
日記と言うより、自分の行動記録と日々の雑感です。
1/5(月)曇り 管理会議 外来 長副会議
1:30起床、ドック処理x1、新年挨拶等。5:10病院に、6:30回診・病棟業務。7:45-8:25管理会議。8:45-14:45外来、超混雑し疲弊。16:00療養病棟判定会議は対象者なし。17:00-19:45長副会議。20:45帰宅、夕食。21:30就寝。
2008-2009の年末年始 開放感とプレッシャーと双方味わう
昨日で年末年始休暇と続く週末の休日が終了した。
当院は29日から3日まで休暇であるが、始めと終わりが週末であったためにいつの間にか年末年始休暇に入ったと言う感じ、で節目を迎えたという感じは乏しかった。
休暇中、連日の療養病棟の拘束があり、12月31日の日直、1月1日の内科拘束であった。連日いつものごとく早朝に病院に行き、回診は欠かさず、救急カンファレンスにも出席した。
この間、病棟は重症者が数名いて気が抜けず、31日の日直はほぼ終日救急診療した。1日は内科拘束と言うことで午後救急の援助のコールがあり、夜には重症急患がICUに入院したことで再度呼ばれ、主治医として担当し、帰宅しなかった。
昨年は一晩ながら家族で男鹿で過ごすなどの動きがあったが今年は特に何も計画していない。だから、時間は充分時間はあったはずであるが、予定していた業務の処理は7割くらいしか処理出来なかった。それでも病院の机と床の上に積まれていた未処理書類、カルテ、未処理ドックの袋などはかなり処理できて、床面も広くなり歩きやすくなった。
6日の医局会で年始の院長挨拶が予定されている。2008年のまとめと今年の抱負・所信を述べるが、これがなかなか大変な作業で連日考えているが未だ完成していない。これはここ数日大きなプレッシャーになっている。
私もかなり体力も落ちている。仕事の処理応力も落ちているようだし、今の生活パターンをストレスと感じる機会も増え、心身共にすっきりしない感じの時間が増えている。若干発想を変えて、あまり欲張らずに少しのんびりと過ごそうと思っているものの実行できていない。
いつもより家で過ごした時間は長かった。その分、若干時間がゆったりと流れたような気がした。
まずまずの年末年始であった、とまとめてしまおう。
1/4(日)曇り 病棟拘束
2:00起床、ドック総括x1、徒然など。5:10病院着。6:25回診他。8:30救急カンファ。10:00重症患者対応、病棟業務、書類処理。13:00帰宅。14:30再度病院へ、患者死去。見送りなど。20:30帰宅、夕食、21:00就眠。明日から通常業務。
年末・年始のNHKのTV 豪華絢爛、人海戦術に呆れた
今回の年末年始は、連日いつものごとく早朝に病院に出て業務を処理した。
今年は特に意識して自宅で過ごす時間を確保した。自宅でもドックとかの業務をいつものごとくこなしたが、乱雑に散らばっている本などを整理するような時間は取れなかった。
年賀状は30日から一気に準備した。元旦配達には恐らく間に合わなかっただろうが、新年を祝う賀状はそれで良いのだ、と割り切った。
私はラジオ派だが、家族達はTV派である。だから家にいると見ようと思わずともつい目が惹かれてしまう。TVのわざとらしい演出は、分かってはいるものの、あまり良いものでない。
その中で、「篤姫総集編」、「紅白歌合戦」、「ウイーンフィルニューイヤーコンサート」、「NHKニューイヤーオペラコンサート」は一部ずつ見たが、心から楽しめたとは言えない。
「篤姫」は場面の隅々まで出演人物、衣装、道具類・・隅々まで余りにも豪華絢爛で、驚かされた。主役の演技も良かったが、幅広い年齢を上手く表現した化粧担当の技術もすごい。和宮を演じた女優はなかなか良い表情であった。
「紅白」は前半だけ見て寝てしまったが、知っている曲がなく殆どなく楽しくはなかった。しかし、舞台装置には興味を持ったし、人海戦術には驚いた。舞台装置は奥の壁面に相当する部分が巨大なディスプレイになっており、場面に応じて自在に変化し、雰囲気を高めた。この装置がオペラ劇場にあれば、各場面毎に急ぎ組み立てる大がかりな舞台装置の大部分が不要になるだろうと思った。将来的にはそうなっていくだろうと予想した。人海戦術もすごく、一人の歌手一曲あたり30人ほども出て所狭しと踊り走り回る。これも豪華絢爛、派手派手の演出であった。舞台上やピットに楽団はおらず、別のスタジオで画面で進行を確認しながら伴奏していた。その様子も映されたが、面白いことに楽団員は何時もと異なり普段着であった。これも時代だ、と思った。
「紅白」を年末のお祭り騒ぎ,ドンチャン騒ぎの番組と割り切れば納得も出来るが、社会の現実と大きくかけ離れており、見てて辛い思いがした。受信料も勿体ない使われ方をしていると感じた。
「NHKニューイヤーオペラコンサート」は同様に豪華であったが、ひっそりと静かで、上記の二つの番組に比較すれば雲泥の差で、私はむしろ静かに楽しめた。
「ウイーンフィルニューイヤーコンサート」も良かったが指揮のD.バレンボイムのサービス満点の過剰演出がむしろ不快であった。録画で見たR.スラットキン指揮NHK交響楽団の「第九」は演出がないだけに、私は充分楽しめた。
1/3(土)(年始休暇最終日)降雪・曇り病棟拘束
2:30起床、ドック処理x1、文献整理その他。5:15病院へ。6:30回診、重症患者対応。8:30救急カンファ。レセプト関連11:30帰宅。以降は自宅でドック処理、文献、新聞チェック。19:30夕食、NHKオペラコンサート楽しむ。22:00就寝。これで年末年始体制は終了。予定していた患者関連の業務は7割方、その他は1-2割しか処理出来なかった。
最大の教訓:世界は一つ(2)環境も、経済も
世界は一つになるべきだ、と言うグローバリゼーションの動きは多くの方面で叫ばれ、求められていた。
地球環境の保持は全世界的に足並みを整えなければ達成されない。しかし、京都議定書の取り決めの足並みは必ずしも揃っていない。未だに宗教的問題、ナショナリズムを背景にした地域的紛争は絶えることがない。
先進国、発展途上国のリーダー達の実力はこの程度なのかと、皮肉の一つも言いたくなる。
しかし、今回の世界的経済の失速は普く、全ての国で影響を受けた。一つの国の失政がもうその国の問題で止まらないほど特に経済面では深くネットワークが張り巡らされた状況にあることが分かった。国の金利が少しでも上がると大量の資金が流入してくる時代である。金利の設定など国内の事情だけで済まない問題を含む。
これと似たようなことは核戦争でも生じるとされている。核の応酬が行われた場合、直接のダメージに止まらず「核の冬」と言える現象で地球全体がだめになる可能性が高いと言う。そのことが核使用の抑止力の一つにもなっている。
今回の経済危機はこれに近いものではないだろうか。経済に関しても国際的な抑止の機構がなければ同じような破綻は避けられないのではないだろうか。昨夏150ドル、昨今38ドルと原油価格が変動したが、世界の経済が良く対応しているものだと驚いてしまう。
「100年に一度の危機」とグリーンスパンFRB議長が言い、麻生首相は「日本の経済ダメージは全治3年」だと言う。果たしてそんなことが言えるのだろうか。今のごとくの放任とも思える自由経済を放置していてはまたこのようなことが生じうるからである。まだ規制強化の何事も決まっていないのに、何で「100年に一度」などと無責任なことが言えるのか。また、未だ修復のシナリオすらしっかりしていないのに「日本の経済ダメージは全治3年」と言えるのか?もはや日本単独で経済立て直しを考えてもだめなのだ。適当なことを言うと支持を失うだけだ。
諸外国が受けた影響を知ることは出来ないが、日本が受けたダメージはこれでも未だ軽い方なのかもしれない。米国の一極支配の時代は終わった。もう一国のエゴは許されない。今必要なのはG20を中心とした連携を強固にして1929年の世界大恐慌の再来を防ぐことである。
それにしても米国の動きは鈍い。全世界に与えた影響の責任をどう考えているのか、それが見えてこない。公的資金の導入に関する動きも遅かった。国際世論の高まりも鈍い。
経済危機のしわ寄せは最も弱いところに来るのが世の常である。「派遣切り」「雇用止め」「内定取り消し」などの言葉は咋年の今頃は一切聞くことはなかったが今や聞かれない日はないほどである。その渦中にある方々のことを考えるといたたまれなくなる。
次に挙げられるべき弱者は医療福祉を必要とする方々である。今のところまだ大きな社会問題になっていないが、いずれは大きく影響が出てくると予想される。
今回の経済危機は我々医療関係者にとっても重大な意味を持つ。経済に疎い私も無関心ではいられない。
1/2(金)(年始休暇二日目)曇り 病棟拘束
4:30自室にて起床、軽度腰痛あり。徒然ほか。6:30朝回診、重症者対応。8:30救急カンファ、主治医意見書作成など。11:30帰宅。以降は自宅で年賀状追記、ドック判定総括など。昨日は重症者で夜半過ぎまで眠れなかったが、流石にきつい。午後2時間ほど熟睡。文献チェック、整理、廃棄など。鼻の下と全身的にも単純ヘルペスが広範に出そうな違和感がある、マズイ。20:00夕食、21:00就寝。
最大の教訓:世界は一つ(1)・・になっていた
一年前、日本の景気は比較的好調と言われる状況でスタートした。そのころの我が国の大企業の事業戦略などのニュースの項目だけを目で追っても、今から見て信じがたい。世界のトヨタはGMを抜き世界一の販売台数を記録するはずであったし、中国、ロシアに新らたな市場を求めて大規模な投資を行うなどのニュースが飛び交っていた。自動車はトヨタが世界を席巻するなどとの予想すら飛び交っていた。
それが、秋口からの失速である。誰がこれほどの不況を予測しただろう。
経済大国であったハズの米国、世界一の優良企業の仲間入り目前のトヨタの零落振りは驚くばかりである。
100年に一度の経済ショックと言われているが、私は経済に疎くこの辺のことはか分からない。今回の円や株価などの上下のデータなどを見て私の頭を過ぎったのは1985年8月に発生したJAL123便747機墜落事故の際の航跡を思い出す。恐らく、経済の中枢にいる方々は、操縦不能状態で迷走し、ローリング、ヨーイングなどを繰り返し、目まぐるしく変わる高度、速度の中で迷走する機に乗せられた様な気分なのではないだろうか。
米国のサブプライムローン問題は遠いよその国の出来事で、当初はここまで銭世界的に影響するなどとは思ってもいなかった。このローンはいわゆる無尽講のようなもので、右肩上がりの安定した拡張路線が必要な仕組みと聞いていた。バカだね、と思っていたら、あれあれという間にその余波が我が国のみならず本県にも押し寄せてきた。
今回の経済危機はその影響を受けない国はないだろうし、無人島等で自活しているヒトは別だろうが、その影響を受けない住民、ヒトはまず居ないだろう。
秋以降の連日のNHKのヘッドラインニュースは殆ど「円高」「株安」「景気後退」、「派遣社員切り」「雇用止め」・・で開始される。聞いて私は正直辛く、いたたまれない気持ちになる。
今回の経済破綻を通じて私が学んだことの一つは、世界はもう既に一つになっていた、と言うことである。
2009/1/1(木)(年始休暇初日)寒波・曇り 療養病棟拘束 内科拘束
2:00起床、徒然2008年締め記述。ドック処理x2ほか。5:10病院に。病棟他に新年挨拶Fax、重症者対応数件、8:30救急カンファ。患者書類など。12:00帰宅、自宅でドック処理、賀状整理など。15:30救急外来より応援要請、出勤。16:00-17:00救急外来。18:00患者家族面談。19:00帰宅。20:30急患のICU入院あり対応、0:27死去。2:00見送り、そのまま自室で就寝。
2009年元旦 つれづれ生活が忙しくスタート
新年のスタートは寒波下で静かなスタートとなった。
私はワンパターン生活の始まりである。早朝出勤時道路は夜半の雨と溶けた雪が氷って鏡面状態。車は蛇行、ブレーキは効かず、そろそろと走った。
早朝、大晦日から勤務しているスタッフの労をねぎらうために病棟他に「新年の挨拶」をファックス。私が担当している30数名の患者はほぼ全員残っており、うち数人が厳しい状況にある。その対応などでいつのも如く、である。
我が家では日常と変わっていることは長女と長男が帰省していること、賄いの石井さんが休暇で北海道に行っていること、次男夫婦来訪くらいか。昨年までとの決定的違いは家内がマイペースでのんびりと過ごしていることだろう。時間がゆったりと流れている感じがする。これによる雰囲気はとても良い。
年末年始は流石にいつもにない開放感はあるが、私自身は新年明けに対応すべき懸案事項が少なくなく、それを考えると気が日に日に重くなる。
大晦日から本日にかけて病棟、救急外来を中心に忙しく、慌ただしい2日間であった。元旦は拘束医として何度かの電話対応、午後からの救急外来補助、病棟患者対応、重症急患入院と多忙で、夜半に一応開放されたものの帰る気力も沸かず、自室の椅子で寝ることとなった。そのため起床時腰が若干痛い。
2009年は上記の如くスタートした。いい年であるよう、願っている。
12/31(水)(年末休暇3日目)降雪→曇り 日直 午前外来担当 病棟拘束
3:00起床、ドック処理、徒然ほか。6:00病院に。6:30朝回診、8:30救急カンファ。8:30-14:00、15:30-17:00救急外来、超混雑。18:30帰宅。年賀状追記、ドック判定総括。19:30夕食、ドック処理しながら紅白一部楽しむ。22:00ばてて就寝。
この一年(3)私の周辺 今年も「感謝」 で締めたい
光陰矢のごとしである。時間の経過は実に早い。
2008年も最終日を迎えた。
国際的に・国内的にもいろいろあった。あまり明るくない話題で終始した一年、昨年は京都大学の再生医科学研究所チームが「人工多能性幹細胞」を作ることに成功したという朗報があったが、今年の明るい話題は何と言っても4人のノーベル賞の授賞であった。受賞理由など入門的解説記事を読んでも全く理解できないが、うれしい話題であった。
この一年間、私的にもいろいろなことがありました。
我が家のこの一年を概観すれば、秋から家族が一人増え、かつ全員無事今日の日を迎えることが出来た、とまとめます。項目としては次男の結婚と家内の退職を挙げさせていただきます。共に多くの方々のご支援をいただきました。
年末、長女・長男も帰省し、ダベリ疲れ、呑み疲れて居間で雑魚寝をしています。その傍らでこれを書いています。これがわが家の大晦日のいつもの様子です。こんなあたりまえの日常が今後も続きますよう、願っています。
この一年間、私どもを支えてくださった方々に心から感謝いたします。本当に有り難うございました。
来年がより良い年になりますことを祈念して、この徒然の一年を締め、と致します。
2008/12/30(火)(年末休暇2日目)風雪若干緩む 病棟拘束 iPhone3Gに
2:00起床、ドック処理ほか。6:00病院に。重症者対応数件、8:30救急カンファ、退院総括など。12:00帰宅、自宅でトロトロとドック処理ほかの業務、賀状準備など。15:00私の前世代携帯電話使用不能になるためiPhone3Gに変更した。16:30病院、19:00-21:30遠来の知人と情報交換、車や。iPhone3G使い方理解できない。22:00帰宅。22:30就眠。
この一年(2)医療界の動きをキーワード的に見ると
光陰矢のごとしである。時間の経過は実に早い。
08年の医療界は一体どんな年だったのか?自分のメモや記録を見直しながらザッと並べてみた。
■ 大野病院事件で担当医が無罪に(8月)。杏林大割り箸事件も無罪(11月)。
■ 医療事故調査委員会問題、厚労省第三次試案提示されるも結論でず(通年)。
■ 社会保障費2.200億円の削減議論。結局継続となったが、堅持するから維持するに表現が若干変わった(通年、12月)。
■ 来年度予算で社会保障費2.200億円の削減方針は実質230億円抑制となる(12月)
■ 医師不足、地方交付税減額で地方の公立病院を中心に閉鎖、診療縮小が続いた(通年)。
■ 産科医不足で分娩を中止する医療機関が相次いだ(通年)。東京都で8病院が受け入れ困難(10月)。
■ コンビニ受診、クレーマー、勤務医激務問題(通年)。
■ 参加型病診連携、柏原病院小児科母の会などの動き(通年)。
■ 医師抑制策を転換、医学部定員増に(6月)。
■ 後期高齢者制度、メタボリック症候群を指標とした健診スタート(4月)。
■ 臨床研修制度の見直し着手(9月)。
■ 血糖測定用採血器具使い回し問題(5月)。
■ 生活保護受給患者には後発品を(4月)。舛添厚労大臣、国民から乖離した医師会などの利益団体は存続できないなどと発言(5月)。麻生総理の医師は社会常識に欠けるなどの非常識発言(11月)。
■ 全国医師連盟発足(6月)。
■ 秋田大学に総合地域医療推進講座開設(10月)。
■ 厚労省新型インフルエンザ専門家会議が医療関係者にプレパンデミックワクチン接種決定(4月)。
まだまだ挙げきれないが、一応ここまで。
医療・福祉の世界は生命や健康を扱うと言えども別格ではあり得ない。むしろ社会情勢の影響を受けやすい。
次年度は景気の落ち込みの影響がじわりと医療界に及日厳しい運営が迫られてくるだろうと思う。
医療・福祉を欠いては人は生きられない。だからこそ、厳しい状況だからこそ、砦としての医療・福祉を私共医療人は強固に護って住民に提供して行かねばならぬのだ。
そう言うミッションの中で仕事を続けている私共は、例え厳しくとも、幸せなのだ、と思いつつ今年を終えたい。あと一日である。
12/29(月)(年始休暇初日)寒波緩み晴れ 病棟拘束
2:30起床、ドック処理x1、新聞チェックほか処理。6:00病院着、道路は圧雪状態。JR東日本新幹線はシステムトラブルで全線始発から運行不能という。6:30回診、病棟業務。8:30救急カンファ、以降は書類処理に。12:00帰宅、自宅で業務。新聞チェック。ラジオ録音データバックアップなど試みる。年賀状準備開始。19:30夕食、21:00就寝。
この一年(1)社会の動きをキーワード的に見ると
光陰矢のごとしである。時間の経過は実に早い。
この2008年は自分の目から見て一体どんな年だったのか?年の暮れを迎えるにあたって自分の記録を見直しながらザッと思い出してみた。かなりの項目を忘れてしまっている。記録を付けることは重要なことと再確認できた。
今年は例年以上に、国内外共に国民生活に直接・間接的影響をもつ重大な出来事が続いた。
地球レベルでは「自然破壊」、「温暖化」が、医療面では「医療崩壊」が継続的問題であった。共にこの一年で何が良い方向に変わったのかよく見えなかった。
2007年夏以降、原油や穀物が投機の対象になり、国際価格が高騰、企業の経済活動はもとより家計を直撃した。原油自体には余裕があったのだが、NY原油は一時最高値160ドル近辺まで高騰し、最近は32ドルまで落ち込んでいる。マネーゲームで世界が翻弄され続けた。9月に安倍首相は政権を放棄、福田政権が誕生した。その後も政局は不安定のまま2008年の年明けを迎えた。
こんなことで果たして良いのだろうか、と危惧された年明けであったが、マネーゲーム、国内政治共に同じ轍に嵌った年となった。
この一年を経時的に追って代表的な項目を挙げて見た。
■ 1月:中国製餃子に毒物。食の安全に関する衝撃的ニュースで年明け
■ 2月:イージス艦漁船と衝突。
■ 3月:揮発油税、日銀総裁人事で国会空転。
■ 4月:後期高齢者医療制度発足。
■ 5月:中国四川大地震、ミャンマーサイクロン大災害 共に未曾有の大惨事。
■ 6月:秋葉原で無差別大量殺人。14日には宮城内陸地震で多くの方々が死亡。ガソリン180円台。
■ 7月:地球環境保全と経済の安定をテーマに洞爺湖サミット。
■ 8月:北京オリンピック。ロシアとグルジア間で大規模な武力衝突。
■ 9月:福田首相も政権放棄、麻生政権が誕生。米国発の金融危機が全世界的に急拡大、株価大暴落、円高で大手企業も業績悪化、倒産企業、失業者が急増。遠藤氏ラスカー賞受賞。
■ 10月:4人の日本人がノーベル賞を受賞
■ 11月:次期アメリカ大統頷にオパマ氏。ムンバイでテロ。元厚生次官殺傷事件。
■ 12月:景気後退 トヨタ等自動車業界未曾有の減収 失業者急増。史上最大規模で大盤振る舞いの09年度国家予算が閣議決定。
新春丑年は、恐らく、苦しく厳しい年になるだろう。座して死を待つ様であってはならない。みんなでよく考えて、スクラムを組んで、力を尽くして苦境を乗り切りたいものである。
12/28(日)雪・寒波 病棟拘束
2:30起床、ドック処理x1、新聞チェック、そのほか淡々と処理。6:10病院着、6:30回診、事務処理、8:30救急カンファ。重症患者対応、12:10帰宅。以降ずっと自宅でドック処理等の業務。NHKのど自慢、篤姫総集編等観る。午睡若干も。19:30夕食、20:30就眠。
経済失速(3) 09年度社会保障費予算をどう見る? 単年度限りの不安定財源
政府は24日の閣議で前年比6.6%増の88.5兆円と膨らんだ2009年度の政府予算案を決定した。
私共にとって無関心でいられない社会保障関係費に注目すると、一般歳出51.7兆円の中に占める社会保障関係費の割合は、前年比1.9%増の48%となっている。
厚労省医政局全体の予算案は前年比8.4%増の2.132.億6千万円となった。社会保障関係費配分の中では、重点項目として、特に深刻な医師不足が指摘されている産科・救急分野へ重点的に配分している。また、問題化している福祉・介護人材確保には前年比125億円増の169億円を、また、難病対策費は前年度4倍の100億円配分する等、ところどころに評価できる重点配分を見ることが出来る。
発表された予算の配分項目を見ると、印象としては悪くない予算に見える。
しかし、社会保障費2.200億円削減問題については、たばこ税が見送られた段階では後発医薬品の使用促進で約230億円抑制するほかは、殆ど財源の目処が立っていない。そのために今年は一般財源化される道路特定財源の一部、霞が関埋蔵金の一つとされる「特別保健福祉事業資金」を活用して何とか穴埋めすることにしている。しかし、これらの財源は単年度分しかないために再来年以降の計画は全く立たない。
2009年度予算の政府案に対して日本医師会は、社会保障費の年2.200億円の抑制が継続されたことについては残念なこととしながらも、実質的な削減額は後発医薬品の使用促進による230億円にとどまる見通しとなったことを評価した。また、重要課題推進枠の中から、775億円を社会保障等に充当することになった点も高く評価したい、とした。
確かに日医は立場上こういわざるを得ないだろうが、実際には来年度以降の目処は立っていない等、実に厳しい内容である。
今、世界的経済不況の中、我が国の社会は騒然とした状況にある。
身分不安定なパートや派遣労働者は職や住まいを失っている。そんなニュースしか聞こえてこない。病院や医療関連業には大きな直接的影響は現れてきていないが、医療は経済の影響を大きく受ける。だから、来年以降にジワーっと影響が出てくることが予想される。医療の冬の時代はまだまだ続いていく。
12/27(土)寒波・降雪 病棟拘束 文献・書籍等大量処分
2:20起床、ドック判定総括他。5:10病院着。今季初の本格的冠雪。5-6cmだが、強風で吹きだまりあり。6:30回診その他。8:30救急カンファ。徒然、退院総括。14:00入院患者対応。一年間出番の少なかった文献や書類等を処分。19:00帰宅、夕食。20:30就眠。長女帰省予定。
経済失速(2) 景気対策で2009年度国家予算は最大規模の88.5兆円に膨らんだ!!
世界的経済不況の中、2009年度の国家予算案が提示された。
景気高揚対策を何よりも最優先し、一般支出を大幅に増し、地方交付税も増やしたために2008年度の当初予算比では6.6%も増えている。これはすごいことである。
一般的に予算は使う側から支出計画の方を中心に考えるのであるが、当然収入予算でもある。国の収入は税金であるが、来年度は不景気で税収が大幅に減少する見込みであるから、何とかして収入を確保しなければならない。だからといって国が営業活動できるわけでもない。
今回は「霞ヶ関埋蔵金」と称される何だか分からない資金、要するに国家の「へそくり?」から6兆円を、更に33.3兆円の国債新規発行、すなわち「借金」でまかなう計画であるから、本来は大変な予算案と言わねばなるまい。
私は経済関係に疎い。だから基本的考え方は正しいかどうかは分からないが、少なくとも国の大きな目標であった国家財政健全化は大幅に遠のくことになる。それでも国民の生活擁護、一刻も早い景気浮上を目論んでのことと言うので正しいのかもしれない。一方では日本の借金残高は先進国中で最悪状態にあり余裕は全くない。この中でこの様な借金を中心にした予算設定は明暗双方の意味がある。
問題は支出を増やすだけでは効果が乏しいと言うことである。税収が今後も予想以上に落ち込む可能性もある。だから、同時に景気浮上策をどう提示出来るのか、にかかっている。
長年に渡る医療費削減政策が医療崩壊をもたらした。そのことがやっと認識され改善の兆しが見え始めた時に、食料品や原油価格の高騰による社会不安、福田内閣の突然の辞任による政治不安、更に、サブプライムに端を発した金融不安が追い打ちをかけ、今社会は騒然としている。特に会社の倒産や、パート労働者の大量解雇など連日伝えられている。
その中で支持率低迷に喘ぎながら、麻生内閣は大盤振る舞いに近い予算を提示したが、この予算の中で私ども医療関係者が一番心配していた社会保障費の抑制策を小さくしたことは評価すべきだろうし、注目すべきだろうと思う。
12/26(金)降雪・寒波 外来 ドック関連業務 法人理事会
2:40起床、ドック処理x2など、5:15Taxi病院着。3-4cmで路面凍結。6:30病棟業務、回診。8:00救急カンファ。8:45-13:30外来代診、数は少なかったが時間だけかかった。意見書、退院総括など。14:00ドック面談診察。17:30-18:30法人理事会。20:45帰宅、21:30就寝。帰宅時積雪6-7cmほど、風強くスリッパから防寒靴にした。
経済失速(1) 自動車不況は何故なのか 消費者が二極化し必須でない車
世界的経済不況の中、特に自動車産業の不振が大きい。自動車がダメになれば金属、ガラス、繊維、電子など広範な産業に影響を与える。自動車生産が基幹産業になっている国にとって大変な問題である。
米国のビッグ3は何をやっているのか?判断が甘いのではないか?
世界の市場が燃費や維持費の安い小型車にシフトしているというのに、大幅な利益を得ることの出来る贅沢な中・大型車にこだわり続け、売りさばいてきた。
企業戦略が誤っていたのに、なんら改善策を提示することなく国の支援を求めている。国も自動車産業を潰せないはず、見殺しに出来ないはずだ、とタカを括っているようなイメージにみえる。
ビッグ3車の販売対象はローンが不要な、あるいは余裕を持ってローンを組めた米国国内及び世界の富裕層であった。こんな人たちは既に高級車を何台か持っているだろうし、このサブプライムローン破綻の影響で大きな欠損を生じたはずである。こんな状況の中で急いで買い換えたりする必要がない。だから、購入を控えているのだろう。
何で地道な運営経営の企業として世界的に評価の高かったトヨタがビッグ3並の影響を受けているのか?は、トヨタも高級化、大型化の道をたどり始めたから、とされている。
今まではビッグ3が作らない車を作ってきた。確かに、国内でもLexasブランドで富裕層をターゲットにした戦略を始めていたが、そんなに売れていない。今テキサスに作っている大型車の工場は大きな足かせになっている。
同じことは発展途上国への売り込みにも言える。中国やロシアの市場をターゲットにした新需要は企業にとって魅力である。世界の車メーカーが注目するのも当然であるが、この経済事情では生きるのに精一杯となり、もう車どころではない。もともと持っていなかった人たちにとって車など焦って買う必要のない、贅沢品である。ここでもトヨタを始め日本のメーカーは大打撃を食らっている。
車はあればいい。今は、現代社会は車は必需品であるが、この様な時勢では高額な付加価値の付いたものを急ぎ購入する必要はない。それに、大事に乗れば20年近くは使用できる程丈夫である。
この様な厳しいご時世の中で分かったことは、車の買い換えや新車購入は消費者の要求から発したのではなく、メーカーの購買戦略に踊らされていたと言う現実である。
12/25(木)曇り・寒波 患者家族面談 外来 療養病棟診療部会 県医療関係4団体協議会+情報交換会
2:10起床、ドック処理x1など、5:25病院着。6:30回診。7:00-7:45入院患者家族面談。8:00救急カンファ、8:40-14:15外来。意見書、退院総括など。県医療関係4団体協議会+情報交換会。21:45帰宅、22:30就寝
医師不足(26)我が国に医師過剰時代もあった
我が国の医師の絶対的不足は疑問の余地はないが、公的に不足と認識されたのは、本当に信じ難いが、ここ1-2年のことである。それは、国は医療費抑制の面から、日本医師会は会員の利権擁護のため、と言う全く関連のない別の視点から利害と意見が一致し、双方共に我が国は医師不足状態はなく、将来はむしろ医師過剰時代になる、と主張してきた。
現場の医師達が何も情報を発信してこなかったのも医師不足に対する認識が遅れた一因である。
医師過剰時代とはどんな状態なのか予想もつかないが、我が国に一時的ながら実際に医師過剰時代があったことは意外と知られていない。
1943年、戦線拡大に伴う国内の医師不足に対応するために医師養成増の方針が閣議で決定され、医学専門学校(医専)の設立が許可された。要するにこの時点で国内で医師が大幅に不足したほかに、この大戦がまだまだ長期化することを念頭に置いて、軍医の速成養成を必要としていたと言うことである。
結果的に全国に官公私の51医専が設立された。この時設立された学校のかなりの部分が女子医専であった。要するに男子が徴兵で不足し、やむなく女医を養成せざるを得なかった、と言うことである。
秋田女子医専は1945年2月に設置され、定員は120名であった。当時の秋田県は医師数が全国最低レベルで,脳卒中,結核,乳児死亡等が多かった。県議会は満場一致で設立を可決。校舎は楢山中町の旧秋田商業を使用し、小泉病院と県厚生連掘反病院を附属病院に充てた、と言う。1947年4月、原因は知らないが医専の校舎が火災で焼失してしまった。
敗戦により外地から軍医や医師が帰国したことで、逆に一挙に医師過剰を来した。我が国に実際に医師過剰状態があったのはこの一時期のみである。この後数年して我が国の医療供給体制は国力の復興と共に一気に増加に転じたために、医師は過剰から不足時代に向かっていく。
戦後、GHQは医育機関を一本化した。そのため、医専は大学昇格か廃止かに追いやられた。1947年5月全国の51医専を大学昇格あるいは存続させるA級校と廃校とするB級校に分別した。廃止に決まつたのは、このうち、■山梨県立医専、■福岡県立医歯専、■山梨県立女子医専、■高知県立女子医専、■秋田県立女子医専、である。
秋田女子医専は校舎が焼失したために廃止になった、と思われる。学生達は方々の医専に転校したが、この時に火災に遭わなければ秋田の医療は大きく変わっていた可能性がある。
私は秋田女子医専を始め医専出身の女医、医師数名を知っているが全員小児科か産婦人科医である。当時の医療情勢を間接的にうかがえる様な気がする。
12/24(水)曇り・雪 外来 法人常務会 県医師会理事会
1:20起床、ドック処理、文献チェックなど。5:15病院着。6:20回診。8:00救急カンファ。8:45-14:20外来、混雑し大変。14:30-16:10法人常務会。16:30-19:00県医師会理事会。21:00帰宅、夕食。21:45就寝。
秋田ゾンタクラブ「新春チャリティコンサート」の紹介
社会奉仕活動を謳っている団体としてロータリークラブ、ライオンズクラブ等がよく知られている。前者の国内会員は10万人程度、後者の会員数は全世界で140万人、国内で15万人とされ、共に巨大な団体である。
一方、あまり知られていないが、これに近い、女性だけによる奉仕団体として国際ゾンタがある。秋田には秋田ゾンタクラブがある。
国際ゾンタは1919年ニューヨーク州バッファロー市において専門職分野にある女性達によって設立され、奉仕(Service)と支援(Advocacy)を通して、世界中の女性の地位(Status)を高めるための活動をする団体で、会員数は約33.000人、国連認定のNGOである。
「ゾンタ(ZONTA)」という名称はアメリカ先住民スー族の言葉に由来し“正直で信頼できる”という意味とのこと。いかなる党派や宗派にも属さない、女性の地位向上を目的とし、「女性の平等の権利」、「政治的な均等」、「教育と健康の教授」、「女性と子供に対する暴力の根絶」などのプロジェクトへの参加、支援協力のための奉仕活動をしている。
秋田ゾンタクラブは現在10数人の会員で和気藹々と、時間と体力を使って奉仕活動をしている。種々の団体への寄付、災害時の寄付、記念植樹、健康セミナーなどを行い、バザーやチャリティコンサートなどを開催している。収益の殆どはユニセフやその他を通して世界の女性と子供のために寄付している。昨年の「新春チャリティコンサート」では22万円ほど寄付することが出来た、とのこと。
今年の「新春チャリティコンサート」は1月14日(水曜日)18時から、秋田ビューホテルにて開催する。今回は、ベトナムの民族楽器トルン(竹琴)の紹介と演奏とのことで、ベトナムから秋田大学に留学している学生さん達も招いて、ベトナムの一夜を過ごしたいとのことである。
「秋田ゾンタクラブでは会員も募集中です。ご賛同頂ける方が、いらっしゃいましたら会員に声をお掛け下さい」とのこと。これは会員の一人である家内からの伝言である。
12/23(火)天皇誕生日 小雪・曇 病棟拘束
2:30起床、ドック処理x2、文献他、徒然。6:10病院着。6:25回診、病棟業務。11:00帰宅。以降は自宅でドック処理x2、DPC検討他。16:00-19:30病院。帰宅、夕食、20:20就寝。
人は何で身体を締め付けるのか?(4)ハイヒール、その他
女性用のフォーマルな靴はファッション性が何よりも優先されて作られていると思うが、それの代表の一つがハイヒールだと思う。実に美しい、見事な造形である。だから、これを象った置物やジョッキなどもある。
ただ、こんなのを履くことは拷問なのではないか?と私は自分の経験からも思う。
断らずとも誤解はされないだろうが、私は女性用の靴を履く趣味など露程も無い。しかし、ハイヒールを履いた様な状態で下肢を固定された経験がある。その時の感覚が残っている。
2003年10月にテニス中に右のアキレス腱を切断し、翌日縫合手術を受け、その後6週間ギプスで固定した。その際、アキレス腱に負荷をかけないように右の足首を伸ばした状態でギプス固定された。要するに高目のハイヒ−ルを履いた様な状態である。そのとき右足に若干の負荷がかかってもアキレスにはかからないように装具としてハイヒ−ル調にかかとを8cmほど持ち上げた長靴風の装具が作られた。1週間毎に6-7mm程度ずつ低くして順応させていく仕組みであった。
片方ではあったがこの間は実に辛い日々であった。体重を加減して右足を着くのであるが、その負荷が全て爪先にかかるからとても痛い。さらに下腿の筋が収縮した状態にしてあるので力も十分に入らない。それに、歩行時には爪先から先に着くように配慮しなければならない。要するにいつもつま先立ち歩き状態を維持しなければならなかった。
直接聞いたわけではないが、ハイヒールは女性達にとってもかなり辛い履き物なのではないだろうか?
女性は足下をよりより小さく、より美しく見せたいから、ファッション性を重視して靴を選ぶのだろう。その効果は確かに出ているだろうが、その結果、若い女性達の足は外反母趾であったり、陥入爪だったり、魚の目があったりで相当にダメージを受けている。それを見て時に驚く。
大変ですね、としか私は言えないが、細いロングブーツやハイヒールを脱いだ時はかなりホッとするのではないだろうか。だとすれば、それだけ身体的、心理的にストレスになっているということだ。
何故か、小太りの方々、大太りはロングブーツやハイヒールを履いていない、細身のヒトより何倍も辛いことになるだろうからその方が良い、無理する必要はないし、無理しても効果は乏しい。諦めは健康に繋がる。
その他、女性の身体を締め上げているのにブラジャー、パンスト、ボディスーツ等があり、男性用にはパンツやブリーフがある。書きたいことも多々あるが、立場上差し障りもあろうから止めておく。
ユサユサ揺れるのは揺らしておけばいいし、ブラブラしているものはさせておけばいい。身体を締め上げず、より自然体にしておくことは健康の維持に重要だよ、と言っておきたい。
12/22(月)降雪 寒波 管理会議 療養病棟判定会議 長副会議 療養病棟忘年会
2:10起床、まだ酔っている感じ。ドック総括x1他淡々と処理。文献・新聞チェック。5:20病院着。路面は2-3cmでシャーベット状。6:30回診他、7:45-8:15管理会議。8:45-15:00外来、休日前で超混雑。16:00-16:40療養病棟判定会議。17:00-19:10長副会議。19:30-21:10療養病棟忘年会。実に静かな会であった。21:30帰宅、22:00就寝。
人は何で身体を締め付けるのか?(3)革靴と靴下
私は靴下と靴は嫌いであるが、TPOを見て仕方なく履く。
私にとって頭寒足熱は不快である。足下が暖かくなると何となく体調が悪くなる。原因を考えても良くは分からない。就寝後足がほてって入眠できないと訴える高齢者は少なくないがそれに似たようなものだろうか。
だから靴下は結構辛い。とりわけ夏期には辛い。外来や事務処理の時はひんやりした床に素足の感触がとても良い。ただ、素足が礼に反する場合もあるし、不快な気分になる人もいるらしいのでそれなりの時は履く。ある冬のこと、始業前の管理会議に半袖と素足姿で出て行ったら「その姿を見ていると寒々としていて寒気がする」と言われた。その後は寒くなった季節には靴下を履いている。それでも自室では脱ぐ。
靴はもっと辛い。
別に荒れ地を歩くわけでもないのに何で人は靴を履かねばならぬのか、と思う。フォーマルなスリッパは何故無いのだろうか、等と言っても始まらない。社会の習慣、常識だからやむを得ない。
私は履く機会が少ないので一足の靴を10年以上用いる。私にとって靴が如何に不自然なものであるかは靴擦れや歩行時の痛みで感じる。日常履いていないから出張などで履き続けると毎回靴すれを生じ、歩くときに痛い。
ところで靴売り場に行くと、多くの革靴は機能性よりファッション性が優先されて作られていることがよく分かる。紳士靴もそうであるが、特に女性の靴売り場に行くと、これが人間の女性が、足に、履くものか、と思うものばかりで見事な造形である。要するに、足の形と靴の形に大きな差がある。
こんなのを履くことはファッションどころでない、拷問なのではないか?と私は思う。昔、軍隊では配給された靴に文句を言うことは許されず「靴に足を合わせろ」などとひどいことを言われたものらしいが、同じことが今でも行われている世界だ。履かれる方の靴も足に適応して行くにはかなり丈夫でなければなるまい。双方が耐えている、何か不思議な世界である。
こんなのを履いて女性は具合悪くならないのだろうか?
12/21(日)曇り・雨 病棟拘束 義妹夫婦還暦祝い
2:30起床、ドック処理x1、総括、新聞チェック、徒然などいつもと同じ。6:20病院、書類対応。8:30救急カンファ、11:00帰宅、ドック処理x1など夕方まで自宅で進める。15:45還暦祝い会場の休宝寺に人と荷物搬送。18:00-21:30還暦祝い。20数人集まって大盛会。少量の酒で泥酔した。帰宅22:00、そのまま就寝。
BOSE QuietComfort2が新品になって戻ってきた 2回目である
BOSE
QuietComfort2が戻ってきた。何と、新品が送られてきた。予想外のことであった。
2004年5月購入、購入直後にヘッドバンドのプラスチック部品の一部が左右とも折れたが機能に変わりはなく自分で修理・補強して用いていた。しかし,その内にスイッチ部分が不調となり、異音を発する状況にまでなったので、2005年2月にサービスセンターに送り修理した。
そのときは無料で新品が送られてきた。驚いたが、まだ保証期間中であったからそれでも納得しやすかった。
ヘッドバンドの問題の箇所であるプラスチック部品はその後もそれ程間を置かず左右とも再度破損した。前回同様、自分で修理・補強して使用していたが、ついに12月中旬に本体が折れて自分での修理は困難となった。
BOSEサービスセンターとのやり取りの中で、修理は2-3週間かかる、本年中は無理かも、見積もりは8.000円、とのことであった。前回修理時には代替品としてソニーの「MDR-NC50」を、今回は「MDR-NC500D」を用意したので急ぐ必要はない。その条件で送付した。その際、当該部分は構造的に欠陥と思われること等を意見として添付した。
3日後ほどに電話があり、修理費は6.000円であるが、再度新品と取り替えたい。その際、カラーがゴールドからシルバーになるが良いか?とのことであった。修理費用でくたびれた品を新品と交換してくれるとすればむしろ申し訳ない、と思った程である。
届いた製品に添付された説明書には旧製品よりも構造的に丈夫にし、ノイズキャンセル能も向上させた改良型製品なのだのだという。センターとのやり取りの段階では新品に替える話は出てこなかったので添付したメモ書きが効いたのかもしれない。
旧型は送ってしまったので詳細は比較できないが、確かに構造的に改良されたようである。機能的には大差ないように思えた。
本日、改めてソニーの「MDR-NC500D」と比較試聴してみた。やはりノイズキャンセル能はソニー製に長があった。今後、私は「MDR-NC500D」を中心に使用すると思うのでBOSE
QuietComfort2は欲しがっていたが買えずに我慢していた長男に進呈しようと考えている。
12/20(土)曇り 病棟拘束 ドック結果説明 患者家族面談 散髪
2:30起床、ドック処理x1等いつもの如く。5:10病院着、6:30回診他。8:30救急カンファ。9:00ドック結果説明x2。再度回診他。10:00入院患者家族面、。14:00-16:散髪、18:00帰宅、夕食、20:00就眠。現時点で積雪0cm。
「忘年会」「フグ料理」「麻生総理」「テトロドトキシン」「福田得志」「治療学10則」(2)
フグ毒、テトロドトキシンの研究者の一人、九州大学の福田得志名誉教授の「薬理学講本総論」中の第18章に「治療学10則」がある。
昭和20年の著作であるが、今読み返してみても有意義であった。適宜表現を変えて短縮して記述する。
(4)
臨床:薬効は疾病と患者によって同じでない普遍的薬理学と処方学を個別化して応用するのが臨床家の使命。臨床家は病者をもって師となせ。これが治療の妙技に達する道である。
(5)
実験:経験は偶然の実験であり、実験は意図された経験である。治療を単なる経験とせず貴重な実験として生かすのが臨床家の学問的責務であり、つきない興味がその中にある。
(6)
信念:経験、実験によって得た治療の事実は尊い。事実を直視し集積して自己の治療学体系を組織せよ。空虚な理論のために歪められたり閑居されてはならぬ。
(7)
作用:初学者は単味の作用を会得せよ。その後に大家の処方を試みると薬物配合の妙用を理解できる。
(8)
治効:治癒効果の判定は、2-3回でも効果が顕著にでたら疑う要なし。僅かに有効が4-5/10なら疑わしく、7-8/10ならほぼ信用できる。1回でも治効あるものは捨て去るべからず。
(9)
薬籠:効果を確認し用法に精通した数種の良薬を自家薬籠中として重用せよ。新薬については保守的であってはならぬが、必要のないものもある。
(10)
経済:薬価を安くして患者の負担を軽減するのは良医の責務である。生命に関わるときはこの限りに非ず。自己の収益のために無用の薬剤を投与するのは公私二重の罪を犯すもの。
エジプトのピラミッドの壁には「今時の若者は軟弱で・・」とあり、紀元前79年にヴェスピオ火山の噴火で壊滅したポンペイの遺跡の壁には今でも通用する熱い恋文が書かれているという。人間にとって普遍的なことは世の中が変わっても何ら変わらないものだ、と実感する。医師にとっても上記は各項目共に普遍的内容である。
私も時々似たようなことを散発的に言うが、先人の福田得志九州大学名誉教授が見事にまとめておられた。仕事上参考になる名言である。
フグ毒に興味を持った時点から存じていたお名前であったが「治療学10則」は今回初めて知った。同じ福田でも私とは関連のない、遙かかなたの方である。
12/19(金) ドック結果説明 平安閣インフルエンザワクチン接種 県独立法人評価会議 ドック診察
2:30起床。何時もと同じ。文献検索、徒然他。5:15病院、ドック関連書類等。6:30病棟業務、8:00救急カンファ、8:45ドック結果説明、9:30-10:30産業医としてインフルエンザワクチン接種約80名。13:00-14:30県独立法人評価会議。15:30ドック診察、患者関連書類処理。21:00帰宅、夕食、21:30就寝。
「忘年会」「フグ料理」「麻生総理」「テトロドトキシン」「福田得志」「治療学10則」(1)
忘年会のシーズンである。ホテル等の場合には出ないが料亭での会ではフグ料理が出される。今が旬なのだろう。私はフグを好むわけではないが出されれば素直にいただく。淡泊である。通の方や料理して下さった方には申し訳ないが、あまり美味しいと思ったことはない。
フグにまつわる話題と言えば、朝日新聞12月4日の天声人語に麻生総理が登場、「麻生首相はフグ刺しのようなもの」と評された。毒を抜かれた美味しい料理という意味ではなく、薄っぺらで賞味期限が短い、と言う意味なのだそうだ。フグ刺しに例えられるなど同じ毒でもテトロドトキシンではなく、「気の毒」であった。
フグといえば私の興味はむしろ料理でなく、テトロドトキシンの方である。これについては日本の研究者の業績が大きい。1902年田原良純により精製され、テトロドトキシンと命名された。ふぐ毒の薬理学的作用は主として九州大学の福田得志ら日本の薬理学者により解明され、催吐作用、知覚・呼吸・筋まひ作用、血圧降下作用、抗不整脈作用、胃分泌抑制作用、抗利尿作用などが認められている。
フグ毒を研究で業績を残した福田得志九大名誉教授は「薬理学講本総論」を著したが、その中の第18章に「治療学10則」がある。コピーして置いた文献の中に混じっていたのを最近見つけた。すっかり忘れていたが読み返してみても意味深であり、有意義である。コピーした原本は不明である。著書は昭和21年4月に発行された。東京大学図書館のリストに認められる。表現は適宜変えて短めに記述する。
(1) 立志:医師たるものはその職が済生恵人にあることを心すべきである。この志と誠をもって業に従って、初めて医学の心髄に触れることが出来る。
(2) 思索:治療学の習得に関して学理の勉強の他に思索を練らねばならない。薬理学を学んでも臨床的に検討し思索しなければ用をなさない。治療法を工夫しても学理を基礎としないものは危険である。
(3)薬理:薬理は治療の指針である。しかし、治療そのものには薬理書以外の薬理もある。薬理書にとらわれていては真の治療は出来ない。
| 年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(人間ドック)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。 月〜土曜は6:00頃出勤、人間ドック報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、人間ドック受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来と人間ドック受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。 日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。 |
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福田光之 1945年岩手県生まれ。 新潟大学医学部を卒業後、岩手県立宮古病院、秋田大学医学部第3内科を経て、 医療法人明和会中通総合病院(院長) 秋田県医師会副会長(2007年現在) 所属学会:日本内科学会 (認定医) 日本血液学会 (認定医,指導医) 2001年、私的ウェブサイト「これからの医療の在り方」を開設。医療に関するコラムや、拙い自叙伝、日常のどうでもいいようなことを徒然と書き綴っては一人悦にいっている。忙しくて最近、趣味のヴァイオリンを弾く時間がとれないのが悩み。 著者プロフィール詳細についてはこちら |
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