徒然日記

 日記と言うより、自分の行動記録と日々の雑感です。

トップページへ戻る   徒然日記バックナンバー

 
4/30(土)快晴 連休二日目 草刈1回目
1:30起床、文献検索。読書。8:30草刈1回目、東側だけ。バラのケア、庭掃除、枝処理など。12;00家内に同乗、飯川病院、新聞チェック、入力、自炊3冊・データ処理、微睡、ハイビスカス外に移動。読書三昧、音楽鑑賞、微睡など。19:00帰宅、夕食。20:30就寝。歩行計9888歩。
こころと体2022(44) いじめ(12) 校?や教育委員会の責任が分かる2冊
 大津市の「いじめ関連自死」事件に関して断片的な新聞記事からだけでは情報が不足する。この事件に関しては関連著作が数冊出版されているが、以下の2冊から私は情報と知識を得た。これらから、事件の概要、「いじめ」の詳細、学校・教育委員会、加害者と保護者の責任などの詳細を知った。

--------------------------------------------
(1)共同通信大阪社会部 「大津中2いじめ自殺 学校は何故目を背けたのか」PHP新書   2013
 大津中の「いじめ」事件について、突っ込んだ取材結果が示されている。被害者や加害者、教育現場の実像に迫る努力をしている。
 報道しにくい事件を被害者・加害者の両立場に偏ることなく、調査で得られれた重要な情報を冷静に分析し真実を捉えようとした。絶対先生とかも気づいていたと思う。大人のエゴのせいでみんな傷ついた。隠さず話してほしい(全校生徒アンケート)。子供達の声も吸い上げている。
 「自殺の練習をさせられていた」生徒たちの小さな証言から事件は発覚した。ただ、加害者側への取材は難しかったのだろう。やむを得まい。
 学校と教育委員会の対応も問題で社会問題となった。
 教員は教科以外に道徳、生徒指導、部活動指導などで業務過重である。
 学校は世間の常識が通用しない世界である。今後は、開かれた学校として保護者との密接な連携や、多様な識者の参加を得て、少しでも子供の声をすくい取り、最悪の事態を未然に防いでいくしかない。
 学校、教師が置かれている状況をふまえると、「いじめ」は対症療法でどうにかなるような問題ではない。

(1)越直美著 「教室のいじめとたたかう 大津いじめ事件・女性市長の改革」ワニブックス新書   2014
 市長就任前に起きた「いじめ」事件に急遽対峙しなければならなかった36歳の女性市長が自身のいじめ体験、弁護士としての経験を背景に、高機能の第三者調査委員会を設置し、その結果を受けて教育委員会と学校に面と向かった記録である。
 市長は遺族の気持ちを重視した。我が子を「いじめ」で亡くした当事者が、訴訟の被告となる自治体のトップに大きな信頼を寄せていることからも、市長の姿勢が本物であることを見抜き、結果的に和解に至った。
 調査委員会が「いじめ」に対して全国でも初めてといえるような詳細な状況を明らかした。改めて大津市の対応が如何に画期的だったかがわかる。
 この本は第3者委員会報告書の要約がメインだが、教育関係者であってもなかなか読み切れない分厚い報告書を、一般の我々にもわかり易く説明している。
 加えて、権限と責任の所在があいまいな教育委員会制度そのものの問題点をも明らかにしている。また、大津市が再発防止のために設置制定した様々なサポート組織や制度・運用を紹介しており、実際多くの自治体から大津モデルの相談を受けているとの事である。
--------------------------------------------

 しかし、大津「いじめ」事件の後も現在に至るまで全国で「いじめ」の報道が後を絶たない。昨今問題になっているSNS「いじめ」を含めると、相当根が深い問題であることが認識できる。
 文科省が2020年10月に公表したいじめの認知件数は、18年度が小学校2万4545件、中学校 11万6524件で、いずれも過去最多を更新。8年に「いじめ防止対策推進法」が施行され、学校現場に早期発見や報告が強く求められていることが増加の要因にもなっているという。

4/29(金)昭和の日   晴れ午後から降雨 連休初日
1:30起床、文献検索、5:30可燃ゴミまとめのみ提出なし。9:00古いコンポスト改造、演芸の廃棄物の処理に有用にした。これで能率改善。早速枝の処理すすめた。14:00降雨、微睡、新聞チェック。19:00帰宅、夕食、21:00就眠。歩数計11039歩。
こころと体2022(43) いじめ(11) 大津事件に賠償命令 学校・教育委員会・加害者と保護者の責任
 「いじめ関連自死」事件を追っていると学校自体の問題に加えて「教育委員会」の判断がネガティブな判断をして事実解明の足を引っ張っていることが多い様な気がする。正当にその任務を果たしている「教育委員会」もあると思われるが、私が集めたケースの中にはその様な例は見られない。

 「教育委員会」は門外漢には何しているところかわからない組織であるが、大津市の「いじめ関連自死」訴訟を通じて「教育委員会」の責務が問われた。

 「いじめ」を苦に2011年10月、当時中学2年の男子が大津市の自宅マンション14階からから飛び降り自殺した。「市教育委員会」は当初、いじめと自殺の関係を不明としていたが、市が設置した外部の第三者委員会が13年1月、因果関係を認めた。 
 遺族が市などに損害賠償を求めた訴訟で、15年遺族側と市との和解が大津地裁で成立した。自殺を防げなかったことや、「学校」と「教育委員会」の対応に問題があったことを謝罪した。

 和解では元同級生から殴られたり、持ち物を隠されたりした計19件のいじめを認定。「学校」が男子生徒へのいじめ行為を認識し、自殺を予見できたのに適切な対応をしなかったこと、「市教育委員会」が学校の調査打ち切りを追認した責任について、市が謝罪した。
 安全配慮を怠った市は賠償責任を負うとして、賠償額を4100万円と算定。支払い済みの死亡見舞金2800万円を除き、1300万円を和解金とした。

 この和解とは別に、遺族が元同級生3人と保護者に損害賠償を求めた訴訟で、大津地裁は2019年2月、元同級生2人に約3700万円の賠償を命じる判決を言い渡した。裁判長は「いじめが自殺の原因で、予見可能性はあった」と 述べた。もう一人の同級生について判決は、「一体となって関与していたとまではいえない」として、賠償を命じなかった。 

 「いじめ」で人を死に追いやったり傷つけたりすれば、子どもでも厳しく責任を問われうる。社会にそのことを認識させる画期的と言える判決である。再発防止に生かしたいものである。

 この事件では、「いじめ」のむごさに加え、「学校」や「教育委員会」の対応の鈍さや保身に走った振る舞いが指摘され、「いじめ防止法」の制定につながった。

 「いじめ防止法」は二つの柱を掲げる。
 教職員らの情報共有を徹底し、「学校」が組織として対処する。自殺や長期の不登校などの「重大事態」が起きたら、すみやかに調査に着手し、事実関係を解明する、というもの。

 だが、実践はなお遠い。
 公表されている各地の「いじめ関連自死」調査報告書を見ると、判で押したように「情報共有の欠如」が指摘され、真相究明に後ろ向きな「学校」や「教育委員会」の姿勢がしばしば批判の対象になっている。

 教員の多忙の解消が社会の課題になるなか、さらに業務を増やすのかとの声もある。だが、「学校」側の「いじめ」に対する認識の甘さ、危機感の薄さは驚くばかりである。先生たちは重く受け止めてほしい。

 教育関係者は何を考えているのか??これほど「いじめ」が問題になって多数報道されているのに、自分達は関係ない、とでも思っているのだろうか??

4/28(木)快晴やや寒い  飯川病院 ハイビスカス外に
1:45起床。文献等若干処理。画像収集処理。読書三昧。午前は木蓮の花びら中心に庭掃除、剪定した小枝の裁断、3年目のコンポスト掘り返し。11:50郵便局経由、レターパック購入、飯川病院。ボランティア、微睡、新聞チェックと電子化、自炊2冊、14;00-19:00勤務、入院患者対応。途中で郵便を出し、患者用チョコレート購入など。ハイビスカス訓練室から外に出す。散水。19:00帰宅、夕食。21:00就寝、歩行10.222歩。
こころと体2022(43) いじめ(11) 教育委員会は何するところ??
 「いじめ」のニュースなどでは「教育委員会」での判断が問われることが多い様に思われるが、教育委員会は何しているところかわからない組織である。

 しかし、学校教育の中では大きな権限があるから学校教育を語るさいに決して無視できない。

 そのために「いじめ」の際に学校と同じ立場で、あるいはそれ以上に話題になる。
 私は「いじめ関連自死事件」についてのニュースを追っているが、大津市、神戸市、横浜市、仙台、青森、茨城、取手、岩手矢巾町、そのほかの例でも教育委員会はネガティブな意味での判断をして事実解明の足を引っ張っている。大津市のいじめ問題でも、他のいずれのケースでも「教育委員は何をしてたのか」と疑問の声がある。
 これは何故だろうか?

 教育委員会は学校その他の教育機関を管理し、学校の組織編制、教育課程、教科書その他の教材の取扱、及び教育職員の身分取扱に関する事務を行い、社会教育その他、教育、学術及び文化に関する事務を管理する。
 教育委員会は都道府県と市区町村に置かれていて、全国で1600以上もの委員会があり、地域の教育行政の方針を決めている。委員は原則5人で、教員人事や学校の教育の方針を決め、 使う教科書の選定、地域の文化財の保存など幅広い。 教育長は首長に任命される。教育委員が話し合いで方針を決め、それに従って自治体職員らの事務局が実務を行う。

 委員がどんな人がなるのかは特に決まりはない。教育学者や教員経験者のほか、地域団体の長といった「地域の名士」やPTA役員経験者も多い。事務局トップの教育長も入るが、教育行政に関する「人」が加わって方針を決める点が特徴となっている。

 決定内容は重要な項目が多いが、素人も参加することがある教育委員会に大事なことが決められるのか否かに関しては以前から問題として指摘されている。委員は非常勤で、定例会は月1~2回。だから会議では、玄人である事務局の方針を追認するケースが大半らしい。「形骸化している」と批判される所以になっている。実際に「いじめ関連自死事件」を追っているとそう思わざるを得ない事例にぶち当たる。

 教育委員会が作られた背景は、過去に無謀な戦争に突き進んだ政治に、教育も引きずられてしまったという戦前の反省からである。政治から距離を置き、首長が直接舵を取らないようにする。教育は住民に身近な問題だから、一般人も加わって幅広い意見を反映させようとしてる。そういう理念が十分生かされているかは門外漢にはなかなかわからない。

 それでも、最近は「教育の責任の所在があいまい」と見直しも提起されている。 

4/27(水)曇りのち快晴  JR上飯島まで 午後飯川病院勤務
1:20起床、文献チェック他。データ関連処理進む。6:00ペットボトル廃棄。9:48泉外旭川駅から上飯島まで初乗り。古書店、7冊購入。歩行は疲れた。帰路はバス、11:50飯川病院。ボランティア、微睡、14:00勤務、入院患者対応なし、読書。19:00帰宅夕食、20:30就寝。歩行計8499歩。意外と伸びなかった。

こころと身体2022(42)   いじめ(10)  義務教育とは、学校とは
 「いじめ」が成立するためには、被害者が簡単に逃れられない環境が関係している。我が国では義務教育は学校での教育を基本にしており、これが閉鎖的環境を作っている。学校は自由が乏しく子供たちの行動を大きく規制しているが「義務」ではない。この辺が誤解の元になっている。

 憲法には国民の様々な権利が規定されているが、国民の義務として規定されているのは、『教育の義務』『勤労の義務』『納税の義務』だけである。

 「教育の義務」は憲法26条に規定されている。
1項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

 無償とは「授業料の無償」を意味する。
 義務教育は9年間。義務教育は子供たちの「権利」ではあるが「義務」ではないとしている。義務は市町村と保護者に課せられている。

 私立中学は、学校法人として教育理念を掲げている学校。全国における中学生のうち、7%が私立中学で学んでいる。義務教育であるが、授業料は有償である。

 制度としては、教育義務型と就学義務型がある。日本は後者で、学校へ就学しそこでの教育によってのみ義務教育が行なわれる。
 学校教育法の第38条、49条で市町村は、その区域内にある学齢児童を就学させるに必要な小中学校を設置しなければならない。

 そのため、保護者は、学齢期の子供を地域の小中学校などに通学するように取り計らう義務がある。

 これは6歳から15歳までの9年間を義務教育期間とし、完全な年齢主義で運用するようにしたものである。
 保護者が子供が学校に就学できるよう充分な便宜を図ったにもかかわらず、子供自身が登校しない、あるいは出来ない10万人超の不登校者問題が生じている。最近では民間教育施設への通所も出席に算入できるようになり、さらに中学校卒業程度認定試験(中検)と大学入学資格検定(大検)を経れば大学に進学できるようにしたなど、就学義務制は緩和されており、就学に代わる家庭教育も可能になりつつある。

 しかし、国際学校、外国人学校、民族学校などをはじめとする無認可校に子女を通わせる保護者は義務教育不履行と教育委員会から通告を受ける場合がある。

 ここで教育委員会とは何かという疑問だ生じてくる。

4/26(火)快晴午後降雨 中通病院外来 飯川病院ボランティア  
1:30起床。本読み、データ整理他いつもと同じ。5:00可燃ゴミ提出。6:40バスにて飯川病院。8:35-13:15中通病院内科外来、患者数も多かったが内容的に疲弊。14:00-19:00飯川病院ボランティア、この間微睡、読書その他。帰宅間際に患者不調に、院長対応、20:00帰宅、夕食。21:00就寝。Σ8150歩。

こころと身体2022(41)   いじめ(9)  時代の変化と少年の心の変化
 かつて、子供の立場で大人を批判した自分であったのに、親になっていつしか立場が逆転していた。子どもの反抗や指摘に、一方的に大人の立場を押しつけている自分に気づき愕然としたことが何度かある。

 時には声を荒げたこともあった。でも、それにもかかわらず、三人の子どもはつまずくこともなく育ってくれた。数知れぬ私の失敗にもかかわらず、である。

 さて、「少年期」は子どもが親の庇護から離れ「生き方を分ち合うような仲間を広く求めるようになる時期」であり、これはいわば自己中心的ながら「社会化の時期、または最初の社会的人格の成立の時期」、とも言える。

 つまり、それ以前は両親の像を通してのみ社会を見ていた子どもが、同年輩の遊び仲間を通じて直接的に社会と接触するようになる重要な時期となる。どのようにして社会的に適合するか、またどのようにして他人とうまくやっていくか、を学ぶ時期である。

 同じく「少年期」といっても、時代を通じて不変なものもあるし、時代の変化と関わりながら、たとえば戦前と戦後ではその様相が多きく変わってしまった。同じ戦後でも、さらに細かくみれば、各年代ごとに微妙な変化がある。

 かっては近所の子達はたいてい仲よしであった。お互いの家には開放的な縁側があり、その家の家族も含め勝手知ったるわれらが領分であった。ところが、今は、各家々は一つ一つが独立して一枚のドアで仕切られている。

 家へ帰れば、TVという受身一方の情報が流され、その間にもあれこれと制約を加えられて、少年たちが自主的に生きる空間と時間の「自由」を選択することなど、どだい困難な状況になっている。
 これは、核家族化や住宅事情の変化に伴う団地化などとも深く関わりあっており、私どもの少年期の環境を「自由・開放系」とするなら、現代のそれは「不自由・閉鎖系」と言わざるえない。

 こうしたなかで、家族内の不和とか経済的困難とかの何らかの不安をもたらす要因が生じれば、少年たちの心にダイレクトにその影響があらわれてくる。

 少年少女たちの大部分は、自身たちが招いた問題というよりは、周囲の環境に影響されたもので、いわば自我が弱い立場の子どもが一番最初に犠牲となる。

 少年たちにとって一番大切なのは、彼らの自由な空間と時間の保障である。年少者にとっては「遊び」の保障であり、年長者にとっては「自主性」の保障が大切である。そして、それらをやさしく見守る親や教師の心の「ゆとり」が必要である。

 子ども時代に祖母や母のやさしさを経験せず、少年時代に遊びを通じて少年らしさを発揮することのできず、大人になったとき、その分だけの、いやそれに数倍する代償を払わされることにもなり得る。
 少年期の時の経験は、あらゆる面でその後の人生に影響を与えるのだ、と思う。
 「いじめ」への対応も同様である。

4/25(月)快晴 健康クリニックドック 飯川病院 
1:30起床。新聞・文献,いつものごとく。6:40バス飯川病院、9:00-11:00。ドック11名、結果レ線判定10名。11:20飯川病院、一時微睡、読書、14:00-18:40勤務。入院患者対応、16;30-18:00歩行、ドンキ、古書6冊購入。家内はWeb学習、20:45帰宅、夕食、21:30就寝。歩行計9825歩。飯川?ドンキは4000歩のみ。
こころと身体2022(40)   いじめ(8)  回想、私の少年期の頃(2)
 私の小学生時代は素直だった、と思う。基本的に親が決めてくれたことを良かれと思いありがたく受け入れてきた。小学校の頃の気持ちはそんなものである。

 私は中学は家族の勧めで郷里の中学校でなく盛岡市にある中高一貫校に進んだ。そこは10年以上前に兄が学び志望の大学に進学できた学校で我が家では評価が高かった。私は進学してまもなく英語教師に平手打ちを喰らうなどのショックもあり、この学校のどうしようもない旧態依然とした体質に嫌気を感じ、同じ考えの仲間と共に2年終了時に退学し、郷里の中学に移った。中学校時代(1958〜61)

 この時、大人たちには中学生の自分の気持ちが伝わらない、特に教師達にはほとんど伝わらない、ということを実感した。大人たちは子供の気持ちを忘れている、理解しようともしない、と。

 このことは、自分が子どもを育てる年代になって改めてよくわかった。気がつくと自分自身もそうなってしまっていた。

 幼児はどんな環境にあってもひねくれたり、グレたりしない。 その一因として、幼児は言葉を持たないから客観視できないからではないだろうか。 しゃべりはするが、ボキャブラリーは貧しいし、筋道の通った理論はとても無理である。
  親に、わけもわからぬ原因で叱られても、幼児の頭には「・・・・。????」
と戸惑いと憤りの感情が、不定型のイメージで脳裏に宿るくらいであろう。そして、やがてそれは直ちに忘れ去られる。幼児期に虐待を受けても子供たちは両親を忌避することはないのは何故なのか、私は疑問に思っていたが、その原因の一つがわかった様な気がしている。

 中学生になると、自分達はもう幼稚な小学生ではない、との自覚を持つ。そのことが心理的発達を大いに刺激するのであるが、所詮、社会性のある判断などできない。だから、事あるごとに、教師や親に注意されるたびに、普段観察している結果から打ち立てた概念、すなわち「自分のことは棚にあげて・・・口うるさい!!!!!!    なによ、偉そうに。 大人なんて影では人の顔見てインチキばかりしてるじゃないかよ。それなら、グレてやる・・・」、「わからずや!  もう知らない!  どうせわかってくれないんだから・・・」と考える様になる。 

 上から目線の大人たちへの不満の蓄積がやがて親や教師たちと距離を置き、話のわかる同年代の仲間達と集う様になる。
 子供たちが非行に走ったり「いじめ」に向かうのはこの年頃からである。 

 人間の不幸は言葉を持って、イメージを固定化してしまうことに始まっているのかもしれない。

4/24(日)快晴 半袖ワイシャツ購入
 1:30飯川病院で起床、文献検索整理,散水など。9:00-10:30徒歩帰宅、千秋公園、秋田工業、奥羽本線わき歩行者道路経由。コナカで半袖ワイシャツ2枚購入、290円ラーメン店、スーパーなど。午後は午前はLEDランプかさ作り、新聞チェックとのど自慢。外仕事せず、午後は、微睡。17:00以降は書斎で整理と音楽関連録画チェック。19:00夕食、21:00就寝。歩行計15697歩。秋田の桜ちる。
こころと身体2022(39)   いじめ(7)  回想、私の少年期の頃(1)
「いじめ 」問題を論じるには少年期の心について考えなければならない。しかし、私は今の若者たちに接する機会は皆無に等しい。だから自分の経験を回想し、それに文献的に学んだことを若干加えることしかできない。

 誰でも少年期を経過する。育った時代を背景に皆それぞれに楽しい or つらい少年時代の想い出があるだろう。

 私の少年期は田舎で過ごし、ある意味でとても幸せであった。自然に囲まれて、ゆったりと過ごした田舎での生活は、時々ふと、鮮やかな記憶として浮んでくる。
 ●家が火災で消失したこと、●一匹のネコとの出会い、●自転車の三角乗り、●ボールが見えなくなるまで遊んだ草野球などなど。●太鼓や笛の音が響く祭りの日は自転車で隣町の神社まで遠征したこと、●北上川の支流の乙部川での釣りやヤスでの魚取り、置き針など猟法、次から次へと想い出す。到底上げきれない。●初恋?もあった。

 田舎では田植え、稲刈り等の多忙期には小中学校は休みになり、その間、農作業は「結い」と呼ばれる地域社会内の労力交換のシステムがあり、我が家は開業医で農家ではなかったが、私はこの期間毎日のように農家の手伝いに勤しんだ。夜はささやかな打ち上げ会にも呼ばれ、大人の住民たちとも交わった。
 今は機械化ですっかり廃れたが、当時の村民は「結い」を通じて緩やかに結ばれており、子供たちはみんな仲が良く、助け合ってもいた。私が園芸とか畑づくりに精を出せる技術的背景はこのような素地をもとに培われた。

 当時、日本は全体に貧しかったが、特に岩手県は気候も厳しく冷害も多く日本のチベットなどと言われていた。これは決して屈辱的なことではなく、若いものはそのような評価の中で上昇志向が大きかったのではなかろうか。私は小学校に上がる前から、将来は医者になって地域に貢献するのだ、と固く思っていた。

 今回、「いじめ 」問題を考えるにあたって改めてこの少年期のことを回想してみた。ある意味では私にとってもいい経験であった。

 いつまでも少年の心を持ち続けているヒトもいるが、大人になるにつれ大抵はいつのまにか、どこか遠くに置き忘れ、いつしか大人の視点のみから世の中を見ており、しかもその問題点に気づいていない。特に教育界の方々にそのような方々が多いのではないだろうか。

 このことは現代の「いじめ 」問題を考えるにあたって根本的意味があるように思える。当時の子供たちはガキ大将を中心に一定のルールがあり、諍いは日常茶飯事であったが、そこには自由があり、小さな自治があり、陰鬱な「いじめ 」など存在しなかった。

4/23(土)快晴 飯川病院日当直 北海道で観光船事故
1:30起床、文献検索。読書。8:30家内に同乗、飯川病院、日当直に就く。午前は新聞チェックと電子化。自炊3冊。12:00検食、午後は読書三昧、音楽鑑賞、微睡など。18:00検食、データ整理。20:30就寝。歩行計3430歩、ほとんど室内で過ごす。 昨年草刈り一回目。北海道で観光船事故。この海水温で海に投げ出されたら10分ほどで意識を失う。恐らく全員助からないだろう。

こころと身体2022(38)   いじめ(6)  学校のいじめはやはり特殊
 「いじめ」が成立するためには、(1)加害者の嗜虐意欲、(2)加害者による攻撃行動、(3)被害者の苦しみ、の三要素に加えて、(4)被害者が簡単に逃れられない環境、が必要である。

 「いじめ」は何も特別な現象ではない。人間集団が存在するところでは普遍的な現象として発生する。「いじめ」は、学校の生徒たちだけの問題ではない。昔から今まで、ありとあらゆる社会て、ヒトはこのはらわたがねじれるような現象に苦しんできた。

 基本的には「いじめ」は特別な現象でもなく、普遍的現象であることをまず認め、重大な結果を招かないように教育、指導、対策を講じなくてはなければならない。
 
 逃げることができない、出口なしの集団の世界は、恐怖である。
 そこには差別、序列関係や仲間意識も生じ、誰かが誰かの運命を容易に左右し、暗転させることができる。立場の弱い者は、「何をされるか」と過剰に警戒し、硬直し、つねに相手の顔色をうかがっていなければならない。

 「いじめ」のうち、学校の「いじめ」は成長期の多感な少年少女期に生じ、かつ学校社会という半閉鎖社会で、教育者という特別な資質や考え方を持つ指導者に囲まれ、教師自身もバッチリ管理され自由度が少なくなっているし、さらに自由度の少ない校長、副校長らに囲まれている。学校の背景にはさらに問題のある教育委員会が存在し、文科省も十分な指導性を発揮できない。

 日本の義務教育の中で学校の占める位置はとても大きい。「いじめ」の被害者が簡単に逃れられない構造になっている。

 こんな環境の中で「いじめ」が頻発している。だから、学校の「いじめ」にはやはり特別な位置を与えなければならない。

 学校社会の特別さ、とは何だろうか。その特別な環境について考え、「なぜいじめが起こるのか」について考察したい。

4/22(金)降雨 大曲診療応援 飯川病院ボランティア  
1:30起床、起床時から降雨。文献検索、録音データ処理その他,5:30可燃ゴミ提出。7:40Taxi駅東に。8:11こまち、8:50大曲中通病院外来結構多忙。帰路こまち10人ほど、若干増加傾向。15;20飯川病院、ボランティアほか。19:20帰宅夕食、21:00就眠。歩数計7880歩。

こころと身体2022(37)   いじめ(5)  現代のネコにも「いじめ」あり(2) 難しい多頭室内飼い
(2)室内多頭飼いネコの「いじめ」行動
 2014年の厳冬を外で乗り切った野良ネコ1匹を家に入れ「プチ」と名づけた。
 その後間も無く、我が家の庭で同じ雌ネコが5匹の子供を産んだ。「プチ」の例があるから母子を無碍に出来ない。やむなく家に入れた。我が家の周辺はネコ嫌いが多いからネコ親子にとって必ずしも安全な環境とは言えない。だから、緊急的、一時的に収容したつもりであったが、結果的に我が家で飼うことになった。

 その後、いろいろあって数は増減したがが、現在6匹と同居している。
 横浜で拾われた「ゆう」はすっかり老ネコになった。母「チー」、娘の「プチ」と「雪音」、息子の「鉄」と「シマジ」である。原則的に外に出さず家の中だけで過ごさせている。

 子供たちは比較的仲良く暮らしていたが、2歳過ぎた頃「シマジ」が脱走し2ヶ月ほどガレージの2Fで暮らした。なんとか「シマジ」を確保したが、その後から「シマジ」vs「鉄」、「シマジ」vs「雪音」で「いじめ」行動が見られるようになった。

(昔はこんなに仲良かったのに・・・)

(男ぶりのシマジ 今はいじめにあっている・・・)

(精悍な若武者の鉄 果敢にシマジと戦うも時に劣勢・・・)

(我が家の美ネコの雪音 パンを投げると見事にキャッチ かわいい顔してシマジを威嚇する)

 この「いじめ」を観察しているといろんなことがわかってくる。
 これらの一部は人間社会の「いじめ」と共通しているようにも見える。
――――――――――――――――――――――――――――――-
 
 ■室内飼いで自由を奪った状態の多頭飼いは、本来単独生活を好むネコにとってかなり問題があるようである。
 ■ネコを住宅に閉じ込め多頭飼すると縄張り争いから「いじめ」とケンカが生じ易い。
 ■兄弟であったことを忘れたのであろう。
 ■「鉄」と「雪音」は「シマジ」を監視しており、共通の空間には入るのを許さない。
 ■日に何度か激しいバトルを繰り返し床が毛だらけになる。時に血を流すこともあるようだが、今のところは大きな怪我は負っていない。しかし、この先が心配である。
 ■ネコの「いじめ」はとにかく執拗。物陰にひそんで急襲する、隙を狙ってパンチするなど。
 ■相手が委縮すればするほど、しつこく「いじめ」る。
 ■「いじめ」がなくならないのは、意味のない娯楽的行動なのか??
 ■ケンカが始まると、関与しないネコも集まって傍観する。
 ■メスの「雪音」が仕掛けるケンカは気まぐれで、気分しだい。大きなバトルにはならないがしつこい。
 ■オスの「鉄」が仕掛けるケンカは正々堂々としたもので、短時間のうちに激しいバトルに進展する。しかし勝負がつかない。

――――――――――――――――――――――――――――――-

 ネコ科の動物の中で集団生活するのはライオンだけと言われている。なぜ群れるのか、研究者たちの観察によって、その社会的システム、上下関係、狩の時の分業なども少しずつ明らかにされている。
 しかしながら、ネコの集団には社会システムと呼べるものは見いだされていない。だからこのような行動が生じるのだろう。

4/21(木)快晴 院長受診 終日飯川病院 
2:30起床、何か寝過ごした。いつもと変わらず読書、データ整理など。8:30家内に同乗飯川病院、院長受診のために。8:50-19:00勤務。外来・入院患者対応なし、散水。15:00途中歩行。古書店に、10冊ほど買い取り、5冊購入。19:30帰宅・夕食、20:30就寝。Σ10400歩。

こころと身体2022(35)   いじめ(4)  現代のネコにも「いじめ」あり(1)
 「いじめ」は自由に動ける野生動物の中では起こりようもない。
 しかし、私は我が家の初代のネコで「いじめ」を経験し、今は多頭飼いのために生じた新しいタイプの「いじめ」悩んでいる。

(1)初代のネコの「いじめ」行動
 60年も前の話。
 小一から高校卒業まで13年間、私は1匹の雌ネコと過ごした。家族たちはあまりネコが好きでないから、私とネコは小5頃からかつて診療所として用いていた住宅で一緒に暮らしていた。母家には食事時などに短時間もどるだけで大部分その住宅で過ごしていた。
 私が高2のころ近くの県立農業高校乙部分校に転勤してくる教師夫婦にその住宅を一時的に提供することになり、私とネコは母家の応接間に居を移した。

 不幸なことに、夫妻は一匹の若いネコを同伴して引っ越してきた。その頃は我が家のネコは10歳に達しており、体力的には衰え始めていた。引っ越して10日間ほどは夫妻はネコを新しい環境に慣らすために戸を締め切っていた。その間、我が家のネコはその住宅の周囲を何度も徘徊して隙間から匂いを嗅いだり、隣の家屋の屋根に登り様子を観察していた。

 10日ほどのちに、慣れたとの判断で縁側を開けたらしい。我が家のネコはその機を逃さず住宅に突入、夫妻のネコと大バトルを演じたとのこと。ちょっとオーバーに言えば2匹とも障子や襖を駆け上がり天井から落ちてくる様な状態だったらしい。何とか2匹を引き離していたが毎日の如くにそれが繰り返された、という。

 約1週間後、突然その争いは終息を迎えた。夫妻のネコが大怪我を負ったとのこと。その後我が家のネコは2度とその家に近づくこともなかった。
 私は飼い主として怪我を負わせたことを謝りに行ったが、ネコ同士のことと許してもらえた。夫妻のネコは片目を失い背中に3cmほどの裂創を負っていた。

 約2週間ほどのち、片目を失ったネコは傷も癒え時折外で見ることがあったが、我が家のネコはもう関心を示す事もなく、そばにも一切近づかなかった。

 日常、我が家のネコは体力も衰えていたが、このバトルの時だけは若いネコに劣ることなく追いかけ回した。

 夫妻は約2年後、任期を終えネコと共に三陸の方に転居した。

 ネコは飼い主より家につく、と言われる。
 ネコは単独行動をするため「なわばり」を重視する。そのため、「なわばり」内に入ってくるネコに対しては威嚇し、ケンカをしかけ排除しようとする。私のネコは何年間もその家に住んでいたから「なわばり」意識が強かったのだろう。

 夫妻のネコは夫妻によく慣れていておとなしく、野生の習性など殆ど感じられなかった。そのため身の危険を感じながらも家から逃走しなかったのか?  もし、うまく屋外に逃れていたら両者の争いは別の展開しており、眼球を失ったり傷を負うこともなかった、と考えられる。

 その後、両者は二度と争うことはなかったが、我が家のネコにとって「いじめ」の目的を十分達したから「なわばり」の中に居ることを許したのであろう。

4/20(水)快晴、午後飯川病院 COVID-19ワクチン接種担当 家内Web学習
 1:30起床、文献データ処理,いつものごとく。iMac2機廃棄準備、庭の樹木剪定切断その他、10:50バス通り待ち、山王、ドンキ、古本7冊購入、徒歩飯川病院、14:00COVID-19ワクチン接種担当。読書、微睡。画像データ処理。18:30-19:45家内Web学習、テイクアウトで軽食。20:00帰宅、夕食、就寝。Σ12.998歩数。

こころと身体2022(35)   いじめ(4)  「いじめ」の社会的土壌=逃れられない共同体
 「いじめ」が成立するためには、前回記述した様に(1)加害者の嗜虐意欲、(2)加害者による現実の攻撃行動、(3)被害者の苦しみ、の三要素が必要である。
 さらに環境因子を加えるならば、「いじめ」は被害者が簡単に逃れられない環境下でのみ生じると言って良い。ここに「いじめ」問題の解決策の一つがある。

 私はネコと暮らしていてそのことを実感している。

 「いじめ」を形成する社会的土壌とは何か??
 野生の動物は不快と認識するものには近づこうとしないし、危険を感じれば離れていく。このいたって単純な行動原理は、人類を除くあらゆる動物の野生生活に貫徹している。だから、「いじめ」などの不快な社会的経験など野生動物の中では起こりようもない。
 では、どうして人類だけに起きるようになったのか?
 それはわれわれの祖先が農耕生活を始めて共同体を形成した時、社会的排斥=「いじめ」が誕生した時でもある。
 しかし、共同体からの排斥が、共同体外部によって吸収可能であるうちは、まだよかった。ところが排斥がされていても受け皿がない状況になると、「いじめ」がエスカレートし、「いじめ」関連自死や「ひきこもり」へと発展するのだと考えられる。

 「いじめ」や「ひきこもり」が日本において社会問題としての市民権を得てから、かなりの年月が経過した。両者ともすっかり特殊化してしまった人類の社会の在り方に対する一つの適応形態にほかならない。その点ではコロナウイルス蔓延と共通するところがある。

 しかし、問題の本質への理解は、意外なほど深まっていないように思えてならない。
 「いじめ」が最初に話題となったのは1986年のこと。東京都の当時中学2年の男子生徒が自殺し遺書から、同級生のいじめが原因だとわかり大騒ぎとなった。

 「いじめ」は攻撃を受けているにもかかわらず、被害者がそこになおとどまるゆえに成立する。

 本来「いじめ」は動物界には無いと考えられてきたが、ネコでも野生でなくなると、人間並みに「いじめ」もどきの行動をするようになることを体感した。要は危険や脅威を感じてもその場から立ち去らない、あるいは立ち去れない環境を飼い主が作ったからである。

 人間が地球上に出現した当面の間は、「いじめ」など存在しなかった。それがある段階から、仲間を「いじめ」だす。それはまさに狩猟生活することをやめた時だったのではないかと、考えられる。それは定住化、農耕生活化であった。

 要するに、われわれの祖先が「不快には近づかず、危険からは逃げる」という動物的な行動原理を捨てたから、ということになる。

4/19(火)晴 中通病院外来 循環器科受診 飯川病院 
 1:40起床。新聞・文献・録音データ処理,いつものごとく。可燃ごみ提出。8:30中通病院、8:40-13:00外来、本日は予約患者22名、疲弊した。循環器科受診、経過観察で可と。13:30飯川病院、ボランティア、一時微睡、新聞チェックなど。19:20帰宅夕食、20:00就眠。歩数Σ9273歩。

こころと身体2022(34)   いじめ(3)  いじめとは?? いじめの定義
 「いじめ」が成立するためには、(1)加害者の嗜虐意欲、(2)加害者による現実の攻撃行動、(3)被害者の苦しみ、の三要素が必要である。

 「いじめ」は若い人たちに特有のものではない。老若男女あらゆる集団で「いじめ」は発生し、蔓延する。親が子どもを虐待するのも「いじめ」である。特にその人間関係、人間集団から逃れられない環境下においては頻発する。

 被害者の意識を基準にした定義が散見されるが、被害者が「苦痛」と感じさえすれば「いじめ」とすれば、何でも「いじめ」になりうる。暴力行為によって苦痛を与えるだけでは「いじめ」ではない。

 いったい何から何までが「いじめ」なのだろうか。

 「いじめ」における攻撃では、被害者が苦しむことがはじめから目的とされて、被害者の苦しみが具現化され、その手応えを加害者側が遊び感覚、楽しみとして享受する。この嗜虐的意欲が、「いじめ」のコアである。

 「いじめ」の多くは、特定の一人によるものではなく、周囲に賛同者がいるなど何らかの社会構造に埋め込まれた、複数の「みんな」の勢い、あるいは「自分たちなり」の特殊な秩序を背景にしているのが特徴的姿である。

 だから、ほぼ閉鎖的な学校は「いじめ」の温床になりうる。
 学校で「いじめ」が発生する根本的な要因は、雑多な人間が集められたクラス内において過度に人間関係の親密さを強要するシステムそのものにあるから、学校、特に中学は「いじめ」の温床になりやすい。
 特に中学は一般社会のルールや常識も知らず、にもかかわらず中学生としての自覚を要求されるな微妙な位置にいる。
 学校関係者、教育関係者はこのことをよく認識してほしい。

 私は3人の子どもがいる。今とは、時代も異なっているが、わが家で「いじめ」が深刻な話題になったことはなかった。しかし、個々に聞くと多少はあったようであるが、幸いにそれほど深刻ではなかったようだ。
 今は孫たちが若干心配である。「いじめ」問題は私にとっても看過出来ない問題である。

4/18(月)快晴 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:30起床。新聞・文献・録音データ処理,いつものごとく。6:40バス飯川病院、9:00-11:15健康クリニックドック10名と少ない、結果レ線判定8名。飯川病院、一時微睡、14:00勤務。入院患者対応、その後歩行古書店8冊購入。内科学会講演視聴数件。19:00帰宅夕食、20:00就眠。歩数Σ11490歩。

こころと身体2022(33)   いじめ(2)  被害者の心の叫びを聞け
 北海道旭川市で「いじめ」を受けていた被害者がツイッターに匿名で「私はいじめを受けていました」などと書き残していたことが1月、関係者への取材で分かった。遺族が本人の投稿と確認した。本人が詳細に残していた「いじめ」被害の経緯、当時の心情や悩みが明らかになるのは初めて。
 これは状況を判断するのに重要な示唆を与える。

 私はこのネット時代の申し子たちが「いじめ」被害についてなぜ記録を残さないのか不思議に思っていた。
 被害者本人がツイッターに書き残した内容
―――――――――――――――――――――――――――――――――-
●私は前の学校でいじめを受けていました。
●先輩たちと仲良くしようと頑張りました。でもどこからか変わっていくのに気が
付きませんでした。
●いつの間にかコンビニに行くときは私が全部払う。
●1人になりたくなかった。でも先輩たちといることによって私は誇りも失うこと
になります。
●居場所のない私はよくネットに籠るようになりました。
●いじめを受けてから1年たちそうなのに私は何もできません。
●何もかもが怖くて怖くてたまりません私は存在価値を見いだせなくなってきました。
―――――――――――――――――――――――――――――――-

 これは、親から受けた虐待で亡くなった5歳児の残した「反省文」と同じく、読むものに深い悲しみを抱かせる。それは以下の文章からなる。
●「パパとママにいわれなくてもしっかりとじふんからもっともっときょうよりかあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるしてくださいおねがいしますほんとうにおなじことはしません ゆるして」

●「きのうぜんぜんできなかったこと これまでまいにちやっていたことをなおす これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだから もうぜったいやらないからね ぜったいやくそくします」(原文のまま)

 被害の女児は上記のいわゆる「反省文」を残していた。女児は毎朝4時ごろに起床し、父親から平仮名を書く練習をさせられていた。

 「いじめ」問題を考えていくと加害者側の子供達の行動に理解しがたい状況に突き当たる。また、学校は教育の場として専門家集団のみが担っていて、閉鎖的な、一般人には近づきがたい存在となっている。ひとたび「いじめ」事件等が生じると、いままでのケースではその閉鎖的組織の壁を打ち破るのは一般的には至難の業のようである。

 過去の「いじめ」問題の報道を通じて私は以下の疑問を持っていた。以下は2012年11月27日に記載した内容であるが現在と何ら変わっていないように思われる。

■なぜ、学校側・教育委員会は事実をこれほど隠すのか?
■学校は危機管理の面で組織的機能を果たしていないのではないか? 
■学校と教育委員会間の関係は過度に緊張関係、上下関係にあるのでは?
■教職員、教育委員会に人間をあつかっていると言う感覚が乏しくないか?
■何故被害者は誰にも相談なく死を選ぶのか? 
■なぜ子供達は同級生や学校のいじめを見て、見ぬふりするのか?  
■加害者側は遊び感覚、楽しんでいる様子で、多くの場合「いじめ」の感覚なし。
■一部に名誉毀損、強要、恐喝、暴行などを伴うことがある。これはほぼ犯罪行為であるが、被害者はそれでも隠し通そうとするのは何故か。
■ほぼ犯罪行為と言って良い「いじめ」もあるが、この場合には学校組織だけでの対応は困難だろう。 
■被害者は尊厳がずたずてにされる。大人になっても深いトラウマとして残っている様である。
■一定以上の身体的障害を伴った場合は警察に届けるべきと思う。

以上。

4/17(日)快晴 飯川病院日直 
1:40起床。新聞・文献・録音データ処理,いつものごとく。8:50家内同乗飯川病院、9:00-19:00飯川病院日直。2時間当直医の代行。新聞チェック、データ化、読書、微睡、花壇に散水など。自炊5冊。19:30帰宅、夕食、21:00就眠。歩数Σ4635歩。

こころと身体2022(32)   いじめ(1)  学校、教育委員会の無責任対応が繰り返されているのは何故か
 私は新聞上で報道される「いじめ」問題はほとんど漏らすことなく収集しているつもりである。このブログ開始から20年以上フォローしているが、「いじめ」対策はさっぱり進展しているようには見えない。
  それは、人間社会に内在する回避できない事象であるとの認識が乏しく、関連する今人の問題と問題と捉える風潮がまかり通っているからであり、人間関係をコントロールすべき立場にいる管理者が自覚と能力が乏しいからである。せめて管理者が能力がないことを自覚してくれればいいのだが。

 この30年間に報じられた各ケースは、学校だけではなく、私的企業、公務員、政治機構、アカデミックな環境の中でも生じており、いずれも深刻な問題を孕んでいる。全て陰惨であり、被害者のことを考えると心が暗くなる。
 「いじめ」の結果、被害者が自死に至る場合があるが、「いじめ関連強制的自死」と捉え、因果関係、人間的関連について明快に犯罪事件として扱うべきである。

 大津市の事件はセンセーショナルであった。2011年に滋賀県大津市内の中学校の当時2年生の男子生徒がいじめを苦に自殺した。事件前後の学校と教育委員会の隠蔽体質 が発覚、問題視された。翌年には「いじめ防止対策推進法」が可決された。
 以来10年経過した。その間も多くの「いじめ」関連の自死が報告されてきた。

 最近、北海道旭川市の中学生の例はその代表的なものである。

 北海道旭川市で昨年3月、凍死した状態で見つかった中学2年の女子が陰鬱な「いじめ」を受けていた問題で、家族から「いじめ」としての申告があったのに当初は学校も教育委員会も十分対応してこなかった。
 自死が明らかになりマスコミが取り上げてから重大事項として認められ、第三者委員会もつくられた。事実関係を調べている委員会が本年4月5日、記者会見し、性的な意味での身体接触や性的動画の送信要求など6項目を「いじめ」と認定したと発表した。

 第三者委員会委員長は「被害者が苦痛を感じていたのは間違いない」=「いじめ」があったと認定し、中学や他校の先輩などによる性的な身体接触や菓子代などの要求、性的動画の送信要求、性的画像を周囲に見せたことも「いじめと同様」と判断した。
 第三者委は「いじめ」と死亡の因果関係などの調査を続け、8月末をめどに最終報告をまとめる意向も示した。

 記者会見に同席した市の教育長はこれまでの対応について「深くおわび申し上げる」と謝罪。市長も記者会見し、「人間の尊厳を大きく傷つける内容だ」と陳謝した。

 私はこのケースには、学校や教育委員会の対応には大津市の事件の時と変わりがない大きな問題が内在していると思う。
 その背景は、学校、教育委員会の意思決定に内部の関係者だけで協議し、特に高齢者が多数占めていること、さらに人間の心理についての勉強不足が問題、と思う。
 これは上記の組織のみでなく児童相談所、入国管理局など人権を扱う組織に共通の問題点である。

4/16(土)降雨のち快晴  千秋公園花見
2:00起床。ネコの歓迎で再微睡、文献・録音データ処理。資源ごみまとめ。午前読書中心。午後家内に同乗飯川病院、微睡、15:00-17:00市民市場経由千秋公園に花見。17:30帰宅、蓄積データ整理など。19:00夕食、21:30就眠。歩数計8268歩。
漫画と本と映画 葛飾北斎の娘、葛飾応為(お栄)関連3作品(2)
 最近以下の3作品を通じて北斎の娘・葛飾応為に親しみを持った。
(1)朝井まかて著 「眩(クララ) 」  新潮文庫 2018
 朝井まかて氏(1959年- )は、日本の女性小説家。氏の作品には時代小説、それも人物を対象にした作品が多いようだ。これもそれの一冊。
 北斎の娘・葛飾応為(お栄)には以前から興味があった。本作は、幼少の頃から絵筆を好み、父北斎の薫陶を受け、北斎の娘であることの苦悩も描かれている。江戸時代の中にあって女流絵師の立場は困難の連続であったと思われるが、何分にも残された史料が少ないなかで応為の半生が小説と言う形でよくまとめられている。北斎を凌ぐ程の才能があり、女流画家というハンデを乗り越えて名画を描いた半生が生き生きと描かれ、私をわくわくさせた。文体は難しい言葉が多く難解であったが、史料がすくないなか、見事な構成である。この作品を通じて。応為がより身近になった。

(文庫本の表紙から借用 応為の技法である光の中に浮かぶ被写体を見てとれる)

(2)松坂著 「北斎のむすめ」(1) -(3)巻 コミック 2017
 4コマ漫画で応為の破天荒な人物像が描かれる。江戸時代の民衆の暮らしぶりにも興味がわく。好奇心と行動力があって、男勝りで、部屋の片づけや家事ができない、ただただ絵筆を握るのが好きな、サバサバした性格の人物として描かれる。広重、国芳、栄泉といったクセのある絵師たちに負けじと、日夜絵のことばかり考えている。読みやすいコメディである。
 私が感心したのは松坂が描く応為の表情である。美しく描かれ、絵としても魅力的。パラパラと流し見してもホッとする。

(「北斎のむすめ」一巻の表紙から借用)

(3) ドラマ『眩』(くらら) ブルーレイ
 NHKが2017年に朝井まかて氏の著作を単発のスペシャルドラマ化した。出演は宮アあおい、松田龍平他。ブルーレイを知人から借用。
 応為は専門家の間では並外れた独創的な天才絵師として高く評価されている女性であるが、その才能よりも父親・北斎と応為の人間関係に焦点を当てた作品であった。応為の卓越した技能や作品等にはほとんど焦点が当たらず、作品そのものはほとんど見ることが出来ない。応為の苦悩に関してはよく描かれている印象。
 応為は北斎が死去するまで、「親父殿」としてあがめ、その助手であることに満足していた人のようである。応為は父の「影」として北斎の絵を手伝う。「父北斎は光、自分はその影でいい」、そう考えて応為は絵を描き続ける。当時の女流絵師の立場はこんなものだったのだろう。
 一方、どんなに優れた絵を描いても決して満足せず、向上心の旺盛な人であった。
 60歳を過ぎた応為は、「影が万事を形づけ、光がそれを浮かび上がらせる。この世は光と影でできている」、その境地に達し、女性絵師でなければ描けない独自の世界を切り開いた。

 ただ、私は映像作品を真剣に見続けることが出来ない。この作品は70分ほどの作品であるが、まだるっこしくて耐え難かったが、私は耐えた。魅力も感じたからであろう。

( ブルーレイの写真から借用)

4/15(金) 曇り小雨 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 
 1:40起床、読書、データ整理。5:30可燃ごみ集積所に。7:35Taxi秋田駅。8:11こまち、乗客は増えているといえど先頭車両には2人だけ。8:55大曲中通病院外来。雨で駅病院往復徒歩できず。帰路の新幹線は間引き運転で臨時運行で。影響あり。16:08秋田駅着、飯川病院ボランティア。新聞入力ほか自炊2冊。19:20帰宅、夕食、21:00就寝。5903歩。

漫画と本と映画 葛飾北斎の娘、葛飾応為(お栄)関連3作品(1) 北斎父娘の姿
 私は嬉しいことに音楽他の芸術にも広く興味と感受性があり絵画鑑賞も好む。特に西洋画とりわけ宗教画を好むが日本人の作品にも関心と興味がある。
 その中で浮世絵の世界における葛飾北斎らの作品は最も身近な存在である。

 江戸後期の画家・葛飾北斎(1760〜1849)は当時としては長寿で、浮世絵師として70年活躍した。北斉の画は江戸庶民に愛されただけではなく、ゴッホやモネ、セザンヌ、ドビュッシーにも影響を与えた。
 北斎は森羅万象を描き、生涯に3万点を超える作品を発表した。その気概は衰えを知らなかった。
 臨終の有名なエピソードとして次の発言が残っている。
 北斎は卒寿の90歳にて臨終を迎えた。臨死にあたり「天、我をして十年の命を長らわしめば・・・、天、我をして五年の命を保たしめば真正の画工となるを得べし・・・」、と言ったという。

 北斎は93回転居した。彼自身と出戻り娘の葛飾応為(お栄)が、絵を描くことに集中し、部屋が荒れたり汚れたりするたびに引っ越していた、と言う。あらゆるものを美しく描き尽くそうとした北斎と娘、共に身の周りには気が回らなかったようだ。そう言う欠陥を持っているからこそ深い技能を成し得たのだろう。

 北斎には2人の息子と3人の娘がいた。三女お栄は、北斎の弟子、助手として生涯共に暮らした、とされる。お栄は父の背中を追い、絵の道を志す。夫の作品を嘲笑ったことで離縁され、病に倒れた父の看病をしながら、己の才に歯がゆさを覚えながらも努力を続け、自分だけの光と影を見出していく。北斎は「美人画にかけては応為には敵わない」と語ったと伝えられている。

 葛飾応為(お栄)の作品は暗い背景の中に光をうまく生かして人物を浮かび上がらせる技法を持っていることから、後に「江戸のレンブラント」とまで言われたらしい。しかし、現存する作品は十数点と非常に少ないし、応為に関する資料もとても少ない。

 その中で、私にとって以下の3点は葛飾応為(お栄)を理解するのに役立っている。

4/14(木)曇り 午後飯川病院 
 1:20起床、文献読みなど数件。ダリア発芽状況など確認。10:50バス、通町から徒歩山王経由ドンキ。古書店5冊購入。徒歩病院へ。午後は飯川病院勤務。入院患者対応なし。座学、新聞チェック。音楽録画。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。通勤路の桜は満開。歩行計11050歩。

音楽談議2022(5) チェリビダケ指揮ブルックナー第8番(2) 
 ブルックナーの交響曲は時折テンポが急に切り変わるが、チェリビダケ、ミュンヘンフィルの演奏はすべてのフレーズをスムーズに繋いでいく。
 ヘッドフォンで再現される遅いテンポ、繊細な音に耳を傾けていると時間という概念が消え、全てが一体化して鳴り響く。ブルックナーの音楽は壮大な建造物に例えられることが多いが、チェリビダケの手になると演奏は雄大な自然そのものに化けてしまう。

 このライヴが行われて2年後にチェリビダッケは世を去った。

 おそらく老いが進むにつれ彼自身の体内時計のテンポが一層遅く刻まれる様になったのであろう。それに伴ってさらに演奏テンポが遅くなったと思われる。

 高齢指揮者の晩年の演奏は一般的に遅くなる傾向があり、それが古潭の境地などと評され珍重されるが、コンサート会場で直接聴いている場合、演奏の録画を観る範囲ではそれなりにその演奏に入っていける。しかし、レコード、CDなどで音だけを聴くと緊張感のない、だるく、遅いだけの演奏になっていることがある。だから、概して高齢指揮者の演奏は私は好まなかった。

 チェリビダケ、ミュンヘンフィルの演奏はテンポが遅いが、緊張感を失うことはない。長年一緒に演奏してきたからなせる技と境地であろう。
 チェリビダケの練習は異常に厳しいとされる。そのために楽団から嫌われ関係が長く続かないという経緯は有名である。読売日本交響楽団の招きで対日した際には通常1−2分しかかからない音合わせに30分もかけたという逸話も残っている。ミュンヘンフィルは彼の資質に共鳴し総監督として迎え、長い付き合いがあったからこそなし得た演奏というべきだろう。

 超スローテンポで全曲を貫徹、これはチェリビダッケ晩年の表現であるが、私はこの曲以外の録音はそれほど好んでいるわけではない。尤もこの曲ほど聴き込んだのはないからそう結論づけるのは早計なのかもしれない。

 何で私がチェリビダケ、ミュンヘンフィルのブルックナー交響曲第8番を異常に好むのか??それは、私自身がこの曲が「この世とあの世の接点、端境域にある」ように感じてこの曲を特別に好んでいること、多くの演奏を耳にしていることによっているから、と思われる。加えて、私の体内時計が刻むリズムが老化によって遅くなってきているから、だと思われる。

 最近、私は会話にしても歩行にしても全体にスローテンポになっていることを自覚する。また。何かに取り掛かるにしてもその前に若干の時間が必要になった。さらに、やるべきことを後回しにする傾向も出てきている。

 このような変化を背景に今回チェリビダケ、ミュンヘンフィルのブルックナー交響曲第8番のCDを購入した。今まで所持してきたアナログ録音が劣化して聴き難くなってきたからでもあるが、さらに彼らの演奏に浸ってみたいと考えたからでもある。


4/13(水) 曇り 午前病院ボランティア 午後飯川病院勤務 COVID-19ワクチン担当
 1:00起床、新聞・文献読み、徒然。自炊本読み。画像データ処理。午前病院ボランティア 午後飯川病院勤務 14:00-16:00 COVID-19ワクチン担当。
14:00飯川病院、入院患者対応。新聞データ化、自炊3冊。19:00帰宅夕食、20:30就眠。歩数計4540歩。昨年、リハビリ病院を通じてデロンギヒーター2ケ、古いガス台、犬のケージ廃棄した。今年はiMac27x2対象としたい。

音楽談議2022(4) チェリビダケ指揮ブルックナー第8番(1) 遅いテンポに酔える日々
 今回、約10年ぶりに音楽CDを購入した。今回購入したのは、廣津留すみれ氏が演奏するメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲とチェリビダケ指揮のブルックナー交響曲第8番の東京公演版である。前者の印象は前述した。

 私は独墺系のロマン派の音楽を好んで聴く。その中で私の好みはマーラー、ブルックナーが中心である。両者の作品の演奏データは優に50種を数える。ブルックナーが6割、マーラーが4割というところ。

 ブルックナーの交響曲は0番から10曲あるが、私の好みは8番>9番>7番>5番>6番>・・・と続く。8番の演奏データは15種類。愛聴するデータは、カラヤン>ギュンター・バント>チェリビダケ>インバル>朝比奈隆>ジュリーニ>ヨッフム>シャイー>バレンボイム>・・・・と続くが、最近はチェリビダケを聴く機会が増えてきている。

 チェリビダケは1912年ルーマニア生まれ。1996年没。1945年のドイツ敗戦直後、戦後、一時ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(BPO)の首席指揮者に就任した。
 フルトヴェングラーの死後、BPOは後継者としてカラヤンを選出する。チェリビダケはその後各地で演奏を行い、1970年にシュトゥットガルト放送交響楽団、1979年からミュンヘン・フィルハーモニーの総監督を務めた。 日本には読売交響楽団の招きで2回客演で来日した他、ミュンヘン・フィルと複数回来日している。

 チェリビダケは、「音楽は空間および時間と一体として存在するもので、それらを切り離すことは不可能、つまり、音楽はホールで、一回きり。録音などは、一切ダメ」という考えを表明している。そういう一方で、イタリア、スエーデンなど、各地の放送交響楽団の役職を兼ねるなど、ちょっと矛盾している。それがむしろ嬉しい。

 そんなユニークな考えをもつチェリビダケの演奏は、逆に聴きたくなる。彼の録音は非正規という形で次々にリリースされた。だからCDカタログ上では多数認められる。中には客席の足元に置いた録音機で??と思われる海賊版もあった。

 チェリビダケのブルックナー交響曲第8番は、種々の録音が繰り返しリリースされた。その中でリスボンでのライブ盤はベストセラーであったが、先般、遺族の許可を経て、初めて正規のCDとして「復活」を遂げた。第8番はおおよそ80分ほどかかる大作だが、チェリビダケの手になるとの105分を要する。

 水久に終わらないのでは、と感じられる遅いテンポで奏られる。だから、聴くときはそれなりの準備が必要である。ながら聴きには向かない。
 それぞれのパートに明確な輪郭を与えつつ、透明感をもって音が重ねられる。強奏部分でも、音量が上がるというより、音圧が厚さを増しながらみるみる広がっていくような感じである。

 ブルックナーの作品が、チェリビダケとミュンヘンフィルによって生まれ変わった。豊かな音に囲まれながら過ごす時間は、私にとって至福のひとときの一つである。


 4/12(火)晴れ 外来 飯川病院ボランティア 飯川病院当直 秋田桜開花宣言
1:20床、新聞・文献読み、徒然といつもと同じ。6:00可燃ゴミ提出。6:40バス飯川病院へ。8:45-12:15外来。診療の合間を縫って私自身の胸部レ線、心電図、採血をチェック。2月の職員検診で心電図に異常が加わり、慢性腎不全に近いデータが得られたための再検。14:00-18:30飯川病院ボランティア。微睡読書、新聞データ化、自炊4冊ほど。17:00当直業務に就く。18:00検食、20:00就眠。Σ7936歩。

音楽談議2022(3) オーケストラの伝統にこだわらない配置で新しい響き デアリング東京オーケストラ
 廣津留すみれ氏が独奏した「メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲」のバックを務めたデアリング東京オーケストラは2013年に西脇義訓氏らにより設立された。従来のオーケストラの常識にとらわれることなく「空間力」を生み出すことを基本理念に、新たな響きの創造を目指している。
「デア・リング」の名称は、先進性、独創性、開拓者精神で世界を席巻したワーグナーの代表作「ニーベルングの指環 Der Ring des Nibelungen 」からとったもので「リング」は「輪」や「和」にも通じることからこのオーケストラの基本理念を示す、という。

 全員前向き配置、曲によっては一部の演奏家は後ろ向き、立って演奏するなど従来のオーケストラにはない試みをおこなっている。オーケストラは通常、指揮者を中心に演奏者が半円形に並び、指揮棒に合わせて音を奏でる。これが最良の方法だと考えられている。
 演奏者は指揮者を見るだけでなく、コンサートマスターの指示も視界にとらえ、さらにはパートのトップと隣の奏者の音や動きにも合わせ演奏しなければならない。
 だがこうした縛りから解放されれば、もっと自発的に生き生きとした演奏ができるのではないか。演奏会毎に新たなフォーメーションを試み、知見を蓄えていった。

 オーケストラは室内楽の拡大したものとよくいわれる。小編成で演奏するときのようにほかのパートをよく聴けば、室内楽の感覚でオーケストラでも演奏できる。 ホールを楽器として響かせる「空間力」を高めていったことで、新しい色彩や、香りが生まれてきたと感じている(西脇氏)。

 オーケストラのメンバーは、東京芸大、桐朋音大等を卒業した若手のプロの演奏家により構成されている。この若さで伝統にこだわらない新しい試みに協力しているという。オーケストラは当初録音に特化して2013年にスタートしたが、公演を望む声が多くあり、2018年にデビュー・コンンサートを行った。同年の毎日新聞で、「演奏会の響きは、柔らかさ、色彩、音楽的な豊かさにおいて、驚異的な革命であった」と評された。

  設立者の西脇義訓氏は今回初めて知った方。基本は録音関係のプロらしいが、指揮者としても研鑽を積んでいる、とのこと。1948年名古屋市生まれ。木琴、チェロを習い慶応義塾ワグネルソサィエティ・オーケストラにチェロで在籍。
 1971年、日本フォノグラム(株)に入社。録音プロデューサーとしてサイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団などの録音・CD制作に携わる。
 指揮はスイスの名指揮者Mコルボの薫陶を受けたという。

 すでに10枚ほどの録音をリリースしているが、廣津留すみれ氏とその恩師のジョセフ・リン氏を独奏に迎えた2つの録音以外は全て氏の指揮によっている。
(廣津留すみれ氏のCDのライナーノートから借用)


4/11(月)快晴 健康クリニック 飯川病院 
1:20起床、新聞・文献読み、自炊など。いつもと同じ。6:40バス飯川病院着、9:00-10:30健康クリニック。新年度で少ない。受審者8名、結果判定8名。10:45飯川病院、検食後微睡。14:00-17:00飯川病院勤務。入院外来対応なし。花壇にパンジー追加で植える。19:30帰宅夕食、20:30就眠。Σ8272歩。

音楽談議2022(2) 廣津留すみれ:メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲、シャコンヌ
 廣津留すみれ氏が演奏した「メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲」のCDを購入した。バッハの「シャコンヌ」との組み合わせ。録音は2021年9月だからつい先日。

 私は同曲が欲しかったわけではない。私の愛聴曲であり、10種以上の録音データを所持している。ホンの一部、自分でも譜面をなぞったこともあった。
 何で今回購入したのか??ソリストとオーケストラに興味があったからである。

 氏は2021年4月10日放送の「題名のない音楽会(テレビ朝日)」に出演し好演したのを観て私は興味を感じ、記憶の隅にちょっとだけ残してあった。それが音楽雑誌か何かでCDを出した、とあったので早速購入した。

 (1)まず氏のキャリアに興味を持った。
 ソリストの廣津留すみれ氏は大分県生まれ、幼少時からバイオリンを習い、母親から英語の教育を受け、公立高校在学中にイタリアで開催された国際音楽コンクールで優勝。2012年9月ハーバード大学に現役入学、学士課程を優秀な成績で卒業、次いでヴァイオリンを極めようと、ジュリアード音楽院の大学院に進学した。
 卒業後ニューヨーク市でエンターテインメントを担う音楽コンサルティング会社「Smilee Entertainment」社を立ち上げ、そのまま同市に在住し、ヨーヨー・マとの共演に加え、ゲーム音楽の作曲やプロデュースを行った。事業の才能もありそう。

 2020年に、コロナ禍により帰国。著述や講演に加え、TV番組への出演、成蹊大学および「秋田の国際教養大学」の講師に就任している。
 氏の歩んできた過程、なし得た結果など私はひたすら驚くしかない。

 (2)氏は秋田の「国際教養大学」の特任講師に就任
 国際教養大学特任助教授の渡辺玲子氏は秋田で時にコンサートを行うが、廣津留氏にもその活動を期待したい。

 (3)廣津留という姓
 詳細は不明であるが大分でも氏の周辺にしかおらない稀中の稀な姓らしい。私も一発で覚えた。そのような希少な一族の中からこのような才能豊かな方が出てくるなんて、これも驚きである。

 (4)演奏
 私には名盤、名演奏という考え方はない。演奏を批判することも好かないし、出来ない。提供された音楽にひたすら同化し楽しむだけ。
 これはライブ録音であった。しかも指揮者なしの指揮振りで行われたとのこと。演奏そのものは流麗で素晴らしい、と思った。バッハのシャコンヌは心に深く染みた。聴いていて心地良い。聴いている時間、しみじみと幸福感を味わった。

 ライナーノートによるとこの演奏会はジュリアード時代の恩師ジョセフ・リン氏が出演する予定で廣津留氏も再会を楽しみにしていたが、リン氏がコロナで来日できなくなった。廣津留氏に代演のオファーが来たのは演奏会の1ヶ月ほど前、しかも録音収録付き。曲目をメンデルスゾーンに変更してもらうことを条件に快諾した、という。
 それでこの結果、これも大したものである。

 (5)ジャケットの写真
 実に可愛いいし、優しい表情に写っていると思う。
(廣津留すみれ氏のCDのライナーノートから借用)


4/10(日)快晴気温上昇 倦怠感にて外仕事なし
 0:15起床、本読み、文献・録音・画像整理。微睡など。7:30入院患者死去。9:00-10:10歩行にて帰宅、疲弊し天徳寺まで迎え依頼。新聞チェック、のど自慢後座学中心。微睡若干、16:00書斎で音楽録画見る。19:00夕食、、20:30就眠。Σ11400歩。

音楽談議2022(1) 10年りにCDを購入した
 今回、約10年ぶりに音楽CDを購入した。前回購入は2013年の「いきものがかりのバラー丼」であった。
 今回購入したのは、廣津留すみれ氏が演奏するメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲とチェリビダケ指揮のブルックナー交響曲第8番の東京公演版である。

 CDは1982年に発売された。しかし2000年代以降はインターネットによる音楽配信などが増加し、2010年以降は配信データのハイレゾ化による高音質化があって、音楽ソース媒体としてのCDの売上は減少してきている。
 CDの年間販売数は、1998年の3.2億万枚をピークに漸減し続け、2018年には1.37億万枚と、20年間で半分以下まで減少している。インターネットを通じた音楽配信は2009年に900億円に成長してきたが、こちらも予想に反して普及はそれほど伸びていない。

 CD販売減少の背景には、音楽を聴く機会が減っていることがあるらしい。若い人たちは趣味や遊びも多彩になって、音楽を聴く機会が減ったのであろう。
 私の場合はここ20年は聞くことから読むことに興味の主体が移った。
 
 さらに、CDを買わなくとも音楽を入手する手段がふえてきたことがあると思われる。
 ■低価格なレンタルの普及
 ■音楽データとしてパソコンに入れられる
 ■無料で聴ける配信型の音楽ソースの普及
 ■ダウンロード販売の増加
 ■などなど・・・

 私もかつてはCD販売増加に貢献してきた。私はレコード派であり、CDは補助的立場であったがそれでも優に500枚以上は購入していた。しかし、2010年以降は興味が薄れ、CD販売減少に貢献してきた。
 この22年間で購入したのは「いきものがかり」の1枚、それと今回購入した3枚だけである。しかもその間、ほぼ全CDをパソコンでMP3化し本体は廃棄した。レコードも全て廃棄した。

 レコードは再度注目され販売量も増えつつあると言うが私は興味がない。CDはレコード以上に悲しい運命を辿りそうである。デジタル音源だから容易にデータ化することが出来るが、この先進性がCD販売減少の背景の一つになっていると思う。

 音源としてのCDの価値は決して減じていない。通常のCDより音質が良いSACDと言う規格品もある。
 
 私もはアップルの音楽配信サービス会員になっているが、そのシステムがよくわからず聴きたい曲を探し出せない。だからほんの少ししか利用していない。
 それで今回購入に至ったもの。


4/9(土)快晴 飯川病院日当直 
1:50起床。読書、データ整理中心。8:30家内に送られ飯川病院、日当直に就く。新聞チェック、月刊誌など自炊数冊分入力。酸素飽和度低下した入院患者対応。12:00検食、午後院長出勤あり、院長に送られ広面古書店に、数冊購入、帰路は徒歩、わらび餅購入。それ以降は座学に集中。18:00検食、20:00就眠。歩数計6308歩と意外と伸びない。

こころと身体2022(31) GG(4)  子供の日に「少年少女の主張」を
 少年たちの様子を観察するのは楽しい。ただ、私にとってそうある機会ではない。
 私の偏見?なのだろうか、今の少年(少女も含む)たちは一般的に落ち着きが乏しく、心に余裕がないように見える。その大部分は少年たち自身の問題というよりは、周囲の環境に影響されたもので、いわば自我の発達が未熟な立場の子どもが、一番最初に時代の変化の洗礼を受けていからだろう。

 私が感じるに、今の子供たちは両親にとって贅沢なおもちゃ的存在、ペット的存在なのではと感じられる。育児には細心の注意が必要であり、とても費用がかかる。だからか、一般的に過干渉に見える。

 少年たちにとって、必要なものは何だろうか。
 特に年少の少年たちにとっては「遊び」の保障であり、年長の少年たちにとっては「自由」の保障、将来への「迷い」なのではないだろうか。そして、それらをやさしく見守る親や教師の心の「ゆとり」が大事、と思う。
 「遊び」を介した人間関係の構築や確執、両親の「やさしさ」を経験しなかった子どもが将来どんな大人になっていくか、心配である。

 一方、中学生や高校生になると自分の置かれた環境に対する評価もできるようになる。自立していく過程で、彼らは大人に向かって言いたいことが多数あるのではないだろうか。

 ■親にあらゆることをコントロールされ押し付けられるのは嫌だ。
 ■親の顔色を伺って生きるのは嫌だ。
 ■親から自立して別の家に住みたい。
 ■異性と付き合いたい。
 ■クラブ活動で青春を燃やしたい。
 ■友達同士でカラオケなどしたいが、親が許さない。
 ■将来への希望が見えない。自分は生きていても意味がない。
 ■・・・・・・
 まだまだあるのだろうが、私にはよくわからない。

 つまり、いつも親のいう事に従って生き、親が決めたコースに乗って正しく、まっすぐ生きる。自分は素直な子のふりをし、人前では作り笑顔をし続ける。
 だけど、そんなんじゃ、青春とは言えないのでは?

 青春とは、人の顔色を伺うものではない。将来やりたい事を求めて悩み、挫折し続ける時期でもある。

 私ども大人は子供たちの声を聞く機会をもっと持つべきでないだろうか。

 私はいつもNHK第一放送を、最近ではR1放送というらしいが、いつも微かに流し続けている。TVほどではないがラジオでもバラエティ番組というべき内容の時間が多い。勿体ないことである。NHKには世代のギャップを埋めるような特集も折々に組んでほしい、と思う。


4/8(金) 終日曇り寒波 大曲中通病院 飯川病院ボランティア
 1:45起床。読書、データ整理中心。6:00可燃ゴミ、7:35Taxi駅に、8:11こまち、本日から新幹線可能に、9:10大曲中通病院外来、往路徒歩、復路タクシー。秋田は徒歩。15:30-19:00飯川病院ボランティア。昨年iMac2019届く。19:00帰宅、21:00就眠。歩数計9720歩。日本内科学会MM分登録終了。 昨年Suica使用開始。

こころと身体2022(30) GG(3) 懐かしい少年時代の自由と余裕(1)
 「ジェネレーションギャップ(generation gap)=以下GG」は「世代間に生ずる、知識・関心・考え方などの違い」という意味で、「世代間格差」あるいは「世代間断絶」と訳される。

 私は現役を退いてからは働いている年代の方々、青年期の方々とはほとんど声を交わすことがなくなった。老年期を迎えてそのことに満足と一抹の寂寥感、それと若い方々の考えがわからないという不安を感じている。若い方に融通性とか包容力を感じることができず、何か怖い。

 私は3人の子供を育てた。業務が多忙だったこともあり、できるだけ頑張ったつもりではいたが、子供たちと十分コミュニケーションを取ったとは思っていない。子育てをやり直したい、と考えたこともある。にもかかわらず子供たちはそれなりに成長してくれた。その点では感謝している。

 現役を退いてからは時間的に余裕ができた。
 その頃から何人かの孫が誕生した。これを機会に「0歳から、子供はどう精神的に、知能的にどう発達するのか、どのように言葉を学んでいくのか??、などに興味を持ち、文献を集め、勉強する準備を始めた。しかし、残念ながらこの試みは身を結ばなかった。その理由は、時にしか会うことがない、いわゆる外孫であったことで、十分な観察ができなかったからである。

 私にとって幼児期や少年期は、懐かしく感傷的に心によみがえる。敗戦後の復興期に、少年時代を過すことのできた私はある意味でとても幸せであった。その記憶は時々ふと、鮮やかなイメージとして浮んでくる。

 遠くで太鼓や笛の音が聞こえ、心が浮き立った隣町の神社の祭り、ボールが見えなくなるまで毎日遊んだ草野球など、次から次へと想い出すことがでる。かつては、学校がひけてもずいぶん長いこと校庭で遊んでいたし、道路ですら立派な遊び場だったし、近くの川では泳げた。日の暮れるまで外で遊んで時々叱られた。恵まれた自然と、友人と時間的余裕と自由があった。

 ところが今は、学校の校庭は放課後はクラブなど一定のもの以外は使用できず、早く校内から去ることが求められ、道路は危なくて遊ぶどころではない。各家々はみんな一つ一つが閉鎖的に孤立して、上品で、内に夫婦の不和とか経済的困難とかいった問題があっても知ることができない。何らかのそんな要因が生じれば、少年たちの心はその影響をモロに受けるだろう。

 私はこの歳になって童謡を聴き、絵本も購入して読んでいる。かなり少年の心を持ち続けている方だと思っているが、時折世の中を老人の視点から固定的に見ていることに気づき愕然とすることがある。
 これじゃダメだ、とも思う。


4/07(木)晴れ  飯川病院 
1:15起床。新聞・文献チェック他座学中心。午前は枯れ枝処理10:50バス、通町山王ドンキ店、3冊購入、飯川病院。14:00-19:00勤務。入院患者対応。19;30帰宅夕食、21:00就眠。歩数計11950歩。

こころと身体2022(29) GG(2)成人の日に「青年の主張」、敬老の日に「老人の主張」を
 かつてNHKの番組の一つに「青年の主張」というのがあった。
 たしか毎年の成人の日の当日だったか翌日だったかにラジオ番組で放送されたと思う。「NHK青年の主張全国コンクール」はNHKが1956年から毎年成人の日に開催し、以降毎年放送された。ラジオでは第1回から毎年中継していたが、テレビでの中継は1959年からである。
 1990年から表題を『NHK青春メッセージ』として装いを一新。それまで設けていた主張テーマを廃して自由にアピールを発表する事が出来るようになった他、年齢制限も緩和され、当該年度に満15〜25歳になる青少年に広く門戸を開放した。2003年に終了した。

 私は子供の頃からこの番組が好きだった。青年たちの夢が力強く語られ、それを聴きながら自分の将来についても考えたものであった。

 思えば、あのころは世の中全体が若者社会だった。
 若者たちの気力で溢れていた。老人も引きづられて元気だった。
 政治も産業もマスコミも文化もコマーシャリズムも、ターゲットは若者だった。
若者が日本の文化を動かしていたといっても過言ではない時代だった。
 だから人々は若者の発言に注意深く耳を傾け、これからの世の中の移り変わりを、その主張の中に見ようとしていた。

 あれから何年たったであろうか。
 ふと気がつくと世の中はいつのまにか老人社会ということになった。
 日本は少子高齢化社会となり街に高齢者が溢れている。我が国の65歳以上の高齢化率は、1950年が4.9%であったが、以降一貫して上昇が続いており、1985年に10%、2005年に20%を超え、2018年は28.1%となった。
 これから先、この比率は恐ろしいまでに増えていく。さらに、人口自体が減少し始めている。

 民主主義社会では選挙の意義は大きい。多数を占める老人が世の中を動かす時代になってきた。政治家は身の安全を図るために老人に甘い政策を掲げたそれがシルバーデモクラシーである。これは決していいことではない。
 その結果、老人たちは世の中に甘え、若者たちは夢を失ってしまった。

 いま老人たちは何を考え、何をしようとしているのか。その主張に耳を傾けなければならない。要するに老人を甘やかすと日本は活力を失っていく。

 それにしても老若世代間の対話が少ない。互いに何を考えているのかよくわかっていないのではないか、と思う

 私は「ジェネレーションギャップ(generation gap)=以下GGと略す」の中でつくられてきた溝を埋めるために「老人の主張」を敬老の日に復活させてほしい。最近の社会の考え方は「敬老」から「軽老」の日に向かっているようにもみえ、「嫌老」「棄老」の言葉すら見つけることができる。これは他の世代が高齢者についてよく知らないから生じている現象である。

 同じことは青少年にも言える。成人の日付近に『NHK青春メッセージ』を復活させ こどもの日付近には「少年の主張」を組んでほしい。


4/6(水)曇り晴れ 飯川病院 COVID-19ワクチン接種担当 
1:30起床。文献検索、徒然ほか。ラジオの電源修理するも主電源が切れなくなって失敗再挑戦することに。10:50バス、通町から山王経由ドンキホーテへ歩行、古書3冊購入、バスで飯川病院に。12:30ボランティア。新聞チェック、14:00勤務、COVID-19ワクチン接種担当、入院患者対応。データ整理、本読みほか。昨年家内用にiPad mini5落札するも結局私が使用している。19:30帰宅。夕食、21:00就眠。歩数9114歩。

こころと身体2022(28) ジェネレーションギャップ「世代間格差」について(1)
 「ジェネレーションギャップ(generation gap)=以下GGと略す」は「世代間に生ずる、知識・関心・考え方などの違い」という意味で、「世代間格差」あるいは「世代間断絶」と訳される。あくまでも「差異や、認識の違い」があることを指す言葉で、その善し悪しを示す言葉ではない。
 GGは、職場や家庭だけでなく日常生活のあらゆる場面で発生する。何気ない会話の中でも、異世代に通じない!という言葉や考え方は意外と多い。

 我が国には和暦がある。和暦には西暦にはない一定の年代区切りを示す優れた機能がある。今の日本人は、大部分が昭和世代と平成世代に属すが、その間でGGが起こりやすい、と考えれば理解しやすい。さらに、令和に突入した。令和世代はまだ子供しかいないが、近い将来には、3世代にわたる新GG時代が生じてくる。

 人は育ってきた時代の考え方を身につけながら成長し、活動し、やがて老いていく。この間、如何に「人間」について、「人生」について勉強しようと、頭では理解していながら、深層にある考え方はなかなか変わることがない。

 私はそういう意味では「人間」について、「人生」について勉強している方だと自認している。時代別の社会の考え方の変遷についてもわかっている方だと思うが、私は「昭和の古い人間」というカテゴリーから抜けきれない。私は考え方の深層に「昭和」を引きずって生きている。

 私は、世代間の格差がなくなることは絶対にあり得ないことだ、だからGGはあって当然のもの、と考えている。GGの解消は、極言すれば古い人間に引退してもらうか、消滅してもらうしかないが、そんなことは望みようがない。

 世代間に見られるGGは、世代間の対話の減少、世代間の交流減少が原因しているように思われる。若者は若者の社会で生き、高齢者も高齢者だけの社会で生きていて、その間のコミュニケーションが大きく欠けているような気がする。

 日本は少子高齢化、人口減のためにGGが拡大していくであろう。これは互いに不幸なことである。
 だから、GGを埋める手立てを考えなければならないと思う。


4/5(火)快晴 中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:10起床、新聞・文献・本読み他、蓄積データ整理、徒然。5:30可燃ゴミ提出。6:40バス飯川病院。8:45-14:00外来。混雑なし、されど書類等あり疲弊。14:15飯川病院、微睡など。ボランティア。やはり火曜日は疲弊する。19:30帰宅、夕食、21:00就眠。歩行計7026歩。現在の歩数計、使用開始後8.9年、3.287日で3.000万歩、2.4000Kmに達した。

こころと身体2022(27) 歩数計積算データを眺める 運動不足解消に生かす

 2013年4月に私はクロスバイクによる通勤を諦め、徒歩通勤を開始した。条件によってはバスも利用している。
 その時に購入したのが歩数計「新・平成の伊能忠敬」である。伊能忠敬が日本地図を作るために海岸沿いに歩いた足跡を、日本一周約18.000Kmをゲーム感覚で地図を作りながら進んでいくというもの。

 現在、日本二周目の途上にあって東京から北上、北海道は後1.000Kmを残すだけとなっている。
 
 歩数計、「新・平成の伊能忠敬」は2022年4月時点で以下のデータを示した。
---------------------------------------------------------------------------
 ■使用開始後、3.287日目(8.9年)
 ■Σ歩数3.000万歩(平均9.128歩/日)
 ■歩行距離2.4000Km(平均7.3Km/日)
---------------------------------------------------------------------------

 2020年4月14日、沖縄を含む日本一周を達成した。
 その時のデータは、■2.565日(7.03年)目、■総歩数Σ2.411万歩 (平均9.399歩/日)、■歩行距離Σ19.292Km(平均7.52Km/日)であった。

 この歩数計は到達目標がとても遠い。時間もかかる。実際、購入した方々の何%ほどが達成するのか??と思う。購入者の1割にも満たないのではないか??
 私は当時この歩数計を気に入り5ヶ購入し、家内や子供たちに配った。しかし、1年経った頃聞いてみたら利用し続けていたのは私だけだった。

 まあ、そんなものだろうと思ったが、私が9年近くも使い続けてきた背景を考えてみた。
――――――――――――――――――――――――――-
 ■ 「継続は力なり・・」という意識、持論があった。
 ■ 最大の理由は死ななかった、あるいは大きく健康を害さなかった。
 ■ 紛失せず、決定的な故障なし。
 ■この8年間、毎日 2:00amに歩行数を確認しブログに記録し続けた。
 ■ 歩数からその日の運動量を推定、翌日の生活に役立てた・・・などなど。
――――――――――――――――――――――――――-

 連日の歩数は、日当直の日は病院の部屋にこもるから3.000歩程度、雨天などは通勤はバスを利用、座学中心で座りっぱなしなので6-7.000歩、雪が消えた3月以降は外仕事と歩行で10.000-15.000歩程度となっている。

 いつまで積算できるのか、楽しみである。


4/4(月)晴れ 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:00起床。いつものごとく。6:48バス飯川病院着.9:00-11:00健康クリニックドック10名。結果判定なし、飯川病院に移動。歩行ドンキホーテ往復、本3冊購入。微睡、本読みなど。14:00-18:45飯川病院勤務、入院患者対応、花壇に花植え付け、今季初散水。19:30帰宅・夕食、21:00就眠。歩行計12250歩。

JR東日本「泉外旭川駅」オープンから一年 乗客数は予想の1/2程度とまずまず
 JR秋田奥羽線の新駅「泉外旭川駅」は、2021年3月13日に開業し、1周年を迎えた。
 泉外旭川駅は県内で20年ぶりに開業した駅で無人駅。隣の秋田駅、土崎駅までの所要時間はそれぞれ4分程度。1日に奥羽、男鹿線計76本が停車する。

 秋田-土崎間7.1Kmは東北6県の県庁所在地の中で、中心駅との駅間距離が最も長く、沿線側の住民や施設にとって鉄道利用ができない地域となっていた。
 新駅は泉、外旭川地区とも住宅地のど真ん中に位置する。その意味ではいい場所を選んだ、と思う。

 秋田市は鉄道とバスの連携強化を図る方針で泉外旭川駅は泉側と外旭川側にそれぞれバス停を設置した。
 市は21年度から5カ年計画の「公共交通政策ビジョン」を策定中。路線バスの運行頻度を適正化し、タクシーも含めた公共交通網の整備を行い、利用者数アップの仕組みを検討している。

 高齢化の一層の進展を見据え、車依存からの脱却を図る意味でも新駅は周辺住民の悲願だつた。 
 市の試算、その根拠になった調査、データなど私にはわからないが、1日当たりの乗客数は2.118人と試算。開業から50年間の経済効果が48.3億円。総事業費は20.5億円。地元要望設置駅のため事業費は全額市の負担となった。

 2月に市が行った調査によると、利用者は平日が平均1.124人、休日が510人と当初の想定を大きく下回っている。秋田の地方紙である魁新聞は利用者が当初見込みの1/2以下という現状を厳しく論じている。しかし、そうだろうか?

 市は、長年にわたって日常の移動に車やバスを使ってきた地域住民が列車を利用するようになるには一定の時間がかかると説明している。さらに、COVID-19の影響で、イベントや会食の機会が減ったことなども伸び悩みに影響したとしている。

 私は、乗降者数が当初予想の半数ほどに止まっている現実はほぼ妥当、と評価している。今まで鉄道がない状況でも、それなりの方法で移動していた住民が駅ができたからといって直ちに列車に切り替えられるものではない。私も移動の手段が増えたことを喜んでいるが、まだ一度も利用していない。

 それと、足腰が弱った高齢者にとっては、例えば自宅から駅までの数100mの移動、駅構内の移動も結構辛いという現実もある。現に、通勤時間帯と休日に利用状況を見学に行って見たが、高齢者はほとんどいなかった。一方、通勤時間帯は別とすれば、路線バスの乗客はほとんどが高齢者である。

 まちづくり構想に新駅をどう関連づけていくかは大事である。
 市はこれまでバス利便性を高めるために一回乗車あたり100円の高齢者パスも発行し喜ばれてきた。その成果も出ている。
 住民は利便性の向上を評価している。駅開設の結果を数字の上だけで評価してはいけない。普及には時間がかかるのだ。


4/3(日)快晴 故三浦亮元教授お別れ会
 1:45起床飯川病院で起床。データ整理 9:00-10:00歩行帰宅、秋田工業高校まで迎え依頼。コナカ、ハッピーにてスラックス、ポットの花、肥料、除草剤購入。NHKのど自慢楽しむ。13:00-14:00微睡。以降外仕事、主としてバラ対策。故三浦亮元教授お別れ会は欠席。書斎にこもり整頓と音楽関係録画視聴、19:00家内帰宅夕食。21:00就寝。歩行計13255歩。

こころと身体2022(26) 私は何者か?(4) 列車を乗り越したが、最高に運がよかった
 3月16日(水)深夜に起きた地震により東北新幹線は不通となった。秋田新幹線はその影響で運行本数を減らして秋田・盛岡で運行となった。私は週一回金曜日に大曲出張で往復秋田新幹線を利用しているが、運が悪いことに私が利用する便は往復とも間引かれてしまった。
 そのために3月18日(金)以降、奥羽本線の普通列車を利用している。出発時間は新幹線とほぼ同じ、乗車時間は10数分ほど長い60分ほどである。
 4月1日(金)朝、途中までiPadで読書していたが大曲駅近くで睡魔に襲われ眠ったらしい。車内放送で「次は後3年駅・・・」と言っており驚いた。乗り越しである。大曲を過ぎていた。とりあえず次の「後3年駅」で降り対策を考えることにした。
 しかし、奥羽分線は上り下りとも1-2時間に1本ほどしかないから列車で戻るには無理があるだろう、タクシーで大曲に戻るしかないが、田舎の駅でありタクシーも横手市から呼ぶことになるだろうから時間がかかるだろう、と考えていた。
 結局、今日は診療応援にはならないかもと半ば諦めているうちに「後3年駅」に着き降車した。なんと!!! 向かい側のホームに向かって逆方向の普通列車が静かに近づいてくるではないか!!!
 ・・・・・と言うことで、大曲中通病院には予定時間から40分ほど遅れただけで到着し業務に大きな傷を負わせないで済んだ。大曲に戻るチケット代金は無料であった。
 今回の乗り越しは、逆方向の列車と同じ時間に停車するという偶然の機会に助けられた。まるで松本清張の列車トリックを用いた作品「点と線」の如くだ、と思いながら病院に向かった。

 これまで私の乗り越しは何度かある。何も睡魔に負けた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
能代の病院の診療応援の際、睡魔に襲われ急行列車で乗り越し、二ツ井駅で降車した。この時は約2時間遅れて病院に着いた。外来診療には間に合わず、病棟回診だけで済ませた。
仙台の会議に向かった際、睡魔に襲われ新幹線で乗り越し、大宮駅で降車した。急いで戻ろうとしたが、下りの東北・秋田新幹線は満席での席が取れず仙台に戻ったのが4時間後。当然会議には間に合わず、そのまま秋田まで帰った。
その他若干
―――――――――――――――――――――――――――――――
■宮城・福島県沖の地震について
 3月16日23時34分頃、宮城県や福島県で震度6強を観測する地震があった。同36分頃にも、震度6強が観測された。気象庁によると地震の震源は福島県沖、震源の深さは約60キロ、M=7.3と推定され、最大1mほどの津波注意報を発表した。
 震度5強は岩手県、山形県。
 震度5弱は、青森、岩手、秋田、山形、福島、茨城、栃木、新潟各県で観測された。
 震度4は東京都内でも観測されている。

 東北新幹線では営業運行中の車両が白石蔵王駅近くで脱線、東北自動車道で路面に亀裂が入るなど大きな被害が発生。大規模停電や断水も相次いだ。
 新幹線は17両のうち16両が脱線しており、さらに線路や高架橋に1000箇所ほどの損傷が見られ、復旧は4月中旬の予定という。

 上記の事故で東北新幹線は不通となり、秋田新幹線は運行本数を減らし盛岡・秋田間の運行となった。

 東北新幹線事故は人身事故にならなかったのは幸運であった。

 私は自分が何ともできない巨大システムに身を委ねるのを恐ろしいと思っている不安症である。例えば、東京都庁、航空機、新幹線、地下鉄、青函トンネルなど。現実には利用しないで過ごせないから利用はするがその度に内心穏やかではない。困った性格である。


4/2(土)快晴 飯川病院午後日直・当直 外来レセプト点検  
1:30起床。本読み、データ整理、飯川病院日直、8:30回診に行くと言う家内に同乗、飯川病院、日直・当直に就く。土曜日当直は1本日から終日となる。微睡、新聞チェック、12:00検食、読書、14:00-15:30外来レセプト点検、以降は読書三昧。18:00検食、20:30就眠。歩行計3448歩。

こころと身体2022(25) 私は何者か?(4) 電子化データに集中する変人か??
 私は自分に課した日課、作業を机に向かってコツコツ進めるのが好きである。

 早朝1:00-2:00から1日がスタート、19:00の夕食までの間、診療、読書、園芸とかの外の仕事以外はほとんどパソコンに向かってデータ入力と分類に割いている。そう言っても、体力不足で午後に1時間ほどの微睡を取り、さらに天候時間を見ては歩行訓練と称して散歩に出、外の作業をこなす。

 現在、収集しているデータ、作業は主に以下のごとく。
―――――――――――――――――――――――――――――――-
(1)連日の作業 蓄積、処理
 ■ 新聞、学術、専門誌等などの有用記事の切り抜きと電子化。
 ■ 上記の分類作業。 
 ■ 日常生活の記録。
 ■ 運動量のチェックのために歩数確認。
 ■ 福田の雑記帳記述とブログにアップ。
 ■ NHKラジオ深夜便録音連日3時間分と聴取。
 ■ NHKラジオ聴き逃しサービスから「歌謡曲」、「宗教の時間」、「浪曲、落語、各種古典演芸その他」の聴取と録音。
 ■ 上記作業のデータ確認と分類。データはiPadで読み、ヘッドフォンで聴く。

(2)週数回程度
 ■ 雑誌、書籍の購入、裁断と電子化(自炊)作業
 ■ 音楽関係の放送を録画蓄積、その視聴と分類。
―――――――――――――――――――――――――――――――-

 私は幼少の頃からガラクタ収集癖をがあった。ガレージの2Fは所狭しとなっていたが、終活のために大量処分ガラガラ状態にまでなった。今は書籍、文章類、音楽関係の電子化データの蓄積と処理とその利用に集中している。

 電子化データは脳機能の低下のためである。私は記憶として残すのを諦めた。文章や画像、録画データ等の情報を電子化しハードディスクに収める。だから基本的に忘却はない。

 (1)はデータとして毎日50項目くらいずつ増えていく。新聞は3紙に目を通し、専門誌は今は3冊くらい。書籍購入は週5冊程度か。

 重要な記事、興味ある記事を裁断し、スキャナーで電子化する。処理後の新聞書籍はすべて資源ごみとして再利用のコースに乗せて廃棄する。
 情報収拾、それらの確認作業には時間がかかる。辛い作業であるが、私の知識欲も満足させてくれるから、大きな喜びにつながっている。

 私が生きている世界はとても狭い。世間知らずである。
 一方、興味を持っている世界は広い、だから、連日の新聞をチェックする作業は知らなかった世界を、知らなかった人物を知るのに有用で、とても楽しい時間である。

 時には「私の人生はなんなんだ!!! もっと有意義は時間の過ごし方があるのではないか・・?」と時に思う、が思い当たらない。

 何かを選択することは何かを失うことでもある。
 毎日を平穏に、時には疑問を抱きながらも、ほぼ満足しながら過ごしている私にとっては、今更何か新しいことに踏み出すというよりは、淡々と継続しながら過ごすこと、と納得するしかない。

 私が存在したことは、家族以外にとってはもう価値はなかろう。引きこもりの成果である。
 私が蓄積した情報やデータ、作ったデータは、私以外には不要だろう。その機会を迎えたら自分で消去し、スッキリ旅立ちたい。骨も残す必要も感じないが、家族たちはどう判断してくれるか。それが心残りになるのかも。


4/1(金)快晴 大曲中通病院 飯川病院ボランティア 
 1:30起床、データ整理、文献読みなどいつものごとく。徒然、5:30可燃ごみ提出、7:35Taxi駅に、8:06奥羽線、乗り越し、運良く帰りの汽車に乗れた。9:50大曲中通病院、徒歩不可。15:30飯川病院ボランティア。19:15帰宅、夕食。20:30就眠。歩行Σ6738歩。

新年度(2022)スタート  今年度就労予定とコメント 
 本日は新年度スタート日。
 本日から私の就業契約も改訂になった。昨年度とほとんど同じ。
 今年は明和会からは継続の声がかからないかも、と思っていたが、新院長より健康である限り嘱託医師として複数年お願いする、との伝言があった。また、飯川病院の応援医、ボランティア医としても働くことになった。有難いことだが、健康上の懸案がありいつまで続くかは不明。

 以下が今年度予定されている勤務スケジュールである。全体的に業務上軽減されているが、終日フリー日は無くなった。飯川病院の土曜日午前外来が大学の都合にて終了になったため土曜午前も当直医の領域になった。そのために私がかなり担当することになるだろう。
 
今年度の就労予定
――――――――――――――ーーーーーーーーーー――――――――――
午前 午後
 月曜 健康クリニックドック診察、結果説明       飯川病院勤務。
 火曜 中通総合病院外来。               飯川病院ボランティア。
 水曜 (飯川病院ボランティア)             飯川病院勤務
 木曜 (飯川病院ボランティア)             飯川病院勤務。
 金曜 大曲中通病院                  大曲中通病院

土・日曜日・祭日            月2-4回飯川病院日直または当直
 平日                 月1-3回飯川病院当直
――――――――――――――ーーーーーーーーー――――――――――

 上記の勤務時間以外は、適宜読書などで過ごしている。
 飯川病院ボランティアの時間帯には木々や花のケア、散水なども含まれる。

 せっかく時間に余裕ができたのに、最近は体力・気力の低下が著しい。
 自覚的には心肺機能、四肢体幹機能の低下も自覚する。

 日々、時間を無為に過ごすことはまだないが、複数回微睡をとることが多くなった。寝過ぎ??
 その日充実感に乏しかったとしてももう気にしないようにしている。
 「無の境地」に至る過程??  イヤイヤ、「ボケ老人の境地」への進行過程と思う。まあ、どちらでもいい。自然に任せる。

 こう考えてから心身ともにとても楽になった。惰眠も楽しんでいる。
 余生である。余生とはいつ途切れてもいい状態。旅立つ準備は必要。「明日も、明後日も生きる・・・」、と考えるから窮屈となる。
 
 新年度初日、こんな私にとっても新しい気分でのスタートになるから節目というものはいいものだ。


 3/31(木) 曇り晴れ 飯川病院 
1:30起床。文献検索、徒然ほか。データ整理。午前はボタンダリア椿などの観察。隣家への土の流れをためる為にブロック敷く。ダリア球根仮植えのための場所の準備開始。二人分のマイナンバーカード発行手続き。10:50バス、通町から徒歩、半田葬儀店経由で病院まで歩く、疲れた。12:00飯川病院に。14:00勤務、19:30帰宅。夕食、21:00就眠。歩数計12270歩。昨年iPad mini5落札。

こころと身体2022(24) 私は何者か?(3) この雑記帳は何者か?(2) 
(4) 事実のみを記述する
 私はエッセイというものは、事実を書かなくてはいけないと思っている。そういう決まりがあるのかどうか知らないし、それを破っても罰せられるわけではないと思うが、私はそういう原則を立てている。


 なぜ事実を書かなくてはいけないと思うのか、自分でもはっきりしないが、たぶん私が真理を追究する医療分野の、かつては研究者の一員だったからかもしれない。

 気が小さいものだから、子供の頃から日常的に嘘をついて辻褄を合わせるのはしょっちゅうであった。嘘が分かった時には祖父から激しく叱責された。幼少の折、抜き身の日本刀を片手に追い回され、本当に死の恐怖も味わった。だから時代劇は大嫌いである。また、ある時は昼でも真っ暗な食糧庫に丸一日閉じ込められたことがあったが、この時は腹いせにどうにでもなれの心境で米櫃の米を全部床に撒きちらした。呆れられたのか、二次叱責はなかった。

 気が小さいものだから、今でも生活上ではちょっとした嘘をつく傾向は残っている。ただ、文章上では嘘がつけない体質になっている。

 とにかく、変化のない生活、文章力不足に加えて、嘘をつかないという自己規制をもっているために、わたしはブログを書くときに常に苦境に立たされている。書く材料が乏しい上に、一のものを十に引き延ばす文章力、ノンフィクション的
創作力もない。私は映画やTVでもドラマはまず見ない。まだるっこしくて見ておれない。1時間番組を私に削らせたら多くの作品は10分程度に短縮されるだろう。
 
 フィクションを入れてもいいのなら、たとえば飼いネコが誘拐され、身代金を100万円払って取り戻した、とか、ノーベル賞授与の打診があったが明らかに人違いと分かったので葛藤はあったが辞退したと言う話とか、話題は永遠に尽きないだろう。この分野でほぼ自由に話題を発展させられる小説家を羨むばかりである。

(5) 味つけが難しい
 日々の出来事一部を淡々と記述する小学低学年頃の絵日記の様な記述だけではブログには不十分である。なぜなら、私の平凡な毎日に興味をもつ人は、家族も含めてだれもいない。そこで必要になるのがちょっとした味つけである。これが大袈裟になると嘘が入ってくるから難しい。
 だから、私のブログは、最も読んでほしいと思う家内からはほとんど無視されている。

 私のブログの表題を「今日の医療のあり方」とつけた以上責任がある。文章の端々に医学的的感想をちりばめたいのだが、医師といえどもこれも難しい。現代医療に通用する様な感想など、もはや書けない。

 この雑記帳は何者か?は、以上のように幾多の困難を乗り越えながら連日綴られている。名文でもなく、洞察もなく、魅力も乏しく、役にも立たないかもしれない。
 「自分のために書いている」、「継続は力なり」が、私の最後の逃げ口上である。

 今の時代、努力よりも結果で評価される。努力が評価される社会を実現することができるかどうか、は地道な、目立たない、この様な記述が支えている。


3/30(水) 曇り晴れ 飯川病院 COVID-19ワクチン担当
1:30起床。文献検索、徒然ほか。午前はボタンダリア椿などの観察。隣家への土の流れをためる為にブロック敷く。ダリア球根仮植えのための場所の準備開始。二人分のマイナンバーカード発行手続き。10:50バス、通町から徒歩、半田葬儀店経由で病院まで歩く、疲れた。12:00飯川病院に。14:00勤務、19:30帰宅。夕食、21:00就眠。歩数計12270歩。昨年iPad mini5落札。

こころと身体2022(23) 私は何者か?(2) この雑記帳は何者か? 乏しい文章力

(2)恵まれている生活環境
 多くの役職をこなしていた時と異なり、今は職場でも家庭でも人間関係を維持するのにストレスはほとんどない。その理由は、法人の職場では3ヶ所で診療しているが20名ほどの限定された少数のスタッフに囲まれているだけ。飯川病院では日常の業務上ではあまり当てにされていない軽い業務による。休日の当直要員、ピロティの花壇の作業員としては重宝されている、と思う。
 現役引退後にこんな恵まれた環境を提供されるとは思ってもいなかった。飯川病院の院長は家内であり、医師としての私の評価は低いからあまり仕事を与えてくれない。だから楽。

 私の私的な生活環境は4人の共同生活と言っていい。穏やかな環境である。ただ、対話は少ない。4人揃うのは夕食時の1時間ほどだけ。3人はTVを見ながら盛り上がっているが私はネコの歓迎を受ける。ネコとの会話の方が多いかも。
 私は生活時間をずらして誰もいない深夜早朝を中心に活動する。自室もあるが週末だけ籠る。居間で食卓脇のパソコンの前で過ごす。

(3) 文章力が乏しいが、パソコンの漢字変換機能で助けられている
 駄文はパソコンで書いている。と言うと、キーボードを叩き続けているというイメージかもしれないが、私の入力の速度は遅く、ブラインドタッチは不確実で誤入力の修正に時間が取られる。だから、キーボードに向かっていても実際にはほとんどが混迷と修正の時間だ。

 これだけ長時間無駄な労力を使っているのだが、自分で楽しい人生だと言えるのが不思議である。私はもともと自分の考えを文章にするのが好きだからであろう。

 私には文章力がない。文章力がないから、才能のある人が書いているような何気ない文章を書くにも、大きい労力が必要である。尤も、その方々も実際には呻吟しているのかもしれないが・・・。

 日本語は難しい。読みやすいが、書きにくい。その原因は漢字にある。かつて自筆で書いていた時代、長文の論文が完成間近で推敲中に加筆したくなり、最初から書き直すこともしばしであった。これは時間的に見て辛い作業であった。

 1980年末に日本語ワープロを購入した。ひらがなを打つと漢字に変換してくれる、途中に文字を追加できる、まとまった段落をそっくり他の場所に移せる、きれいな字で印刷できる、データとして保存できる・・・、今からみれば機能的にチャチなものであったが、私の文章作成環境はこれ以降一変した。

 自作の文章は電子的に保存している。現在、膨大な量の文章が蓄積されている。新しく文章を書く際には、それらから類似した内容の文章を検索で呼び出して、参照したり、上書きしたりしている。

 1993年、パソコンに乗り換え今に至っている。
 キーボードを介して文章を作って30年以上になる。私はあまり疑問を持たずにその機能を思いっきり享受してきた。

 しかし、最近になって、私はキーボードとパソコンの力を借りて「文章を作っている」のであって、「文章を書いていると言えないのではないか??」という疑問と違和感を持つようになってきた。すなわち、「自分の文章でありながら、自分の文章でない様な、妙な不安感」である。
 その原因の一つはあまりにも便利になった漢字変換機能に拠っているような気がする。

 変換前の文章は自身で考え入力するにしても、変換キーを押した瞬間に期待した漢字に変換されるほか、内蔵の辞典・事典が自動的に語彙までも提示される。

 私が筆記用具で文章を書けば漢字の少ないもっと貧相な文章になるだろう。だから、マックでの文章は「書いた文章」とはかけ離れた、パソコンの力を借りて「作った文章」である。
 だから恥ずかしいのだが今更元には戻せない。


3/29(火)曇り 中通病院内科外来 飯川病院
1:30起床。新聞チェック、本読み、徒然他。5:00可燃ゴミ提出。6:40バス飯川病院。8:40-13:00中通病院内科外来、比較的余裕。13:30飯川病院勤務。微睡、データ入力、読書、Web学習会。19:45帰宅、夕食。21:00就寝。Σ7585歩。2月の検診結果が戻ってきたが、クレアチニンやや高値、潜血陽性、心電図異常などあり検討用す。

こころと身体2022(22) 私は何者か?(1) この雑記帳は何ものか?
 最近、「こころと身体」なんて表題をつけたものだから次第にプレッシャーになってきている。ちょっと閑話休題的に自分というものを見直してみたい。そんな気になった。
 本稿は自分自身のために書いているエッセイである。自身のためと言いながら、ネット上に載せてあるので、読まれることも意識している、というのが本音である。私はアクセス数の見方もわからないのでどれだけの方に読まれているのか実態はよくわからない。読まれていないブログの代表の一つだろうし、それでも20年続けてきた馬鹿な人間の一人だろう。

 実際の内容は、日々の出来事をつづった「徒然日記」の部分と、1000字ほどのエッセイ「福田の雑記帳」で構成されている。
 日々の出来事をつづるのは簡単に見えるのだが、私の場合、人一倍あるいは人の数倍(??)苦労を要する部分である。

 その理由を以下に述べてみる。もし、本稿が目に触れることがあったら、私の苦境の一部を理解していただければ幸いである。

(1) 生活に変化がない
 私は机に向かって座学するのが好き。雨の休日などでは、長時間座り続けて尻に褥瘡ができるのではないかと心配する。パソコンに向かって駄文を綴り、iPadで本を読むことが基本である。そうそう、飼いネコに世話してもらう時間も必要である。他には、外仕事の大部分を担っているし、春から秋にかけては家内から強制されて嫌々始めた園芸や畑仕事もすっかり私の仕事になってしまった。

 医師としての仕事は病院と家の往復で、仕事内容は軽くなったし、変化に乏しい。
 だから、私の生活は記述すべき様な「出来事」と呼べるようなものはめったに起こらない。
 私は、時間があっても旅行するわけでもなく、空腹でも外食するわけでもなく、人に会うわけでもなく、家で食べるものだって注文を出さず用意されたものと淡々と味わって食べるだけ。

 変化があっても、せいぜい滑って転んだとか、程度で書きとめるほどの出来事が起こらないからだ。勿論、大金を拾ったこともない。

 これまで根気がないのに、書きとめるほどの出来事が起こらなかったのに「徒然日記」部分を続けてこれたのは記憶力の減退が著しいためで、脳に頼らずパソコンの記憶装置に依頼しているからである。

 もちろんエッセイのネタになるようなこと身近に起る訳でないから、私にとって「福田の雑記帳」部分を続けるには不利である。だから毎回、一番苦労するのは、何を書くかを考える部分だ。何を書くかが決まれば、九割方は目標に近づいたようなものだ。その後、乏しい文才のもとで、切り立った崖を登るような苦労をしてやっと出来上がる。

 止めたい願望はないわではないが、やめるのは自分を失うようで怖い。


3/28(月)晴れ 飯川病院
 1:30飯川病院起床。本読み、徒然他。9:00健康クリニック、11:40飯川病院。データ入力微睡。14:00勤務、入院患者対応。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。Σ5200歩。

季節の話題2022(5) 秋田にも春がきた
 昨年12月下旬、突然のドカ雪から私の冬が始まった。12月26日今季の初除雪を行ったのでこの日が私にとって冬の始まりであった。

 今季の園芸、畑などの作業は遅れ加減であった。
 ボタン鉢の越冬準備やダリアの球根堀りは何とか積雪前に間に合わせたが、最後まで残してあったネギは採取する前に雪に埋まってしまった。

 今期の最後の除雪は2月18日14回目で終了となった。したがって2月中旬が私にとっては春の訪れになった。そうは言っても2月中は積雪の名残で交通など、歩行などは結構苦労した。

 3月を迎えても気温は低くなかなか雪が解けない。庭や畑にはまだ雪が残っていた。こんなことは珍しい、
 3月半ば過ぎに庭や畑の雪も消失したので徐々に外仕事を始めた。
 最初の仕事はネギのを掘り起こから始めた。そのつもりはなかったが、12月に掘り起こす前にドカ雪が振りそのまま根雪になったため、今年のネギは雪中保存ネギになってしまった。かなり変質しているものと思っていたが、雪の重みで変形はしていたが結構まともに保存されていた。
 早速その晩、鍋料理でネギを味わった。予想通り秋のネギよりは甘みを強く感じた。今は農家の方々も野菜の雪中保存を試み、それが市場にも出回ることもある。結構評判がいい様である。

 越冬する植物は厳しい低温に耐えるために自らの体に糖分を増やして凍結から身を守る。自然へのすごい適応能力だと感心する。人間も血糖を上げている方が全人口の1/6にあたる2000万人もいるという。ただ、これは寒冷対策ではない。糖尿病の方はむしろ寒がりである。

 庭を見回ると植物たちが春を迎える準備を着々としている。それが見えるから嬉しい。
 椿はもう花をつけている。モクレン、ボタンの花芽は徐々に大きくなっている。冷暗所に保存してあったダリアの球根にも発芽が見られる。



 咲いた花を見るのも嬉しいが、春を迎える植物たちが寒さに耐え、春を迎えたる変化を見るのも嬉しいことである。
 今春はどんな春になる?? 楽しみである。


3/27(日)晴れ、 飯川病院日当直
 1:30起床。新聞チェック、本読み、他。8:30Taxi飯川病院へ、家内が睡魔で送れないため。午前はデータ整理、入れ替え。電子化。新聞チェック、微睡、読書。12:00、18:00検食。20:30就寝。Σ5578歩。平穏運動不足の1日。

ウクライナ情勢(10) プーチン氏を裁くことができるICCと言う機構がある
 ロシアによるウクライナへの侵路は、民間人や軍事目標以外の病院、学校、原発などを攻撃しており、戦争犯罪に当たる可能性が高い。更に、プーチン大統領が軍の行為を知りながら防止措置をとらなかったと認定されれば、戦争犯罪人として罪に問われる可能性があると国際法の専門家は指摘する。

 1990年代に旧ユーゴスラビアで起きた戦争犯罪や集団殺害では国連安全保障理事会が国際刑事法廷を設け、関係者を処罰した。

 しかし、ロシアは国連安全保障理事会の理事国で拒否権があり、ウクライナをめぐって国際刑事法廷を設けるのは事実上不可能である。


■ロシアの国際法違反が疑われる行為は以下のごとく。
(浅田正彦・同志社大教授(国際法) )

―――――――――――――――――――――――――――――
@ウクライナへの侵攻
自衛権行使の場合などを除き、武力行使を禁じた国連憲章に違反

A非戦闘員への攻撃
武力紛争での文民保護などを定めたジュネーブ諸条約の追加議定書に違反

B学校への攻撃
軍事目的に使われている証拠がない限り、攻撃してはならないとした追加議定
書に違反

C病院への攻撃
「攻撃の対象としてはならない」と明記した追加議定書に違反

D核施設への攻撃
攻撃が住民に重大な損失をもたらすなどの場合は追加議定書に違反

E命中精度の低い無誘導爆弾などの使用
非戦闘員が巻き添えになる危険があり、使用の仕方によっては追加議定書が禁じ
る無差別攻撃とみなされる可能性

F制圧地域の市長を拘束
占領下などの場合に人質を取る行為を禁じたジュネーブ諸条約の第4条約や追加議定書に違反
――――――――――――――――――――――――――――-

 これほどの愚行が指摘されているが、ならば、誰が、何が、プーチンを、ロシアを裁断できるのか??
 そこで登場するのがオランダ・ハーグにある国際刑事裁判所(ICC) である。

 ICCは2002年に発効したICCローマ規程によって設立され、締約国数は120以上にのぼる。ICCにはロシアもウクライナも加わっていないが、いずれも締約国でない場合でも、事件の発生地の国か、容疑者の国籍がある国のどちらかがICCの管轄権を認める宣言をすれば事件を扱える規定になっていて、個人の戦争犯罪などを検察官が訴追し、審理を経て処罰する。

 ウクライナは南部のクリミア半島を一方的にロシアに併合された後の2015年、人道犯罪と戦争犯罪についてICCの管轄権を受け入れると宣言をしている。ウクライナが受け入れる宣言をしているので、ICCが取り扱えることになる。

 ICCの検察官は3月2日、戦争犯罪などの容疑で捜査を始めたと発表した。
 (本稿は3月24日付朝日新聞の記述を参考にした)

 国連の安保理の機能が大国の拒否権で機能しないのであれば、是非ICCの機構で裁断してほしいものである。


3/26(土)午前曇り午後降雨、やや寒い
 1:50起床。新聞、自炊文献関連整理他。午前午後とも座学。データ整理、紙系廃棄物質まとめ。微睡などで過ごす。19:00夕食。ネコたちと交流、20:30就寝。徒歩Σ5578歩。

ウクライナ情勢(10) 嘘で固められて始まった侵攻
 ロシアがウクライナに侵攻してから3/26で一月。プーチン政権は侵攻を正当化する主張を繰り返すが、多くはその根幹が揺らぎ、明らかな偽情報をも含む。その主張を検証すると、プーチン体制存続のため偽情報の発信を続けざるを得ない事情が浮かぶ。

 新聞紙上からロシアの主張とそれに対する反論を集めてみた。
----------------------------------------------------------
●「数万人の人々に対して行われたジェノサイドを止めなければならない」。
 プーチン大統領は、2月2日、軍事力行使の一理由をこう説明した。
 ロシアは、ウクライナ軍と親口シア派武装勢力戦闘していた東部ドンバスでロシア系住民が大勢虐殺されていると主張。
 しかし、現地で停戦を監視する欧州安保協力機構(OSCE)はそのような事実があったとは一度も認定していない。

●ロシア系住民を保護するための軍事作戦である。
 ウクライナがロシア語を話す住民を迫害した事実や国際機関の指摘ない。

●プーチン氏は、ウクライナが「核兵器の保有を求めている」と主張、核の脅威に対処する必要があると侵攻の正当化も試みた。
 ウクライナは旧ソ連崩壊後、大量の核弾頭が残されていたウクライナは、ロシアや米、英による安全保障の約束と引き換えに核を放棄する「ブダペスト覚書」を交わした。さらに、原子力機関 (IAEA)は「ウクライナの核不拡散義務の順守を疑わせるような情報は一何もないと否定した。

●ロシアは軍事施設しか攻撃していない。
 住宅や幼稚園に砲撃、子どもを含む民間人の死傷者多数。

●ロシアはウクライナに侵攻する意図はないと発表したが、直後に複数の都市を攻撃。

●ラブロフ外相は3月10日、「他国を攻撃するつもりはない。ウクライナも攻撃していない」と言い切った。前日にはウクライナ南東部マリウポリの産科小児科病院が爆撃を受けた。ラブロフ氏は「病院から妊婦や看護師らは迫い出され、軍の拠点になっていた」と強弁した。
 妊婦や子どもの死が確認されている。

●国連安全保障理事会緊急会合では、国連大使が「ウクライナには少なくとも30の研究所があり、米国の支援で同国が生物兵器を開発していると主張した。
 ウクライナに米国が支援する公衆衛生に関する研究所があるが、国連軍縮担当事務次長は「国連はいかなる生物兵器の計画も把握していない、と一刀両断した。

●ウクライナ軍が東部住民の攻撃を計画。
 ウクライナ軍は防衛目的で展開、東部の親ロシア派が「攻撃が迫っている」と避難を呼びかけた動画は発表2日前に作成。

●欧米が紛争をけしかけている。
 欧米各国は外交解決を訴え続けてきたが、侵攻後は武器供与に方針転換した。

●NATOが東に拡大しないとの口約束を破り、ロシアの脅威になった。
 そのような事実はない。
----------------------------------------------------------

 このような事実にない虚偽をあげ、無理やり侵攻した以上、これらをロシア側が認めなければ停戦などはあり得ない。

 イラクが大量破壊兵器を有しているとしてイラク侵攻を行った米国は虚偽をなかなか認めなかった。ロシアの主張は荒唐無稽に見えるだけに虚偽を認めるとは思い難い。かえって難しい。


3/25(金)曇り快晴 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:50起床。文献関連整理他、5:30可燃ゴミ提出。7:35Taxi駅。8;07奥羽線普通列車。帰りも同様。8:25大曲中通病院外来。15:30飯川病院ボランティア。新聞チェックほか。19:30帰宅。夕食、21:00就寝。徒歩Σ5815歩。

ウクライナ情勢(9) 国際機関の機能(1) 国連安保理理事会の現状、問題点
 ロシアによるウクライナへの侵路は、平和を保つための国際社会の機能が麻痺している現実を突きつけた。
 プーチンを非難する言葉は各所から聞かれる。彼は戦争犯罪人だ、とする意見もある。これらの声は価値があるが、どんな人が発したとしても、彼には考えを変えるだけのプレッシャーにはならないだろう。
 誰が、何が、彼を裁断できるのか??現在の国際機構の中にその力を持つものはない。
 本来なら国際機関がもっと力を持てばいいのだが、国際社会の監視機能、特に国連の安全保障理事会はひどい状態にある。
 安保理事会は「平和の番人」で、その為に一定の権限も与えられている。平和を脅かす国には制裁を決定し、国連メンバーはそれに従う義務がある。
 ロシアの侵攻で、安保理は2月9日に急遽会合を開いた。だが、制裁はおろか、非難決議すらも採択できなかった。それが実情である。

 国連の機能はスタート時点から異常であった。
 常任理事国の米英仏中口は決議への拒否権を持った。だから、大抵の議案は中国・ロシアの拒否権によって成立できないのが実情である。
 この体制は先の大戦直後の1945年10月、戦勝国の米英ソ(ロ)が主導し、中国とフランスも加えて立ち上げた機構。当時は、これら5カ国が世界秩序を支えることを想定していたが、その期待、前提は崩れた。

 仮に、プーチンと同様、中国が台湾に侵攻したとしても、中国の拒否権により、安保理は全く身動きできない恐れが強い。
 北朝鮮は2022年だけで10回以上、ミサイルを発射した。弾道ミサイルの発射は、国連決議への違反だ。だが、北朝鮮をかばう中口の抵抗により、安保理はこの2年、非難決議も採択できていない。国連決議違反だ、と騒ぐしかない。なんら北の蛮行を止める力にはなっていない。
 この状態は安保理体制が、最初から機能不全状態であったことを示している。
 では、どうすればいいのか。

(1)王道は理事会の改革。
 安保理の拒否権付与をやめるか、一定の制限をつけることである。それには国連憲章を変えることが必要であるが、それには総会で参加国の2/3の賛同と全常任理事国の賛成が必要である。要するに極めて困難、というか不可能に近い。

(2)常任理事国を増やす。
 理事会の中で拒否権を持たない国を増やし、拒否権の発動をし難くする方法。しかし、これにも憲章の変更が必要である。国連総会の場では常任理事国を増やす議論もあるという。2005年には日本がこの件についての提案国になった。
 ロシアの蛮行をもってしても国連安保理理事会の改革ができないとすれば、安保理が変わる機会は永遠に来ないだろう。

(3番外)国連機構以外の組織の活躍に期待
 今回のロシアの蛮行に関してはG7が積極的に動いている。今回の経済制裁はG7を中心に実施している。このようにG7が国連と並走して国連機能を補助的に高めればいい。そうは言ってもG7は決定的な力を持たない任意団体である。今回のウクライナ問題では結束も強かったが・・・。

3/24(木)快晴、 午後飯川病院 
 1:40起床。文献関連整理他。午前はフリー。コンポストの周辺地固め。その際ネコ砂の固着力を利用。11:00飯島古書店に。10冊ほど。12;30バス飯川病院、14:00-19:00勤務、入院患者対応。19:30帰宅、21:00就寝。徒歩Σ6750歩。

ウクライナ情勢(8) 侵攻の理由が分からないから落とし所がわからない
 COVID-19禍につづき、今度はロシアのウクライナ侵攻が勃発し、世界は武力衝突を伴う深刻な分断をも抱え込んだ。これに米中対立を加えるならば、世界の分断はさらに深くなる。 
 

 COVID-19禍は人間の過剰な過密状態、経済活動などに起因すると理解できた。米中対立も理解可能である。
 しかし、ウクライナ問題は何と考えても理解できない。プーチンの考えの背景が読めない。

 どちらにせよ新しい亀裂が誕生し、冷戦後約30年続いた平穏だった時代ははっきりと終わりを告げた。冷戦後の世界は、グローバル市場経済が主な目的であった。その意味で、政治や軍事はあくまでも前面に立つことは少なかった。

 その間、政治は静かに強権化する道具に変質する例が立つようになった。
 プーチン大統領のロシアはその一例である。そこでは富の極端な集中と腐敗の蔓延であった。

 最近、政治趨勢としてのポピュリズムは、西欧では反欧州連合に、米国では自国第一主という形で現れた。多くのポピュリストにとって、プーチン氏はその卓越した能力の故に象徴的存在であった。力を蓄えたプーチンは先進的民主政治が動揺しているのをまるで狙い澄ましたように、ウクライナに襲いかかった。

 プーチン氏によるウクライナ侵攻の理由がわからないから出口も見えない。特に、さらなる軍事的エスカレーションと核の問題の行方は不透明であるが、幾つかの点ははっきりしている。

●NATOとロシアとは直接戦闘状態ではないが、戦争状態に入りつつある??
●今度の侵攻には史上で最も厳しい経済制裁は既に発動された。
●殺傷能力の高い武器もウクライナに相次いで供与されている。
●中国の出方は今後の鍵を握る。
●ウクライナ侵攻の目的は、プーチン氏の「力による支配」の拡大以外の何物でもない。イデオロギー的視点に欠ける。
●厳しい経済制裁によって経済システムが変調し、ロシアの将来を自ら閉ざす選択になる可能性が高い。
●ウクライナ侵攻は未曽有の難民を生み出した。彼らに対し各国がそれなりの安在の地を提供できるのかが喫緊の課題である。
●経済制裁の結果が経済に跳ね返り、その後始末に奔走せざるを得ないことになるかもしれない。
●エネルギーの動向は世界的に潤沢では無いから要注意である。

3/23(水)快晴 飯川病院勤務  
 1:30起床。新聞、文献チェック、本読み中心に過ごす。読書、データ整理、午前コンポストを新たな場所に設置、使用開始。コンポスト5ヶのうち大型のを柿の木の下に移動した。石井さんの体力を考慮して。午後は微睡の後新聞チェック、書斎にて録音データ確認と整理。10:50バス途中まで、ひらのや書店経由、徒歩ドンキホーテ。6冊購入、バスで飯川病院、14:00勤務。読書。19;00帰宅夕食。20:30就寝。徒歩9140歩。

ウクライナ情勢(7) つい一月前までプーチンは脅しだけと思っていた
 つい先日まで、戦争を予見する人はほとんどいなかったのではないだろうか。
 この情報が飛び交う時代、戦争など起きない、それほど切迫した国際紛争など無いと、誰もが考えていた。

 新聞報道によると国境付近のウクライナ国民すらそう思って平穏な生活を送っていたという。村人の多くにとっても、自らの暮らしと戦争とは、結びついていないようだったと言う。
 当然である、戦争を起こすのはロシアであってウクライナではない。
 ウクライナ国民はウクライナ人としての誇りを持つ一方で、ロシア語を母語として話し、ロシアに親近感も抱いているように見えた。しかし、2014年にロシアがクリミア半島を占領し、両国関係が冷えていた。

 今のロシアは独裁国家に近い。ロシアのプーチン政権は今回、批判も制裁もお構いなしだ。
 今回のプーチンの行動は私にとって驚異的と言わねばならないほど驚異的であった。

 昨日と同じ明日が訪れることが当たり前と思って一日を生きる、それが名もなく、権力もなく、豊かでもない一般の、罪もない人々の気持ちである。これに、共感する思いが至らないようでは、戦争の拡大を阻止できない。踏みにじられた人々の思いを拾い上げ、伝えていく。私たちは、そのような気持ちを忘れないでサポートしていきたい。
 
 対ロシアの経済政策は全世界的に影響を及ぼす。その一翼を担っている我が国が受ける打撃は決して小さくない。対ロシア、対中国関係は一層悪くなるだろうが、我が国の国民はその覚悟が必要だ。しかし、それについて岸田首相の説明がないのが残念である。政府の決断はその度ごとに国民生活に影響する。決して国会内だけの議論だけでは済まないのだ。
 我が国は次の新状態に向けての準備、危機管理を怠ってはならない。

(資料)
================================================-
●ウクライナ問題理解のための資料 (ミリタリーバランス2022年版より)

    ロシア       ウクライナ
――――――――――――――――――――――――――――――――――-
兵力       290万人      109万6600人

現役兵       90万人      19万6600人
予備役       200万       90万人

攻撃機      1511機    98機
攻撃ヘリ      544機       34機
戦車       1万2420両     2596両
装甲車両      3万122両     1万2303両
――――――――――――――――――――――――――――――――――-

 ロシア軍とウクライナ軍間の能力差は比較にならないほど大きい。

 しかし、ウクライナは正規軍に加えて、「領土防衛軍」が組織化と訓練を急ピッチで進めてきた。ウクライナ人の士気は高く、ロシア軍の侵攻に激しく抵抗するだろうから、双方の人命の損失は壊滅的になりかねない。双方の国民にとって、戦う戦闘員は勿論のこと、家族たちにとって大きな不幸、損失である。

3/22(火)快晴 中通病院外来 飯川病院ボランティア 
1:00飯川病院で起床。文献チェックなど。徒然、蓄積データ整理。8:40-12:10外来、比較的暇に。飯川病院に移動、ボランティア。微睡、19:00プリ帰宅+夕食。20:45就寝。徒歩Σ7399歩、昨年COVID-19ワクチン接種、注射部位筋痛あり。

我が国の危機管理の問題点2022(3)   国家の危機管理 (3) 災害・防衛
 国の危機管理は多岐にわたる。これを政治家達が継続的に対応していくのは無理である。その例が半世紀放置した人口問題である。

■自然災害
 地震、温暖化、異常気象など懸案は並ぶ。
 今回、宮城県沖地震では東北新幹線が被害を受けた。通常は320Km/時での運行であるが、幸い次の駅への停車に向けて減速中だった。大事にいたらなかったが、その一歩手前だったのではないだろうか。運が良かったとしか言いようがない。高速のまま不規則に脱線したら脱線防止装置など役に立たず大惨事になる。私はこれ以上の高速化は不要と思う。秋田から東京まで10分早く着かなくてもいい。むしろ安全性の向上が必要と思う。
 リニアも不要と思う。安全対策は大丈夫なのだろうか。通常は500Km/時走行でトンネルは86 % (246.6 km)も占める。脱線はないだろうが制御不能な状態になりトンネルの壁に激しく衝突するだろう。救護はできるのか??私は開通しても乗りたくない。青函トンネルも不安だった。

■防衛
 北がミサイルを発射したか否かで数時間かけて解析しているが、こんな状態で防衛などできるのか?我が国へはミサイルが10数分で届くが、こんなモタモタ判断でどうなる??ホントは遥かに高度な情報を迅速に得ているのだが、戦略上あえてモタモタしている様に見せている??・・・。
 敵基地攻撃能力、核の共有など、安易に是とは言えないがじっくり検討してほしい。

 対中国で日本の防衛力を比較してみる。一言でいえば「弱い」である。中国軍の戦闘機数は日本の3.7倍、戦闘艦艇1.5倍にのぼる。中国軍の軍事力は米インド平洋軍の5~5.6倍に達し、ミサイル戦力でも大きく差広げている。米国のインド太平洋軍と自衛隊合わせても敵わない。

 では、日本はどのような安保戦略を取るべきか。対話による外交、国際協調だろう。
 北朝鮮への対応と共に、日本が重点を置くべきなのは、台湾海峡の安定だ。米中がぶつかれば大戦争になる可能性が高い。在日米軍などが標的になるほか、中国が作戦上、日本の南西諸島の一部を占拠しようとするとも考えられる。

■国際 
 自国主義の横行が予測され、国際協調の流れは停滞すると思われたが、ウクライナへのロシア侵攻でその重要性が再確認されたのではないか。強大な国が屁理屈を並べて国家の主権を脅かす可能性の一つが今回具体化した。狂った指導者を正す道は唯一それだけである。
 なんであれ自国を自分達で守らなければならないことが示された。我が国が標的になった場合、同盟があるからと言えども米国は安易には立ち上がらないはずである。世界大戦になりうるからである。ならばどうする??
  
■社会
 これからの国の危機管理対策として社会不安対策が必要となる。
 不安 パニック状態 拘禁ノイローゼ 詐欺横行 うつ病など増加、自死、SNSデマ横行、差別の横行など。どう対応するのか?
-----------------------------------------------------------------------------------
などなど。

 検討すべき点はまだまだあるが私の立場では及びもつかない、記載しきれない、・・・・。その道のプロに、政治家に委ねるしかない。

3/21(月)春分の日休日 飯川病院日当直
1:30起床、新聞・文献・徒然ほか何時もの如く。8:40回診に行く家内に同乗飯川病院、9:00から日当直業務につく。新聞入力3日分で大量、読書など。12:00検食。微睡本読みなど。18:00検食、20:00就眠。徒歩Σ2528歩。運動不足。

我が国の危機管理の問題点2022(3)   国家の危機管理 (2) 社会保障・医療
 少子高齢化、人口減によって国民生活のあらゆる分野が影響を受ける。影響を受けない分野など探すのが困難である。にもかかわらず、国は最近まで静観してきた。

■社会保障、医療
 医療・介護を含む社会保障は原資としての資金、それを担う人材が必要な部分である。したがって、少子高齢化、人口減によってモロに影響を受ける。
 年金制度は支給額の抑制を図るために暮らしに影響する物価だけでなく、現役の賃金変動も考慮して毎年度改定される。今年も昨年に続き減額となる。指標となる18~20年度の賃金変動率がマイナス0.4%だった。国民年金が256円減額となる。
 
 ●年金
 年金は、かつては100年安定などと言われてきたが、それは理解できない考え方であった。現に、避けられない人口減少、少子高齢化の中で経済や財政と整合性のとれるよう給付額を抑制する「マクロ経済スライド」導入などが行われている。格差・貧困が拡大し社会の分断が進むなか、社会保障に求められる機能・役割はむしろ拡大している。社会保障の再構築が必要だ。だが、これが日本経済の低迷による資金難のため難しい。さて、将来的に何とするのか。国には複案があるのか??それすらわからない。

 ●医療・介護など
 日本の医療は国民皆保険のもと世界一という評価であったが、COVID-19禍を通じてその脆さが露呈した。
 日本の医療体制は医療危機に対してどうしてこうも脆弱だったのか。COVID-19ウイルスの流行が日本で始まってから2年余になる。自粛的な活動を続け、感染防止に協力してきた多くの国民が医療の現場の厳しい状況で緊急事態宣言が延長されたりする状況に疑問に思っていたのではないだろうか。

 欧米がCOVID-19患者に何とか対応しているのに、人口当たり病床数が先進国最多とされる日本の医療はすぐ病床が逼迫してしまう。実際には病床があっても医師・看護師等のスタッフが足りないから有効に利用できない。保健所も減らされている。日本の医療の将来的な危機管理、ビジョンはどこの部署が、誰が、どの様に考えているのか、医療関係者の私にとってもよくわからない。

 日本の病院や診療所の8割は民間経営で賄われてきた。国は国民の健康に責任を負ってこなかった。民間に丸投げ状態で互いに競争させながら安上がりに運営してきた。
 民間の医療機関の経済基盤は極めてひ弱である。またスタッフは人数も余裕がなく、給与も身分保証も弱い。だから、平時の医療は何とか対応できているが、感染症などへの緊急対応は困難である。対応したくともできないのが現状である。

 私は、公的医療機関として国や県の補助を受けている医療機関は医療上の緊急事態にはより積極的に応じるべき、と考える。また私的医療機関には緊急対応による損失補填を考えるべきである。それによって医療の裾野は人がっていく。

 国民の健康を守る危機管理として、薬やワクチンの確保でも我が国の対応力は極めて脆弱であることがわかった。なぜ、我が国のワクチンがないのか、治療薬の開発も遅れをとっているのか。国がこの面の研究に目を向けないから、である。国は見る目がなかった。企業としての製薬会社は、単独では先の見えない分野には大きな投資はできないのが現状である。

3/20(日) 小雨 外仕事若干 
2:00起床。何となくファイトにかける。3:00頃から日常の作業に。文献・録音データその他の整理で過ごす。午前はデータ中心座学、NHKのど自慢楽しむ。新聞チェック、本読みなど。ダリアガレージに並べる。コンポスト1個解放、移動準備。19:00記念日夕食、20:30就眠。Σ3779歩、ガレージ周辺ウロウロだけまでの往復だけ、運動不足。

我が国の危機管理の問題点2022(2)   国家の危機管理 (1)
 新型コロナ感染はまだまだ長期化すると予想される。ロシアのウクライナ侵攻は早く終わってほしいが、落とし所が見えず、意地を張るプーチンが相手ではそう上手く行くかわからない。
 COVID-19もロシア侵攻も我が国の脆い状態を明らかにした。
 私は悲観論者であるが、日本の危機管理を見れば以下の項目に相当に危惧を感じ取っている。
-----------------------------------------------------------------------------------
■人口問題
 私は第一に上げたい項目である。50年も前から予測されていたことだが、目先のことしかわからず、先を読めない政治家はずっと無視し続けてきた。人口減の影響を受けない国民生活など全くない。各所に歪みが明らかになった今になって子育て支援などと慌てている。子育て支援では出生数は増えない。もう不可逆的状態に入った。これほど重大なことなのにもかかわらず、歴代の政治家は責任を感じているようには見えない。日本はもう古き良き時代には戻れない。悪戯に夢を求めるより、人口減による新常態の設定と確立を進めるべきである。 

■食料危機
 国際的に食料は逼迫しているのに我が国は食料自給率が37%と、食品は輸入に頼り続けている。米以外は軒並みに輸入品で賄われている。世界的に見て食品生産量は温暖化、砂漠化とかで頭打ち状態にあり、発展途上国の生活向上に伴い食品需要量は増加しつつある。現在、食品は戦略物質化している。今までは豊かな資金力を背景に食品を獲得できてきたが、今後は厳しくなるだろう。食料受給率の向上が必須と考えるが、国の方針がわからない。

 日本は国土こそ狭いが降水量も多く、世界に名だたる肥沃な土地を持つ。四季がはっきりしていて多くの農産物に対応できる。こんな特徴を無駄にする手はない。だが、少子高齢化によって休耕田が目立ち、農作放棄地も増えている。

 日本は国土こそ狭いが世界で6番目の海洋国である。しかし近年漁獲量は減少している。漁獲量は1980年頃は1300万トン、2017年は430万トン。にもかかわらず食卓に魚介類が並ぶのは、国内で消費されている約半分を輸入に頼っているから。食用魚介類の自給率は2017年は55%。日本の水産物の輸入金額は約1.8兆円で、アメリカの約2兆円に次いで世界第2位(2018年)。世界の水産物の漁獲量は過去50年で2倍以上に増加、資源は枯渇状態にあるとされる。その結果、養殖による生産量が一気に増えたが、高級魚1Kgを得るのにその5-7倍の餌が必要と問題も多い 。

■経済 
 我が国の経済は税収が予算の半分程度で毎年赤字国債発行によって賄われている。国際は借金である。国債の発行残高は約1000兆円、地方政府の地方債は約200兆円。2020年度もCOVID-19対策により約100兆円の借入を増やすなど、年々増加している。    
 地方経済低迷・活力低下によって国の税収が激減しているから止むを得ない点はあるが、危険な状態だ、と思う。政治家は経済感覚に乏しいと思う。

 国際経済もユーロ圏、イタリア、ギリシャ、イランも危ない。新興国の経済破綻、没落、インフレ加速など危険因子は目の前にある。日本の国債は大部分が国内で有しているという特徴があり、外国資本の関与は少ないが、それでも脆い状態である事に変わりはない。

■エネルギー問題
 我が国はエネルギー資源が乏しい。2018年の日本の自給率は11.8%(2010年20.3%)で、ほかのOECD諸国と比べると低水準。エネルギーとして使われる石油・石炭・LNGなどの化石燃料は輸入に頼り、依存度は85.5%。LNG輸入はロシアからは全体の8%と少ないが、ロシアのウクライナ侵攻でエネルギーの流通は世界的に影響を受け、大きく変わっていく可能性がある。
 エネルギーは今や戦略物質となった。
 再生可能エネルギーは徐々に伸びつつあり、その傾向は将来的に変わらないが、インフラのほとんどが輸入品。国の危機感が乏しかったためにこの方面での産業は育たなかった。殆ど中国産で賄われている。
 地球温暖化のために再生可能エネルギーの比率が伸びていくが、その発電コストは化石燃料より遥かに高いことから、市民生活に大きな影響を持つ様になるだろう。

3/19(土)曇り晴 
1:30起床、新聞・文献・徒然ほか。録音データ整理。午前は町内会の廃棄所の掃除、ボタンなど鉢をガレージから運び出した。蕾が立派。午後は新聞チェック、雪中保存したネギを採取、今晩の料理に供する。外の水道使用開始。微睡のち19:00夕食、記念日関連の寿司、20:30就眠。徒歩Σ8301歩。我ら夫婦の49回目の記念日。

我が国の危機管理の問題点2022(2)   国家の危機管理 = 国民を守る意思と能力
 原発事故の危機を通じて決定的に欠けていたのが、全体を見渡し、全体を把無し、金体を動かす指導力と体制だった。
 もう一つ、いざというときに命をかけて任務につく有事対応部隊を日本は持っていなかった。原子力規制官庁や政府にはその発想さえもなかった。

 そうした危機管理や処理能力の弱さが、米国との協調をも揺るがした。事故発生から3日後の夜、枝野官房長官とジョン・ルース駐日米大使との間で原発事故の専門家である米NRCの職員を官邸に常駐させるか否かをめぐって激しい衝突が起こった。日本側は大した危機管理能力もないのにこの申し出を断った。この時、在日米軍の安全性を軽視したことになり、原発事故は日米同盟危機をも包含していた。


 原発事故のように致死性のリスクが高い危機が多発する恐れが強まっている。北朝鮮のミサイル問題も同様である。

 施設や設備の巨大化、能力の先鋭化に伴って応用される技術も巨大化する。
 リスクを相殺すべくデザインや組織を複雑にするとそれが新たなリスクを生む。組織を分散させるとリスクの相互連鎖をもたらす。グローバル化がそれを世界同時的に拡大、拡散させる。

 3.11の後、日本の危機管理に対する提言が数多く見られたが、その多くはデザインと制度、手続きの手直しに終始し、プロの背成やリーダーシップの質の向上は脇にやられがちである。私は3.11の後、原発関連のニュースを追っかけているが、危機管理の実態が大きく進展したようには思えない。


 原発事故は致死的重大事故においてもっともなのは、人間的要素、とりわけリーダーシップのであることを教えてくれた。リーダーシップは危機克服に必要な最大の公共財と見なさなければならない。

 国家危機管理が不十分ということは国民を守る意思と能力が不十分であるということにほかならない。

 危機管理を外交・安保と並ぶ、上位の政策概念として位置づけるべきである。

 今回のロシアのウクライナ侵攻は、我が国が後回しにしてきた未解決なリスクにも影響を与えている。これを機会に国民を守るために危機管理機能を高める必要がある。

3/18(金)49年周年 曇り 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 
1:00起床。文献・新聞読み、データ整理などいつもの如く。6:00ゴミ出し。7:35Taxi。8:12こまちは地震の影響で運休、ほぼ同時刻に出る在来線で大曲に。9:30外来、同じく在来線で帰秋、15:45飯川病院ボランティア、微睡など、新聞入力。19:30帰宅、夕食。21:00就寝。徒歩Σ7608歩。昨夕、一昨日と同時刻23:25に岩手県沖で地震。田野畑、野田村など震度5強、なんつうこっちゃ。

我が国の危機管理の問題点2022(1)   人材は重要な公共財なのだ
 我が国の危機管理は問題があるのではないか? 私はずっとそう思ってきた。
 残念なことに、国際的に日本は危機管理能力が弱い国とみなされている。震災後のダボス会議の「国別危機復元力評価報告書」では、ドイツ、スイス、イギリスが最上位に位置し、日本は下位に甘んじている。

 日本が振るわないのはリーダーシップが低く評価されているためである。
 確かに危機管理には政治的判断が必要であることから、その中心は官邸なのかもしれないが、政治家だけではダメ。豊かな専門知識を持つ人材が一定の権限を持って長期にわたって寄り添う必要がある。
 危機管理と言っても大規模な事故などだけではない。人口問題、食糧問題、エネルギーなど多岐にわたる。

 東京電力福島第一原発の事故は、国家としていかに備えがなかったかを全世界に知らせてしまった。

 地震、津波、原発事故の複合災害となったことが危機対応を難しくしたことは確かである。
 そんな厳しい中で、政府も自治体も企業も住民も、現場では多くの人々が危機に取り組んだ。その役を主として担ったのは東電福島第一の当直長、当直、運転員らで作られたチームであり、駆けつけた自衛隊だった。彼らが事故との戦いにおける「最後の砦」だった。
 彼らの働きによって東京圏を含む半径500Kmの汚染が回避された。このことはどれだけ大きく評価しても仕切れないほどの価値がある。

 国家としての危機管理はもたついた。東京電力と政府、各省庁間、そして中央政府と地方政府の対応はバラバラだった。

 危機管理の初動で大切なことは、危機の性格、深さ、影響の大きさを科学的に見極めることである。

 この点で、米政府の反応は鋭敏だった。3号機建屋の水素爆発後、日本政府がもたついている間に、米政府は「このままでは日本は核汚染荒廃地になる」との危機感を一気に強め、複数のチャンネルを通じて、次のようなメッセージを日本政府に伝えた。

■日本政府のどこが指揮を執っているのか分からない
■政府一丸となって取り組むことが必要だ
■東電が原発事故の対処ができないのであれば日本政府がやるべきだ
■自衛隊が命をかけるしかない

 これらのメッセージは、日本の危機管理の弱点を説く突いていた。
 経済産業省、原子力安全・保安務局が果たすことになっていた中央と現地の両方の対策が機能しなかったからである。

 現場で事業者とともに対応にあたるべき保安検査官が早々に避難してしまったため、政府は肝心な情報を得ることができなかった。検査官の避難は保安院が承認しており、彼らだけの責任を問うべきではないが、危機時の規制官庁のあり方を鋭くつくこととなった。

 保安院、文科学者、原子力安全委員会は時に面倒なことを他に押し付けあう争いを繰り広げた。
 プールへの放水も、警察、自衛隊、消防の間で押し付けあった。彼らには原発事故に対する対応法など全くわからなかったから止むを得ないところもある。

3/17(木)曇りのち快晴 午後飯川病院 健康クリニックドック判定
 午後11時34分頃、地震の揺れと騒音で起床、ラジオで確認、宮城県や福島県で震度6強。同36分頃にも両県で震度6強が観測。震源は福島県沖、深さは約60キロ。予想される津波は最大1m。広範に停電しているという。 東北新幹線で脱線あり。この程度で済んだのは素晴らしい。明日は大曲どうなるか??新聞文献、読書。夜が開けるとともに被害状況明らかに。死者は3名。10:30受診の石井さんに同乗飯川病院、ボランティア。健康クリニックドック判定、14:00-19:00勤務、入院患者対応。19:15帰宅夕食、20:30就眠。徒歩Σ7350歩。

東日本大震災・原発事故2022(7) 11年 原発事故(5) 現状の諸問題(4)
 私は、帰還に夢を持たせ少数の方の帰還に期待するよりも、この10年間の生活を支えた避難先での生活再建が充実するよう避難されている方々に支援する方が理にかなっていると思う。
 帰還できない方々には一層苦渋を強いることにもなりうるが、たとえ帰還したとしても人口は大幅に減少し、コミュニティは戻らず、社会福祉などのインフラ再構築はできないだろう。

 原発被災地域に関しては10年も経ってこんな状態だから、従来の「帰還待ちの方針」でなく、発想の転換が必要な時期に至ったと考える。

 通用しない意見だろうと思うが、私は以下のように考える。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
 ■ 現在帰還困難区域と言われる原発被災地域を全て国が買い上げ国有地化する。
 ■ 未帰還者には現在の避難地区あるいは新たな場所で生活できるよう一層援助する。

 ■ 国有地化した地域に原発汚染物質、放射線廃棄物、廃炉で生じた核のゴミなどを集約し処理する。福島以外に汚染を拡散するのは考えもの。

 ■ 日本全体が少子高齢化する中、地域の事情はもっと厳しい。将来的に街が成り立つか、コミュニティが形成されるか、私は先行きは厳しいと思う。
―――――――――――――――――――――――――――――――――


 福島県の集計では3万人超が避難を続ける。戻りたいと願う人。帰還をあきらめ、新たな地で暮らす人。共通するのは故郷への思いだろう。


 私も故郷に対する思い入れは強い方だと思う。そんな私がこんな意見を出すことは辛い。

 長く続く廃炉、大震災の余震とされる地震への備えなど課題は多い。
 政府の避難指示が出された福島県内11市町村の北西端にある飯舘村。4年前に大部分で指示は解除されたが、いま村で暮らすのは、事故前の6500人の4分の1に満たない。しかも、多くは長く村に住んできたお年寄り。若い方々はとっくに故郷を見限って他の地区で生計を営む。


 計画された除染は3年前に完了し、生活の場の放射線量は落ち着いているのに。

 ■新たな産業
 政府は、ロボットや水素エネルギーなどで新たな産業を興すことを狙う「福島イノベーション・コースト構想」で明るい未来を披露する。
 地域の再生に目標は大切だが、現状とかけ離れた夢をふりまいても、そこに至る道筋は描けない。今の福島に目を凝らし、地に足の着いた将来像を語ることが、復興への第一歩のはずだ。福島県の産業は県全体では、電子部品や医療機器に牽引されて製造業の出荷額が原発事故前を上回った。

 しかしながら、農林漁業の一次産業は苦境が続く。風評が原因だが、さらに汚染水処理の問題が加わる。

 ■汚染土壌や廃棄物
 福島第一原発がある双葉、大熊両町で中間貯蔵中の汚染土壌や廃棄物をどこで最終処理するのか。
 そもそも通常の廃炉とは方法も困難さも全く違うメルトダウンを起こした原発の廃炉が復興の大前提のはずだが、それがどんな状態を指し、いくらかかるのかもあいまいなままだ。政府は賠償と合わせ22兆円と見積もるが、35兆〜80兆円と試算する研究機関もある。

 これらの汚染土は法律で、30年後に県外へ運び出すことなっている。これを決めるにあたって県外候補地の意見などは聞いていない。だから、この方針を知っている国民は少ない。
私はそんな根拠不明で作った約束が果たされることはあり得ない、と思う。

 受け入れのことを何ら調査や議論することなく取りめた国の方針は超無責任である。かつて「原子力船むつ」の母港を巡ってトラブルが生じたことをもう誰もわかっていないのではないか。

3/16(水)曇り晴れ 午後飯川病院勤務 夜間地震M7.3
2:00飯川病院起床、そのまま病院でボランティア。文献整理関連ほか。午前は座学。新聞チェック、自炊、読書。入院患者対応。午後飯川病院勤務、微睡、データ整理、文献読み、読書など。19:30帰宅、夕食、21:00就眠。Σ4727歩。午後11時34分頃、宮城県や福島県で震度6強。同36分頃にも両県で震度6強が観測。震源福島県沖、深さは約60キロ。予想される津波は最大1m。 
東日本大震災・原発事故2022(6) 11年 原発事故(4) 現状の諸問題(3)
 ■住民帰還計画の問題点(1)
 福島県内には避難指示が続く帰還困難区域が340平方キロある。
 一部地域でも帰還できるよう除染やインフラ整備を優先してきた特定復興再生拠点で今春、避難指示の解除が始まる。特定拠点の面積は帰還困難区域の8%に過ぎない。
 福島第一原発があり、県内で唯一、全町避難が続く双葉町も、早ければ6月にも初めて住民の帰還が実現する。

 特定復興再生拠点にある町内に先月までに、帰還に向けた準備宿泊を希望したのは約20世帯。他に帰還準備をする家は見当たらなかった。残る区域も、政府は、希望する住民が2020年代に帰還できるよう除染を進め、将来は帰還困難区域の全てで避難指示を解除すると繰り返す。しかし、具体的な進め方は示されておらず、実現が見通せない状況に変わりはない。

 少数の住民が帰還したとしても生活できない。しかも、年々過疎化する。生活上に必要なインフラ、病院、商業施設などの整備はどうするのか。
 住民にも、自治体にもそ整備する力はない。国が面倒見るの??

===============================================
 私は住民帰還について考え直すべきだ、と思う。

 原発事故に伴う避難対象地域は事故直後に比べ、面積では1/3に減つた。
 放射線量が高く、人が住めない帰還困難区域、立ち入りが禁止区域が双葉町、大熊町など7市町村に残つている。これらの地域では早期の帰還を目指して除染が進められているが、野山や湿地帯などの除染は極めて困難で、費用も莫大にかかる。
 除染を進めたとしても汚染された里山が近くに残る地域に住民がどの程度戻るだろうか?? 多分期待出来ないだろう。

 帰還希望者が戻れるように、行政や商店街などをコンパクトに集約しながら生活基盤の再建を急ぐべき、との意見もある。
 私の感想を無責任に言えば、こんなアイデアで再建しても生活基盤の再建、産業の再建は無理だと思う。

 被災後10年以上になる現在、住民の帰還希望者は年々減少している。10年も待たせた帰還計画自体に問題があった。
 被災当初、全体像がわからないうちに住民に過剰に配慮した方針を作ったからである。避難までさせた責任が国策にあるのだから止むを得なかった部分はあったが・・・・。

----------------------------------------------------------------------------------------------------------
 
 ■ 福島第一原発がある双葉町は今も全町避難が続く。調査に対して6割超の世帯が「戻らない」と答えた。

 ■ 2年前の春から住民の帰還が始まった大熊町。1万人以上が住民登録をしているが、実際の居住者は約730人で、東電関係者以外は100人ほどだと町はみる。大熊でも「戻らない」と考える世帯が6割にのぼる。

 ■ 原発に近い富岡町、浪江町では住民の帰還率は1割に届かない
------------------------------------------------------------------------------------------------------------


 双葉町には政府が管理して汚染土を保管する中間貯蔵施設が広がる。双葉・大熊両町の林や田畑が汚染土の受け入れをしてきた。
 双葉町、他の町や村に汚染土などを詰め込んだ保管袋が積み上がる。
これの行き先も決まっていない。
 こんな環境の中、帰還希望者が増えるとは思えない。

3/15(火)雨風 中通病院外来 飯川病院ボランティア +当直
1:00起床、いつもの如し。5:50可燃ゴミ提出、6:40バス飯川病院に、まだ寒い。8:45-13:00中通総合病院外来。13:15飯川病院ボランティア。17:00当直業務。18:00検食、21:00就眠。7388歩。

東日本大震災・原発事故2022(5) 11年 原発事故(3) 現状の諸問題(2) ■廃炉作業
 廃炉作業について政府と東電は、2041-51年完了を目標とする。だが溶融核燃料の取り出しなど難しい課題が山積。この目標は科学的、論理的でないし、廃炉後の原発の姿も明示されていない。
 一方、日本原子力学会は異なる見解を示す。全施設を撤去し、汚染土壌搬出などにより全敷地が再利用できるようになるまで、最短でも100年以上という。立地自治体も「廃炉とは原状復帰」と捉え、更地にするよう求めている。「原状復帰」でなく「旧状復帰」でないのか?? なぜ、これほど年数に開きがある?? 廃炉の方法等のすり合わせが行われていないからだ、と思う。政府と東電が福島の復興を真剣に考えているというのであれば、真摯に向き合い、地元をはじめ、国民が納得できるように説明すべき。

 1月末、原子炉から溶け落ちた燃料デブリを取り出すロボットアームが英国から福島に到着し、2号機で使用試験が始まった。1-3号機には880トンの燃料デブリがあるとみられるが、分布状況も形状もまだつかめていない。

 原発の廃炉は遅々ではあるが進んでいる。
 一方、廃炉作業で出てくる放射性廃棄物や溶け落ちた核燃料の処分方法の検討も、保管場所の検討も進んでいない。
 福島第一原発の廃炉作業は今の技術だけではできない。新しい設備や道具も開発しなければならない。こんな状態だから、いつ終わるか全く見えない。
 廃炉完了の時期は全く不明と言っていい。

 ■他の原発再稼働
 原発再稼働手続きが全国で進められている。これまで10基が再稼働済み。
 震災後に導入された新規制基準は運転期間を「原則40年」とし、延長は例外的処置とした。それを形骸化させるような再稼働も予定されている。
? 原発の稼働に際して前提となるのは政府と電力会社、自治体が巨大地震や津波による過酷事故のリスクを改めて認識すること。その上で住民避難計画の策定を含め、万全の対策を講じることが不可欠。
 ロシアのウクライナ侵攻によってエネルギー不足が予想され、再稼働を求める意見もあるが、安易であってはならない。他の対策はないのか?十分に検討してほしい。

 ■福島の復興の歩みは遅々
 福島の復興は岩手、宮城に比しても特に遅い。特に産業面では遅い。
 沿岸漁業の昨年の水揚げ量は震災前の2割にとどまる。放射線による風評被害があるため。さらに来春以降、「処理水」の海洋放出が加わる。
 政府や東京電力は、放出で風評被害が生じたら、適切に賠償すると説明するが内容的には何ら明らかになっていない。漁業関係者は政府の賠償方針に不信を募らせる。


3/14(月)曇り 健康クリニックドック 飯川病院 
1:00起床、いつもと同じパターン。寒い、データ整理、6:40バス飯川病院に。9:00-12:00健康クリニックドック12名+レ線チェック結果判定13名。申告作成会場に書面提出、飯川病院へ、微睡、14:00-19:00勤務、外来患者対応。19:30帰宅、夕食、 21:00就眠。Σ7280歩。

東日本大震災・原発事故2022(4) 11年 原発事故(2) 現状の諸問題(1) 
東日本大震災で、東京電力福島第1原発が過酷事故を起こして11年。福島県内外ではいまだ3万人超が避難生活を強いられている。原発事故がいかに甚大な被害をもたらすか。その現実を直視しなければならない。
 しかしながら福島に対する国民の意識、政府の意識には問題が山積みである。全て先延ばしの論理で処理されて来たからである。先延ばしは日本政府の常套手段である。問題が顕著になってから慌てて決定する。その最たるものは人口減問題、50年も放置し、不可逆的状態になった今各所で大騒ぎしている。
 先を読めない政治家集団、こんな事でいいのだろうか。

 原発に関して、代表的項目について私が学んだこと、感じていること、考えていることを記しておきたい。

 ■原発の安全性の意識
 事故は人々に大きな衝撃を与え、安全性に疑問を抱かせた。世論調査でも「脱原発」を求める声は7割近くに達した。 原発にはこうした根強い不信感があるが、政府や東電の対策はそれを払拭するものとは言い難い。

 ロシアのウクライナ侵攻に伴う原油高騰への対策としては最近、緊急的に再稼働を求める声が自民党内で浮上している。しかし多くの人が依然、苦渋を伴う避難生活を強いられている現実を見れば、再稼働を急ぐのは疑問である。
 ロシアのウクライナ侵攻で原発が攻撃対象となった。誰しもが「考え難い!!!!」、と評論するが、戦術上そこに原発があれば攻撃対象になることは十分考えられる。そこまで理性のある為政者だけでは無いのだ。プーチンはその一人の例。だから、国の安全のためには原発の存在から考えなおさなければならない。

 ■処理水 敷地内では放射性物質を含む汚染水が大量発生し専用設備で処理水としてタンクに保管している。満杯になる来年春ごろを目標に東電は海に放出する計画だ。
 そんなことは少なくとも7-8年前からわかっていたこと。その処理方法の決定を昨年までろくに検討もせずに延ばし延ばしにして、これ以上は待てないと菅首相前総理が急遽決断した。 地元漁業者は一貫して反対を表明してきたが地元の理解をえる機会も作ってこなかったのが実情だ。世論調査では放出への賛否が拮抗し、「分からない」は3割を超えた。
 これらの世論調査結果を見れば、来春の放出目標が民意に沿っているかは疑わしい。専門家が提案する陸上保管へ方針転換し、国民の合意形成にもっと力を注ぐべきではないのか。
 政府は、科学的には安全であることを地元に丁寧に説明して判断した、と強調する。地元ではそのように理解していない。しかも、福島だけでなく、宮城、茨城各県の漁連も反対を表明した。
 政府や東京電力は、放出で風評被害が生じたら、適切に賠償すると説明する。しかし先日、原発事故で避難した住民らが起こした訴訟で、政府の中間指針による賠償では不十分とする判決が最高裁で確定し、被災者は政府の賠償方針に不信を募らせる。

 処理水の放出は30年ほどかかるとみられる。その間、環境や取れた水産物に悪影響が出ていないか監視する体制を、政府や東電は築く必要がある。しかし、今のところその方法が確立してとは言えない。積極的に情報も公開して地元の理解を得なければ、事態は進まない。


3/13(日)降雨終日寒い 昨年泉外旭川駅開業 
1:30起床、申告最終チェック、蓄積データの整理と確認、本読み、文献読み。午前座学。
ダリアの球根を箱から出し日に当てた。カビの匂いがする。一見いい状態に保存されている。微睡、読書、蓄積データの整理とバックアップ。12:00ニュース、のど自慢楽しむ。午後は書斎の整理と掃除。音楽関係の録画確認、数編楽しむ。本読み。19:00夕食。21:00就寝、Σ5988歩。

東日本大震災・原発事故2022(3) 11年 原発事故(1)
 
2011年3月11日、14:46の地震発生から50分後、第一原発は津波によって全電源を喪失した。 12日の15:36、1号機で水素爆発が生じ、それまでの我が国の「原発の安全神話」が完全に崩れた瞬間であった。
 だが、肝心の国は知識不足からその情報を発信できなかった。
 原子炉の冷却ができなくなると何が起こるのかすら知らされていない自治体、住民は何も知らされないまま、住民の避難は半径3Km、10Km、20Kmと避難区域はどんどん広がった。
 原発事故が生じた際に部内、部外者、住民や自治体に何が生じうるか、何も示されていなかったのは驚きである。
 日本の原発政策は「原発の安全神話」のもとに作られてきたから、事故の際の対応などまとまっておらず、司令塔になるべき部署もなく、専門家もいなかった。

 一時は原発放棄案まで出たが、そうなれば半径500Km、すなわち東京を含む関東東北の領域が汚染され、避難区域になる事にもなりえた。そんな事態は現実には考え難いが、日本としての機能維持は困難になったであろう。
 その厳しい状態はぎりぎり回避されたが、そこまで追い込まれていた実情を日本人なら知っておくべきである。
 原発事故直後、脱原発の機運、節電の機運が一気に高まったが、10年以上経過した今、ともにその機運はしぼんでいる。東京電力の関連ニュースを集めていると今でも綱渡り状態であることがわかる。
 人は物事を都合よく考え、不都合なことは忘れ去る傾向がある。

 原発はどんなに安全を求めても事故を防ぐことができない。
 例えば、考えたくないことであるが、某国の通常ミサイルが日本の原発を数箇所攻撃すれば、我が国は放射能汚染のためにほとんど居住できなくなる。原発のエネルギーはそれほど大きいものである。原水爆を直接用いずともそれと同じ状態をきたしうる。私は昨年そのように記述した。東日本大震災・原発事故10年(3) 原発事故(1)
 いかに安全を高めても人間の英知を超えているような予想外の事象が生じうる。それが現在ウクライナで生じている。ロシアはウクライナ国内の数け所の原発を攻撃し、一部では冷却用の電源が喪失し隣国から供給を受ける事態にまでなった。

 ■住民の帰還
 特に深刻な状態なのは、東京電力福島第1原発に近い福島県沿岸部の7市町村にまたがる計約337平方キロの区域でいまだに避難指示が続く。 今春、一部で指示が解除される予定で、唯一全町避難が続く双葉町でも1月下旬、帰還に向け準備宿泊が始まった。だが宿泊したのは1カ月で延べ20人にとどまる。避難先での生活が長くなる中、住民の帰還は期待でき難い。
 もともと過疎化が問題になっていた。この地に新たな職場を作り、医療・福祉・教育などの充実、住居、商業施設の確保、コミュニティー再建など・・・・、復興はほぼ実現困難と思われる。

 ■水産物の風評被害
 政府は昨年4月、第1原発で発生する汚染水を処理した水を薄めて海洋放出すると発表。来年春ごろの開始を目指すが、地元漁業者の反発が根強い。再検討を求めたい。

 ■廃炉
 国と東電は事故の30-40年後に第1原発の廃炉を終えるとする。だが、溶融核燃料(デブリ)の全量取り出しや建屋解体が可能かどうかは今のところ不透明。 ■復興庁
 復興庁は2031年3月が設置期限。復興庁は複数の省庁にまたがっていた政府の窓口を一元化した。これまでの復興事業の反省を生かし、庁の機能を再検討し、組織拡充を進めるべきだ。

 福島はまだ復興を果たしてる、とは言えない。 


3/12(土) 快晴温暖 急遽飯川病院午前外来 申告終了  
1:10起床、文献検討、徒然など、9:00急遽飯川病院午前外来担当、本日の外来医師COVID-19濃厚接触者で出勤できず。バスでは間に合わずTaxi出勤。午後は二人分の申告作業、夕方終了、19:00Taxi帰宅、夕食。20:30就寝。Σ5296歩。

東日本大震災・原発事故2022(2) 11年 またこの日がやってきた(2)

(3)私にとっての東日本大震災 収入の20%を寄付
 岩手、宮城、福島の東日本大震災の災害状況は凄まじかった。さらに福島では原発事故による被害がこれに輪をかけた。
 ■本年2月、3月時点での3県合計の人的被害状況
―――――――――――――――――――――――――――――
       死者  行方不明者   震災関連死   県外避難者
―――――――――――――――――――――――――――――
岩手県    4675    1110     470       741
宮城県    9544    1213     929     3396
福島県    1614   196     2332     26692
―――――――――――――――――――――――――――――
合計     15833    2519    3731     30829
―――――――――――――――――――――――――――――
 我が家は400リットルの灯油のタンク置き場のコンクリ−ト床面に大きく亀裂が入りタンクが若干傾いたことくらいの被害しかなかった。

 震災直後から全国から、多くの国々から支援が行われた。
 私は岩手県出身で、大学4年次に学費が不足する可能性があったために岩手県医療局から奨学金の支給を受け卒業できた。その縁もあって医師としての最初の2年間三陸にある県立宮古病院で勤務した。その間三陸にある名所等を訪れ見事な風光明媚な自然を味わったが、その地はいずれも甚大な被害を被った。そんなこともあって私も心に大きな傷を受けた。

 そのような私が被災地に対して何ができるかを考えていたが、体力を考えれば現地へ出かけてのバランティアなどできない。今まで通り勤務医として働き寄付をすることがベストと考えた。身分が嘱託医に変わったために報酬は半減したが、そのうちの20%を岩手県の復興資金として送ることとした。
 この10年間、毎月岩手県復興局に送り続けている。

  本年2月の第31回岩手県東日本大震災津波復興委員会の報告によると、令和3年度の復興推進プランの進捗状況について示され、全213の計画指標のうち、進捗率が80%以上が94.4%にあたる201指標で、おおむね計画は順調に進んでいることが報告された。しかし、地域経済の回復度は50.9%となっていた。
■人的被害  死者:5,145人(余震、震災関連死を含む) 行方不明者:1,110人
■建物被害(住家のみ、全半壊) 26,079棟
■義援金受付状況 188億1,206万円(98,481件)
■寄附金受付状況 203億2,731万円(14,143件)
■いわての学び希望基金受付状況 104億4,824万円(26,355件)

 上記の如く、この10年の間に数値上では復興はかなり順調のように思える。微々たるレベルであろうが、私もその一翼を担ってきた事に喜びを感じている。
 
 嘱託医報酬と年金の約20%を寄付し続けるのは決して楽なことではない。苦痛と思うことも、そろそろ止めようか、と思うこともないわけではないが、今後も続けていく積もりである。
 私にとって東日本大震災は風化することが無い、重大な災害のままである。


3/11(金)曇り 東日本大震災11年目 大曲外来 飯川病院ボランティア 
1:45起床、文献・新聞読み、データ整理など。5:30可燃ゴミ提出、7:35Taxi駅に、8:11こまち、8:45大曲中通病院外来、Taxiで移動。秋田市内は徒歩。15:30-19:00飯川病院ボランティア。新聞点検など、19:15帰宅、夕食、20:30就寝。Σ7344歩。アンダーウエア一枚脱ぐ、防寒靴からウオーキングシューズに。

東日本大震災・原発事故2022(1) 11年 またこの日がやってきた(1)
 東日本大震災・原発事故から11年が経った。
 人は歳とともに時間の経過が早く感じるようになる。もうあれから11年!!! 感無量なものがある。

 (1)「カレンダージャーナリズム」
 メディアの特集がここ数日一気に増えた。報道記者たちはその日に向けて関連特集を含め、報道の準備に忙しかったであろう。
 「毎年その時期だけは熱心に報道するが、後は忘れてしまう」という皮肉の意味もある。しかし、私は必ずしもこの種の報道を否定しない。マスコミの果たす意義は大きい。

 ■ 毎年節目の時期には思い出すべきものがある、ということ。この動きが記憶の喪失、風化を防いでいく。自分が成長、あるいは老化して行く毎に捉え方も異なるから大きな意味がある。

 ■ 同じテーマの記述が集中するから、その折々の評価、経時的変化などが経時的にまとめられる。資料として活用できる。新聞が毎日発行され、その誌面が広いといえども限界があるし、読者が興味を向けてくれるかわからないから、関連のない時期に取り上げることは非効率的である。

 ■ メディアの役割は速報だけではない。次世代に知恵と経験を伝え得ていくことも重要。被災者が置かれている状況を個人個人のドラマに終わらせず、大きな目で評価し問題提起していく機能ももとめられる。 今年、3月11日は東日本大震災の11年の節目にあたる。一月ほど前から東日本大震災、原発事故関連の報道が目に見えて増えてきた。 カレンダージャーナリズムにも十分な意味がある。

 (2)私にとっての東日本大震災
 東日本大震災から11年が経った。
 その日、秋田の地では震度も5程度と比較的軽く、私の周辺でも、病院でも直接的被害はそれほど大きくはなかった。ただ、3日間ほど停電し、病院管理者であった私は帰宅せず院長室の大型テーブルの上で毛布にくるまって夜を過ごした。その後もしばらく物流は滞り自家発電用の重油の入手、薬品の入手な度で安心できない状態が続いた。結果的に大きな損害を受けることなく経過した。
 それにしても電気の供給は現代生活の中で大きな比重を占めることが実感できた。電気がなければ水も出ない。水も出なければ・・・と芋ずる式に生活が難しくなっていく。
 このライフラインの欠損は人口密集地、都市部、大規模施設で大きくなる傾向がある。被害の減免についての準備が必要となる。

 震災から数ヶ月後、東日本大震災の後遺症も小さくなって、私は雇用規則に準じ退職した。
 嘱託医として引き続き業務の一部を担うこととなった。


3/10(木) 晴れ 午前飯川病院で申告 午後勤務 
2:00起床,新聞入力。文献多数検討など。本読み、など、寒い。午前は深刻準備に、資料足りなくて7割方で終了、微睡など。4:00-19:00飯川病院勤務。昨年、東日本大震災政府主催慰霊祭の様子を聞く。今年が最後だと言う。菅首相の言葉が虚しく響く。言葉にすることで失われるものがある。19:00帰宅、20;30就寝。Σ3280歩。

恩師お二人がご逝去 秋田大学第3内科初代教授柴田昭氏、2代目教授三浦亮氏
 東日本大震災・原発事故から明日で11年が経った。明日からは一定の期間、鎮魂の気持ちにならざるを得ない。

 その前に、最近、私が師とお慕い申し上げていたお二人がお亡くなりになった。両先生のご冥福を心からお祈りし、感謝の気持ちを表したい。
 いずれも85歳以上と私より10歳近く年長であり、人間である以上いずれはこの時を迎えなければならない、と考えているが、お二人とも私にとっとて大切な恩師であり、実際に訃報に触れるのは感慨深いものがある。
 いずれもご高齢で、時はCOVID-19蔓延の最中で、葬儀は家族葬で営まれたとのことであり、私は一人静かに思い出に浸り、感謝の気持ちを新たにした。

―――――――――――――――――――――――――――――――-
 柴田昭氏は、1975年10月に秋田大学第3内科初代教授に就任され、1977年新潟大学第一内科教授として転任された。氏は血液学、免疫学に造詣が深く、国内外に名を知られた方である。私は再生不良性貧血、慢性骨髄増殖症候群などのテーマについて学ぶ機会を与えられ、新潟大学に転出されてからもシンポジウムの演者として研究成果を発表する機会を与えていただいたなど、本当にお世話になった。
 氏は退官後も時折秋田大学第3内科の同窓会に出席し、会誌に近況などを投稿されていた。常に前向きに生きるその姿には感銘を受けていた。
 氏は昨年9月22日お亡くなりになったとのこと。
 私はしばらく経ってからその訃報を知った。
 秋田大学第3内科の同窓会誌には教授の逝去を悼む関係者の声が掲載されている。

―――――――――――――――――――――――――――――――-
 2代目第三内科教授三浦亮氏は柴田昭氏の後1978年4月教授に就任された。氏も血液学、免疫学に造詣が深かった。私は教授の強い意向に従い不本意ながら博士号を取得した。
 私は白血病の化学療法の限界の打破のために、骨髄移植に向けての、準備、研究、実践についての許可をいただき、一定の目処がついた時点で後輩にその後を委ね、1985年秋田市の中通病院に赴任した。
 教授は1998年2月秋田大学医学部長に就任、2001年2月秋田大学長に就任、2008年3月任期満了し退職された。
 三浦教授も昨年暮れまでお元気で老健施設で働いておられた、という。
 三浦教授も秋田大学第3内科の同窓会に出席し、会誌に近況などを投稿されていた。真摯に生きられるその姿には感銘を受けていた。
 氏は2022年2月27日にご逝去された。
 私は数日経ってからその訃報を知った。葬儀は家族葬で営まれたとのことで、私は一人静かに思い出に浸り、感謝の気持ちを新たにした。
―――――――――――――――――――――――――――――――-
 
 機会があれば、お二人についての思い出と感謝の気持ちをまとめたいと思っている。


3/9(水) 快晴 午後飯川病院勤務+当直 COVID-19ワクチン担当
2:00起床、データ整理、新聞入力、文献多数、データ検討など。10:50バス通り街、徒歩ドンキに、9冊購入 バス飯川病院ボランティア。14:00-19:00勤務。13:30検食、微睡。COVID-19ワクチン担当、17:00当直業務に就く、18:00検食、20:00就寝。Σ9559歩。

こころと身体2022(22) 怒り、恨みの心理(16) 感情コントロール(8) デジタルは怖い(4)
 2004年5月、小学6年生が同級生の頸をカッターナイフで切り死亡させるという、信じがたい事件が生じた。もうあれから20年も経つ。誰もいない教室に呼び出し、後ろ側から斬りつけたらしく、傷の深さは10cmもあったという。計画性と、かなり深い憎しみ感情があったことを推定させる。
書 川名壮志著「佐世保小六同級生殺害事件―謝るならいつでもおいで」 新潮文庫 2018年(1)

 11歳ほどの少女が抱く愛憎とはなんだろうか?私はそんなに根が深いものだとは思っていない。ただし、加害者、被害者共にパソコンを自由に駆使し、ホームページも持っていて、通常からメールを頻繁に交換する仲であったらしいが、このことが深く関連していると思う。

 私は、メールは便利ではあるものの、怪作用の一つとして、憎悪に憎悪を重ねていく、即ち「憎悪育成器」と言っても良いような道具にもなりうると思っている。
 私は、この事件はパソコンゲーム上で不利・不都合になったときに気軽にリセットする感覚とほぼ同じ感覚で、被害者の少女はリセットされた、即ち、消されてしまったのだ、と思う。リセットとは完全消滅させる行為である。だから、そこには手加減なんてあり得ない。100%消滅する結果だけ、即ち、目の前で即死することこそが重要なのだ。だから最大の力をふるったのだろう。陰惨、悲惨な事件であった。

 何でこの様な事件が起こるようになってきたのか。
 合理主義の近代科学文明は人間に備わっているべき感性、情念を奪ってしまった事に起因するだろう。
 本来、子ども達はすべて生まれたときは「この世の王様」として白いキャンバス状態で生まれて来る。子どもは成長過程で、自分に備わった五感全てを用いて周辺からあらゆる情報を吸収し、生きる術を学んでいく。
 その過程で、悲喜こもごも、愛憎、挫折などを体験し、徐々に自分は「王様どころか、実は大勢の中のたった一人の存在」に過ぎない、と言う自覚が育って行く。それには10数年、いや、それ以上かかるものだと思う。時には、一生涯かかる場合もある。この感覚は、しかしながら、人間としての成長と同義でもある。
 そのような、人としての成長の基礎もロクに作られないうちに合理的、ヴァーチャルな、視覚だけの世界に接していくと感性等は育つはずがない。

 「百聞は一見にしかず」的な、聞くよりは見るのが手っ取り早いという合理性でなく、実は「百聞は一見に勝る」という非合理的経験の積み重ねが必要なのだ。
 感性を備えるには時間がかかる。だから、いわゆる、ゆっくり学習「スローラーン」が必要なのだ。
 小学校低学年から英語も教科に入ったし、デジタル教育導入も導入されると報道されていた。
 
 子供達にはボーッとした、考える、感じる時間を与えたいものだ。
 五感の意義を軽視し、合理性に走る今の教育は果たして正しいのだろうか? 私は疑問である。


3/8(火)曇りのち晴れ  中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:40起床、文献チェック。5:30可燃ゴミ2袋提出。6:40バス飯川病院、8:40-12:45中通病院外来。若干難渋。13:00飯川病院、昨年本日から火曜日はボランティアに変更、勤務は水曜日に。検食、微睡。新聞入力、自炊。読書。19:30帰宅、夕食。21:30就眠。Σ7278歩。

こころと身体2022(21) 怒り、恨みの心理(15) 感情コントロール(7) デジタルは怖い(3)
 怒り、恨みの心理には現代社会の人間関係の希薄さが関連し、かつ、デジタル機器の発達が関連している、と思う。

 その問題点の一つは文章作成および解読機能である。私は、確証はないのだが、アナログ的機能の処理機構としての脳と、デジタル的処理機能の脳は別機能と思う。この辺のことは不勉強で今資料を集めている段階でなのでなんとも言えないが、アナログ的機能は情動面をも含んでいるのではないか、と思うし、デジタル的処理機能は視覚的判断機能により近いものと思っている。

 私自身の体験として、私はいま書籍、書類、新聞もほぼ全部デジタル化してパソコンやiPadで読んでいるが、デジタル資料を読んでいてもどうしても印象が薄すく感じる。情緒面に訴える内容でもピンと来ない。それでも便利さがその欠陥を凌駕しているものだから、そのことを分かった上で今後も続けていく。

 デジタル機器の怖さは通信の便利さと速さにもあると思っている。
 スマホの普及も相まって新しいSNSが次々と登場している。その利用者を見ると、Twitter(参加者は世界で3.4億人)、Facebook(25億人)、LINE(2.2億人)、Instagram(10億人)、Youtube(20億人)と驚くばかりである。また、通信機能は年々向上し、通常のデータならほぼ一瞬で世界中のどこでも届く。

 10年以上も前の、私が現役時代のこと。
 患者さん及びその家族から病院へ投書や手紙、メールにていろいろの意見や提言、クレームが寄せられた。私はすべてに目を通し、どんな意見であっても天の声と考え前向きに対処して来た。また、住所や記名のある投書や手紙に対しては可能な範囲で返事を差し上げた。ただ、字があんまりひどいので本文はパソコンで打ち、追伸的に若干の自筆文章を添え、署名した。
 手紙によるものは中高年の方が多い。手紙はクレームも少なくないが、どちらかというと礼状が多い。礼状のなかにもソフトにクレームも含むが、一般的に好意的なものが多い。丁寧に記されているものが多く、見事な筆跡、文体に感心させられ、投稿者の人間的奥ゆかしさも感じられる内容が少なくなかった。

 一方、メールによるものは、圧倒的に若い年代に集中し、内容的には自分や親族などの、時には友人の診察に関するクレームが多く、かつ、徹底的に厳しい内容のものが多い。メールの場合には迅速に返事があって当然と言う立場で書いているから、直ぐに対応しなければ翌日、翌々日には返信を促すメールが来る。その際には更に内容が一層エスカレートし誹謗中傷が含まれていくのが常であった。メール特有の、ここは怨念の自己増殖部分だな、と思われる様な表現が随所にみられ、当時から私はメールの問題点、不快感を感じていた。
 メールの特徴は、私の返信がコピーされ、ひどい場合は一字一句に至るまで批評批判してくることであった。読むたびに気持ちが暗くなっていく。
 メールの特徴のもう一つは返信がとても早く来ることで、手ぐすね引いて待ち構えているのでは、と思うほどで業務に支障を感じることもあった。ボクシングで言えばジャブの応酬のようなものである。

 メールによるクレーマーの文章からは並でない程度の、攻撃性、執着性を感じ取れた。デジタルが変容させたのであろう。

 で、私は緊急性のないものは、数日から1週間ほど返事をしないで暖めておくことにした。意外とこれは有効で、投稿者の方の気持ちが維持できないのか、相手の論調がソフトに変化し、何れやりとりが無くなった。

 デジタルの利便性が裏目に出る例である。


3/7(月)雲晴気温は低い 健康クリニックドック 飯川病院
1:15飯川病院起床、新聞・文献チェック。その他蓄積データ整理。微睡。9:00-11:45健康クリニックドック12名+結果判定14名、12:00飯川病院、微睡、14:00-19:15勤務。入院患者対応。家内分申告開始。読書など。19:45広表経由帰宅・夕食、21:00就寝。Σ5838歩。

こころと身体2022(20) 怒り、恨みの心理(14) 感情コントロール(6) デジタルは怖い(2)
 2017年7月、私は新聞で「保育園落ちた、日本 死ね!!」との見出しで書かれた記事を読んで大きなショックを受けた。私にとっては耐え難い、ヘイトスピーチにも通じる文章が掲載されていたからである。残念な日本語(2) 「保育園落ちた、日本 死ね!!」の行く末は怖い

 この「保育園落ちた、日本 死ね!! 何なんだよ日本。一億総活躍社会じゃねーのかよ。昨日見事に保育園落ちたわ。どうすんだよ、私活躍出来ねーじゃねーか。子供を産んで子育てして・・・・」の文章は、何でこれほど注目されたのか。これは子育て中の母親から発せられたのだろう。
 就業を予定していた母親が子供を保育園に入れられなかったことで生活設定の予定がくるい、困ったのだろう。その時の心情の吐露である。言葉の先鋭化、と捉えたくないが、やはり鋭い。
 これが子育て中の若い母親から発せられたのは驚きである。一時的な怒りの表現ならなんとか許容出来るが、この心情が日常的にあるならば子どもに影響しないか、が心配である。現世代の子育ては核家族の中の、閉鎖的に近い環境で行われるから、親の心情は子供に影響を与えやすい。この感情がいじめに向いたら?? 今の若い人は怖い!!!!
 この投稿者の子育てが、その後、より平穏で順調であることを望む。

 言いたい内容は私にも理解できる。保育園問題の本質は深い、緊急性もある。そのために紙上では大きく取り上げられた。
 この件を野党が国会で取り上げた。結果的に安倍総理は待機児童問題の改善を約束せざるを得なくなった。政治の無策をネット世諭がひっくり返したという意味で画期的な出来事であった。

 近年、言葉の野蛮化、下品化、尖鋭化が進んでいる。
 この文体は、異様なほどの、破壊的パワーを持つ。だから、私は危惧する。正しい内容でもおとなしい表現ではアピールできない、通用し難い、として、このような表現が、当たり前のように蔓延していかないか?さらに注目を惹くために一層エスカレートしていかないか? さらに、注目を惹くために反社会的な行動としてエスカレートしていかないか?・・・などなどである。

 この背景にはデジタル機器が関連している、と私は考える。

 鉛筆や万年筆などを用い、芯やペン先から生まれる個性豊かな筆跡の自筆文章では到底表現困難な内容も、悪態も、パソコンなら、携帯ならサラサラ澱みなくかける。私はディスプレイに打ち出される文章は、それが乱れた心情を表す際には、感情の起伏の増幅装置にもなる、と捉えている。ディスプレイを見ていると次から次とエスカレートする文章が心の中に浮かんでくる。

 それに、若者たちの携帯の文章打ち込みは驚くほど早い。大した文章力である、しかし、その後、見直して文章をじっくり推敲しているようには見えない。
 私の場合は携帯では文章入力はしない。あんな小さな機器を見つめるだけでも心が荒れてくる。小さなフレームの中に没頭(8)いい広告があった
 私は大画面のパソコンの前でキーボードをノラリクラリと打つからとても非能率であるが、それが自分に合っている。

 字を書く作業は鉛筆や万年筆では曲線を引くことが基本になっているから心も動きも滑らかになる。他方、デジタル機器の場合は直線的な指の動きによる打ち込み操作である。私はキーボードを打っているときはどちらかというと挑戦的心理になっているのを感じる。また、最近は漢字変換機能が充実している。自分の能力以上の変換がなされ、自分の文章に酔ってくる。
 この気持ちも文章を荒らしてしまう。


3/6(日)曇り寒波 当直明け+引き続き飯川病院日当直 外来レセプト点検
 1:30飯川病院起床、データチェック。関連文献検討、本読みなどほかいつもの如く。7:00朝検食、座学中心、読書三昧。9:00引き続き飯川病院日当直2日、結局明日の夕方まで継続勤務となる。大学からの当直医COVID-19感染来院できず。9:30-10:30外来レセプト点検。14:00院長来院、新聞チェック、入力、微睡。データ整理。18:00夕検食、21:00就眠。Σ3801歩。

こころと身体2022(19) 怒り、恨みの心理(13) 感情コントロール(5) デジタルは怖い(1)
 「あの一言が忘れられません!!!! 何十年も前のことですが、診察時に、医師が投げつけた不用意な一言、私は絶対に忘れられません。今でも怒りが湧き上がってきます」と、話題にする患者がいる。かと思うと、こちらが何気なく言った一言なのにあとから「先生のあの言葉で生きよう、という気持ちになれました」と教えてくれる人もいる

 言葉は人の一生を破壊することも、人の命を救うこともできる。本当に不思議なものだな、と思う。そして、その言葉を用いて患者に安堵を与えることの出来る医師の仕事は面白いけれど恐ろしくもある、と思う。
 もちろん、医師だけが言葉の威力に触れているわけではない。私たちの毎日は言葉抜きでは始まらないから、知らないうちに私たちは人を傷つけたり、癒されたりしている。言葉の流れに沿って、相手への賛意のつもりで述べた言葉ですら、相手が大きく傷つくこともある。難しいものだ、と思う。

 言葉も怒りの感情もアナログの世界である。しかしながら、世の中はデジタルに向けて進行中である。アナログとデジタルの区別すらわからなくなっている。こんな時代、どこに気をつけ、何を心がければよいのだろう。

 この言葉の威力をよい形で使い、人間関係をうまくこなすためには、アナログとデジタルの違いを意識して、どこに気をつければよいのだろう。

 感情を言語化しておくのはとても良いことである。私は習慣的に実行している。
 しかし、この時にデジタル機器を用いるのは、私にとって怖いことである。あまりにも無機的で、便利過ぎるから勇み足を犯しやすい。

 怒り、恨みの感情などは完全にアナログの世界であり、デジタルやAI機器の介入は相応しくない。しかし、いまは多くの方々がデジタル機器を使っている。そう言う私も例に漏れない。

 文章との違いがあるが、デジタル例の顕著な例として写真の世界を取り上げてみる。
 夏の夕方、温まった地表からの上昇気流によって激しく発達する入道雲、あれは格好の被写体であり、私も時にカメラを向ける。ムラムラと湧きあがる情景は、恨みや憎悪の感情の起伏を表すのにちょうどいいサンプルにもなることも少なくない。

 これを古いフィルムカメラとデジタルカメラで撮影する。
 前者の場合、私はほとんど何もできない。ほとんど被写体そのままの記録である。出来ることといえば、写真店でせいぜい明暗の注文とトリミングを依頼する程度である。それも高価で簡単には頼めない。
 後者の場合、自分でその画像を好きなように加工できる。私は知識も興味も乏しいからやれることは少ないが、背景を変えたり、入道雲の形を変えたり、陰影を付け加えたり、ほぼ自在である。画面から雲を消すこともできる。私は自分で画像を操作しながら出来上がった画像を見て恐ろしさを感じることもある。デジタル写真は必ずしも真実を表していない。操作により如何様にもなるからである。しかもコストがかからない。

 アナログ的感情の記録にデジタル機器を用いる怖さの原点はここにある、と私は思う。


3/5(土)曇り降雨 飯川病院日当直  
1:00起床、新聞・文献・資料検討。朝までは座学中心。11:30家内に同乗、飯川病院に。12:00から明日朝まで日当直。微睡、新聞チェック。12:00昼の、18:00夕の検食、20:30就寝。Σ2763歩。部屋からはほとんど出ず、運動不足。微睡の時間も長かった。

こころと身体2022(18) 怒り、恨みの心理(12) 感情コントロール(4) アナログ・鉛筆・万年筆
 感情を言語化しておくのはとても良いことである。私は習慣的に実行している。

 しかしながら、激しく怒りを感じている最中にパソコンのキーボードに向かって起承転結を明らかにした完成型の作文をするのは危険である。何故なら、パソコンのキーボードは私から見れば憎悪感情の増幅機であり、罵詈雑言が次々と浮かんできて、むしろ怒りが再燃するからである。

 こんな時はアナログ的に、その辺にある紙にメモを残してしばらく置くのがいい。
 その際、筆記用具として鉛筆あるいは万年筆を用いるのがいい。これらは小さいことから親しんできたもので、私にとっては明らかな鎮静作用があるからである。

 私は今でも鉛筆を用いているし削るのが好きである。いつも勉強を始める時には5本ほどの鉛筆を剃刀や小刀で削っていた。鉛筆削機も買ってもらったがこれで削った芯はシャープ過ぎてすぐにダメになる。鉛筆削機は鉛筆メーカーも出している。鉛筆を消費するための道具と気づいた。
 私が削る鉛筆は形もいい。とても綺麗である。芯は過度に尖らせないから折れないし、長時間にわたって多数の文字を書くことができる。
 消費量が少ないから私の文房具入れには小中学校の時購入した、あるいは記念品としていただいた鉛筆がまだ数10本残っている。とても使いきれない。どうしようか、これも小さな悩みの一つ。
 私は鉛筆に鎮静作用を感じ取る。

 万年筆は小学校高学年時に父親からもらって恐る恐る用いていたが、社会に出てからは10本近く用いてきた。美しい模様の入ったペン先から途切れることなく出てくるインクによって描かれる文字には幻想的な雰囲気があり、心を鎮めてくれる。私は字は下手であるが万年筆の字は個性的で好きである。今も4本の万年筆を愛用している。

 筆記用具はそのうちボールペンが主流となった。今も用いてはいるが、筆記用具としてあまりにも利便過ぎて、筆記用具というよりは私は筆記道具として用いている。

 私は怒りを感じた時にアナログ人間に戻る。もともとヒトの感情なんてアナログの世界である。だからなのか、メモ用紙、鉛筆、万年筆には心惹かれるものがあり、心を落ち着かせる作用を感じる。

 感情の言語化は好きである。私の筆力では不十分であるが、集めてあるメモ用紙からそのうちの一部を起承転結を明らかにした完成型の作文にして残す。
 この過程で怒り、恨みの感情はほとんど消え去っているから不思議だし、私を救ってくれた。


3/4(金)快晴温暖 大曲中通病院 飯川病院ボランティア ウクライナ原発攻撃
1:45起床。文献・本読み、徒然他、データ処理。積雪2cm。5:20可燃ゴミまとめのみ提出なし。7:30Taxi駅、8:11こまち。大曲は往復タクシー、8:50大曲中通病院外来。秋田駅から徒歩。15:45飯川病院ボランティア。微睡、読書中心。家内はWeb学習会、20:20帰宅、夕食、21:30就寝。歩数5617歩。

こころと身体2022(17) 怒り、恨みの心理(11) 感情コントロール(3) 挨拶/対話の重要性
 急性の怒りや憤怒の嵐が落ち着いたら次は挨拶と対話である。

 もう15年にもなるが、何故か中通総合病院院長を拝命した。私は当時の病院の雰囲気として明るくカラッとした人間関係がやや乏しい、との印象を持っていた。小さな人間関係に由来する小さなトラブルもよく耳にした。こんな状況では新入職員の定着率も良くない。それで以下の如くの言葉を私のスローガンにすることにした。
 以下が就任時に職員に当てた挨拶文である。
――――――――――――――――――――――――――――――-
院長就任挨拶 キーワードは「挨拶」「笑顔」「ディスカッション」
 この度、中通総合病院院長を拝命しました。
 ことの推移にただ驚くばかり、人生って先に何があるか、本当にわからないものです。ともあれ、与えられた職務に誠意を持って取り組みます。
 中通総合病院は今年、創立50周年の大きな節目を迎えます。この半世紀、中通総合病院を支えてきたすべての方々に、改めて心から感謝の意をお伝えしたいと思います。
 全職員のみなさん、これからも、創業の精神を大事にし、中通総合病院と言う素晴らしい医療の場を通じて、社会に貢献して行きましょう。
 私は医療に従事していると言う幸せを各人が喜びとして心から感じられる、活気のある病院にしていきたいと考えています。
 そのために、「挨拶」「笑顔」「ディスカッション」、この三つをキーワードにして職務を進めます。どれも社会人として当たり前のことなので特に説明は要しませんが、この三つで病院は変わります。勿論、全職員の方々にも実行を呼びかけていきます。                  
 (2005/9/1日報めいわ)
――――――――――――――――――――――――――――――

 今となっては懐かしい文章である。
 「挨拶」「笑顔」「ディスカッション」は、いずれも社会人として当たり前過ぎるのであるが、私は人間関係の危機管理上でも重要と考えている。いや、私自身にもいささか欠けている、と自認していることでもあった。私自身に向けた言葉でもあった。

 人間関係には好むと好まないに関わらずストレスが伴いやすい。
 これらの言葉が持つ意義を身に付けていれば人間間のストレス状態発生も解消にも役割がある。前向きの意味で予防効果があり、一旦生じた人間的ストレスの解消過程、鎮静過程にも価値がある。
 急性の怒りや憤怒の嵐が落ち着いたら、いつまでもそれに拘っているのは無駄なことである。怒りの元になった相手は元々関係が深い間柄と思われる。次に会ったときに通常に挨拶を交わすだけで良い。話ができればさらに良い。この時に交わす挨拶、会話はとても価値が高い。これが上手く行かないと相手を憎む感情が持続する。さらに悪き状況が続いている場合は、相手を憎む感情が持続するどころか増殖に転じてしまう。ここまでくると改善は一層難しくなる。その後「ボタンのつけ違い」と表現される悪きスパイラルに入っていく。

 この場合のコミュニケーションは当該の相手のみではない。笑顔で会話できる人であれば誰でもいい。誰かとかわす会話は必ず心を鎮めてくれる。


3/3(木)桃の節句 降雨小雪 飯川病院  
1:00起床。文献新聞など。午前は一階のトイレの流れが悪くなって対応。幸い改善した。読書など、11:50バス飯川病院。昼の検食はチラシ寿司、美味であった。14:00勤務。入院患者対応。19:15帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計7979歩。昨年、スキーウエアなしで出勤と記載があるが信じがたい。

こころと身体2022(16) 怒り、恨みの心理(10) 感情コントロール(2) 30分
 まず、最初の6秒間の激しい怒りによる感情の突風を、水を飲んだり、呼吸を整えることで乗り切ったら、次の段階の解決法は、日常から探しておいた自分に相応しい解決法に頼ること。
 激怒した時にいきなり何かをやろうとしても無理だから、普段からちょっとイラっとしたときやモヤモヤしたときに何をすれば落ち着くのか試して身につけて置くのがいい。自分の気持ちが落ちつくのであれば何でもOK。

 私の場合は、読書と散歩、簡単な運動、その時の気持ちをメモ風に言語化しておく、などに切り替える。それでも鎮まらない時は「ふて寝」をしてしまう。起きた時には振り返るのが馬鹿らしいくらい怒りが鎮まっていることが多い。私にとって「ふて寝」が一番効果的であった。
 感情を言語化しておくのはとても良いことであるが、この点で詳細に記録し始めると罵詈雑言が次々と浮かんできてむしろ怒りが再燃するから不適である。

 イライラと向き合うために「その後の行動」を分類するのがいい。
--------------------------------------------------------------------------

(1)「行動」:カッとなって、爆発しそうになった激しい感情を乗り越えたとき、別の行動に移行すること。

(2)「思考」:イライラが起きる背景には、自分とその人との価値観の違いがある。人に過度に頼るとその人を恐れざるを得ないこともある。なぜ怒りがわくのか??それは「○○すべき」という期待感や欲求が自分の方にあり、それが裏切られたときに怒りがおこる。その「○○すべき」は家族とか、親しい、近い関係の人に期待や甘えのために強く出やすいので注意が必要。

(3)「重要度」:怒りの原因は一様ではないが、冷静に考え「自分にとって重要か否か」を判断する。
--------------------------------------------------------------------------

 そして、「現実を受け入れる」、「解消に向けて前向きに努力する」、「放置する」、「時間をかけて感情の変化を観察する」・・・などなどの方法を選択する。意外と怒りは感情の起伏の問題だから、放っておくという選択肢が効果的と思う。「解消に向けて前向きに努力する」は時間とか内容をよく考えないと逆効果になることもある。

 学術的には激しい怒りの持続は30分と言われている。さらに怒り続けるには新たな怒りのエネルギーを投入し続けなければ持続できず、一般的には30分も経てば自然に鎮まっていくと言われている。「時間をかけて感情の変化を観察する」のは意外と良い方法かもしれない。

 どんな時に自分が怒りを感じ易くなっているか自分で把握しておくことも必要である。このようなことを知っていると怒っている人を見ても、もしかして疲れている睡眠不足?・・・などと広い気持ちで対応できる。

 この様な方法で状況が改善してきたら次はコミュニケーションである。


3/2(水)快晴温暖 飯川病院 COVID-19ワクチン3回目接種担当
1:15起床。文献など処理。午前中は座学中心、一階のトイレの流れが悪くなって対応。改善せず。データ整理など。10:50バス通りまちまで。書店経由、ドンキホーテまで歩行、古書仕入れ12冊。バスにて飯川病院に。午後勤務、COVID-19ワクチン3回目接種担当。19:30帰宅、夕食、20:50就眠。Σ8672歩。

こころと身体2022(15) 怒り、恨みの心理(9) 感情コントロール(1) 6秒
 私も感じているのだが、日常生活は自分にとってとてもストレスフルで多くのことがイライラや怒りの原因になる。
 例えば、運転中に思いがけず渋滞巻きに込まれてイライラする、職場の同僚の無遠慮な言葉でカッとなる、などなど挙げればキリが無い。
 意外と心にズッシリとくるのが、家族を含めて親しい間柄の同士の会話である。互いに遠慮がないだけに、本来言うべきでないことが不用意に飛び出すことも多いように思われる。いや、それ以上にあまり関心のない話題の時に、うっかり心のこもらない返事をしてしまい顰蹙を買うこともある。この場合、関係改善がなかなかうまくいかないこともある。

 小さないらつきでも、度重なれば心身不調や病気を招きかねない。自分は怒りっぽくないと思っていても、まったくイライラもモヤモヤもないということは考えにくいし、周りに怒りっぽい方がいればその影響も受けてしまう。

 だから、怒りについて必要最小限のこと知っておくことは現代を生きるには必要なことと思われる。

 一つ一つささいなイライラでも、放っておくと自分の精神状態、身体状態に跳ね返ってくることもある。

 性格と病気の関係を調べた研究では「競争的で、攻撃的で、過剰にカッとなりやすい人はそうでない人よりも交感神経が活性化していて、心筋梗器や狭心症などの循環器系の病にかかりやすい」ことが分かっている。いわゆる「瞬間湯沸かし器のような人」と評される人は周囲に何人かいるが、それほどでないマイルドな人でも「イライラしている時の自律神経の活動状況はこんな状態の人に近い状態」とされている。

 だから、怒りやそれに対する衝動をうまくコントロールすることは自分のためにも重要だ。

 心理学的に、急性の怒りの「衝動」が持続するのは6秒間だとされている。この時間をうまくやりすごせるか否かが第一の関門となる。
 最も簡単な方法は呼吸法。「イラッときたら、ゆっくりと深く呼吸する」、これだけで交感神経の緊張がかなり緩くなる。手を軽く組み動きを抑制して時間を稼ぐのもいい。可能であればその場から去るのもいい。
 私の場合は初代のネコの姿を思いうかべるのが一番効果的である。ホッとあんしんする効果がある。

 つまり、反射的に暴言を吐いたり、暴力的行為に走ったり、逆に言うべきことを言えずに後悔するのを防ぐ為の方法であり、その意義はとても大きい。


3/1(火)晴れ曇り春めく 中通病院外来 飯川病院ボランティア 
1:00起床、文献・新聞関連など。6:00可燃ゴミ出し。6:40バス飯川病院、8:45-12:30中通病院外来。複雑で疲弊。院長より三浦第3内科元教授の死去を知り驚く。ご冥福をお祈りします。飯川病院へ移動微睡、14:45-19:15ボランティア、入院患者対応なし、微睡はやや長め。19:30帰宅、夕食、20:20就寝。Σ7928歩。

季節の話題2022(4) 秋田の雪(4) 先週から急に春めいた スパイク、根回り穴など
 今季は秋田地方は寒く、雪も多かった。秋田の積雪は例年より2倍程度と観測されている。

 降雪のピークは2月18日、この日に14回目の除雪を行った。しかし、これ以降は猛烈な寒波をきたし、風雪もあったが、風が強かったためにまとまった降雪とはならなかった。
 さいわい、天皇誕生日を境に天候が落ち着き始め、強風も止み。やや温暖となった。

 2月下旬となり、秋田もやっと広く青空を見れる様になり、空も山々の雰囲気も春めいてきたことが実感できた。
 私も除雪ストレスから解放されそうで、日々快適である。

 以下は今季の感想である。

(1)今季の転倒
 私は転倒しやすい。いつも骨折や頭部外傷を起こすのではないか、と恐怖を覚えている。
 しかし、今季は2回の転倒だけで済みそう。転倒には降雪はもちろん関連しているが、それも降り始めのこと。1回目は12月6日。薄雪に隠れていた工事用のゴムマットで足を取られてちょっと激しく転んだ。この時の膝痛は3ヶ月経過した今でも若干残っている。2回目は滑って足を取られたが、崩れ落ちる様に転んだのでダメージはなかった。
 転倒予防のために12月中旬から防寒シューズにスパイクのアダプターをつけて過ごした。流石に幾分かは歩きにくい。2ヶ月半ぶりに今朝外した。これで歩行がかなり楽になった。
 路地はまだ雪が残っているから、歩行時にはまだ気が抜けない。
 
 (私が付けていたスパイク。これでも危ない場面はあったがかなり助かった)

(2)我が家に積み重なった雪の塊
 ここ1週間で雪の塊は二回りほど小さくなっている。それでもこの量である。我が家の路面はやっとアスファルト面が露出した。
 つい2週間前までは雪を除雪機で飛ばして積み重ねていたのであるが、これからは逆にスコップで少しずつ崩して花壇の土面を出す作業を始めなくてはならない。
 

(3)春の雰囲気、木々の周りの根回り穴(根開け)
 この季節になると樹木等の周りの根回り穴(根開け)が目立つ。春の雰囲気を一層醸し出す。
 
(不思議なことに細い幹の周辺に大きな根回り穴ができている)

 何で根回り穴ができるのだろうか?
 色々な説がある。雪の季節が終わり暖かくなってくると、太陽からの熱エネルギーが白い雪面では反射し、黒っぽい幹では吸収されるので樹木の表面温度が上がりその輻射熱で雪解けが進むという理由が挙げられている。その他、暖かい雨が幹を伝って幹周りの雪を解かす説。幹の陰になって降り積もる雪が幹の周りだけもともと少ない、暖かい風がふいたとき幹周りで風の流れがで き雪解けを進める・・・・などの理由が考えられているようだ。枯れた木の周りにも生じるので樹木自身の熱ではなさそう。
 ただ、この写真に見られるように、比較的細い幹の周囲に大きな根回り穴が見られることもあるから、これらの説が必ずしも正しいとは思えない。現時点では、いくつもの要因が絡み合ってできるのだ、と納得しておくが、私は根回り穴で開いた地面が太陽熱を吸収して温度が高くなるため、と思っている。


 2/28(月)快晴温暖  健康クリニックドック 飯川病院  
1:00起床。新聞・文献チェック。徒然など。曜日間違い可燃ゴミまとめと集積所に運搬。結局再搬入し自宅に、明日廃棄。6:40バス飯川病院、9:00-11:50健康クリニックドック14名、結果判定13名、意外と時間がかかった。12:00飯川病院。微睡、14:00-19:00勤務。入院患者対応。データ入力と整理、19:10帰宅、夕食、20:30就寝。Σ7406歩。

ウクライナ情勢(6) プーチンは核使用の可能性をチラつかせた
 ロシアは2月21日ウクライナの一部を併合、
 2月24日侵攻開始。以降激しくミサイル攻撃を繰り返している。
 2月27日ウクライナ・ロシア間で停戦交渉が始まることとなった。現時点では平行線。一方、戦闘は激化している。

 ロシア軍がプーチン大統領の指示を受け、戦略核の運用部隊が「特別態勢」に入ったと発表した。核による威嚇で欧米の動きを牽制するのが狙いだとしても、越えてはならない一線を越えた。核使用をちらつかせた核大国による威嚇は、キューバ危機が有名。当時のフルシチョフ書記長とケネディ大統領の時代である。

 なぜいま「戦略核」強調したのだろう。短距離ミサイルによる「核」だけではなく、大陸間弾道ミサイル(ICBM)などの「核」を強調しているのも奇妙だ。実際の使用は想定しにくいが、プーチン氏の意図は何か??ウクライナ側につく欧米への威嚇だろう。

 軍事侵攻に突き進んだプーチン氏がとれる選択肢は狭まり、切り札がなくなりつつある。
 一方、ウクライナ情勢はロシア側がやりたい放題やっていても、ウクライナはNATOにも参加していないから、欧米側にとっては所詮他国の問題であり簡単には手を出せない状況にある。このまま侵攻を進めればウクライナは焦土と化す。

 話題になっている核は、より小規模なものだろうが、破壊力は広島に投下された原爆をはるかに上回る。
 米国はプーチン氏にどう対応するのか。バイデン氏は核戦争への懸念は「ない」と語ったが、想定外のことが起きるリスクはあり得ないことではない。ロシアが示した核戦略について日本を含め国際社会は最大限の抗議を発せねばならない。

 プーチン氏は侵攻前も、「最強の核大国だ」「介入すれば経験したことのない結果を招く」と発言していた。そんなことは誰でもわかっている。武力侵略に有無を言わせないために、世界の安全を人質に取った脅しだ。
 今回の核戦略をちらつかせたロシアの行動は、世界が堅持すべき核不拡散体制への重大な挑戦である。

 核による脅しも他国の主権侵害も、絶対に容認されないことを国際社会は結束した行動で示す必要がある。


2/27(日)寒波緩む 快晴 飯川病院日直
1:10起床、本読み。データ整理。午前8:30回診に行く家内に同乗、飯川病院、日直につく。日曜討論、新聞文献データ入力、微睡、読書など。12:00検食、NHK「のど自慢」なし。午後も同様、急に春めいてきた。19:30帰宅夕食、20:30就寝。Σ4897歩。

ウクライナ情勢(5) 2月24日ロシアがウクライナに侵攻
 
ロシアは2月21日ウクライナの一部を併合、一方的に独立国とする大統領令に署名した。
 独立国の領土を他国の大統領が勝手に分割するなど、ウクライナの主権を踏み躙る行為であり、こんなことを許していいものか?

 2月24日、ロシア軍がウクライナへの軍事侵攻を開始した。
 独立国の主権を武力で踏みにじるのは国際社会の秩序をないがしろにする暴挙であり、断じて容認できない。

 ロシアのプーチン大統領は国民向け演説で、親ロシア派武装勢力が実効支配するウクライナ東部での軍事作戦実施を決定したと表明。ウクライナの非軍事化が目的とし、同国の占領は計画していないと述べた。
 ロシア軍は、ウクライナの首都キエフなどの軍事施設をミサイルで空爆。ウクライナ当局などによると、北部のベラルーシ国境やロシアが実効支配する南部クリミア半島との境界の施設が攻撃を受けた。死傷者も出ている。

 プーチン氏は2月21日にウクライナ東部独立を一方的に承認し、住民保護を名目に派兵を命令。米国と欧州諸国、日本などは経済制裁の第1弾を発動した。
 侵攻により、米欧などとロシアの対立は深まった。各国は躊躇せず経済制裁強化を打ち出すべきだ。侵略は重大な代償が伴うことを国際社会が一致して示すことには意義がある。

 北大西洋条約機構(NATO)が冷戦終結後、東方への拡大を続けてきたことにプーチン氏は反発。米欧から軍事支援を受けるウクライナが将来的にNATOに加盟すれば、安全保障上の重大な脅威になると主張していた。 ウクライナには独立国家として自らの安全保障政策について決める権利があり、ロシアの要求には無理がある。

 プーチン氏はロシアとウクライナは「一つの民族」と主張する。そういう捉え方は可能だろう。しかしながら、それと侵攻とはどんな関係があるのか??

 ウクライナでは侵攻に備え、高齢者や高校生を対象にした軍事訓練も行われているという。10代の若者たちが実際に武器を取って戦い、血を流すようなことは何としても避けたい。
 ウクライナには独自の文化がある。主権国家として国連に加盟し、国際社会が承認している。
 現ロシアが近隣の独立国を「属国」の様に扱うのは時代錯誤。プーチンもボケたか??

 国際社会の側も外交による解決の道を閉ざしてはならない。多くの国がロシアに対する厳しい制裁を通じて毅然たる態度を示し、粘り強い外交努力を継続することを期待したい。


2/26(土)曇り小雨 風除室猫トイレ改修、床掃除など
 1:00起床。早朝午前は新聞、文献、徒然など、微睡読書ゆったり進める。午後は風除室ネコトイレ改修、床掃除など、敷物除去など。19:00夕食、20:15就寝。歩数Σ4252歩のみ。

ウクライナ情勢(4) 2月21日ロシアがウクライナの親ロシア地域の独立を承認
 ロシアのプーチン大統領が21日、ウクライナ東部の親ロシア派が事実上支配する地域の独立を承認した。平和維持を口実に同地域に派兵もするという。
 プーチン氏は西欧諸国の首脳と外交交渉を進めながら裏でウクライナ東部の独立策を進めていた。

 2014年のクリミア半島併合に続いて、再び武力で現状を変更する試みだ。15年に独仏の仲介でまとめたロシアとウクライナの和平案「ミンスク合意」も事実上破棄した。
 ウクライナの現政権がが西欧寄りの姿勢を持っているが、プーチン氏は、西側諸国の影響力を排し、ウクライナを自らの「勢力圏」に置くつもりなのか。主権国家を蹂躙し、国際秩序を踏みにじる行為を見過ごすわけにはいかない。そもそも、他国が勝手によその国の領土を分割できるなど考え難い。

 ロシアはウクライナとの国境近くに10万人を大きく超える部隊を配備し、軍事的緊張を高めている。西側諸国は何度も警告を発し、自制を促してきたが、受け入れられなかった。

 武力による現状変更を禁止した国連憲章に違反することは明確。国連安保理は21日、緊急会合を開き、この問題を協議した。大半の理事国は反ロシアの姿勢である。いまこそ国際社会としてロシアの暴挙を弾劾すべきだ。中国はロシア支持を明確にはしなかった。

 ロシアに対しては経済制裁を行う。バイデン氏は21日、独立承認した地域との貿易や新規投資に米国人が関与することを禁じると発表、22日には追加措置も決める。日本も主要7カ国(G7)と連携して、相応の制裁に加わる。

 ロシアの大規模部隊も撤収しないまま、本格的な軍事侵攻を許さないためにも、外交努力は続けるべき。国際社会は一致して毅然とロシアに立ち向かってほしい。ウクライナの独立が脅かされれば、「力による威嚇」が定着する。アジアにも影響が波及する恐れがある。そうなれば我が国の領土も危険にさらされる可能性がある。

 冷戦が終結し、ソ連が崩壊して30年を超えた。再び高まる分断の危機に世界はどう立ち向かうのかが問われている。


2/25(金)曇り小雪寒波ゆるむ 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:10起床。文献・データ整理、読書。5:30可燃ゴミ廃棄。7:20Taxi駅に、8:11こまち、8:55大曲中通病院外来。病院駅間は往復Taxi。15:30飯川病院ボランティア、微睡。新聞記事チェック、入力ほか。患者の急変あり、20:00帰宅、夕食、21:15就寝。歩数Σ7490歩。

ウクライナ情勢(3) ロシアがウクライナの一部併合 私にとってウクライナ? 
脅威を与え続けていたロシアがウクライナの一部を併合、一方的に独立国とする大統領令に署名した。ロシアの具体的行動が明らかになった。独立国の領土を他国の大統領が勝手に分割するなど、ウクライナの主権を踏み躙る行為であり、こんなことを許していいものか?
 今後の両国の動き、欧米の動きを注視する必要がある。
 国際法なんてなんの役に立つ??国連なんて??と思う。

 ウクライナとロシアは歴史上複雑な関係を持つが、ソ連崩壊後から現在に至るまで政治的緊張が続いている。
 ウクライナはロシアよりもEU(欧州連合)諸国との関係を強化することを目指していた。同様の立場を取るグルジア、アゼルバイジャン、モルドバとともにGUAM(4か国の頭文字)と呼ばれる連合を結成。ウクライナ自身が将来のEU加盟を希望している。さらにする様なことがあってはロシアにとって脅威になることである。しかし、クライナはNATOに加盟を決めたわけではない。

 私にとってウクライナに関する知識はどれだけあるか、というと甚だ心もとない。
 チェルノブイリ原子力発電所事故とウクライナのキエフを拠点とする国立バレエ団の存在くらいか。
 いつでも調べられると思い前向きではなく、不勉強であった。

 チェルノブイリ原子力発電所事故は、1986年4月旧ソ連の構成国、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きた。深刻な事故を示すレベル7に分類された。この事故に関しては福島第一原発事故もレベル7であり、比較しながらかなり勉強したが、将来のことはよくわからない。それは福島と同じである。

 ウクライナのキエフを拠点とするキエフバレー団は2年前に秋田でも公演を行った。
 
 (2019年12月秋田公演のパンフ この時の公演は録音音源が用いられた 経費の問題だった、と推定できた)
国立キエフバレー秋田公演 「くるみ割り人形」 秋田市文化会館

 1867年に設立。旧ソ連時代の1970年代にロシアバレエの伝統を受け継ぐバレエ学校とともに広く知られるようになった。
 ウクライナ情勢が緊迫する中でも、名門キエフ・バレエは公演を続けている。「観客に芸術で喜んでもらいたい」「気持ちが楽になってほしい」。日本人も活躍するバレエ団のダンサーたちはそんな思いを抱きながら、つい先日まで社会の重苦しい雰囲気を和らげることを願って踊っていた、と言う。
 しかし、状況がさらに悪化し、キエフバレエだけでなく、多くのバレエ団が上演をやめ、多くのバレエダンサーたちがレッスン場に通うことすらできない事態に陥っているようだ。

 キエフバレエ団は2022年12月秋田市に完成予定の「あきた芸術劇場」でウクライナ国立歌劇場管弦楽団ととも来秋し「白鳥の湖」公演が予定されていたが、おそらく実現不可能と考えられる。残念なことであるが、そんなことより、一刻も早くウクライナに平和が戻ることを願いたい。


2/24(木)寒気若干緩む曇り晴 飯川病院 
1:00起床。文献・データ整理、読書。午前は座学中心、読書文献中心。10:50バス飯川病院。iMac27大曲に送る。新聞チェックなど。文献入力多数。14:00-18:45飯川病院。患者急変にて院長救急車にて市立病院へ。20:00帰宅、夕食、21:15就寝。Σ6172歩。対ロシア対策世界中で。

徒然ネコ談義2022(10) 地域ネコ活動(2) 私の場合 
私の場合、初代のネコは別であるが、それ以降の約10匹は野良ネコをやむなく保護し、飼育しているのであって、彼らの生活、命に関しては責任を感じている。
 一般的に語られるような野良ネコ達には一切興味も関心もない。

 もし、私がネコ好き?と問われれば、いろいろ感慨はあるが説明するのが面倒なので「まあね・・」と答える程度である。
 だから、地域ネコ保護活動をされている篤志家の方々には心から敬意を表している。

 ただ、考えてみると私がネコを飼育していることは一種の「地域ネコ活動」と言えると思う。ただ、地域活動だとは思っていない。命ある気の毒な野良ネコを安全な状態に保護しているという感じである。

 特に、いまわが家で保護しているネコは、横浜の長女が保護し我が家に届けられた「黒チビ」と、野良の母親とその子供達の一家である。

 後者は、ある日出産間近のブチの猫が現れ、わが家のガレージや生垣で過ごしていた。餌を十分確保できない、空腹の妊婦ネコは流石に不憫で、時折キャットフードを与えていた。その時生まれたのが3匹で、子供達は家の周りで過ごし、冬の寒空を健気に外で耐えた。私は時折餌を与えていた。
 春になって1匹が肺炎()で死亡、もう1匹が我が家を去り、1匹が残った。それが現在のプチである。我が家の周辺はネコ嫌いの方が多く、畑仕事が始まると小石が投げられるなど、プチにとっても安全でなく、やむなく風除湿に保護した。

 しばらく姿を消していた母ネコが、また孕んだ状態で戻ってきて今度は5匹産んだ。しばらく無視していたが、近隣方々の目も厳しくなった。家族の協力もあって母子一家6匹を風除湿に保護し、慣れてきたプチを家に入れて家ネコとして飼うことにした。

 いくら何でもこんなことを繰り返してはいられないと、プチを含め7匹を去勢手術した。

 振り返ってみると、私にはそんな意識はなかったが、実際にやっていることはいわゆる「地域ネコ活動」その物である。

 里親探しもやったが、実際に引き取られたのは1匹だけで、プチを含めて一家6匹と黒チビと同居することとなった。

 ネコにとって良い環境とは「安全、清潔な場所、ネコ嫌いでない飼い主、水や食べ物がある環境、自然に生きる」ことと私は考る。その意味ではまあ合格かなと思っている。


2/23(水)天皇誕生日 晴れ寒波緩む ロシア・ウクライナの一部併合
1:00 起床飯川病院で起床。文献・新聞チェック。iMac27再梱包。明日大曲に。9:30家内の迎えあり、駅まで送られバスで帰宅。家内は午前午後学習会、ゾンタに。新聞チェック、読書多数。自炊準備数冊。19:00夕食、20:30就眠。Σ6196歩。玄関から一歩も出ず。

徒然ネコ談義2022(10) 地域ネコ活動(1)
 日本のネコの日は、「ネコと一緒に暮らせる幸せに感謝し、ネコとともにこの喜びをかみしめる記念日」という趣旨で制定した、と言う。以降、毎年ネコに関する啓発活動も行われるようになった。確かに、人間中心の社会にとって、イヌネコは社会的に問題点を有していると言えよう。

 かつては野良イヌがたくさんおり、かつリードなしで放し飼いにしていた飼い主もずいぶんいたが、今は野良イヌはほとんどいなくなった。残っている問題は飼っている側の人間の良識が問題として残っているだけの様に思う。
 秋田県のある地方で20頭ほどのイヌがリードなして飼われ、近隣住民から鳴き声、威嚇行為、糞尿問題で苦情が出ている。飼い主は一切応じていない。この問題の責任者はヒトである。

 ノラネコ問題は近年クローズアップされてきている。以下の活動が見られる。
-----------------------------------------------------------------------------------
地域でネコ対策
 最近は個人としてだけでなく地域での問題として捉え、主に都市部でネコ対策活動をしているところが見られる。 地域ネコ対策活動はその地域の有志が主体となって行う。当然、活動をうまく進めるためには、地域の人の理解を得られるような配慮が必要。理解のないまま一方的に活動すると、人間同士のトラブルの原因になりかねない。

 活動の目的は、野良ネコの数を減らし「住みよい地域」をつくるのが目的。
 ■不妊去勢手術を行う。ネコを一代限りの生を全うさせる。公的補助金を出している地域、獣医の協力もあり、廉価で手術が受けられる地域もある。
 ■適正なエサやり。エサを与える時間と場所を限定する。食べ残しはすぐに片付け、置きエサは絶対にしない様にする。エサをやらなくなるとネコはゴミをあさったり、住居に侵入、他の地域に移動、その地域の住民に迷惑をかけることになる。
 ■ふん尿の始末をする。エサ場の周辺で地域の合意が得られた場所にトイレを設置し、定期的に掃除する。
 ■ネコの飼い主への啓蒙 (1)屋内飼育をする。(2)不妊去勢手術をする。(3)首輪をして身元の表示をする。(4)終生飼養をする。

-----------------------------------------------------------------------------------
野良ネコの捕獲について
 ネコは「動物の愛護及び管理に関する法律」によって愛護動物とされており、捕獲することはできない。また、駆除目的で捕獲されたネコは、動物管理センターでは引き取らない。この辺のことについては一般的にはまだあまり知られていない。保健所への捕獲依頼が結構ある、という。
-----------------------------------------------------------------------------------

 私の場合、やむなくネコを飼育していて、彼らの生活、命に関しては責任を感じているが、外のネコには全く関心が無い。
 だから、この様な地域ネコ活動をされている篤志家の方々には心から敬意を表したい。


2/22(火) 曇り寒波 ネコの日 中通外来。飯川病院ボランティア+当直
1:00起床。文献など読み、データ整理、5:20可燃ゴミ提出。作業・歩行にヘッドランプまだ必要。6:40バス飯川病院、バス待ち昨日よりは楽。8:35-12:40中通外来。14:00-19:00飯川病院ボランティア、微睡。iMacOS入れ替え試行錯誤しつつ終了。17:00当直業務に就く。18:00検食。21:30就眠。歩数計:Σ7766歩。

徒然ネコ談義2022(9) ネコの日 スーパーネコの日
 本日2月22日は「ネコの日」なのだそうだ。特に今年の場合は2022年2月22日と「2」が6個並んだことから「スーパー猫の日」と言われるらしい。鎌倉時代の1222年以来、800年ぶりのスーパー記念日で、各地でイベントが用意されている様である。次の「スーパー猫の日」は200年後の2222年。

 私は最近、徒然ネコ談義を綴るために、ネコに関して文献的にいろいろ勉強し始めたが、この記念日を知ったのはつい先月のことである。
 時代柄、ツイッターやインスタグラムをはじめとしたSNSでは、記念の投稿が相次ぎ、愛ネコを公開する人が相次いだ・・・らしい。さらに関連する企業や放送局、地方自治体も便乗しているみたいだ。

 ネコの日は、日本の「猫の日実行委員会」が1987年に制定した記念日であり、2月22日に定められた。世界各国でも定められているが各々日にちが異なる。
 日本のネコの日は、愛ネコ家の学者・文化人が構成する「猫の日制定委員会」が一般社団法人ペットフード協会の協力のもと、「ネコと一緒に暮らせる幸せに感謝し、ネコとともにこの喜びをかみしめる記念日」という趣旨で制定した。以降、毎年ネコに関する啓発活動も行われるようになった。「ネコと一緒に暮らせる幸せに感謝し、ネコとともにこの喜びをかみしめる・・・」なんて、ネコの方ではワレ関せずで人間側の勝手にそう思い込んでいるだけ。まあ、よくわからんが、ネコにとって少なくとも迷惑にはなっていないだろう。

 数々の経済効果の算出で知られる関西大の宮本名誉教授が今年のネコによる経済効果を試算したところ。2兆円に迫る額がはじき出された。試算の前提になるのは、上記のペットフード協会による飼育頭数調査(推計)約894万6千匹。キャットフードや医療費など1匹あたりの飼育にかかる平均費用(月8460円)を基に、年間で約9080億円の飼育費用、そのほかの費用を合わせ今年の経済効果は、約1兆9690億円と試算している。 

 ちなみに我が家のネコは、全ネコはノラで購入費用なく、不妊手術を除くと医療費はゼロ、食費とトイレ用ネコ砂、トイレ周りの吸収シートのみで、1匹あたりの飼育にかかる平均費用はペットフード代だけはほぼ正確で月540円、全体で1500円未満と推定される。私の外来に通院している愛ネコ家達は高級なペットフードを与えており、医療費などを含めると驚くばかりである。私は理解できない。

 ネコの推計飼育数は犬を追い抜いた。市内のペットショップ、10-30万円台の子ネコが売られている。調査では年代が若いほど、ショップで買う人が増える傾向にあるそうだ。自分より由緒正しいネコに仕えたいのだろうか。

 ネコは「蛍光灯」をあて続ければ年に3、4回繁殖できるらしい。
 原因遺伝子が特定できているネコの病気は現在約60もある。養老先生の「マル」で有名なスコティッシュフォールドは、骨軟骨形成不全症が優性遺伝することがわかっている。さいわい「マル」は17歳の天寿とまとうした、と言う。


2/21(月) 強風大荒れ寒波 健康クリニックドック 飯川病院  
1:00起床。文書整理、徒然他。いつもの如く。降雪はそれほどないが、強風大荒れ寒波。6:40バス飯川病院へ。バス待ちはこんな気候ではでは冷えて辛い。新聞チェックなど。9:00-11:30健康クリニックドック12名。結果判定13名。11:45飯川病院。定期便でiMac21.5大曲から届く。早速OS入れ替え開始。微睡、本読みほか、14:00-19:00勤務、入院患者対応、19:20帰宅、夕食、21:00就眠。歩数計:Σ7329歩。

こころと身体2022(14) 怒り、恨みの心理(8) 謝罪の形 丸坊主 土下座
 不用意に怒りや恨みを買ってしまった際、最初に自分の心のコントロールが必要である。
 もう一つ重要なことは、相手とコミュニケーションを維持して誤解の解消を図り、非がある場合には心を込めて謝ることが一番である。

 これとは別に、相手の怒りを鎮めるために我が国では一種の伝統的行動がある。
 それは土下座と剃髪行為である。

 事故や事件を起こした企業のトップの謝罪会見を見ることは少なくない。その際はマニュアルに沿って整然と進めるために、意外と謝罪の気持ちが伝わらない。企業の謝罪は完全に形骸化してしまった。

 今は少なくなったが、かつては土下座姿を見ることが少なくなかった。
 福島第1原発事故の影響で福島県浪江町の住民が避難している二本松市の体育館を当時の東電社長が訪れ、約150人の住民を前に土下座し「心からおわびします。 皆さんが早くふるさとに戻れるように全力を尽くしたい」と謝罪した。住民たちは冷ややかであったが、これは比較的大きく報道された。
 それ以外でも、クレーマーから土下座で謝罪を要求されたという話題が誌上に散見される。

 怒り、恨みを買った際に「土下座」や「頭を丸める」行為で謝るのは日本特有の謝罪の姿なのかもしれない。謝罪なのに両者に何か嫌な感じがつきまとう。これは何故なのだろうか。

 個別のケース毎に意味は異なるだろうが、土下座は多くの人に本能的に嫌な感じを抱かせる人間の姿の一つ、と考える。

 土下座は基本的な人間関係の中で自らが持つ尊厳()を放棄した姿の一つを表現している。相手よりも低い姿勢をとり、相手の前で、両手を地面につけて平伏し謝罪や服従の意思を見せる。その姿は自らの尊厳を否定し、捨て去る姿と捉えることができる。だから、その姿を受け入れることを好む一部のヒト以外の方々には、本来的に不快感を与える、と思われる。

 頭を丸める行為、すなわち剃髪で謝ろうとする発想は理解できない。

 贖罪は、自分が犯した罪や過失を償うために、善行を積んだり金品を出したりする、といった行動を指す言葉。宗教的な意義があるようだ。何しろキリストはイエスが磔刑に処せられたことにより、人類の罪を償ったとする教義であり、キリスト教は贖罪の宗教と言っていい。
 日本では非宗教的な文脈で「罪滅ぼし」あるいは「禊(みそぎ)」がほぼ同一の意味で用いられる。

 私は現役の頃、県内の大病院の院長から医師の人事をめぐる齟齬があった際「土下座」されたことがあったし、頭を丸められたこともあった。その両行為自体には何ら効果はなかったが、共にその後の話し合いでトラブルは解決された。


 2/21(月) 強風大荒れ寒波 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:00起床。文書整理、徒然他。いつもの如く。降雪はそれほどないが、強風大荒れ寒波。6:40バス飯川病院へ。バス待ちはこんな気候ではでは冷えて辛い。新聞チェックなど。9:00-11:30健康クリニックドック12名。結果判定13名。11:45飯川病院。定期便でiMac21.5大曲から届く。早速OS入れ替え開始。微睡、本読みほか、14:00-19:00勤務、入院患者対応、19:20帰宅、夕食、21:00就眠。歩数計:Σ7329歩。

こころと身体2022(14) 怒り、恨みの心理(8) 謝罪の形 丸坊主 土下座

 不用意に怒りや恨みを買ってしまった際、最初に自分の心のコントロールが必要である。
 もう一つ重要なことは、相手とコミュニケーションを維持して誤解の解消を図り、非がある場合には心を込めて謝ることが一番である。

 これとは別に、相手の怒りを鎮めるために我が国では一種の伝統的行動がある。
 それは土下座と剃髪行為である。

 事故や事件を起こした企業のトップの謝罪会見を見ることは少なくない。その際はマニュアルに沿って整然と進めるために、意外と謝罪の気持ちが伝わらない。企業の謝罪は完全に形骸化してしまった。

 今は少なくなったが、かつては土下座姿を見ることが少なくなかった。
 福島第1原発事故の影響で福島県浪江町の住民が避難している二本松市の体育館を当時の東電社長が訪れ、約150人の住民を前に土下座し「心からおわびします。 皆さんが早くふるさとに戻れるように全力を尽くしたい」と謝罪した。住民たちは冷ややかであったが、これは比較的大きく報道された。
 それ以外でも、クレーマーから土下座で謝罪を要求されたという話題が誌上に散見される。

 怒り、恨みを買った際に「土下座」や「頭を丸める」行為で謝るのは日本特有の謝罪の姿なのかもしれない。謝罪なのに両者に何か嫌な感じがつきまとう。これは何故なのだろうか。

 個別のケース毎に意味は異なるだろうが、土下座は多くの人に本能的に嫌な感じを抱かせる人間の姿の一つ、と考える。

 土下座は基本的な人間関係の中で自らが持つ尊厳()を放棄した姿の一つを表現している。相手よりも低い姿勢をとり、相手の前で、両手を地面につけて平伏し謝罪や服従の意思を見せる。その姿は自らの尊厳を否定し、捨て去る姿と捉えることができる。だから、その姿を受け入れることを好む一部のヒト以外の方々には、本来的に不快感を与える、と思われる。

 頭を丸める行為、すなわち剃髪で謝ろうとする発想は理解できない。

 贖罪は、自分が犯した罪や過失を償うために、善行を積んだり金品を出したりする、といった行動を指す言葉。宗教的な意義があるようだ。何しろキリストはイエスが磔刑に処せられたことにより、人類の罪を償ったとする教義であり、キリスト教は贖罪の宗教と言っていい。
 日本では非宗教的な文脈で「罪滅ぼし」あるいは「禊(みそぎ)」がほぼ同一の意味で用いられる。

 私は現役の頃、県内の大病院の院長から医師の人事をめぐる齟齬があった際「土下座」されたことがあったし、頭を丸められたこともあった。その両行為自体には何ら効果はなかったが、共にその後の話し合いでトラブルは解決された。


2/20(日)温暖曇り 五輪最終日
1:00起床、早朝は文献関連。データ整理。昼近くまで蓄積データ整理、読書。微睡ご新聞切り取り。書籍自炊。16:00書斎にて申告準備開始、本日は資料集め。19:00夕食、21:00就眠。Σ2680歩。玄関から一歩も出ず、平穏な1日。ただし夜半から強風となるとの予報がある。

冬季五輪開幕2022(2) 本日無事閉幕 よかった!!!よかった!!!
 北京冬季五輪がやっと閉幕した。
 私はこの間、NHK AMラジオが五輪関係の番組で占拠されて実に寂しい思いをした。この面で無事終了してよかったよかった!!!、と思った。

 実況映像をとして午後7:00のNHKTVニュース以外は見る機会がなかった。新聞紙面だけは自然と目に入ってくるから本大会の大体の状況は把握できた。

 COVID-19、オミクロン株の世界的流行が続く中、昨夏の東京五輪と同様に徹底した対策で感染拡大の封じ込めを図った大会となった。
 同じコロナ下でも、北京大会は東京大会ほど、開催への疑問がわき起らなかった。政治的事情が異なっていることもあるが、東京大会は初の感染症蔓延下の開催で、無観客やバブル方式の初体験での強行開催で、国民の多くの方が感染拡大の不安感や怒りを感じたと思う。

 不自由な環境下にあっても各競技で見せた選手たちの姿には感動を覚えた。
 結果として、金3、銀6、銅9の計18個のメダルを獲得、前回大会の13個を上回って冬季五輪最多となった。メダルは目的でなく結果であろう。メダルに届かなかった選手の健闘も光っていた。

 事前のマスコミの下馬票のかなりの部分が無駄に流された事になる。今回は有能なトップ選手が年齢的限界やハプニング的事情で真価を発揮できなかった様である。根拠のない下馬評は選手にとっては追い風になることもあろうが、大きなプレッシャーになることを考えれば実に気の毒なことである。
 下馬評通り進まないことにこそスポーツの意味があるのだ。その結果、新しい選手が確実に台頭してきている。

 私にとって不可解なニュースが何件かあった。

 ■スノーボード男子ハーフパイプ決勝での審判員の異常に低い判定。
 ■スキー・ジャンプ混合団体では日本を含む女子選手5人がスーツの規定違反で失格、検査手法に疑念が持たれた。 ■ドーピング問題。15歳の選手のドーピング疑惑で疑問の声が高まり混乱が生じたが参加年齢の問題に飛び火した。 ■習主席はプーチン大統領と五輪外交を展開。五輪の政治利用である。 ■中国はウイグル族の選手を開会式の聖火リレー最終走者に起用。これも五輪の政治利用である。
 ■中国は本大会の成功を大いに宣伝に用いることであろう。 ■五輪はこのほかコスト膨張、商業主義の横行などの課題が指摘される。

 コロナ問題に限らず、今後も五輪の諸問題は持ち越される。東京、北京の両大会で見えてきた諸課題の検証が大切である。安易に札幌に誘致してはならない。

 東京大会以降、社会の五輪への考え方は変化が生じている様に見える。五輪に価値を見いださなくなった人が増えたと思う。
 五輪がどんな意味があるのか、自分たちの社会的な存在意義は何かを、主役はだれ??選手なのかIOCなのか??
 新旧のアスリート達が大いに語る場をつくっていかないと、選手と国民が乖離していく。


2/19(土)曇り 温暖 
1:00起床。新聞、文献、徒然などゆったり進める。午前蓄積データ整理、読書、データ化など。14:00飯川病院ハイビスカス鉢替え一つ。データ整理など。19:00帰宅、夕食、21:15就寝。Σ6280歩。

こころと身体2022(13) 怒り、恨みの心理(7) 恨みと妬みの晴らし方
 「羨望」、「恨み」と「妬み」は共に人の不幸を願う感情であるが、これらは似た様に見えるが互いに質的に異なるものである。この様な感情を抱いている自分自身もつらくなる。このように、人の不幸を願う心情、とりわけ「妬み」は自身の心の健康を害する危険性や、反社会的トラブルに結びつく。

 たとえば、相手に面と向かって「羨ましい」、とか「恨んでます」とは言えても、「妬んで(ねたんで)ます」とはなかなか言えない。前二者は「相手とほぼ対等」であることから言えるが、「妬みます」の場合はなかなか言えないもの。なぜなら、「妬みます」という言葉は、相手にくらべて自分が明らかに劣っていること、怨念がとても深いのを公然と認めることになるからである。だから「妬んでます」はそうやすやすと自分から話せるものではない。

 「妬み」を相手に、あるいは第三者に知られることは、最期通告の言葉として使われるが、それだけ辛く恥ずかしいことなのかもしれない。「妬ましい」は相手と自分との間の共通点が沢山あるからこそ、堪えがたい苦しみをもたらすことになるのだ。
 
 自分と相手との差がわずかだと感じれば感じるほど、「妬み」が強くなっていく。競争できる見込みがある相手だからこそ、ほぼ対等と考えている相手だからこそ妬ましいと思う。それは、言い換えれば、私たちは、自分と近い他者をわざわざ選んでから比べているようなもの。
 可愛いだけでさしたる能力もなさそうなアイドルがもてはやされたりすれば、都合の良い「妬み」の標的になる。ヒトは、あまりに能力や格が違う相手や、絶対的に手に入らないものを持っている相手に対しては妬んだり羨んだりせずに、ただ賞賛したり憧れたりするだけ。
 しかしながら、自分と同等あるいは僅差だと思われる人が、自分が手に入れられないものを手に入れ、自分が届かなかったレベルに先に届いてしまったとき、私たちは、羨だり妬んだり、非社会的行動に走ることになる。ネットいじめの炎上などがこれに当たる。

 「妬み」を感じた後に、ヒトは大きく分けて三種類の行動をとることがわかっている。
■前向きな行動に結びつけて「妬み」の感情を凌ぐよう努力する、
■何もしない、諦めるといった静観的・回避的な行動、
■相手の悪口を言いふらす、いじめの対象にする、時には破壊的な反社会的行動を計画する。

 こうした行動の中でも、 静観的回避的な行動は、成長していくにつれて、努力では到達できないレベルがあることを思い知らされ、諦めが肝腎な場合もあるのだと学んでいく。

 一方、反社会的行動を計画するには時間が必要であり、その間、「妬み」感情の維持や増幅が必要となる。この場合は、本人の病的性格などが背景になっていることも稀ではない。


2/18(金)曇りやや寒い 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 除雪14回目
0:50起床。文献・データ整理、読書。5:30可燃ゴミ提出準備のみ。6:00-6:50除雪14回目、7:10Taxi駅に。あまりに早く着いた。スターバックスで読書、8:12こまち。9:00大曲中通病院外来、定期便で不調のiMac21.5(Late 2009)リハに送る。15:30飯川病院ボランティア。微睡、新聞等入力。19:20帰宅、夕食、21:15就寝。歩数Σ9926歩。新雪に関しては秋田の方が多い。もうこの位にして欲しいものだ。

こころと身体2022(12) 怒り、恨みの心理(6) 私は報復ができなかった
 私は「怒り」の感情を抱きやすい方と思うし、「恨み」の感情も抱きやすい。「怒り」の感情は私の活力の元になってきた。記憶を辿ると「怒り」、「恨み」を感じた事象は小学生以来いろいろあった。

 世の中には「怒り」、「恨み」を背景にした事件が少なくない。ほとんどがこの感情に由来しているのではないか、とさえ思う。
 しかし、私は「怒り」や「恨み」の感情から、小さな、あるいはやや大きな仕返しや報復行為をほとんどしてこなかった。性格的に度胸がなくできなかったというのが正しいだろう。それが私を現在に至るまで助けてくれた、と言える。
 それに加えて子供の頃から心情を書き留めてきた日記風のメモ、初代のネコの存在が大きかった、と思う。

 自分には自我があるのだ、というものの、自我など不安定もので他者と比べることで、自分の評価やブライドが左右されてしまう。他人の方が幸せだと感じると同時に、人生は公平ではないとも考えることもある。自分が地味でつまらない人間であるような気にもなるものだ。

 こんなとき、生じるネガティブ感情の一つに「恨み」や「妬み」がある。ポジティブな感情の場合には「羨み」や「羨望」という形になる。

 「恨み」や「妬み」の中核には、その対象が自分に近い似た様な環境になければならない。あまり大きな対象は初めから質的に異なっているから直接仕返しをしたりする気持ちにはなり難い。私を殴った中学教師、嫌味を投げつけた高校教師は、当時の私から見て質的に大きすぎて報復を考える対象にはならなかった。ただし、両者に対しては徹底してダンマリ戦術をとった。前者の教師は私の態度がかなりストレスだったらしい。

 「恨み」や「妬み」は、自分に近い能力の人に対し「自分より優れている」、「自分が持っていないものを持っている」、など、比較的身近な苦々しい思いの場合に、ゆらめきが生じ、時には増幅していくのだ、と思う。それは手で触れられる物に留まらない。能力や地位の高低、容姿、権力やコネの有無、学業や業務上の実績など、実にさまざまなものについて妬みや羨みの感情が生じることは禁じ得ないものだと思う。

 もちろん、誰彼を構わず妬むわけでもない。対象者を判断し、その事象が自分にとって重要なものかどうかを判断することになる。
 結局、相手に強い関心がなければ、相手を妬ましいとは思うこともないだろう。勿論、その後に対等なコミュニケーションが保たれる関係にあれば、恨みなどの感情は消えてしまう。

 私の恨みの気持ちは日記に記載することで鎮められた。文章にする過程で軽減されていく。この徒然日記の前のノートは個人名も恨みも具体的に記載してあったから残しておくことはできず処分したが、今から見れば勿体無いことをしたものだ、と思う。

 日記と共に大きかったのは初代のネコの存在であった。仔ネコを処分した後の乳房の腫れは毎日私がもみほぐして喜ばれた。私に大きな悲しみがあったときには、ネコの柔らかい腹に、フサフサの毛の中にしばし顔を埋めて過ごしたが、とても癒された。


2/17(木)曇り降雪寒波  終日飯川病院勤務
0:30飯川病院起床。文献チェック他。本読み、徒然など。院長大学病院外来受診で終日飯川病院勤務。外来患者対応。文献新聞そのほか。18:20帰宅、19:00夕食、21:30就寝。4781歩。腰痛1割程に軽減、運動不足。

ウクライナ情勢(2)  我が国の対応
 米国はウクライナ近隣国への駐留兵力を増強して備えている。
 バイデン大統領の支持率が低迷している事情もあるだろう、この問題には強硬である。ロシアによるウクライナ侵攻があれば欧州と結束して対ロ経済制裁を行う姿勢。
 火器を用いた戦闘は行わない方針らしい。
 ウクライナ情勢に対して日本は、欧州の問題であるとしてほぼ静観していた。
 国会で今月、ウクライナとの連帯を示す決議を採択したものの、ロシアに配慮して名指しを避けた。北方領土交渉への影響を懸念したのだろう。
 軍事侵攻を阻止するためには断固とした姿勢が必要と思われる。
 先進7カ国(G7)財務相が「経済・金融制裁を用意」とする共同声明を出すに至って、日本は初めて制裁に言及した。その詳細は明らかではない。 欧州にはロシアが輸出する天然ガスを重要なエネルギー資源とする国が少なくない。軍事侵攻となればその供給が止まる国のダメージも大きい。日本は要請を受け欧州への天然ガス(LNG)の融通を決めた。ただ、我が国もLNG入手が潤沢とは言えない。どれだけ融通できるか?これについても明らかにされていない。分からないことばかりである。

 軍事的緊張を駆け引きの道具としてロシアが利を得るようなことがあれば、将来も同様の事態が繰り返されかねない。対話による解決が望まれるが、いずれの関係国も納得できるような着地点を見いだすのは容易ではない様だ。 ウクライナ問題の本質がどこにあるのか分からないから、私など思いもつかない。
 緊張関係が続くだけでも、世界経済などへの影響は大きい。ただ軍事侵攻となればダメージがその比でない。関係国が対話を重ねていく中で、衝突回避へ、緊張緩和の道筋につながる糸口を見いだす為に岸田首相も尽力してほしい。


2/16(水)暴風雨小康 散髪、古書店 午後飯川病院勤務 +当直 
100起床。文献チェック他。本読み、徒然。9:50将軍野で散髪、ブックオフ土崎展8冊。12:30バスにて飯川病院。患者対応無し。17:00当直業務。18:00検食、家内Web講演会あり、20:00就寝。歩数計Σ4442歩。

ウクライナ情勢(1) よくわからないが無関心ではいられない
 ロシアによる軍事侵攻の脅威が高まっているウクライナは地理的にロシアに近接しており、歴史的にもロシアに翻弄されてきた。
 ウクライナはソ連邦の一国として核兵器の貯蔵庫としての役割を担っていた。
 1991年ソ連崩壊後ウクライナは独立を達成したが、同国の安全を保証する「ブタペスト覚書」を米英露で交わしている。

 ウクライナでは2014年親欧米派政権が発足したが、ロシアは近隣のクリミア半島を併合し、同国の危機は一層高まっている。
 プーチン大統領は「大国」復活にウクライナが欠かせないとみて、自分の勢力圏にウクライナを取り戻そうとしているらしい。その過程として、現在求めているのはウクライナの北大西洋条約機構(NATO)への加盟を阻止しようとしている。ロシアの主張は過去の国際合意を無視しており、正当性を欠いている。
 ここでよくわからないのがウクライナ自身が、国民がどう考えているのか、である。
 ロシア、米国、英仏などの動きは報道されているから若干ながらわかるが・・・・。ウクライナ国内でも親ロシアの地域があって一枚板ではなさそう。

 ロシアは緊張が高まる中、今月、ウクライナ隣国のベラルーシで合同軍事演習を実施。クリミア半島に面する黒海に軍艦を派遣した。10万人を超える規模の兵力をウクライナ国境に展開してきたが2週ほど前に一部の撤収を始めたと発表した。だが、NATO側の米国はそれを確認できないとして警戒を緩めていない。米国のほか、フランスやドイツによる外交努力も行われている。
 欧米とロシアのトップ外交ではロシア側が強硬姿勢を崩しておらず、立場の隔たりは埋まらない。それでも双方が対話継続で一致していることだけは現時点での救いといえよう。

 国連の事務総長はロシアとウクライナの緊迫する情勢に対し「深い懸念」を表明し、外交的手段で解決する重要性について述べている。しかしながら、国連がこういう時に大きな機能を果たしたという実感はない。

 ロシアはウクライナ侵攻の意図を否定しながら、これまで戦力を増強してきた。
 求めているのはNATOがウクライナなど東方へ拡大しないという確約だ。これに対し、欧米側は受け入れられないとしている。肝心のウクライナの意図はわからないからこの問題は理解し難い。


2/15(火)曇り午後から風雪 中通病院外来 職員健診 飯川病院ボランティア
1:00起床。新聞・文献など読み、5:20可燃ゴミ提出。やっと朝が早くなってきたという感じ。作業・歩行にヘッドランプまだ必要。6:40バス飯川病院、8:35-12:40中通外来。途中隙間を練って春の職員検診を受けた。14:00-19:00飯川病院ボランティア、微睡。19:15帰宅、夕食。21:30就眠。歩数計:Σ10976歩。

徒然ネコ談義2022(8) ネコは、実は飼い主の心に忍び寄る「魔術師」なのだ
 私は徒然ネコ談義2022(5) で、日本の名だたる文豪たちはいずれもネコに関する優れた作品があり、その飼いネコも写真や記録に残っているが、文豪たちの自慢の飼いネコは私の目から見て総じてブスネコであり、かつ、それと一緒に写っている文豪の相好を崩した笑顔の写真などを見ると、文豪各人のイメージとは大きくかけ離れている。これは一体どういうことなのか?私は不思議に思うーーーーーと記載したところ、間接的にクレームが来た。

 私は自分ちのネコが最もかわいい。確かにかわいいネコの画像などいくらでも探し出してみることはできるが、それほど素晴らしくは見えない。なんと言ってもやはり我が家のネコが一番である。私はネコどもに完全に毒されてしまっていて客観的判断ができなくなっている、のかもしれない。

 ネコと飼い主との関係は、「これ以上はない!!!」と思われる親密性、緊密性、個別性にある。
 飼い主は完全にネコに心が奪われており、飼い主にとってのネコは「誰が、他人がなんと言っても、自分にとってはこのネコが一番であり、このネコでなければならない!!!」のであり、他人の意見や他のネコが介入してくる余地などない関係である。もう他人が判断する美醜など、論外なのだ。

 あたかもネコが、飼い主に魔術をかけ、飼い主が知らず知らずのうちに完全に虜になってしまった様なものである。
 私はネコの方でも親密性、緊密性を感じているかというと、実際は飼い主が思うほどではないのだ、と思う。ネコにとっては「何かと都合のいいヒト」のレベルではあろう。にもかかわらず、この関係が成り立つのは「飼い主の方でネコに対して、ヒトとしてのプライドを捨て、自我を捨て、ネコの足元に這いつくばるような、このネコが全て的な気持ちになっている状態」だからである。

 私はネコと飼い主との関係を思う時、スペインの作曲家 マヌエル・デ・ファリャ作曲したバレエ音楽「恋は魔術師」を思い浮かべる。この作品は『三角帽子』とともに、ファリャのもっとも有名な作品の1つである。中でも曲中の「火祭りの踊り」などはとりわけ魅力的である。

 『恋は魔術師』の物語はネコとは直接関係ない。私がネコとヒトとの関係を理解するのにこの曲のイメージを持ち込んで理解しているだけである。
 このバレーの物語は、ジプシー娘のカンデーラは、素敵な恋人のカルメロと付き合っているが、カルメロは彼女の元彼の亡霊に悩まされおり、なかなか積極的には動けない。そこでカンデーラは友人の美しいジプシー娘に亡霊を誘惑してもらい、その隙にカルメロと結ばれる、という他愛のない筋である。本作品は、美しさと独創性が顕れる瞬間を頻回に感じさせる素晴らしい音楽作品で私は好んで聴いている。

 西洋でも日本でも物語や風刺画に魔女が出てくるときには、もっぱらネコがセットになっている例が多い。日本では「化猫」の話は古典時代から有名で、「猫又」という妖怪ネコもいる。
 また『猫には9つの命がある』という諺や、『猫は七代祟る』などの迷信の類い等々、いろいろとネコに関する神秘的な言い伝えなどがある。世界的に見ても、やはりネコが魔力を持つ動物と見なされている。

 これについては、私はネコが飼い主の心に入り込み、深く影響を与える存在だから、と思っている。
 この魔術師理論、日本の陰陽道や呪術的なものの中にある「呪い」ともとてもよく似ていて興味は尽きない。


2/14(月)曇り 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:00起床。文書整理、徒然他。いつもの如く。6:40バス飯川病院へ。新聞今朝は休刊日、新聞は一紙のみチェック。9:00-11:30健康クリニックドック12名。結果判定12名。12:00飯川病院。微睡、本読みほか、14:00-18:20勤務、入院患者対応。19:10帰宅、夕食、21:00就眠。歩数計:Σ9235歩。

徒然ネコ談義2022(7) ネコが登場する文学作品のリスト2冊 

 イヌ、ネコ好きの文豪たちの、ペットたちに対する愛情は、両者に大差を感じ取ることはできないが、作品から読み取る範囲で、私の印象ではネコを好む文豪たちにより広く深い「心の隙間」を感じ取れる様な気がする。彼らは作品を通して自身が飼っているネコたちを優れた筆力で表現している。

 私はペットに関連した著作は比較的読む方であるがその存在をそれほど広範に知っているわけではない。 
 そういう私が頼りにしている書籍が2冊ある。

(1)書籍:御茶ノ水文学研究会 文学の中の「猫」の話 1995集英社 
(2)書籍:御茶ノ水文学研究会 文学の中の「犬」の話 1995集英社。

 (1)はネコにまつわる日本・世界の文学作品を約100点紹介、(2)は同様に日本・世界のイヌにまつわる文学作品を約100点紹介している。

 共に古いがイヌ、ネコ好きの読書家にとっては有名かつ有用な本。この1995年までのリストであるが、通常では読む機会のなかったであろう内田百閧フ「ノラや」などの紹介はうれしい。「老人と海」、「ティファニーで朝食を」でのネコのシーンは素晴らしい。「吾輩は猫である」や「黒猫」などから、「100万回生きたねこ」、「猫たちの聖夜」まで広範に扱われている。

 ネコと人間の関係を考察した動物学者・今泉吉晴の「ネコの探究」のような知的好奇心を満足させる本、開高 健・小松左京などのエッセイ本も紹介されており、じっくりと探して、古書店で見つけて購入できた時の喜びは格別である本。時には探し切れずAmazonを介して購入することもある。Amazonは古い書籍も購入できるから嬉しい。

 しかし、両書籍に関してはイヌ、ネコに関する作品を紹介するだけのあっさりとした内容で、作品の内容にまでは紹介し切れていない。それでもこの本の目的としては十分である。
 加えて、巻末の関係書籍リストはとても有用であり、これを手がかりに知った、あるいは得た書籍も少なくない。

 (2)は日本・世界のイヌにまつわる文学作品を約100点紹介したものでほぼ同様の価値があるが、私はこちらの方はあまり利用していない。巻末のイヌ関係書籍の出版リストは有用である。

 両作品は20年以上前のイヌ、ネコに関する作品の紹介では集大成である。
 イヌ、ネコに関する作品は、その後にも次の世代の文学者によっても多数出版されている。それらを探し当てて読むのも喜びの一つである。
 さらに嬉しい最近の傾向として、漫画でも素晴らしい作品が次々と出てきていることである。

 ネコは、作家たちに次々と新しいインスピレーションを与えてくれるのであろう。
 私は表現力が乏しいので忸怩たるものがあるが、新聞雑誌等で垣間見るエッセイなどの一般投稿作品にも優れた作品が見られるのも嬉しい。ネコ、イヌたちがその姿を通じて飼う者の心の中にまで深く浸透している様を知るのも嬉しい。


2/13(日)終日曇り   
1:20起床、ネコ相手にのんびり。本読み、徒然。その他いつものごとく。10:30ゾンタに行く家内に送られ通町書店、その後ドンキ。飯川病院13:30。文献・本読み、情報処理、19:00帰宅、19:30夕食、21:00就寝。歩数計:Σ3481歩。腰痛残20%。

徒然ネコ談義2022(6) 飼い主の感覚 ネコ vs イヌ
 私は今まで、ネコ、イヌ、伝書鳩、十姉妹、うさぎ、熱帯魚、コイ、カメ、スズムシ、コオロギなどを飼ってきた。そのうちの一部とは若干のコミュニケーションができて楽しかったが、やはりネコとイヌは別格であった。

 今は空前のペットブームとされている。ちょっと古いが朝日新聞でネコとイヌに関する調査がある(回答者数3469人)。その中の設問に「ネコ好き?」ですか「イヌ好き?」ですかとの設問があり、44%が「イヌ好き」、16%の人が「ネコ好き」と答えている。この比率に関しては最近イヌ、ネコの数が逆転したからこの値は当てにならないが、好きな理由に関しては大きな変化があるとは考えられないので引用した。

―――――――――――――――――――――――――――――――-
(1)「猫好き」の人の答え。
■マイペースさ 1344人
■しぐさがかわいい 1312
■姿形が好き 247
■人間にこびない 186
■散歩の手間がない 106
■世話が楽 105
■その他 43

(2)「イヌ好き」の人の答え。
■素直で従順 1005
■よくなつく 951
■喜怒哀楽がわかりやすい 526
■姿形が好き 426
■散歩が楽しい 299
■防犯に役立つ 291
■その他 61
―――――――――――――――――――――――――――――――-
 私はイヌよりもネコに親しみを覚える方であるが、イヌとの生活もそれなりの価値があったので無視はできない。

 ネコ好きの文豪については、徒然ネコ談義2022(6) に述べた。

 イヌ好き文豪のもたくさんいる。彼らが残した心温まるイヌとのエピソードや、文学者ならではのイヌとの付き合い方を知ると、その人の人柄までもが身近に感じられるから不思議である。
 一部でしかないと思われるが挙げると、志賀直哉、菊池寛、林芙美子、田辺聖子、江藤淳、幸田文、徳川夢声 荒畑寒村、横山隆一、戸川幸夫、長谷川町子、山田風太郎氏など。
 イヌ好きの文学者の作品には私は余り親しみを持って深くは読んでいないが、中野孝次氏の「ハラスのいた日々」、江藤 淳氏の「妻と私と三匹の犬たち」は格別との印象である。

 イヌ、ネコ好きの文豪たちの、ペットたちに対する愛情は両者に大差を感じ取ることはできないが、私の印象ではネコを好む文豪たちに「心の隙間」を感じ取れる様な気がする。


2/12(土)快晴 温暖  
1:00起床、文献・本読み、その他いつものごとく。積雪0cm。腰痛は初期の30%程度まで改善。午前午後は微睡を挟みずっと座学。多くを学べたが運動不足になる。新聞のチェック。16:00書斎で音楽関連録画視聴、N響定期公演:Vcチャイコロココ風,サンサーンスの作品。19:00夕食、21:30就眠。自宅から一歩も出ずに過ごす。腰痛もあって歩数は伸びない。歩数計Σ2883歩。

徒然ネコ談義2022(5) こんな性格、人なら到底受け入れられないが・・・
 家族、友人、知人、同僚に以下に示す様な人がいたとすれば、私はイライラするし、目障りだし、気分は害されるし、付き合おうなんて到底思わない。
私はこんな人は耐えられない。耐えられず「いいかげんにしろっ」・・・と言いたいところであるが、私は気が小さいからそれもいえず、不満はエスカレートし、終いにはその人間に殺意さえも感じてしまう、と思う。

■わがままである。
■気まぐれである。
■自分勝手である。
■人の気持ちを斟酌しない。
■すぐ気が変わる。
■やたらにあくびをする。
■居眠りばかりしている。
■ときには人のやっていることにちょっかいを出す。
■人の仕事を妨害する。
■そういうことをしては困る、と言いきかせても聞く耳を持たない。
■人に嫌がらせをする
■忙しくても一切手伝わない
■さっぱり進歩しない
■などなど・・・・・・・・

 ところが、これが人でなく相手がネコだったらどうなるか。
 猫好きの人にとっては多分評価は100%変わってしまい、「だからかわいいんだよね」、「居眠りばかりしているところに癒されるんだよね」、「ほんとに、もう、わがままなんだからァ」と事情が一変する。
 私の印象ではネコ好きの人はどちらかというと気難しい人が多い様な気がする。その様な人は当然人間への評価も厳しい傾向がある。にもかかわらず、である。
 ただ、私は友人、知人、同僚などとネコ談義をすることはない。だから私の印象は著名なネコ好き作家の作品を通じて感じ取ったことである。
 夏目漱石、南方熊楠、内田百閨A谷崎潤一郎、藤田嗣治、大佛次郎、稲垣足穂、幸田文、池波正太郎、田村隆一、三島由紀夫、開高健、中島らも・・・などなど枚挙にいとまがない。最近の人を挙げれば養老孟司氏かな。
 これらの作者はいずれもネコに関する作品があり、その飼いネコも記録に残っている。文豪たちの自慢の飼いネコは私の目から見て総じてブスネコであり、かつそれと一緒に写っている文豪の相好を崩した笑顔の写真などを見ると各人のイメージとは大きくかけ離れる。
 これは一体どういうことなのか?私は不思議に思う。


2/11(金)建国記念日 終日快晴  飯川病院日直
 1:20起床。発熱改善し気力が戻ってきた。文献チェック、徒然など。まだ腰痛、改善傾向なるもそろそろと歩く。8:30回診に行く家内に同乗、飯川病院に、9:0017:00日直。読書三昧、データ入力整理など過ごす。12:00検食、19:00帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計4130歩。

こころと身体2022(11) 怒り、恨みの心理(5) 私のためになった怒り、恨み2件(2) 
私は「怒り」の感情を抱きやすい方と思うし、「恨み」の感情も抱きやすい。「怒り」の感情は私の活力の元になってきた。

(2)高校担任の教師の言葉に深く傷つく
 高校は県立の盛岡第一高等学校に進んだ。緊張感の高い県内有数の進学校で、生ぬるかった私立の中学校を中退して進んだことは間違いではなかった。
 高校1-2年の担任はU教諭、当時30歳後半か40歳程度であったと思う。東大卒の国語教師で何かにつけて東大卒を鼻にかけているような言動がみられ,私など、「東大卒が,何でこんな片田舎の高校の教師なんかしているんだ。もっと別な道に進めなかったのかね。高校生に東大卒の自慢話してなんになるんだ・・」というのが彼に対する当時の感想であった。 高校2年の春のある夕方,その担任と今後の進路について面接した。
 私の成績表を前に示し本論に入ったのだが,進路希望を尋ねられた。私は迷わず「医学部,しかも国立の・・・」と述べたのだが,担任は信じられないといった風な,笑顔ともとれない複雑な表情を浮かべた。その後,絶句し,しばし対話が途切れた。■U教諭 (満面の笑みを浮かべて)「国立と言っても,具体的にはどの辺の大学を志望しているの?」。
◇私 親が無職で,経済的事情があるので,国立なら何処でも・・・」。
■U教諭 「フーン,まだ決めていない??フーン,・・・そんならいっそ東大医学部でも受験してみてはどうかね??どうせ同じ結果なら良い思い出になるよ・・」。◇私 「・・・」。
■U教諭 「君には,無理だね,国立の医学部は」。◇私 「・・・・そうですか。いっさい可能性はないですか??」。
■U教諭 「・・・,無理でしょう,国立の医学部は・・・」とにべもなく答えた。 これがその時の会話の全てで,約5分間。私の人生はここで決まったようなもの。この会話のわずかな時間の間に私の心には大きな目標が形成された。「私は担任を見返したい。本日から3年計画で行く。U教諭には今日彼が見せたようなヒトをバカにしたような笑顔で結果を報告するぞ・・・」と。

 時は流れ、3月、遂に受験の時期を迎えた。卒業時は私の医学部進学3年計画の2年目だったから始めから大きな期待は抱いていなかったが、私は新潟大と弘前大を受験した。昭和39年3月の話である。結果は、両方とも不合格。 卒後、仙台の文理予備校を選択した。10月頃の指導教官との対話であるが,高校担任に言われたことを含めて進路を相談したが,彼は「半分冗談で言えば・・・」,と前置きして「東大以外は何処でも可能性はあります」と言ってくれた。その言葉は担任のイヤミの言葉と共に追い込み期の励みになった。結果として,新潟大学に合格した。 

 新潟大学に合格数日後盛岡一高を訪れU教諭に合格を報告に行ったが、あいにく教諭は不在で会うことは叶わず、私の見返すという当初の願いは実行できなかった。
 顧みれば不在で良かったと思う。当初考えた様な態度で報告をすれば、私にとって一生忘れられない悔恨となった、と思う。

 後日談:2-3年前の盛岡一高の同窓会誌「白亜」に、ある卒業生がU教諭を讃える投稿をしていた。深い人間性と熱意ある指導についての賛美と謝辞であった。私が抱いている氏への印象と180度異なる評価で私は驚いたが、冷静な視点で見れば確かにそうかも知れない、と今は思える様な気がする。それはさておき、かつて私の心に火をつけたことは確かであり、私はそれをバネに自分を伸ばすことができた。とても辛かった3年間であったが氏の言葉がなかったら私の人生は別なコースを辿っていた、と思われる。感謝で締めたい。


2/10(木)曇り、晴れ  なんとなく体調不良、微熱終日
1:20起床。いつもの如く。腰痛は不変、まだ痛い。それ以上に問題はやる気が出ないこと、体調が不良。COVID-19 ワクチン3回目接種の副作用と思われる。午前コンポスト対応、ネコとの対話、11:50バス飯川病院、そろそろと歩く。午後微睡をはさみ、読書三昧、グダグダ過ごす。最高で37.4℃、発熱以上に倦怠感強度。19:30帰宅、夕食、20:45就寝。歩数計:4488歩数。

こころと身体2022(10) 怒り、恨みの心理(4) 私のためになった怒り、恨み2件(1) 
私は「怒り」の感情を抱きやすい方と思うし、「恨み」の感情も抱きやすい。「怒り」の感情は私の活力の元になってきた。
 小さな記憶では「怒り」、「恨み」を感じたことはそれまでもいろいろあったが、中高生の時の経験を記述しておく。

 (1)英語教師に殴られた。
 私は中学校は私立の岩手中学校という中高一貫校に進んだ。小学校で成績がいささか良かったことや、長兄が進学しそれなりの成績を得たことで周囲の意見で決めた。学校は盛岡市のやや北側にあり、我が家から約17Km。私は体力がなかったためにバス通学とした。
 朝のバス時間は7:00と早い。6:00には起床する必要があった。

 入学間もないころ、寝不足などで疲れ果てていたこともあろう、英語の時間に睡魔に襲われ意識が薄らぎ、授業中ということも忘れうっかり欠伸した。その時若い教師と目がバッチリ合ってしまった。席は一番後列であったが教師は私に立つように命じ、つかつかと寄ってきて何も言わずに思い切り右頬を平手打ちした。彼の表情から何かはあるな、と予想してはいたが、とっさに避けようとした私の動きに教師の平手打ちの力も加わって左側の側頭部を激しく木製の扉に撃ちつけた。要するに2倍痛かった。 

 私は親からも直接殴られた経験はなく大きなショックを受けた。確かに授業中に欠伸をした私は悪かったと思うが、何故、問答無用であれほど強く殴られなければならなかったのか、自分では未だに解らない。恐らく、他のことでたまたま英語教師の虫の居場所が悪かったのであろう。
 その後2年間、この教師の授業があったが、教師と一度も目を合わせることなく徹底して無視し続けた。一方、この教師を見返すために英語は特に力を入れて勉強したために常に成績はトップ。そのために教師の方からいろいろ話しかけられたが、常に最小限の返答のみで無視し続けた。

 この時の出来事も一つの因子であったが、全体に学校の雰囲気に生ぬるさを感じ、2年後私はこの中学を中退し、公立高校を受験するために郷里の中学に戻った。

 教師にとっても私の態度はかなりストレスであったらしい事は後に担任であった教師から聞かされ、私は溜飲を下げた。
 私の執念深さは既にこの時期には出来上がっていたらしい。

 今、考えてみるに教師と対話の機会があればここまで意地を張らなくともよかった。私のその後の態度も悪かったと思う。反省している。


2/9(水)比較的温暖曇り 飯川病院ボランティア COVID-19ワクチン3回目接種
 1:00起床。腰痛は不変、熱感消失。新聞・文献などいつもの如し。家内午前日赤へ外出予定、同乗して飯川病院へ。ボランティア。道路は滑る。微睡、新聞、文献電子化。ラジヲ深夜便インデックス欠損補充。14:30COVID-19 ワクチン3回目接種。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。Σ6486歩。腰痛改善傾向か。

こころと身体2022(9) 怒り、恨みの心理(3) 私は怒り、恨みを誰かに話すことはなかった
 私は「怒り」の感情を抱きやすい方と思うし、「恨み」の感情も抱きやすい。「怒り」の感情は私の活力の元になってきた。「怒り」がなければ何も出来なかったのでは?とさえ思う。
 私は仕事上では随分真面目にこなしてきた。結果的に医師としての仕事、医師会の仕事などにおいて日のあたるコースを歩んできた。一方では「自分はいささか過大に評価されている・・・」と、自身では過小に評価する傾向がある。実はそれだけ自分に自信が乏しい人間であった。一方、プライドは高く、それだけ仕事に対する下準備は慎重であったし、周囲の人の発言などで不快に思い「怒り」を感じる機会は日常的にあった。すごく矛盾した二つの感覚の中で生きてきた。

 感じた「怒り」をモチベーションにして、ストレスに耐えてきたといえる。

 「怒り」や「恨み」をプラスに転じさせるのは、そう易いことではない。自分を否定されたりすると、なんともやり切れない気持ちになる。そんなときは、比較的高い評価を受けてきたこと、私の周辺の方々が私に対して重箱の隅をつつくような具体的行動で責めてこなかったことで乗り切れたことも幸いであった。実際には、上司や同僚の顔を思い浮かべるたびに、腸が煮え繰り返る思いにさせられたことも稀ではなかった。

 一方では自身を過小に評価するためか、他の人に対して高く評価出来ないことも私の特徴の一つであった。他人の活躍や成功や抜擢を素直に喜べた。他人が受けている高い評価を疎ましく思うことはなかった。それは他人に対しそれほど興味を持っていなかったからである。

 一般的に、「悲しいことがあった」、「腹立たしかった」などの比較的軽微な悲しみや怒りは、気の置けない人に愚痴るなどして、鎮めたり和らげたりできるとされている。また、自分の人生に深くかかわるものではない些細な出来事であれば、時間と共に気にならなくなる。それが「恨み」となると話は別で自然に消えていくことは滅多にない。不当な行為や侮辱した相手に対する怒りが繰り返し思い出される状態になってしまったら、それは「怒り」から「恨み」に変容したことでもある。こうなると他人には一層話し難くなる。「恨み」は何故誰かに話しにくいのか?? それは、恨んでいる自分への後ろめたさを伴う、恥ずかしい感情だからだ、と思う。「恨み」を背景にした報復事件は少なくないが、事前にその動機や背景を詳しく吐露された人はほとんど見つからないのはそのためであろう。

 私の場合は、幼少の頃からその様なことを話し合える親しい関係の友人や知人がいなかったから、自分の心中を素直に吐露することはできなかった。ましてや、家族には吐露できなかった。

 「恨み」を抱え込み、ため込んだままにしておくのは危険である。なぜなら、鬱積した感情が自分に向かうと自身の心を病み、他者に向かうと報復などの行為に直結する。
 幸い、私は気が小さく度胸がなかったから「報復」する勇気は生じなかった。

 私の心を休め鎮める役目を担ってくれたのは初代のネコであったし、日記であった。現日記は2000年以降の記録であるが、公開する前提で記載している。それ以前のは散発的ではあったが、「怒り」や「恨み」を思うに任せて文章にぶつけたものであった。それには、激しい言葉が固有名詞と共に記載されており、残すべきでないと考え全て焼却した。


2/8(火) 夜間降雪3-4cm、除雪なし 中通病院外来 飯川病院 腰痛発症
1:10起床、文献、本読み他、降雪3-4cm除雪せず。5:00可燃ゴミまとめ、提出。この間明らかな原因思い当たらないが腰痛発症、徐々に悪化。6:40バス飯川病院。外来は中等度なるも疲弊。なんとかこなす。13:30飯川病院、午後微睡、読書など新聞データチェック、入力。夕方から熱感あり、腰痛のためか。19:16帰宅夕食、20:30腰のために早めに就寝。Σ7679歩。

こころと身体2022(8)怒り、恨み恨みの心理(2) この感情は人間としての基本
 私たちはなぜ、「恨み」「妬み」「羨み」「嫉妬」など、できることなら感じたくもない苦しみを味わうのか。しかも、ときに私たちをさらなるネガティブな行動や考え、すなわち自己否定や自死に駆り立てるのか。
 そもそも、こうした感情は一体何から由来し、何のために存在しているのか。

 誰かを恨まずにはいられない。誰かが妬ましくて仕方ない。そんなとき、私たちの心にどのような変化が生じているのか。こうした問いに、今まで学んできた心理学的知識の視点から考察したい。

 私は、医師であるが特に精神医学を専門にする立場ではなく、人間の「感情」に興味を持っているだけであるが、今回は「恨み」をキーワードとして見たい。このことを通じて、自分の恨みや妬みの感情を考え、それらを有効に活用する術を考えたい。御し難いネガティブ感情が湧いてくることにも、きっと何か意味があるはず。それに気付くだけでも、これまで見えていた世界が一変するかもしれない。

―――――――――――――――――――――――――――
 人間社会では、いかなる文明、社会においても、好むと好まざるに関わらず、誰しも性別、人種、年齢、出身地、職業、障害の有無、貧富、などの格差の中で生きていかざるを得ない。
 この格差をもとに、ありとあらゆる事項において「偏見・差別感」が生じる、と私は思う。
 「偏見・差別」感情を持つことはいけないことだと教えられるがそれは間違っている。絶対になくならない。
 各人の心の中に「偏見・差別」感情は必ず内在する。この感情がないと個の確立がなく、力強く生きていけないからである。

 人間は成長過程で免疫学的に完全に個が確立される。例外は一卵性双生児間だけで、たとえ親子間であっても兄弟間であっても免疫学的には完全に、絶対的に他人である。「免疫学的個人」の確立の目的は完全な他者の排除にあり、他人同士の臓器移植は基本的にうまくいかない。そのことが免疫力を背景にした疾患防御力、疾患からの回復力になる。

 他方、人間の成長過程において、知的な意味において「自我」が確立していく。
 乳児のイヤイヤ期、幼児の反抗期、青少年の権力への反抗心などは自我の形成過程で生じてくる。
 この自我は、「免疫学的個人」よりは多少ゆるいところがあり、教育や環境で変わりうる。「自我による個人」の確立は本人の知性、社会的常識観などでコントロールされ、日常顔を出さないこともある。教育も一部効果的である。

 自我の確立とともに、各個人はこの世の不平等の中に自分が置かれていることを自覚し、次第にその抑圧感に苛まれていく。その際に「偏見・差別感情」が形成されるが、多くは諦め、達観を介して乗り切っていく。一部の人は「偏見・差別感情」をテコに大きく前向きに飛躍していく。

 要するに、「偏見・差別感情」は誰しも持つ普遍的感情である、ということ。ならば、差別や恨みの感情はどうしようもないのかというと、「偏見・差別感情」、「恨みの感情」を悪しき行動に移さないことは不可能ではない。

 その端的な方法論の一つは、自己研鑽によって自己の立場を理解すること、差別者、被差別の対象者の置かれている立場を多方面から学ぶことである。差別感情の発露は、多くの場合は、一時的なコントロール不能の熱情的感情から、慢性的な場合は互いのコミュニケーション欠如から発していることが多いからである。


2/7(月)曇り降雪23cm 健康クリニックドック 飯川病院 
1:20飯川病院で起床、文献・本読みなどいつもと同じ。曇り降雪23cm、除雪不要で助かった。9:00-11:15健康クリニック、受診者12名、結果判定14名。新聞チェックデータ化、自炊3冊、本読みなどいつものごとく。14:00-19:00勤務。入院患者対応。19:30帰宅、主要道路は除雪あるも支道・路地など凸凹で車がまっすぐ進まない。市の除雪に問題あり。市は生活道路の除雪計画あるのか??夕食、20:30就眠。Σ6676歩。

こころと身体2022(7)怒り、恨みの心理(1) この感情に起因する事件
 私は人の感情や心の動きに関して興味を深く感じている。
 今まで「いじめ」「差別」「ひきこもり」などについて考察してきたが、「怒りと恨み」の感情は人間にとって誰にでもある当たり前の感情である。精神的発達の段階で自己のアイデンティティが確立した結果である。これは他者の排除につながりる一方で、生きるためのエネルギーの源にもなる。

 人とは比較できないが、私は怒りと恨みの感情を抱きやすい方だと思う。しかもしつこい。私が幼少のころ、父が「自分は執念深い男だ・・」と言っていたことを思い出す。その影響なのか性格の遺伝なのか、私もしつこく、恨みの記憶はいつまでも忘れない。私は小学生の時に味わった屈辱を始めとして、最近まで忘れられない事象が数多い。それ以上に不快なのは、自分を許し難いのは、そんな気持ちを隠して相手の人と一見何事もなかったように付き合ってきたことである。
 私は現役引退後はひきこもり状態にある、と言い、他人との付き合いは絶っている。深刻な悩みを抱えてひきこもっている方々とは比較できないほど甘い状態であるが、その背景の一つに怒り、恨みの記憶があり、それを眼前で再現したくないからでもある。

 この感情には色んなレベルの仕返し、報復、復讐に結びつきやすい。そのうち、自分の心の中にうまく押し留めていることが多いだろう。私はほぼ全てをそうしてきたが、心理的に変な歪みの元になっている。

 最近、この感情を背景にした報復事件と思われる悲惨な事件が頻発している。
 最も古い事件は1938年(昭和13年)未明に岡山県の事件で、刃物、銃を使用して村民30名を約2時間で惨殺、犯人は自殺した。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
■京都アニメーションの放火事件、
■大阪のビル放火事件、
■本年1月15日に、大学入学共通テストの試験会場での東大前刺傷事件、
■在宅医療医師射殺事件
■去年3月、徳島市の雑居ビルにガソリンを撒き火をつけ、70人以上を殺害しようとした事件。懲役11年の判決確定。
■97歳、交通事故の捜査が不適切だったとして検察官に恨みを抱き、高知地検の男子トイレにガソリンを撒き火を付けた事件。懲役5年の判決。被告は大阪府警の元警察官。裁判員裁判判被告の最高齢とみられる。
■などなど・・・。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------

 一般的にこの心理を背景にした事件は周到な準備のもとに犯され、その結果は実に悲惨、深刻な事態となる。私は性格的に自分にも関係なし・・と思えないのでこの様な心理状態が背景になっている事件の記録を集めている。
 入手できるものは積極的に集めている。
 ある作家は、「作家の使命の一つは時代の記録にある」、と言っていたが、有難いことである。私は犯人を擁護する気はないが、事件ごとに社会の歪みに対して「何かが発信」されている、と考えている。
 事件を個人の問題として片付けると同様の事件がまた起こる。


2/6(日)降雪  除雪13回目 飯川病院日当直 レセプトチェック
2:15起床。久々寝過ぎ感あり。新聞文献処理、徒然、録音データ処理、など。微睡若干。7:00-7:50除雪13回目、8:30回診する家内に同乗飯川病院、9:00-翌朝9:00日当直。以降は新聞電子化、読書。微睡など。14:00-15:00日当直レセプトチェック、12:00、18:00検食、20:30就寝。Σ7256歩。読書三昧、ラジオ深夜便聴取三昧の一日。

冬季五輪開幕2022(2) 複数回出場選手、長期間の自己鍛錬、体力維持に脱帽する
 国際オリンピック委員会(IOC)は昨夏の東京五輪で、政治的、宗教的、人種的な宣伝活動を禁じた五輪憲章50条の規制を一部緩和した。
 サッカー女子の日本vs英国では、両チームの選手が試合前に片膝をついて人種差別への抗議の意を示した。記者会見や会員制交流サイト(SNS)などで意見を発信することも認められた。自由度が増した、と言う意味ではいいことだ、と思う。一定の制限があるだろうが表現が自由になったのはいいことと思う。 しかし、数々の人権侵害、紛争等を抱える北京の組織委員会は五輪精神や中国の法律、規則に反する行為は「処罰の対象」と明言。発言内容によっては選手の参加資格の剥奪もあり得るとした。アスリートがウイグルや香港の状況について自由な見解を世界に発しないように、先手を打った事になる。
 中国への抗議はいかなるものも受け付けない強硬姿勢と言える。

 五輪憲章には、五輪が「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会」の実現を目的にすると明記されている。北京冬季五輪を、中国が人権尊重へ向け方針転換する契機にしたいものだが、そう甘くはなかろう。下からの突き上げが私に見えてこないのはかなり激しい抑制策が浸透しているからなのだろう。

 新型コロナウイルスの新変異株「オミクロン株」が世界で急拡大。大半の会場が無観客となった昨夏の東京五輪・パラリンピックに続き、この五輪も異例の大会となる。
 オミクロン株は感染力が強く大会運営の脅威となる。海外からの参加者の行動範囲は選手村、競技会場、練習会場などとその間の移動に限定されるが、外部との接触を完全に遮断したはずの「バブル」内で既に陽性者が確認されている。検査で陰性ながら感染していた関係者がすり抜けたのであろう。

―――――――――――――――――――――――――――――-
 日本勢の過去最多の金メダルは1998年長野大会の5個。メダル総数では平昌大会の13個が最多とされているがそんな結果は重要でない。選手は自己ベストの状態で臨んでほしい。
 今回の五輪には急速に実力をつけてきた新人選手も多い。私は2度3度ならず4度まで、いや、6度出た選手もいる!!!!! 連続して代表に選ばれた何人かの選手たちには心から敬意を表したい。若く多感で人生にとって最も重要な時期に、目標を定め、脇目も振らず10年以上も自己鍛錬し、体力維持してきている姿には脱帽するしかない。長い選手生活の中で体力の衰えを感じ取っているだろう、にもかかわらず努力し続けた結果としての代表である。

 私とは住む世界が違う、と言えばそれまでだが、私は足元にも及ばない。
 今年は雪が多い。私は明朝も除雪か??と考えるだけで気持ちが萎えるが、そんなことを言ってはいられない。彼らの姿から学ばねば、と思う。  


2/5(土) 曇り降雪若干 除雪は明朝に
1:30起床。文献,新聞整理他、録音データ整理など。午前は座学一般。旧スキャナー完全に解体、精密な構造に驚く。午後は微睡、新聞チェック、読書、文献読み、16:00書斎の整理、音楽映像チェック。N響定期公演など パガニーニVn協第一番他。19:30夕食、20:30就寝。歩数計Σ3625歩。

冬季五輪開幕2022(1) 国際的大イベントであるが、私は興味を持てない 
冬季五輪は2月4日開幕した。
 91カ国、選手約2900人が参加。7競技で史上最多の計109種目を実施する。北京では2008年に夏季大会が開催された。同じ都市で夏と冬の大会が行われるのは史上初。

 私にとっての五輪はやはり1964年の東京大会で、高校を卒業したばかり、仙台で浪人中で放送も含め直接は見ることは叶わなかったが、その記録映画はディスクで購入し何度も見た。その後の大会は影がうすい。開催地など記憶はあるがいつ頃のことだったのか、など全く思い出さない。

 私は心を入れて結果を追うような競技種目はない。
 それ以前に、たとえスポーツの世界といえども互いに競い合うということ自体にほとんど興味がない。リアルタイムに競技を実況で見ることは嫌いである。競い合った結果には興味がない・・というわけではないが、事前に話題になった選手たちの結果を確かめる程度で、誰かを注目してその結果に一喜一憂するわけではない。

 むしろ、事前の報道姿勢に対して不満がある。期待感の高揚のためとは思うが意味のないランキング予想など、選手にプレッシャーとなる内容が多い。競技の結果には不定の要素が大きい。選手たちの活躍をそっと見守ってあげられないものか。

 昨夏の東京大会はCOVID-19感染の世界的拡大下であり、IOC主導の判断が何事にも優先する状況、菅内閣の理由不明の開催ごり押しなど、みちゃおれん・・という状況であった。私は中止する方がいいとの考えであったが、なんとか開催され、大禍なく終了した。

 五輪の主役は選手だ。選手たちはおそらく持てる力を発揮できたのであろう。この点はは良かった思う。傷だらけの開催であったが、結果がよければ全てよしというべきではない。今でも開催自体は疑問である。
 結果的に東京大会は TV、ラジオなどでは一切見る聴くことはなかった。新聞はあえて視野に入れなかった。NHK-TVでの総集編は録画してあるが、いまだに見ていない。どうも興味が湧かないのだ。
 ところで、昨夏の五輪東京大会の記録映画はどうなっているのか?あまりニュースにもなっていない。これは歴史の記録であり、気がかりである。

 今回の北京冬季大会は共産党一党独裁の、言論の自由もない国での開催である。
 中国は経済的に世界第二に到達した発展途上にある国で、経済力を背景に国際的に貢献する一方で、世界各所で必ずしも是というべきでない深刻な歪みの元になっている。
 中国の国内の人権問題に対して国際社会は厳しい目を向けている。問題は少数民族ウイグル族や香港民主派への弾圧だけではない。女子プロテニス選手が元副首相に性的関係を強要されたとネット上で告白した後、一時消息不明になる理解不能の「事件」もあった。後者の件についてはIOCの姿勢もよくわからない。中国におもねっているイメージが払拭できない。

 米国は政府代表を派遣しない「外交ボイコット」を表明。英国などが追随し、日本も政府代表派遣を見送った。 ロシアのプーチン大統領は開会式に出席し、習近平国家主席と会談した。ウクライナを巡って欧米と対立するロシアは、中国との良好な関係をアピールした。欧米と中ロの対立が平和の祭典に影を落としている。


2/4(金)曇り降雪 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 
1:10起床。文献チェック、徒然など。5:30可燃ゴミ準備だけ集積所に出さず。降雪3-4cmあるも週末だから除雪なし。7:15Taxi駅に。7:37意外と早く着きスターバックス時間調整、8:11こまち。9:00曲中通病院外来、駅病院間往復Taxi。帰路新幹線30分遅れ。秋田駅病院間は歩行難Taxi、15:45-19:00飯川病院ボランティア。微睡、新聞データ化、19:30帰宅夕食、21:00就寝。歩数計Σ5423歩。

徒然ネコ談義2022(4) ネコの武器は、「ネズミ捕食」、「雑食性」、「かわいい」
 ヒトはネコの役立つ機能に注目し、「ネズミ捕食」を通じて使役動物として生活をともにするようになった。農耕によって穀類を保存する時代になって人はネズミの害に悩まされたが、これを救ったのがネコであった。もう一つ、ネコの姿形、仕草から「かわいい」と言う価値が認められ、「愛玩動物」としてヤマネコを側に置きたいという気持ちに発展していった。

 大型のネコ科動物はヒトを襲うが、小型のヤマネコはヒトを襲うことはなかった。さらに、大きな目、低い鼻、広い額に丸い顔、そして手触りのよい美しい被毛。これらはヒトにとって十分な魅力となる。おそらくヒトは、ただ「かわいい」という理由でもネコに餌を与え、家庭のなかに彼らの居場所をつくり、住まわせたのだろう。

 ネコも、ヒトの周辺にはネズミが多く、自らネズミを摂り、ヒトから餌をもらうことを覚えた。その時「かわいい」は最強の武器になったのだ。
 じつは私など、ネコにうまく利用されている、と思う。それが不快でないのが、ネコの魅力の一つ。
 このように、ネコは自発的にヒトのそばで暮らすようになり、かわいがられて、日々ぬくぬくと暮らしている。ネコはいわば家畜の「横綱級」に上り詰めた。

 通常、家畜は複数の個体をヒトの指揮・命令のもとで一緒に飼育するもの。現在、家畜になっている動物をみても、ウシやヒツジ、ニワトリやイヌなど、序列の明確な群れで生活する動物が大多数を占める。われわれ人類は、このような群れのトップの立場を奪い取って、群れ全体をコントロールして飼育してきた。また、群れをつくる動物は、もともと密集して生活することに慣れているので、十分な食糧と安全な住みかを与えられれば、囲いのなかの生活にすんなり順応できた、と考えられる。

 一方、ネコは単独生活を好む。さらに餌も、一般的な家畜は植物を食べるものが多いのに対し、ネコは肉食動物。植物であれば多くの場所で入手可能だが、肉はヒトにとっても貴重な食料でそう簡単には回ってこない。しかし、人の周りには常にネズミがいた。
 
 ネコはヒトの命令をほとんど聞かないので、決して扱いやすいとはいえない。開放的な家の中に閉じ込めたり、柵で囲って飼育したり、イヌのように紐でつないで飼うことも困難。勝手気ままに行動するネコを家のなかに閉じ込めて飼いらすのは、ほぼ不可能であったと考えられる。
 このような点から考えと、ネコの家畜化はむしろ「ネコの都合」で成り立った、と想像できる。ネコは捕獲されて無理やり家畜にされたわけではないようだ。ネコは、なにかヒトのそばにいると自分に都合がいいことがあったため、ヒトと生活することを選んだのだろう。こんな素晴らしい生活ができるなど、彼らにとっても想像以上だったろう。

 ネコは基本的に肉食であるが、ヒトの傍らにいても肉が与えられる機会はそれほどなかったと考えられる。肉は人にとっても貴重品であった。そのうち、ヒトが出した残飯などにも順応したのではなかろうか。
 
 現在の日本では、ネズミ退治効果を求めてネコを飼うことは少なくなった。ネコフードも発達した。それでネコの飼育数はイヌを抜いた。ネコの最大の武器は「かわいい」がトップになった。これが他のペットと大きく異なる点である。

 私の側にいるネコは、半世紀前の初代の「タロ」除くと全て野良で、私は完全に利用されている。


2/3(木)晴れ時々降雪  飯川病院1:15起床。新聞、文献本読み。電子化。除雪なんとか不要
10:50バス、通町でコーヒー購入後徒歩飯川病院、まだ路地は歩行は危ない。秋田市は路地の除雪する気があるのか疑問。11:40飯川病院、微睡など。14:00-19:00勤務、本読みなど、書籍データ化など。外来のMac mini大曲用に検討、微睡。19:10帰宅、夕食、20:30就寝。歩数6397歩。一昨年はこの時期から除雪始まる。

徒然ネコ談義2022(3) ネコは何で「かわいい」か ついでに女性はどうか
 女性に対する評価として「かわいい」はよく用いられる。私もたまには用いることがある。
 私が女性に対して感じる「かわいい」感覚はペットに対する感覚と一部は共通している。しかし、ペットの場合は人間でないという気楽さがある。
 人間の女性に対してはそうは行かない。私が男だから感じる感覚なのだろう。「かわいい」の背景にどうしても男尊女卑的な視点、男として嗜虐的な様相、猟奇的?感覚や心理を伴う。
 私は古い感覚から逃れられない前時代人間である。

 思春期前の女の子の、笑顔を伴う表情はとても「かわいい」と思う。この時の感覚はより純粋で芸術的でさえある。

 女性の場合、
■見てくれは重要だが、まあまあ程度で、悪く無い範囲で、ちょっとだけ綺麗。
■年齢は、・・・問わない。婆さんでも・・・いい。
■笑顔がいいこと。
■頭の回転は悪く無い程度でいい。知性を感じられればいい。
■時折、バカじゃないか?と思わせる、抜けたところがあるのがいい。生来の天然バカがよりいい。
■気が強くない。
■理詰め、理屈をしつこくは言わない。
■ぐさっとくる様な内容をソフトに表現できる。
■社会的活躍はいいが、地位はほどほどがいい。
■清潔感がある。清楚。嫌な匂いも無し。
■などなど

 私から見て、「かわいい」は女性に対して用いる最高の評価ではないが、高い評価にあたる。美人、綺麗、有能、よりははるかに高い。

 私が日常的に女性達を観察して楽しんでいるが、「かわいい」と感じてもまったく外には出さない。心で感じて喜んでいるだけ。口で表現するだけ度胸がない。言えない自分が情けない。

 ただ、逆に、私が女性たちからどう評価されているのかということも書かねば片手落ちである。
 私はほとんど無価値、害もなく、空気と変わらぬ存在だろう。

 我が家のネコたちは全員、「なんだか知らないが、頼り甲斐のある人・・・」、と思っているような表情をするのがこよなく嬉しい。


2/2(水) 晴れ時々小雪 飯川病院ボランティア+午後勤務 古書店
 1:30起床。データ整理に集中。家内に同乗飯川病院、午前運動兼ねて古書店に、往復バス10冊購入。12:23ターミナルよりバス飯川病院。検食、14:00勤務、19:30帰宅。夕食、21:00就寝。Σ5762歩。積雪5cm、明日は除雪必要か。

徒然ネコ談義2022(2) ネコは何で「かわいい」のか
 現代の日本語の「かわいい」が意味するものは多彩になってしまった。
 かつての日本語では、「かわいい」は小さきもの、弱きものなどを示していた。清少納言、式部などはそのように用いていた。

 私の「かわいい」感情は、より強いものが弱い者に感じとる「守ってやらねばなるまい」と言う生身の感情、いのちを守ってやりたいと思う気持ちが背景になっていると思う。
 ところが、「このダンプ、よく俺のために働いてくれるんだ。とても『かわいい』やつだぜ!!」。これはある小説で使われた一節であるが、こんな大きく硬い対象物の評価にも用いることは私にはない。日本人は広く擬人化する傾向がある。
 一方、縫いぐるみ等の、生物を模した作り物に私は不気味さ、気持ち悪さを感じる事はあっても、一切「かわいい」との感想は抱く事はない。要するに「かわいい」は大きさ、姿形が全てと言うわけではない。

 私の「かわいい」と思う気持ちの対象をペットに限ってざっと見てみる。

 人・ペット等に対する共通の感覚 
―――――――――――――――――――――――――――――――
 ■攻撃性がない。
 ■見てくれ、表情がいい。
 ■私より小さい。
 ■抱っこするのに丁度いい大きさ。
 ■全身が柔らかい毛に覆われている。
 ■抱っこしても撫でても快適。
 ■私より弱い存在。
 ■私より劣っている存在。
 ■私の庇護を求めている。
 ■私と微々たる程度でもいいが、コミュニケーションがある。
 ■不快な音を発しない。
 ■清潔、汚れていない、匂いも無し。
 ■かわいい、はそれらに対する最高の評価の一つ。
―――――――――――――――――――――――――――――――

 その「かわいい」と思う背景には、以下のような残酷な心理が隠れている、と思う。
 ■私の方からいつでも無視できる、
 ■いつでも縁を切れる、
 ■ひねりつぶす事ができる、
 ■私の方に絶対的優位性がある事。
 ■微妙なバランス関係を維持している状態

 今までに動物を虐めたという、あるいは殺めたと言う具体的経験は一度しかないある鳩の思い出が、条件が外れれば「かわいさ余って憎さ百倍」にもなりうる危険な、微妙な感情である。
 他の人との間で話題にして確認したことはない。私の言う「かわいい」の感覚はおぞましい感覚と表裏一体のだ、と思う。

 その点、他人には聞かせられないが、ネコたちには日常「かわいい」と遠慮なく表現する。ネコどもの前で私はひたすら自分を捨てて素直で謙虚になる。ネコたちに「ゴロゴロニャン」と言わせながら、実は自分でゴロニャンしている。そのことが私を癒す。

 私がネコたちと遊んでいる姿は、とても他人には見せられない。


2/1(火)小雪やや寒い 中通病院外来 飯川ボランティア
1:00起床。新聞、本読み、電子化などいつもの如く。5:30可燃ゴミ集配所に。6:40
バス飯川病院。8:45-13:00外来。院長と面談、次年度からの外来診療契約延長。13:20飯川病院-19:00勤務、微睡も。19:30帰宅・夕食、21:20就寝。Σ8908歩。昨年Amazon Echo Show購入。

徒然ネコ談義2022(1) ホワイトハウスにネコ  
バイデン大統領の妻のジル・バイデン氏は1月28日、自身のTwitterで飼ネコの「Willow」をお披露目した。2020年の選挙活動の際にステージに飛び乗ってきたネコだとのこと。

(「Willow」の引き締まった表情がいい メスなのだそうだ)

 歴代の大統領一家のペットとしては犬が断然は多い。最後にホワイトハウスで暮らしたネコは、ジョージ・W・ブッシュ氏の「インディア」。
 クリントン一家の「ソックス」も有名だ。「ソックス」は、一家がアーカンソー州で暮らしていた時に、娘の腕に飛び込んできた迷い猫だった、とのこと。「Willow」とともにシンデレラ猫といえよう。

(「ソックス」の表情)

 懸案を多数抱えているバイデン夫妻にとってネコの「Willow」は新しい悩みのもとにならないか??私は心配している。それとも癒されるのか??
 ネコは攻撃性は少ないものの、ほとんど飼い主の思惑通りには行動してくれない。プーチン氏、周氏よりもコントロールが困難かもしれない。「Willow」から両氏に対する処し方を学べるかもしれない。

 私の場合は、ネコは一切言うことを聞かないから、一切文句も言わないから、だから好きなんだけどね。
 
(我が家の4兄妹たち 奥の白いのが「雪音」と「プチ」、 手前左が「しまじ」と「鉄」、 「しまじ」は「ソックス」に、「鉄」は「Willow」によく似ている)


 1/31(月)曇り時々晴れ寒い 健康クリニック  午後飯川病院
 2:30起床、医学文献、新聞チェックPDF化など、いつもと同じ。6:40バス飯川病院。 新聞チェック、9:00-11:30健康クリニック14名、結果判定14名、飯川病院へ、午後は自炊、データ化。微睡を挟み読書三昧。14:00-19:00勤務、帰宅、21:00就寝。Σ7812歩。

季節の話題2022(3) 秋田の雪(3) 恒例の1月末日現在の除雪機稼働回数比較
 恒例の1月末日現在の除雪機稼働回数比較の時期が来た。

 今季は秋田地方は雪が多い。
 私は勝手に冬の訪れ初除雪の日と決め、冬の定義を「除雪が必要になった日から不要になった日」の間にしている。
 今季の冬の訪れは12月25日。夜から朝にかけて降雪6-7cmあり、今季初除雪を行った。

 私の四季は、狭くて長い我が家へのアクセス道路、私はそれを「胎盤・臍の緒道路」と呼んでいるが、50m以上あり、ここの除雪は40年来やっているが結構大変である。除雪機は2台あり、1台はバックアップ用に残してある。


 まだそんな経験ないが、ちょっとでも手抜きすると生活用品が届かなくなり得る。例えば、郵便物、宅急便、牛乳の宅配、灯油の宅配、宅配スーパーへの注文商品、タクシーなど。
 だから雪の季節は健康に注意し、緊張して朝を迎える。降雪がある日には早朝何度も状況を確認し除雪をどの程度するか考慮する。
 私の生活は冬の除雪を中心に季節が回る。

 今季はラニャーニャ現象のために雪が多めと長期予想の中で示されていたが、これほど甚だしく多雪とまでは思っていなかった。

 私は毎年1月末日の段階での我が家の除雪機稼働回数を取り出して比較している。
 その回数をグラフで示すと以下の如くとなる。

 
 (年別除雪機稼働回数とグラフ 今年分は手書きで色を変えた。)

 昨咋季は0回、昨季は8回、今季は12回で更にふえそうである。
 2013年をピークに、温暖化のためか確実に除雪回数は少なくなっていたが、今季は約10年ぶりの多さとなった。

 県内では今季の豪雪で各自治体が、除雪予算、除雪機能を増強するなど苦悩しているニュースが伝わってくる。秋田市では幹線道路は除雪が行われているが、いわゆる生活道路、路地にはほとんど除雪車が回ってこない。歩行はわだちを歩かざるを得ない。滑って危ない、後ろからは車が迫ってくる。とても難渋している。
 

 最近の日差しには春の息吹が感じられるが、まだ大寒を過ぎたばかり、そう甘いものではないだろう。
 緊張感を失わないよう、毎朝の積雪状況を見守り、対応したい。


1/30(日)曇り 寒い 積雪5cm 除雪12回目
1:30起床、医学文献、新聞チェックPDF化など。自炊6冊、読書、データ関連、新聞チェック。午前座学、昼食後。微睡を挟み読書三昧。積雪5cm なるも明朝のことを考え15:00-16:00除雪12回目、19:00夕食、20:00就寝。Σ6913歩。

ラジオ2022(2) 昨年ラジオを3種更新 スマートスピーカー2種とオリンパスPJ-20
 昨年は愛用していたラジオが2種が壊れた。経年変化なのだろう、やむなく更新した。
 身辺整理の年齢に至り、終活をすすめている時に新機種を購入すのは矛盾した行動であるが、ラジオ、パソコン、読書関係は別扱いである。

 ■Amazon Echo Show 5
 昨年2月、長く用いてきたラジオが不調になってきたので、Amazon Echo Show 5、通常価格1,5000円が期間限定で9,980円で販売していたので購入した。

 音声でコントロールできる多機能スピーカー「Amazon Echo Show5」を購入

 スマートスピーカーについて興味を感じていたので丁度よかった。これはAmazon社の製品の中では廉価品に相当する。本機は多機能であるが、私は今のところラジオを聴くだけ程度であるが、実に便利で頻用している。起床時から出勤時まで居間でスイッチが切られることはない。

 ■Amazon Echo Dot
 昨年12月上旬、Amazon Echo Dot、通常価格5,000円が期間限定で1,500円で販売されていたので、飯川病院で用いるために購入した。これは小さな円錐形をしておりディスプレイはない。だから映像を見ることはできないが、他はEcho Showとほぼ同様の機能を持つ。出勤時から帰宅時まで病院の自室でスイッチが切られることはない。

 ■「Radio Server Pocket PJ-20」

 昨年12月30日、オリンパス「Radio Server Pocket PJ-10」が突然電源が入らなくなった。電子回路ではなくボタンの問題だろう。10年以上用いてきたのでやむなしと諦めた。このシリーズは既に販売終了になっているが製品は大手通販のカタログには残っていた。今回は改良型のPJ-20を現役時の価格の1/4程度で入手した。基本的機能はPJ-10とほぼ同一で主たる機能はボイスレコーダーで、それにラジヲがついているという製品で、気軽に音声メモも録れる。録音のメモリーが2MBからmicro SDカードを利用して34MBに大幅にのび、かつ簡単に充電できる点が私にとって有用である。出勤の移動時などにNHKラジオを聴いたり、他機種での録音データを聞く。就寝時には枕の下で鳴っている。


(左がAmazon Echo Dot、右が「Radio Server Pocket PJ-20」でアンテナステーションで充電中)

 新しいものになかなか踏み出せない、ケチで保守的な私は、Aiにちょっと距離を置いていたのであるが、前2者はAi機能を応用している。今まで使っていたラジオとは比較にならないほどの機能があり面白い。

 生活の幅が広がった。


1/29(土)昨夕早朝降雪、曇り 除雪12回目 
1:00起床。読書、徒然、データ整理。午前8:00-9:00除雪12回目、以降座学。新聞文献チェックとデータ化。読書その他データ整理、16:00微睡。19:00夕食、読書など、21:00就寝。Σ7138歩。

ラジオ2022(1) 日曜日午前の楽しみ 子ども科学電話相談
 ラジオはながらで聴いていても十分楽しめるから私にとってはとても有用、必須のメディアである。業務がなく病院の自室に一人でいるとき、自宅にいるときはほとんどつけぱなしである。また、出勤等の移動の際、寝る時にもで聴いている。
 放送はNHK AMの第一放送、今はなぜかR1,と呼ばれているが、これが大部分、民放は聞くことがない。

 蚊の鳴くようなかすかな音でかけている。あまり計画的に聞くわけではないが、流れてくる番組を漫然と聞いている。比較的集中的に聞くのはAM1:00-5:00までのラジオ深夜便。好んで聞いている。

 いつとはなしに日曜日午前に放送される子ども科学電話相談を楽しみに聞くようになった。この番組は1984年からいろいろ変遷しながら続いてきたという。
 2019年春季の番組改編に伴い、レギュラー化した。
 番組では、「動・植物」、「天文・宇宙」、「科学」、「心と体」の疑問点を電子メールで全国の幼稚園・保育園児及び小・中学生から募集し、放送時間中にスタジオの専門家が電話で解説しながら回答する。
 国会中継がある日には中止になるのが残念である。2021年の夏休み子ども科学電話相談は東京五輪、高校野球選手権で放送時間が大幅に縮小され残念であった。今年も2月中の放送は北京五輪のために放送がない。

 2017年度から、「NHKネットラジオ らじる★らじる」の「聴き逃し配信サービス」ですべてが放送後1週間限定で配信されるから何かあって聞き逃した際にはとても便利である。

 電話で質問者と回答者が対話形式で進めるが、質問者が幼稚園児、小学低学年時の場合は説明に苦労する。それがまた面白い。
 また、回答者と質問者の間で交わされる挨拶もとても可愛い。気持ちが暖かくなる。
 質問は、中途半端に知識がある私には思いつかないユニークな質問があり、かつ本質をついているのが飛び出し、回答者が慌てる場面もあって面白い。

 最近の小学生は宇宙や恐竜などについて驚くほどの知識がある。私も刺激を受けて小学生の孫の一人から恐竜図鑑などを借りて勉強してみたが面白い世界である。

 最近の質問のいくつかを上げてみた。
------------------------------------------------------------------------------------------------------
 ■風は音がするのになんで見えないの?
 ■シシャモはどうしてメスの子持ちのだけが売られているの?
 ■勝って勝つ。地上最強の生き物は何?
 ■きゅうりの棘はなんのため?
 ■バナナはなんで曲がっているんですか?
 ■みんなで力を合わせればまあるい地球が四角になりますか?
 ■世界で一眼頭の悪い動物はなんですか?
 ■太陽が沈むときどうして赤くなるの?
 ■ガスのタンクはどうして丸いの?
 ■新幹線は車より速いのにどうしてシートベルトがないの?
 ■地球上の空気はどうやってできたの?
 ■人はなぜ嘘をついてしまうの?
 ■ダメと言われるとやりたくなるのはどうして?
 ■小さい時に仲良かった猫が大人になって喧嘩するのはどうして?
 ■・・・・みんな面白すぎて上げきれない。


1/28(金)風雪 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 
1:00起床、文献チェック他本読み等いつもと変わらず。5:30可燃ゴミ提出。7:10Taxi駅に。時間的に余裕ありスターバックス。8:11こまち。駅病院間徒歩出来ず。秋田大曲ともに新積雪数cm。帰路こまち3分遅れ。15:30駅飯川病院ボランティア。疲れて微睡も。19:30帰宅、夕食、21:00就寝、歩数計Σ6029歩。

COVID-19(2022)オミクロン株(5) コロナ自宅療養 患者の支援体制拡充を急げ
 COVID-19感染はデルタ株から、オミクロン株への置換された。オミクロンであるか否かの区別はもはや不要である。
 政府は重症化しやすい高齢者や基礎疾患のある人の医療を確保するために方針転換を表明した。軽症者の受診を控えてもらうため。これは医療資源に限りある以上やむを得ない。危機管理上のトリアージに相当する。
―――――――――――――――――――――――――――-
 ■重症化リスクが低い感染者は医療機関を受診しないで自宅療養に入る
 ■自分で検査し、
 ■結果を行政側に連絡する。
 ■行政や医療機関は自宅療養者の健康観察を徹底、
 ■病状が悪化した場合は迅速に医療機関での受診、入院につなぐ。
 ■行政側の体制拡充を急ぐ。
―――――――――――――――――――――――――――-

 オミクロン株が主流の現在の流行「第6波」では、かつてないスピードで感染者が増加している。まん延防止等重点措置の適用地域は計34都道府県に拡大した。 オミクロン株は重症化率が低いとされるが、感染者の増加が続けば、一定の割合で病状が悪化する例が出てくる。
 医療を受ける権利は年齢層を問わない。自ら受診を控えて協力してくれる人への対応を充実させ、健康状態に変化があれば受け入れるべきだ。

 感染の有無を自分で検査するためには抗原検査キットが必要だ。
 市販品は既に品薄状態だ。自宅療養に入る人には保健所等を通じて配布すべき。
 政府は国内メーカーに買い取りを保証を行った上で当面1日80万回分まで増産するよう要請した。
 キットの多くは輸入品。需要は世界的に伸びており、品薄の早期解消は難しい。
  感染が疑われる人がキットを手に入れられない場合も想定し、対策を講じるべきだ。

――――――――――――――――――――――――-
 余談1 COVID-19関連については、PCR検査を含む検査用品、検査キット、ワクチン、治療薬のどれをとっても国産品はほとんどない。大体、COVID-19関連で国がどれだけの経費を遣っているのかはどこにも公表されていない。何故だ??

 余談2 エネルギー関連でもほぼ全て輸入品に頼って、再生可能エネルギーの国産品はほとんどない。

 余談3 食料品も米以外は輸入便りで食料自給率が上がらない。輸出元で今後自国用に囲い込みが増えてくると思うが、そんな時はどうやって乗り切るのか? 現にインドネシアで石炭輸出が国内需要を賄うためと制限している。

 余談4 防衛だって然り、である。

 余談5 人口減、少子高齢化対策も然り。

 結論 我が国の識者・行政の危機管理は問題が差し迫ってから慌てる。
――――――――――――――――――――――――-

 岸田首相は「最悪の事態」を想定し「先手」で対策を講じる姿勢を強調してきたが、オミクロン株の感染拡大のスピードに対策が追い付いていない。
 対策の要となるワクチンの3回目接種について、首相は高齢者等の接種が完了するのは、2月末の見込みというができるかな?
 私の元に入ってきている一般希望者の接種予定表は3月以降である。

 対オミクロン株に関しては時間がない。希望者へのワクチン接種時期を一層前倒しすることが求められる。


1/27(木)曇り 古書店に 午後飯川病院 明日からまた荒れる?? 
2:00飯川病院起床。パソコン関係学習、徒然など。当直でちょっと拘束感あり、午前外出ドンキ古書店にバスで往復、12:40飯川病院。検食、微睡。14:00-19:00勤務、入院患者対応。読書中心に。19:30帰宅、夕食。21:00就寝。Σ7561歩。

COVID-19(2022)オミクロン株(4) 中和抗体が低下しても免疫はあるはず
 オミクロン株感染は全世界的にも3億人ほど、日本中でも5万人以上と予想以上の感染者数に達している。オミクロン株は不顕性感染が多いと考えられるため、実際にはこの10倍ほどの感染者がいるものと推定されている。
 重症度は従来の株に比して低い傾向にあるが、未成年者を中心に感染者が急増し社会機能に影響を与えている。
 政府はオミクロン株の性質に合わせて水際作戦、陽性者・濃厚接触者待機時間期間、エッセンシャルワーカーの職場復帰陽性者の待機期間の短縮など新しい基準を発表している。
 「まん延防止等重点措置」は当初16都県に適用されていたが、さらに24日までに適用要請があった18道府県を合わせ、34都道府県に広がる。これには青森、山形など隣県も含まれている。

 識者や政府は3回目のワクチン接種を急がせているが、3回目の接種を終了したのはまだ対象者の2%に過ぎない。3回目の接種による感染予防効果、重症化予防効果は明快に示されている。これは朗報である。

 3回目のワクチン接種については、もっと早く進めるべきと思うが、私は2回目のワクチン接種が済んでいれば、もし感染した場合は体内でブースター効果が生じるはずであり重症化が避けられるのではないかと考えている。

 「中和抗体」定量による、COVID-19ワクチンの有効性評価はワクチンによって誘導された「中和抗体」のレベルで評価される。しかも、人の免疫には細胞性免疫と液性免疫があり双方が協力して関与する。一般的に「中和抗体は液性免疫の指標」になるが、細胞性免疫の指標にはならない。だから、「中和抗体」の推移を調べても人の免疫能を全て表しているわけでない。
 COVID-19ワクチンには各種の製品があるが一般的に使用されているmRNAワクチンはすべて、ウイルスのスパイクタンパクを抗原として使用している。

 インフルエンザワクチンは皮下に投与されるが、COVID-19ワクチンは筋注で接種される。
 mRNAワクチンは筋肉の細胞質内で活性化することで抗体を誘導する。その際、液性免疫も細胞性免疫能も刺激する。

 なお、「中和抗体」として1gA抗体、IgG抗体双方を産生し、前者は気道感染を、後者は肺炎の発生・重症化を予防する、と言われている。

 細胞性免技能は簡単には測定できないが、「抗体が陽性になった」ということは細胞性免疫も獲得した結果と考えられる。

 mRNAワクチンで誘導された「中和抗体」は、当初は高いが3~6カ月経過すると減少し、ワクチンの有効率は低下する。その観点から、3回目の追加接種が議論されている。しかし、血中「中和抗体」がどのくらいのレベルにあれば感染を防御するかは明らかになっていない。その際には細胞性免疫が代わりに作動し始めるはずである。
 だからと言って、「中和抗体」を測定することは、決して意味がないことではなく免疫能の目安の一つとして意義はあるだろう。


1/26(水)晴れ曇り 飯川病院+当直
2:20起床。新聞チェック、徒然。野鳥関連書籍読む。一気に興味が。他に文献検索多数。午前は探し当てた文献の検討など座学中心。11:50バス飯川病院。検食後微睡ほか新聞チェック、入院患者対応。17:00当直業務に。スキャナー関連習熟きし練習。18:00検食、文庫本数冊自炊、微睡若干、21:00就寝。Σ5504歩。

こころと身体2022(6) 私が老化を自覚したのは・・・老視であっ
 私は高齢であるが、老人であると思ったことはまだ一度もない。高齢者と老人は違うものなのだ。
 ただ、加齢による自身の身体的変化に気がついて、その変化を味わいながら楽しんできたが、その観察の結果は私の高齢者医療の中に生かされている。

 私が「これぞ老化だ!!!」と初めて気づいたのは還暦の頃の夕食時であった。その時のことは明快に覚えている。
 
 私は中学生の時に眼鏡をかけ始めた。その時の自覚は曇りの日などで黒板の字が見え難い、ことであった。知らず知らずのうちに近視が進んでいた。
 その後、乱視が混じったが還暦の頃まで中等度の近視で、眼鏡を用いれば十分視力が維持され、実生活上ではなんら問題はなかった。

 それが、ある日、夕食の時に箸先の食品が口元に近づくと見え難くなることに気づいた。それに気づくまでは食品を口に収めるまで鮮明に見えていたのに・・・、なぜなんだ?と感じたのが最初であった。
 自分で目の近点を調べてみたら裸眼では12cmほど、メガネの元では25cmほどと短くなっていた。通常は目の近点は30cm以上と言われているから、いわゆる老視である。これは自分の年齢から十分納得できる結果であった。だから、その時から、今までも自然現象の一つとして受け入れそれほど対策していない。

 具体的には、裸眼であれば新聞や書類を顔から15cmほどの距離にすればしっかり見える。しかし、新聞や雑誌等を条件よく顔から離してみるのは現実的ではない。そのために新聞、雑誌、書籍等は電子化してiPadで読む。iPadならどんな重さの書籍でも、どんなサイズの書籍でも同じ条件で読めるから便利である。読む姿勢も自由である。

 私のパソコンは数台稼働しているが、全てキャスター付きの台にセットし、細かいのを見る時には目の前に移動できる様にしている。パソコンのディスプレイの場合は細やかな各ドットを識別できる。

 最近は運転免許も返上したので日常的にはメガネも用いずボヤッとした視野の中で生きている。それでも困ることはない。必要な時だけピントが合えばいい。
 こういう障害を抱えているがこれは加齢による現象であって、だからと言って私は老人になったわけではない。

 私は高齢であるが、まだ老人ではない


1/25(火)晴 中通病院外来 飯川病院  平田さん祝賀会 3回目ワクチン会議
 1:10起床。本読み、文献チェック。5:30可燃ごみ2袋提出。道路の雪解けあり歩行難。6:40バス飯川病院、8:45-12:00外来、10名前後で余裕。12:30飯川病院、微睡、14:00-18;00勤務。16:00キャッスル家内は友人の表彰祝賀会へ。18:30キャッスル医師会のCOVID-19ワクチン関連の会議、22:40帰宅、夕食。20:30就寝。計Σ7820歩。

こころと身体2022(5) 私が初めて老化を自覚したのは・・・
 マルコム・カウリー Malcolm Cowley(1898-1989)はアメリカの詩人、批評家で「八十路から眺めれば」という著作を残している。私の蔵書の一冊である。


 その中に、「老いを告げる肉体からのメッセージ一覧」と題されている小文がある。
 お前は老人だ、とのメッセージを男性が受け取るのはこんな場合だとして、そこに十六の項目があげている。
 以下に示す(多少改変した)。()は私に当てはまる項目、(○)はやや当てはまる項目。
――――――――――――――――――――――――――――――
 ■「骨に痛みを感じるとき」
 ■「誤ってブラシを取り落としたとき」
 ■「去年よりも足先が手から遠ざかったように感じられるとき」()
 ■「片足で立つことができず、ズボンをはくのに難渋するようになったとき」
 ■「階段を下りる前に踊り場で一瞬ためらうとき」
 ■「美しい女性と街ですれちがっても振り返らなくなったとき」()
 ■「もう日が沈んだあとの車の運転はよそうと決心したとき」()
 ■以前なら本能的にやってのけた簡単なことが、考え考え、段階を踏んで、ようやくなしとげられる大仕事となったとき ■どこかに置き忘れた物を探す時間のほうが、それを自分で見つけてから使用する時間よりも長くなったとき ■二つの事柄を同時に記憶にとどめることが困難になったとき(○)
 ■入浴、髭剃り、衣服の着脱など、いろんなことに時間が余計かかるようになった。
 ■時間の進行がまるで下り坂を行くときのようにますます速く感じられる(○)
――――――――――――――――――――――――――――――
 私はまだ70代の後半であるが身に思い当ることが数項目ある。他のことは容認するとして、美しい女性とすれ違っても振り返ることがなくなったのは残念である。しかしながら、その原因は目が見えないから。美しい人を見ても振り返る意欲が乏しくなったことは確かである。
 
 カウリーによれば、老いのきっかけとなるのは他人の眼差しだというが、私の場合は自分の感覚だけである。だいたい他人の眼差しなど見えないし、関心もない。

 私は自分が高齢者であることは認めるが、老人であると思ったことはまだ一度もない。高齢者と老人は違うものなのだ。

 歳を重ねていく自分に興味を感じ、心身の変化を楽しんで観察し始めたのは30代中頃からだった。
 加齢による変化に気がついて、それを楽しみながら味わってきたが、その観察の結果は今の高齢者医療の中に生かされている。

 私が「これぞ老化だ!!!」と初めて気づいたのは還暦の頃の夕食時であった。その時のことは明快に覚えている。


1/24(月)快晴  健康クリニック  午後飯川病院 
1:15飯川病院で起床。本読み。文献チェック等々いつもと同じ。9:00-11:30健康クリニック13名結果判定14名。微睡、14:00-19;00勤務。入院患者対応、15:30-17:30外出古書店に往復バス、10数冊購入。19:10帰宅、夕食。20:30就寝。計Σ7829歩。ご近所の三浦さんブルで除雪してくれた。2回目、感謝。

こころと身体2022(4) 高齢感覚と老化は違う 無視されてきた加齢の意義
 人間として、こころの働きが、加齢とともにどう変化していくかという問題に関しては、まだまったく分かっていない、五里霧中状態と言っても過言ではない。
 しかも、ほとんど何もわかっていないにもかかわらず、私たちは、年を重ねるにつれて「こころも身体も老いる。加齢によって老人は枯れていく」のを当然と考え、無批判に受けとめているのではないだろうか 社会も、高齢者達も。

 「老い」感覚はどうつくられてきたのか?
 そもそも「老い」と「加齢現象」とは、決して同義ではない。加齢というのは、齢を重ねることを意味し、それと共に変わってくる心身の変化を示している。例えば、私ども人間の筋力を例にとると、どんなに優れたアスリートでも、30歳前後にピークを迎えその後はどんなに頑張っても衰えていく。これは加齢現象である。しかし、彼らは決して「老い」てはいない。すなわち加齢が「老い」に結びつくとは限らないのだ。

 「老い」には良きにつけ悪しきにつけ、なんらかの心身の変化に対する評価がつきまとう。現代では「老い」には「悪しき」のニュアンスが伴うことが圧倒的に多い。
 かつては必ずしも、今日のような状況ではなかった。「老い」ることによって、当人達が社会の中で地位が上がったり、救われる対象となった時代も存在した。

 それが、老いすなわち衰えと、直結して連想するように変わってしまった。これには高齢化を迎えて高齢者に対する価値観が変わってきたことも関連している。また、誰しも、自分が衰えたと感ずるのを好む人、それを指摘されるのを好む人はいない。おのずと現実から目をそむけようとする。
 
 今日、高齢者医療、福祉が飛躍的に充実したにもかかわらず、高齢者の心理学的な知見がほとんど蓄積されていない。加齢から衰えを連想し、社会も医師も心理学者もそのまま受け入れている。加齢に伴うこころの変化の基礎研究も遅れをとっている。

 日本が将来少子高齢化を迎えることは、戦後すぐにわかっていたこと。しかし、それへの社会的準備を何もしてこなかった。今になってあらゆる分野で問題になっている。

 こころの加齢変化の再認識をめざして「こころの衰えた老人」観を、再認識し、社会の中で重要な集団として位置づけなければならない。
 周囲が、加齢現象に否定的な意味づけをしてしまうことで、高齢者を必要以上に老けこませ、社会から囲い込んでしまう状況に追いこんでいる。高齢者とより若い現役者達の間の溝は深く広がっている。

 私たちはややもすると、からだの衰えとともにこころも衰えるのは不可避と、捉えがちであるが、それは正しくない。


1/23(日) 寒波それほどならず曇り 飯川病院日当直
1:00起床。読書・新聞・文献チェック、徒然などいつものごとく。終日微睡を挟みつつ読書、データ整理で過ごす。本読み、7:00、12:00、18:00と検食が楽しみ。食べては読み、そして寝る生活。読書三昧で過ごせるのがいい。20:00就寝、歩行200歩、万歩計忘れた。ほとんどトイレ往復のみで部屋に篭っているだけ、最低記録か?

こころと身体2022(3) 高齢者には存在意義があった
 かつては、高齢者は他の人間では肩代わりできない役割を担っていた。
 その背景の一部は日本全体が貧しかったことで、家族内で助け合わないと生活がなりたたなかったことにある。

 やがて金銭的余裕が生まれると同時に世代間の分断が始まった。高齢者の社会的地位の喪失が始まった。今日では、高齢者は若い世代にとって影が薄いだけではなく、人口構成の多数を占めながら居場所がなくなった。

 これから高齢者は一層増えていく。一大集団となる。だからこそ、その存在は無視できない。高齢者の心身の特徴を正しく把握する必要がある。

 高齢者はどういう仕事を行っていたかというと・・・、尤も、今から強調してもどうしようもない不可逆的レベルに達したが・・、次世代が生活を営むために不可欠な家庭内の労務、家事や子育ての分担すること、高齢者が蓄えた知識を、次世代・次々世代に伝承することが、第一義の本分ではなかったか、と思う。

 そもそもかつては、家族は、三世代同居を基本とする大家族の形式で暮らすのが普通であった。以前は、家族みんなが食べていくこと自体が、決して楽なことではなかった。だから学業を終えたものから地域の中で生活の糧を得るために懸命に働かなくてはならなかった。次世代が新家庭を持ったとしても別居など到底無理であった。

 子育て中の女性とて労働力として、生活の糧を稼ぐ意味では例外ではなかった。
 結果的に、子どもの相手をするのは、身体の無理がきかなくなった高齢者の仕事と決まってしまう。
 三世代同居では、子どもの発育のかなりの部分が、祖父・祖母にあたる人物によって担われていた。
 子供の成長過程で高齢者が果たした役割は、日々の生活を共にしながら、子供達に生老病死の実態を身をもって示したことにもある。これは大きい意義がある。

 さらに、家を守ってくれてたから、高齢者の存在は非常に有難い存在だったことであろう。

 もちろん、各世代人はそれぞれ育った時代の文化や社会の影響を深く受けており、世代間の生活感、感情的ギャップは徐々に深くなったが、貧しさが故に表立つことは少なかったが、高度成長期を迎えて生活に余裕ができると一気に表出した。

 その結果は家庭機能の喪失という、各世代人にとっても決して軽視できない状況が生まれてしまった。
 私は戦後の文化の影響下で育ったからまだこの状況を受け入れることができた。

 しかし、今は数少なくなりつつあるが、戦前戦中に苦労して子育てをしてきた世代人にとっての夢は、いまだに三世代同居時代のまま捨てきれないで残っている。この世代人は時代の変化に乗り切れず、夢が削がれ、手足をもがれた状況にある。
 私の母は60代で死亡したが、彼女の最大の夢は息子夫婦と孫達と和気藹々笑顔で暮らすことであった。私がその夢を潰してしまった母を語る。


1/22(土)寒緩む快晴   
1:00起床。データ整理他何時もの朝と変わらず。自炊4冊、座学、雪寄せ一部、スキャナーバラシ開始、プラスティック部分の精密加工に驚く。居間パソコン付近の電源、USBなどの配線点検、単純化する。午睡若干、新聞スクラップ電子化。19:00夕食。20:00就寝。歩数計Σ5263歩。

こころと身体2022(2) 高齢者感覚を一気に自覚した
 私はこの新年を迎え、徒然と思いを巡らして間に、突然高齢者になった。玉手箱を開けた浦島太郎の心境である。
 今までは動物園の猿山にいる猿を見物席から見物している立場であったが、今は私自身が猿山の猿になって、見にくる若者を眺める立場になった。

 それと共に私はとても気分が良くなった。高齢者であることを自覚した途端に生きるのがとても気軽になった、ということ。

 仕事上でも高齢医師として時流に沿った医療は到底無理との自覚はあったが、若い医師や医療関係者とのコミュニケーションはほとんどないために彼らが高齢医師をどう感じていたのか知るよしもない。多分、この年寄り医師は「一体誰なのだ」、「いつまで院内をうろうろしているのか??」と思われているのだろうが、私の場合は自分でもそう思っているから問題はない。

 一般的には高齢者は周囲から年寄り、と指摘されて自覚するらしいが、私の場合は自覚していることだから問題は些少である。

 社会における高齢者の認知機能や感情というのは、実際以上に、衰えていると周囲から誤解されている。私は自分をそうは思っていない。尤も、そうした誤解は、今にはじまったことではない。
 一貫して昔から、社会のなかで高齢者は誤解されてきたといっても過言ではない。ただ、不当に能力を低く評価されても、過去には、さほど深刻な問題にはならなかった。ところが、今は、高齢者のこころを適切に把握しないと、社会がうまく回らない。

 その理由は、どうしてかというと、過去の社会では、高齢者は、誤解されつつも「それなりの地位」を占める存在だったが、近代化を遂げるなかで、居場所を失いつつあるからに他ならない。よく、「おばあちゃんの知恵、おじいちゃんの知恵」などと言って珍重されてきた知識などは現代社会ではまず求められることはない。ネットから得られる知識で十分という。

 いや、「それなりの地位」どころか、以前は翁ということばのニュアンスが含んでいるように、神仏に近づきつつある存在として、むしろ慕われていた。それが今や、敬意のかけらも持たれなくなってしまった。溢れているのは軽老的扱いである。

 地域で敬老会が催されるのは軽老に陥らないようにとの最後の足掻きでしかない。なんでかというと、高齢者は全く希少価値がなく巷に溢れているからである。
 私には、他の高齢者に、向かって言うべき資格はないが、「高齢者よ、老人達よ、身の程を知ろう」とは言いたい。


1/21(金)曇り 除雪11回目 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床、文献チェック他本読み等いつもと変わらず。積雪10cm。5:00可燃ゴミまとめのみ。5:30-6:20除雪11回目、7:05Taxi駅に。余裕持って8:11こまちに間に合う。大曲駅病院間徒歩出来ず。8;55大曲中通病院外来、帰路こまち5分遅れ。15:25飯川病院ボランティア。19:30帰宅、夕食、21:00就寝、歩数計Σ9883歩。

こころと身体2022(1) 高齢者として新しい門出の年
 最近の私の記述には高齢者のことがよく出てくる。しかしどちらかというと、第三者的な立場から高齢者を捉え、社会的弱者なのだから柔らかに擁護しなければならない、などど書いてきた。
 例えば昨日の雪についての記載では、「高齢者単独世帯が増えている。そのような方々の多くは体も不自由になりつつあるだろうから雪の処理は困難、だから支援が必要だ・・・」などなどである。

 しかし、それらを記述しながらハッと気づいたことがある。考えてみれば、私自身がもう社会的には立派な高齢者の仲間になってしまった、ということ、また社会からはそのように見做されているということである。この点については最近まで自覚が足らなかった。

 私が高齢者であることを嫌がおうにも認めざるを得なかった最近の事例は、以下であった。
―――――――――――――――――――――――――-
 ■後期高齢者医療制度への加入
 ■敬老会からの招待
 ■市医師会からの喜寿を祝う会への招待
 ■などなど・・・
―――――――――――――――――――――――――-
 かつては何の苦労もなくこなせた行為が難しくなり、おや、と気づいて首を傾げる機会が増えている。齢を重ねるにつれ、様々の能力が次第に衰えて来る。そんなことは日常から経験している。前からわかっていたことだ。しかし、立派な高齢者になっていた、という自覚には乏しかった。

 体力検定でも受ければ自分の状態が今どうなっているかを知ることは出来るのだろうが、今更そんなテストに挑む気にはさらさらなれない。

 ところが一つだけ、いやでも自己の能力を知らされる機会があった。自動車の運転免許証更新である。
 少し前、法律が変わり高齢者は自動車教習所で運転適性検査を受けた上で、運転免許試験場で更新手続きを行うことになった。
 教習所で適性検査では大きなスクリーンの前に座り、画面の変化に応じてアクセルやブレーキを踏み変え、ハンドル操作をする。これが結構難しい。それに比べれば、コースを周る実地走行のほうがはるかに易しかった。

 そして最後に適性検査の結果表を渡される。総合評価はほぼ平均点に達していたのでほっとしたものの、内容を詳しく見ると、状況の変化に対する反応の速さは平均点より上であるものの、反応の正確さは平均を下まわっている。なんとなく思い当る節もない訳ではなかった。

 若い頃のデータがないため、それが本来の傾向であるのか、老化の故であるのかは定かではない。ただ運転中に自分でヒヤッとするケースに出合ったことはあった。大事に至ったことはないが、その度毎に昔はこんなことはなかったとシュンとした。もう一つの問題は更新のためには視力がギリギリであったことである。

 で、私は一昨年8月に自らの限界を感じ取って免許を返納した。次いで、22年愛用してきた車を手放した。淋しくはなかった。私の場合、むしろ解放感の方が勝っていた。

 警察白書によれば、交通事故の死者は総数において減少しているものの、高齢運転者による事故件数は増加し、死亡者数も増えている。特に最近目立つ。
 一般に、お前はもう老人なのだから、と他人に言われれば多くの老人は反発を覚えるに違いない。まだ捨てたものではない、とする自負が生きる力の支えにもなっている。この主観と客観との隙間を埋めるのがとても難しい。

 その点では、高齢者講習と適性テストは私にとって無駄ではなかった。私はそう考えた。

 今年の正月は、自らを老年であることを納得した記念すべき年になった。これからは高齢者の立場で、老人の立場で、謙虚に物を感じ、考えていきたい。


 1/20(木)晴れのち曇り 除雪10回目 飯川病院  
0:50起床、新聞・文献チェック他いつものごとく。朝までの新降雪7cm。除雪10回目午前は座学中心。11:50バス飯川病院。ボランティアと14:00から勤務。入院患者対応。19:15帰宅、夕食、就寝21:00。歩数9713歩。

季節の話題2022(2) 秋田の雪(2) 高齢者支援が必要
 秋田市内、秋田県南では12月中旬から寒波が長居した。加えて降雪。今季の私の初除雪は12月25日であった。その後も降雪が続いた。しかもただ事でない程度。新年の1月4日にはすでに除雪は4回目となった。

 20日午後5時現在の各地での積雪は、横手市117cm、北秋田市阿仁合105cm、秋田市50cm。横手市中心部ではだんだん雪を捨てるスペースなくなってきた、という。秋田市、能代市は通常の3倍近くの積雪量になっている。

 この1週間は積雪で交通機関が乱れた。JR秋田支社によると、14日には奥羽、北上両線で計34本が運休または区間運休し、羽越、奥羽、北上各線の計9本に最大2時間半の遅れが発生した。
 航空各社によると、14日午後5時までに秋田空港発着のJAL4便が欠航。JAL3便、ANA9便に遅れが発生した。

 私の周辺では、14日は大曲出張日であったが、通常30分未満で秋田駅に着くタクシーが70分かかった。状況を読んでかなり余裕を持って出かけたので新幹線になんとか間に合った。が、大曲駅でタクシーが来なくて乗り場で雪に吹かれながら50分待った。寒かった!

 過去に秋田市の豪雪は ■「昭和48年豪雪」 ■「平成18年豪雪」といった、記録的豪雪がある。前者の時は秋田に移ったばかりで「どたまげた!!!」と言うのが本音であった。後者の時は一晩で膝高付近まで積雪あり。地域の道路は除雪なく、車は全く走行不能、雪をこぎこぎ病院まで歩いた。普段なら1時間のところ2時間ほどかかった。この時は秋田市の交通は数日麻痺し、市民生活は困難を極めた。

 雪は高齢者にとっては辛い負荷となる。私はまだ動けるから何とかして除雪できているが、年々辛くなってきている。これから先のことを考えると心もとないものがある。
 
 (除雪直後の我が家へのアクセス道路 距離的にはこの2倍の長さを除雪する)

 県内の高齢化率は「昭和48年豪雪」時約8%、「平成18年豪雪」時約27%。現在は約38%で、高齢者のみの世帯は全世帯の約32%を占める。もはや高齢者が自力で除雪できるレベルの積雪量ではない。高齢者の命と生活を守る支援や対策が急務となっている。 
 
 県内には地域の高齢者宅などの除排雪を行う共助組織が50団体ある(2020年、県調べ)。中でも先進的に活動を始めたのが横手市山間地の団体。高齢化・過疎化が進む地域で1人暮らしの高齢者らの暮らしを支える。しかし支える側も決して若くはない上、大雪で自宅の雪下ろしや除雪に追われる毎日。請け負った家を全て回り切れていないのが現状だという。
 買い物支援の車の運行も、福祉関係の車も道路除雪が進まなければ難しい。記録的大雪を前にしては、共助組織の奮闘にも限界がある。 

 秋田県は広い。高齢者が地域に分散している状態では到底お世話できない。冬季間のみ開設する高齢者単独所帯者用の公的収容施設なども考えるべきであろう。

 秋田市は今晩からまた荒天になるといい、降雪量も多いらしい。緊張が走る。


1/19(水)寒波緩む 除雪9回目 古書店 飯川病院 
 1:00起床。文献チェック他。徒然。自炊。蓄積データ整理。夜間降雪は4cmそれほどなかったが昨日分含め6-7cmほどで8:00-9:00除雪9回目。10:30古書店広表に、20冊ほど。午後飯川病院勤務。外来入院患者対応なし。家内プリウスにて杉本コーヒー店駐車場にて軟雪の塊に前輪をツッコミ、スタック、JAFの世話に。19:30帰宅、夕食、20:45就寝。歩数計Σ8385歩。

季節の話題2022(1) 秋田の雪(1) 寒冷暴風雪で新年早々大荒れ 
ここ数年来暖冬少雪であったが、昨年に続き今年の気象状態は寒冷暴風雪などで異常である。ふだん雪の少ない秋田市など沿岸でも今季は、今期に関しては、地球温暖化に加えてラニャーニャ現象が発生していて、天候不順が懸念される予想されていた。
 昨年までのように雪かきの少ない冬は期待できそうも無く、逆に大雪への備えが必要だと予想されていた。 
 現実に、今季は年末年始にかけて秋田地方は低温と著しい降雪に見舞われ、1月上旬以降、大暴風雪により秋田県内は広い範囲で降雪に見舞われた。

 秋田の天候に及ぼす影響は3つにまとめられそうだ。
-------------------------------------------------------------------------------------
 ■「西高東低」型気候。
日本の西に高気圧、東に低気圧がある状態で、「冬型」ともよぶ。
冬の大陸は海に比べるととても冷えやすくて、冬型になるとシベリアや中国あたりで冷えた空気が北風になって日本に吹きこんでくる。 日本海の上を通るときに水分をふくんで、日本海側に雨や雪を降らせる。

 ■「ラニャーニャ現象」。
赤道付近のペルー沖から中部太平洋にかけて海水温が平年より低くなっている。これをラニャーニャ現象という。
この現象が発生すると、偏西風が日本付近で南に蛇行し北から寒気が入りやすくなる。今年の秋田にはより上空の寒気が西回りで入ることが多くなりそう、と予想できる。加えて湿った重い雲を降らせる帯状雲が発生しやすくなる。ラニーニャ現象になると、太平洋のいちばん西側の対流活動が活発になる。すると冷たい北風が南の海まで届きやすくなり、間にある日本にも影響がおよぶ。(逆の現象はエルニーニョ現象と呼ばれる)。

 ■日本海の海面水温は年々上昇し、その上昇率は世界全体や北太平洋全体の海面水温の平均上昇率の約2-3倍にもなっていると言われている。 
 特に、日本海中部の海面水温の上昇率は日本近海で最大。季節別では冬季の上昇率が100年前に比較すると2.3度Cも高くなっている。 
 海水温が高いと少しの寒気でも大気の状態が不安定となり、雷雲が発達しやすくなる。
-------------------------------------------------------------------------------------

 こうした現象は過去にもあった。
 2006年から翌年にかけて秋田市などで記録的な大雪となり交通が乱れるなど暮らしに深刻な影響を与えた。


1/18(火)寒波 強度の暴風雪、午後緩む  中通病院外来 飯川病院 
1:00起床。新聞チェック、徒然他。昨日からの積雪10cmほどなるも強風のため除雪は明朝に。5:00可燃ごみ集積所に搬出。6:40バス飯川病院へ、バス待ちは去年同様きつく試練であった。8:45-13:00外来。13:15飯川病院に。14:00-18:45飯川病院ボランティア。19:30帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ9200歩。

終活2022(3) 510Mの後継機としてiX1300を導入
 紙媒体の電子化、書籍の電子化は、新聞3紙のスクラップを含むから毎日処理しないと資料がどんどん溜まっていく。
 故障したS-510Mのツナギとして長男からiX500を借用して資料の処理を進めながら後継機を検討した。

 私は終活を進めているところであり、高機能で贅沢な機種は不要である。
 富士通のドキュメントスキャナー現役機種のうち、3番目に位置する、入門機とされるiX1300を選んだ。
 

 型番や形状から見るとS1300の後継機()のように思える。サイズも他の現役機種よりは二回りほど小さく、重量も他の上位機種3.4Kgに比して2Kgと軽く、当直の日などに飯川病院に持っていくのも簡単そうである。しかも、S1300よりは機能がはるかに向上している。
 肝心の読み取り速度はS1300は8枚/分であったが、iX1300は両面カラーでも30枚/分と早い。解像度は上級機種と同じ600dpiである。しかも改良された付属のソフトを用いれば、読みとった書類の一部が名前として示され、Wi-Fi経由でデータをパソコンやタブレットにも送ることも可能となっている。

 まだ使い始めたばかりで未知の機能もありそう。
 いろいろ自分なりの使い方を研究しながら、紙媒体の電子化を進めていく。

 ドキュメントスキャナーは私の学習、自炊、終活に必須の機器である。
 私が用いた歴代のスキャナー
--------------------------------------------------------------------
 2000年-2004年 ヒューレット・パッカード/Scanjetシリーズ(型番不詳)。
 2005年-2011年 富士通S-300M。
 2011年-2019年 富士通S1300 1台目、
 2015年-現在   富士通S1300 2台目補助機として
 2019年-2022年 富士通のS-510M
 2022年-現在  富士通のiX1300


1/17(月)曇りやや寒い 健康クリニック 飯川病院 
 1:20起床、新聞データチェック、本読み、徒然。6:30バス飯川病院、富士通Scaner iX1300注文する。9:00-11:00健康クリニックドック。14名、判定先週休みのためなし。11:15飯川病院へ。読書など、14:00-19:10勤務、入院患者対応。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計Σ6953歩。

終活2022(2) 頻用の富士通スキャナー510M昇天する
 私の学習はほとんど文字情報から得る。
 大きな全国学会には出席するが、秋田で行われる講演会等にはほとんど出席することはない。医療関係者たちに会いたくないからである。
 それ分、学術書、文献等はよく読む。そのほか、書籍、新聞もよく読み情報を仕入れる。
 その際、紙媒体のまま読むことはない。全て自炊というプロセスを経てiPadで読む。

 書籍等紙媒体の自炊は、■対象になる本や文献、新聞記事lの選別、■本の裁断、■スキャナーによる電子化、■電子化データをiPadに転送、■読む時間の確保、である。

 その際、主役はあくまでも自分であることは論を待たないが、用いる道具の主役は文字情報を電子化するスキャナーである。脇役としてカッター、はさみ、定規、日付印などである。

 スキャナーについては種々のタイプがあるが、書類や本の取り込みについてはドキュメントスキャナーと言われるタイプが向いている。

 私は20年以上も前から紙データを積極的に電子化しペイパーレス化していた。
 2000年頃にはにヒュレットパッカード社のスキャナーを用いてきたが、2004年に何故か入手できなくなった。

 富士通KKは従来からScanSnapというスキャナーシリーズを販売していたが当初はWindows対応のみであった。
 2005年にマックでも用いることのできる製品、S-300Mが発売になり私は嬉々として購入した。

 S-300Mは2005年から2011年2月まで使用、約14万枚スキャンしたが、消耗品のゴムパッドが劣化し修理不能となった。
 2011年やむなく改良型のS1300を購入、2015年にはS1300をもう1台追加し自宅と飯川病院で自炊作業を進めた。S1300は一度に処理できる枚数は10枚程度、処理スピードも遅く機能的には必ずしも満足できるものではなかった。

 2019年9月次男から富士通のS-510Mというマック用のスキャナーを使わないか?という話があった。いつもなら値段をつけて迫って来るのであるが今回は値段交渉はない。タダなのか??タダより高いものはないと言われるが、その後、テーブル、冷蔵庫、洗濯機とかいろいろ家財道具の希望があって子煩悩、孫煩悩の家内が対応したらしい。こんな時は私を介さない。結果的にかなり高くついた。

 S-510MはS-300Mとほぼ同時に発売になった機種であるが、機能的にはS1300よりは処理スピードを始め、全ての点で優れている製品で、高価で、購入を諦めていたもの。私の自炊作業はS-510M中心となり、効率的に進めることができ、S-1300は脇役に回った。
<img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/0d/a8396da3ad65fa4789bf6ec1d6d16f59.jpg" border="0">
(手前がS-300M、後ろがS-510M)

 S-510Mは私の元に来てから3年余、ほぼ連日50枚ほどの紙媒体の書類、新聞の切り抜きが電子化された。何100冊かの蔵書も電子化してくれた。

 それが1月15日、昨日のことであるが、510Mが突然機能停止した。いろいろ蘇生を試みたが私の範囲では蘇生できなかった。電子回路がダメになったと警告ランプが点灯した。2010年製で10年以上も前の製品であり、製造元のケアは受けられない。
 私は深い感謝と共に諦めた。

 今後は私の手によってネジ一本のレベルまでバラされ、メカの勉強と故障の部位の検討に回る予定である。


1/16(日)曇小雪 除雪不要
2:00飯川病院で起床、ラジオはずっとトンガ海底火山関連の津波の警報関連ニュース。データ整理、読書、時に微睡。7:00検食。10:00回診のために来院した家内に同乗帰宅。長男の富士通Scaner iX500借用、条件設定難渋するも部分的になんとか。新聞チェック、新聞スクラップ一部電子化進める。本読み、微睡、文献・新聞チェック。19:00夕食、20:30就寝。歩数計5398歩。

終活2022(1) 丸い卓袱台をどうするか  便利だが私は嫌い
 私が小学1年の頃から使い慣れてきた丸い卓袱台、そろそろ処分を考えている。
 昭和27年に貰い火で自宅が火災にあって大部分の家財道具を消失した。家族が多かったから必要があって急遽買い求めたのであろう、中型のそれほど立派な作りではない。脚が折り畳みで比較的軽く、広げるのも仕舞うのも便利であった。
 郷里の自宅で20年ほど用い、私の引っ越しについて、盛岡、秋田と渡り歩いてきた卓袱台は70歳ほどになる。私の終活のためにそろそろ処分しようか、と考えている。

 丸い卓袱台は大家族の時はとても有用であった。そのイメージはサザエさん一家の食卓のシーンである。磯野家でも客間は立派な角卓袱台であった。

(サザエさんの食卓研究 〜50年前、磯野家の晩酌はこうだった〜渥美まいこ 2019/03/19 より引用)

 岩手の我が家では住み込みの看護師さん2-3名、お手伝いさん一人いて最も多い時で10数人家族であった。比較的立派な角形卓袱台で上座は勿論祖父母と父で、次いで私。その下座に広げた丸い卓袱台に、みんなが囲んだものである。

 秋田の我が家では最も多い時で9人家族であった。
 ただ、私は食事をする時でもお茶を楽しむ時でも、どうも角形の卓袱台の方が、落ち着く。

 卓袱台は一般的に脚が短く座位で使う。今は脚が長く椅子で使うからテーブルと呼ぼう。
 なぜ角形を好むのかと考えると、おそらく私は「自分の領域」がはっきりしないと不安を感じるタイプだから、と思う。
 角形のテーブルの場合、普通は一辺が一人分の領域という感覚になる。対して丸いテーブルの場合は、どこからどこまでがこの人の領域かはっきりしない。逆に、だからこそ丸型は、ハッピーでピースフルなイメージを持つ形と言えるのだろう。歴史上でも参加者間の相互関係や席次の明確化を避けるなどの目的で円卓を用いて行われた会議は多数記録されている。

 しかし、私にはどうもそれが、居心地悪いのだ。

 私は滅多に客を招かない。食卓を囲むのは家族が中心であるが、食事の時に丸いテーブルだと、家族の間であっても私は、オーバーに言えば不安な気持ちが募る。
 中華レストランの円卓くらい大型ならどうでもよくなるだろうが、一般家庭ではそんなのは無理。より小さな丸テーブルだと、常に誰かに領域が侵略される。

 他人であれ家族であれ相対峙する時、「これ以上接近されたら嫌」と思う距離が人にはそれぞれある。私はそれがかなり広い。常にキープしておきたいその距離以下だと忽ち不安になる。
 角テーブルのうちさらに縦に長いテーブルが好きだ。そこに各人が離れて座る、これが私の理想である。いま私が愛用しているのは100x170cmのガス台付きの食卓で、これ以上のサイズは我が家では事実上無理。

 テーブルにも、流行があるらしい。丸い小型の格好いいのが今、若者の間で流行っているようだ。

 いろいろ感慨はあるが、丸い卓袱台は今後も用いられることはなかろう。終活の対象になっている。


1/15(土)晴/曇り 積雪3-4cm 飯川病院日当直 トンガで海底火山 
1:00起床、新聞チェック、文献読み。 富士通Scaner510M、2010年製、昇天したらしい。蘇生試みるの反応なし。11:00病院に所用ある家内に同乗、飯川病院。飯川病院午後日直、当直に就く。昼頃南方のトンガで海底火山、検食、午後は微睡後、文献読み、読書、座学中心。18:00検食、iPadで「アルキメデスの大戦」みる。21:30就寝。夜間になり津波関連の警報発令、NHKラジオが全て地震津波関連番組に。歩数計Σ3069歩。昨年秋田市立総合病院でCOVID-19クラスター発生、当院にも影響。

本 村山由佳「風よあらしよ」(2) 伊藤野枝の評伝 力作と思う
 本作は、20世紀初頭に活躍した婦人解放運動家である伊藤野枝の一生を描いた作品。

 九州の貧しい漁村から激しい向学心を持って上京、女学校4年へ編入し、翌年には級長となるノエ。実在の人物を描いた小説ではあるものの、伝記的な内容ではなく、作者は女性の活躍がまだまだ抑圧されていた明治・大正の時代に、自分の意志のままに躍動する野枝の姿を詳細に調べ、著者の心で咀嚼され、結果を生き生きと描いている。

 ノエは貧しいが故に貧困や立場が弱い女性問題に早くから目覚めていたが、貧乏であるがために郷里で無理やり結婚させられるが婚家を早々に飛び出し再度上京、教師であった辻潤と再会、同棲し二児を設ける。
 その後、ノエは女性問題、社会問題の活動を地道に続けていたが、足尾鉱毒事件に関する見解を講演で述べた大杉栄に宛てた手紙は、大杉のハートをわしづかみにして、大杉と強烈な個性でひかれあう。夫も子供も棄てて大杉のもとへ走った彼女の、さらなる精神的な高みへの飛躍はこうして始まった。「あたりを意識するあまり、自分の意見さえ口にできないような、口にすればたちまち弾圧をうけるような、そんな世の中であっていいはずがない」、その頃の彼女の言葉の一つ。

 大杉栄はいわゆるイケメンであったが同時に自由恋愛論者であった。そのために彼の周辺には常に複数の女がいて頻回に問題を起こしていた。ノエ、堀保子、神近市子、女性の三角関係ならぬ男性を巻き込んでの五角関係は修羅場となって、大杉は神近に刃物で刺され重傷を負う。これが日蔭茶屋事件である。
 女性解放運動の活動家は概して男女間の倫理上のハードルが低いように思われる。それも女性の解放なのか?

 大杉にも野枝にも定まった収入がないのに、平塚らいてうが進めていた解放運動の新聞や同人誌を代わりに出版し活動に努めたが、常に出版禁止処分を受け赤貧を洗うが如くの貧乏生活が強いられていた。約束した家賃を払えず引っ越しの頻度も数えきれない。にもかかわらず、大杉と野枝は6人の子供を育て、明るく生きていた。

 大杉が不当な逮捕を受けた時、野枝は当時の内務大臣後藤新平への抗議の手紙も書いた。この手紙は男まさりの筆跡で「あなたは一国の為政者でも、私よりは弱い・・・」とあり、後藤新平はこの手紙を書いた伊藤野枝にいたく興味をひかれた、という。この手紙は岩手県奥州市立後藤新平記念館に所蔵されている。

 大杉栄、野枝の死は闇から闇に葬られそうであったが、陸軍憲兵による拉致をつかんだ警察から後藤新平の耳にも入り、後藤の強力な指示の元で憲兵による私的なリンチであったことが明るみになった。

 関東大震災に続く社会不安の不幸な時代の事件とはいえ、あまりにも理不尽な国家の犯罪行為には怒りを覚える。「本来は国家権力の暴走を見張るべき新聞が、軍人どもの極悪非道な行為を護ってきた」、現代のマスコミはどうであろうか?

 28歳で終えた野江の人生はまさに波乱の連続で、多くの女性作家の関心を引くのであろう。寂聴にも著作、「美は乱調にあり」、「諧調は偽りなり―伊藤野枝と大杉栄(上) (下)(共に岩波現代文庫)がある。

 村山氏の作品は、概して話題が豊富すぎて時に食傷気味になることもあるのだが、この作品では伊藤野枝28年の生涯について、つぶさによく研究し、野江を取り巻く多くの人物も登場し詳しく語られる。その登場人物の視点を通して、野江の実像に迫る。資料としても参考になる。時代背景の描写も素晴らしい。力作である。


1/14(金)曇り 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床、文献チェック他本読み。6:00可燃ゴミ集積所に。降雪1cm。7:15Taxi、されど渋滞のために8:11こまちにやっと間に合う、次回からもう少し早めに。8:42-9:15タクシーなく寒空で待つ。9:10大曲中通病院外来。往復Taxi。秋田駅病院間徒歩。15:30飯川病院ボランティア、微睡、読書など。19:00帰宅・夕食、21:00就寝。歩数計Σ7294歩。

本 村山由佳「風よあらしよ」(1) 集英社 2020/9/25 単行本:656ページ 伊藤野枝の評伝
 2021年年末にかけて村山由佳著「風よあらしよ」を読んだ。単行本で656ページもある長編である。

 この本を手に取ったのは20世紀初頭に活躍した婦人解放運動家である伊藤野枝について知りたかったからである。

 伊藤野枝、大杉栄という人物については明治・大正期における日本の代表的なアナキストである。大逆事件で幸徳秋水らが死刑となった後に共産主義の中で目立つ存在になった大杉栄はアナキストの立役者であったために危険視され、関東大震災直後、憲兵隊司令部で二人が不当に殺害され短い生涯を閉じた。これは甘粕事件と言われている。

 大逆事件は有名であるが実効性の乏しい幼稚な計画であり、無政府主義者の陰謀と言うよりも、むしろ検事の手によって捏造された陰謀と言う方が適当なようである。政府の巧みなキャンペーンで一般社会に社会主義の恐ろしさを植え付けると同時に、文学者にも大きな衝撃を与えた。
 徳冨蘆花は一高で「謀叛論」を講演して幸徳らを殉教者と訴え、石川啄木は事件の本質を鋭く見抜いて社会主義の研究を進め、森鴎外や永井荷風は事件を風刺する作品を書いている。欧米の社会主義者も日本政府に多数の抗議電報などを送るなど、抗議運動を展開した。

 伊藤野枝、大杉栄については歴史上の事件を介して若干の知識はあった程度だったから、先入観なく読むことが出来た。このような激動の人生を歩んだ女性が大正の時代にいて若くして殺害されたのかと知って驚いた。彼らは「国家より国民」の無政府主義を理想とし、行動した人たち。当時の恐るべき国家に抵抗した自由主義者である。

 この本は伊藤野枝、大杉栄の家庭の描写から始まる。彼らには五人の子があったが出生届も出さず、二人の婚姻届も出していない。無政府主義の考えに沿って国の機構には始めから頼ろうとしていない。骨太の活動家であった。

 次に、大正12年9月1日11時58分発生した関東大地震の被災の様子に移る。死者・行方不明者は推定10.5万人で、明治以降の日本の地震被害としては最大の被害となっている。
 この地震で「富士山が大噴火した」、「大津波がやってくる」、「伊豆大島が水没した」、「皇居が炎上した」・・・などなどの流言が広まった。

 それらの中でも最もまことしやかに囁かれているのが、「朝鮮人が攻めてくる」というもの。「朝鮮人が大挙して暴動を起こし、強盗、強姦をくり返し、井戸を見れば次々に毒を投げ入れている」。おまけに彼らの後ろには、この機に乗じて何ごとか起こさんとする「社会主義者たちがいて糸を引いている」、という流言であった。

 流言は広まるばかりだった。何しろ政府までもそれを信じてか、「不定な輩を取り締まれ」との通達を下したのだ。またたくまに自警団が地域ごとにされた。逃げれば追いかけ、抵抗すれば問答無用で殺したという。戦争でもないのに不安はさらに不安を煽り、いよいよ収拾がつかなくなって行った。

 こんな社会的背景の中、震災から半月後、二人は憲兵に突然拘束された。


1/13(木)比較的温暖道路は雪どけ 午後飯川病院 積雪10cm除雪8回目
1:20起床、新聞・文献チェック他。座学、読書、学術書自炊2冊ほど。積雪10cm8:30-9:30除雪8回目。院長外出予定あり、10:40バス飯川病院。融雪状態で歩行困難。病院はボランティア+14:00から勤務。微睡、読書など。19:30帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ9860歩。

2022おせち料理雑感 今年はおせち料理をほぼ完食した 
おせち料理は、種々の節目に供される特別な料理のことであるが、今では節目の風習の大部分が廃れてしまい、おせち料理は正月料理を指すようになった。
 おせち料理の基本は地方により異なるが、味を濃くしたり焼いたり、酢を用いて日持ちするように工夫されている。正月の間、「神聖な火」を使う煮炊きをできるだけ避けるという風習が背景になっているらしい。
 私は、正月の間女性を家事から一時解放するための保存食、と教わって納得していた。だから、ワンパターンなちょっと食傷気味のおせち料理を有り難くおし頂いていたものである。

 おせち料理はかつては各家庭で作られ、年末は大変多忙であった。子供であった私もキントン作りなどで芋の裏ごしなどで手伝わされた。ただ、我が家ではおせち料理を作ったのは母の世代までであった。

 家内との生活の中で私の食生活はかなり変わった。
 今は賄いの石井さんが夕食作りを担ってくれる。日常から多忙のため料理をすることの少ない家内が、たまに主役となって夕食を用意するが、その際のメインとなる食事はいわゆるデパ地下食材が並ぶ。時に北海道名産展などがデパートで開催されるときは名物弁当が中心となる。私はこのような食生活になんら不満はない。恵まれすぎていると思っている。

 家内はおせちに対するこだわりなど全く無いと思っていたが、そうではなかった。年末になると子供たちも来るので毎年市内の有名料亭からおせち料理を購入していた。多かったときには3-4箇所から取り寄せていた。1セット3-4万円ほどと安くはなかった。ケチな私はかならずしも納得していなかったが、家内は自分が采配して購入するおせちに強い思い入れと誇りを持っているので、その気持ちを踏み躙ってはならないと、私が口を挟むことはなかった。

 ここ2年間は長女一家が来れず寂しい正月になった。おせち料理もにも変化が現れた。今回は初めて1セットのみの購入となった。おかげでいつもなら10日過ぎには食べられず廃棄され、私の心が傷つくのであるが今年はほぼ完食できた。


(今年のおせち1セット4段の一部を示した)

 現在ではおせちの内容も多様化し、伝統的な和食、中華料理、西洋料理など多種多様な料理で供されている。最近のおせち料理は早いものは9月頃から作り、冷凍保存されているらしい。
 おせち料理は贅沢ではあるが、質的にも味としても私は満足できない。どんなに高価であっても内容がワンパターン、見た目は素晴らしいが、決しておいしいわけではない。コストパフォーマンスが良くない。だから、ついついおいしいと無理やり自分を納得させながら食べている。

 私としては、単品を買い揃えて自分で好きなようにセッティングする方が満足できるのではないか、と思うが、その準備をする気はないので今のままで納得しよう。
 様々な気分が交錯する正月、おせちを用意する家内、それをありがたく押いただく私。何10年も続けて来たが、それぞれ思うことにズレがあるということだけは、互いにわかつていた方がいいと思う。


1/12(水)寒波終日強風大荒れ、飯川病院ボランティア+勤務1:00起床、いつもの如し。寒波終日強風大荒れ予想あり、路上の雪が解け歩行難、雪は降った時よりもこの状態が困る。バス待ちがきついと考え出勤する家内に同乗飯川病院、9:00ボランティア、データ整理。午後勤務、微睡、入院患者対応他。19:30帰宅、夕食、21:15就眠。歩数計Σ4515歩。運動不足に日々続く。

秋田市の成人式2022(4)  成人式の和装を見ての雑感(2) 「うなじ」の魅力
 私は和服を着た女性の姿が好きである。
 シャキっと背を伸ばした姿が魅力的。和装では身体の露出部分は、頭部と頸部、手くらいのもの。ボディラインもわからない。着る人のスタイルも分からない。
 全てをラッピングして隠してしまう和服がなぜ女性の衣服としてこんなにすばらしいのか??

 私は和服そものもの質感、生地の様子、着物の柄模様などもあるが、その美しさのルーツは着る人の姿勢、露出しているクビの部分、特に「うなじ」にあると思う。
 成人式の和装では大部分の方々が背が伸びていない。多くはネコ背で、着物が生きていない。絵柄もゴテゴテしすぎている。

 さらに、なんでショールでクビの部分を覆ってしまうのか?私には分からない。
 和服を着たがる本人たちが、和装の最も魅力的な二つのチャームポイント、「姿勢の美」、「うなじの美」を知らないのではないか、と思う。だいたい突然その日だけ和装してもダメなのだ。着物も嘆いている。

 和装の方の「うなじ」は私には妙に生々しく、時には色っぽく見える。
 「うなじ」の存在は和服を着る日本人にとってとても重要である。ことさら隠さなければならない理由はないのに、ふだんは髪の毛によって否応なしに隠されている「うなじ」は、着物を着用した時だけは、露出することが多い。日本人女性は古くから和装の際の「うなじ」の価値を知っていて和服の際には髪をあげるのではないか??

 「うなじ」は常に見えるものではない。だから特別に価値がある。まず、髪の毛を下ろしている時は存在しない。一方、ショートヘアの人の「うなじ」はそれほど意味はない。常に見えている「うなじ」は単なる首の後ろ部分でしかない。

 「うなじ」は髪の長い人がたまに髪をあげた時に真価を発揮する幻の部位。和服を着ている方の「うなじ」が魅力的なのは、この時しか見れない妖しい存在ということなのだ。

 「うなじ」の下には骨がある。頸椎の上部と頭蓋骨とがおりなす山と谷がほどよく存在し、程よく硬いイメージを伴い、ブヨブヨの印象はない。重い頭蓋を支えているという強さも醸し出す。さらに、頭髪に移行する生えぎわのやわやわとした毛、おくれ毛などが、さらに複雑な陰を作っていく。

 「うなじ」自身が持つ形の良さもある。「うなじ」は10cmほども露出していないが、女性に「らしさ」を与え、全身の姿をイメージさせる貴重な部位である。
 手軽に女性らしさを醸し出すために、肌をさらけ出す人がふえている。しかし、「うなじ」は僅か10cmほどの露出であるが男性に夢を見させる部位である。

 成人式の画像から受けた印象をもとに勝手な偏見を述べてみた。私は芸術家か、はたまた単なるエロ爺か。


1/11(火) 寒波緩む曇り小雪 中通病院内科外来 飯川病院
 1:15起床、文献・新聞チェック,PDF化。降雪なし。寒波緩む、6:00可燃ゴミ2袋提出。6:40バス飯川病院、路地など道路状態最悪、歩行困難、危ない。8:45-12:30中通病院外来。13:45飯川病院、14:00-19:00勤務、入院患者対応。微睡。録音データ整理、読書三昧、19:30帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ8310歩。

秋田市の成人式2022(3)  成人式の和装を見ての雑感(1)
 私は自分が着る衣服などにはほとんど興味がない。だからロクな衣服は持っていない。いま、私が最も気に入って毎日着ているのは作業服、作業着と言われるもの。これは気楽である。第一安い。伸縮するから生地だから動きも自由。汚れても洗濯も簡単、ポケットがたくさんあるから便利などなど、私にとってはいい事づくめ。

 ただ、衣服、ファッションそのものに興味がないか、というとそうでもない。数多くの生物の中で衣服を身につけるのは、人間だけであり、この特徴、文化について考えないのは片手落ちである。いずれじっくり勉強して見たいと思っている。

 衣服をまとう第一の目的は、厳しい気象条件から体を保護するためであろう。毛を失った人間は衣服を着ける知恵と文化があったから、ヒトは寒冷地や寒暖の差の著しい地域への進出が可能となった。
 加えて、一定の組織に属していることを示す制服もあり、資格や職業を象徴したりする制服などもある。

 更に、これが重要なことなのだが、衣服には富や権力、地位を誇示するアイテムにもなるし、ファッションとしての極めて重要な要素がある。私が興味を感じている分野はこの装いの文化とそれを着用する人間の心理についてである。

 どうして、人は、時には健康を害しながらも体を締め付け、時間的にも、経済的にもかなり無理してまでも、美しく()装うのだろうか。私にとってはまだ謎である。

 以下の部分は現状における私の感覚で、偏見である。

 女性の和服姿はとても素敵である。これが結論。
 成人式の和装も個々人として見れば素晴らしいが、これほどワンパターンな装いの女性が大量に集まると魅力半減を超えて食傷気味となる。

 和服の魅力は、体の大部分がきちっと隠されているから、なのだと思う。美しい着物で、美しくラッピングされた女性には未知の魅力が漂い、ビキニ姿で海岸やプールサイドにいる女性方よりは遥かに魅力的である。
 和服姿の美しさのポイントは、着る方の姿勢である。成人式の集団は普段着慣れていないせいか一般的に姿勢が良くない。背中が伸びておらず前屈みである。
 それに、満面笑み・・ならいいのだが、仲間同士でのバカ笑い、じゃれつきは和服姿には似合わない。和服が泣いている。
 和装には、それにふさわしい抑制された行動も必要である


1/10(月)成人の日 ほぼ快晴、寒波緩む 近所の三浦氏による除雪 
1:00起床。本読み、新聞・文献チェック他。11:00回診に来た家内に同乗帰宅。道路は融雪でひどい状態。読書、微睡、データ整理大量。午後、近所の三浦氏による除雪が行われた、我が家の敷地は綺麗に、感謝。家内は大倉医師の葬儀に。19:00夕食。20:15就寝。歩数計Σ6031歩。明日から再び荒天予想。

秋田市の成人式2022(2)  なんで成人式で女性達はワンパターンに着飾るのか??
 これだけジェンダー論が交わされ、履歴書にも性別を書かなくて良くなり、かつ個性が珍重される時代、なんで成人式で女性達はワンパターンに振袖、白いショールに身を包むのか?

(魁電子版より借用)

 私の理解を越えている。もともと女性の気持ちは理解できるものではない。ましてや若い娘の考えることなど、解らない。

  成人式は最初から「晴れ着」だったわけではない。
 「成人式発祥の地」の記念像がある埼玉蕨市では、敗戦直後の1946年、当時の蕨町が若者たちをはげまそうと「青年祭」を開催。当時の参加者の服装は男性が国民服、女性はもんぺだったという。
 いつから、振り袖が当たり前なったのか。和装業界に詳しい着物プローサーの石崎氏によると、第二次大戦中にぜいたく品が禁じられ、壊滅状態になった着物業界が復興策として業界が成人式に目をつけたのがきっかけだという。
 人の通過儀礼として古来からの『元服』をヒントに、未婚女性の礼装である振り袖を成人式に着てもらおうと、当時の百貨店などが動いたという。
 
 成人式は着物業界にとってかき入れ時で、約2800億円の市場のうち700億円程度が成人式の振袖関連だとみる。

 一方で、一部の自治体が平服での参加を促そうと1970年前頃から成人式の開催月を8月に変えた。秋田県でも夏季開催の自治体は何ヶ所かみられる。だが、2014年にずっと夏季に開催してきた石川県の某町が行った調査では、1月開催を希望する人が約7割いて、その理由の1位は本人たちの「振り袖、着物を着たい」、娘に「着せたい」と思う親の意見だった、という。

 うーん、はやり女心は分からない。

 2018年の成人式の話題といえば着物の販売・レンタルなどを手がける「はれのひ」が突然店を閉じ、同店に60万円ほど支払い、契約していた多くの新成人が晴れ着を着られなかったと言う事件が発生した。私には全く予想も出来ないことで驚いた。成人式を当て込んだ、こんな大規模な業界があったのか??ひたすら驚くばかりであった。同店は1月26日に横浜地裁に破産を申し立て、破産手続き開始決定を受けた。負債額は契約金ベースの被害総額は2億円以上、全体で約6億3500万円に上ったという。

 我が国のジェンダー論議は、話題にはなっているがその論議は実効性が伴っていない。日本のジェンダー論の進展には、まず女性自身が変わらなければならないと思うのだが、女性たちはなんでこんなワンパターンの装いにこだわるのだろうか。これでは先が思いやられる。
 意外と、大多数の女性たちは、日本の現状の女性像にほぼ満足しきっているのではないのだろうか。成人式の装いを見てそう考えた。
 うーん、はやり女心は分からない。

 2018年の成人式の話題といえば着物の販売・レンタルなどを手がける「はれのひ」が突然店を閉じ、同店に60万円ほど支払い、契約していた多くの新成人が晴れ着を着られなかったと言う事件が発生した。私には全く予想も出来ないことで驚いた。成人式を当て込んだ、こんな大規模な業界があったのか??ひたすら驚くばかりであった。契約金ベースの被害総額は2億円以上。1月26日に横浜地方裁判所に破産を申し立て、破産手続き開始決定を受けた。負債額は約6億3500万円に上ったという。


1/9(日)早朝雷鳴と雨 飯川病院日当直 秋田市成人式
1:00起床。文献読み・録音・PDFデータ整理など。ネコの邪魔で非効率。8:30回診に行くかないに同乗飯川病院に。9:00日当直に就く。終日読書三昧、データ整理大量。午後午睡など。12:00、19:00夕食、20:15就寝。終日部屋に篭りきり、歩数計Σ3566歩と運動不足。

秋田市の成人式2022(1)  成人が法的に変わる端境期の成人式
 今年の成人式「新成人のつどい」が2022年1月9日、午前、午後の2回に分けてCNAアリーナ (市立体育館)で開かれた。昨年の成人式はCOVID-19の影響で中止、2年ぶりの開催となった。今年は、2001年4月2日~02年4月1日生まれの新成人計2013人が出席した。
 マスクを着用した出席者は、久しぶりに会う友人たちと一緒に写真撮影したりして節目を祝っていた。市長は「柔軟な発想で新たな未来を切り開き、秋田を豊かに創造するために活躍してもらいたい」と呼び掛けた。
 秋田市の新成人は2613人(男1320人、女1293人)。年々人数は減少している。

 民法が改正され、2022年4月法的には18歳で大人と見做すことになった。すでに選挙権が18歳に引き下げられている。現行法下では最後の成人式となる。

 ■成人に達すると何が変わるのか??
・親の同意なしに、結婚ができ、
・車や家などをローンを組んで購入したりでき、
・公認会計士司法書士や行政書士、土地家屋調査士、社会・保険労務士などの資格がとれる。(実際にはこれらの資格取得は結構難しく、年齢が早まることはないと思われる。)

 成人式は、日本では地方公共団体などが、多くは成人の日近くでに成人に達する人々を招き、激励・祝福する行事である。敗戦間もない1946年(昭和21年)11月12日に現在の蕨市において実施された「青年祭」がルーツとされている。
 成人年齢が18歳に引き下げられるが、成人式の対象者は何歳にすべきか自治体が頭を悩ませている。「20歳の式」の継続を決めたところも出始めている。

 ■成人式の対象年齢をめぐる主な意見。日本財団「18歳の意識調査」800人の意見では「20歳での開催」が74%を占めた。
 (1)20歳とすべきだ
・飲酒や喫煙も含め、すべてで大人と扱われる年齢だから
・都会に出た若者が式で帰省することで、Uターンのきっかけになる
・18歳の1月の式だと大学受験期と重なり、出席が困難になる
・受験期に重なると家計の負担が増え、晴れ着の準備が大変
・パーティで飲酒できる・・・など

 (2)18歳とすべきだ
・成人になった歳だから
・成人の自覚を早い段階で促すべき
・学生服で参加すればいい、家計の負担が軽減できる
・開催時期をずらせば、受験期は避けられる
・飲酒問題がない

 秋田市も従来通り20歳で行うとのこと。


1/8(土)快晴温暖
    1:15起床。いつもの如く。新聞文献PDF化。文献読み、本読み。学術書自炊3冊。午前は座学中心、午後微睡ごDIY店に。防寒手袋なく玄関アプローチに敷く中型のゴムマット購入。枝に残して寒波にさらされた柿の一部採取、甘い美味!! 16:00書斎に籠り新聞チェック。年末のN響第9公演試聴、名演だった。つづいて内外の音楽名演・名場面2021、反田恭平氏の足跡を再認識。歩数Σ5560歩。

2022年はどんな年に??(4) COVID-19オミクロン株(3) 世界中に席捲するだろう
 COVID-19感染は第5波をもたらしたデルタ株から、オミクロン株への置換が進む。
 ジョンホプキンス大学の推計では現在まで世界で3億人がCOVID-19に感染し、500万人超が死亡したと推計されている。

 全世界的に見て同株の感染者数が驚くほどの増加である。毎日毎日同株の感染者数が日毎に倍々と急増している。WHOの1月2日付集計によると、1週間の新規感染者数は約952万人と、昨年4月に記録した約570万人を大幅に上回る形で過去最多を更新した。

 従来株より感染力が強いオミクロン株の流行と、年末年始で人の交流が活発になったこと、COVID-19慣れが要因とみられる。

 もはや、流行地ではゲノム分析で同株による感染との判断は不要であろう。

 オミクロン株の感染では一般的に症状が軽いか欠如している。だから、医療機関を訪れる感染に対する不安や軽い症状のある人は全員検査の対象となる。現状では検査なしでCOVID-19感染ということはできない。陽性者は感染を伝播させないような行動が求められるからである。
 一方、無症状の不顕性感染者がいると推定されるから感染者と非感染者の区別は曖昧となる。すなわち感染蔓延地方では実際には誰から感染をもらったのかわからない状態にある。だから、感染予防は一層困難となった。オミクロン株は世界中に席捲するだろう。

 感染蔓延地域では医療崩壊の懸念があるためにオミクロン株を意識して、これまで通りの予防策をより徹底する必要がある。不要不急の外出を避け、空気感染の可能性があることから、マスクと換気が重要となる。食事するとき以外はマスクを着用し、また、3回目のワクチン接種を速やかに受けることも重要。もし、症状が出たり、感染が疑わしい状況ではすぐに医療機関に相談する必要がある。

 オミクロン株にワクチンが有効との臨床試験結果が米国の製薬大手2社により確認されている。国内でも既に医療従事者から3回目接種が始まっている。

 治療に関しては、デルタ株に有効だった抗体カクテル療法はオミクロン株にはあまり効果を期待できないため、厚労省が投与を推奨しないことにした。同様の治療薬「ソトロビマブ」はオミクロン株にも用いられる。また、最近承認された経口薬は効果はが期待できそうでこれは朗報である。

 オミクロン株をただ恐れるだけでなく、知見の集積を急ぎ、それを踏まえて適切・柔軟に対応していくことが求められる。


 1/7(金)夜間早朝降雪7-8cm除雪7回目 大曲中通外来 飯川病院ボランティア
  1:00起床。文献・新聞PDF化。5:00可燃ごみの整理。意外と降雪量が多く、除雪に切り替えた、5:20-6:20除雪7回目。可燃ゴミ廃棄。7;25いつもより10分はやくTaxiで秋田駅に向かうも渋滞が激しくいつもの新幹線に乗り遅れた。14:30飯川病院ボランティア、微睡読書、新聞文献チェック。1950Taxi帰宅。19:30帰宅、夕食、21:30就眠。 歩数計Σ8770歩。

2022年はどんな年に??(4) COVID-19オミクロン株(2) 救世主(株)
 COVID-19感染は第5波をもたらしたデルタ株から、オミクロン株への置換が進む。
 全世界的に見て感染者数が驚くほどの増加である。オミクロン株に関する知見の集積を急ぎ、それを踏まえて適切・柔軟に対応していくことが求められる。
 我が国でも感染者数が日毎に倍々と急増している。沖縄、山口、広島の3県に、1月9日からまん延防止等重点措置を適用することが正式に決まった。
 
 オミクロン株の特徴は、従来株とは比べものにならない伝播力。
 重症化リスクは低いとされるが、高齢者や基礎疾患のある人が感染した場合のデータはまだ十分に集まっておらず、軽々に判断できない。
 医療崩壊も起こりうるから、責任ある専門家たちは激しく警鐘を鳴らしている。

 私は医療者の一員とはいえ今は何も責任ある立場にはない。
 私はちょっと発想を変えてオミクロン株を見ている。
 「高い伝播力と低い重症化リスク()」を持った変異株は、私は人類にとって実に都合の良い変異株が現れた、と考えて事態の推移を見ている。

 オミクロン株は、もう各国ですでにかなりの人たちが不顕性感染として広まっていると考えられる。
 ―――――――――――――――――――――――――――
 (1)一般の方々のうちで検査を受けてCOVID-19、オミクロン株と検出されるのは感染者のうちで発熱等の症状を持ち検査を受けようとした一部の人たちである。無症状の方々は検査を受ける機会は多くはない。
 (2)水際作戦として国際線空港とかで発見される方々はほとんどが無症状。ただ、全員検査対象になっているから検査を受ける。濃厚接触者とされ待機している方々からも陽性者が出ている。
 (3)スポーツ選手等は定期的に検査を受けていて、その中から思いがけず陽性者が出てその後の試合ガ中止になる事態が散見される。
 (4)無症状の方々を母集団のとしたCOVID-19感染検査、さらにはオミクロン株検出者はまだわからない。しかし、年末年始の各地の人流とオミクロン株の特徴から推定するに、もうすでにかなりの人たちが不顕性感染として広まっていると考えられる。
 (5)蔓延地域ではかなりのCOVID-19、さらにはオミクロン株ウイルスが存在しているから感染経路不明の感染者が多い。
 (6)蔓延地域住民は不顕性感染でかなり免疫が備わっていると考えられる。
 (7)感染者は軽症無症状であっても10日間ほどウイルス排泄があり、標準的予防策は必須。
 (8)軽症無症状の感染者は一定の隔離期間は必要であろう。その後、標準的予防策のもと、対面のない職場であれば復帰させて良いのでは。
 ―――――――――――――――――――――――――――

 とは言え、何より大切なのは医療逼迫、崩壊の状況を招かないことが必須。

 まずは、
 (1)最前線に立つ医療従事者へのワクチンの3回目接種を急ぐ。
 (2)高齢者についても、ワクチン3回目接種さらなる前倒し。
 (3)医療機関には陽性者の中から重症者およびその危険度が高い患者のみを収容する。
 (4)そのほかは自宅や施設で経過を観察するが、健康状態観察機能を高める必要がある。

 私はCOVID-19のうちオミクロン株は人類にとって救世主ではないかと考えている。
 オミクロン株は多くの不顕性感染で多くの人々に免疫を授けてくれるはずである。
 強毒性、高感染力のさらなる変異が生じなければ、オミクロン株が世界を、人類を救うかもしれない。
 そういう目で見るのも必要でないか


1/6(木)午前降雪5cm、午後快晴 除雪6回目 午後飯川病院 
 1:10起床、文献・新聞PDF化準備。夜間は強風で嵐状態。8:00-9:00除雪6回目、午前から凪いで快晴状態。11:50バス飯川病院、12:30検食、微睡、読書三昧。午後飯川病院勤務、入院患者対応。15:30秋銀スタッフ来訪、歓談。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計Σ8770歩。

2022年はどんな年に??(4) 核兵器保有5カ国が「核戦争を避ける」共同声明
 核兵器を保有する5カ国、米露中英仏が「核戦争を避ける」との異例の共同声明を発表した。
 2022年初頭に当たって素晴らしいニュースが飛び込んできたものだ。散発的には同様のニュースは従来からあったが、共同声明という形で出たのは初めてである。もちろん実効性が問われることになるが、なんでもはじめの一歩が大切、まずはいい傾向と喜びたい。

 被爆者や専門家は、核兵器禁止条約の発効など、国際世論の高まりが影響したと歓迎している。一方で、実際に核軍縮が進むかは見通せない。必要なのは次のステップである。

 「核戦争に勝者なし」、「核兵器は防衛目的で戦争を防ぐためのもの」、「軍事衝突を防止するため2国間、多国間の外交的取り組みを続ける」などが明記された。主義主張が異なる保有国が同じテーブルについた意義は大きい。

 現状の核保有数は13.000発以上と推定されている。内訳は、米5800、露6370、中320、英195、仏290 、イスラエル80−90、パキスタン160、インド150、北朝鮮35発と推計されている。大変な数であるが、1985年には約7万発もあったことを考えると米露の保有数はかなり減少している。

 各国保有の核はなんでこれだけの数が必要なのか、私には理解できない。核保有国間には不信感があふれ、軍拡競争が激化してきた結果である。サイバー空間や宇宙など新たな競争分野の台頭で危機的事態が起きやすくなっている。核の威力が持つ抑止力は相対的に低下している。各々の核は巨大化し、長崎広島の当時の威力の数100倍らしい。地球や人類を根こそぎ滅ぼしてなお余りある威力となる。逆に、巨大化しすぎて実用性は乏しくなってきたので核の小型化が図られている。

 ロシアはウクライナ、中国は台湾をにらみそれぞれ軍事的緊張を高めている。そんな中、5カ国が核軍縮に向け歩調を合わせたことは評価したい。
 ただ、共同声明は踏み込んだ内容ではない。「核戦争に勝者はおらず・・」は名言だと思うが、すでに1985年の米ソ首脳会談の共同声明で盛り込まれていた。
 その後、インド、パキスタンや北朝鮮などが核実験を強行し、中国は急速に核戦力を増強している。核兵器を巡る状況は当時よりむしろ悪化した。

 共同声明をきっかけに核軍縮に取り組んでほしい。2021年に核兵器の使用を禁止する「核兵器禁止条約」が発効し、非保有国からの圧力は高まっている。最終的に目指すべきは核兵器の廃絶であることは論をまたないが、これこそ非現実的と言わざるを得ないだろう。核兵器がない時代になれば各首脳たちの肩の荷が軽くなり、ストレスはグッと減るだろうに、とゲスの私は思うのだが。

 1月4日からは核拡散防止条約(NPT)再検討会議がニューヨークで始まる予定だった。これは核保有国、非保有国がともに参加した唯一の枠組みだ。
 2015年の前回会議では保有国と非保有国の対立で合意文書を採択できなかった。非保有国の発言力は増している。そこに望みがある。


1/5(水)曇り雪若干 除雪5回目 飯川病院ボランティア
2:00起床、文献チェック他、本、数冊に目を通しながら自炊進める。9:00-10:00除雪5回目、録音データ分類整理、11:50バス飯川病院ボランティア。検食微睡、新聞チェック文献、数冊裁断。19:30広表経由で帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計Σ8590歩。

年末年始休暇2021-2022 読書三昧で例年より怠惰に過ごし得た
 昨期の年末年始休暇は前後が週末で9日間の休暇となった。
 今期の2021-2022年の年末年始休暇は、中通病院は12月29日(水)-1月3日(月)、飯川病院は12月31日(金)-1月3日(月)までであった。この間に飯川病院の日当直が2回あった。当直明けの日はどうしても帰りが遅くなり午前が潰れるから、丸々時間が自由というわけにはいかない。それを入れれば丸一日休みとなったのは結局0日であった。

 現役のときは休日にも出勤して溜まった残務をこなしたが、嘱託となった今はそれもなく、休日はとても嬉しい。
 昔のことは思い出したくもない。

 この間の勤務状況は以下のごとく。
 1日の行動の様子を知るために歩数計のデータをつけた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――- 
         午前     午後 ほか    1日歩数(活動) 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-
12月29日(水)   (フリー)   飯川病院勤務    Σ7255
12月30日(木)   (フリー)  飯川病院勤務    Σ6450
12月31日(金)   飯川病院日当直 飯川病院日当直   Σ3561
―――――――――――――――――――――――――
1月1日(土)    (当直明け)    (フリー)    Σ9508
1月2日(日)     飯川病院日当直 飯川病院日当直   Σ6493
1月3日(月)    (当直明け)    (フリー)     Σ7623
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-
 最近は歩数計は腕につけている。日本一周も済んだことだし、歩行以外にも腕の動きもカウントされ10%ほど増える事になるが、私の活動のバロメータとして見做している。
 年末年始休暇中の活動を歩数計から見ると、昨季は9日間で平均9504、今期は6日間で平均6804であった。活動が少なかった理由はひと月前の転倒による左膝痛がまだ残っていることもあろう。

 結局、フリー日が全くなく、6日間の間はかなりの時間を飯川病院で過ごしたことになる。
 この間は蓄積した各種のデータの整理、読書に充てたので結構充実した時間となった。


1/4(火)曇り小雪 中通外来 
飯川病院 今季転倒2回目1:20起床。夜間積雪ゼロで除雪不要、新聞チェック、文献、本読み。いつもと同じ。5:30大量の可燃ゴミ廃棄。6:40バス飯川病院へ。バス停へ向かう途中雪に足を取られて転倒、今季2回目、崩れるように転んだからダメージはなし。8:45-12:45中通病院外来、混雑せず。13:00飯川病院。14:00-18:50勤務。19:30帰宅、夕食、20:45就寝。歩数Σ9077歩。

2022年はどんな年に??(3) COVID-19 オミクロン株感染増加を侮ってはならない
 2022年は年末年始の人的移動を機会に世界で猛威を振るう「オミクロン型」の市中感染が日本でも増加し始めた。今後は感染者数を今に抑制し、医療体制をいかに維持できるかが焦点となる。

 「オミクロン型」は感染力は従来の数倍はありそう。日本でも「第6波」が間近に迫ってきた。東京や大阪では病床逼迫に結びつくような動きが出てきている。
 「オミクロン型」の毒性についてはまだ基礎的研究の範囲であるが、欧米の研究では入院治療が必要となる患者は従来株の2/5程度という。これがワクチンによる免疫能獲得による結果なのかはまだわからないが、ハムスターによる実験でも肺組織の中でのウイルス増殖は従来型よりも少ないことが示された。
 これは朗報の一つではあるが、しかしまだ軽々には言えないと思う。

 COVID-19対策では途上国へのワクチン供給が課題となる。
 感染症対策では政治上の主義主張、経済力、科学力の差を超えて協調しなければ感染予防は機能しない。如何に一国の対策が抜きんでいても対策が遅れた国とは併走できないからである。

 私が子供の頃は、科学雑誌などには火星人などの地球外生物が地球を侵略する話があって心を沸き立たせたものである。その際は地球防衛軍なるものが組織され世界が協調し、一体化してして敵と戦い、苦労しながらも勝利を収め地球が助かる、というストーリーであった。これぞ感染症対策の基本である。名だたる為政者に読ませたいものだ。今の子供達は宇宙に対する知識も深く、こんなチャチなストーリーを喜ぶとは思えないが、まさにCOVID-19問題はこの状態に近い。
 地球上のすべての国にとって、人間にとって遍く共通の問題であるにもかかわらず各国の対応がバラバラな状態は目を覆いたくなる。
 このCOVID-19の問題点はWHOが不甲斐ないため、と言わざるを得ない。事務局長が声明を出しただけでは効果は期待できない。WHOは持てる力で集めた科学的データを背景に説得すべきである。

 COVID-19感染が昨年後半から国内で鎮静化した。その原因はわかっていない。
 しかしながら、年末年始を挟んでオミクロン株を中心に再度感染拡大が見られている。

 国内は「第6波」を迎えようとしている。医療体制が逼迫し「いのち」を支える仕組みが揺らいでいる。
 企業の倒産や解雇、雇い止めも相次いでおり、特にサービス業の倒産が目立つ。倒産に至らないまでも雇いどめなどで職を失っている弱い立場の労働者の数も増えている。特に女性労働者の立場は弱い。

  厚労省は2020年2月からコロナ禍を理由にした解雇や雇い止めの人数を集計している。21年2月末までの累計は約2万3千人で、半数超が正社員とみられる。
  当初は派遣や契約社員といった非正規雇用が半数超を占め、正社員を上回っていた。コロナ禍を受けて、非正規雇用にまずは手をつける企業が多かった。影響が長引くなか、希望退職などの手法で正社員も減らすところが増えてきている。
 感染拡大を封じ込め、国民の「いのち」を守り、生活の要である経済活動をどう再生させるか。それが今年の、岸田首相の最重要課題となる。


1/3(月)終日曇り 年始休暇三日目 
1:00飯川病院で起床。文献検討、徒然など処理。書籍自炊数冊分準備。道路は固く凍結状態で歩行には危険、回診にきた家内同乗9:50帰宅。車に乗るまでも、降りた後も滑った。微睡、新聞電子化など、読書等座学中心。夕食用の畑のネギ、雪が固く凍結していて抜けず。19:00夕食、新春オペラコンサート一部見る。21:30就寝。歩行Σ8115歩。

2022年はどんな年に??(2) 国会 参議院選 地方政策 まもなく国会が開催される。
 論戦の中ではオミクロン対策、経済安定が問題になろう。
 市井では半導体の供給不足から、物がない、部品が少ない、湯沸かし器が直せない・・・などが問題化している。これは半導体不足、流通機能の低下が関連していると言われ、時期を待たねばなるまい。

 本年夏には参議院選挙が行われる。
 岸田首相は就任後100日経過、まだ何も具体的政策を出していない。中心となる政策を出せるか 具体的メッセージの発信が求められる。
 今までは「新資本主義の始まり」、「デジタル田園都市国家構想」とか大きなこと言っているが中身は見えない。後者は地方創生と絡んでいるようだが、県や県内各市町村の発展にどう生かすか。 国の政策ばかりでなく、自治体側の主体的な姿勢の在り方も問われる。

 野党は困難を抱えている。
 立憲は政策提案型に舵を切るというが、これは一見良いように見えるが危険な方針転換である。与党案に対する反対を中心に掲げている方が国民の目を引き、存在は目立つ。特に経験の乏しい弱小の政党は政策提案型になると政党間で埋没してしまう危険があり、結果的に相対的に岸田政権は安定する。

 岸田首相は成長戦略の柱の一つとし「デジタル田園都市国家構想」を掲げ、「新しい資本主義」の主役は地方と強調している。
 新型コロナウイルスのコロナ後を見据えた経済対策も不可欠。

 岸田首相デジタルを活用し、医療や教育、交通などの分野で都市と地方の格差を解消することをす。 第5世代 (5G)通信システムなどデシタル技術を活用するためのネットワークなどの普及も進める。また、海底ケーブルで日本を周回する「デジタル田園都市スーパーハイウェイ」を3年程度で完成させる方針。国内どこでも高速大容量のデジタルサービスを使えるようにするという。

 首相の構想も看板の掛け替えに終わらないよう地方の視点からチェックし、積極的に働き掛けていいくがある。県や市町村は地域の特性をしっかり認識した上で、どんな政策、インフラ、人材が必要か、明確なビジョンを持たなければならない。

 今春からの県政運営の指針「新秋田元気創造プラン」が始まる。
 長年の課題に、直ぐに効果的な特効薬を求めても難しいのかもしれない。しかし、国が「デジタル田園都市国家構想」に本腰を入れるのであれば、これをいかに本県の発展に活用するか検討を急ぐべきだろう。国に注文すべき点があれば積極的に声を上げ、さまざまな政策の実を高めていくことが必要だ。

 北半球が冬場に入ってから米欧で再び感染が拡大している。米では1日の感染者数が100万人にも達している、という。
 経済の再生の価値は人の命の重要さそのものに匹敵する。
 その多くの問題は、数世紀に渡る世界の産業構造変化、旺盛な経済活動、人的交流の濃厚化、エネルギー消費増大、人間の生活の変化に伴い生じたもので、コロナ禍でこの一年の間に弱点としてあぶりだされた、と言うこと。
 だから、今回は単にコロナ前に戻すだけではなく、デジタル化や雇用市場の改革など新たな経済・社会を切り開く戦略、一極集中の解消を伴わなければならない。


1/2(日)年始休暇2日目 寒波小雪除雪4回目 
飯川病院日当直 レセプトチェック1:30起床。新聞・文献チェックほか。殆どいつものペースに。専門誌等4冊ほど自炊。7:00-7:50除雪4回目、回診に行く家内に同乗飯川病院へ。8:45日当直業務に就く。新聞チェック、ラジオ深夜便データ移行、数篇再聴。11:00数日前に注文したオリンパスPJ-20届く。14:00-15:30外来レセプトチェック。ハードディスクデータ整理とバックアップ。読書三昧、微睡三昧で過ごす。正月だからいいか、と割り切る。12;00、18:00検食、21:00就寝。歩数Σ6499歩。

2022年はどんな年に??(1)岸田政権はどんな政策を出すのか
 昨年までは以下のような動きがあった。

(1)世界の動きとして 
■バイデン米政権発足 アフガン米軍撤退、タリバンが政権を掌握
 ■COVID-19の感染爆発。世界のCOVID-19死者500万人 ■中国共産党歴史決議 習近平3期目に
 ■G20今世紀半ばに温室効果ガス実質ゼロ ■世界中で分断や歪みが目立った。

(2)国内の動き
 ■COVID-19で度重なる緊急事態宣言 経済活動には急ブレーキ
 ■五輪強行 菅首相退陣、岸田政権誕生
 ■記録的大雨で土砂災害、熱海土石流
 ■ 不穏な世相。小田急線、京王線での刺傷事件、 大阪ビル火災25人死亡

 9年間続いた安倍氏退陣、短期の菅首相を経て岸田政権が発足した。
 岸田首相は今の所政策よりも、「聞く力のある総理」としての個人的イメージで勝負している。確かによく聞いているようだ。しかし、政策には朝令暮改のニュアンスがつきまとう。10万円の配布にしても現金、クーポンなどまだ一定していない。

 今までの政権と異なり非難が少なく50%の支持率を維持している。聞く力のイメージ、および前、前々政権にない個人的なソフトな魅力が作用しているのだろう。
 岸田首相は自身の派閥を大きくしようとは考えていようで、そのことが自民党内である種の安定感をもたらしている。

 国会が間も無く開催される。
 今年の最優先課題はCOVID-19感染封じ込めであることは言うまでもないが、COVID-19は足掛け3年を迎え、国民の反応にもある種の納得感、パターン化が見られてきている。

 COVID-19の衝撃が大きかったため、世界の災禍はすべてこの感染症のせいと考えがちだが、多くの問題は世界の産業構造変化、旺盛な経済活動、人的交流の濃厚化、エネルギー消費増大、人間の生活の変化に伴い生じたもので、COVID-19でこの二年の間に弱点として一挙にあぶりだされた、と言うこと。

 特に、世界一と誇ってきた我が国の医療体制が意外と脆かったのは、有事を考えない危機管理体制の弱点が顕になった。なにしろ、保健所を統合整理して縮小し、病床も減らそうとしていたのだから。その歪みがモロに出た。

 南海トラフ地震予測に続き、千島日本海溝地震についての被害予想も発表された。
 特に後者については対策によっては被害を8割まで減らせることも示された。

 さあ、これからは政治の判断に移っていく。


1/1(土)元旦 暴風雪  年始休暇初日 MacOs 12.1 Monterey導入  
1:00飯川病院で起床。データ整理、歴史の本読み、新聞入力中心。新年を期して飯川病院に設置のiMac27(2019)にMacOs12.1 Monterey導入。当直の畠山医師に膝関節について相談、さらに時間を、と。安心した。11:00家内買い物のついでの迎えあり帰宅。入浴など。データ整理関係を2022年度版に書き換え。読書、微睡、書籍の自炊等でゆったり過ごす。新聞・文献大量にチェック。自炊数冊ほか。昼は雑煮、19:00雑煮とおせち。「ウイーンフィルNY con」一部視聴。バレンボイム指揮で行われた。21:00就寝。歩数計Σ7120歩。

2022年元旦 明けましておめでとうございます。
新年あけましておめでとうございます。
今年が良き年でありますよう、願っております。





徒然日記バックナンバー


ご意見・ご感想をお待ちしています

これからの医療のあり方Send Mail






更新履歴  著者紹介