徒然日記
2012年7月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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先月の日記          来月の日記


7/31(火)晴れ 外来 
0:30起床、文献読み楽しむ。5:45ゴミ収集日、コイ・ハト経由7:00病院着。7:30回診、8:45-13:30外来、16:30自転車帰宅。新聞、歴史本に集中。19:00夕食、20:30就眠。

クロスバイク(22) 左折の車に注意
 通勤その他を主に自転車にしてから約2年になる。主に左側の車道を走る。基本的には左の白線の内側を走るが、白線の外側が広くて条件がよければそこを走る。そこは走路交通法では道路内と認めていないから厳密に言えば違反である。しかし、安全を考えてそこを走ることもある。
 歩道は殆ど走らない。特に歩行者がいる歩道をスポーツタイプの自転車が走ることは歩行者を驚かしたり邪魔したりすることになる。

 車道を走ると車との関連でいろいろなことが起こる。
 直線道路で、追い越してくる車との間が狭くてハットすることも時にあるが、幸いにも接触したりしたことはまだない。こちらも身を守るために注意は怠らない。直線道路では頻繁にバックミラーを見て、耳をそばだてて後ろから迫ってくる車の状況を把握しながら走る。どうしても危ないと思ったときには一時的に歩道に避難することもある。

 車道走行では左側の小路から車道に入ってくる車、対向車線の右折車も危ないが、ドライバーの様子や表情が見えるからまだ良い。目を合わすとどちらかが譲ることになるからそう問題ではない。

 問題は交差点である。直進時に心ない左折車でヒヤッとしたことが数回ある。
 かねてから大型車の左折の際に歩行者や自転車が巻き込まれる事故が報じられてきたが最近は少ない。車もかなり注意しているためと思われる。私も大型車との関係では危ない思いをしたことはない。むしろ軽自動車、ワンボックスカーが怖い。特に女性のドライバーの、である。

 赤信号の交差点の場合、まず、自転車が進めないほど左に寄って停車する車が多い。この中の一部が左折してくる。しかも、ウインカーを出さずに停車している車もある。
 青信号の場合、これが危ないのであるが、脇に、あるいはやや後方に直進自転車がいるにもかかわらず全く意識していないがごとくに左折してくる車がある。ウインカーが出ていれば私の方でも注意できるが、出ていないときには危ない。最も怖いのは、直進のために交差点に入りかけた私を追い越して左折していく車である。この時はぶつからないように減速するが、間に合わない時には私も左折して危険を回避する。当該車はは平然と走り去る。この様な事が3回あった。

 恐らく、自転車は原則車道を走ることを理解していないドライバーがまだ多いためと思われる。自転車専用レーンなど夢であるが、ドライバーの意識改革が必要である。


7/30(月)晴れ 外来 患者関連書類処理
1:30頃起床、新聞、文献収集その他。7:00自転車病院、回診その他病棟業務。8:45-13:30外来。患者対応その他書類処理。16:30自転車帰宅、新聞・歴史本読み、PDF化。19:00夕食、20:45就寝。

クロスバイク(21) 何でこんなにパンクしやすいのか?
 今月22日朝、日曜日であったが、早朝何時ものようにコイとハトに餌をやりに出かけようとしたら自転車の後輪がパンクしており頓挫した。6月1日以来久々のパンクだがこれで12回目。私の子供の時からの自転車歴でもこれ程はパンクしていない。だから、今の自転車が異常にパンクしやすいことが分かる。見るとタイヤもテューブも厚さはママチャリの半分程度しかない。これでは尖った小石やガラス片でを踏んだらひとたまりもない。

 昼近くにパンク修理に取りかかる。修理後試走している間に3回連続パンク、15回目に達した。もうテューブが限界を迎えたようだ。スペアテューブに交換後にショップで見て貰ったところタイヤ自体にも亀裂があると言うことでタイヤとテューブ共に交換した。

 その際、タイヤの内面をプラスチックの板で強化した、パンクし難いタイプにし、ついでにタイヤの太さを32mmから28mmと2ランクほど細くした。タイヤ自体は前のより若干重いが転がり抵抗は減弱するはずである。本来ならば前後共に替えればいいのであるが、今回は後輪のみとした。これでちょっぴりロードタイプに近くなったかな?と思う。

 パンクのうち、走っている間にみるみる空気が抜けて走れなくなる時と、今回の如く何ら異常を感じることなく帰宅し、翌朝パンクに気づく時とがあるが大体1:3位の割合である。だから、空が白々と明けてくるとパンクしていないかを確かめに行く習慣がついた。この日はちょっと油断した。

 路上で走れなくなったらその場で修理する事になる。そのためにスペアテューブ一本と小型ポンプは携帯している。更にパンクが重なったら最悪で、帰れなくなるのでパンク修理キットも持っている。
 夕方何ともなく走って来たのに何で翌朝空気が抜けているのか、を最初は理解できなかった。しかし、考えてみれば、自転車の空気圧は3気圧分も入れば十分走ることが出来るが、私は7気圧も入れているから、穴が小さいと空気が抜けきるまでに数時間かかることもある、と言う事である。

 どちらにせよ、タイヤが細くなってクロスから一歩ロードバイクに近くなったのは嬉しい。これも頻回のパンクのたまものである。



7/29(日)快晴 
0:30起床。新聞チェック他。歴史勉強。ネコトイレ掃除他。文献整理他。6:00-8:00コイ・ハトに給餌後病院、引っ越し荷物若干整理、午前・午後は庭の笹竹の処理中心に。16:30旭川上流に孫達を遊ばせる。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。

自由人(12) 医局の引っ越し(2) 立場が違う医師の混在は良くない
 今回、2Fの医局から6Fの医局に引っ越した。簡単に言えば、2Fの医局は常勤医用、6Fは嘱託医用である。だから私が移ったのは当然のことであるが、結果的に私にとってはメリットが大きい。

 デメリットは、
■多人数。6Fの医局は4人の嘱託医師で用いる。私が一番若い。私にとって多人数は辛いが、幸い4人は勤務形態がバラバラである。各人の隙間をぬう形で自分なりの環境を構築したい。共に嘱託だから特に共通の話題もなく、会話が必要な状況にもない。ノイズキャンセリングを始めとして4種のヘッドフォンもあるし、音源も十分持っているから何とかなる。
■医局秘書室が遠くなって細々としたことが頼めなくなったこと。しかし、ファックスが通じるから何とかなるし、今迄が便利すぎたのだ、と発想を変えればいい。

 メリットは
■常勤医師団から離れられたこと。これは大きい。現役の医師の診療業務はかなり負荷も大きく緊張が強いられる。更に管理職になると一層業務が増える。そんな医師群にとって、主に外来診療しか担わない、高齢の非常勤の医師は異分子である。同じフロアに混在していることは良くない。緊張感を失わせる因になる。立場が変わった現在の私にとっては多忙そうな医師と廊下ですれ違うこと自体がストレスである。
■6Fは面積の割りに人が少ない。廊下で職員と合う頻度は少ない。これも良い。私は人に話しかけるのも話しかけられるのも過度の緊張を伴うので好きでない。 
■職員に会うことなくひっそりと帰れること。6Fの医局からはウラの非常階段を通り地下駐車場を経て駐輪場に行くことが出来る。早めの帰宅時間に廊下で通常勤務帯の職員の方々とすれ違うのは、これまたストレスである。
■下肢の運動に良い。私は外来が途切れたりした際には机に戻る。1F外来から6F医局まで一日数回上下するが、階段は170数段である。エレベーターを使うことはまずないから結構良い運動になる。 
■給湯、流し等、トイレが近い・・等々。

 嘱託になって以降、自分の性格に沿った生活が出来るようになったが、今回の移動で更に一脱皮できる機会が与えられた。いつまで嘱託として働けるか分からないがこの環境をを有効に使いたい。



7/28(土)小雨・曇り・快晴へ 息子の嫁さんと孫二人来訪。
1:00 起床。文献・新聞チェック他。6:00コイ・ハトに給餌。病院にて荷物一部整理。8:00帰宅、9:00息子の嫁さんと孫二人来訪。一人は39℃でクリニック受診。私共二人も医師であるが全くアテにされていないのが嬉しい。庭と畠の草刈その他の外仕事中心。孫の相手は気疲れ。17:30夕食、20:30バテて就寝。

自由人(11) 医局の引っ越し(1) 更に自由になる機会だ

 昨日、2Fの医局から6Fの医局に引っ越した。2Fの医局は常勤医師用、6Fは嘱託医師用である。
 嘱託医師である私は退職時に6Fに移るべきだったが、特別の配慮で2Fの医局に机が与えられた。今回、医局の編成替えがあって、私が引っ越すことになった。当然のことである。

 約14ヶ月過ごした医局は二人部屋で、歳も近いベテラン医師と二人であった。私は入院外来診療以外はほぼ100%自分の医局に引きこもって過ごす。同室の医師はどのように部屋を利用して来たのか知るよしも無いが、私がいる間は殆ど部屋に戻ってこなかった。だから、殆ど私一人で過ごしたようなものである。

 私と業務の時間帯が異なっていたこともあるが、私に遠慮した、と思っている。挨拶以外に殆ど会話は無く、この14ヶ月余りに交わした会話は合わせても30分に満たないだろう。一緒の時間が少ないことを良いことに私は照明を点けず、かつ窓もカーテンも閉めたままで暗くしてマイペースで過ごした。とても快適であったが、その分同室医師には闖入者として迷惑をかけた。直接的には何も言われたことは無いが、多分そうだと思っている。
 先日、同室医師に引っ越しすることを告げ、迷惑をかけたことを陳謝したが、一瞬喜びに満ちた表情が見られたことが全てをもの語っていた。
 私は他人と共に過ごすのがとてもストレスなのであるが、今回は私がストレス源になったらしい。

 事務長から引っ越しを告げられた際に一瞬言葉に詰まった。この快適さの終焉と、引っ越し作業の煩雑さを思ったからである。書籍他はもともと最少にしてあったからそれほどでないが、複雑に張り巡らしたパソコンとMP-3音源の再生関連の配線を再構築する困難さが頭を過ぎったからであった。しかし、来るべき時が来たのであり、同室医師のストレスを早く軽減したいと考え、翌日には移ろうとしたが医局の都合で10日ほど遅れた。

 いつもならば荷物は自分で用意して自分で運ぶのであるが、今回は医局の秘書室のスタッフにお願いした。コンピューターとディスプレイ等の周辺機器、顕微鏡以外は運びやすくするために全て箱詰めとし、私が大曲中通病院に出張している間に運搬してもらった。

 6Fの医局は4人で私が一番若い。私にとって多人数は辛いのであるが贅沢は言えない。幸い4人は勤務形態がバラバラである。その隙間をぬって何とか過ごしやすい環境を構築したい、と考えている。


7/27(金)快晴 大曲中通病院外来 医局引っ越し
 1:00 起床。文献など読む.ゴミ処理後、コイ・ハトにエサ。6:00自転車病院、回診。医局引っ越し準備完了。8:01こまち、8:45-15:00大曲中通病院外来。16:30帰院、6F医局に搬送された荷物の一部整理。18:30自転車帰宅、新聞読み。19:00夕食、20:00就寝。

クロスバイク(20) 車道走行などの動きはどうなったのか 高齢者への配慮は十分に
■昨年の夏過ぎに話題になった自転車問題はどうなったのか?
 昨年秋は自転車が頻回にマスコミに取り上げられた。歩道走行による対歩行者事故、ブレーキのないピストによる事故、幼児を乗せられる自転車問題、傘さし走行、携帯を使用しながらの走行禁止などなどが問題になった。
 その際、自転車は例外的に歩道走行も可能であるが、原則として車道走行であることの指導が必要、そのためには自転車レーンの設定なども必要、警察は自転車や車に対して指導を強化していく・・・等々が話題になったはずである。

 自転車は歩行者からは凶器と疎まれ、自動車運転者からは邪魔者扱いされて小さい立場にある。自転車にとってやっと良い時代が来ると期待していたが、その後に具体的な動きは見えてこない。一体何だったのか?と思う。

 道路は歩行者、自転車、バイク、小型から大型までの各種の自動車が入り乱れて利用している。そんな中、「飛び出すな、車は急には止まらない」、「自転車は車を邪魔せずに注意して走れ」、「歩行者は歩道を走る自転車に注意して」などなど、交通弱者に対して事故防止の指導がなされてきた。逆である。弱者保護の立場であるべきだ。「飛び出すぞ、子供は急には止まらない」、「車は自転車の走行を妨げてはならない」などであるべきだ。私は交通規則に則って原則的に車道を走行しているが、日常的に危険と隣り合わせである。危険防止のために歩道に避難することもある。 
 ハード面の改革が困難ならドライバーへの教育など、ソフト面を早く何とかして欲しいものである。

■高齢者はベルの音が聞こえない、見えていない
 私は歩行者・自転車用の道路があればそこを走ることもある。その際、歩行者がいれば徐行し注意して走る。この様な道路には犬を連れた方々、高齢の方々が散歩している。 追い越したりすれ違ったりする際には意識してかなり前からベルを鳴らしている。

 ところが、高齢者の場合、何度か鳴らしているにもかかわらず全く気づいていない方が多い。追い越しざまにビックリされると私の方もビックリして恐縮してしまう。歩行者を驚かせるなどあってはならないと考えている。スポーツタイプの自転車であればなおさらである。

 高齢者は難聴の方もいるし、生理的に高音部から聞こえ難くなっているとされるし、何かに集中すると他のことに気づかなくなる、と言う特性があるから特別な配慮が必要である。

 先日は歩行者・自転車用の道路で対向して来た自転車の高齢者とすれ違いざまにぶつかりそうになった。直線道路で、100m以上も前から近づいている私の姿が見えるはずなのに全然気づいていなかった。ちょっと考え難いのであるが、狭い道路だけを集中して見ていたのであろう。
 高齢者の特性を理解し、それに応じた特別な配慮が必要である。


7/26(木)雨 外来 
0:30起床。新聞・文献等。7:00車病院着。回診他病棟業務。8:45-14:00外来。医局の引っ越し準備。17:00帰宅。新聞、歴史関連文献読み,19:00夕食。20:00就寝。

クロスバイク(19) 積算3.750Km サングラス ゴミ出し 
 ■本日、サイクルコンピューターの積算走行計が3.750Kmに達した。
 わが国の新幹線網は全長2.700Kmだからそのルートは全線仮走した。今は在来線コース上にプロットしてみている。今年引退した特急日本海のルート上をなぞっているが、青森を始点として大阪まで1023.4Kmだからちょうど大阪駅まで着いたことになる。
 次は山陰本線上を仮走する。山陰本線は京都市から福知山市・鳥取市・出雲市などの各都市を経て下関市に至るコースで営業キロは673.8kmで、在来線としては日本最長とのことで、一月ほどかかるだろう。
 ■サングラスを効能。
 梅雨明けした後晴天日が続いている。朝陽は柔らかいから快適であるが、午後から夕方にかけて日差しは強烈である。夏の陽光を浴びることは好きなのであるが、強烈な明るさはストレスである。たまたま家にあったサングラスをかけてみたらこれがなかなか良くて手放せなくなった。私がサングラスをかけるようになることなど全く想定していなかっただけに、伸び放題にしているヒゲと共に日常の外面、見てくれが随分変わってしまった。
 サングラスの効能は第一は光線の緩和で、日照下における目の疲労感がグット軽減する。もう一つは、暑さ対策にもなることである。冷やす効果はあるはずもないが、景色がクールに見えるからであろう。この効用は意外と大きい。また、目を隠していると気疲れしないからとても良い。ただそれだけに着用はTPOを考えなければならない。
 ■意外、ゴミ出しもにも役立っている
 クロスバイクは前傾姿勢で乗るから、低速で走ると不安定で、停まると足が付かないから時に危険である。そんなことでリュックを背負うことも推奨されていない。ましてや手に荷物を持って走る事は危険で、想定されていない。
 今月から私がゴミ係になって、週に2-4回ゴミ出しを担当している。収集所まで若干距離があるので試しに愛用の自転車を用いてみた。さすがに90リットルの袋は重さとサイズから不可能であるが、45リットルの袋までは何とか大丈夫である。しかし、走行はとても不安定になる。私の場合ゴミ出しは早朝5:30頃だから、車の通りも殆どないから何とか出来ることである。やはり危険だと思う。見てくれも良くない。細心の注意が必要である。よその方には勧められない方法である。


7/25(水)早朝降雨雷鳴 外来 医局間引っ越し準備 
1:30起床、3:00頃より大雨となる。6:00ペットボトル廃棄。7:00雨の中車出勤。7:30回診。8:45-13:50外来、入院患者検査等。明後日の院内移動のために準備。16:00車帰宅、新聞チェック、微睡、19:45夕食、 21:00就眠。

自由人(10)家庭菜園(4) 腰痛防止に電動草刈機導入   

 

購入した電動草刈機。プラスチックの刃の一方は折れている。

 昨年から家内の趣味の一つである家庭菜園を手伝っている。実際には家内の指示で私が作業している。

 野菜作りは楽しいが、実際にはメインテナンスが必要である。散水、支柱立て、追肥、間引きなど本体への作業の他、目的外の植物、一般的には雑草と称されている・・、への対策が必要で、これが私の最大の悩みであった。
 昨年の今頃、2時間ほどの草むしり後の腰痛で約一週間難儀した。その時点で簡易草刈機の導入を申し出たが簡単に却下された。家内は作業には一部しかタッチしていないが、こういう判断に関しては厳しい。
 昨年は草ぼうぼうになった状態で終了してしまったが、この状態はご近所の畠にも間接的に影響が及ぶ他、次年度の雑草のモトになるから私としては心穏やかでなかった。

 雑草は他所への迷惑になると強調したら、今年は草刈機購入の許可が出た。エンジン式か、電動式か、に関しては前者は機能は高いが高価でかつ重い。農家でもないからそんなに高機能である必要はない。それで後者にした。更に充電式は能力的に、作業時間の点で劣ることから100Vの電動式とした。菜園は私の居室の直ぐ側にあるから給電は簡単である。意外と安く1万円程度である。2週間ほど前から使い始めているがとても使い勝手が良い。

 カタログで検討していて初めて知ったのであるが、私が買おうとしている機器の標準的な刃はプラスチックであった。私はそれまで草刈機他の器具は円盤状の鋼鉄製の刃しか知らなかったのでとても驚いた。驚いただけ興味も湧き、かつ、鋼鉄製の刃も付けるとこが可能というので これを購入することにした。イメージが湧かなかったが届いた刃は小形の櫛のようなものでこれを3枚付けるようになっていて回転と共に遠心力で飛び出して草を切る。交換用の刃が3枚付属している。これが思った以上に良く切れて感心したが、木の幹や石に当たると簡単に折れてしまう。逆に言えば、折れるから安全なのだと理解出来た。

 畠のメインテナンス用に購入したのであるが、あまりにも便利で庭や家周辺、小径の草も刈っている。わが家の庭にはササ竹が繁茂しており今まで対応が困難だったがこれも切れる。意外であった。ただちょっと無理があるので金属刃も導入した。電動草刈機が思いがけない効果を発揮して庭が明るく、一層広くなった。

 問題は、私の技術のせいもあるだろうが、あまり細やかな作業が出来ないことで、不用意に大事な薔薇の枝を切ってしまった。しかし、自由人として過ごすための私の可能性の一部がこの機器で広がったことは確かである。


7/24(火)曇り 外来 町内会ゴミ収集所掃除当番
0:30起床、この時間帯だと時間が若干リッチ。5:15ゴミ収集日で週末のガレージ掃除等で生じた一般ゴミ5回に分け廃棄、すっきりした。雨模様の予報であったが自転車病院着。7:30回診、8:45-13:55外来、16:00若干濡れて自転車帰宅。16:15町内会ゴミ収集所の掃除当番で清掃。新聞、歴史本に集中。19:00夕食、20:30就眠。

自由人(9)家庭菜園(3) 「野菜は育てる人の足音を聞いている」
 何年か前から家内が近所の農家から借りた畠で野菜を作っている。一昨年前まで私が直接手伝うことはなかった。適宜、親戚の農家の方の手を借りていたようである。昨年6月に私が退職したこともあって、私の手伝いがアテにされた。今年は更に一歩進んで、家内が指示者、私が作業員という立場である。
 私は野菜作りは高校生の頃まで若干ながら経験があるためにそう嫌ではない。指示に従いコツコツと作業を進めている。

 5月GWに,キウリ、トマト、大豆、ネギ、ナスなどの苗を購入、植えつけた。作付け面積の割りに苗を多く購入したために私共の畠は苗間の距離が30cmほどと密度が高くなった。近所の畠では結構余裕を持って植えてあるからずっと気がかりであった。

 晴天が続いた際には帰宅後に散水した。各苗に1mほどのプラスチックの支柱を立てた。 キウリとトマトは背が高くなるので2mほどの支柱を打ち込むのであるが、畠に脚立は不安定で結構大変な作業であった。特に、 キウリ、トマトは支柱に枝をいかに上手く絡ませ、背を高く伸ばすかが結実に大きく関連することが分かった。重要な作業である。

 育ち具合を見ながら、追肥したり害虫対策などきめ細やかなケアが欠かせない。台風や嵐、特に強風の時は気がかりである。風雨の中、支柱を追加したり、枝と支柱をヒモで結わえたりもした。結実し始めたときにはカラスにも狙われたが対策しないうちに来なくなった。わが家の畠以上に都合の良い畠が見つかったからだろう。「野菜は育てる人の足音を聞いている」とガイドブックにあったが、全くその通りだと思う。

 7月に入ってからキウリとマメ、ナスの収穫が始まり、今週あたりからトマトが穫れ始めている。次々と実をつけ収穫に追われている。栽培は成長を確かめつつ世話をする楽しみもあるのだが、取れ過ぎてどう料理しようかと嬉しい悩みが伴ってくる。マメは毎夕2株ほどを枝豆として楽しんだ。もぎたて、ゆでたてのマメは絶品であるが、そろそろ終わりになる。
 キウリなどは毎日の如く一夜漬け、サラダ、味噌汁等で消費しているのだが、毎夕、収穫が続き台所の脇のカウンターには採り立てのが次々と並ぶ。大量に採れたトマトはサラダの他トマトソースにして保存している。

 野菜作りには子育てと共通するような悩みと心配が伴うし、世話したように応えてくれる。そこに喜びがあるように思う。また、ゆったりとした時間の流れを楽しむことが出来る。

 漢字の「畠」と「畑」の違いについて最近知った。従来配慮してこなかったのであるが、私が使用すべき漢字は「畠」であった。


7/23(月)晴れ 患者関連書類処理
1:30頃起床、新聞、文献収集その他。7:00自転車病院、回診その他病棟業務。患者対応その他書類処理。16:30自転車帰宅、歴史本に集中。夕食、20:45就寝。


書評:日本は世界5位の農業大国-大嘘だらけの食料自給率  講談社+α新書 2011 838円 
 私は今まで食糧自給率について一般的に言われている数値を鵜呑みにして何とかしなければ、と考えていた。先日、秋田県の食糧自給率が174%であると言う素晴らしいデータを眺めているうちに、計算式の分母、分子となる数字現実と異なるのに気が付いた。自給率の計算では国民、県民一人あたりに供給されているカロリーが2.458kcalと異常に高いし、厚労省のデータでは国民の摂取カロリーは1904kcal/dayとなっている。これはどう言うことか?その疑問を解くために求めたのが本書である。

 読んでみて自分の無知に恥じ入った。今後は考え方を変えなければならない。
 ただ、筆者は国の食料農業政策に疑問、と言う視点に立脚しており、それも生半可でないことを感じ取ることが出来る。そのために読者に対して意図的誘導が目立つ。だから、直ちに筆者の意見をそのまま受け入れることは出来ない。しかし、考える切っ掛けになる。豊富な資料が掲載されているから読みながら自分で考えてみることが必要である。

 本書から学び取った点の一部を以下に示した。

■著者は農水省に対して何故かかなり深い怨念を持っているようだ。その視点で貫かれている。だから注意しながら読むべき。
■食糧自給率は実際より少なく計算されている。その背景は農水官僚の保身と権益保護。
■農水省の食糧自給率に関する主張は世論操作の数字で、日本の農業は実は強く確実な産業である。現実に農業人口が減少しているが生産量は低下していない。
■食料の安全保障の面から自給率向上が叫ばれているがは、実際は率を上げれば良いという問題ではなく、国家としてのリスクマネージメントの一項目としてとらえるべき。不作や自然災害、病気の蔓延や国際紛争など、多様なリスクを読み取り管理すべき。
■食料・飼料用穀物の生産をあまりにも外国に頼りすぎると、非常時には弱みになるし、外交カードとして使われるが、現実には二国間の問題ではないから国際協調の中で解決出来る。農業国等に先端技術の提供とかが重要。そのためには経済的バックは力になる。
■先進国、英国、ドイツ他が日本よりたくさんの食料を輸入している。しかし、わが国と異なり輸出量も多い。
■日本の農業は輸入農産物に負けない高付加価値の作物をつくるべき。国民の生活は幅広い価格の中から身の丈にあった食材を選ぶ様になる。
■カロリーベース自給率は日本独自の考え方であり、指標として使うことは疑問。資料の扱いも非合理的。廃棄される食料も計算されている一方、わが国の畜産関連の食品は外国産飼料を用いているから国産と見なされていない。従って率の計算上、分母はより大きく、分子はより小さくなる。従って食料自給率は実際より大幅に低い値となる。60%を超えるかも。生産額ベースの自給率は66%である。
■・・・・

 この本は読んでいて痛快であり、一気に読み上げた。私から見て、本当にそうだろうか?少し言いすぎでないか?この点は納得出来ない・・といった疑問点が各所にある。だから、読むものの知識力や自尊心をくすぐる。だから、やめられなかったのかな。

 問題もあるが、大事な食料に関する分かりやすい解説書である。多くの方々に読んで頂きたい本である。
日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率 (講談社プラスアルファ新書) [新書] 


7/22(日)快晴 自宅自室の片付けなど パンク連続3回
1:30起床、新聞チェック・文献検討等など。6:00コイハトに給餌に出かけよう、と思ったが自転車パンクしており頓挫。6月1日以来久々だが12回目。文献など整理、昼近くにパンク修理に取りかかる。試走している間に3回連続パンク。タイヤテューブ共交換。除草、ガレージの掃除、歴史勉強その他。夕食、 20:00就寝。


映画(53)「フラメンコフラメンコ」 堪能した
  
フラメンコダンスの映画で久々に堪能した。もう一度見るチャンスがあれば、私は再度映画館に足を運ぶだろう。
 監督は「カルメン」「フラメンコ」「サロメ」などフラメンコを題材にした作品があるカルロス・サウラ。これらの音楽関連映画は名前だけ私も知っている。いずれも名作とされている。上映時間101分。人の誕生から晩年までをテーマに全21幕から構成されている。

 ストーリーも台詞も無し。演奏会に行ったのと同じで、フラメンコ界の巨匠たちによる驚異の技能を見せてくれた。アンダルシアの素朴な子守歌による人の誕生から始まり、幼少期、パロにより表現された思春期、重厚なカンテによる成人期、死期が描かれた。これらを幻想的な光で照らし、見事な映像を提供してくれた。

 私はただひたすら感心してスクリーンのダンス、ダンサーの表情、ギター音楽、脇にいる方々の手拍子だけに集中した。シューズのかかとを踏み鳴らす「サバテアード」は、ダンサーの体の中にたぎる情熱を刻む。すごい技術である。

 フラメンコはスペインに伝わる民俗芸術である。歌、踊り、フラメンコギターの伴奏が主体となっている。そのダイナミックな世界は、情熱的であり、官能的であることから、世界中の人々を魅了し続けている。日本は世界第二のフラメンコ人口なのだそうだが、その割りには公演を見る機会が少ない。

 歌う声は太く、息が長く、喜びと哀愁が漂うメロディである。インカ文明のイメージもある。フラメンコギターが奏でる旋律はとても情熱的、時に悲しげ、かつ挑発的でもあった。

 ダンサーの多くは決してスリムでない。むしろアスリート様である。眉間にしわを寄せ、目は何かを凝視して表情は厳しい。全身を使ったリズミカルな踊りはとてもスピーディで、特に脚の動きが素晴らしい・・・、と言うのが私の抱いていたイメージであった。しかし、若くスタイルの良い6人の美女による舞は流れるような美しさ、気品が感じられた。雨の中、ずぶ濡れで踊るシーンもあったがとても官能的であった。一方、聖母マリアを讃えた歌を無伴奏で歌い上げた、あるいは踊った80歳あまりと見えるの女性の存在感は大きかった。

 「情熱」、「哀愁」と「歓喜」、人生の陰影をこれほどまでに表現する舞踏は他にどんなものがあるのだろうか。私はクラシックバレーには何度も足を運んだが、そこからは得られなかった満足感をこの映画で味わった。 


7/21(土)晴 飯川病院日直 電動草刈機初稼働
2:00起床、新聞・文献他。6:30コイ、ハトに給餌後添川経由で帰宅。清掃、ハトエサ作り。石臼の原理利用して簡便に破砕出来た。電動草刈機初稼働、便利だがコツもいる。12:00-17:00飯川病院日直。読書三昧。18:00遠回り帰宅、生牡蠣処理に手こずる。20:00夕食、21:00就寝。


エリア「なかいち」(2) グランドオープン 行事、イベントで驚くほどの人出
  

早朝の新県立美術館 千秋公園側の旧県立美術館脇から撮影

 本日7/21(土)10:00amに「エリアなかいち」がグランドオープンした。本日と明日、数々のイベントが行われる。本日正式に会館したのは、■商業施設、■にぎわい館、■新県立美術館、の三施設である。住宅棟はいま工事が進んでいる。

 ■商業施設は食品販売・飲食など28店で構成される。■にぎわい館は貸し館、交流拠点の性格を持つ。■新県立美術館は暫定オープンである。それぞれの特徴を生かして賑わって欲しいものである。

 私は5:00am過ぎに一度施設の前を訪れた。千秋公園前の路上でハトにエサをやるためである。まだひっそりとしていて静かであった。
 最後まで残っていた新美術館前の建築資材は全て取り除かれその全容を見ることが出来た。世界的建築家の安藤忠雄氏の設計によるという。千秋公園側から見ると新美術館は一緒に建ったにぎわい館、商業施設とのコンビネーションよりも、隣のキャスルホテルとの相性が落ち着きがあってとても良いように感じた。キャスルホテルは2年ほど前に改修工事を行い外観もかなり落ちついた雰囲気に変わったが、この新美術館のデザインを意識したのではないかと考えられた。

 新美術館の背後の方にまだ工事中の住宅棟が見える。これが完成した暁にはどんな眺めになるのか、と楽しみでもある。

 正午近く、私は飯川病院の日直業務に就くために再びここを通過した。
 天候も良く、暖かい事もあって、エリアなかいちの広場そのものも大勢の人で溢れていたが、周辺の小路も全て車進入禁止となり、歩行者が大勢であった。竿灯祭りの際にはこの付近まで賑わうがその時の人出を遙かに凌駕していた様に思う。

 秋田市でこれ程の人出を見ることは少ない。久々の賑わいを見た。「エリアなかいち」は秋田市内ににぎわいを取り戻すために建立された。少なくとも初日はその目的を十二分に達していた。今後に期待したい。


7/20(金)晴 大曲中通病院外来
1:30起床、文献・新聞チェック他。コイ、ハトにエサ、6:45自転車病院着、回診他、8:01こまち。8:45-15:00大曲中通病院外来。16:20帰院。17:30帰宅、台所小物清掃、畠など、新聞チェック。19:00夕食、20:00就寝。

秋田の良いとこ、足らぬとこ2012(4) 食糧自給率は176%で全国2位だが・・・
 秋田県企画振興部の調査統計課 企画解析班でまとめた「秋田県の日本一と全国ベスト3あれこれ(平成24年3月9日改訂版)」という統計調査があり、「美の国秋田」で見ることが出来る。

 秋田が誇るべき点を掘り出して前向きに考えてみる。

 絶対的に良い指標を呈しているのが食糧自給率である。
 平成20年度のデータではで、カロリーベースで176%と、2年前の自給率より2%向上している。北海遭の211%に次いで全国2位である。ちなみに第3位は山形で133%。東京は僅か1%(08年度、農林水産省資斜による)。
 かつては食糧自給率を生産額ベースで表示していたが、最近は理解しやすいことからなのかカロリーベースで自給率を表示している。カロリーベースでは、平成22年度は12 の府県で自給率が上昇、23 道県で低下、12 都府県で前年比同じとある。 国全体としての食料自給率は一時40%を超えていたが、平成22年はやや低下して39%となっている。

 一方、生産額ベースではわが国の食料自給率は平成22年度で69%で、カロリーベースの自給率間に驚くような乖離がある。
 秋田県の食糧自給率の算定は、分母に秋田県民への1日当たりの供給カロリーを置き、分子には秋田県の食料総産熱量を県人口で割って1人の1日当たりの生産カロリーを置いて計算している。この場合、秋田県民への供給熱量は全国と同じで一人あたり2.458kcalとしている。

 自給率は国民の大部分が知っている食料に関する重要な指標である。しかし、ここでカロリーベースの自給率の算出法を眺めていると多少の疑問がわく。秋田県民は一人あたり2.458kcal/dayもの供給を受けている、即ち食べていると見なされているが、この価は本当だろうか。食文化が豊かな県と言われているが、少子高齢化日本一の秋田県民がこれほど食べているのか? 一方、厚労省の調査では国民の摂取カロリーは1904kcal/dayとなっている。この差は一体どこから由来するのであろうか。秋田県民はそれほど美食・大食揃いなのか?確かにそのように見える方々も少なくないが。

 次に生産カロリーを見てみると、秋田は養鶏や畜産も盛んである。現在は殆どが輸入した飼料が使われているが、この場合、国産の資料を用いた分しか国内生産されたことにならない計算なのだそうだ。国内で生産した肉や牛乳、鶏肉鶏卵の内、僅か17%しか国産と認められていない。従って、秋田の実質的生産カロリーは低く見積もられている。
 要するに過剰に消費し、生産カロリーが低く見積もられているとすれば、現実に即していない低い数値となる。もしかすれば食糧自給率は200%以上なのではないか?この辺は勉強してみないと分からない。

 あやふやな値であるが、全国同じ指標なのだから、秋田が我が国の食料生産に大きく寄与していることは明らかだし、秋田人はこのことを大きな誇りして良い。
 同時に、萎えつつある県勢を延ばすことが出来る分野と言う事になる。


7/19(木)快晴 外来 
1:00起床。文献,新聞、録音データなど処理。コイ、ハトにエサ、6:55自転車病院。7:30回診、家族面談。8:45-14:00外来、16:30北インター経由で帰宅。新聞PDF化、片付けなど、19:00夕食、20:00就寝。週明けの降雨で増水した旭川の水が引き始め、コイの食欲は旺盛である。


秋田の良いとこ、足らぬとこ2012(3) 県の資料に見る秋田の活力の展望
 秋田県を評するのに繁用される言葉は立場によっていろいろあるが、真面目に評価すべきは、■経済活力の低迷と、■人口減である。ただし、指摘だけなら小学生でも可能である。

 国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、秋田県の人口は2020年に約98万人、2030年には約85万人まで減少する、としている。ちなみに、2012年は106万人。また、65歳以上人口は、2011年の29.7%から2020年に36.5%、2030年に40.1%に上昇する。

 秋田県の見方はちょっと異なる。県が平成21年3月公表した「秋田の長期展望」には、県勢の推移を、(1)縮小、 (2) 均衡、 (3) 拡大の3つのモデルを設定して論じている。

 (2) の均衡シナリオによれば、「人口減少下においても社会経済の規模が保たれ、県民の生活の質は実質的に向上する」と予測している。その試算によると、2030年の県内総生産は横ばい、県民の所得は増加して359万円になると見ている。今後、就業率をたかめ、産業の労働生産性を上げることで人口の社会減が抑制される、としている。
 要するに、今まで達成出来なかった政策がことごとく順調に推移していけば、という前提がつく。だから、かなり甘い展望と言わざるを得ない。
 
 (1) の縮小モデルは、「現在の県勢のままの推移した時」に相当すると思われるが、県のたどるコースは悲惨である。この場合、2030年には人口が76万人に減少するとされる。と言うことは、出生率、婚姻率、がん死亡率、高齢化率はいずれも歯止めなく悪化していく途上にあると言うことである。このモデルでは県都以外での県民の生活維持が困難になるだろう。自殺率も悪化する可能性がある。

  (3) の拡大モデルは、「県勢が順調に伸びた場合」のことで、人口減少に歯止めがかかり、2030年の人口が96万人を維持している、と言うことである。実現が望ましいが、超超、楽観的なモデルだと思う。

 理屈上では人口の自然滅少を止めることは難しいが、社会減に歯止めをかけることは可能である。県勢の向上によって産業が勢いを取り戻し雇用が確保されれば良いし、さらに加えて観光客、大学筈の研究者・学生等の流動人口が増えれば良い。ただ、昭和30年以降の秋田がたどってきた足跡を見れば極めて難しいことと思う。

 前述の「秋田県の長期展望」では、本県をとりまく「時代の情勢」として、次の9項目を挙げている。
@人口減社会の到来と超少子高齢化社会の流れ,
A社会保障費の増大と社会保障制度への不安、
B地城問格差や所得格差の拡大、
C道州制も見据えた分権型社会への流れ、
D地球温暖化を始め環境問題の顕在化(低炭斜社会への指向)、
E食料、水、エネルギー等の資源問題の顧在化、
Fグローバル化のさらなる進展とアジア経済の台頭、
Gユビキタス社会(本格的なデジタル社会)の到来、
H価値観、ライフスタイルの多様化、

 県が迎えつつある情勢の分析と県勢の将来推定については私も最近知ったのであるが、それなりに良く出来ていると思うのだが、将来推定はとても甘いと思うし、情勢分析には日本が抱えている政治・経済・社会の諸問題点の波及した場合には一層厳しい状態になり得るというリスクについての言及も必要だと思う。


7/18(水)快晴 外来
2:00起床。新聞・文献チェック、歴史関連書籍他。ハトにエサ後7:00自転車病院.7:15回診、病棟業務。8:45-14:00外来。16:45自転車帰宅。新聞・歴史勉強、畠に散水19:00夕食、20:00就眠。

なんか変だが,まあいいか(9)書店の本カバーはお断り
 過剰包装は環境保全の面まで悪影響を持つ悪しき文化である。改善させるアイデアの一つとして過剰包装に使われた資源を再利用のため着払いで販売元に送り返す制度はどうだろうか。

 同様に無駄と思えるのは書店店頭での本カバーである。
 書店のカウンターで店員に本を手渡すと一冊ごとに紙カバーをかけ始める。たいした技術である。結構素早い。しかし、本に販売店で紙カバーをつけることにどんな意味があるのだろうか、と思う。店員の労力、時間、資源も無駄である。書名も隠れる、読むのに邪魔、処分する労力、ゴミ集配、処理費用、どれをとっても無駄。会計窓口も滞る。

 黙ってカバーをかけさせている客の後ろに並んだ時は耐え難い思いがする。カウンターに客が列んでも粛々と作業する店員は焦らないのだろうか。私はいつもカバーの装着、袋など一切不要と断る。代わりに本の冊数と同じ本数の輪ゴムを貰う。しおりの代わりにとても重宝だからである。ただし、レシートだけはトラブル防止のためにもらっておく。

 一方、出版元でつけてくれるカバーは効用がある。カバーの固有のデザイン、装丁もその本を忘れないために貴重である。カバーがあると書棚に並べた時に探しやすいし、本体表紙の経年劣化を防いでくれる。私の書棚の本は学生時代の頃からのも並んでいる。それらを現在自炊中であるが、多くは背表紙が日焼けあるいは脱色してセピア調である。出版元で付けるカバーは紙質も良くて劣化も少ないからこの点ではとても有り難い。ただし、読む時に外れたりして邪魔なので本体に糊やホチキスでとめてしまう。

 わが国ではいろいろなものにカバーをかけて使う習慣があるようだ。高級なテーブルや椅子、ソファー、高級車の座席にカバーをかけている方も少なくない。誰に迷惑かけるわけでないから別にどうでも良いのであるが、苦しい。高額なお金を払って高級な家具に囲まれても、日常その良さを味あわずにいるのだから実に不思議と思えてならない。十分用いて、結果的に汚れたり劣化したら高級なカバーをかければいいのに、と思う。無理して高級品を買うからダメなのだ。身の丈のものが一番だと思う。
 私の所持品は古いのが多い。買い換えたりせずに経年変化を楽しむ。

 書店の本カバーは断れるから良い。家具やシートのカバーもいろいろな事情もあるだろうから、まあ良いか、としよう。


7/17(火)小雨後晴れ 外来 アトリオン・明徳館へ
1:30 起床,新聞、文献読み、その他。6:50ハト給餌後自転車病院着、軽く濡れる。回診。8:45-13:00外来。アトリオン原爆写真展、明徳館へ立ち寄り遠回りして17:00自転車帰宅、掃除、畠若干、新聞PDF化。19:30夕食、20:15就眠。

なんか変だが,まあいいか(8)過剰包装はお断り 
 諸外国のことはあまり知らないので言う資格はないが、わが国の包装は過剰気味で包装が丁寧かつ美しすぎると思う。
 私は能率とか実質を尊重する。だから、物品の過剰な包装は無駄だと思うし、嫌である。

 昨年、県立博物館で開催された展示会で、ある陶芸家から作品を購入したが、届いたのは、どこかのデパートの紙製のショッピング袋で、作品が3点新聞紙で無造作にくるまれていた。私はいたく感心した。陶芸家が精魂込めて焼いた作品である。決して安くはなかったのだが、中身と包装の乖離が素晴らしかった。これで良い。

 今、お中元の季節である。私自身はこの様な形式だけの物品のやり取りは好まない。だから、自分から差し上げる事は無い。ただ、家内はこんな所だけは常識的で、盆暮れには一応形は整えてくれているようだ。私は内容を確認したこともない。

 届けられる物品はとにかく包装が過剰である。中身に到達するまでに二重に、三重に包装されている。中には立派な木箱に収められたものもある。私の感覚では簡素にして安くすればいいのに、と思う。中身は全て家内に行き、包装材や木箱は全て私に回ってくる。秋田市の資源ゴミ集めの朝は、たたんだり踏んだりして何とか所定の袋に収めて出している。何でこんなにゴミが多いのだ、と思う。木箱は勿体なくて捨てられない。木工の材料として取ってある。

 私は火を燃やすのが好きで、幼少の頃から家庭内の可燃ゴミはほぼ全て自分で焼却処理していた。ところが、ダイオキシン類の発生のため簡易焼却炉の使用は平成13 年頃に禁止となり私は数少ない楽しみの一つを失った。その後、わが家はゴミを市の収集に出すことにしたが、実際ゴミとして出してみるとかなりの量で驚いている。

 秋田市は今月からゴミ処理の有料化に踏み切った。ゴミの減量が頭打ちになったことと処理費用が嵩んできたため、と言う。止むを得ない処置だと思う。しかし、考えてみると市民から処理費用を徴収するのことは、受益者負担の原則に則っていると言うよりも、過剰包装のため嵩張るゴミの処理に困っている被害者から徴収していることになる。私共の様な最終消費者はこのご時世、ゴミを減量したくとも、他の方法で処理したくても出来ないし、市の収集に出すしか方法がない。だから、最終消費者は過剰包装によって増えるゴミと、ゴミ処理の有料化によって二重の負荷になっている。

 ゴミ減量の運動は実際には2-30年前からあった。秋田市のデータによれば若干の効果はあったが、今なお不十分である。ゴミ処理有料化はキャンペーンで効果が乏しい時は金銭的負荷をかければ効果覿面とされているからやむを得ない対応だと理解する。ただ、市民に負担を強いるのではなく、発売元や販売業者に対して過剰包装税として課税すればみるみる減少するだろう。

 数少ない経験であるが、カナダ、今のEU圏を旅行した時に簡素な包装に驚いた事を思い出した。粗末な紙袋に入れてホイと渡された。私はこれで良いと思う。
 過剰包装は環境保全の面まで悪影響を持つ悪しき文化である。ホントはまあいいかとは言いたくない。


7/16(月)海の日 終日雨 
1:30飯川病院当直室にて起床、歴史本など。4:00-8:00まで3-4回発熱で不調の患者対応。8:50帰宅。文献、新聞チェック他。書庫整理、書籍廃棄準備。19:30夕食。20:30就眠。

秋田の良いとこ、足らぬとこ2012(2) 秋田評の多くは無責任発言
 秋田県を評するのに繁用される言葉は、「所得は少ないだろうが、自然が豊かで食材が豊富、しかも美人が多い。住民も素朴で人情味がある」、などと言う言葉である。これは秋田を出た人、秋田に旅行で訪れたり、最近、転居してこられた方々が発する言葉である。責任の無い立場の方の気楽な美辞麗句である。私は、これは相当に秋田をバカにしている言葉と思う。

 昨年の県民意識調査によると、秋田県民の80%ほどは秋田が好きだという。そんなの調べなくとも分かる。しかし、住民は上記の「○○・・」だから好き、とは思っていないだろう。私に、自分以外の人の考えなど分かるわけ無いから予想するしかないが、少なくとも私はそうだ。
 秋田に住んで40年、まずそれほど困難無く生活できた。否、思った以上の生活が出来て、自分を発揮できたから、こころから秋田は良いところだと思う。私はこのまま秋田で身の丈にあった生き方をし、いつか秋田の地で死ぬ、しかも、のたれ死にする可能性が高い、と思っている。骨になって私は郷里に帰る。

 こんな私が秋田が嫌でたまらないと言った途端に不幸になる。自分にとって今迄は何だったのだ、と自問する。県民各人はそんなに生活の選択は自由ではないだろう。選択肢がなければ、今住んでいるところが都である。大体こんな調査をする方がおかしいのだ。私がもし厳しい立場で生きなければならなかったら、秋田を呪ったかもしれず、早々に退散していたかもしれない。

 上記の「○○・・」とコメントする方々に生活苦は感じられない。だから、「自然が豊かで食材が豊富、しかも美人が多い。住民も素朴で人情味がある」などと悠長に言える。「自然が豊か」なら、それで人は生活できるのか。一体何を食べる? 草か、ドングリか木の皮か?「食材が豊富」と言うがみんな誰かが用意してくれたものばかり。しかも、多くが流通品で、県民の食卓に秋田産の食材はそれほど無い。心底「○○・・」と言うなら、素晴らしい秋田の地で県民の一員になって、自分で土を耕し、あるいは海に船を出して生活してみては如何だろうか?収入をどうやって確保する? 秋田を褒めた方がこの地に移住してきたという話しを私は聴いたことがない。

 私は医療を通じて生活が大変な方々、破綻した方々と出会う機会が多い。この様な方は生きるのに必死である。こう言う方々を見るにつけ「所得は少ないだろうが・・・」と言えない現実の重さに押しつぶされそうになる。この様な方々、一端厳しい状態に陥った方々が今の秋田で自立した生活に戻るのは極めて困難である。

 だから、望むべくは秋田県の活性化であり、経済力である。
 金回りが全てだと思っていないが、生きていくのに重要な因子である。贅沢は要らない。秋田で暮らしたい、働きたいと思っていても、その大部分の方々が、やむなく県外に天地を求めなければならない今の秋田、こんな現状だけは最小限改善して欲しいと思う。


7/15(日)終日雨 飯川病院当直 映画「フラメンコフラメンコ」
1:00 起床、新聞、文献チェック。掃除、整理不要品廃棄その他終日。15:00-16:55 映画「フラメンコフラメンコ」、十分楽しめた。17:00飯川病院当直へ。18:00検食。20:00就眠。

秋田の良いとこ、足らぬとこ2012(1) 最近の秋田県の生活指標
 2010年春に秋田の良さを見直すために「秋田の良いとこ、足りぬとこ」をまとめてみた。今年も考えてみる。
 本年6月、国が発表した2011年度の人口動態調査概要版によると、秋田県は今回も■出生率、■婚姻率、■がん死亡率、■自殺率の4項目で連続全国ワーストとなった( 秋田魁新聞)。私はこれらは順位を争う競争でないのだから、ワーストという表現は評価や感情がこもっているから適正でないと思う。また、数値を無理矢理改善させてワースト脱却を図っているようだが、他の県をワーストにして何の意味があるのだ?と思う。用いるならせいぜい客観的に「全国一高い or 低い」で良い。

 記事を参照した部分についてはとりあえずワーストの言葉をそのまま用いた。上記4項目に加えて■高齢化率も島根を抜いて最も高くなった。さすが新聞も高齢化率についてはワーストという言葉を使っておらず別扱いにしている。多少意識しているようだ。
 これらの項目は人口減少に直結する項目で、現に県人口は毎年1万人程度減少している。県は現状を重要視し、若者の県外流出防止や結婚支援などに取り組んでいる.一部では成果が現れたと言うが具体的には示されていない。ただ、そんな努力は実は些末に過ぎない。

 簡単なデータは以下の如くである。
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 ■出生率は、6.2/千人 17年連続ワースト  出生は6.658人で前年比30人減
 ■婚姻率は、3.8/千人 12年連続ワースト  婚姻数は4.058組で前年比223組減
 ■がん死亡率は、377.1/10万人 15年連続ワースト 4.043人で前年比42人減
 ■自殺は、32.3/10万人 17年連続ワースト  346人で前年比12人減
 ■高齢化率は、29.7%(全国23.3%) 2年連続全国一
 ■県総人口 106万6.450人 減少率1.03(全国0.2%)で、東日本大震災被災3県を除くと全国一  秋田県の人口のピークは135万1.116人(昭和31年)で、その後約1万人/年減
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 これらの各項目は発表される毎に評論や対策がなされているが、私は各項目は互いにリンクしているのだから個別に考えても表層的で無駄だと思う。
 最も基本的な原因は、県の人口減で、その因は人口の流出である。その原因は低迷する秋田県の経済状況で、若者が県内に残ろうとも就職が出来ず、都市圏で就職せざるを得ない。そこで結婚し、子育てする。だからこの様な数値になる。自殺率の高さも県の経済活力低下に直・間接的に関連している。

 秋田県は多大な費用をかけて若者を教育し、労働力として都市圏に送り出す。若者はそこで生活し、納税するから都市自体もうるおう。労働者一人一人が居住地域への貢献はとても大きいから、労働力を送り出している秋田県はいつまでも貧乏県になっている。だから、都市圏は地方に援助すべきだし、労働者はふるさと納税をすればいい。

 県の関係者や心ある方々は、■出生率■婚姻率■がん死亡率■自殺率、を改善させようと努力している。その活動は見える。しかし、個別に頑張っていても効果が出ない。最も根本である県の経済の立て直しにしか活路はない。それ以外に無い。だからといって起業家が私的に頑張っても効果は期待出来ない。
 唯一、知事を始め、県庁のその立場におられる方々の発想と努力に負っている。しかし、知事の任期も10ヶ月を切った。私には最初の頃の意気込みはどうなったのか、見えてこない。「大人しい」、「音無しい」、のが心配である。


7/16(土)快晴  
1:15起床、新聞文献チェック他いつもの如し。6:00-7:30コイ、ハト後千秋公演散策。文献PDF化。その後は夕方まで家の中の掃除整理、修理他。歴史本多少読書。19:30夕食。20;30就眠。

また満面笑顔の小沢氏 新党「国民の生活が第一」の代表に

2ch全AAイラスト化計画より

この1週間ほど、はっきり言って気持ちの悪い、作り笑顔が新聞やTVで放送された。例の小沢氏である。

 同じ事は2006年4月にもあった。小沢氏が民主党代表に就任したときである。
 当時の私の小沢氏へのイメージは「仏頂面小沢」であったが、彼は「ニュー小沢」を掲げて「民主党は変わります。私も変わります」とブチ挙げ、作り笑顔を方々に振り向いていた。しかし、変わらなかった。代表辞任後は裏で実力を発揮し、政策をマニフェストに盛り込み政権交代を果たした。

 今回、小沢氏は消費税増税に走る野田首相、民主党に賛同できないとして反対票を投じた後に民主党を離れ、50人で「国民の生活が第一」という超大衆迎合的名称の新党を立ち上げた。マニフェストに反した消費税増税は納得できないという事に身をもって筋を通したのは立派であり、一つの生き方、行き方だと思う。
 消費税問題は鳩山氏が首相の時は4年間は上げないと明言していたが、彼のは言っても言わなくても意味はない。無視、無視。

 菅首相が口火を切り、野田首相の手で消費税増税が党の指針にまでまとめあげた。確かにマニフェストには消費税は上げないと書いてあるが、そうでありながら菅、野田両首相が消費税増税に走ったのは、マニフェスト作成は小沢氏に近いグループで作り上げ、党として意思統一がなかったからではないのだろうか。政権交代前の衆議院選挙では立候補者の多くがマニフェストの勉強と暗記に大変だった、と新聞に記載があった。小沢氏と距離を置く党員はマニフェスト作成へ参加しておらず、従って忠実に沿う気持ちは乏しかったのでは?

 野田首相は衆議院での法案採決を迎えるにあたって、消費税増税は民主党としての方針になったのだから、党員であれは従うべきだ、と述べたが、マニフェストが党としての統一見解ならこの言葉は矛盾していることになる。
 ただ、選挙の時に国民に約束して、結果的に政権交代を果たしたと言う事実、それを反故にしたという野田首相の責任は大きい。反故にしなければならない理由の説明も乏しい。今更ながらであるが、野田首相にはマニフェストに反してまで増税に向かった理由があるはずだ。それをわかりやすく説明して欲しい。財政破綻、社会保障破綻と言う言葉の背景を具体的に示して欲しい。

 小沢氏がマニフェストに固執したのは彼自身の意見が大きく盛り込まれた政策だったからであろう。
 小沢氏は70歳でもう後がない。にもかかわらず「国民の生活が第一」を立ち上げたことには敬服するが、小沢氏は「国民の生活が第一」だから消費税を上げない、というのでは無く、マニフェストに書いてあるから、国民にウソはつけないからということで筋を通したのであって、諸費税増税せずともやっていける道筋は一切説明していない。「国民の生活」から最も遠いところにいた小沢氏が代表になった、新党「国民の生活が第一」はいかにもしっくりしない集団である。50人といえども大部分は新参議員達で、彼らは小沢氏について行くしか議員として生き残る道はなかったと思う。小沢氏と道を同じにしたとしても、結果的には同じ結果になるだろう。

 小沢氏が筋を通したことは認めよう。ただ、その先の筋道は不透明である。


7/13(金)快晴 大曲中通病院外来
2:00起床。文献読みなど。コイ、ハト後、7:00車病院着。回診、8:01こまち、8:45-15:00大曲外来。17:00帰院、帰宅。台所磨き、畠、ハードディスク再構築。夕食、20:30就眠。

映画(52)「ローマ、昼下がりの恋い」/「父の初七日」
■「ローマ、昼下がりの恋い」 共感した
 7月1日に見たイタリア映画、J・ヴェロネージ監督、124分。
 3部構成で、第1部はまもなく結婚する若い二人を、第2部は壮健な中年男性がエキセントリックな女性に翻弄される顛末を、第3部心臓移植を受けた高齢の元大学教授のロマンスを描く。

 まず、英題の「The Ages of Love」を「昼下がり、ローマの恋い」とした慧眼に驚く。ヴェルディのオペラ「ラ・トラビアータ(罪ある女)」 を「椿姫」としたのに匹敵する、名訳というか名置換と思う。

 各部はそれぞれ青年の、中年の、老年の恋を描いている。各世代をまぜこぜにするのでは無く、独立させて表現している。
 人間の歴史の中で無数に繰り返されてきた男と女の物語を、人間が年齢を重ねることで変わっていく感覚の違いを、ライフステージ毎に分けて表現している。ストーリーは背景に過ぎず、月並みと思ったが、私はこの作品が描こうとした意図に十分共感することが出来た。
 各部共にイタリア的と言って良いのか、ラテン的と言うべきか、明るく前向きでおおらかさが感じ取れる。なかなかいい作品だと思った。

■「父の初七日」 台湾の葬儀風習に驚く
 7月7日に観た台湾映画。監督:王育麟 2009年作 92分。地元では超ロングランを記録した作品、と言う。
 台湾が舞台。突然の父の訃報に、姉弟従兄弟の3人は戸惑うばかりだが、叔父の指図で伝統的な道教式の葬儀にする。雇った泣き女が大泣きし、チンドン屋紛いの供養楽隊まで登場し、まるでドタバタの一週間で、遺族は忙しく、殆ど故人を偲んだり悲しむ余地はない。
 ストーリー自体はシンプルで平凡、面白いとは言えなかった。ただ、台湾の伝統的な葬式文化、台湾の文化の雰囲気の一部を知ることが出来たので有用な1時間半であった。

 私が経験した岩手の片田舎の葬式とはかけ離れていた映像を見ながら、かつての風習を懐かしく思い出した。死者を近隣の老若男女がみんなで葬ったものだった。最近の葬儀、葬式は参列しても、形式的で故人との別れという意味で殆ど実感が沸くことはない。疑問を持つが、ご時世と納得するしかない。だから、私は身近な親族の場合を除き、葬儀には出席しない。自分の場合はごく近しい親族だけで良い。


7/12(木)晴れ 外来
2:30起床。新聞チェックし文献、歴史書を読む。6:50自転車病院着、7:10回診ほか、8:40-14:10被爆者検診+外来。16:00帰宅。医学文献整理、19:45夕食、20:30就眠。

書評 「それでも日本経済が世界最強という真実」 三橋貴明著 ワックKK 2012 933円 
 私は経済に関心はあるが疎い。だから、いま勉強中である。
 新聞雑誌等で分かりやすい解説記事、国内外の政治経済問題に関連する入門書、論表等を読んできた。かなり、理解も進んだが、各々の記述内容に矛盾も感じて、読んでも読んでも混迷する一方でもあった。特に新聞の記事はどれをとっても方向性が同じで大差がない。知識人の記名記事に於いてすら歯切れが悪くてすっきり理解出来ない。一言で言えば新聞、TVは場当たり的で一貫性がない。古いラジヲのニュースを聴き直したり、新聞のスクラップを読み直してみると場当たり的な大騒ぎであったことがよく分かる。
 特に、経済に政治が絡んでくるとますます分かり難くなる。

 疑問を感じつつも、日本は経済的に内憂外患をかかえ、光が乏しいようなイメージすら出来上がってきた。一方では、消費税増税をすすめながら、外交上では途上国に多額の経済援助を申し出ているし、IMFへの拠出金も莫大である。新幹線の着工も決定した。この辺のバランスがどうなっているのかよく理解出来ていなかった。

 その時にたまたま目に停まったのが本書である。今まで読んできた内容とは別の視点からの見方で構成されている。
 本書は日本の経済は実は国際的に見ても盤石なのだ、と言うことを48の項目で述べている。一つの項目について見開き1ページにまとめてあり、明快な記述に加えてその論旨の背景となった経済指標をデータ、グラフ、イラストにして掲載している。
 読み始めると今まで理解出来なかった事項が次々と解決していく快感を味わうことが出来た。目から鱗である。私にとって経済指標のデータがとても役立つ。

 内容は、3章で構成され、各章で10-20項目を解説している。全てを記載できないが、以下の如くである。
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第1章「莫大な借金があっても破綻しない」理由:18項目
  ■日本は世界一のお金持ちである
  ■本当は世界に援助できるほどお金があり余っている
  ■日本は家計の金融資産も世界一
  ■政府の『借金』は必要なもの
  ■年金制度は絶対に破綻しない
第2章「日本はまだまだ経済成長できる」理由:20項目
  ■日本だけが不良債権処理を終えている
  ■日本はGDPあたりエネルギー効率が世界一
  ■広大な海を持つ日本は隠れた資源大国
  ■日本の食料自給率は低くない
第3章「日本は世界がうらやむ最強の国である」理由:10項目
  ■日本国民が積み上げてきた誇るべき国富
  ■日本には『格差』も『貧困』も存在しない
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 タイトルの中には、■日本には『格差』も『貧困』も存在しない、といった刺激的な表現もあり、理屈としては納得出来るものの、私が医療現場で感じる現実と乖離している、と思う項目もある。

 著者は経済評論家・作家・中小企業診断士とのことで、著書も多数、日本の経済に数々の提言をしている方である。著者の主張は恐らく正しいのだろうという感触を持ちながら読んだが、その判断は私にはまだ出来ない。ただ、他の経済本を読む時の参照すべき資料集、著作として価値が高い。
 多くの方々にお薦めしたい好著である。


7/11(水)快晴 外来 
 1:00 起床。文献・新聞チェックなど。コイ・ハト後、7:00自転車病院着。回診、8:45-14:00外来。17:30臨海のみなと交通社に支払い後帰宅、サンルームの整理に取り組む。新聞PDF化、19:30夕食、20:20就眠。

クロスバイク(18) ドロップハンドルは素晴らしい発明品
 昨年10月にクロスバイク購入後、雪で乗れなかった3ヶ月ほどを除くと実走は満5ヶ月ほどとなった。最初の頃はサーカスの曲乗りまがいの不安定さ、取り扱いの困難さを感じ、危険も感じたがやっと慣れた。

 最近の進歩を挙げてみた。
 ■ドロップハンドルの下のバーを握って長時間走れるようになった。
 私の自転車はドロップハンドル仕様である。ポジションが過激な感じがするのでいい年して恥ずかしい気がしていて約半年はハンドルの上部を握って上体を起こして走ってっていた。この頃、やっとドロップハンドルの最下部を握って深く前屈姿勢をとって走れる様になった。これは大きな進歩である。足に力を一層入れやすくなったことで疲労が少なくなり、風の抵抗は明らかに軽減した。坂道にも強くなった。上体を起こしていると路面の凹凸がモロに頭に響くが、バーの曲りが路面のショックをかなり吸収してくれる。大きなメリットがあった。
 ドロップハンドルは1900年頃の一部の自転車に既に原型が見られると言うからその利点で今まで改良がなされ続けてきたのだと思う。偉大な発明の一つである。
 ドロップハンドルにして以降、風のない平地では時速32-35Kmで走る事が出来る様になった。ただ、人や車が多い道路では通常の握りで上体を起こして走っている。いろいろな状況に反応しやすい他に、歩行者に危険な思いを抱かせないようにするためである。

■「こぐ」感覚から回す感覚に
 自転車はどうしても足に力を込めて「こぐ」と言うイメージがある。しかしクランクを360度回転させる中でほんの一部の角度の時にのみ力を入れるのは不合理で勿体ない。勿論、クランクの上死点から下死点化でがメインであることは変わりないが、この間でも出来るだけ平均的に力を入れ、下死点を過ぎた後もペダルを吸い上げる積もりで回転させるととても走りが良くなる。360度出来るだけ平均的に力を入れて回すという感覚である。これで疲労感が少なくなった。
 下死点以降に下肢の力をより有効に用いる専用のペダルと靴もあるが私はまだそれを用いたいとまでは思っていない。

■専用のトランクス、グローブはとてもいいが、ウエアはまだ着れない
 ヘルメットは自転車乗りには欠かせない。ちょっと気恥ずかしかったが安全走行には欠かせないから私は最初から装着している。更に自分で前照灯と後ろには点滅灯を装着している。
 連休後にトランクスをテニス用から専用に、手袋もバイク用から専用のグローブにした。トランクスは大腿にぴったしでひらひら感がない。サドルにあたる部分にはヒップパッドが入っており尻の痛みから解放された。ただ、自転車から離れると不格好で街中を歩けない。
 自転車専用のグローブは掌部分だけしかない変な格好であるが、掌部分が厚く出来ており握る痛みとハンドルからの衝撃を吸収してくれる。もう普通の手袋には戻れない。
 トランクスも含め専用の部品にはそれなりのメリットがあるものと実感した。
 私は何でも間に合わせで済ます傾向にあるが、考え直す必要がある。この点も勉強になった。

 専用のウエアもあるが、ぴったりして出腹が目立ちちょっと抵抗がある。こちらはぶかぶかのテニスウエアで間に合わせている。いずれ着用できるようになりたいものだ、と思っている。


7/10(火)快晴 外来 
1:00 起床。文献など読む.コイとはとにエサ。7:00自転車病院、回診。8:45-13:00午前外来。17:00自転車帰宅、歴史と年金関連文献、新聞読み。19:00夕食、20:00就寝。

クロスバイク(17)積算3.500Km 千秋公園のハトにもエサをやり始めた
 本日、サイクルコンピューターの積算走行計が3.500Km迄行った。新幹線線路上にプロットすると全線走破したことになる。
 次は在来線に挑戦する。現在、日本海岸沿いから下関を折り返して一回りするコースを想定して走っている。青森から大阪まで旧特急日本海のルートをなぞっているが間もなく京都駅に着きそうである。

 随分走ったものだ、と思う。この間、自転車について変わったことと言えばハトとのコミュニケーションが始まったことである。

 5月頃から出勤時に千秋公園のハトに餌を与え始めた。たまたま出勤時間に遅れそうになったので近道し県立美術館前を通った。そこに腹を空かしている様子のハトが20羽ほどいたが、その日はコイの餌を若干残していたので それをハトに与えた。嬉々としてついばんだがその様子を見ていて、伝書鳩を飼育していた頃のことを思い出した。

 あまり喜ぶものだから、病み付きになってほぼ毎日餌を与えている。これだけ喜ばれると嬉しい。餌は昨年から作り続けている乾燥米で、毎日500mlペットボトル一本分食べる。それでも足りなそうであるがそこまでとしている。だから、毎夕、毎朝コイ用とハト用のエサ作りが大変である。

 ハトは利口である。自転車で近づくとサッと周囲に集まってくる。遠方からも、上空を飛んでいたハトも寄ってくる。警戒心は強いがスローモーション的に動く事が警戒感を解くコツである。格別私を怖がる様子は無く、自転車や腕にとまり、手から餌を直接ついばむ。集まってくるハトは姿はドバトというよりはやさしげは表情で伝書鳩の様に思うのだが、日本伝書鳩教会の登録足環をはめた個体はいない。

 とても楽しいのだが、一方では、この辺のハトに餌をやって良いのか?と、若干の迷いもないわけではない。神社等の建造物はハトの糞害を受けるから嫌われている。この周辺にも美術館、弥高神社、秋田城関連の施設がある。実際にハト害があるか分からないが、特に予防の網を張っているわけではない。

 今のところ注意されてはいない。今しばらく餌をやりながら、かつて近所の大人達から「気ちがい」か「バカ」か、とまで言われたほどハトの飼育にのめっていた頃のことを、懐かしくしのんでみたいと思っている。

 これも、自転車に替えた事て得られたスローライフの一つである。


7/9(月)小雨・曇り 患者関連書類処理   
 1:30起床。文献処理。新聞チェック。ハトにエサ後、7:00自転車病院、回診、入院患者対応と書類処理、16:00小雨の中自転車帰宅、掃除と歴史と新聞チェック。夕食、20:00就眠。

エリア「なかいち」部分オープン 小路は交通渋滞
 秋田市の中通再開発地区を「エリアなかいち」と言うらしいが、「なかいち」は衰退した中心市街地の活性化を目指して作られた施設で総事業費は約135億円。先日、7月5日商業施設と駐車場が営業を開始した。21日には「市にぎわい交流館」が開館し、「新県立美術館」も暫定オープンする予定になっている。

 「エリアなかいち」の広小路周辺はかつては代表的な商業地域だったが、1998年に秋田赤十字病院が移転して以降活力は徐々に失われていった。周辺地区の商店も次々と閉店した。「なかいち」は市の中心部の活性化を取り戻す施設としての期待を担って建設された。

 商業施設には食品、飲食など28店が入ったという。新県立美術館は安藤忠雄氏の設計で、21日にオープンする。絵画等の作品は建築資材の安定を待ち、1年後に搬入展示されるという。美術品にもシックハウス症候群的影響が出るのだという。

 この場所の再開発をめぐっては数々の計画が提起され、多くが消え、ようやくたどり着いたのが現在の形である。私はこの計画は維持困難が予想されるから拙速かつ、中途半端な開発計画に疑問であった(2010.3.25-26記述)。

 当初はオープン効果で賑わうであろうが、関係者がかなり努力し、常に県民・市民が興味を持ち、注目するような企画を提示し続け、リピーターを確保しなければ期待したレベルを維持するのは困難だと思っている。 以下が理由である。
■近くにある旧県立美術館、アトリオン内の千秋美術館はいつ行ってもガラガラ。
■商業施設は食品、飲食中心と言うが、近隣及び駅前には大型の販売施設が複数ある。大手のチェーン店は販売不振で撤退したなど、状況は厳しい。足の引っ張り合いが激しくなる。
■「にぎわい館」は秋田拠点センター・アルヴェやアトリオンと機能的には類似している。魅力ある企画を提示出来るか?
■ 秋田市内にある他の総合病院は1.000-1.500人ほどが利用しているが、周辺地域の経済活動の活性化は見られない。秋田赤十字病院の移転がこの地区の衰退の主因とは言えない。
■住宅地近くの、あるいは郊外の大型商業施設の影響が大きい。ネット販売の影響もあろう。だから、施設を造っただけでは解決しない。
■人口減少、少子高齢化で高齢者は移動が困難。若者へのアピールが鍵を握るが、年余にわたる企画は出来ているのだろうか?

 私は新美術館だけに興味がある。正式オープン後になるだろうが、いずれ、行ってみたい。
 秋田市中心街がこの施設でどう変わっていくか注目したいと思う。

 施設のオープンは私にも影響を及ぼした。この施設と明徳館高校にはさまれた小路を通勤に利用しているが、信号の関係で渋滞しやすかった。新設なった施設の駐車場の出口の一つがこの小路の途中にあるものだから開館後一層渋滞するようになった。帰路のコースを変えなければならないようだ。


7/8(日)快晴 菜園・畠・自宅内整理
1:30飯川病院当直室で起床。本読み、文献整理。7:00検食、9:00自転車帰宅、以降ずっと家の内外の整理、修理等。16:00微睡。19:00夕食、20:30就眠。

オスプレイ(3) 国としての主権が問われる問題だ
 オスプレイに関して私のファイリングには2000年4月以降、同機について断続的に新聞や雑誌の記事が蓄積されている。新しい機構の飛行機として興味があったからである。
 
 12年前の墜落事故を報じる記事の中に、既に沖縄にオスプレイ32機分のスペースを確保する、と米軍の書類に記載されていた。日本側は承知していない、とコメントし続けて来たが、2008年4月高村外相は国会で配備の可能性について初めて言及した。

 昨年6月、米国防総省は2012年に普天間飛行場にオスプレイを配備すると正式に発表した。それを受けて6月13日、当時の北澤防衛大臣は、沖縄県庁で仲井知事と会談し、米軍普天間飛行場へのオスプレイ配備を説明した。当然、その時も知事は反対の意向を示している。

 米政府は、つい先日6月29日にオスプレイ12機を7月下旬に山口県岩国基地に搬送し、10月初旬から普天間で本格運用すると正式に通告してきた。墜落事故が相次ぐ機器として沖縄、山口県を始めとして全国で反対運動が行われている最中の通告である。米政府は日本側の懸念に配慮し、最近の墜落事故の原因究明までは訓練は控えるいうが、10月から普天間で運用するという計画は変えていない。
 森本防衛相は7月1日、沖縄、山口両県に出向き、知事らにアメリカ側の通達内容を説明し、受け入れるように要請・説得した。大臣は配備機種の変更を求める権限はわが国にはないと説明した。現在の日米関係の中では大臣の説明は誤っていないだろうし、軍事戦略上も反対があるから変更することなどはあり得ない、という解釈なのだろう。

 ただ、防衛相は米軍の単なるメッセンジャーなのか、と言う疑問がわく。いま求められているのは日本政府の判断である。米政府に配備を強行せぬよう正式に申し入れることである。

 多分、それでも日本側の意見は通用しないだろう。今の自国の安全を守ってもらうこと代わりにこの分野の主権を放棄した片務的条約に甘んじている日本の姿がここにある。米軍は日本の安全を守るために日本にいるのではない。軍事的に大国化していく中国を牽制していくために、戦略上都合が良い場所にある一国としての意義を認めているだけ。

 これを双務的条約に変えていかなければ、今後もずっと米国の言いなりにならなければならない。そのためには国としてしっかりと米国に物言える国にならなければならない。そのためには大きな代償を払わなければならないだろう。

 オスプレイ問題は矮小化してはならない。危険だから配備に反対するのか?それもあろうが、 安全な機器であっても 問題は大差ない。国としての主権が及ばない関係で成り立っている日米同盟の下にいつまでも安住し、沖縄に苦渋を強い続けてていくのか否かである。
 それが問われていることを自覚しつつオスプレイ配備問題を追っていかねばならない。


7/7(土)雨のち晴れ 映画「父の初七日」 飯川病院当直 
2:00起床、各種データチェック、新聞文献PDF化。台所掃除:他。14:00日用品購入、15:05自転車にて映画館に。 映画「父の初七日」 、死や葬儀関連の文化の違いに興味を感じた。17:00飯川病院当直、読書他。18:00検食、20;40就眠。

自由人(8)院外業務 「私が医者ならトンボも飛行機・・」と感じる日々
 自由人として自由に生きたいと思っているのだが、嘱託医として勤務しているものだから、自由にならない領域がある。

 嘱託医として働いている中通総合病院の業務は徐々に外来中心となってきた。入院は私が外来で経過観察してきた患者中心となり、重症であった数名の方々はこの一年の間にお亡くなりになった。新規入院の患者が希れになってきたために、入院患者は3-5名程度と少なくなり、夜間や週末の呼び出しが大幅に減少した。時間的に 徐々に余裕が出来つつあり、ウイークデイの夕方、週末の二日間の時間は私自身にとってますます貴重になってきた。

 4月から金曜日は終日大仙市にある大曲中通病院の外来を担当することになり、8:01発の新幹線こまちで大仙市に通っている。ほぼ20年振りの診療応援である。
 例に漏れず、秋田県は400人超の医師不足状態にあり、法人間でもマンパワーを融通し合わなければならない。同じ法人の医療機関とは言え、新装なった病院、不慣れな診療システム、不慣れな患者達で、診療は毎回難渋している。あまり、役立っていると思わないが何とか外来診療をこなしている。

 環境が変わると感じるのは医師としての能力不足、知識不足である。かつて「あいつが医者ならトンボも飛行機・・」などとだれかの言葉を借りて嫌みを言って来たが、この言葉を自身に向けて発しなければならない状況になってしまった。自由人を標榜しているが、契約内の時間の範囲だから業務指示には従わねばならない。

 もう一つ。
 嘱託で勤務する病院の近隣に、法人と関連が深い50床ほどの飯川病院がある。この病院の週末と祝日の日直に組み込まれる様になってちょうど一年が経った。この病院の日当直業務は中通総合病院の医師が担っているが、やはりやりくりが大変で、この一年で月に1回が2回になり、3回と徐々に増え当直にも入るようになってきた。
 自由人にとって自由であるべき週末の貴重な時間を拘束されるは惜しいが、考えようによっては、むしろ自宅にいる時よりやりたいことに集中することが出来る貴重な時間が与えられた、と言える。だから、それほどストレスではない。医師のやりくりが付かない時などには月5-6回程度までは受けるつもりである。
 自由人にとって自由時間とは暇な時間を示すのではない。微々たるレベルでも役立つ事に用いるならば、私にとって自由時間なのだと思う。それに、若干であるが毎月岩手県に送る復興資金にも寄与するし・・、と思う。


7/6(金)雨・曇り 大曲外来
1:20起床、文献検索、新聞チェック他.ハト給餌後6:45自転車車病院着。回診、8:01こまち、1:45-15:00大曲外来。17:00帰院、帰宅。台所磨き。歴史探訪。19:30夕食、20:30就眠。

パンダ様(2)「御出産おめでとう」 バカ達のバカ騒ぎ
 2012.7.5、NHK19:00のニュースは上野動物園の「パンダ様」の「ご出産」のニュースで始まった。東京では号外新聞も発行され、街頭で配られた。画面には街頭で収録した子供、若者達の喜びの声が次々と登場した。一方的なバカ報道である。「それがどうした」、「興味ないね」、「バカみたい。何で騒ぐ」等の意見は出ない。
 石原都知事が「興味ないね」とコメントしたと朝日新聞に記述があった。私は溜飲をさげた。今後も連日 「パンダ様」が報道されると思うと気が滅入る。

 1年半前の2011.2.22、NHK21:00のニュースも政治、国際情勢の重要なニュースを押しのけて「パンダ様」来日のニュースで始まった。羽田からの中継放送で、ライトを浴びて着陸してきたのは全日空の日中国交回復記念のパンダ塗装の767機「FLYパンダ」で、演出っぽく来日した。いくら何でもファーストクラスの座席に座ってきたのではないだろうと思っていたが、檻に入れられ、貨物室だったとの事で安堵した。

 私はもはや「パンダ様」は日本には不要と思っている。
 2年ほど前、秋田に「パンダ様」をとの運動もあって市議会で検討のための予算も計上されたが、仙台市が誘致を表明したことで立ち消えになった。これも驚きの構想であった。「パンダ様」は金がかかる。2011年の「ご来日」の場合、輸送費約5000万円、年間貸与費8000万円、上野のお住まいの改造費に9000万円、維持費○○万円、と言われている。現在はワシントン条約の影響で学術研究目的以外での取引は難しく、所有権は中国ですべてレンタルとなっている。子供が生まれた場合、片親がレンタルであれば子供もレンタル対象になり新たに費用が発生する。自然死以外の賠償金も5000万円程度とのこと。秋田では到底実現し得ない構想で、誰も傷を負わずに立ち消えて良かった、と思う。

 「パンダ様」が珍重されるのは縫いぐるみ様の姿にあるが、絶滅が危惧される珍獣である。中国本土に1600頭ほど生息しているだけと言う。自然界の中でそっとしてやってはどうか。人間のエゴのビジネスの対象となって気の毒である。

 「パンダ様」が日本にいる意義は何だろうか。勿論、直接見に行けた人にとってのインパクトは小さくないだろうが、幼児なら記憶に残らない。見に行っても寝姿だけと言うこともある。9割9分の人にとっては直接見ていないはずであるが、「パンダ様」の名前や姿のを知らない人はまず居ないだろう。何か困ることでもあるのだろうか?
 動物園の人寄せには貢献しているだろうが、私にとっては上野にいようが中国にいようが差はない。


7/5(木)曇り・雷鳴・降雨 パンダ出産 外来  
2:00起床、文献チェックほか、7:05自転車病院。回診他病棟業務、8:45-14:45外来、体調不良で疲弊。書類処理。16:20帰宅。歴史の勉強、19:30夕食、20:50就寝。

オスプレイ(2) 米軍にとって垂涎の機種の一つ 沖縄へも配備計画
 オスプレイは、胴部のイメージはヘリコプター的であるが、機体の基本構造は双発のプロペラの固定翼機に近い。

 主翼の両脇にYS-11と同様のターボプロップのジェットエンジンを持ち、これの角度を90度変えることで、垂直飛行、ホバリング、水平飛行ができる。低速でバックも可能とのこと。
 主翼は厚く短く、プロペラは3枚で異様に長い。長すぎて地面に擦るために水平飛行での離着陸は出来ない。主翼の揚力は不十分で中低速ではやや上向きにしたプロペラの揚力で補う。エンジンが両端にあるので片方のエンジンが停止た際にバランスがどうなるのか心配になるが、残った方のエンジンの出力を分配してプロペラを回転させて機能を維持できる。
 機能が複雑で安全装備も何重にもあるためにかなり重量は重く、動力系も重くなっている。エンジンの廃熱のために離着陸時に空母を損傷したり、火災が発生した。ホバリングの時にエンジン自体が損傷しないのだろうか。英国の垂直離着陸ジェット戦闘機ハリヤーは排気の方向を変化させルタイプであるが、重装備時には60秒程度しかホバリングできず、離陸は滑走で揚力を得る。

 オスプレイはいろんな機能を発揮するために高度のバランスの維持が必要でソフト的にベストの状態が維持される。
 重装備の兵士25名程度を乗せ、時速550Kmで巡航でき、航続距離は3.000Km、米軍の高速ヘリに比較して前者が1.5倍、後者が2倍にあたる。しかも、最近の戦闘機の高速高機能化は空母の大型化を必要とするが、オスプレイだと中小型の空母で間に合う。(主にブリタニカによった)

 英国の戦闘機ハリヤーはヘリの機能を一部取り入れたジェット戦闘機であるが、オスプレイは戦闘ヘリの発展型と考えると理解しやすい。
 米軍としてはとても価値が高い機種である。 国防総省では海兵隊に360機、特殊作戦軍に50機、海軍に48機の調達を計画している。

 沖縄県への配備が10数年前の米軍資料で明らかになっているが、日本政府は承知していないとしていた。しかし、2008年4月高村外相は国会で配備の可能性について言及し、2011年6月、米国防総省は普天間飛行場に2012年に配備すると正式に発表した。


7/4(水)晴れ 暑い 外来 組合病院・港交通訪問 昇太・たい平落語二人会
2:00起床、文献チェックほか、7:05自転車病院。回診他病棟業務、8:45-14:45外来、体調不良で疲弊。書類処理。17:20帰宅。新聞処理、18:30-20:45県児童会館昇太。たい平落語二人会。21:15帰宅、夕食、21:50就寝。

オスプレイ(1) 事故が多い? 8回の事故歴
 最近、オスプレイに関して日米側でいろいろやりとりされている。
 米政府は、米軍の新型輸送機オスプレイを沖縄県の普天間飛行場に配備すると日本政府に通告した。墜落事故が相次ぐ機器だけに配備される沖縄、7月下旬に船で運び込まれる山口県を始めとして全国で反対運動が行われている。

 私の新聞のファイリングには2000年四月から同機について継続的に蓄積されている。私は防衛とか政治的な興味とは別に、飛行機としての興味があったから記載ある毎に切り抜いていたものである。この12年前の記事に、既に沖縄のヘリポートでオスプレイ32機分のスペースを確保することが米軍の書類に記載されていて、名護市で反対運動が生じていた。

 ヘリコプターは垂直離着陸・空中停止が出来るが、速度・航続距離に難がある。ヘリの利点と通常の飛行機の機能を併せ持つ飛行機は、戦略上非常に有用で米軍は早期から開発を求めていた。多くの変遷を経て1985年開発機体が "V-22 Osprey"と決定された。1986年6機の試作機が製造、初飛行は1989年。以降、高額なために何度か計画の中断が話題となったが、1994年に量産が認められた。

 今回事故が多いことが話題になっている。今まで8回事故を起こしている。
■1991年6月離陸時、数mの高さから大きく転覆、乗員2名は軽傷。
■1992年7月に着陸直前に右エンジンから出火し墜落、7名死亡。原因は、潤滑油漏れ。
■2000年4月作戦試験時に墜落、計19名死亡。急減速・急降下で操縦不能に。
■2000年12月海兵隊訓練部隊の夜間飛行訓練中に墜落。原因は、機体とソフトの欠陥。
■2009年5月低空飛行訓練中、燃料切れで国立保護地区に緊急着陸、給油中に草地が燃え機体を損傷。
■2010年4月アフガニスタン南部で着陸に失敗横転、4名死亡。
■2012年4月モロッコ南方沖で訓練中、離艦後に墜落、2名死亡。
■2012年6月輸送機CV22がフロリダ州で訓練中に墜落、5人。
 (以上は朝日新聞、ブリタニカ年鑑他によった)

 初期の2回の事故は開発段階、その後の事故は量産後の事故になる。事故率をどのように評価すべきなのかは私には分からないが、朝日新聞の社説に掲載された数値は、海兵隊のオスプレイの事故率は1.93/10 万飛行時間、普天間に配備されている輸送ヘリCH46は1.11、空軍用オスプレイは13.47だと言う。確かに数値上は高頻度である。

 何であっても事故は生じてはならない。ゼロが理想だが、新しいコンセプトで新開発された複雑機能の機種と、完成度の高い機種と事故率の直接的比較は意味はない。
 それにしてもオスプレイは複雑で怪奇な機種だと思う。


7/3(火)晴れ  外来  
1:30 起床。新聞、音声データ整理.書類処理、7:00自転車病院着.回診。 8:45-14:25外来、混雑、疲弊した。16:15帰宅。窓のよしず修理、畑、花など。新聞PDF化、19:30夕食、20;00就眠。


節電対策(5)2012年(2) 数値目標を掲げて節電社会構築を
 野田内閣は賛否両論の中、大飯原発の再稼働を決め現在準備が進んでいる。反対意見ほど出しやすい。再稼働に反対の意見は新聞紙上を賑わしている。わが国では50の原発があるが、本日の段階では稼働している原発はない。脱原発状態で2ヶ月したことになる。

 一方、この夏の電力不足に対応するため、電力消費を猛暑だった2010年に比べ関西で15%、九州で10%、北海道、四国は7%、中部、北陸、中国は5%節約の目標を決めた。
 電力不足はこの夏が猛暑になれば、という前提つきの計画で、しかも電力需要から不足が生じる可能性があるのは真夏の短い期間で、かつエアコンが用いられる日中の数時間だけだと言われている。だから何とかなりそうというのが一般的考えであるが、乗り切れるとか、なんとか間に合うの発想ではわが国のエネルギー問題は解決しない。ピークを下げることは重要であるが、全体を平坦化しなければならない。

 この時に役立つのが最近発展がめざましい電池の開発で、かつては大量の電力は蓄積できないと言われていたが様相が変わりつつある。自動車、家庭で、企業レベルで用いられる中ないし大型の蓄電池が実用化しつつある。政府は蓄電池の技術を国策として発展させようとしている。これは重要なことだと思う。ただ、私は電池の経年劣化はどうなっているのか、よく分からない。パソコンの電池は2-3年で機能が落ちて交換に出費が強いられる。ハイブリッド自動車等の場合は実際どうなのだろうか。

 超大型の発電機構は揚水発電である。原発にしろ火力発電にしろ細かな発電量の調節は出来ない。ピーク時の消費量に併せて開発はしているがどうしても余剰電力が出る。これを揚水発電に回すことによって全体の発電量を減少できる。要するに、余剰電力と自然力学を用いた蓄電池と言いうる。これを有効に用いるためにも、夜間を含め、24時間通じた節電が重要だと言うことである。

 政府は政策として原発依存の方針は捨てていない。脱原発の世論は過半数を超えている。世論にどこまで期待出来るか分からないが、脱原発のためには再生可能エネルギーの開発と同時に節電社会にしていく必要がある。あくなき便利さの追求はエネルギー浪費社会にしてしまう。節電文化を根本から構築していくことである。

 政府の節電期間が2日から始まった。東北と東京の2電力菅内には数値目標が設定されなかった。これはおかしい。比較的安定的に供給が可能とは言えども需給が綱渡りの状態にあることに変わりはない。理念だけでは結果に期待が持てない。例え1−2%であろうと数値目標を掲げ、県民一人一人に節電を求めるべきであった、と思う。


7/2(月)雨のち曇り 節電開始 小沢氏離党 外来 ABSチケット受け取り
1:00起床、新聞・文献チェック。同級会作業一段落。コイ、ハト後7:00車病院着。7:15回診他.8:45-14;40外来。難儀した。 同級会第二報送付、 ABSチケット受け取り 、16:30帰宅。家具掃除、新聞他。19:20夕食、20:00就眠。


節電対策(4)2012年(1) 白熱球はLED化した やれることはもう多くはない 
今年は7月2日から9月9日まで全国で電力使用制限が始まっている。

 東北電力管内は昨年は15%節電目標をかかげ、略達成したと評価されている。
 今年は関西電力菅内が厳しい状況にあり15%節電が求められている。東北地方と東京都内には具体的目標値は上げられていない。東北電力菅内では今夏が猛暑の場合、節電なしでは9万KW、0.6%の不足になる見込みで、昨年の半分程度50万KWほどの節電を求めている。関電菅内ほどではないが、さりとて余裕があるわけでもない。企業・団体・県民一丸となれば達成可能なレベルだとのこと。計画停電は実施しない方針である。
 東北管内の大口需要家は約3.700施設で、規模が小さいためか関東・関西の工業地帯に比較すると節電効果は少ない。東北では小口需要家や一般家庭の節電が重要である 。これは昨年と同じである。

 5月以降、わが国は稼働している原発がゼロとなった。それでも電力がなんとか間に合っていることも驚きであるが、火力発電がフル稼働して綱渡り状態で対応していて、余裕は全然無いし、火力もいつダウンするか分からない状況にある。だから、間に合うか、乗り切れるか、と言う発想でなく日本全体として節電型にへの移行は必要である。

 企業でも、家庭でも、制限出来ないあるいは困難な部門は必ずある。この部門以外での徹底した節電が求められる。これは国民の社会的責任である。
 家庭における節電対策としては、■照明■エアコン■機器の待機電力■パソコン■洗濯・掃除・炊飯など■冷蔵庫■TV輝度変更■・・などを対象に工夫して取り組めばいい。

 わが家はもともと省エネ状態にある。私が子供達によく言ってきたのは、「電気は原発がある地域の苦悩を思ってから使え」、「快適さの追求は環境を汚す」、「エネルギーは利用すべきもの、浪費するものではない」・・ と浪費には厳しく対処してきた。

 まともなエアコンはないし、もともとやれるところは少なかったが、昨年からやったのは、白熱電球の殆どをセンサー付きのLED化、冷蔵庫運用の工夫、オーディオ・パソコンなどの省電力化、トイレのヒーターのスイッチオフ程度である。これ以上は運用の工夫、と言う事になる。 私が一人の場合の照明は手元の15Wの蛍光灯だけであるが、傍に大画面のパソコンがある。不要な際にはこまめにスリープさせ、ディスプレイをオフにしている。また。ラジオ深夜便はオーディオ装置を通さずにポータブルラジオで聴いている。この度、賄いのおばさんが退職したために人数が一層少なくなった。基本的な部分で消費電力は減少していく事が期待出来る。

 昨年の節電対策施行前までは電気料は1.5万円程度であった。今年は運用面を工夫して1万円以下にしたいものだ。


7/1(日)晴 飯川病院日直 映画「ローマ・昼下がりの恋」
1:30起床、同級会関連作業。コイ、ハト後飯川病院へ。8:30-17:00日直、 映画「ローマ・昼下がりの恋」観て 19:00帰宅、夕食。同級会関連作業、20:50就眠。

スズメとが消えた(3) 更にツバメも見なくなった
 7月になった。何年か前から旭川にかかる久保田新橋からほぼ毎日、乾燥したご飯や野菜くずを鯉に与えている。今も続けている。
 その時、橋にスズメも来るのであるが、今年は昨年同様殆ど姿を見せない。自宅の周辺には緑が多く朝まだ明けない頃からチュンチュンと鳴いている。今まであんまり観察してこなかったので家の周辺の個体が減っているか否かは判断できない。しかし、街に入っていくとスズメを見る機会はとても少なくなった。

 もう一つ、この季節の鳥と言えばツバメである。 ツバメは子供の頃からスズメと共にとても身近な小鳥で、郷里のわが家の軒下、馬舎に数ヶの巣があって、営巣から子育てを観察できた。ツバメはほっそりとした体躯に長い流線型の翼を持ち、二葉に分かれた長いた長い尾びれがとても格好良い。飛び交うスピードは速く、かつ目まぐるしく方向転換する。ツバメは飛びながら昆虫を補食するためで、沼とかでは水面すれすれに飛んで水を飲む姿も見れたものであった。益鳥と教えられたこともあって悪しきイメージはない。巣の下が糞で汚れることは嫌であったが、私は大好きな小鳥である。

 私は昨年から、早朝や夕方外で過ごす時間が増えた。花壇、畠、家の周りのケアなどのためである。数日前にツバメを久々見た。この季節、ツバメが希にしか見れない、と言うことはすごく異常である。かつてはこの時期、ツバメにとっては忙しい子育ての季節でもあり、縦横に飛び交っていたものである。

 スズメもツバメも人が住む所に営巣するが、これはカラスなどの外敵から安全のため、と言われている。ツバメは軒下に営巣するが、例外なく長いひさしを持ったところ、あるいは出入り自由な小屋や畜舎であった。短めの軒下には作らなかった。ところが、最近は住宅のデザインや機能がすっかり変わった。昔は横雨も長い屋根で受けていた。最近の住宅を見ると敷地の狭さもあるのだろうが、今は横雨を壁で受ける構造で殆ど屋根の出っ張り、ひさしがない。これではツバメが営巣できない。
 更に、私の周辺は殆ど宅地になって田んぼがなくなった。だから、エサがない。遠方に田んぼがあっても農薬で小ムシが発生が少ないのだろう。田んぼに行ってみても姿を見ることは希である。

 ツバメに対してかつては益鳥として住民は温かい気持ちで接してきた。「ツバメを見た・・」は待ちかねた夏の訪れに対する喜びでもあった。最近、ツバメについて話題になることも無い。人間側の意識もすっかり変わっていった。とても寂しい。

 ツバメは格好が良いし速い。だから、旧国鉄では列車名として東海道線の特急の名前で使っていた。列車の高機能化、高速化に伴いこだま、ひかりなどに替わり、今はJR九州で新幹線の名称として残っているだけ、と思われる。
 ツバメが話題にならなくなった所以の一つである。なんか寂しい。


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