徒然日記
2009年2月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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2/28(土)快晴 病棟拘束 県連学術集談会(欠)
2:20起床、ドック総括、徒然他。6:00病院着、6:20回診他、書類処理、文献に集中。8:30救急カンファ、入院患者対応、書類処理。午後、患者不調にて予定の秋田民医連学術集談会パネルディスカッションは欠席。19:30帰宅、夕食、20:30就眠。

より正しい(?)価値観を忘れ、私共消費者は踊らされていないだろうか(3)
 航空運賃について再び考えてみる。
 秋田・東京間にはANAとJALだけ。しかも一日7往復だから利用者は選択の余地は乏しい。通常運賃は24.600円であるが、割引で13.000円 -18.200円ほどである。恐らく、通常料金で搭乗している方は少ないはずだ。私の場合、通常は旅行社に任せて購入している。通常料金で搭乗したのは緊急に予定を変更した2-3回だけで、頻度として1%程度である。
 なんでこんなに割引するのだろうか。それで採算が取れるならば基本料金を一律2万円に下げてはどうなのだ、と思う。

 2002年のことだが、ANAがくじに当たった便に搭乗した客全員に1万円のキャッシュバックをした理解不能な、バカなサービスもあって呆れたことがある。当時、JAL JAS合併論議が盛んで、集客のため派手な値引き合戦が繰り広げられていた時のことである。

 航空料金だけでない。今は何でも値引きや安さをセールスポイントの目玉にしている。安さは一般のユーザーにとっては大きな意味があることは分かる。私だって意味無く高額なモノを選ばない。身の丈を考える。
 ただ、理解不能なほど大幅な値引きの裏にあるのは、その程度の価値しかないのか、異常なほどの合理化か、あるいは不正ぎりぎりの何かである。それが見えないだけに不安である。

 昨年初頭に明らかになった中国の食品にまつわる一連の事件、その前から問題になっていた食品関連偽造の事件はすべて無理して利潤を確保するための偽装工作であった。

 航空機の第一のセールスポイントは安全性だ。もし、ANAもJALが自ら誇れるような安全対策をとっているなら、それにかかる費用を公開して値引き無しで集客すべきだ。両者ともずっと前から定期整備などは安いアジアの下請け会社に出している。先日、バードストライクでエンストした機をハドソン川に見事に不時着水させた機長は一躍英雄になったが、先日議会で、空の安全がリストラで脅かされている、と証言した。経営難によって報酬のより高いベテランの技術者達が会社を去っていっているからだ、という。運賃の過剰値引きによる経営難も一因となっている。

 過剰値引きは譲れない一線の死守さえ脅かし始めている。
 これは航空業界だけではない。あらゆる分野に及んでいる。
 医療は値引きしないが、国による診療報酬の引き下げによって医療機関の経営が困難になっている。安全確保さえも困難になっている。これ以上削れないから人件費に手を付けている。全国で消えつつある自治体病院は少なくない。

 何でもコスト優先の考え方はサービス提供側、受ける側双方を虐げる結果になる、と言っていい。

 価格の自由化とはなんだろうか、考えてみなければならない。自由な発想を価格に繁栄させ実践できると言うこと。値引き合戦は企業を疲弊させるだけで本質を見失う。
 世界同時不況がもたらしてくれるのは、豊かさ、モノに対する誤った価値観のリセットなのだろうと思う。


2/27(金)快晴 人間ドック診察 県健康づくり審議会臓器移植部会 法人理事会 県医師会・歯科医師会懇談会
2:20起床、ドック総括、徒然他。6:00病院着、6:20回診他、書類処理、文献に集中。14:30ドック診察5名、16:00-17:15県健康づくり審議会臓器移植部会、中座。17:30-18:20法人理事会、中座。18:30-21:00県医・県歯科医会懇談会+情報交換会。21:30帰宅、22:00就眠。

より正しい(?)価値観を忘れ、私共消費者は踊らされていないだろうか(2)
 定額給付金が何故世の中を良くするのだろうか? 刹那の浪費のために税金を分配するのではなく、まとまったお金として使う方が遙かに良いのに。

 財政が逼迫しているが、世界的同時不況だから外貨は稼げない。だから内需を増やして物資を流通させると言う魂胆らしい。私は分からないがこれが経済の一つの姿らしい。定額給付金をもらったらそれ相応分を空費や浪費をしてくれることを政府は歓迎しているのだろう。

 私の幼少時、先代の残したちょっとした蓄えがあって取り立てて生活が困窮していたと言うほどではなかったが、現金収入が乏しかったので長期的な生活を考えてか、母はとてもケチであった。私はそれをすっかり受け継いでいる。だから、私の基本は何でも「節約」「倹約」であったし、今でも変わっていない。
 「倹約」は無駄をなくし、身の丈にあったレベルで合理的に暮らすことである。これは絶対に間違った考えではないはずだ。浪費は何も生み出さない。しかし、友人達には「お前のような考えだと将来はじり貧になるだけさ」とよく小馬鹿にされたものである。 
 
 確かに、高度成長期以降、金を使うことが奨励され、それで更に経済が活性化しより豊かな社会になる、という大きな勘違いをしてきたことは確かだろう。若い世代にとっては勘違いでもなんでもない、当たり前の考え方である。

 一昨年は品物としては充分にありながらマネーゲームで原油価格が150ドル近くにまで高騰したし、昨年秋以降は突然の世界同時不況である。そのスケールは余りにも大きく、国レベルでの対応ですら間に合わないほどである。英国のブレア首相は対策を間違ったとして窮地に追いやられているが、有効な手だてはあったのだろうか。ましてや、個人レベルの不況対策など何もない。何時改善して来るか分からないが、その間じっと耐え忍ぶしかないのだ。

 世界同時不況がもたらしてくれるのは、豊かさに対する誤った価値観のリセットなのだろうと思う。

 特に自動車がなんでこれだけ売れないのか。答えは簡単、消費者は必要もないのに買わされていた、グレードアップさせられていた、ということ。すなわち企業論理に踊らされていたのだ。それに気付いただけ。車が無いと不便で暮らせないが、今のでもまだ充分使えるから,無駄な買い換えを止めただけである。わが家の車のブランドは38年間ずっと共通していて「ザ・ボロー」であるが、実質何も困っていない。

 無駄な出費の繰り返しで、それを煽る企業の論理で、世界の経済が、日本の経済が繁栄していた、と言うこと、砂上の楼閣だったのだ。私共は踊らされていたのだ。結果的に大きな犠牲も払うことになった。


2/26(木)曇り 外来 療養病棟診療部会議
3:00起床、流石に寝不足感。ドック判定総括x1など。6:00Taxi病院着。6:30回診他、8:00救急カンファ。8:45-14:00外来+ドック結果説明。14:00Abank来訪。17:00療養病棟診療部会議。20:45帰宅。夕食。21:30就寝。眠い一日であった。

より正しい(?)価値観を忘れ、私共消費者は踊らされていないだろうか(1)
 自分が数字に弱いこと、商売には全く向いていないことは、子どものころからわかっている。お金が儲かるとか、節約になるということに、関心がないと言うと嘘になるが、自分の中で考えたり感じたりするのは結構あるが、他の方とお金について話し合うのは基本的に好きでないが、立場上今は忌避できない。

 私はより安い買い方がある、といわれても面倒くさい。値段を比べるのも面倒くさい。だから、欲しい物は高いままで買ったりする。最近いろいろな製品、特に電気製品、パソコン周辺機器等に正価、あるいは希望小売価格が提示されていない。オープン価格という何がなんだか分からない仕組みになっている。私はこれが大嫌いである。

 同じものを余所よりも安い値段で売れば、商売は基本的に成り立たない。理屈ではそう思う。でも値段が結構バラバラであることは実際それでやっていけることであり、実に不思議に思う。確かに、数をさばけば何とか利潤が確保できる。競争社会だ、資本主義だ・・等と言い始めるとそんな物かと思うが、常に引っかかりがある。そんな価値観は果たしてた正しいのだろうか。
 
 身近な物として航空運賃について考えてみるが、何とも理解できない。いろんな料金体系があることは妙な競争原理で私から見れば無用なせめぎ合いをしている様にしか見えない。秋田・東京間の通常期の航空運賃は24.600円であるが、これを早割で購入すれば半額近い13.000-15.000円で購入できるし、特割りでは17.200-18.200円である。勿論、種々の条件は付いていて、特にキャンセル時の扱いは厳しくなっている。秋田・東京間にはANAとJALしかない。しかも一日7往復だけだから利用者はそれ程選択の余地はない。なのに、これほどの料金差を提示して利用者を集める必要性はあるのだろうか?大いに疑問である。

 秋田にいる限り、私共は絶対的に飛行機を利用しなければならないと言う必然性はない。欠航などを考えると列車よりも不確実な乗り物である。だから多くは相対的選択で飛行機を利用していることになる。それでも上手に宣伝することによって、本来ならば必要が殆ど無い方々に搭乗してもらえる様になる。それが宣伝力である、しかし、その集客の手段が運賃のダンピングだから、私はとってはどうしても腑に落ちない部分が残る。


2/25(水)秋田仙台晴れ 対策会議 外来 新型インフ対策ブロック会議 院内感染症対策会議(欠)県医師会理事会(欠)
2:30 起床。ドック判定総括他。5:10Taxi病院着。6:20回診、7:45-8:30感染症関連対策会議、8:45-9:30外来。10:04こまち仙台に。13:30-16:40新型インフ対策ブロック会議。17:38こまち帰秋。20:30帰宅、夕食、21:20就寝。22:10病棟より連絡。患者対応。2:00帰宅、就眠。

盗聴器、盗撮器 こんな機器で何する気、何させる気だ?
 12月東京出張の折り、秋葉原近くで愛用のBOSEのノイズキャンセリングヘッドフォンのイヤーカップの支点がポッキリ折れた。ちょうど良い機会である。秋葉原で降車し、かねてから注目していたソニーの同機能製品を試聴し、満足して購入、今はこちらの方を愛用している。

 目当てのソニー製品を試聴できる店にたどり着くまで、数カ所の大型電気店を回ってみたが、そのとき驚いたのは大小の小売店で盗聴器、盗撮器が一つのコーナーを占拠ほど陳列され、品定めしている老若男女もかなり居たことである。

 盗聴器などは時折ニュースなどでも取り上げられるので、私もついつい見てしまったが、盗聴器はテーブルタップ型を始めとして、書籍、花瓶、額縁等々を含めて数10種類も陳列されていた。小型の物は事務用品に組み込んだ物が多く、文鎮型、ボールペン型、ガスライター調のタイプ等々まで実に多様であった。 FM電波で飛ばすタイプ、SDカード等に記録するタイプ、高性能リチウム電池、音性があるときだけスイッチが入る長期間使用タイプなどである。

 盗撮器も据置形のもあったが、音と異なり撮すべき対象があるだけに手に持つタイプとして筆記用具、腕時計、携帯電話に組み込んだものがあった。結構、高性能で数GBのメモリーを備え、パソコンで画像や音声を処理できるタイプだったような気がする。

 需要があって造るのか、器機が需要を生むのか分からないが、理解できない時代である。これでは安心して社会生活など出来ない。知らないうちに自分の動きが記録されているなんてたまらない話である。

 確かに最近のTVニュースでは事件の度に監視カメラの像、この場合は盗撮カメラとは言わないらしい、が放映されている。それで事件解決に結びついてはいるらしいが、それでも変な時代を飛び越して大変な時代になったと思う。

 私も実は子育ての段階では、自作のFMトランスミッターにマイクを付けて隣室に寝せた子供の睡眠の状況を知るのに利用し、とても重宝した。似たような物品であるが、発想も目的も全然異なっている。私は後援会等は録音を録っているが、盗録はしない。


2/24(火)雲り・雨 外来 常務会 DPC学習会(欠) 市医師会と市内4病院長との懇談会 
2:00起床,ドック判定総括x1他、5:20病院着、6:30回診。8:00救急カンファ、8:45-13:45外来。14:45-17:35常務会、17:45からのDPC学習会は欠。18:30-21:20市医師会と市内4病院長との懇談会。21;40帰宅、22:00就寝。

私設ポスト
 私どもの病院では院内に小型で角型の郵便ポストが設置されている。玄関の近く、花屋の脇にある。公設ではなく「私設ポスト」である。

 私はちょっとした用事の場合、礼状などはハガキを多用する。私的書簡も一部は秘書室に依頼することもあるが、大部分自分で投函している。投函した瞬間、何とも言えない良い気分を味わう。これは独特の感覚である。

 このポストは私が赴任する前からあったので、いつから設置されているか分からないが、先人の方々の患者サービスへの精神、配慮に驚かされる。というのは、民営化した今でも同じだと思うが、郵便法では、「公設のポストは24時間、誰でも自由に郵便物を投函できる場所に設置されるべし」と厳格に規定されているために施設内に「公設ポスト」の設置はほぼ不可能だったからである。

 「私設ポスト」を設置することは可能であるが、設置にはポスト本体を購入し、工事し、かつ毎月郵便局に郵便物の取り集め手数料を支払わなければならない。そのために、結局実現出来なかった医療機関や施設は少なくないと考えられる。

 多くの病院は院外にポストが設置されている。投函の際には一旦外に出なければならない。天候の悪い日には憶劫だし、冬期の秋田では路面凍結による転倒の危険性もある。そのため、病院側で郵便物を職員が「一時預り」しているようであるが、「ポストに自分で投函したい」という強い思いを持つ方は多く、院内に設置を希望する意見は少なくないらしい。その気持ちは理解できる。

 多くの患者や家族のハガキや手紙がそれぞれの思いを乗せてこのポストから全国各地へと飛び立って行ったのであろう。
 「私設ポスト」とはいえこのポストが日本郵便の職員によって開錠されるのは、毎日12:30、16:50、20:00の3回、休日が12:30と19:00の2回で充分で、この間隔も適当で良い。
 最近ではファックスや携帯電話、メールにてほぼリアルタイムに用件を伝えられる時代であるが、郵便の持つタイムラグが心をまろやかにしてくれるから心理的にもとても良い。

 ポストと言えば私はあの明治以来の丸型の背の高いポストが未だにイメージされる。「郵便物の取り出しに難」「郵便物の収納数に限界」といった問題点があって徐々に現在の様な角型ポストに置き換わっていったのだという。

 年末に日本郵便のセールスの方が年賀状の注文を取りに来たが、丸型のポストの7cmほどのミニテュアを置いていった。印鑑入れにもなっていて、私の机上に鎮座している。


2/23(月)晴れ・寒波 管理会議 安全管理者と打ち合わせ 療養判定会議 長副会議 
2:00起床、ドック判定総括x1他、5:15病院着。6:15回診、7:45-8:30管理会議、10:00-11:00安全管理者と打ち合わせ。14:05病診連携部長と、14:45 3B師長と打ち合わせ。16:00-16:40療養判定会議、17:00-20:10長副会議、20:50帰宅、夕食、21:30就眠。

物みなは新しき良し ただしくも 人は旧にし 宣しかるべし(万葉集)
「全て物は新しいのが良い。ただ、人間だけは老人こそがよいはずだ」、と言う意味の歌で、作者不明の万葉集の巻10-1885番である。朝日新聞に数日前に紹介されていた。記事に目を走らせていたら目に止まった。

 万葉集等の世界は、私もいつかはクビをつっこみたい、と楽しみにしている分野であり、簡単な解説が付いた記事は時々楽しんでいる。

 この歌は私と逆の考えの内容であったからピンと来た。
 奈良県立万葉文化館中西館長の子供向けの解説によると、「確かに物は新品の方がいいのに決まっている。でも人間には品物と違って経験がある。人間は成長するにつれて考えも深くなり、物を見る目も正しくなり、心に感じたことが豊に蓄えられていく。子供達はこの目や心の成長を目指して立派な大人になろうとする。やたらに年を取るだけでなく、思いやりが深く、心の豊かな大人になりたいものだ」、とある。
 
 私は物品に関しては基本的には保守的で、年季の入った物が好きである。特に自分のもとで古くなった物品は私の過ぎ去った時間の確認、振り返りの対象でもあるからとても大事にしている。尤も、私は過去を懐かしみ、慈しむ気はない。積み重ねの確認のためである。大きな意味ではどう評価すべきか分からないが、一刻一刻は無駄にしていない、と思っているし、別な選択肢はあったかもしれないが、満足しているからである。

 お年寄りに関しては、自分の年齢のことを含めて、社会や組織の中では存在は徐々に薄くなっていく。それは自然の摂理であり、それを本来ならば本人自ら自覚すべきだろう。私は当然自覚している。ただ、口に出すべき時まで出せないだけである。

 岩手県水沢出身で医師でもあり、内務大臣まで務めた後藤新平は「私は午後3時の人間をあてにしていない。午前10時の人間と共に改革に努める・・・」と発言している。5時から人間というのもあるが、意味が全然違う。確かに、彼の革新的改革手腕は、私はまだ多くを知らないのだが、特に東京の都市計画の推進に於いては、午後3時以降にある方々の反対によって多くが頓挫させられたが、その記録を読むと痛々しくもなるし、一方では彼の強靱な精神力に感嘆する。足跡を辿ってみるべき人物の一人である。

 たまたま作者不明の万葉集の巻10-1885番の歌に触れてつらつらと考えた


2/22(日)曇り強風 病棟拘束 
2:30起床。ドック判定総括x1他、新聞文献処理など。朝の救急カンファレンス欠席とし、家で医報用原稿など進める。17:00病院、患者対応など。19:00帰宅、夕食、21:00就寝。

新医師臨床研修制度(10)検討会の医師研修見直し案は改悪案
 新臨床研修制度は発足時から5年後に見直すとなっており、今その検討が進んでいる。先日、厚労省と文科省の合同の検討会が、臨床研修制度の見直し案をまとめた。

 それによると、今は2年間で内科、外科、小児科、精神科など7診療科で研修していたのを、初年度の必修を内科、救急、地域医療の3科にして2年目から各自が望む専門分野に進むことができるようにする、に変えようとしている。
 さらに都道府県ごとに研修医募集の枠を設けて、大学病院に優先的に配分し、研修病院も基準を厳しくして絞り込もうと言うものである。要するに、あからさまに大学病院で研修を受ける医師をふやそうとしているものと読み取れる。

 確かに、新臨床研修制度を機会に地方の医療は大学の医師引き上げや医師不足で崩壊に結びついたが、これは制度が悪いのではない。長い間の医療政策の歪みが露わになったと考えるべきである。
 既に2年間の新臨床研修制度終了しいわゆる後期研修に進んでいる医師は年間8.000人ほどいるが、大学に属して後期研修を受けている医師は多くはない。これは、大学が魅力ある存在になっていないからである。

 制度発足時も大学は準備不足で卒業生達にそっぽを向かれたが、5年経った今でも 若い医師達が選ぶ医療機関になり得ていない。この間、大学関係者は大学の研修環境を改善することよりも制度そのものを批判し、廃止まで唱えてきた。今回の 委員会のメンバーにも大学関係者が複数入っているが、恐らく制度の変更による大学での研修医を増やそうと強く意見を述べているのであろう。桝添厚労大臣の 発言も安易であった。
 いずれにせよ、新臨床研修制度は研修病院にとっても大変な制度であった。指導医への負荷もかなり厳しいものがある。しかし、従来の大学の医局を中心とし た臨床研修は専門分野に偏り過ぎていたという反省から、第一線の医療の現場で幅広い診療能力をもつ医師を育てようと始まったものだ。研修病院ではその理念 の元に随分頑張ってきたし、研修は一定の成果を上げて来たと思う。

 問題点は勿論ある。2年間で7科のローテーションは細切れ過ぎる、との意見もある。卒業生以上に受け入れ定員があることも問題である。
 ただ、医師不足問題をこの制度に責任を押しつけ、臨床研修の理念、原点を軽視した委員会案に私は到底賛成できない。


2/21(土)晴れ 病棟拘束 患者家族面談3件 散髪
2:00起床。文献整理他、5:25病院着。6:30回診。8:30救急カンファ。事務処理。10:30-11:50入院患者家族面談。14:00散髪。業務+回診など。19:00帰宅、夕食、20:45就寝。 

「ホロコースト」(4)「人種衛生学」、「社会衛生学」と言う考え方の恐ろしさ
 ヨーロッパは19-20世紀にかけて少産少子化となったが、人口問題を抱えていたドイツでは、「人種衛生学」という考え方が登場してくる。
 例えば、乳児死亡については、「乳児死亡は淘汰でもある。ケアが十分に行われても改善しない。われわれは犠牲を払って劣等者を成人させる必要はない」、と言う恐るべき方向に変わって行った。
 一方、「社会衛生学」は医学・衛生学と国民経済学・統計学と結びつけたもので、優生学とも緊密に結びついた。身体的または精神的に強健で価値の高い人間の誕生と生殖だけが推進され、人類の生殖は医師による衛生的な監視のもとに置かれる必要がある、などの意見が台頭していた。

 1929年に始まった世界恐慌に対応するために各国は財政の合理化と簡素化が求められた。
 ドイツでは国の支出を抑えるために、乳幼児保護、母性保護、学童・青少年に対する保健事業、杜会的救護、公衆衛生事業などの考え方、あり方に影響を与え、優生学が人口問題と財政支出削減という二つの課題を同時に、最も「合理的」に解決できる科学、として受け入れられるようになった。その即効的な解決策は、障害を持つ者に対する「断種・不妊化」の導入であった。

 1933年1月、ヒトラーは首相に就任し政権を握るが、半年後に「断種・不妊化」が制度化され、精神障害者や身体障害者の安楽死といったかたちで具現化していく。この優生学的発想はユダヤ人を国家の保護から排除し、抹殺していくと言う発想と底辺でつながっていて、徐々にエスカレートしていく〔参考:芝健介著、ホロコースト、中公新書〕。

 現代に生きる私どもから見れば到底信じ難い。これほどの人種差別、障害を持つ方々への差別は我が国ではなかったと考えたい。しかし、世界恐慌は1929年、昭和4年の頃である。どうだったのであろうか。何れは調べてみたい。
 戦後の話だったと思うが、東大のある教授が「日本の障害者は、日本で生まれたというのことで二重の苦しみを味わっている・・」と言う趣旨の言葉を残しているから我が国の差別意識も大同小異だったのかもしれない。
 この頃から我が国も軍部が台頭していくが、国民一人一人の人権は次第に奪われていく。


2/20(金)曇り あきた経済スタッフ来訪 入院患者対応 家族面談3件 人間ドック診察 DPC全体学習会
2:20起床。文献チェック、徒然など。5:45病院着。6:15回診。8:00救急カンファ。10:00職員検診受診。10:00入院患者家族面談。11:00振り込みなど事務処理。13:30人間ドック診察、14:30-6:10遊心苑。17:30-18:20法人理事会。21:20帰宅、 21:50就寝。

児にとって親は最も恐ろしい存在にもなりうる
 母児間で交わされる優しい"まなざし"の意味を考え、一方では児は母親にとって虐待の対象にも成り易い存在でもあることを徒然と考えていたところ、タイミング良く昨日の新聞に警察庁の「児童虐待の集計結果」が報道された。

 それによると、一昨年1年間に警察が摘発した18歳未満の少年・少女を対象とした虐待事件は前年比7件増の307件、被害者数は319人で、統計のある 1999年以降最多となった。虐待死は8人増の45人、虐待のうち身体的虐待は15件、性的虐待が82件、育ての怠慢・拒否(ネグレクト)が20件。年齢別では、1歳未満が47人と最多であったと言う。
 児童ポルノ関連は676件で、統計のある2000年以降では最悪で、摘発は412人、うちインターネット関連は213人。児童買春事件は291件減少し1056件、被害児童数も293人少ない852人だった。

 いろいろな動物の中で人ほど未完成状態で誕生し、長い間無力で、命を守り自活できるようになるまでに保護を必要とする動物はないだろう。だから、児にとって安全であった胎内と異なり、この世は危険と背中合わせの厳しい状態と言いうる。

 大家族時代と異なり核家族時代の子育てはどうしても若い両親にとって、特に母親にとって負担が大きい。虐待の中で育児放棄が20件、1歳未満が47人と最多であったが、対象が物言えぬ幼児だけに言葉も出ない。
 心に余裕がないと自分の思い通りにならない乳幼児は時には憎悪の対象にまでなってしまう。「この子のために自分の時間が全くとれませんでした・・」と語ったある若い母親の言葉が耳から離れない。

 童話の世界、民話の中にも厳しい話は少なくない。例の「赤ずきんちゃん」では母親が危険いっぱいの森の中に何で子供を一人で行かせたのか?多分嫌がって泣いたりぐずったりしただろうが、それでも出してやったのだろう。やっとの事でたどり着いたのに、親愛なるおばあさんがオオカミに変身していて飲み込む、これもいじめである。この童話の存在の意義は子供達に読んで聞かせるべきものと言うよりは、むしろ親に対する教育のためにあるのではないのだろうか。

 確かに子育ては厳しい。一方では最高に楽しくもあるのだが、若い両親だけでは困難が伴う。家族間で、あるいは社会的に子育てのサポートは必要であるし、今後ますます重要になっていくだろう。


2/19(木)曇り 外来 入院患者家族面談3件 病棟スタッフと打ち合わせ
 2:00 起床。ドック判定総括x1他、5:10病院着、降雪3-4cm。6:15回診、8:00救急カンファ、8:45-13:30外来、14:00-15:30 患者家族面談3件、15:30-16:00病棟スタッフと患者対応打ち合わせ。21:10帰宅、夕食、21:45就寝。

"育児"は親にとって"育自"である 
 乳児に注がれている母親特有の優しい"まなざし"は、やさしく、清らかでこよなく美しい。
 乳飲み子もしばらく経つと乳を吸いながらとても良い表情で母を見つめる。この母児間で交わされる"まなざし"は自らの子育ての中でも何度も体験したが、残念ながら映像として記録は残していない。記憶にあるだけである。記憶だから勝手なことを言えるが、身近な母児間で見られた"まなざし"は、数多い名画に決して劣るものではなかった。

 キリストを抱く聖母マリア像は私の持っている名画集にも数多く掲載され、有名、無名の画家の作品に見ることが出来る。何れも、共通して素晴らしい。見ていて心が和んでくる。
 振り返って日本の美術作品の中に私が知っている母児像はとても少ない。仏像の中にも少ない。性別については男性なのだという説もあるが、観音像の中の一部に私はその"まなざし"を感じ取る。観音像は女性でないと私は困る。

 キリスト教は普遍的な母児の"まなざし"が進行の中で大きなウエイトを占めている。一方、仏教は修行僧、悟りの世界が中心の様に思える。普遍でなく一部のエリートが崇められる世界である。宗教としては大きい違いだと思う。
 
 児にとってこの優しい"まなざし"との出会いが人生の出発点であり、女性にとっても母としての第二の人生の出発点であり、母児の絆の原点になっていることも疑いない。
 しかし、この優しい"まなざし"も児が乳児期を過ぎ、徐々に自我に目覚める頃から次第に母親からも児からも薄れていく。それでも急病で来院する児を連れて来院する母親は乳児に対するやさしい"まなざし"を持っている。ほぼ例外無い。やさしい"まなざし"の復活である。
 児は頻回に発熱などを来すが、児の病気は母児間の絆を再確認する良い機会とも言える。

 育児や親子関係に関する議論には枚挙にいとまが無い。
 すでに乳児期に刷り込まれた母児間の優しい"まなざし"が親子関係の原点になっているハズであるが、最近は親側の優しい“まなざし"が失われて非劇的結果をもたらしている事件が多発している。
 
 子供の自我の目覚めと発達は当然のことで喜ぶべきである。しかし、親がそれ以上に自らを高めて、子供の自我の伸びを喜び、受け入れ、時には対峙していかなければならない。"育児"とは親にとって"育自"である。だから、子育ては最高の体験なのだ。

 古い新聞記事を整理していて秋田県で起きた幼児殺害事件の記事が出てきたのを見て、ちょっと考えさせられた。


2/18(水)曇り 外来 県感染症評価会議 市保健所新型インフ関連会議 県医師会常任理事会
 2:20 起床。ドック判定総括他。5:20Taxi病院着、6:15回診、8:00救急カンファ、8:40-13:30外来、14:00県感染症評価会議、 15:00-16:30市保健所新型インフ関連会議。17:30-19:20県医師会常任理事会。21:00帰宅、21:30就寝。

もう2月!!! 驚く時間の早さ(5) 長命の指揮者に見られるテンポの変化は
 時間とは命そのもの、と私は答えたい。時間イコール命と考えるといろいろなことが納得いく。
 水晶は変わること無く一定のリズム振動している。今は一般的となってきたクォーツ時計はこれを応用し、32,768Hz <http://ja.wikipedia.org/wiki/Hz>で振動する水晶振動子を用いて時針の速度を調節している。地球の自転を起因とするリズムも固定的なものと言っていい。 
 天は残り少ない人生を深く、ゆったりと味わせるために歳と共にテンポを遅く変えているのかもしれない。本来、それに委ねるような生活が出来ればいいのだが。

 一方、恐らく全ての生物には固有の体内時計が備わっていて、時間の緻密さの差は著しいのだろう。
 ヒトは加齢と共に時間経過が徐々に速くなっている様に思える。その理由は体内時計、固有のテンポが遅くなっていくから、と思っているが、直接の証明の手段が分からないから今のところ主観的、感覚的なものと思わざるを得ない。

 これを論じる材料の一つとして長命で死の直前まで現役であった演奏家、特に指揮者の足跡をたどり直してみると面白い。
 若い時から録音を残し長命で、その間名声を維持し続けて新録音の機会があり、その内で私のところに新旧の録音があるのは、古くはワルター、ベーム、最近と言っても古いが、カラヤン、バーンスタイン、チェリビダケ、ヴァント、朝比奈・・と次々に挙げられる。これら指揮者は総じて加齢と共にテンポが遅くなっている。同じ曲で比較してみると一層よく分かる。

 その中に、一層緻密な表現が込められた演奏になっている新盤が無いわけではないが、私には単にテンポが遅くなっただけの気怠い演奏になっている様に思えてならない。
 それを表現力が増した、渋みが増した、円熟した、と表現している方々も少なくない。確かにそう言う面もあるが、失われた魅力も少なくない。
 
 加えて、加齢に伴う聴覚、記憶の変化についてはどうだろうか?研ぎ澄まされた聴力が晩年まで維持されているか否か、調べたデータを知らないので何とも言えないが、多分、指揮者自身にもまともに聞こえていない?と思う。高齢の患者を診ている立場で私は真からそう思う。
 楽譜は読めている?記憶は途切れていないか?晩年のトスカニーニはある日演奏の途中で何度も昏迷状態に陥り、自ら引退を決意したとされている。

 有名指揮者は高齢の割に立派すぎる。日本では高齢の指揮者を長老と崇める傾向があるように思う。
 私は積み重ねられた経験の集大成を共有していると言う喜びは感じるが、高齢指揮者の演奏に心から感じ入ったことは少ない。その理由の一つは私の持っているテンポとのズレ、時間感覚の違和感にあるようだ。
 私には長老が残した演奏を同じ様な年代で聴く機会は残されていないだろうから長老の演奏の真の価値、意味に触れる機会はないだろう。


2/17(火)曇り・降雪・寒波 外来 常務会 医局カンファレンス 新型インフ全体学習会(欠) 講演会反省会
2:10起床。ドック判定総括他。5:15病院着、6:20回診他。8:00救急カンファ。8:45-13:20外来、不快。 14:45-16:10常務会、17:30新型インフ全体学習会(欠)、19:00-21:30昨秋の講演会の反省懇談会。21:40帰宅、22;00就眠。

「ホロコースト」(3)学のある馬鹿は学のない馬鹿よりもっと馬鹿である
 人類が犯した罪の中でも、生体に加える医学的実験は最も救い難い。救いがないだけそれを遂行した人々は、何を考えていたのか?と言う点に疑問は尽きない。それが科学のためであり、国家のためであり、戦争に勝利するためにと深く信じていたようにも私には思える。それとも、無理やり納得し、信じようとしていたのだろうか?私はまだそれらを理解するに足る様な内容の文献に接していない。

 生体実験と言えばナチスだけの問題ではない。我が国でも戦時中、九州大学医学部で、不時着して捕虜になった米軍兵士に海水を点滴したなど、生体実験や生体解剖事件があった。これは医療関係者として衝撃的事件であった。その記録はもっと読まれてしかるべきである。

 ナチスは捕虜や政治犯、ユダヤ人などの人々を対象に様々な人体実験を行った。  
 実験の目的としては医薬品の効果や生物学的兵器の効果を測定するもの、消耗戦などのために飢餓の限界を知るもの、劣性遺伝子を駆逐するための遺伝子研究等・・多岐に渡るが、中には目的不明の、当事者達の楽しみのためのサディスティックな内容のものも少なくなかったという。サディスティックと言えば魚の活き作り、私は人間の傲慢さに耐えられないし、それを黙って受け入れている方々に対しても嫌悪感を持つ。

 ホロコーストの文献を読む毎に登場するのは多くの狂気に陥ったと思われる医師の姿であり、彼らがひたむきに業務に没頭し、粛々と実験を遂行し、死体を処理していく姿である。
 我が国でも有名大学卒の有能と思われる医師の何人かがオウム真理教の非人間的行為に荷担し、重要な任務を果たしていたという実例がある。彼らは教団の中でも最も熱心な信者であり、彼らの行動には疑念は無かったように思えてならない。

 「学のある馬鹿は学のない馬鹿よりもっと馬鹿である」と言う格言がある。これはローマ時代からのものらしいが、当を得た言葉でないかと思う。要するに、学の有無と人の真の利口・馬鹿とは、本来は無関係であるはずであるが、学のある馬鹿は学があるだけにその扱いは困難である。最近は崩れつつあるように見えるが、まだ学と人間性の関係について一般的にはそれを混同、誤解されている場合が多いのではないだろうか。

 私自身も自分の馬鹿さ加減にふっと気がつきしばしば修正するが、まだ気がつくだけ、良いか、と思っている。


2/16(月)降雪・寒波・曇り 管理会議 外来 療養判定会議 長副会議
1:20起床、新聞、本読みなど。5:10病院着、積雪5cm程。6:30回診他、7:45-8:25管理会議.8:45-14:10外来。16:00-16:40療養入棟判定会議。17:00-19:30長副会議、21:30帰宅。夕食、22:00就寝。

「ホロコースト」(2) 英雄が時代を造るにあらず、時代が人を呼び,造らせる
 到底同義には語れないが、私が立場上考えている事象とホロコーストを対比してみる。

 医療崩壊は「変人」小泉純一郎が首相の在任期間に行った構造改革と冷徹無比な医療行政のせいだという認識は少なくない。しかし、実際には1980年代の首相中曽根首相の敷いた路線の集大成、最後の詰めを強力に推し進めたに過ぎない。

 「狂気」に満ちたヒトラーがユダヤ人の大量殺戮を命令し、アウシュビッツの施設で実行した、と言う認識が一般的であろうが、このとらえ方も正しくはない。ホロコーストはルーツを遡るとすれば、キリスト教がユダヤ教から分離する頃の時代に到達するという。だから、ホロコーストは長い時代を経て到達した結果と言うべきである。
 だから正当化する必要はないが、医療崩壊もホロコーストも突然生じたものではなく、時代がそれに至る過程を熟成してきたととらえるべきである。

 出典を忘れたが、ある歴史家は、「一人の英雄が時代を造るのではなく、時代がその人を呼び,造らせるのだ」、と述べている。例え、同一人物であろうとも、時代や環境が揃わなければ、如何に努力しても到底同じ実績は上げられない、と言うことである。人の立場はその人の実績だけではなく、周囲の人たちによって与えられたものであり、育てられたものである。当人がその認識を忘れ、読み誤ると、自身に酔い、権力にしがみつき、もはや自ら降りようとせず、行くべき方向見失う、と言うほぼ同じコースをたどってしまう。歴史を学ぶ過程で、私は、もしかしてヒトのDNAにこのコースが予めインプットされているのかもしれない、と感じることもあるほど権力者に共通の姿でもある。

 大量殺毅、ホロコースト計画が本格的に動き始めたのは、1939年9月1日で、まさにドイツ軍がポーランドに進攻したその日ということになっている。この日、ヒトラー総統は署名入りの秘密書簡で、信頼の置いている何人かの医師を指名して、「回復の見込みなしと判断される病人に慈悲深い死を授ける」という安楽死計画を発表した。この書簡がすべての始まりであったとされる。

 以前から、精神障害者や身体障害者を「生存に値しない命」としていたナチスは占領したポーランドの地で彼らに対する大量殺害を始めることになる。
 最初の頃は統合失調症、痴呆、その他精神病患者などが主体であったのが、いつの間にか急激に適用範囲が拡がり、ユダヤ人絶滅にまで到達していくのにそれ程の時間を要していない。


2/15(日)曇り 病棟拘束  
2:30起床、人間ドック総括x1、新聞チェックなど。7:00病院へ。回診、8:30救急カンファ。重症患者対応、患者関連書類処理。11:00帰宅。人間ドック総括x1他、本読みなど。16:00-18:15再度病院。19:30夕食。20:30就寝。

「ホロコースト」(1)芝 健介著
ホロコースト-ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌」中公新書 2008 はお勧め

 私は歴史の節目節目に人はどう行動したかについて学びたかったが、時間の関係で殆ど果たせず、心の傷にもなっている。早く集中できる環境を得たいと思っている。
 今でも細切れ状態で不十分ながらいろいろな文献を読み、資料を集め、時には記念碑なども見て回っているが満足出来ない。2000年9月にポーランドを旅行した際、600万人にも及ぶとされる殺戮の現場とされるアウシュビッツ、ビルケナウを訪れ、広島、長崎を訪れた時と同じく大きなショックを受けた。

 以来、読む時間もないのにナチス、アウシュビッツ、ホロコースト関連の書籍を購入し続け、20冊も超えているが、なかなか私にフィットする本が無く、体系的には読めていない。積ん読、あるいは部分読程度である。 
 上記の本も発売と同時に、昨年4月に、入手していた。これは最新の文献であり、記述内容も私が知りたいことについてかなり言及している、と思ったがじっくりとは読む機会はなかった。昨日、「あきた経済」誌からの依頼原稿が終了し、若干の時間が空いたので改めて手にしてみた。

 良い本である。視点が広い。広範な資料に基づいている。私自身この本を通じていろいろ知識を得たし、考えを変えた。多くの方々にぜひ読んで欲しい本の一つであるが、自分の言葉でこの本を紹介する暇はない。著者の前書きを引用しつつ紹介したい。

 著者はこの本をホロコーストに行き着く過程の全体像を描くことを目的として執筆したとのことで、序章で反ユダヤ主義の背景を説明、第1--5章で本書の中心テーマを描き、終章では、ホロコーストが、戦後どのように認識され、研究されているのかについて言及している。

 ホロコーストが、これだけの人類にとっての最大の犯罪でありながら、世界的に広く知られるようになったのは意外と遅いのだ、と著者は言う。これも驚きの一つであった。
 ホロコーストが一般に知られたのは、1978年に米国NBCでTVドラマ「ホロコースト----戦争と家族」が、放映されてから、日本で一般に知られるようになったのはさらに遅くて「シンドラーのリスト」などの映画を通じ、1990年代以降ではないだろうか、と言う。しかも、この様な作品を通して得られる知識には偏りがあり、狂気のヒトラーが、ユダヤ人の大量殺敷を命令し、アウシュヴィッツで実行されたといった誤った認識が少なくない、と説いている。

 著者は、本書を注意して読んでいただければ、ホロコーストに至る複雑な過程、ドイツのユダヤ人だけではなくヨーロッパ地域のユダヤ人の殆どが巻き込まれた事実、さらに強制収容所や絶滅収容所が多種存在し、アウシュヴィッツだけではない惨劇が数多くあったことをご理解いただけると思う、と述べている。

 私もこの本を通じて認識を新しくした。この本を座右に置いて買い集めながら読み切れないでいる近代歴史関連の本を開いてみたいと考えている。


2/14(土)曇り 病棟拘束 入院患者家族面談 新型インフルエンザ関連講演会 
2:00起床。ドック他、公的書類処理種々、徒然。5:20病院着、6:30回診。8:30救急カンファ、11:00-11:30入院患者家族面談。総括ほか。17:00-19:30新型インフルエンザ関連講演会、中座し20:00帰宅、夕食、21;00就寝。

バレンタインを機会にブラームスを聴く
 2月13日、「一日早いですが・・」と、一人の師長からチョコレートの小箱を頂いた。心こもるメモ書きも添えてあった。小箱を開けてみるとソフトなチョコが数ヶ並んでいた。秋田市にあるフランス菓子店M.Cの品である。

 チョコにも小片に添え書きがあって、「ブラームスを聴きながら:せわしい日々の暮らしに疲れた夜 灯りをおとした部屋の中で 私は一杯の紅茶を手にブラームスを聴く やりきれないほど甘く せつないメロディに一人 身をゆだねる時 めくるめくような 音と時の流れが始まる」、とあった。どなたの小文なのかな?

 ソフトチョコを一つ頬張り、甘くほろ苦い味わいを楽しみながら、添え書きを読み返したのだが、私の弱点の一つをつかれたような、妙な気持ちになった。

 私はブラームスの音楽をかなり好むが、限られた曲だけであり、ジャンルとして見れば非常に狭い。4曲の交響曲、2曲の弦の協奏曲、クラリネット五重奏曲と弦楽四重奏曲他の室内楽数曲、ヴァイオリンとヴィオラ、チェロソナタ数曲程度だけで、ジャンルを広げようとレコードを買い込み努力した時期もあったが、結局は広がらなかった。このことはずっと私の負い目にもなっていてブラームスについて考える時、いつも後ろめたい気持ちになる。

 ブラームス音楽の性格は、重厚、憂愁、瞑想的などといわれているが、私の感じているイメージも同様である。1985年春、ヨーロッパに音楽鑑賞の旅に出たが、最初に降り立ったのは彼の生地ハンブルグで、滞在した3日間、憂欝な天気、低く垂れ込めた灰色の雲、出ても鈍い光りの太陽といった、予習した通りの風土の印象そのもので、私のブラームス観と見事に一致した。彼の生地を訪れたことで彼に親しみをもを感じるようになったのだが、その影響は今のところまだ小さい。彼の作品に一貫して流れる叙情性を再確認するために、いつかまたじっくり聴いてみたい。私自身の感受性も変わってきている。いつかもっともっと共感できる日があると思う。

 ここ二日ばかり、早朝にドック等の処理をしながら、10数年取り出したことのないブラームスのレコードを引っ張り出して弦楽六重奏曲、ピアノソナタをBGM的に聴いている。まだまだであるが、ちょっとだけ身近になったかな?と言う感じがする。
 バレンタインが、師長がもたらしてくれた、久々のブラームスであった。


2/13(金)曇り 新型インフ関連打ち合わせ 入院患者家族面談 人間ドック診察 法人理事会 長副DPC関連打ち合わせ
1:30起床。ドック総括。徒然など。5:15Tax病院着。6:15回診+その他。7:50新型インフルエンザ関連打ち合わせ。重症患者対応、机上書類処理。13:45人間ドック診察。総括その他書類処理。17:30法人理事会。19:00長副DPC関連打ち合わせ。20:30帰宅、21:15就寝。

もう2月!!! 驚く時間の早さ(5) 臨床時間生物学的と言う分野もある 
 臨床時間生物学と言う学問分野がある。
 生物時計の存在は既に18世紀から知られていた。時間生物学という用語は1970年代に米国のフランツ・ハルバーグによって提唱された。生体リズムとか生体時計とかは一般的に知られているが、この分野を主たる研究対象とした学間領域と考えれば分かりやすい。

 ほとんどの生物は体内に独自の周期を持つ時計を持っている。この体内時計が加齢と共に遅れてくるために「歳と共に時間の流れを速く感じる」のではないかと考え入門書を読んでみたが、残念ながらあまり研究されていないようである。しかし、お陰で若干勉強になった。

 人の体内の周期は25時間とされているから、一日24時間の周期とずれている。このズレは光を強く受けるとリセットされるとのことで、動物のリセットには1ルックス以下の弱い光でも良いのだそうだ。
 人は高度に進化した光の文化のもとに暮らしているからこのリセットが例外的に消失してしまったと長い間考えられていた。

 人における光感受性の存在は、臨床時間生物学研究者の大きな開心を呼んだが、医学・医療の領域と光との間に深い関係があることが発見され注目されたのは、今世紀半ば以降からである。そして、1980年代からは、この時計の異常がある種の疾患、季節性感情障害とか睡眠・覚醒リズム障害、を引き起こしているという仮説が唱えられ、くるったリズムのリセットの目的で光療法が行われるようになっていて効果を上げているとのことである。

 私は一人でいる時は職場でも自宅でもカーテンを閉め、天井の照明を消し、暗闇の中でわずかなスポットライトのもとで過ごす。耳には消音ヘッドフォンを付け静かな環境を作る。とても快適で、週末の楽しみともなっている。外来とか回診とか会議とかは過剰な光のもと大きな音のもとで行われるので私にとっては辛い。

 日照時間が少なくなってくると鬱状態になる方が少なくないとされるが、私は逆の様である。


2/12(木)雨 外来 県感染症対策部会新興感染症部会 県医師会懇談会
 0:30起床、「あきた経済」誌原稿作成。徒然。5:10病院着、6:30回診、8:00救急カンファ。8:45-14:15外来。16:00-18:10県感染症対策部会新興感染症部会。18:30-20:20遅れて県医師会懇談会に。20:40帰宅、21:00就眠。

私は古いものが好きだが、実際はモノではなく時間に対する愛着なのだ
 私は古いものが好きである。身近な日用品に、あるいは家具の中には子供の頃から使い続けてきたものも少なくない。

 さりとて、アンティーク品、骨董品には興味があるわけではない。アンティークが最近ブームなのだろうか。新聞でみる若い人向けの雑誌の広告に「アンティーク入門・特集」などがよく掲載されている。そこに取り上げられているのは真の骨董という意味ではなく、ものによっては「若干の年代物」、あるいはデザインだけの「アンティーク調」と言うべきもののようである。


 本来、新品には新機能や清潔感があって、かつある種の緊張感を伴うものである。何でも新しいもの好きと思われる「若い人」に「年代物」あるいは「アンティーク調」がちょっとしたブームというのは、やや不思議な気がしてならないが、目まぐるしく、次々と新製品が投入される中にあって、選択の幅を広げる程度の意味なのではないだろうか、と思う。

 しかし、よく分からないことだが、ある特定のブランドのジーンズは古いものが異常なほどの評価と扱いを受けているのだそうだ。

 骨董品とまで行かなくとも年代物には硬さや鋭さの代わりに柔らかみや落ち着きがあり、成熟の美をそこに感じる。特有の経年変化、破損、色あせ等を私は劣化とはとらえない。じっと見ると美しささえ感じる。だから、新品に人工的に細工した「アンティーク調」のものに私は何も感じないし、むしろ空しさを感じてしまう。
 
 しかし、私が年代物、特に私が使い続けて年代物にしてしまったもの、に対して特別の愛着を感じるのは、年代物になった物品そのものに感じるのではなく、実は、自分の過去に対する慈しみ、失った時間に対する愛着なのであって、年代物の物品に自分の人生を、過去を重ね合わせているからなのだろう、と思う。

 だから、愛用の万年筆などちょっとでも見あたらないと私はくるったように探し回る。同じ万年筆は今でも売っているから代用品はいつでも手にはいるのだが、新品では到底代用には成り得ないからである。


2/11(水)建国記念日 晴れ 病棟拘束 患者死去
2:30起床、文献、徒然。5:30病院着、5:45病棟患者不調、6:11死去、8:15見送り。8:30救急カンファ。10:30帰宅、以降ドック判定総括処理、医師連盟関連書類作成、「あきた経済」誌依頼原稿作成で終日呻吟。病棟対応は電話で済み。19:30夕食。20:30就寝。

内閣支持率はどこまで下がる 首相の答弁は本音で面白いのだが・・
 麻生内閣の支持率低下が未だ続いている。共同通信社の調査によると18.1%まで低下し、不支持率は70.9%に上昇した、と言う。他の調査では支持率が14%とという数値を挙げた調査もあるようだ。

 要するに、国民の多くが麻生首相を認めていない、と言うことだろう。ただ、支持しない方に代案があるのだろうか。私の目から具体的に次を託すような候補は上がってこない。だから良いってものではないが。

 支持率低迷の原因として首相の言葉が軽いことを挙げた論評が多い。確かにそうである。しかし、全てそう言って良いのだろうか?かつての、医師非常識論、他人の医療費を何で私が分担せにゃならんのか発言、最近では定額給付金をめぐる揺れ動く言動、郵政民営化に関する一連の発言は確かに問題である。一国の首相が軽々しく口に出すべきではない言葉が並んでいる。

 私は麻生氏はとても正直で裏がない方、ととらえたい。安倍、福田首相の国会答弁は原稿そのもので自分の言葉でなかった。自信がない答弁だから表情も良くなかった。麻生氏の表情はとても生き生きしている。第一笑顔が良い。第二に彼のふくれっ面も悪くない。
 首相の言葉は、少なくともその場その場では非常にクリアである。人間味すら感じてしまう。しかし、翌日になると言ったことを訂正する。そして弁明するから印象が良くない。正直すぎるのだ。郵政民営化に関しても「内閣の一員として賛成したが、実は賛成ではなかった」と言ったのだがこんなことは言うべきでない。何年か経って影響力が無くなった時に回想録としてマンガででも出版すればいい。

 今は来年度予算を一日も早く成立させることである。いま予算の内容を詳しく問うてもしょうがない。時間の無駄だ。その後速やかに解散・総選挙で民意を問うべきである。新政権が予算を見直せばいい。


2/10(火)晴れ 外来 常務会 秋大婦人科医局スタッフ来訪打合せ 医局DPC学習会 新型インフ全体学習会(欠)
1:30起床、ドック他、新聞・文献チェック、徒然、5:15病院着。6:20回診、8:45-14:15外来+ドック結果説明。14:45-16:20常務会、16:45秋大婦人科医局スタッフ来訪打合せ。17:30-18:55医局DPC学習会基礎編。20:50帰宅、21:30就寝。

田所一郎教授(故)の市民が期待する医師像
 医師と患者についての論説や著書は古代文明期から数多く見られる。どの時代においても名言が揃っており、話題に事欠かない。要するに古代から現在に至るまで医師と患者の関係は理想にほど遠いから良い言葉が生きてくる、と言うことになる。
 有名なギリシャ時代のヒポクラテスの言葉、江戸時代の貝原益軒の養生訓、日本医師会生命倫理懇談会が出した提言は、面白いことにほぼ共通の内容である。

 私も秋大医学生の実習生や研修医を迎えた時に「医師の心得」を話す機会があるので、日常から関心を持っていて教訓的な言葉を見つけると収集している。
 今回、古い文献を整理していたら「市民が期待する医師像」として下記の文章が紹介されていた。
■ 患者と喜びを分かちあうことが生きがいである医師
■絶えず勉強し続ける医師
■毎日の診療の中から医学の進歩の材料を発掘する医師
■研究第一主義に走らぬ医師
■人権思想を身につけた医師
■仕事仲間を尊重する医師
■心を大切にする医師
■密室の中に閉じこもらぬ勇気のある医師。

 上記の言葉は田所一郎編、同文書院『医学序説』(1975)に載っているとのことで私は孫引きで知った。著書は横浜市立大学の細菌学の教授で、医学専門課程に入る前の学生を対象とした講演の中で取り上げた内容とのことである。

 35年ほど前の刊行書の中の記載であるが、今でも問題なく通用する良い内容である。

 学問の領域は進歩が早い。数年経つと古い考え、学説と切り捨てられることも往々にある。次の進歩の踏み台になれればそれでも良いのだろうが文献としての寿命はどんどん短くなっている。その点、哲学的、原理原則論、規範論などの分野で展開した自説などはすごく寿命が長い。何しろ社会や学問、科学の成果がどんどん変わっていっても人間そのものが変わって行くわけでないから、いつの時代でも共通に通用する、ということである。

 どんな良いことを言ってもそれだけでは残らない。記録しておくことも大事である。田所一郎教授は既に故人となられたが、記録してあったことで回り回って私の目にも触れることになった。

 逆に、読むことでいろいろの方の考えに触れられる。私にとっては本を読むこと、文献あさりをすることは、狭い領域でワンパターンで過ごす中にあって、短いながら大きな楽しみの一つとなっている。


2/9(月)曇り 管理会議 外来 療養病棟判定会議 長副会議 県医師会と大学医学部との懇談会(欠)
1:30起床、ドック処理x1、書類処理.新聞・文献チェック。5:10病院着、病棟業務他、7:45-8:25管理会議。10:00発熱外来関連の打ち合わせ。16:00療養病棟判定会議、17:00-20:00長副会議。救急患者対応。21:00帰宅、夕食、21:40就寝。

がん診療連携拠点病院(2)国による医療機関の差別 !! 納得できない
 厚労省のがん診療連携拠点病院指定に関する委員会は、2月3日の会合で指定審査し、30病院のうち28病院を指定した。指定に漏れたのは共に秋田市の2病院のみということで驚いた。

 委員会では更に2010年4月から適用される拠点病院整備の新しい指針による指定更新申請の審査も行い、北海道の9病院について指定更新を承認した。
 この新指定要件は08年4月に改正したもので、既に認定されている病院は2010年4月から適応される。

 新指針は「專任の放射線治療医」や「綬和ケアチームの配置」、「放射線治療機器の設置」などを必須の条件としている。この新指針に関して「全ての拠点病院で新指針の要件を満たすことは困難」とした都道府県が74.4%もあることが全国衛生部長会の調査で分かった。
 新要件のうち、困難な要件は「緩和ケアにかかわる医療従事者の配置」が75,9%と最も多く、「専任の放射線治療医の記置」が34.5%、「専従の病理診断医の配置」が31.0%、「放射線治療機器の整備」が27.6%と続いた。

 新要件を満たせなかった場合には来年4月以降、拠点病院の資格を失うことになるが、指定要件を満たすことが困難な病院を持つ11の都道府県で「独自の拠点病院制度の創設」などを検討しているという(メディファックス)。

 私は県医師会でかつて拠点病院関係の担当であったこともあり、今は認定申請をしている病院の院長でもあり、秋田県の拠点病院問題についてずっと関わってきた立場にあるから関心を持ち続けている。

 私の目から見て拠点病院の認定には問題が多かった。古い話であるが、2006年の時点で135カ所が「地域がん診療拠点病院」に指定されたが、指定は書類審査だけで見送られたのは僅か3病院だけだった、とされている。当時の拠点病院の指定は甘く、実態は36/135が「がん登録」を行っておらず、47/135施設では抗がん剤治療担当医師の専門性や活動実績が不十分、などの認定上の問題点が指摘されていた。

 がん診療連携拠点病院の指定の目的はがん診療の均てん化にある。そのために指定要件のみでなく病院の立地条件、地域性が濃厚に斟酌されている。拠点病院には一定の診療報酬が認められている。

 認定要件を満たしていると言うことは「がん診療に関して機能が高く、地域に充分に貢献している」ことで「均てん化にも間接的に寄与」していることでもある。だから地域の事情を一定程度斟酌するのは良いとして、要件を満たしている病院は全て認定すべきである。今の指定の仕方は「国による医療機関の差別」で納得し難い。
 医療機関は設立母体、規模、立地条件などに関わらず非営利、公的な働きが求められている。それに充分対応し,地域に充分に貢献している医療機関を「国が差別する」ことは、絶対に理に合わない。不平等きわまりないが、それが政治的判断なのか!!


2/8(日)曇後降雪寒波  病棟拘束  入院患者対応
0:30起床。新聞・文献チェック、ドック判定総括他を処理、5:10若干微睡む。7:00病院着、回診その他病棟業務、8:30救急カンファ。11:30帰宅。以後自宅でドック、診断書関連その他の業務を進めた。新聞、文献等チェックなどなど。19:30夕食、20:00就寝。

がん診療連携拠点病院(1) 私どもの病院は指定を受けられなかった
 厚労省のがん診療連携拠点病院指定に関する委員会は、2月3日に会合を開き9都道府県から申請のあった30病院について検討し、そのうち28病院の指定を了承した。今回の指定により、今まで都道府県がん診療連携拠点病院が未指定であった北海道、香川県、滋賀県の病院も指定されることとなり、これで全都道府県に整備される見込みとなった。

 申請された30病院のうちで認定を受けられなかったのは僅か2つの病院であるが、それは共に秋田市の病院で、私どもの中通総合病院と秋田市立総合病院であった。

 今回、秋田県からは4病院が推薦された。県の担当部署からの情報では4病院とも国の認定基準は満たしていたと判断されていた、とのことである。このうち今まで空白圏であった大館鹿角医療圏の大館市立病院と今回も推薦病院がなかった北秋田医療圏に隣接していることからこの地域のがん診療を担う役割を期待されて秋田市にある秋田組合総合病院が認定されることになったのだ、という。 

 認定されなかった私どもを含む2病院は、要件を満たしているといえ、人口30万人の秋田市に4病院ものがん診療連携拠点病院の指定は、国の1医療圏1拠点病院の原則にそぐわない、との判断がなされて認定されなかったのだという。残念な結果となった。

 国はこのような拠点病院の指定を地域ごとに決めているが、その結果、認定の基準は地域ごとに差が大きくなる。全国的に見ても到底基準を満たしていないと思われる病院が、地理的立地条件が優先されて認定されている。要するに政治的判断であるが、これは実際に医療を担っている私どもが常に感じている矛盾点である。一定の要件を満たす病院はその地域でそれなりの医療を担っていると言う結果である。だから、要件を満たした病院を全て認定すればいいと考える。

 秋田県は要件を満たしながら国の認定を受けられなかった病院を県のがん診療拠点病院として認定し補助してきた。地域医療の実績の評価という面でとても良い制度だと思う。今後も同様の施策の継続を望みたい。


2/7(土)曇後降雪寒波 病棟拘束 県医師連盟執行委員会 
2:00起床。ドック処理x1、新聞、徒然。5:15病院着、6:20回診他。8:30救急カンファ。
退院総括、紹介状など患者関連書類処理、病態検討など。16:30-17:20県医師連盟執行委員会。19:30帰宅、夕食。20:00就寝。

なんと、無精髭の写真が新聞に
 昨日、秋田魁新報の取材を受けた。
 内容は、今流行中のインフルエンザのうちAソ連型ウイルスがほぼ100%タミフル耐性であったと言うことがマスコミで報道されてから不安の声があがっている、と言うことで解説を求められた。
 記者の質問に淡々と答えたが、内容的には別段目新しいことを話したわけではない。取材の最後には10数枚程度の写真を撮っていったが、この取材が何時どのように紙面として利用されるか確認もしなかった。恐らく、いつもの如く記事の一部に談話として引用される程度だろう、と考えていた。
 翌日、新聞に掲載されていたのを人づてに聞いた。見ると社会面の右上面に顔写真入りで掲載された。なんと髭面である。このように写真が用いられるのであれば予め剃っておくべきだった。

 私は県医師会で感染症等危機管理対策を担っている。年間を通じ時に感染症が話題になるが、そのときに取材を受ける。TVの場合、夕方の番組で放映されることが多く、午前中に申し込みがあり、外来終了時に収録される。準備時間などあまりない。ある時,散髪に行く機会を失い髪ぼうぼう状態で収録されたが、TV画面では髪の状態が強調され、とてもひどい状態に見えたらしい。何人からからアドバイスを受けたので、以降は何時取材を受けて良いようにやや早めに散髪している。

 私はとても不精である。ミニギネス的項目もあると自負している。散髪も嫌いで従来は2ヶ月以上間隔を開けていた。髭剃りも嫌で、日常的には月曜朝だけで、何とか木曜の外来まで持たせる。金土曜日は人に会う機会がなければ伸ばしっぱなしにしている。髭が伸びるととても貧相になるが我関せずである。
 今回の取材は金曜夕方で、新聞だからと思ってついそのまま受けてしまった。ちょっと反省した。

 私ももう歳であるからなるべくマスコミの取材とかは若い女性の副担当に譲るようにしている。ただ、そう上手く都合が付くわけでない。もう少しこんな状態が続きそうである。


2/6(金)曇り 人間ドック診察 魁新聞取材 医療安全セミナー(欠)
2:10起床、ドック判定総括x1。文献チェック、徒然など、5:15病院着。6:45回診、8:00救急カンファ。10:00入院患者2名重症化、対応。14:00人間ドック診察、回診他病棟業務。患者対応で17:45からの医療安全セミナーは欠。21:00帰宅、夕食、21:45就寝。

もう2月!!! 驚く時間の早さ(4) 時間とは命そのもの   
 時間とは何か?正確な定義など分からないが、「時間とは命そのもの」だ、と私は答えたい。
 生命体誕生の準備状態が始まった時点で、人で言えば受精の瞬間から時間が始まり、時間と共に生き、死をもってその個体としての時間は終わる。時間に対する感覚は命の自覚と等しい。

 生命があるものはいずれ例外なく死を、すなわち時間の終わりを迎える。死とは生物学的な命が終わるのではなく、時間が終わるのだ、と考えるとこれまたいろいろなことが考えついて世界が広がる。

 歳と共に時間が過ぎ去るのが早くなってきた、という感覚はまだ軽い方であり、実害もない。せいぜいため息をつく程度のことである。ただ、性格的なものもあるだろうが時間の遅れをとても気にする方々がいる。自分一人だけが時間に異常に遅れ、取り残されていると感じる方々である。「手遅れで、私はもうだめだ」「もう取り返しがつかない。これから先どうなるのか分からない」。この様な方々は時間の移ろいが不安に結びついている。この様な方々は「自分の時間でなく、他人の時間」を標準にしているから遅れが気になってならない。これが高じてくると鬱状態におちいる。自分に相応しい時間を標準にしないと苦しくなっていく。

 時間イコール命と考えるといろいろなことが納得いく。
 寿命が短い生き物とヒトは時間を共有しているのだが、何で蝶々はテフテフと目標を定めない飛び方をするのか、何を考えて飛んでいるのか、と思ってしまうが、蝶は天敵との時間感覚の差を生命の安全に利用していると思う。蝶々にとって当たり前の感覚をわれわれが理解できないだけなのだ。恐らく蝶々から人をみれば「何とのろまな巨大な生物」とみえるだろう。

 ハエ叩きでもなかなかうまくハエを捕らえることが出来ないが、ハエにとってはヒトの動きなどスローテンポで何とでもなる相手なのだ。ハエが素早く逃げるのでなく、時間感覚の差として見れば特別のことでないのだ。

 セミは数年を地中で暮らし、最後の一夏に這い出てきてわずか数日の命を削るが如く鳴き続ける。そのさまを「せつない」、「はかない」とヒトは思うが、それは勝手な価値観からの誤解である。セミからは「勝手なこと言うでない。おれたちは大事な命を大切に使っているのさ。それより、ヒトこそ80年ものあいだ長く生きて一体何してるんだ。地球を荒らしているだけでないか」とでも問われそうである。

 ヒトは自分中心に見た感覚で一方的に物事を考え、生物の命を敬わず雑草などと勝手に区別する。ごう慢な存在である。たまにはヒト以外の他の生命体、生物の命の密度を考えたいし、一体他の生物からヒトは一体どのように見えているのか、と考えてみるのも良いだろう。


2/5(木)曇り 外来 県緩和ケア推進検討委員会
1:30起床、ドック判定総括x1.文献チェック、徒然など、5:15病院着。6:30回診他。8:00救急カンファ。8:45-14:20外来。17:00-19:00秋田県緩和医療推進検討委員会。病院、21:10帰宅。夕食、22:00就眠。

関取・豪風関が私共の病院を訪問 大きく柔らかであった手
 

写真:さきがけon the web より借用

北秋田市出身の豪風関(29)が2月4日私共の病院を訪問し、患者の方々を激励された。

 この訪問は5年前の大相撲羽後場所以降に関取が毎年行っている県内の施設訪問の一貫として行われたもので、関取の後援会の仲介で実現した。
 9:30am若干遅れて到着した豪風関は大勢の外来患者、病院職員に大きな拍手で迎えられた。私も外来診療を若干中断して出迎え、歓迎とお礼の言葉を交わし握手で迎えた。外来ロビーは驚くほどの人出で黒山のごとしと言える状況で、郷土力士の人気振りに心底驚いた。

 豪風関は小児科、産婦人科、整形外科の各病棟、及び高齢者の多い療養病棟に足を運び、患者ら一人一人と握手しながら激励した。産婦人科病棟では、前日に誕生した男児を抱っこして記念写真にも応じられたとのことであった。
 豪風関は2日から、潟上市天王の老人保健施設などを訪れ、6日まで県内で過ごし、その間市内の小学校や病院などを訪れる予定だとのことであった。

 先日は朝青龍が見事な優勝を飾って話題になったが、角界はいろいろな不祥事でもめている。最近では若麒麟の大麻所持・吸引が明らかになり、更にそれに対する甘い処分なども問題になっている。豪風関は若麒麟と同じ尾車部屋で、仲も良かったと言うことで、とてもショックを受けた、と前日の地方紙のインタビューで語ったばかりである。

 この様な中、定期的に郷土のいろいろな学校や施設を訪問して子供達や患者の方々、入所者の方々を激励するということはとても良いことだと思う。

 ただ、関取は言葉が少なくあまり愛想が良い、とは言えなかった。力士に共通のレベルなのかとも思うし、若麒麟の大麻問題も若干影響しているのかもしれない。私は送迎の2回短時間接しただけであったが、豪風関の表情からは誠実な方であるとの印象を受けた。また、彼は大柄の力士とは言えないが、手は思った以上に大きく、肉厚でとても暖かであった。


2/4(水)曇り 外来 銀行、県医務薬事課員、遊心苑スタッフ来訪打ち合わせ
2:00起床。ドック判定総括x1。新聞チェック、徒然。5:15Taxi病院着、6:20回診、8:00救急カンファ。8:40-14:00外来。14:00A銀行来訪。15:00秋田県医務薬事課員来訪、緩和関連委員会打ち合わせ。紹介状総括等処理。21:00帰宅、夕食。21:45就寝。

もう2月!!! 驚く時間の早さ(3) 学術的な??「Janetの法則」なるものもある   
 「心理的時間の経過は年齢に反比例する」というのをJanetの法則と言うらしい。
 Janet(1823-1899)は「内的錯覚」と言うような題名の論文を発表している。詳細は分からないが、年齢によって感覚的時間感覚が変わっていくことを提唱したとのことで、実証されないまま文献上で生きている法則なのだそうだ。何かわざわざJanetの法則等として残さなくとも良いような、誰でも感じ取っている当たり前の感覚のような気がする。

 何故、年をとると時間の推移が早いのか。私は老化のために知らず知らずのうちに鈍くなってきて、徐々に物理的時間のスピードに付いていけなくなっているため、要するに時間に乗り遅れるため、と思っている。

 わが家には幼児を連れた客がよく訪れる。将来ある子供には誠実に接しなければならないと思っているが、相手をしているととても疲れる。幼児の持つスピード感、要するに緻密なテンポに着いていけないのだ。自分を無理やり賦活して併せて行かねばならない。寝てくれると心からホッとする。両親に子供を預けている若夫婦はその苦労を推して知るべし、感謝すべきである。

 一方、高齢者中心の私の外来や入院患者に対応する時には彼らのゆったりしたテンポに合わせるために自分のスピード感にかなりのブレーキをかけ、自らを押し殺さなければならない。これで私は疲れ果てる。動作だけでなく、アーウー・・・と言葉も出ないし、話もゆっくりでイライラする。彼らは自分のテンポがずれていることに気付いていない。

 要するに、歳と共に内的時間感覚が大幅に変わっていくと言うことである。

 今朝のニュースによると、昨夕も県内で高齢者が車にはねられて死亡した。恐らく高齢者は、近づきつつある車の物理的距離、スピードから算出される物理的所用時間と自分の内的時間感覚で予想した所要時間と大きく異なっているために、自分が危機的状況にあることを読めないのだろうと思う。一方、若いドライバーは高齢者の時間感覚を理解出来ず、自分の感覚で状況を読みとる。これは当然であるが、別々の判断基準で時間を共有することになる。結果として両者は異常接近する。
 
 若者は暴走する、それもあるだろうが両者の時間感覚のズレ、が老人が若者に跳ねられる理由の一つである。運転技術では到底カバーできない世界である。高齢者を見たら注意すべし、である。


2/3(火)曇り 外来 入院患者家族面談  常務会 医局会  代議士との懇談会
2:30起床、起きては見たが気分が乗らない。新聞チェック、徒然他. 5:20病院着。6:30回診他。8:45-14:10外来、混雑。14:45-16:20常務会、17:30医局会(欠)。18:00代議士との懇談会。21:00帰宅、21:45就寝。

もう2月!!! 驚く時間の早さ(2) 時間感覚を失った浦島太郎   
 童話を読むのは楽しい。童話にいろいろな背景が描かれる。例えば、有名な「赤頭巾ちゃん」からは幼児虐待、いじめの風土を読み取ることが出来る。

 浦島太郎は古くから伝わる日本のおとぎ話の代表の一つである。この話は何で太郎が溺れないで海の底まで行けたのか、呼吸はどうなっていたのかなどの矛盾もある。開けるなと言いながら玉手箱を何のために持たせたのか?などなど、であるがおとぎ話はそう言う飛躍があるから面白い。

 この話はそれとは別に、置かれた環境に於いて時間感覚が大きく異なるのだと言うことが示されて興味が持たれる。
 漁師の太郎はある日、助けた亀に連れられて竜宮城に行った。城には美しい乙姫がいて心から歓待してくれた。子供達に語るために竜宮城での生活は省略簡略化されているが、ある画家が描いたイメージ画などによると酒池肉林そのものであった、らしい。数日後、太郎は両親のことが心配で帰ることになった。乙姫は「決して開けてはならない」と言って玉手箱を太郎に渡した。太郎が浜に帰ると状況が大きく変わっていた。玉手箱を開けてその煙を浴びた太郎は一瞬の間に老人なった。
 竜宮城で太郎が過ごした日々は数日だったが、地上ではその間に700年が経っていた、と言う話である。これには日本各地にいろいろなバージョンがあるとのことである。

 この話は物理的時間と感覚的時間の差を見事に表している、と思う。本人は竜宮城でゆったりと楽しく過ごしたわけだが、彼の過ごした一日は実は物理的時間にすれば100年間分にも相当する超高密度状態だったと言うことになる。要するに、行動や思考が高密度状態では感覚的時間は短く感じるものなのであろう。
 太郎にとって何ら日常と変わりのない竜宮城での動作を物理的時間に無理やり当てはめて説明しようとすると超超スローモーションで過ごしていたと言うことになって、考えるだけでも面白い。

 感覚的時間のずれを自ら意識することは無いが、後で物理的時間と対比して確かめた時にエーッもうこんなに経っていたのか、とずれを初めて感じとることになる。

 それの一つが「歳と共に時間が過ぎるのが早くなる」と言う感覚である。



2/2(月)曇り 管理会議 外来 療養判定会議 長副会議 
2:00起床、ドック総括x1。新聞チェック、徒然。5:10病院着。6:30回診他、7:45-8:20管理会議、8:45-14:00外来。16:00療養判定会議、17:00-20:00長副会議、懸案多数。21:15帰宅、夕食、22:00就寝。

もう2月!!! 驚く時間の早さ(1) 時間って何だ?  
 つい先日新年を迎えたと思ったらもう暦上は2月である。一年のうちの一割近くをもう過ごしてしまった。何でこんなに時間が経つのが早いのか、と思う。

 高齢者の方々は総じて時間が過ぎるのが早いという。若い人たちは先ず言わない。そういう私も若いときにはこんなに時間が早く流れるとは思っていなかった。

 何で年をとると時間経過が早くなるのか?これは興味あるテーマである。私もずっと考えてきているが、未だによく分からない。
 時間には天体の動きなどに由来する固定的、一定のリズムに由来する自然現象の移ろいを人為的に分割して客観的な指標にした、いわゆる物理的時間というものがあって、これは誰にとっても、同じ指標と言うことになる。
 自分ではこの様に時間を理解しているが、実際にはそう単純なものでないらしい。

 時間については多くの哲学者が古くから様々な考え方を示して来た。
 哲学者って暇だね、こんなことを真面目に考えて自説を問うことで生活が成り立つなんて何で幸せな人種なのだとも思うが、それはさておき、そこで扱われた問題には、■時間とは何か、■時間が流れるとはどのような事か、■時間を我々はどのようにして知るのか・・等様々で、私など問われたら絶句するしかない。

 時間をめぐっては哲学の世界、心理学の世界でいろいろ語られているが、近年に至るまで万人を納得させる様な定義とかは無いらしい。だから、今でも時間については論じる時に、4-5世紀に生きた哲学者の一人のアウグスティヌスの、「私は時間について尋ねられなければ、時間というのは何であるかを知っている。しかし、誰かから尋ねられた時、私は時間について知らない、と答える」という有名な言葉がしばしば引用されている。

 詳しいことは分からないが、身近な問題として考えると時間には固定的なリズムによる物理的時間と感じ方によって変わる感覚的時間があるようだ。前者を先ず一定のもの、絶対的なものと仮に見なした場合、高齢者の方々が感じる「時間が過ぎるのが早い」という時間感覚はあくまでも相対的な感覚である。だから、時間の研究には心理学者も参加している、と言うことなのだろう。


2/1(日)曇り・一時晴れ  病棟拘束 患者死去2名で久々徹夜した
就寝後病棟より数度電話あり、0:30病院に、1:00患者死去、3:00見送り後帰宅。3:50再度病院へ、4:00過ぎ患者死亡。6:30見送り。そのまま回診病棟業務他、8:30救急カンファ、9:00医師面談、書類、総括、レセプトなど処理。11:00帰宅。12:00-14:30就寝。ドック総括、文献、データチェック整理など。18:50夕食、20:30就寝。

レーザーディスク(LD) 最後の一社パイオニアも完全に生産終了
 パイオニアKKが遂にLDプレーヤーの生産を中止した、と先月の15日の新聞で報じられていた。2002年5月頃にも同様のニュースがあり、私はもうとっくに生産が終了したものと思っていたが、最近までパイオニア一社が細ぼそと生産を続けていたらしい。もう残っていないから確かめようもないが、2002年の生産中止のニュースはソフトのことだったのだろうか。
 私にとってLDはオーディオビジュアルの道具として比較的身近なものであった。私は映画などのビジュアル面には今のところあまり興味を持たない。あえてLDを購入したのは自己流でチェロを始めるにあたって画像のガイドが欲しかったからである。

 私の音楽再生は、SP→LPレコード→カセット→オープンリールテープ→CD→LD →S-VHSビデオテープ→ミニディスク(MD)→デジタルハードディスク録音(MP-3など)へ変遷した。
 これらの中で使用頻度が最も少なかったのは、LDと音楽用に機能を高めたS-VHSビデオテープである。基本的に私は音楽を楽しむのに映像はない方が良い。貴重なオペラの録画といえども画像としては一度見れば十分である。
 一方、家族達は映像派で、TV番組の録画にDVDやハードディスクを駆使して楽しんでいるが、私は一切操作できない。

 パイオニアはLDプレーヤーを世界で初めて製品化し、1980年に米国で、81年秋に我が国で発売し、累計で360万台販売したのだという。しかし、時代と共にDVD等の新しい記録媒体が登場、頼みのカラオケソフトもLDから通信カラオケの普及に押され、1996年には12社もあったメーカーも徐々に撤退し、パイオニアが最後の1社となっていた。2008年の販売台数は4.000台だったという(朝日新聞)。

 機能的に進化し、次々と新しい媒体が生まれて古い媒体は消えて行っている。
 私が初めて触れた音楽媒体はSPレコードからで、以来50数年、いろいろ変遷したが、SP、オープンリールテープ、S-VHSヴィデオテープはハード、ソフト共に処分して今はない。カセットテープは何とか聴くことが出来るレベルで維持されてる。LDプレーヤーは時にCDデッキとして機能している。

 私にとってパイオニアのLDプレーヤーの製造販売の完全撤退は今の私にはそれ程の影響はない。それでも、何となく寂しい。
 手持ちのLDプレーヤーが故障すれば、残るのは記憶だけになるだろう。


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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
  日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。時間的に余裕無いのが悩みです。


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