徒然日記

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。


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先月の日記          来月の日記


7/31(水) 新潟・東京超快晴・猛暑 日医医療関係者対策委員会  

3:00ホテル「イタリア軒」にてW。「すこやかさん in Akita」医師会ミニ解説、紹介状・返事x1等処理、パソコン電池切れ、作文は手書き.7:20朝食、嫌いなバイキングでなかった.雑務処理他、11:09新幹線にて東京へ13:20着.14:00-16:00日医医療関係者対策委員会。委員が半数ほど入れ替えあり、新鮮な意見を聞けて良い.

帰路浜松町の書店に長居し過ぎて,指定の搭乗ゲートに急いだが閉まっており誰も係員が居ない.もう締め切ったのかと思ったがいつもなら放送されるし実に不思議だと考えていたら 何と先月まで17:50発が18:30発に変更になっていた。ガックリ・・・・

19:30秋田着。秋田のリムジンバス満席になってもなかなか発進しないのは何故か??無駄な時間だ.20:30病院着、机上は書類の山、若干処理、22:00帰宅、夕食22:30S。



7/30(火)晴れ 新潟は超快晴  新潟大学医学部関連病院院長会議

2:30W,HDD判定総括x1、スクラップほか.5:30病院着、HDD配付資料作成x1他。回診、出張二日間の申し送り記載など。8:05HDD診察x5、9:00-12:40外来.13:10特急「いなほ」にて新潟へ。途中熟睡.16:20若干遅刻し、ホテル「イタリア軒」新潟大学医学部関連病院院長会議+懇親会.本来なら院長出席のはずなるも代理出席.18:00懇親会。同級の3教授、オーケストラ、学生寮で一緒だった人、第一内科で血液学専攻した方々数人と会い懐かしく歓談、情報交換をする.何れも新潟県内の院長として頑張っておられたが、経営はおしなべて大変な様子.1時間ほどで街に、新書数冊買い込む。22:30S.

忘れ物でがっくり。割り切ればかえっていい気分
 持参のパソコンPB2400の電源が鞄に入っていない!!!  別の2400のOS入れ替え等でいつもの鞄から出して机上でつかったまま入れ忘れてしまったらしい。深夜から明日東京に出るまでの時間で懸案事項を多数処理しようと資料を多数用意してきたのでガックリ.この機種の内蔵電池は1.5時間ほどしか持たないので業務は筆記するしかない.予定の何分の一かしか出来ないだろうが、ま、これも非日常的でいいか・・・と割り切って買い込んだ本を読んだ。「おーい老い」「ヴァイオリニストが伝えたかった101のレッスン」「金魚が家にやってきた」「温泉で健康になる」・・・。
 業務は会議の資料袋に筆記した。裏表で間に合わず開いて内側にも記載。帰秋してから入力しよう。日常、パソコンでしか書いていないので気にもしていなかったが、私は毎日随分文章、字を書いているのだと改めて感心した。

7/29(月)晴れ 管理会議 大学臨床医局挨拶回り 長副会議

2:00W,HDD判定総括x1他、途中微睡む.5:40病院着。HDD配付資料作成x1他。回診、重症者数名、加えて新入院あり。8:00管理会議.9:00-13:00外来。HDD説明x1。15:10 大学臨床医局挨拶回り.17:00-18:20長副会議。この間患者死亡、見送って22:00帰宅22:30S。
 業務と並行して明日新潟東京に持参予定の2台目のMac PB2400急に不調となり急遽OS入れ替え、結果的に起動しなくなるなど、順調には進まず。

中国のスポーツ新聞.囲碁の記事満載らしい
帰路カーラジオで小耳にはさんだが、中国でも最近、特にワールドカップの頃からスポーツ新聞が販売数をのばしているらしい.世界的と言うよりは主に国内のニュース中心だという.すこぶるお堅い新聞で娯楽頁は殆どないらしい.一方、囲碁に関してのみ不釣り合いな程掲載されているという.不思議に思った人が編集者に聞いたところ「囲碁は頭のスポーツなんですよ」と答えたという.面白い発想である.

 目を日本のスポーツ新聞に転じてみると派手派手な紙面構成、あってもなくても良いような解説記事、加えて芸能記事、スキャンダル、下ネタ記事と続き、私は買い求めたこともないし買いたいと思ったことも無い。都電などで読んでいるのは男性のみで女性はます見ることはない.
内容的に高めれば、スポーツの観客には結構女性客も多いから女性の購読者も増えると思うがどうだろうか.

 何でスポーツ新聞に芸能記事、スキャンダル、下ネタ記事があんなに掲載されているのか、考えてみて納得した.「目のスポーツ」「へそから下のスポーツ」と考えれば良いのだ.

7/28(日)超快晴 病棟拘束 FF tennis 

2:30リハビリ当直室にてW、HDD判定総括x1、友の会より依頼文書「在院日数」作成など.リハビリの患者は落ち着いており中通総合病院に移動6:30。種々事務処理と電気系統の配線の整理。9:00-10:30病棟拘束として回診他。11:00帰宅、Vn等。13:00-17:00炎天下でFF tennis。vs Team A 3-6,6-3で引き分け.vs Team  B  6-2,4-2.
18:00-19:45病院。HDD判定総括x1、資料作成19:30帰宅,21:00S。
自伝:0歳から小学校卒業まで(2)
舞鶴の従兄弟が水死
 三歳の時、同じ年の従兄弟が舞鶴の浜で水遊び中に水死した。やはり、「従兄弟3人は育たない」は本当であったのか?? 勿論、私の記憶にはない事柄である.この従兄弟は現在私の父母と同じ墓に埋葬されている。

鼻を切る
 私は小さい頃からお茶好きだったらしい。三〜四歳の時のある日、歩きながらお茶を飲んでいて座布団につまずいて転倒、茶碗で鼻を切断、という大怪我をした。鼻尖部が皮膚一枚で顔とつながっていたとのこと.祖父が上手く縫い合わせたらしい.いまでも鼻には大きな傷跡がうっすらとであるが残っている.もし鼻がなかったら、または変形してついていたら如何に辛かったことだろうと思う。
か細い命をつないでくれたこと、鼻の治療のことも含めて祖父にはとても感謝仕切れない.
(続く)

7/27(土)快晴 坂口厚労大臣と医師会役員との昼食会・懇談会   リハビリ当直

2:00W、HDD判定総括x2他、5:40病院着.HDD配付資料作成x2他、回診.8:10HDD診察x5、9:00HDD説明x2。10:00-11:40 外来。12:10-14:00坂口厚労大臣と医師会役員との昼食会懇談会(Castles Hotel).親しく言葉を交わせた.役得だね.病院医師の立場から今回の医療法改正、医療の抜本改正について若干の質疑を行った.以後病院で業務.19:00帰宅夕食、20:00病院で若干業務、21:00リハビリ当直へ.21:30S.今晩は救急車が多い様だ.病院の当直者大変そう.


真夏の夜のチェロコンサート余談 恐怖と地獄のバイキング
 Vcコンサートは予想した以上の盛況であり4〜500名ほどの聴衆がいた。その意味では演奏された3人の方々にとってはとても良かったのでは、と思う.高田夫妻の秋田アトリオンでの公演が、親戚縁者の動員も含めても今回の半分にも満たなかった事を考えると驚異的な人数であった.アトリオンが便利な場所であり秋田市だから人口も多い、今回は秋田から20数Kmは離れ、決してアクセスが楽ではない大潟村内の施設である.実は私も道に迷いつつ公演開始時刻を気にしつつやっと到着した.

 聴衆が徐々に増えて行くにつれ、いつものコンサートの雰囲気とは異なる方々が多いことに気づいていたが、間もなく、本日の公演には夕食がセットされているので、こちらの方を目当てに大勢の方々が集まっているのだ、と思い当たった.それは、確かに当施設のシェフはその方面ではTVの料理番組にも何度か登場したことのある比較的有名な方だというから、多分そうであろう.途端に私は不安になってきた.これだけの人たちにレストランで一気に食事を出せるのか?、と.
 杞憂はあたった.私の大嫌いなバイキング形式である.私にとっては地獄である.しかも料理の提供場所は一カ所のみであった.会場からいつももの如くゆっくりと出て夕食の席に着いたときには既に料理の前には長蛇の列.10-15分は並ばなければ料理にありつけなさそう.テーブル上のオレンジジュースを飲みつつしばらく様子を見ていたが、全然列は変わらない.当然だね、同じ人が何度も並んでは色々あさっておられる.これは耐えられんと私は早々に退散した.当日はおりしも土崎港の曳き山祭りの夜である、別ルートを選んだのが間違いで高速道にはいるまで再び道に迷って、21:00頃帰宅し遅い夕食を取った.

 レストランはこれほどの人数が一気に料理に押し寄せる状況をどう考えていたのか?理解に苦しむ.もしこの形式を取るなら料理の提供コーナーを数カ所に分散すべきであろう.それ以上に、夕食をセットにするのであれば入場者をレストランのキャパシティの範囲で限定し、コンサートの余韻を楽しみつつ料理を楽しめる様にすべきである.勿論、料金はそれなりに高くなるだろうが、このようなコンサートならそれでも私は参加したい.この夜のレストランの様子はブロイラーの鶏が一斉に餌にありつく様を想定させるものであり、良い音楽を聴いた後にはそぐわない光景であった.

 勿論、料理を楽しまれた方々に何を申し上げるつもりは無い.主催者側に一言言いたかっただけである.私には高くついたコンサートであったが、演奏を満喫したのでまあまあ満足であった。

7/26(金)晴天 大曲外来 医師会打ち合わせ、法人理事会 

2:00W。HDD処理が無いことは希だが、これがないと時間に余裕があってとても良い。5:30病院着、回診、事務処理他。7:40こまちにて大曲へ。8:45-12:00大曲外来。12:30こまちにて秋田に。ヤマハにてVn弦オイドクサ2本購入。13:45病院着。16:00医師会打ち合わせ.17:30-18:45法人理事会.20:00帰宅.Vnは新しいガット弦でいい音で鳴り、気分爽快.21:00S.

真夏の夜のチェロコンサートを聴く(2002 7/20)
 当日は客人を交えてのアンサンブル予定していたが、公私諸般の事情で延期にした。代わりに何とか時間を確保しヴォルフガング・メールホルン(Vc)、高田剛志(Vc)、林真生(P)のコンサートを聴きにホテル・サンルーラル大潟に出かけた。
 
 コンサート会場は披露宴とかが行われる普通の部屋であった。メールホルン氏のチェロは約300年前の作とのことで日本の湿気で壊れるおそれがあり、希望で空調を強力にしているとのアナウンスがあった。その為に演奏中も空調の持続音が続いて不快であった。
 更に、開始直前までと休憩中に会場のスピーカーからオルゴール音楽が流されたが結婚式の歓談時間と混同しているのではないか。音楽を聴きに来たのだから休憩時間は音楽を鳴らすべきではない。会場設定関係者はデリカシーに欠けている。

 メールホルン氏はドビュッシー チェロソナタ、バッハ無伴奏チェロ組曲から第1番プレリュード、フォーレのエレジーを演奏した。ドイツ人らしい堅実な構成で、弱音も美しく表現したがフレーズの変わり目毎に一瞬のポーズを入れるのが耳慣れない表現ではあったが面白い。一方では流麗さに欠けるかな?と感じるところもあったが、感心しつつ楽しんだ。

 高田氏はボッケリーニ、アルベニス、カサドの曲を見事に演奏したが、演奏に年齢がしっかりと表現されるものだと感じ入った。実に若々しい演奏であった。
 師弟お二人の二重奏ではボッケリーニなど3曲を演奏した。二人の演奏法が近似しているためが実に地味な曲にきこえた。チェロ二本はアンサンブルには向かないのかとも思ったが、アンコールとして演奏されたムーンリバーはチェロ二重奏の面白みが発揮され、心理的に区切りがついた。
http://www.ogata.or.jp/sr/event/event0720.html

7/25(木)晴れ 猛暑日 大学臨床医局挨拶回り 在院21プロジェクト 
2:00W。HDD判定・総括x2、紹介状返事等.5:40病院着、回診ほか、8:00HDD診察x2。9:00-13:30午前外来.13:30-14:10HDD説明4名。14:10-16:10秋大
へ。4医局に挨拶。16:20-18:00在院日数21プロジェクト。各種書類その他処理.20:50帰宅、21:30S.超多忙な一日であった。
超暑く、超寒い.強烈冷房の人工的環境に身体は悲鳴をあげる
 盛岡にて病院評価機構の小セミナーがあり出席.出かける前から猛暑になりそうであったが、冷房の予想がつかないことと夏用の上着を持っていないので、敢えて合い着の背広で出かけた.病院からこまちに乗車するまで僅かな時間であったが汗だくになった.盛岡でも駅の近くのホテルに入るまでの数分間は猛暑で汗だく.一方、会場は冷房の効かせすぎ.入った直後こそ若干爽快であったが、セミナーの間中は上着を着用していても寒いほどで、実に不快.こんな中でも半袖のシャツ姿で過ごしている方もおられるのだから人様々で面白いものだ.

 私は超寒がりだが暑さには耐えられる方で、真夏は大好きである.特に炎天下で過ごすのが好きだ.自宅でも医局でもエアコンのスイッチを入れることはまず無い.真夏に医局の自室を訪れる方は一瞬入るのを逡巡する様子がみられて面白い.例外なく「暑くないですか??」と聞かれるが、暑く感じていなかったらむしろ異常で病気ですよ.私の感覚は狂っているわけではなく、暑さを楽しんでいるだけ.

 それにしてもこれだけの寒暖の差の中で暮らしていたら体調が崩れるのも当然に思う.日本人は四季の移り変わりに対して身体が時間をかけて順応しているはずだが、こんな人工的な環境の中では本来備わっているはずの調節機構が狂うのも当然だ.
 当たり前の現象には抗わずに身を任せていたいものだ.

7/24(水)快晴 超暑い 医師会理事会欠席→盛岡出張(病院評価機構) 

2:00W、HDD判定・総括x2、紹介状等.5:40病院着、回診ほか、9:00-11:00外来。11:40-13:10こまち,盛岡.13: 30-17:00病院評価機構セミナー.盛岡在住の長男と夕食.18:46-20:20こまち秋田へ.よく寝た.病院にて残務21:45帰宅22:30S。
清酒「越乃寒梅」味見した。淡泊な・・
 何故か私は酒飲みと思われているようであり、お酒を戴く機会も多いが実は私は殆ど飲めない下戸で超甘党なのである。父方の祖母は岩手の「月の輪」という銘柄の造り酒屋の出でかなり飲めたようだし父親も酒豪だったのに、なぜか兄も私も全く駄目で不思議なものである。一応、毎晩130mlの缶ビールで練習しているが全然効果は上がらない。
 お酒一口程度のほろ酔い加減迄は良いがそれを越すと急に体調が悪くなる。全身真っ赤になり、動悸、息切れ、頭痛、不整脈、立ちあがったときの目眩、耐え難い眠気などである。その代わり二日酔いの経験もない.お酒が出る会も少なくないし、医師会の懇親会等では司会も担当するので最後まで帰れず、若干は飲む事になる.最近はジュース、ウーロン茶、ビール、日本酒チャンポンにして薄めている.
 
 つい先日、ある患者さんが「是非先生に飲んでいただきたい」と言って新潟の銘酒「
越乃寒梅」を持ってきてくださった。酒音痴な私でも名前は知っている有名なお酒である。「高精白の山田錦を阿賀野川の伏流水を用いて仕込む、きれのある細やかな辛口に仕上がっているが淡麗辛口な酒質の中にも奥深い味わいを持つ。蔵元 石本酒造」・・・と何かに紹介されていた。
 確かに淡白であったので飲みやすいが美味しいかどうかは他の日本酒を知らないので何とも言えない.もしかしたら私は実に勿体ないことをしているのかもしれない.無駄にしないようにビールの代わりに毎晩少しずつ飲むことにしよう.それでも2ヶ月はかかりそうだ・・・・

7/23(火)晴れ 総回診、医師会・印刷会社打ち合わせ 医局カンファ

2:30W,HDD判定・総括x2.6:00病院着、8:10HDD診察x4。9:00-13:30午前外来、混雑.14:30-15:30総回診に参加、16:15-17:30医師会打ち合わせ、途中すこやかさんin Akita関連で三戸印刷と打ち合わせ。病院のマック不調,調製する.残務処理.20:30帰宅.「
越乃寒梅」味見。21:30S

感染症の季節 医師会の感染症等危機管理対策担当は忙しい
 先日は広報の関係から。本日は医師会の感染症等危機管理対策担当の立場から。
最近0-157を始めとする病原性大腸菌、サルモネラ等による食中毒のニュースが連日飛び込んでくる。食中毒の季節を迎え、他にも腸炎ビブリオ、SRSVなども気が抜けない。もはや0-157等は身近な土壌等に当たり前にいると思わなければならない菌となった。

 一方、最近ニュースとして下火なのが結核とエイズだが、秋田でも新たに二人のHIV感染者が見つかっているし、気管支炎として私のところに紹介されて入院した高齢者が結核であったりと、実際には両者とも身近な問題である。一般の方々への啓蒙の再検討を要する問題である。

 そこに加えての国内におけるE型肝炎感染の問題が生じてきた。これの原因ウイルスはHEVと呼ばれる。衛生状態の良くない国外で水などから感染する危険性は前から指摘されていたが、患者から検出されたウイルスと類似したウイルスが国内の生後2-3ヶ月のブタにも見つかったという。まだ、動物から人間への伝播は確認されていないが、人畜共通の感染症であことから、排泄物に含まれるウイルスが水などを通じて伝播する危険性があり、今後一気に問題化するかもしれない。

 更に、中国製ダイエット食品問題、硫酸漏出事件・・・と秋田県の健康対策課から次々と新たな情報が入ってくる。担当としては頭が痛い最近である。

7/22(月)晴れ 管理会議 拡大長副会議 

2:00W。HDD判定・総括x2。書類2,3処理。5:30病院着.HDD資料作成x2。回診など。8:00管理会議、9:00-13;00午前外来。残務多数処理、15:00循環器科診療体制検討..16:00-17:30拡大長副会議.20:00帰宅。Vn 前回はA線,今度はG線切れていた.寂しいのか?21:30S。
一人の子を育てることは、三人の子を育てることと同じ。
 近年出生率が低下し、結果的に高齢社会を迎えている。これは成熟社会に付随する当然の現象でもある。社会的には困難を抱えることになるので子育て支援対策を十分に行うなどの対策は勿論必要であるが、基本的には社会構造に対する発想の転換をしていくことで乗り切るしかない。少子高齢化による社会的困難の維持のために「産めよ増やせよ」と少子化対策をするのはおかしな事である。戦時中と何ら変わらない発想だ。
 秋田県の「子育て中央セミナー」が本日、「男も子育て」をテーマに秋田市で開かれ、講演した汐見東大教授(教育学)は家庭や子供にとって父親の存在が希薄になっている現状や、子育てを母親にすべて背負わせる慣習などを挙げながら父親の育児参加を呼びかけたという。わざわざ東大教授を呼ぶまでも無かろうに、と思った。

 おりしも「子育てをしない男を父親と呼ばない」とのキャッチコピーで一時私の目を引いたカップルが最近離婚したというニュースが載っていた。男が父親になったら育児に相応に参加するのは当たり前のことだ。それに加えて父親の場合には成長した子供のサポートがより重要だ。一人の子供を育てると言うことは、目の前にいる子供、理想の子供のイメージ像、自分の子供時代の像、の三人の子供達の葛藤を通じて、親が自分自身の成長を一緒に楽しむ過程であり、いわば人生そのものと言っても良いものかも知れない。

7/21(日)曇り・快晴 FF tennis 土崎港曳き山祭り

2:00W、HDD判定・総括x2、等.6:00病院着、回診種々処理10:30帰宅、13;00-16:10梅林園にてFF tennis、vs 第2チーム6-4敗退。17:00-19:00病院で業務、帰路外食。20:00S。

自伝:0歳から小学校卒業まで(1)
虚弱児
 昭和20年5月14日、母にとってはかなりの難産であったらしいが岩手県紫波郡乙部村乙部(昭和30年頃、町村合併にて都南村乙部になる。再度合併し現在は盛岡市乙部になった)にて生まれる。体重は600匁(2100gほどか)で、今としては問題ないが、当時としては育たないことのほうが多いとされる程度の未熟児であった.祖父が金魚の水槽を利用して保温器様のものを作り、白熱電球で暖め、空襲の時は防空壕の中で湯たんぽで暖めたという。
 母乳の出も悪く、戦時中だったので代わりになるものとて手に入れがたく、米の粉を炊き、その上澄みを少ない母乳の代わりにしたらしい。

 9月、盛岡の叔母が里帰り出産とやらで男の子を産んだ.私よりは遅く生まれたのに間もなく私より大きく成長し、哺乳力も強く、鳴き声も大きく、二人並べて見ては、誰しもが弱々しい私はうまく育たないかもしれないと思っていたらしい.私は、もし、医師の家庭で生まれていなかったならおそらくは駄目だったろう、と中学生頃までいつも言われながら育った.


7/20(土) 休日海の記念日  土崎港曳き山祭り サンルーラルVc

2:30W、HDD判定総括x2。紹介状1部その他.重症患者あり回診に、6:30病院着、HDD資料作成x2他。回診。10:30帰宅。製本、Vn修理等.中古のPC98シリーズ十分機能せず、利用不能。14:00-16;30病院。17:30、散々道に迷いながらも大潟村のサンルーラル到着。18:00〜19:45 高田剛志とメールホルンのチェロのデュオコンサートを聴く(前半はピアノとのデュオ)。W.メールホルン氏の300年前の楽器の保安のため強力に冷やしているとのことであったが空調音が不快。夕食会はバイキング料理だが会場の段取りが悪く非常に混雑していたので殆ど食べずジュース・ビールのみで帰宅、20:50帰宅、夕食。21:30S.

土崎港曳き山祭り 
 毎年7/20-21は土崎港曳き山祭りである。約300年の歴史があり、これが終わると秋田には本格的夏が来るとされ、重要な行事の一つである。通常降雨にあたることは少ない祭りであるが、今年は7/20午前まで結構雨が降り、予報でもこの二日間は雨模様とされていたので関係者は心配したことであろう。結果的には初日は怪しい天候で時に雨が降り、曳き山の人形はビニールで覆われて曳かれたという。
 家内は土崎出身であり、両親が健在であった数年前までは、我が家の子供達も含めて親戚縁者が実家に集まり夜遅くまで大勢でワイワイと過ごしていたものであるが、本年は義母が病床にいることもあり特に何も予定しなかったという.これも時代の流れか.

 私自身は、元々祭りなどの人が大勢集まる場所は嫌いなうえ、岩手県出身なので特にこの祭りに愛着もあるわけでなく、約30年殆ど参加せずに最初の数年間は午前1時頃まで職場で時間を過ごしていた.当時住んでいた将軍野の家が祭りのメインストリートになっており、この時間まで車が入れなかったからある.

 不快な体験もある.港北診療所からの往診の帰り、ある町内で曳き山に出くわし道路をふさがれた.わずか2-3mほど動かしてくれれば通れたのにいくら交渉してもダメで30分以上も患者を待たせたことがある.その際の担当者の特権意識?をかさにきた傍若無人な態度は想い出す度に不快になる.これ一つで全体を論じる気にはならないが、祭りの間中、まともな判断力を失う御仁は少なくないようだ.
http://www.t-minato.jp/kyoku2/

7/19(金)曇り・雨 秋大挨拶回り 医師会打ち合わせ 在宅医療施設間協議会

2:00W、HDD判定総括x2。紹介状2部.5:30病院着、HDD資料作成x2。9:00HDD説明2名。10:30-12:15新患補助。13:30HDD説明2名.15:00-17:00秋田大学臨床教室挨拶回り3回目。18:00-20:00プロジェクト21関連在宅医療施設間協議会。20:45帰宅21:30S.

医師会広報担当者のぼやき
 医療関係者は「医療・福祉関連問題はすべての一般国民の関心事の一つである」と、思いがちだが、そんなことはない。多くの人達は医療や医療制度について、自分に影響がない時は全く無関心だし、一時関心を持っても喉元をすぎればすぐ忘れてしまう。新聞の投稿欄等は、一見、一般の方々の医療に関する意見を反映しているように見えるが、投稿はかなりエネルギーが必要な行為で実際にはマニアや常連が多い。しかも投稿の掲載の選択権は新聞社にあるから、実情とかけ離れた新聞社の主張に近いものだけが入る。寺田県医師会長の投稿論文も掲載されなかった事もある。

 だから、「正しい医師会像を広報せよ」と広報担当者はいつも言われるが、実際にはどうすればいいのか方策が見あたらず辛い思いをしている。今秋の東北医師会連合会は秋田で行われるが、その時に東北6県の広報担当者の協議会があるので他の県の様子を聞いてみることにしよう。



7/18(木)快晴・夜雨、今期最高気温 医局会、秋田大学臨床教室挨拶回り

1:30W、HDD判定総括x2、意見書記載.NP スクラップ、医師会関連作文等。5:40病院着、バックアップ用に用意していたプリンター、何とか作動した。新しく購入も考えたが今はすべてUSBなので私のマックでは全く使えない.やむなし、暫くはこれで行こう。HDD診察無し、9:00-13:00外来。13:30医局会、中座しHDD結果説明x1。15:10-17:30秋田大学臨床教室挨拶回り。以降は淡々と業務処理。20:00帰宅21:00S.

医者は身内だけで愚痴り合うな.愚痴は本音、どんどん公開せよ
 私は医師会では広報部門担当の責任者でもある.医師会で広報関係の会合を持つと、いつも「医師会は誤解されている。正しい医師会像を広報せよ」といわれる。これは担当から見て実に困難な事である。

 私が医師になってからは実感することはなかったが、過去の一時期に医師にとって良き時代が確かにあった。私も田舎の医師の家で生まれ育ったが、祖父は地域に於いては名士であったし、収入も多く、常に羨望の目で見られていたと思う。この時代、我が国は未だ貧しかっただけに、この時代の印象が多くの人にしっかりとインプットされ、今まで継承されてきてしまった.
 
現代は医師にとって決して良い時代とは言えないが、それでも医師は収入の面でも社会的立場の中でも特権階級と思われている。医師会は医師による唯一の組織だけに、少しでも問題が生じるとバッシングが激しい。マスメディアは常に批判の対象を日本医師会に向ける。要するに日本医師会をバッシングすることは医師全体を対象にしていることと等しい.
 三大新聞が医師、医師会を対象にした記事を掲載するとき医師の側から見て好意的なものは殆どない.世論はマスメディアによって作られるので、「医師会は多額の献金を駆使して、自分たちの利益を養護する圧力団体」と多くの人は思いこむ.だから、医師会と言う組織を背景にいくら状況を説明してもなかなか相手に届かないのは当然である.広報担当は辛い.

 医師の間で読まれる会報、インターネットの意見投稿欄等には医師の本音が掲載されており、いずれも面白いが、これは医師の間でだけの閉鎖環境の中で読まれているだけでは互いの傷をなめ合う愚痴り合いに過ぎない.医師の本音はどんどんと公開すべきである.高邁なことはそれなりの人に任せ、本音を語れば医師全員が広報委員になれる.そのこと自体が医師と非医師の間のパイプになるだろうし、結果的には両者の距離が近づいていく.

7/17(水)曇り・快晴  
1:30W。HDD判定総括x2. 介護保険主治医意見書x2、書類処理、5:40病院着.HDD資料印刷でハードに働いたカラースタイルライター1500が印刷中に急変し機能停止.修理は不可能状態へ。代替品用意。回診その他。9:00-14:00外来+HDD説明2名。病院・医師会関連書類処理多数。20:00帰宅21:00S。
 
厳しい私学経営、甘い公的医療機関の経営
 私学は国立大学では持ち得ないような特徴ある校風と教育で多くの人材を育て世に出してきた.しかし、もう10年も前から私学冬の時代などと言われてきた.大きく影響する因子は、一つは18歳年齢人口の減少、第二には国立大学の法人化の流れである.前者は経営のために学生のレベルを低下させても入学させざるを得ない現実があるようで、結果的に教育スタッフを悩ませている.後者は平成16年から施行されるが、国立大学も競争原理の中で生き残りを模索し、有り様を変えなければならなくなる.場合によっては私学と同様の指向性を持たざるを得ない状況になる.それでいて必要な経費は国費で持つと言うことなので、私学は更に厳しい状況に陥ることになる.
 
この流れの中で私学が生き残るには、他にはない特徴を発揮し、充実した教育を行い、優秀な卒業生を輩出すること以外にはない.この厳しい流れの中から一歩先を行く私学の台頭が望まれる.
 公的機関は医療であれ、教育であれ公的であるという背景に相応しい特徴を発揮しなければ存在する資格はない.
 
目を医療に転じれば、公的医療機関と私的医療機関では大差のない医療を展開している.その中で公的医療機関の特徴をあげてみれば、権威主義の横行、経営・運営の非効率性、親方日の丸意識、スタッフの高齢化、労働意欲、意気込みの低下・・・と直ぐに挙がってくる.こんな特徴なら不要である.民営化が望ましい.



7/16(火)終日雨 総回診 医師会打ち合わせ 長副会議 医局カンファ

2:00W,HDD判定総括x2. 書類処理、5:40病院着.HDD資料作成x2.6:30回診他、8;00HDD診察x5.9:00-13:00外来.14:10-14:50総回診に参加、中座。15:00-15:50医師会打ち合わせ。16:00-18:30長副会議.Z対策中心。医局カンファは時間無く欠。20:30帰宅。Vn の弦が何故か1本切れていた。湿気のせいか、時間の乏しい持ち主への抗議か21;30S.

乗用車後部に第3のブレーキランプ義務化
 国土交通省はこの度、RVや乗用車後部に第3のブレーキランプを義務化するという。視認性を高めることで追突防止が目的。私は第3のブレーキランプは歩行者や自転車、バイクなどの交通弱者を守るために、また、交差点での右左折時の衝突事故を避けるために後部よりフロントに必要だと考えており,「車よ傲る無かれ」を書いたときに当時の運輸省に提言したこともあるが返事すら来なかった。

 確かに、追突防止への方策は重要だが、ブレーキランプが無いわけではないし、追突は視認性の問題以上に車間距離とか速度とか、運転者の守るべき基本の方が重要である。それに車は勝手な走行が可能な道具であるから、運転の仕方によっては衝突・追突するのは当然でもある。だから、車同士の衝突は未だ納得できる.車に乗るときは最初から事故に遭うことに対する覚悟が必要なのだ.
 
 問題は、交通弱者と車間での事故である。この際、車は防御機構があり、運動エネルギーの差からみても障害を受けるのは常に弱者の方だ。強弱が入り乱れて同じ道路を使用する以上、何らかの規制は必要だが、弱者の方を規制している今のやり方はおかしい。
 標語「飛び出すな、車は急には止まらない!」では駄目。「飛び出すぞ、子供は急には止まらない!」の発想が重要。
 フロントにこそブレーキランプ装着を義務化せよ。


7/15(月)終日雨 管理会議 午後病欠してCF 県医師会広報委員会

2:00W、HDD判定総括x2. 書類処理、5:20病院着.HDD資料作成x2.6:00回診他、8:00管理会議.9:00-12;00外来。HDD説明予定無し。14:00年休とって帰宅、15:00K医院にてCF。16:00帰宅、虚脱感あり1時間ほど微睡み改善。18:30-19:45県医師会第3回広報委員会、委員長欠席で司会担当。20:00-21:20病院にてカルテ整理など21:40帰宅22:00S。

大腸内視鏡初体験 遠藤周作的心に一歩近づく
 ここ数ヶ月、連日左下腹部痛が続いていた。痛みだけで体調も腸管機能も悪いわけでもなく、腸管外の疼痛、あるいは腸管としても器質的疾患よりはストレス性の痙性の機能的なものと考えていた。もし癌とかであったら疼痛からみてかなり進行したものになるが、それを示す他の症状が無く、そう深く心配していたわけではない。とはいえど何時までもウジウジと不明のままにしていてもしょうがないし、著しく増加した業務に責任を果たすにも病状は明らかにしておくべきと考えて大腸内視鏡を受けることにした。
 午前9時頃から3時間かかって間欠的に総量2リットルの緩下剤のニフレック服用、腸管の大掃除が出来てこれだけでも気分的にもすっきりし、気分が明るくなった。午後、数年前に家内の内視鏡的胆嚢摘出を担当してくださったK医師の医院にてCF、まな板上の鯉の如く毅然と受けるぞ・・・、と思ったが、耐え難いと言うほどではないものの検査自体決して楽ではなかった。恐らく小学校時のひどい腹膜炎の結果、下腹部の腸管どうし癒着していたせいかもしれない.結果的には多数の憩室のみで腫瘍性の病変は無かった。K医師にはご苦労をおかけした.

 作家の故遠藤周作は医師の国家試験の前に上部・下部消化管内視鏡的検査、気管支鏡検査、試験的入院生活を受けるべきだと主張している.私もドックや外来等を通じて毎週10-15名の方にこれらの検査を勧めてきたが今まで受けたことはなかった.今日から患者さんの痛みが解る医師にまた一歩近づくことが出来たような気がする.遅きに失したかな?

 腹痛のことを時々書いていたために、多くの方が心配して声をかけてくださった.感謝して結果を報告します.



7/14(日)終日降雨 FF Tennis(中止)

2:30リハビリにてW、HDD判定総括x1,溜まっていたNP整理など種々.リハ
の入院患者さんは平穏な状態なので回診や資料印刷等処理のために中通病院へ.7:00から回診、オーダー書き、主治医意見書、紹介状など作成。10:30帰宅。引き続きHDD判定総括x2,その他処理。FF Tennisは天候不良で中止.午後若干休息後 紹介状など.17:00-19:30夕方中通総合病院の看護師長他3名来訪.歓談他Vn。明日のCFの準備に入る。結果や如何に。21:00S。

印象が薄い2000円札
 2000円札は1958年の1万円札発行以来の新紙幣で西暦2000年を記念して(?)経済効果も、札としての利便性も期待できるとして鳴り物入りで発行された。私は発行間もなく銀行の外交の方から1-2枚提供を受け、家族に見せたきり最近まで全くお目にかかっていなかった。僅かに存在を思い出すのは自動販売機やキャッシュコーナーで「2000円札は扱いません」とのステッカーを見る時だけで、デザインもすっかり忘れていた。

 ところが、ここ1ヶ月の間に3回ほど受け取る機会があった。一瞬これは何だ?と思ったほどだった。人物が入っていないのが寂しいし、色調もコントラストも淡くインパクトは少ないデザインである。が、じっくり見るとこれが意外と美しい。隅々までゆっくり見るかと思ったが、その機会も得られないまま私からは即座に流通していった。

 殆ど流通していないので結局「2000年記念紙幣」だったのかなと思う。利便性はゼロ、経済効果もゼロ。また、2000円紙幣には先進的偽造防止策が施されたとされたが、これほど流通しない紙幣の偽札は発覚の機会が多いだけに作る人はいない。
 と、考えると2000円札って何だったのだろうと思う。実に寂しい札である。何処に眠っているのか?次は何時会えるのか??



7/13(土)晴れ曇り・雨 義父3回忌法要+会食 リハビリ当直
 
2:30W、さすがに寝不足感。HDD判定総括x1,その他。5:30病院着、事務的処理、6:30病棟回診、8:00HDDx5、9:00HDD説明x2。10:30-12:30外来。14:00-15:00義父3回忌法要を寺で、その後墓参り.17:00からH Daiwaにて会食。19:30中座して病院へ、事務的処理後21:00リハビリ病院に当直に21:30S.

情報伝達は難しいが、積極的に集めているヒトもいる.
昨日、秋大の臨床医学系の教授に院長に同伴して挨拶回りに行き4名の教授に面会した.教授のうち二人は私が勤務する医療法人・病院の会長、理事長、院長等が今回一気に交代したことに関心を持たれていた.地域医療への貢献、若手医師の赴任や研修の事、平成16年から始まる臨床研修必修化などの際の研修病院として病院が果たしてきた歴史や将来について、色々と心配されていたようである.しかし、正しくは理解していただいてなかったが、本日の訪問まで情報を得る機会もなかったから当然であろう、と理解できた.

夜には N医師の送別・壮行会があったが、その際に医局の医師達数名から質問ありいろいろ話したが、やはり十分な情報は伝わっていないらしく、職員間にも憶測が飛び交っていることを知った.一定の情報は提供されていたはずであるが、・・・.

更に本日は私的な会であったが、秋田市で色々の地域活動.政治活動等されている方々からは「世代交代が後3年ほど早くあるべきだったスナ・・・」等と、話しかけられた.この方は医療関係者ではなく、どこからの情報なのか分からないが、各医療機関についてかなりの情報を持っておられる様子で、これには本当のところ驚いた.
  そう言えば、数年前に徳洲会が秋田に進出するために病院を探しているらしいと言っていたのもこの方であった.まさか、徳洲会が私どもの病院を??



7/12(金)雨→曇り・晴れ 医師会打ち合わせ  秋田大学臨床教室挨拶回り  法人理事会 N医師送別・壮行会

1:30W、HDD判定総括x2.病院関連書類、医師会関連書類用意.5:30病院着、事務処理後6:30から回診他。従来の業務にそっくり上乗せの入院患者10人増はいかにもきつい.9:00-10:00HDD説明x5.10:30-12:30外来。13:30HDD説明x1。15:30-17:15秋田大学医学部の臨床4教室へ院長と共に挨拶回り.結果的に医師会打ち合わせは時間取れず.連絡も出来ず.17:30-19:00法人理事会,ITに関する提起種々あり討論、しかし、先が見えない。19:30-21:15N医師送別・壮行会.計画の段階ではどうなるかと危惧したが楽しい良い会であった.締めの挨拶担当.21;45帰宅22:30S.


衝撃的ニュース
 私は現在秋田県生物テロ特別対策室の室長を務めている。そんな折に新聞に衝撃的ニュースがあった.ゲノム解析による遺伝情報から、ポリオウイルスの人工的合成に米NY州立大のE.W教授(分子生物学)らが成功した、と言うものである。
1999年には別の米グループがインフルエンザウイルスの合成を報告しているが、このときは実際のウイルスのRNAを基にしており、ゼロからつくり出したわけではなかった。
 要するに、ゲノム情報さえあれば生化学的な手法でさまざまな病原体をつくることができると言うことである。

 例えば、天然痘ウイルスは自然界では根絶されているが、研究用として米国とロシアだけがウイルスを保管しており、WHOは漏洩やテロへの悪用を危惧し完全廃棄を勧告している。しかし、同様の研究が進めば、ウイルス自体を廃棄しても、解読されたゲノム情報(要するに設計図)があれば復活させることが可能となるし、その過程で新種作成の為の組換えの試みが如何様にも出来るだけことになる。
 
 研究の成果自体は生物・医学分野における朗報である.が、生物兵器の恐ろしさは原水爆にも匹敵、場合によってはより勝っているだけに、悪用は怖い.ヒトが免疫を持たない新種の病原体によって人類が滅亡することもあり得るからである.


7/11(木)曇り・快晴、包括医療実習総括   

1:30W。HDD判定総括x2。NP等・・.今朝から入院受け持ち患者10人増加のため早めに出勤。5:30病院着、6:30から回診他。8:10HDD診察x3。9:00-13:30外来。13:30HDD説明x1。15:30-16:30秋田大学医学部包括医療実習の総括に同席。紹介状書き、その他19:30再度回診、20:30帰宅.21:30S.

生命保険会社も病院も体質改善が必要だ
 先月、第8回日医総研セミナーの聴いてきた。小泉改革----本当のところは??----と言うもので経済の視点から見た医療改革のことが勉強できるかな?と期待したが経済学者による理解困難な講演会であった。が、我が国の厳しい経済状況についての理解は朧気ながら一歩進んだような気がする。それで若干感じたこと。

 戦後の混乱を通じ国民の生活に対する不安は大きなものがあったから、我が国の生命保険加入率は飛躍的に伸びた。私が中高校生の頃、かつて祖父母が貴重なお金を工面して掛け続けていた生命保険が満期になって時折戻ってきた。賭け始めたときにはそれなりであったと思うが、そのころに比べて物価が遙かに上昇しているから苦労の割には微々たるものであった。その現実を垣間見ていたので私は生命保険というものに殆ど興味が無く、更に、こんなに生きるとも思っていなかったので最小限---それも大部分は掛け捨て---の契約しかない。常識的に見ればかなり少ないらしく勧誘に来た方がびっくりするほどである。その上、契約会社が倒産し、保証は60%ほどに減額された。マ、ゼロになるよりはマシだわいと深刻には考えていない。

 生命保険は日本の経済を長らく支えてきたがここ数年おかしくなっている。生保の収益を支えて来たのは、死差益、利差益、費差益の三つで、平均寿命の伸び、高金利が収益に貿献してきた。ところが金利の低下と不良債権の増大で,どの生保も利差益が大幅な利差損になってしまっている。超低金利が長引き、耐え切れず破綻する保険会社が出るから、それで不安が広がり、契約の減少・解約に歯止めがかからない。まさに八方塞がりで出口の見えない不況の真っ只中にある。今の生保は消え行く運命というしかないようである。
 これからは生存保障型の保険が中心になるだろう。そういう方向にいかに旱く舵を切れるかということである。外資系の生存保障型の売れ行きをみれば、体質改善の余地はまだあるとみるべきだろう。

 病院経営も曲がり角に来ており、従来の発想では到底生き残れない。支持してくれる患者がいる限り体質改善の余地はまだまだある。早急に対応を考えなければならない。

7/10(水)雨・快晴 医療行政懇談会  

2:00W。HDD判定総括x2、 紹介状返事x1.他。6:00病院着.回診等。9:00-13:30外来。後半混雑。13:30HDD説明x1。15:30-19:00医療行政懇談会.話題は「バリアフリー」「健康秋田21」「医薬分業」「保健師の訪問指導」・・と多かったが時間通りに進行、終了。副知事を交えての懇親会、ここでも協議事項についての話題で盛り上がった。19:30帰宅。21:30S。

自己主張を尊ぶ教育を
 日本人ははっきりと自分の意見を表明することを好まない国民だ。その点は韓国や中国とは大きく異なっている様で国際的舞台では異様にうつるらしい。自己主張をしないことが奥ゆかしく、大人びた振る舞いだ、という文化的風土もあるが、これは腹立たしい文化である。

 日本人は知識は実に豊かなんだと思う。しかし知識は思考の資料である。大切なのは自分なりの意見や主張を組み立てる思考力と構想力で、そのときに知識が役に立つ。役立てない知識は無用の長物でしかない.
 この自己主張をしない、あるいは苦手とする背景は日本の社会にまだ本当の意味で個人主義が根付いていないからだ。全て護送船団方式で適当に守られて居るから自分の頭でものを考え、自己主張する価値観、責任感が根付いていない。

 そのような価値観を根付かせる教育が行われていないからだ。教育は自己の考えを主張し、表現すること、を目標にして行われるべきで、それによって他人の意見も十分に聞き取ることが出来るようになる。日本の教育はこの方向性を見失しなっている様に感じられる。結果的に、内に籠もる秀才が大量に育成されてくる.

 私の周辺にも会議とかで一言も発しない方が少なからずいる.何年間も、十数年間も、欠席もせず、発言もせず、何を考えて其処に居るのだろうか、別に嫌でもなさそうなのが私にとっては不思議である.批判することもない賛成者として体制堅持に強力に参与して来ているという自覚はあるのだろうか.私なら思うことは表現して結果的に干される方の道を選ぶが・・・.


7/9(火)曇り-晴れ 総回診 医師会打ち合わせ 医局カンファレンス

1:30W,HDD判定総括x2、 紹介状返事x1.NP scrap、校正すべき秋田医報用原稿を医局のパソコン脇に忘れてきた.1+2時間はかかる作業なので早めに出勤、5:00病院着、校正作業。回診他。既に起きているのだから何時に出勤しようと私にとって生活上は大差がないく便利だ.同僚医師退職のために数日後から入院患者の担当が一気に10名ほど増えるのでこのパターンにせざるを得ないだろう.8:00HDD診察x5、9:00-13:15外来、13:20HDD説明x2.  14:30-15:45総回診に合流.16:00-17:00医師会打ち合わせ.20:30帰宅。21:30S.

「3時間待ちの3分間診療」がどうして悪なのか。
我が国の医療を語るときには「3時間待ちの3分間診療」が良く引用される.まるでその現況は病院とか医師が悪いというニュアンスを濃厚に込め、医療環境の悪さを表す代名詞の如くにマスコミやいわゆる知識人とされる方々が口にし、記述する.しかし、何故悪なのか、しっかりとした論旨を展開しているのを見たことはない.最初に悪と決めつけているからろくに考察していない.
 先進国の医療のあり方を見ると、患者の受診希望を最優先させて診療を行う日本型医療、医師や保険者側の都合や契約・指示に会わせて受診しなければならないアメリカ型、決められた地域の診療所以外には受診できず、なおかつ数日も待たされる英国型・・・、と挙げても切りがないが、我が国の医療は真に患者が主人公である、といえる.だから、医療従事者の立場から見れば厳しい制度なのだ。
 この日本型医療が小泉首相によって大幅に後退させられようとしている.医師会などは制度改悪反対に必死である.元々軽くしか扱われて来なかった医師達の集団が患者本位である日本型医療を守ろうとしていることは滅私奉公的美談であろう。しかし、医師会の反対運動は如何に声高に語っても一般の方々には自己権利、既得権の擁護運動程度にしか思われていない.それはマスコミ等で常々、医師バッシング、医師会バッシングがなされ、世論を形成してしまったからである。
日本の医療がより欧米型に近づくと言うことは、患者にとって発想の転換を要する大事件なのだ。何事にも光と影がある。影の部分のみに注目しひたすら論じていれば大切な方向を見誤る事になる。

7/8(月)雨→晴れ 管理会議 ABS-TV収録 長副会議 

2:00W。HDD判定総括x2.TV放送「夏ばて」台本は一応完成,メール返事多数送付.6:20病院着。事務処理,回診.8:00管理会議.9:00-13:00外来 。2-3M来の左下腹症状に対し7/15CF受ける.状況から見て恐らく機能的なものと思うが,器質的な場合はかなり厳しいものだろう.その場合、この生活記録が来週から闘病記になるかも(笑).15:00-15:30ABS-TV収録,台本をホームページ用に送付.16:45-18:15長副会議,20:00帰宅、21:00S。

電話の待機中に合唱曲

 電話の取り次ぎ待機中にちゃちな電子音楽を聴かされるのは耐え難く,電話を切りたくなるのは私だけだろうか.実に不快で、相手方の見識を疑いたくなる.仕方がないので音楽が止むまで受話器をずっと離している.実に無神経な・・・何のために鳴らすのか?待っている相手を思いやるためでなく聴かれたくない電話先の喧噪,打ち合わせなどが聞こえないようにカットするためだろうが,聞かされる側は実に辛い思いをしているなどとは考えたことも無かろう.が、相手方もそれほど深く考えてやっていることでなく、世の趨勢に追従しているだけだろうから腹を立てるのも馬鹿らしい.
  音楽まがいのものよりは土地の民話,天気予報などなど静かに流してくれる方がずっといい.

 来月から横手市役所では電子音をやめて横手のイメージを伝える数曲の合唱曲「雪やこんコ」etc にするらしく先頃高校の合唱団で収録が行われたという.電子音よりは良いだろうが,電話のちゃちなスピーカーでどのように聞こえるだろうか? 今後電話の待機音楽を鳴らすのを止めよう,という相手の立場を考えた案は市役所
の会議では誰からも出なかったのだろうか.

7/7(日)雨・快晴 FF tennis 秋田弦楽合奏団演奏会 すこやかさん対談 

2:00W、HDD判定総括x2. 介護保険主治医意見書、新聞スクラップ等など。急遽出演することになった明日のTV放送資料作成ほか種々.昨日のアルコールで眠りが浅かったのか仕事中も眠かった。10:00-13:00FF tennis、vsペア1:  6-4,  vsペア2:  6-3,  vsペア3:  6-1と比較的良い結果.家内、コートで転倒するも膝を擦過した程度で済む。病院にて事務処理後15:00アトリオンホールにて秋田弦楽合奏団演奏会。心地よく眠った。前半のみにて中座、医師会館へ。17:00-18:00「すこやかさん対談」に同席。再度業務に病院へ20:00帰宅.21:00S。

秋田在住作家 高階 航氏.
県医師会の一般向け情報誌「すこやかさん in  Akita」では第一面は対談で構成している。今回は田沢湖町在住の作家高階 航氏と女性広報委員会委員との対談であるが、日程の関係で日曜日にもかかわらず本日夕方にセットされた.担当として同席した。私は初対面とばかり思っていたが、高階氏は以前私に会ったことがあるというので驚いた。

  対談は順調に進んだ.作家生活に入った切っ掛けは大学浪人中にたまたまNHKの原稿募集に応募したところ入選し、すぐに永六輔氏らの原稿等を手がけるようになり、数年後には仕事が多すぎたので独立したという話や、海に興味ありヨットを通じ石原裕次郎と知り合い、付き合いは石原が亡くなるまでずっと続いた,秋田には母の介護のために戻って6年世話した,高圧電線に触れて大けがで4年間仕事から離れた話,野菜を農協に出荷している、・・・・と話は尽きず、30分の予定が1時間にのびた.話題が多すぎて「すこやかさん」だけでは表現しきれないのが悩みだ。

  高階氏の講演が予定されている秋の医師会設立記念大会が、すっかり楽しみになった.演題は「遊び学入門」だそうだ.


7/6(土)曇・雨  北海道・東北ブロック広報担当理事連絡協議会

2:00W、HDD判定総括x2. 再検査結果報告、新聞スクラップ等.6:10病院着。HDD資料作成x2、回診他。8:10HDD診察x5、9:00HDD説明 x2。10:30-12:30外来。居室の整理。15:30-17:30View Hotelにて北海道・東北ブロック広報担当理事連絡協議会。持ち回りで担当県として司会担当。20:00まで懇親会+二次会。担当県の役員としてさすがに中座は出来ず。20:15帰宅、21:00S。

羊羹
羊羹は全国何処にでもある、実にありふれたお菓子だ。超高級品もあるが、全体的に見れば大衆のお菓子といえるだろう。お土産品に美味いものなしと言われる如く様々なランクのものがあるが、羊羹の場合にはそこそこの範囲に留まっているのも不思議だ。
黒羊羹、ゆず羊羹など何十種類もあることも楽しい。が、やはり羊羹の王者は黒羊羹かな。小豆と寒天、砂糖(和三盆)以外は用いず、着色もしていない自然食とのことであるが、あの色調、表面の光沢がまた良い。実に美しい。またあの重量感も良い! 特に端っこのカピカピの部分が美味しい。

今朝、知人から小包が届いた。手にした瞬間、あの重量感。つい、今朝は予定をかえて羊羹について書いてしまった。

7/5(金)快晴・曇り・雨  医師会打ち合わせ  在院日数21プロジェクト

2:00W、HDD判定総括x2、紹介状、新聞スクラップ等.6:10病院着。事務処理、回診他。9:00HDD説明x2。医局が副院長室として独立して使えるようになったが、模様替えが大変.特に4台のパソコン関連の配線、自分でもどれがどれだか解らない。10:30-12:00新患補助+再来。紹介状3通、主治医意見書。他各種作文、校正など.部屋のレイアウト等変更。入り口のドアは出来るだけ開けておこう。16:00-17:20在院日数21プロジェクト.検討課題は対外的対応中心になりつつある。委員会を実効の検証グループと将来構想の部分とに二分した。20:00帰宅21:30S.

耐え難いマスコミの思い上がり的表現。音楽の評論にもたまにあるが・・
数日分の新聞のスクラップを整理していてある新聞の社説「国民はもう小泉総理の経済政策に我慢が出来ない」と言うのがあった。内容的には論理的でその新聞社の見識の高さが感じられた.しかし、読んでて耐え難いのが「国民が・・」「もはや国民は・・でない」の記載がよく見られることだ。もし本当に記載の通りであれば、もう世の中はそうなっているはずだ.誰がどんな基準で判断して「国民が・・・」と書くのか、思い上がりも甚だしい.「我が社は・・」とか「筆者は・・」と書くべきだろう.こういう書き方だと世論操作に近く、問題である.

同じようなことが音楽の評論にも見られる.去年チェリストの長谷川陽子の秋田公演に対し横手のある教師が魁紙上に評論を投稿されていた.最初から最後まで美辞麗句を並べたすごい文章であった.それはそれで良い、勝手に感激すればいいのだ.しかし、文中に「聴衆はこぞって魅了された・・・」などと頻繁に書かれていたのには黙っていられない。
彼は正当に評論できる立場の人間でなく、単なる熱狂者に過ぎない.教師にはこのような傾向の考えをする方がちょっと多いかな?と思う.長谷川陽子の演奏は私も素晴らしいと思ったけれど、彼女はあの日の調子は必ずしも万全でなかったようだ、と、私は感じながら聴いていた.だから、「すべての聴衆」と、十把一絡げにされては迷惑なのだ.



7/4(木)小雨→快晴、講演:全国老ク連東北指導者研修会(湯瀬温泉) 

2:00W,HDD再検査報告x2、紹介状・返事x1等.講演準備多少.6:10病院着。回診他8:10HDD診察x1.
秋田発9:52かもしか1号→大館着11:20着.11:22大館発普通列車→湯瀬温泉12:20着.13:00-14:00講演:老人クラブ連合会.14:28湯瀬発普通列車→15:37大館着.15:42大館発普通列車→17:30秋田着.18:00病院着.医局の机上はカルテ・書類の山.20:20帰宅、21:00S.

時間がゆっくり流れた一日 想い出
したヨーロッパでのペース
起床から早朝まで処理することはいつもと同じだったが,今日は県北八幡平の近くの湯瀬温泉郷で講演をするために外来が無く、朝から何となく開放感を感じていた。往路の一部は特急だったが10:00-18:30の間、講演1時間と前後の30-40分以外の約6時間は普通列車による移動だった。大館駅での乗り継ぎも往路2分、復路5分と極めてスムーズ。列車は県中央部は広い稲作地帯を快い早さで、県北部の山間部はディーゼルエンジンの音を響かせながらゆっくり走った。こういう列車は好きだ.途中、時に居眠りし、適宜本を読み、景色を眺め、ゆったりとした良い時間であった。講演の聴衆も人生の大役を終え、今ひとつささやかながら、と活動されている方々が中心だったから、豊かな良い表情しておられた.
 
 列車の中で、ふと、一昨年ヨーロッパを旅した2週間の間、時間が実にゆっくり流れていたことを想い出した.訪れたところが古都中心であったこともあるし、私自身が日常業務から完全に開放されての旅だったこともあるだろう、人々の歩みはゆっくりしていたし、住民達の表情も豊かであった様な気がする.(パリ、ベルンはこの限りではないが。)この雰囲気は時折出張する東京では味わうことが出来ない.若い人たちの歩みはすこぶる早く、表情は能面の如くに見えてならない.
 そう言う私も、そう言う歩みと表情をしているのではないか、と思いつつ仕事場に戻ったら、何と  !!!、机の上が書類で山盛り、何から手をつければいいのか・・・.
 夢は、わずか数時間のみであった.


7/3(水)雨  すこやかさん in Akita 対談   県医師会常任理事会  

2:00W。HDD再検査報告x2、紹介状・返事x1、新聞スクラップ等.6:20病院着、9:00-13:00外来、13:30HDD説明3名。15:30「すこやかさん in Akita 」、モニターのメンバーの方と会長の対談を設定し同席。17:30-19:50常任理事会、懸案事項多数で時間がかかった。20:10帰宅21:00S。

嫌音権を主張するぞ!
私は音に関しては人一倍敏感だ。特に、身体から発する音、それがコントロールできないものならやむを得ないので我慢も出来るが、コントロール出来るものが不用意に発せられると耐え難いほどの嫌悪感を感じる.たとえば鼻水をすする音、咳払い、痰を処理する音などで,これには耐えられない.鳥肌が立ち、自律神経系が勝手に活動し始め、しばらく不調になる。

 次に嫌なのが聴きたくもない音楽、例えば電話の取り次ぎの時に鳴らされるメロディー、こんなのは音楽でも何でもない、単なる雑音に過ぎない。無い方がずっと良い。こんなのを当たり前に受け入れ、便利だからと言って日常化する文化はもの悲しい。
その他、スキー場のスピーカーからの音楽まがいの雑音など.次いで車のクラクション、換気扇、ヒーター、クーラーなどの持続音、窓を開放したときの街の喧騒、椅子のギシギシ音、タクシー無線・・と切りがなく挙げられる.

 生活上、何らかの音が生じるのは当然だが、一番嫌なのは、音を発していることへの自覚が欠如し、出来るだけコントロールしようとする配慮が見られないヒトである。飛行機、JR、レストラン等で近くにそのようなヒトが近くに居れば、いたたまれない。

 私の楽器、よそでは弾くことはないが、家族にとっては雑音かな?と、思うと落ち込むことがあるが、この点だけは知らんぷりを決め込むことにしよう。かつてピアノ殺人があった。弦楽器、中でも下手なヴァイオリンはピアノよりもっと不快なはずなのに、大事に至ったという話はあまり聞かない。

(ホームページ来訪者の嫌音権保護のため本日からページ内で自動的に音楽が流れる設定をやめることにしましたのでご了承ください)

7/2(火)曇り・雨  総回診 医師会打ち合わせ 医局カンファ(何故か中止)

2:00W,HDD判定総括x2、紹介状2部、新聞スクラップほか.6:15病院着、8:05HDD診察x5、ここ数日空床少なく在院日数伸びそう。9:00-13:00午前外来.13:30HDD説明x3。14:30-15:30病棟総回診に参加。16:00医師会打ち合わせ。20:00帰宅、何故か家内も同時刻についた.珍しい.21;00S.

泥棒に注意 当院の医局荒らしはの犯人は多分・・・・
 最近、病院医局に泥棒が入り、机と机上のバックから数万円盗まれたという張り紙があった。
 昨年、夏、私も机に中古のパソコンを買おうと長期間不用意に入れて置いた講演謝礼の5万円を袋毎そっくり盗まれた。この時どうせ犯人は院内のヒトだろうから、味を占めて必ずまた来るだろうと思い、同じ謝礼の袋にパソコンでつくった偽札5万円分、ただし片面だけで一方の面には「バカ、バカ、泥棒野郎」と書いて同じ所に入れといたら5日後に予想通り無くなっていた。中身を見ればこの場で捨てただろうから、後で見てさぞやがっかりしただろうと思い一人笑いした。

 その後はまだ取られていないが、私はその面ではルーズなので注意しなければならない。現金盗難は秋田大学3内科時代の15万円が最高で、その後はカード時代だから大きくは盗られていないが2万-数千円はチョコチョコ盗られた.その度に「私のルーズさがまた罪を犯させてしまった」と深く反省している。こんな風に考えるなんて、「馬鹿か私は」と、いつも思う.ァ、職員の皆さん、これを読んで決して変な気を起こしません様に!!! 今はゼロではありませんが、わざわざお出でになるほどの現金は置いてません.

7/1(月)曇り 管理会議 老人クラブ連合会職員来訪 長副会議

2:00W,非常識に遅い夕食をとる.HDD判定総括x1。何となく調子上がらず、風呂,コーヒー、
Vnなどで刺激すれど戻らず.4;00-5;00微睡む,やはり寝不足か、すっかり改善.6:10病院着。8:00管理会議.9:00-13:00外来。HDD説明x1。15:00 老人クラブ来訪,液晶プロジェクターチェック.17:30-19:00長副会議。20:30帰宅.舌を噛んだ.21:30S。

舌を噛んだ。それも強烈に・・・
 夕食時強烈に舌を噛んだ.舌を噛むなんて年に一回も無いし、出血するほど噛んだのは今まで2回目、それも今回は強烈であった.舌の先に5mmほどの裂傷が生じており吹き出すように出血があった.ティッシュペーパーを噛んで出血を吸収、圧迫止血したが、止血に30分ほど要した.刺激で増えたのであろう唾液に薄められた鮮血とピンクのティッシュの色調が実に美しく調和した.これが血液そのものだったり、他人の出血だったら見るのも嫌だろうにと思いつつ、ゴミ箱にティッシュの小山を作った.
 咀嚼筋は身体の中でも最も力が強いと解剖学の講義で教わったことがあるし、子供の頃にはお米に混じっていた石をかみ砕くこともまれではなかったが、久しぶりにそのパワーを味わった.それも、不思議なことに殆ど噛む必要がないほどに緩く作った自家性のアンニンドーフを食べている最中である.咀嚼筋は常にパワー全開に近い状態で働いているのであろうか.新たな疑問が湧いてきた.
 夜、台所にサクランボがあった.まだ買い続けているのか、今年はちょっと長くないか、これで10Kgは下るまい、・・と思いつつ一つを頬ばって、舌の傷の激痛に飛び上がった.ようしみる!!  そう言えば舌は最も過敏な臓器なんだ.常々恩恵にあずかっていながらすっかり忘れていた.感謝!!  感謝しています.ごめんなさい.

 アァ、2-3日は熱いコーヒーも楽しめそうもないなー.

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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
  日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。時間的に余裕無いのが悩みです。


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