低い??(1) 運転中の携帯・スマホはかなり危険
 道交法で運転中のながら携帯・スマホは禁止されたが、実態はどうだろうか。
 私の個人的感覚では運転中の携帯使用者はあまり減っていないないような気がしてならない。

 秋田県警は昨年7月27日、男性2人を携帯電話の使用道交法違反容疑で検挙した。いずれも事故などはなかった。反則金6千円が科せられ、違反点数も切られた。
 また、県警は、ゲームをやりながら自転車に乗っていた男子高校生2人に対し道交法に基づき、指導警告附置をした。ゲームをしながら自転車に乗っていたという。自転車も、軽車両として道交法の適用を受ける。

 ハンズフリー機器を除き運転中の携帯電話やスマホの使用は禁止されているが、平成26年の推帯電話使用による違反の収り締まり件数は100万件にも登り、携帯電話等の使用による人身事故も1729件に上っている。

 道交法では、運転に危険な運転中の行為としてスマフォを含む携帯を違反対象にした。ドライバーは自分の経験からも「ちょっと危ないな・・」、とは感じているだろうが、実感としては「禁止するまでもないのでは??」と、具体的にその重要性を理解していないのではないだろうか。

 スマフォを含む携帯を違反対象をしたのは以下の理由などと思われる。 
@ 手放し運転だから運転操作が不安定となる。
@ 会話に気がとられたり、画像を注視することにより、運転に必要な周囲の状況に対する注意を払うことが困難となる。携帯電話使用中の事故が現実に増えてきた。
@ 運転中の携帯電話使用は通話だけではなく、保持も違反対象になる。手で保持しなければ送受信できない自動車電話やトランシーバー型無線機など、機器の使用も禁止。
@ ハンズフリー装置は違反にならないが、都道府県の道路交通規則でイヤホンマイクによる通話が禁止されている地域もある。秋田ではイヤホンマイクは禁止されていない。
@ 携帯電話の使用が禁止されているのは運転中のみで、停止している時であれば使っても良い。しかし、赤信号で停止中であっても運転中ということで取り締まり対象になりうる。
@ ・・・などなど。

 私は自分の経験からと、最近の脳機能の分析結果のデータから、「脳は複数の懸案事項の処理を同時にこなせない??」、と考えを変えた。
 その面から見ると、私は時間を節約するためにながら勉強、ながら業務をこなしてきたが、結果としてかなり無駄な努力をしてきたのではないだろうか??むしろ貴重な時間を無駄にしてきたのでは??と思わざるを得ない。

 この「脳は複数の懸案事項の処理を同時にこなせない??」という脳機能が形に現れやすいのは、運転時のスマフォを含む携帯使用時なのだ、と思う。


1/15(日)降雪・寒波 秋田ゾンタ新春チャリティコンサート(欠)
大学入試センター試験。 1:00起床。文献読み・録音・PDFデータ整理など。10:30秋田ゾンタ新春チャリティコンサートに向け飯川病院で待機。不明の腹痛、席がオーバーセール?で急遽出席不要となる。むしろ都合よし、そのまま病院で微睡、改善。PDFデータ整理など。18:00帰宅、17:00夕食、20:15就寝。歩数計Σ8131歩10651Km。BRながら視聴:「BS1:オバマのホワイトハウス」、「ガイア:冷凍食品」、「初裏は輝いている:冷凍食品」。

地方新聞を読む楽しみ(2) 秋田魁新聞 vs 岩手日報
 岩手日報を自分が初めて知ったのは、いつだったのだろうか。ほとんど記憶にないが、多分小学校の高学年の時、担任に引率されて盛岡に行き、岩手日報社を見学したように思う。
 社内を案内してもらった。子どもながらに、とてつもない巨大さと活気を感じたことを覚えている。原稿を見ながら鉛の細かな活字を並べていた植字工の人たち、巨大な紙のロール、巨大な輪転機などが記憶に残る。私はこの見学の後、新聞が大好きになり、中学生新聞を購読していたこともある。新聞は現在まで欠かしたことはない。

 中央紙1紙と2紙の地方紙を毎日読むことは今の私にはできない。連日、ほぼ例外なく午前の業務開始前に、当日の中央紙1紙、前日の魁新聞、前々日の岩手日報に目を通し、興味ある記事を切り取り、その日の夜にスキャナーで電子化、分類する。これを連日繰り返している。スクラップ用に切り取る記事は連日40枚ほどでその作業量は結構きついが、その蓄積は私の宝の一つになっている。

 秋田魁新聞と岩手日報を比較してみると、2011年頃は魁の方が字がより大きく、カラー写真が多用されて一見ハイカラに見えた。それからみると日報は地味であった。いつ頃からか日報もカラー化が進んで両者は見た目でも大差なくなった。
 
 このことは情報の提供の上で無視できない価値がある。

 実際にモノクロ写真とカラー写真はたとえ鮮明度が同じであっても情報量が大きく異なる。NHKが所有している戦時下のモノクロの歴史的な記録映像などを人工的にカラー化する試みが行われているが、カラー化した映像では情報量が大きく異なっていた。新聞でも同様、モノクロ写真とカラーでは情報量が大きく異なる。日報はこの面で近年大きく進化した。

 両紙の編集姿勢では魁新聞はより日本一の高齢県という事情もあってか、高齢者に視点が当たっているように見え、日報はより若年者に視点を当てているように思われる。読者の論壇への投稿を見ても秋田魁新聞は投稿自体が少ない上、時に見られるのは高齢者が多い。これに対し、岩手日報の論壇は連日掲載されており、中高校生から30代、40代の働き盛の年代からの投稿が多い。10代の投稿を読むと内容的に未熟であってもこころがほっこりする。新年を迎えてからも3人の14歳の読者からの投稿があり、私は興味を感じている。
 これらの違いは県民性の違いによるのかもしれない。岩手は東日本大震災の被害県で若者たちの活力が刺激しているのかもしれない。

 岩手に関する情報は、基本的に岩手日報から得ている。岩手に特化した話題、課題をさらに深掘りしてほしい。岩手日報は県民共通の日記であり、変わらない使命を持ちながら、進化し続ける紙面をつくって欲しい。
 


1/14(土)降雪寒波 飯川病院午前外来補助 除雪5回目    
大学入試センター試験初日 1:15起床。いつもの如く。新聞文献PDF化。文献読み、本読み。9:00-10:00除雪5回目、除雪機アイシングか? 今後対応予定。10:40バス飯川病院、午前外来補助に。検食後微睡、15:00バス帰宅。秋田市の除雪車が入っていた。本読みなど、書類PDF化。20:00夕食、21:00就寝。BRながら視聴:「NHKアーカイブ:セザンヌ」、「サイエンスゼロ:ワイン」、「知恵泉:高橋是清」。歩数計Σ8991歩10644Km。

地方新聞を読む楽しみ(1) 秋田魁新聞 & 岩手日報
 新聞の地方紙は県単位のエリアで読まれているのが多い。
 私は、地方紙は県民のスタンスを確立するためにとても有用な存在と考えている。新聞社も地方紙の存在意義は何かを常に問い、地域に密着した情報を提供してほしいものである。

 地方紙は決して全国紙のミニ版であってはならない。
 地方で起きた大事件や選挙などのときは一面記事として報じて県民に情報を伝達するのは当然であるが、充実した地方関連記事を通じて、県民としての自覚を促す資料となる。そこに地方紙の存在意義がある。

 新聞の発行部数は減じているがその原因を、スマフォやネットの普及によるとする意見が聞かれる。それは正しい分析であろうが、それでも私は、より読者が求めるような、読者の視点に立つ地道な報道を紙面で続けていくことで地方紙の存在は大きい、と思っている。スマフォやネットの無味乾燥な情報は、有用ではあるが新聞以上のものではない。

 秋田魁新聞には秋田を知るための情報の提供を広範な視点で続けて欲しい。秋田は経済的には厳しい状況にあるが、秋田の地は決して捨てたものではない。豊かな文化の歴史があり、芸術の蓄積、優れた県民性もある。これらの紹介を通じて魁新聞は地方紙の意義を十分に果たしている。

 私は東日本大震災を機会に2年ほど岩手日報、福島民報、河北新報の三紙を追加購読していた。全国紙、魁新聞だけでは震災の被害状況、原発事故の被害状況をよく読み取れなかったためである。中央紙の報道は記者も読者も地域との関連が薄いことに関連するのか隔靴掻痒の感が否めなかったからである。

 私自身岩手生まれ、岩手育ちであることから郷里に関する情報が継続的に欲しかった。それで岩手日報のみを今も継続している。

 秋田魁新聞、岩手日報は共に国内や世界に関する情報、芸術文化欄の記事などの情報は共同通信社から提供を受けている。だから両者の紙面の3割近くは大同小異であるが、そのほかのオリジナルな編集部分は各々特徴があって面白い。

 秋田魁新聞、岩手日報社共に十分に存在意義は大きい。今後も、両県民に根差した記事を県民に向けて、国内外に向けどんどん発信して欲しいと思う。


1/13(金)小雪寒波 除雪4回目 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床。文献・新聞PDF化。5:00可燃ゴミ廃棄、5:30-6:20除雪4回目、7:30Taxi駅に、8:10こまち。大曲駅・病院はTaxi、大曲は昨週とは一変、各戸屋根の積雪60cmほど、圧巻。9:00病院着、12:10診察終了。新幹線10分遅れ。13:50飯川病院、ボランティア。15:00北都スタッフ来訪。18:50帰宅。19:00夕食、20:30就眠。 歩数計Σ9317歩10637Km。BRながら視聴:「そこまで委員会:本年はどうなる?」、「世界の今:トランプ」。

社会保障環境2017年(5) 介護環境(2) 在宅介護の悲劇がくり返されている
 介護保険の理念は自立を支えることにある。また、介護の社会化をうたっていた。
 しかし、この両面においても十分な効果を上げているとは言えない。

 介護保険のケアを受けていても、今も昔と変わらず家族たちは疲弊している。
 介護保険制度に含まれる問題点ではないのか??

 現行の介護保険は、「家族がいることを前提に、家族の負担軽減を目的」に作られておいるが、実際には家族の負担は減っていない。介護に関連した高齢者虐待、殺人事件も後を絶たない。

 介護保険にこれだけの費用と人材を用いながら決して良い方向にあるとは思えない。
 制度が硬直化している。例えば、認知症の場合には身体的状況は比較的良いから介護度が低く認定され、結局家族の見守りが必要となり、家族が追い詰められる。

 限度額を上手に使い、個々人に応じた使い勝手のいい柔軟性を備えた制度にしなければならない。介護、特に在宅介護については国は十分な配慮をしてこなかったために歪みが生じている。

 介護保険の介護計画はケアマネが作るが、今のケアマネには独立した自由度が与えられていない。ケアマネの技能では生活できないから9割以上は勤務している。その施設も経営はギリギリで余裕がなく、どうしても自分の施設に誘導する方向でケアプランを作らざるを得ない。
 すなわち、国は在宅を強調するが、在宅中心のプランを作られない。ケアマネの報酬をあげ、介護事業所が成り立つ状況にすれば、結果として在宅介護が充実し、介護保険の経費は軽減される。

 認知症高齢者の増加、介護サービスの縮小、施設や職員不足を背景に家族介護は深刻さを増している。

 その悲劇的な結果としての殺人や心中が後を絶たない。
 兵庫県で、妻を殺害し殺人罪に問われた82歳の夫の裁判で、昨年10月執行猶予判決を言い渡した。夫は、認知症、統合失調症、徘徊を繰り返す妻を十年間介護してきた。夫自身も体調悪く、同居家族も協力的ではなく、追い詰められた末の悲劇だった。夫や家族が市に30回以上相談していたが、悲劇を防げなかった。
 介護殺人が注目される契機となったのが、2006年に京都府で起きた認知症の母親の殺害事件である。50代の息子が介護疲れと生活苦から、合意の上で母を殺害。裁判で、息子か献身的な介護をしてきたことから執行猶予付きの判決が下された。

 2015年には、介護を苦に利根川で心中を図った親子の事件が注目を集めた。

 介護家族の苦しみの深さ、周囲のサポートの乏しさを浮き彫りにした京都の事件から10年、当時と今と、どれほど変わっただろうか。
 
 介護はある日突然降りかかってくる。
 もし私も似たような状況に陥ったならいつまで冷静な気持ちでいられるか自信はない。


1/12(木)寒波・降雪 3回目除雪 外来+飯川病院
 昨年初除雪日。1:00起床、プチ対応、文献・新聞PDF化。夜間降雪7cm。5:30-6:15除雪3回目除雪。6:48バス病院へ。 8:45-13:00外来、疲弊。14:00-18:40飯川病院勤務、19:00帰宅。夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「林:初耳学」2本、「日本人の3割しか知らないこと」、「昭和は輝いていた:心に残るこの一曲」、「久米書店:池上」。歩数計Σ8382歩10630Km。

社会保障環境2017年(4) 介護環境(1) 今回は大幅改訂なし 次の改訂が恐い
 2017年度の予算規模は97兆4547億円で過去最大の大型予算。このうち社会保障費は32兆4735億円で1.6%増となる。即ち、国家予算の3割が社会保障費。
 
 所得のある高齢者の医療費負担の増、年金の給付減などで政府は社会保障の費用を緊縮しようとする。経済再建のために将来に向けての方向性としては正しい。しかし、年金も、医療費負担も、介護のサービス縮小の方向などで高齢者世代の不安は一層高じてきているように思う。

 サービス縮小の背景には、膨らみ続ける介護保険の現状がある。
 介護保険にかかる費用は制度が始まった2000年度の3倍の10兆円になった。団塊の世代が75歳以上になる25年度には、20兆円に連するとみられる。これでは何らかの手を打たなければならない。

 介護の現場は国の方針を受けて混乱している。

 最終的には今回は大幅な改訂は見送りになった。今回は要介護度が低い「軽度者」が抑制の対象にっていた。全額自費にという甚だしい改訂も視野にあったが、今回は条件付きながら継続することになった。

 財務省は、軽度者の生活援助や用具レンタルの原則自己負担を求めていたが、見送られた。
 
 ヘルパーに関して「家政婦代わり」との批判もあるが、国内で80万人か使っている。不自由な体で在宅で過ごしている対象者にとって掃除や洗濯などのサービス必要とする人も多い。さらに、自費では払えないという利用者が多く、今回は切るわけにはいかなかった。ただ、次年度の改訂は恐らく厳しいものになるかもしれない。

 介護保険の制度は見直しの過程にあり、軽い要支援者向けの訪問・通所介護は段階的に市町村へ移行中である。市町村かまだ手探りの状況である。現状でのドラスティックな改訂は一層の混乱を生む。

 現場からの悲痛な声が政府を動かした形。市町村からの介護保険に関する要望や決議が200以上上がった、とされる。

 予定されている次の改定は、
 2018年から年金収入が383万以上の利用者は3割負担になる。
 高額介護費は戻ってくる基準が変わる。37200円以上から44200円以上になる。

 こんな風に、利用者の自己負担をチョビチョビと増やしながら介護保険の経費削減を意図しても限界が見えてくるだろう。
 今の介護保険制度は硬直化していないだろうか。


1/11(水)曇り降雪 除雪2回目  飯川病院ボランティア
0:20起床、文献チェック他、医学書、本、数冊に目を通す。積雪5cm、6:30-7:30今季2回目除雪。13:45家人の車で飯川病院、14:00-17:50ボランティア。入院患者対応、ポートの針刺し。18:00バス帰宅。19:00夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「映像の世紀プレミアム:女性の解放に関連した史実」、「健康生活:冬の家の危険、入浴、寝室」、「日本視察団:山手線」。計Σ10390歩Σ10623Km。

四季2017年(1) ついに私に冬が来た 
 ついに、1月6日、今季初除雪した。私にとって冬が来た。いつ降るのか期待半分、不安半分で過ごしていたが、これでむしろホッとした。

 今朝11日2回目の除雪した。
 私の家のアクセスは条件が悪く、自称胎盤道路である。へその緒に相当するような細い路地が50mほどあり、胎盤のごとくちょっと広めの我が家に至る。この細い路地は降雪期には手抜きしていると雪で狭まってしまい生活に支障が出る。私のところは一番奥だから手が抜けない。

 私は四季を勝手に以下のように分類している。
■春 除雪が不要になる時期から桜が散るまで(約2か月)。
■夏 桜が散った時期から8月13日まで(約3か月)
■秋 8月14日から除雪の時期まで(約4か月)
■冬 除雪が必要になる時から不要になるまで(約3か月) 

 私にとっての冬の訪れは、2013年は12月13日、2014年は12月16日、2015年は12月27日、昨年は1日12日、今季は1月6日。温暖化?のためか徐々に遅くなってきている。
 私独自の変な定義であるが、除雪の重要性と私が感じている除雪のプレッシャーのためにそう決めている。

 昨夕から北日本全体に寒気が襲い、強風と小雪が舞っていたが、今朝5:00の段階で5cmほどの積雪となった。5cmの積雪自体はそれほどひどくはないが明日からも荒天が続く予定なので大事をとって除雪した。

 私は昨年1月から水曜午前フリーとなった。午後は飯川病院のボランティアの予定である。だから、今朝は時間的には余裕があり、近所への迷惑を考えていつもより一時間遅らせて6:30-7:30に除雪した。

 私が用いている除雪機は雪を遠くにとばすタイプであり強風時には飛ばした雪が私に向かって戻ってくる。そのために雪だるまとなる。風の強い日は毛糸の帽子、ノイズキャンセリングヘッドフォン、ゴーグル、マスクの出で立ちである。
 ノイズキャンセリングヘッドフォンはエンジン音対策である。周辺には騒音を撒き散らせながら勝手なものであるが、エンジンの間近にいる私には必需品である。

 私の四季は胎盤道路の除雪を中心に一年が回る。いつも、冬の除雪をのことを思う。むしろ雪がないときほど深刻に思い、やや落ち込むこともある。
 雪が降ってしまえば、もう迷いは無い。降るなら降れ!!! 連日でもいい。朝早くから心は外に向かい、除雪をどのようにしようか、と考え、通常の日は5:30にエンジンを始動する。

 さあ、冬が来た。今季は雪が多い、と予測されている。これからの降雪はどうなのか。来年3月上旬迄、私は雪と闘い、戯れる。


1/10(火)寒波降雪 中通外来 飯川病院
1:00起床、新聞チェック、文献、本読み。5:00可燃ゴミ廃棄。6:46バス飯川病院へ。8:45-13:30外来混雑。14:00-18:30飯川病院勤務。病棟外来対応。19:00帰宅、夕食、20:00就寝。BRながら視聴:「100分で名著:正法眼蔵(4)」、「NHKsp:パナマ文書」、「知恵泉:野口英世」、「バクモン:サンシャイン水族館」。計Σ12110歩Σ10610Km。

年末年始休暇2016-2017 計画も目標も設定せず気ままに過ごすことに
 私は歳と共に体力気力の減退を感じるようになってきた。
 だから、今季から新年に気持ちをリセットすることも止めた。今年は目標設定などは行わず、肩を張らず、あるがままに、気の向く方向で生きようと思っている。新年のリセットは子供の時からの習慣であったが、やっと止める心境になった。これは大きな進歩である。

 私の年末・年始休暇は、午前勤務の中通総合病院と関連施設は12月29日(木)から1月3日(水)までの6日間、午後勤務の飯川病院は12月31日(土)から1月3日(火)までの4日間とであった。
 更に、私の個人的勤務スケジュールは両病院ともに水曜日は勤務がない。だから、実際には12月28日(水)から4日(水)まで二日間長かった。

 この間の勤務及びボランティア状況。
12月28日(水) 午後飯川病院ボランティア
12月29日(木) 午後飯川病院勤務
12月30日(金) 午後飯川病院ボランティア
12月31日(土) フリー

1月1日(日) フリー
1月2日(月) 飯川病院日直、外来レセプト処理
1月3日(火) フリー
1月4日(水) フリー

 飯川病院勤務とボランティアが3回、日直が1回であった。昨年は日当直は4回であった。飯川病院の日直・当直は中通総合病院、大学病院の若手のスタッフが担当し、私は穴埋め的存在であるが、今回は私には回ってこなかった。いい傾向である。

 フリーが4日間あり、かなりの時間を自宅で過ごした。

 私的には、前半に長女一家来秋、孫とともに数日一緒に過ごした。29日は休宝寺で餅つきと懇親会、30日は遠来の友人と会食した。後半は次男一家が来訪して夕食等をともにした。孫3人、活発でペースを合わせるのに大変であった。

 フリーの日はネコ対策、音楽を聴きながら、論文読みとか読書、データ整理に費やした。録画で「N響定期公演」数回分、年末の「第九演奏会」、「ウイーンフィルNYコンサート」、「読売日本交響楽団特別演奏会」、「NHKNYオペラコンサート」などをじっくりと楽しんだ。
 
 家内も比較的ゆっくり出来たようである。
 ネコ7匹、元気すぎる。対応が大変であった。

 この1月5日から通常の勤務体制が始まった。まず、それを喜びたい。

 今年は無計画に、気楽に生きる。どんな風になるか、楽しみである。


1/9(月)成人の日 曇り小雨 飯川病院日直 
2:00起床。文献検討.徒然など処理。新聞記事のチェックDPF化など。8:38バス飯川病院。9:00-17:00飯川病院日直。データの整理など。玄関脇の花壇の整理。人間ドック判定総括。19:20帰宅、夕食、20:30就寝。歩行Σ13592歩Σ10605Km。BRながら視聴:「日曜美術館:円山応挙の極意」、「団塊:冬のファッション」、「コズミックフロント:ハッブル望遠鏡」、「昭和:実演販売」、「ワイルドジャパン:北海道」。

本を読む(2) 電子辞書 辞典の脇役
 100冊以上の辞書や実用書などが手のひらに載る電子辞書は、これまた有用である。スマートフォン、タブレット等よりも時代遅れの観があるが、軽くて手軽で、私は結構重宝している。

 私が用いている電子辞書はカシオ計算機の「エクスワード」2機種。家内と息子からのお下がりである。両人共スマートフォン等を通じて調べ物しているから不要になったとのこと。
 家内からのは医学関連のデータが強化され、医学大辞典、治療薬集などの資料が豊富なタイプ、息子からの製品は特に中国語とかの外国語関連機能が強化された製品である。

 私が最初に手にしたのは電子辞書は辞書ごとにMDディスクを取り替えるタイプ。とても不便だった。
 電子辞書が便利になって急成長したのは2000年代。半導体メモリーの容量拡大を背景に、英和や和英辞典だけでなく、古語や歴史用語集、さらには家庭向けの医学書や冠婚葬祭などの実用書が内蔵された。本の辞書の場合100冊以上、30Kgにもなる分を幅148.0×奥行105.5×高さ15.7mm、265gのボディに収納する。

(私が用いている電子辞書 カシオ XD-SF5700MED)

 私は「日本語辞典」、「漢和辞典」、「和英・英和」、「ブリタニカ百科辞典」などを使用する。

 カシオは約10年間にわたって国内シェア首位を走り、2015年には国内市場の8割弱を占めたという。だが、スマホなどの普及で状況は一変。社会人向けを中心に販売が減り、ビジネス機械・情報システム産業協会によると、電子辞書の国内市場は2007年をピークに半分以下に縮んだ。

 スマホの急速な普及で電子辞書の市場は縮小している。2006年にソニーが、2015年セイコー社が撤退し、実質的にカシオの市場での存在感は逆に増した。カシオの昨年の調査では高校生の58%、大学生の76%が自分の電子辞書を持っているという。

 いつも言われることであるが、私が何か新しい機器を使い始めるとその機器はまもなく市場から消える・・・、と子供達から言われる。私は保守的で新しいものに飛びつかないからであり、私が目をつけ導入したときにはもう別方式のが主流になっている。オープンリールテープ、 MD、S-VHS、レーザーディスク然りであった。

 この電子辞書も同様であった。私が譲り受けたのは2009年頃で、もうそのときにはインターネットの方が優位となっていた。

 ところが最近、高齢者向きの製品が注目されて結構売れているらしい。たまたま大規模家電店を訪れた時に見たエクスワードXD-Y6500は「現代俳句歳時記」や「日本名城百選」、「健康」、「旅行」などのコンテンツも搭載している。シニア向けの機種は退職記念の贈り物としても喜ぱれているらしい。

 電子辞書の最大の利点は、「軽量」であること、「一発検索機能」である。後者は優れた機能であるだけ応用力がない。うろ覚えの字句を調べるのには全く向いていない。


1/8(日)曇りのち晴れ、温暖  飯川病院ボランティア
1:00起床、新聞チェック、文献・録音データ整理。入浴数回楽しむ。午前は主にデータ入力と整理。正午「NHKのど自慢」、微睡後、バラ等の雪対策、ガレージ整理など。16:30家人の車で飯川病院へ。17:00-18:45ボランティア。 19:00夕食、20:00就寝。Σ6348歩Σ10595Km。

本を読む(1) 国語辞典、日常の参考書の主役
 私は1日のうちの大部分を自宅の居間または書斎と、ウイークデイの午後は飯川病院の院長室の片隅で過ごす。後者は院長の好意で片隅に同居させていただいている。
 これら双方で医学書や新聞、雑誌を読んだり録画の視聴をして大部分の時間を机に向かって過ごしている。

 この両者の部屋、机上にはパソコン、DVD/Blu-rayプレイヤー、ちょっとしたオーディオ装置が置かれているが、そのほかに日本地図、日本語辞書、電子辞書、iPadを置いて適宜利用している。新聞にしても読書、録画にしても適宜これらの書籍を参照することで理解が深まり一層身近になる。時代がら、便利なインターネットも参照している。

 日本の国語辞書はすごい、これこそ日本人の知の集約だろう、といつも私は辞書を引くときに感服している。
 仕事上では、特別な表現することなくほぼ不要であるが、日常のちょっとしたことで疑問が湧けば私は辞書を引く。

 私が頻用している国語辞典はフルカラー版『日本語大辞典』の初版である。国語辞典と百科事典の両方の特徴をた編集されていることが気に入って発売直後、1990年頃に購入した。とにかく便利である。限られたすスペースの中に17万5千余語も詰め込んであるから記載そのものは詳しくはないが、いろいろな資料を検討する取っ掛かりとしては十分である。


(使用するたびに足元から持ち上げる辞書 4Kgありました)

 大型の辞書は重い。しかしながら、国語辞書にはそれを上回る価値がある。すなわち、辞書には上下左右を一望できるということに最大の価値がある、と思う。

 例えば、『雪」について辞書を引くと、「裄」から「往き」、「雪」をはじめとしてに、関連した漢字や熟語、言葉が2ページにわたって50項目以上並べられている。それらは必ずしも知りたい語彙ではないとしても、ざっと見ているだけで自分の知らない表現や言葉が並んでおり、自分の無知を自覚するとか、思いがけない刺激を受けることも少なくない。

 最近は思い出せない言葉、漢字が多くなって辞書の使用頻度が増えた。この場合には『日本語大辞典』は特に有用である。思い当たる語句の近辺を探すと大抵目的の字句に達する。

 それにしても、辞書はすごい。驚嘆に値する。こんなに素晴らしい書籍を身近における幸せを改めて感じ取る最近である。

 聞くところによると、辞書を読むのを趣味にしている方がいるという。その方の気持ちのホンの一部は私にもあるが、悔しいが、到底実行できない。 


1/7(土)晴れ時々曇り 比較的温暖  
1:00起床。新聞・文献チェックほか。古書PDF化。午前は10:00散髪に。伸びすぎて素人では困難というので千円の散髪屋に。待ち時間ゼロ、15分ほどで仕上がった。洗面所のネコトイレの改修など。午後は日当たりがいい時間帯にネコ室の大掃除した。夕方からBR録画:「NHKニューイヤーオペラコンサート」楽しむ。19:00検食、20:00就眠。Σ7227歩10589Km。 

ラジオ深夜便と共に過ごす2017(3) 『ピアノが奏でる七十二候』(2)曲想と題名
 このシリーズの存在意義はなんなのか? 「二十四節気」,「七十二候」は音楽でイメージできるほど日本人に深く知られているのか??
 私は全くイメージできない。私の方の問題なのか?

 「ピアノが奏でる七十二候」の作曲と演奏は、ピアニストで作曲家の川上ミネ氏。スペインのマドリッド国立音楽大学大学院に留学、現在もスペイン在住の方。2013年には日本・スペイン交流400周年事業の公式ピアニストとしてテーマ曲を作曲、演奏した。私は全く知らない方ではあるが、その道では有名な方らしい。

 ピアノでもオーケストラでも一部の作品では題名がつけられている。作品のイメージから後日愛好家が名称をつけたものが多い。例えば「運命」、「田園」、「合唱付」、「月光」、ショパンの「子犬のワルツ」、「雨だれ」、「別れの曲」など。これらはなんとなく聴いた側から発せられた題名で、曲には題名のイメージが感じられる。

 歌謡曲など、すべてに題名がついているが、この場合には歌詞があるから曲想のルーツがわかる。

 歌詞のないピアノ小品などの場合は、私は全くお手上げ状態になる。
 NHKのラジオ番組で曲が流される頻度の高いピアニストの西村由紀江氏の場合を例にとる。「Virgjin」というCDがあるが、その中のに12曲含まれる。各々の曲名は、「Pure water」、「はじまりの予感」、「前向きな瞳」、「鏡花水月」、「あなたに最高のしあわせを」、「すずしい風に吹かれながら」・・・である。個々の曲はいい曲と思うが、私には題名と曲想が100%一致しない。作曲者の意図がわからない。私にとってこの作品名は曲を探すインデックス代りでしかない。

 話を「ピアノが奏でる七十二候」に戻すと、「七十二候」を多少知っている私にとっても、各々の作品に「七十二候」のどれをもイメージできない。「芹乃栄」,「水泉動」,「雉始なく」,「土脉潤起」,「霞始靆」,「草木萠動」・・・。お手上げ状態である。

 はっきり言ってこの「ピアノが奏でる七十二候」は作曲者の独自の感覚で作られたもので、作曲者の意図がわからない。「ピアノが奏でる七十二候」は私にとって邪魔な存在であった。ラジオ深夜便はすぐにその日の話題に入って欲しい。


1/6(金)小雪のち晴れ 今季初除雪 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
12:45起床。いつもの如くに読書他。降雪若干。5:00可燃ゴミ集積所に。5:30-6:30今季初除雪、昨年は13日であった。7:20Taxiにて駅に、7:35駅着。8:10こまち。9:00-12:10外来。帰路の新幹線定刻運行。雪は大曲の方が少ない。14:00飯川病院病院ボランティア。15:00北都銀行スタッフ来訪。BRながら視聴:「林修:講座、インフルエンザ」、「バクモン:レインボ?ブリッジ」、「日本人の3割しか・・」,「林修:初耳学2本」。19:10帰宅、夕食、20:30就寝。歩数Σ7905歩10584Km。

ラジオ深夜便と共に過ごす2017(2) 『ピアノが奏でる七十二候』(1)意味不明だ
 ところで2016年4月から火曜日から金曜日の1:00amから『ピアノが奏でる七十二候』という、意味不明なコーナーが開始されている。ピアノソロで1-2分程度の小品が週4日間放送される。音楽分野は好きだが、違いがわかる程の実力も感性もない私にとって、こりゃ一体何なんだ、何のために放送しているのか??が、私の正直な気持ちである。

 「七十二候」とは何ぞや??その由来や意味については私も多少は知っている。

 季節は太陽の動きによって移ろう。月の満ち欠けを基準とする太陰暦、太陽の運行による太陰太陽暦も、厳密にいうと季節と月日にずれがあり、季節の目安になりにくい。そこで、古代中国では季節を24に分けて暦に取り入れた。これが「二十四節気」と呼ばれる。

 この「二十四節気」をさらに初候・次候・末候の三つに分け、季節の移ろいや変化、動植物等の成長・行動などを具体的に関連づけて表して、日常生活や農作業の目安とした。これが、「七十二候」である。奈良時代に日本に取り入れられ、江戸時代に、日本の四季、動物、植物に合わせて、読み方も改変された。

 この初春の今頃は「二十四節気」では「小寒」にあたる。
「七十二候」では、
初候 1月5日 「芹乃栄」 せりすなわちさかう
次候 1月10日「水泉動」しみずあたたかをふくむ
末候 1月15日「雉始なく」きじはじめてなく

以下、1月下旬から
 「土脉潤起」 つちのしょううるおいおこる
 「霞始靆」 かすみはじめてたなびく
 「草木萠動」 そうもくめばえいずる
・・・・・・と続く。これが72も続く。

 『ピアノが奏でる七十二候』は、アナウンサーは、『「七十二候」それぞれに、ピアニストで作曲家の川上ミネさんが曲をつけ、72の曲が生まれました。その候をイメージして作られたピアノ曲をお楽しみください』・・・とイントロする。
 個々の作品はピアノソロで1-2分程度の小品で、一つ一つの作品は曲としては聞きやすくそれなりに優れた曲と思う。4月以降現在まで50数曲放送され、私はその殆どを聴いていると思うが、そのつもりで聴き直しても『七十二候』のどれ一つもイメージできない。

 このシリーズの存在意義はなんなのか? NHKはどんなつもりで取り上げたのか? 日本人はこれらの曲からイメージすることができるほど「七十二候」それぞれを知っているのか? 意義を感じ取れないのは私の無知、無感性による私自身の問題なのか?・・・などの疑問が湧いてくる。


1/5(木)曇り 夜間積雪5cm 外来 飯川病院
1:00起床。本読み中心。夜間積雪5cmなるも湿り気の強い雪、除雪せず。バス7;10飯川病院着、8:45-13:00外来+クリニックドック判定9名分。14:00-18:30飯川病院、DYI経由してネコ砂4袋購入。19:30帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計Σ10624歩Σ10577Km。BRながら視聴:「フランケンの誘惑:水素爆弾」再視聴、「人間失格裁判」。

ラジオ深夜便と共に過ごした日々2017(1) 25年聞き、録音も膨大な量に達した
 私はいつも早朝早く起き出して活動している。大体は1:00am頃起床する。
 現役時代は早朝の時間も持ち込んだ業務をこなしていたが、今は自分の自由時間として読書、文献読み、音楽などを楽しんでいる。
 起床するとまず耳元に近い柱に吊るしてあるAMラジオにスイッチを入れる。音量はかそけく、ちょっと離れると聞こえない程度に絞っている。私にとってこの状況がいい。

 ラジオ深夜便は実際には11:30 pmから5:00amまでである。私はこの中の1:00am以降のを聞く。1:00am前は寝ているし、1:00am以降はNHK-FMでも同時放送されるから、別のラジオで3時間分デジタル録音しながら、実際には耳元のAMラジオを聴く。5:00am以降は引き続き「朝一番」を聞く。これもいい番組である。

 私が聞くラジオ深夜便は主に1:00am、3:00am、4:00am以降の3番組である。
 
 @ 1:00amからは毎日テーマが変わる。だいたい曜日ごとのシリーズもの。
 @ 3:00amからは日本の歌シリーズ。戦前から現在に至るまでの流行歌が聞ける。
 @ 4:00amからは明日への言葉。各界で活躍される方々のお話である。

 ラジオ深夜便は放送時間等曲折もあったが?、1991年4月より定時放送に移行した。私は番組の概要が決まる前から聴き続けているから25年も聞いていることになる。
 番組の案内役は20名ほどのちょっと旬を過ぎたベテランアナウンサーが担当している。そのため声も落ち着いていて、話す速度もゆっくりしていてとても聞きやすい。この担当者はアンカーと呼ばれる。英語で「錨」の意味で「番組の案内役、まとめ役」である。
 3:00amからは大好きな歌謡曲他が聞けるし、1:00am、4:00amからは、私が知らない各界の方々のお話が聞けて、情報蒐集にも役立っている。

 録音は2008年以降のを保存してある。その前のは録音状態も良くなく、あまりにもかさばるので全部をデジタル化できずに泣く泣く処分した。ラジオ深夜便の録音の足跡は、オープンリールテープ、S-VHSテープ、カセットテープ、MDと変遷した。時に録りこぼしもあったが、今はデジタルの自動的録音機を用いているので取りこぼしがない。
 ラジオ深夜便の録音を振り返ると私のオーディオの歴史を振り返ることになり懐かしい。
 かつての録音データは書架にも入りきれなかったが、デジタル化の今は手帳サイズのハードディスクに収納されており、パソコンを通じて検索をかけるとすぐに取り出して聞くことができる。1日3時間、9年間分の蓄積だから、1万時間にも達している。録音は適宜iPod shaffleに移して通勤時や外作業時に聴いている。
 録音は聴き直せるのは本の一部であることが悔しいが、私の貴重なライブラリーの一つとなっている。


1/4(水)曇り小雪 フリーで静かな1日過ごす
0:30起床。昭和、戦後の国際関係を中心に歴史の本読み、新聞入力中心。本日は休みトシクリーニング店ほか。散髪は休みで拍子抜け。家内の歩数計濡らして不調に、分解乾燥、調整、なんとか治ったか。BRながら視聴:「NHKso第九」再視聴、「紅白」後半視聴、「クールジャパン:世界が驚く日本」。19:00夕食、21:00就寝。私の歩数計若干不調でデータ一部ロス。

医療環境2017年(3) 年金は具体的にどう変わるのか 
 年末に成立した年金制度改革法は以下のような変更がなされることとなった。その骨子は以下のごとくである。
-------------------------------------------------------------
 @ 従来行われてきた「マクロ経済スライド」は少子高齢化の進展に合わせて支給水準を毎年約1%ずつ抑えるという仕組みであったが、これを強化する。
 @ これまではデフレ時には年金支給減額を実施しないというルールがあったが、18年度以降は実施しなかった抑制分を翌年以降に持ち越し、景気が回復した段階でまとめて反映する。
 @ 将来の年金水準を確保する狙いで、2018年度から支給額の抑制を強化する。
 @ 毎年度の改定ルールも見直し、現役世代の賃金が下がれば高齢者への支給を減額する。
 @ 中小企業に動めるパートなどの短時間労働者は、労使が合意すれば厚生年金に加入できるようになる。
 @ 現行制度では、毎年度の支給額改定に際して高齢者の暮らしに大きな影響を与える物価の変動を重視してきた。21年度以降は年金制度を支える現役世代の賃金を重視し、賃金が下がった場合は年金も減額する。
 @ 厚生年金は2016年10月から従業員501人以上の大企業に勤務する、@勤務時間が逓20時間以上、A賃金が月88.000円以上、などの要件を満たす短時間労働者も適用の対象となった。17年4月からは500人以下の企業でも労使が合意すれば、厚生年金の対象になる。
 @ 国民年金に加入する女性は19年度から、出産前後4ヵ月間の保険料を免除される。
 @ 年金積立金を運用する年金.積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、組織を改革し、理事長に権限が集中する体制を変え、重要事項を合議制で決める。
-------------------------------------------------------------
 「将来の年金水準を確保する」と総理や政府は今回の改革法の意義を強調している。しかしながら、今回の見直しには年金を受け取る高齢者、保今回の険料の支払いで制度を支える若者、双方から不満の声が上がっている。

 少子高齢化の影響で制度を支える現役世代が少なくなれば、年金水準も徐々に引き下げざるを得ない。今の高齢者に対する支給額の抑制を実施すれば、年金財政に余裕が生まれる。これは折衷案的政府の考え。

 一方、全日本年金者組合の11万人を超す組合員の中には、70歳を過ぎ、年金以外の所得がない人も多い。食費を捻出するために病院通いをやめる人もいる。年金がさらに減ると、暮らしが成り立たなくなる、と高齢者は窮状を訴える。

 だが、若者の将来の年金を確保するには、この法案では不十分、と年金制度を支える若い世代は疑問を投げ掛ける。

 年金は世代を超えた思いやりの制度で、世代間の歩み寄りは重要性である。
 しかしながら、双方の世代共に生活上で厳しい現実がある。

 私は若者世代からの徴収は一律でなく収入に応じた徴収が必要だと思う。年金受給世代には可能な限りの就業の延長が必要であろう。一定の収入があれば年金支給の一部は停止されることになるが、年金制度の維持には必要である。ちなみに、私は今も働いているので年金は50%以上カットされているため極めて少額である。
 年金のカットは、自分が長い間蓄えてきたお金がベースになっているのだから不満はないのかというと嘘になるが、元気で働ける環境にあることの方に喜びを見出す必要があろう、と今のところは納得している。


1/3(火)曇り時々晴れ 年始休暇三日目
 1:00起床、医学文献、新聞などチェック。本日はさすがに家庭ゴミ回収なし。午前は一般的な掃除ほか、ネコ室のトイレ砂飛ばし防止柵改良作成。BR視聴:「らららクラシック:インデックス作りながら数本見る」。17:00-20:00次男一家5人来訪、風呂や夕食とてんてこ舞い。歩数計Σ8993歩10569Km。21:00就寝。一応、年末年始休暇としては終了す。

医療環境2017年(2) 来年度予算から何を読み取るか
 2017年度の予算案の骨格が決まった。予算規模は97兆4547億円で過去最大の大型予算である。このうち社会保障費は32兆4735億円で1.6%増となる。これでも総理の一言で概算要求より医療・介護分野で1400億円圧縮している。

 我が国は世界一の高齢化国である。高齢者には社会保障が必要である。だから社会保障費は伸び続ける。一方、社会保障には多額の費用がかかるが、今の日本は財源は限られる。だから、国民は将来への不安を抱き、消費を控え貯蓄に励むから、日本経済が冷え、景気は良くならない。国の税収も減ってくる。

 何故か、政府は来年度の予算案は経済再生と財政再建を両立させた案だと自己評価している。
 問題はこの超大型予算を遂行するに見合う税収があるか否かだが、一般会計を税収で賄うには40兆円も不足で、他の方法はないから借金に、すなわち国債発行に頼らざるを得ない。

 現に、16年秋の「円高」で企業の業績が悪化し国の税収は減少した。これを救ったのがトランプ氏というのも皮肉である。

 安倍政権の発足後、アベノミクス策を大々的に打ち上げた。当初は大型の金融緩和策もあってで「円安」となり、企業業績は具体的な事業の改善ないままで増収となり税収が伸びた。要するに、我が国の税収の増減は、我が国の景気はアベノミクス策の効果ではなく、「円の相場」に左右されて業績が改善しているように見えるだけ、と言う厳しい評価になってきている。
 
 アベノミクスの経済成長策はここ数年の経過を見て判断すると明らかに行き詰まって来ている。限界だとの評価は正しいかもしれない。
 ただ、私は結果的にそうだったとしてもアベノミクスを失策だったとは言えないと思う。当初からアベノミクスの経済成長に疑問を呈する意見は多数あった。しかし、これに変わる説得力のある代案の提起はなかった。中には、座して死を待つような消極策もあった。そんなのに従っていては今の日本はもっと状況が悪くなっていただろうと思う。

 経済は水ものである。

 米大統領週後は「トランプ効果」の神風が吹き、為替は一気に「円安」へ転じた。政府は17年度も税収の伸びは大きく期待できないと予想していたが、トランプ氏に期待してやや増えると見積もり直した。しかし、トランプ氏の政策には懸念材料が多い。今後も円安が続くとは限らない。

 政府は甘い考えを口にしながら、一方では社会保障の費用を緊縮しようとする立場を鮮明にしている。方向性としては正しい。

 年末の国会審議で、年金の給付抑制や介護サービスの縮小をめぐる議論があった。政府は説明不足だと思う。だから、年金にしても、高齢者医療の自己負担増にしても額面の提示だけで、将来展望の説明がない。国民の不安は一層高じてきているように思う。

 具体的にはどうなっていくだろうか。


1/2(月)曇り降雨 年始休暇二日目 飯川病院日直
 3:10起床、二日間寝坊。新聞、文献、雑誌など読み。8:38バスにて飯川病院、9:00-17:00日直勤務。元旦の新聞チェック、外来レセプト点検チェック、病棟指示出し、など。BRながら視聴:「偉人伝:猪俣公章」、「プロファイラー:石田三成」、「コズミックフロント:リングースカ大爆発」、「フランケンの誘惑:水素爆弾」。18:20バス帰宅。19:00夕食、20:30就寝。歩数計Σ11009歩10561Km。

医療環境2017年(1) 新春雑感---感想
 ほとんどリタイヤした身とはいえ、まだ医療関係者の一員として働いている。
 年末に次年度の国家の予算案が発表になったが、それを見るとなかなか厳しい現実が待ち受けている。

 今年の医療界はどうなるのだろうか。はっきり言って経費の抑制が中心になるだろう。しかし、先が読めない。

 わが国の医療を支えているのは国民皆保険制度であることは疑問の余地がない。
 昨年はオプジーボ問題があった。いろいろ注文はないわけではないが、このような超高価薬を次々と承認していては国民皆保険制度はこのままの形で存続するとは考え難い。
 私も医師・患者の双方の立場で言いたいことは少なくない。

 私ども医療関係者は、ほぼ全て国民皆保険を堅持すべきだ、と考えていると思うし、私もそう思う。ならば、国民皆保険を堅持する方向で現実的方向に向けてシフトしていかなければならない。

 わが国の国民皆保険制度は、戦後、まだ発展途上であった1961年に、相互扶助による保険制度として確立された。当時の人口は約9,500万人、高齢化率5.7%であった。
 現在、わが国の人口は約1.3億人、経済成長率も低下、高齢化率26%で人口構成も疾病構造変わった。かつては感染症中心の時代、疾病は短期間で治癒するか、死亡するかが分かれたから医療を受ける期間は少なかった。
 現代は自覚症状もないのに生活習慣病予防と称して、異常発見時から医療を受け始め、死ぬ瞬間まで医療が続く。生活習慣の是正より医療に走る。ここまで状況や社会的要因が異なってきたのに、医療政策を過去の良き時代の発展型として伸ばしていくのには無理がある。

 やむを得ない判断だとは思うが、それほど頻度の多くない一定の疾患患者に一人当たり年間3500万円もの高価薬を承認していながら、高齢者の医療費を削減する方向は保険診療の趣旨からは外れている。尤も、オプジーボは特例として薬価が半額に減じられる事になったが、それだけ喫緊の課題であったことを示している。

 2017年度の予算案も骨格が決まった。予算規模は97兆4547億円。これは過去最大の大型予算規模である。このうち社会保障費は32兆4735億円で1.6%増となる。これでも概算要求より1400億円圧縮するという。

 内容的にはどうなっていくのだろうか。


1/1(日)晴れのち曇り 年始休暇初日目 
 1:20起床するもあえて再就眠。3:20起床、新聞入力昨年文終了。本読み、徒然などゆったり過ごす。10:30舩杉一家離秋松坂に向かう。午前は録画BRで「N響第九演奏会:ブロムシュテット指揮」,十分楽しめた。「クラッシック音楽界2016」観る。微睡、ネコ室改善、データ整理。19:00「ウイーンフィルNY con、G・ドウダメル」視聴。文献検討。新聞電子化、読書など。19:30夕食、20:30就寝。一歩も外に出ず、Σ4385歩10553Km。

2017年元旦 明けましておめでとうございます
 2017年元旦、明けましておめでとう。
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(今年の玄関のしめ縄)

 我が家は全員揃って新年を迎えることが出来た。これは大きな喜びである。

 私の今年の新年の朝は、1:20amに一旦目覚めるもあえて再就眠して3:20amに起床した。昨年一年間、いや数年間は3:00amに布団に入っていたという記憶はほとんどないが、今年から無目標・無計画に、意の赴くままに過ごすことに決めたこともあって、ちょっと眠かったのでそれに従ってみた。

 論語で、子曰、「吾十有五而志乎學、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而從心所欲、不踰矩」とある。「70歳になったら自分の心のままに行動しても人道を踏み外す事が無くなった。」ということらしいが、そんな高邁なことは考えていないが、今年から肩の荷を下ろして自分の意のままに生きてみようと思ったからである。
 その初日の最初の実行として、あえて寝坊してみたということ。これからはこの調子でいきたい。

 いつもの如くのワンパターン生活が始まった。
 今朝の日の出は7:00amころ、朝陽は快晴の空に見事に映えた。昼前から曇りがちになった。
 2017年の初日と言っても本質的に特別変わったことはない。昨年一年積み上げたパソコン上のデータを閉鎖し、本日から新規にスタートした。このリフレッシュ感は大きい。

 私は昨年末までは、水曜を除く午前は法人関連の3院所で、午後は3日間飯川病院勤務、2日間は私的にボランティアをして過ごして来た。午前の分は高齢でそろそろ引退の時期かと思うが、午後の飯川病院分は院長の体調が今ひとつと言う事なので現状を変えずに継続することになるだろう。

 なお、4年前から年賀状は欠礼させていただいている。

 今年一年がいい年になるよう,心から願っている。
 まずは新年のスタートが切れた事を喜びたい。





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