徒然日記

 日記と言うより、自分の行動記録と日々の雑感です。

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5/11(木)雨曇り時々 外来 飯川病院
0:50起床。随想読み、新聞処理。徒然など。7:45降雨にて家内出勤に同乗。8:45-13:45外来+ドック判定。連休明けで混雑、疲弊。14:15飯川病院、入院外来患者対応。18:00バス帰宅、夕食、20;00就眠。BR diskながら視聴:「サイエンスゼロ:遺伝子解析でサンゴを」。歩数6225歩。

展覧会2017(3):県立美術館 オランダ2大巨匠展(2)
 フェルメールとレンブラントのオランダの2大巨匠展、この夢の様な展覧会が秋田で開催されている。ただし、全て「リ・クリエイト(再創造)作品」である。

 再創造作品、と言えども決して軽視するべき内容ではなかった。
 大体、せいぜい画集を見る程度でオリジナルの作品を見たこともない私にとっては、もともと区別できないからその価値に大きな差はない。
 光と影の魔術師の異名を持つこの2人の作品を一堂に集めた展示会を企画することはほぼ不可能といっていい。フェルメールの全37作品、レンブラントの選び抜かれた珠玉の30作品を、しかも原寸大のを一気に見ることができたが、そのことの意味は大きい。しかも、オリジナルと大差がない作品に仕上がっているという。

 彼らの作品の画像を最新のデジタルリマスタリング技術によって隅々までデータ化し、美術品がたどる劣化のコースも加味して、当時の色調も再創造した。このことも信じる方が幸せである。

 フェルメール作品の監修は、作品を追い求め研究し、マウリッツハイス美術館から「世界のフェルメール愛好家20人」に選ばれた生物学者の福岡伸一氏。また、レンプラント作品の監修にはレンプラント研究の最高峰「レンブラント・リサーチ・プロジェクト委員長のE・F・デ・ウェテリンク教授だという。この方の名前はレンブラントの画集などで目にすることができる。

 私は利用しなかったが、会場では作品解説の音声ガイドを利用することができる。

 最新デジタル技術を駆使したフェルメール全37点の作品を展示する「フェルメール光の王国展」は、2012年1月から東京・銀座を皮切りに全国34ヵ所、海外1ヵ所で開催され、現在では延べ60万人以上を動員しているという。
 フェルメールのリ・クリエイト作品についてはマウリッツハイス美術館の公認を得ている。

 硬い考えを言えば、美術館とは「本物」を見せる場所である、という認識が強いが、受け手側の多くは、オリジナルと複製画の区別などできない。

 私は「リ・クリエイト(再創造)作品」展覧会は初めから分かっていて、「作品をより理解できる類い稀な場」が秋田で与えられた、なんと恵まれていることか、と考えた。
 優れた技術によって作られた「複製画」と「本物」との間の絶対的な区別が質的にも曖昧化されて行き、たとえ複製であろうと絵画を見る喜びそのものが浮上してくる。そういう時代を迎えている、と私は考えている。

 会期は5月25日までである。もう一回、できれば二回、観に行こうと思っている。


5/10(水)曇り時々雨 フリー 午後飯川病院ボランティア
0:50起床。随想読み、新聞処理。徒然。午前掃除洗濯、クリーニング店。DIY店、シリカ球100W購入。12:50バス、通町まで、書店、珈琲店、薬局に寄り、県立美術館のオランダ2大巨匠展へ。14:00-17:50飯川病院ボランティア。データ整理など。BR diskながら視聴:「コズミックフロント:宇宙に終わりは?」、「ぶらぶら博物館:大政奉還150年」。18:00バス帰宅、 19:10夕食、20:40就寝。 歩行計11701歩。

展覧会2017(2):県立美術館 オランダ2大巨匠展(1)
 秋田県立美術館でオランダ2大巨匠展、すなわちレンブラントとフェルメール展が開催されている。開催期間は5月3日-25日までと意外と短い。

 本日、勤務フリー日であり、午後のボランティアのために病院に向かう途中で寄ってみた。
 フェルメールの全37作品、レンブラントの選び抜かれた珠玉の30作品を一気に見ることができた。この様な企画が秋田で実現したことは素晴らしいことである。
 この様な企画は、世界中の美術館や愛好家の元に散らばっている作品を一堂に集めるとはほとんど不可能である。それがこの様な形で実現したのは、展示された作品は全てオリジナルの作品でなく、全て「リ・クリエイト(再創造)作品」と言われる複製品だからである。

 「リ・クリエイト(再創造)作品」は写真による複製、コピーによる複製とは全く異なるデジタル技法を通じて、オリジナルを精密に再構成したもので、再創造品と呼ばれている。
通常の複製品の場合はオリジナル作品だけが持つ「筆の力」、色彩などの微妙さが失われるが、再創造品では忠実に再現されている。例えば、描かれた髪の毛は筆の運びに沿って立体的であり、一本一本が光を浴びて固有の光沢を持つ。

 私は日本画、西洋画とも多数の画集を持っている。また、展覧会に行った際には鑑賞できた作品を忘れないためにも、画集を求めることにしている。
 秋田にいながらの鑑賞できる展覧会はそれほど多くはないから、日常的にはどうしても画集に頼らざるを得ないが、画集の世界と展覧会は全く別物である。作品のサイズから受ける印象だけでも異なってくる。
 フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」は大小の2作品があって、小さい方が「青いターバンの少女」・「ターバンを巻いた少女」とも称されるが、概してフェルメール作品は小さい。一方、レンブラントの作品はサイズ的にも多彩である。中でも「夜警」は展示品の中でも大きく圧倒的な存在感であった。

(会場で購入した画集と入場券)

 ちょっと残念だったのは、展示会場が1Fの県民ホールで展示作品数の割に狭かったこと。入場者が20-30人程度と少なかったが、それでも次の作品の前に進む時に観客を避けて進まなければならなかったことである。それと、サイズの大きな作品を鑑賞するには十分な距離が取って鑑賞できなかったことである。

 そうは言えどもフェルメールとレンブラントというオランダの2大巨匠の多くの作品を鑑賞できたことは私にとっては驚きの体験となった。


5/9(火) 晴れ 外来 飯川病院  
 0:00起床,文献チェック、随想読みほか。5:00可燃ごみ提出、7;30腰痛後初徒歩、飯川病院着。 8:45-13:00外来、連休明けで混雑、疲弊。13:15飯川病院、14:00-19:10帰宅夕食、20;00就眠。BR diskながら視聴:「英雄の選択:条約改正に挑んだ女」、「プロファイラー:柳原白蓮」。歩行計11681歩、久々1万歩越え。

日本語2017(6) 日本語にして!!! 「パノプティコン社会」って何だ?
 最近、新聞等で「パノプティコン社会の恐怖・・・」などという見出しが見られるようになってきた。全く耳慣れない言葉である。内容を見ると「監視社会システム」の概念を示しているようだ。
 
 ならば「パノプティコン社会」などと言わずに「監視社会」で良いじゃないか。その方がずっと意味が通じやすい。
 新聞等のメディアが安易にカタカナ語を用いることには疑問を感じざるを得ない。特に新聞は言葉、活字を通じた情報伝達が使命である。ならば、日本語をもっと大切にしてほしい。

 「パノプティコン」の語源を簡単に示すと、中庭を持ち円形に居室が配列された建築様式の事で、中庭に全室に目が届くような監視等を持つ構造である。イギリスの哲学者ジェレミー・ベンサムが設計した刑務所施設の構想である。この構造によって監視員は少ない人数でいつも囚人を監視できる、というメリットがあった。囚人側にとってはいつも見られているという心理的負荷を感じさせ、服役行動にも影響を与えた、という。

 要するに、この構造の名前を冠した「監視社会」の事である。
 最近、種々の犯罪の捜査において、町に多数設置されている監視カメラを映像が犯人逮捕に役に立っていることが報じられる。デパートや商店の監視カメラ、マンション等の玄関等の監視カメラの数は半端でない。
 この様に、市民を常に監視しているような状況を「パノプティコン社会」と呼ばれる。

 監視カメラは犯罪捜査に役に立っている一方、市民のプライバシーはどこに設置されているかわからない監視カメラで侵害されているとも言える。
 私どもが用いている電子機器を通じても監視されている。パソコンや携帯の通信データは消去されたり、破壊されても実際にはプロバイダーとかのサーバーにデータとして残っている。一般人は閲覧できないが、裁判所の許可のもとでは閲覧可能である。これらの通信記録も「監視社会」の、重要な手段となる。

 最近、違法とされたが警察が被疑者の車に密かに装着するGPS機器による捜査も「監視社会」の考えの典型の一つである。警察側の論理は最高裁で否定された。
 個人のレベルで言えば、子供にGPSがついた携帯を持たせるとか、車につけるドライブレコーダーなど、盗聴器も監視道具の一つである。認知症の徘徊にも役立つケースもある。
 私どもは今いろいろな監視道具を手に入れることができる。そんなことを通じて何かを監視することが可能になってきていて監視することが安易に行われるが、一方では監視される側にもなっていることを強く認識しなければならない。

 いま、国会では共謀罪が論議されている。今後一層社会の監視機構は厚くなっていくことが予想される。


5/9(月)曇りのち晴れ 健康クリニック 飯川病院
0:30起床,文献チェック、随想読みほか。歩行に自信なく6:47バス飯川病院着、9:00-10:45健康クリニック、11名。11:00飯川病院に、午前中に入院患者対応終了。微睡5、14:00-18:45飯川病院勤務。文献チェック三昧。19:00帰宅、夕食、20;15就眠。BR disk視聴:「英雄選択:大村益次郎」、「団塊スタイル最終回:新しい生き方の方々」、「英雄選択:南方熊楠」。歩行計6946歩数。

日本語2017(5) 日本語にして!!! 「ユマニテュード」って何だ?
 日本語が乱れている、とされているが、私は必ずしもそうは思っていない。言葉は生活に密着した生き物であり、生活の変化、時代の変化とともに変わっていく。特に現代はネット等を通じて若者中心に新しい言葉が次々と発信され、広がっていく。中には日本語としてふさわしくないものもある。

 ただ、私が憂慮するのはカタカナ語の頻用である。
 極端な話、将来、カタカナ語の間を日本語の接続詞で繋ぐだけになるような感じを受ける。
 高齢化社会である。高齢者は耳の機能が低下している。さらに、耳と耳との間にある重要な臓器の機能低下もある。日本語で済むなら日本語にしておいて欲しい。

 例として私が今まであげたのは以下の単語である。

@1 「リンデンバウム」って何だ??(2)「ローカルコミュニティーエリア」「エイジフレンドリーシティ」
@2 もっと分かりやすい日本語に(3)「フレイル」ってなんだ?
@3 もっと分かりやすい日本語に(2)「オノマトぺ」ってなんだ?、
@4 もっと分かりやすい日本語に(1)??「サルコペニア」、「ロコモティブシンドローム」 、
@5 「秋田市版ネウボラ」とは何?? 秋田市は横文字好きだね
@6 日本語2017(2) 日本語にして!!! 「コグニサイズ」、「ペアレントメンター」って?

 日本語はとてもタフな言語である。外来語を吸収する力、自国語に取り込んでしまう包容力は、世界のあらゆる言語の中でもトップクラスなのではないか、と思う。でも時に、ちょっと過剰ではないか?とも思う。

 私どもが何とはなしに使っている外来語混じりの日本語、私は安易にカタカナ語を採用して欲しくない、と思う。カタカナにしただけでイメージアップにつながるという考えであろうが、日本語は内容を示唆する名称をつけることができる素晴らしい言語である。

 私が最近読んだ書籍に、認知症ケアの新しい技法として「ユマニチュード」が注目が集めているとの記載があった。私は不勉強にして「ユマニチュード」という単語を知らなかった。

 認知症の患者をケアする時に、目をきちんと見て、優しく触れ、話し掛けることを基本にし、患者の人間性を尊重し、患者が持つ力を正しく評価しながら、よりよいケアを目指す、そんな技術である。心ある介護担当者であれば、さりげなく体得していると思われる技術を体系化し「ユマニチュード」と表現している。

 「ユマニチュード」はフランス人のイヴ・ジネスト氏らが開発し体系化した実践技術で、患者とのコミュニケーションを円滑にさせる効果が絶大だという。「ユマニチュード」という言葉は、植民地で黒人が黒人らしさを取り戻そうとする運動「ネグリチュード」が語源という。それに、「人間の」を意味するフランス語「ユマン」を重ねた造語、だと言う。それはそれとして歴史的な意味もあるだろう。

 「ユマニチュード」の技法はそれなりに価値があると思う。その内容は賞賛したいが「ユマニチュード」と表現するのはどうかと思う。

 その道の方々がふさわしい名称を考えてくれればいいのだが、私が一例としてあげると「ユマニテュード(個性尊重の介護技法)」とでも日本語の副題をつけてくれれば、よりいいと思う。


5/7(日)快晴 比較的寒い GW9日目最終日 
1:00起床、画像・文献新聞チェック。録音データダウンロード、整理。9:00書斎整理、廃棄物まとめ。11:30F杉一家離秋。のど自慢楽しみ微睡、バラ関係で来客あり。掃除、洗濯等補助。BR disk視聴:「N響定期演奏会」数回分視聴しながら本年分のインデックス作成。ネコ室の網戸修理諦め、居間との間にラティス設置。19:30夕食。21:00就眠。歩行計7613歩、腰痛のため家から一歩も出ず。

憲法論議2017(2) 9条
 9条に関して、仮に9条が改正され、軍隊が憲法に容認されれば、再び日本は侵略的国家へと変身しかねない・・のだろうか。短絡すぎる。平和憲法制定時の理念を守ったまま、国民の生命・財産を守り、国を守ることは出来る、と思う。平和を守るために改正しなければならない。

 日本を取り巻く事情というのは、朝鮮半島有事の可能性が現実昧を帯ぴてきたからである。北朝鮮と米国の間に戦闘が勃発すれば、日本も韓国も戦闘状態にはいる。北朝鮮のミサイル射程は米国本土迄というが、まだまだ実用的ではない。だから、在日米軍基地が狙われるだろう。韓国にいる日本人の安全も確保しなければならない。

 戦争という非常事態が生じても、あくまで平和主義を貫くべきだ、という意見がある。特に護憲派の人たちはそのように言う。「座して死を待て」、ということだろう。
 戦後憲法の基本的な理念に無理があった。9条の非武装平和主義は当時としては価値ある考え方であっただろうが、今日、もはや「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して・・(憲法前文)」と構えているわけにはいかなくなった。 

 戦後憲法の平和主義によって日本を永遠に武装解除した米国は、常に軍事大国として世界の戦争に関わってきた。しかも、その米国が東アジアの拠点として日本を利用するために、日本の安全保障まで司どっている。

 戦後憲法の平和主義と米国の傘の下で日本は大した努力もなしに平和的な歴史を重ねてきた。完全に。こうした他力本願の不自然な姿を日本はずっと放置し、かつ享受してきた。もし、仮に同盟国である米国と中国、北朝鮮が戦争状態になった場合、日本はどう行動すべきなのか。日中間で紛争、北朝鮮との間で紛争が生じた際にはどう行動すべきなのか。それさえもほんど論議されていない。国民に問いかけてもいない。米国がすべて問題を処理してくれるとでも思っているのであろうか。米軍が戦わない我が国の代わりに血を流すとは考えられない。

 憲法9条は、まず前半で侵略戦争の放棄を掲げる。後段では戦力の放棄と交戦権の否定をしている。要するに、自衛権を含めたいっさいの交戦をも否定する。今まではそれでよかった。戦後70年日本を取り巻く世界情勢のなかではそんな危機が一度も生じなかっただけである。

 主権国家の自衛権は固有の権利である。日本国憲法は他国からの脅威に対しても、戦ってはならないことになる。何しろ憲法によって制限されているからである。
 これはおかしなことである。


5/6(土)午前降雨・午後晴れ GW8日目 
 0:20起床。まだ腰痛あり。早朝午前とも読書、文献処理一部廃棄、録音データ整理。午後は微睡の後、書斎で録画データの整理、分類。BR disk視聴:「NHKso第1793回定期公演Aプログラム:マリナー指揮、ベートーヴェンVn協奏曲、ブラームス交響曲No1」じっくりと再視聴。マリナーは当時90歳、2016年10月2日死去。享年92歳。我が家の録画データは「NHKso定期」、「読響演奏会」、「らららクラシック」、「題名のない音楽会」だけをピックアプしても優に400回分を超えている。貴重な記録となっている。歩行計Σ4659歩、降雨、腰痛もあり自宅から一歩も出ず。

憲法論議2017(1) 私は改憲が妥当と思う
 我が国の憲法は制定後71年経過しているが、世界的にも平和憲法して評価が高い。

 この間、日本国憲法には一切、改憲の手が触れられていない。
 一方、毎年5月の節目の時期になると改憲論を中心に憲法論議か盛んになる。
 実際、今日ほどこの憲法の存在意義が問われているときはないだろう。現実的に考えると、中国、北朝鮮の軍事行動は我が国に対する軍事的威嚇行為である。こんな状況で現在の平和憲法が制定時の理念を守ったまま、国民の生命・財産を守り、国を守ることができるのだろうか。私は疑問である。

 9条に関していえば、戦後平和が守られてきたのはこの平和憲法があったためではない。世界情勢、日本の情勢、日米安保条約しかり、米国との同盟関係など、がそうさせてきただけである。一方、我が国も9条に関して情勢に対応しながら自衛隊の解釈を捻じ曲げながら、軍拡を進めてきた。

 憲法に関する各新聞社やメディアの世論調査によると、改憲については「不要」>「必要」である。また、ここ数年「不要」とする割合は増加している。
 特に9条の改正「反対」は7割に近い数字となっている調査もある。

 平和の維持は平和、平和と唱えるだけでは達成できない。

 安倍首相は9条に関しても現実的である。この度、3年後の憲法改正をめざすと名言し、9条に自衛隊を合憲化したいと述べた。これは正しい。今の自衛隊は何なのか??黙して容認している日本人の曖昧さはここに極まれり、と言ったところか。

 改憲論者は時代と日本を取り巻く環境の変化に適合するように改正すべき、という。改憲反対論者は、特に9条の改正は日本の平和主義を放棄することにつながりかねず、再び戦争に巻き込まれるリスクを増大させる、と憂慮する。あくまでも平和を志向しながら、同時に、国民の生命・財産を守り、国を守る行動が何で問題なのか? 9条の改正は、即、日本の平和主義を放棄することになるだろうか??
 私はそんなことはない、と思っている。

 日本国軍法の改正論者の主な主張を要約すると、
第一に「自主憲法」願望。
第二に「日本を取り巻く環境の変化への対応」。
第三は「自衛隊と憲法間のギャップの解消」。

 第一に関しては私はどうでもいいことと思う。日本人のプライド? 現に70年も黙って適応して来たではないか。米国のお仕着せ憲法と言われるが、そんなことはない。日本人も関与して作られている。短期間に作ったのに、内容的にも問題はない。
 第二、第三の点に関しては、9条を改正することによってごまかしのない形で可能になる。
 9条と自衛隊の存在は、誰しもが相容れないと認めざるを得ないだろう。日本人特有の「解釈論」だが、国際的には通用しない。

 私は、現状の平和憲法のもとで我が国を作り上げて来た先人に感謝しつつも、改憲すべき時期を迎えている、と思う。
 意見としてはそのように思っているが、高齢でこれから先にのことに責任を持てない。だから、次世代の我が国を担う若い方々の意見の高まりを期待しながら憲法について再勉強していいるところである。
 もし、憲法改正が国民投票になったら、私は1/2票でいい。


5/5(金)晴れ、夕方一時降雨 GW7日目 飯川病院日直 
0:30起床、文献読み。データ整理。5:00可燃ごみ提出。秋田市職員連休中なのにご苦労様。8:15クロスバイク、通町珈琲店経由で飯川病院。9:00日直に就く。院内患者は落ち着いている様子。読書、データ整理、BR disk視聴三昧で過ごす。18:30雨模様と頭痛のため迎えの車でi帰宅。19:00一家11人が揃い、庭先でバーベキューを楽しむ。私はコップ一杯のビールで泥酔、20:00就寝。Σ8941歩。BR diskながら視聴:「日曜美術館:クラーナハ」、「サイエンスゼロ:チェルノブイリとフクシマ」、「アナザーストーリー:浅間山荘事件」。

ネコ談義2017(5) ロボット掃除機導入(2) ロータリーエンジンのローターと同じ形状
 ネコも7匹もいるとネコ室、居間ともにかなり汚れる。掃除するのは結構大変である。
 ロボット掃除機の機能に半信半疑であったが、ネコ抜け毛が負担になって4月にパナソニックの「ルーロ」という製品にした。「ルーロ」という名前を久々に見て懐かしかった。

 使い始めてまだひと月であるが購入して良かったと思っている。
 弱点と思われるのはダストボックスが小さく、ときに掃除途中でも「お腹がいっぱい」と警告を発することである。これは、我が家が特にネコ毛が多い為だと考えられる。ネコ毛がない書斎などでは2-3度やってもまだ余裕がある。

 検討した他の製品は全部円形であった。部屋の隅々まで綺麗にするには円形は不都合だとわかるが、なぜか円形以外の形の製品はない。このパナソニックの製品のみがおむすび型である。さらに二つの角に刷毛がついているから本体よりもコーナーに深く手が伸び、ゴミを掻き出す。極めて合理的な形だと思う。

 このパナソニックロボット掃除機に採用されている三角形は、F・ルーロが考察した、物理的にバランスのとれた形状である。ルーローの三角形はどの方向にも幅が一定なので、正方形の中でどれかの頂点を内接しながら回転する。この特長を発展させたのがマツダが数多くの困難を克服して実用化に成功したロータリーエンジンで、レシプロエンジンのピストンに相当するローターはルーローの三角形の形状である。

 

 今回ロボット掃除機を購入したのであるが、私はこの外見を見て一発で気に入った。機能もよし、これが選択のポイントであった。

 私はかつて、マツダが開発した技術と熱意に惚れてマツダルーチェロータリーセダンに乗っていた。エンジン自体は燃費が悪く改良の余地があるとは思っていたが、エンジンレスポンスは電気モーターのごとくにスムーズ、静か、乗り心地もソフトで気に入っていた。改良が間に合わずに燃費競争に敗れ、2012年にRX-8に搭載されたのを最後に生産終了。マツダにおけるロータリーエンジンの歴史が、一旦途切れている。マツダは研究を止めたのではない。まだ夢は続いている。

 私はロータリーエンジン車に乗っていた時代、興味があって内燃機関について詳しく勉強したことがあり、ロータリーエンジンに魅せられていた。
 それがパナソニックのロボット掃除機としてまた身近になったのがとても嬉しい。


5/4(木)快晴 GW6日目 
0:00飯川病院起床。文献等若干処理。画像収集処理。、BR diskながら視聴:「ガイア:外食産業の新戦略」、「ヒストリア:お城400年の歴史」、「ETV特集:小野田少尉とI日比外交」。9:00クロスバイクで帰宅。資源ごみ提出なるも今回はキャンセル。秋田市職員連休中なのにご苦労様。腰痛再増悪傾向、ネコ世話。新聞スクラップ入力。11:00再度破られた網戸の代わりにラティス購入、家用スリッパも。午後、ラティス装着。以後2Fで安静保持、次男一家来襲。20:00夕食、21:00 2Fで就眠。歩数計8292歩、腰痛にて伸びない、まあいいか。

ネコ談義2017(4) ロボット掃除機導入(1) 愛称「亀ちゃん1号」
 我が家のネコ達7匹が換毛期に入った。ネコ室の床は抜け毛でところどころ白くなるほどである。週末に掃除機片手にネコ室にこもり1-2時間かけて掃除している。

 1日一回、夜の給餌前にはネコを居間に入れて運動、気晴らしなどさせる。週末には1日2−3回居間に入れる。この時、明らかに居間が羽毛、ネコおもちゃの切れ端とかで汚れる。また、半ば外ネコ化している「ユー」は体に落ち葉などをつけたまま入ってくる。そんな時は私も参加して掃除するのであるが、時間的にも労力もなかなか大変であった。
 夜間帯は汚れを見つけた場合には、掃除機ではなく、コロコロで局所的に、私がゴミを追っかけている。コロコロはネコ毛掃除にはとてもいい。しかし、腰にくる。

 ネコ室と居間を掃除するのは結構大変である。
 ロボット掃除機は能力に半信半疑であったが、長女宅ではルンバを使用していて便利、というので我が家でも導入を検討することにした。

 機種の選定はルンバも含めて10機種ほどを対象に、文献、カタログなどから検討し、最終的には販売店で実物をみた。結果的に、価格とおにぎり型のユニークな形、動作音が静かなパナソニックの「ルーロ」という製品にした。同機種の中ではリモコンのある上位機種とした。価格はルンバの半分程度、国産品の他機種よりも安い。
 ひと月前の4月5日届いた。

 私はあまり期待せず利用し始めたが、私が掃除するよりも綺麗になる。連日、居間、玄関、台所、浴室と走らせてみたが、今までの掃除機が不要になる程綺麗に掃除してくれ、驚いた。適宜2Fにも運んでそっちでも活躍している。本体だけでは3Kgと軽いから運びやすい。
 私が最も忌避する音は、思いの外静かで、ラジオ、TV、会話にも邪魔にならず満足している。耳元でほぼ終日ギリギリの音量で鳴らしているラジオの音量を上げる必要もない。

 私や家族は掃除にかける時間が大幅に減少、掃除をしている間に他の仕事が出来るのが最大のメリット。掃除させる前には移動できる家具は別室に移すなどの事前の用意が必要であるが、準備を通じて無駄な物品は床面に置かないようになった。これも効果の一つであった。また、ダンボール箱を切って自作した「侵入防止ガード」を用いて掃除エリアを分ければ、自分の居場所が確保でき、仕事が続けられる。
 使い始めてまだ30日目であるが、朝夕、大活躍である。

その動作の様子は、孵化した子ガメが必死に手足を動かし海に向かって急ぐ様子に似ている。それで我が家では「亀ちゃん1号」と呼んでいる。
 動作の様子はインスタグラムに提示した。

 (居間を掃除する「亀ちゃん1号」。自作の乗り上げガードをつけた扇風機。箱には出番が少なくなった掃除機が収まっている)

 自動モードにすると私がざっと掃除したレベル、念入りモードでは私の掃除以上に綺麗になる。

 家具に当たる衝撃はソフト、階段から転げたり玄関のたたきに落ちることもない。大したものである。


5/3(水)超快晴 憲法記念日 GW5日目 飯川病院日当直 
 11:30起床、文献チェック他。新聞チェックなど。8:15今年始めてクロスバイクで飯川病院に、830日当直業務に就く。午後は微睡取りつつ外来レセプトチェック、3時間ほどかけた。BR diskながら視聴:「100分で名著:宮沢賢治」4回分一気に。「あらすじ名作:徒然草」。18:00検食、19:15F氏一家来秋。20:20就眠。歩行計5534歩。

北朝鮮2017(7) ミサイル5発東京に向かっている!!!  書評:松本清張「神と野獣の日々」(2) 昭和38年 角川文庫 
 自分の命が、わずか1時間ほどしかないと知ったときの人間の反応、ネットが発達した現代ならどうか。ネットはもはや役立たないと思う。メールを含めて電話も回線がパンクして役立たないだろう。

 あくまで仮の話だが、発射から到着まで数分という近隣国から飛んできたらどうなるか?発射情報の確認し警報が発せられる間に着弾してしまう。国民としては何もできない。迎撃ミサイルに頼るしかない。外したら終わりである。残りの希望は目標からずれるか、不発弾である可能性に全てを期待するしかない。

 社会が、日本人の理性が、抑制が、・・・日本人が培ってきた良識、常識があっという間に瓦解する。作品はミサイルが到着予想時間までの間のパニック状況、逃げ惑う国民の姿が、原始的行動をとる日本人の姿が克明に記載する。パニックに陥る人々の姿の描写が凄かった。政府、マスコミ、一般人、受刑者、それぞれの慌てふためく状態が生々しい。中途半端な時間があると、人はどうなるだろうか?

 大震災が何度もあり、その度に節度ある日本人の行動は高く評価されているが、この作品はまだ起こっていない状況の表現である。東日本大震災、原発事故、熊本地震などは起こってからの状況である。ミサイル着弾とは異なる。この違いも面白い。

 米国大統領が日本人に向けて発した空々しい哀悼のメッセージ、この場に及んでも保身を考える日本の政治の中枢の人たちの姿にも呆れる。作中に出てくる人々の醜い行動も、死が迫っていると考えれば頷けるのかも。自分ならどうするか??清張氏はよくまあここまで考えたものだ、と思う。

 これが1974年(昭和38)年に書かれた作品なのが驚きである。ラスト??、光と地獄が示される。ここには記載すべきでない。あり得ない設定でもない。こんなに素晴らしい本を彼は書いていた。

 私は清張氏の作品が好きで随分読んだ。それでも作品の3-4割??りにすぎないかもしれない。想定される出来事すべてに触手を延ばして貪欲に記述する、清張氏の作品の多くはあまりにも詳述するために一見冗長なのだが、その全てを無駄にせず作品の終わりに統合させていく。そんな作者の技能には舌を巻く。

 久々に読んだ清張作品、感銘を受けた。未読の作品をまた読んでみたいと思ったが・・・もはや時間がない。もちろん、私の残り時間は、この作品の設定状況ほど緊迫してはいない。まさか、1時間ではなかろう。今、当直が開けた。これから自転車で帰宅するが、慎重に走ろう。


5/2(火)雲ひとつない快晴終日 GW4日目 外来 飯川病院
0:00起床、文献検討他。新聞チェックなど。6:00可燃ゴミ提出。7:45ドックのフィルム持参し、若干腰痛残るために家内の車で出勤、8:45-13:00中通病院外来、13:30飯川病院、微睡と入院患者対応。19:00帰宅、夕食、20:20就眠。歩行計5900歩。BR diskながら視聴:「そこまで言って委員会:2回分」、「世界はいま」。

北朝鮮2017(6) ミサイル5発東京に向かっている!!!  書評:松本清張「神と野獣の日々」(1) 昭和38年 角川文庫 
 本稿で紹介する松本清張氏の作品「神と野獣の日々」は、氏の唯一といわれているSF小説である。

 1963年(昭和38年)、キューバ危機が勃発し、ケネディとフルシチョフ間の駆け引きで米ソ水爆戦争の危機がギリギリで回避された。その翌年に書かれた作品。清澄氏はこの国際的な緊迫感をなんとか作品に仕上げようとしたのであろう。素晴らしい作品ができあがった。
 
 この作品は新潟大学の寮で読んだ。遠い昔のことであるが、当時、私は清澄をはじめ社会派といわれる作家の作品を貪り読んでいた。

 最近、北朝鮮の金正恩と米国トランプの間でキューバ危機と似た様な切羽詰まった関係が取りざたされ、もし、両国間が戦争状態に陥れば我が国にもミサイルが撃ち込まれる可能性は否定できない状況にある。
 政府は先日、ミサイル攻撃を受けた際に国民がとるべき行動を明らかにした。実際に核弾頭搭載のミサイルが撃ち込まれたらどうしようもない。
 また、ミサイル発射情報が入った際には東京のメトロなどでは10分間運転を止める措置などをとっている。いかに可能性の少ない警報のレベルとはいえ、戦後、このような事態に陥ったことは一度もない。それだけ米国・北朝鮮関係は緊迫しつつある。

 米国・北朝鮮関係を考えているうちに、突然、松本清澄氏のこの「神と野獣の日々」という作品を思い出した。読んでから半世紀近く経ったが私の記憶に残っていたということは、それだけインパクトの強い作品だったといえよう。
 そう長編でないので、連休に入ってから書庫の奥から埃にまみれた本を取り出して懐かしさとともに再読している。

 読み返してみて、再度感嘆した。今再読しても十分に面白い。面白いどころか、もしも、現実にこういう事態が起きたならば我々は、私は具体的にどう行動すべきなのか??考えなくてはなるまい。

 自分の命が、わずか1時間ほどしか残っていないと知った時に、人はどんな選択をし、どう行動するのか。現実に起きる可能性はゼロではない以上、自分だったらどうするのだろうか考えておくのもいい。

 あらすじはそれほどない。
 ある日、我が国の友好国であるZ国から5基の核ミサイルが東京に向けて誤射された。一つ一つは広島の原爆の500倍の威力。誤射された時に作動するミサイルの自爆装置は作動しなかったとのこと。また、わが国の防衛システムでは全弾を迎撃することは不可能とのこと。ミサイル到着まで1時間もない。政府はその情報を公表し、総理周辺は無政府状態を避けるという名目でヘリで退避した。

 死を目前にすると人間ってどんな行動をとるのだろうか?
 清澄氏はその辺のことを、置かれた立場や環境による違い、群衆心理などを勘案し、地下街に逃げ込んだり、暴力的になる国民を、また、悟りを開きじっと死を待つ人間等を詳細に描いてみせる。
 命をかけて、「神と野獣」化する人間の実態を描いている。


5/1(月)快晴 GW3日目 健康クリニック休診 飯川病院 腰痛6日目
0:20起床。徒然、録音データ整理など。健康クリニック休診、午前は自宅で。洗濯風呂掃除、一輪車修理。12:50バス飯川病院、検食、微睡。14:00-17:00勤務、入院患者対応。19:00書店経由にて帰宅、19:30夕食、21:00就寝。BR diskながら視聴:「そこまで、委員会:2回」、歩行数6606歩。

四季2017(7)桜が散った 私にとって好きな夏が訪れた 
 4月17日に通勤路の若い桜に最初の開花を確認してから2週間余、通勤路の桜並木は早々に散ってしまい、遅い千秋公園の御隅櫓付近の桜もほとんど散って、緑の若葉に取って代わらている。

 ソメイヨシノは注目度は高いがちょっと可哀想。満開までは注目され、春の訪れを喜ぶ心まで高揚させてくれるが、マスコミに踊ろされている感じが否めない。

 私は毎日徒歩通勤しているが、開花間近の桜のつぼみを毎日見ている。咲き始めるまでの変化は遅々としているが徐々に膨らんでいく。この時期から桜を愛でている人はほとんどいない。
 この間、TVや新聞はほぼ連日桜関連のニュースで見るものの心を高揚させていく。観光地の紹介など途切れることはない。

 千秋公園の広場では露店が立ち並ぶ。桜祭りの看板は出る・・・で、3月下旬になるとで花見はクライマックスを迎える。
 桜は、今や自身の五感でつぼみから散るまでの移ろいを楽しいむものでなく、マスコミの誘いに乗って季節感を味わっている様だ。昔から「花より団子」と言われていたから、花そのものよりも春を迎えた心の高揚の方が大きいのであろう。

 ソメイヨシノは江戸中期から一般化したとされるが、一斉に咲く、一斉に散る、この点が特に愛でられている。農耕民族である日本人の思考によくあったのであろう。一気に全国に広がった。
 桜ほど日本人から様々な思念やイデオロギーを託された花はない。かつて東大教授で国家主義的な某学者は、「二つの花より一枝の花、一枝よりは一樹、一樹よりは全山の花の集合体が美しい」と述べている。これは日本民族の考え方が、個人よりも団体的活動にあるのをうまく表現している。桜には不要な精神性を託された、忌むべき過去もある。それを考えずして私は桜を見ることはできない。
 新潟大学の合格電報は「サクラサク」の五文字であった。当時はなんで桜なのか考えもしなかった。

 「万葉集」の中に桜を詠んだ歌が四十余首あると言うが、私は一句しか知らない。「山峡(やまがい)に咲ける桜をただ一目 君に見せてば何をか思はむ」には、静かにじっくりと桜を鑑賞する雰囲気が読み取れる。
 この時代、ソメイヨシノはまだなく、山桜が色々な表情を見せてくれていたのであろう。
 私が住む近くには天徳寺、平和公園の丘陵があるが、いまは山桜が楽しめる。山桜は花にも葉の色にも個体差があり、それぞれに楽しめる。ソメイヨシノとは違った趣を感じ取る。

 桜が散った。私にとっての今年の夏到来は本日5月1日からとしよう。
 私の夏、今年も太陽を十分に浴びて過ごしたいものである。


4/30(日) 快晴 GW2日目 腰痛五日目
 1:00起床。腰痛五日目なるも起居よりも深呼吸、咳などの際まだ辛い。文献整理,新聞チェックなど。午前はネコ室掃除、換毛期なのか毛が多い。掃除機収容ボックス強化取っ手つける。NHKのど自慢後
午後微睡若干、自室にて文献整理,データ整理など。自室にてBR disk:「読響定期:ペトリューシュカ、他」、「昭和は輝いていた:ピン芸人」。持参の人間ドック判定処理。19:00夕食、20:30就寝。 歩行計4804歩のみ。快晴なるも寒い。玄関から一歩も出ず。

時間について2017(6) 徒然草から学ぶ(5) (108段) 寸陰惜しむ人
 徒然草からはいつ読んでも新しい発見がどこかにある。
 今回は108段「時間について」。今の私は反兼好的な考えである。
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(108段)
 寸陰惜しむ人なし。これよく知れるか、愚かなるか。
 愚かにして怠る人のために言はば、一銭軽しといへども、是をかさぬれば、貧しき人を富める人となす。されば、商人の一銭を惜しむ心、切なり。刹那覚えずといへども、これを運びてやまざれば、命を終ふる期、忽ちに至る。
 されば、道人は、遠く日月を惜しむべからず。ただ今の一念、むなしく過ぐる事を惜しむべし。もし人来りて、我が命、明日は必ず失はるべしと告げ知らせたらんに、今日の暮るるあひだ、何事をか頼み、何事をか営まん、我等が生ける今日の日、なんぞその時節にことならん。
 一日のうちに、飲食・便利・睡眠・言語・行歩、やむ事をえずして、多くの時を失ふ。その余りの暇幾ばくならぬうちに、無益の事をなし、無益の事を言ひ、無益の事を思惟して時を移すのみならず、日を消し、月をわたりて、一生を送る、尤も愚かなり。
 (中略)光陰何のためにか惜しむとならば、内に思慮なく、外に世事なくして、止まん人は止み、修せん人は修せよとなり。
――――――――――――――――――――――――――
 (私の意訳)
 一瞬の時間を惜しむ人は少ない。物事をわかっているからか、愚かだからなのか。
 愚か者に言うと、一銭は軽いが重ねれば、貧者を富める人にできる。商人が一銭を惜しむ心は、切実なのだ。
 短い時間を軽視していると、命を終える時がたちまち来る。
 仏教の修行をする人は、修行にかける長い時間を惜しむべきでない。ただ、この一瞬はを惜しむべきだ。もし、人が来て、自分の命は明日まで、と告げらせたなら、今日一日が暮れるまでの間、何事をするだろう。我々が生きている今日という一日は、明日死ぬといわれた後の一日と何か違うことがあるだろうか。
 一日のうちに、飲食・排便・睡眠・会話・歩行など、やむを得ないことで多くの時を失う。余りの時間が乏しくなったなら、無益な事をなし、無益な事を言い、無益な事を考えて時を過ごすことは、一日を浪費し、一月を浪費し、一生を浪費する。まったく愚かである。
 ほんの短い間でも、一瞬という短い時間を惜しむ心が無ければ死人と同じ。一瞬を何のために惜しむかといえば、雑念を無くし、俗世間と交わりを断ち、悪を止め、善を行え。
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(語句)
■飲食おんじき:仏語、飲食。■便利:仏語、大便・小便。■風雲の思ひ:立身出世を願う。

(メモ)
 いやはや、お堅い考えである。
 兼好だけではない、道元の正法眼蔵に「この一日の身命は、尊ぶべき身命なり。一日をいたずらにつかふことなかれ・・・」、とある。

 私も昨年までは同じように考えていたが、今の私にとっては「むなしく過ぐる」時間などは一瞬すらも無い。何も考えずに呼吸しているからといって「むなしく呼吸してます」、と言うべきだろうか。呼吸無くして人生そのものが無くなるのだから。


4/29(土)昭和の日 晴れやや寒い  GW初日 腰痛四日目
0:00起床、腰痛は若干軽減か。文献検索、録音データ処理その他。可燃ごみは少なく次週に。北朝鮮ミサイル打ち上げるも失敗。午前はネコタワー修理、2F和室のすだれ、網戸、障子の修理などなど。自室掃除、掃除機収納ボックス補強。午後はクリーニング店に洗濯物、自室にてBR diskで音楽視聴:「N響定期、数回分」、「ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団来日公演 マーラー」。夕方、次男一家来襲。19:30夕食、20:30就寝。歩行計7171歩数。

北朝鮮2017(5) 中国がにぎる鍵 中国はなぜ北朝鮮を擁護するのか
 今回の北朝鮮を巡る米国との過緊張状態は一発触発の危険を孕む。

 しかしながら、米国、トランプといえ、すぐに武力行使はできない。北朝鮮国内に張り巡らした軍事拠点を一斉に攻撃する必要があるが実効性は疑わしい。そうなれば、韓国や我が国にも甚大な被害が及ぶだろう。韓国には28.000人余、我が国には49.000人余の米軍が駐留していて、攻撃の標的になりうる。

 局面打開のカギを握るのは中国である。
 03年1月に北朝鮮が核不振散条約から脱退を宣言し、核問題が持ち上った。3月にブッシュ米政権が、「単独で」でイラクを攻撃したが、それに衝撃を受けた中国が仲介に乗り出し、米中朝の3者協議をへて、8月に6者協議が始まった。

 最近、北朝鮮の勝手な振る舞いに対して、中国は若干発想を変えたとはいえ両国はまだホットな状況にある。今年2月には北朝鮮産の石炭の輸入を全面的に停止するなど、経済制裁にやっと重い腰を上げた。北朝鮮への原油供給を止める動きもある。

 北朝鮮問題は中国が鍵を握るのは明らかである。
 いや、それ以上に北朝鮮をここまでのさばらせた要因の一つが、オバマによるだんまり戦術であり、国連安保理決議の経済政策実践に非協力的であった中国でもあるから、両国ともに大きな責任がある。

 中国が米朝対話を仲介する動きを期待したい。トランプも振り上げた拳を下ろすために、中国の動きに期待している。

 ところで、中国と北朝鮮の関係はどうなっているんだろうか。
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 中国・北朝鮮関係の歴史をさかのぼれぱ、中国は1950〜53年の朝鮮戦争で同じ社会主義国の隣国である北朝鮮が苦境に陥ったため「人民志願軍』を送り、ともに韓国・米軍中心の「国連軍」と戦った。結果は優勢な状態であった。
 両国間は「血で結ぱれた同盟」とされ、61年には「中朝友好協力相互援助条約」を締結した。戦争の際には、直ちに軍事その他の援助をする「自動介入条項」もある。しかし、92年に中国と韓国が国交を樹立したことで、中国が朝鮮半島の紛争に北朝鮮を即座に援護して介入する可能性は低くなった。

 金正恩は11年に権力を継いでから中国をおとづれたことはなく、関係は冷えている。


 中国は地理的に緩衝地帯である北朝鮮を崩壊させることは絶対にない。
 中国は、核実験に際して北朝鮮を強批判する一方、米国や日本、韓国などには冷静に対処し、話し合いで解決せよという立場を繰り返している。
 今回のG20外相会議でも同様の姿勢をとった。
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 北朝鮮は武力介入はないと踏んでミサイルや核実験を繰り返し米国を威嚇し続けている。これは危険である。

 中朝関係が冷え込めば、北朝鮮は、天然ガスなど資源が豊かなロシアとの関係強化に乗り出す。安保理決議の経済制裁の新しい抜け穴となりうる。
 韓国大統領選挙は、文氏が有力とされている。文氏は朝鮮半島の安全保障に関し、韓国が中心になって北朝鮮に直接働きかけるとの意向であるからなんらかの進展が見られるかもしれない。


4/28(金)快晴 大曲診療応援 飯川病院ボランティア 腰痛三日目  
0:00起床、文献検索、録音データ処理その他。5:00可燃ゴミ提出。7:35Taxi飯川病院経由秋田駅。8:10こまち、腰痛のために駅病院徒歩不可、9:00-12:15大曲中通病院外来。13:30-18:55飯川病院ボランティア。BRながら視聴:「携帯の30年」後半、「林修今でしょ講座:人間の脳について」。19:00Taxi寿司店経由帰宅、夕食、21:00就眠。歩数計5124歩、腰痛にて歩けず。

北朝鮮2017(4) 驚くべき北朝鮮軍事力
 韓国と北朝鮮が朝鮮半島の主権を巡り争った戦争が「朝鮮戦争」である。北朝鮮が38度線を越えて侵攻し開戦。中国と北朝鮮の「連合軍」と韓国と「米軍を中心とした国連軍」の戦いは、前者の優位な戦況が続いた。マッカーサーは原爆投下もトルーマン大統領に提言した。返事はマッカーサーの更迭であった。トルーマンは広島・長崎への原爆投下を深く反省していたのだろう。

 結局、3年間に及ぶ朝鮮戦争は、「朝鮮戦争休戦協定」に署名し休戦した。だから、北朝鮮と韓国は未だに戦争状態が続いている。
 北朝鮮が未だにアメリカに敵意を見せているのは、これが原因と思われる。北朝鮮と米国との間には国交もない。

 この間、朝鮮半島情勢を巡っては、軍拡の中国、世界一の米国、力を蓄えた韓国、米国の同盟を背景にした日本が、各々の国の思惑で緊張感を高めている。

 米国のトランプ政権は北朝鮮の身勝手な振る舞いに関して、これ以上容認できないと表明し両国間で緊張が高まっている。どのように解決を図るのか、今のところ見えない。

 北朝鮮は核を放棄する動きは全く見えない。
 米国攻撃を視野に入れて準備していると言うから、いずれ米朝が衝突する可能性は否定できない。北朝鮮は核弾頭の標準化のためにさらなる実験が必要とみられる。
 6度目となる核実験を強行した場合、米国は軍事行動も辞さない構えでいる。

 先日25日に創建85周年を迎えた。当日はミサイル発射はなかった。

 北朝鮮軍の軍備の脅威は何なのか。ブリタニカなどで調べてみた。
 北朝鮮の軍備は決して侮れないレベルにあると思われる。 

 北朝鮮は経済が崩壊した1990年代から、通常兵器の整備増強を事実上断念したようであるが、敵の防御の弱い部分などを狙う作戦の準備に力を注いできた。
 また、一方で大量破壊兵器の開発を通じて、米国や近隣諸国に脅威を与えている。

@核や生物化学兵器などの大量破壊兵器の開発と保持。
Aゲリラ特殊部隊
Bソウルなど韓国各都市を破壊する長距離砲 

 かつては北朝鮮は「犬の遠吠え的」に米国に脅しをかけていたが、最近は米国も具体的危険を察知している。

 要するに、小さなサソリが強力な毒針を要してその存在感を提示しているようなものである。

 北朝鮮の脅威は脱北者の証言、韓国の軍事白書などから以下のように纏められよう。
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 @1 北朝鮮は兵器用プルトニウムを50Kg以上保有?? 近い将来、計50個の核爆弾を保有できる、との指摘もある。
 化学兵器や生物兵器も保有する。

 @2 弾道ミサイル1000発以上保有。
 そのうち、主に韓国を攻撃する短距離のスカッド。約200発は射程1300Kmのノドンで日本と在日米軍を攻撃できる。約40発のムスダンは射程は3000Kmでグアムの米軍を想定する。さらに、米国本土を意識した、核弾頭を載せられる大陸間弾道弾を開発中。

 @3 特殊作戦部隊
 計20万人の部隊とされる。1人で一般兵士5-6人に相当する力があるとされ、7-8人で1戦闘単位を構成する。有事の際、敵国に侵入し、市民生活を混乱に陥れるための訓練を続けている。

 @4 長距離砲を計1000門程度保有。うち、南北軍事境界線沿いに300-500門が配備している。これらは1時間で6-7000発以上をソウルに向けて発射できる。


4/27(木)快晴 外来 飯川病院 腰痛二日目
 0:00起床。腰痛悪化傾向。文献チェックその他いつもの如し。録音画像データ処理。8:00家内に同乗病院。8:45-14:00外来、混雑と腰痛で疲弊、ドックの判定できず。14:15-19:00飯川病院。入院患者対応。他は横になって過ごす。19:30帰宅・夕食、20:30就寝。BR diskながら視聴:なし。Σ5126歩。

腰痛2017 腰痛二日目 外来の看護師は気づくかな??
 昨日起床時からかなりの腰痛が生じている。原因は不明である。異常な姿勢で寝たのだろうか?

 歩行はもとより、会話、深呼吸、欠伸、しゃっくり、くしゃみをしても、蕎麦をすすっても腰にくる。ベットからの起床は極めて困難、そろそろと体をベットのヘリに移動して足を下ろしてからゆっくり立ち上がる。昨日はバスで病院に行ったが、本日は歩行も辛いから家内の出勤のプリウスに同乗した。乗り降りも辛い。

 私の腰痛歴は大学時代にさかのぼる。
 1965年、大学の医進過程の体育で腰の屈伸運動で痛めた時から、時折、年に何回か、不用意な姿勢を長時間とったとき、重いものを持ち上げた時、テニスの時、園芸で中腰になった時などに発症し、一週間ほど続く様になった。50年にもわたる経験だから慣れている。ひたすら耐えるだけである。2015年8月崖から滑落して腰部を強く打った。この時は一月ほど腰痛が続いた。この時もかなり辛かったが薬物などは一切用いない。

 薬物を一切用いない、は嘘である。2005年に一回だけ腰部ヘルニアの疼痛に座薬を用いたことがある。痛みは消え、地獄から天国にワープしたかと思われる様な快感を得た。座薬の効果に驚いた。逆に、薬効の強さに恐ろしさも感じた。その後は一切使っていない。
 私は疼痛に耐えるのが好きな様だ。

 過去の話であるが、2007年、私は膀胱憩室と膀胱頸部硬化症の手術を受けた。ヘソ下から7cmほどの傷がある。手術後、硬膜外麻酔テューブは主治医の配慮で翌日抜去となったが、抜去後強い下腹部痛が襲ってきた。体動時の痛みはそれこそ地獄の痛みであった。看護師達は座薬等の鎮痛剤の使用を勧めてくれたが、私は自身の対疼痛忍耐力を試してみることにした。結局、鎮痛剤を一度も用いないで済んだ。この術後疼痛に耐えたことは私の自信と誇りにもなった。
 この話を時に披露するが、バカな試みと後日笑われた。

 本日の外来はGW前であることもあって予約数が多く、4時間以上かかると推定され、大変さが予想された。
 私は腰痛に耐えている姿を診療介助のスタッフにどこまで隠せるのだろうかを試してみようと考え、可能な限り通常に振る舞ってみた。会話も辛い状態であったが、外来終了時に「私の様子に何か異常を感じなかったか??」と問うてみたところ、「気がつかなかった」とのことであった。平常な姿を演じ切ったことになるが、無理したせいか夕方から夜間にかけての疼痛が一層増した。
 バカな試みと家内に笑われた。私もそう思った。

 自分の腰痛を受け入れ、半分遊びに転化している私は能天気でもあるが、これも一過性の痛みと予想できるからである。もし、ガンに罹患して激しい疼痛が襲ってくる様な状況なら耐え抜く自信はない。


4/26(水) 終日降雨 飯川病院ボランティア 腰痛発症
 1:00起床。新聞・文献・録音データ処理,いつものごとく。早朝から腰痛、原因不明。10:30コメリ一輪車ノンパンクタイヤ、木工用ボンド購入。12:50バス、13:20飯川病院ボランティア。院長ゾンた関連で買い物外出15:00-18:30。微睡。録音画像データ処理。BR diskながら視聴:「林修関連、初耳シリーズ3本」、「携帯30年」。19:00帰宅・夕食。20:30就寝。腰痛悪化。Σ5768Km。

時間について2017(4) 時間の平等性と非平等性 でも、明日は来る  
 自分の体内時計のリズム、テンポが遅くなると、私はこれを生物学的テンポ、と思っているのだが、自然界のテンポは悠久であり不変であるから自分が遅れてしまうことになる。その結果、「おおい、時間よ待ってくれ、なんでそんなに急ぐのだ」ということになる。これが高齢者が例外なく??感じる「年齢とともに時間が早く過ぎる」ルーツである(と思う)。

 歳をとったら時間がゆっくり流れてもよさそうに思うが、実際は逆である。高齢になると早朝覚醒が多くなるのは体内リズムの狂いで説明できるかもしれない。

 年寄りは時間が早く経過するから、待つ事に我慢強くなるはずである。しかし、外来などで待ち時間が長くなると騒ぎ出すのは決まって高齢者である。15分程度の遅れなのに1時間も待ちました、という。
 年寄りの短気は、決して時間の問題だけでは説明できない。瞬時の変化に対応できなくなっているからでもある。高齢のドライバーはブレーキとアクセルを踏みまちがえた、というが、その思いがけない車の動きに驚き自身がフリーズして対応できないために生じていると思う。構造的に見て、若いドライバーでも踏み間違いは起こっているだろうが、瞬時に対応できている。瞬間的な時間感覚を含めて高齢者は余裕が乏しくなっている。「もう少しお待ちください」、と説明しても5分もすれば「まだですか・・」である。

 個々人によって時間感覚は異なっていくとはいえ、時間は誰にとっても平等に経過していく。この点は素晴らしい。人間にとってこの世の中は不平等で不公平に満ちているの
だが、時間だけは誰にとっても平等である。それが万人に気づかれていないだけ。太陽光、月光、空気なども同様である。

  法然上人の「月影の いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ」といった名句がある。私は、月の光も時間も誰にでも平等なのだが、そのありがたさに気づくか否かで人生に及ぼす意味が異なってくる、と解釈する。これは重要なことである。時間について関心と興味を持っている私は恵まれている。

 ただ、平等なはずの時間には決定的な不公平も備わっている。それは死をもって時間が途切れる、ということである。

 逆に、時間の一番いいところは、一度に一日ずつでしかないが、生きている限り確実に朝がやってくる、ということ。こんな贅沢な、幸せなことはない。

 数年前までは、「時間は大切だ、浪費している暇などない、有意義に使おう・・・」と書いて前向きの姿勢で小文の締めにするのであるが、今は違う。今は「時間は大切だ、時の流れに身を任せ、ゆったりと使おう・・・」、と閉める。

 私も長い人生を経て、確実に進化している。


4/25(火)快晴 外来 飯川病院 
 0:00起床。新聞・文献・録音データ処理,いつものごとく。5:00可燃ごみ2袋
提出、ネコ給餌、6:30-7:35徒歩飯川病院着、8:45-12:00外来、飯川病院へ、微睡、14:00-19:00勤務。19:30帰宅・夕食、20:30就眠。BR disk視聴なし。12371歩。

時間について2017(3) 加齢とともに時間の推移が速くなる??いんや、自分が鈍くなった証だよ
 秋田市内の桜が満開である。しかも間も無くGWをひかえている。「ちょっと前、年賀状が話題になっていたが、もうあれから5ケ月近くも過ぎたか!!!」である。もっとも、私は数年前から賀状をやめてしまった。

 「このごろ時間が過ぎるのが早い」と嘆くのは、われわれ高齢者の常である。年齢が重なるとともに徐々に時間が過ぎるのが早くなる、と感じる。この法則は「ポール・ジャネの法則」と言われている。

 何故、私たちは年を取れば取るほど、時間の流れを早く感じるのか?

 この法則では「心理的な時間の長さは、これまで生きてきた年数の逆数に比例する」とまとめている。すなわち、同じ1年でも、70歳のいまの私が感じる時間の長さは20歳の頃に感じた時間と比べると、70分の1対20分の1で、3.5倍も短く感じられる、すなわち時間が過ぎるスピードが速い、ということ。ポール・ジャネはフランス出身の哲学者、作家である。私は、そんな数字上の法則性ない、と思っている。
 哲学者はなんでも難しく考えるものだ、と思う。

 ある心理学者は、年齢ともに記憶に残るような新しい体験が少なくなり、日常の繰り返しは手慣れた日常行為の繰り返しになる。そのために脳に書き込まれる情報が減ることで、時間の経過を短く感じるようになる、と言っている。脳に書き込まれる情報とは、新しい体験の記憶である。要するに、この心理学者は高齢者は新しいことにチャレンジしないから時間が過ぎるのが早く感じるのであり、いろんなことに挑戦することが、時の流れを遅くする方法の一つと言っている。私は、そんな理屈は成り立たない、と思っている。時間の経過の早さを最も敏感に自覚する人は活動性の高い人たちである。
 心理学者はなんでも難しく考えるものだ、と思う。

 私はそんな難しいことは考えない。
 単純に、体内時計のリズムが老化とともに狂い始めているため、と思う。体内リズムがどのようにして恒常性を保っているか、私は不勉強にして知らない。なんらかの遺伝子によって制御されているとの考え方があるようだ。

 脳の働きも、身体の動きも歳とともに鈍くなっている。例えば、呼吸数も脈拍数も減少してくる。歩行や行動も若い頃より遅くなっている。私の場合、徒歩通勤は同じコースを年間を通じて一定の速度で歩いているつもりであるが、3年前は60分を擁したコースが、現在は平均6分ほど長くかかっている。これを体力の低下という面で説明する向きもあるが、私はそうではないと思う。体内時計のリズムが、多くの身体的因子を通じて遅い方に狂って来ているため、私の歩行リズム自体が遅くなっているからだと思う。
 
 別な例として、高齢に達した指揮者の演奏は若い時の録音と比較してみれば、まず例外なくテンポがゆっくりになっている。これを多くの愛好家は枯淡の域に達したと一層高く評価していることが多いが、私から見ると単なる老化現象と思う。ちなみに、私は還暦の頃から医師として近代医療に携わるべきでないと思い、専門医領域からも早々に退いたが、還暦を迎えた指揮者が、表現の限界を迎えたから、と言って引退したのを聞いたことがない。高齢指揮者は高音域の聴覚の衰えも著しいはずであるが、自覚していない、だろうね、多分。

 時間について考えるのは楽しい


4/24(月)快晴 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:30起床。新聞・文献・録音データ処理,いつものごとく。7:10徒歩飯川病院、
9:00-11:00健康クリニックドック、11:20医局経由で飯川病院、一時微睡、14:00-18:40勤務、花壇に花を植え、散水。19:00車帰宅・夕食、20:20就眠。BR disk視聴:「団塊スタイル:男の料理」。歩数Σ10247歩。

北朝鮮2017(3) そもそも米・北朝鮮関係とはなんなのか
 そもそも米・北朝鮮関係とはなんなのか??なぜ北は米国をこれほど敵視するのか??

 朝鮮半島の歴史に関する本を読んでみてもなかなか理解できない。米・北朝鮮関係は複雑な過程をたどっていることはわかるが、北朝鮮の対米への憎悪は、なんでこれほど強いのか、私はまだ理解できていない。

 私が勉強した範囲ではこれまで米・北朝鮮はホットな関係になったことは一度もない。米・北朝鮮間には現在も正式な国交がなく、米国の領事の職務はスウェーデンが代理をしている。

 第二次世界大戦前の米・北朝鮮間の問題はよく分からない。ほとんど関与していなかったのではないか。

 1945年の第二次世界大戦終結後、連合国は暫定的に朝鮮を38度線で分断した。南は朝鮮米陸軍司令部にって、北側はソビエト連邦の軍事政権が主導していた。
 この時代、北側は米国を日本の帝国主義の後継者と否定的に捉え、公然と非難した。

 1948年8月15日の李承晩大統領による大韓民国建国、同1948年9月9日に金日成首相は朝鮮民主主義人民共和国の建国を宣言した。ソビエト連邦は北朝鮮を承認したが、米国は外交的に現在も承認していない。
 米・北朝鮮の関係は1950年からの朝鮮戦争から変化した。

 1958年から1991年まで、米国は北朝鮮を射程に入れた核兵器を持っていた、という。
 北朝鮮は1985年に核拡散防止条約に非核所有国として加盟し、1990年には南北朝鮮による対話が開始され、1992年両国は朝鮮半島の非核化に関する共同宣言を発表した。

 1993年、米国の衛星写真によって北朝鮮の核開発疑惑が浮上し、金日成は北朝鮮の核拡散防止条約からの脱退を発表した。その後、米・北朝鮮間では核をめぐって合意と破棄の歴史を繰り返している。

 1998年5月、米国は核関連と思われる地下施設を発見した。
 2002年のブッシュ大統領の一般教書演説で北朝鮮を「悪の枢軸」と非難すると、米朝関係の緊張は頂点に達した。北朝鮮はプルトニウム関連の核施設の凍結を解除し、核拡散防止条約から脱退し、核兵器製造目的で使用済み燃料からプルトニウムを抽出する再処理を再開した。
 北朝鮮はこれらの行為は米国の脅威と米国の「敵対政策」に対する抑止力を持つためであると主張した。

 ブッシュ政権は二国間の対話には一貫して反対し続けた。その後作られた米国、南北朝鮮、日本、中国、ロシアによる六者会合で一定の合意が得られ、2007年3月19日、米国は北朝鮮資産の凍結を解除し、ブッシュ政権はこれに応え、テロ支援国家リストから削除した。

 しかしながら、2008年8月下旬、北朝鮮は核施設の稼動を再開、施設の稼動を本格化させ、寧辺原子力施設の復活をアピールしている。

 2009年5月25日、北朝鮮が2006年以来となる核実験を行うと、米朝関係はさらに悪化した。核実験は地下で行われ、そのエネルギーは広島型原爆の威力に比肩されうるものだった。
 米国はその後に行われた短距離ミサイルの実験についても強く非難した。

 オバマ大統領はだんまり戦術をとり、この間北朝鮮の軍事的威力は増大した。トランプ大統領はこれまでの対応は間違いだったとし、軍事的圧迫を加えている。
 これで北朝鮮をめぐる米国との関係は緊張度を増している。

 あくまでも外交で解決すべきだが、トランプ大統領の意図はわからない。我が国は同盟国として米軍基地を多数置いている。一発触発はないと思うが、我が国は安穏としていられない状況に至っている。


4/23(日)晴午後快晴 寒い  
1:45起床。新聞・文献・録音データ処理,いつものごとく。午前は徒然、画像データ処理読書。NHKのど自慢のち微睡。ほとんど仕事せずに文献、読書。BR視聴;「題名のない音楽会:ブリテン」、「らららクラシック:英雄」、「N響定期3回分:スペイン音楽、イタリア音楽など」。20:30家内帰宅、夕食。21:30就眠。歩数Σ3215歩、自宅から一歩も出ず最低に近い歩数となった。

北朝鮮2017(2) 確実なミサイル防衛は困難 発射させないよう努力を
 北朝鮮は2016年内に23発(?)のミサイルをうちあげた。
 一連のミサイル発射については各国が非難声明を出している。聞く耳を持たない相手とは言え、自らが国際的にどんな立場にあるのかを考えるさせる力にはなるだろう。

 4月5日、米中首脳会談の直前に北朝鮮はミサイルを一発発射した。飛行距離は短く日本海に落下したとされる。
 米国を刺激しないよう、射程をわざと短くとった?との見方もある。金正恩がそんな配慮をするとは思えない。技術的に失敗した?私はそういう印象を持つ。現在、米中韓で分析中、と言われるがその結果は明らかになっていない。

 トランプ政権はオバマ時代とは異なり、強い米国を志向している。場合によっては武力行使も否定しないという。北朝鮮として米中首脳会談の前に、ある種のシグナルは送りたい、北朝鮮側は自国に新たな制裁をしないように、ミサイルを撃つことで米中に圧力をかける意図はあったと思われる。 

 北朝鮮のミサイル能力の現状であるが、2016年1月から10月までの間に23発打ち上げている。
 移動車輌から打ち上げる技術、潜水艦から打ち上げる固体燃料のSLBMはあらかじめ予知困難と言われる。最近はかなり正確に着弾させている様である。核弾頭とかVX弾頭装着なども装着可能になったことも推定され、近隣国として脅威が一般論から各論になった。

 北朝鮮は場合によっては在日米軍基地を目標にする、と公言している。現在、ミサイルが日本に向かって来たら、どうなるのか? 大気圏を飛んでくる段階ではイージス艦で迎撃する。高高度から大気圏に再突入して来たときにはパック3で迎撃する。これらの迎撃能力は機密事項で明らかにされていないが、100発100中ではないらしい。

 多数のミサイルが特定の目標に同時に進んでいるときにはこれらのシステムでは迎撃困難である。3月6日はほぼ同時に4発発射し、北朝鮮は技術力を見せつけた。

 米副大統領訪韓直前の4月16日にもミサイル一発発射したが、直後爆発し失敗した。

 困った国である。


4/22(土)曇り 寒い
0:30起床。新聞・文献・録音データ処理。読書中心。早朝から終日軽度腹痛あり。自炊若干。読書、午前はネコ世話、午後は微睡後ネコ室掃除。文献的考察、蓄積データ整理など。19:00夕食、20:30就眠。 BRながら視聴なし、我が家から一歩も出ず、歩数計6651歩。

北朝鮮2017(1) ミサイルと核開発 思う以上に関係は緊迫化している
 北朝鮮は2016年内に23発(?)のミサイルをうちあげた。
 一連のミサイル発射については各国が非難声明を出している。聞く耳を持たない相手とは言え、自らが国際的にどんな立場にあるのか考える糧にはなるだろう。

 国連安保理は、北朝鮮のミサイル発射に対して非難決議、経済制裁強化決議を出しているがその効果はどうだったのだろうか。今回もミサイル発射を実行したあたり、あまり経済制裁は効果は無かったように思う。多分、中国とかシリアとかを通じて抜け穴があるのだろう。

 ただ、米中首脳会談を通じ、アメリカの要請を受けて中国が石炭の禁輸をとったようだ。これからは実質的に効果が現れるかもしれない。北朝鮮の国営メディアは、名指しはしなかったものの中国の方針変換を非難した。比較的良い関係を保って来た中国を北朝鮮が非難するのは異例のことである。

 現在保有しているミサイルは射程は米中西部まで届く可能性があると言うし、わが国が射程に入る中距離弾道ミサイルのノドンも大量に保有していると言う。しかし、これらの攻撃兵器は実際には使用は出来るはずがない。もし、これが攻撃の用途に用いられたとき、あるいはそれなりの緊迫のある状況を作った場合には、もはや対話ではなくなる。国の体制が崩壊する覚悟が必要である。その場合には、わが国も相当の覚悟が必要となる。安穏としてはいられない。政府はミサイル着弾時の注意を国民に呼びかけた。

 4月5日、弾道ミサイル一発打ち上げた。日中首脳会談を意識したもの、と言われている。型式は北極星2型?と思われる。これは、潜水艦発射型SLBMを地上型に改良したもので、燃料は個体、まずガスで打ち上げ、次いで主燃料に点火するコールドランチ型ミサイルと言われる複雑な工程を要するもので、技術の進化を読み取ることができる。
 2月12日のミサイルは約500Km飛行したとされるが、今回のは189Kmまで上昇、飛距離は60Kmであった。

 射程は米国を刺激しないよう、わざと短くとった?との見方もある。


4/21 (金) 快晴 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 院長学会出張 
 1:00起床、メール返事、新聞・文献自炊。7:35Taxi飯川病院経由秋田駅。8:10こまち、駅病院徒歩、9:10-12:15大曲中通病院外来。13:30-18:55飯川病院ボランティア、14:00こまち院長消化器病学会に。玄関脇に花を植えた。BRながら視聴:「知恵泉:由利公正」、「アナザーストーリーズ:日本国憲法」、19:00Taxi書店経由帰宅、夕食、21:00就眠。歩数計8011Km。

ネコ談義2017(3) 逃走防止 園芸用ラティスの応用
 「ちいさい方」と4匹の子供達「てつ」、「雪音」、「グリフィス」、「しまじ」は超いたずら好き。それに運動能力も半端でない。

 1日一回は居間に入れて運動などさせる。風除室は4面がガラス製なので真夏は熱暑、冬季間はとても寒い。対策はしているがそんな時にも居間に避難させる。

 彼らは風除室の備品の内で破壊できるものは破壊し尽くしたが、居間の中は彼らにとって楽しみグッズばかりだから嬉々として入ってくる。
 網戸は登る、カーテンも登る、棚の上はどこでも上がってしまう。棚の上の物を落とす、コンセントも抜く、などなど・・・。その度ごとに私は対策を考える。

 まず対策が必要であったのが、台所への侵入対策、居間からの逃走防止、玄関から外への逃走防止である。前者についてはまだ自宅内だからなんとかなるが、外に逃走した場合は近所に迷惑をかける。石が飛んでくることがあるからネコにとっても危険である。

(園芸用のラティス)
 ネコの逃亡防止用には園芸用のラティスを応用した。高級感はないが、視認性、通気性がよく、構造的に丈夫、しかも軽量である。これに滑車をつけて引き戸にし、本来のドアと併用している。

 (<img src="http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/c0/67c5ea0fdd9d2d5ec119b738cdf65f74.jpg" border="0">)

 都合3ヶ所に装着したが、これは正解であった。ネコどもはこれにも登ったりして遊んでいるが、さすがに開けられない。台所の食品の安全が守られたのは大きい。

(ネコよけイボイボ、Don't cat)
 本来、蚊除け、虫除けのための網戸は構造的に決して丈夫なものでない。風除室には風通しを良くするために8枚の網戸が用いられている。これが2014年の夏、まだ生後3ケ月ほどの子ネコにことごとく破られた。何しろガラス面とことなり爪がかかるから登のは自由で暇さえあれば網戸にへばりついていた。
 翌年の春、業者にお願いして全面張り替えた。その時はネコ対策としてステンレス製の網戸にした。これでかなり丈夫になったが我が家のネコどもは体重も、パワーも格段に大きくなりやはり補強が必要であった。破られた2面は私が張り替えた。ネコたちのおかげで網戸張り替えの技術が身についた。
 補強としてはネコのぶら下がりを防止するためにネコよけイボイボ、Don't catを網戸に貼り付けた。これで網戸の被害はなくなった。最も子ネコたちが好んで張り付いた一面は全面に貼り付けた。

 (<img src="http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/36/d224b18f4eb0d2416eee7849e1a62198.jpg" border="0">)
 (私はDon't catが嫌いよ、とソッポを向くプチ)

 (<img src="http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/24/4141bceeef76418ecb446cd81bec72bd.jpg" border="0">)
 (全面Don't catの一面。一部貼られた別な面)
 
 このDon't catは上がられて困る棚の上にも敷いてあり、いたずらされて困る物品の安全を守っている。これでネコ被害は大幅に減った。

 私と子ネコたちのバトルはまだまだ続く。


4/20(木)晴れ 外来+ドック判定総括 飯川病院 
 1:10起床、書類PDF化、文献読みなど数件。7:20徒歩飯川病院着。8:45-12:40中通病院外来+ドック判定総括。13:00-18:30飯川病院。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。歩行計9628歩。BRながら視聴:「ヒストリア:ヒーローはこんな人だった」、「ありえへん世界」、「サイエンスゼロ:シリーズ原発事故No16」。通勤路の桜は満開近い、千秋公園は未開。

ネコ談義2017(2) 現在2匹+5匹と同居中 毎日てんやわんや
 毎年この時期になるとネコどもとの生活についてまとめてみたくなる。私にとって冬から春にかけてがネコとの関係が変わる時期であるようだ。そのことと潜在的に関連しているような気がする。

 我が家、というか、私のネコ歴は以下である。
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 初代のメスネコ「タロ」と私の感動的な別れは1964年5月だった。
 2匹目のメスネコ「ナンナン」を家に招き入れたのは厳冬の2月で、死去したのは2010年5月。
 3匹目のメスネコ「ユウ」が横浜から搬送されてきたのが2006年3月。
 4匹目のメスネコ「ミーシャ」は春に大きなエピドードを持たない。
 5匹目の1歳のメスネコ「プチ」を見かねて家に招き入れたのは2014年3月。
 母親「ちいさい方と5匹の子供達」をまとめて風除室に保護したのは2014年5月末。この日を機会に我が家は猫屋敷になった。
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 上記のうち「タロ」、「ナンナン」、「ミーシャ」は死んだから、現在我が家では「ユウ」と「プチ」が飼われている。「ユウ」はいまなお元気であるが、時折エサを食べに帰ってくるだけで私どもとホットな交流はない。それ分、「プチ」が私の寵愛を一身に集めている。

 実際には「ちいさい方と4匹の子供達」は「プチ」と分け隔てなく扱っているつもりだが、このネコ一家は我が家にはまだ正式な籍はない。今もなお保護ネコの身分で、住まいは風除室である。なお、「5匹の子供達」のうちの1匹は里子に出された。時に様子を見ることがあるが、とても幸せそうに暮らしている。
 「ちいさい方」は「プチ」の母親でもある。
 4匹の子供達は「てつ」、「雪音」、「グリフィス」、「しまじ」である。我が家のネコどもの画像はインスタグラムに掲載している。
(福田光之のインスタグラム)

 「ユウ」は家の中には居着かない。「プチ」はマル一年ノラ猫として過ごしたが、性格が大人しくほとんど悪戯することもなく、私どもが食べる食品を不用意に出しておいても荒らすこともなく、特にネコ対策は必要がなかった。

 ところが、「ちいさい方と4匹の子供達」は活動性が高く、暴力的でもあって、風除室を破壊されないように、居間を守るために、対ネコ悪戯対策が、それも半端でなく必要であった。
 この2年、私の生活のかなりの時間がネコ対策、ネコ世話のために費やされている。1?2歳のネコどもと知恵比べの日々であるが、いまのところ私の方が優位に立っている。 


4/19(水) 暴風雨 早朝飯川病院ボランティア 強風のためか停電
 1:00起床、新聞・文献読み、徒然。自炊本読み。画像データ処理。午前6:45レガシーで飯川病院に。7:00~10:00当直医の補助ボランティア、コメリ、椅子の車輪、ステンレス板購入。10:30帰宅。12:30強風のためか停電、やることもないのでふて寝。14:30頃電気復帰。ロボット掃除機用バリア作成など。19:00夕食、20:30就眠。歩数計5944歩。

時間について2017(2) 無駄のない人生はつまらない
 どういう過ごし方をしたかということはさておき、72年を振り返ってみれば、誰しもがいうように、飛ぶように過ぎたと感じる。

 小学校の夏休み、?日が永遠に続くように思えた。 小学校の夏休みの宿題は、休みに入ってすぐにやってしまって「やり遂げた、あとは自由!!」という達成感と開放感がやって来る。それで得られた時間は何かを見つけ出してはコツコツと楽しんだ。もちろん苦しみもあった。でも時間的には自由だった。そんな感覚は大学まで続いた。

 社会に出てから一変した。現役時代は実に多忙であった。目の前にやらなけれぱならないことがたくさんあると、順番を付けて処理しなくてはならない。瞬発力はなく、毎日コツコツやるのが好きな私は一つや二つやり遂げても、次が残っているから全然開放感もない。常に追われていた。

 今の労務は現役の時の1/3程度だろうか。きつくはないが、時間の流れは早い。直ぐに週末になってしまう。

 最近は自分の発想を「明日できることを今日はしない!!!」に切り替えた。
 今日でなければできないことなら、仮にそれが重要なことでないにしても、たとえ休息だったとしても、それをしないのは勿体無い。
 明日の日は生きていれば必ずやって来るが、今日という日はもう二度と来ない。何げないことが絶え間なく続く日々の暮らし、今日は予定の半分もできなかった、などと思わずに、また明日があるさ、と楽天的に考えたい。これは私にとって退歩でなく大きな進歩である。

 無駄のない人生のつまらなさを、最近自覚している。
 
 旅行など、最適な方法で最短の距離を辿れば、例えば秋田から大阪までなら、新幹線を利用するのもいい。空路ならもっと早い。余計な時間も使いたくない。前はそうだった。

 私は、一度だけ、あまりの多忙さから逃避するためにわざわざ効率の悪い移動をしたことがある。

 20年以上も前に佐賀市で日本小児血液学会総会が開かれ出席した。
 東京までは空路にしたが、東京以降はあえて寝台特急にした。二日半程度であったが病院を離れる開放感を味わいたかったからである。
 列車は東京駅を16:00ころ発ち、翌朝10:00頃着いた。寝台車なら大丈夫だろうと踏んだが、寝台にセットされる前から腰痛が生じ、腰痛持ちの私には辛い旅であった。ただ、この間の開放感は最高であった。
 復路はその日の最終便で佐賀空港を発ち羽田に戻り、あけぼので帰秋し、現実の日常に戻った。逃避行した分、一層忙しくなった。効率だけを考えるなら現在は佐賀・秋田間は日帰りも不可能ではないほど便利になった。

 無駄なことをする、苦労自体を楽しむ、それによって思いがけない出来事に遭遇することもある。
 私は、けっこう無駄が好きなのだ、ということに気づいた。働いているときには効率を求めても、休みとなれば無駄なことばかりしている。

 無駄を積極的に取り入れる。私の残りの人生が一層楽しくなるだろう。何か新しい発見があるかもしれない。


4/18(火)強風降雨午後曇り 外来 飯川病院
1:00起床、新聞・文献読み、徒然といつもと同じ。5:00可燃ゴミ集積所に。7:45家内の車に同乗、飯川病院。8:45-14:00外来。人数の割に時間がかかった。疲弊。14:20
-19:30飯川病院。17:00車帰宅、夕食、20:00就眠。Σ6802歩。BRながら視聴:「ドキュメンタリー:堀プロ 山口百恵ほか」。「フランケンシュタイン:ナチスの科学者 オトマール・フォン・フェアシュアー」。

時間について2017(1) 私の時間感覚の変化 加齢現象か、熟成か 
 私は、かつては、たとえば、朝寝坊したり、惰眠を貪ったり、何もしないで無為に時を過ごすことを、時間のむだ遣いと考えていた。わずかな時間も惜しんで何かに打ちこむ、それが有意義な時間の使い方であり、時間の浪費は人生の無駄遣いに他ならない、と考えてきた。

  しかし、最近、時間に対する感覚は違ってきた。今になって考えると、時間そのものに縛られない、もっとゆったりとした、大らかな視点で時間を捉えるのもいいように思えてきた。
 自分の過去と、他人のそれと、今の考え方とを比較しようがないが、一見無為に見える時間は、決して無為に過ごしているわけでない、むしろ貴重な時間の使い方といえると思える様になって来た。

 「忙しい」とは心を亡くすことだ、とよく言われる。私もそうであったが、私はとにかく何かをしていないと気が済まないかった。ゆっくりものを考える時間も無く、常に何かに追われていた。

 通勤バスに乗ると、座っている人、立っている人も、若い人たちは、大概スマホをしきりに操作をしている。 ‘
 スマホで何をやっているのかはわからない。ただ、ものにつかれたように「しきりに」何かをやっているのだが、その姿はスマホに、アプリに必死に合わせているように見える。必死であるが、その姿は誰かの、何かのペースに合わせて、時間に穴が開くことを恐れているように見えるから、受動的である。
 現代人のふるまいは何とか気ぜわしい。あの二宮金次郎が現代にワープして、二宮金次郎病を現代人に蔓延させた?様に感じる。
 
 私にとってはスマホは携帯電話と大差なくほとんど使うことがないから、よその方々を批評する資格はない。

 かつてのバスの乗客は、多くは目を瞑って時間に身を任せていたか、一部は新聞か文庫本などを読んでいた。現在はそれかスマホに代わっただけなのだか、内容的には全く異なる。新聞も文庫本も自分が主役であって自分でコントロールしている姿だから、能動的に見えた。

 バスの乗客のうち外の景色をている人はほとんどいない。毎日見慣れた景色だからこそ、日々の自然の営みのわずかな変化が見えて面白いと思うのだが。

 人間には、濃密でない時間がたまにはあってもいい。私はそう思う。現実逃避癖になった訳ではない。ただ、とりたてて目的のない時間に、すがすがしい心の解放がある。ほっとする感覚か殊の外いい。

 旅の達人で、超ネコ好きの内田百聞の文章を読むと、百間にとっての旅とは、時間の豊かな浪費だったのだろう、と感じられる様になった。
 たまにはそんなぜいたくもいい。

 日本はいまちょうど草花の萌え出る春を迎えている。その草花を愛で、楽しむことは、命の不思議や無常を感じることにも通じる。それはまた、いまの時間を精いっぱい生きることの大事さを知る機会でもある。

 私の時間感覚の変化、これは熟成なのか、加齢による退行現象なのか、考えて見たい。


4/17(月)雲ひとつない快晴 健康クリニック 飯川病院 奥羽本線脇桜開花
1:00起床、新聞・文献読み、自炊など。いつもと同じ。7:20徒歩飯川病院着、奥羽本線脇桜開花。9:00-11:00健康クリニック。11:30飯川病院、検食後微睡。14:00-19:00飯川病院勤務。入院外来対応。19:00帰宅、夕食、20:00就眠。Σ11402歩。BRながら視聴:「コズミックフロント:膨張する天体」、「プロファイラー:モハメド・アリ」、「英雄たちの選択:キリシタン弾圧」。

速報 桜開花2017 奥羽本線脇の歩行者道路の桜開花
 私の通勤路コースの前半分は奥羽本線に沿っての歩行者道路であるが、ここには比較的若い桜の並木がある。
 見ると中でも若い桜の枝、日当たりのいい枝にはチラチラと桜が開花していた。私にとっての今年の初観察日となった。昨年は4月10日、一昨年は4月8日であった。
 4月に入ってから寒い日が続き開花が遅れたのだと思われる。


(まだ蕾だけのが多い中、特に開花が進んでいた樹。薄いピンクが見事な青空に映えた。後方の建物はリンデンバウムいづみ)

 千秋公園他の桜の名所、並木も通過してきたが、これらはまだで蕾は固い。

 仁賀保の公園、本荘の公園は県内でも有数の桜の名所であるが、3日ほど前の地方紙に「桜開花始まる」との見出しの記事があった。

 ついに、桜の季節が訪れた。
 いい季節になった。


4/16(日)曇り/風 昨日より暖かい 町内会通常総会
 1:00起床、本読み、文献・録音・画像整理。微睡など。6:00朝食その他ネコ世話など。隣の畑耕運機エンジン音鳴り響く。私のやる気まだ今れてこない、主に本読みとデータ整理に集中。12:00NHKニュース、のど自慢視聴。微睡、14:00町内会総会出席。ゴミ集約、処理準備。夕方からBR視聴:「題名のない音楽会:司会者代わり新装,3回観る」。18:00飯川病院、データ複製。19:15家内帰秋、19:30夕食、21:00就眠。Σ5750歩。


題名のない音楽会が変わった(2) 番組雑感 司会者雑感
 私にとって「題名のない音楽会」は最近5−6年は毎回録画し、後日まとめて見ている。かつては音楽専用S-VHFのビデオも用いて演奏会の放送を録っていたが、アナログの限界なのか決して満足のいく画質、音質は得られなかった。

 しばらく音楽番組からは距離を置いていたが、録画媒体がアナログのテープからデジタルに変わり、DVD、Blu-rayに、さらにハードディスクに変わった。これで画質、音質ともに格段に進歩したことで、最近は、音楽は蓄積された放送のライブ録音を中心に楽しんでいる。
 かつての主たるソースであったアナログレコードはこの数年間で私の鑑賞ソースからはほぼ駆逐された。まだ1000枚以上あるが、廃棄処分しつつある。もし利用していただける方がおられるなら差し上げたい。

 題名のない音楽会は以来私が大切にしている番組である。
 ギネスに載るような長寿命番組であるが、私が見始めたのは司会が佐渡裕氏になってからである。現役を退いた後で時間的に若干の余裕が生まれたのでオーディオ機器を入れ替え、ミニミニシアター風にして以降である。

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 指揮者佐渡裕氏はこの番組の司会を含めて多方面にご活躍で、自らが音楽監督をつとめる兵庫芸術文化センター管弦楽団を中心に演奏を聴かせた。この番組を通じて指揮者とは何か、氏の人となり等を知ることができた。
 氏の演奏はかつては体がデカイから大雑把のような印象を受けていたが結構繊細であることがわかった。番組を作るにあたって師であるバーンスタインのTV番組「青少年のための・・・」を参考にしているとのことで、コミカルな構成も含めて多彩であった。
 この間の、ベルリンフィルへの客演も含めて演奏や手腕が認められてウイーンのキューンストラー管弦楽団から音楽監督就任の要請があり、2014年秋から就任している。一層の国際的活躍が期待したい。

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 佐渡氏に継いで司会者になったのはヴァイオリニストの五嶋龍氏であった。この人選には驚いた。そんなはずはない!!! 最初聞いた時の印象である。五嶋氏は最年少(27歳)での司会者就任となった。国際的に注目され、今後の一層の活躍が期待され、時間的にも余裕があると思えなかった氏が就任したのは何故なのか??
 なんらかの身体的問題点が発生したのか?とさえ思った。しかしそんな危惧は当たらなかった。氏の司会になってから弦楽器関連の特集が増え、私を喜ばせた。ただ、司会者としては笑顔は振りまいたが、雰囲気は堅く、私は緊張しながら見ていた。
 五嶋氏はニューヨークの自宅から収録の度に来日した、という。到底長続きしそうもない無理なスケジュールで続けていたが、2017年3月26日の放送回をもって五嶋は番組を降板した。恐らくは移動に関連した時間的問題のみならず、費用の面でもスポンサーが苦しくなった事情もあったのではないか、と思った。
 私は五嶋氏の降板を、番組のために、氏の今後のキャリアのために、世界の音楽界のために喜んだ。

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 この4月からの新司会は石丸幹二氏である。
 私は見たことも聞いたこともない方で、東京藝術大学卒業、俳優、歌手。TVドラマなどですごい有名な方らしい。昨日、氏が担当した題名のない音楽会を3回分視聴したが、実にイケメン、爽やかな印象を持つ方である。司会の雰囲気はガラッと変わって緊張感なく、とても自然。自身も時に歌ったが、実力十分なタレントと感心した。
 番組の今後の発展を期待させる様な能力を持った方である、と好感を抱いた。


4/15(土)午前降雨午後晴れ間も、寒い 
 1:30起床。新聞スクラップ電子化、ハードディスク同期とデータ整理等。午前はネコ世話、本読み中心。午後は資源ごみの整理、ネコ室清掃など、画像データ整理。19:10夕食、20:30就眠。歩行Σ5497歩。

題名のない音楽会が変わった(1) 毎回楽しみにしている長寿番組 
 新年度になると色々なことが新しくなる、もしくは改変する。TV、ラジオ番組も例外でない。放送時間が変更になったり、出演者が変更になる。

 私が自宅にいるときに楽しんでいるTV番組のほとんどはクラッシック音楽で、全て録画で視聴している。

 そのうちの代表的二つの番組が4月以降リニューアルした。
 「題名のない音楽会」と「らららクラシック」である。

 「題名のない音楽会」は1964年8月から放送されている。クラシック音楽を中心に音楽の楽しみ方を解説する番組で、主に公開録画で収録され、応募により観覧が可能。スポンサーは一貫して、出光興産。出光興産は「会社がつぶれるまで提供を継続する」方針だという。心強い姿勢である。
 
 TBSとの専属契約を切られて苦境に陥った東京交響楽団の活動の場を与える意味で、『ゴールデン・ポップス・コンサート・題名のない音楽会』として始まった。同楽団は現在まで340回以上出演しており、最多出演である。発足当初の司会は黛敏郎。
 司会者の変更の度ごとに番組のコンセプトが変更になった。

歴代の司会者は以下のごとく
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1964.8-1966.3 黛敏郎
1997.5-1997.9 永六輔
1997.10-1999.3 武田鉄矢
1999.4-2000.3 加羽沢美濃
2000.4-2002.3 羽田健太郎
2002.4-2010.3 佐渡裕
2015.10-2017.3 五嶋龍
2017.4---石丸幹二
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 1997年約33年に渡って司会を担当した黛が急逝後、一時永六輔が代理、その後、武田鉄矢、加羽沢美濃、羽田健太郎担当した。しかし2007年6月羽田が死去。次いで指揮者で出光音楽賞受賞者の佐渡裕が司会を務めた。
 佐渡が担当した以降はコミカルな企画も定期的に行われた。

 2009年に放送開始45周年を迎えるのを機に、2月に「世界一長寿のクラシック音楽番組」としてギネス世界記録に記録認定を申請、世界記録の認定を受けた。
 佐渡が2015年9月ウイーントーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督を務めることとなり、毎週番組を作っていくことが物理的に不可能になったとのことで降板した。

 2015年10月4日放送分から、ヴァイオリニストの五嶋龍が司会を務めた。五嶋は最年少(27歳)での就任となった。五嶋はニューヨークの自宅から収録の度に来日するという、到底長続きしそうもない無理なスケジュールで司会を続けていたが、2017年3月26日の放送回をもって五嶋は番組を降板した。

 4月2日放送分から、ミュージカル俳優の石丸幹二に司会が引き継がれた。

 私にとって「題名のない音楽会」は新潟大学時代に寮のTVにて時折見たことがある。
 秋田に来てからは見る機会はなかった。永六輔、武田鉄矢、加羽沢美濃、羽田健太郎が司会の頃は一切見ていない。その頃秋田で放送されていたのかも分からない。

 佐渡裕の司会になってからの最近5?6年分は毎回録画し、後日まとめて見ている。この背景には録画がテープからデジタル機器の進歩でDVD、Blu-rayに変わり、画質、音質ともに格段に進歩したこと、私が現役を退いて時間的に余裕が生まれて来たことが大きい。
 


4/14(金)曇り晴れ 大曲中通病院外来 飯川病院勤務 
0:20起床。読書中心。5:00可燃ごみまとめ、提出せず。不明の腹痛あり夕方まで。7:30Taxi駅に、8:10こまち、徒歩病院、9:00-12:00外来。13:00飯川病院着、院長不在で勤務扱い。外来病棟対応。ハードディスク同期とデータ整理等。BRながら視聴:「美の壷:和包丁」,「総和は輝いていた:キングとビクター」、「ガイア:炊飯器、コーヒーメーカー」。19:00taxi帰宅、夕食、20:30就眠。歩数計8570歩。昨年21時前後に熊本県で大地震発生した。

米ユナイテッド航空で職員を乗せるため乗客を引きずり降ろした
 シカゴで現地9日夜、ケンタッキーに向かう便が満席となり、座席を譲ってくれる人を探したが、協力者が見つからなかった。このため一方的に乗客4人を指名、最後まで拒否した男性が強引に連れ出された。降ろされた客は中国人の医師とのことで中国でも問題視されている。
 満席だった上に、さらに移動する乗務員を乗せる必要が生じたことが騒動の発端となった、とのこと。

 航空会社は、空席のままの運行を避けるため、席数を超える予約を受けるが、これは制度として保証されている。鉄道やバスと異なり立ち席が許されず、空席が損失に直結するからである。
 国交省によると、2015年度の日本の航空各社の過剰予約数は計11.559席で、大半は会社のキャンセル依頼に応じる客によって解決された。解決できずに搭乗できなかった客は1.858人だったという。

 古い経験だが私も予約したJAL便に搭乗できなかった経験がある(徒然日記2003年3月12日に記載 一部略)。 
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 10:00発羽田行きのJALに搭乗するため9:30頃空港に到着、自動チェックイン機はエラーが出て不可となりカウンターに並ぶ。担当者はキーボードを一生懸命たたいているがさっぱり進まない。何かあわてた様子が読みとれた。
 結論は「満席となり座席ありません」という。私を含めてカウンターに並んだ7-8人搭乗できなかった。原因は座席のオーバーセールス。カウンターの女性は「今日は特別で・・,たまたま,予約されたほぼ全員がおいでになって・・・」などと必死に説明していた。
 私は13:30からの会議なので若干の遅れで済むのですんなりと11:25ANAに切り替え、担当者から喜ばれた。搭乗便の変更証明書を発行してもらったが、証明書には「JAL552便オーバーセールスにより搭乗便の変更にご協力いただきました」とあった.別に「ご協力」した積もりはないが結果的にはそうなったのだからやむない。
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 座席数以上にチケットを販売するオーバーセールスは公的に認められているから決して珍しいことではない。300-500人乗りの大型機の場合,全席売れても実際には相当数のキャンセルが出る。それを見越しての販売と言うことになるが,その目的は一人でも多くの乗客を獲得して搭乗率を維持し収入を上げることにある。

 予約販売したということは乗客と航空会社間で一種の契約が成立した事であるが,搭乗を確約したことにならない。ただし、予約時に座席指定がある場合は別扱いとのこと。
 国内の航空会社からは「いったん搭乗した客を無理やり降すことはあり得ない。乗客の同意を得て譲ってもらう様協力を求め続ける」と驚きの声が上がっている。
 協力者には現金やマイルで対応するが、これはフレックストラベラー制度と呼ぼれ、国内では2001年に導入された。私の場合は現金もマイルももらっていない。

 チケットを持っていても搭乗手続きが済むまで確約とならないことは心しておくべきである。


4/13(木)やや寒い、一時降雪も 午後晴れ 外来 飯川病院 
0:45起床。新聞・文献チェック他。7:30徒歩飯川病院着,8:45-13:00外来+ドック総括12名分。14:00-18:30飯川病院、院長は内科学会総会で東京に発つ。入院患者対応。19:00帰宅、夕食、20:30就眠。BRながら視聴:「池上氏と元侍従長対話:天皇退位問題」。歩数計11868歩。千秋公園の喫茶店土日以外は9:00からとなっていた。

労働改革問題(2) 勤務医医師の労働の実態の一例
 我が国の労働者は時間的に、業務内容面で過重状態にある。政府はその対策案をまとめた。しかし、医師の労働時間規制は医療崩壊、医療の質の低下を招くとして今回の規制対象から除いたが、2019年3月末までに今後の方針結論を出すというが、どんな方針が出てくるのか、楽しみである。

 勤務医医師の勤務実態の調査結果の一例
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 独立行政法人「労働政策研究・研修機構」は、病院で働く医師の4割が過労死ラインとされる月80時間以上残業しているとの調査結果をまとめた。調査はインターネットを通じて全国の勤務医1万1145人を対象に行った。有効回答は3467人。

 調査によると、主な勤務先以外での労働を含めた1週間の労働時間は、平均53.2時間。60時間以上が全体の40%を占め、80時間以上も10%いた。
 週60時間の勤務は、労働基準法の法定労働時間(週40時間)を上回り、時間外労働は過労死ラインとされる月80時間になる計算だ。
 宿直については、宿直の日の睡眠時間は47.4%が4時間未満だった。86.2%が宿直翌日も休まずに通常通り勤務していた。

 勤務医の60.3%が疲労感を、睡眠不足を45.5%を感じていた。このうち、ヒヤリ・ハットを経験した人はそれぞれ83.9%、85.0%に達し、疲労感などを感じていない医師より25%ほど高い結果となった。
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 上記は医師の勤務実態の調査の一例であるが、他の調査も似たような結果である。
 にもかかわらず、大多数の医師は今回の労働改革問題には期待を持たなかったと思う。関心を持ってもその実現性は極めて低いと、半ば諦めムードだからである。

 一方、少なくとも病院経営の側にいる医師は、ひとまず安堵したに違いない。
 当初、政府内では規制の対象を全業種とする方向で議論が進んでいたが、医師にも他と同じ一律の上限が設けられれば、医療が崩壊するのは明らかということに今更ながら気づいたから、と思われる。

 医療現場では救急などの対応をしなければならないが、そこに時間外労働の上限が設けられれば人員増か必要となる。救急や当直担当医のスケジュール表も組めなくなる。これを医師増で解決しようとすれば大病院の場合、億単位の人件費増も想定され、経営が立ち行かなくなる。
 地域によっては、勤務医の確保自体が容易ではない。医師が増えないまま各医師の勤務時間を制限すれば医療レベルの確保が困難になる。

 さらに、医師には原則として診療を拒めない「応召義務」が課せられており、残業の上限規制によりそれが果たせなくなる懸念がある。
 医療は医師の犠牲の上に成り立っている。

 医師の残業規制は、今回は猶予されたにすぎない。いずれ俎上に上がる。今後の具体的な規制のあり方については、厚労省内に設けられる検討会で議論される。
 どんな案が出るのか今から楽しみである。


4/12(水)曇り晴れ雨、強風と一定せず 飯川病院ボランティア
1:30起床。文献検索、徒然ほか。8:20車に同乗、飯川病院に。院長外出ありボランティア。入院患者対応、15:00通町でコーヒー購入、徒歩帰宅も雨にて工業高宇高前からタクシー、16:00帰宅。新聞チェック、本読みなどゆっくり過ごす。19:00NHKニュース浅田真央引退会見、嫌な予感そのもの8分間放映。19:30夕食、20:45就眠。RD視聴:「そこまで言って委員会」。歩数計9487歩。

NHK19:00ニュース 浅田真央さんの引退会見の詳報は異常
 今朝、早朝のNHKラジオの朝一番を聞いていたら、本日4月12日、11:00から浅田真央さんの引退記者会見が予定されていて、その様子をNHKで中継するので番組構成が変わりますとの予告であった。へー、大したもんだね!! でもなんか違うんでないか??その時は嫌な気持ちを持ったが、そのまま聞き流していた。

 夕食時のNHK-TV19:00のニュースは私が生で見る数少ない番組の一つで、これだけは見逃したくない、と思っている。本日の一日の動きを知るためである。特に最近はシリア情勢、米露の確執、北朝鮮問題と目を離せない重大な時期である。

 本日、4月12日のトップニュースは何と!! 浅田さんの引退会見の様子であった。しかも詳細に。

 浅田さんの業績はすごいと思う。だから、浅田さんの引退会見自体には問題を感じたわけではない。ただ、私は引退を惜しんでいない。これが自然の流れというものだ。また、放送には「国民的ヒロインである浅田さん・・・」と言った表現も使われたがどなたかの個人的感覚でないだろうか。

 私が不快に思ったのはNHKの報道姿勢である。
 ニュースの構成が殆どドキュメンタリー風に編集され、低次元??のNHK的主張が濃厚に表現されていた。浅田さんのコメント、様子、表情などが長時間にわたって流され、彼女の引退を日本人全体が惜しんでいるかのごとくの扱いである。あるいはそう感じなければおかしい、と思わせるような、しつこく、お涙頂戴調、浪花節調の低次元の編集である。
 正確な時間はわからないが、ざっと見て8分間であった。

 NHKニュースのありようはおかしいと思う。
 メディアは先ず、事実だけを淡々と伝えるべきであり、安易に自分たちの考え方、とらえ方をニュース等には入れるべきではない。特にTVは影響力が大きいので一考すべきだ。
主張したい点があるなら別番組、別項目でじっくりと展開すればいいのだ。

 かつても同様のことがあった。
 サザンオールスターズの桑田佳祐氏(54当時)が初期食道がんだと言う、全くの個人的内容を21時のNHK-TVニュース数分に渡って取り上げた。それだけ人気のある方なのかもしれないが、あくまでも個人の問題で私には理解の出来ない破格の、というか間違った扱いであった。

 人気グループSMAPの解散問題、サッカーワールドカップでカメルーンに勝利したときのニュースの扱いも理解の枠を超えていた。長野県軽井沢付近でスキーツアーバスが崖下に落下し14名が亡くなった時のニュースにもドキュメンタリー調の脚色が強すぎた。担当したディレクターの好みなのだろう。


 今回NHK会長が代わった。3月の国会でNHKのありよう、視聴料の徴収問題が取り上げられた。国会中継が深夜だったのでラジオ第一放送でずっと聞いていたが、このような報道姿勢については話題にもならなかった。
 放送倫理・番組向上機(BPO)で取り上げて欲しいものである。

 私はニュース番組では事実を淡々と報道して欲しいと思う。局やディレクターの思いや意向などは別な番組でゆっくり流せばいい。もっと深く報道すべき内容はいくらでもあるはずだ。


4/11(火)曇り・強風 外来 飯川病院 
1:20起床、新聞・文献・本読み他、蓄積データ整理、徒然。5:00可燃ゴミ提出。6:30−7:30徒歩飯川病院。風で歩行難。8:45-12:00外来。12:15飯川病院、微睡など。14:00-18:45勤務、夕食、文献処理等、20:30就眠。歩行計12207歩。BR視聴:「そこまで委員会:性善説性悪説をめぐって」。

労働改革問題(1) 医師は過酷な労働だが、医師は検討から除外 
 我が国の労働者は時間的に、業務内容面で過重状態にある。これを背景として諸外国にはないとされる過労死問題が頻発するようになった。電通KKの入社間もない女子職員の過労死は大きな社会問題となった。

 政府が働き方改革を検討してきたが、この度実行計画をまとめた。国会を通し2019年から施行される見通しになった。

 最大の焦点の残業規制。
 決まった内容は労働者にとってなお過酷なレベルである。
 特例で認められる繁忙期の上限は単月100時間未満で、月平均80時間以内とした。上限を超えた場合、罰則が科される。残業時間に罰則付きの規制が設けられるのは初めて。この辺は見るべき改革点である。
 
 改革のもう一つは「同一労働同一賃金」。
 欧州では正規雇用と非正規の格差は10対8だが、日本は10対6とされている。この格差是正を求める意義は大きい。ただ、実行計画は労使の話し合いに委ねるから、試行錯誤を重ねながら時間をかけて改善が図られていくことになろう。

 働き方のありようは社会全体に影響を及ぼす。
 婚姻率、出生率、家族構成、人口問題、地方再生、社会の女性の進出など、不安定な雇用や低所得、長時間労働によって影響を受ける分野である。さらに、医療、介護、育児などの課題にも長時間労働の問題が絡む。

 このような重大性を見るにつけ、働き方改革は社会の当然の要求である。

 ただし実行計画は、大きな抜け穴があった。ザル法でないか、と思う。
 人手不足が深刻な運送業や建設業への規制の適用は、改正労働基準法の施行後5年間、すなわち今後7年間猶予されることになった。要するに、影響の少ない分野から手をつけたと言うこと。
 
 医師に関しても、改正労働基準法の施行5年をめどに規制の対象とするが、具体的な現制内容は今後検討して2019年3月末までに結論を得る、とした。つまり医師については、残業時間に「上限なし」の状態が今後も約7年、続くことになる。

 これには医師の業務は通常の勤務時間内にこなせないほど多い。だから、医師の労働時間を減らすには医師の大幅な増員が必要である。そんなことはわかっているから今回の法改正に期待した医師はほとんどいなかっただろう。
 政府は医師に関しては、2019年3月末までに結論を出すというが、医師の増員、偏在解消の他にどんな方針が出てくるのか、楽しみである。


4/10(月)超快晴 我が家火災記念日 健康クリニックドック 飯川病院 
 0:30起床。いつものごとく。7:20徒歩飯川病院着.9:00-11:00健康クリニックドック業務12名とペース戻る。11:30飯川病院に。微睡など、14:00-20:15飯川病院。当直医来院せず、一部代行。20:30タクシー帰宅・夕食、21:30就眠。BRながら視聴:「受けたい授業:スマフォサイバー攻撃」、「100分で名著:ガンジー、獄中からの手紙(1)-(4)」、「BS1sp:美術家たちの太平洋戦争」、「マンガで強くなった相撲」、「ぶらぶら美術館:静嘉堂文庫美術館 日本刀」。歩行計10225歩。

展覧会:動きだす絵 私の目にはグロテスク以外の何物でもなかった
 秋田市にあるAlveにて、AR技術を利用して作品を鑑賞する美術展「動きだす美術館」が開催され、4/9(日)が最終日ということであったので4/6(金)大曲出張の帰路立ち寄った。
 会場が市や県立美術館ではなくAlve多目的ホールであったことを訝ったが、動きだす絵って何だろうか思いつつ、予備知識もなく見に行った。主催:AKT秋田テレビ。
 
 会場内に展示された作品をAR(各超現実)アプリのiPod touchを作品にかざし、画面越しに作品を見るものであった。作品は「モナリザ」、「青いターバンの少女」、北斎の浮世絵「富嶽三十六景:神奈川沖浪裏」などの作品から児童小説「不思議の国のアリス」の挿絵、風景や花の写真と様々であったが、iPod touchをかざすとそれぞれ異なった変化が現れた。

 会場内には小学生くらいの子供から高齢者まで来場しており、予想外の変化に喜んでいた。通常の美術展とは異なった雰囲気であった。カメラ撮影OKであったが撮影する気にもならなかった。今となってはちょっと残念であった。

 変化する絵とは、自分で撮った写真にモザイク等をつけるソフトがあるが、それに似た状況がゆっくり変化するのが見られるということ。「モナリザ」ではバラバラと剥がれ落ち、ダ・ヴィンチの自画像が出てきた。「青いターバンの少女」は横を向く、「富獄百景」は波間からゴジラ?が現れた。「花」の場合は蕾から開花までの変化が見られた。

 新しい試みともいえるだろう。残念ながら、名画に関していえば私にはグロテスクとしか映らなかった。「不思議の国のアリス」の動く挿絵、屋久島の四季折々の風景などには新しい可能性も感じたが、それらはさわり程度に見ただけで、早々に会場を後にした。


4/9(日)快晴 寒い 県知事秋田市長選挙投票日
 1:00起床。本読み、文献・録音データ整理中心に。12:15NHKのど自慢楽しむ。13:00県知事秋田市長選挙投票に。ロボット掃除機用扇風機ハカマ作成、園芸用給水修理・調整。19:00夕食。20:45就寝。歩行計7332歩。DVD視聴なし。県知事秋田市長ともに現職当選。

米国がシリアを攻撃した(3) シリアと米、シリアと露の関係は深い
 トランプ大統領のシリア攻撃に対し、ロシアは激しく非難している。
 結局、シリアをめぐっても米露の戦いであり、その場がシリアということである。

 シリアをめぐっては米露は複雑に交錯している。米国にとっては対イスラエル問題、露にとっては軍事港の維持のために、どちらも重要拠点であり、長い歴史があり、簡単には理解できない。


シリアと米
 シリアとイスラエルは長年敵対関係にある。そのイスラエルとアメリカはほぼ同体と言っていい関係である。このことに注目するだけでも、米国の対シリアの考え方がわかると言うものである。
 2011年頃からシリアでは、アラブの春で民主化がうたわれ紛争が始まった。米国は独裁政権のシリア政府を潰すのに絶好の機会と、民主化を目的として反政府側を支援した。
 米国が応援した反政府勢力はISとも繋がっており、米国の武器はISに渡っているといわれ、ことを複雑化している。現在は反政府側は壊滅状態といわれている。

 米国はシリア政府は「世界で一番のテロ支援国家」だと断定している。

 アサド政権は、テロ組織に寛容なだけでなく、市民の人権も尊重していない。それを大儀に、日本を含めた西側諸国やトルコはシリアの反政府を支援している。


シリアと露
 露はシリア政府軍を支援している。
 露はシリアの軍港を借用していて、露の軍事戦略上重要は位置付けにある。
 露とシリアはソ連時代から密接な関係を維持し、現在もシリアは露にとって重要な友好国で、その戦略的意義も極めて高い。
 露は唯一の自国の軍事基地をシリアのタルトス港に維持している。また、それを背景に、戦車、航空機、対空防衛システム、そして最新鋭の弾道ミサイル等の兵器・武器をシリアに供与している。

 露と中国はシリアにおける欧米の武力介入に激しく反発をしている。

 このように、露が対シリア問題で強硬姿勢を維持しているのは、内政的配慮と、中東における拠点の維持と国際的な威信確保のため、といえる。
 とにかく、露としては国際的な軍事介入を阻止し、親露的シリアの政権が継続ないし誕生することを目指しているのだろう。

 米露のシリア問題を巡る応戦は若干軟化の兆しを見せていたが、トランプ大統領の決断以降また激しさを増している。


 ただ、私の印象では、日本を含めた西側諸国やトルコの支持は当然として、中露の反発は思ったより弱い。露政府への事前の通告や、習近平トランプ階段の最中であったことが関連しているのだろうと思う。
 トランプ氏は対北朝鮮に対しても予想できない行動に出る可能性がある。


4/8(土)晴れ CNA配線ほか工事 
0:30起床。本読み、微睡、音楽、落語など楽しむ。データ整理。5:00ネコ世話、給餌、など。午前はロボット掃除機の習熟運転、細々な家事など。13:00-15;15CNA配線ほか工事。16:00家内に同乗、飯川病院に、19:00まで日当直医業務代行。院内は平穏。花壇の掘り起こし。17:30診療所医師訪問あり。BR視聴:なし。19:20帰宅・夕食、20:30就眠。歩行計6417歩。

米国がシリアを攻撃した(2) 民主化の動きがシリア混迷に
 私はシリアについて不勉強で知識はほとんどなかったが、先月末「秋田ゾンタクラブ」で「生まれた土地で生きるー秋田の過疎地帯とシリアの人々の物語」を聞いたことが刺激となって少しずつシリアについての情報を得ていた。
 そんな最中でのシリア攻撃である。

 独裁者として悪名高いアサド現大統領は現在3期目であるが、2000年の大統領就任当初には、民主化も含む政治改革を訴えて、腐敗官僚の一掃、政治犯釈放、欧米との関係改善などを行っていた。
 2003年にフセイン政権が崩壊以後、自国の崩壊を防ぐために、反米主義を唱え、体制の引き締め政策に転換、デモ集会の禁止、民主活動家の逮捕・禁固刑判決、言論統制の強化、移動の自由制限など、民主化とは逆行する道を歩んでいる。

 私は、シリアの混乱を2011.9.11米国の同時多発テロを始まりとして理解している。
 同時多発テロ→ ブッシュの掃討作戦 → イラク戦争 → イラク崩壊 → 米国の疲弊 →アラブの春 → 2010年シリア内戦 → イスラム国台頭で一層混乱 → シリア難民 →EUの混乱・・・・の流れである。

 2010年シリアでは宗教的内戦が本格化したが、その前から経済活動は中東の中でも低い。内戦により経済は深刻な影響を受けており、国内の労働人口500万人のうち約半数が失業状態にあり、国民の3/4が貧困状態に陥っていると考えられている。これが難民化している理由の一つになっている。

? 現政権は2代目のアサド大統領が中心で3期目。大統領は国民の2割りほどの少数のイスラム教アラウィ派である。この2割の人たちは様々な優遇措置を受けるが、国民の大多数は不平等に対し不満を抱えてきた。?
 2010年アラブの春を契機として宗教的混乱に、ついで内戦へと発展した。

 シリア内戦は、イスラム国が勢力を拡大する原因となっただけでなく、現在のヨーロッパでの難民、移民政策に大きな影響を与えることになった。

 2010年にチュニジアで起きた「ジャスミン革命」はアラブ世界に大きく影響し、民主化を求めるデモが行われるようになった。親子二代で40年近くも政権を握っていたアサド大統領は典型的な独裁者となった。政治は腐敗しきっており、シリアでもこの動きが見られるようになっり、血みどろのシリア内戦が始まった。

 さらに、イスラム国がシリアに潜り込んで来て内戦はさらに複雑化した。


4/7(金)雨 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 米シリア攻撃
 0:30起床、新聞、文献などいつものごとく。徒然、5:00可燃ごみ提出、7:30Taxi駅に、8:10こまち、徒歩病院、9:10-12:10大曲中通病院、13:30Alve多目的ホール、「動き出す名画展」面白いが不満足。14:00飯川病院ボランティア。BR視聴:「アメトーク:大谷翔平」、コンピューターJAVA関係トラブル解消。OCR機能回復。19:30Taxi帰宅、夕食。21:30就眠。歩行Σ8373Km。

米国がシリアを攻撃した(1)  化学兵器使用と断定
 本日、大曲中通病院の診療応援があり、やや早めに終了したので帰路秋田のAlve2F多目的ホールの「動き出す絵」の展覧会に立ち寄り帰院したが、ラジオで、午前10時過ぎに米軍がミサイルでシリア攻撃を行ったことを知った。

 突然のことでとにかく驚いた。サリンと思われる化学兵器の使用が疑われることへの対応という。 

 米政府は2014年以来、シリア領内のイスラム聖戦主義勢力に対して空爆を実施してきたが、シリア政府軍を標的にしたのは今回が初めて。トランプ大統領は化学兵器の使用でシリア政府を非難し、警告していた。攻撃後の声明で「米国が正義のために闘い続ける限り、最後には平和と調和が勝つと信じている」と強調した。
 トランプが掲げる強い米国への復帰の具現と思われる。決して口先だけではなかった。

 化学兵器をめぐる事実関係はアサド政権が4年前にサリンを使った疑惑が発覚し、ロシアの説得で化学兵器の廃棄を表明した。だが、国連はその後もアサド政権軍によるサリン使用を確認している。
 この様な状況から化学兵器使用の疑いは濃厚である。私どもが知り得ている以上の確証をトランプ側が持っているのだろう。化学兵器については、国連を主体に早急に調査を始めるべきだ。

 内戦から6年、和平交渉に若干の糸口が見え始めていたが、今回の米国の行動で先行きが懸念される。ただ、その後のニュースによると継続的攻撃はなさそうである。恐らくは警告的な意味の攻撃だったと思われる。
 警告的とすれば、北朝鮮への間接的影響も視野に入れているのだろうと思う。それに国内向けにも「強い米国への復帰」、難民に悩み、国のありようが問われているEU諸国へ強い姿勢を示したのだろうと思う。

 安倍首相は、同盟国や世界の安全に対する大統領の「強いコミットメントを高く評価する」と、作戦の支持を述べた。
 トランプ氏と緊密な関係をあまりにも早く構築したと首相の立場からは支持以外の表明はありえないだろうが、米国の姿勢に全て追従していくだけではダメだ、と思う。必要な提言も必要であろう。

 今回のシリア攻撃は、9.11同時多発テロに引き続くブッシュ元大統領の対イラク攻撃の決断、小泉元首相のいち早い支持声明、大量破壊兵器の有無問題など、あまりにも似通っていることにも驚くばかりである。


4/6(木)曇り夕方降雨 外来 飯川病院 パナソニック・ロボ掃除機入手
 1:00起床、文献チェック、徒然他いつものごとし。紙中心の資源ごみ大量廃棄。徒歩出勤。8:45-12:45外来。13:00飯川病院、微睡ほか、14:00-18:45勤務、雨にてTaxi19:10帰宅、夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「日本視察団:中小企業特異技術」、「林修関連2本」、Σ11650歩。

身近にあった食品2017(3) しょっつる味ポテトチップスを秋田の観光振興策の一つに
 数日前、新聞のデータを整理していたら、本年1月にカルビーのポテトチップスに、期間限定で「しょっつる鍋味」が売られていたことを知った。
 この銘柄品は、秋田県男鹿市の「諸井醸造」がしょっつるの味を広めたいという目的から、カルビーに協力を呼び掛け、商品化が実現した、という。

 ポテトチップスは気楽なスナック菓子で販売量も多い。かつ、時折販売される、今回の様な「しょっつる鍋味」などのご当地製品はレア物として研究(?)しているマニアも少なくないと聞く。この製品も、魚・野菜の旨みとコクを堪能することができるということで人気は高かった、という。東北地方のイオングループ、マックスバリュー、サンデーのみでの販売で、かつ、期間・数量限定販売だったために、入手は困難だった、とのこと。

 私はすでにポテトチップスを広く味わってみる意欲は薄れてしまった。この製品に関しては改めて興味が湧いたが、気づくのが遅かったために入手できなかった。

 秋田の「ハタハタしょっつる」はハタハタと塩だけで熟成させ、魚本来の味を生かした魚醤で、薄めの醤油をベースに、なかなか味わい深い。この味を生かした「しょっつる鍋」は秋田の代表的な郷土料理の一つで、石川の「いしる」や香川の「いかなご醤油」と合わせて、日本三大魚醤と言われている。

 ただ、秋田の「しょっつる汁」、「しょっつる鍋」の存在は私の目から見て知名度は今ひとつで、全国的にはほとんど知られていないのではないか。私が今回しょっつる味ポテトチップスに注目したのはこの製品を利用して秋田の宣伝をしてはどうだろうかと思ったからである。

 あきたの「こまち」はコメの銘柄として、新幹線の名として、美人の産地として津々浦々まで知られているだろうが、そのほかのことはあまり知られていないのではないか。
 このしょっつる鍋味ポテトチップスを通じて秋田の宣伝をしてはいかがだろうかということである。

 県の観光課が主体的に動くことはできないだろうが、観光関係のNPOとかを通じてカルビー本舗、「諸井醸造」に働きかけて通年の製品として全国で販売してもらえばいいのではないか、と思った。


4/5(水)快晴 午後飯川病院ボランティア 
 0:15起床,文献検索と本読みetc.午前は家の中の整理など、明朝のために資源ごみの整理、車へ積み込み。午後は飯川病院ボランティア、車で出勤、薬局経由、明徳館で電子機器廃棄。13:30病院着、ボランティア。19:15帰宅、夕食、21:00就眠。 パソコン一台不調、OCRソフト動かず、対応。余裕なく、BR視聴なし。9868歩、11241Km。


森友学園(6) 問題の本質を突くべき 国の文書管理に問題
 森友学園関連の国有地の取引については調査が必要である。

 交渉記録は財務省では保管していない、と言う。法には公文書の管理規則で保存年限の期限が定まっている。国有財産の処分の決済文書は30年保存である。決済文書はあるだろうが、それだけでは交渉の過程や決済に至った過程がわからない。

 交渉記録の保存は管理者が定めることになっている。その責任者は課長クラスというが、この様な件は議案終了時に廃棄することになっていて森友学園のケースでも同様に扱ったと説明されている。ただ、今回の交渉はあまりにも異例の点が多い。
@ 甚だしい値引きがあり、
@ 買い戻し特約があり、
@ 通常認めない分割払いが認められている、
@ 価格の評価は専門業者が行うが、今回は国の機関が直接関与、
@ しかも売買が官報に公表されていない。
@ ・・・・

 こんなおかしな売買がなされていたが、決済後に直ちに関係書類が廃棄されるものなのか??あるいは、だからこそ法に触れない範囲で早急に廃棄したのか、との疑念が湧いてくることになる。

 だから、首相の口利きがあった可能性がある、との野党の追及に対しても疑念を晴らせない状況となっている。

 今回の件を教訓として、国の関連文書は長期に保存する様に法を改定すべきである。決済後の書類を残していても文書を電子化すれば保存スペースの問題は問題にならないはずである。
 同様に大阪市との交渉過程も保存されていないという。どうなっているのか、と思う。

 PKOの活動記録に関しては、廃棄したはずもののが残されていた。廃棄自体おかしいと思うが、我が国の文書管理はどうなっているのか、と思う。


4/4(火)快晴 外来 飯川病院 
1:00起床、文献、新聞チェック。3月分の録音データ整理。5:10可燃ゴミ提出。7:35徒歩飯川病院、8:45-12:50外来、14:00-18:45飯川病院、秋銀、新スタッフに。19:10帰宅、夕食、20:30就眠。BRながら視聴:「日本人の3割しか・・」。Σ12617歩。

森友学園(5) 問題の本質を突くべき 大型値引きの根拠は?
 大阪市の学校法人「森友学園」の国有地売却問題を巡る与野党のせめぎ合いがまだ続いているが、若干下火になってきている。とてもいいことだと思う。
 本質を忘れた政治論争になってきていると思う。与野党間にもっと重要な政治的案件はないのだろうか。

 野党は「安倍?強」を崩すきっかけに森友問題は格好の材料として捉えているようである。
 鴨池氏の証人喚問は一定の成果はあったと言う評価らしいが、追及する側の力不足、準備不足もあって大きな成果は上げられなかった。

 野党はさらに首相夫人の証人喚問を要求し続けているがやっても無駄だろう。水掛け論に終わる。何も確証は無いのだが、例え首相夫人から100万円の寄付があったとしてもそれがなんだ、と言うのか。なんら違法でもない。
 今から考えれば問題のようにも見えるが、リアルタイムに考えれば、当時は悪いこととの認識はなかったはずだ。

 民進党は首相夫人の喚問を繰り返し求め、政権の隠蔽体質を浮き彫りにしたい思惑があるようだが、なんら確証のないことを論じていてもダメである。
 政権測は寵池氏を偽証罪で告発をちらつかせ、かつ、個人の資質を問題にすることで、沈静化を図ろうとしている。

 この問題は本質からずれた方向のみで論じられ、釈然としない。国会のレベルを低下させるだけ。専門委員会とかちょっと話題になっていたが、司法に託してもいいと思う。

 「森友学園」問題の本質は、鑑定価格からかなり安価に譲渡されたことにある。

 異常な値引きであるが、値引きの理由になっているゴミが本当にあるのか?未だに具体的調査もなされておらず実態は不明である。ゴミの存在を誰が判断したのか??その量は??廃棄処分に価格費用を8億円ほどに評価したのは誰か??
 まずこの点をはっきりさせてからでなければ先に進まない。

 その上で、首相や夫人が影響力行使したのかが問題になるだろう。ただ、客観的証拠がなければ水掛け論に終始してしまう。

 森友学園関連の国有地の取引については調査が必要である。


4/3(月)快晴 健康クリニックドック休診 飯川病院
0:20起床、文献、新聞チェック他。健康クリニックは年度始めで休診。鉢植えボタンを大きな鉢に移植、散水ほか。12:50バス、13:30飯川病院、微睡など。14:00-19:10勤務。17:00-18:45外来レセプトチェック。19:30帰宅、夕食、21:30就眠。 BR視聴:「世界は今」。Σ8352Km。

ネットはどこに向かうのか(2) 本人が知らない間にデータ拡散
 インターネットの将来はどうなるのだろうか。
 問題があってももう後戻り出来ない。ここまでくれば利用法方法を通じての有用性、利便性の拡充しかないのでは??要するに、利用する我々が良識が求められるということである。

 私は、自分の調べ物の結果や、感じたことなどを備忘録として徒然日記、およびブログに掲載している。その他に、生活を共にしているネコどもの写真をインスタグラムとしてアップしている。その意味では私もインターネットを活用している方だろうと思う。本当にいい時代に生きている、と思っている。

 私のブログの目的は、
 第一は、もう役に立たないだろうが、日々のアリバイの記録であった。私は今まで警察の職質を3回受けたが、3回目の追求は厳しかった。10日前に何していたのかを問われ返答に困った。その頃生活記録はつけていなかったがその必要を感じた。

 第二は、3人の子供達へのメッセージである。両親は自らのことを殆ど語らず死去した。最も身近な人間である両親の人生歴を知りたかった。当時の親子関係はそんなものだろうが、私にとっては残念で惜しい。この反省に立って記録している。子供達にとって何かと役に立つはずである。

 第三は、日々の考えのまとめである。だから大した内容はない。書くことでおぼろげな考えが形になる。これは楽しい。

 私は、単純な考えであるが、医師は自分に関する資料を適宜公開しておべきだろうと考えてきた。

 ところが、つい先日のことであるが、過去に投稿した文章を引用する必要があって、自分の名前をヤフー検索に入れてみた、その結果、数10の記事が出てきた。その多くは私自身が記述し、自分で掲載したもの、各所に投稿したものであるが、一部は私の文章を引用した文章も出てきた。そのほかにも、私の文章が勝手に掲載されていた。

 そこまではなんとか想定内のことであったが、さらに驚いたことは「福田光之の画像」の項目があり、私自身の講演の際の写真を始め、ネコや犬などの写真が多数掲示されていた。私は現役を退いてからは自身の顔写真を掲載してこなかったのでびっくりした。

 ざっとみた範囲では文章も写真も悪意のある引用やコメントはなかった。だいたい自身も自分で掲載した文などは、他に引用されても文句は言えないと考えているが、できれば連絡が欲しい。

 私が言いたいのは電子データは次々とコピーされて拡散していく危険性があるということ。これはネット社会の欠点とも利点ともなりうることで、利用者は常に心しておかなければならない、と想う。


4/2(日)快晴・風は冷たい 
 0:00ちょっと早めに起床。新聞チェック、本読み、録音データ整理他。午前は新椅子組み立て、入れ替え。ネコ室掃除、鉢植え移動、散水。NHKのど自慢東広島市。微睡、粗大ゴミ運搬準備。BR視聴:「らららクラシック:数回分、ショパンP協奏曲、熱情、楽器ファゴットなど」。次男一家タイヤ交換来襲。19:30夕食。21:30就寝。我が家から一歩も出ず、Σ9323歩。

ネットはどこに向かうのか(1) 利便性の裏にあるマイナス面 その第一は匿名性
 インターネットの将来はどうなるのだろうか。
 
 当初、多くの人が自由に参加し、よりよい知の場が生まれるだろう、とその有用性が期待されてきた。
 ところが、悪口や憎悪に満ちた書き込み、心無い情報のアップやそれらに対する非難が殺到する、いわゆる炎上と呼ばれる事象が止まらないし、偽のニュースを広めるという場にもなって、評判は良くない。

 私が用いているレベルではそれほど問題はない。始めからネット情報の信頼度という点ではちょっぴり距離を置いているからで、その立場で利用すればネット情報は便利である。私は情報収集は今でも新聞、書籍が中心である。

 ネットの今後について、その有用性を否定することはもはや出来ないが、識者は悲観的な意見も述べている。
 理由として匿名性を挙げる人は多い。私もそう思う。

 ネットの初期、利用者は一部の研究者らに限られ、匿名での投稿は少なかった、と思う。比較的「顔が見える」世界だった。だが、誰もが使えるようになった今は、監視のない、いわば「やり放題」の世界になってしまった。

 これはネットの世界だけでない。
 一般社会でも個人情報保護を理由に名前でなく受付番号で呼ばれるようになった。私はこれに違和感を覚える。この様な機関がこの様な形で匿名化を是として進める様な方法をとると言うことは、わが国が不気味な匿名化社会になって行くことを助長する,と思う。人間関係が希薄になっていく。それどころか疑心暗鬼の漂う世界になっていく。
 匿名化、匿名でかまわないという風潮は恐ろしい結果をもたらして行く。既にその傾向はある。

 現在、悪意に柵ちたコメントを排除する試みもあるが、行きすぎると表現の自由を損なう可能性があり、本来、インターネットに期待される有用性まで削ぎ落とす。
 
 私はネットの有用性は否定しない。私もブログを利用している。
 私たちはどこに向かうのか、向かうべきなのか。私も無関心ではいられないしちょっぴり責任もある。ネットはどこに向かうのか、考えてみたい。


4/1(土)快晴 就業契約更新日
 1:00起床。新聞、文献関連整理他、午前は洗濯、ガラス拭き、ネコ室掃除、棚修理。など、午後は微睡、プリウスタイヤ交換。冬季間防寒のために室内に避難させたプランターなど外に並べた。散水用ホース準備。元蔵ネギ全部抜いた。BR視聴:「らららクラシック:数回分、ワーグナー、ブラームス、楽器ビオラ」。19:00夕食。20:30就寝。徒歩Σ9552歩。

新年度スタート 今年度(2017)の就労予定と発想の転換  
 本日は私の新年度スタート日。
 病院も県内の各企業も若手新入職員を迎える。私はこの時期がとても好きである。しかし、もう職場でもフレッシュマン達とふれあう機会は一切ない。

 本日から私の就業契約も改訂になった。
 今年は明和会、中通総合病院からは声がかからないかもしれない、と覚悟していたが、相変わらず医師体制が厳しいらしく、本年度も明和会の嘱託医師として、飯川病院の応援医、ボランティア医として働くことになった。
 
 以下がスケジュールである。あくまでも予定。
――――――――――――――――――――――――
 月曜 午前は健康クリニックドック診察、結果説明。午後は飯川病院勤務。
 火曜 午前は中通総合病院外来。午後は飯川病院勤務。
 水曜 勤務なし(飯川病院ボランティア)。
 木曜 午前は中通総合病院外来+ドック判定。午後は飯川病院勤務。
 金曜 午前・午後は大曲中通病院勤務。(帰秋後は飯川病院ボランティア)。
 土・日曜日 月1-3回飯川病院日直または当直。
――――――――――――――――――――――――

 私は、ついちょっと前までもっと余暇を得て、広く勉強する時間、考える時間が欲しい、と考えて来た。昨年1月から水曜日がフリーとなり、時間的には一部希望がかないいろんなことが出来るようになった。

 しかしながら、最近は体力・気力の低下を自覚している。
 だから昨年暮れに発想を転換して「あるがままに過ごす」こととした。上記の勤務予定以外は、だから無計画的に過ごしている。その日の過ごし方がどうであっても「まあ、良いか。今日は寝ちまえ、明日という日も多分ある。明日のことは目が覚めてから考えよう・・・」。こんな感じである。「無の境地」に至る過程にある、やっとその境地になったと思っているが、「ボケ老人の境地」への過程なのか、とも思う。まあ、どちらでもいい。自然に任せる。

 こう考えるようになってから心身ともにとても楽になった。
 惰眠の楽しみも知った。
 飼い猫のプチがスキンシップを求めてきたときは、彼女が「もういい、十分・・、離して」というまで擦る。「老人とネコ」の落ち着いた関係を楽しんでいる。

 新年度初日、こんな私にとっても新しい気分でのスタートになる。
 いい季節である。


3/31(金)快晴 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床。新聞、文献関連整理他、5:30可燃ゴミ少なく出さず。7:30Taxiで駅、駅そば。8;10こまち、徒歩病院、大曲中通病院外来。こまち、13:30飯川病院ボランティア。BRながら視聴:「そこまで委員会:医療問題」、「いま世界は」。18:30キャスルまで徒歩、Taxi帰宅。夕食、21:00就寝。徒歩Σ12450歩。

徒然草から学ぶ(4) (233段) 社交の極意
 徒然草からはいつ読んでも新しい発見がどこかにある。
 今回は233段「社交の極意」。
――――――――――――――――――――――――――
(233段)
 万(よろづ)の咎あらじと思はば、何事にもまことありて、人を分かず、うやうやしく、言葉少なからんにはしかじ。男女・老少、皆さる人こそよけれども、ことに、若くかたちよき人の、ことうるはしきは、忘れがたく、思ひつかるるものなり。
 万の咎は、馴れたるさまに上手めき、所得たるけしきして、人をないがしろにするにあり。

――――――――――――――――――――――――――
 (私の意訳)
 何事につけて難点がないようにと思うなら、何事にも真心を持ち、人を差別せず、うやうやしくして、言葉は少ないのが一番。老弱男女、誰も良いものだが、ことに若くて容姿にすぐれた人で、言葉遣いがいいのは、忘れがたく、心引かれるものである。
 何事につけて難点となるのは、物馴れた態度で上手ぶり、得意げな態度で人を軽んずることにある。
――――――――――――――――――――――――――

 この項は、私が最も不得意とする分野である社交の極に関する兼好法師の考え方である。私は兼好法師の考え方とは相容れない。だからこの項はしっくり来ない。

 私は人付き合いがやや不得意である。ずっと自覚しているから、できることであれば他の方とは一定の距離を保っていたいと思ってきた。しかし、実際にはそのようなことができる環境にはなかった。
 そのために現役時代は「万事につけて難点があるまいと」思いながら、人間関係の維持にはかなり気を使ってきた。

 その背景は強度の劣等感による人間嫌い、対人恐怖感だったと思う。一方では自尊心も強かった。劣等感と自尊心のバランスの中で自分を維持してきた。結果として、常に相手の立場に立ち、相手の求めることに可能な限り対応してきた。だから、私から軽んじられたと思う方々は多分少ないだろう。男にも使えるかわからないが、「八方美人的」だった。それが私にとって一番楽だったからである。リーダーシップなど探しても見つからない。

 私はそんな自分が嫌であった。そのために逃げるように現役を退き、引退後ほとんど引きこもり状態である。

 兼好法師は、ことに若くて容姿にすぐれた人で、言葉遣いがいいのは、忘れがたく、心引かれるものである、と記載しているが、私は若い世代が怖い。特に若い女性には気遣いの方が先に立ち、疲れる。あまり魅力を感じない。

 私は50年近く、今も組織の中で働いてきた。私の力など微力で同僚の方々にはずいぶん支えられてきた。世話になった。ただ、残念ながら「仲間」という感覚で同僚をとらえることは出来なかった。こんな私を友としてくれる人もいなかった。だから私には友人と呼べる人はいない。


3/30(木)曇り雨快晴などと一定せず  
 1:00起床。新聞、文献関連整理他、5:30可燃ゴミ少なく出さず。7:30Taxiで駅、駅そば。8;10こまち、徒歩病院、8:45-12:15中通病院外来+人間ドック判定14名。13:00飯川病院。14:00-19:10勤務、外来入院患者対応。BRながら視聴:「そこまで委員会(1)(2)」、「いま世界は」。19:30帰宅夕食。21:00就寝。徒歩Σ12450歩。

ラジオ深夜便から 戦時下の「犬猫毛皮供出献納運動」 西田秀子氏
 私は朝の徒歩通勤に約1時間かかる。この時間は録音してあるラジオ深夜便をヘッドフォンを通じて聞きながら歩く。片道で大体一話半ほど聞くことができる。何かと有用な話題が多い。

 先日聞いた2016/11/12 am1:00の放送は、地域史研究家 西田秀子氏の「調査報告・戦時下の犬猫供出」で、戦時下の犬ネコの強制供出内容で、あまりにも悲惨な内容だった。
 戦時下で犬・ネコの供出があったらしいことは何かで読んだことはあったが、それほど注目していたわけではない。この放送を聞いて認識を新にした。

 新札幌市史編集員だった西田氏は10年前に犬ネコの供出を調べ始め、 太平洋戦争中、兵士の防寒着などに毛皮を利用するため、道民が飼っていた犬やネコを供出させられた経緯を史実として札幌市公文書館の年報で発表した。
 芦別市の「星の降る里百年記念館」などの協力を得て、所蔵する防寒軍服や防寒靴などを獣医学の専門家らに鑑定してもらい、犬ネコの毛がコートの一部や靴の内側などに利用されていたことも確認した。

 その報告書によると、史料に残っているだけで、献納され命を奪われた数は、北海道だけで犬ネコ合わせて9万3千頭にのぼる。

 これを経時的に見れば、
 1943年4月に、札幌では兵士の防寒着に使われるウサギが減ったことから、大政翼賛会札幌支部の発案で、飼い犬の毛皮を国に献納する運動が始まり、同年度だけで約2600枚の犬の皮が集まったという。
 
 1944年12月に、国は軍需毛皮の増産や狂犬病根絶、空襲に備えた野犬の駆除などを目的に、飼い犬を含めた供出を各都道府県に通達した。
 北海道庁は道内各市町村ごとの供出割当数を決め、45年4月末までに供出するよう市町村長や警察署長に指示した。全道の供出割当数は犬が約3万匹、ネコは約7万7千匹で、道庁が把握していた犬の総数の8割、ネコの総数の5割という高い目標設定だった。

 1944年度(昭和19年度)には犬の皮1万5千枚、ネコの皮4万5千枚が供出された、という。

 全国での犬ネコの供出数は不明だが、道内では積極的に供出運動が展開された。その背景として、厳しい寒さの中で生活する道民は、防寒着が生死を分ける必需品との共通認識があり、極寒の地に派遣された兵士に暖かい防寒着を送りたいという集団心理が働いた可能性があるという。

 放送では、西田氏は「連れてきた人の目の前で、眉間を金づちで叩き殺した。一声も発することもできない一瞬の出来事でした。一瞬の痙攣の後に動かなくなりました」、「死に切れなかったネコが逃げ出し、ポプラの木に登ったが、途中で力尽きて落ちた」といったリアルな証言も紹介した。

 犬やネコの供出は、戦争に勝つためという軍国主義が行政の末端まで及んでいた例である。上意下達の全体主義、それに従わなければ「非国民になる」と言った風潮が、社会全体を覆っていた当時の状況を示している。
? ここに発掘された事実は、戦後70年を経ても、決して忘れてはならない事実である。
 戦時下、この「犬猫毛皮供出献納運動」という事実があったことを歴史に埋もれさせないように報告書の形で歴史に留め、さらにラジオ深夜便に出演し、全国に知らさしめた功績は大きい。


3/29(水)曇り快晴 
 1:10起床。新聞、文献チェック、本読み中心に過ごす。本日はボランティアの予定なし。読書、データ整理、ハードディスクのメインテナンス、洗濯、ネコ室トイレ掃除、ラティス、網戸修理関連などなど。 19:00夕食。20:30就寝。徒歩7998歩。BRながら視聴:「らららクラシック:総集編(1)」。

徒歩通勤2017(5) 長崎、熊本を通過し鹿児島県に(2) 熊本県の印象 地震の教訓
 平成13年3月から始めた徒歩通勤、約4年かかって本日Σ11200Kmに達し、長崎県、熊本県を通過し鹿児島県に入った。
  
 各県通過するたびに経過をまとめていたが、熊本県に入ったのがいつであるかは認識していない。その理由は地形の複雑さ、徒歩通勤の不安定さにもある。夢中で歩いていたらいつの間にか通り過ぎていた、ということ。
 地形からいうと、長崎の南端に開口する早崎瀬戸から島原湾になる。その奥には有明海がある。この有明海の海岸線は長崎県、佐賀県、福岡県、熊本県からなっている。だから、長崎県の海岸線終了後、2回目の佐賀県に入り、ついで2回目の福岡県を通過し、やっと熊本県に入ることになる。この辺の複雑さは私の文章力では表現できない。

 熊本県への私の知識、思い出はそれほどない。
 1970年代後半から80年前半頃に学会で一度熊本市に行ったことがある。学会のことはもう100%記憶にないが、印象に残ったのは着陸過程で高度を下げた航空機の窓から見た阿蘇山の絶景、垣間見た熊本城、水前寺公園、土産に求めた辛子レンコン、そんなところであった。辛子蓮根はどれほど魅力ある食品ではなかった。

 熊本といえば昨年4月に生じた地震で私の印象が一変した。
 倒壊した家々が、巨大エネルギーの痕跡を物語る。直下型地震の恐ろしさが示された。
 直下型地震を引き起こすのが活断層。過去数十万年かけて繰り返し動き、将来も地震を起こす恐れがある。
 日本には確認されているだけでも約2000の活断層があり、専門家は「国内ではいつ、どこで直下型地震が起きても不思議ではない」と警鐘を鳴らす。地震発生の余地は今の所はできないらしい。活断層の活動間隔は数千年というスパンなので、直下型地震の短期予測は極めて難しい。

 熊本地震も含め、過去に起きた直下型地震による直接の犠牲者の大半は、建物の倒壊による圧死である。前震、本震とも最大震度7を観測した。不幸で、かつ、まれな地震となった。震源が浅いため、局地的に猛烈な揺れに襲われた。これが内陸直下型地震の特徴とされる。

 政府は国内の主な活断層100ヵ所近くについて、地震発生率などを公表している。熊本の「今後30年以内で震度6以下確率」は7.6%で、南海トラフ地域の確率が80%近くもあるのに比較すると極めて小さかった。それなのに生じてしまった。ちなみに、秋田県の地震発生確率は熊本に近い7.2%となっている。

 熊本地震から秋田のわれわれが得るべき教訓としては、発生確率一つ一つを比較してみても無駄だということである。
 東日本大震災も、熊本地震も発生確率とは関連なく生じている。

 だから、そんな確率論はあてにせず、住宅の耐震化、家具の落下防止、生活用品の備蓄など、日頃の備えやに努め、自分の命、家族の命は自分で守るという意識を高めていくことが大切ということを学び、実行するしかない、と言うことだろう。


3/28(火)快晴、風は寒い 外来 飯川病院
0:30起床,文献チェックなど。5:00可燃ごみ提出、寒気、全体に朝靄がかかってちょっと幻想的。外に置いた車のフロント凍結。5:15ネコの世話、給餌。6:30-7:30徒歩病院へ。8:40-12:00外来、外来は余裕があった。飯川病院に移動、微睡ほか。14:00-18:45勤務。尿糖外来患者対応。19:00帰宅+夕食。20:45就寝。BR視聴:「昭和偉人伝:淡谷のり子」、「あらすじ名作:芥川龍之介」。徒歩Σ13503歩。

徒歩通勤2017(4) 長崎、熊本を通過し鹿児島県に(1) 長崎県の印象 

 平成13年3月から始めた徒歩通勤、約4年かかって本日Σ11200Kmに達し、長崎県、熊本県を通過し鹿児島県に入った。
  
 長崎県に入ったのが9月17日、この辺りの地形は変化に富んでいる。長崎県の海岸線は1047Km、そこが終わると佐賀県の2回目の海岸線117Km、ついで2回目の福岡県47Kmを通過し、熊本276Kmに入った。今までは一県通過するごとに結果をまとめていたが、今回は気がついたら変則的に4県通過して計1487Kmになっていたということ。

 長崎県は伊能忠敬が歩いた海岸線の長さとして、北海道の2748Kmに次いで2番目に長い。

 私の冬場の通勤の帰路は時間の関係で徒歩にはなかなかし難いが、往路は可能な限り徒歩にして来た。しかし、12月に入ってからは歩行距離数がとても少なくなった。冬の不安定な空模様と私の気力・意欲の減退も関連している。

 長崎県から熊本通過までの1487Kmを192日かって通過した。約7.4Km/dayである。佐賀県は8.8Km/day、福岡県は8.9Km/day、山口県は7.9Km/day、島根県は約5.3Km/day、鳥取は約5.0Km/dayで通過したから、季節的にハンディキャップがあった割には歩いた方だとは思う。

 平成13年3月から始めた徒歩通勤、約4年かかって本日Σ11200Kmに達し、長崎県、熊本県を通過し鹿児島県に入った。
  
 長崎県に入ったのが9月17日、この辺りの地形は変化に富んでいる。長崎県の海岸線は1047Km、そこが終わると佐賀県の2回目の海岸線117Km、ついで2回目の福岡県47Kmを通過し、熊本276Kmに入った。今までは一県通過するごとに結果をまとめていたが、今回は気がついたら変則的に4県通過して計1487Kmになっていたということ。

 長崎県は伊能忠敬が歩いた海岸線の長さとして、北海道の2748Kmに次いで2番目に長い。

 私の冬場の通勤の帰路は時間の関係で徒歩にはなかなかし難いが、往路は可能な限り徒歩にして来た。しかし、12月に入ってからは歩行距離数がとても少なくなった。冬の不安定な空模様と私の気力・意欲の減退も関連している。

 長崎県から熊本通過までの1487Kmを192日かって通過した。約7.4Km/dayである。佐賀県は8.8Km/day、福岡県は8.9Km/day、山口県は7.9Km/day、島根県は約5.3Km/day、鳥取は約5.0Km/dayで通過したから、季節的にハンディキャップがあった割には歩いた方だとは思う。

 長崎県への思い出は薄い。
 亡母の話によると幼少期に何かの用事で一緒に訪れたことがある、ということであったが記憶に全くない。その詳細も知らない。
 1970年代に学会で一度行ったことがある。学会のことは100%記憶にないが、印象に残ったのはやはり平和記念公園、原爆資料館、次いで長崎空港であった。

 平和記念公園、原爆資料館は機会があれば何度でも訪れたいと思ったが、その機会はもうないだろう。
 長崎空港の印象は比較的大きい。長崎空港は小島に作られた空港で着陸時はこのまま海に着水するのか、と思わせた。事前に調べてなかったから心底驚いた。長崎・羽田間は就航まもないロッキード社のトライスターであった。
 チャンポンは食べてみたが、私の口に合わなかった。

 長崎というと歴史的には、壇ノ浦の戦い、壱岐、鷹島に元・高麗軍が襲来したが「神風」が吹いた、F・ザビエルによる布教、秀吉によるバテレン追放令、江戸期を通じて隠れキリシタンが多く存在した。幕末期には、長崎は国際貿易港として発展を遂げた、などなどしか知らない。

 隠れキリシタンについては映画「沈黙」に描かれている。


3/27(月)曇り、小雨 健康クリニック 飯川病院
 1:00起床、新聞・文献・徒然ほか何時もの如く。7:25徒歩にて飯川病院着。9:00-12:00健康クリニック、対象者14名、結果説明1名、じっくり時間かけた。12:15飯川病院。微睡など、14:00-18:40勤務。19:10帰宅、夕食、20:30就眠。徒歩Σ11181歩。BRながら視聴:「アナザーストーリーズ:オネエ」。

徒歩通勤2017(3) ハト餌を忘れてしょっちゅう遠回り
 2013年3月から徒歩通勤にした。これまでの歩行距離の積算は11000Kmほどである。
 通勤コースは奥羽本線脇にある歩行者道路を通り、秋田工業高、秋田北高脇を通り、久保田新橋を渡り、千秋公園のお隅櫓脇の階段を登り、公園を横切るコースが標準で片道7Kmほどある。お隅櫓脇の階段は200段近くで結構きつい。
 
 その際、旭川にかかる久保田橋からはコイに餌を与え、ついで千秋公園の旧県立美術館前でハトとお堀のコイに餌を与えている。旭川のコイは水温の関係か、5月連休にならないと集まって来ないし、今は居てもまだ摂食行動は消極的である。その点はお堀のコイの活動開始は早い。

 ハトもコイも餌をとる様子を見ていて、あまり喜ぶものだから、病み付きになってほぼ4年間餌を与えて来た。

 餌は病院の給食から貰った残りご飯を冷凍して保存、冬季間居間のストーブの上で乾燥し、自作の石臼(?)で細かくした乾燥米である。そろそろ餌の蓄えが枯渇して来た。今後のことを考えなければならない。

 今年は3月2日から徒歩通勤を再開した。
 ハトもコイも私を認識してサッと周囲に集まってくる。


(今朝集まったハトたち。今朝はカモメは来なかった)

 ハトは近くから歩いて近づくもの、電線や木々の枝からも集まってくる。上空を飛んでいたハトも寄ってくる。ハトの着地は以外と下手である。
 集まってくるハトは毎朝異なるが20-30羽。姿はやさしげで、私はハトが好きである。2割ほどは日本伝書鳩協会の登録足環をはめた迷い伝書鳩個体である。時にはカモメ、カラス、スズメも集まってくる。

 天候によって異なるが、ウイークデイの4日間、週末の日直出勤の時のこの餌やりは半ば習慣となっているが,ハトたちにとっても同様である。

 時に餌を忘れることがある。こんな時にはハトたちの前を通れない。「朝顔に つるべとられてもらい水」と言う句があるが、餌を忘れた朝はコースを変える。ハトの期待は裏切れないからである。
 遠回りになるが、和洋高校脇、または秋田脳血管研究所側におりて病院に向かう。


3/26(日)雲ひとつない・超快晴  
1:00起床、Mac関連作業、OS入れ替え、文献・録音データその他の整理で過ごす。9:00まで勤務、BR視聴なし。10 :30アトリオン、シリア体験女性の講演、12:20バス帰宅、微睡後ネコ部屋掃除。購入BRで新ゴジラじっくり観る。夕方、次男一家ピアノ練習のために来襲、19:00夕食、20:30就眠。徒歩Σ7179歩。

秋田ゾンタクラブの表彰式と講演会 「生まれた土地で生きる」
 本日、「秋田ゾンタクラブ賞」の表彰式と受賞者講演があった。
 同会は女性の地位の向上、福祉の向上、環境の保護などに業績のあった個人や団体を表彰している。受賞者と講演の講師は秋田大学国際交流センター助教の平田未季氏。講演演題は「生まれた土地で生きるー秋田の過疎地帯とシリアの人々の物語」であった。

 国際ゾンタは、女性の地位向上、人権の尊重、世界平和の推進を目的に活動している女性の国際奉仕団体で、秋田ゾンタクラブは同会から認証された支部とのこと。高邁な思想を掲げているが秋田では会員は20名にも満たない。
 秋田ゾンタクラブは家内が一時副会長であったこともあって、私も目立たないレベルでサポートしている。

 第26回目の受貧者の平田氏は留学生に対する日本語教育および秋田の地域におけるフィールドワークを行い、フリーペーパー「田んぼと油田」第1号〜3号にまとめ地域の広報と活性化に取り組んでいるという。

 同氏は10年ほど前にシリアに居住したこともあって、シリア難民支援と日本人のシリアヘの理解を深めるための広報活動も行っている。

 氏はシリアの混乱前の文化を中心に、歴史、国民の生活、文化について述べた。
 シリアは歴史が7000年と著しく長く、これが国民の誇りとなっている、という。古代より文明が栄えた土地のため、また各文明の交流地点のため高度な文化が発達した。国内の各地にはアッシリアに帝国時代の遺跡が点在しているという。また西洋風の町並み・服装が浸透している。

 シリアは、歴史上で隣国との間の激しい緊張関係を経験してきた。その辺は興味のあるところであったが氏はこの点については言及されなかった。
 
 私はシリアについて不勉強で知識はほとんどない。シリアの中で名前を知っている土地はダマスカス、アレッポくらいである。恥ずかしい限りである。

 あえていえば、9.11米国の同時多発テロ → ブッシュの掃討作戦 → イラク戦争 → イラク崩壊 → 米国の疲弊 → シリア内戦 → イスラム国台頭 → シリア難民 →EUの混乱・・・・の流れで若干知っているに過ぎない。

 2010年以降内戦が本格化したがその前から経済活動は中東の中でも低い。しかし、勃発した内戦により経済は深刻な影響を受けており、国連の推定では2014年時点でGDPは40%縮小、国内の労働人口500万人のうち約半数が失業状態にあり、国民の3/4が貧困状態に陥っていると考えられている。これが難民化している理由の一つだろう。

 アサド現大統領は現在3期目であるが、2000年の大統領就任当初には、民主化も含む政治改革を訴えて、腐敗官僚の一掃、政治犯釈放、欧米との関係改善などを行っていた。2003年にフセイン政権が崩壊以後、一転して体制の引き締め政策に転換、デモ集会の禁止、民主活動家の逮捕・禁固刑判決、言論統制の強化、移動の自由制限など、民主化とは逆行する道を歩んでいる。
 シリアはアラブの世界ではエジプトに次ぐ軍事大国で、男子の兵役義務がある。また敵国であるイスラエルの侵攻を防ぐために、武器を重装備しており、主に友好国であるロシアから武器を調達している。

 私は前日が飯川病院の当直で、会場のアトリオンは歩いて10分くらいである。10:30からの講演だったので、丁度よく知識がほとんどないシリアについて知りたくて参加した。なんでも聞いてみるものだ、と思った。
 早口で、スライドは細かい写真が重ねて示されるなど、ちょっと詰め込みすぎとの印象を持った。
 それでも、シリアについて文献を読んでみるきっかけになった。


3/25(土)夜間積雪2cm 時折風雪午後快晴、寒波 飯川病院日当直
 1:30起床、新聞・文献・徒然ほか。録音データ整理。12:00斎場前からバス、飯川病院。12:30から日当直勤務に。病棟は平穏。録画ながら視聴:「知恵泉:徳川四天王」,「NHKsp:中国大気汚染」。18:00検食、20:30就眠。飯川病院医局のマック不調で終日対応した。徒歩Σ9388歩。

日本語2017(4) 「超」という漢字の使い方の変遷
 最近、日本語についても関心を持つようになった。
 私も時々使っているが、使いながらも気になる言葉に漢字の「超」というのがある。使っていると言っても私の場合は「超快晴」という程度である。

 もともと「超」という漢字は100年ほど前から日本語として徐々に使われるようになって来た。それ以前は「超」という漢字を用いるべき対象があまり無かったことによる。それだけ、当時は世の中が自然の移ろいの中で、静かな、狭い世界のもとで暮らしてきたことになる。

 明治時代になって、超自然的、超経験的などなどであるが、人間の優れた能力の表現として使われ始めたように思う。「超」という漢字は著しく際立っている能力の指摘にに使われてきた。

 ところが文明・文化の発達によって予想外の世界が目の前に現実に現れてきた。
 超音速飛行機、超音波、超特急など、従来の感覚では考えられなかったレベルの現象が発見され、実用化していった。

 しかし、「超」という枕詞は基本的に漢字にって表現される名詞にのみつけられて用いられて来た。
 「超」が頻用され始めた昭和の頃からも、超満員、超重宝など「超」をつけた表現は大げさすぎると、言葉の識者や言葉に関心を持つ人々からは批判されている。古い文献にそんな意見も見ることができる。にもかかわらず、時代を超えて使い続けられ、現代ではあまり批判されなくなった。

 さらに、1980年頃からはこれまでになかった使い方が話し言葉の中で見られる様になってきた。名詞の漢字の頭に用いられるのではなく、形容詞の頭につけるという使い方である。例として、「超眠い」、「超行きたい」、「超食べたい」、「超美しい」、「超おいしい」などの使い方である。

 このような使い方は、従来全く無かったことからかなり強い批判の対象となった。しかしながら、駆逐されるどころか若者の世代を中心に綿々と息づいている。話し手の強い意思を表するのに便利、ということである。
 「超食べたい」は「どうしても食べたい」などの意思の表れである。TV、ラジオなどで若者が使っているのがよく聞かれるようになって来た。

 私はこのような言葉を聞くたびにちょっと不快感を覚えて来たが、聞き慣れてくれば徐々に違和感が薄れてくる。

 言葉は生き物である、と思う。時代とともに変遷していく。なかなか面白い世界、と思う。
 そんな私も、徒然日記の中で、ここ10年ほど、雲ひとつない、風も爽やかな快晴の朝などの様子を表現するのに「超快晴」を用いている。一言で済むから超便利である。


3/24(金)曇り時々降雪 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 送別会
1:00起床、TV自閉症関連ドキュメント観る。文献・新聞読み、データ整理などいつもの如く。5:00ゴミ整理、袋に余裕あり出さず。7:20Taxi飯川経由駅に、そば処でカレー。8:10こまち。8:50-12:15大曲中通病院外来、天候の関係で往復Taxi。13:15-18:30飯川病院ボランティア。17:30飯川病院看護師送別会、かめ清、にて。21:00帰宅。21:30就寝。徒歩Σ8683歩。BRながら視聴:「サイエンスゼロ:iPS細胞10年」、「クローズアップ現代:フェイクニュース」。

パソコン購入した 旧製品は秋田市の回収システムに委ねる
 古いものを大事に使うことにこだわりを持っている私が、古いパソコンを一台廃棄し、MacMiniを新規に購入した。
 MacMiniは、内臓ディスクは1TB、メモリー8GB、CPUは2.6 GHz Intel Core i5とマックの機能としては下位から2番目程度である。
 私はワープロ機能を中心に使うのでそれほど高機能である必要はないのでこれで十分である。周辺機器は手持ちのを流用するのでMacMiniの本体だけでよく、比較的安く買えた。

 これの導入で自宅居間、書斎、飯川病院、大曲中通病院外来、中通病院医局のパソコンは機能に合わせて順次配置換えとなり、平均的に機能が高まった。

 廃棄するのはマックブックでCPUが2.4GHz Intel Core duo、メモリー2GB ハードディスク150GBで、確かに今となっては通用しないレベルになっていた。

 最新のMacのOSは10.12.3まで進化しているが、上記のマックブックはCPUの関係からOS10.6以上にアップグレードできない。
 加えて、私が頻用して来た、ワープロソフト、表計算ソフト、プレゼンテーションソフト、ハードディスク、スキャナー、プリンターなどはMacのOSはOS10.6以降では機能しない。だから、私にとっては使えなくなった。

 使えなくなったマックブック、ハードディスク、スキャナー、プリンターは廃棄は秋田市の小型家電の回収に出す。廃棄窓口は市内30ヶ所ほどにあるが、私は中央図書館明徳館を利用している。

 秋田市の小型家電の回収システムはとても便利である。従来はパソコンの廃棄は面倒で、仙台他のアップルストアに送る必要があった。

 使用済み小型家電のうち電子機器は「都市鉱山」とも呼ぱれ、有望な資源として注目されている。
 パソコンや携帯電話には、金、銀、銅、ネオジム、パラジウム、チタン、バリウム鉛、インジウムーなどの貴重な金属が含まれる。
 日本の都市鉱山の蓄積量は、金の場合は6800トンで、これは世界の埋蔵量の16%に相当する量である。

 少資源国である我が国は、リサイクルに対する意識をもっと高めるべきだと思う。小家電は資源の宝庫である。新製品はお金を出せば購入できるが、同じ視線でリサイクルについても考えたい。

 秋田市の小型家電のリサイクル制度はとても有用だと思う。有効に利用したいものである。


3/23(木)雨雪、曇交互に やや寒い 外来 飯川病院   
1:00起床、新聞文献、雑誌チェックとPDF化。読書。6:20-7:20徒歩飯川病院。8:45-13:00外来+患者病態検討。13:10飯川病院。入院患者対応、17:40徒歩通町書店に、16:10バス乗車、18:30帰宅、夕食、20:30就眠。徒歩Σ16255歩11138Km。BRながら視聴:,「鉄道王国物語:みずかぜ」、「ゴルバチョフ:日ソ交渉」。

秋田県、秋田市の職員の人事移動はなぜ新聞に? 
 毎年この時期になると秋田県の県警、教職員、県庁の各部署の他、秋田市の職員の人事移動が発表になり、地方新聞の1-3面ほどを数日占拠する。これは不思議なことだとかねてから思っていた。
 私は新聞掲載の歴史と背景を知らない。だが、新聞購読者として不快に感じている。私は4紙購読しているが各県の名簿の人数と字数に圧倒される。
 行政機関の人事異動は、定年退職者、人員補充、新採用者の配属、人員整理、機構改革、降格・昇進などを含む適材の配置など多数の因子が絡んでいる、と思われる。
 公務員は許認可の決定権を持っていることが多く、長期間同じポストを同じ職員が占めることは、時に不祥事の温床にもなる。

 私は人事異動の名簿など見たくもないが、大変な人数の異動が行われると感心する。これらを過不足無く、間違いもなく配属を決める部署の能力と業務の煩雑さは大変だろうと思う。ほぼ出来上がった状態で不都合が生じ、芋蔓式に変更を余儀なくされることも少なくないと思う。大変な労力を要するだろう。この点に関しては人事関係の職員の能力に頭が下がる。
 
 私は前から、何で公務員の人事を新聞が報道するのか?と不思議に思ってきた。
 異動対象の職員にとっては影響は全ての職員にも、家族たちにも及ぶ。されど組織で働くならやむを得ない。

 新聞報道する理由は何だろう??毎年感じる疑問だ。
 私の疑問と感想を並べてみた。
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 @ 税で賄われている公務員の人事は行政が納税者に報告するのは当然。その有用性は論を待たない。しかし、本来は県とか市が責任もって納税者に広報すべきである。

 @ 新聞社にとって報道すべき価値があると判断しているのなら掲載するのは自由だが、購読者の意向調査などやっているのだろうか。読む購読者は居る?

 @ 県や市が正式に発表すべき。新聞社と県や市との間で何らかの合意とか費用分担などの契約があるのだろうか。

 @ 税を納め、かつ新聞購読料を払っている納税者、読者の立場から見れば二重払いになる。

 @ 新聞は地方紙といえども県民が全て購読しているわけではない。だから、新聞に掲載したからといって県民に広報したことにならない。片手落ち。

 @ 県や市には全戸配布の広報誌がある。これを使って広報すべき。

 @ 年に一回の移動の名簿より、いつでもスタッフ名を確認できるように県や市はホームページに公開しておくべきであろう。私は公務員は個人名を公開されてしかるべきだと思う。

 @ 一般人にとってこれらの名簿は本当に必要なのか??講読者に直接関係の無いであろう自治体の異動まで読ませる必要性はどこにあるのか?

 @ 部課長以上の移動はニュース性がある。末端までの人事異動が新聞報道されるべきか疑問?
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 人事異動欄を見て、驚くのは公務員の多さである。県内にどれだけの公務員がいるのだろう。手元のデータでは、平成27年4月時点で県職員数は14.833人、人件費は26年で1.422億円となっている。この数値が秋田県にとって適正か否かの判断は私にはできない。県民一人当たりの人件費は14万円となっている。

 人事異動の新聞掲載について再考願いたい。


3/22(水)快晴・風強し  飯川病院ボランティア 
1:00起床、文献整理関連ほか。ネコによるパソコン落下防止装置作成。ネコ網戸破壊防御用グッズ作リ始めたがなかなか困難。院長午後所用あり留守番のために飯川病院ボランティア。12:07バスにて飯川病院へ、12:30-17:50飯川病院ボランティア。18:30帰宅、夕食、20:00就眠。BRながら視聴:「歴史秘話ヒストリア:ポンペイ」,「昭和は輝いていた:南極観測隊」,「解説前後の理解度の差」,Σ8290Km。

身近にあった食品2017(2) ヤマザキ「薄皮パン」シリーズ
 最近、ヤマザキ「薄皮パン」を食べている。

 これも1月中旬に読んだマンガ『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!(1)(2)(3)』の影響である。(<a href="http://blog.goo.ne.jp/mfukuda514/e/6f4bffb2f156d8fb655d477d301567db">本 漫画『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!(1)(2)(3)』清野とおる著 講談社</a>)

 私は朝食は、残り物などを中心に自分で適当に見つくろって摂るが、買い置きがあってもあまりパンを好まない。米飯を好む。パンの中では食パンよりは菓子パンを好む。その中では特にあんぱんがいい。しかし、パンの購入はほぼ全て家内であり、菓子パンを嫌っている様なのでので滅多にあんぱんを食す機会はない。それに、通常のあんぱんは私にはちょっと大きすぎる。
 
 この本に紹介されていた「薄皮パン」に興味を感じて早速求めて見た。
 直径が6cm、重さ35gのパンが5ケ入っている。スーパーに「薄皮つぶあんパン」と「薄皮チョコレートパン」があったので両方求めて見た。両方とも美味であった。好みから見てつぶあんの方が良かった。
 小さなパンが5ケで一袋になっている。私にとってこのサイズのパン1-2ケが朝食としてちょうど良い。しかも、通常のあんぱんタイプも含めたくさんのバリエーションがあるらしい。

 その後、手に入れたのは、「薄皮ピーナツクリームぱん」、「薄皮つぶあんぱん」、「薄皮チョコパン」、「薄皮こしあんぱん」、「薄皮ミルキークリームパン」である。漫画「おこだわり」によると期間限定品を含めると100種以上は発売されたという。

最近求めた「薄皮ピーナツクリームぱん」。20%引きであった。

 全く知らなかった。」
 薄皮・・と言えば浮かんでくるのは郡山近辺の、新幹線車中でも買える福島土産の「薄皮饅頭」の方であったが、今は薄皮といえばヤマザキ「薄皮パン」シリーズの方になった。「薄皮饅頭」は全体が薄皮で覆われアンを味わうのに都合良い。作るのに大変だろうと思う。「薄皮パン」はカット面でもわかるように上部が厚くできておりパンの体裁をきちんと保っている。だから私にとって主食になりうる。
 まだ数種類しか味わっていないが、「薄皮パンシリーズ」はどれも小さく美味しい。今後も機会あるごとに購入してバリエーションを増やして生きたい。

 「薄皮パン」と同時に、いままで食べたことのないフランクフルトにも手をつけて見ている。強烈に油っぽく、二の足を踏んでいる。


3/21(火)快晴温暖?夕方から降雨 外来 飯川病院
0:30起床、いつもの如し。5:50可燃ゴミ提出、7:30徒歩飯川病院に。8:45-12:20中通総合病院外来。13:00飯川病院、微睡など。14:00-18:30勤務。入院患者対応。19:10帰宅。夕食、20:30就眠。BRながら視聴:「コズミックフロント:謎の凶星メネシス」、「ぶらぶら美術博物館」、「団塊スタイル:健康寿命を延ばす」。Σ12288歩。途中市場にてネコ対策グッズ購入。

身近にあった食品2017(1) ポテトチップス
 私はポテトチップスを食べたことはなかった。
 約一月ほど前に初めて口にした。入れ込む様な魅力はないが、結構美味しい。この間いろいろな種類を探してはぽりぽりと食べている。

 食べ始めたきっかけは1月中旬に読んだマンガ『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!(1)(2)(3)』である<a href="http://blog.goo.ne.jp/mfukuda514/e/6f4bffb2f156d8fb655d477d301567db">本 漫画『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!(1)(2)(3)』清野とおる著 講談社</a>。ポテトチップスに入り込みこだわり続けている人についての項を見て興味を持ってからである。

 我が家では3人の子供が育った。彼らは育ち盛りの頃スナック菓子としてポテトチップスを食べていたはずであるが、私は一度も食べる機会がなかった。それとも我が家ではスナック菓子が禁止されていたのか?

 私は子育ての頃は在宅時間が少なく、食事も一日一食にしていた。この頃は食品に対する興味もあまりなかった。用意される夕食を食すだけ。
 今は朝晩の服薬もあるので三食きちんと食べている。むしろかつてより食べることへ興味が湧いてきて、太ってきている。

 ポテトチップスの味を知って以降、スーパーに行った時などポテトチップスのコーナーを覗く。多彩な袋が陳列されている。大部分カルビーとコイケヤの製品である。
 
 これほどの種類が市場に出ているということは、消費者の好みも多彩で、しかもどれも一定量売れているということだろう。
 絶版品を含めると300種類以上はあるという。スナック菓子の代名詞にもなっていると言われる所以がわかった。


 (袋は通常のポテトチップス、筒状のはポテトチップスクリスプで輸入された粉末状の乾燥じゃがいもから作られる)

 今まで食べたのは、@コンソメ系 パンチ ダブルなど  @のりしお  @うすしお味  @フレンチサラダ  @ガーリック味  @ピリ辛系  @その他、全部で10数種程度である。なかなか名前が出てこない。
 どれも美味しかった。強いて好みをあげればピリ辛系であったが、これはダメ・・・というような味のものはなかった。

 一気に一袋食する人もいるようだが、私は一回数枚程度で止める。見るからに太りそうな菓子である。

 チップス系のスナックとして私は、バナナ、サツマイモ、れんこん、りんご、カボチャなどのドライフーズの方が好みである。

 一冊の漫画を契機としてポテトチップスを経験してみた。
 若い世代を中心にかなり受けているようであるが、私にはそれほどしっくりと来なかった。歳のせいか? まだ、味わったのはホンノ一部にとどまるが、ポテトチップスはこれで終わりにする積りである。


3/20(月)春分の日 快晴 春の準備種々
 1:30起床、いつもと同じパターン。データ整理。午前は除雪機整備、収納。飯川病院雪囲器具収納、コモ収納。ガレージ内の植物外に並べ、掃除。プリタイヤ交換。夕方からデータ入力整理。19:45夕食、 21:00就眠。録画視聴:「らららクラシック:ニュルンベルグマイスター序曲、熱情 他」。Σ10017歩。

映画:「沈黙サイレンス」(2) 信仰とは何か 私はまだ理解できない
 この作品を観ながら宗教とは何か??と考えた。
 人間社会の歴史には常に宗教問題がつきまとう。私は自分としての考えを確立しているわけではない。今のところは宗教は死にまつわる考え方、哲学の集大成、思想の一つであり、各々の宗教に普遍性があり、人々を束ねる文化・習慣であり、一部は集団催眠状態ではないか、と思っている。

 日本の宗教の原点は死であり、霊魂であるが、その上位に自然宗教が存在している。森羅万象に神の発現を認めるから最初から寛容性を備えている。しかし、政治的には邪宗として寛容されない不幸な時代があった。
  
 私は、神仏に関連した行事に適宜参加しているが、自分から積極的に行動することはない。神仏に関連した行事は私にとって宗教観に依ると言うより生活習慣の範囲だからである。
 そんな軽い考えしか持っていない私にとって、この映画はある面では重すぎるテーマであり、観終わった時は衝撃的でさえあった。

 「沈黙サイレンス」は不寛容な過去の時代の物語である。当時キリスト教は激しく弾圧され、拷問され、生活上で圧迫され、多くの血か流れ、命が失われた。
 信仰を持っていても具体的に生活が楽に豊かになるわけではない。なのに、死をかけてまで信仰を貫くそのエネルギーは何なのか。私の理解を超えている。
 既存の宗教では救われなくて新宗教にすがる人々もいる。
 宗教の背景の一部は集団催眠状態ではないか、と私が考える所以でもある。

 宗教でなく、個人的な信念なら理解はできるような気がする。

 この映画は、完成された今となってみれば、現代社会への警鐘を鳴らすことになった。
 9.11同時多発テロを嚆矢とするイラク戦争、混乱、シリア紛争、イスラム国の台頭、大量の難民の発生、EU、これらが時間を経てトランプ大統領につながっていった。

 宗教と共にやってくる異文化への恐れ、他宗教信者への不寛容な考えが、時代の潮流となりつつある。トランプ大統領は聖書に手を置いて宣誓し、就任演説で神の民としての米国民の団結を促し、過激なイスラムのテロを根絶することを語った。
 この不寛容な時代の変化に合わせて、映画「沈黙サイレンス」が公開されたことは偶然かもしれないが、意義あることのように思う。
 
 神は、信者が厳しい状況を迎えている時にもなぜ黙っているのか、は映画「沈黙サイレンス」の主要テーマである。新約聖書でイエスは、愛と寛容を教える。ロドリゴは途中で疑問を抱くが、死の直前になって、苦難な時にも姿を見せることがなく、言葉を発することのなかった神と自分の間に、どんな力によっても奪うことのできない魂のつながりを自覚する。
 そして、神の眼差しを感じさせる宗教的映像で幕を閉じる。

 原作は50年も前に発表された敬虔なクリスチャンであった遠藤周作による小説であるが、氏の中にも信仰に対する葛藤があったのではなかろうか。氏は、宗教を無批判に受け入れるのではなく、信じること、疑うこと、葛藤や懐疑の情念が生じるのは半ば当然のこと、という立場で包括的に描いている。

 素晴らしい作品であった。登場した日本の俳優も名演だったと思う。


3/19(日)快晴温暖 飯川病院日直
1:00起床、体調は改善。蓄積データの整理と確認、本読み、文献読み。8:38バスに乗りおくれ家人の車で飯川病院に。9:00~17:00日直。花壇の雪囲い回収。18:00検食。録画ながら視聴:「バクモン:神田神保町」、「CoolJapan:刃物」、「昭和偉人伝:佐治敬三」、「あらすじ名作:落語」、「プロファイラー:マータイ」他。多数の蓄積データ整理処理。18:00家人の車で帰宅、19:30夕食。21:00就寝、Σ10658歩。45回結婚記念日:二人揃って生きていることの喜びと意義をしんみり味わっただけ。

映画:「沈黙サイレンス」(1) 原作:遠藤周作 信仰とは何なのかを重く問いかける
<div style="text-align:center">映画『沈黙 -サイレンス-』日本版予告編




 秋田駅に隣接するAlveにある映画館ルミエールは行きやすい。しかも高齢者割引で1100円で観れる。先日「この世界の片隅で」を觀たが、サービス券のポイントが5回に達し、2月末日までに限って一回無料で観れることになった。思いがけないチャンスである。
 大幅な高齢者割引がある上に5回で1回無料で観れるということは大した優遇である。この機会を逃すのは勿体無い。
 それであえて避けていた話題作「沈黙サイレンス」を観ることにした。

 江戸時代の隠れキリシタンの弾圧を描いた作品で、原作の遠藤周作「沈黙」は、約50年前に出版された。長崎の五島列島のキリシタン信仰を描く。信仰の核心にせまる小説で、宗教に対しいくつもの根源的な問いが投げかけられる。その問いの重さにただ圧倒される。発売まもなく私も本を手に取ったがあまりの重い内容でついて行けず、中途で読むをのやめていた作品であった。後ろめたさがあった。だから、静画をパスしようと思っていた。

 「沈黙サイレンス」はハリウッドで活躍するマーティン・スコシッシ監督により映画化された。原作と出ってから28年の歳月かかかった、という。


 あらすじは以下のごとく。ある新聞の評を参照し、ネタバレしない範囲で記述した。

 キリスト教が禁じられていた江戸時代初期の日本に向けて、ポルトガルの宣教師ロドリゴがリスボンを立った。恩師フェレイラが日本で拷問を受け、信仰を捨てたという情報が入っていた。あれほど立派な神父に何かあったのか。

 日本に着いたロドリゴは信徒が暮らす村に入る。だが、潜伏が役所にばれ、村の2人が拷問を受け殺される。ロドリゴは村を去る。
 信徒と疑われた人は、「踏み絵」を求められる。拒めば死が待っている。ロドリゴは放浪の途上思う。これほどひどい信徒への迫害をなぜ神は沈黙したまま許しているのか。「万一、神がいなかったならば村人たちは死なないで済んだ’・・・」。そんな疑いが頭をもたげる。
 恩師フェレイラに会うことができた。師は信仰を捨てた理由を語る。転ぶまで、信者が拷問され、うめく声を聞かされ続けた。如何に求めても神は決して現れず沈黙を守ったままだった。
 フェレイラが言う。「もしキリストが同じ目にあえば、愛のために信仰を捨てたであろう」と。
 ロドリゴもフェレイラと同じ苦しみに直面する。ロドリゴも神に問いかけるが、神は沈黙したまま。信仰を貫くか、目の前の信徒たちを助けるために踏み絵を踏むか。追い詰められた神父はついに決断をする。ロドリゴが絵を踏むために足を上げたとき、足に重い痛みを感じ、踏み絵版に描かれた「あの人」の声が聞こえたように思った・・・・。



 場面はほぽ自然界そのものを利用している。そのため美しい。音楽は抑制的にしか用いられない。自然の音が豊かに採取され、有効に用いられている。それはキリストという人間的な形をした信仰対象を持つ宗教と、自然を通して沈黙の神の声を聴き取る、日本の古来からの信仰を象徴しているようだ。

 日本の古来の宗教の中では神の「沈黙サイレンス」は当然のことであり、信者は神の声を求めていない。自分の心の中で聴くのだ。


3/18(土)曇り・寒波
 1:10起床、文献検討、徒然など、午前はデータ整理、ネコ世話など中心。午後微睡、その後いつもの上腹部痛で活動低下、家に篭る、3週間ぶりか、データ整理。プロバイダーRNACに奪回申し込み。メール配信整理。19:00夕食。20:30就寝。午後、録画視聴:「N響定期未視聴分数回分」、「読売日本響演奏会:白鳥、ボレロ」。室内のみΣ7794歩。

四季2017(5)私にとっての春が訪れた
 ついに、私にとって春訪れた。例年に比較してやや遅い。
 私の定義による冬は2月12日に終わった。 

 私の四季の定義
■冬 除雪を要した期間。本年は1月6日-2月12日まで。
■春 除雪が不要になった日から桜が散るまで。

 私は四季を上記のように分類している。かんかん照りの夏が大好きな一方で、降雪期には除雪のストレスに苛まれる私にとって、これが合理的な分類である。

 私にとっての今季の冬の訪れは1月6日。暦上の冬になってからも小雪は時折降っていたが、新年を迎えてからもまだ除雪を要さなかった。

 今季は雪が少なかったが短期間に集中的に降ったように思う。降雪量も多かったような気がする。秋田の降雪統計が出ていないのでわからないが、私の除雪回数から判断すると、昨年は除雪の回数は1月16日から3月3日までで計6回。今年は1月6日-2月12日間に計11回であった。除雪は集中的に行わねばならなかったが、その代わりに期間は短く、私にとっては過ごしやすい、いい冬であった。

 雪が降らなくなってからも2-3月は結構寒気が居座った寒い年であった。そのために道路脇に積み上げられた雪はまだ塊として残っている。
 この一週間ほどは春らしい日差しと暖かな気温が得られている。しかし、陽が陰るとみるみる寒くなる。

 福岡県で桜が開花しそうだとのニュースがあった。来週中には開花となるらしい。

 今年は3月2日から朝の通勤は原則徒歩にしている。6:30に家を出るのでその時間帯はまだ寒く、手袋が離せない。

 春になると園芸や畑が始まる。マネージャーの家内はやる気満々であるが、作業係の私の体力・気力は減退しつつある。春を迎える喜びは大きいが、ストレスも始まる。今年はどう折り合いをつけるか、思案中である。


3/17(金)快晴 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床、文献・新聞読み、データ整理など。5:00可燃ゴミ整理、45Lの袋に若干の余裕あり、提出は次週に。7:20Taxi駅に、7:40新幹線開改札付近に開店したそば処にて朝食、若干濃厚。8:10こまち、徒歩病院、9:10-12:15大曲中通病院外来。13:30-18:40飯川病院ボランティア。19:10帰宅、夕食、20:30就寝。録画ながら視聴:「日本視察団:冬の日本食」、「慢勉:山下和美」。Σ10632歩11090Km。

日本語2017(2) 日本語にして!!! 「コグニサイズ」、「ペアレントメンター」って?
 「コグニサイズ」ってなんだ??
 これは秋田大学が昨年9月から東成瀬村で姶めた認知症予防運動プログラムの名前である。なんで日本語で「認知症予防運動プログラム」と言わないのだろうか、と思う。

 コグニサイズとは国立長寿医療研究センターが開発した、脳と体を同時に使うことで認知症を予防あるいは改善しようとするプログラム。英語で認知を示すコグニションと運動を示すエクササイズを組み合わせた造語である。
 計算やしりとりなど頭を使う作業と、有酸素運動の二つを同時に行うことで脳を刺激するもので内容的には問題ないし、これから価値を持っていくだろう。
 私はこの名称が嫌なだけである。

「ペアレントメンター」ってなんだ??
 発達障害の子の保護者に対し、先輩保護者として相談に応じるのが「ペアレントメンター」という方々。日本自閉症協会が2005年度に養成を始め、厚労省も支援策として位置づけている。
 専門家とか有資格者ではないが、子育ての悩みや不安を同じ親の立場で聞き、助言や情報提供を行う。
 発達障害は周囲から理解されにくく、親は一人で悩みを抱え込みがち。親の病気に対する理解の向上、心の安定は、子どもにより良く接することにつながる。活動自体は意義あることと思うし、これからますます価値を持っていくだろう。
 10年以上活動しているが、社会的にはまだほとんど知られていないという。秋田県の現状は知らないが、隣県の岩手では20人が活動しているという。こんなカタカナ語で「ペアレントメンター」といっいてもなかなか普及はしないだろう。
 どんな日本語名にするかは私も考えが及ばないが、その道に詳しい方なら思いつくのではなかろうか。

 「ケアボス」、「セルフネグレクト」ってなんだ??
 ・・・・日本語の方が相応わしいカタカナ語はまだいろいろある。


3/16(木) 晴れ 外来 飯川病院 
0:30起床,文献多数検討など。本読み、録音データ整理など。7:30徒歩飯川病院着。8:45-13:00中通外来。14:00-18:30飯川病院、19:00帰宅、夕食、20;30就寝。録画ながら視聴:「林修:今でしょ講座(2-3)」、「日本人の3割しか知らない--3本」。Σ13369歩。

日本語2017(2) 日本語にして!!! 
 歳と共に日本語に対する興味も増してきた。かつては多少間違った使い方があろうと無視してきた。自身が書いた文章等を返り見ても、かなり間違った使い方をしてきたなあ、と今更ながら不勉強を嘆いている。

 私たちは3種類の文字、すなわち、漢字、カタカナ、平仮名を駆使して文章を書いている。これに加えて医学論文などはアルファベットも適宜用いている。外来語としてカタカナで表記するよりもアルファベットをそのまま用いる方がニュアンスが伝わり易いことが少なくない。

 この様に3種類、ときに4種類で言葉を表している国は恐らく日本だけではないのだろうか。しかも、この混在がとても心地よいのだ。漢字だけでは到底読み取れないし、平仮名だけでも、カタカナだけでもとても読みがたい。長い文章を斜め読みできるのもこの混在があってこそである。

 この4種の混在が文章としてニュアンスを伝えるのにとてもよいし、用いられた字面から一瞬にして意味を理解することができる。

 ここからは冗談であるが、ある外国の学者が日本の医師のカルテを見てすごい!!と驚嘆したことがあるという。カルテには、ドイツ語、フランス語、英語、日本語混じりの文章が記載されており、さらに日本語も数種類異なった字句で表記されている・・と!!! なんてことはない、医師の多くは一つの言語でカルテを記述できる語学力がないために知っている単語をごちゃまぜに用い、それを日本語で連ねてあっただけなのだが。

 とこらが、最近、外来語が急速に増えて来ていて、ちょっと問題と、私は思う。 

 最近、医学関係の言葉、行政の用語にもカタカナ語が氾濫しているようである。とても素晴らしい日本語、漢字があるのに勿体無いことだと思う。

 秋田は世界的な超高齢社会である。そんな秋田で秋田市がカタカナ語を多数採用している。若手にとってはスッと入ってくるカタカナ語でも高齢の方々にとっては意味不明のカタカナが並んでいるだけであって、記憶力・記銘力が衰えた状態の方には覚えるのも大変で、気の毒である。

 秋田市では2010年から「エイジフレンドリーシティ構想」がスタートした。日本語では「優しい街づくり構想」と言うことになる。高齢者にとって住みやすい都市環境・都市機能を高め、自立している高齢者、介護を必要とする高齢者にも隔てなく配慮するというなかなか良い構想である。
 しかし、本当に高齢者に「優しい街」をつくろうということであれば、日本語で「高齢者に優しい街づくり構想」としてはどうだろうか。

 私は安易にカタカナ語を採用して欲しくない、と思う。カタカナにしただけでイメージアップにつながるという考えであろうが、日本語はそれ以上に素晴らしい言語である。

 今まで取り上げたのは

「エイジフレンドリーシティ構想」、「リンデンバウム」「リンデンバウム」って何だ??(2)「ローカルコミュニティーエリア」「エイジフレンドリーシティ」

「フレイル」もっと分かりやすい日本語に(3)「フレイル」ってなんだ?

「オノマトペ」もっと分かりやすい日本語に(2)「オノマトぺ」ってなんだ?、

「サルコペニア」、「ロコモティブシンドローム」もっと分かりやすい日本語に(1)??「サルコペニア」、「ロコモティブシンドローム」 、

「ネウボラ」「秋田市版ネウボラ」とは何?? 秋田市は横文字好きだね・・・などである。


3/15(水)  曇りのち快晴に 飯川病院ボランティア 
 0:30起床,文献多数検討など。録音データ整理など。Yahoo、朝日デジタル、VISA解約。BRながら視聴:「N響定期」、「バンベルグ交響楽団」演奏会視聴。12:50バス、通町コーヒー購入から徒歩、13:30飯川病院ボランティアに。BRながら視聴:「日本視察団:日本の城」、「林修:今でしょ講座(1)」。18:00バス帰宅、19:00夕食、新MacMini書斎にセット。旧機種は大曲に出張予定。Σ8586歩。

日本語2017(1) 日本語にして!!! 「インデンバング」って何?
 とあるスーパーで、女性の高齢者が通路に置いてあった踏み台に座りこんでいた。疲れたのであろう、女佳従業員が優しく「あちらにコミュニティーコーナーがありますのでどうぞ」、といった。一発では通じなかった。それほど優しく声かけるのなら「休憩所」といってはどうなんだ!! と思った。
 そういえば町内にもコミュニティーセンターなるところがあるが、何するところなのか??これだけでは施設の機能はわからない。

 日本語はとてもタフな言語だと思う。その融通の広さに感嘆させられる。他の言語について詳しくないが、日本語は外来語を吸収する力、自国語に取り込んでしまう力は、世界のあらゆる言語の中でもトップクラスなのではないか、と思う。でも時に、ちょっと過剰ではないか?とも思う。

 昔から、高齢者は日本語が乱れている、と嘆く。私もかつては「年寄りがまた・・・」と思ったが、気づいたら私もすっかり年取ってしまい、それとともに日本語が気になってきた。つくづく日本語は難しいと思う。心に響く美しい表現もある。続々と日本語についての本が出続ける所以でもある。
 
 私も毎日小文を書いている。間違った日本語を用いないように、注意している。壁に突き当たったら足元においてある「講談社版 日本語大辞典」を持ち上げる。もっと学びたい分野でもある。

 外来語の日本語化は英語由来の言葉の応用が多い。私は不十分な英語力を恥じて、今も少々英語を勉強している。だから、英語由来の単語に困る事はほとんどない。
 しかしながら、そのような環境になかった方、特に高齢者の方々にとってはなかなか理解できない、と思う。

 私が勤務する病院と別法人であるが近い関係に「いずみ会」がある。特別養護老人ホームとして「リンデンバウムいずみ」、ケアハウス「スプリングヒル」、地域包括センター「リンデンバウム」などカタカナ語の施設が並ぶ。

 「リンデンバウム」はシューベルトの歌曲集「冬の旅」第5曲目の名前。私には全然違和感がないのだが、横文字に、音楽にも詳しくない方々には覚えられない。だからこの名称をめぐっては時に笑い話が発生する。

 以下の話は2002年に外来で経験した話である。
 80歳ほどのご高齢の夫婦が、今度「インデンバング」と言うところに申し込みたいんですが、どんなモンでしょうか??、と言う。 ?何だろ?インデンバングって。

 高齢者の方の外来診療は決して楽ではない。話がうまく通じないことも多々ある。何度か聞き正していくうちに老人ホームのようなもの、と解ってきた。しかし、そんな格好いい名前の施設を私は知らない。息子さんが住む埼玉なのか??と思ったが、どうも秋田市内にあるらしい。それ以上聞き出そうとしても埒があかず秋田市内の施設一覧表にもない。電話帳にもない。

 ハッと気づいた。「インデンバング」でなく「リンデンバウム」でないのか?その後はさらさらと話が進み,患者の意向を理解した。この間約10分、何度か「インデンバング」でなく「リンデンバウム」だよ、と大声で教えたが相変わらず「インデンバング」・・・と繰り返す。
 で、この夫婦、診察終了後も待合室で「インデンバング」・・と言っているのが聞こえる。

 私どもが何とはなしに使っている外来語混じりの日本語、高齢者には覚え直すのが難しいのかもしれない。


3/14(火)降雨  外来 飯川病院
0:30起床、新聞・文献チェック。5:00降雨の中可燃ゴミ提出、7:40雨のため家人に同乗、飯川病院、8:40-12:20中通病院外来。飯川病院、微睡、14:00-18:40勤務、気管カニューレ交換、外来など。19:00帰宅、夕食、20:30就眠。Σ8462歩。録画ながら視聴:「国立西洋美術館:クラナーハ展」、「日本視察団:町工場」。19:10帰宅・夕食、20:00就寝。

森友学園(4) 鴨池理事長は周囲を煙に巻く魔術師か??
 安倍首相の妻昭恵氏が私人とはいえ「名誉校長」に就任していたりしたのは実に不用意であった。昭恵氏と森友学園や理事長との関係はどのようなものだったのか?今までの報道を見ればうまく利用された感じだが、配慮に欠けていた。影響力があるのだから言動には慎重な判断と、責任が求められるのは当然。
 今度は真偽は定かではないが、総理から100万円寄付があったと発言し、周囲を驚かせている。稲田氏の発言は一段落。

 森友学園問題は、急転直下、学園側が小学校設置の申請を取り下げた。この撤退の手際の良さは見事でもあるが、背景はよくわからないし、今まで開校準備を重ねてきた法人はかなりのダメージになると思われるが、その様子は見えない。

 鴨池氏にまつわる手腕、さまざまな、そして高い関門をいとも簡単にクリアしていった能力は驚嘆に値する。豊かな人間性か?生来のペテン師なのかわからないが、関係する人たちはうまく丸め込まれた??の感は否めない。

 一つは国有地払い下げ。闇に包まれたまま。
 国有地を売る場合、厳格な価格決定と透明性は欠かせない。この基本から逸脱していなかったか?行政の不透明な対応が目立っている。検証が必要。本当のゴミの撤去費はいくらなのだろうか。それを評価した大阪航空局の判断は未経験だったと言うが、判断は相応のものだったのか?

 学園側は、実際の撤去費は「1億円くらい」と述べた後、「はっきりわからない」などと取材に曖昧に答えている。どこからこの価格が出てくるのか?

 財務省は「適正な時価だ」、「格安で売ったのではない」と説明するが、国は地下のゴミについて埋蔵量や範囲、撤去費をどう評価したのか??どこからこの論理がなり立つのか?明らかにすべきである。学園側がごみをすべて撤去したのか確認もしていない。
 財務省は交渉が成立した時点で記録を廃棄した、という。廃棄は実際には法的には問題がないそうだが、こんなことがあるから記録は一定期間残しておくべきだろう。法以前の問題だが、法を縦に主張するなら法を改正すべきだ。

 失った政治への不信は情報開示によってなされるが、今回のこの事件はまだそんなレベルに至っていない。

 まだ残る疑問点。
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 理事長の政治力?魔力?は相当のものに見える。教育者としての資質は?キャリアはあるのだろうか?
 本人の学歴や就業歴に詐称があったようだ。
 愛知の私立学校が推薦枠提供と虚偽報告。
 雇用予定教員リストに男性の名前を無断記載。
 校舎建設費が異なる3通の契約書があった。
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 こんなの、まともな感覚なのか?

 少子化の中、今時学校を新たに開校して成り立つのか、という疑問もある。系列の幼稚園で行われていた異様な教育内容に対し、これでまともな教育ができるのか?疑問である。
 入学希望者は5人だった??との報道もある。

 森友学園問題はまだまだ流動的でよく分からないし目が離せない。しばらく時間をおいて方向性が定まるのを待つしかない。


3/13(月)快晴寒 健康クリニックドック 飯川病院 
0:30起床、新聞・文献チェック。その他蓄積データ整理。7:30徒歩飯川病院着。9:00-11:00健康クリニックドック。年度末で対象者少ないが多発性骨髄腫の家族の苦悩を聞く。11:45飯川病院、微睡、14:00-18:45勤務。BRながら視聴:「そこまで委員会:森友問題、豊洲問題ほか」、「世界は今:中国の動き」、「池上ニュースそうだったのか」。19:10帰宅・夕食、20:00就寝。Σ12737歩。

森友学園(3) 土地の地歴は?? 国有地売却が非公表だったことから始まった疑惑
 森友学園問題はこじれにこじれて、結局は開校の認可手続きを取り下げた。
 これでかなりの部分落着しするな、と思ったが、今度は稲田防衛大臣が虚偽答弁ということで俎上に上がってきた。

 考えてみれば馬鹿らしい問題で大騒ぎしているとの印象であるが、根本の問題はどこにあるのだろうか?よくマア、次々と変なことばかりが積み上がっている。理解し難い事件である。

 私がこの問題を初めて知ったのは2月10日の新聞報道であった。
 学校法人森友学園に国が払い下げた豊中市の国有地の売却額は何と通常の1割り(??)だった。しかも、財務局が売却額などを非公表にしていた。国有地の売却は原則公表とされている。最近の国有地払い下げ件数は30件を超えるが、売却額が公表されていないのはこの件のみである。ここにこの問題のスタートと怪しさがある。

 森友学園が購入した土地の隣接地は財務局が豊中市に売ったが、価格は森友学園への売却額の約10倍であった。評価額9億5600万円の国有地を、地中に埋まったゴミの撤去費用8億円を差し引いて、1億3400万円で森友学園が異常に安価に購入している。価格を差し引いたと言うことは森友学園側がゴミ撤去をする、と言うことである。

 同法人との契約に関わった財務省近畿財務局が記録を廃棄したため真相は謎だが、撤去に8億円もかかるだけの大量のゴミがあった??

 当該の国有地は国土交通省大阪航空局管理の未利用地だった。路線価に基づく国有附産管理台帳の台帳価格は7-8億円程度。

 問題の国有地の土地歴は?問題となったゴミはどこからきたのか??

 市の担当者は森友学園の工事で出た産業廃棄物の「埋め戻しがあったかどうかは現場で確認できなかった」と説明。現場に建築に伴ってゴミの保管を明示した掲示板もなく、廃棄物処理法の保管基準に違反するとの見解を明らかにした。またゴミを運び出した様子は見られなかったという。要するに、校舎建設に伴って出たゴミはどこに行ったのか??

 撤去に当たった業者が「掘って出た汚染土を埋め戻した」との証言もある。「埋め戻しが事実なら、同法違反になる」としており、土地所有者の森友学園側から事情を聴くことも視野に入れている。

 この付近にはかつては4つの池があったらしい。豊中市が処理できなくなったゴミを池に捨てていた。したがって、公的にゴミ問題は存在した土地らしい。そこを業者が買い取ってアパートや文化住宅を建てたが、伊丹空港にB滑走路ができて、騒音問題が生じて、住民は立ち退きとなり空き地になっていた、という。当該地は大阪航空局の管理下にあった経緯である。また、ゴミ撤去の費用評価に大阪航空局が関わったことの理由はここにある。しかし、大阪航空局はゴミ撤去の費用評価などの経験はない。

 周辺一帯は再開発され、学校や公園、道路が整備されているが、それらの工事の際にゴミの問題は出なかったのだろうか?

 これで、当初疑問に思った点の一部は理解できた。


3/12(日)晴れ・寒い
 0:30起床、新聞チェック。関連文献検討、本読みなどほかいつもの如く。午前はデータ整理中心。午後は陽気につられて外仕事。バラを覆っていた曲防雪カバー撤去、雪かき小道具整理、窓拭きなど。録画視聴:「らららクラシック:心にツンとくる曲」、「N響定期公演2回分」。19:00夕食、20:00就眠。Σ11593歩数。

原発事故からまる6年(2) 福島を身近に置くことから始めては?
 昨年、横浜に避難転校した小学生の手記が注目された。私は「なんかいも死のうと思った、でもぼくはいきるときめた」を流行語大賞2016に推薦したかったほどである。

 このような事例はその後次々と明らかになった。
 「東京災害支援ネット」は福島県から東京都内へ自主避難した子ども3人が2011〜15年に、通学している千代田区立小学校でいじめを受けたとする調査結果を発表した。
 同ネットによると、「放射能バンバン」と繰り返し言われた。中学生の男子生徒は「菌がうつる」などと言われ、名前に「菌」をつけてよばれ、菓子などをおごらされていた。

 子供達のいじめ環境の下地には大人たちの偏見があり、それらが家庭内で子供達に植えつけられる。

 子供の世界だけではない。原発事故の影響で物流が滞ったなどの苦労を乗り越えて、デザイン性の優れたひざ掛けを開発したある企業は、県内の繊維産業の高い技術を欧州ファッション界に売り込む計画を進めている。フクシマをブランドに、とも考えて商談を進めているが、海外で、「日本の福島から来た」と言うと、相手が一歩引く、と言う。遠い欧州でも原発事故への偏見・差別感が根付いている。

 水俣の例から見て差別感の解消には時間がかかると思われる。これを何とすればいいのか??

 私は、科学的な因果関係を十二分に説明し続けることも大事であるが、日常の生活を通じて福島と親しみを持つ関係になることから始めるしかない、と思う。
 その身近な方法として福島産の物品を購入することから始めるのが手っ取り早い。もし、食品の汚染について心配だ、健康に自信がないという場合には食品以外から特産品を選べばいい。

 私は購入したい物品がある場合、機会があれば福島産の製品を買いたいと思っている。もちろん、食品も含めてである。しかし、日常生活において福島産の物産に接する機会はほとんどない。

 ネットを通じて探すことはできるが、それでは普及は望み難い。
 百貨店、大型量販店などが放射線不検出の製品コーナーを設けるというのはどうだろうか。これを全国レベルで展開すれば徐々に偏見が取れていくと期待できる。

 福島産の食品に関してはいろいろな考え方が提示されている。慎重に捉えている方々の考え方は否定しないが、私自身はそれほど神経質になってはいない。


3/11(土)晴天されど寒い 東日本大震災+原発事故5年 
 2:00起床、新聞・文献・資料検討。午前は書類処理に集中、12:00バス飯川病院へ、12:20-19:00日直、一部当直医の業務代行。19:30帰宅、夕食、20:30就寝。Σ7184歩。BRながら視聴:「団塊スタイル:買い物の無駄」、「サインスゼロ:2017予想」、「100分名著:中原中也」、「アナザーストーリーズ:天才誕生ジョブス」、「あらすじ:枕草子」。東日本大震災・原発事故関連ニュースをろくに取り上げないメディアはこの日を待ってました、とばかり取り上げる。

原発事故からまる6年(1) 事故対策は目処すら立たない 国民の差別感が問題
 福島原発事故から6年経って、原子炉に対する対策は収束の目処が立たない。その影響は今も深刻である。

 想定外の巨大な自然災害に端を発したとはいえ、実際には原発事故は人災であった。さらに、事故の際に、風、雨、地下水、池や沼、山や海などの自然現象、地形などがこれほどまでに事故を複雑化するなど、関係者の誰も想定していなかったのだろう。そのことも含めて人災であった。

 政治家、科学者も含めた関係者の誤認、だんまり、国民を騙し続けた安全神話、官邸には事故が起きたとき、まともに危機を評価し判断できる人間はいなかった。当時の原子力安全委員会の委員長は原子力工学の専門家であって、事故の対策などほとんど知らなかった。これも人災であった。

 事故後の対応も拙く、無用な汚染につながり、炉心融解まで行った。福島県民は大きな痛手を受けた。その責任を政府や官僚、東京電力は誰も取っていない。

 県内では、沿岸部の3万2千人への避難指示が間も無く一斉に解除される。一方、2万4千人はいまだ帰還の目処がたたない。戻る、戻らない、戻れない。避難者間の個別の立場や判断の差が表面化し、問題の深さが改めて問題として浮上してくる。

 事故から6年を迎えるにあたって、この1年間の原発事故関連の動きを、私のファイルからピックアップしてみた。以下のごとく、あまりにも多岐にわたっている。
 『凍土壁、避難者へのいじめ、強制起訴問題、除染とゴミ搬出、中間貯蔵施設、老朽タンク、廃炉、費用負担、避難解除、賠償、などなど』である。

 上記の『』にピックアップされた項目は福島を語るうえで避けて通れない。そして語る者の知識や考え方が問われてくるテーマでもある。これらが全て福島問題の「壁」もなっている。

 その中から差別を取り上げる。
 あるアンケート調査で、福島県民の3割は「県民であることで差別されている」と答えた、と言う。

 この差別感について、例を水俣病の場合をあげる。
 水俣病の場合、公式確認から既に60年余経つ。だが、市民・県民への差別は消えない。当初、被害者とその他の市民が激しく対立し、差別や中傷の言葉が飛び交った。そう言う人たちも地元を出ると、水俣というだけで差別された。今年1月、県内の小学生が水俣市のチームとスポーツの交流試合を行ったが、試合後、「水俣病がうつる」と発言された、と言う。

 福島県民も同様の状況に置かれている。出身地を「福島」と言えずに「東北」とにごす避難者のせつなさが分かるだろうか。当事者でなければ真からその気持ちを理解できないだろう。


3/10(金)曇り寒波 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:00起床。文献・本読み、徒然他、データ処理。5:00可燃ゴミ提出。7:30Taxi駅、8:10こまち、9:15-12:015大曲中通病院外来。13:45飯川病院ボランティア。15:00北都スタッフ来訪。19:10帰宅、夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「新春落語:柳家喬太郎」、「日曜美術館:行く美くる美」、「プロファイラー:葛飾北斎」。歩数計8989歩。

東日本大震災からまる6年 ハード面の復興はかなり進んだ??
 東日本大震災からまる6年、各地で追悼他の関連行事が行われている。
 被災地の復興に関しては巨大防潮堤の建設や大規模な盛り土による新市街地造成などにかなりの成果が出ているようである。

 私はここ4年ほど三陸地方は訪れていない。だから自分で見たわけではない。ただ、一昨年、同級会が松島で行われた時に南松島の海岸の工事状況は見学してきた。どの時は破壊された港と復興中の港が共存していた。その後1.5年経過したからかなり復興工事は進んだことだろうと推定する。

 一方で、生活基盤の復興・再生など、住民生活に密着するソフト面の「復興」は地域ごと格差が広がりつつある、との評価である。

 地震、津波、原発事故の複合災害で、賃貸住宅や親族などに身を寄せる人も含め、今もなお避難生活を送る人は全国で12万人もいる。これが発災から丸6年経った今の重い現実である。岩手県内の仮設住宅には1.3万人以上が暮らす。
 地元を離れ、避難場所で生計を営んでいる人たちは帰郷すべきかどうか迷っていると思われる。

 災害救助法に基づく仮設住宅の利用期間は原則2年。しかし、もう6年、高齢化などで自立の目処が立たずにさらに長期化する人々がいる。復興住宅に移れる機会が来ても、乏しい年金の中から家賃を払うことが出来ず悩んでいるケースも少なくない、という。

 阪神大震災では、発生から5年で仮設住宅が解消された。それでも十分長すぎるのに、東日本大震災にはその教訓は生かされなかった。

 そもそも復興のテンポは被災地域の経済力、発展性、人口などに直結する。東日本大震災前から過疎化、高齢化、地域の経済力低下が問題になっていた三陸地方には都会とは異なる歴史や暮らしがある。
 被害の程度も違えば復旧・復興への考え方も違う。
 復興のあり方に関して「答えは現場にある」、と発災直後から岩手県の達増知事は繰り返し口にしてきた。漁港復旧に関して、国が港の集約を企図したのに対し、知事が被災漁港全ての存続にこだわったのは、霞が関の机上の復興計画と現場の思惑の違いである。

 生活再建は、これからが正念場。安定した暮らしの連なりがよりよい地域を築き、日本を形づくる。防潮堤や土地造成は復興の足掛かりに過ぎない。国も五輪に気を取られず、「現場」に立ち続け、しっかり被災地を支えてほしい。
  
東日本大震災の人的被害(2017年3月1日警察庁の統計)
 直接死者数は15,826人(前年比 +3)
 行方不明者数 2,550人 (前年比 -23)
 死者数+行方不明者数18455人

東日本大震災と原発事故による震災関連死
 福島県 2131人(前年比 +124)(2017年3月6日現在)
 岩手県 462人 (前年比 +7) (2017年2月28日現在)
 宮城県 925人 (前年比 +3) (2017年1月31日現在)
 (前年比 3県で+134人)

東日本大震災と原発事故による避難者数 124293人
3県の沿岸部36市町村で人口減少数 211025人 (2017年2月1日現在)

 報道から知る範囲でも、住宅の高台移転、災害公営住宅の建設と入居、一部商店街の開業、県立病院の建設、そして防波堤の本格的工事などなどである。復興庁が言う公共事業の進展を額面通りに受け取ると復興はかなり進んだということになるが、被災者たちは歪んだ評価だと言う。

 これから自立していこうとする人たち、特に高齢者にとっては悩みは尽きない。ソフト面の復興も求められている。


3/9(木)寒波曇り・快晴 外来+飯川病院 
 1:00起床。申告で不要になった古い書類大量廃棄。文献新聞など。寒波降雪1-2cmで足元不安、7:10バス病院着。8:45-13:20外来。14:00-20:00飯川病院。申告書送付、今年は成果やいかに。20:15帰宅、夕食、21:30就寝。BRながら視聴:「知られざるイタリア:山崎マリ」、「知恵泉:松平忠直」、「アナザーストーリー:山一証券破綻」、「池上:2016総ざらえ」。歩数計8053歩11022Km。

ネットでの物品購入(4) カード・カード時代への感想
世の中カードカードだらけ。
 サービスカード、メンバーズカード、ポイントカード、・・・といろいろ、多すぎる。

 私もたまには給油もするし買い物をする。サービスのためと、リピーター獲得のためにカードをお持ちですかと聞かれる。ありませんと答えるとすぐさまカード作成を勧められる。要らないといっても、何度か繰り返されるとスタッフに悪くてついもらってしまう。

 私は基本的にはカードによる支払いは嫌いであるが、クレジットカードは現金の持ち合わせがない時など、緊急時には役立つ。そう言うメリットは感じている。

 最近、いろんな施設、公的書類の一部もカード化している。これは大きさも一定していて丈夫で持ちやすい。

 カードが嫌だ、と言いながら私普段持ち運んでいるカードは、
@ 千秋美術館の年間パスカード、     @ 秋田市図書館の利用者カード 
@ 病院、歯科診療所の診察券       @ 健康保険証  
@ JAFカード              @ 秋田市民カード 
@ 自動車任意保険カード         @ 運転免許証              
@ クレジットカード一枚         @ 臓器提供意思表示カード

 10枚も持っていた。通常は物品の購入はしないからその関係のカードはない。銀行のキャッシュカードも持たない、

 今回、ネットでの物品購入でクレジットカードの不正使用を経験したのを機会に机の中の各種のカードを整理した。
 使わなくなった、あるいは使うことがないだろうANA、JALカード、テレフォンカード、JRオレンジカード、メンバーズカード、などが数10枚もあった。
 このうち、一部のクレジットカード、新潟大学学士会証、専門学会の会員証、携帯電話会社のプリペイドカード等、最小限のカードを残して24枚のカードを廃棄した。

 クリーニング店ではカードがあると10%引きになるし、他の店ではポイントがつくカードがあるが、これらは必要に応じて家内から手渡される。買い物に行くたびにその店のカードを持ていくのは面倒くさいが、滅多にあることでないし、メリットもあるのでやむを得ない。
 日常の生活の物品購入は全て家内が管理している。私など給与が振り込まれる口座の通帳、キャッシュカードを含め全部召し上げられている。だから、私は現金収入はゼロで、必要に応じて家内からもらっていく。
 家内は何枚のカードを持ち運んでいるのか予測もつかない。

 先日、猫のトイレ砂を買いに量販店に行ったが、レジに並んだ先客はカードケースの中に数10枚のカードを整然と並べていた。その几帳面さに驚いた。

 現金支払いを好む私はすっかり遅れている。
 さらに最近は、スマフォによる買い物ができるようになっている。カードすら必要がない時代になりつつある。私はこの時代に適応するのが困難になりつつある。せめてカードに対する保守的な考えから脱却しなければならないようだ。


3/8(水)寒波曇り時々晴れ 終日申告書類作成  
1:30 起床、降雪3-4cm。文献など処理。3:00家内の申告開始、寄付そのほか医療控除分の資料に難渋、飯川病院ボランティアせずに申告に集中、17:00終了。ネコ室のこたつ通電インジケーターランプ、ナツメ球からLEDに。19:00夕食、20:10就眠。BRながら視聴なし、モーツアルトの曲をBGMとして流し続けた。Σ4248歩、家から一歩もでずに殆ど座位にて過ごす。

ネットでの物品購入(3) カードの不明の請求は実害なく解決
 私は基本的に現金払いを好む。買い物はなるべく近隣の商店を用いる。
 ネットでは安いものしか買わない。その際はカードを用いざるをえない。10年以上用いてきて、これまでは何も問題はなかった。

 ところが、昨年11月頃から、時に変な請求が記録されるようになった。
 全て海外でのカード使用、かつ結構高額な請求になっている。その度ごとにカード会社に電話し不明の請求の決済中止を申し出てきた。また、その度ごとにカードの再発行をしてきた。

 しかし、本年になってからも同様の請求リストが次々と届いたために、これ以上のカード再発行は効果なしと判断し、カードそのもの解約した。
 今までの手続きの中で一件のみ、6000円ほどが、決済まで進んでしまったが、昨日私の口座に返金されていた。これでこのカードに関しては実害がない状態で解決したことになった。

 いや、実害どころか、私にとってはコンピューターウイルス感染、個人情報の保護に関して大きな学びとなった。

 カード会社の説明では、
@ 私が不用意に不明の会社にカード情報を入力した。
@ ウイルス感染
の二つの可能性が考えられる、とのことった。

 飯川病院のパソコンにはカスペルスキーが入っている。スキャンしたところ「トロイの木馬」が検出され、所定の処理で駆除された。
 自宅居間のパソコンにはウイルスソフトが入っていない。私のパソコン、iPhonei、Padは全てDropbox、iCloudで連携されている。私のウイルス感染の体験は初めてである。Dropbox、iCloudを通じてウイルスが伝播されるのかわからないが、いま対策を検討中である。

 一般的に、Macがウイルスのターゲットになることは少ないとされている。今までは実害がなかったが、必ずしもそうとは言っておられない。予防対策としてはセキュリティソフト導入、不明メールの添付ファイルを開けない、ソフトは正規版を用いる、などなど心して置くこととした。

 また、ネットでカード支払いするなら、頻繁にカード使用状況を確認することである。私の場合はその時点で不正使用に気付き対策できた。

 この間の検討で私の反省のもう一つは、AppleのIDを求めてきた偽装メールに私が不用意にIDと決済方法のデータを送っていたのではないか?ということである。私は家内の分を含めるとパソコン8台、iPhone2台、タブレット2台用いており、これらは全部DropboxとiCloudで同期され、どの画面でも最新の状況が提示される。そのために時折Apple IDが求められる。このApple ID入力を求めてきたメールのいくつかは、今から見ると正規のAppleからの連絡ではなかったように思われる。
 
 これについても慎重に対策が必要があることを学んだ。


3/7(火)寒波小雪強風 外来 飯川病院 
0:40起床、文献・新聞関連など。自分分確定申告入力開始。5:00可燃ゴミ出し。6:47降雪強風でバス飯川病院、8:45-13:00中通病院外来。医局引越し準備。13:50飯川病院、14:00-18:45勤務、秋銀スタッフ来訪、19:00帰宅、20:20就寝。Σ9959歩。BRながら視聴:「団塊スタイル:掃除」、「昭和は輝いて:平尾昌晃」、「プラネットアース(1)」、「コズミックフロント:未解決ダーウイン」、「100分名著:レヴィストローズ(4)」

徒歩通勤2017(2) 日本転倒学会なるものを知った
 今期は雪道で3回転倒した。それにしても私はよく転ぶ。だから、転倒はいまの私にとって重大関心ごとである。本日の外来でも、44歳の息子さんが2日前の降雪氷結で玄関先で転倒、手術入院中した、とある高齢患者が述べていた。

 今年は3月2日から徒歩通勤再開した。ただ、その後も寒波小雪強風で歩けないでいる、転倒が怖いから、が第一の理由である。

 本日、通勤時にラジオ深夜便の録音を聴いていてたら転倒の話題があった。10月10日は私ども年配者にとっては「体育の日」なのであるが、法改正によって10月の第二日曜に移った。この日は今は「転倒予防の日」なのだそうだ。しかも、「日本転倒予防学会」なるものもあることを始めて知った。

 転倒問題は、私が考えているような個人的な問題ではなく、今や社会の重要関心ごとでもある。そのために、この学会には「医療、保健、福祉、介護、教育、スポーツ、栄養、建築、工学、環境、法律、経済、保険」など広い分野の方々が参加し、情報、ネットワークを提供している、と言う。

 以下は理事長の挨拶の抜粋である。広範な問題点に言及し、とても参考になるので以下に引用した。
――――――――――――――――――――――――-
 日本は、高齢者化率が25%、超高齢社会を迎えた。国民医療費は年間38兆円を超え、健康で長寿であることは、高齢者の切なる願いであるばかりでなく、地域社会にとっても国にとっても、きわめて重要な目標となっています。
 高齢者の転倒は、大腿骨骨折や頭部外傷等の重大な傷害を招き、結果、寝たきり・要介護状態をきたすことがある重要な学術的課題であると共に、解決すべき社会的課題でもあります。
 また、「転倒死」は、今や年間7,000件を超え、年々増えており、さらに増加が見込まれています。
 転倒予防の必要性は多彩です。
 転倒による大腿骨頚部骨折、その後の寝たきり・要介護という高齢者の事例の他、病・医院内での患者さんの転倒や介護・福祉施設内での入所者・利用者の転倒事例。一般道路・公共施設・鉄道駅構内や電車・バス・航空機・船内での老若男女の転倒事例、視覚障害者や車イス使用者等の転倒事例、デパートやホテル、スーパーマーケット、コンビニエンスストア等商業施設等での転倒事例等。
 様々な場面での転倒事故の事例を幅広く収集・整理し、その要因を分析すると共に、多職種連携で学術的研究を推進し、一つひとつ問題点を解決していかなければならない、壮大な社会的課題が転倒予防であると考えています(後略)。
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 ラジオ深夜便では学会が募集の川柳の入選作が紹介されていた。
@ 転んでは 泣いていた子が 転ぶなよ
@ ああ無情 滑り止めに つまづいて
@ よろめきは むかし昼メロ 今は足
@ つなぐ手の ある暖かさ 老い二人
@ 転倒で 骨おらぬよう 骨を折る


3/6(月)曇り・小雨  健康クリニックドック 飯川病院 
 1:30起床。新聞・文献チェック。6:30-7:30徒歩(2)飯川病院着、9:00-10:30健康クリニックドック6名分。病院で紹介状作成。11:00病院。14:00-17:50勤務外来患者対応。BRながら視聴:「サイエンスぜろ:海底鉱床」、「英雄選択:片岡敏郎、広告関連」、「知恵泉:徳川四天王」。18:30帰宅、夕食、20:30就寝。Σ10996歩。

森友学園(2) 最初から不可解なことばかりであった
 森友学園問題はの根本はどこにあるのだろうか? 次々と変なことばかりで、よくわからない。

 私がこの問題を初めて知ったのは2月10日の新聞報道であった。

 財務省近畿財務局が学校法人森友学園に払い下げた大阪府豊中市の国有地の売却額は同じ規模の近隣国有地の1割り(??)だった、というので驚いた。しかも、財務局が売却額などを非公表にしていた。国有地の売却は原則公表とされている。

 売却されたのは、豊中市の約8770平方mの国有地。近畿附務局が2013年に売却先を公募し、昨年6月に大阪で幼稚園を営む学校法人「森友学園」に売った。

 登記簿などには森友学園側に契約違反があった場合、国が「1億3400万円」で買い戻すことになっていた。このことから森友学園の理事長も売却額が同額であった、と認めた。
 一方、森友学園が購入した土地に隣接して9492平方mの国有地は財務局が豊中市に売ったが、価格は森友学園への売却額の約10倍であった。

 財務局が森友学園に売った国有地は国土交通省大阪航空局管理の未利用地だった。路線価に基づく国有附産管理台帳の台帳価格は7-8億円程度。大幅に安く購入できた理由について森友学園の理事長は「土地の事情を踏まえたが、内容は答えられない」と話していた。
 問題の国有地の土地歴はなんなのだ?
 この土地には、今春に同学園が運営する小学校が開校する予定。同校は「日本初で唯一の神道の小学校」とし、教育理念に「日本人としての礼節を尊び、愛国心と誇りを育一てる」と掲げる。、

 2月10日の新聞報道を見ただけで、以下の疑問が生じていた。
@1 土地価格が通常の1割程度? そんなバカな!!
@2 買い戻し特約、
@3 売買内容非公表、
@4 低価格の理由の隠蔽??
@5 日本初、かつ唯一の神道の小学校?? なんぞや
@6 名誉校長に安倍首相の妻昭恵氏・・?? 
 
 最初から不可解なことばかりであった。


3/5(日)晴れ 網戸修理  
1:15起床、新聞・文献チェック、本読み。データ整理。午前は読書中心。確定申告準備作業。午睡、風除室の網戸のネコ対策。蓄積録音データの整理など。19:00夕食、20:30就眠。BRながら視聴:「めしばな刑事」3話程見る。Σ4853歩。一度も外に出ることなく過ごした。

森友学園(1) よくわからない事件が頻発している
 よくわからない事件が頻発している。
 国の内外に理解不能なことが多い。
 北朝鮮、トランプ関連、国内では天皇退位問題の政争化、豊洲、天下り、森友学園問題などなど。いずれも興味があって新聞記事を中心に情報を集めているが、まとまりを欠いていて、私はまだよく理解できていない。

 森友学園問題はの根本はどこにあるのだろうか?
 現時点で私が抱いている疑問点を列挙してみた。
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@1 問題の国有地の土地歴はなんなのだ?
@2 大幅値引きの陰にゴミ問題。なんで国が負担する必要がある?
@3 少子化の中、今時学校を新たに開校して成り立つのか
@4 政治の関与は?これだけの事業だから政治家の力は当然必要だろう。問題はその内容とクリーン度。これが怪しくなった。
@5 自民党の鴻池参院議員が14年春以降2年半で25回あり、金銭のやり取りはなかった??
@6 取引が大筋、鴻池参院議員の報告書沿って進んでいる。
@7 理事長の政治力??は相当のものに見える。教育者としての資質は??
@8 府私学審議会は15年1月、「認可適当」の答申を出し、国有財産近畿地方審議会が借地契約を「了承」。このプロセスは妥当なのか?
@9 財務省は交渉記録を廃棄した??確か原発事故でも似たようなことがあった。こんなずさんなことは許されるのか?
@10 首相、首相夫人昭恵氏の関与は??一見騙されたように見える。夫人は私人だが軽率だったことは否めない。私公人を巡って延々と質疑する与党は問題。
@11 昭恵氏は15年9月、学園の幼稚園で講演し「こちらの教育方針は大変素晴らしい」と語った。理解の深さは??
@12 昭恵氏と森友学園や理事長との関係はどのようなものだったのか?
@13 昭恵氏は首相夫人の立場で発信を続けてきた。言動には慎重な判断と、責任が求められるのは当然。


3/4(土)晴れ風冷たい 歯の治療 散髪
1:00起床、午前までかかり居間のiMac27機能セットアップ終了。本読みなど。15:30-16:00歯科受診、虫歯なし、次回は7月頃と。ネコ対応の網戸用Don't Cat購入、修理。19:00夕食、20:30就寝。Σ8753歩、RD視聴なし。

ひな祭り2017 (2) ひなの並び方
 女の子のすこやかな成長を願って飾られるおひなさま。五-七段飾りの豪華なものから男女一対の古風な内裏まで、立ちぴな、座りびなどいろいろなタイプがある。

 ひな人形、そもそもは穢れを託されて水に流される運命にある質素な人形であった。
 男女問わず、季節の節目にお祓いによって身体に巣食った悪霊を人形に移し、海の彼方に流す行事が、今も「流し雛」として伝わっている。

 昔、新生児、幼児は天然痘や消化不良でばたばたと死んでいった。奈良の大仏建立のきっかけの一つがこの天然痘流行である。
 天然痘の死亡率は20-50%で、当時、麻疹と並び子どもや若者の命を奪う2大感染症であった。そのため、天然痘を無事に乗り越えたときに、はじめて誕生日を祝い、名前をつけた地方もあった。また、麻疹を乗り越えて一人前と、評価する風習もあった。現代医療の発達した中で生きる我々とは次元の違う世界であった。

 だから、子どもの成長にあわせた神事、すなわち節目節目の通過儀礼が重い意味をもっていたのである。女児は3月3日にひな人形、ひな祭りを祝い、悪霊を人形に移してすこやかな成長を願ったのである。

 一方、宮中では幼女が人形遊びをすることをを「ひいな遊び」と言った。
 流される人形と愛玩さされる人形、こうした関わりがいつしか習合し、ひな祭リとしていろんな意味を与えていったのだろう。

 この季節、通販とかでいろんな雛のカタログを見る機会がある。今は住宅事情もあるのであろう、一対の内裏びなだけのが多い。その際に、男びなと女びなの並び方が違う場合があることに気づいた。
 我が家の二種類のひな人形を見ると、長女のはどちらでもセット可能であるが、家内用のは向かって左に男びな、右に女びなを飾る様にできている。だから、これが一般的だと思ってそれに従って飾っていた。

 写真等を見るとまれながら逆もあった。調べてみると、時代や地域によって並べ方に差があり、どちらが正しいと言うわけではないらしい。ひな人形は平安時代の宮中の装束を纏っている。宮中では左側が上位だったので、それに習い、男びな向かって左側に、女びなは右側に飾っていた。
 しかし、国際儀礼では上位下位は性別によるものではなく、向かって右側が上位である。ひな人形の並び方も国際化の影響受けたらしい。ホントかいな??と思うが、その真偽については調べられなかった。

 旧家の雛は年代物が多いが、昔ながらに男びなを向かって右側に飾ることか多い。

 会議や宴席の席順、集合写真の並び方でうるさい方からチェックが入ることがあるが、古き良き時代の文化を身につけた、貴重な遺残的人間なのだろう。

 国際的には、左右の序列は社会的地位によって決まり、向かって右側が上位と言う。
 最近の集合写真といえばサミットの際の各国首脳の並び方が気になる。各サミットごとの記念写真を確かめてみれば、その時代ごとの国際情勢、国際序列がわかるかもしれない。
 ひなの並び方からこんなことを考えた。


3/3(金)曇り・晴れ ひな祭り 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:00 起床、新聞、徒然。居間にiMac27セットアップ。巨大で重く対応困難するも何とか収まる。5:00可燃ゴミ提出。7:30Taxi駅、8:10こまち、徒歩病院、9:10-12:15大曲中通病院外来。14:00飯川病院ボランティア。飯川病院i医局にMacMiniセットアップ。比較的スムーズに終了。19:00プリ帰宅、夕食、20:00就寝。Σ9442歩。BR視聴なし。

ひな祭り2017 (1) ひな飾りを失念した
 今日はひな祭り。女の子のいる家では、ひな人形を飾っているだろうか。

 ひな人形をめぐる名作といえば、芥川龍之介の「雛」がある。
 御一新で没落していく旧家のにまつわるひな人形の話。お金を得るため横浜の異人に売られるひな人形。手放す日が近づくと母は病で伏してしまう。雛を手放す前日の夜更け、土蔵でこっそりとひな人形を飾り、あんどんの明かりの中でじっと見つめる父。地味な小品であるが、幼少の頃から雛人形に思い出のある私にとっては、悲しく、心にしみる小品である。

 昔、娘が生まれるとその家では木切れやわらで人形を作るようになった。子供が病気になっても祈ることしかなかった時代、女の子が病気になると、この人形を代わりに川に流し無事を祈った。やがて人形を流さず飾るようになったが、このひな祭りに込めた思いは変わらず受け継がれている。
 祭りが済むとすぐに流してしまうのが古くからの習わしであった、と民俗学者、柳田国男は記す。人形も草を束ねて、紙の衣装を着せるだけの、素朴なものだった。柳田が「ひなまつり」という一文を書いた昭和初期には、飾り雛のほかに、「粗末な土焼きの」流しぴなかあり、祭りが終わるとすぐに水辺に捨てに行く風習が残っていた、と言う。

 我が家は毎年2セットの雛を飾っていた。
 ここ数年、黒ネコのユウ一匹しかいなかったが、昨年春からプチが、夏から6匹の野良の親子と同居始めた。うち一匹だけ里親が見つかった。
 だから、今は七匹のネコがいる。そのうちの4匹は超活発、超いたずら好きなので、自宅でのひな飾りは諦め、昨年は飯川病院の外来に飾った。

 今年はひな飾りをすっかり失念した。
 本日の飯川病院の昼の検食はひな祭りのためちらし寿司で、配膳された時に本日がひな祭りであることを思い出した。
 2月中旬頃に一度家内との間でひな飾りが話題になり、今年も飯川病院に飾ろうかと打ち合わせしたが、その後二人とも完全に失念していた。老夫婦、〇〇症というほどではないが、ともに記憶力が乏しくなている。

 ひな祭りは、女の子のお祝いの日だから、華やかな春らしい食べ物の方が相応しい。そんなことでちらし寿司が、定番になったということである。

 今年はひな飾りを失念したことを悔やみつつ、昼の祝膳を楽しんだ。


3/2(木)晴れ風は冷たい 外来 飯川病院 MacMini届く
 1:20起床。新聞他、文献読み、PDF化。6:30-7:30今季初徒歩飯川病院へ、徒歩(1)、歩行者道路まだ残雪にて多少危険。8:45-13:00中通病院外来。やや混雑。13:30-18:30飯川病院、入院患者対応。19:15帰宅、MacMini届く。夕食、20:30就眠。Σ13283歩。BRながら視聴:「プラネットアース:自然界の脅威」。iMac27自宅に引っ越し、重い。

徒歩通勤2017(1) 転倒の危険減少、本日から徒歩通勤再開 
 今期は雪道で3回転倒した。1月23日、2月8日、2月10日で、いずれも大きな打撲、怪我なくすんだ。昨秋には雪がないところで3回転倒した。その度ごとに背中のディバッグが打撲から私を護ってくれた。それにしても私はよく転ぶ。だから、転ぶことを前提にして歩いている。

 秋田は1月中旬以降結構降雪があり、主幹道路の車道にも長期間積雪が残った。今年の秋田市の除雪は結構大変だったらしく、当初予算11億円は1月中に使い果たし、7億円追加された。それでも1月下旬から2月中旬にかけて市に苦情が殺到した、という。

 そんな雪も2月下旬から徐々に溶け始めた。車道はほとんど雪がないが歩道や路地にはまだところどころ残って、まだ歩くことが出来ないところもある。
 私の歩行ルートはどうなっているのか?若干心配であったが、本日から防寒靴からウオーキングシューズに履き替え、徒歩通勤再開した。昨年の最後は12月19日だったから2.5ヶ月ぶりである。寒いこともあったが、転倒が怖いから徒歩通勤を避けてきた。

 奥羽本線沿いの歩行者道路は9割方雪が融けて路面があらわれていた。まず足元は大丈夫である。天候を見ながら、私の気力に相談しながら無理しない範囲で今年も歩こう、と思う。

 昔から「転ぱぬ先の杖」とよく言われる。私はまだ杖を必要としないが、明らかに転びやすくなったことは確かだ。
 
 高齢者の大腿骨連節骨折がめっきりふえている。今冬、私が外来で診ている高齢患者で転んで骨折して入院、手術を受けたのは4名。いづれもまだ外来に現れていない。寝たきりに近くなったか、リハビリに勤しんでいることだろう、と案じている。

 私も含め、高齢者の脚力は加齢とともに衰え、かつ平衡感覚も鈍くなっているから、ちょっとしたことでつまずいては転ぶ。敷居の段差はもちろんのこと畳の縁につまずく人もいる。

 私は週3回外来診察に出ている。大部分がお年寄りの馴染みの患者で「老々外来」である。診療終了して診察室から出る際、「転ぱぬように」と必ず声をかける。実際は自分に語りかけているのだが、主治医として優しさの演出にも利用している。積雪期には便利な言葉である。

 診療の際に転倒について患者に注意していることは、

 @馴れた靴といえど、すり減っていたら新しい靴に変えるべき。その際、滑り止めのある靴をもとめるように。
 A歩きはじめは両脚を揃えて立ち、一呼吸置いてから歩き出すこと。玄関先の転倒が意外と多い。夜間のトイレ時も同様に危険。特に安定剤、睡眠薬服用の患者。
 B階段の昇降はゆっくりと、その際、必ず手すりを掴む。
 C自宅ではできるならば素足で。足裏感覚を養う。
 D外出歩行のときは、ディバッグ等を用い、手には何も持たず自由にしておく。
 Eぬれた靴、雪がついた靴では病院等の玄関先は特に滑りやすい。
 F・・・などなど。


3/1(水)寒気緩む 飯川病院ボランティア MacMini注文
1:00 起床。文献・新聞チェック。午前フリー、ネコと遊ぶ、MacMini注文。14:04飯川病院ボランティア、入院患者処置、17:00-18:20外来レセプト検討処理。18:50帰宅、19:00夕食、20:30就眠。Σ10898歩10967Km。BRながら視聴:「アナザーストーリーズ:事件の裏の名もなきヒーローたち」、「昭和偉人伝:村田英雄」。

NHK健康番組「ためしてガッテン」で行き過ぎた表現で謝罪(2) 早寝早起きと健康
 NHKや民放の健康番組は一見目を惹く話題が多い。
 この番組も含め、他の健康番組もバラエティ番組である。
 タレントを招いてひな壇に並べ、わざと間違った答えを誘導するような質問を投げかけ、正していくという構成を取って画面を盛り立てる。これによって時間稼ぎができるし、内容も硬さが取れ、笑いの中で進行できる。

 出演するタレント達は損な適宜役目を担うことになるが、収録の進行表は5-10秒単位で、個々の発言はきちんと決められほとんど自由な発言は許されない。TVの場合はカメラが追いかけ自然な画像を作らなければならないからアドリブ的発言は認められない。私はタレントの表情から発言に関しての演技を読み取る。

 NHK「ためしてガッテン」はマンネリ化している。それほど話題性のある内容でなくとも無理やり作り上げる。誇張や捻じ曲げがあるから面白く演出できる。

 今回問題になった「薬物による睡眠不足の解消も糖尿病に良い影響を与えるか??」ということに関しては私も多分その通りだろう、と思う。ただし、私には何もデータは持っているわけでなく、はっきりとは言えない。

 私どもが親しんだ小学校唱歌「村の鍛冶屋」」には「しばしも止まずに/槌打つ響/飛び散る火の花/はしる湯玉/ふいごの風さへ息をもつがず/仕事に精出す村の鍛冶屋/主は名高きいつこく親爺/早起き早寝の病知らず・・・・」とある。

 この中に「早寝早起きは病知らず」という大事な言葉が含まれる。

 その通りだろう、早寝早起きの習慣は健康を保つ大原則なのだと思う。人間の300万年ほどの歴史の中でその殆どは、エジソンによる実用的な電球が生み出されるまでは人工的光が無く、あってもろうそく、灯油ランプ、ガス灯などで光量は乏しかった。蛍の光や窓の雪すらも利用した。今は歌われないらしいが卒業式の定番「あおげば尊し」にある通りである。

 明かりがない時代、生活は夜明けと共に始まり、日没と共に休息や眠りに、あるいは思索に入ったと考えられる。当然である。それしか出来ないからである。

 現代社会には豊かすぎる光がある。人工光とともにヒトの生活は次第に夜型に移行していった。あまりにも当たり前すぎてその有り難みも薄れているが、3.11後の数日の停電で私はその恩恵を思い知った。

 人は自然の中で生まれ、文化を築いてきた。自然と共にあることは体に染み付いている生活の基本だろう。人間だけが自然の摂理からはみ出しているのだから、健康に何らかの影響を与えている、と考えられる。

 糖尿病あるいはその予備軍に関して言えば、我が国では5-6人に一人の頻度とされているが、多様な人間の集まりである国民がこれほど同じ病気に罹患すると言うことは、もう個人のレベルを超えて、文化や生活環境が病んでいる、と言わざるを得ない。

 今日の生活は24時間型になってしまった。TV等を含めこの情報化社会においては、夜型生括は私たちの生活を豊かに満たしてくれるが、反面全く不健康な生活である。また、思索とか対話とか大事なものを失っているのではないだろうか。

 早起き早寝は、間違いなく健康を保つ大原則なのだが、今日の社会生活にはそぐわないから、その価値は完全に忘れられているようである。

 NHK健康番組「ためしてガッテン」は現代人における睡眠不足の問題とそれが糖代謝に及ぼす影響を指摘してくれた、と私は一部評価している。





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