徒然日記
2005年7月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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先月の日記          来月の日記


7/31(日)曇→快晴 病棟拘束  FF tennis(中止)  
2:30起床、眠い。ドック判定総括x1。紹介状返事、退院総括等など。先方の都合でFF tennisは中止となったので10:30-12:00家内と梅林園のコートで基礎練習。12: 30-17:00病院にて回診その他業務。その後は家の作業机、古い文献など整理して過ごす。数ヶ月ぶりにメインのオーディオセットでCD数枚楽しむ。19:50夕食病院、21:00就寝。

自伝 秋田大学時代(1973-1985) (24)   
新潟シンポジウムに2回、発表の機会が与えられた
 秋田大学の第三内科初代のS教授は新潟大学に移られてからも精力的に研究活動を行い、日本内科学会や血液関連学会等数多くの学会を主催され、著書も多数発行された。

 血液学の分野で一回ごとにテーマを絞った「新潟シンポジウム」も何度か主催されたが私は1978年10月の第1回「新潟シンポジウム--慢性骨髄性白血病」、1981年10月第2回「新潟シンポジウム--造血幹細胞とその異常」でシンポジストとして発表の機会を与えられた。
 前者においては慢性骨髄性白血病の摘脾療法について、後者においては慢性骨髄増殖症候群に於ける造血幹細胞の動態について報告した。
 
 血液学の分野で、必ずしも先端的研究や治療を行っていた訳ではないし、業績を上げていたわけではない私が2回もシンポジストに選ばれた理由は、どの方向けら考えても同門のよしみ以外の何物でもない。大事なこの様な会で二度にも渡って機会を与えられたことについては、今考えれば冷や汗ものであったと思うし、だからこそ感謝以外の何物でもない。

 私の発表部分の評価は別として、この2回のシンポジウムはその時期のわが国の慢性骨髄性白血病や造血幹細胞の研究の状況が一堂に集められたものであった。このシンポジウムの記録集は医歯薬出版KKより単行本として発行されている。

7/30(土)秋田曇、東京晴 猛暑   日医:男女共同参画フォーラム   
1:30起床、寝不足感あり。ドック判定総括x1。3;30過ぎ自由人家内帰宅.5:00病院着。直ぐに回診他。出張準備、患者は全員熟睡中。6:35秋田駅に歩く。家内と合流、7:02こまち、11:30東京着、13:00-16:30日医男女共同参画フォーラム。16:30懇親会。予定変更し17:00中座、上野駅から18:02こまちにて帰秋。22:15帰宅。23:00就眠。

日本医師会のNo1男女共同参画フォーラムに参加(1) 女性の参画の面では日本は後進国
  
日本医師会では、女性医師が急増しつつある現在、それに伴う問題点、女性医師のかかえる諸問題の解決が必要、と言うことで昨年「女性会員懇談会」を設置した。その会の企画により7月30日に「No1男女共同参画フォーラム」が開催された。

 日医から各都道府県に女性会員を中心に参加が求められたが、女性会員の一人として家内が推薦され、私は総務担当として共に参加した。

 わが国では平成11年、「男女共同参画社会基本法」が成立している。基本法は、「男女が互いにその人権を尊重しつつ、責任も分かち合い、その個性と能力を発揮できる社会の実現は、わが国の将来を決定する最重要課題である」と位置づけている。それを実現するため、積極的改善措置を定義しており、国、地方公共団体が策定する計画に盛り込むことが義務付けられている。

 基調講演をされた講師が配布した内閣府男女共同参画局発行の最新の資料を見る限り、政策・方針決定分野に於ける女性の参加を指標で見ると、わが国は国際的に後進国であるようだ。医学を含む科学分野の研究者の中の女性の割合は11.6%と27位である。

 だから、秋田県が設置する各種の委員会等にも女性の委員を入れる事が求められており、県医師会でも委員を推薦する場合に出来れば女性医師を推薦して欲しい、とコメントが付いてくる。ところが、これがなかなか簡単なことではない。多くの女性はいろいろな理由を、その多くは断るための理由でしかないが、付けて断ってくる。勿論、現在がまだまだ男性中心の社会であって、女性が受け入れられる体制が不十分であることは認めなければならないが、医師であっても一様に尻込みするのを見るとさもあらんとも思ってしまう。基本的には女性自身がもっと積極的になんとかしなければ、と思わない限り、いくら法が整備されたからと言って一気に改善するものではない。

7/29(金)晴→雨 県医師会学会幹事会  医師会打ち合わせ(−)   
12:00起床、寝不足感.坐位だったので腰痛あり。ドック判定総括x1.3:00に一時帰宅、5分もたたずに呼び出しあり病院に戻る。患者死去、見送り他。6:30回診他入院患者対応、事務処理。10:30-14:30新患補助+再来+14:00ドック診察x5。18:30-19:30担当常任理事の代理として県医師会学会幹事会出席。結局、時間とれず医師会打ち合わせキャンセル。20:50帰宅、21:10就眠.寝不足にて終始不調であった。

自然体験旅行がブームだが、実際は自然通過旅行
 秋田県は白神山地を始め自然が豊かである。先日講演で訪れた「ホテル鹿角」は県北の小さな街にそぐわないほど立派なたたずまいの高級なホテルである。庭園は美しく、水を豊かに使い、流水も豊かで爽やかな印象。450名ほどの収容能力があるとのこと。だが、実に閑散としており宿泊客とめぼしき人影に遇うことはなく、この様な高級ホテルがここに存在していること自体、実に不思議であった。
 
 講演終了後、フロントの方に大館駅まで送っていただいたが、企業として存在し得ていること自体が不思議であったから途中いろいろな疑問をぶつけてみた。ホテルは鹿角市の依頼で某企業が造ったのだとのこと。納得、納得。私企業なら市場調査しこの様な大規模な計画は立てないだろう。結果的に経営はまもなく困難となり、今は鹿角市が経営しているらしい。実際には宿泊客がゼロという日もあるとのこと。

 最近、北海道を中心に修学旅行での利用が時折あるという。確かに、ホテル周辺には移動には多少時間がかかるが、発荷峠、十和田湖、八幡平、マインランド尾去沢、白神山地などの豊かな自然と景勝地がある。
 この修学旅行は子供達に体験学習、環境学習をさせるもの。自然と向き合い、人として生き方について団体生活をさせながら体験させること自体は
確かに良い試みだと思う。
しかし、ホテルマンとしては経営上は助かるものの、この学習プランは殆ど実効がないだろうとのこと。

 都市部から来た子供達は殆ど自然そのものに対する興味は沸かないらしく、部屋に籠もってゲームとか、あるいは日常からの開放感から夜遅くまで大騒ぎするらしい。ホテル側としては事故を防ぐのが大変で気遣いし、夜勤の人数を増員して対応することもあるそうだ。
 体験学習と名が付いていると言え、大型のバスで移動し、昼食はホテルが用意した弁当を食べ、夜は大広間での夕食と至れり尽くせりで、子供達はただ予定された行程に身を任せるだけ。豊かな
自然を見て、自らの足で五感を通じて学ぶことになっているはずなのに、木々のささやき・鳥の声・小動物たちの営み・風など、自然の豊かな営みの中に連れて行っても耳を傾けるわけでも無し。実際、彼らは何をすればいいのかすら解っていないらしい。

 自然体験旅行と名打っているが、実際は自然通過旅行でしかなさそうだ。


7/28(木)晴 No1県医師会選挙管理委員会   
 就寝まもなく病棟よりより2回電話あり。3回目を機会に0:30起床 、ドック判定x1、紹介状・返事x1等.患者重症にて4:30病院着、対応。6:30回診他病棟業務。9:00-13:45外来.病棟対応、16:30No1県医師会選挙管理委員会, 17:00病棟に呼ばれ帰院、対応。されど安定せず、今晩は病院内待機となりそう。20:30即席麺、21:20自室にて坐位で仮眠。寝不足にて終始不調な日であった。

レジ袋有料化は良いこと もっと風呂敷を活用しよう
   つい先日レジ袋を有料化するとの記事が新聞に載っていた。良いことだ。

 レジ袋は日本人の精神、生活を共に悪しくした代表的物品の一つ。環境にも良くない。レジ袋を飲み込んで死ぬ海の大型動物は後を絶たない。無料と言うことが日本人の心を駄目にしている。無料のサービスというと日本人は飛びつく傾向がある。無料の陰には必ず誰かがワリを食っているはずだし、何か怪しげなものが潜んでいる。無料の怖さを知ろう。5円程度といえ、有料化になると流通量は確実に減るだろう。有限資源を消費することの意味を自覚するきっかけになればいい。

 私は20年も前からディバッグのポケット中にラジオと一枚の風呂敷を必ず入れている。風呂敷は長い歴史を持つ万能物品、かつ、人間、地球の将来を救う魔法の布なのだ、・・・と、そこまでいうのはやはりオーバーか?
 風呂敷の機能は、●なんでも包める●包装紙が不要に●繰り返して使用可能●レジで駕籠の内側に広げて敷くとそのまま包める●寒いときは襟巻に●ベルト代わりに●怪我したら三角巾に●テーブルクロスに●泥棒に入る際には覆面にも・・・まだまだ挙げられる。

 風呂敷は持つ人の考え方次第でなんとでも変身し、いろんな可能性を生み出してくれる貴重な布なのだ。ディバッグは収納力は多いと言えない。でも本を買い込んだりして荷物は増える。そのときでも安心と余裕を与えてくれる。

 ただ、伝統的なあの唐草模様、泥棒や空き巣の漫画では必ず出てくるあの模様は嫌だ。だいたい風呂敷を押入の隅っこに押し込むことになった原因の一つがあの唐草模様なのだ。その意味では、大型のスカーフを風呂敷代わりにすると見た目も良さそうでさらに可能性が広がりそうだ。


7/27(水)晴れ ふれあい看護体験  県学校給食連絡協議会講演  県医師会理事会  県医師会委員会  打合せ
1:30起床。ドック総括、紹介状、主治医意見書他。講演準備。5:20病院.6:30回診、病棟業務。9:00-13:10外来+ドック診察x4。途中でふれあい看護体験挨拶。13:30-15:10県学校給食協同調理場連絡協議会研修会での講演。16:30-18:10県医師会理事会。18:30-19:30県医師会委員会。19:30-20:10打合せ、病院で書類若干処理の後21:30帰宅、21:50就眠。

天気予報は外れても、誰も謝らない  こんな良い商売もあるのか
 気象予報士なる方々がTVの予報番組に登場している。みんな若い女性である。若い男性や熟年の予報士の方々も大勢居るのだろうに何をしているのだろうか?心配である。
 TVの予報番組は全く面白くない。TV向きに選ばれたそれなりの美形で良い表情の予報士さんが登場し一生懸命説明するが、これだけ人工衛星とかから得られたビジュアルなデータを脇に置いての理路整然としたコメントは、むしろ白々しい。

 あの天気予報は各予報士が個別にデータを分析して作るのだろうか?それとも何処かで権威あるところが予想し、それをもとに予報士さん方が自分なりに手を加えて予報しているのだろうか。多分後者だろう。もし前者なら各予報士毎に「当たる率」「外れる率」を出したら面白いが、そんなの見たこともない。

 実際に、天気予報は解説なんか殆ど要らない、と思う。むしろ煩い。
 今は十分なデータを参考に天気予報が作られているようであるが、それでも結構予想が外れる。しかし、見事に予想が外れた場合でも誰も謝ら無い。こんなのは世の中で天気予報ぐらいのもの。私は予想が外れたのを謝ったなんてことを聞いたことはない。
 もし、TVに、権威ある風格の、ベテランそうな男性の予報士さんが出演して、生真面目な顔で予報していたら、多分、大きく外れた場合に局にはクレームが殺到するだろう。だから、TVの予報士さんは若い女性を起用していると思う。若い女性は何やっても男性とかよりは免責されやすい、そんな雰囲気が世の中にも、私にもあるようだ。

 当たろうが当たるまいが自分で空を眺めながら予想する天気は愉しい。私はバイクに乗るようになったここ10数年、空を読む、雲を読むのを一つの楽しみとしてきた。挫折感も数多く味わいずぶ濡れにもなった。が、最近はそれも時間がなくて出来なくなってきた。バイクでの通勤は帰りのことを考えなければならないが、今は空を眺めるより「Yahoo天気予報」を見て時間毎の降水確率を参考にして決めている。これだと一瞬にして用事が足りる。
 しかし、外れてタクシーで帰宅せざるを得なくなることも希ではない。

 この、英知を総動員しても結構外れる天気予報を通じて、私は「自然が人類に教訓、警告を与えている」のだと感じている。だから、そう悪いことではない、と考えている。


7/26(火)晴れ 県医師会打ち合わせ  市医師会納涼会
1:30起床,ドック判定総括x1.講演準備その他を淡々と進める。5:20病院着、紹介状総括と格闘。回診、定期処方ほか45枚送付。病棟業務。9:00-13:50外来。15:00-16:00県医師会へ、再度回診処置等、新入院あり。19:45-21:00Castles Hotel秋田市医師会納涼会へ。21:30帰宅、21:50就眠。

ふれあい看護体験」に参加した高校生に贈る言葉
 おはよう御座います。副院長の福田です。
 県看護協会が行います「ふれあい看護体験」に参加して下さいまして有り難うございます。
 本日参加された皆さん方は、恐らく何かのきっかけで看護や介護に興味を持ち、将来この方面に進んでみようかと思い始めているのだろうと思います。

 その動機はいろいろあると思います。例えば、小さい頃優しい看護師さんのお世話になったことがあるとか、家族の内のどなたかの病気の姿を見て・・・とか、いろいろあるかもしれません。 その動機が何であれ、将来、自分が社会の一員として、生活を確保し、かつ、社会に貢献していく道として、医療や看護、介護、福祉の分野はどうだろうか、実際に見てみようか、と思い、今日の会に参加しただけでも私はとても良いことだと思います。

 言うまでもなく、私たち人間は動物の一員であり、その人生においては避けることができない四つの苦しみ、「生老病死」があると仏教は教えています。生まれたときの事や幼少期のことは殆ど記憶がないわけですが、人間は生きているかぎり、時に病気にかかります。さらに、老いは避けられませんし、いずれどこかで「死」と折り合いをつけなければなりません。
 医療や看護・介護の世界は、対象が人間であること、しかも、その方々が身体や、心に病を持ったり、不安な気持ちを持ったりしている方々ですから、決して生易しい仕事ではありません。しかし、とてもやりがいがあります。私は医師になって30数年になります。毎日毎日がとてもハードで大変ですが、この道を選んだことを後悔したことはありません。

 看護師の道に進もうとしたときに、果たして自分が適正があるのかと悩む様なことがあったら、次のことを思ってみてください。
 第一に人間が好きであること、
 第二によその方々と言葉を交わすことが好きであること、
 第三に自分の弱さや不甲斐なさに何度も挫折しかかったことがある、と言うことです。これだけ揃えば大丈夫です。
 更に加えて言えば、良い笑顔があること、挨拶がきちんと出来れば万全でしょう。

 当院の看護婦さんは本当に真剣に看護に取り組み、一生懸命働いています。その姿もしっかり見ていただきたいし、外来や病棟では患者さんの姿も見ていただきたいと思います。
 今日の体験が、「人間について、人生について、生老病死について」考えるきっかけになれば幸いですし、更に将来、看護の道に進見たいという気持ちが一層深まれば良い、と思います。 今日の一日がみなさん方にとって貴重な経験になりますよう願いながら挨拶といたします。


7/25(月)晴れ  管理会議  県健康対策課来訪  療養病棟判定会議  長副会議
1:30起床,ドック判定総括x1他.講演準備若干。5:20病院着。回診、病棟関連業務。8:00-8:50管理会議.9:00-14:00 外来。14:30秋田銀行来訪。15:00県健康対策課員来訪、アスベスト中皮腫関連。16:00-16:30療養病棟判定会議。16:30-19:50長副会議+若干の打ち合わせ、20:50帰宅、夕食、21:40就眠。

アトリオン室内オケ23回定期   驚き倒れたメンデルスゾーン「Vn協」の演奏
 7月23日アトリオン室内オケ(ACO )No23定演があった。プログラムはウエーバー、歌劇「魔弾の射手」序曲、メンデルスゾーン「Vn協」、ドヴォルザーク「交響曲第8番」。ソリストは渡辺玲子氏。指揮は松尾葉子氏。客演コンサートミストレスは安部慶子氏。今回もエキストラがあまり目立たない。

 指揮の松尾氏は1982年、小沢氏について日本人二人目、女性として史上初の優勝者となった方で、関東を中心にオペラなどに着実にキャリアを積んでいるようだ。私は初めて聴く。「魔弾の射手」序曲は全体を通じてそれなりに楽しめたが、深い不安な気持をかき立てるような弦の揺らぎ、掛け合わせを期待して聴いていたが、ちょっと不満。室内楽レベルではちょっと難しいのかも知れない。

 メンデルスゾーン「Vn協」は聴き慣れた曲で、チョッピリ又か・・・と言う感じで聴きに行った。どんな演奏会であっても聴く度に発見があるのだが、今回の演奏は曲そのものに関する印象を一変させるような骨太で積極的、攻めの演奏、であった。私は心から感心した。こういう曲だったのか、と見直した。これも室内楽の良い面なのかも知れない。
 ソリストの渡辺玲子氏はもともと超絶的技巧を身につけた方として有名、国際的にも活躍している。それが、何と昨年から秋田の国際教養大学で特任助教授として講義も受け持っているという。秋田にとって身近な存在となっている。今後も聴ける機会が増えるかも知れない。演奏の後そのまま舞台で指揮者とソリストとかがマイクを持って短時間話をするが、これもこのコンサートの良い企画なのだが、彼女は秋田の地で自然を楽しむ喜びを改めて知りました、と話していた。その後アンコールとしてパガニーニの小品「ネル・コル・ピュウ」の一曲を弾いたが、プロの到達点というか人間の為せる業か、ここまで来れるのかと舌を巻いた。

 素晴らしい二曲目、小品を聴いた後はもうドヴォルザーク「交響曲第8番」はとても聴く気にならず休憩を機会に退出、書店で新書数冊購入、病院に戻った。ギドン・クレーメルの場合も同様であった。10年ほど前のことだろうか、ラムルー管弦楽団とのチャコフスキーの「Vn協」を聴いた後、私はサンサーンスの交響曲第三番「オルガン付き」を聴く気になれず中座した。

 ACOは経済的に維持が困難という。私も協賛会員になって年間3万円賛助している。地元のオケを維持していくために、もっと多くの方々の賛助があって欲しいものだ。


7/24(日)晴  病棟拘束  東北学校保健学校医大会 FF tennisは中止
0:30リハビリ当直室にて起床、ドック判定総括x1、総括、新聞チェック、本読みなど。7:15検食。8:30病院に。8:45救急カンファ。残務処理、10:45View Hotel  「東北学校保健学校医大会」に出席。11:00-12:15特別講演聴講。13:00-15:30病院にて総括他。15:45帰宅。Vn等若干。17:30-19:00再度病院、回診他。19:30帰宅、夕食、22:30就眠。

自伝 秋田大学時代(1973-1985) (23) 
慢性骨髄増殖症候群の造血幹細胞の検討  教授が新潟大学教授として転任
 慢性骨髄性白血病摘脾療法の臨床効果の集計はと並行して慢性骨髄増殖症候群の病態を造血幹細胞の視点から検討を加えた。この症候群には「慢性骨髄性白血病」「真性多血症」「原発性血小板血症」「原発性骨髄線維症」の4疾患が含まれるがその他分類不能の類似疾患も若干認められる。
 健常者の場合、通常の状態では末梢血、骨髄血中には造血幹細胞は認められはするが決して多くはないが、この症候群の場合には末梢血、骨髄中に造血幹細胞が著増しており、細胞培養にて検出でき易いという特徴がある。私は主に赤血球系の造血幹細胞を中心に検討を加え、この症候群の病態の検討を行った。

 慢性骨髄性白血病摘脾療法の臨床効果の集計および慢性骨髄増殖症候群を造血幹細胞の視点から検討を加えていたこの頃、1977年10月に秋大第三内科の初代のS教授が新潟大学の第一内科学の教授として転任した。S教授は1970年4月に秋田大学第一内科に助教授として就任、第三内科教授として教室を主宰されたのは1975年10月であったから、秋大教授としてはちょうど2年間であるが、私は1973年6月以来いろいろ御指導を戴いた。
 第三内科は1978年3月に当時助教授であったM先生が教授に昇格した。
 慢性骨髄性白血病摘脾療法の臨床効果の集計はS教授と共同研究という形で従来と何ら変わりなく進めることになった。


7/23(土)晴れ 病棟拘束 アトリオンサマーコンサート リハビリ当直
1:30起床、ドック判定総括x1他、。5:30バイク病院着.6;30回診他.療養病棟の患者高熱数名あり対応。書類処理、10:30-13:30 外来。14:00-15:00アトリオンサマーコンサート、中座し病院へ、残務、17:00リハビリ当直へ.18;00夕食+検食、業務、20;00就眠.

新潟大学医学部は後期研修医集めに必死
 7月19日は所用で出席できない院長に代わり、新潟大学医学部関連病院長会第31回定期総会、新潟大学医学部教授会との話し合い、および、懇親会に出席した。会場は老舗のホテルイタリア軒。
 秋田県の医療機関は4病院が関連病院のリストに載っているが、今回の出席は中通総合病院のみであった。

 第31回定期総会の主たる話題は事業報告・計画、決算・予算、役員改選であり、型の如くに進行したが、余った時間を利用して関連病院長間で初期研修問題にかかわっての地方病院の医師不足の問題や後期研修問題についての予測等が語られた。新潟県内ばかりでなく各地の関連病院から引き上げられたままで病院はマンパワー不足で四苦八苦である状況が話題として各地から報告された。大学の医学部の定員そのものを増やす要求すらも意見として出された。
 私どもの病院は幸いにも、と言うべきか解らないが、新潟大学の影響は受けていない。

 18:00からの新潟大学医学部教授会との話し合いの中では病院長から大学自体のマンパワー不足、文科省とかの交渉の結果やその過程が話され、普段聞き得なかった話題もあった。列席した臨床教授、この中には3人の同級生も列席、は新臨床研修のこの2年間の大学での研修希望者が少なかったことに関してはもう諦めムードであったが、3年目、すなわち来年度からの後期研修に際しては、医師のライフサイクルの中に於ける大学での研修・研究の重要性などが強調された。

 新潟大学では「入局」という言葉すら使わない方針らしい。各科で後期研修のプログラムを用意したので、是非とも新潟大学に戻ってきて欲しい、自分の「医局に所属」して欲しいとの立場で、各診療科毎に後期研修の大枠とそれに関連しての関連病院への派遣計画も提示された。それぞれ工夫されているようであったし、何かが変わりつつあると言う息吹は感じ取れた。

 地域医療の立場から如何に良い臨床医師を育てるのかという視点で見た場合には、大学での研究、研修活動にも見るべき良い点もあるとは思うものの、やはりベストとは思えない。多様性がもっとあって良いとも思われるが、教授達の多くはそう考えないらしい。とにかく一人でも多く帰ってきて「医局に所属」して欲しいの一点張りであった。


7/22(金)晴  医師会打合せ(キャンセル) 法人理事会 
2:00起床。ドック処理x1。特定疾患臨床調査個人票x5。5:30病院着。回診、事務処理他。10:30-14:30外来+ドック診察x5+結果説明x1と結構混雑。15:00再度回診、患者処置。時間調整難で医師会打合せはキャンセル。17:30-19:00法人理事会.21:10バイク帰宅.21:30就眠.

音楽は音量だけでも印象に大差    ちょっと気の毒 「聞かれる」作品達    
 数日前の早朝、2:00からのロマンチックコンサートはベートーヴェン作品集であった。深夜はまだ良いとして彼の作品は早朝に聴くにはあまり適していない。ロマンス、ピアノソナタなど、それなりの選曲がされていたが2:50-3:00迄は交響曲第5番「運命」であった。ワルター指揮、コロンビアsoの懐かしい名盤がかかった。数ある同曲の録音の中からこの盤を選択したのはさすがプロの眼である。より小編成での演奏だし、ワルターの鋭くなりすぎることのない、刺激的ではない表現は、この時間帯に聴くとすれば、選ばれる盤の候補の一つとなる。古典楽器を用いた小編成の楽団の録音もあるが、意外とテンポは速く、表現は鋭いからあまり適応にならない。私なら、ケンペ指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団のレコードの方が良いような気がするけど、あまり知られた盤ではない。

 アナウンサー、ラジオ深夜便では何故だか解らないがアンカーと呼ばれるが、彼はこの曲がかかり始める前に「ラジヲのボリュームを若干落とすことをお勧めします」を親切にかつ、お節介にも提言していた。この時間帯だから理解できるが、しかし、音楽を「聴く」には一定以上の音量は必要なのだ。勿論、それなりの装置が必要だが、この時間、多くは高齢の方がリスナーだから、多分、大部分がポータブルラジヲで「聞いて」いるのだろうから、大差がないか、とも思うけど。

 音楽が小音量で聞かれるとき、ほぼ主旋律のみしか聞こえてこない。勿体ない。それでも聞いて楽しまれているから悪くはない。特に、この時間帯はまじめに聴くと言うより「人生の想い出に浸るためのガイド役」のために聞かれているのだから、それで良いだろう。

 ただ、あらゆるジャンルにわたって言えることだが、一曲一曲の作品はじっくりと隅々まで聴かれるべき内容を持っている。歌謡曲も素晴らしい構築、構造、音色を持っている。だから、私は例え小音量で聴くときもより大型の装置で、サブウーファーも併用して聴くし、状況によってはヘッドフォンでじっくり聴く。

 「聴く」の「聴」という漢字は耳をそばだて、目を閉じ、心すまして聞くと言う一連の行為を一つの文字に詰め込んだ素晴らしい漢字である。感心してしまう。


7/21(木)晴れ 個人情報保護法案勉強会   
2:00起床。ドック判定・総括x1、紹介状返事等.5:20病院着、回診ほか、9:00-15:00、検査を含めると6時間、地獄のような外来.結局、個人情報保護法案勉強会には出席できず。退院総括、紹介状作成。 21:30帰宅、軽く夕食、22:00就眠.外来が予想外に長引き予定業務処理は2/3止まり、超多忙な一日であった。

「日本は米国の51番目の州だ」等言われるのは不快だし、危険
 日本は米国の51番目の州だ、と言う考え方があるらしい。何処で誰に言われているのか私は知らないが、そんな言われ方は不快である。これは小泉さんの考えなのかな?

 わが国の外務省は米国のギャラップ社に依頼して時々米国で対日世論調査をしているらしい。そんなに米国の顔色をうかがう必要があるのかな、とも思う。これも不快だが、調査を依頼することの是非は別にして、私が得た昨年発表の調査結果のデータは、母集団とかの詳細は不明なので説得力を欠く部分もあるが、その結果は無視すべきではない。

 それによると、米国人の68%の日本は信頼出来る「同盟国」だと答えている。この68%と言うのは1960年の調査開始以来、徐々に上がってきて、今回が最高となった。
 「日本が米国と価値観を共有しているか」という問いに「イエス」と回答した米国人は80%。ちなみに、「米国との価値観を共有している国は何処か」との問いに関しては、英国と答えたのは85%、日本が80%、ドイツが74%、フランスが56%であった。英国が第一であることはまず当たり前だが、日本への評価は思った以上に高い。
 ただし、日本への好感度は「好意的」が有識者と言われる階層の人の80%が「イエス」と回答したが、これに対し、一般は47%と低い。湾岸戦争の時は金しか出さなかった日本への世論は厳しかったが、イラクヘの自衛隊派遣で好感度が全般に上がったようだ。とは言え、真珠湾、かつての貿易摩擦、今の食肉輸入禁止問題などをめぐって米国民の中に対日感情に温度差は相変わらず存在する


 「敵対意識を持つべき国」と名指しされるのは心外だが、安易に「同盟国」だとか「価値観の共有」などと答えられるのも裏がありそうであまりいい気がしない。
 また、こんな資料を読むと、テロの標的としてロンドンの次は東京か?と思ってしまう。現にビン・ラビンはかつて報復すべき標的として日本を具体的に名指している。厚労省は炭疽菌や天然痘等の生物テロ対策も進めている。秋田県でも対策を進めており医師会も深く関与している。が、やはり、あってはならないことだが、手段として選ばれるのは爆発物なのか?


7/20(水)新潟小雨 秋田曇→雨  秋田県個人情報保護審査会  県医師会打合せ  県医師会と秋田大学医師会との懇談会  長副会議(欠) 
2:00新潟シティホテルにて起床。ドック1判定総括x1、医報校正などトロトロ進める。新書若干読む。7:20コーヒー+αの朝食.8:33特急「いなほ」にて帰秋。新書2冊目終了。12:20病院着、回診、15:00-17:20秋田県個人情報保護審査会。17:50県医師会打合せ。18:30-20:20県医師会と秋田大学医師会との懇談会。長副会議は物理的に無理。病院にて残務若干、21:45帰宅。22:00就眠、終日多忙。

医療機関の公私格差の問題については、もっと知られるべきだ(2)
 公私医療機関の特典の違いは以下の如く歴然としている。

@税制上の格差
 法人税は医療法人・特別医療法人が30%、特定医療法人が22%。
 公的医療機関は100%非課税。

A資本調達面での格差
 病院建設や設備投資などは、公立病院は、企業債で50%、補助金で25%資金調達可能。
 私的病院は建設や設備充足の面で公的補助は一切受けられず、自己資金や銀行借入などで賄うしかない。
 この結果、公的医療機関の一病床当たり建築額は私的医療機関の2.5-3倍となり、採算性を無視した建物を取得している。私的医療機関は余裕のあるスペースの確保など望むべくもない。

B補助金格差
 2001年度の一般会計から公立病院への繰入金は、年額で総額が7,400億円である。
 要するに、公立病院の医業収支赤字補填のために1床あたり300万円もの税金が投入されているのだ。

C給与格差
 @-Bの結果、私的医療機関は現実的に人件費を大幅に削らなければ運営できない。人件費の占める割合は医療機関としての存続を左右する最大の因子となる。
 医師給与の公私格差はそれほど大きくはないが、公立病院では看護師で22%、准看護師で49%、薬剤師で37%、事務職員で43%、私的医療機関より高いとのデータがある。
 従って、職員の生活レベルの維持のために、求人に際においては私的医療機関は不当な競争を強いられている。私的医療機関の給与が不当に安いのでなく公的医療機関の給与体系の方が経営実態に比較してみて高すぎるのだ。

 @-Cの現実があろうとも、私的医療機関は身を削って無駄を排除し、ギリギリのところで運営されている。こんな条件でありながら公的医療機関の80%以上は赤字経営である。赤字が生じうる政策医療の分野で十分に使命を果たしているのであれば国民は納得するが、公私医療機関では似たような医療がなされ、それほど特徴がない。むしろ高齢者医療の分野などでは公的医療機関は美味しい何処取りの医療に思えてならない。公的医療機関が贅と無駄を廃しスリムに運営するならば、わが国の医療費は恐らく少なくて済むはずである。公的医療機関の運営内容について国民はもっと目を向けるべきだ。


7/19(火)秋田・新潟快晴  管理会議  新潟大学医学部関連病院長会議+教授会との懇談会+情報交換会      家内はICU当直 
12:30やや早いが起床,ドック判定・総括x1他、紹介状、退院総括他.5:10病院、6:00回診+定期処方書き。今日で新処方箋を提起し、療養病棟で試行して二年目。この様式がなかったら40人分もの定期処方日、臨時処方箋の発行では気が狂っていたことであろう。今は全病棟がこの方式になった。8:00-8:40管理会議。9:00-12:00午前外来、12:48特急「いなほ」で新潟に。16:30-20:30新潟大学医学部関連病院長会議第31回定期総会+教授会との懇談会+情報交換会。20:30新潟シティホテルへ。21:00就眠。

 
出張時の診療代行を頼むのは辛いが、実は私は出張好き
 本日は新潟大学医学部関連病院長会議で新潟に出張中である。ちょっと寂れた新潟シティホテルに宿泊している。

 この会は内容的には私が勤務する病院との関連はやや乏しくなっているが、継続しておく方が良いだろうと思う。当会には院長の代理として3回目の出席。一昨年の会の時は会終了後JRにて新津に移動、安宿にて仮眠、1:15amの寝台特急日本海にて帰秋し翌日の外来をやった。これだと外来には殆ど影響しない。が、このスケジュールでの新潟出張はまかりならんとドクターストップならぬ院長ストップがあり、昨年からは宿泊している。
 
 外来と、入院患者の診療を代わってくれる医師の辛さを考えると、用件の遂行は勿論第一であるが、出来るだけ日常業務には支障が出ないように出張計画を練る。そのために私の出張行程は所要時間を最短にとる、余裕のない駆け足出張である。このタイトな時間設定は私にとっては重要である。出張頻度が少なくないだけに余裕のあるスケジュールでは医局の医師方にとても申し訳ないからだ。

 一方、私は超ワンパターン的生活人間。だから、ひたすら同じ事を繰り返している日常業務から何とかして逃げたいという願望もある。連日の外来、ドック、入院患者、病院の雑務、人間関係から、短時間でもスッキリと逃れたいと念じているのも正直な気持ち。これを味わうためには物理的に病院を離れるしかない。その方法を採れるのが唯一出張というわけ。だから、講演を始めとしていろいろな出張の予定は引き受けてしまう。

 しかし、出張は決して楽なものではない。出発直前まで出来るだけ代理医師に迷惑をかけないように業務を済ましておき、出張の日程表を作り関係者に配布し、可能な範囲で携帯で対応する。しばしば出発時間に遅れそうになり、コンピューターのシャットダウンを待ちきれずにスリープ状態にして部屋を飛び出すのも希ではない。秋田に戻ると病院に寄って残務をこなす。

 私は出張に関して、それほどみんなに迷惑をかけてはいないと自負してはいるが、それでも若くはないが美人の女医さん、「またですか?代理は嫌ですよ、私は・・」と時々笑顔で嫌みを言う。グサッと鋭い刃が心に突き刺さる。が、その時の笑顔だけが頼り、多分本心ではなかろう。毎回そんなことの繰り返し。それでも病院を離れられる快感、何とも言えないものがある。


7/18(月) 海の日 曇り小雨  病棟拘束  
1:00起床。ドック判定・総括x1。書類2,3処理。5:30病院。回診、残務多数処理。入院患者不調。8:45救急カンファ。自宅の居間のマック周辺の配線他整理。かなりすっきりした。CRTとTFT液晶の占める空間の差は歴然。16:00帰横する長女を送り病院、業務処理、19:30帰宅、夕食、激しい睡魔で20:30就眠。

医療機関の公私格差の問題については、もっと知られるべきだ(1)
 秋田県の医療機関の中で雄勝中央病院が完成間近であり、最近、鹿角組合病院、湖東総合病院の新築計画が明らかにされた。県内の医療機関が充実していくのはとても良いことだ。
 だが、また、地域への補助金分配問題ではかなりもめることになるだろうな、と私は私的医療機関の関係者としては若干冷ややかな気持と共に傍観している。私の正直な気持ちである。

 医療は公共性が高い分野だと言われる。その通りだと思うし、それで良いと思う。だから、この自由経済社会においても、こと医療に関しては例外的に競争原理が殆ど成り立たないほど数々の統制がなされている。
 医療機関は設置主体、運営主体からみていろいろあるが、簡単に二大別すれば公的と私的とに分けられる。公私医療機関別に税制等を始め、扱いには大きな差がある。にもかかわらず求めることは、「公共性、公共性」であり「高水準の医療」である。それは当然の要求である。私的医療機関は厳しい環境の中で「公共的で高水準の医療」を提供するために日夜頑張っているが、私的医療機関にとって立ち憚る壁は厚く、高く、現実はなかなか厳しいものがある。

 この公私医療機関の法的位置づけ、税制上の位置づけの差はもっと普く知らされるべきである。
 私的医療機関の従業員ですら十分に知っているとは言えない。

 公的医療機関とは「都道府県、市町村その他厚生大臣の定める者の開設する病院又は診療所」と医療法第31条で定義され、更に省告示で「日赤、済生会、厚生連、など」とされている。従って、国(国立、国立大学、労災、逓信、自衛隊等)・自治体立病院・日赤・済生会・厚生連・社会保険・厚生年金・共済組合の病院等が相当する。
 一方、公的でない医療機関は全て私的医療機関である。

 公的医療機関には「国庫は医療の普及をはかるため必要があると認めるときは、開設する公的医療機関についてその設置に要する費用の一部を補助することができる(中略)」と補助について定められているし、税法上でも数々の特典を与えている。私的医療機関は公的病院のような特典は一切与えられていない。だから、始めから同じ土俵上に居ないのだ。私的医療機関がかかえるハンディキャップはとても大きい。


7/17(日)曇・むし暑い日  病棟拘束  FF tennis 
2:00起床。ドック判定・総括x1、途中までの紹介状他追記等。本読み若干。6:00-9:00病院。 9:45-13:30梅林園FF tennis。4-6、7-5,6-4と久しぶりに良い結果であった。15:00帰宅午睡など若干。17:00-19:30病院、19:50帰宅、夕食、21:00就眠。

自伝 秋田大学時代(1973-1985) (22) 
慢性骨髄性白血病摘脾療法の全国集計を担当(2) 激暑の名古屋に驚く
 10例ほどの摘脾症例のある数カ所の医療機関には教授の命のもと数人の医局員が実際に病院を訪問して病歴を見せていただき、かつ担当者からも治療についての意見を直接聞くなど、情報収集に中った。

 私は名古屋市内の某病院に調査しに行った。病院には近郊の別の医療機関で手術を受けた患者の病歴も用意されているなど、とても協力的で情報収集作業は二日間で順調に進んだ。この二日間は雲一つない快晴で、真夏の炎天下での名古屋地方の猛暑に心底驚いたものである。初日の午後は歩いてホテルに向かったが、強烈な日射しと道路からの照り返しで全身汗びっしょり、動悸はするわ、目眩はするはで、実に大変であった。北国の岩手育ち、秋田住まいの身には適応は困難である。早々にタクシーにて宿泊の都ホテルに向かった。タクシーは強烈な冷房がかかっており、汗がスーッと退き、生き返った気持であった。当時の私の車にはエアコンはなく、車のエアコンなんて贅沢品・・・と思っていたが、この日の経験で発想をすっかり変えた。

 更にもう一つ。いつもの気楽さでポロシャツにスリッパ姿で出かけたのであるが、フロントでやんわりと宿泊を断られた。予約し前金で宿泊代金を支払ってていたので何とか宿泊はさせていただけたが、このお姿でホテル内のレストランとかはご遠慮下さい、と宣告された。そのために夕食、朝食はルームサービスで済ますなど贅沢を味わった。軽装のために利用を断られた経験は他にも帝国ホテル、銀座マキシム、秋田ビューホテルのレストランでもあるが、当時はそんな時代でもあった。価値観が多様化した現在でも同様なのだろうか?
 
 肝心の慢性骨髄性白血病摘脾療法の臨床効果の集計は年に一回づつ数年間に渡って継続した。結果的にはこの疾患では診断早期であろうとなかろうと、脾臓の摘出は生命予後には全く影響を与えなかった。集計結果は臨床血液学会で逐次報告し、生命予後へのメリットは得られないだろうとの予測は早めに出していたので、この治療法は全国的に一気に終焉を迎えた。
 また、この治療法のもう一つの目的である疾患進行期に於ける患者のQOLの改善、疾患末期に於ける臨床像の改善については、それなりのメリットは見られるとの評価が多かったが、その目的だけのための摘脾療法は意義が乏しいとの結論を出し、この研究は終了した。
 集計結果はCancer誌に投稿したが私の英文の拙さもあってか受け入れられず、英文は日本血液学会誌に、和文の改訂版は日本医事新報に掲載されている。


7/16(土)晴れ 病棟拘束 medical management研究会東京(急遽キャンセル)
2:00起床、ドック判定総括x1。退院時総括予稿、その他.5:10Taxi病院着、6;00回診、申し送り。紹介状などと出張準備。8:00入院患者急変、対応、出張は取りやめ。11:00病状一応安定。事務処理など、14;00-15:00散髪。居室書類若干整理、19;30帰宅、夕食、21;00就眠。

medical management研究会東京を急遽キャンセル 患者対応が最優先は医師として当然
 本日は東京で開催されるmedical management研究会の日であった。これは武田薬品工業KK主催の研究会であるが、他の同類の会と異なり内容的に高度で、私はすっかり気に入ってここ数回連続して出席していた。今回は私的・公的医療機関に関する演題とパネルディスカッションが並び、私にとっても興味ある分野ですごく期待していた。

 今朝は11:20発のANAでの上京を前提に早朝から準備して回診した。入院患者全員がほぼ良い状況にあり、出かけるのも不可能ではないと確信し、代理の医師への申し送り等の準備を進めていた。

    ところが、7:00am過ぎに高齢の女性患者が大量の消化管出血を生じ一気にショック状態に陥った。この方は複雑な病態を持ち、今までもこのような出血を繰り返してきた方なので、今回も少ない可能性ながらこの出血の事態は予想済みではあったが、つい1時間ほど前の回診時には自ら退院の希望等を笑みを浮かべつつ話していたほどで、まさか、今日生じるとは!!!   想定外の急変である。でも、出かける前で良かった。

 輸液等の対策で循環状態を維持し小康を得たが?年齢、経過からして今日の出血は厳しい状況で、積極的対応が必要と判断、放射線科科長に相談して血管塞栓術で止血した。結果的にはほぼ目的は達したようで昼前にはまず病勢は安定した。

 9:00amに本日のmedical management研究会への出席を断念し担当の方に連絡、治療に専念した。また、帰路の最終便の機内で訪問看護ステーションの施設長と業務上の打ち合わせを予定していたが、夕方何とか連絡が付きこれもキャンセルできた。

 このようなエピソードはこの30数年で何百回も繰り返されたことでもある。私はいつも、もし何か生じるなら、せめて出かける前であって欲しいと念じている。医師としてもうすっかり身に付いた感覚であるが、事情を十分理解できない時期の子供達には何度も何度も辛い思いを味あわせた。泣かれたり、いじけられたりした、その多くの場面を今でも鮮明に思い出す事が出来る。それだけ、私も辛かったのだよ。

 私は医師会の役職上から県の委員会を始めとして対外的な業務もたくさん担っている。通常は万難を排して出席するが、患者の急変時だけは特別です、その時は出席できません、と始めから条件を付けて引き受ける。本日のmedical management研究会は残念であったが、出発前で本当に良かった、と心底思っている。 


7/15(金)晴れ No5秋田市救急隊・中通総合病院合同カンファレンス+懇談会 長女帰省
2:00起床、ドック判定総括x1。紹介状2部、その他.5:10病院着。6:30回診、紹介状その他。10:30-14:30外来+ドック診察x5+ドック結果説明x1。14:30-15:30病棟業務ほか。17:30-17:30千秋会館にて救急隊との話し合い、所用で不在の院長の代理で挨拶。情報交換会中座し病院に戻り、残務、20:55Taxi帰宅,21:300就眠.こまち最終で長女が黒チビのケアに帰省するとのこと。

「第5回秋田市救急隊・中通総合病院合同カンファランス」の挨拶
 本日は大変ご多忙の中、第5回秋田市救急隊・中通総合病院合同カンファランスにご出席頂きましてどうも有り難う御座います。
 日頃から救急隊の皆様方には、県民の命を守るために日夜奮闘されている事に心から敬意を表したいと思います。

 さて、一昨年から昨年初頭にかけてはノロウイルスの院内感染のために、また、昨年から今年にかけては病床利用率が上昇して空床の確保が出来ず、何度も何度も搬送を停止させて頂きました。最近では数週間前に食中毒患者が大勢来院したために一時搬送をお断り致しました。

 救急搬送をお断りすると言うことは、急性期医療を預かる医療機関としては問題ある決断でしたが、安全な医療を提供するためにはやむを得ない処置と考えて決断しております。院内の空床の有効な運用に関しては、必ずしも救急搬送患者受け入れのためだけと言うことばかりではありませんが、ベットコントロールマネージャーを配置して強力に調整いたしております。この点についてはなにとぞご理解のほどお願い申し上げます。

 また、救急医療の円滑な推進やレベルの向上には「救急支援チーム」を立ち上げて診療を支援すると共に、新臨床研修制度の施行と共に「救急患者の朝カンファレンス」も行うなどいろいろ工夫をもし、救急医療の質を高める視点でいろいろ工夫をしております。
 今後、さらに救急機能を高めるための方策を実行に移すべく準備中ですので今しばらくお時間をいただきたいと思います。

 一方では、日本有数の高齢化県である秋田県の医療、特に高齢者医療、高齢者の救急医療などについて、現状の在り方で良いのか、根本から考えていかなければならない問題でもあり、個々の病院の対応や努力の範囲を超えた問題だと考えております。これにつきましては、今後医師会や病院協会を通じて秋田県にいろいろ問題提起していきたいと考えております。

 本日はAEDの実習もあるとのこと、私も勉強させて頂きたいと楽しみにしております。

 会の終了後には懇親会も用意されております。
 私は医師同士が、コメディカルの方々同士が互いに顔見知りになり、気軽に情報交換できるようになれば、それだけでも患者は幸せになる、と言う信念のもとに医師会活動や病院の運営に当たっております。
 その意味で、今夜のこの機会を有効に活用され、有意義な数時間を過ごして頂きます様、よろしくお願いして、ご挨拶といたします。


7/14(木)曇り 消化器科将来検討会議 
 
2:10起床、ドック判定総括x1、退院紹介状作成、液晶セッティング。5:20病院着。6:10回診他病棟業務。7:30-8:20消化器科将来検討会議。書類処理。9:00-14:30外来。書類多数。15:30-16:30回診他病棟患者対応。以降は淡々と業務処理。医局のマックOS-Xにもかなり慣れてきた。20:50帰宅、夕食。21:30就眠.

矢張りマックは商売下手か?(2)マックのお陰で居間の環境が変わったよ
 マックのCinema Displeyの20インチを諦めると機種選定の視野は大きく広がる。 この意味ではマックは商売下手さかげんはむしろ有り難い、と考えを簡単に変えてしまった。
 まずリーズナブルな価格の範囲での高解像度大型TFTと言うことでDell Conputerの24インチ、これは魅力的製品である。しかし、高機能の拡張カードが装着されていないと大型画面の機能が十分発揮できない可能性があるからちょっと脇に置く。
  日本製サードパーテイ製では19-20.1インチまでが対象となる。自分のPM G4  OS9.2で機能する20.1インチ高解像度TFT製品数機種をピックアップし、このうちから決めようと思いつつ、部屋の隅のTVの「NHKのど自慢」に目を移したら、今日も画面が微妙に上下に揺れている。 このTVは10年以上も前に購入した14インチで機能的に寿命を迎えている。家内や賄いの石井さんは大のTV好き人間であるから、使用頻度、使用時間も長い。よう働いてくれた。何れは液晶かプラズマの薄型TVも替えねばなるまいと考えていた。

 そうだ、この際、私が若干譲歩してTV機能付きTFTにすべきではなかろうか、とひらめいた。私は日祭日を除けば早朝1:00-5:00の4時間ほどしか用いない。他の時間帯にTVとして利用されるのであれば一石二鳥である。迷いなく IO-DATA社のLCD-TV194CBRとした。
 
 昨夜、製品が届き、私のCRTの位置に鎮座した。19インチのワイド画面はさすがに良い。A4サイズの一面が全部入る。だから、文章書きにはとても良い。作業がさくさくと進む感じ。アナログ結線で用いているが画質も私にとっては十分である。
 TVとしてはどうか??二人ともことのほか喜んでいる。だから私もうれしい。良い選択したものだと思う。
 今の心境は「商売下手のマック様、有り難う!!  」である。    ホントはマック製品を購入して、微力ながら支えたかったんだけど。マックは商売下手だね、とやはり思う。

http://www.iodata.jp/prod/display/lcd/2004/lcd-tv194c/


7/13(水)晴 県医師会常任理事会  
2:00起床。眠い。黒チビがじゃれついて貴重な睡眠時間を1時間ほど奪われた。ドック判定総括x1.総括・紹介状などいつもの如く。5:20病院着.6:00回診その他。9:00-14:00外来。書類処理多数。17:30-19:30県医師会常任理事会,病院にて残務、21:00帰宅、TFT液晶到着、セッティング。21:10就眠。多忙であった。

矢張りマックは商売下手か?(1)
   結局IO-DATA社のLCD-TV194CBRにした
 医局で利用しているソニー製19インチのCRT、これは当院で働いていた医師が東京に引っ越す際に住宅事情とかのために手離さざるを得ず、私がおし戴いた物であるが、二年ほど前から予告無しに点滅するようになってきて久しい。かなりの年期ものであるが、当時13-15インチが主流、17インチのCRTですら8-12万円もしており、私は自宅用には17インチで我慢していた。この19インチ、購入時には優に20万円以上はしたのであろう。それにしても19インチは作業環境も広く、能率も上がったし、作文していても書きたいことが次々と沸いてくる様なイメージで実に快適である。

 二年ほど前からか、点滅すると言っても数時間連続使用後にほぼ10秒ごと、不規則に一瞬に画像が消えてしまう程度で、それほど実害がないが、しょっちゅう生じると細かい作業をしているときなど緊張の糸も一瞬途切れてしまう。押し頂いた貴重な品であることもあって今まで我慢して使ってきたが、最近頻度が著しく増してきた。ちょうど私の不整脈のようなものだが、私の不整脈は程度としてはもっとひどい。

 一年ほど前からディスプレイ購入を考えてきた。その際、時代も進んで主流はCRTから完全にTFTの時代になって液晶も安価に購入出来る様になったから、少なくとも19インチ以上の大型の液晶、出来ればマック純正のCinema Displey、20-23インチのどちらかを購入しようと機会を狙っていた。やっとその決断の時期が来た様で、先週から具体的に機種選定を始めた。

 割高であるが画質の良さには定評があるから、思い切ってマックの純正品を購入したいと検討を始めた。何としてでも、たとえアダプターなどに出費がかさもうともCinema Displeyの20インチにするぞ、と決めて情報を収集、ショップにも相談したが、結論は自宅で用いているPM G4  OS9.2では使用不可能。もしどうしてもというなら最新のマックを購入しなければならない、との事であった。何と、マックユーザーでも利用不可能な製品であった。汎用機種、汎用機能を備えていないのはマックらしいが、これではよう売れないだろう、これで良いのかな?と思ってしまった。


7/12(火)曇-晴れ 医師会打ち合わせ 医局カンファ
1:30起床。ドック判定総括x1.総括・紹介状など書類処理、5:20病院着.6:30回診他定期処方、書類書き、9:00-14:00外来。医局のG3、廃棄する前にOS-Xにしてみたら生き返った。医師会打ち合わせ。再び書類書きに追われる。医局カンファ:小児科凝固亢進状態の一例。種々処理、20:50帰宅。21;30就眠。書類とOS交換に追われた日。

あの先生も、この先生もハードで大変そう、何とかして!!! 私は対象外だとさ(2)
 今、医療界では医師の多忙さ、特に病院勤務医師の多忙さが問題となっており、希ながら医師の過労死のニュースも聞こえてくる。そのために勤務医を続けていくことに限界を感じる医師、燃え尽きる医師、別の病院の医療に新たな展望を求めて去る医師とか、いろいろである。
 病院医師の多忙さの背景因子の分析、どうすれば解決できるのか、は共に重要な問題であり、私もメンバーの一人である日本医師会の病院問題検討会でも論点の一つとなっている。それとは別に、各都道府県毎にも特有な事情があり、各医療圏の医療提供体制の現状からの検討も必要である。

 病院医師の多忙さについては私も後に検討を加えたいが、医療機関がかかえているこの問題の背景ザッと考えてみると、●大病院志向による外来患者が多い●それに見合ったマンパワーが十分でない●高度専門分化による各医師の業務範囲が狭い●各医師が担っている業務が質・量の双方から不均一で格差が大きい●医師間の協調体制がとれていない・・・と枚挙に暇はない。

 こんな状況の中、多忙な医師が共通に抱いている不満は不公平感、雑務を担わされているという不満、業務量に見合わない給与、の3点が大きい様に思う。この点は各医療機関で解決していかなければならない重要な問題であるが医療機関の内部では限界がある。
 病院の各医師はもっと自分たちが置かれている立場の問題点を表明し、病院会や医師会を通じて発信すべきである。そうでなければ日本の病院医療は先細りになっていく。

  こんな堅苦しい問題とは別に、溢れるような業務量に追われつつ、身を粉にして仕事を処理している医師は決して少なくないが、必ずしも周囲の職員の見る目は同じでないのが面白くもある。若手医師、看護師から注目され、健康やストレスの心配される医師がいる一方で、私のように殆ど無視されている医師などいろいろである。この差は何だろうかと思う。結論は、みんなから近い存在、共有する時間が多いこと、言葉をかけやすい存在だからなのだろう、と思う。私自身は同情も心配されることも必要ないし、求めてもいない、と虚勢を張るが、ホンネはちょっと寂しい。多少愚痴ってみせるが、それほど深刻に考えているわけではないから通用しない。と、今朝はちょっと愚痴って終了。


7/11(月)雨のち晴れ 管理会議 療養病棟判定会議 長副会議 医師就業記録調査開始
2:00起床、ドック判定総括x1. 書類処理数編。5:10病院着.6:00回診他、8:00管理会議.9:00-14;30外来。医局メイン機種Mac PM  G3今朝から不調に。HDクラッシュか?i Bookに首座を移すが、OS対応法よく解らない。15:00来客。16:00療養病棟判定会議、16:30-18:50長副会議。議題豊富、処理困難。20:40帰宅、夕食、21:15就眠。

あの先生も、この先生もハードで大変そう、何とかして!!! 私は対象外だとさ
 私は講演では、中年以降の方々に対しては明日はない、兎に角
一度限りの一日だもの、濃厚に、じっくり生きよう、今日が全て、明日のことは解らない・・と強調している。これは私が年と共に実感・体感して来ていること、実践していることでもあるから、結構共感を生むらしい。講演の後に嬉しい評価が届く。喜んで貰えて私も嬉しい。最も、ネガティブな評価なんて聞こえてくるモンではない、そんなことは100も承知の上。

 ここまで来れば私の残された日々は半分以上ボランティアのようなもの。いまある自分は自分だけで作り上げてきた等との恐れ多い考えなど、ゼロではないがそれほど持っていない。それなりに努力はしてきたが、それだけで今の自分があるなんてちっとも思っていない。地域が、社会が、国が、患者さんも含めて、家族や友人達を含めて全ての方々が私を育ててくれたようなもの。とても挙げきれないよ。そうそう、私を育てくれたネコもいた。 何とかして社会にお返しをしていものだと考えている日々でもある。

 だから、与えられた仕事は感謝の気持ちで一生懸命やる。そうわざわざ思わなくとも自然に受け入れ処理している。自身はそれほどストレスとは思っていない。求められるもののうち私が出来ることは、可能であれば何でもやってあげたくなる。人が喜ぶ姿を見るのは良いモンだ。一緒に喜ぶ。だから愉しい。勿論、愚痴は言うが、自分ではそれほど深刻な状況ではない。

 ここ数年、病院医師は総じて業務がハードになってきている。耐えかねて去っていく方もいる。結果的に更にハードになる。診療もより濃厚になり、更に拍車がかかる。同じ診療科の医師でも業務は均等ではない。最近、若手医師、看護師から「
A先生も、B先生もハードで大変そう、何とかしてあげて!!」という悲痛な声が聞こえてくる。その通りだ。何とかしなければ・・・と私も思う。「C先生」「D先生」「E先生」あたりに私も入ってくるもかな、と若干期待してずっと聞いていても私のことはちっとも考えてもいないようだ。ちょっと寂しい。
何と!!  わたしは規格外扱いされているらしい。


7/10(日)雨、 病棟拘束  FF Tennis(中止)
2:00起床、ドック判定総括x1,医報校正など.夜半からのかなりの降雨続きFF Tennisは中止。時間的には余裕が生じた。医局のマックで用いている19インチのCRTが不規則に点滅し不調となっている。かなり我慢して用いてきたが目にも悪く限界。自宅にTFT液晶を購入し自宅のCRTを病院で用いることとし、午前中購入機種を検討し注文す。午後はVn、熱帯魚セット、黒チビ用室内ケージ片づけなど、久々家の整理。16:00-19:00病院で業務。19:30帰宅、夕食、21:00就眠。

自伝 秋田大学時代(1973-1985) (21)
慢性骨髄性白血病摘脾療法の全国集計を担当
 慢性骨髄性白血病の患者さん方は他の原因で亡くならない限り1-10年、多くは3-4年で突然悪化し、臨床的には急性白血病に近似した状態となる。この際、脾臓が腹腔内を占拠してしまうほど増大する。白血病自体の悪化による発熱や、出血傾向、貧血に加え、脾臓腫大に伴う激痛、腹部苦痛等は大変なものであり、多くは治療抵抗性で患者。医師団双方を悩ませたものである。
 この疾患において急性の悪化の場が脾臓であると言う染色体分析を中心とした基礎的研究結果と、その理論を背景にした初期の脾臓摘出は、恐らくこの疾患の急性増悪を予防し、生命予後の改善も期待できるであろう、更なる臨床的検討が必要である、とした文献は、私どもにとっても朗報であ?。

 当時、この疾患で悩んでいた患者さん10名ほどにこの新しい治療法を意義を説明、同意を得て脾臓を摘出した。血液疾患、特に白血病における手術は外科医師にとっても大変なストレス下の手術であったと予想されるが、大きな合併症もなく脾臓摘出が出来た。
 当時の血液関連学会にはこの治療法の演題が各地の大学病院から発表されていた。如何にこの治療法が注目されたかを示している。

 問題はこの治療法の臨床的評価である。各施設何れも数例程度でしかなく、これではこの治療法の臨床的意義など明らかに出来ない。当時のわが国に於ける治療デザインの設定はこんなものであった。基本的に新しい治療法の導入の際には学会レベルでプロジェクトチームを立ち上げ、一定の治療方針のもとで検討しなければ評価できる結果など得られない。当時から私はそう感じていた。
 秋大第三内科の教授が音頭をとって協力が得られた各施設の症例を集計し、数年間に渡って調査することになり、実務は私が担当した。集計対象となった症例は100数例ほどである。これほどの例であれば脾臓摘出の臨床的意義を明らかに出来るはずである。


7/9(土)曇  農村医学会 秋大泌尿器科同窓会(虚の会)
2:00起床、寝不足感。ドック判定x1, その他、医師会医報校正。5:10病院着、事務的処理、6:00入院患者家族と面談。6:30病棟回診、その他。退院総括他各種書類処理。10:30-13:20外来.結果的にさとみ温泉で開始される障害者退会には出席できず。以降は18:20まで山積みの院内業務処理に集中、かなり消化。18:30-20:20弥高会館秋大泌尿器科同窓会(虚の会)に出席.20:30中途退席し病院に、21:30迄業務し帰宅。22:00就眠.

貯金ならぬ貯脂  体重1キロ増加は約7,700Calの蓄積ですよ 
 成長期の体重増加は別だが、いわゆる脂肪太りの場合、体重1Kgの増加は約7,700Calの蓄積に相当する。混じりけのない脂肪は約9000Cal/Kgのエネルギーであるが、肥満は水分等の成分の蓄積も伴い純粋な脂肪だけの増加ではないから7,700Calと計算される。「2Kgも増えたのよ!!!」は看護師さん、患者さんからよく聞くが、これでは悩みのレベルが浅い。浅すぎる。今後は「15400Calも貯まっちゃった」と言いなさい、と私は指導している。

 日本ではBMIが25以上を肥満としているが、米国では25以上が「過体重」であり、30以上を「肥満」とみなしている。だから、日本よりも遙かに基準がゆるいと言うことになる。
 それでも米国人の肥満は1971年から2000年の30年間で、14.5%から30.9%に増加している。この原因は炭水化物の摂取量の増加だという。穀類の摂取量は詳細な統計は解らなかったが1970年には年間一人当たり679Kg、2000年には805Kgで、この間120Kgも増えたことになり、自動車社会の運動不足と相まってこれでは太って当然ということになる。米国では年間40万人の「過体重」「肥満」の人が、肥満が原因となった諸疾患で死亡している、とのこと。
 
 「ペットボトル」と「フライドチキン」と「ハンバーガー」は米国人の典型的な食パターンと言われている。私には理解できないほど貧しい食生活のように見えてしまうが、数日米国で過ごすとこの異常さは直ぐに体得できる。「でかい、多い、甘い、脂っこい」が私が受けた印象である。

 19歳以下の子供も15%が太りすぎていて、1980年から3倍に増えているらしい。
 米国のテキサス州の公立学校で、新年度から食堂から「フライドチキン」等の揚げ物が姿を消すことになった。「炭酸飲料」や「ポテトチップス」などのジャンクフードの規制は既に行われていたが、これに揚げ物禁止が加わった。テキサス州当局によると、州の子供のうち3人に1人が肥満児と断定され、全米平均の15%を大きく上回っているからやむなくこの措置に踏み切ったというが、この動きは国を挙げて注目されていると言う。子供の健康面からの心配でなく、テキサス州の規制が全米に広がった場合、牛肉と大豆油が、そしてめぐりめぐって家畜飼料となるトウモロコシの消費が大きく落ち込むことの心配、投機筋の心配らしい。

 日本では男性は肥満が増えているものの、BMIが18.5以下の「やせ」の女性は20年前の2倍に増えている。他国に例がない、日本特有の現象とみなされている。


7/8(金)晴れ 市町村互助会主催講演(鹿角市)  医師会打ち合わせ(欠) 法人理事会(欠) 
1:30起床、眠い、ドック判定総括x1、準備不足の本日の講演準備.5:10Taxi病院着、講演準備、6:30回診他.7:00患者家族と面談、回診紹介状、主治医意見書など、11:11-12:50JR普通にて大館に。迎えの車で鹿角市に。講演90分。17:51-18:20JR特急にて秋田に。留守中に新入院患者が入っており結構重症、家族面談他。本日の県医師会打合せ、法人理事会は欠席。業務処理後、20;45帰宅、夕食、21:10就眠.

「80点主義」が良いよ(2)
 人生なんて端数を付けようがないほどファジーである。それで良いのだ。52点だとか、76点の人生と評価する人は居ないだろう。せいぜい10点きざみであり、しかも全員が60点またはそれ以上のはずだ。人生には落第なんてないのだ。だから私は人間ドックの時に健康度の自己評価を100点満点ではなく10点満点で評価を問う。

 ファジーな評価は、裏を返せば人間らしさを表している。
 デジタル評価や機械判定は半端を出さない。凡人の場合、抜けた面を備えている人にほど親しさを覚え、内気な人に奥ゆかしさを感じ、慎ましやかさを好ましく感じるものだ。凡人の欠点は愛すべき長所でもある。

 一方、自分の弱さを平静な気持ちで受け止められるようになると、人はむしろ強くなる。満点でないことを当たり前と思うこと、その方が良いのだ、その方が実は強いのだ。しかも優しさを兼ね備えた真の強さなのだ、と私はいつも患者さんや周辺の方々に言っているのだけれど、なかなか解って貰えない。
 ただし、天才に必ずと言っていいほど備わっている、と私は思うのだが、あの人間的欠点、及び、性格異常の方の場合の欠陥は周りに多大な迷惑を与えるから同義ではない。全く別問題。このことは人間の歴史、天才の記録がいろいろ教えてくれている。

 だから、凡人、愛すべし・・である。人は不完全だから、それを自覚することで温かさ、思いやり、忍耐が備わり、心に奥行きが生まれて来る。「わかった、やり直すよ」と、気楽に言えるようになれば、失敗も挫折も乗り切れるし、のびのびと人生を前向きに楽しむことが出来る。失敗を糧にして同じ事を繰り返さないようにする、それだけで一歩前進、より一歩完成に近づく。人生は最後の一瞬まで等えが出ないからこそ面白い。凡人には、特に私には80点主義人生、これでいい。

 「81点主義」を提唱していたある先人が言っていた様に思う。何で81点なのですか?と言う問いに、その方は人生は「苦」の繰り返しだから「苦」x「苦」で81点です・・・と答えていた。絶妙である。私は更に一点退いて「80点主義」にしている。


7/7(木)小雨-曇  医局会 秋田県薬事審議会   
1:30起床。HDD判定総括x1.医報校正、紹介状返事他。5:15Taxi病院着、6:30回診その他、書類と格闘。9:00-13:40外来、混雑。13:40-14:15医局会は症例検討会。14:30-16:15秋田県第1回薬事審議会。17:00から病棟患者処置その他書類処理。20:40帰宅、夕食、21:15就眠。

「80点主義」が良いよ(1)  
 人生には完壁も及第も落第もなく、結果の良し悪しは自分の心で判断するべきもの。他人と比較したところで意味がないし、他人の評価なんてピンピンの時は気になるだろうが、コロリと死ぬ時になればそんなことはどうでも良くなるはず・・だ。

 私は人間ドック受診者に対して面接するときに、自分の健康度を10点満点で評価すれば何点ですか?と聞くことにしている。多くの方は7-8点程度かな・・と満足げに答える。いい笑顔である。4-6点という方、9点以上の方は少ないが、それでも同じようにどちらも良い表情で答える。具体的に何点付けようが、本人の性格もあり、それほど意味は無さそうである。今の健康状態にそれほど不足を感じていないようだ。それでもこんなに自己評価は低い。だが、これで良いのだ・・・と私は思う。

 しかし、検査の結果の説明の段になるとそう言うわけにはいかず異常なほど真面目である。中庸な自己評価であった方々の多くが突然理想主義、完璧主義に変身する。
 コレステロール、血糖、血圧など、数値で出てくる値に対しては敏感である。少しでも異常だとかなり心配する。学校の試験であれば100点を取れば満点、60点以下では一般的には及第点ではないと評価される。そんな中、多くの方々は60-85点ほどで通過してきているのだろうし、そんな点数に慣れっこになっているはずなのに、何故かドックの時の検査値については100点満点でなければ満足しないし、納得もし難い。しかも、でっぷり肥って、飲む、吸う、運動不足と、不健康な生活習慣を全部に身につけながら・・である。

 私は検査値も絶対値より甲乙丙的、あるいは松竹梅的なファジー的評価しかしないし、それをもとに生活指導をすることにしている。
 


7/6(水)雨 医療行政懇談会+情報交換会   
1:30起床。風邪か?体調やや不調、ドック判定総括x1、5:20病院着.6:20回診他病棟業務。9:00-14:00外来+ドック診察。15:30-17:30医療行政懇談会。「全ガン登録」「介護保険関連施設整備の現状」「秋田県医師修学金制度」。17:30から出納長を迎えての懇親会。何か異常なほど盛り上がって中締めの宣言を出し難い雰囲気であった。20:00病院、早朝分の仕事を持参して20:50Taxi帰宅。21:30就眠。

秋田県健康福祉部との医療行政懇談会 「秋田県医師修学金制度」について意見交換
 秋田県医師会と秋田県健康福祉部との懇談会は年2回定期的に開催されている。ここ8年ほど医師会側の司会を担当、時に話題も提供しているが、年々互いに若干のホンネも交えて語る事が出来るような、良い懇談会になってきている。
 
 本日は本年度の第一回目の会が行われた。
 県の本年度の業務計画の説明の後協議に入った。県医師会側から「全ガン登録」「介護保険関連施設整備の現状」「秋田県医師修学金制度」について話題提供し、質問事項を上げて協議した。
 
 このうち私は「秋田県医師修学金制度」について述べた。資料として秋田医報の巻頭言(当 HPの医師会関連コーナーにも掲載)を用いたが、まず、これを県の関係者にお読みいただいただけでも目的は達したようなものである。その中から論点を以下の9点ほどに絞って具体的に質問した。

●修学金貸与対象者を秋田県の高校卒業者に限定するのは何故か。
●医学部に在籍中の学生でなく新入生のみを対象にしているのは何故か。
●返還免除の条件にある公的医療機関に勤務、というのは私的医療機関軽視でないか。
●返還免除になる9年間は修学金の貸与を受けた医師は私的医療機関に勤務出来難くなる。不公平でないか。
●新臨床研修制度は国の制度で公私の別はないが、この制度のもとでは修学金の貸与を受けた医師は私的医療機関で研修し難くなる。不公平でないか。
●医師の研修、修練には約10年ほどの歳月が必要。従って、この制度は県内の医師の充足率は増すであろうが、県南県北の医師の充足には直接寄与しないと思うが如何か?
●この制度が実効してくるためには約10年間の歳月が必要である。その間、県内の医師確保に対して、この制度以外にどの様な方策を実施するのか。
●この制度が実効してくる迄の間、この制度の不備な点を改訂していくつもりはあるのか。
●公的大病院は総じて急性期医療志向であり、秋田県の実情から見てアンバランスである。それを私的医療機関が緩衝している。県ではこの様な重要な働きをしている私的医療機関についてどの様に評価しておられるのか。

 県側から得られた答弁は総論的、一般論的なもので到底満足できるものではなかったが、それでも私の話題提供の意義はほぼ達したと思っている。


7/5(火)雨  医師会打合せ 県医務薬事課来訪  医局会
1:30起床,ドック判定総括x1、医報校正、5:20病院着。回診他。9:00-14:00外来、15;50県医師会に、打合せ、医務薬事課来訪打合せ。17;30-19:00医局会、喫煙問題、外科処置時の抗血栓療法、他。新入院対応、21:00帰宅、21:30就寝.

明後日、久々の講演は「抗加齢医療について」も取りあげる
 最近、院内業務量が増加し、外来、入院患者、更にドックの対応に圧倒されているために講演の機会を減らしている。その時点時点で暇だと思ったことは一度もないが、最も多かった時期には年間30数回も講演をこなしてきたので、それなりに時間の調整が出来ていたことになる。が、それも苦しくなってきて、昨年度は20回前後に調整した。本年度は既に10件ほどお断りした。それでも3月末までに10数回予定されている。

 明後日は約一ヶ月ぶりで鹿角市で市町村職員互助会主催の講演の予定。
 今回も話題の中心は、疾患とか病状を取りあげるのではなく、ヒトとして、摂理として「生老病死」をどうとらえるか、その中でどう生きるべきか、である。ただ、従来は私の医療観、東洋的諦観?をもとに話題を作ってきたが、今回は20歳代から60歳代までと幅広い対象と言うことなので老年医学的な話題は少なくし、最近注目されてきている「抗加齢医療」についても触れてみたいと思っている。
 基本は老化の機序について「テロメア学説」「活性酸素説」「プロテイン・リンケージ説」「内分泌説」等の最近までの知見を解りやすく述べ、対応としての
「ホルモン補充強化療法」「再生医療」等についても現況についても述べる予定である。

 しかし、基本的に抗加齢医学、抗加齢医療が発展しつつあると言っても生活習慣の調整が最も重要であることは論を待たないし、ヒトが老化していく事を止めることは不可能である。さらに、その様な生活習慣の調整や医療そのものが目的であってはならず、それで得られた時間、健康状態を自己の人生の中で、あるいは人間としてどう用いるか、本来はそちらの方が先行させたい重要事項なのだ、と思う。その点が、わたしが最も強調したい部分である。


7/5(月)曇・雨  管理会議  療養病棟判定会議  長副会議   スギヒラタケ関連脳症検討委員会
1:30起床、ドック判定総括x1、紹介状。5:15病院着.業務ソフト自宅に忘れ、徒然等更新できず。事務処理、回診他。8:00-8:45管理会議。9:00-14:00再来+ドック結果説明。紹介状返事2通、16:00-16:30療養病棟判定会議。16:00-16:30院長不在のもとでの長副会議。懸案多数。18:30-20:00スギヒラタケ関連脳症検討委員会。20:30帰宅、夕食、21:20就眠。

オールド・ボロ・ハーレー(2)
 このバイク1992年製だからもう15年になるがオドメーターはまだ23000Km程度しか示していない。その内の15000Kmは最初の5年間ほどで到達し、その後は10年ほどかかっても高々10000Km程度である。要するに年間1000Km程度と殆ど乗っていない、と言うか、その気はあってもなかなか乗れない。
 購入した時期には週一回秋田から60Kmほど南にある大曲市、現在の大仙市にある大曲中通病院の外来に1/週行っていた。通常はJRを用いていたが、初春から初秋にかけて、天候に相談しつつ、時々ハーレーを利用していた。その時は若干遠回りして帰院することもあった。当時も忙しかったが、今に比べれば若干は余裕があったことだろう。大曲に行かなくなってからは、ほぼ市内の通勤だけで、往復でせいぜい9Km、に用いるだけとなった。

 ハーレーの弱点はとにかく重いこと、300Kgもある。とり回しは華奢な私にとってとにかく難しい。
 エンジンをかけた直後のチョークとアクセルのちょっとした操作ミスで不調になりやすいこと、寒冷期には乗っている私も凍えるが、キャブレターのオーバークール(?)によって不調になることも挙げなければならない。
 単純で頑丈な構造が幸いしてか、丈夫なことが最大の取り柄だろう。ただ、この丈夫さには当たりはずれがあるんだそうだ。運の悪い場合にはオイル漏れで悩むらしい。その面では良いのに当たったのかも知れない。このハーレーの1年前に購入したヤマハのXV-250は今はガレージの中で休息中である。フォークオイルの漏れ数回、クラッチ板の固着などもあったが、今度はキャブレターがいかれたらしい。エンジンがかかるがアクセルに充分反応してくれない。修理してもあまり乗れないのでもうしばらく放置しておくこととした。外国製のバイク、特にハーレーは金食い虫、やはり国産が良いと言う意見も聞くが、私の場合は逆でヤマハのが金食い虫で、ハーレーへの出費はは車検費用だけである。

 ホントはこの季節もっと乗りたいのだが、荷物が多いとまず駄目。大きめの革製のリュックに残業を積めるだけ詰めこむが、量によっては諦める。毎日天気予報を調べ、通勤時間帯の降雨率が20%以上の時は諦める。また、路面が濡れている時は考えてしまう。白線、マンホールの蓋、工事中の所に敷かれている金属板の上は滑って危険極まりないからである。大型バイクは不利な条件で斜めに傾いた状態で停止したとき等とても支えきれない。

 私は走る事を目的としたツーリングは一切しない。目的地に用事があるときだけの実用的な使用だけである。だから、多分、今後もせいぜい年間1000Kmほどしか乗らないだろうが、丈夫なだけまだまだ機械としては乗れそうである。長く楽しみたいものである。


7/3(日)快晴 病棟拘束 FF tennis  
0:30リハビリ当直室で起床、家内こまち最終で無事帰宅。ドック判定総括x1。新しいマックでデータ何度も紛失、無駄に時間喰う。総括、紹介状、主治医意見書等など数件。7:10検食、8:30病院に移動、9:30帰宅、10:00-13:00FF tennis、2-6, 11-11で時間切れ.またも敗退で反省しきり。超快晴で暑いが絶好の日和であった。午後は自宅でゆっくり業務進める。16:30-19:00病院。回診・事務処理など。19:30帰宅、夕食。20:300就眠。

自伝 秋田大学時代(1973-1985) (20)    
慢性骨髄増殖症候群の臨床的、造血幹細胞学的研究に移行
 第3内科の初代の教授は若いときに骨髄線維症の臨床病態をまとめた方である。
 そのために血液学の分野の中でも慢性骨髄増殖症候群と言われる慢性骨髄性白血病、骨髄線維症、真性多血症、原発性血小板血症の病態の解明に意欲をお持ちであった。
 クロラムフェニコールの造血器障害に関する研究を終わらせた時点で教授からこの分野について研究を進めるよう指示があり、私自身も関心があった分野なので先の研究の過程で身に付いた造血幹細胞の手技を応用して検討を開始した。

 慢性骨髄増殖症候群は疾患によって病態は大きく異なるが、総じて白血球、赤血球、血小板数共に著増する疾患群で造血幹細胞の動態から見ても解明すべき分野でもあった。
 それにしても、その前までは白血球、赤血球、血小板数共に著減する疾患の一つである再生不良性貧血の病態解明をしていた自分から見れば180度の方向転換である。しかし、これらの研究を通じて臨床的に広い分野により深く知識を得ることが出来たし、治療法についてもいろいろ考えることが出来るようになったので自分にとっては良い環境、条件であった。

 当時、慢性骨髄増殖症候群の中で発症頻度が多いことから代表的疾患であると見なされている慢性骨髄性白血病は長い歴史を持ちながら決定的治療法がなく、抗腫瘍剤を経口的に用いて単に白血球数をコントロールしていただけであった。しかし、結果的にこれらの治療法がこの疾患の患者さんの生活レベルの不便さは、不快さは改善できていたが生存期間は一切改善していなかったし、この疾患の患者さんの多くは末期には大きく肥大した脾臓由来の苦痛に苛まれ、この時点での治療には難渋していた。
 当時、教授はこの疾患の生命予後、臨床症状の軽減について何らかの新しい治療法を考慮されていた。その様な中で、病初期の脾臓摘出が臨床像を大幅に改善し、ひいては生命予後の改善も期待できると言う欧文の文献が登場し、私どももそれについて検討を開始した。


7/2(土)快晴  山田カップテニス リハビリ当直
1:30起床、家内不在はやはり音量を上げての、ながら仕事。バッハ、アルビノーニ等数曲、ドック判定総括x1、他、5:15病院着.事務処理、回診他。8:45救急カンファ、総括、10:30-13:00再来。13;00太平山テニスコートに向かう。往復30Km、快晴の中、久々にハーレーで飛ばす、爽快。2試合に出場、共に相手側の自滅とペアの活躍で6-3、6-4.16:40病院に戻り、17:00リハビリ病院に当直。18:30検食、若干の業務、雑誌等。20:30就眠.

オールド・ボロ・ハーレー(1)
 本日の日赤病院、医療関係者による男鹿南秋テニス同好会との年に一回の交流試合。市内から10数km郊外の太平山テニスコート。この日は年に何回かあるかないかの、郊外を私のオールドハーレーで走れる機会である。僅かに往復30Km、それでも快晴の中、エンジンをゆっくり回してゆっくり走る。実にいい気分であった。

 このバイク1992年製で、つい10日ほど前に6回目?に当たる車検が出来上がってきたばかりである。アルミ部分、クロームメッキ部分もすっかり錆びあがって、私にとってはやっと好みのスタイルになって来たという感じで、とても気に入っている。ハーレーの特徴であり、かつ、セールスポイントの一つにクロームメッキのギラギラ部分があるのだが、ギラ・ピカで私の好みには合わなかった。このFLSTOF(Fatboy)と呼ばれる型式の製品はかなり前にあった車式で、長く絶版となっていたものをこの年に復活させて新発売したもの。全体に地味な作りである。私が一目で気に入ったのは色がグレイのモノトーンであったこと、前輪のフォークも車輪のリムもアルミ製、スポークは無くアルミ板で出来ており、全体的に光り物が少なく、旧式の地味なイメージを残していたことで、そのスタイルで購入を決めた。
 この年式車の輸入台数は150台。正規ディーラーには最早在庫なく、並行輸入車を取扱う店のネットワークで大宮と郡山に各一台残っていたのを取り寄せたもの。

 ハーレーと言えば、愛好者の多くはよくピカピカに磨き立て、いろいろアクセサリーを着けて飾り立てる。だから、ハーレーと言えばそのイメージらしいが、私の行き方はこれとは真っ向から異なっている。しかし、私もそうやっている、としっかり誤解されているようだ。新車の頃は磨かなくても、ギラ・ピカであり、恥ずかしい思いで乗っていたものであるが、今は平静な気分である。

 その後、毎年その年式の新車が発売になる。基本構造は変わらないが、カラーも光り物も最早私の好みから遠く離れている。私が購入したタイプをあの年に見逃がしていれば、そして、秋田で手に入らないときいて簡単に諦めていれば、恐らく私はハーレーのユーザーにはならなかったであろうし、今のが駄目になっても更新する気は一切無い。


7/1(金)曇・雨  体調不良 医師会打ち合わせ(欠) 院内感染症対策学習会
1:30起床、やや寝不足、微熱とカゼ症状にてやや不快。家内不在にてボリューム上げて「深夜便」「神田川」聴く。ドック判定総括x1、紹介状、5:10病院着.事務処理、回診他。ドック関連業務。10:30-13:30新患補助+再来。13:30新入院対応、骨髄検査ほか。主治医意見書、医報原稿校正など。体調不良にて医師会打ち合わせはキャンセル。17:15-18:20院内感染症対策Video学習会。20:50帰宅、夕食、21:20就寝.

医療評価機構「認定保留」(2)  対応が遅すぎるよ、評価機構様
 昨日届いた医療評価機構の認定結果は「改善指摘項目」、「留意事項」各一項目のため「認定保留」。この2項目については今後白黒をはっきりさせた対応を行い、再審査をうける。これで認定は間違いなし。大体、500床を超える病院で「改善指摘事項」が僅か一つというのもたいしたもんだ、と思う。当院は現実に認定今一歩の処まで到達している。私は心から満足しているし、全職員と共に喜びたい。

 それにしても受審後3ヶ月待って、「紙切れたった一枚」での認定結果が届いただけ。更に、受審後6ヶ月以内に、すなわち今後3ヶ月以内に詳細が報告されるので、それを参照して対策をして欲しい、とある。これはあまりにも対応がトロイのではないだろうか。何で結果を出すまでにこれだけの時間が必要か??聞きただしても機構の方は慎重を期して、何段階かの審査を経て最終的に判定会議にかけるからだ、と機械的に言うに違いない。一部は多分そうだろう。しかし、納得できない。

 当院の場合、審査最終日の講評での指摘事項と結果報告の内容と何ら異なっていない。サーベイヤーの総括・報告書は恐らく上記2点以外には大きな問題を指摘しなかったはず、だから、報告書は直ぐに出来上がったと思う。判定会議まで何段階かの検討の遡上には上ったのであろうが、新たになにも付け加わっていないから、たいしたプロセスではないだろう。要するに、判定会議順番待ちとしての200番目ほど??(100%私の予想で根拠無し)の処にファイルが差し込まれ、ひたすら処理順番をまっていたのだろう。

 機構の方ではこれから詳細なレポートを準備するという。何で出来上がった詳細なレポートを元に判定会議にかけないのだ??これはおかしい。判定が出てからじっくりと最終レポートを書く??順序が逆でないのか??「保留のための保留」の説明という指向性で作文が作られる?当事者としてはそう勘ぐりたくなるね。

 今、医療機関の多くが日本医療評価機構の受審を準備している。私どもが受けた3月はVer4による受審の最後の時期で駆け込み受審も多かったと予想される。その月は約80件の審査が行われたという。機構の方でも大変な時期であったと思う。しかし、受審を受ける医療機関の側でも大変だったのだ。
 受審当日まで全職員の中で「何としてもやり遂げる、と燃えさかった炎」は、結果まであまりにも長いがために、ちょっとだけ疲労感と共に火力が落ちている。第三者の評価を受けることで医療現場をもっと良いものにしていくためには、結果までの3ヶ月、更に、報告書が届くまでの次の3ヶ月は余りにも長い道程だ。


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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
  日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。時間的に余裕無いのが悩みです。


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