徒然日記
2016年2月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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先月の日記          来月の日記


2/29(月)雨曇り雪晴と不安定 健康クリニックドック+飯川病院 
1:30 起床、文献、徒然、その他。6:47雨の中バス飯川病院。9:00-11:00健康クリニックドック。11:30飯川病院、14:00-18:40勤務、19:00関屋経由帰宅、夕食。20:30就寝。Σ8149Km。BR視聴:「プロファイラー:白鳳時代」、「100分名著:アドラー心理学(1)」、「BS世界のドキュ:キャノンハーシー、広島(2)」、「ハプスブルグの名品」、「今に至る道:透明ガラス」。

漫画礼讃2016(1) 漫画のほうが広いジャンルを読める 入門書にもいい
 私は本が大好きである。私にとって本は離すことのできない「人生の友」である。漫画も書籍として、文化としての価値が低いとは思わない。
 いや、それ以上に、漫画はとっつきやすく、分かり易いからから、自分の好みの分野に限らず広い分野の作品に手軽に取り掛かることができる。あまり興味のない方面も読める。漫画を読むメリットは大きい。

 ただ、私は本の場合は文体が綺麗でなければ読む気がしない。漫画の場合は絵が単純・明快でなければ、絵が綺麗でなければ初めから読む対象からは外してしまう。

 漫画から得られた豆知識や雑学はかなり広くあると思う。勉強になるし、知的好奇心も満たしてくれる。漫画を読んだことがきっかけとなって興味が広がって、さらに深く追求している分野も少なくない。

 積極的に漫画を参考にすることもある。マンガはビジュアルで、早く、隋実に頭に入ってくるので便利である。特に、不案内だったジャンルに近づいていく準備の過程では重宝である。ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」は同名の漫画を読んで初めて題材になった神話の由来や、楽劇のあらすじ、構成を理解することができた。
 
 私が退職後に、まず勉強したかったのは日本の歴史であった。退職した翌週にまず購入したのが「学習まんが 少年少女日本の歴史(23冊セット) 」であった。これはとても役に立った。

 音楽は世界の共通語と言われる。
 日本のマンガは世界的に広く読まれているようである。しかも子供たちに限らず大人にも浸透しているらしい。マンガ文化は世界の共通文化として、その中でも、日本の作品は最先端にいるように思える。日本のマンガ文化はすごい。

 漫画はオペラや映画に劣らない総合芸術だと思っている。
 戦後、経済復興とともに漫画が普及すると、「日本子どもを守る会」、「母の会連合会」、「PTAによる悪書追放運動」が起こり、手塚治虫の「鉄腕アトム」を含む漫画を校庭に集めて「焚書」にする運動が起こったこともある。信じ難い歴史をたどった。しかし、漫画は廃れなかった。
 むしろ、時代とともに青年・成人にまで読者層が広がり、漫画の世界に異才が輩出されることになる。かつては読み捨てられた漫画も文化と見なされ保存されるようになった。

 私は今後も漫画に囲まれて過ごすだろう。しかし、購入した漫画の本そのものは手元にない。電子化してほとんど捨ててしまった。それらはiPadまたはMacの画面で読んでいる。便利な時代になったものである。


2/28(日)雪模様 寒波 快晴 
1:00起床、文献関連、新聞チェック。録音データ、雑誌や本の整理などいつものごとく進める。9:30-11:00レガシーバッテリー交換。規格が異なっていて対応に苦慮。NHK-TV「のど自慢」見る。13:45-17:00飯川に雛人形運ぶ、ゾンタ出席の家内迎えて帰宅。そのままデータ整理。新聞PDF化、19:00夕食、20:30就眠。Σ8143Km。BR視聴:「池上ニュースそうだったのか」、「BS世界のドキュ:清潔」、「BS世界のドキュ:キャノンハーシー、広島」、「昭和は輝いていた:遠藤実」。

四季2016(3)滅多に見られない綿帽子 見事な雪景色
 今年は異様に雪が少ない。しかし、2月に入ってからは天候不順で山陰地方、九州沖縄まで降雪があったという。秋田はそれほどでないが、昨日からは北海道が大雪に見舞われている。
 数日前には新千歳空港で出発待機中の737-800型のエンジンに雪が付着し、室内に異臭が充満し、緊急脱出という稀な事故が生じた。冬季間の運行とはいえこのような現象は世界的に見ても稀で、運輸省はインシデント扱いから事故に認定した。それだけ荒天だったということだろう。

 私にとって早朝の除雪はかなりの心理的な負担になっているが、今年は除雪がまだ5回と極端に少なく楽に過ごしている。しかし、路面の状況などは年が明けてからは凍結して歩行には危ない状況が続いた。転倒帽子の靴底アダプターは極めて有用である。

 もう日差しには春の息吹が感じられる。
 一方、昨晩から今朝にかけてシンシンと、風音も一切ない状態で静かに、しかも、かなりの降雪があった。静かに積もるふわっとした軟らかな積雪は世界を白一色にするだけでなく、静寂をももたしてくれる。ふわっとした雪は音を吸収する。

 朝早く、am4:00 ころ外に出て除雪の要否を判定したが、20cmほどの軟雪であった。ちょっと焦ったが、早朝の空は深い紺青色、雲の切れ目から星も見えた。多分本日の天候は良いだろう、ならば、除雪は不要である、と判断した。

 今朝は木々が綿帽子かぶり状態になっていた。綿帽子状の積雪は唱歌にもあり、言葉としてよく知られているが、実際には珍しい景観である。木々からの落雪が生じないことを願いながら日の出を待った。

<img src="http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/12/6d13628054ae143a12bd265db2fd6e8c.png" border="0">

 昨晩は無風状態、20cmほどの降雪であった。雪はやや湿り気があって互いに粘着し、さりとて、重からず軽からず、自重で落下することなく、針金のような細い枝や葉っぱの上に、ソフトな純白の帽子のごとくに積もったものだと思う。

<img src="http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/28/e045aab564bc41fc5875a1357be4e6cf.jpg" border="0">

 「わたぼうしかぶり 枯木残らず花が咲く・・・」、幼少から親しんできた唱歌で、よく状況を詠んでいると思う。しかし、その綿帽子姿は微妙な自然現象のバランスに負うところが大きく、見ることは少ない。私はこの唱歌は若干語呂合わせの作為を感じる。

  「ゆき」 文部省唱歌
雪やこんこ あられやこんこ
降っては降っては ずんずん積もる
山も野原も わたぼうしかぶり
枯木残らず 花が咲く

雪やこんこ あられやこんこ
降っても降っても まだ降りやまぬ
犬は喜び 庭かけまわり
猫はこたつで丸くなる

 綿帽子は上記にも書いたように一定の条件下でできると思うが、続けて「あられやこんこ」と歌われるが、雪とあられは降る気象条件が明らかに異なる。あられでは「わたぼうし」は絶対に出来ない、と思う。たぶん、語呂合わせしたのではないか? 結果的に少し間違った状況を歌ったことになる。しかしながら、そこまで考えないで素直に歌う方が幸せな気持ちになる。

 細い枝々を覆って綺麗に花を咲かせた綿帽子は、春の日差しを受け、間もなくぼたぼたと落下した。


2/27(土)快晴のち曇り降雪 
 1:00起床。新聞、文献、徒然などゆったり進める。午前は風除室の改良整備、椅子1脚修理。午後風除室の網戸の修理注文。読書、微睡。録画にて「マキシムベンゲーロフ」、「ブルックナー SyNo4」、「ワーグナー:トリスタン」、「チャイコフスキー:白鳥の湖、Vn協奏曲」。19:00検食、20:30就眠。Σ8140Km。

介護2016(2) 私も餓死願望がある 
 この事件で、私は警察の対応にも問題があるように感じるが、詳細が不明なので何とも言えない。

 最大の関心は、容疑者が自らの意思による餓死を遂げたらしいということに、である。自らの意思による飢餓死は想像を絶するような強い意思力と実行力が必要でで並の人には不可能とされている。特に、食事とか栄養を摂ることが不可能でない時に意思力だけで飢餓死を進めることはより困難であるとされている。
 食事摂取は生存本能に直結する最強の欲求だから、それに反して実行するにはかなり勇気や決意が必要だと思う。だからこそ、私も出来るか否かは別にしてぜひ試みてみたいと思う。?

 私はかねてより病気などで回復不能の状況に陥った時に、延命的治療は希望しないが、自分が判断できる状況では、食事摂取拒否あるいは人工的栄養補給を断り、飢餓により死期を自分で早めたい。

 私は今まで外科手術を3度受けた。アキレス腱縫合術、膀胱頸部硬化症と憩室による開腹術と軽尿道的処置、腸閉塞に対する腹腔鏡的修復術である。その際にやってみたかったのは、麻酔から覚めた以降の追加的鎮痛剤を全て断る、という試みである。麻酔が切れた後に徐々に強まっていく疼痛、これは冷や汗が出るほどの大変なものであったが、何とかやりきった。手術による疼痛は基本的には日々軽くなるはず、それに耐えられないはずがない、と考えた。末期ガンとかの疼痛の場合には先の展望が見えないから、同じことができるとは思えないが・・・。

 一つの試みはやってみた。何とかできた。だから、次の希望は餓死である。

 私は医師になって今まで、一人だけ食事拒否、栄養療法拒否をして死期を早めた患者を経験した。
 その患者は私の実母であった。64歳で死亡した。嚢胞性疾患により肝不全状態にあったが、治療過程で廊下で転倒し右手首の骨折した。これを機会に母は生きる意欲を喪失した。母はそれ以降食事を拒否、栄養投与の点滴ルートも自己抜去した。私は母の性格も鑑みて、その死期を早めようとする意思を尊重した。

 私は母をそのような形で看取った。医師として延命する方法はいくつかあったが、私はどの方法を採ることなく母の変化を観察したが、その意思は頑なで変わることはなかった。
 私は、母の気持ちをフォローしたい、いや、せねばなるまいとずっと思ってきた。

 そのこともあって、今回の老老介護の殺人容疑者がとった行動に無関心でいられない。
 
 この老老介護の現実は、私の個人的感覚とは別にして、こんな悲惨な状況があっていいとは思わない。何かの歯車が狂っているとしか思えない。


2/26(金)夜間降雪5-6cm 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:10起床。文献・データ整理、読書。5:00可燃ゴミ出し、夜間降雪5-6cmあれど除雪せず。7:30Taxi駅に、8:10こまち、8:55-12:00大曲中通病院外来。13:30-18:30飯川ボランティア、19:00自宅の車帰宅、19:15夕食、20:15就寝。BR視聴:「NHKアーカイブ:北の湖」、「久米書店:住まいの見つけ方」、「サイエンスゼロ:サイバーセキュリティ」、「オイコノミア:お稽古の経済」、「アメリカ自作飛行機物語」。Σ8136Km。

介護2016(1) 老々介護疲れ殺人、逮捕後に夫が食事拒否で死亡 
 今月5日、埼玉県で無理心中を図ろうと77歳の妻の首を刃物で刺して殺害し、83歳の夫がみずからの首や手首も切りつけ、殺人の疑いで逮捕された。夫は逮捕後、食事をとることを拒み続け、23日に入院していた病院で死亡した。

 このニュースは19:00のNHK-TVでも取り上げられ、私は老々介護の悲惨さを思うとともに夫の意思力がすごさについて、いたく感心した。私の情報収集力が悪かったのか、新聞4紙にはこの事件の報道はなかった、と思う。なぜなのだろうか。
 NHK-TVのニュースで見た記憶から下記を思い出しただけだから、情報としてはとても少ない。だから、深くコメントはできない。

 警察によると、夫は「認知症の妻の介護に疲れ、無理心中を図った」と話したが、逮捕後にはほとんど取り調べに応じず、食事も摂らなかった。警察は医師と相談したうえで17日に町内の病院に入院させた。しかし、入院後も食事をほとんど摂ろうとせず、点滴などで栄養補給をしたが、死亡した、という。
 警察署は、「なぜ食事をとることを拒み続けたのか分からない。食事を摂るよう説得していたが、このような結果となり残念」とコメントした。

 老々介護の悲惨さについては日常的に接する話である。
 介護保険を利用しながらこの夫婦がどういう援助を得ていたのか、地域の介護資源をどう利用していたのか、自治体はこの夫婦をどのように把握していたのか、情報はない。少なくとも、結果がこのような悲惨なb状況になったのだから在宅介護は無理だったのだろう。

 警察側としては、夫が食事を拒否する理由は不明としたが、私は自傷で死にきれなかったので「自死」の道を選んだのだろう、と思う。

 ただ不思議と思うのは、いつ逮捕されたのか不明である。自傷の傷はそれほど深くなかったと考えられるので、傷の処置後間もなく逮捕された、と思う。その後、食事を摂っていなかったというが、最小限の水分は与えていたのであろうか?入院が17日だから約10日間、入院から死亡がまでが5日間だから、水分摂取をさせていたとすると、あまりにも短い。

 ここで疑問に思うのは以下のあたりである。
 @ 水分はどうだったのか?与えたのか?
 @ 逮捕時の全身状態はどうだったのか?
 @ 逮捕後急速に全身状態が悪化していなかったか?
 @ 何らかの疾患に罹患していなかったのか?病院での判断は?
 @ 自死の意向を把握できなかったのか?
 @ 容疑者の行動、様子から、早めに医師に診せるとか、人権は確保されていたのだろうか?
 @ ・・・・・・ 


2/24(木)寒波  外来 職員検診 飯川病院
 1:00起床。文献チェック他。本読み、徒然など。7:10バス飯川病院着。8:40-13:00中通病院外来+ドック判定総括。13:00職員検診。14:00-18:00飯川病院勤務。文献新聞、BR視聴:「美の壺:漬物」、「BS1sp:なぜ戦場に行くのですか」、「池上:コーラン」、「日本人は何を目指したか:エネルギー政策」、「体の秘密:記憶」。19:10バス帰宅、夕食、20:30就寝。

プリウス2016(3) エコカー買って乗らないのが真のエコだが、本末転倒だね
 新型プリウスは素晴らしく変身した。待望の4WD車も発売になった。
 ならば買いか?残念ながら今の私にとって購入意欲が湧かない。
 その理由は一部は車にもあるが、大部分は10年以上プリウスを利用してきた私の方の事情の変化からである。

 第一にシャープ過ぎる表情に変身したフロントマスク、リアのデザインが不満。
 私は車のフロントマスクは人間に例えると、ボケた感じの、ソフトなイメージの車が好きである。最近のフロントマスクはどの車もシャープすぎて怖い印象である。プリウスもマイナーチェンジするたびにライト周りを中心に徐々にシャープな顔に変わっていった。近年のは目はつり上がって来た。最新のはさらに金銀ちりばめた、派手なサングラスをかけたような、ゲームのヒーローのごとくの顔である。あたかも走る凶器といったところである。ここまで怖い顔だと自分は所有する気になれない。リヤのデザインも多数のLEDライトを配して視認性は良くなったと思われるが派手になった。

 第二には価格である。ディーラーが作ってくれた見積もりは全て込み込みで320万円であった。オプションも豊富であり、場合によっては天井知らずになりかねない。

 私はケチである。だから、私が何か物品を買うときには自分のこころを、生きる姿勢を賦活してくれるようなものを選ぶときには抵抗少なく購入できる。そうでないものは並以下の物品で十分である。
 かつてはオーディオに、楽器に、最近はパソコン及び周辺機器には出費した。車は1978年頃のマツダルーチェロータリーセダンを購入した時までは興味があったが、その後はあればいいというレベルである。ただし、車は4WD車でなければならないとの考えは持ち続けていた。

 ケチな私が2005年になぜエコカーを買ったのか?
 環境に優しいというコンセプトカーで、ディーラーが展示試乗用に用いた中古車が手頃な値段で手に入ったからである。当時はほぼ連日通勤に用いていた。冬季間には2WDであることが最大唯一の不満であった。このころは4WDが出たら買い換えようと真剣に考えていた。
 それが、家族が減ってから車の需要は減り、通勤は、バイクになり、さらに自転車になり、ついに徒歩通勤をするようになった。だから車は無ければ困るが乗ることはほとんどなくなった。先日2月21日、急な降雨のためプリウスで出勤したが、この時が今年初めての利用であった。わずか10Km/50日で、ここ2年ほどは年間1500-2000Kmの走行に過ぎない。
 「エコカー買って、乗らないのが最高のエコ生活・・・」などと思っていたが、これは本末転倒の考え方である。確かに初年度登録が2003年とかなり古くなって買い替え時期であろうが、いま新型のプリウス4WDを購入したとしても、車として、4WD車として、エコカーとして無用の長物になりかねない。だから、購入意欲は湧かない。

 それに、補助電池を2回、主電池も昨年交換してかなりの出費になったが、私にとっては今のプリウスは車としての機能は4WDであることを除けば100%満足できている。

 新型プリウスは4WDも発売になるなど素晴らしく変身を遂げたが、私にとっては4WD化は遅すぎたし、車として素晴らしすぎて今の私にとって重荷である。
 現用のプリウスがいつまで持つか、新しい興味が湧いてきた。


2/24(水)寒波小雪 飯川病院ボランティア
 1:00起床。文献チェック他。本読み、徒然。10:00バスにて飯川病院着。院長受診とのことで飯川病院ボランティア。15:00バスにて帰宅、がたつき始めた椅子一脚を修理。満足できる仕上がりであった。ネコと遊び、書類処理など。19:00夕食、20:30就寝。BR視聴:「そこまで委員会:閣僚発言問題、マイナス金利他」、「世界は今:シリア関連、大統領選挙」、Σ8124Km。

プリウス2016(2) 四駆車も発売になったが私には遅すぎた!!
 今回発売されたプリウスは第4世代ということらしく、今回のモデルチェンジでは従来のイメージはそのままに根本から作り直したのだ、という。その過程で四駆車も投入された。
 プリウスの売りである燃費をカタログ見ると、車種によって異なるが2WD車が40.8Km-37.2Km、4WD車が34.0Kmになっている。私のタイプは2WD車でエンジンが1500ccで29.6Km、今のタイプは1800ccで40.8Km前後まで伸びている。これは、同じ条件下での測定されたデータであるが、空力学的にも、重心位置も駆動系もハイブリッドのメカニズムもかなり改良されたことを示していて、それが燃費の改善に結びついている。

 4WD車のメカニズムはシャフトを通じた機械式ではなく後輪にも駆動モーターを配した電気式で、走行状態に応じてコンピューターが2WD車?4WD車となる。このメカを組み込むために、従来あった補助バッテリーがフロントのエンジンルームに移り、メインのニッケル水素電池は後部座席の下に収納されたなど、構造にも大きな改良が見られている。
 
 ディーラーから送られてきた立派なカタログを見ると驚くほどの改良がされているとわかる。表紙には「PRIUS IMPOSSIBULE」と大書きされている。これはいくつもの不可能を乗り越えて到達した、という意味で使われている。

 私は車にのるのは好きでない。必要だから所有している。しかし、車やオートバイのメカは大好きである。私は今回すっかり新型プリウスに魅了されてしまった。素晴らしい完成度である。ここまで改良しなくとも十分に先進的な車と思っているがこれはすごい。次々と出てくるライバル社の製品より一歩も二歩も先んじようという車つくりの熱意が伝わってくる。

 新型プリウスは現状での車の理想の姿の一つに到達しているのだろうと思う。環境に取っても同様だろう。オーバーなことを言えば、現代の人類にとっての理想に向かって進化している、とも思う。勿論、ハイブリッド車のプリウスの立ち位置は、将来的には電気自動車あるいは水素エンジン車に置き換わっていくだろうが、現状での理想に近い到達点にあると思う。

 ここまで褒めていながら、あれば理想と考えていた4WD車が投入されたが、新型プリウスは私にとってはどうなのか?と言えば、残念ながら食指が動かない車である。その理由は一部は車にもあるが、大部分は私の方の事情からである。


2/23(火)曇り・快晴 外来 飯川病院  徒歩通勤開始
1:00起床。新聞・文献など読み、やっと朝が早くなってきたという感じ。6:47バスにて飯川病院、8:45-13:00中通外来+診療情報提供書類。14:00-18:30飯川病院。19:00帰宅、夕食。BR視聴:「オイコノミア:お稽古」、「アメリカ飛行機自作物語」。20:00就寝。Σ8117Km。

プリウス2016(1) 欲しかった四駆車も発売になったが・・
 2005年11月にプリウスを購入した。
 その頃はハイブリッド車は今ほど普及しておらず街中で見ることは少なかったが、地球環境に優しい車というコンセプトを気に入っての購入であった。

 新しい構造、機能の車だから、真剣に選ぶのも面倒だしと、9月下旬に試乗した、フル装備に近い白の試乗車をその場で予約した。ちょうど新型プリウスが発売になる時で、そちらは人気度が高く予約が殺到し、納車は3-4ケ月待ちだという。

 私は車は必要であるが、運転は好きでないし、あまり乗らないので中古車で十分である。安く買えれば色やスタイル、装備品などはどうでも良かった。?? プリウスを購入に関して、一抹の不安はニッケル水素電池の耐久性や交換時の費用等の情報がきちんと公開されていないことと、四輪駆動でなく、前輪駆動車だと言う2点だけであった。
? 前者の電池は問題になるのは早くとも数年後だろうし、その時には私自身がいるかどうかも分からないし、車事情も変わっているだろうと無視した。それが具体的問題になったのは、昨年2015年であった。私自身の健康も懸念されたが、今まで私も長持ちしている。
 前輪駆動については当時、私は前輪駆動のホンダデルソルも用いていて、道路状態によって多少不便はしたものの立ち往生することもなく何とか使えていたから、何とかなるだろうと甘く考えた。
? ところが2005年暮れから新年にかけては大量の積雪があり、道路事情の良くない我が家の路地は前輪駆動のプリウスでは往来困難で、しばらくの間は家族の四駆のレガシーワゴンと取り替えて使った。これで何とか事なきを得たが、もし今後の冬も降雪が多ければ四輪駆動車への乗り換えも考えなければならない問題であった。?? プリウス購入を考えていても四駆車仕様がなく二の足を踏んでいる人も少なくないと思う。徹底して低燃費を追求した低公害車プリウスである。四駆化による燃費の悪化はセールスポイント上好ましいものではないのであろう。しかし、降雪地帯のユーザーから見ると、四駆の存在価値は決して小さくはない。むしろ、世界的に見ても飛ぶように売れるのではなかろうか、と思う。是非作って欲しいと思う。

 これは購入して間も無くの感想であった。
 2015年に4代目として4WDモデルが発売になった。これは朗報であった。


2/22(月)曇り 健康クリニックドック 飯川病院 
 1:30起床。文書整理、徒然他。6:47バス飯川病院へ、9:00-11:30健康クリニックドック。12:00飯川病院、14:00-18:30勤務、19:00帰宅、夕食、20:30就眠。BR視聴:「体の秘密:脳・記憶」、「NHKアーカイブ:北の湖」、「久米書店:住まいの見つけ方」、「ザイエンスZero:サイバー攻撃」。

食品2016 産業廃棄物が食品に化けた(5) 一人の消費者として考える
 先月明らかになった廃棄食品の横流し問題で、食品流通の異常性の一端が浮かび上がった。製造から流通へ至る過程で、どんな理由でごみになるのか。どんな対応があるのか、新聞報道から追ってみた。

(1)廃棄の理由
@ 袋詰めされたうどんやそばは重量不足で全てが、やや重量オーバーでもはじかれ廃棄のルートに乗る。
@ カレーの壱番屋の異物が混入は、バン粉補給機から合成樹脂の部品が欠落したもの。約8mm程度の部品が付着したカツが見つかったが、約4万枚廃棄した。
@ 壱番屋はその前年に、コンベヤーのベルトがこすれゴム片が混入した可能性があったとしてカツ約30万枚を処分。ゴム混入量は消しゴムの消しかす程度だった。
@ スーパーなどでは品切れを恐れ過剰な在庫を抱える。賞味期限が迫った製品は廃棄。
@ スーパーなどで売れない製品は「定番カット」で売れ筋商品へ置換。旧製品は廃棄。
@ 某回転ずし店。15分で乾燥のため廃棄へ。店の評判維持のため。

(2)食品業界の慣習
@ 食品業界の慣習「3分の1ルール」。小売店への納品は賞味期限の3分の1まで。店頭販売は3分の2の時点までで終了。賞味期限が長い商品を置くため。「販売期限切れ」として返品や廃棄に回る。
@ 廃棄や返品は費用もかかるが、棚の商品を話題性のあるものへ入れかえる方が売り上げが伸びる。
@ 製造・流通の過程で「安全・安心」の掛け声のもと廃棄に回る。

(3)食品廃棄の統計
@ 農林水産省によると、業界全体の食品産業廃棄物は年間1927万t、小売業から331万t、家庭からが332万t(2012年度推計)にのぽる。
@ 我が国は年間5800万トンの食料を輸入している。統計ごとに数値は異なるが、年間輸入量の30%が廃棄されている。

(4)消費者としての対応
@ 消費者が食品に「新しさ」と「完全さ」、「品ぞろえ」を求め過ぎてきたことが食品廃棄の一因となっている。
@ 小売店では期限が迫っているものを安く売るコーナーなどを用意する。近々食べるなら期限が迫っているものを買う。
@ 食品の製造工程で発生する規格外品などを福祉施設等へ提供する「フードバンク」活動、肥料として農家に提供する事業も進みつつある。フランスでは今年から廃棄食品を慈善団体へ寄付することが義務付けられる。

 本来、食べることの背景には感謝の念がなければならないと思う。
 それが、食品産業、流通、小売の段階では、全て経済の論理が中心で食材のいのちに対する畏怖の念、感謝の念が姿を消し、すべて経済の論理に置き換わっている。
 私を含めて、一人一人の生活者はその流れの中に完全に飲み込まれていて、出来ることは少ない。食事に向かう時の感謝の気持ちを梃子にして、毎日食事できることの意義、いのちの意味を考えると、自分が何をすべきなのか、何ができるのか、を考える。少しずつ問題点と自分の立ち位置が分かってくると思う。


2/21(日)降雨、午後から快晴 飯川病院日直
1:30起床、文献・本読み、その他いつものごとく。8:20バスにて出勤しようとしたが激しい降雨あり、プリウスにて出勤。8:45-17:00飯川病院日直。入院患者2名対応。BR:「アナザースカイ:片岡鶴太郎」再度見る。「美の壺:漬物」、「BS1sp:ジャーナリストなぜ戦場に?」、「池上:コーラン」、「日本人は何を目指して:新エネルギー革命」。18:00帰宅、17:00パークホテル夕食、20:30就眠。歩数計:Σ8109Km。プリウスは今年初めて動かした。

食品2016 産業廃棄物が食品に化けた(4) 私の食品廃棄の考え方
 本来食べられるものが廃棄される「食品ロス」。今回の冷凍ハム事件を機会に食品業界の問題点、流通の問題点が色々明らかになった。食料自給率の少ないわが国が大量に食品廃棄をしている実態は驚きであったし、悲しい現実であった。

 私は食品を無駄にすることには病的なほどの嫌悪感を持っている。神経質な母親からの影響である。そう言いながら、我が家でも食品がかなり無駄になっている。他の家庭のことは一切わからないが、多分食品ロスは多い方かもしれない。私はこのことにとても心を痛めている。

 我が家でなぜ食品廃棄物が比較的多くなるかというと、台所・冷蔵庫奉行が二人いるからである。
 要するに、家内と賄いのおばさんの二人が居るのであるが、不思議なことに各々が買い込んだ食材を互いに融通しあいながら料理しないからである。おばさんは面倒なことに家内の実のおばでもある。だから、嫁舅問題に近い意地の張り合いがその原因になっている。日常はおばさんが料理をするが、家内はそれに飽き足らず、気に入った食材を買い込んでくる。しかしながら、多忙なために自分で料理する機会は少なく、買い込んだ生鮮食品は食品棚の上で変質していく。私は二人に口すっぱく互いに購入した食品を融通しあうよう求めているが、効果は乏しい。

 私はハムやソーセージ、スナック菓子などの加工食品に表示されている「賞味期限」はほとんど無視する。期限を過ぎても一般的に危険はない。28年前のソース、6年前の「白い恋人たち」をはじめとして、冷蔵庫の奥から出てくる期限切れ製品を消費するのはほとんど私の役割である。むしろ、納豆などは賞味期限内に私の口に入ることは少ない。数日前に手をつけた「生うにの瓶詰め」は未開封であったが、2013年8月が期限と書いてある。結構美味しい。一方、おにぎり、寿司、弁当などに表示されている「消費期限」は無視はしないが、それほど真面目に守るわけではない。自分の感覚を大事にする。それでも健康被害に陥ったことはない。

 我が家では私が監視して食品の廃棄は可及的に少なくしているが、それでも廃棄する場合は100%コンポストに溜め込み、肥料にして園芸などの用いている。市の集配に頼ることはない。これは最小限の私の、食品に対する感謝の気持ちと懺悔の気持ちの表れである。

 私どもはいのちをいただいて生きている。
 私は趣味的に野菜作りをしているが、基本的には間引きや剪定をしない。いのちを絶ったり傷つけたくない。だから、私の畠はトマトや胡瓜の枝が繁茂してひどい状態に陥る。それでも十分収穫できる。趣味だからそれでいい。もちろん収穫したものは無駄にはしないし、させない。


2/20(土)晴れ温暖 飯川病院午前外来
1:00起床、文献・本読み、その他いつものごとく。8:27バス飯川病院、8:55-12:30午前外来。「団塊:五木寛之」再度見直す。「歴史列伝:初の国語辞典編纂 大槻文彦」、「日本人は何を目指して:インドシナ難民など」、「アナザースカイ:片岡鶴太郎」。14:00バス帰宅。ネコたちと遊ぶ。録画:『NHKso デュトワ指揮 マーラーSyNo3』視聴、19:00夕食、20:30就眠。歩数計:Σ8100Km。

難民問題2015(2) わが国でもかつて難民受け入れた 
 1975年のベトナム戦争終結、1976年南ベトナム消滅による南北統一に相前後し、インドシナ難民が発生、社会主義政権を拒否する約150万人が難民化し、1976年我が国へも初めてボートピープルが到着、以降、毎年200-1000人規模で上陸した。
 我が国では、当初難民を一時的な滞在のみ認めることとしていたが、国際的に難民の受け入れを求める声が強くなり、政府は1978年4月28日ベトナム難民の定住を認める方針を閣議決定した。

 1978年から受け入れ終了した2005年末までの難民定住受入れ数は11,319人であった。
 1982年の難民認定制度導入から、2014年までの間にわが国に難民申請があったのは22,559件であったが、うち難民と認定されたものはわずかに633件でとても少ない。
 難民として認定された人は、我が国で安定的に在留できるほか、永住許可要件の緩和、国民年金法、児童扶養手当法等の社会保障が受けられ、初等教育、国民年金、児童扶養手当、健康保険などについて、日本国民と同一待遇を受けられる、ことになっている。

 このこの過程の中で、メディアも含む日本社会も難民に対する見方が変化した。難民自身の問題もあったが、日本側の難民の捉え方にも影響を与えてきた。しかしながら、日本社会は今でも移民や難民を受け入れる体制にはなっていない。難民と認められ定住化したとしても「異郷者」 が日本社会で暮らすための社会的な受け入れ手立てがほとんど用意されていない。

 難民受け入れの課題は、受け入れ時だけの問題ではなく、受け入れ後の定住生活支援の課題の方が重要である。

 現在、インドシナ難民を受け入れてから40年経つ。この間、難民は家族を持ち、高齢化した。住居、雇用、社会保障、健康、子どもの教育、老人福祉などなど、日本人ですら満足すべき状況にない。難民たちが現在の社会の中でどのような状況にあるのか、私には不勉強にして現状を知らない。

 わが国には上記のような難民受け入れの貴重な体験がある。当時、インドシナ難民の到着は「第二の黒ぶね到来」とまで言われた。それだけ日本社会にはショックだった、ということ。その経験を再検討し、わが国が将来求められるかもしれないシリア難民の受け入れに、いかに対応するかの検討を始めなければならないと思う。


2/19(金)曇り・雨 大曲中通病院外来  飯川病院ボランティア
 1:20起床。文献チェック、徒然など。5:30可燃ゴミ集積所。7:30飯川病院経由にてTaxi駅に、8:10こまち、往復徒歩。9:10-13:00大曲中通病院外来、14:30飯川病院ボランティア。19:10帰宅、夕食、20:00就寝。歩数計:Σ8100Km。BR視聴:「ガイア:飛崖っぷちの町工場」、「団塊:五木寛之」。

難民問題2015(1) 
 中東から欧州に押し寄せる難民の受け入れをめぐり、ドイツのメルケル首相は難しい選択を迫られている。まだ遠い地域の問題であるが、徐々に日本にも影響が及びそうである。
 日本の難民申請状況を法務省の速報値にみると、昨年難民申請したのは7586人で、難民と認められたのはわずかに27人だった。難民認定数は前年より若干増えてはいるが、日本の姿勢は変わらないようだ。

 国民は難民問題をどう受け止めているのだろうか。
 朝日新聞社が調査した3回の調査結果がある(2015年1月30日版)。調査の母集団、解答率等がわからないので評価は難しいが、傾向としては参考になるだろう。

 (1)電話による全国世論調査(2015年12月) :日本の難民受け入れの是非について
「積極的に受け入れたほうがよい」---------24%
「そうは思わない」----------------------58%

 (2)面接による全国世論調査(1996年) :難民や外国人労働者の受け入れについて、
「もっと受け入れる方がよい」-----------22%、
「今のままでよい」---------------------65%。

(3)面接による調査(1989年):もし外国人労働者や難民が隣に住むようになったら、あなたはどんな感じを持ちますか
『社会になじめるように手助けしたい」----------47%
「なるべく付き合いたくない」-------------------20%。
「外国の文化に触れる良い機会だ」---------------11%、
「ほかへ移ってほしい」------------------------10%。

 私は難民の受け入れをどう思っているか。
 もし、我が国も受け入れるようになった、と仮定した場合であるが、89年の設問に沿って示すと、「なるべく付き合いたくない」>『社会になじめるように手助けしたい」>「ほかへ移ってほしい」という順である。
 私は決して積極的ではない。

 私の場合、日本人の隣人とか、職場のスタッフであっても、なんとか最低限のコミュニケーションは維持しているものの、それ以上の関係は作れない。近い環境にあって、長い付き合いのある、なんとか理解できそうな日本人であっても、私は基本的に他人が怖いからである。
 だから、私が文化的に異質な方々と付き合うのは初めから不可能だと思う。

 私は個人的に難民受け入れに賛同できない。ただ、国としては受け入れを迫られる時が来るかもしれない。
 メディアに登場する有識者の方々の意見をざっと見ると、できるだけ応えるべきだ、という立派な方が多い。


2/18(木)曇り 外来・ドック処理 飯川病院 わらび座公演「ジュリアおたあ」
0:45起床。いつもの如く。降雪なし。6:47バス飯川病院へ、7:05病院着。8:45-13:30中通病院外来、混雑。ドック関連業務処理。13:45-18:30飯川病院。18:10文化会館、わらび座公演「ジュリアおたあ」。21:00Taxi帰宅、夕食、21:45就寝。BR視聴:「蛮社の獄:高野長英・渡辺崋山」。歩数計:8096Km。

食品2016 産業廃棄物が食品に化けた(3) 安さの陰に潜むもの 
 壱番屋の冷凍ビーフカツは産業廃棄物として処理されるはずであったが、1万枚近くが愛知、岐阜、三重の弁当店に横流しされ、食材としてつわれていた、という。幸い健康被害が出たという話は聞こえてこない。

 私は昼食に外食したり、弁当等を購入することはない。昼時にスーパーとかコンビニに行くことも殆どないが、かつて弁当コーナーには300円前後からと、随分安い製品があるものだと驚いたことがある。より高い値段の製品もあったが、一見大差がないように思えた。

 病院スタッフが定期的に届けてもらっている配達弁当は400円から500円だという。厳しい価格競争の中でこの程度が安い方の標準とすれば、それより100円も安く弁当を出すということは大変なことと思われる。

 昼食時に定食を提供する食堂やラーメン屋、ファミリーレストランでは原価は1/2程度と言うし、弁当の場合の原価は40-45%以内に抑えるのが経営上の目安という。主食、おかず、容器代含めて150円程度となる。だから、その食材の仕入れなどには大変苦労していると思われる。
 安い食材というと、賞味期限が近い、形が整っていない、在庫処分など「訳あり品」、また、農家などではじかれた規格外品なども仕入れて費用を抑えているのだろう、と思う。食材として不適当なものでなければ、仕入れ主が質的に納得できるものであれば、食材が無駄に廃棄されるよりはいいと思う。

 この事件が明らかになるまでは、食材として不適当な材料は用いられているはずはない、と思っていた。まさか廃棄物が食材として流通しているなど考えも及ばなかった。

 今回、その食材に産業廃棄物がなぜ紛れ込んでしまったのか。
 それは、質よりも価格を優先して材料を仕入れなければならないという厳しい事情にあるだろう。
 この中で、訳あり品の流通にあたっては、「出どころは聞かない、確認しない」のが暗黙のルールだと某流通業者がTVのインタビューで答えていたが、恐ろしいことである。

 訳あり品でも一旦調理してしまえば全くわからなくなる。だから、消費者が気付く可能性はゼロであろう。ひとたび健康被害が生じた際には食材の出所の逆探知が困難になるなどの問題が生じる。

 事件が発覚してから約一ヶ月経過したが、大量の廃棄食品が25自治体に及んでいることが判明した。

 この事件は食品衛生法に反していると思うし、詐欺等の犯罪に当たると思われるが、健康被害がなかったためか保健所等の関与や追求がそれほど厳しくなされているようには見えない。
 この事件は、我が国の食品の流通に関わる根深い問題に発展して行くような気がする。


2/17(水)降雪のち晴れ 寒波 飯川病院ボランティア 除雪5回目
 0:30 起床。新聞・文献などいつもの如し。積雪7-8cm、5:50-6:50除雪5回目。飯川病院院長多忙にて、9:00-18:45ボランティア、院長所用で来客、外出など。BR視聴「経済フロントライン:長期低金利ほか」。通町まで徒歩、コーヒー店、書店経由、16:00バス帰宅、歌劇「金閣寺」、三島由紀夫作、黛敏朗作曲を視聴。見事な作品であった。19;00夕食、8:30就寝。

雪道・凍結道路での転倒防止 スパイク状の靴底アタッチメントは有用
 私が担当している外来は高齢者が多い。ここ数年は、診察が終了し患者が診察室を出る時に「転倒しないように・・」と声をかける。季節を問わず声をかけるが、特に雪道では言葉に力を込める。

 これは、自身にかけている声である。私のこの生活記録を見ていると転倒に関する記述が多くなっている。不注意による自ら招いた転倒もあるが、滑りやすい道路、雪道などでは常に転倒の可能性があり、歩くのに恐怖感さえ覚える。
 高齢者の転倒は、場合によっては大腿骨骨折や頭蓋内出血に結びつき、ガンや脳梗塞等の内臓疾患よりは深刻な問題になることが多いので是非とも予防したいものである。

 なぜ高齢者は転びやすいのか。
 筋力の低下もあり、滑ってぐらっときた時に耐えられない。視力の低下、知らず知らずにすり足状態になっておりつまずき易い。股関節をはじめ体のあちこちにある「バランス感覚受容器」の衰え、小脳機能の衰えも関係している。こんな個々の理屈以上に、高齢者は転びやすくなっているのだ、の納得が転倒予防のために重要である。

 ここ数年、私は徒歩通勤しているが、足下が滑る場所は沢山ある。特に雪の歩道、凍結した路面、濡れた路面、濡れた落ち葉、マンホールの蓋、橋の上などは特に危ない。

 雪道、凍結道路を歩いていて滑って転ぶことが多くなってきていた。
 転倒防止のために一昨年には滑り難さを売りにした防寒靴を購入したがそれでもダメだった。昨季には3回雪道で転倒した。凍結した路上での転倒は、突然だから対処の方法がなく、無防備な姿勢で転ぶことが多い。特に、現在の道路事情は危ない。結構凹凸がある。身を守るために何らかの対応が必要である。
 転倒時に私を守ってくれたのがディバッグである。これを背負っていなければどんなにひどい怪我をしていたのか、思っただけでもゾッとする。

 今季は、早々にスパイク状の靴底アタッチメントを2種類購入し適宜装着している。<img src="http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/3d/0b888ea8e5506fcc3f819a53e88777eb.jpg" border="0">http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=8d3e8f114828eb41ed10b107f90b19b3&p=1&disp=50# 結構簡単な構造であるが、歩行時に外れることもなく、装着脱着は靴を脱がずにもできる。使わないときはディバッグに吊るしている。これでも万全とは言えないが、昨季までの状況とは大きく異なっている。そろそろ凍結道路の時期は終る。多分、今季は雪道での転倒はしないで済みそうである。

 外来受診時に転倒の話題がることも少なくない。そんな時には患者にも薦めている。3人ほど購入したようで、いずれも好評であった。

 靴の専門店では適当な製品はなかった。
 ホームセンターの靴売り場などには、私が用いた2種のほかにも数種類の製品が売られていて、大体千円程度であった。


2/16(火) 終日降雪 外来 飯川病院 
 0:30起床,文献、本読み他、降雪無し。5:00可燃ゴミ提出。6:47バス飯川病院、8:45-13:00中通病院外来、13:45-18:30飯川病院。BR「そこまで言って委員会:難民移民問題」、「世界のいま、いまの世界:新冷戦 北朝鮮問題、台湾問題」、19:00帰宅、夕食、20:00就寝。Σ8085Km。

食品2016 産業廃棄物が食品に化けた(2) 食品回収に次善の策はないのか
 問題の冷凍カツは異物混入の恐れがあり廃棄された曰わく付きの食品であった。わが国では潔癖な国民性もあってか、食品への異物混入が発見された際、特に製造過程でに問題が疑われたの場合には詳細な調査を待たずに廃棄されることが多い。その量を見ると驚くべき大量の食品が廃棄されている。
 廃棄自体が事態の解決方法になっているようだ。

 これについて最近の一例。
 2014年12月、つい1年余前のこと、人気食品「ペヤングソースやきそば」からゴキブリ出てきたと男性がツイッターに画像付きで投稿し、驚きと画像を疑問視する声が入り乱れ、いわゆる炎上した。
 群馬県にある「まるか食品」社は男性に会って商品を回収、画像の削除も依頼した。このやりとりがツイッターで明かされると、今度は同社の隠蔽工作だとする批判、「食の安全への認識が甘い」、などの避難が相次いだ。

 伊勢崎保健所は本社工場に食品衛生法に基づく立ち入り調査を実施し、健康被害が生じていない、製造過程で混入したか不明などの理由で、社内調査とその結果報告を求めるだけに止めた。 

 「まるか食品」は製造過程での混入は考えられないが、商品計約4万6千個の自主回収を決定。さらに全24商品の製造・販売を休止し、商品の返品・返金に応じると発表した。

 社としては品質と安全性の主張に加え、商品イメージも重視し、過剰と思える対応をとらざるを得なかったのだろう。恐らく、大きな損失、回収作業の煩雑さ、信用失墜の問題などが生じたことであろう。商品は暫時再発売されたが、設備の改良等に10億円もかけた、という。企業の経済的な底力は大したものだと思う。

 回収廃棄された食品はどう処理されることになったのだろうか。産業廃棄物として焼却処分?? 家畜の餌などに加工??などのルートが考えられるが私には情報はない。

 私は、この事件全体が、消費者も「まるか食品」も過剰反応だと思った。けじめをつけるためにベストな方法をとったのだ、と思うが、私はいつも食品の廃棄のニュースに触れると「勿体無い」、これで良かったのだろうか?次善の策はなかったのだろうか?と思う。

 もう一つ、2013年12月アクリフーズの群馬工場で生産された冷凍食品の購入者から異臭が指摘され、調査で有機リン系農薬「マラチオン」が検出され、大規模自主回収へと発展、混入した契約社員が逮捕された。このような健康被害が生じうる毒物混入の食品の場合の回収には疑問はない。ただ、この回収品はどう処理されたのだろうか。心配するまでもないか。

 2002年以降のファイリングの中で大量の回収に至った食品関連事件等は約30件ある。ざっと見直しても「勿体無い」と思う。食品を大切にしたいという気持ちからであるが、廃棄物を食品として横流しするルートがあるなど、今回の事件まで知らなかった。


2/15(月)曇り小雪 寒波再来 健康クリニックドック 飯川病院
 1:00起床、文献・本読みなどいつもと同じ。積雪予報に反し殆どなし。6:47バス飯川病院、7:10病院着、9:00-11:00健康クリニックドック 診察11名+結果判定総括13名、11:30飯川病院へ。14:00-18:30勤務。19:00帰宅、夕食、20:30就眠。Σ5685Km。DVD視聴「林修:浮世絵」、「NHKsp:新映像の世界(4)冷戦」、「サイエンスゼロ:サイバーセキュリティ」、「オイコノミア:テクノロジーの経済学」、「BS世界のドキュ:人間社会の清潔」、「昭和は輝いていた:41年ビートルズ来日」。錦織メンフィス・オープン優勝4連続。

食品2016 産業廃棄物が食品に化けた(1) 食品関連業者のモラル欠如 
 本年1月中旬、産業廃棄物が食品に化けた、という事件が明らかになった。

 食品関係の事件や不祥事は消費者に健康障害が生じうるだけに無視できない。製造工程の中での問題は100%回避することできない。どんなに努力しても異物混入などは防ぎきれない。しかし、その事実を隠蔽したり虚偽報告することによって犯罪行為に進展する。人為的に、計画的に行われた事件もある。そのようなケースは枚挙にいとまがない。

 私がファイリングしていた食品関係事件をざっと見渡すと、2002年には雪印,日本ハム,宮城県の牡蠣問題など、2007には不二家が、また、北海道の食肉加工販売業者が牛ミンチに豚や鶏を混ぜて出荷していたことが発覚した。2008年は「赤福餅」、「船場吉兆」が食材の再利用、うなぎ偽装表示問題があった。2010年はクロマグロ偽装、中国産餃子メタミドフォス混入事件、2013有名レストランのメニュー偽装、2015年には製造過程での異物混入事件などなどが出てきた。新しい事件が生じるたびに見直さなければ忘れてしまう。

 上記例は会社ぐるみの犯罪的行為である。一流企業としての社会的責任、特に食品関係という立場でのモラルの問題はどうなっているのだろうか。こうした事件を防ぐために法の整備が求められる。勿論その方向性は間違いではないが、法律によってもモラルは取り締まることが出来ない。モラルは法以上に重要な砦であり、法で罰せられなくとも社会的に支持されず、そのような企業は生き残ることは出来ない。

 個人と組織の関係も問題である。個々人が優れた倫理観やモラル観を持っていても企業の中ではそれを主張出来ないし、違法と解っていても業務命令ならやってしまう。指示を出した方も自ら手を染めないので問題意識が希薄になる。企業体とは残念ながらこういう環境・状況にある。最後の砦は個人のモラル、企業の社会的使命感への自覚である。最終的にはトップの考え方が大きい。

 本年1月中旬、産業廃棄物が「食品」に化け、市場に出回っていたというニュースが報じられた。従来の食品関連事件とは趣を異にする事件である。

 全国に展開カレーチェーンである壱番屋が廃棄を依頼した冷凍カツを産廃業者が食品として横流しした。もともと問題のある食品であった上に、出回るまでに冷凍が解けた形跡があり、消費者に健康被害をもたらす可能性もあった。
 事件が発覚してから約一ヶ月経過したが、この間の調査で産廃業者からカツを買って転売した岐阜県の某業者からは108品目の食品が見つかった。現時点で、製造・販売元は北海道から宮崎県まで25自治体に及んでいる。もうここまで来ると完全に一企業の問題を超えている。

 意外と我が国の食品の流通に関わる根深い問題に発展して行くような気がする。


2/14(日)降雨 飯川病院日直
 0:00起床。新聞文献処理、録音データ処理など。降雨。8:27バスにて飯川病院に。8:50-17:30日直勤務。入院患者は落ち着いている。18:32帰宅。新聞・文献などファイル化。19:00夕食、20:30就寝。Σ8076Km。BR視聴「iPhone使えない芸人」,「BSsp:密室の戦争」、「BSsp:もう一つのショパンコンクール」。

映画:「FOUJITA」 戦争に翻弄された藤田が描かれた
 画家藤田嗣治を扱った映画「FOUJITA」を秋田Alveの映画館ルミエールで観た。

 今までは週5日勤務+週末の日当直で結構自由時間が乏しかったが、1月から水曜日午前の勤務がなくなった。午後は飯川病院の院長からボランティアに来て欲しいとの要請があるので適宜病院に行くが、自由時間が増えた。この時間帯は、家の整理・修理、ネコどもの世話のほか、明徳館の市立図書館などに立ち寄るなど、有効に用いている。
 先日この時間を利用して映画「FOUJITA」 を観た。

 世界的に著名な画家の藤田(1886〜1968年)の半生を日仏合作で描いた映画。監督は小栗康平氏(69)。出演は、オダギリジョー、中谷美紀、加瀬亮、りりィ、岸部一徳ら・・というが私にとっては全員初耳の方たち。それ以上にパリの場面で演じた外国人タレントの熱演が目立った。

 明治生まれの26歳の藤田は1920年代に妻を残したままパリに旅たつ。映画の一場面で、教師が、この街路の上には1万人ほどの画家の卵たちがひしめき絵を学んでいるが、その連中と勝負できるかな?と問われるシーンがあり、当時の画家志望者の競争の厳しさが表現されていた。藤田は散髪するお金もないほどの貧乏暮しを送ったが、自分でカットしたカッパ刈りがトレードマークとなる。

 1929年代のパリで藤田は「乳白色の肌」の裸婦を多数描き、ピカソやモディリアニらとともにパリの寵児と注目された。歴史のある洋画中心の画風の中に藤田が初めて日本画のイメージを盛り込んだことで新風をおこし得た、と考えられる。

 厳しくなってきた戦火を逃れ、日本に戻った。しかし、日本の画壇は藤田を歓迎しなかった。藤田は祖国へ錦を飾る凱旋のつもりでいたが、それが叶わず大いに落胆するとともに新たに日本画壇の中で通用する画家の地位を模索した。

 当時、軍部は国民に対する戦争プロパガンダ絵画の量産を目指しており大勢の画家達が集められ戦地にも送られた。藤田もその一人であったが、卓越した洋画の技能も身につけていた藤田に敵う画家はいなかった。出品された藤田の絵は軍の手で全国を巡回し、賞賛され、創作意欲は高まった。
 やがて藤田は自らが最高傑作の画の一つと賞賛した「アッツ島玉砕」といった「戦争協力画」を発表し賞賛を得る。ヨーロッパには伝統として戦争画があったが、日本にはそれまで、歴史や物語を表すような絵画はなかった。戦争を素材に新境地の作品を描けると言うことに新たな創作意欲、喜びがあったかもしれない。

 戦後は、しかしながら、戦争に協力した画家として非難され、画壇からも謗られ、藤田は祖国に見切りをつけてフランスにわたり、国籍を取得して、以後、二度と日本の土を踏むことはなかった。

 映画の場面として1920年代のパリの場末の様子が再現され、あまりの貧相さの再現に度肝を抜かれた。さらに社交界での藤田の奇癖の描写、モデルを雇っての女性画を描くシーンなど見事な描写であった。その中で、実際のモデルの裸体など決して美しいものではないこと、女性の裸体の美しさは芸術家によって修飾され、切り取られ、美しく表現された結果なのだ、とこの映画を見て納得した。

 藤田は戦争に翻弄された画家である。映画の最後の場面は米軍の低空飛行の巨大な爆音で締めくくられた。

 私は絵画鑑賞を好むが、10年ほど前に秋田の県立美術館で「秋田の行事」を見るまでは藤田の名前はほとんど知らなかった。その後、藤田に傾倒し、画集で作品を鑑賞し、評伝、人物伝などで彼の足跡を追っている。この映画「FOUJITA」 、わらび座公演「政吉とフジタ」は共に新しい切り口で藤田の一面を見せてくれた。


2/13(土)終日降雨 義兄一周忌法要 
1:00起床。文献,新聞整理他、録音データ整理、今季はまだ4回、昨年は8回、一昨年は14回、その前年は23回であった。11:00-15:00義兄一周忌法要、アルコール微睡。19:00夕食、20:30就寝。Σ8073Km。

丸川環境相の発言:間違い発言は修正すべきだが、撤回させてはならない
 丸川環境相は12日夜の記者会見で、東京電力原発事故の対応で長期被ばく線量の目標としている年1ミリシーベルトについて、「何の科学的根拠もない」などと講演で発言したことを認め「撤回させていただく」と述べ、「福島の皆様には誠に申し訳ない」と陳謝した、という。

 これで終了なの??大臣の発言なんて軽いものだと思う。やはり政治家は二枚舌なのか?
 1ミリシーベルトは、国際放射線防護委員会が原発事故から復旧する際の参考値として示している被曝線量「年1〜20ミリシーベルト」の中で一番低い数値で、国が除染などで達成する目標として決めた数値。除染事業を担当する環境相が「科学的根拠もない」発言したことを問題視する声があがった。

 丸川氏は、8日は記者団に対し「そういう言い回しはなかったと記憶している」と否定したが、12日の閣議後会見では「言ったと思う」と修正した。

 発言は今月7日に松本市での講演で言及したもの。丸川氏は問題を指摘されてから発言内容の詳細なメモを入手し、講演の出席者にも問い合わせて自身の発言を確認したというが、それも含めて閣議で訂正の指示があったのだと思う。

 撤回の理由について「福島の皆様との信頼関係を保っていく上で、撤回すべきであったと判断した」と釈明し、このことに関して大臣のポストを退くことについては否定した、という。
       
 こんな事で辞任まで言及するものか?記者団からの質問に答えたものであったか、自ら話した内容なのかは新聞記事からは確認できなかったが、閣僚のポストはそんなに軽々なものなのか?と思う。
 私はまず政治家が失言することはやむをえないと考える。経験不足、勉強不足の結果と思われるが、大臣の程度が分かってとてもいいと思っている。
 その際、間違いを認めて発言を修正することはいいと思うが、発言自体を撤回するということはあってはならないと思う。日本の政治の中では発言撤回は日常的に行われる。国会答弁を聞いていても頻回に出てくる。

 今回、甘利氏の後を受けて経済再生担当相に就任した石原元環境相は、2014年6月に、原発事故の除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設の建設をめぐって「最後は金目でしょ」と発言した。この発言は地元住民の心情を逆なでした。発言について氏は、失言と謝罪したが、発言を撤回する考えは否定した。これに対して地元では撤回を求めた。

 私は発言を撤回させるべきではないと思う。石原氏の考えがよくわかる。やるなら修正の上で、長く残すべきである。撤回すれば発言の責任まで消えてしまう。石原氏の発言を撤回しないという姿勢は、私の言いたい趣旨とは若干異なり意地を感じるが、安易に撤回するより遥かにいい。私はその姿勢を支持した。その後この発言は問責決議案などの国会討論の過程で撤回された。残念なことであったが国会審議の正常化のためにはやむをえなかっただろう。

 丸川環境相の発言は修正させていいが、撤回させてはならない。


2/12(金)曇り 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
0:50起床。文献チェック、徒然など。5:30可燃ゴミ集積所。降雪なし。7:30Taxi駅に。8:10こまち。9:10-13:15大曲中通病院外来。14:30-18:45飯川病院ボランティア、19:00Taxi帰宅、夕食、20:30就寝。BR視聴「世界一受けたい授業」,「天才志村動園:猫・犬」、「笑点1/24」、「林先生初耳学」。

いじめ2016(9)学校におけるいじめ対策(5) いじめ問題に乗り出す教育委員会とは?
 神戸新聞によると神戸市教育委員会が、2013、2014年度の小中学校の「いじめ」解消率について、「解消率100%」と公表していた。「いじめ」被害を受けた保護者からは疑問の声が上がった。市教委指導部の担当課長は「隠ぺいのつもりはないが、誤解を生む。公表の仕方を再検討したい」と話した。
――――――――――――――――――――――――――――

 上記は2日ほど前のニュースであるが、多くの「いじめ」事件をフォローしていると、最初に学校が矢面に立つが、次第に各地の教育委員会が前面に出てきて、各学校の発言は影を潜め、問題がかえって混乱し複雑化するケースが見られる。果たして教育委員会は教育の現場の実態をどれだけ理解しているのだろうか。教育委員会の姿勢はとにかく隠蔽体質との印象はぬぐえない。

 教育委員会は重大な権限を有し、各学校はその傘下にあるように見える。多分、重大なな事件が起こると箝口令が敷かれるのだろう。学校側は一斉に口を閉ざす。
 「いじめ」問題の解決には地域、保護者、学校、教育委員会の協力が必要であるが、その中では教育委員会の姿勢が重要であるが、首長の権限も及ばない組織のようである。大津市の事件の際には教育委員会の姿勢が頑なでことの解決が遅れたが、第三者委員会が作られ、その中で教育委員会の問題点がいろいろ指摘されている。

 教育委員会とは一体なんなのだ、という疑問が生じてくる。
 教育委員会制度について若干調べてみた。

教育委員会制度の理念と意義
@ 教育は、中立公正の確保が極めて重要。
@ 教育は一貫した方針の下、安定的に行われることが必要。
@ 教育は広く地域住民の意向を踏まえて行われることが必要。

教育委員会制度の仕組み
@ 委員会は、全ての都道府県及び市町村等に設置。原則5人からなる。
@ 首長から独立した行政委員会。
@ 教育行政における重要事項や基本方針を決定し、教育長が具体の事務を執行。
@ 月1〜2回の定例会のほか、臨時会や非公式の協議会を開催。
@ 教育長及び教育委員は、地方公共団体の長が任命。任期は教育長は3年、教育委員は4年で、再任可。

 平成25年5月1日現在、各市町村の教育委員会のメンバーは7300人ほどで、平均年齢は59.1歳である。いじめ問題で会見などに出てくる教育委員会メンバーは一般的に高齢者が多いという印象であったが、意外と若い。

 この神戸市の教育委員会の発表、解消率100%などの数値を見ると、やはり隠蔽体質になってるのでは、と疑ってしまう。発覚した「いじめ」に対してどういう状態になったを解消としたのかも問題になる。

 「いじめ」がある事が問題だ、と捉えることが最大の問題と思う。そういう視点だから解決率が100%などという、考えがたい数値が出てくる。

 大津の事件等で教育委員会のあり方がかなり明らかになり、教育委員会制度の一部が改正された。しかし、神戸の例を見ると「いじめ」をなくする様に向き合う姿勢が感じ取れない。


2/11(木)建国記念日 快晴
 1:20 起床。コンピューター関連学習。新聞、文献本読み。積雪なし。なんとなく体調不良?? 終日文献整理、画像データ処理、読書にあてた。19:00夕食、20:30就寝。歩数計Σ5663Km、BR視聴「らららクラシック:未完成交響曲ほか数回分」。

いじめ2016(8)学校におけるいじめ対策(4) 家庭問題、学校との確執
 私が注目して収集し始めた「いじめ」問題の文献は2008年以来、500種以上の文献が集まっている。その中には教育関係や心理学関係の学術的文献、「いじめ」問題第三者委員会の報告書等も含まれる。これらはさらに総論、学校関係、教育委員会関連等に7項目に細分して整理している。

 新聞を中心とするメディアから得た資料が最も多く、これらは多方面に渡るが、その中で最も数が少ないのが、被害者・加害者の個人的家庭環境に関連する文献、大切な子供を「いじめ」による自死で失ったご両親等による文献、資料である。

 いまも時折取り出してこれらの文献を読むには辛いものがある。
 「いじめ」問題に限らず、学校で何か問題が生じるとかつては多くが家庭の問題として処理されてきた。確かに、何か事件が生じたあとで注目されると各家庭問題でもいろいろと知られたくないようなことも含めて明るみに出てくる。

 私は医師として多くの患者・家族に対応してきたが、私の目から見て問題のない、理想的な家族など一つもない、と思っている。まだいじめ問題が社会的にこれほど注目されてこなかった古い事例の際、保護者が「いじめ」ではなく家庭の問題による自死とさせて欲しいと学校長や教育委員会から言われたケースもある。このような処理でうやむやのまま処理されたケースは決して少なくないと思う。

 大津市で2011年に生じた「いじめ自死事件」をきっかけに学校での「いじめ」に関する論評や書籍が一気に増加したように思う。
 私が資料として利用しているのは、以下の資料である。

@1 共同通新大阪社会部編「大津中2いじめ事件ー学校はなぜ目を背けたのか」PHP選書 2013年
@2 越直美(大津市長)『教室のいじめとたたかう 大津いじめ事件・女性市長の改革』ワニブックスplus新書、2014年
@3 内藤 朝雄 いじめの構造ーなぜ人が怪物になるのか 講談社現代新書 2009年 
@4 秋田県医師会いじめ問題研修会2010.9.18講演記録
@5 NHK-AM2015.7.27いじめ問題を問い直す 斎藤たまき氏
@6 NHK-FM12年12月いじめから子供たちを守る全国被害者の会代表大澤氏
@7 NHK-FM13年7月いじめ自殺を無くしたい、父親の19年愛知県在住大河内氏

 特に@1には報道関係者の広範な分析が記述され、@6、 @7はご子息を亡くした方の体験談がしみじみと語られる。いずれの方もどうして重大な結果になりえた兆候に気づかなかったのか、親の指導がむしろ子どもを窮地に追いやったのではないか、と今でも苦悩している。

 資料の多くには家庭問題にも、学校との確執についてもいろいろ言及されているが、直接関連のない私が言及することはできないし、すべきでないと思う。資料の一部を紹介するにとどめた。 


2/10(水) 曇り晴れ 飯川病院ボランティア 
 0:20起床。新聞・文献読みとPDF化およびそれらの整理に集中。新たな降雪2-3cm。除雪せず。8:28家内の車で飯川病院、本日は午前からボランティア。BR「経済フロントライン;長期金利問題、住宅ローン」観る。15:30帰宅。書斎で休日を味わう。BR「NHKso;演奏会形式歌劇サロメ」視聴。19:00夕食、20:20就寝。Σ8065Km。BR「経済フロントライン;長期金利問題、住宅ローン」。

いじめ2016(7)学校におけるいじめ対策(3) 教員・教師対象の教育・研修は??
 学校における「いじめ」対策は、まず学校が「いじめ」の場になる可能性の周知・徹底だと思う。
 「いじめ」は無くすることは出来ない。「いじめ」対策の究極の目標は、子供達が自死に至らないように防御する環境を社会をあげて作ることである。

 それには、(1)児童生徒、学生への教育、(2)教員教師への研修・教育、(3)父兄への研修、(4)教育委員会への研修など必要である。

 最近、「いじめ」に関するアンケート調査が行なわれている。それらから貴重なデータが明らかになってきた。
 以下はその中の一部である。

@ 教職員が「いじめ」の7割近くを発見している事実が判明した。しかし、その後の対応は必ずしも良くない。結果として重大事象に結びついている。
@ 教職員・学校が「いじめ」を認識した後は対応が迅速でなければならない。その対応の遅れや無視があるといじめは一層エスカレートする。
@ 「いじめ」の早期発見の機会は級友からの事が多い。「いじめ」被害者あるいは「いじめ」を知っている友人等からの情報提供は「ちくり」と言う恥ずべきのものでない、と教えなければならないが、逆に指導している場合もある。
@ 相談を受けた時に、被害者に「君にも問題があるからだ・・・」と被害者に責任転嫁する教師もいた。被害者の味方になり一切責めないのを原則とすべし。
@ 「大丈夫か」と問い、「大丈夫」と答えたので問題ないと思い込む。そんな例も少なくない。教職員らが生徒たちの心理を読み取る技能に欠けている。
@ 一人一人の教師のホンネを聞けば別な意見も、別な解決法も出てくると思われるが、いじめ情報を共有する雰囲気が教師間に欠如している。
@ 学校側は思った以上に閉鎖社会である。それを背景に総じて「いじめ」の存在を否定してかかっている。最初から認めた例などは殆どない。比較的最近の例でもいじめの件数はゼロとしていた。
@ アンケートや調査で得た不名誉な数字は隠蔽する。知られると厄介な対応を求められるから。
@ ある大学の心理学教室が中学生と対象に調査によると、学校生活がとても楽しいが1割、楽しいが6割、残りの3割が辛いと答えた。後者の3割の生徒たちは意思も意見も入れられない気詰まりの閉塞状態にあるが、教師はこの状況を知らないようだ、と答えた。学校にいなければならない時間が長く、この苦痛が苦痛が永遠に続く、との時間意識を持っている。
@ ・・・・・。

 子どもを見守るのは学校だけではないが、学校、教職員の役割は大きく、責任は重い。 
 各学校では「いじめ」に対する学習会、研修会どをやっているのだろうか。
 
 いじめ防止対策推進法が平成25年6月に公布されたが、その後に発覚したケースをフォローしていてもその対応状況は必ずしも学校現場に徹底されているとは思われない。

 その辺のことも含めて各学校では学区のある地域社会に対応状況を明らかにすべきである。進学する子供を持つ父兄は不安も抱えている。


2/9(火)小雪曇り 外来 飯川病院
0:50起床。新聞、本読みなどいつもの如く。積雪3-4cm、湿気の多いために除雪せず。6:47バス、7:00飯川病院。8:45-13:30外来。14:00-18:30飯川病院勤務。19:00帰宅・夕食、20:20就寝。Σ8062Km。BR録画:「そこまで言って委員会:週刊誌スクープの実態」、「世界は今、今の世界は:北朝鮮問題中心」。最近、私の除雪機会が少なく、健康状態が懸念されているという。有難いことである。

子供の貧困(3) 大学進学も困難だが不可能ではない
 大学入試センター試験が行われ、全国で56万人余が受験した。多分この中には経済的に恵まれないものの向学心に燃えた子供達も混じっていると思われる。このような子供達に就学の機会を是非得て進学して欲しいものである。

 大学に合格すると多額の経費が必要となる,
 国公立大学の入学金は28万円、私立大学文系は25万円程度、
 授業料・学費は国公立大学で約53万円、私立大学文系では74万円程度。
 大学4年間の納付金は、国公立大学は250万円前後、私立大学父系は400万円前後、理系はもっと高い。医歯薬学部となると6年間である。私立大学医歯薬系はピンキリで具体的に提示できない。
 さらに、自宅から遊学できない地域の大学に進学する際には生活費がかかる。
 学生や保護者にとっては大学就学は経済的に大きな負担となっている。

 経済的に恵まれない学生は、高校生の段階で奨学金を予約している人も多い。

 1984年日本育英会が創設され、2004年に日本学生支援機構となり、07年度から民間の資金か導入されているという。月額3-10万円の4コースがあり。現在は3分の2が有利子型の貸与奨学金である。貸与型の場合、卒後に返済することになるが、非正規雇用などの雇用形態の変化で、返済が滞る問題が多くなっている。

 経済協カ開発機構(OECD)41カ国中32カ国に公的な給付型の奨学金制度がある。日本の学費は他国に比較して高く、奨学金も貸与型しかないなど就学環境は良くない。都道府県、自治体などでは医師不足を解消するために医学部学生のために独自の奨学金を用意している。また自治医科大、防衛医大、産業医大にも独自の制度がある。

 私の場合、日本育英会の奨学金、兄からの援助、6年間学生寮で生活するなどで工面していたが、親からの資金も底をつき、最終的には岩手県医療局の奨学金でなんとか卒業できた。家内の場合は秋田組合総合病院の奨学金で卒業できた。

 我が国の場合、大学進学は大変な費用がかかるために進学を諦めている高校生は多いと考えられる。しかし、可能性は低くともゼロではない。多方面から検討して欲しいものである。
 


2/8(月)若干高接のち快晴 健康クリニックドック 飯川病院
0:10起床、新聞、本読みなどいつもの如く。夜間降雪2-3cm、除雪せず。6:47バス飯川病院、9:00-11:30健康クリニックドック。12:00飯川病院へ、14:00-18:00勤務、帰宅。19:00夕食、20:20就寝。Σ8057Km。BR「林修:窓際のトットちゃん」、「歴史列伝:戦艦三笠(2)」。「世界が驚いた:巨大船・特急電車」、「林家正蔵園芸図鑑」。次年度の就業契約が延長となった。ご近所の方がブルにて除雪、感謝。

有名女性タレントは「聖女」なのか?? 
 1月上旬から、タレントのベッキー(敬称略)が民放TVを含めインターネットを中心にで頻回、かつ大々的に報道されいる。

 新聞の下段に掲載される週刊誌各誌の広告は、これだけ取り上げられると嫌でも目に入るが、実にすごいものである。週によって多少の変化は見られるが、ここ一月余りは、「SMAP解散問題」、「ベッキー問題」、「清原逮捕」、「甘利辞任」が取っ替え引っ替え掲載されている。前二者にはほとんご興味ないがメディアの有り様に関しては問題を感じる。

 私から見ると「ベッキー問題」はどこにでもあるような、単なる男女間の内輪揉めであり、それ以外の何物でもない。あえてここまでメディアが報道しなければならなかったことについてはその根拠を探す必要がある。有名なタレントだからだけ、でないのか??
 メディアは読者の欲望を満たすことだけ、売らんかなの発想で興味本位で馬鹿騒ぎしているに過ぎないと思う。何で「ベッキー問題」の報道が社会性もないのにこんなに加熱する?? 私の理解を超えている。

 スマホの通信記録の一部が何者かによってリークされたというが、あえてあげれば、そのことだけが犯罪に当たると思われるので、話題性はあるかもしれない。たとえそうだとしても被害届も出ていない時点で報道する価値があるかは疑問である。

 尤も、私は「ベッキー」はバラエティ番組で何度か見たことがある程度で、登場するタレントの中で特に目を引いたわけではなかった。その程度で何も知らないから私はベッキーそのものについてコメントできる立場ではない。自覚している。私が関心あるのはメディアの有り様である。

 この「SMAP解散問題」、「ベッキー問題」報道合戦を通じて日本はいかに平和であるか、メディアはいかに低次元であるか、改めて確認できた。

 ベッキーは被害者である。
 この報道を通じてかなりの仕事の契約が打ち切られたらしい。「火のないところに煙は立たない」、だからタレント側にも問題がある?? タレントなどはその仕事上でのみ責任を負えばいいのであって、私生活は犯罪にでも関連しなければ問われる必要がない。この種の報道に関して、メディア側には本当に罪がないのであろうか?
 有名な女性タレントは「聖女」だとでも言うのだろうか。「聖女」なんて環境が作るもの、何とでも変身しうる。男も同じ。

 「ベッキー問題」私には何ら影響の及ばない遠い世界のことではあるが、気の毒な・・、と言うのが感想である。


2/7(日)快晴  北朝鮮ミサイル発射
 1:30起床、医学文献、新聞チェックPDF化など。午前はデータ整理、録画にて「題名のない音楽会」2回分。「ラララク・クラシック」見る。11:00頃北朝鮮ミサイル発射。35分遅れで「のど自慢」放送あり。午睡後は画像データ整理にて過ごす。BR録画にて藤原歌劇団、宮本亜門演出、「魔笛」聴く。出演者のメーキャップ最悪。
19:00夕食。20:30就寝。Σ8053Km、歩数伸びず。

子供の貧困(2) 児童手当の増額など行われるが不十分 
 日本政府は国民の貧困率、子供の貧困率に目を向けてこなかった。
 子供の貧困は私的活動団体等の活動が実って近年社会問題化し、かつ最近、子供の貧困率が国際的にも厳しい状況にあると指摘されたこともあり、政府は、重い腰を上げ、貧困家庭で暮らす子どもの生活を支援する取り組みを強化することとなった。

 厚生労働省の全国母子世帯等調査(2011年)によると、母子家庭は推計約124万世帯。1983年の約72万世帯から1.7倍に増えた。母子世帯では母親の8割が働いている。母子家庭になった理由は8割が離婚。児童扶養手当や養育費などを含む平均年収は235万円(2013年)で、父子家庭の380万円(2010年)を大きく下回る。全世帯平均(約529万円)の半分程度。このことが「子供の貧困」の背景である。こんな状況の中では子供がのびのびと成長できない。

 本年度の補正予算案や来年度の予算案に「子供の貧困」対策を盛りんだ。
――――――――――――――――――――――――――――――
 その内容は以下の二つが主となっている。
@ 児童扶養手当の増額
@ 保護者が安定した職業に就くために資格取得の支援

児童扶養手当の引き上げ
 2人以上子どもがいる母子世帯などひとり親世帯対象
1人目の42.000円は据え置き
2人目の子どもの加算を月額5.000円から最大10.000万円に
3人目以降を同3.000円から6.000円に

 また所得が少ない世帯を対象に保育所などの保育料の負担を減らす。

就業支援については
 ひとり親が専門学校などに通う際、月額最大10万円を支給する制度の期間を2年から3年に延長。入学金などとして50万円、資格取得後の就職準備金として20万円貸与、5年働けば返済を免除。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 上記の対応で、就業支援のコースに乗れる状況にあるひとり親は少ないと考えられる。この間の生活の維持をどうするのだろうか?さらに、児童手当が増額されるというが、この程度では食費の一部の充足にも不足であろう。
 児童扶養手当の支給は18歳に達すれば打ち切られる。子供が高校卒業で就労可能になるからとの理由であろう。

 政府は本年度の補正予算案で所得が低い年金受給者に1人当たり3万円を給付するために約3600億円を計上した。一方、児童扶養手当の増額に必要な来年度の予算は83億円でしかない。
 子供の貧困対策に尽力している民間団体は、社会の未来を担う子どものためにより多くの予算を振り向けるべきだと訴えているが、私もそう思う。

 所得が低い年金受給者に臨時給付金を給付することも、一時的な効果はあるだろうが、場当たり的なバラマキ政策であり、夏の参議院選挙に向けて選挙対策ではないかとの視点もある。私は高齢者に手厚いわが国の社会保障対策は子育て世代、社会の未来を担う子供たちに厚くしていく必要があると思っている。
 だから、今回の臨時一時金政策、「子供の貧困」対策は疑問である。


2/6(土)曇り 終日データ整理  
1:00起床。徒然。本日は終日データ整理に費やす。メロディアスライブラリーインデックス作成。聞きたい番組が目白押しである。楽しみが増えた。午睡取る。15:30飯川病院に。鉢にポリアンサ寄せ植え。17:00講演会出席の家内県医師会館に送迎、20:10帰宅、夕食。21:00就寝。DVD「先週分:のど自慢」、「題名のない音楽会:2週分」、Σ8051Km。

子供の貧困(1) 豊かさの中の貧困 子供1/6人が貧困状態にある
 年々、我が国の相対貧困率が右肩下がりに悪くなっている。このようなデータが示されるたびに本当か??と思ってしまう。豊かな日本の中、子供達の1/6人が貧困状態にある、ということが国際データの中でも示されており、正直なところ不思議な感じを受けていた。
 年間120万円以下の収入しかない「貧困世帯」は2012年16.1%もある。1985年が12.0%だったから右肩上がりに増加している。

 新しいデータとして、経済協力開発機構(OECD)が昨年10月に発表した各国の生活に関する調査報告書では、日本の「子どもの貧困率」がOECD平均13.7%を上回る15.7%であることが示された。日本の17歳以下の子どもの1/6人がこの貧困世帯に属し、OECD加盟34カ国中11番目に高かった。4年前、2007年の調査では14.2%であった。

 子供の貧困について、かつて私は子供が単独で生活していることはないから、「子どもの貧困率」は「貧困世帯」の割合とほぼ同じであり、対策としては貧困世帯対策とほぼ同義と感じていた。基本的には大きくは変わってはいないが、最近は貧困世帯で育った子供達の現状、将来の人生を考えた時に、貧困世帯対策とは別な、より濃厚な対応が必要である、と思っている。

 貧困状態にある子供は、一般的傾向として、厳しい家庭環境から親とのコミュニケーションが不十分、それに伴って人間関係の形成が不得意となっている。自信や自己肯定感も乏しく、十分学習できる環境になく学力もより低い。いじめや虐待を通じて人間としての成長もいびつになりやすい。深い格差意識から将来に対する希望や夢の目標も持てない・・などの特徴がある。

 そういう問題点を抱えながら成長し、社会に出た際にも就労環境も恵まれず、人間関係の軽勢も良くないことなどから、貧困の連鎖が続いていく。親の価値観に引きずられ、時には生活のために犯罪に走ることもある。自死した例もある。

 子供の貧困の背景には日本の経済低成長との関連もある。親の結婚離婚問題のあおりでシングルマザー、ファザーとの生活する子供達も増えている。親の就労、雇用関係も不安定でなかなか定職につけないなどの問題も増えている。

 日本政府は国民の貧困率、子供の貧困率に目を向けてこなかった。政府の考えは甘い。
 アベノミクスの成否が問われているが、その話題の際には、より豊かな階層の、富裕層への恩恵が論じられるのが常で、貧困世帯についての影響が論じられることはない。貧困世帯は社会的にもネグレクトされている。

 総務省がかつて行った国民の経済状態の実態調査では、一人あたり国民所得が諸外国の中でも高いから貧困国ではあり得ない、との判断であった。要するに、わが国の実態が捉えられていない。
 最近、子供の貧困率が国際的にも厳しい状況にあると指摘されたこともあり、厚労省は昨年秋から「子供の食と貧困調査」を進めている。国際的データを示されて初めて事の重大さに気づいた、ということである。


2/5(金)寒波、曇り 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 
 1:00起床、徒然。新聞・データチェック。5:00可燃ゴミ集積所に。7:20Taxiにて駅に。8:10こまち、大曲の道路は秋田より雪が少ない。8:50-12:10大曲中通病院外来、今週も患者少ない。14:00-19:30飯川病院ボランティア。19:45帰宅、夕食、20:30就眠。Σ8048Km。BR録画「ヨーロッパの難民危機」、「プロファイラー:空海」、「100分で名著:内村鑑三(3)中江藤樹(4)親鸞」、「ガイア:売り場の変貌」。

夫婦別姓について(2) 裁判所でなく国会論議を積み重ね、法改正を
 私は夫婦別姓ならぬ兄弟別姓問題を経験した。
 母をはじめ保守的な親族の中では物議をかもした。姓に関しては結構根が深い感情を持っているようだ。

 兄は私が大学生の時に事情があって嫁さん側の姓に変わった。
 母は私以上に大きく期待していた長男が、自らの判断で親子別姓になるような生き方を選択したことに大きなショックを受け、一時うつ状態に陥った。なんとか立ち直ったが、その時には母の心には兄への期待は影を潜め「生きていればそれでいい」とまで言った。そのように割り切らなければ納得できなかったのだろう。母にとっては血縁があることと、同姓であることが親子関係の重要なかなめであったということ。後者の方が意義が大きかったのだろう。父親と長兄の間は比較的淡白であったためか、それほどの影響はないように見えたが、心の内を知る機会はなかった。
 
 私は小学生の時に兄との話し合いで家督の立場を私が継いでいた。兄の姓が変わることに関しては殆ど問題を感じなかったので兄の判断で押し切った。むしろ兄の判断を心から祝福した。兄は昨年死去したが、それまでの兄弟関係には何らマイナスの影響はなかった。兄弟別姓になったことは私どもの関係に悪しき影響はゼロであった。

 夫婦同姓問題は、同姓にした場合に一方の姓が消滅する場合がある、すでに学問的に、社会的に業績を上げており、継続的に名前を使用する必要がある場合、など深刻な問題を抱えることになる。夫婦同姓にしても婚姻前の名前を併記することが特例として認められていることもあるが、それでもパスポートや国家資格の免許には通用しない。

 夫婦別姓が認められれば、生まれた子供の名前をどうするか、両親が離婚した際に特例的に親子同姓への改名を認めるかなどの問題を抱えることになる。しかしながら、我が国には長い歴史があるから、自由選択にしても夫婦別姓問題が深刻な問題になる場合は少ないと思われる。それどころか別姓を維持するために止むを得ず婚姻届を出さず事実婚で過ごしているケースもあるらしいが、こちらの方が深刻である。

 事実婚を選択することはいろいろ不都合なことが生じうる。婚姻制度は届出によって夫婦間の法的な資格を保証し、権利と義務を負わせるという意味を持つ。夫婦同姓でなければならないといった瑣末なことを金科玉条に婚姻届を出せない状況を作っていること自体が異常であろう。

 家族制度も変わった、個人中心の文化となった。
 夫婦別姓問題は裁判所で判断するものではないと思う。裁判所が合憲か違憲かの白黒をはっきりさせるとすれば、歴史的に長く認めてきたのだから前者の判断が出るのは当然である。グレーゾーンの状況でさし戻し、世論と国会に判断を委ねるべきであろう。
 
 時代は変わっているのだ。


2/4(木)夜間降雪2cm、寒波曇り 外来 飯川病院  除雪4回目
 1:00起床。新聞チェック、徒然。5:00資源ゴミ集積所に。5:50-6:10除雪4回目。6:47バス飯川病院、8:45-13:50外来+人間ドック結果処理。今週は患者数多く疲弊した。14:00-18:20飯川病院。19:20帰宅。20:20就寝。BR視聴:「そこまで言って委員会:北朝鮮拉致問題、米国大統領選」、「いま世界は、世界のいま:マイナス金利」。

夫婦別姓について(1) そうなっても多分実害はなさそうだが、合憲と 
 日本では結婚すると夫婦がどちらかの姓を名乗ることになっている。明治時代からの決まりであるが、この規定は基本的人権に反すると争った「夫婦別姓訴訟」は2015年12月16日に最高裁大法廷で「違憲ではない」、との判断で結審した。15人の裁判官のうち、5人が違憲との判断、10人が合憲と判断した。違憲とした5人は全員女性裁判官だったという。
   
 世界の主要国でこのような法律が残っているのは日本だけで、現実的に97%の夫婦が夫側の姓を名乗っている。表面的には大きな問題にはなっていないが「時代おくれの性差別」という視点で捉えている方もいる。最近行われた世論調査では賛否両論であった。感覚的には疑問を感じている方もあるようだ。問題を強烈に感じている5人の方々が国を相手に訴訟を起こしたものである。

 この法による規定に対して国連からも20年前から是正勧告を受けている。

 世界的実情はどうなっているかを見ると、ヨーロッパ、アメリカ、フィリピンなどのキリスト教社会では、原則は同じ姓にするが、自由選択が許されている。いま大統領候補として選挙で争っているクリントン元国務長官は同姓の方を選んでいる。選挙のためには同姓を名乗ったことで知名度が高くなっているだろう。
 イギリスやドイツでは特に規定されていない。
 アジアはフィリピンなどを除き別姓が原則だが、中国や韓国などでは同性も選択可能となっている。 

 日本の歴史をさかのぼってみれば、明治政府が同姓と定めるまでは夫婦別姓が基本であった。明治政府は1898年に富国強兵策の一環なのだろう、欧米列強の習慣を取り入れることにした。

 夫婦別姓裁判が始まってから4年余となる。当初は話題性はそれほど大きくはなかったが最高裁の判断が間近になった昨秋からメディアなどで頻回に取り上げられた。 

 夫婦別姓が話題になると、我が国では常に家族の絆が問題になる。
 約100年間夫婦別姓の考え方がなかった我が国においては不慣れの事態を迎えることになり得るから、家族の絆について心配される方が多いのは当然である。
 「家族が同じ姓を名乗ることは日本の社会になじんでおり、夫婦別姓になると家族の形かこわれる」という意見は根強い。

 しかし、長い経験がある諸外国の状況を見ても別姓に関連した問題はないし、国際結婚では原則別姓となるが、そのことで問題は起きたことはない。メディアに登場した国際結婚の経験者は自分の名前が残ることをむしろ強く支持している。

 夫婦別姓を論じる際、理屈より、近代日本の文化として根付いてきた家族制度、家族の絆を同姓ということで守ろうという保守的な感情論か、多様性を認めたくない、という日本的考え方が裁判官の中でも優位だった、ということである。


2/3(水)夜間降雪2-3cm、曇り降雪若干 飯川病院ボランティア 映画「FOUJITA」
 0:30起床。新聞チェック、徒然。除雪せず。11:47バスで駅に、12:20-14:45ルミエールにて映画「FOUJITA」観る。15:00-18:30飯川病院ボランティア。19:00帰宅、夕食、20:20就寝。BR録画:「NHKsp激動の世界:オバマの試練、米国はどこへ行くのか」、「日本人な何を目指したのか:障害者対策」、「久米書店:姜尚中 (カン・サンジュン)悪の力」。

いじめ2016(6)節分などの神事・風習から身につく差別の心理 
 本日、2月3日(水)は節分である。
 わが家では賄いの石井さんが休暇を取って北海道に帰っているので、いつもやってきた豆まきとか、節分の料理は省略し、本日の夕食は購入した恵方巻き、豆料理にあやかって納豆巻きで済ました。恵方巻きはその年の幸運や金運を司る神様である歳徳神を祀るためという。神が居られる方向が毎年変わり、今年は南南東の方角だそうだが、そんなのは無視して舌鼓を打った。美味であった。

 今年は省略したが、我が家では毎年の豆まきは私が幼少のことから欠くことはなかった。多分、病弱な私の無事な成長も願ってやってくれていたと思う。成人になって子育ての頃は私が鬼役でやっていた。子供たちが独立してからは、単純化して自宅の各室の窓を開けて「福は内、鬼は外」と小声で念じながら、殻付き落花生を撒いた。

 この行事を通じて、私は鬼の立場と福の神の立場を演じたが、何で鬼は謗られ、福が敬われるのか、ほとんどその所以を知らないままに、両者を善玉、悪玉に区別してきた。私は「いじめ」問題に関心を持ってから久しいが、私が節分の行事、豆まきは理屈もなくおにたちへの差別感を助長する、あまり気分の良くない行事・風習だと思ってきた。

 ただ全国的には鬼も福の神の一人として「福は内、鬼も内」と鬼も歓迎する風習があるようだ。人間の多様性を受け入れるという点でははるかにいい視点である。

 秋田には男鹿のなまはげ、雄和のやまはげなどの行事もある。この場合のなまはげ、やまはげは神社からの使いで鬼とほぼ同義であるが、このC¥行事では善玉の役を演じている。各戸を回って幼児を対象に「泣く子はいねーか、よくない子はいねーか・・・」などと子供を脅して回るが、これも立派な弱いものいじめである。子供の心にはかなりインパクトが大きいようである。
 我が家の孫共が悪ふざけしてコントロール困難な状況になった時に「男鹿の神社に電話するぞ・・・」と言えば大抵は治ってしまう。これはしつけや教育というより、親による脅迫、「いじめ」である。

 地域の行事などを通じて物心がつく頃から「いじめ」、「差別化」を助長するような生活環境、教育環境の中で育っている。

 このような行事が直接的に幼児の心にトラウマを残していないだろうか。節分を機にちょっと考えた。


2/2(火)曇り・寒波 外来 飯川病院  除雪3回目
 1:10起床。本読み、文献チェック。早朝、降雪あり。7-8cm、4:00ネコどもの世話、可燃ごみ対応など。5:30-6:30除雪3回目。6:47バス飯川病院、8:45-13:30外来。今週は火曜木曜ともに患者数多い。13:45飯川病院、14:00-18;30勤務。19:30帰宅、夕食、20:10就寝。歩数計Σ8031Km。BR視聴:「ワカコ酒:鮭塩焼き、餃子」,「日本の外国人」「団塊:聴力低下」,「池上:ニュースそうだったのか」。

いじめ2016(5)学校におけるいじめ対策(2)小・中学生へ直接指導・教育をは?
 「いじめ」は人間の本質に関わる問題である。
 また、生きていく上で社会人としての資質を養い、人生のリスクに対応する方策を教える教育の場で「いじめ」が行われていることは問題である。

 教育の場で「いじめ」を無くすることは理想の姿であろうが、教育は集団と個の関係を不自然な形で扱う場であるから、結果的に「いじめ」発生の温床であり、無くすることは初めから不可能な目標である。私はそう思う。
 「いじめ」事件を減らすことができればいいが、狭い関係者だけの対策で無く社会をあげて対応する必要がある。

 小中学に子供達を進学させるということは決してお祝い事で無く、無理やり「いじめ」環境に放り込むことである。例えて言えば、お堀に投げ込むようなものだから、小中学生に直接「泳ぎ方」すなわち「いじめ」についての対処方法を教えておかなければならない。
 いじめ対策の到達すべき第一の目標は、「いじめ」を介した自死の予防である。

 私は「いじめ」問題に接する時、いつも疑問に思うのは、以下の項目である。これらに対して子供たちが考える道筋を教える必要があると思う。

@ 学校は「いじめ」事件が生じやすい場で、自分の問題として捉える必要がある。
@ 何故、被害者は誰にも相談なく死を選ぶのか? 
@ なぜ子供達は同級生や学校の「いじめ」を見て、見ぬふりするのか?  
@ 加害者側は遊び感覚、楽しんでいる様子で、多くの場合「いじめ」の感覚を欠く。
@ 加害者側、被害者側は逆転もありうる。
@ 一部に名誉毀損、強要、恐喝、暴行などを伴う。これは犯罪行為であるが、それでも被害者は隠し通そうとするのは何故か。
@ 被害者は自尊心がずたずたにされる。にもかかわらず逃げずに学校にしがみつくのはなぜか。
@ 情報の交換、被害者だけで無く関係者が情報提供をすること、これは恥ずべきのものでなく有益なもと考えないのか。
@ 学校生活は7割は楽しいと案じているようであるが、残りの3割にとっては意思も意見も入れられない気詰まりの閉塞状態にあり、「いじめ」の被害者になり易い。
@ 「いじめ」被害者には負うべき責任などない。
@ 「いじめ」の被害者は今の苦痛が永遠に続く、との時間意識に陥り先をはかなみ自死を考える。

 これは私の疑問である。具体的にどのように教えるか、私にも多少の意見はあるが、これはその立場にある学校や教師・教員の方々に委ねたい。


2/1(月)曇り・晴れ 健康クリニック  飯川病院
 1:00起床。本読み、文献チェック等々いつもと同じ。4:30ネコトイレ掃除ほか、6
:47バス飯川病院、9:00-11:30健康クリニックドック。12:00飯川病院、14:00-18;30勤務。19:00帰宅、夕食、20:00就寝。BR視聴:「ドラマ;落日燃ゆ」、「バクモン:戦艦三笠(1)」、「映画;太平洋の奇跡フォックスと呼ばれた男」、「アナザースカイ:佐渡裕」。

いじめ2016(4)学校におけるいじめ対策(1) 当たり前の現象であることの認知から
 私は小中学校における「いじめ」対策は、まず学校が「いじめ」の場になる可能性の周知・徹底だと思う。
 「いじめ」は減らすことは出来ても無くすることは出来ない。その上で、「いじめ」対策の究極の目標は、子供達が自死に至らないように防御する環境を社会をあげて作ることである。

 それには、@生徒教育、@学校・教員対策、@PTAを介した保護者対策、@教育委員会、@社会への対策、が重要であり、それぞれを有機的にやらなければならない、と思う。

 私は1995年以来、職場や学校を中心とした「いじめ」問題に注目し種々の文献を集めてきた。あまりにも膨大な量となって読んでも読んでも体系的に考えられない状況にあるが、現時点でいじめ対策の中で最も大事なのは「いじめ」の渦中に巻き込まれる可能性がある生徒たちへの「いじめ教育」だと思う。

 果たして、このような教育が子供達に対して実際に、体系的に行われているのだろうか?現時点で私はその動きを見つけることはできない。

 学校における「いじめ」問題は私どもの祖父母時代からあったようである。寺子屋のレベルにもあったかもしれない。作家の伝記や自伝にも自分が「いじめ」を受けていた、と告白している方は少なくない。要するに、「いじめ」は学校では当たり前に起こっている事件・現象である。
 それが、社会構造の変化から一層陰鬱になり、教育環境の密室化、教関係者の管理能力不足から、被害者が死を選ぶ機会が増え、社会問題化したということである。

 人間は二本足で立つことで備わった身体的構造から、社会を形成することなく存在できないが、社会を作る基本は各人の持つ個性の抑制と、その一方で求められる共同・協調性である。その不自然さが歪みとなって原始的な反抗意識を目覚めさせるものと思われる。
 
 「いじめ」は個対個の問題ではない。それは喧嘩である。「いじめ」が発生する条件として集団性、閉鎖性をあげることができる。義務教育の世界はまさしく閉鎖社会である。この条件が揃えば大人の世界でも生じる。実際には海上自衛隊の「いじめ」事件もあった。力士の事件もあった。
 「いじめ」は決して子供達の問題ではない。
 ただ、学校という「いじめ」が起こりうる閉鎖環境に子供達を送り込んでいる、との自覚は大人たちに必要であろう。


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