徒然日記
2018年3月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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3/31(土)快晴 
 1:00起床。新聞、文献関連整理他、午前はネコ室掃除、ネコ無断外出防止器、など。昨夜からネット繋がらず不満。夕方に回復。原因不明なのが不満。造園業者來訪、今期の改善点依頼。午後は微睡、冬季間防寒で室内に避難させたプランターなど外に。19:00夕食。20:30就寝。徒歩Σ9834歩。

生老病死2018(4) 自死は責められるべきか(3) 西部邁氏(2)
 人には死ぬ権利がある。私は自分のいのちの使い方については最終的には誰からも指図を受けたくは無い。

 社会的には自死は悪、ととらえている。私はまだそんなことを個人に押しつけている社会のほうが悪い、と考えている。
 死はあらゆる苦痛、苦悩からの解放であり、安息の獲得と思う。
 むしろ、現代の死が、家族の価値観、他人の価値観、社会の価値観で、安易に医療に委ねられ、不自然な形で生きながらえなければならない現実の方に疑問を抱いている。

 最近、高齢者医療の中で、延命治療や過剰医療を排した自然死、平穏死、尊厳死など取りざたされている。一見格好いい考え方である。しかし、私はそうは考えない。
 どんな名称を付けたにしても、全て社会からはめられた枠の中で、その時を待つだけの死であり、個人の自由は無い。自由になるのは唯一、自死しかない。自死は弱ってからでは実行出来ない。

 私は自死をしなくて済むために、いわゆる安楽死も個人の自由と尊厳を守るために選択の中に入れていいと思う。

 西部邁氏は社会に認められた死の方法がないために「自裁死」と格好つけた自死を選んだ。死んだ結果は多分満足しているかも知れないが、死に至るまでの、意識を失う迄の過程は辛かっただろうし、やはり氏の死に方も不幸な選択の一つである。安楽死が許されていれば、苦痛無しに静かに意識を失うことが出来たはずである。

 いのちの使い方については最終的には自分という考え方に立っても、自死には他人から見て不可解なメッセージが込められているから、特に近親者にもたらす影響は余りにも大きい。 
「自裁死」であっても同様でる。
 
 西部氏の死について他人の私がとやかくいう筋合いではない。

 西部氏の記述や発言を追って「自裁死」への過程を推定してみる

 ■個人主義と技術主義に基づく米国流の近代主義は反対。
 ■「平凡なものにこそ非凡な歴史の英知がある」と伝統を重視。
 ■理想と経験、現実における平衡感覚の大切さを説き、「活力・公正・節度・良識」を規範とした。
 ■人間とは何か、どう生きればいいかを模素、良き人間とはどういうものかを訴えようとした。
 ■専門的狭い世界でではなく、総合的な知を志向、論理性と情感を併せ持った独特の文体で、自らの人生と思想を交錯させた。
 ■社会に蔓延する偽善や欺瞞の言説に我慢がならない。
 ■あらゆる社交の場で必要なのは場をわきまえた礼儀や節度であり、公正の感覚である。
 ■重要なのは、義の精神であり、自立の矜持であり、節度であり、優れたものを前にした謙虚さである。
 ■家族、特に夫婦の大切さを説いた。自宅で末期がんの妻をケアし「保守思想とは妻の看病をすること」と述べ、その死後は自身を「半死者」と呼んだ。

 これが西部流保守思想と言われる一部らしい。
 時代の現実を見れぱ情報化とともに日本社会の変容はとどまることを知らない。平成の末期まで生きて、西部氏の絶望も極眼まできて、許容することが出来なくなっていたであろう。

 氏は無神論者と言う。現実の世界から「無」の存在に移ったのだ。


3/30(金)快晴 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床。新聞、文献関連整理他、5:30可燃ゴミ提出。7:30Taxiで駅。8;10こまち、徒歩病院、大曲中通病院外来。こまち、13:30飯川病院ボランティア。BRながら視聴:「そこまで委員会」、「いま世界は」。19:30Taxi書店経由帰宅。夕食、21:00就寝。徒歩Σ10627歩。

生老病死2018(3) 自死は責められるべきか(2) 西部邁氏(1)

 「死に方は生き方の総仕上げ」と記し、普段から自ら命を絶つ「自裁死」に言及してきた評論家西部邁氏が、本年1月21日の朝、多摩川で入水死を遂げた。享年78歳。
 
 氏は北海道生まれ、東大在学中60年安保で指導的役割を果たした、と言う。経済字を専攻し東大教授になったが、大学と「けんか」して辞め、保守を代表する評論家として、数多くの著書を刊行、自ら立ち上げた論壇誌やテレビで言論活動を展開した。

 私は不勉強にして氏のことを訃報に接するまで知らなかった。いや、お名前だけはどこかで聞いていたかも知れない。全然ノーマークであった。
 それ以降、氏に興味を持っていろいろ調べている。興味を持ったのは氏の思想に対してではなく「自裁死」とまで言いかえた自死についてである。調べるといっても2008年以降全録音を録っているラジオ深夜便には一度も登場していないから、声や人となりを知ることは出来ない。いま出来ることは著作から氏が辿った死の捉え方と、最終的実行に至った道を類推するしかない。

  西部邁氏は高邁な理論を解く方である。記述は難しい。私は今の所、氏の思想にはあまり興味がない。死を意識してからの入水死を遂げるまで20年以上だったと言うが、その過程を類推するために以下の4冊を入手した。

■「世論の逆がおおむね正しい」 産經新聞出版、2012年。
■「生と死、その非凡なる平凡」 新潮社、2015年
■「保守の真髄―老酔狂で語る文明の紊乱」 講談社現代新書2017年12月。
■「保守の遺言―JAP.COM衰滅の状況」 平凡社新書 2018年3月。

 私は、自分より高齢の方々の死については病死であろうと、自死だろうと、事故死だろうといずれ逝くべき場所に行っただけ、良かったよかった、と思う。それ以上の感慨は持たない。原則としてお悔みもしない。○○歳以上の方の死に関心をもたない、と年齢で区切ってもいいのであるが、線引きの理由が見つからない。自分の歳を基準に考えるのが一番。何しろそれ以上の拠り所が無いからである。

 さらに、私は永く齢を重ねた高齢者は、可能であれば、自分の人生の終わりを自分で決め、自分で実行するべきだ、との考えを持っている。

 この点では私は氏の考え方に賛成である。私は氏に親しみを感じている。
 さらに、私は永く齢を重ねた高齢者は、可能であれば、自分の人生の終わりを自分で決め、自分で実行するべきだとの考えを持っている。
 この点では私は氏の考え方に賛成である。私は氏に親しみを感じている。


3/29(木)曇り雨快晴などと一定せず  
 1:00起床。新聞、文献関連整理他、5:30可燃ゴミ少なく出さず。7:30Taxiで駅、駅そば。8;10こまち、徒歩病院、8:45-12:15中通病院外来+人間ドック判定14名。13:00飯川病院。14:00-19:10勤務、外来入院患者対応。BRながら視聴:「そこまで委員会(1)(2)」、「いま世界は」。19:30帰宅夕食。21:00就寝。徒歩Σ12450歩。

森友学園問題2018(5) 佐川氏喚問(3) 官邸と官僚の関係が歪んでいる??
 行政府の元官僚を、国会が証人喚問するのは異例のことらしい。

 今回の佐川氏の証人嗅問は、さっぱり役に立たなかったと思うが、他の官僚にいろいろ饗響を与えたのではないか。こんな事がしょっちゅうあるようでは官僚たちは事なかれ主義に走るかもしれない。
 今回の事件を機に官僚たちの一部は及び腰で、投げやりになっているとも聞く。これは国としても大きな損失になる。

 官僚は優秀な知的集団で日本の国を動かしてきた。日本の安定の背景には官僚の存在があった。
 政治主導は、過去の官僚主動政治に対するアンチテーゼとして台頭してきた。政治家が国民の利益のために官僚の能力を利用するというのは間違っていない。ところがいまは、官邸側への擁護や、同調があまりにも強すぎるように見える。

 最近、官邸に反論したり、別の選択肢を示したりするだけで、官僚はにらまれ、冷遇される、との意見を読んだ事がある。今回の佐川氏の辞職もその一環ではないだろうか?

 これは、自民党というより安倍政権の体質が大きい。政治が官僚に睨みをきかせている、と言えば言い過ぎだろうか。副総理は「佐川が・・」と呼び捨てにする。互いに礼を持って
官僚にのびのびと仕事をさせ、丁寧に合意形成するのが本来の政治のあり方だと思うのだが。

 今回の公文書改ざん問題の全容が明らかになっていないが、政治家と官僚間の関係がうまくいっていない表れでないか?改善が必要であることを示唆している。

 役人、公務員の職務は憲法15条には「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とある。奉仕は官邸に対してだけではならない。

 かつて官僚支配の弊害が叫ぱれ、その結果政治主導が進んだが、これほどギクシャクした関係が露わになると、政治主導の政治にも問題がある、と言う事になりかねない。
 最近は、行政の頂点には首相、官邸がいて、そこで実質的に決定しているという政治主導が基軸になっている。

 政治主導の利点は、トップと少数のスタッフ、側近の官僚で速戦即決できることにある。しかし、余程意識しないかぎり、国民の納得を包含した合理性には欠ける。その結果、行政が徐々にゆがんでいく。

 安倍政権は、官僚側と意見が合わなかった場合、強い命令や指示で押さえつけてきたが、今回の公文書改ざんをみるともはや限界なのだろう。
 
 今回の事件で傷ついた政官の信頼関係を回復させるきっかけが必要だが、現時点ではまず、森友加計学園問題をクリアにし、現状の政官の関係を明らかにしなければならない。


3/28(水)快晴 暖かい 庭仕事、飯川病院ボランティア 石井さん離秋
 1:10起床。新聞、文献チェック、本読み中心に過ごす。読書、データ整理、庭掃除、ボタン鉢を冬囲いからだす。コスト化出来る資源ごみ廃棄ルートを試みる。一時離秋の石井さん送りがてら昼食。12:00飯川病院ボランティア入院患者対応。19:00ぷりにて帰宅、夕食は家内の同級生の閉店関連のウナギ。流石専門店。20:30就寝。徒歩10704歩。BRながら視聴:「@@@@@:@@@@」。

森友学園問題2018(4) 佐川氏喚問(2) 結局何も得られなかった?
 国会は昨日佐川氏を証人喚問した。
 私はその様子の一部をTVで見、新聞で内容を確認した。

 佐川氏は
■首相や首相夫人の影響があったとは考えていない、と断言。
■首相は昨年2月の衆院予算委員会で「私や妻が関係していたということになれば、私は間違いなく首相も国会議員も辞める」と強調した。佐川氏は「あの言葉の影響があったとは考えていない」と述べた。
■氏は改ざんの理由や誰の判断だったのかに関しては「刑事訴追を受ける恐れがあるので答弁を差し控える」と繰り返した。
■国有地の8億円強の値引きについては適切だった、と主張した。
■質問の核心部分は「刑事訴追を受ける恐れがあるので答弁を差し控える」と繰り返した。40回以上にも及んだらしい。

 結局は、喚問は国有地の売却や文書改ざんに誰がどう関わったのかはなお分からない状況で終了した。いまとなって見れば、森友問題の核心部分は学園側の希望に沿った土地取引の背景に、政治の圧力や官僚の関与があったかどうか、であるが、これについては何ら明らかにならなかった。

 それなら国会に提出する公文書を改ざんしてまで、いったい何を隠そうとしたのだろうか??全く不明である。

 野党は関係者を更に招致して全容の解明を急ぐべきだ、と主張しているが、このようなことを繰り返していても解明に結びつくか疑問である。あの場で関わったであろう関係者の個人名を、質問者が提示して質問することがなければ、佐川氏が挙げることなど不可能である。質問者が証拠もなく実名を上げれば、そこまで追求するほどの資料は得ていないだろう。だから、初めからできないのだ。

 行政府の元官僚を、国会が証人喚問するのは異例のことらしい
 佐川氏は、国会で虚偽の答井をしていた可能性が高いから、国会の場で改めて説明を受けるという事は当然の過程だろう。特に、退職した身分であるからこういう場でしか質疑出来ない。

 証人喚問が犯罪者に対する取り調べではない。今回、佐川氏はあたかも犯人のごとくの、改ざんの首謀者であるようなイメージが作られてしまった。証人喚問で呼ばれるのはあくまでも証人であり、犯罪被疑者ではない。

 だから、喚問そのものに限界がある。犯罪被疑者の取調べにおいてすら「自分に不都合なことは供述する必要がない」と認められており、証人喚問で「刑事訴追を受ける恐れがあるので答弁を差し控える」と繰り返したのは佐川氏の権利でもある。

 過去の証人喚問のイメージは実質的メリットは無いのだが、国会として、与党として一つの通過儀礼として捉えられるような気がする。現に、官邸はこの証人喚問を機に問題の線引きをしようとしているのでは無いか?そんな印象をうける。


3/27(火)快晴 外来 飯川病院 テニスウインドブレーカー着用
0:55起床、体調かなり改善、呼吸困難間は改善、喘鳴有り。文献チェックなど。6:00可燃ごみ提出。8:00家内に同乗病院へ。8:40-12:00外来、飯川病院に移動、微睡ほか。14:00-18:45勤務。家内は秋高同級会、19:00プリ帰宅+夕食。20:45就寝。徒歩Σ7561歩。

森友学園問題2018(3) 佐川氏喚問(1) 国会の証人喚問とは
 森友学園問題が発覚したのは昨年2月であった。発覚当初は財務省の関与は従たるものとの印象であった。
 大きく情況が動いたのは朝日新聞が3月2日に国有地売却を巡る決裁文書が書き換えられた疑いがあること報じた以降である。
 財務省は12日、14の文書で書き換えがあった旨を国会に報告し、改ざんを認めた。数100カ所(?)書きかえられており、首相夫人や政治家4人の名前も削除されていた。

 事件の情勢が不自然な値引き問題だけでなく、財務省の公文書の扱いの方向に一変した。

 この書換えに佐川国税局長官の関与が取りざたされ、国会喚問が本日行なわれた。
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 その前に、国会の証人喚問とは何だろうか。ちょっと調べた。

 国会には国政調査権が憲法で保障されていて、事件の真相を明らかにするため、当事者や関係者に証言を求めることができる。
 そのうち、「参考人招致」は出席を拒むことができるし、虚偽を述べたとしても罪に問われない。
 これに対して「証人喚問」は正当な理由がないのに出席や証言を拒むと議院証言法で罰せられる。虚偽の証言をした場合も偽証罪で3ヵ月以上10年以下の懲役に問われる。証人喚問をした国会の委員会などで、出席委員の3分の2以上の賛成があれ偽証罪で調査をするよう告発できる。議決されれば、委員長や議長名で最高検察庁などに告発する。
 1955年以降、衆参両院でのべ約270人が証言に立った。そのうち証人の告発は1955年計16人となっている。

 法律や規則では、「証人喚問」も「参考人招致」も目的は国政に関する調査で、国会で協議してどちらにするかを決めるが「証人喚問」の意義は大きい。

 近年の主な証人喚問
 私が記憶にあるのは古くはロッキード事件からである。このときは証人にたった小佐野氏が頻発した「記憶にございません」が流行語にもなった。
 
 私は、野党側がネコの首をとったように証人喚問、喚問と大騒ぎするが、その後の証人喚問を見ていても、追求する側の論拠や姿勢が弱くてウヤムヤ状態のまま終わってしまうような印象を受けている。

 記憶にある証人喚問は、
 19****年薬害エイズ事件の帝京大教授への喚問、
 2002年鈴木宗男衆院議員の北方領土支援に関する喚問、
 2005年姉歯・元建築士の耐震偽装事件偽証の喚問である。

 はたして今回の佐川氏の喚問はどうだったのか??
 やはり、ほとんど何も有用な証言は得られなかった、と思う。


3/26(月)快晴 健康クリニック 飯川病院
 1:00起床、体調まだ不良、咳嗽・呼吸困難感。新聞・文献・徒然ほか何時もの如く。
7:55家内に同乗飯川病院着。9:00-11:00健康クリニック、対象者14名、レ線チェック。11:15飯川病院。微睡など何度か、本読みなど、14:00-18:40勤務。19:10帰宅、夕食、20:30就眠。徒歩Σ5476歩。

嫌音権2018(9) ヘッドフォン遍歴(5) ワイヤレス化の試み(2) iPod shuffleで10年
 1979年(昭和54年)にソニーがカセットを音源とするウォークマン「TPS-L2」を発売した。「音楽は固定された空間だけで無く、音楽を携帯しいつでも気軽に楽しむ」という新しい生活様式を創造した画期的な製品であった。
 
 ウォークマンは機器の小型化・軽量化・薄型化を追求し、ソニーのモノづくりの姿勢を示したもので、その後も小型化を追求し、カセットテープ、CD、MD、MP3・・・と音源を改良されながら、製品各種とそのコンセプトはいままでも維持されている。

 私自身はウォークマンシリーズは一つも購入したことはないが、友人のを聴いてその音のまとまりの良さ、便利さには驚いた。このウォークマン発売はオーディオのありようを大きく変えるだろう、即ち超高級化と、廉価でかつ軽薄短小化の二極化、の方向に向かうと考えた。この後者の方向性は私も同調できる。

 私は暫くは両極を求め続けて来たが、1985年頃、ある機会に、私自身が音質や音楽を識別する能力を欠き、違いが分からない鈍い感覚の持ち主である事を自覚した。にも関わらず高額化路線を進めていた。早く気づいて良かった、と言うべきだろう。
 違いが分からない(2) オーディオ(1)かなり投資し、回り道した?
 その後、高級化路線をやめて、軽薄短小化の方向に路線変更した。

 2006年9月アップルは大幅な小型軽量化を実現した第2世代のiPod shuffleを発売した。フラッシュメモリを採用しているため小型で、サイズは41.2×27.3×10.5mm、重量は15g。容量は1GB。通常のMP3音源なら30時間分のデータを収納できる。内蔵充電池は連続仕様で12時間持つ。

 私は第2世代のiPod shuffleの発売と同時にヘッドフォンのワイヤレス化に応用できる音源として飛びついた。これくらい小さいとヘッドフォンに組み込む事も不可能でないし、本体にクリップが付いているからヘッドフォンに外付けで取り付けることが出来る。
 
 (グレーのが第2世代の、赤色と金色のが第4世代iPod shuffle.)

 iPod shuffleを組み込んだヘッドフォンを5機種以上作製した。無線とかの媒介を要さかっただけ、どれもが安定した満足すべき結果を得た。そのなかでは特にYAMAHA HP-1、ノイズキャンセリング機能付きの2機種、BOSE QC2、ソニーヘッドフォンMDR-NC500Dとの組み合わせで2006年から現在までずっと使い続けて来た。
 
 昨年暮れにBluetooth仕様のノイズキャンセリング機能付きのワイヤレスヘッドフォン、ソニーのWH-1000XM2はを入手した。これは私が追い続けてきたヘッドフォンの究極の姿のように思う。

 iPod shuffleは2017年7月に販売を終了した。今手元には6ケのiPod shuffleが機能している。今後も補助的に使用し続けるつもりである。


3/25(日)曇り 体調不良続く 高梨ワールドカップ単独トップ達成  
1:00起床、体調不良、鼻汁咽喉疼痛は改善したが、徐々に下気道に移り、体熱感、頻回の咳嗽、経度の喘鳴、呼吸困難感続く。高梨ワールドカップ単独トップ達成。文献・録音データその他の整理で過ごす。間に1時間ほどの微睡を何度か挟み、夕方まで座学、本読みなど。午後から明日の仕事の為に麦門冬湯を開始した。効果は??19:00夕食、20:30就眠。一歩も外に出ず数計Σ5644歩。

嫌音権2018(8) ヘッドフォン遍歴(4) ワイヤレス化の試み(1)
 私にとってヘッドフォンオーディオは利点が多かったが、主に以下の3点で欠点があった。
 ■コードがあることから行動範囲が限定される。
 ■コードが衣服等に擦れ不快なノイズを発する。
 ■頭に固定出来ない。運動、種々の作業でズリ落ちやすい。
 延長コードを用いるのも一方法であるが効果は大同小異、コード延長で音質が劣化した。

 結局はワイヤレス化しかない。YAMAHA HP-1を購入して間も無くワイヤレス化の試みを開始した。

 (1)FM波を用いたワイヤレス化
 最初はトランスミッターで音声をFM電波に乗せ、ヘッドフォンに小型のFMチューナーを組み込んでみた。YAMAHA HP-1は内部構造に余裕が無く組みこめずFMチューナーはヘッドバンドに固定した。トランスミッターは市販品の他、キットを組み立てて作成した。いろいろ試してみたが、トランスミッター機能が不十分で自動周波数コントロール回路を組み込めなかったために周波数が安定せず、音も途切れ、ステレオ分離も安定しなかった。混線なども頻繁、音質も満足出来なかった。

 コードを通じての音声の伝達は単純でかつロスが殆どない。FMを用いたワイヤレス化は音声をFM電波に変換してとばし、更にFMチューナーでもとに戻す行程が加わる。音質劣化は当然である。それをわかった上で実用性を拡げる工夫であったが、結局はFM波を用いたワイヤレス化は実用にはならず諦めた。

 近年とみに聴力が落ちてきた家内の為に我が家ではTVの音声をトランスミッターで飛ばして耳元のラジオで聴けるようにしている。最近のFMトランスミッターは電波も安定、音質も良いことがわかった。
 一つのアイデアであるが、TVにFMトランスミッターを、リモコンにFM受信機能を付ければ聴力低下の高齢者が増えるなか重宝と思うが、そのような製品は無いようである。どこかで出さないかな、と思っている。
 
 (2)赤外線を用いたワイヤレス化
 20年ほど前の製品で型番とか全く記憶に無いが、ソニーから赤外線を採用した1.5万円ほどのワイヤレスヘッドフォンが発売された。FMよりも安定しているとの事なので私の好みに合うなら赤外線受信部分をYAMAHA HP-1に移植する事を想定して知人からセットで譲り受けた。
 結論として、送信部との間に遮蔽物がなければ受信は安定していた。しかし、シャーと言うノイズが常にあってSN比が悪く、かつ音質にも難があった。例えていえば、砂利道を車で走行する時のようなイメージで、音の一つひとつが粗い感じであった。回路を工夫してYAMAHA HP-1でならしてみてもほぼ同様で、私はこの時点赤外線利用を諦めた。

 一種類の検討だけで結論を出すのは安易であったが次々と入手する訳にいかず、次のアイデアもあったのでやむをえなかった。現状では赤外線を用いたワイヤレスヘッドフォンはパイオニアから4万円ほどの値段ででている。視聴してみたいが秋田ではその機会は無い。


3/24(土)快晴 寒波 飯川病院午前外来+日直 気管支炎状態
 1:30起床、体調不良相変わらず。新聞・文献・徒然ほか。録音データ整理。
8:38バス、飯川病院。午前外来。12:00検食、12:30から日直勤務。病棟は平穏。録画ながら視聴:「そこまで行った委員会:原発の必要性、受動喫煙と肺癌」,その後はCDにてレクイエム。19:20帰宅、20:30就眠。徒歩Σ9383歩。

嫌音権2018(7) ヘッドフォン遍歴(3) YAMAHA HP-1
 1971年秋田に転居、某オーディオ店に入りびたり、オーディオ機器をグレードアップした。プリアンプはヤマハのC1、メインアンプはパイオニアのM4、スピーカーはタンノイGRFに行きついた。
 暫くはこのセットで楽しんできたが、当時の標準以上と思われるこれだけの機器でも質的に満足出来ず、ヘッドフォンオーディオに再度愛着が強まったのは皮肉な事である。
 
 それ以降現在までヘッドフォンオーディオを中心に楽しんでいる。

 ヘッドフォンで聴くオーディオは問題点もあるが、私の立場からはスピーカーで聴くよりも優れている、と思っている。
 嫌音権2018(6) ヘッドフォン遍歴(2) ヘッドフォンの優劣

 ヘッドフォンの最高峰と言えば、私はStax社製の静電型(コンデンサー型)ヘッドホンを挙げる。しかし、音楽を聴きながらも何かの作業をしながら落ち着き無く移動して歩く私には不向きであった。

 あこがれのStax社製のヘッドフォンに近い構造と音質の製品として私が求めたのはYAMAHA HP-1である。1976年に発売され、気に入ったのですぐに2ケ購入した。もう40年以上も使っている。当時購入したオーディオ機器は寿命がきて廃棄したが、HP-1だけは今でも現役で働いている。
 
 (YAMAHA HP-1 カタログギャラリーから引用 入手当初はこんなにいい形だった 現有のは見る影もない)

 「HP-1」は定価は11, 000円。ケーブル含むと約300gと重い。能率も悪い。
 デザインはイタリア人のマリオ・ベリーニが担当、他のヘッドフォンとは一線を画する形をしているが、デザイン重視で個々のパーツに無理がかかっているのだろう。そのたびに自分で修理し、序でに適宜改造した。
 
 (YAMAHA HP-1 現有2台のうちの一つ。40年使用したの現在の形。ヘッドパットはハンドバッグの革で代用、イヤーパッドは自作、バンダナでずり落ち防止、ケーブルは片出し、ミニジャック化など改造多数)

 「HP-1」は動電全面駆動型オルソダイナミックと呼ばれる独特の形式を採用している。STAXに代表されるコンデンサ型に近い構造で平面駆動方式である。音場は見た目から予想するより広い。通常のダイナミック系のヘッドホンとは一風変わ った刺激的で無い独特の鳴り方をする。この音質的にはStax社製に近く中々絶妙である。

 装着感は悪くないがとにかく重い。遮音性は中々良い。インピーダンスが高いので、ポータブル音源だと音量で多少不満が残る。

 1970年代後半にはかなりの機種数があったオルソダイナミック型ヘッドフォンだが、1980年代に入り通常のダイナミック型が性能向上を果たすと、次第に姿を消していった。
 そんな歴史をたどり、構造的にも欠点はあったけれど、作られてから40年以上私の耳元では変わらない良い音を奏でている。


3/ 23(金)曇り時々降雨 大曲病院外来 飯川病院ボランティア 体調不良
1:00起床。文献・新聞読み、データ整理などいつもの如く。6:00ゴミ整理。7:30Taxi飯川経由駅に、8:10こまち。9:10-12:15大曲中通病院外来、往徒歩、復Taxi。13:15-18: 0業務スーパー経由飯川病院、ボランティア。午後急速に体調不良に、上気道炎か。18:30帰宅。21:00就寝。徒歩Σ10107歩。BRながら視聴:「そこまで委員会:2回分」。

森友学園問題2018(2) 官僚も地に落ちたものだ
 決済済み公文書の改ざんは、あってはならないことである。

 そもそも財務省はなぜこんなことをしなければならなかったのか。
 当時理財局長だった佐川氏の国会答弁との整合性を図るためと、総理の答弁の整合性をはかるためだったというが、結局は知られたくない事実を隠すための隠ぺいの一貫だった、と思う。
 誰の指示で行なわれたのか。関係者の間では知られた事であろうが、組織には隠ぺいがつきものであり、特に官僚の世界からは素直にはでてくるまい。だから、外濠を埋める事から明らかにしていく必要がある。政府は事の重大性を踏まえ、問題の全容解明に全力を挙げなければならない。

 財務省は本省幹部や、この問題に関連した近畿財務局の担当職員の懲戒処分を検討する方針というが、担当職員の処分は可能な限り遅らせ、問題点の究明と今後の対応を検討すべきだろう。早期に幕引きを図ろうとしても国民の理解は得られない。
 ところで佐川氏の辞任の真の理由はなんだろうか??切られた?

 ところで私は前から政府の要職にある人達の発言等が安易に「撤回」されることに疑問を持っていた。
 私は訂正なら良いと思うが「撤回、削除」があってはならないと思う。発言した内容は事実であり、たとえ誤った内容であろうとその場で発言された事である。今国会の答弁と聴いていても頻回に「誤ってました。撤回、削除させて頂きます」と出てくる。ちょっと安易である。
 石原環境相の「金目」発言:発言は修正すべきだが、撤回させてはならない
 TPP2016(2) 衆議院での審議は不十分 大臣の発言撤回について
 
 私は撤回削除を認めず「訂正」ならいいと思う。

 このような「撤回、削除」を認める風潮が、今回の決済済み公文書の改ざんに結びついているように思う。間違った内容を「訂正」することはやぶさかであってはならないが、その過程では訂正前の文章も残すべきである。

 首相夫人の他にほかに政治家4人の名前もあったが、いずれも削除されていた、と言う。
 首相夫人の行動は軽率だったと思うが、単なる私人+アルファの位置づけしか無いと思う。その存在と発言が国の中枢にまで影響を与えた、とすれば、官僚達の自尊心、誇りはどこにいったのか、と思う。昭恵夫人の国会招致は不要だろう。


3/22(木)雨雪、曇交互に やや寒い 外来 飯川病院   
1:00起床、新聞文献、雑誌チェックとPDF化、読書。7:45家内に便乗飯川病院。8:45-13:00外来+ドック判定。13:10飯川病院、微睡。14:00-18:45入院患者対応、19:00帰宅、夕食、20:30就眠。徒歩Σ7842歩。

森友学園問題2018(1) 決済済公文書の改ざん問題に発展
 森友学園問題が発覚したのは昨年2月であった。
 それ以降、私は新聞記事を中心にスクラップをつくりその経過を追って来た。この1年間で500枚以上スクラップを作った。いまそれらの一部読み返している。

 問題となった大阪府豊中市の国有地は、財務省が16年に評価額から8億円も値引きした額で森友側に売却する契約を締結したことで不自然さを指摘された。森友学園がこの土地に開設予定だった小学校の名誉校長に首相夫人が一時就任していたことから官僚への影響が疑われた。購入者である籠池氏側は最初から1.5億円程の財力が無かったとされる。

 発覚当初は籠池氏の政治力、特異なキャラクターなどが話題の中心で財務省の関与は従たるものとの印象であった。籠池氏は文書偽造等が発覚して現在収監中であるが、野党の追及に次第に財務省が追いつめられていった。

 大きく情況が動いたのは朝日新聞が3月2日に国有地売却を巡る決裁文書が書き換えられた疑いがあること報じた以降である。朝日新聞の情報入手先は明らかにしていないが内部告発であろうか?
 財務省は12日、14の文書で書き換えがあったと国会に報告し、改ざんを事実上認めた。これを機会にこの事件の情勢が一変した。
 改ざんは森友問題が発覚した昨年2月以降に行われた。

 決済文書の書換えはあってはならないことで、呆れるばかりである。

 この書換えは昨年7月に就任し、3月9日に辞職した佐川国税局長官の関与が取りざたされ、今月末に国会喚問も予定されている。佐川氏は国会で、国有地売却について「法令に基づき適切に管理、処分を行っていた」と答弁したが、不自然な契約を示唆する文言の記された文書があったことが今回判明した。官僚が虚偽の国会答弁をしていたことは重大である。佐川氏はまだ就任後1年にもなってない。退職せざるを得ない事情が別にあったのかも知れないが、その事情も明らかになっていない。

 公文書管理法は公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置付け、適正な作成・管理を図ることで国民への説明責任を果たすことを目的に掲げている。一端作成した文書を改ざんするなど、あってはならない。法にあるように民主主義の根幹を揺るがす事態である。財務省は行政への国民の信頼を失墜させた。その責任は大きい。

 私は国有財産を8億円も値引きして売却したことで籠池氏以外の誰が一番得したのか?それが分からない。誰も得していないとすれば動機が分からない。

 財務局は何らかの事情でこの土地を急いで処分したかったのだろうか?


3/21(水)春分の日 快晴・風強し 飯川病院日直 
1:00起床、文献整理関連ほか。8:38バスにて飯川病院、9:00-17:00日直。入院患者対応。微睡はさみ、データ整理、文献読み、読書など。18:00帰宅、夕食、20:00就眠。Σ8290Km。

四季2018(6)温暖化、なのに秋田の冬は今後寒くなっていくのか
 なぜ、偏西風が蛇行したのだろうか?このことと温暖化はどのような関連があるのだろうか。ちょっと資料を読んでみた。
 
 偏西風が蛇行には温暖化による北極海の海氷面積の減少が関係しているらしい。
 北極の海氷面積は、春から解け始め、9月に最も減少、冬に再び増加する。夏に海氷が少ないと、秋になって気温が下がり始めても、氷が少ない状態が続く。11月ごろの晩秋になると、大気気温が下がる一方、海氷が減ると海洋温度と大気の温度差が大きくなってシベリア上空に高気圧が発生。それに押されてユーラシア大陸の上空で偏西風が南へ蛇行、日本へ流れ込む・・と言う。

 今冬は、米国東部や欧州にも寒波が押し寄せた。ワシントンでは年末年始の最高気温は零下となり、ポーランドやチェコ、ルーマニアなど東欧でも数十人が凍死したと伝えられた。東欧の低温、米東部の寒波も偏西風の南下関係があるらしい。

 宇宙からの観測で、北極海全体の海氷面積は90年代以降、増減を繰り返しながら、減少する傾向だという。
 国連気侯変動に関する政府間パネルの報告書では、北極海の海氷が今後増加していく可能性は低い、との見方強い。ということは今後秋田の冬は寒くなるのか??

 雪害の中で多いのは、雪下ろしによる事故で、毎年数10人〜100人が犠牲になり、多くが高齢者である。高齢者はより若かった時の経験を忘れられなくて妙な自信を持っている。だから黙って一人で屋根に上る。命綱やヘルメットも持たない。高齢者は筋力、平衡感覚の衰えから体勢を崩した場合に戻せずにそのまま落ちてしまう。
 地域によっては若手が手伝っているが、若手といえども安全な作業では無い。

 それにしても豪雪地域でなんで屋根の形を整え、命綱をつける構造にするなどの工夫した住宅を作らないのだろうか?地域の建築家の怠慢でないか?

 雪が降る前も、降らなくなってからも結構寒気が居座っていて寒い。
 この一週間ほどは春らしい日差しと暖かな気温が得られている。秋田では路上の雪はほぼ消えた。東京でも桜の開花宣言がでた。来週中には満開となるらしい。

 雪が消えると園芸や畑が始まる。マネージャーの家内はやる気満々であるが、作業係の私の体力・気力は減退しつつある。春を迎える喜びは大きいが、ストレスも始まる。
 今年はどう折り合いをつけるか、思案中である。


3/20(火)晴れ 外来 飯川病院 送別会
1:00起床、いつもの如し。5:50可燃ゴミ提出、7:30家内の車に便乗、新久保多橋からお隅櫓、先週公園を通り飯川病院に。8:45-12:20中通総合病院外来。13:00飯川病院、微睡など。14:00-18:30勤務。入院患者対応。19:10帰宅。夕食、20:30就眠。7376歩。

四季2018(5)私にとっての春が訪れた
 ついに、私にとって春訪れた。私の定義による冬は2月25日に終わった。 

 私の四季の定義は以下の如く。
■冬 除雪を要した期間。ゆえに、本年は12月28日-2月25日まで。
■春 除雪が不要になった日から桜が散るまで。

 私は四季を上記のように分類している。
 かんかん照りの夏が大好きな一方で、降雪期には除雪のストレスにさいなまれる私にとって、これが一番合理的な分類である。

 私にとっての今季の冬の訪れは第一回目の除雪した12月28日、ただ、それ以降は約ひと月除雪を要するような降雪は無く2回目除雪は1月26日であった。そして最終的除雪は2月25日で、このひと月間で除雪は7回で、例年より少なかった。

 今季は全国的には雪が多かったと思うが、秋田は雪が少なかった。しかも、2月中に集中的に降った。

 1-2月上旬には北陸を中心に大雪の被害が続いてた。新潟も多かった。37年ぶりの豪雪に見舞われた福井では、交通網が寸断され、鉄道の運休が相次いだ。
 積雪が140cmを超えた福井市内、学校の休校が続き、車の立ち往生が起きた。排気ガスのが社内に逆流し死亡者もでた。政府は多くの自治体への除雪費用の支援を表明した。

 北陸はもともと世界有数の豪雪地帯である。私が幼少のころはほとんど毎年豪雪の被害があった。雪と闘う青森発大阪行きの急行「日本海」、当時は急行で蒸気機関車であったが、雪をけちらしつつ進むその雄姿はいまだに脳裏から失われていない。

 しかし、ここ30年ほどはその印象が変わりつつあった。
 日本列島では80年代後半から暖冬の年が多く、少雪の傾向があった。
 しかし、ことし福井市で140cmを超え、2017年2月は鳥取市で32年ぶりに積雪が90cmを超え、2014年には山梨県で大雪による孤立集落が続出。2005-06年の「平成18年豪雪」では新潟県などで死者が152人にのぼるなど、2000年代に入って極端な大雪は各地でたびたび現れている。

 やはり、地球温暖化の影響による異常気象のひとつだろう、とおもう。

 雪も多かったが、気温も低かった。秋田の今冬の気温もずいぶん低かった。-8度と言う日もあった。私の経験でも極めて稀な事であった。
 出雲市で-12.5度、宮崎県で-7.1度など、全国的に寒かった、気象庁の観測地点58カ所で、観測開始以来の最低気温を記録した。西日本では、昨年12月〜今年2月の平均気温は、平年より1.2度低く、32年間で最も低温だった。

 気象庁によると、寒さをもたらした原因としては、「偏西風」の蛇行により、北極の寒気が南に下り、曰本列島も大きな影響を受けた、とされる。
 更に、その原因は地球温暖化が関連しているという。


3/19(月)快晴 健康クリニックドック 飯川病院 春の準備種々
 0:30起床、いつもと同じパターン。データ整理。7:40家内に同乗、久保田新町から徒歩で、お隅櫓脇から千秋公園通り徒歩飯川に。9:00-11:30健康クリニックドック+レントゲンチェック。飯川病院へ、微睡後花の苗ピロティに。水道の蛇口アダプターこわれた。14:00-18:30勤務、外来入院患者対応。19:45帰宅、夕食、 21:00就眠。Σ9103歩。46回結婚記念日:二人揃って生きていることの喜びをしんみり味わっただけ。

現代人に必要な「いやし」(5) 健康食品等の広告も、医療も不安を増幅している
 生老病死、一生は動的なもの。
 いかに健康であって生きているうちは体調に「ゆらぎ」があり、やがては老化し衰えて行く。そんな基本的なことに、いちいち理屈をつける。研究者は幸せな方だ、と思う。

 健康を保つための選択肢は数多くある。それぞれの人に合った方法かあり、同じ人でも育ち、人生観、死生観、年齢や体調などによって状況は変わる。これは検査などでは知り得ない。

 自分のが積み重ねてきた人生経験は何だったのか。まず頼るべきは自分の五感。健康を保つため画一的なルールなど不要。他人に判断をゆだねる「依存」は健康に限らず、さまざまな分野に広がっている。そこには流される自分がいる。

 わが国には勝れた医療保険制度がある。ちょっと用いられ方に問題はあるが、より困った状態、自分の弱さを自覚して八方塞がりになった場合には解決する道は用意されている。

 最近、科学的知険を隠れ蓑にした健康産業が台頭してきている。消費者庁からの認可などが売りになっていて、健康不安を持つユーザー達の気持ちを苛んでいる。広告の中に一見科学的判断をいれた資料を提示してカモフラージュしている。

 TVの広告はすさまじい。見るものをその気にさせるキャッチコピー、有名人を何人か登場させて経験談を熱っぽく語らせる。更に、「あと30分!!!」と時間限定での健康食品、トクホなどの大安売り。しかも、送料無料と来る。今ここで、購入を申し込まなくていいのか!! いい条件ではもう買えないのか??ユーザー達は見るたびごとに不安が増強する。

 効果がなかった、と言う意見を集約したデータは、恐らく有効だったとの意見の、これは根拠がない私の感想であるが、数100倍は集まるのではないだろうか。それに、送料無料と言うサービス、たとえ値段のなかに送料が含まれていようとも、宅配業に従事する方達の意欲をそぐ表現である。送料無料に安易に飛びついてはならない。送料を払っても欲しい・・ならば前向きに考えよう。

 現代医療にも当然限界があり、患者もみずからの判断でその限界を察知し、自分の人生を決めて行かなければならない。そう言うプロセスを踏めば、たとえそれが死に向かう方向であっても、癒やされる、と思う。

 近代医学は、伝統医学が伝えてきた、不安に対する「いやし」を忘れてしまった。

 ただ、現代医療の中に「いやし」効果を求めるなら、医学的評価は比較的甘いこととなりやすい。だからこそ、客観的に曖昧でない説明を十分しなければならない。

 近代医学の担い手である医師が、知識至上主義に偏って、個別の患者への対応がおざなりになっている例が散見される。実際の診療の場で患者から信頼を得る過程を自ら崩しているように思えてならない。
 医師は近代科学的に得られた手法で患者の苦痛を取り除くのは当然であるが、病気を持った人問として全人的に治療するのが当たり前である。その中に「いやし」も含まれる、と私は思う。
 それが出来ていないから、日常の受診を通じても患者は不安を抱え込んでいく。


3/18(日)快晴温暖 飯川病院日直
1:00起床、体調は改善。蓄積データの整理と確認、本読み、文献読み。8:38バス飯川病院に。9:00~17:00日直。紹介状記載、蓄積データのバックアップ用の3TBのディスクにデータ移行、10時間かけても終了せず、持越し。随分大量のデータになったものだ。12:00検食。本読み。16:00-17:00体調不調のスタッフと面談。17:30家人の車でDIY店、花の苗購入、雪が消え外仕事が忙しくなる、19:00夕食。21:00就寝、Σ9204歩。

現代人に必要な「いやし」(4) 国民病「健康追求病」
 人の多くは健康不安、ひいては死への不安を抱えながら生きている。
 不安を持つのは知能が高い人間の精神活動の特徴でもある。だから、不安のない人はいない。

 さらに、「人間は生まれながら身体的にも精神的にも好不調の波を繰り返しながら生きていく」のであり、常に万全という人はいない。多分いない。その一部の人が病気の状態にあると判断されるが、健康と病気との間には幅広いグレーゾーンがあり、両者は必ずしもクリアに線引きできるものではない。むしろ病気の方は少ない。病気としてもその範囲はピンからキリまであり、大部分の方は軽症である。

 その健康不安を前向きに考えて、自分で健康を保とうとする努力は評価しなければならない。その判断に最良の道具は、自分の五感、経験し積み重ねてきた健康観、人生の蓄積である。それによってかなり不安は回避されるだろう。ただ、座して健康になる方法などない。
 自立、自助を尽くした上で、それでも及ばなければ医師に相談するのがいい。
 最終的には医療が発達した現代、自分の健康状態の一部をより客観的に評価するために健診や人間ドックを受けるのも良いだろう。

 多くの不安は、無知から由来する。正しい健康情報を得て、それから学べば不安の解消に結びつく筈であるが、私の目から見て寧ろ逆効果になっている。健康をテーマにした記事、特集が新聞テレビで日々提供される。週刊誌、健康雑誌で毎号のように取り上げられる。あふれる健康情報がわが国の国民病「健康追求病」の背景になっている。

 その原因は
■健康情報・医療情報を提供する側の問題
  健康不安の時代、健康関連を取り上げると売れる。
  専門家、識者なるものが誰にでも当てはまるような一般論をとくとくと提供する。
  その際、提供うける側の理解力を理解していない。
  一般人を相手にしているから自信満々自説を展開する。
  その際、アドバイスとして多少脅しに繋がるような結果を示す。
  この様な情報提供が、不安醸成の因になっているとの自覚が無い。
  大学教授や医師はの情報やコメントは間違っていないのだろうが、一般人を対象とした情報として殆ど不適な場合がある。

??提供を受ける側の問題
  提供された情報を理解する医学知識がほぼ皆無。
  不安をベースに、わるい方向で解釈する。
  情報が不安と混じり合って一人歩きし、不安が増殖する。
  誤解した情報を矯正してくれるような相談者が無い。

 健康情報関連に登場する識者個人個人には責任が無いが、自分の提供する医療情報自体が健康不安を高める一翼を担っているのでは無いか?と考えないのだろうか。
 あふれる情報が人々の不安やストレスを育んでいる。


3/17(土)快晴やや温暖
 1:10起床、文献検討、徒然など、午前はデータ整理、ネコ世話など中心。午後微睡後外仕事はじめる。ノーゼンカズラ枝切除、越冬ねぎ掘り起し、ばら冬囲い解く。午後、録画視聴:「N響定期未視聴分数回分」、「題名のない音楽会:カバー音楽集」、「らららクラシック:フォスター」。Σ11250歩。19:00夕食。20:30就寝。

嫌音権2018(6) ヘッドフォン遍歴(2) ヘッドフォンの優劣
 超貧乏学生であった新潟での6年に耐え、1971年医師として三陸の病院に勤務、給料を得て以降オーディオの道に走った。やや高級(?)なオーディオ機器を買いそろえ、レコードを買いまくった時期である。

 1971年秋田に転居、某オーディオ店に入りびたり、オーディオ機器をグレードアップした。
 暫くはスピーカーを鳴らしていたが、遍歴の中で逆にヘッドフォンオーディオに対する興味が強まった。

 ヘッドフォンで聴くオーディオは問題点もあるが、スピーカーで聴くよりも優れている、と思っている。

ヘッドフォンの利点
 ■周囲の環境に惑わされない。何処でも一定の音場が得られる。
 ■周囲に迷惑を掛けない。
 ■機種毎の音質は個性があるが一般に良い。だから、費用もそれほどかからない。
 ■装着だけでも若干の遮音効果がある。
 ■軽く、持運びに便利。
 ■頭に乗せているだけで話しかけられなくなる。孤立出来る。

ヘッドフォンの欠点
 ■有線であること 行動制限が狭い範囲に限定される。
 ■有線が衣服に擦れ不快なノイズを発する。
 ■頭に固定出来ない。運動、種々の作業でズリ落ちやすい。
 ■装着は大なり小なり圧迫感不快感を伴う。
 ■家族からは嫌われる。
 ■寝るには不便、邪魔。

 ヘッドフォンの最高峰と言えば、私はStax社製の静電型(コンデンサー型)ヘッドホンを挙げたい。
 暫く友人から借用して使っていて音の良さ、特に弦楽器の美しさには驚いたのものである。しかし、私は音楽好きとは言え音楽を集中して聞く事はない。すべて何らかの作業をしながらのながら観賞である。座学の時も、作業中も、
移動中もほぼ常に頭に乗せている。無音状態でも乗せている事が多い。そんな私にはStax社製のヘッドフォンは専用のアンプが必要だから持ち運ぶことも出来ないし、自分向きに改造することもできない。ほぼ決まった場所でしか用いることができない。
 更に決定的なのは、当時からあまりにも高価過ぎて、高級過ぎた。因みに、現在のStax社の最高峰モデルは専用のアンプSRM-T8000が595,000円、イヤースピーカーSR-009が370,000円と、ほぼ100万円近くする。

 Stax社製のヘッドフォンに近い構造と音質の製品として私が求めたのはYAMAHA HP-1である。1976年に発売され、気に入ったので2ケ購入した。もう30年以上前の製品である。何度か故障したが自分で修理し、何度も改造したが、それ故に愛着が深まった。今でも現役で働いている。


3/16(金)くもり、快晴 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア プリウス点検
 1:00起床、文献・新聞読み、データ整理など。6:00可燃ゴミ提出。7:30Taxi駅に、8:10こまち、9:00-12:15大曲中通病院外来、往復Taxi。13:30内科学会総会みどり窓口新大阪駅まで購入。14:00 -18:40飯川病院ボランティア。19:10飯川に届いたプリウスにて帰宅、夕食、20:30就寝。Σ8632歩。

嫌音権2018(6) ヘッドフォン遍歴(1) イヤフォンのステレオ化からはじまった
 私のヘッドフォン好きは鉱石ラジオとイヤフォン生活にルーツがある。

 昭和27年小学校低学年頃、兄から鉱石ラジオをもらった。
 不思議なことに電源が不要でイヤフォンを耳に入れるだけでいつでもNHK第一放送が聴けた。実際には第二放送のほうがクリアに聴こえたが、もっぱらわたしは第一だけ。
 落語や歌謡曲を中心に聴いていた。私の落語ズキはこの頃の習慣に端を発している。
 それといまだに続いているラジオのながら勉強の習慣もここに発している。今はBlu-reyディスクの音声を流し、興味のある部分だけちょっと画面をみる。

 鉱石ラジオは微弱な出力で、当時のイヤフォンはセラミック、クリスタルイヤフォンと呼ばれていたが、鉱石ラジオの微弱な出力で蚊の羽音より若干大きな程度の音で鳴った。

 中学生時、昭和35年頃であるが、東京通信工業が発売したポケットサイズのトランジスタラジオ「ソニーTR-6」を兄が置いて行ったのでもっぱらそれを用いた。使用電池は今でも入手できる9Vの006Pタイプであったが、大きな音でスピーカーを鳴らすと電池の消耗が激しく、単一電池を6本つないで外部電源とし、通常はイヤフォンで聞いていた。私の使い方では電池の購入費用がなかなか工面できなかった。

 このころイヤフォンがダイナミック型にかわり音質も音量も数段よくなった。
 このダイナミックイヤフォンはけっこう楽しめたが片耳である事が不自然で聞き難く、ケーブルの途中で2ケを合体させて両耳で聴いていた。音声はモノラルであったが方耳よりははるかに効きやすくなり私は一人悦に入っていた。

 昭和38(1963)年、我が国でFMステレオ放送が始まった。昭和40年に進学の為に新潟に転居したが、そのときにFM-AM 2バンドのポケッタブルラジオを購入した。イヤフォンではステレオで聞けた。そのためステレオイヤフォンを自作した。これで音楽鑑賞が一層楽しくなった。

 自作のステレオイヤフォンは、現在多くの方達に用いられているカナル型インナーイヤー型のヘッドフォンの原形と言えるものであった。実際には市販品が人気を博す様になったのは2000年頃からだから、私はかなり時代の先端を走っていたことになる。特許を取っておけば良かった、と思う(笑)。

 この自作品で音楽鑑賞の幅は大きく広がり、私のオーディオ遍歴につながっていく。


3/15(木) 晴れ温かい 外来 飯川病院 
0:30起床,文献多数検討など。本読み、録音データ整理など。7:30家内に同乗飯川病院着。8:45-13:00中通外来。13:15-18:30飯川病院、院内勉強会機器セッティング、外来入院患者対応。ピロティの雪囲徹去。室内はテニスウエアで過ごす。19:00帰宅、夕食、20;30就寝。Σ9182歩。

原発事故からまる7年(2) 原発再稼働状況
 2013年に大飯原発の2基が停止して以来、約2年間原発稼働ゼロであった。この間、日本の電力需要は足りているが、国は原発をベースロード電源として休止中の原発の再稼働を斬時進めている。一方では小泉元首相が顧問を務める民間団体は「原発ゼロ・自然エネルギー基本法案」を発表し、地道にロビー活動を行なっている。
 これを受けて現在の原発状況をまとめてみた。

■最近の再稼動の動き
 関西電力は昨日14日福井県にある大飯原発3号機、出力118万Kw、を再稼動した。福島原発事故の後に国が定めた新基準下では4ヶ所6基目。2018年3月15日現在、九州電力川内原発2号機と関西電力高浜原発3・4号機、大飯原発3号機が稼働していることになる。

■現在再稼働中の原発―-現在4基
2015年8月、川内原発2号機が再稼働。
(2015年10月、川内原発1号機が再稼働。現在は定期検査で休止中)。
2017年5月、高浜原発4号機(プルサーマル)が再稼働。
2017年6月、高浜原発の3号機が再稼働(プルサーマル)が再稼働。
2018年3月、大飯原発3号機が再稼働。

■今後の再稼働予定―-3基
3月下旬 九州電力玄海3号機佐賀県
5月 大飯原発4号機to玄海4号機

■日本の原発の数―-57基
北海道3基、東北14基、関東甲信越9基、東海5基、北陸15基、中国2、四国3、九州6、計57基。
(もんじゅ、茨城県にある高速実験炉常陽も含めると、全国に59基)。

■建設中の原発、計画中の原発―-11基
青森2基(1基は工事を凍結)、島根1基。
他に計画中の原発が8基。

■廃炉準備中及び廃炉が決定した原発―-19基
もんじゅを含め19基。
常陽を除けば残りは39基。

 私は、原発即ゼロは地球温暖化問題を含めて無理だと思う。核のゴミ処理の方法論も貯蔵場所もまったくきまっていない現状で原発にこのまま頼って行く訳にはいかない。国は原発の縮小目標、その達成時期、再生可能エネルギーの推進を、時期と数字目標を決めて実行に移すべきだろう。


3/14(水)  曇りのち快晴に 飯川病院ボランティア 
 0:30起床,文献多数検討など。録音データ整理など。7:30家内に同乗、通町から徒歩、足底痛める。8:30飯川病院ボランティア。入院患者対応。16:30バス帰宅、BRながら視聴:「ウイーン交響楽団演奏会+樫本メンコン」、「同:マーラー交響曲No1巨人」視聴。19:00夕食、Σ7152歩。

原発事故からまる7年(1) 事故対策は目処すら立たない 住民の帰郷は困難か
 想定外(?)の巨大な自然災害に端を発したとは言え、原発事故は人災であった。さらに、事故後、風、雨、地下水などの自然現象、地形などがこれほどまでに事故を複雑化するなど、関係者の誰も想定していなかったのだろう。その為に被害が増えた。そのことも含めて人災であった。

 政治家、科学者も含めた関係者の誤認・隠ぺい、国民を騙した安全神話、官邸には事故が起きたとき、まともに危機を評価し判断できる人間はいなかった。当時の原子力安全委員会の委員長は原子力工学の専門家であって、事故の対策などほとんど知らなかった。これも人災であった。我が国の原発政策は虚偽と隠ぺいとで構築された。私は巨大システムに恐れを抱いていたが、私も騙されていた。

 事故後の対応も拙く、無用な汚染につながり、炉心融解まで行った。福島県民は大きな痛手を受けた。その責任を政府や官僚、東京電力は誰も取っていない。

 福島県内では、沿岸部の3万2千人への避難指示一斉に解除された。戻る、戻らない、戻れない。避難者間の個別の立場や判断の差が表面化し、問題の深さが改めて問題として浮上してきた。

 私のファイルから原発事故関連の1年間の動きをピックアップしてみた。
■凍土壁の完成と汚染水の増加―-―日々増加中、海洋廃棄が取りざたされている。
■避難者へのいじめ―-----------―目立った報道は無かったが、不変の様に思われる。
■強制起訴問題―---------------―審議中。元会長、元副社長の3人共に無罪を主張。
■除染とゴミ搬出、中間貯蔵施設――除染は進んだが、汚染物質の処理は未定。汚染土の再利用検討されている。
■汚染水―--------------------―タンク老朽、貯める事に限界。海洋廃棄に?
■廃炉、費用負担―-------------―高騰化している。
■賠償集団訴訟―---------------―約30件係争中。前橋、千葉、福島地裁に次ぐ4件目の判決として南相馬市の原告321人に対し11億円の賠償命令判決があった。
■避難解除後の住民帰郷―-------―昨年春解除された富岡町浪江町の調査では約半数が帰郷しないとの判断。復興庁の調査。避難先での定着、医療や原発への不安、買い物の不便さなどが理由にあげられる。
■風評被害―------------------―国内でも諸外国からも。汚染水を海洋廃棄すればどうなるか。
■などなど――。

 福島原発事故の今後は種々の対策がまだまだ求められる。何処にゴールを設定できるか皆目検討がつかない。廃炉にも40年以上要するとされる。
 一つだけ言えることは、住民あっての対策、人あっての対策であろう。
 帰郷しても生活インフラが無ければ暮らしていけない。より安全な地域のコミュニティーへの移住の勧奨も一方法でないだろうか。 


3/13(火)晴れ  外来 飯川病院
1:10起床、新聞・文献チェック。6:00可燃ゴミ提出、7:40家内に同乗飯川病院、8:40-12:20中通病院外来。飯川病院、微睡、14:00-18:40勤務、気管カニューレ交換、外来など。19:00帰宅、夕食、20:30就眠。Σ6761歩。

落語公演2018(2) 第5回ルミエール落語会 立花家橘之助襲名披露公演
 先日秋田市広報紙を見ていて3月3日ルミエール秋田で立花家橘之助襲名披露公演称する演芸会があるのを知った。出演者は柳家やなぎ、三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎、2代目立花家橘之助の各氏であった。


 秋田駅に隣接する映画館のルミエール秋田では秋田落語会を定例でおこなっており、今回が5回目だという。今回の公演ではじめて知った。ホールのサイズ、座席共は大き過ぎず、座席もゆったりしているのでストレスは少ない。今後が楽しみである。

 各出演者の出し物は

■柳家やなぎ 二つ目 「松竹梅」
  長屋の住民が謡の調子で、割ゼリフにしてご祝儀の言い立てをやり、最後に 「蛇になられた」と言うべき所を 「亡者になられた」で失敗するのがこの噺の笑わせどころ。有名な古典落語の1つ。

■三遊亭 歌武蔵 「稲川」 
 氏は力士から転身した噺家。マクラでは力士時代のエピソードを面白おかしく話すことが多い。今回も通常ではしれない角界の数々のエピソードが語られた。

 大阪相撲の関取稲川が江戸へ出て来たて10日間全勝をしても贔屓が出来ない。もう大阪へ帰ろうかと考えているところへ、乞食が現れて蕎麦をおごるから食べてくれという。 乞食の差し出す蕎麦を快く食べる稲川。「大名でも乞食でも贔屓に変わりはない、喜んでいただきます」と快く蕎麦を食べますと、隠れていた大勢が酒肴を運び込んで、・・・という人情噺。

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 休憩のあと、立花家橘之助襲名披露の口上があった。
 氏はこの世界ではかなりのキャリア持ちという。東京都出身、落語協会所属の三味線漫談家。自称「日本に2人しかいない女流三味線漫談家」。花柳流日本舞踊の名取りとも言う。
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■柳家喬太郎 たいこ腹
 古典落語一つ。某道楽息子が鍼の修業を始めた。猫に鍼を刺そうとして失敗。出入のたいこ持ちに目を付け練習台にするが、なんと針が折れてしまった。「迎え鍼」をうつが、これも折れてしまう・・・・。そんな噺。

■立花家橘之助 俗曲 端唄、日本舞踊など披露
 三味線片手に俗曲 端唄、漫談を語った。私は俗曲 端唄などは殆ど馴染みがなく必ずしも楽しめたとは言えなかった。しかし、氏が自在に繰る三味線の音色、技能については十二分に堪能した。締め括りには花柳流日本舞踊の名取りの腕前も披露した。見事な舞であったと言うべきだろう。

 ルミエール秋田「秋田落語会」では古典落語3題、三味線の技能が楽しめた。
 今後が楽しみである。


3/12(月)晴れ曇り 健康クリニックドック 飯川病院 
1:15起床、新聞・文献チェック。その他蓄積データ整理。7:30家内同乗飯川病院へ。9:00-11:00健康クリニックドック12名、写真判定。11:45飯川病院、微睡、14:00-18:45勤務。入院患者対応。読書など。19:20帰宅・夕食、21:00就寝。Σ5350歩。内科学会総会用宿泊京都はムリで大阪でガーデンホテル確保。

東日本大震災からまる7年(2) 人口減・過疎化地域の復興
 新聞報道によると、ハード面の復興に関しては巨大防潮堤の建設や大規模な盛り土による新市街地造成などはかなり進んだようである。

 私はここ5年ほど三陸地方は訪れていない。だから復興状態を自分で見たわけではない。ただ、3年前、同級会が松島で行われた時に南松島の海岸の工事状況は見学してきた。その後2年半経過したから、かなり復興工事は進んだことだろうと推定する。恐らく、高さを増した防潮堤で海岸の風情は一変しているのではないだろうか。

 大震災の被災地でまちづくりが縮んでいる。
 宅地造成による住宅の計画戸数は約1万8305戸と、5年前の初期計画から35%も減少した。土地の確保に時間が掛かった。自治体職員は地権者と交渉するため、北海道から長崎の離島まで足を運んだ。工事が始まってからも、復興工事の集中や東京五輪関連の建設需要で資材や人手が不足した。

 結果的に他地区に居を構える選択をした住民が少なくない。地区の住民は復興を5年以上も待ってくれなかった。

 地域差もある。個々人が人生のどの時点で災害に遭ったかという差もある。事情は個々に異っているのに画一に復興という事態に自らを預け、待たなければいけない。なんと厳しいことか。
 宮城県の東松島市や山元町は、内陸に移設されたJR駅前に住宅街を集約した。

 一方、三陸沿岸の造成地には盛り土や宅地造成が完了しても、利用されるあてがない土地がひろがる。
 岩手県陸前高田市、釜石市や大槌町では、かさ上げが進んだ宅地のうち、6割の利用計画がまだない。7年の歳月が、元には戻らない道を住民に選ばせた。

 現地で街を再建するという土地区画整理事業は経済成長を前提に、土地の形状を整え、道路や公園をつくって価値を高める事業である。速さが求められ、過疎地には向かない懸念は強かった。採用された地域は被災3県の50カ所、1.400ヘクタール余に及ぶ。

この様な復興計画は阪神淡路大震災の復興には良かったのかもしれない。神戸市の場合、旺盛な経済活動があり人口も増えつつあった。しかし、災害以前から過疎化に悩む地域には相応しくなかった。今から見ればそう言わざるをえない。


3/11(日)晴れ・寒い 東日本大震災+原発事故7年
 0:30飯川病院起床、新聞チェック。関連文献検討、本読みなどほかいつもの如く。9:40バスにて帰宅。午前は家内の申告、終了。午後はNHKのど自慢、微睡。陽気につられて外仕事。バラを覆っていた曲防雪カバー撤去、雪かき小道具整理、窓拭きなど。録画視聴:「題名の無い音楽会:過去の番組から」、「読響定期公演:ブルッフVn協奏曲No2、武満G線上のアリア」。データ整理。19:00夕食、21:00就眠。Σ5900歩。普段東日本大震災・原発事故をろくに取り上げないメディアはこの日ばかりは取り上げる。内科学会総会帰路伊丹から座席確保。

東日本大震災からまる7年(1) 復興はかなり進んだと言えるのか
 東日本大震災からまる7年、各地で鎮魂・追悼他の関連行事が行われている。
 人的被害の最近の統計は以下の如く。
 心が痛む数値である。このように数値化されると個々人の個性、人生は失われて行く。かけがえのない一人ひとりの人生、記述された個人録は可能であれば何処かに集約すればいい、と思う。

 東日本大震災・原発事故関連の人的被害状況をまとめれば以下の如く。
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■東日本大震災の人的被害(2018年3月1日警察庁の統計)
 直接死者数は15.893 人
福島県 1614人 岩手県 4674人  宮城県 9540人 

 行方不明者数2.539 人
福島県 196人 岩手県 464人   宮城県 1223人 

 死者数+行方不明者数18.432人

■東日本大震災と原発事故による震災関連死(2017年9月30日現在)
  福島県 2.202人 岩手県 464人   宮城県 926人 
全国  3.647人

■東日本大震災と原発事故による避難者数(2018年2月13日現在) 
福島県 15.471人 岩手県 8.539人  宮城県 9.133人 
全国  73.304人
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 東日本大震災から3カ月後に制定された基本法の第2条「基本理念」には「単なる災害復旧にとどまらない」、「21世紀半ばにおける日本のあるべき姿をめざして」と記載された。
 だから、復興は過疎地の自然災害からの再生の先進例になると期待された。
 私など、よくぞ短期間にこの様な壮大なヴィジョンを打ち立てられたものだ、と感激した記憶がある。しかしながら、あれから7年経ってまだ復興復興と言っている。多くの人がまだ故郷に戻れない現実がある。実際にはうまく言っている様には見えない。

 それは、復興ビジョンがあまりにも壮大で、霞ヶ関が作った砂上の、机上の楼閣だった。住民の身の丈の暮らしの実感から大きくかけ離れていた。今から考えるとそうだったのかも知れない。
 人々はそろそろ復興という言葉に飽いてきたのではないか。
 高齢化・過疎化が進む地域の復興は10年近くもの時間を費やしてなすべきものだろうか。こんなに遅々としていては復興が仕上がったときには誰も戻って来ないのではないか。

 最初の壮大な計画はおりおり見直して、時代と地域にあった内容に変えるべきだったのではなかろうか。


3/10(土)曇天 飯川病院日当直 
 0:00起床、新聞・文献・資料検討。本年度分申告作業開始。自分の分は何とか終了したが家内分は医療費まで進んだ所で頓挫。9:30スバル自動車へ、レガシー後ろドアのゴムパッキング劣化、専門家の修理は不要と判断した。微睡、12:00飯川病院へ、日当直へ就く。検食、本読み、微酔など。18:00検食、21:30就寝。Σ3201歩、部屋からほとんど出ず。BRながら視聴:「コズミックフロント:人類は宇宙移住できるか」。

現代人に必要な「いやし」(3) なぜメディアの医療情報は不安の因になるのか
 人の多くは健康不安、ひいては死への不安を抱えながら生きている。

 勝負事の世界であるが、「彼を知り、己を知れば、百戦殆うからず」というのがある。「孫子・謀攻」にある明言である。敵についても味方についても情勢をしっかり把握していれば、幾度戦っても敗れることはないということ。

 多くの不安は、一部の病的状況にある人をのぞけば多くは無知から由来する。
 だから、健康不安であれば正しい医療情報、健康情報を得て、それから学べば不安の解消に結びつく筈である。近代科学に基き明らかになった医学・医療の知識は患者たちの不安の解消に寄与する筈であるが、私の目から見て寧ろ逆効果になっているように思えてならない。

 患者の情報の信頼度を見ると、■メディア、特にTVの医療・健康番組>> ■健康関連雑誌>> ■新聞・週刊誌>> ■友人・知人>> ■主治医、と言ったところであろうか??

 勿論、実際に診察し、検査や処方や情報提供を行う主治医は最終的には存在価値は高いが、信頼度とかに関してはイメージとして低ランクである。ほかの医師のことはわからないが、少なくとも老医である私の立場はそうである。患者にとって便利な存在??の範囲である。

 メディア、特にTVの出演、健康関連雑誌、新聞・週刊誌への登場は患者から信頼の眼で見られる。
 
 私はかつては県医師会の広報担当、感染症担当として地方局レベルであるがTVとか新聞に頻繁に登場していた。その頃、患者の中には「TVに出るあの先生に診てもらいたい」と希望する患者が結構いたもので、私としては恥ずかしい気持がしていた。

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 なぜメディアの医療情報は不安の材料になるか。

 ■全国放送レベルの医療番組に出演される方々はその道の著名な方々で肩書も立派である。
 ■メディアの医療情報提供は個別の患者を対象とした内容でなく、一般論の範囲でしか提供出来ない。従って誰にでも当てはまる内容を含む。
 ■疾患の定義や診断基準についてなどは外れる事は言えない。だから、教科書を読むような厳しい内容になりがちである。
 ■情報の説明は白黒がはっきりしている。反して、日常の診療は白黒をはっきりさせられないグレーゾーンである。従って主治医の治療方針とすら合致しないことも少なくない。

 ■まだまだあるが・・・・

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 メディアの医療情報を見ていると、受け取る患者側の問題もあるが、近代医学の担い手である医師が、知識至上主義に偏って、個別の患者への対応がおざなりになっていることが、実際の診療の場で患者から信頼を得る過程を自ら崩しているように思えてならない。

 医師は近代科学的手法で証明される患者の苦痛の治療のみならず、病気を持った人問として全人的に治療するのが当たり前であるのに、それが出来ていないから、日常の受診を通じても患者は不安を抱え込んでいく。


3/9(金)寒波ゆるみ雨 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:00起床。文献・本読み、徒然他、データ処理。5:00可燃ゴミまとめ。7:30Taxi駅、8:10こまち、9:00-12:15大曲中通病院外来。13:45飯川病院ボランティア。15:00日生スタッフ来訪。19:10帰宅、夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「ホーキング博士:100年以内に宇宙へ(2)」、「人類は宇宙に移住できるか??」。歩数9544歩。ハードディスク不明となる。

現代人に必要な「いやし」(2) 医療情報は不安の因になっている
 人の多くは不安を抱えながら生きている。
 その不安の多くは健康不安、ひいては死への不安である。
 自己判断力を失って、他人の判断に頼らざるを得なくなった現代人、マスコミ情報を見ても不安な情報ばかり。友達からもロクでも無い情報が入れられる。受診すれば、医師から脅される。これでは患者の多くは不安が高じていくだけだろう。

 だからと言って、本来、このような不安から救うべく「いやし」を与えるのは医療者の主たる仕事では無い。職業上では、生きる道を説く者、宗教関係者、宗教学者、哲学者の仕事である。ただ、ほとんどの人は頼ろうとしない。

 私は日常的に半数以上の患者に「あなたは病院に来るより寺に行って生き方を学ぶ方がいい」、と患者を説得する。ようするに私の外来に通院してくる患者の大部分が通院を必要とする方ではない。少なくとも私の外来に通院してくる必要がない。私は虚しい仕事をしている。
 しかし、「寺=死」、「寺=葬式」のイメージがあるために誰も行かない。僧と対話する門戸が開いていないことも一因である。宗教関係者はより良く生きる為の指導が出来る巷の哲学者であるが、実践力に欠ける。

 だから、実際には、医療の中で「いやし」対応が必要となってくる。
 本来、医療の中に「いやし」が必要かということには賛否両論がある。私は賛の方だが仕方なく担っているに過ぎない。

 近代科学に基いた医学・医療の知識は最も「いやし」に貢献できる筈であるが、「いやし」と言う意味では信頼を勝ち得ていない。ほとんど役だっていない。
 知識を与え、知恵を育成するような指導が無くてはならない。「知識は過去を教え、知恵は未来のことを教える」のだ。知恵こそ真の実学であるが、知恵は具体的に教えることが出来ない。

 各人が今までの人生で積み重ねた、自分の五感を駆使して、最終的に頼れるのは己しかない、と感じてほしい。その自覚のもとに、最終的には身の丈にあった人生を選部のが知恵である。ここまで至れば、生きる為の不安の大部分は解消していく。


3/8(木)曇り雨 外来 飯川病院 
 0:30起床。文献新聞など。寒波緩み妙に暖かい。7:40家内に同乗飯川病院。8:45-12:40外来+人間ドック結果判定。14:00-20:00飯川病院、微睡。20:15帰宅、夕食、21:30就寝。BRながら視聴:「ホーキング博士:100年以内に宇宙へ(1)」。歩数計6720歩。

現代人に必要な「いやし」(1)
 最近の日本は心情的には荒れている様に思う。私も含めて漠然とした不安の中で生きている様に思える。いや、他人の考えなど分からないから、絡げて言う事は正しくないだろう。言いかえれば、少なくとも私は不安の中で生きている。

 わが国では物質的繁栄がを求めた時代はそろそろ終焉しつつある様に思えるが、一方では、殺人・強盗・汚職、最近は大企業の不正行為などの不道徳が日常的に報道されている。昔、住民の不道徳を憤った神により滅ぽされた、と言う国、「ソドム」ですら、ここまでひどくなかったのではないだろうか、と勘ぐってしまう。

 国内の問題だけでも、政治、経済、少子高齢化、自然災害など厳しい状態が続いている。挙げるのにいとまはない。
 視点を外国に移せば、政治的混乱が相変わらずで、経済的社会的に格差が大きく、一時いい方向に進みつつあった様にみえた核兵器問題も再度鎌首をもたげて来ている。挙げるのにいとまはない。
 地球という掛け替えのない故郷に視点を移すと、地球の限度を超えた人口増加、加えてエネルギー過剰消費による環境汚染が、人類の存在を危うくしつつある。

 こんなネガティブのことだけをピックアップする私自身の下向きの考え方にも問題があるが、私の立場から見て、現代人は全方向からのストレスを受けており、その結果、不安状態で生きている、と言っていい様に思う。

 入ってくる情報のほぼすべて、健康関連情報を含めて、が不安の要因になってくる。

 一時、「いやし」ということばが何かにつけて言われていた。「いやし」と言う言葉が使われる頻度が増えただけその価値は普遍的化しているが、この不安の中でおそらく「いやし」はとても大切なものと思われる。

 もともと人は、自然や環境、よい人間関係、家庭などによっていやされるものなのだろう。加えて、文学をはじめ、芸術やスポーツ、ペットなどによって癒される人も少なくない。
 人々は、その時、緊張、束縛、強迫などのストレスから解放され、安らぎの中に落ちつくが、一般的にそれは一時的な効果でしかない。

 本来ならば、その「いやし」効果はより長く、永続的なものである事が望ましい。より長い、「いやし」効果のなかで、人は孤独でなくなり、平和的な心理になり、みえない大きな力に守られ、安心しきった状況となり、周囲の自然環境や人々との信頼回係を取り戻しているはずである。

 しかし、その様な「いやし」はこの世には存在し得ない。少なくとも私にはそう思える。
 この様な永続的な「いやし」はいつ得られるのだろうか。


3/7(水)晴れ 飯川病院ボランティア  
0:30起床。文献など処理。9:45秋田スバルに。左ドアのゴムパッキングが脱落した。休業日であった。11:50バス飯川病院に。院長大学受診のためボランティア。BRながら視聴:「4人のモナリザ」、「ロックフェラー」。19:00夕食、20:10就眠。Σ8495歩。

人間はおしなべて共同幻想依存症?? 吉本隆明氏の著作を読んで
 共同幻想論とは、思想家吉本隆明(1924年-2012年)氏が説いた国家論である。
 当時の国家論は、集団生活を成立させるために国家を作ったという社会契約説や、国家とはブルジョワジーが自分の既得権益を守るために作った圧力機構であるという国家論が一般的であった。

 しかし、吉本氏は、国家とは共同幻想であると説いた。人間は、国家と言うフィクションを空想し、作り上げたという考え方で、国家、法、宗教、風俗・・も共同幻想であるとの考え方である。

 最近、氏の著書「共同幻想論」を読む機会があったが、論旨展開が難解でなかなか理解できない。共同幻想論も賛否両論がある。
 しかし、人間の心理的な動きを重視している考え方のように見える。その点では私は若干ながら共感できる。
 
 人間は自分の創り出した共同幻想に対して、時に敬意を、時に親和を、そして時に恐怖を覚える。原始的な宗教国家ではこれはより顕著だ、と言う。

 個人主義の発達した現代でも、集団的にも個人的にも共同幻想に侵食されていて、愛国心やナショナリズム、愛社精神などと言う形で、共同幻想にとらわれており、一旦はまり込むと、そこからの自立は一般に困難である。

 要するに、哲学的な考え方として、私達の世界は個々の思い込みと共同幻想から成り立っている、という考え方である。
 学校、職場、家庭でも複数の人が集まっているとすると、大抵、何か大なり小なりの共同幻想が生じ得る。これがネガティブの方向で働らくといじめ問題などに繋がっていく。

 私は、特定の宗教を信じている人はキリスト教でも仏教でもイスラム教でも、「神」を中心とした共同幻想を抱いている集団だと思っている。
 私達の日常生活自体が、常にいつも、この共同幻想によって支えられている、のではないか、と思う。

 人は、いろいろな共同体に属していて、それぞれの共同体の中で生まれた共同幻想に依存しながら生活している特殊な生物である。

 人間が起こす紛争のほとんどは、それぞれの脳内に強固に保持されている共同幻想の食い違いに由来するものであり、それが幻想であるからには、何れが正しく、何れが正しくないというものではない。それをさばく法すらも、もちろん幻想である。

 卑近な例をとれぱ、熱狂的なスボーツファンも共同幻想であり、恋愛も二人と言う最小単位のなかで形成される共同幻想である。私は熱狂的なスボーツファンではないからほぼ連日行われるプロ野球の試合などに2万人もの観客が集まるか、理解出来ない。共同幻想の考え方を持ち込めばこれに一歩近づくことができるような気がする。

 この共同幻想がどの様にして脳内に取り込まれ、確固たる形に形成されるかは、脳科学、心理学の新しい、魅力的なテーマである。例として、動物達に見られるインプリントと言う現象で説明できるかも知れない。動物の一部は生まれて最初に見た個体を母親と見なすとされている。

 一般に、われわれは行動の前に必ずしも意思決定しているわけではない。共同幻想が確立した状態では、行動が意思決定にはるかに先行したり、意思決定する事なく行動を起こりたりする。

 私は宗教は強力にインプリントされた集団的催眠状態では無いのか??と考えている。
 いま、企業の不正が数多く報じられているが、企業体に属する人間が企業という共同幻想の中に埋没すると最早自由な発想は不可能という事になる。

 この共同幻想と言う心理状況は、社会的存在である人間が必ず陥る宿命かもしれない。

 共同幻想形成のメカニズムか明らかになり、これをコントロールすることができれば、いろいろな社会的現象をもっともっと醒めた目でみられるかもしれない。

 吉本隆明氏の著作を読んでつらつら考えた。


3/6(火)寒波緩む小雪 外来 飯川病院 
0:40起床、文献・新聞関連など。自分分確定申告入力開始。6:00可燃ゴミ出し。7:20家内に同乗飯川病院、8:45-12:30中通病院外来。13:00飯川病院、微睡。14:00-18:45勤務、19:00帰宅、20:20就寝。Σ9461歩。

パルスオキシメーターは日本人による大発明!!!:不勉強にして先日まで知らなかった
 パルスオキシメーターは、指先や耳などに検知器を付けることで皮膚の上から動脈血の酸素飽和度を正確かつ簡便にモニターする医療機器で、心肺機能が正常であるかを知る事ができるため、私の診療にも欠くことが出来ない。
 
 (私が外来で用いているパルスオキシメーター2機種 古くて大きいほうが使い易い)

 麻酔管理や手術中、ICUでの患者のモニタに用いられるほか、在宅酸素療法の患者指導などにも用いられている。近年では登山者が携帯型パルスオキシメータを利用する例もある。また、睡眠時無呼吸症候群のスクリーニング診断時にも利用される。

 この測定法の原理は、日本光電KKの青柳卓雄氏によって発見された。
 氏は色素希釈法による心拍出量の測定に際し、心拍動に由来するノイズを消去する目的で、赤外部での吸光度をデータから差し引いてみたところ、この値が血液の酸素飽和度に極めて敏感なことを発見した。

 血液中のヘモグロビンは酸素との結合の有無により赤色光と赤外光の吸光度が異なるので、センサーで透過光や反射光を測定して分析することにより酸素濃度を測定することができる。
 透過光・反射光全体のうち動脈血を透過したものと静脈血や軟部組織を透過したものの区別は、拍動のある成分が動脈血によるものであることを利用する。このため、動脈の拍動が検知し難い循環障害状態においては測定ができない。

 1974年、第13回日本ME学会で青柳氏によって発表され、1975年試用経験が「呼吸と循環」誌に発表されたが、研究者、医学者の理解不足のため注目されず、日本光電KKも販売、開発に成果をあげることなく10年以上も経過した。

 一方アメリカのScotto Wilber氏が1974年頃に発光ダイオードとマイクロコンピューターを用いることにより、精度を飛躍的に改善することに成功し、1981年に製品が発売された。丁度その頃、患者管理上での酸素飽和度の重要性が注目され爆発的な売り上げを収めた。

 今日、臨床の如何なる場でも酸素不足が懸念される場合に必要不可欠のモニターとされている。
 青柳氏の大発見は、会社の利益にはあまり貢献しなかった。しかし,血液ガスの研究で世界の第一人者であるカリフォルニア大学John Severinghaus教授がその発見の経緯につき詳細に報告し、青柳卓雄氏の業績が広く認められた。

 この機器によって患者は動脈血採血の苦痛から解放された。医師に取っても意義は大きい。これほど便利に利用している機器なのに発明者が日本人である事、測定原理についても2週間ほど前まで知らなかった。
 何でも精通するなど不可能に近いが、パルスオキシメーター関連の資料を読んでみて目からウロコが落ち、忸怩たる思いに駆られた。


3/5(月)小雨曇  健康クリニックドック 飯川病院 
 0:30起床。新聞・文献チェック。8:00家内に同乗飯川病院、9:00-11:00健康クリニックドック13名分+画像判定。11:00飯川病院。微睡、14:00-18:45勤務、入院患者対応。BRながら視聴:「昭和偉人伝:かまやつひろし」、「プロファイラー:井伊直弼」、「パイプオルガン誕生」。19:10帰宅、夕食、20:30就寝。Σ8707歩。

自分のことを知らない自分(2)
 誰もが教育や文化に感化されるとステレオタイプ的に日常の感覚を受け流すようになる。感覚を純粋に受け入れる代わりに約束事のベールをかぶせてしまう。

 この過程で大きな何物かが失われる。
 この約束事には、言葉が大きな役割を果たす。感覚が言葉で代用されて表現された瞬間、感覚の新鮮さは失われる。「言葉は感覚を一撃で痲痺させる」と言われる所以である。

 私は美術館で絵を見たあとに、あるいは音楽会等が終った際に、その作品や演奏について語ること、聞くのも大嫌いである。感動を、あるいは抱いた感じを言葉で表すとその途端に白けてしまう。

 太陽は本当に赤いのか?
 ひばりが歌った「真赤な太陽」は欧米人には理解されないだろう。欧米の子供たちは太陽を描くときに赤くは塗らない。彼等には太陽は黄色いのである。「上を向いて・・」が「すきやきソング」として流行するのも文化や教育がつくりあげた感覚痲痺の結果である。
 私は太陽を眺めることが好きだが、太陽が赤いと感じたことはほとんどない。でも、自分では「太陽は赤くない・・」と主張はしない。

 真の感覚に近いのを教えてくれるのは芸術家である。芸術家は固有の感覚を持っているがために存在し得る人達である。純粋に感じ取ることが出来、かつ、それを表現する技能をもつ芸術家、彼らに頭を下げるしかない。感覚器そのものは天才芸術家も凡人も大差ないにもかかわらず、である。彼らとは感受性が違う。
 だから、私は絵画とか音楽とかを好む。私が文化とか教育の中で失ってしまった感覚を、ゆるぎなく持ち続けている芸術家の作品を通じて、ことの本質の一態を知る歓びがある。

 色の種類はどれだけあるのか?人が見える色は見える条件が整っていれば750万色、通常の状態では187万5000色とも言われるが、私は区別出来ないし表現出来ない。ドイツのファーバーカステル社に120色セットの色鉛筆セットがあるが、私の色感覚はこの程度がせいぜいである。 

 われわれは知らず知らずに情報を圧縮してはいまいか? 
 私は自分の独自の感覚を尊重する自由を謳歌しているか??
 情報の圧縮は、ある面では「現実」を「まともに」生きてゆくための悲しい宿命的英知であるが、それにしても、人生全部その宿命に捧げてはならない、と思う。

 自分の声、毎日毎日聞いている。これならよく知っていると思うが、他人に聴かれる声と自分に聴こえる声は同一ではない。自分で聴く声は空気振動だけではなく、顔面の骨を通して達すた振動が重なったたものである。一方で、他人が聴く声は空気振動だけである。したがって、自分の声と思っているものは他人が聴く自分の声と大分違う。

 自分のことを知らない自分が情けない。


3/4(日)くもり寒波緩む 飯川病院日直 外来レセプトチェック
 1:15起床、新聞・文献チェック、本読み。データ整理。8:38バス飯川病院、9:00-17:00飯川病院日直、データ整理、読書中心。午後、外来レセプトチェック。午睡、データの整理など。BRながら視聴:「知恵泉:一休さん、おね」。「JFK暗殺の真相」Σ7301歩。
迎えあり19:00帰宅、夕食、20:30就眠。

自分のことを知らない自分(1)
 18~19世紀のヨーロッパでは「自分のことは自分が一番よく知っている」と豪語する事が流行っていた、と文献上にある。当時は理性絶対主義、浅層意識絶対主義という考え方がまかり通っていたため、とされる。
 その余波がつい先日まで日本でも残っていた。流石に最近はそう云う方は少なくなった。

 例えば、患者の中に「自分の身体のことは自分が一番よく知っている」とか「自分の感じから、医者の評価なくても健康だとわかっている」と、大見得を切るケースがあった。一見豪快そうであるが、じつは小心者である。このような方は滅多に受診しようとしないが、家族や周囲の者から薦められて受診した際に、或いは人間ドックを受けた際に、その日のうちに厳しい病状で、余命いくばくも残っていない、と告げられたものである。

 医学・医療が未発達な時代にはそういう主張、信念もあったであろうし、本人がどう考えていようがその後の人生には大差無かっただろう。
 しかし、現代の医学・医療レベルからみて、自覚的に身体的な不健康がわかる時は、進行ガンなど、かなり病気が進展してしまった状態である事が多い。したがって、「自分の健康状態は、現代の医療的判断ほどには自分では分からない」というべきである。

 そういう意味では健康診断や人間ドックの意義は大きい。
 現代は徐々に受審者は増えつつあっていい事だと思う。その結果、自己判断で、豪快に、マイペースに自信をもつ方は居なくなった。代りに、種々のレベルの異常値を指摘されて、年端も行かない医師や保健師に生活指導され、健康管理にとらわれて人間そのものが小さくなったような気がする。

 しかし、身体的なことはそういて理解されやすいが、精神的なこと、性格、能力、欲望、感覚、思考等々は、やはり自分が一番よく知っている、と誰もが思っている。これも実は誤解である。

 「自分が・・」という以上、その前提に自分が他人とは違う存在であるという、曖昧ながら確実と思っている事実がなければならない。現実的には自分が他人とは違うことは真実で、各個人はファジーな意味でも厳密な意味でも同一人物はおらず、特殊な唯一的存在である。たとえ一卵性双生児であっても互いには異質な存在である。

 それでも、意識的自分(浅層意識的自我)は自分が一番よく知っているのではないか、かと思っている。
 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、皮膚感覚、内臓感覚などの感覚は、本来的には個人独自のものである、それは感じている本人にしかわからない。だから自分は自分以外の何者でもないと思うのであるが、それも嘘である。

 赤い色を見ている時、その感覚の実相は他人はどう感じているのか分からないはずである。ただ、それでは現実に社会生活できないので、赤ということなのだ、と同じ感覚を経験しているとみなしているだけである。

 原始時代の、言葉が乏しくコミュニケーションが乏しかった時代の人間や、教育や文化に感化されていない幼児の世界は個々人が個別の感覚を持っている。しかしながら、教育や文化に感化された人間が純粋にものを感じることは至難である。「見ているものと見えるものは違う」のだ。
 文化はその社会に共通な感じ方を教える。逆に言えば、感じ方を強要し歪める。教育は、だから恐ろしい。

 欧米人の大部分は秋の虫の声など風情を感じるのではなく、雑音でしかないと言う。われわれ日本人には理解しがたい感覚であるが、そういった感覚は文明・文化が、教育がもたらす虚構である。


3/3(土)曇り晴れ寒波緩む ルミエール落語会
1:00起床、本読みなど。おもにデータ整理。15:17バス、16:00-18:20ルミエール落語会「二代目立花家橘之助襲名披露公演」。飯川病院経由19:00帰宅、夕食、チラシ寿司、19:30NHKのど自慢チャンピオン大会楽しむ。優劣つけがたし。Σ14827歩、BRながら視聴:「知恵泉:??方歳三」。

ひな祭り2018 昨年に続き今年もひな飾りを失念した
 今日は雛祭り。女の子のいる家では、雛人形を飾っているだろうか。
 我が孫たちは雛人形を飾ってもらったのだろうか。

 昔、女の子が生まれるとその家では木切れやわらで人形を作るようになった。
 病気になっても祈祷くらいしかなかった時代、女の子が病気になると、この人形を代わりに川に流すことで女の子無事を祈った。やがて人形を流さず飾るようになったが、この雛祭りに込めた思いは、今も変わらず受け継がれている。

 民俗学者、柳田国男によると、祭りが済むとすぐに流してしまうのが古くからの習わしであった。人形も草を束ねて、紙の衣装を着せるだけの、素朴なものだった。柳田が「雛まつり」という一文を書いた昭和初期には、飾り雛のほかに、「粗末な土焼きの」流し雛があり、祭りが終わるとすぐに水辺に捨てに行く風習が残っていた、と言う。

 私は幼少時にはとても病弱で育たないかもしれないと思われていた。実際そうであった。父親は6人同胞がいて、3人が女であった。祖父母は娘達のために立派な雛人形を用意した。3人とも嫁ぎ、雛人形が残された。
 祖父母と両親は病弱であった私のために座敷に毎年雛壇を飾ってくれた。何となく気恥ずかしかったが、私はこの雛人形が好きであった。

 昭和27年、小学校に入学して間もなく、強風のなか自宅が貰い火で焼失した。
 翌日からまだ熱い焼け跡を整理し始めた。焼けただれた物品が次々と出てきたが、一月前に仕舞い込んだばかりの雛の陶器製の頭部を10数個回収した。好きな品であっただけに、その変わり果てた姿に涙した。
 0歳〜小学校まで(1945〜52)
 
 我が家でも娘のために内裏雛だけのセットを用意した。
 約10年ほど前、家内が自分のために、と内裏雛だけのセットを購入した。幼少の時から自分用の雛飾りが欲しかったのだという。

 以來、我が家は毎年2セットの雛を飾っていたが、一昨年から7匹の悪戯好きの子ネコを引き取ったために自宅では飾れなくなった。一昨年は飯川病院の外来に飾った。

 今年も2月末に飯川病院の外来に飾ることを打合せたのであるが、その後二人共すっかり失念した。共に記憶力が乏しくなている。明日は夕食にちらし寿司を予定していると言う。今年も昨年同様、飾りの無い雛祭りを味わうことになる。

 女の子のすこやかな成長を願って飾られるお雛さま。五-七段飾りの豪華なものから男女一対の内裏雛、立ち雛、座り雛などいろいろなタイプがある。

 雛人形、そもそもは、女の子に取りつく病魔や穢れを代りに身にまとって水に流される悲しい運命を背負った質素な人形であった。お祓いによって女の子の身体に巣食った悪霊を人形に移し、川や海に流す行事が、今も「流し雛」として伝わっている。

 雛人形はその日が済んだらさっと仕舞い込むことになっているそうである。その理由としてぐ、ずぐずして仕舞うのが遅れると娘が婚期を逃すから、と教えられてきたが、実際には人間の代わりに犠牲になる悲しい運命にある人形なのだ、とは言えなかったのであろう。

 もし、私どもに来年があるのなら、雛を飾るのを忘れまい、と思っている。


3/2(金)暴風雨状態 ひな祭り 大曲中通病院(ー) 飯川病院ボランティア
1:00 起床、新聞、徒然。5:00可燃ゴミ纏める。7:40Taxi飯川病院経由で駅、8:10こまちまで3本運休、9:12には立ち席で可能であったが、さぼる。スターバックス、NHK、ルミエール経由で徒歩病院、10:10飯川病院ボランティアに。Blu-Rey 機器再検討、ディスプレイの電源部に異常発見し改善。19:00Taxi、学術講演聴講の家内を第一会館に送り、書店経由で帰宅、夕食、20:30就寝。Σ10400歩。BRながら視聴:「アナザーストーリーズ:アメリカ同時多発テロ、古今亭志ん朝、手塚治ほか」。

アメニティグッズ(3) 「もの」から「こと」へシフトしている若い世代
 日本が成長期であって、まだ欲しい物が沢山あった世代は、私を含めて、お金を貯めて次々と物品を買い求めていた。この世代が国内消費を高め、景気を良くし、海外進出を思考するパワーの源になっていた、と思う。

 一方、今の若い世代は、世論調査によると、「欲しいモノ? 殆どありません」という感覚らしい。近くのコンビニやスーパーで比較的簡単に必要な物品が手に入るから、日用品の買い置きもしない。ストックすると保管場所も必要で、残量を気にしないといけないから、と言う感覚らしい。
 「もの」を自分で所有することに意味を感じない。本も買わない。蒐集趣味などもたない。友人達と実際に会って飲み歩くような事もしない。

 5年ごとに実施される総務省の全国消費実態調査によると、30歳未満の男性単身勤労者の月間消費支出は2014年で15万6千円で、15年前から2万7千円(15%)減少している。女性単身勤労者も8千円(5%)減の16万1千円、という。特に外食や車、被服などにかけるお金が減っている。

 15年前に比較すると、物価も上昇していると思われる。そんな中でこのデータはどういうことだろうか、と思う。
 ファッション、クルマ、オーディオ、外食・・等など、かつて日本の消費をけん引したのは若者だった。政府は国内消費が回復しないのにやきもきしているが、若者たちの「もの」を求める欲求は、どこへ向かったのだろうか。

 「もの」が豊かになり、不自由無く育った世代、一方、景気低迷の社会の中で、守りの姿勢が強くなり、攻めとしての「もの」を購入する意欲が薄くなっている、という分析もある。

 かつての「もの」を求めた欲求は、いまはどこへ向かっているのだろうか。

 若い世代は「もの」では無くて「こと」へシフトしているのではないか?
 かつては「もの」を通じて自分を高めてきた。よりいい「もの」を所有することがステータスともなった。それが、今は様変わりし「いいね」と友人たちと共感し合うことに価値を見いだす世代になったのかも知れない。更に、共感は、全く見ず知らずの他人からの評価であっても大きな力になるのだろう。

 「インスタ映え」は2017年の流行語大賞に選ばれた。私は当時はほとんどその意味や価値に気が付かなかった。
 自分の身の回りの事象をSNSで公開し、「いいね」をもらう。その対象は写真が中心で、方法としても手軽で、平成世代はその共惑に価値を見いだしているようだ。

 周囲から認められたいという欲求はどの時代や世代にも共通するが、従来は方法論的に困難で、かなりのエネルギーを要するものであった。対して、スマートフォンが常に手元にある現代の生活では、容易に情報を発信でき、反応や共感が寄せられるが、そこに価値を見いだす若者たち。その場合、「いいね」は評価の内容よりも、「いいね」の数が重要となる。

 「勝ち組」と「負け組み」がはっきりする社会で育ったた若者は、周囲からこぼれ落ちるかも知れないという漠然とした不安を抱えており、「もの」ではその不安が払拭出来ない。その結果、共感を得てつながっていると言う「こと」により強く頼るようになっている、そんなんふうに考えたい。

 アメニティとアメニティグッズを「こと」と「もの」に置き換えてつらつら考えた。


3/1(木)暴風雨状態 外来 飯川病院 
 0:20起床。新聞他、文献読み、PDF化。6:00資源ゴミ提出。7:30家内出勤に同乗飯川病院へ。8:45-13:00中通病院外来+人間ドック判定12名。13:30-18:30飯川病院、入院患者対応。19:15帰宅、夕食、20:30就眠。Σ10464歩。昨年徒歩通勤開始日、今年は道路まだ残雪にて危険、不可。

アメニティグッズ(2) 「こと」と「もの」
 アメニティという言葉がある。人間の居住環境の快適性を意味し、自然景観などにも配慮した総合的な住み心地の良さなど、を示す。住宅などの快適性の総称でもある。
 アメニティそれに対して、アメニティグッズと言うのは、とくに浴室、洗面所等で用いる小品を示す。

 言葉としてアメニティとアメニティグッズの関連は意味する事の距離があまりにも大き過ぎてしっくり来ないが、アメニティとアメニティグッズを通じて「こと」と「もの」について考える機会を得た。

 われわれは「もの」に取り囲まれて生きている。空問のどの一部分をとってみても、「もの」ないところはない。何も無さそうな真空であってすらも、そこには真空と言う「もの」がある。
 私の前には机があり、パソコンがあり、字を書いている。字もやはり「もの」であることに変りはない。
 アメニティグッズは、ひげそり、固形石けんなど、我が家の浴室にも沢山ある。本当に沢山ある。見知らぬブランドのシャンプー、リンスの他にボディソープなどが並ぶ。各人が個人用に用意しているのだろう。たまに帰省する長女とその娘用のものもあるようだ。いっぽう、私のものは一つもない。

 「もの」がわれわれの外部の空間を満たしている。それだけではなく、意識という内部空間にも「もの」がある。

 多くの哲学者が「こと」と「もの」について考えて来た様だ。哲学者がこれで生活できるなんて何と恵まれた軍団だと思うが、「こと」と「もの」に関する資料も結構出版されていて、そこに注目すれば哲学者の仕事の価値が分かってくる。

 外部空間の「もの」とは、簡単に言えば見える対象である。私は今、時間と速さについて考えているが、「速い」はそのままでは決して「もの」ではない。しかし、これを「速さ」という形で思い浮かべてみると、それたちま「もの」に変わってしまう。
 われわれが頭の中で考えをまとめようと努力しているときなど、われわれは自分の考えが浮かんでくるありさまをじっと見続けている。要するに、「こと」から「もの」への変容を観ている事になる。

 この世界は「もの」だけによって成り立っているのではない。

 私の前の机の上にはパソコンがある。それで字を書いている。これはすべて「もの」である。いま、アメニティと時間について考えているが、これらはすべて「もの」ではなくて「こと」である。

 このようなさまざまな場面で現れてくる「こと」は、不安定な性格を帯びている。「こと」は、どうしても「もの」のように客観的に固定することができない。色も形もサイズもない。

 私たちの意識は、どうやらこの種の不安定さを好まないようである。
 「自分」とか「私」とかの名で呼んでいる「もの」自体が、肉体ではなく「こころ」を中心に考えてみれば、実は「もの」ではなく、自分である「こと」である。それ自身はっきりした形や所在をもたない不安定なものだという事情から来ているのかもしれない。

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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
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