徒然日記

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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先月の日記          来月の日記

9/30(火)曇 総回診 医師会打ち合わせ 医局会
1:30起床,眠い。ドック判定総括x1、 紹介状返事x1.5:40病院着.回診、その他。9:00-13:30外来+ドック結果説明x2. 14:30病棟.16:00-17:00医師会打ち合わせ.17:30-19:00医局カンファ(欠)、残務処理.20:30帰宅。21:15就寝

マスコミの世論操作.コメンテーターの利用に作為が見え見え
 東京慈恵会医大青戸病院で昨年11月、前立腺がんの摘出手術を受けた千葉県の30歳の男性患者が1ヶ月後に死亡し、警視庁は9/25業務上過失致死容疑で医師3人を逮捕し、診療部長と麻酔医師2人の計3人も書類送検した。手術は内視鏡業者から術中に器具の説明を受け、マニュアルを見ながら行ったとして、異例の強制捜査に踏み切ったもので、あらゆるメディアが大きく取り上げた。

 新聞報道から知る範囲では本来動物やシュミュレーションで行うべきレベルの技能訓練を患者に対して行ったものと見ることが出来る。患者の安全への配慮等は始めから欠如している事から見て,治療方針が決まった段階から結果が見えすいている。それだけでなく、手術の過程でも安全確保への配慮が不十分であったと言わざるを得ない。事件は免許がある医師によったものなので容疑は業務上過失としているが、事実上医療ミスではなく犯罪行為に近いと私は思う。医療関係者の立場から見て驚くべき内容で、この様な事件は第一線の病院では患者の安全を何よりも優先するからまず生じ得ない。大学病院という組織の問題点がさらけ出された、と言えよう。
 泌尿器系の専門学会は緊急に理事会を開催し,再発防止についての声明を発表したが,当然である。
 それにしても日医は・・・??と思う。

 どんな事件の記事でも新聞,TV等では有識者,評論家のコメントを掲載するか画面に登場させる。確かにニュースの意義をより知ってもらう為には有用な方法であるが,この手法には作為が見え透いてならない。報道がわの論理に沿ったコメントのみ利用されるし,多くを語った内容のうち,都合のいい部分のみをピックアップして使われる。前後の論旨が全くない状況で一部分だけの利用ではコメントした方も困る。例えば街頭インタビュー,何十人からか意見を集めても利用は都合のいいことを述べた1-2人程度。これでは善意で意見を述べ,登場した方々は知らず知らずのうちにマスコミの世論操作に荷担していることになる。マスコミは反対意見も取り上げなければ不公平だ。

 私は県医師会で広報も担当しているのでインタビューを受ける機会は少なくないが,そのコメントが新聞に短く掲載された朝,何度か病院関係者から抗議や苦言の電話をもらい閉口したことがある。

 今回の青戸病院事件のコメンテーターも同様の役目を担っていた。視聴者にはマスコミの意向を逆に読む視点が必要となる。


9/29(月)曇り 管理会議 長副会議 
2:30起床。ドック判定総括x1、メール返事多数送付.5:20小雨の中バイクにて病院着。この季節でも早朝は寒さが身に凍みる。もう私の通勤には適さないかも。事務処理,回診.8:00管理会議.9:00-14:00超混雑外来+ドック結果説明兼生活指導x2、外来前半は不整脈多発して不快,切れ目で若干微睡んで改善した。午後は医療評価機構関連、紹介状準備、16:30-17:00長副会議。20:50帰宅。ハードな一日であった。何もせず、出来ず21:30就眠。
 
患者サービスと言う言葉(2)  私のジレンマ
 サービスという言葉の意味は実に広い。公務員の勤務・服務、官庁等の部門、兵役、神への仕え、尽力・世話・貢献・奉仕、役立つこと、援助・・・である。
 この中で「患者サービス」という言葉はどんな意味で使われているのであろうか。まだ定義なんて無いんじゃないか。だから、耳障りの良い言葉が安易に一人歩きし、医療が「一般的なサービス観」の対象として混同されて来ている。われわれ医療人は医療の本質を見失うことがあってはならないのだ。
 
 最近の患者,マスコミもそうであるが,医療の中にコンビニ的発想すら持ち込み、その視点でサービスが良いか悪いかなどと判断してくる傾向が強くなってきた。これぞいましむるべきその混同である。「患者様」の呼称もそれに近い。

 
われわれ医療人は、見せかけの「サービス」よりも「本質的に何が患者のためになるのか、ならないのか」から発想を進めなければならない。不満は声が大きければすぐに話題になるが、静かな満足感、深い喜びは声にならない。不満を解消していく姿勢は失ってはならないが、本当に大切な患者の生活の質の向上や、生命に対する責任感はそんなサービス精神の中からは生まれてこない。患者が医療機関を訪れる目的の一つは「不安」であり、各種の症状・愁訴である。不安を受容し、支え、生きることに自信を持っていただく、・・・だから、患者はじっと待つのだ。じっと待った患者に「待った甲斐があった」と感じていただくようなそんなサービス、それが真の「患者サービス」なのだ。

 日本の医療は、それこそ医療に携わる者の犠牲的なサービス精神で成り立っている。その厳しい医療環境は小泉内閣の医療改革で更に厳しくなって行く。こんな状態で、安易な
「一般的なサービス観」による患者サービスにこころを割いていく余裕は無い。余裕のない状態で患者サービスへの本質を見失ったサービスを展開すれば、99人の患者が便利さを手にするかもしれないが、その影で1人が不利益を被る可能性が生じてくる・・・かもしれない、そんな環境なのだ。

 しかし、私のような考えでは医療機関は成り立って行かなくなるだろう。これが、医師個人としての自分と、職務上での自分との間にある現実的ジレンマである。


9/28(日)超快晴  FF tennis 
2:30起床、ドック判定総括x1. ほか。昨日,仙台駅で購入した数冊の本の一部を読む。6:30タクシーにて病院へ、回診その他処理。11:00バイクにて帰宅。Vn、MD操作等再検討。13:00-16:45FF tennis。8-6、4-6,6-2、2-6と何とか分ける。前半体調悪くて不調。風邪でも? 千住真理子が新しい楽器で録音したというCD「Cantabile」購入,なかなか良い。18:00-20:15来客。20:30外食へ。目当ての所は時間切れで入れず近くのレストランで済ました。21:50帰宅。22:00就眠。

ビギナーズラック(2) ボーリング
 大学に進学した昭和40年頃、日本中でボーリングがブームになり始め,テレビ中継等も盛んになっていた。私はそれまで全く近づくことはなかったが、大学一年の夏のある朝、同級生の一人誘われておそるおそるボーリング場に入ってみた。当時,空いている時間帯と混み合う時間帯では値段が異なり,1ゲーム200-300円前後、それでも待ち時間1-2時間は当たり前。学生には高嶺の花であった。ところが、西大畑の寮の近くのボーリング場では早朝割引という企画があって、朝6:00-7:30迄は1ゲーム50円、さすがにこの時間帯は待ち時間なしで行けばすぐに楽しめた。私と友人は当然この時間帯を選んで週1-2回、一回あたり2-4ゲーム、半年間ほど続けた。

 ナンと、パチンコでも最初の日から運良く入ったのと同様 、初めて投げたボールがストライクになったと言う幸運を味わった。 なんだこんなものか!、と思いつつ、全く自己流で練習を続けた。半年で平均150-170程度となったがそれ以上は伸び悩んでいた。半年ほどで朝のこの企画はなくなり、朝の10時開場で値段も通常になったのを機会に定期的な練習は止めたような気がする。そのあと新潟ではどの程度ボーリングをやったのか、殆ど記憶はない。大会などへの出場経験はなかった。
 
 大学での練習の成果は卒業して岩手県立宮古病院に赴任したときに花が開いた。時たま病院職員とやっていたが、平均160点ほどでこれでも病院内では良い方であった。地元のある大会に薬剤師等と4人でチームをつくり出場、192点、234点という思ってもいなかったハイスコアが出てチームは準優勝、私はハイスコア賞を戴いた。これ以降は殆どやっていなかったが、3-4年前には久しぶりに仙台で知人とやる機会があり、198点が出て自分でも驚いた。以後は全くやる機会はない。

 ボーリングでスコア200以上が一回,190以上を数回だした事は私の良い思い出の一つになっている。実は私にとって記憶に残る
ビギナーズラックはもう一つあり,宮古病院赴任一年目の秋,初めて参加した院内の磯釣り大会で規定の5時間で5.2Kgのアイナメ他を釣り上げて優勝したことである。このときはカモメも一羽釣れたのも残る思い出の一つである。


9/27(土)晴れ 仙台も晴れ 日本医師会と東北医連の懇談会 
2:00起床、ドック判定総括x1. 再検査結果報告.5:20病院着。回診他。8:10ドック診察x5、10:00-11:30外来。12:02こまち。14:30-15:40仙台ホテル、知人と面談。16:00-17:00仙台プラザホテル、日本医師会と東北医連の懇談会+懇親会。主たる話題は来年度の診療報酬改訂に関する取り組み状態の説明。全体に日医の読みは甘い印象を受けた。席上日医坪井会長は私の質問に怒りを露わにした。19:38こまち、22:00 帰宅、3:00就眠。

坪井日本医師会長、慈恵医大青戸病院事件関連の私の質問に怒る
 協議のその他の部で、私は今回の慈恵医大青戸病院の前立腺内視鏡手術に関して日医の見解を発表するよう要望し、考え方を質問した。

 今回の3人の医師逮捕に関して報道から知る範囲では、医師としてモラルの欠如、患者の安全を守る仕組みの欠如の結果であり繰り返してはならない極めて遺憾な事件である。一部の医師、ある病院の中で起こったこととはいえ、その様に矮小化して考えるべきでなく、医療界全体で考えるべき問題である。

 私は、日医は学術団体として、倫理綱領を持ち、会員の自浄作用の向上を謳っている医師の最大の団体であるが、この件について何らかの見解を発表したか、あるいは発表する予定はあるのか、について質問した。
 坪井会長は、大変な事件として認識しているが、ことの真相が分からないので見解は出せないし、出す予定もないと述べた。

 私は更に追加して、ことの真相の判明は常に相対的なものでいつでも不十分であり、その立場ではいつも不可能である。判明している情報の中で限られた範囲でも対応すべきである。日医は以前から医療界の事件、(たとえば富士見産婦人科事件、ハンセン病関連、薬害エイズ・・・)に関して結局何ら見解を発表して来なかったことは何故なのか、について問うたところ、坪井会長は突然機嫌を悪くし、怒りだした。決して何もしてこなかったわけではない。倫理委員会等を立ち上げて十分対応している、それらの動きについて勉強不足である・・・。今日は気分良く東京に帰れると思っていたが不快である、とのコメントであった。
 迅速な見解の発表の必要性について問うていたのにポイントのずれた返事で、それ以降は担当の糸氏副会長が常識的見解を述べた。更に追加しようとしたが、議長は継続を認めず、協議会は終了した。

 この程度のやり取りで激高するようでは、今後のことが思いやられる。3月は執行部改選時期であるが、次期坪井体制はあり得ないと言うことが実感されたやり取りであった。


9/26(金)晴 曇  早朝,北海道で大地震  法人理事会   
2:20起床、ドック判定総括x1、紹介状・返事x1等.4:50頃に緩やかな横揺れ震動の地震あり。揺れは大きいがガタガタと音を立てるでもなくあくまでも静かな揺れ。NHKラジオは緊急情報を繰りかえし流している。津波も伴うとの判断。
浦河町では震度6弱、マグニチュード(M)は8.0と推定され,かなりの大地震。5:20病院着。回診、6:00過ぎにも同様の揺れあり。9:30から基本検診中心の外来。検診7-8名+再来数人、新患4人ほど13:30終了。ドック説明x1、病院問題懸案事項検討など.17:30-18:45法人理事会.残務20:20帰宅.Vn、21:00就寝。

患者サービスと言う言葉,本質の追求,維持と主張が大事
 本日の理事会において最近の受診者数の低下傾向が話題になり,私は大病院の外来患者数の減少は全国的傾向であり,秋田市内の病院でも総じて同様であること,その因子として開業ラッシュ,処方日数の長期化が大きいと見解を述べた。実際には,これに加えて3割負担になってから保険者側の統計では2-3%レセプト枚数が減少しているという統計もあり,受診抑制の因子も否定は出来ない。

 その席上,病院はかかりにくい,患者の視点に立ったサービスの視点が欠けているのではないかとの指摘もあった。患者接遇に関して職員の表情が今ひとつであるとか,診察後の会計等の手続きの煩雑さ,待ち時間の件などが例としてあげられた。痛い指摘であった。具体的な項目より,日常よりかかりやすい病院に改善していくという視点が乏しくなりかかっていたことを指摘されたととらえ,謙虚に受け止めなければならない。今進行させている医療評価機構受審の過程,とても難渋しているが・・・,を通じて,第三者的視点から多くの問題点が挙げられ,改善が進むことは期待できる。

 最近、病院の内外に「患者サービス」という言葉が氾濫している。それ自体は大変結構なことである。しかし,「一般的なサービス観」は相対的なものであり,これで良いという到達点はない。従ってその視点からは,どんなに改善しても常に問題点を指摘され続けるだろう。われわれ医療従事者にとっては果てのない厳しい現実であり,キリがない世界である。

 ここで大事なことは「患者サービス」と「一般的なサービス観」とを混同してはならないと言うこと。われわれは医療従事者として「患者サービス」と言う言葉の持つ本質を絶対に見誤らないことが重要である。
 医療機関におけるあるいは医師にとっての「患者サービス」の第一は言うまでもなく(1)間違いのない診断→(2)苦痛を取り除き→(3)治癒に導くこと、であり,この場合の「患者サービス」の意味は絶対的到達点として設定できる。患者の健康面を含めて生活の質が向上することは、医師をはじめ医療に携わる総ての人の願いであり,患者さんの一人一人に対して、このような祈念の気持ちを強く抱いている・・と思う。これが「患者サーピス」の源であり,原点である。これに,常識から逸脱しない程度のいわゆる一般的サービス観を欠かないこと,と私はとらえたい。


9/25(木)晴  総合内科診療部会 県議会議員と県医師会との懇談会 
 
2:00起床,ドック判定総括x1、紹介状・返事x1等.5:20病院着。回診ほか、8:10ドック診察4名。9:00-13:30外来、13:30ドック説明1名.13:45-14:30総合内科病棟診療部会.再編成前より病棟の運用状況厳しくなっている様子。17:30-19:30県議会議員と県医師会役の懇談会.十分に盛り上がり懇談出来た。20:00帰宅。ラフマニノフ作曲「ヴォカリーズ」Vn版に着手。21:00。昨年の今日は本日と同じ会場で瀬戸名誉院長を送る会であった。一年過ぎるのが実に早い。

県議会議員と県医師会との懇談会。十分なインパクトがあったはず
 本日はここ数年恒例化している県議会議員と県医師会との懇談会がView Hotelで開催された。議員の方々は議会開催中の多忙な時期にもかかわらず約30名が出席された。懇談の中では会長より「日本の保険診療の危機」、「株式会社の病院経営への参加」など、私から「秋田県におけるSARS診療体制構築」について話題を提供した。共にカレントな話題で県医師会の主張する真意は十分に伝わったと思う。

 特にSARSに関しては、議会では県の担当部署から説明を聞いたとは言うものの、各議員には殆ど感染症有事としての認識が伝わっていなかったことが解った。それは当然である。県のSARS対策の実務的担当者とは頻回に面会し、互いに情報は共有している。そのために危機管理上の認識は殆どわれわれに近いが、課長、部長と責任が大きい立場にある方々ほど日和見的であって認識は甘いと言わざるを得ない。議会での説明も殆どは部課長等の管理者によって成されるために、県の対策の最終決定をすべき県議会自体が判断が甘くなるのは自明の理である。幸い明日からが本格的な協議とのことで、本日の懇談会での話題提供は十分にインパクトを与えることが出来たのものと評価するし、可能であれば議会の場で医療の専門家の立場からの意見を聞いて欲しいものだと思う。

 SARS対策に関しての討論で解ったことであるが、県民のための種々の政策の決定等が現場の声が直接反映しないような状況や、報告、管理者の説明等をもとに成されているとすれば、心寒いものを感じる。これでは県の政策の中で実務を行わなければならない立場のものにとっても、県民にとっても、実に不幸な話である。


9/24(水)晴れ 若美町払戸中学生来訪 初期研修マッチング 県医師会理事会
1:00やや早いが起床。人間ドック判定総括x1、紹介状・返事x1,秋田医報原稿校正等処理。5:40タクシー病院着。回診,定期処方他。9:00-13:30外来.14:00-15:00県医師会に若美町払戸中学生来訪,自由学習としてAIDSを勉強に。いろいろ質問に答える。15:30-16:00病院にて初期研修マッチング。16:30-18:30県医師会理事会。病院にて紹介状ほか,20:30帰宅、21:00就寝。時間に追っかけられた一日。

欧米資本の進出、氾濫 かつての日本経済の姿を見る
 経営再建中の大手スーパー、ダイエーが、福岡市で展開する福岡ドーム球場とホテルの2事業の売却入札で、最高額は米投資会社のコロニー・キャピタルで優先的な交渉権を得た。入札には、コロニーのほか、米投資会社のリップルウッド・ホールディングスとリーマン・ブラザーズ連合も参加したが、前者の方が断然有力との報道が昨日なされていた。福岡事業のうち、プロ野球「福岡ダイエーホークス」についての取り扱いは今後、協議が続けられるとされるが、プロ野球界の実力者の渡辺巨人オーナー(読売新聞本社社長)が外資が関与する球団売却は認められないと異議を唱えたことから別途の扱いになるらしい。どちらにせよダイエーは今期を持って球団経営から手を引くことになりそうである。優勝を間近にして悲喜こもごもの球団である。

 大手企業の再建に欧米企業が名乗りを上げることは最近はそれほど珍しいことではないし、それでも再建出来るとすれば日本の経済にとっては必ずしも悪いことではない。マツダ-フォード、日産-ルノー・・と枚挙にいとまがない。が、多くの国民は日本の経済の脆弱さと国の将来に一抹の不安を感じるのではなかろうか。

 かつて日本の経済はバブルとされた時期がある。1985年9月のプラザ合意で、ドル高の修正、つまり円高方向に国際的に誘導した。それをうけて、公定歩合の引き下げが行われた。いまでこそ0.5%という数値が当たり前になってしまったが、1987年2月から89年5月までの2.5%という数値は、当時では史上最低水準であった。当然、マネーサプライは急増し、金利も低くなっていたために、だぶついた金の流れは自ずと限定される。土地、株、オフィスビルの再建、ゴルフ場開発、レジャー施設の大型化、また金融の国際化、地方の中核都市にまで地価の高騰は波及、いわゆる「土地神話」・・・。企業が調達した資金は1987〜89年の3年間に、60兆円にものぼったといわれる。その大部分は設備投資に回されたのだが、名画の超高値の購入、ある歌手などは米国のホテルをそっくり購入するなど大変な時代を迎えた。庶民の個人消費も活発になり、戦後最大の「いざなぎ景気」に肩を並べんばかりのバブル経済に日本中が沸いたのである。

 この頃、欧米諸国では日本資本の急速な進出に対し今の日本と同じく不安をかかえ、とまどっていたのだ。欧米諸国の経済人達はその終焉を予測していた。当の日本の経済人達、政治家達は日本の経済が先々これほどまでひどく落ち込むと思っていなかったらしい。


9/23(火)秋分の日 超快晴 第70回秋田県医学会総会・秋田県医師会設立56周年記念医学大会+懇親会
1:00起床,ドック判定総括x1、スクラップほか.6:50-8:00微睡む、10:00-14:30病院で業務。15:00-19:30第70回秋田県医学会総会・秋田県医師会設立56周年記念医学大会+懇親会。懇親会も含め総合司会担当したが長丁場で気疲れした。総会、中村記念賞受賞者講演、特別講演土井輝雄氏「佐竹義宣の秋田入部」。全体的には成功裡に終了した。20;00病院、業務若干、21:00帰宅。21:30就寝。

天上影はかわらねど、栄華は移る世の姿
 ここ数日、約一年ぶりに滝廉太郎作曲ピアノ小品「憾み」をかけながら仕事をしている。最近までこの曲を知らなかったことが悔やまれる様な逸品である。
 既に名曲「荒城の月」など発表していた作曲家の滝廉太郎は21歳の春、留学先のドイツに船で向かった。天賦の才を大輪の花と咲かせるであろう新天地、あこがれの欧州留学に心が弾んだことであろうことは十分に推察出来る。しかし、ライプチヒでの留学生活は長くは続かなかった。音楽院に入学して僅か2ヶ月で結核を患い、志半ばで帰国し、大分で23歳10ヶ月の生を終えた。絶筆になったピアノ曲、「憾み」の譜面には亡くなる4か月ほど前の明治36年2月の日付が記載されているという。憾み・・・胸躍る船旅、あこがれのドイツでの留学生活、発病、帰国。暗転した人生、間もなく迎えようとしているその短すぎる生涯の終わり・・・。彼の心情に想いをはせれば、何も言いようがないし、この曲の題名「憾み」は胸に染みる。曲は静かに心情を訴えるのではない、激しく、激しく、不運を訴えている。

 一方、「荒城の月」の作詞者である土井晩翠は高校で英語を教えていたとき、ある剽軽な学生が「荒城の月があれほど有名になったのは先生の作詞が良かったからでなく、滝廉太郎の曲が良かったからだと言われますが、本当ですか?」質問され、怒髪天を衝く表情で「悪い詩に良い曲がつくか!!」と、教科書を机にたたきつけて出ていったと言う。しかし、1週間後、「この前は取り乱して済まなかった」と学生達に謝ったというエピソードが伝わっている。さすがと言うべきだろう。晩翠は昭和27年82歳で他界されている。3人の子息女に先立たれ、亡くなる4年前には夫人をも失っている。年老いてから家族に先立たれることの悲惨さははかりしれないものがあろう。夜な夜な嘆き悲しみ、果ては信仰にすがり、筆舌に尽くしがたいほどの不遇の生活を送りながらその生涯を閉じた、とされる。

 荒城の月は自然の中における人間の栄華の儚さを謳っている名曲である。

 昨年20代の女性の来客が「荒城の月」を聴いたことも歌ったこともないと聞き衝撃を受けたが、若い看護師さん方に聞いてもやはり知っているのは約半数程度であった。
「日本の歌」が消えつつあるのは本当に寂しい。


9/22(月)快晴 管理会議、長副会議+委員会 義母命日
義母は昨年の今日死去。0:30起床,ドックx1。その他業務処理。5:20病院着、院内業務しょり。8:00管理会議、8:45外来。隔週の月曜日は身体障害の患者さんが2名を特別に予約来院するので早めに開始。休日の間の外来で混雑14:10迄。評価機構等、16:30-19:20長副会議他。20:20帰宅、21:10就寝。

土崎医談会報「随想総集編(1)」
 本日、古い資料を整理していると土崎医談会報「随想総集編(1)」が出てきた。土崎医談会は秋田市土崎地区の医師の勉強会であり親睦会である。秋田市の医師の活動として他にもいくつかの活動があるがこの医談会の活動は抜きんでている印象である。家内も秋田組合総合病院医師としてこの会に属しているために私も時折会報を見ることは出来る。毎回会員数名が200字随想欄に投稿しているが、多忙なときにもパッと読めるのでとても気に入っている。

 土崎医談会報「随想総集編(1)」は会員の200字随想を集めたもので1990.5.1-1995.3.1分、約120のミニ随想からなる。(2),(3)と続くことを祈願して「随想総集編(1)」と命名したと会長の巻頭言にある。一つ一つの随想は200字程度と短いためにワンポイント的で、これだけ多数のが集められると内容的には散漫であるが、発行された当時の世相とかが解って懐かしい。
 それ以上に今日に至るこの13年間の間に会員の方々の変化の方に感慨を覚えた。会のリーダーは自ら後進に道を譲り、現在、医談会は新体制で運営されている。この随想集にある会員のうち5-6名ほどは既にお亡くなりになっているし、勤務会員として随想を書かれた方の一部は地域や近隣で診療所を開設し、一部の方は秋田を去っている。これらの会員の構成の変化に時間の流れを感じ取り、しんみりとページををめくり、しばし感慨に浸った。

 その中に「自己紹介」と題した家内の小文も載っていた。
 「ヒューマニズムからでなく、科学的興味と奨学金が貰えるということで、医学部を選びました。大学紛争最後の世代で、大学院や入局を拒否するものが多く、私も何も分からない状態で組合病院に勤務しました。自分の乏しい知識をフル回転させて、診療に全力投球しているつもりです。両親が上及び下新城出身で、本人を始め、親兄弟親戚知人らが、会員の多くの先生方のお世話になっております。この紙面をお借りしてお礼申しあげます。                 
                秋田組合総合病院消化器科 福田二代」

 
私のミニ随想はだんだん文章が長くなる傾向がある。この随想集を見ながら反省した。


9/21(日)曇り・晴 FF tennis  
2:40リハビリ当直室にて起床、ドック判定総括x1、新聞チェック、医療評価機構関連処理、総括その他。8:30病院に移動。種々処理、11:00帰宅、Vn等。快晴のもと13:00-16:40FF Tennis。6-4、6-4,4-6、6-2。18:00-19:30午睡、夕食後、22:30本格的に就寝。

パチンコ2
 今のゲームセンターの仕組みやルール等は全く解らないが、当時の新潟のパチンコは打ち止め無し、現金化でも80%、景品化は100%の交換率であった。2000円以下の場合にはインスタントラーメン(チャルメラ、当時30円)、タバコ(ハイライト、当時70円)に交換し寮に持ち帰り、放送をかければ10円引きで事務室前で飛ぶように売れた。

 教科書は当時日本のは良いものがない上に高価で、私はもっぱらアジア版と言われる英語の教科書を購入した。「セシル内科学書」、「アンダーソン病理学書」、「クリストファー外科学」、「グリーン産婦人科学」その他・・は全部パチンコの帰りに西村書店から購入したものである。当時の西村書店は医学書の古本も扱っており10%ほど値引きしてくれてた。

 私のパチンコ歴の圧巻は専門3年頃、当時4万円ほどした14インチの真空管式白黒テレビを二日間の休日を全部かけて稼ぎだし、購入したことで、三日目にはUHFコンバーターを購入する資金を稼ぎに行ったが、さすがに矢折れて、疲れ果て、すごすごと戻った。UHFコンバーターは後日の実入りで目標通り購入した。終日パチンコで過ごすと視力低下、めまい感、難聴感があり、寮に帰って本を読んでいてもあの喧噪の音が幻聴のように聞こえてきたものだ。新潟のパチンコ屋でも盛岡一高の校歌がならされていた。全国に通用する名曲である。

 学生の頃は一日数100円の収入でもいい気分でルンルンと帰寮したものであったが、医師になって月給を戴くようになってからはあの器械の前で長時間過ごすファイトが無くなり、次第に列車の待合い時間とかちょっとした時間過ごしの時だけになったし、少額ではあったが確実に経営に貢献するようになった。しかし。希にではあるが、バカ入りし止めることも出来ず困ったこともあった。秋田へ引っ越し直後、土崎の「ボンボン」?で棚の上の洗剤類を全部戴いて帰ったことがある。グランドファミリアのトランクに入り切れない量であった。

 ここ20年ばかりは2-3回ほどしかやっていない。台は完全に自動化され、ギャンブル性のみでさっぱり面白くもなくなった。若い甥達が5万円儲けた、3万円負けた・・等と言っているが時代の流れを感じる。私はもう恐らく二度とやることはないだろうが、パチンコは私の学生時代の重要な一コマを占めていたことは確かである。今でも母校の校歌はならされているのだろうか?気になるところである。


9/20(土)快晴 リハビリ当直
2:20起床、ドック判定x1他、5:20病院着.回診他.8:10ドック診察x5、9:00ドック説明x1。10:30-12:30 外来。医療評価関連業務中心に処理など。17:00リハビリに、20:00就寝.

結婚しない若者達(3)難しい母娘二人暮らし関係
 高齢者の独居、高齢夫婦だけの家庭も元気なうちはそれなりに良いが、健康状態が悪くなったり足腰が弱ったりしてくると生活が大変になる。この場合、介護保険のヘルパー派遣は必ずしも十分ではないが、それなりに役に立っていることが解る。

 年齢によっても親子二世代家庭の組み合わせは異なるが、私の印象では、両親+娘>母と娘>父と娘>父と息子の順に多いようである。子供を連れて出戻って来た娘との生活も少なくない。
 端から見れば独身の子供や娘と同居している親はそうでない場合に比較して生活の条件は一見良さそうに感じられるし、聞いてみれば事実そうである。親の方も働きに出る子供の世話にそれなりの生き甲斐を感じている方々も少なくない。ところが、逆は必ずしもそうでなく、親が病気になったりした場合には、独身の息子や娘はあまり役立っていない家庭が多いように感じられる。介護や世話は公的な制度の方が実効をあげている様に見える。

 両親と独身の子供との同居の場合の親子関係にはあまり問題はないようであるが、意外と大変なのは母と娘の組み合わせによる二人暮らしで、その場合、母親にとって娘との同居がストレスになっている場合が少なくないようである。「娘は独身貴族そのもので実に身勝手、わがまま、パラサイトどころか寄生虫そのもので・・こんなに娘で苦労するようになるとは思わなかった・・」とこぼしていく老いた母親患者が少なくない。でも愚痴る時に何となく深刻さが乏しい。嫁のことを愚痴る時とは鋭さが異なる。

 一般的な家庭の姿から受けてきた印象では、母-娘関係は父-息子関係よりも仲が良く親密に見えるし、普段離れている母娘関係は比較的良いように思われるのに、これはどうしたものか?と思う。良く聞いてみると、娘の方にも問題はあるようではあるが、やはり、一方的に責められないのは当然で、母親の方にもかなり問題を感じてしまう。総じて娘と二人暮らしの母親は、独立心に乏しく、過干渉であり、甘えの気持ちが大きい。要するに子離れが不十分、娘を一人の大人と見なすことができないようだ。だから、娘にとってはこよなく煩い母親だ・・ということらしい。まあ、各家庭の内部の問題だから本当のことは解らないが。

 今の高齢者は独居や夫婦単独の生活が増え、かつての如く嫁姑の問題は減少してきたように見えるが、今度は独身の子供とずっと同居する場合の心の準備も必要になっている。その場合、「過干渉禁」、「多くを期待せず」がキーワードのようだ。


9/19(金)雨 初期研修マッチング 医師会打ち合わせ 
2:00起床、ドック判定総括x1。退院総括x1.5:20病院着、回診、事務処理他。9:00ドック結果説明x1。9:30-13:00外来,市の基本健診受診者中心に10数名。医療評価機構受審準備作業に没頭。16:00医師会打ち合わせ。20:15帰宅21:30就寝.

結婚しない若者達(2)多重婚社会は幸せか??
 結婚の風習について,興味を持ち問題にしたくなるのは多重婚を認めるイスラム教の考えかたである。

 イスラム教は6世紀頃に生まれ神をアッラーと呼び、預言者マホメッドにより始められ、その教典はコーランである。旧約・新約聖書は人間の作品だ、コーランはマホメッドが神からの啓示をそのまま記録したもので神の言葉そのものなのだ,という考えのようで,今でもイスラム社会では国の規範になっている部分も多い。確かにアラビア語のコーランを集団で読み上げる時の響きは荘厳かつ流麗であり,神の声の如くに聞こえる。

   コーランの中には「おまえたちが、孤児を公平に扱ぅことが出来ないと心配するなら、気に入った女を2人なり3人なり、あるいは4人なり娶れ。もし、妻を公平にあつかいかねることを心配するなら、1人だけ娶っておけ」。「おまえたちが、偏愛にかたむいたあげく、妻の1人を宙ぷらりんのままほうっていてはならない」・・・と記されているとされる(出典不明。私のメモ帳の中に記載)。この複数結婚は、マホメットがある戦に負け、74名の戦死者を出し、多くの孤児と寡婦がうまれたためにそれらを救済するための処置として創ったとも言われる。マホメット自身も神の啓示だと思ってその教えを忠実に実践したのであろう、14名の妻を娶ったというが,その内で初婚であった女性は1人だけだったという。いろんな面でご苦労様,女達の間に挟まって悩んだことも多かろう,大変でしたねと,その労をねぎらってあげたい。要するに、イスラム社会の結婚のしきたりは男性側の身勝手な論理ではなく,女性に対しての救済制度としてであったらしい。

 現在もこの救済制度の考え方は生きており、イラン・イラク戦争の時、イラク政府は未亡人と結婚する若者に多額の報奨金を出したとも言われる。エジプトでは,今でも複数結婚を拒否するような娘は皆無に近いという。

 国の法律ともいうべきコーランに、4人の妻を娶ってよいと明示されているのは、いかにも不自然に見える。女性蔑視の差別も甚だしいと思う。しかし、救済制度と考えれば納得も出来る。イスラム社会では男尊女卑の考え方ではなく男女は古くから平等なのだそうだ。だから,男性側にも厳しい負荷を負わしており,男性がマハル(契約金)という高額のお金を女性側に支払わなければ結婚出来ないともされ、いったん出したマハルには男性は一切手を触れてはならないとのことである。
 現在のエジプトでは1人の妻をめとる為のマハルを用意出来ず,独身のままの男性が沢山いるという。と言うことは,超裕福な男性でない限り複数の女性との結婚は出来ないことになり,しきたりはあっても一般人には厳しい社会であることに変わりはない。むしろ男性に対しての救済制度も必要ではないか?

 こういうしきたりが無く,口先だけでも女性を口説き落とすことが出来,多額の結婚契約金も要らない日本の男性はむしろ恵まれているのだ。もっと頑張って欲しいものである。


9/18(木)晴れ 医局会 
1:40起床。ドック判定・総括x1、紹介状返事等.5:20病院着、回診ほか。9:00-13:30午前外来.14:00医局会に参加、重要な話題提起され討論。午後は大きな予定無く各種書類処理.Dr A.I 来訪.午後は比較的余裕が持てたが、机上、床上には懸案の書類等多数.20:00帰宅、21:00就寝。

結婚しない若者達(1)
 最近、高齢者の独居、あるいは高齢夫婦だけの家庭が著しく増えてきているが、一方では、老いた親と未婚の中年の娘や息子で構成されている家庭もかなり増えている様に感じられる。私は外来患者さんに診察時に住所、家族構成等、通院の方法、利用する交通機関、運賃を必ず聞く。患者さんの病状や病院に何を求めて通院してきているのかなど、この様な社会的、家庭的背景が教えてくれることがあるからである。これからこの様な家庭は更に増えていくだろう。

 かつては社会問題化した結婚難と言う言葉は死語になりつつある様に感じる。最近は結婚難ではなく、どちらかというと結婚忌避という言葉の方が当てはまるような現状にある様に見える。かつては、若い男女ともに適切な配偶者を見つけるために、特に結婚適齢期の子供を持つ両親が、息子や娘のために一生懸命に努力している姿が見られたものだが、それすら見ることは少なくなった。もう親たちも半ば諦めムードである。そういう時代になったかと思うことがある。

 若い女性の結婚観の変化で、晩婚化する一方、独身貴族、パラサイト族を謳歌する女性が増えたのも事実で、この女性の地位向上が結婚観に影響を与えたと言われているが、意外と若い男性達も結婚する、あるいは家庭を持つと言う気が乏しくなっている様に見えるそれでも男女のつき合いが乏しくなったのかというと私の感覚では逆である。外のことを知る機会は私にはないが、若い独身男女が病気とかで外来を訪れる際、高校生ですらそうであるが、かつては親が同伴し、診察室には心配そうな親が付いてきたものである。今は若者達は一人で診察室に入ってくるが、必ずと言っていいほど異性の同伴者と一緒で、待合室ではピッタリと寄り添い手をつないでいる光景は日常的である。さすが、私どものの病院ではまだ周囲がはらはらするような濃厚なカップルは見ることはないが。

 いずれにしても、この結婚しないと言う感覚をどう解消するかが日本の将来のためにもポイントとなってくる。一番良いのは、恋愛をしてくれること、だから出会いの機会を増やすべきだと言う考えもあるようだが、恋愛と結婚は別だと若い人達ははっきり割り切って言うからそれだけでは駄目なようである。

 どちらにしても、家でごろごろしている息子や娘が、若いうちに結婚して独立してくれることを期待するのは親バカかも知れない。その親だって、祖父母だって、今の時代のヒトだったら同じように行動しその親を困らせることになるだろう。

 幸いに、私の周辺の若い看護師さん達は、時代に遅れているのか、考えがまともなのか知らないが、次々とゴールインしていくようで招待状が飛び込んで来る。

まずい・・・・  その日は運悪く何も予定が入っていない。  どうすべきか・・・いま、私は悩んでいる。


9/17(水)晴 友の会総会(欠)大学泌尿器科訪問 長副会議 
 2:00起床、ドック判定・総括x2、紹介状等。5:30Tax病院着、回診ほか。9:00-13:10外来。途中リツキサン初使用の患者不調になり、14: 00病院友の会総会出席はキャンセルして対応.16:00-17:00大学泌尿器科教室訪問。17:15-19:00長副会議。20:30帰宅21:00就寝。

死生観は年齢によってどう変わっていくのか(2)
 血液関連の悪性疾患、時に致死的となる疾患は他の疾患に比較して若年層にも多い。だから内科医として12-3歳頃の患者を始めとし、未成年、青年と随分若い患者も看取ってきた。患者の死を迎える度にいつもこの患者にとっての人生は?死とは?と、ある種の感慨にしばし浸るのが常である。

 医学生の時に、若年の患者ほど迫り来る不本意な死を受け入れること出来ずに懊悩するものと思っていたが、実際には未成年が死を迎えるとき生に執着する姿を見せることは少なかった。親兄弟との別れの範囲での悲しみが主である。一般的に子供達にとって若ければ若いほど死は全く他人事で、自分のこととは思えないようである。それは当然かもしれない。身近な人の死を何回か経験し、人はいつか死ぬものであると徐々に理解して来るのであるが、それでもなお、自分が何時かは死ぬべき存在であるとは考えられない。ましてや最近は子供の間に生老病死を間近に見ることが少なくなっているから尚更であろう。

 自ら社会人となり、家庭を持ち、人生に責任を持つようになって、死の現実性、重大性を認識させられる。この頃の死は失うべきことが大きく、深刻なのであるが実際には未だ自分の死はあり得ないほど遠い存在であり、例え人間ドック等で生活習慣病等の異常を指摘されてもそう深刻には考えない時期である。この時期の方が思いがけず死の淵に立ったとき、その精神的な苦痛はとてつもなく大きい。ヒトは如何に個が大事、権利が大事と論じてみても、実際には個なんかでなく社会的動物なのだと思う時期である。

 老化するに及んで本当に自分の死を考えるようになるが、徐々に生きることへの執着心が芽生えてくるようであり、自ら死にたいとは思わなくなる。更に老いて、心身の衰退に直面して来ると死を身近に考える。そして何とかこれを避けたいと願望するようになり、この頃から健康法とか、医療について真面目に考える時期である。
 ますます老いて心身共に意の如くならなくなって、迫りつつ死を不動の運命と思うようになる。しかし、どこかまだ他人事の意識を拭い去ってもいない時期で、笑いながら何時死んでも良い等と軽く口にする。

 いよいよ老いて一挙一助思うに任せなくなって、不本意ながら諦めざるを得なくなって、初めてどうにでもなれの心境となる様である。世の中に自ら適応出来なくなり、心身の老境を自覚し、死後のことをを真剣に考えることになる。更に、毎日の生活そのものに身体的苦痛、心理的苦痛を直感するばかりとなり、何事にも明日を考える予猶などなくなる。しかも、最後まで心身の苦痛さえとれればと夢想するが、やがてこれも避けられないと納得するようになると、ただ死にたいと願うことになるようだ。同時にこの頃から痴呆症状が現れるために種々修飾されていく。

 自分にとって身近な現象の内、全く例外が無く、最も納得し易いことはヒトは何れ必ず死ぬと言うことである。この世の社会一般の考え方として、健康で長生きすることが良いことであり、医師は延命に務めるべきと見る考え方がある。もう少し自由の世界があって良いのではないかと思う。もう幾ぱくも無い命と知りながら、社会通念で、健康な家族達、時には他人の価値観で無理に生かされている人実に気の毒な人達がいる。こういう時に、法律がどうのこうのというのはどんなものだろうか。


9/16(火)超快晴、朝は寒い 総回診(欠)、医師会打ち合わせ 健康対策課来訪、医局カンファ(欠)医局歓送迎会
2:00起床,ドック判定総括x1.5:20病院着、超快晴で放射冷却現象で寒い。風呂場の窓は湿気を受けてすっかり曇ってしまった。一昨日は冷房すら使ったというのに。5:20病院着,病棟定期処方日で33枚処理。8:00管理会議、9:00-13:20午前外来、連休の影響モロに受けて大混雑.総回診は不参加、16:00県医師会打ち合わせ。16:30-17:00県健康対策課と打ち合わせ.MC出席できず、18:50-20:40医局歓送迎会、21:00帰宅、21:30就寝。

死生観は年齢によってどう変わっていくのか(1)
 私は毎年春、彼岸の日には秋田市土崎港にある休宝寺という寺、ここに家内の妹が嫁いでいる、で講話をしている。最近若干若い方も若干増えてきたような気がするが,50人ほど,多くは檀家のご高齢の方々で,毎年同じような話を熱心に聴いてくれる。ここではあまり堅苦しい話はしない。医師の目から見た人生模様・・と言う感じで話す。

 昨日は義母の一周忌の法要があったが、病棟の患者さんへの対応が長引き,病院からそのまま車で出かけ、多少のアルコールも入ったために帰りは代行車を依頼した。その待ち時間をしばらく寺の茶の間で過ごさせていただいた。その時、住職から,私が「死戦期にみせる苦しみは周囲のものにとっては辛いが、本人は殆ど感じていないのだ・・」、と話した時に聴いていたある檀家のご高齢の方が,「あのとき講話を聴いて、本当に肩の荷が下りました。死ぬことは恐くなくなりました・・・」と後日しみじみと語ったという。何らかの意味で私の話で安息を得る方もいるというのは嬉しいことである。

 どんな方も死は恐い,と言う。しかし、聞いてみれば本音は死ぬことが恐いのではなく死戦期の苦しみを恐れているのだ。現代医学はそれを更に,死を更に恐ろしいものに変えてしまった。

 私は幼児期から虚弱で死というものは必ずしも遠い存在ではなかったし、家が医院であり医師である祖父に往診に連れられて患者宅で死を迎える患者や家族の様子などを垣間見てきた。当時の家庭における死は今から見れば良いものだったと私は思う。

 誰もばたばたとは苦しまない。静かな死であった。当然だ。当時は病気になったときに口から水分や食事を摂れなくなったら、あとは痩けていくしかなかったのだ。やがては脱水、電解質異常を来すことになるが、その結果,意識も徐々に落ちていく。あくまでも静かな死であった。患者は普段寝る為には使われることはなかったであろう座敷の中央に寝かされ、本当に身近な数人が取り囲む。居間や隣の部屋には家族や親戚、隣近所の人たちが静かにその時を待っている。そんな感じだった。誰しもその時を待ちながら,自分の死の時のことをしんみりと考えていたのだ。

 今は,慢性的経過での死亡であっても高カロリー輸液で2000Calほどの栄養,アミノ酸・・・。みずみずしく死を迎える。健康な人の価値判断で駄馬に鞭を入れるような行為が当たり前。出来るだけ手を加え無い,自然に近い状態で限界を迎えたとき,それは人生の終末を意味するのだ。
 私はそう言う「みまもりの医療」の視点をだいじにしている。


9/16(月)敬老の日 超快晴 義母一周忌法要  
2:00起床。ドック判定・総括x1。メール送付、書類処理数件,Vn等,10:00-14;30病院へ、入院患者鬱血性心不全悪化.対応ほか、15:00昌東院へ若干送れて到着、読経に一部同席出来ただけ。お墓での読経後,料亭「白帆」に移動法事。終了後,休宝寺にて阪神優勝を知る。ご苦労さん。20:30代行にて帰宅、21:00就寝。

医師の心得
 秋田大学医学部の同窓会誌「本道」第15号が先日送られてきた。全国に散らばっていろいろな職種に従事している若い医師達の投稿文を中心に構成されておりためになることも少なくない。その中の一つに瀬下医師の臨床研修の時の記録が記載されている(135ページ)。香川労災病院外科での研修の部分で,指導医香川茂雄医師の信条が紹介されている。
 素晴らしい信条である。今の自分に当てはめてみたとき我ながら恥ずかしくなった。以下に紹介する。

1 毎日朝早く病院にきて患者さんの回診をし、腹部所見とドレーンをみよ。ガーゼをはぐってみよ。
2 朝回診に行く前には夜勤看護師のカルテ記録をしっかり読んでから回診すること。回諺が終わったら速やかにカルテに記入すこと。
3 毎日カルテを書くこと。画像に関してはすべてスケッチをきれいに書くこと。
4 きれいな字で指示を書くこと。指示も単純明快なものがよい。
5. 一日の仕事が終わったとき他にすべきことがなかったか考えよ。今日できる事を明日まで延ばすな。
6. 紹介医を大事にすること。返事を遅らせず,まめに報告すること。
7. 病院にいるときは常にその日の計画をたて次に何をすべきか考えて行動すること。時間を無駄につかうな。患者さんは自分の足て獲得せよ。
8. することがなければほかに何をすべきか考えよ。するべきことは必ずある。
9. 夜は深酒をするな。勉強すること。論文を読むこと。
10 学会発表すること。また論文も書くこと。

 私に当てはまるのは1.4.7項目ぐらいかな。5.8の状況にはまったくない。一日の仕事は終わるのではなく,単に場所が家に移るだけでそのままけじめ無くダラダラと継続する。毎日如何にして手抜きするかしか考えていない自分が恥ずかしい。朝回診して患者さんが元気ならカルテには記載しないし・・・。

 もともと私は研修医と業務上で接することは少なかったが,かつてはこれらの全項目何とか及第の評価できるようなときもあった。が,この信条を読んで今の私には指導する資格すら全く無くなってしまったと自認してしまった。


9/14(日) 曇り  アンサンブル(2)
1:30起床、ドック判定・総括x1、等.医療評価機構関連処理。6:00病院着、回診他種々処理。9:00-12:30遠来の客人と共にアンサンブル、duo。独りの練習とは比較出来ないほど楽しいが、準備不足でどうしてもこける。客人も気候不順と疲れがある様子、調律も済んだばかりなのにピアノも合わせて不調で音のでない箇所が数鍵あり。昨日からの気象の影響か?客人送り15:20病院,入院患者肺炎発症、対応、その他。19:00帰宅、21:00就眠。

自伝 大学時代(1965〜71)(9)
ビギナーズラック(1) パチンコ
 私が幼少の時は盛岡のお菓子屋さんの店先には今とほぼ同じような機械があって玉ががうまく入ればキャラメルとか出てきた。小学校の頃何回かやったことがある。
 寮ではパチンコの話題が結構出る。新潟では「白鳥」「堀川」・・・等が老舗らしい。これらは大学からも遠くない。ある日予定の講義が休講になったので「白鳥」なるパチンコ屋に出向き50円分(25ヶ)で適当に始めたところ何と出る出る!!(当時の感覚で)、結局1時間ほどで1800円分になった。今から見ればたいしたことではないが、当時のパチンコは左手で玉をすくい、一つずつ器械に入れて弾くタイプ。初心者の私なんざ1ヶ入れてはポンと弾き、その結果を見てから次の玉を入れる様な撃ち方だから、確率から見ればすごい入り方であったと言いうる。

 あとは修行と経験である。玉も常に3-4ヶは舞っているように早撃ちが出来るようになっていったし、古本屋から参考書を買いもとめて研究、しかし結果的には何も得るものはなかった。当たり前だと思う。当時からパチンコ屋は大儲けしていたはずで、私が体得した知恵は、300円以上は持たないで行くこと、玉がたくさん出たところで一部の玉を残して景品に換える、または換金してしまう、現金化した時はすぐに遣ってしまうこと、であった。だから私はパチンコで駄目な日はそれなりにあって空しさを何度も交わったが、大損したという記憶は全くない。むしろトータルではかなりプラスになっているはずである。


9/13(土)快晴→突然の雨 、強風  アンサンブル1  雑談会
2:00起床、ドック総括x1他。医師会モニター会議原稿校正最終コース。5:30病院着、病棟業務。8:10ドック診察x4.主治医意見書、退院時総括、紹介状。10:40-12;50外来。14:30遠来の客人を駅に迎えて帰宅。秋田も今日は猛暑、台風の影響。H.T医師来訪、モーツアルトFl四重奏2曲トリオで合わせる.ビオラ担当者が欲しいところである。19:00-21:30ViewHにて雑談会、帰宅時には突風が吹き荒れた。22:00就寝.

いただき物があったら医師もお礼状をだそう
 親戚の方から家内への電話.「今回お義母さんの退院に際して主治医に粗しなをお届けしたら、丁寧なお礼状をいただいたのよ、こんなことは初めて!!」とのこと。この家は大家族で、結構病気がちのご家族もおり、受診や入退院も少なくはない。また、その度に何らかのお礼をする家風を持っている。取り立ててどうと言うことのない電話の中で交わされていた話題の中の一コマであったが、私はこの「こんなの初めて!!」と感激して語ったとことにいたく興味を感じた。

 最近は各病院内ではお礼や付け届けを受け取らない様にしている。とても良いことだと思う。しかし、それ以降、宅配便でいろいろの品々をいただくことが増えてきており、痛し痒しではあるが、私は有り難く頂戴している。私は、実は感謝の気持ちの表現は言葉、挨拶だけ、その時の笑顔だけで十分であり、金品の授受はあまり好きでない。でも、だからこそ、医師になってから今日まで、いただき物があった際、近々直接お礼を言う機会のない方々には、勿論失念することもあるが、必ずと言っていいほど絵ハガキで礼状を書くことにしてきた。

 これは、人間同士の対等のお付き合いの最小限のマナーだと思うからである。業務上では私はかなりビジネス調に仕事を進めているが、そんな私に対してでも何らかの感謝を表明したいと感じてくれたことは患者-医師の関係で割り切れない、ヒトとヒトとしての何かの触れあいを感じていただいたからなのだと思う。
 確かに患者さん方から、私の礼状に対して改めて礼状をいただいたり、その後にお会いした時に丁寧にお礼の言葉をかけられる事の方が多い。絵ハガキは大事にとってます・・等と言われる事の方が多く、私は逆に恐縮してしまう。このことと、先の、親戚の家にとって「初めて」、と言うこと、「感激してわざわざ電話してきた」ことなどから予想して、医療関係者、特に医師からの礼状が届くことはとても少ないのでは、と思われた。

 何かをいただいた際にそのままにしているとすれば、それはやはり社会通念に反すると思う。いや、社会通念なんてものではない。感謝の表現はどんな立場の人であっても、とても大切なことだ。

9/12(金)秋田曇り→東京快晴・猛暑 日医医療関係者対策委員会
2:00起床、ドック判定総括x1。紹介状2部.自由人家内帰宅せず,重症患者らしいが健康が心配だ。5:30病院着、回診、留守中のオーダー確認など.9:00秋田道経由空港に。10:00JAS  A300-600型満席。浜松町書店で本数冊購入12:30-16:00日医医療関係者対策委員会。准看護師問題で議論盛り上がる。JAS18:05MD81にて帰秋,満席。15分遅れ.20:20秋田道経由にて帰宅,夕食21:30就寝

不快,空港カウンターに並んだ若い女性
 9:40空港着ですでに自動チェックイン器は使用できない。やむなくJAL/JASカウンターに並ぶ.10:05発だから手続きはまもなく終了になる時間で結構混み合っていた。

 私の前には25-6歳前後と思われる女性が搭乗手続きしている。私の後ろにも数人並ぶ。この女性,羽田で乗り継ぎらしい。いろいろ注文してなかなか作業が進まない。やっと終了し,やれやれと前に進もうとと思ったら,「羽田での到着は何番ゲート?」と聴いている。カウンター員はカウンターでは解らないらしく奥にあるコンピューターまで移動して操作し,戻ってきて「2番ゲートです」と丁寧に答えた。そしたら,その女性,「○○行きは何ゲート??」,係員が同じ操作を繰り返して答えた。別な便のことだからさっきよりは時間はかかった。それを聞いて今度は,「○○空港では何ゲートに着くの??」と聞いている。さすがにカウンター員は後ろに並ぶヒトの目を意識して困った表情を見せているが,再再再度同じく丁寧に対応した。この女性の搭乗手続きが終了してからこの間約5分ほど。その間後ろに並ぶヒトを思いやる雰囲気は全く欠如,当たり前の如くにカウンターを占拠し,居並ぶわれわれにすまなそうな表情をみせるでなく悠然と去っていった。

 到着や出発ゲートを確認するには何らかの理由があろう,かなり乗り慣れている様子が見て取れたが,そんなことは聞くならまとめて問えばいいだろうし,羽田の到着ゲートは搭乗してからアテンダントに聞けばいい。乗り継ぎ先のゲートなど羽田のカウンターで確認すればいいのだ。
 搭乗手続きの最終案内があってカウンターが混み合っている時間帯でのこの女の行動にはほとほと呆れてしまった。
    私の手続きは10秒ほどで終了した。
 
 同じ事はキャッシュコーナーでも時に経験する。何人も後ろに並んでいるのにカードを数枚,通帳数冊持ち込んで悠然と操作,一人で5分以上も占拠する。これもまた女性ばかり。
 いつも,厚顔,強心臓にたいしたものだと感心する。私なんか後ろに並ばれるだけで焦ってしまうのに。イヤ,これらの張本人は他人のことなど意識していないのだから,そう言う前向きの評価はすべきで無かろう。単に,たまたまバカな女にあたってしまったのだ,割り切って諦め我慢することにしよう。

9/11(木)晴、療養病棟第3回お楽しみ会、県栄養士会講演、病棟運営打ち合わせ
2:30起床、ドック判定総括x1,医師会関連校正等。5:20病院着、病棟業務、ドック診察x4、9:00-13:00外来。13:30療養病棟第3回お楽しみ会にてVnで出演、「津軽海峡、川の流れ、里の秋」。中座し14:30-16:00県生涯教育センターにて県栄養士会講演「栄養指導のポイント」、17:00-18:00病棟運営打ち合わせ。20:00帰宅21:00就眠.

シンガポールのSARS、実験室培養のウイルスに感染?
 9/9(火)午後、秋田県保健対策協議会感染症部会が開催されたが、その席でシンガポールでSARS一例発生したとのニュースがあり実にいいタイミングで驚いた。驚いたと共にすぐに浮かんだのはのは季節との関連での疑問である。冬季の発症は懸念されているものの、何故、まだ秋口のこの季節に??、しかも日本よりも暖かいシンガポールに??である。
 この会議では各方面から、特に医療関係者からの意見が続出した。結論的には秋田県での指針Ver6は現状での認めるもののさらに対策の強化が必要であるとの認識で一致した。県でも、県医師会でも難問をかかえることになった。

 その後、シンガポールの感染者についてWHO西太平洋地域事務局は9/10、感染者と認定された男性について、環境衛生研究所の実験室で培養されたウイルスに感染した可能性が高いとの見方を示したことで納得がいった。感染については最終的検査結果待ちで、X線検査の結果は基準に合致していないが、ウイルス遺伝子検査などの結果は、検査診断の基準に合っている、とのことである。
 今回のSARS感染者の発生は、WHOが7/5に全世界での制圧宣言を発表して以来、初めてのケースとなる。男性は回復に向かっているそうであるが、接触した関係者25人は、10日間の隔離措置が、シンガポール総合病院では、男性が入院していた病棟への来院者の立ち入りを禁止、医療関係者には検温や専用マスクの装着を義務づけている。

 今回のケースでは二次感染さえ発症しなければ孤立例として問題は解決するであろうが、研究所での感染の経路・経過が激しく検討・追求されなければならない。また、この様な感染源を扱っている研究所等はテロや地震、火災等に関して万全の対策をしておかなければ危険であるが、果たして大丈夫だろうか。

9/10(水)曇り・晴  治験薬担当者来訪 説明読売新聞来訪、 県医師会常任理事会
2:00起床。ドック判定総括x1. 講演資料最終稿等処理、5:30病院着.回診その他。9:00-13:00外来、ドック結果説明x1. 15:00治験薬担当者来訪,16:00読売新聞記者来訪,17:00県医師会打ち合わせ。17:30-20:00県医師会常任理事会、今日は長かった。病棟回診へ.21:00帰宅,阪神逆転サヨナラ負け。星の監督の渋い顔がまた良い,絵になる。彼も年齢のセイか余裕なのか,丸くなってきた印象。21:30就寝。

活気ある市民市場前 交差点は治外法権的だがとても良い
 秋田駅近くの市民市場前を毎朝に早朝通る。市民市場も昨年から今年にかけて新築したために市場付近はより洗練されていい雰囲気になった。市場自体も前よりは客が多いように見えるが,問題は若い人たちがあまり利用していないところだ,と私は感じる。
 市場の脇の道路には近隣の農家の方々が毎朝路上に農作物を並べて売っている。トラックの荷台をそのまま店舗代わりにしている人,電柱や立木の一部にビニールシートを上手に引っかけて雰囲気を若干出している人,これで商売になるのかと思うほど少量の大根などを並べている人など様々で,一つの風物詩である。夏場には3時頃から,秋口にはやや遅くなるが降雪期直前まで続く。近所から,お年寄りを中心に買い物客が三々五々集まってくる。売る方も買う方も互いに顔見知りなのだろう,とてもいい雰囲気で,こんな風景が私は好きだ?

 実際にはこの店舗の方々は警察や市民市場の方々からは歓迎されていない。警察は道路の管理上から,市場関係者は商売上の問題からである。警察が実際に取り締まっているのを1-2回見たことあるが,効果はその日だけ。翌日からは通常の如くに店舗が出ていた。生活者は強いし,警察も強権は発揮しない様にしているのだろう。

 道路には信号機付きの交差点があるが,そこを中心に店舗が出る為に5:00-5:30am頃は人と車の往来が激しい。そこを通るときには青信号だからと言ってもまともには通れない。歩行者は信号など全く気にしていないし,交差点の中に車を止めて窓から野菜を出し入れしている人までいるから危なくてしょうがない。車の陰から脇見しながら歩行者が出てくることなどしょっちゅう。だから,歩行者をよけながらソロソロと通過する。警察が見たら黙ってはおられない状況が毎朝である。黙っておれないから警察も来ないようにしているのだろう。

 私の出勤時間,朝の貴重な時間,1分でも早く着きたいが,この交差点を通るたびになんか心が和んでしまう。特に,トラックに荷台にたまに載っている真っ白い,表情豊かわいい犬,今日は居るかな??,と楽しみでもある。今朝は居なかったがどうしたんだろうか。

9/9(火)晴れ 総回診(欠)医師会打ち合わせ(欠)、秋田県保健対策協議会感染症部会 医局カンファ
2:00起床,ドック判定総括x1. 書類処理、5:20病院着. 6:30回診、定期処方他、9:00-13:30外来.15:00-17:00秋田県保健対策協議会感染症部会。話題は「SARS」「インフルエンザワクチン」.シンガポールでSARS一例発生したとのニュースあり。医師会打ち合わせは明日に。医局カンファは気管支喘息+心筋虚血.20:30帰宅、Vn 、21;30就寝.

健康情報の氾濫  がんばれ栄養士 
 現代は健康情報反乱の時代。その最たるものは、「健康法を忠実に実行すれば死ななくなる」と錯覚しかねないような情報の類いの大氾濫である。
 かつて県医師会の広報活動の一つとして地元の新聞社の関連会社が出版するタウン雑誌「郷」に毎回健康情報を掲載していた。 県医師会員が各専門医の立場から正確な医療情報を県民に提供したいとの思いから編集に協力していたものである。しかし、当初はそれほどでなかったが、同誌には徐々に健康食品や健康機器の広告が載る様になり毎号10-15件にも載るようになった。その内容は,広告としての法には反しないであろうが,われわれ医師の立場から見て容認できないレベルのまで含まれていた。結果的に,県医師会では掲載を辞退した。

 世界一の健康国に住んでいながら,日本人の健康志向は健康乞食と言われても仕方がないレベルにまで達している。一般の方々の健康の概念とは「異常のないこと」でありWHOの健康の定義「単に疾病・異常がないだけでなく、社会的にも精神的にも完全な状態を言う」は、多くの人々に対しては全く非現実的で絵に画いた餅で,「正常化」が通院の目標である。しかも健康はお金で買えると思っているのも特徴である。不健康の元になっている栄養摂取過剰,運動不足に対する対策もせずに,サプリメント,家庭薬,健康器具,健康寝具,健康腕輪,健康指輪,とたよるものは枚挙にいとまはない。ついでに健康鼻輪・・これはさすがに見たことはないが,そのうちに出てくるかも。
 
 フィットネスで汗を流すこと,ジョギングも良いが,一生懸命勤しんでいる40-50歳代の人と、運動らしい運動をしていない70歳代の人と、動脈硬化の程度が同じということは、それほど珍しいことではないのも現実の厳しさである。ヒトの如く長生きする動物は個体差が大きいのだ。だからこそ原因排除しかないのだが,それでも個体差は現状では何ともならない世界だ。

 臨床医,研究者,為政者,栄養士も、正しい情報の提供者として責任を持たなければならない。
 栄養過剰は数々の障害の原因になっていることは疫学的に証明されているが,この分野に関して臨床医,栄養士の声が小さい。全国の医学部で栄養関連科学講座を持っているのは
8大学,臨床栄養学講座2大学しかなく,医師国家試験でも栄養に関する設問はほとんど無いし,卒後の臨床研修の場でも臨床栄養に取り組んでいるところはない。だから栄養と薬剤は同義的価値があると解っていても医師は具体的には何も知らないし,栄養指導なんて出来ない。管理栄養士にお任せは良いのだが,管理栄養士がどのように患者指導しているのか全く見えないし,医師-栄養士間の対話はほとんど無い。

 栄養指導の忠実な実行はつらさと不満足,ストレスで新たな病人を創る。それほど栄養摂取のコントロールは食料が豊かな国では困難であるが,それは日常の食生活のこと,殆どの患者は指導を無視して,楽な楽な方法を模索している。あと残っているのは「太く短くでも良いんだ,と言う居直り」だ。私はそう言う姿勢のでっぷり肥った患者が大好きである。


9/8(月)雨→曇り 管理会議  長副会議
 2:00起床、ドック判定総括x1. 医報校正、5:20医師会館に校正済み文書届け病院に.回診他、8:00管理会議.9:00-13;00外来。講演準備、医師会業務他。16:30-17:50長副会議。懸案多数。20:00帰宅、Vn、21:00就寝。

「バウリンガル」、「ニャンリンガル」・・・・私が欲しいのは「マン・リンガル」
 今、「バウリンガル」という、犬の感情を翻訳する機器が爆発的に売れているという。これはボイス翻訳機能、しぐさ翻訳機能を中心に6種類(フラストレーション・威嚇・自己表現・楽しい・悲しい・要求)の感情を中心に、200種類ものパターンで提示すると言うすぐれものでお値段は15000円ほど。購入した愛犬家は,自分は犬のことを何でも解っていたつもりでいたが、かなり誤解していたことを知り、対応を変えることで更に犬との距離が縮まった、と満足のいく評価しているようである。犬種を50種類インプットするようになっているらしくすごいと思うが,犬種によって伝えたい気持ちに差があるのだろうか?

 今度は、正式な名称は忘れたがネコ版の「ニャンリンガル」が完成したとのことで近日中に発売になるらしい。2年ほど前の情報ではネコは無口で動作で気持ちを表すことが多いので開発は無理だとの見方が報じられていたが、その後もずっと続けられてついに市販に漕ぎ着けたらしい。私はネコの気持ちは大体理解していると思っているから購入する気はないが、ネコ好きな方には良いかもしれない。値段は8000円ほどという。

私は是非ともヒトの感情を読む「マン・リンガル」を開発して欲しい。人の気持ちを読むことは私の不得意な分野の一つである。私は自覚はあまりしていないが、後でいろいろ言われたり、指摘されることが多いし、だまされる事も少なくないから,多分本当なのだろう。尤も,ヒトを騙すよりは騙される方がまだ気分がいい。私はそう言うタイプの人間になりたい。

 「マン・リンガル」なら,人間関係は複雑怪奇だからいろいろなタイプが必要になるだろう。その場合,私はやはり「ワイフ・リンガル」が欲しい。初対面からそろそろ35年にもならんとしているが,未だに理解できない相手である。次は,「ニューエイジ・リンガル」か。三人の子供達も含めて若い人達の気持ちはよう解らん。若い両親の為には「赤ちゃん・リンガル」は良いだろう。これは売れると思う。ぐずったときの気持ちが読めれば便利だし,絆が深まるかも。


9/7(日)曇、時々雨→晴 FF Tennis 療養病棟お楽しみ会リハーサル
2:30当直室にて起床.後はいつものパターン。ドック判定総括x1,溜まっていた新聞整理,医師会書類処理,医報用作文,校正など種々.検食後8:30中通病院へ.9:30帰宅。10:00-11:00。来客(1)Mac関連の質問があるという秋田高専生,組合総合病院看護師の息子さん。13:00-17:00FF Tennis. 6-2,6-2、4-6、4-6,6-2と久しぶりに何とか勝った。右肩痛めたかも。17:30-19:30来客(2), 19:45-20:45来客(3) 病院の看護師,療養病棟お楽しみ会リハーサルのため。21:00夕食、21:30就眠。

自伝 大学時代(1965〜71)(8)
自伝:本を読む楽しみに浸る
 大学生活も落ち着き,友人にも恵まれ,それと共に、行動も徐々に広がっていったが,その中では、古本屋巡り、パチンコ、ボーリング・・・と挙げられよう。
 私はたいした頭も良くないのに,立場上国立大学の医学部への進学を目標に置いたため、これまではあまり本を読んだことはなかった。事実,そんな余裕はなかったからである。高校の3年間の記憶の中で一番鮮明なのはいつも側にいてくれたネコの姿であり,こつこつと勉強していた自分の姿である。盛岡一高時代の思い出も記憶もたいして残っていないのは残る様な幅の広い生活をしてこなかったことにある。自転車通学にも一日3時間ほどの時間がとられることもあって,日々の授業についていくだけで精一杯であった。

 夏休み頃から時間的に余裕が出来たので古本屋巡りを始めた。理由は古典的評価の定まった本を中心に読みたかったこと、新刊書の値段で古本ならば2-4冊読めたからである。まず、読む対象として当時岩波書店が「100冊の本」シリーズを出版しキャンペーンをはっていたことでこれをスタートとした。結果的には大学6年間生活で80冊ほど読んだところで卒業の時期となり全てを読み切ることなくまま頓挫し現在に至っている。それらの中で今も具体的に内容を思い出すのは,古典的文学書を除けば,福沢諭吉「福翁自伝」,ベンジャミン・フランクリン「フランクリン自伝」,カント「実践理性批判」・・・等でしかないが,多くの名作に触れ,新しい世界に歓喜した時期である。これらの3冊からは大きな影響を受け自分の生活そのものになっている部分もある。
 そのほか,作者として別に追求して読んだのは「井上靖」,「松本清張」,「石坂洋二郎」,「丹羽文夫」・・・とかで,文庫本として出版された作品はほぼ全て読み尽くした。英国のある一人の作家,名前は忘れたが,これも求めて10数冊は読んだが,私は翻訳物はどうしても好きになれない。それでもロシア文学はかなり広範に読んでいた。

 何年か前に岩波100冊の本は新バージョンが発表になったような気がする。私の収集した文庫本は時に友人に貸し出してそれっきりに,また引っ越しのたびにどこかに紛れ込んでしまい,今は手にすることは出来ないが,時期が来たらもう一度再度購入してでも読んでみたいと思っている。


9/6(土)曇り,晴れ リハビリ当直
2:00起床、寝不足感。ドック判定総括x 1,その他、5:30病院着、8:00ドック診察x5、9:00ドック説明x1。10:30-13:30外来。栄養士会講演準備に集中、話題構築がなかなか困難、難渋.17:00リハビリ病院当直に.20:30就寝.

栄養士会講演準備途上のこぼれ話
---平均寿命、健康寿命、健康保険効率性、ついでに、住みにくい都市、偉大な英国人。
 「平均寿命」

厚労省が発表した「2001年簡易生命表」によれば日本人の「平均寿命」は女性が84.93歳、男性が78.07歳で、男女ともに世界1の座にある。これはよく知られている。

 「健康寿命」
健康にすごせる人生の長さで、平均寿命から日常生活を損ねる病気などの期間を引いて算出。この公表を始めてから3年連続で総合・男性・女性とも日本が世界1を維持した。平均寿命に比例して健康寿命も長くなるのは当然だが、健康寿命の世界1は、平均寿命の世界1よりはるかに価値がある。しかも、重要なことは人口6000万人以上の国は日本以外にベスト10に入っておらず1億2000万人以上の人口を持つ国が健康寿命世界一を維持していることで驚異であり、素晴らしい。その要因には、知的レベル、社会の成熟、食の量と質、医療システムなどが関連しているだろう。(1)日本73,6(2)スイス72.8(3)サンマリノ72.2(4)スウェーデン72.2(5)オーストラリア71,8(6)フランス71,6(7)モナコ71,3(8)アイスランド71,3(9)イタリア71.2(10)オーストリア71.0・・・・と続く。結構僅差で競っていることが解る。

「医療保険制度の効率性」
日本医師会は日本の国民皆保険制度は世界一と言っているが、世界的に見れば残念ながら評価は落ちる。日本の保険制度は、今小泉行政改革のために崩壊直前にある。次の発表ではベスト10から姿を消すかもしれない。WHOの判断基準は、健康寿命、健康寿命の地域格差の有無、患者の自主決定権、患者の満足度、家計に占める医療費の割合など。(1)フランス(2)イタリア(3)サンマリノ(4)アンドラ(5)マルタ(6)シンガポール(7)スペイン(8)オマーン(9)オーストリア(10)日本・・・・と続く。

「住みづらい都市」
世界で最も物価が高く住みづらい都市はエコノミスト紙によれば(1)東京(2)大阪(3)オスロ(4)チューリッヒ(5)香港(6)コペンハーゲン(7)ジュネーブ(8)パリ・・・・と続く。東京、大阪は1991年来不動の地位を確保している筋金入りの住み難さである。東京・大阪人は偉い! 阪神がんばれ。

「偉大な英国人」
英国立放送「BBCワールド」で視聴者が選んだ偉大な英国人の順位は(1)ニュートン(2)チャーチル(3)ダイアナ妃(4)シェークスピア(5)ダーウィン(6)ジョン・レノン・・・・と続く。ダイアナ妃の事故現場を通過して偲んだことがある。今思えば良い最期だったのかも。

 ヒト、特に欧米人はランキング好きと思うし、嘘だろ?と思う結果も時にはあるが、講演の際に提示すると説得力があって便利だし、いろいろ参考にもなる有り難いデータでもある。


9/5(金)曇り→雨 大館老人クラブ連合会講演 
1:30起床、ドック判定総括x1.講演用意.紹介状返事など。自由人家内、ここ2-3週は2:00前には帰宅していたが今朝は4:30のご帰宅。カルテ総括6冊、のためと。5:30病院着、6:30回診他、外来なし。11:11JR大館に.13:30-14:30講演「良い日旅立ちVer4」. 14:50特急「こまくさ」にて帰秋.「たかはた」にてZeiss製メガネレンズほか購入。各種書類処理、主治医意見書x2、要意見書x4など.回診、20:30帰宅21:30就寝。

小池真一箸「小沢征爾 音楽ひとりひとりの夕陽」 講談社α新書 2003年8月刊 
840円
一昨日、羽田空港書店で搭乗直前にたまたま手に取った。悪天候による飛行機の大幅な遅れがあり機内で一気に読めたが、さらに本日の大館往復の鈍行と特急の往復の時間で読み返してみた。

 小沢征爾の音楽活動のエネルギー、感動、行動力の始まりは、マニラの港で見た悲しみの味がする「夕陽」との出会いだったという。小沢征爾というたぐいまれな音楽家の内面を掘り下げようとした本で、「夕陽」と「実験」が主たるテーマである。

 作者は小沢から「夕陽」のこと聴いたときに最初はぴんとこなかったと言うが、このちぐはぐさ、違和感を解くために、たくさんの音楽家、芸術家と会って「夕陽とはどんな意味があるのか」と疑問を投げかけ、助言をもらい、小澤の過去の言葉を調べてみたと言う。思いがけず、多くの音楽家が「夕陽」について共通の思いを抱いていたことを知る。作者も調べるほど、夕陽の意味の深さを理解出来るようになり、小沢がよく言う「実験、多様性、普遍性、感情、自然、個」、そして「生とは何か、死とは何か、人間とは何か」という存在論がこの夕陽の中にあった、と共感するに至る。
 その過程がこの本になっている。だから、その間にインタビューした多くの音楽家芸術家の言葉が紹介されている。もしかすれば登場する人物は優に50人は超えているようだ。しかも、それらの言葉がばらばらに羅列されてあるのではなく適材適所に引用され一本の線で見事につながっている。

 日本の音楽家は世界的に通用するようになっても常にある種のジレンマにとりつかれていることがよく解る。要するに東洋人が何で西洋音楽をやるのか??と言う疑問であり、現実に周囲からの軋轢も強いという。「夕陽」について話しあっている途中で、「小沢さんの夕陽の意味よくわかります」と涙した音楽家がかなりいたと言う。夕陽はみんなの夕陽であることを痛感した、と作者は言う。そういう境地に達した音楽家だから、何千人、何万人の気持ちを個々にふるわせることが出来るのだろう、と。結局、夕陽とは人間の心のことであった、と結ぶ。

 そして沈みゆく夕陽は「死」への意識でもある。私も新潟の浜辺で見た夕陽、感動した日もある、それを思い出しつつ読み切った。文中に引用されている多くの音楽家・芸術家の音楽を語る、人生を語ることば、これもとても良い


9/4(木)快晴、初期研修マッチング 秋田県保健対策協議会
2:30起床。ここ人間ドック判定総括x2。紹介状返事.5:30病院着。8:10ドック診察x3。9:00-13:30外来。明日の講演準備。15:30マッチング1名、16:00-18:00秋田県保健対策協議会View Hotelにて.紹介状、主治医意見書他20:30帰宅.21:30就寝.

ヒトは果たして健康で長生きしなければならないのか・・・
 明日は大館の老人クラブ連合会での講演、来週は県栄養士会の講演で今準備を進めている。今日はまた秋田県の保険対策協議会であった。特に健康対策協議会ではSARSや癌予防対策、更に県の初期研修必修化に伴う医療体制にまで話題が及んだが、県民の健康増進のための条例制定の話題が中心であった。
 これら講演や協議会に共通して求められているのは、ヒトは健康で長生きするべき存在であると言う不思議な前提だと思う。旧厚生省は先に国民は一日30品目を食べるべきとの勧告を出したこともあるが、遂に政治が食卓の上のおかずに迄口を出し始めたかと驚いたものである。

 健康で生きることは誰しもが望むことであるが、私は子育ても終わって社会的にも一定の働きをなした様な中年以降の方々には健康、長生き、生活習慣病予防・・・の呪縛から解き放って自由を差し上げたい、と思う。
 動物の中で生殖能力を失ってまでも生き続けるのは人間と、動物園の動物とペットしかいない。餌をとれなくなって餓死するか、逃げられなくて自分が餌になるか、のどちらかである。人間社会には助け合いの精神があり、国には福祉がある。実に素晴らしい、が、それと個人の考え方とは別なんでないか??
 
 本当に心から自由を満喫出来る立場になった方々に立ちはだかる不自由、それが「健康維持・長生き」である。健康維持のためには待っているのは拷問に近い健康法だ。ただし、社会全体を健康にすることは必要でこれは行政を中心に考えればいいし、必要なら医療も関与する。健康面の問題点を感じて求めてきた方々には医療関係者は医療面からサポートしてあげればいい。
 かけがえのない「いのち」を不用意に無駄にする必要はないが、基本は自分の自由である。本当に必要な議論は「本人の望まない様な状態でも生きながらえることを是とする」考え方ではないのか、と思う。「Proceed at your own risk」は私の好きな言葉である。


9/3(水)秋田晴→東京快晴猛暑→雷鳴降雨→秋田曇  日本医師会臨床研修担当理事連絡協議会  
2:30起床。人間ドック判定総括x1、他。5:30病院着.回診等。外来なし。10:30病院発11:05空港着、搭乗手続き締め切り直前すべり込み。14:00-16:15日医臨床研修担当理事連絡協議会.意義の乏しい会議であった。18:05出発予定が悪天候で足止め。1時間半送れて秋田着。21:00帰宅。疲弊した、そのまま21:30就寝。

東京からの帰路、久しぶりのMD-90。急な嵐で滑走路上で1時間半の足止め.
 東京への
往路の11:20ANAは搭乗率30-40%程度だったので快適であった。
 出張の際,
帰路は通常18時頃の秋田便を用いる。従来はANAが運行し260席のボーイング767-300型であったが、今月からJASになり使用機種も160席のDM-81なった。今まですら混雑していたのにこの変更はちょっと残念である。せめてAirBusA-300シリーズにならないだろうか,と思う。
 本日は何故か
MD-90に変更になった。MD-81は乗る機会も少なくない機種であるが、あまり快適とは言えず,MD-90の方がずっと快適である。しかし,通常は伊丹・名古屋・新千歳・福岡をベースに使用されているために秋田便では滅多に使われない。私も久しぶりの搭乗。

 MD-90は、かつてのマクドネルダグラス社が最後に設計した小型機。エンジンが後方に2つついておりT型の尾翼を持つ。主翼にエンジンがない為に揚力,安定性に優位点があるとされる。低騒音で知られるMD-80シリーズをベースにエンジンを変更、完全なグラスコクピットを導入した新世代機であるが、ボーイングによる吸収合併によって、サイズ的に737-300型機と競合する為に生産が打ち切られた。総生産台数はわずか114機のみ。JASはこのMD-90を主力機として1996年から導入、黒澤明監督のデザインによる7種類のレインボー塗装をまとって現在16機が運航されている。同サイズのMD-81との見分けはエンジンの太さで、太いほうがMD-90である。

 定刻にタキシングを始めたが、途上で俄に空が曇りだし、激しい雷雨が襲ってきた。アナウンスでは羽田上空に積乱雲が発生したという。先ほどまで快晴の東京、そういえば今日は異常に暑い日だった。地上の上昇気流と海上からの大気の温度差に加えて,上空の冷えた大気との関連で突如発生したものと思われるが、本当に一瞬の間の変化であった。この様な急激な変化は前も一度羽田で経験したが,岩手や秋田では経験がない。緑豊かな土地とコンクリート砂漠の差なのであろう。
 滑走路上で待つこと1時間半、19:25離陸した。この間エンジンはアイドリングのまま。かなり燃料を無駄にしたね。満席で狭いMD-90、本は十分に読めたが濃厚な人口密度の中で2時間半はさすがに疲れた。


9/3(火)曇り-晴れ 胃透視 総回診(欠) 病棟カンファ 医師会打ち合わせ  医局会
2:00起床,人間ドック判定総括x1、 紹介状返事x1. 週刊アキタへの投稿文章推敲。5:30病院着.回診、その他。9:00-14:10外来、14:15病棟に.16:00-17:00医師会打ち合わせ.17:30-18:15医局会、週刊アキタへ投稿。20:30帰宅。21:30就寝.

思いがけない名曲、サヴェリオ・メルカダンテ「フルート協奏曲 ホ短調 」
 マフラーが錆落ちた私の古いレガシーワゴンが修理を終了して戻ってきた。が、今度はカーラジオが聴けなくなった。これはAMラジオ派の私にとっては大きい故障である。CD/MDは通常になるのでアンテナか何処かの故障であろう。何時かは修理に出さねばならんが・・・、やむなく手元にありながら聴く機会の無かったCDを数枚持ち込んで適当にかけていたら思いがけない曲が流れ始めた。私にとっての初めて聴く曲であるが、輝かしい勢いのある作品で、フルートの名人芸が生きる協奏曲と言えるが、私にとっては独奏のバックを付けている弦のきざみがとても魅力的、メロディーもとても美しく一発で気に入ってしまった。誰の作品なのか??

 メルカダンテのフルート協奏曲であった。メルカダンテは名前しか知らなかった作曲家である。ロッシーニ、ベルリーニに続いて19世紀中頃に活躍したイタリア・ロマン派の作曲家で約60曲にもの歌劇をつくったが、ヴェルディの出現によって影が薄くなってしまい、今は歌劇の歴史に名を残すだけ、と言っていい。確かに、心理描写のうまいヴェルディに比べたら、とても軽い。だけどそれがこの曲では生きていて耳障りも良い。総合芸術としての歌劇としては物足りないことはこの一曲からでも推測がつく。彼は、学生の頃に、フルート協奏曲を5曲残しているが、最近、この 「フルート協奏曲 ホ短調」 の復活を機会に、むしろ 本業でなく≪室内楽作曲者、協奏曲作曲家≫ として脚光を浴びている様である。やはり人の運とか評価は分からないものだ。

 彼はナポリの音楽院で、作曲の他にヴァイオリンとフルートも学んだためか、他にも美しい室内楽作品が多数残っているとされる。メルカダンテは私にとって求めて聴くべき作曲家の一人なのかもしれない。車の故障を機会に、また、楽しみが一つ増えた。


9/1(月)晴れ  管理会議   長副会議 
2:00起床。人間ドック判定総括x1、メール対応.退院患者総括、紹介状。5:20病院着。事務処理,回診.8:00管理会議.9:00-13:00外来 。患者病状検討、栄養士会講演準備、17:00-18:45長副会議,19:00回診.20:00帰宅、21:00就寝。

会議は多様な価値観が交わる交差点。冷静に対話する能力が必要
 欧米では人格が成熟していなけれぱ成人とは見なされない、と言う。私は欧米人とのお付き合いは殆ど無いから実感したことはないが、それなりの立場にある方々はよく語っているし、書いているから多分本当なのだと思う。その面では、日本では人格の未熟さを特に咎めようとはしないし、人物評価の時の対象項目にしていないようにも見える。いや、むしろ、若いうちは未熟なほうがよいとする雰囲気すらあるし、「坊ちゃん、お嬢様育ち・・・」などと言って、やっかみ半分ながら変に許容する風潮すらある。むしろ、若いうちに良識ある姿勢・態度を示すとあいつはすでに老成している、などと評され兼ねない。そんなことはない,老弱男女誰が言っても良い意見は良いのだ。しかし,未熟さを許す,直接それを注意しない,これは日本独特の甘えの文化なのではないだろうか。
 
 現代は集団の論理よりも、構成している個人の権利、人格が重視されるようになって来ている。それがあっての集団である。これは社会の成熟だと思うし、とても良いことである。しかし、だからこそ、多種多様の人格、価値観がひしめき合う中で、個々人が周囲のヒトと調和しながら自己の主張を前向きに伸ばして行くためには、視野の広さと、異質のものを許容する冷静な心,対話する時の調和を求める姿勢,時には抑制心が求められる。これらは,人格の成熟の重要な因子だと私は考える。いくら若くても有能でも、人格が未熟であっては本人も伸びられないばかりではなく、周囲は大迷惑である。

 私は最近,立場上、秋田県の各種の委員会、医師会、病院内・・いろいろな会議に出ることが多い。時には会議を主催し,時には議長をつとめることも少なくない。伝達会議は流れの確認だから他の方法で代行できるし,なくてもそれほど困らないが、懸案事項の処理のための会議は時には90度異なる価値観のぶつかり合いの場であり,私はそのような会議を交差点に例えている。交差点は歩行者,自転車,バイク,車など多様なものが交差するところであり,個々人の多様性まで考えると予想さえ出来ないほどである。しかしながら,どんなに自己主張したくとも交差点にさしかかった自分がどんな状態であれ,一定のルールに従わなければならないし,交差する相手もその様な状況になければ成り立たない。

 いろいろな会議の場で,発言者の口調が始めから挑戦的、感情的すぎることが多々あう。冷静な対話が成り立たたず不快な思いを感じる。交差点ならとっくに事故っている様な発言者,最近多くなってきていると思っている


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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
  日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。時間的に余裕無いのが悩みです。


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