徒然日記

 日記と言うより、自分の行動記録と日々の雑感です。

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4/10(水)乙部火災記念日 曇り晴れ 飯川病院ボランティア
1:30起床。文献検索、徒然ほか。10:20DIYにて花壇用の土、肥料など購入。N響定期公演:シェーラザード鑑賞、見事な演奏。12;07バス飯川病院に。院長大学に、ボランティア。新聞チェック、音楽データiPodに入力。データ整理、本読みほか。19:00医師会班会議出席の院長送り帰宅。19:30夕食、21:45就眠。おもに音楽楽しむ。歩数計10122歩。

任命責任は私にあります!!!(1) 入閣待機組70人もいる自民党の事情
 安倍内閣は現在第4次内閣である。
 毎回の内閣改造の行方を入閣待機組とされる自民党議員、派閥の長たちが熱く注視している。

 閣僚起用の目安とされるのは、衆院当選5回以上、参院当選3回以上相当の経歴とされるが、まだ閣僚経験のない議員は同党で70人超に上る。

 各派閥は改造の度ごとに入閣希望者をポストも含め首相側に伝えて売り込みに懸命となるが、閣僚枠には限りがあり、派閥の期待に背けば派閥の議員たちの不信が募り、内閣の運営、総裁選にも影響するだけに、首相も難しい選択を迫られる。 

 現行制度で閣僚は最大19人任命できる。第3次安倍改造内閣では自民党から8人が初人閣を果たした。秋田2区の金田勝年元外務副大臣もこの時入閣を果たし法務大臣を務めた。
 有能と評価された当選回数の浅い議員の抜擢や、女性閣僚を増やすという事情や、民間人を起用する可能性も排除できず、何人が初入閣できるかは見通せていない。

 当選6回にもなっていながら大臣に指名されていない衆院議員は地元支援者からも後援会がもたないと脅迫されるらしい。 
 派閥の長にとつても所属議員をどれだけ閣内に送り込めるかは、長として腕の見せどころ。それがなければ派閥に有能な人が集まらない。 

 存在感を発揮しようと議員活動も熱を帯ぴる。待機組の議員らが中心になってアベノミクス完遂を強力に支える意思を首相に提言したりしている。 

 首相は人事を通じて党内での求心力を高め長期政権をうかがう。なかなか大変な事である。内閣の機能を高めるために有能な人材が欲しいとしても、それだけでは抜擢できない事情が交々する。

 衆院当選5回以上、参院当選3回以上の実績がありながら入閣待機組とされる議員の中には最初から大臣としての資質を疑わせるような人物も残っていると考えられる。派閥の長はそのことは分かっているだろうが推薦せざるをいないのだろう。首相も一人一人の資質まではご存知ないと思われる。首相は比較的影響の少ない部署の大臣に任命する。閣僚の不適切発言を聞く度に身が切られるような思いが募るだろう。

 私は内閣改造の度に新閣僚の経歴などを注目している。


4/9(火)曇り・強風 外来 飯川病院 
1:10起床、新聞・文献・本読み他、蓄積データ整理、徒然。5:30可燃ゴミ提出。6:4バス飯川病院。8:45-12:55外来。13:15飯川病院、微睡など。花壇の土入れ替え、秋銀スタッフ来訪、14:00-18:45勤務、夕食、文献処理等、19:30帰宅、夕食、21:30就眠。歩行計9437歩。

カラスとの付き合い(3) 良かった!!! カラスのおかげでケヤキの枝落としが決まった
 私は終活の一環として、プロの庭師を入れて我が家の樹木の枝を切除し小型化している。毎年または隔年程度でやっている。今年の分は先週終わったばかりで、その費用もバカにはならない。
 この件に関しては家内の賛成がなかなか得られない。何度か話し合って「もうどうでも良い!!! 勝手にしたら・・」との言葉を得たのでバッサリと切除した。高くなったケヤキなどを次世代に残してはいけないからである。

今回、カラスの営巣で私を悩ませている飯川病院の玄関脇のケヤキに関しては以下のような理由を挙げ対応を提言してきた。
―――――――――――――――――――――――――――――
■ 枝葉が電線にかかりそうで危険。
■ 道路に大きくはみ出している。
■ 枝折れが生じ、歩行者や車を傷付ける可能性がある。
■ 毎秋の落ち葉の処理が大変。
■ 台風とかで倒れる可能性がある。
■ 駐車場を狭めている。
・・・・・・・・
―――――――――――――――――――――――――――――

(昨秋の落葉の直前のケヤキの様子。木洩れ日とシルエット。頭でっかちで不安が募る)

 しかしながら、飯川病院の院長・理事長はボランティアの高齢医師の私の意見などには聞く耳を持たず、許可がなかなか下りなかった。
 それが、今回、カラスの件があって突然許可が降りた。

 私にとっては災い転じてベストなチョイスとなった。一転、「このカラスめ!!!!」という気持ちから、「カラス様様・・・」ということになった。15日から二日間かけて半分程度の高さに処理される予定である。

 飯川病院の院長・理事長の樹木に対する愛着・執着はやや度を越している。「この木を切るなら辞めたい・・・」などと感情に任せて不穏なことをいう。

 院長は外見上は丈夫そうであるが、実は病弱である。随想
 最も体調不良の時に院長として雇われ、厳しい体調の中でやっと業務をこなしていた。その頃になんらかの拠り所をこのケヤキの命に求めたのだろう。一種の自然宗教である。
 O.Henryの短編にも共通する心理描写がある。窓の外に見える枯れかけた蔦の葉を数え、「あの葉がすべて落ちたら、自分も死ぬ」と思い込んでいたある患者が、一晩中激しい風雨が吹き荒れ、朝に最後の一枚になった健気な葉を見て
、患者は生きる気力を取り戻した。この一枚の葉っぱは、夜を徹して壁に葉の絵を描いた老画家の最後の作品であった。

 私は病院前のケヤキに、自分の思いを託した院長の気持ちは理解できる。だから、全て撤去することまでは提言しなかった。辞められたら後任はそう簡単には見つからないだろう。最も困るのは患者達である。

 なお、自宅の木の伐採を賛成しなかった家内と飯川病院のケヤキの伐採に反対した院長・理事長は同一人物である。


4/8(月)晴れのち曇り 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:30起床。いつものごとく。6:48バス飯川病院着.9:00-11:00健康クリニックドック7名と結果説明1名。飯川病院に移動。微睡、本読みなど、玄関先のケヤキ対策、カラス対策。結局プロの手で枝伐採となる。14:00-18:45飯川病院。外来入院患者対策。玄関先花壇土入れ替え。19:30帰宅・夕食、21:30就眠。ComicGlass対策中心。歩行計6576歩。

カラスとの付き合い(2) 困った!!! 病院の窓のすぐ側で営巣
 カラスは身近な鳥としては大型で、集団行動しゴミや作物を荒らすために害鳥として扱われている。
 なぜカラスが市街地に現れたのかと言うと、人間が山や森を荒らしてしまった事に原因があると一般的にされているが私はそう思わない。カラスには爪や嘴など攻撃的武器もなく、飛び方も下手。自然界の中では生きるのが困難で、他の鳥以上に人間とのかかわり、残飯漁りなどをせざるを得ないし、外敵から自身を守るためにも人間の側を好むから、と思う。

 困ったことに、私が午後勤務またはボランティアをしている飯川病院の駐車スペースにある太いケヤキの木にカラスが営巣を始めた。4-6階の窓から10mも離れていない近い枝に、である。

(針金ハンガーで補強されている完成まじかの巣。実に見事!!!などとは言っておれない)

 カラスは抱卵中は比較的静かであるが、雛が孵ると共に親の鳴き声も激しくなり、餌を求める雛の鳴き声も半端でない。入院患者にとっても私にとって堪え難くなるし、子育て中は攻撃性が増して外来患者やお見舞い客を襲う事もある。

 だから、病院の立場では騒音防止のためになんとか駆除せざるを得ない。
 ただ、カラスは農家の方にとってはタヌキやシカ、クマなどの害獣に並ぶ存在として害鳥扱いであるが、その駆除は鳥獣保護法によって禁止されている。このため許可のない捕獲や駆除など、カラスの生命を脅かす行為は禁じられている。

 どうしてもカラスを駆除したい場合には、「有害鳥獣捕獲の許可」をとれば可能であるが、カラス如きに市役所とかに行くのも気が重い。

 カラスに身体的危害を加えなければ許可はいらない。私が準備したのは
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■エアガン
■高圧洗浄機
その他に、カラス忌避薬の散布、手持ちのレーザーポインターも考えた。
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 エアガンは早速購入し、直接カラスを狙わなくても効果的であった。

(BB弾用の非力なガン。10歳以上の子供用)
 カラスに目をつけられないよう覆面をつけるなどの工夫も必要であったが、私が感じる範囲ではカラスが飛来する頻度は明らかに減少した。しかし、カーテンを5cmほど開けて、見えないように射つのであるがちょっとしたカーテンの動きも察知して逃げ去る。カラスも常に私の動きを監視している。私がつねに見張っていることは出来ない。スタッフの話では私が不在の午前中や休日には巣作りを盛んにしているとのこと。確かに日々巣が大きくなっている。多分、エアガンでは営巣阻止はできないだろうと判断した。

 高圧洗浄機を病院スタッフから借用した。病院脇の道路上の歩行者や車に水をかけない様に見張りを立てるなど準備していたが、実行直前にこのケヤキの木の枝おろしを打診していた評者から来週中に可能との報告が入ったので、高圧洗浄機による巣の破壊は中止とした。

 私は別な事情から、このケヤキの枝落し、場合によっては根元からの伐採が必要と考えていたが、ボランティアの高齢医師の意見など聞く耳を持たない院長・理事長の許可がなかなか下りなかった。
 私にとっては災い転じてベストなチョイスとなった。一転、カラス様様・・・ということになった。


4/7(日)晴れ曇り晴れ まだ肌寒い 
 1:00起床。Bookの習熟、早朝午前ともに本読み、文献・録音データ整理中心に過す。12:15NHKのど自慢楽しむ。13:00微睡。14:30居間のカーテンレール修理、ガレージ内の物品整理。花壇の土を堀返し、土作りに着手、元肥まく準備。19:00夕食。21:00就寝。歩行計7225歩。

カラスとの付き合い(1) 嫌いではないが、悲喜交交

 私は小・中・高校と伝書バトを飼っていた。ハトがカラスに襲われることも稀でないとされていたからカラスについても無関心ではいられなかった。実際に私のハトが襲われたことはなかった。ハト小屋からこぼれ漏れたエサをついばみにいつも来ていたから、カラスに対してはそれほど悪いイメージを持っていない。

 ただ、カラスが激しく泣くと近隣の誰かが死ぬと子供の頃は言い伝えがあった。
 黒くて、うるさくて、不吉なイメージを身にまとい、生ゴミを漁る迷惑な鳥と思われていたが、私の印象では、何とも面白くかわいいところがあることも発見した。

 ここ数年徒歩通勤している。千秋公園や旭川のコイに適宜餌を与えているが、その時に寄ってくるカラスにも、住民に見られないようにさりげなく餌を分け与えていた。

 直接カラスの被害を受け始めたのは園芸を始めてからのことである。
 手塩にかけて育てたトマトの実を食い荒らしに来る。その現場を見つければ2Fの窓から小石を投げたり、不要になったCDをぶら下げたり、光るテープを近くに張り巡らしたが、効果は一時的なものであった。 
 トマトが青いうちは見向きもしないのに、真つ赤に熟したトマトだけをついぱむ。その眼力には驚かされる。カラスは利口で、対策は一時的効果しかない。最終的には園芸用品店で仕入れた防鳥網でトマトの枝を全体を覆った。これだけは効果は抜群だつた。

 私の実害はトマト程度だから小さい。まだ笑って見過ごすこともできるのだが、農家の方々のカラスをはじめとする野生動物による作物荒らしは深刻な被害だ、と思う。

 カラスは、図体がでかく声もうるさく、見た目もなんか怖い。カラスは鳥の中ではちょっと嫌われ者。
 でも、狩りにふさわしい爪もクチバシもなく、攻撃力は弱い。狩が得意じゃないから小動物、小鳥の雛をねらったり、死体やゴミをあさって周囲に散らかす。弱いものいじめの、ずる賢い印象がある。人を威嚇するのは、人の生活圏で営巣し子育てをするからで、巣と雛を守りたいの一心からである。

 街のごみ収集所にはいろんな種類のカラス除けがある。私は徒歩通勤を通じて多くのカラス除けを見たが、中でも私どもの町内会のケージは頑丈で効果抜群である。

 ありふれた鳥、カラス。その行動は結構奥が深い。カラスが胡桃を空から地面のコンクリートに落として割って食べることは有名であるが、私も実際に見て感心した事がある。

 子供を慈しみ、弱いからこそ集団でがなり立てながら、真剣に日々を暮らす彼らを私は嫌いではない。


4/6(土)時々降雨午後はれ  
1:00起床。iPadをより日常的に用いるための手順と習熟に時間とった。読書はパソコンより快適になった。庭師作業二日目、15:00頃終了。本読み、音楽など楽しむ。データ整理。夕方外仕事、購入土整理、レガシーバッテリー交換。昨年より値上がり2800から3500円に。19:30帰宅・夕食、21:00夕食。21:00就眠。歩行計6954歩。

人は死ぬ権利があることを私は強く主張したい(8) 識者の意見を聞く(2)
 東京大学死生学・応用倫理センター教授小松美彦氏による「命の自己決定権」について解説されたが、放送の中では教授の「個人的な考え方」として示されている。私はこの放送を聞いて些か落胆した。
 もう少し切り込んだ内容と期待したが、テキストなどのないラジオ放送であり、時間も7-8分と限られており、聞くだけで分かりやすいように掻い摘んで説明されたのであろう。残念ながらソフトな総論のレベルであった。東大で死生学を研究されている方のお話としては研究の片鱗を感じとれなかった。

 尤も、この放送だけから判断は出来ないと思う。教授の論文や著作などを当たって見なければなるまい。今回以下の書を注文した。
????????????????????????????-
■小松美彦著『脳死・臓器移植の本当の話』PHP新書
■小松美彦著『自己決定権は幻想である』洋泉社(新書)
■小松美彦著『生権力の歴史 脳死・尊厳死・人間の尊厳をめぐって』
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 それにしても「私見として」でしか示されていなかったのは「命の自己決定権」に対して正解はないということだろう。

 自分の死について、自己決定したからそれで良いというものではなく、患者の気持ちは揺れ動いている。教授はそう述べているし、今回の透析拒否例も数日後には苦しみが増して透析再開についての希望を述べた、と報道されている。しかし、再開せずに鎮静剤で苦しみをとった、という。その間の詳細は明らかになっていない。
 しかし、全体の経過については私は納得できる。

 人は社会的動物、と言われるように全てに関して社会や環境、経済的状況、人間関係など複雑な関係にある。自死についても、末期の苦しみについても、終末期の治療についても、社会的な調整など、できることは本人の希望に沿って改善することの意義は大きい。
 しかし、他人がそこまで関与できるかというと疑問である。自死予防の為の「蜘蛛の糸」などのNPOの働きの働きは大きいが、環境調整まで至らなければ片手落ちではないだろうか。たとえ自分たちが出来ないとしても各方面に働きかけでも。
 
 教授は「命を与えられてことは恵みであり、最後までそれを纏うして欲しい」、「授かった命を、生を纏うすることで初めて人間としての尊厳が生じてくる」、「尊厳死はあるが尊厳生はない。安楽死はあるが安楽生はない」などと述べ、「授かった命は自分だけのものではない。自分の死生観だけで行動を起こすのは認め難い」と結論付けた。
 
 自死は究極的な自己決定権の行使である。
 教授の考え方からいえば、自死は認められないことになる。

 自死希望者が自死しなくてもいい社会の構築も必要となる自死希望者は無くなることはないだろう。その一つの行き方として安楽死を認めると言うのはどうだろうか。


4/5(金)曇り、午後から雨 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 
 0:30起床、新聞、文献などいつものごとく。徒然、5:30可燃ごみ提出、7:35Taxi駅に、8:11こまち、9:10-12:15大曲中通病院、往路は徒歩、帰路はTaxi。13:30業務用スーパー経由飯川病院、14:00飯川病院ボランティア。入院外来患者対応。19:00Taxi帰宅、夕食。21:30就眠。歩行Σ9185歩。本日から庭師が入り樹木の剪定等開始。

人は死ぬ権利があることを私は強く主張したい(7) 識者の意見を聞く(1)
 NHK-AM放送で月曜から金曜まで、6:50分ころから「社会の味方・私の意見」と言う番組がある。著名な方々が隔週ほどの頻度で登場し10分ほど時局について解説する。
 3月19日金曜の放送は、東京大学死生学・応用倫理センター教授小松美彦氏による「人工透析中止問題 〜自分の死は自分のものか」があった。私も関心を持っている分野なのでので聞いて見た。
 以下がその論旨である。放送を聞きながら筆記したので不十分であるが、まちがったメモにはしていないつもりである。
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 透析をしないという自己決定で患者が亡くなったが、大変なことが起きたと思う。
 病院側は多職種の関与で何度か話し合って決め、正当な手続きを経たので問題はないとメディアに述べている。しかし、自分としては認め難い。

 終末期において自分の死は自分で決めていいのかについて自分の考えを述べたい。

 自分の死について、自己決定したからそれで良いというものではない。患者の気持ちは揺れ動くのもである。より重度の状況では一層揺れ動く。
 米国の教科書に掲載されている例であるが、重度の脳性麻痺の患者、自殺願望が強くて精神科に入院させた。それでも状況は変わらず、病院では胃ろうを通じて栄養を与え、四肢を拘束して自由を奪って治療を進めた。最終的に裁判に訴え、判決として患者は自己の裁量権が認めたられたが、判決が出た後、患者には生きようとする意欲が湧いてきた。患者は従来、ほとんど人間らしく扱われた事がなかったが、裁判で初めて人権が認められた、と感じ、そのことが生きる力、生きる喜びになった。
 
 この例にあるように、自己決定したとしても状況によっては変わる事がある。自己決定したと言っても、周りの環境で大きな影響を受けている。
 したがって、自己決定しないでいい環境を構築する事が重要である。

 最近の医療の中で、苦しい思いをする患者には死ぬ権利を認ても良いのでは、という考えもあり、家族からの声もある。
 しかし、私としては命を与えられてことは恵みであり、最後までそれを纏うして欲しいと思う。
 授かった命を、自ら絶つのではなくて、人間としての生を纏うすることで初めて人間としての尊厳が生じてくる。
 
 自殺は死の自己決定である。自分で決定し、そう行動することは現実に多数起こっているが、それを人間の権利として保証することは問題である。
 尊厳死はあるが尊厳生はない。安楽死はあるが安楽生はない。

 結論として、授かった命は自分だけのものではない。自分の死生観だけで行動を起こすのは認め難い。


4/4(木)曇り寒い 外来 飯川病院 
 1:00起床、文献チェック、徒然他いつものごとし。6:47バス飯川病院。8:45-12:30外来。13:00飯川病院、微睡ほか、14:00-18:45勤務、19:10帰宅、夕食、21:30就寝。Σ12185歩。玄関先の花壇の土入れ替え作業、寒くてなかなか進まず。

インフルエンザの診療(2) 感染症は治療戦略の見直しが必要である
 今期も全国で、あるいは秋田でも老人病院、保健施設等でインフルエンザの集団感染が生じ、虚弱状態にあった患者が死亡した。その度ごとにメディアを通じてニュースとして流されるが、私は助けられない状況にある患者だと思っている。
 徐々に報道の雰囲気は変わりつつあるが、医療機関側に重大な落ち度があるように報じられる。このような死亡例は引き金としてインフルエンザ感染ではあるがインフルエンザで死亡したのではない。マスコミの姿勢には困ったものだ。ことの成り行きもかまわず、大げさにことを荒立てて火事だ火事だと騒ぎ立てる。
 インフルエンザ2019(2) 高齢者の死亡は防ぎきれない

 私はもっと報じて欲しいのは、ほとんどの健康人はインフルエンザに感染しても自然に改善するから、医療機関に受診しないことも、受診しても抗インフルエンザ薬による治療を受ける必要がないことも選択肢の一つと、正確な知識を伝達して欲しいということである。特に救急病院への受診は控えて欲しい。軽症なものほど待ち時間等に不満の声を上げる。

 わが国ではほとんどの患者が受診し、ほとんどが投薬を受けていると私は感じているが、国の負担についても考えて欲しいる。

 治療薬の価格を見ると以下の通りである。
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ゾフルーザ 4789円
イナビル  4278円
タミフル  2729円
タミフル(後発品)1360円
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 日本各地のクリニック等からゾフルーザが入手できないという苦情があったという。それほど需要があったということ。約300万人の患者に用いられたという推定もある。目が飛び出る。

 検査については、典型的なインフルエンザは突然の高熱・関節痛・強度の全身倦怠などの症状を伴うから検査なしでも診断は可能であるが、ワクチン接種を受けている医療関係者などではちょっとした咽頭痛、鼻汁程度の軽い症状でも検査で陽性に出ることがある。このような感染者でも伝染力はある。他の患者の安全を守るために検査の範囲は広げ、集団感染を防がなくてはならない。

 インフルエンザの治療はを説明する際に、私はJRの切符に例えて説明する。
 目的日に行く方法としては鈍行、急行、特急、新幹線などを選べる。さらに自由席か指定席か、グリーン車か、グランクラスを選べる。どれで行っても目的には着くが、快適さ、所要時間には差がある。当然負担すべき費用も異なるが、我が国では一般的に7割引となる。
 自己負担が少ないために、多くの方は新幹線のグリーン車以上を望むのが通常である。医師を含めての最良の治療薬の選択は薬剤の価値を低めてしまう。まだ使用可能になってから1年しか経っていないが、ゾフルーザ の耐性問題が問題になっている。使いすぎにも因がある。

 インフルエンザの治療に関して国の負担は大きい。
 もともと自然治癒する疾患なだけに、治療の要否についてガイドラインなど必要であろう。


4/3(水)小雨寒い 飯川病院ボランティア 家内大学口腔外科受診生検
 0:15起床,文献検索と本読みetc.いつもと同じ。家内は昨夜半看取りと見送りあり3:30帰宅。朝起きられず、年齢的に大変。代わりに出勤。ボランティアから勤務に。小雨レガシーで出勤、午後は家内大学口腔外科受診し生検。玄関先の花壇の土入れ替え作業開始。8:00-19:15勤務、帰宅、19:30夕食、21:00就眠。9720歩。カラス撃退用BB彈ピストル購入した。

インフルエンザの診療(1) 多くは不要の検査投薬 
 今年のインフルエンザの最大の話題はインフルエンザの新薬ゾフルーザの投与が可能になったことだと思う。新薬ゾフルーザの作用機序は従来のタミフル等と異なり治療効果も大きいとされた。私は期待していなかった。治療手段として無いよりはあった方がいい、というレベルの期待であった。

 今期のインフルエンザは猛威をふるった。今でも少なからず発症している。

 私は中通総合病院で高齢者の馴染みの患者の再来外来を週2回と、大曲中通病院で週一回一般内科で診療している。前者では新患は別の診察室に集中するので私がインフルエンザを診る機会は少ない。後者ではどちらかというと新患が回ってくるので、インフルエンザの患者を見る機会は少ないとは言えなかった。とは言っても週一回の外来なので、私が関与したのは30人ほどだっただろうか。このうち10名程度は病歴から検査もせずにインフエンザと診断した。
 流行期には典型的例では検査は不要である。

 慢性疾患を持つ高齢者、介護関連のスッタフ、受験生などは検査で診断を確定し、症状が典型的であれば、検査が陰性であってもインフルエンザと診断し、休業等をアドバイスした。

 治療は、私は新薬ゾフルーザを一人にも使わなかった。新薬を用いるに足る経験が、私にも医療界にも少なかったからである。私は投薬が必要な患者には古くからあるタミフルを使用した。
 昨年のうちに新薬ゾフルーザについて一通りの勉強した。タミフルは5日間服用を要するのに対してゾフルーザは一回服用するだけ。これのメリットは小さくは無いが、薬効としては従来のタミフルとリレンザに比較しても著効と言えるほどのものはないと考えられた。

 しかし、私はゾフルーザがこれほど用いられるとは予想していなかった。今期の治療薬の中で一時ゾフルーザはなんと47%も占め300万人近い患者に投与され、他剤を圧巻した。使用経験も乏しい薬剤が彗星の如くあわわれてこれほど用いられるとは!!! 私の医療、薬物療法に対する保守的な考え方は通用しないのか??
 未経験の薬剤、国がその安全性まで認めているのだから使用することには問題はないが、「自家薬籠中の」といった考えは古いのだろうか。
 さらに加えて言えば、既にゾフルーザ耐性ウイルスが高頻度に検出されているという事実にも驚いた。

 私は自然治癒する疾患、特に感染症は基本的には検査も治療の不要と考えている。
 高齢者など重症化する可能性が高い患者、およびその方達を世話しているスタッフを除き、理屈の上では不要である。自然に治ります、と説明し治療薬ではなく解熱剤を処方する。

 ところが、新聞やTVなどのメディアはインフルエンザの可能性が高い時は早期に病院に行って検査を受け、治療を受けるよう勧めている。これは必ずしも正しくない。患者は受診し、検査と治療を希望する。

 日本の患者は恵まれすぎて、結果として贅沢である。医師も同様である。コスト意識なしに仕事ができるなんて・・・と思う。

 このままでは日本の医療経済は破綻する。今期のインフルエンザの検査・投薬を通じて日本の医療の将来に一層の危機感を覚えた。


4/2(火)くもりのち晴れ 中通病院外来 飯川病院 
1:00起床、文献、新聞チェック録音データ整理。6:10可燃ゴミまとめ。7:47バス、飯川病院、8:45-12:50外来、スタッフと面談。14:00-18:45飯川病院。入院患者対応、19:10帰宅、夕食、20:30就眠。Σ6637歩。

祝新元号「令和」 それにまつわる隠蔽姿勢は今の政治そのものを表している
 政府は昨日、新元号を「令和」に決定した。5月1日から新元号となる。平成への改元は、昭和天皇の逝去に伴って行われた。今回はあらかじめ期日が定まった退位に基づくものであり、従来の改元とは状況が違う。

 平成への改元は小渕官房長官によってなされた。小渕氏はのちに首相も務めた逸材であったが、国民の多くは氏の首相としての業績を想い出さなくともこの時の発表の様子は忘れ難いだろう。「令和」は菅官房長官が発表した。この画像も歴史に残るだろう。

 新元号の出典は万葉集。日本の古典からの採用は確認できる限り初めて。
 万葉集は1200年余前に編纂された日本最古の歌集である。「令」は良い、めでたい、美しいを、「和」は平和を意味する。
 穏やかで、平和で希望にあふれた新時代となることを期待したい。

 「令和」は画数の少ない漢字2字で、書きやすい、読みやすい、などの要件を十分に満たしている。「令和」のほかに候補として「英弘」、「久化」、「広至」、「万和」、「万保」が上がっていた、という。その中で、私なら漢字の姿形から「万和」の方かな??

 安倍首相は会見で「明日への希望とともに、花を咲かせるとの表現を用いたことは、国民が令和という元号を身近に感じ、若者から高齢者までが生き生きと暮らす社会の実現を目指す・・・」と述べたが、単なる「お祝いの挨拶」ととらえておこう。

 元号は日本の歴史や文化とも大きく関わっている。わたしは近代日本の歴史を学んでいる途中であるが、元号毎に時代を区切って考える。西暦では到底考えられない意義を感じる。だから私は併記したい。

 今回の選定も従来と同様に密室で行われた。馬鹿らしい配慮である。「令和」以外の案についても当初は明らかにされなかった。決定直前の有識者会議等でも正式発表まで関係者は逢留めされ、携帯も預けてもらった、と言う。また、元号決定までの過程の議事録等は明らかにしないとの意向である。
 私はこの措置を見て、「政治家は国民を信用していない」、「その背景は自らすらも、仲間も信用していないから」だろうと思う。事前の漏れたっていいではないか。

 この隠蔽姿勢は今の政治そのものを表している、と思う。

 また、官房長官による発表は予定より11分遅れの午前11時41分に始まったが、この遅れもメディアなどで取りざたされている。下らない指摘である。日本人の寛容さはどこに行った?


4/1(月)新元号「令和」 曇り小雨 健康クリニック休診 飯川病院
0:20飯川病院で起床、文献、新聞チェック他。健康クリニックは年度始めで休診。
鉢植え移動など、散水ほか。自転車整備。眼鏡市場にて修理、グランマートで家人の昼食購入、11:30新元号発表見る「令和」に。12:07バス飯川病院、ボランティア、照明改良。14:00-19:10勤務。入院患者対応。19:30帰宅、夕食、21:30就眠。 Σ8540歩。

新年度(2019)スタート 就労予定と発想の転換  
 本日は新年度スタート日。健康クリニックは年度初めで休診。そのために新元号「令和」発表をTVで見た。その後、飯川病院の勤務に。

 本日から私の就業契約も改訂になった。昨年度とほとんど同じ内容。
 今年は明和会からは声がかからないかも、と思っていたが、相変わらず医師体制が厳しいらしく、本年度も嘱託医師として、また、飯川病院の応援医、ボランティア医として働くことになった。但し、秋口からは中通総合病院の外来診療を週2回から一回に、との内示を受けた。

 以下がスケジュールである。あくまでも予定。
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 月曜 午前は健康クリニックドック診察、結果説明。 午後は飯川病院勤務。
 火曜 午前は中通総合病院外来。          午後は飯川病院勤務。
 水曜 勤務なし(飯川病院ボランティア)。     午後は飯川病院ボランティア
 木曜 午前は中通総合病院外来+ドック判定。     午後は飯川病院勤務。
 金曜 午前・午後は大曲中通病院勤務。     (帰秋後飯川病院ボランティア)
 土・日曜日 月1-3回飯川病院日直または当直。
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 せっかく時間に余裕ができたのに、最近は体力・気力の低下が著しい。
 上記の勤務予定以外は、無計画的に過ごしている。

 一日の過ごし方で充実感に乏しかったとしても気にしないようにしている。

 「無の境地」に至る過程にある?? イヤイヤ、「ボケ老人の境地」への信仰過程なのか、とも思う。まあ、どちらでもいい。自然に任せる。

 こう考えてから心身ともにとても楽になった。惰眠も楽しんでいる。「明日も、明後日も生きる・・・」、と考えるから窮屈なのだ。
 
 新年度初日、こんな私にとっても新しい気分でのスタートになる。
 いい季節である。






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