徒然日記
2017年1月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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先月の日記          来月の日記


1/31(火)曇り・寒波 外来 飯川病院  
 1:10起床。本読み、文献チェック。早朝、降雪あり3cm、4:00ネコどもの世話、可燃ごみ対応など。6:47バス飯川病院、8:45-12:30外来。13:00飯川病院、14:00-17;45勤務。18:30バス帰宅、19:00夕食、20:10就寝。計Σ11425歩10766Km。BRながら視聴:「コズミックフロント;ケプラーの真実」、「ガイア;町工場の技術」。

ネットでの物品購入(2) 「トロイの木馬」に感染??
 病院のパソコンをアンチウイルスソフトで再度スキャンしたところ「トロイの木馬」、ほかのウイルスは検出されなかった。駆除されたと考えられる。まず現時点では安心である。
 また、問題が生じたカードの請求と決済を一年間にわたって再確認したところ決済に進んだのは一件だけで、その後の問題は生じていない。これも一安心である。

 私のウイルス関係の体験は初めてである。
 「トロイの木馬」について調べてみた。

 「トロイの木馬」はパソコン内にマルウェアを侵入させ、第三者がそのパソコンを勝手に操作できるようウイルス様のウエアで、自己増殖能はない。だから一般的なウイルスとは異なっている。

 「トロイの木馬」に感染した結果、パソコン、スマフォ、 タブレット などを通じて以下のような操作がされる可能性がある。
@ 個人情報 、クレジットカード情報、各種の ID/パスワードが盗まれる。
@ パソコン、端末内の情報を変えられる、削除される。
@ サイトにアクセスする。

 感染は、仕込まれたファイルを通じて伝播する
@ フリーソフト や アプリ、偽のアンチウイルスソフト、偽のゲームアプリ。
@ jpg 、 gif 、mp3、avi、zip ファイルなど。

 「トロイの木馬」を含んだファイルを開いた瞬間に感染する。
 これらのファイルはインターネットで配布されていたり、電子メールで送られてくる。したがって、素性のわからないファイルは開けないことが肝要。
 私も日常注意しているが、連日100本ほど届くメールを、判断する前に指先感覚で不用意に開いてしまうことは稀でない。こんな時に感染したのであろうか。

「トロイの木馬」の予防と対策
@ セキュリティソフトを導入し、最新の状態に保つ。
@ 不明メールの添付ファイルを開いたり、URLを安易にクリックしない。
@ 正規版のソフト以外を使わない。

 一般的に、Windowsと異なりMacがウイルスのターゲットになることは少ないとされている。今までは実害がなかったが、必ずしもそうとは言っておられない、ということがわかった。

 家内と私が日常的に用いているのは、Mac6台、iPhone2機種、iPad2機種であるが、アンチウイルスソフトはこのうち1機種しか入っていない。これらはDropbox、iCloudで互いに繋がっている。いま、これらに共通に使えるソフトを探している。


1/30(月)降雨のち曇り 健康クリニック  飯川病院
 1:00起床。本読み、文献チェック等々いつもと同じ。4:30ネコトイレ掃除ほか、連日のルーチン、6:47バスは激しい降雨にて諦め車で。9:00-11:15健康クリニックドック14人と結果一人。11:45飯川病院、微睡、14:00-18;45勤務。19:00帰宅、夕食、20:00就寝。BRながら視聴:「知恵泉;糸川英夫」後半、「昭和の選択;中島飛行機」、「プロファイラー;石原莞爾」。計Σ7926歩。

ネットでの物品購入(1) カードに不明の請求が来た ウイルス感染??
 私は基本的にカード類は嫌いで、買い物は現金払いを好む。内容が見えないから信用できない。もともと物品の購入の機会はそう多くはないが、持ち合わせがないときに緊急的にカードを用いることはある。

 ネットではカードを用いざるをえない。だから基本的には嫌である。そのために本の購入程度で、少額の買い物しかしない。

 ところが、昨年11月頃から、時に変な請求が記録されるようになった。
 全て海外での物品購入になっている。私は海外からの購入歴は一件もない。
 それに気づいたときにカード会社に電話して不明の請求の決済処理の中止を申し出てきた。カード会社では、決済に進まないようにするとともに、その度ごとにカードの再発行を勧められ、それで改善されるならと、そのようにしてきた。
 しかしながら、その後も不明請求が続き、この2ケ月の間で4回ほどカード再発行した。
 カードの再発行も徐々に煩わしくなり、請求額も徐々に増えてきたから危険でもある。

 本年になってからも海外購入の請求リストが届いたために、これ以上のカード再発行は効果なしと判断し、カードそのもの解約した。これで恐らくは新しい請求は発生しないと考えられ、一件落着となるはずである。

 私のカードの不正使用はすべて海外からのものであり、一見して異常な請求であることがわかる。私がカードで購入したことがないほど高額の請求ももあった。今までの手続きの中での中で一件のみ、6000円ほどが、決済まで進んだが、これは後ほどカード会社から戻ってくることになっている。だから実害は生じないはずである。

 カード会社の説明では
@ 私が不明の会社にカード支払に関する個人情報を入力した。
@ ウイルス感染
の二つの可能性が考えられる、とのことった。前者に関しては心当たりはない。

 ならば、ウイルス感染か??
 飯川病院のパソコンには抗ウイルスのカスペルスキーが入っている。スキャンしてみたところ「トロイの木馬」が検出され、所定の処理で駆除された、はずである。多分これが悪さをしていた可能性がある。
 居間のパソコンにはウイルスソフトが入っていない。私のパソコン、iPhonei、Padは全てDropbox、iCloudで連携されている。これらを通じてウイルスが伝播されるのかわからないが、いま対策を検討中である。


1/29(日)  晴れのち曇り 
1:00起床。読書・新聞・文献チェックなどいつものごとく。終日読書、データ整理で過ごす。BRながら視聴:「題名のない音楽会」,12:00NHK TVニュース、のど自慢楽しむ。微睡後ネコのコタツ改良修理1月分。BR視聴:「ブロムシュテット、バンベルクSO:田園、運命、エグモント序曲」堪能、満足。「バラエティ:バカ売れ研究」。19:00夕食、20:30就寝。計Σ8336歩。

本;「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」坪田浦貴著 KADOKAWA/アスキーメディアワークス (2013)
 映画「ビリギャル」に続いて原作を読んでみた。
 映画と本のあらすじは特に異なるところはない。高校2年まで落ちこぼれ状態にあった主人公が塾の坪田講師と出会ったのを機会に努力し、慶應大学に現役合格したというサクセスストーリーで、本はその講師の作。

 長い題名の本である。「学年ビリの」、「1年で偏差値を40上げて」、「慶應大学に現役合格」という魅力的な語彙が並ぶ。多分、藁をもすがる状況でこの本を購入したであろう、受験を控えた生徒やその保護者は読んだ結果「自分達と違うんだ・・」と、かえって落胆したのではないだろうか。私はそう思った。例えると、どんなに努力しても駄馬はサラブレットの域に達することはできない、からである。

 このサクセスストーリーには以下のような好ましい条件、その他が揃っていた。

@ 第一は、本人には学ぶための資質があった。並々ならぬ集中力もあった。坪田講師は面接時に「この子には机に集中して向かう資質がある」、「健全なコミュニケーション能力を維持している」と坪田先生は瞬時に判断している。

@ 第二は、保護者の経済力。主人公は日曜以外塾へ毎日来られる学習コースを選べたが、百数十万円を前払の必要があった。私立高校の授業料と合わせ合計で二百万円以上の費用が必要になる。

@ 第三は、親がモンスター・ペアレント的であったこと。坪田講師は、学校のカリキュラムは一切無視し、慶雁大学合格に沿った指導に特化している。学校での生活態度、学習態度が問題になり、退学の可能性も示されたが、母親が強い姿勢で臨み、停学で済むこととなる。学校から問題ある保護者と思われることで主人公を助けている。

@ 第四は、坪田講師のおだてたりすかしたりの受験テクニック指導は見事。遂行した主人公も立派。しかし、本例のような指導は受験技術に長けているだけのアンバランスな学生を生みだすことになりかねない。

@ 第五は、主人公は慶応に合格すること自体が目的で、それで何を学びたいか・・などの提示はない。ちょっと寂しい。

@ 第六は、学校での成績で目立たないなら勉強以外にエネルギーを向けるようになるのも自然。ならばギャルになって注目されたいと考えるのは、中高校生の女子の心理としてあり得るのではないだいか。結果としてゲーム依存症、非行に走る生徒も珍しくない。主人公の揺れ動く心理も描かれる。

 70歳も過ぎてから受験期の話題満載のこのような本を読むとは思っていなかったが、自分にも苦しい受験期があって共感できることも少なくなく、懐かしい気持ちで一気に読んだ。


1/28(土)晴れ 飯川病院午後日直  
 1:30 起床。録音データ整理他変わらず。キッチンの収納扉修理他。ネコとたわむる。11:26バス飯川病院、12:00-19:00午後日直一部ボランティア。BRながら視聴:「世界のドキュメンタリー:プーチンが恐れた男、プーチンの権力の秘密」、「アナザーストーリーズ:田中角栄」、「知恵泉:零戦開発の光りと影」、「100分で名著:レヴィ・ストローズ:野生の思考(1)」、「映画:ビリギャル」後半。再びネコとたわむる。20:00帰宅・夕食、21:30就寝。歩数計Σ9257歩10743Km。

映画2017(1):「ビリギャル」原作坪田浦貴 監督土井裕泰
 2014年初頭、「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」という長い題名を持つノンフィクション本が話題になった。私は新聞の紹介記事で知り興味を持っていた。

 高校2年の時に小学生程度の学力しかなかった主人公が、塾の講師と出会い、指導で慶応大学に現役合格するまでをたどった本で、65万部を超えるヒットになった。受験を控え成績が伸び悩んでいる子供たち、子を持つ親たちが購入したものと思われる。
 有村架純を主演に「映画ビリギャル」として映像化もされた。私は映画化自体は昨日まで知らなかった。本にちょっと興味を感じていたがまだ入手していなかった。

 私のiPadには家族の配慮でアマゾンから配信される映画やTVドラマを有料で見ることができる。あまり利用していないが、昨日インデックスを見ていたところ「映画:ビリギャル」が配信されていた。見るとはなしに見始めたが、題材が教育現場であり、非行やいじめの問題に関連する内容もあり、劣等生問題でもあり一部私の経験ともオーバーラップするから次第に引き込まれた。

 あらすじは、全く勉強せず、毎日友人たちと遊んで暮らしていた高2の主人公が母から塾に通うよう言われた。彼女は金髪パーマにピアス、厚化粧にミニスカートのへそ出しルックで渋々入塾面接に行き、坪田教師と出会う。面接で大学進学、慶應大学を目指すこととなった。
 主人公は努力家でもあった。徐々に成績を上げ、紆余曲折はあったが、希望通り慶應大学に合格した、という話。塾に入った時、主人公は、偏差値30の学年ビリの成績であった。背景には娘を信じて助けてくれる気丈の母親の存在は大きい。

 塾の費用は年間百数十万円、と高額である。塾での勉強も大事であるが、塾自体が費用を勉強してほしいものだ。これは、進学期の子供を持つ父兄の大きな希望。

 主人公は愛知県の私立中高一貫校の生徒らしい。中学受験も経験しているから能力が欠けていたわけではなかった。
 要するに、高校進学後に目標を失い、勉強せずにビリになっていたが、本人のやる気、厳しい母親、経済力、いい指導者と慶應の受験科目に特化した徹底指導が揃い、たまたま花開いたことで、可能性は少なかったであろうが、当たり前のサクセスストーリーと捉えられる。多分、藁をもすがる状況で原作を購入して読んだ読者は「自分とは遠い環境の子・・」で、あまり参考にならなかったのではないだろうか。

 主演の有村架純は表情もよく好演であった。それ以上に、高校、塾、大学と若いエキストラ達が多数登場したが、いずれも自然の姿で場面をもり立てた。教育現場、非行やいじめの問題につながる内容もあり、遊興、サボリ、ゲームに浸りやすい現代の若者世代の世相の一部を知るのに役立った。

 だた、主人公の家庭の問題などは、話の展開に必要なのであろうが、ドラマ嫌いの私にとっては興味ない話題であった。

 坪田浦貴著「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」を読んでみることとした。


1/27(金)曇り晴れ 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床、文献チェック他本読み等いつもと変わらず。5:00可燃ゴミ提出。7:30Taxi駅に。8:10こまち。9:15-12:15大曲外来、駅病院間徒歩出来ず。帰路こまち風で何度か停車。14:00飯川病院着、ボランティア。外来対応。19:00Taxi帰宅、夕食、20:00就寝。BRながら視聴:「そこまで委員会:女性による社会評論」、「池上:トランプ」。「映画:ビリギャル」前半。歩数計Σ8961歩。

いじめ問題2017(3)いじめはあるものとの認知から
 いじめに対してこの数年間は「いじめ防止対策推進法」の整備を始めさまざまな対策をじているが、ほどんど成果が上がっていない。これはどうしたもの??何故なのだ??と思う。
 一般的に教育環境は新しい発想を取り入れ難い。専門的閉鎖空間での仕事であって、教育者は一般的に柔軟性は乏しい性格になる傾向がある。

 青森県の少女の自死の件しかり、原発事故で福島県から避難した子どもに対するいじめのニュースには、学校側の鈍さに呆れ、怒りからこみ上げてくる。

 何を言っても聞いてくれなかった教師。いじめの背景には子どもを守るべき教育に携わる人たちの、こうした無責任と怠慢がある。担任教師は。校長は何しているのだ??

 教師は、知識を教えるだけでなく人権や人間の尊厳を説くもの。こんな状況ではまた犠牲になる子どもを生み出す。
 加えて、加害者の親も鈍い。多くは子を擁護する場合が少なくないと聞く。

 いじめの加害者のありように、家庭が関わっていないはずはない。いじめという差別感の植え付けは家庭内の会話から培われていく。いじめを軽視する親の姿勢こそ人権軽視の教育にほかならない。この人権軽視か高じて人命軽視につながり、ときには命が失われる。

 いじめは教師と加害者の保護者の資質に関わることが大きい。教師や加害者側か痛を感じる社会にならないと、いじめは決してなくならない。いかに未成年であろうといじめ加害者が立場に応じた罪を償うのは当然のこと。関係する教師も親も本人に準じて扱われるべきだと思う。

 悲劇を繰り返さないためには、社会全体で、保護者と教師が「いじめは絶対に許さない」という意識を共有することが重要である。子どもは大人の社会を映す鏡と言われる。

 私は小中学校における「いじめ」対策は、まず学校が「いじめ」の場になる可能性が高いことの認識と周知・徹底だと思う。
 教師への訴え、不登校は重要なサインである。決して無視してはならない。原発事故の避難児はこの条件を満たしていたのに、学校現場の状況は実に情けない。

 「いじめ」は減らすことは出来ても無くすることは出来ない。集団があるところにいじめが生じるのは当たり前の現象である。
 だから、「いじめ」対策の究極の目標は、子供達が自死に至らないように防御する環境を社会をあげて作ることである。


1/26(木)曇りのち晴れ、比較的温暖 外来 飯川病院
 0:30起床、新聞・文献チェック他いつものごとく。6:47バス飯川病院。8:45-13:00中通外来+人間ドック判定総括。今週は外来患者数少ないが疲弊。13:30-18:30飯川病院、19:15帰宅、夕食、就寝20:30。BRながら視聴:「そこまで委員会:天皇退位」、「世界は今:トランプ就任」。歩数計Σ8846歩。

いじめ問題2017(2) 関係者の処分はどうなっているのだろうか 
 このいじめ問題は、いじめを受けた生徒が情報を学校側に頻回に発信していたし、不登校にもなっていた。現場ではいち早くいじめと認識し、重大事態として調査すべき事案で、学校側のいじめ防止対策推進法への認識が不十分であった。
 
 市教委の第三者委員会の調査では、小学5年時、加害児童ら10人ほどと遊園地やゲームセンターなどに行くようになり、遊興費のほか、食事代や交通費も含めてI回5万?10万円の費用を10回近く負担した。児童2人にエアガンを買ったこともあった。学校は他の児童の保護者からの情報で金品のやりとりを2年前に把握していたが、「男子生徒が自分の意思でお金を渡した」など子供達の言い分を一方的に鵜呑みにして放置し、両親にも伝えなかった。

 男子生徒は親の現金を持ち出していた。小学生が150万円もの大金を持ち出せたことも驚きであるが、学校側の対応にも驚くし、これをいじめとしなかった第三者委員会の判断にも驚く。どんなにとたちが判断したのか??

 横浜市教育長は会見で、「1ヵ月以上不登校が続き、金品の問題もあった。小5の6月時点で重大事態とすべきだった」と話し、学校側の対応の遅れを認めた。男子生徒に対しては「申し訳ないことをした」と謝った。

 その後、市教育委員会が市立の小中高に「いじめ問題への取り組みの徹底」とする通知を出した。事実をはっきり示さないまま指示を出して、果たして効果が上がるのか。指示を出した、というアリバイ工作でないか。

 市教委の第三者委の報告書の扱いにも疑問である。報告書は一部だけ公開された。全26ページのうち公表は答申部分の7ページと目次だけで、あちこちに黒塗りがある。
 この公開された報告書からは、事実経過はほとんどわからないし、学校や市教委はどう判断し、いかなる対応をとってきたのかも知ることはできない。学校や市教委の失態を隠したい意図があるのではないか、と考えたい。

 福島から転校した子どもたちがいじめられやすいことは各地で話題となり、気をつけなければいけないこともわかっていたはずだ。その責任も忘れてはいけない。
 
 横浜市は学校、教育委員会メンバーの処分を考えるべきだし、加害者の保護者は不当に奪った金品を自主的に賠償すべきである。
 いじめ事件は数多いが、最終的落とし所がどうなっているのか、私どもはほとんど知ることができない。加害者及びその保護者の責任はどう問われているのだろうか??子供同士の件としても、暴力行為は傷害の罪に、金品の要求、強要は脅迫行為に相当するのだということを知らしめなければならない。

 いじめ問題を個別に終わらせず社会問題化しなければ十分な対策もできない。


1/25(水)寒波緩む快晴 降雪なし 飯川病院ボランティア
 1:00起床。文献チェック他。徒然。自炊。蓄積データ整理。数日前から台所に小ネズミ現れている。10:00次男宅経由にて飯川病院、ボランティア。15:00給油、帰宅、16:00買い物広面スーパーに。恵方巻き予約でTV収録していた。19:45家内帰宅待ち夕食、20:45就寝。BRながら視聴「そこまで委員会:天皇退位」、「日本の今、今の日本:米国事情」、歩数計Σ9994歩10722Km。

いじめ問題2017(1) 根が深い原発避難者へのいじめ問題
 2016年の世相を映した言葉を選ぶ「2016新語・流行語大賞」は「神ってる」だという何だか分からない言葉が選ばれた。「保育園落ちた日本しね」はトップ10の一つに入ったが、見るたびに不快になる嫌な言葉である。

 私が、昨年最も感動した言葉は、「なんかいも死のうと思った、でもぼくはいきるときめた・・・」である。これは小学2年の時に福島から横浜に避難転校し、いじめを受け不登校になった現在中2の男子生徒の手記の中の一文である。

 この子の両親は何もしてくれない担任や学校、教育委員会の姿勢を横浜市長に訴え、一年近くかかって調査し、一部が明らかになった。いじめの専門家---こんなのいるのか分からないが??---「学校や教育委員会は何もせず教育を放り出した」と強く批判した。

 原発避難者のいじめ問題はこの例に限らず日本全国で発生していることが判明した。
 原発避難者へのいじめ問題は通常のいじめとは様相の異なる背景があると思われる。また、いじめの背景を考える際の参考にもなる。

 東電福島第1原発事故で福島県から横浜市へ自主避難した生徒に対し、同級生はいじめを加え不登校にした。
 現在中学1年の男子生徒(13)について、横浜市教育委員会の第三者委員会が転校直後からのいじめを認定する報告書をまとめた。

 報告書で第三者委は、生徒らに対する教育委員会や学校の対応を「教育の放棄」などと批判した。

 報告書を受け取った林市長は定例記者会見で陳謝するとともに、学校や市教委にいじめを見逃さない体制があるか見直す考えを示した。
 ところで、職務怠慢の担任や学校、教育委員会に対し、横浜市はどのような姿勢で臨むのだろうか。また、いじめ問題では加害者側に対する対応が明らかにされていないが、この件はどうなるのだろうか。保護者の責任はどう問うのだろうか??私はここにも興味がある。

 報告書によると、生徒は小学校2年時の2011年8月に横浜市立小学校に転校したが、直後から同級生は名前に「菌」をつけたり、蹴ったりするなどしていじめを加え、小学校3年時一時不登校になった。

 小学校5年時のときには、同級生から「原発事故の賠償金をもらっているだろう」と言われ、ゲームセンターでの遊興費などを1回当たり5万〜10万円を約10回、10入人前後に支払ったという。その後、現在まで不登校か続いている。

 第三者委は、学校側について「避難等の内面的な問題を抱えた生徒への配慮に欠け、積極的に対応する姿勢がうかがえない」と指摘。金銭の授受そのものはいじめと認定していないが、いじめから逃れるためだったと推察できるとし、事態を把握しながら指導しなかったことを「教育の放棄に等しい」と激しい文面で批判した。
 市教委に対しても、重大事態と捉えず調査の開始が遅れたとした。

 市長は市教委や学校の対応を「感受性が足りない」と述べた。市教委は「組織的な対応ができていなかったことは反省する」としている。

 この子の両親は何もしてくれない担任や学校、教育委員会の姿勢を2015年12月に横浜市長に訴え、いじめ防止対策推進法に基づき、市教委の諮問で第三者委が調査していた。委員会は一年近くかかって調査し、一部が明らかになった。


1/24(火)降雪のち晴れ  外来 飯川病院 除雪8回目
1:00起床。新聞チェック、徒然他。昨日からの積雪20cmほど。5:00ネコ給餌、トイレなど清掃、5:15-6:15 除雪8回目、雪量多く積み上げ場所少なく難渋。可燃ごみ集積所に提出。6:47バス飯川病院へ、8:45-13:00外来。13:30-18:45飯川病院、19:00帰宅、夕食、20:25就寝。BRながら視聴:「サイエンスゼロ:ブラックホール」、「NHKsp:戦艦武蔵の最期」、「BS1sp:日ソ・日露交渉秘話」、「団塊スタイル:横尾忠則」。歩数計Σ9378歩10714Km。

トランプ大統領(3) 発言は場当たり的で、歴史、時代の流れから学ぶ発想がない??
 トランプ大統領の最近の動きを見ていると、発言は経済、雇用創出や貿易不均衡といった実利への言及に終始し、どのような理念で大国を導こうとしているのか、見えない。
 就任演説では「アメリカ」、「アメリカ」と20回以上も叫んだ。

 米フォード社は、大統領の恫喝に負けてメキシコへの工場建設を撤回した。
 メキシコに工場新設予定のトヨタ自動車も「米国に工場を造るか、巨額の関税を払うかどちらかだ」と威嚇を受けている。

 大統領は会見で「海外に生産拠点を移す企業には高い関税を課す」と表明。多くの企業が米国に留まり、あるいは戻ってくるとし、自分は最大の雇用創出者になる、と力を込めた。
 米国に工場が戻れば短期的には雇用が生まれるかもしれないが、生産コストが上昇し、企業の競争力が低下する。アメリカ車は売れなくなる。

 中国や日本に貿易不均衡で莫大な金額が流れている、と指摘した。中国からの輸入品に高関税を課す考えを示しているが、相手国が同様の関税を課すのは必至で、貿易全体の縮小につながりかねない。

 自国の利益にこだわる保護主義的な発想は、各国との摩擦を招き、かえって自国の利益を損なうだろう。

 日本でアメリカ車が売れないのは当然である。売るための工夫に欠いている。今でも左ハンドルなのだろうか?私は知らないがアメリカ車のコンセプト自体、日本には向いていない。

 私はかつてハーレー社の1340ccの大型バイクを20年間用いていたが、購入当初まともに走らなかった。点火プラグにススがこびりつき始動できなかったり、途中で止まったりした。ガソリンタンクの空気抜きが閉鎖しており、数10Km走る度にガソリンタンクの圧が下がってガソリンが供給停止となり、エンストした。冬季にはキャブのオーバークールのためにエンストした、などなど。これらはディーラーでは解決できず、私は状況をじっくり観察することで自分で原因を突き止めた。約20年近く、良きバイク生活を送ったが、私はすっかりメカニックに強くなった。私の小さな経験からも細かな工程上仕上げ作業に難があったと思う。
 私にとってハーレーは重くて取り回しが大変であったが、歳とともに困難になったため売却し、東日本大震災の復興の義援金に寄付した。


 世界は安定の時代から、先行きを読めない変動の時代に移っているようだ。昨年はトランプ氏、今年は、フランス大統領選で、右翼ルペン氏に?? ドイツ総選挙で、メルケル首相が退陣??。EU崩壊は?? 株価大暴落は??・・等々起こり売る。

 予想外の出来事であっても歴史を通じて過去の事例を学べばリスクを軽減できる。問題は、冷静に振る舞えるだけの歴史観を、トランプ大統領自身が持ち合わせているかどうかであるが、この辺はあやしい。
 ブッシュ前大統領は、テロや中東情勢に認識を欠いていた。就任した年に9.11テロに遭遇し、気が動転、過剰反応しイラク戦争を引き起こした。それが今のIS問題に、難民問題につながっている。

 トランブ大統領は大丈夫か?? これが心もとない。平時ならツイッターで文句を言っていればいいが、テロ、軍事衝突、大災害といった予想外の出来事を前にした時、論理をまとめて適切に行動できるのか??

 トランプ氏の今までの発言を見ていると歴史について勉強不足であるのか、誤解だらけである。過去に学ぶ姿勢はトランプ氏にほとんどなさそうだ。


1/23(月)終日降雪 健康クリニック 飯川病院 除雪7回目
 0:20起床、なんとなく体調不良、いつもの不明の腹痛、今回は12時間。新聞チェック、蓄積画像処理、一部廃棄、本読み、徒然。5:50積雪6?7cmあり、急遽除雪7回目、時間なく道路中心に30分。6:47バス飯川病院へ。エントランス除雪。9:00-11:00健康クリニックドック。11:30飯川病院へ。往路で本年1回目の転倒。14:00-18:45勤務、入院患者対応。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「英雄選択:空海」、「プロファイラー:ツタンカーメン発見者ハワードカーター」、「コズミックフロント:ブラックホール」、「ヒストリア:80日間世界一周」。歩数計Σ8203歩10706Km。

トランプ大統領(2) ツイッターを好む性格?? ツイッターしかできない??
 この扱いづらい大統領と全世界はどう付き合うか。
 言いたい放題のトランプ大統領の発言の中には、確かに聴くものの琴線に触れる表現が多数含まれる。そう思わざるを得ないが、アメリカ国民でないから真のことはわからない。
 多くの先進国で格差が拡大し、欧州全体でも自国主義の機運が高まっている。欧州で行われる選挙に大きな影響を与えると思う。

 選挙中も、選挙後も、就任後も、トランプ氏はツイッターで頻回に発言している。実にツイッター好きである。

 私は、短文で意見を述べることは不得意である。そのために140字の制限のあるツイッターなど利用したことも見たこともない。文章は自分の考えを表現するものであり、そのためには起承転結が必要、と私は思う。
 トランプ氏の考え方はわからないが、「短文で鋭いことを言う・・・」、「鋭い言葉で相手を威圧する・・」印象であるが、実際には「短文でしか自己を表現できない・・・」のではないか??と思う。

 新聞に掲載された就任演説の全文を読んでみた。おおむねツイッターなどを通じて発せられてきた内容であり、想定の範囲内だった、と思った。就任演説は多くが単文で、関係代名詞などはあまり使われていない。分かりやすいが、真意が見えない。

 大統領はネガティブな側面を強調し、雇用や移民などに焦点を絞った簡潔な就任演説だった。国際秩序への言及はほとんどなかった。人権問題への関心は薄い。経済問題に専念すると宣言した。
  
 日米関係については、まだ何を考えているかわからない。発言の中には私も同意できることもあるが、今の所、大統領は日米関係の歴史をご存じないのでは??と思わざるを得ない。
 閣僚の中で誰かアジア外交の実権を握るのか、注目しなければならない。
 私が国際政治に興味を持ってからそう久しくないが、私が知っている政権の中でこれほど先を見通すことが難しい政権はなかった様に思う。

 異次元の不確実性??を備えた新政権だと思う。まだその本質はわからない。

 トランプ政権は、「忘れられてきた人々」が既存の支配層に対して起こした反乱の結果である。


1/22(日)曇り 降雪若干 
1:30起床、ラジオは大荒れ、降雪を報じているが無風、雪なし。本読み、文献・新聞チェック。録音データ整理。午前は棚とかネコ対策など。以降は終日読書、文献整理等。
19:00夕食、20:15就寝。BRながら視聴:「題名のない音楽会:Vnの難曲」、「めしばな刑事:レトルトカレー他」、映画:「ビリギャル」一部。歩数計不調、ほぼ計測できず1994歩。

トランプ大統領(1) 就任 ポピュリズム手法の妙
 私は、大統領選をアメリカの偉大なジョーク?と捉え、いずれはトランプ氏は消えていくと、当初はあまり注目していなかった。党内での候補者としても下位の扱いでありそれほど注目されていなかった。しかし、あれよあれよと言ううちに党の指名獲得し、大統領選まで勝利した。

 私はトランプ大統領についてまだそれほど観たり読んだりしているわけではない。
 ただ、氏は始めはそれほど強く大統領になることを望んでいたのではなかったのではないか、と思う。自己顕示欲の強いだけの人物が時流に乗って、自身も思いがけないほど支持者を集めてしまった。隠れ支持者を集めてしまった。選挙結果に最も驚いたのはトランプ氏自身でなかったのか?党指名の前であれば辞退もできただろうに。

 大統領としての政策は従来の流れを排することを辞さない急進的、刹那的なものが多く、超大国の大統領としての政治的手腕に長けているとは思えない。

 彼がのし上がったのはポピュリズムに訴える手法をうまく使ったためだった。
 トランプ氏勝利もそうだが、欧州各国で反移民や反EUを唱えるポピュリズム候補者が、ポピュリズム政党か躍進している。英国がEU脱退を選んだのもポピュリズムの表れだとされている。
 そんな時代の流れも背景にある。

 ポピュリズムは民衆の願望・不満を大きく取り上げ、感情に訴えて考えを主張する手法である。
 それが21世紀の今、成熟した国家とされてきた先進国でも広がっている。
 グローバル化や技術の進歩が一握りの富裕層を生み出し、社会の格差が広がっていることが大きい。インターネットの普及で、人々が直接意見を発信するようになった。

 これまでの政治が、人々の不安や不満に十分対応できていなかったことは確かだ。資本主義政治は平等化を目的にしていない。無理やり格差を作りそれをエネルギーにして成長する。だから格差を生む。それに適宜対応していくのが政治手法の一つである。
 
 先進国のポピュリズム的主張をする政治家は、「少数のエリートのための政治だ」と批判して支持を伸ばした。感情に訴える手法なので急進的訴えが多くヽ政策が実現できるか疑わしい。ただ、ポピュリズム政党の躍進が既存政党の改革を促し、政治の活性化をもたらす、という。
 ポピュリズムは古くからの政治手法の一つであり、別に問題はない。ポピュリズムは民主主義に伴う。

 ポピュリズムは簡単に言うと、「下からの運動」、「生活者からの運動」と集約できそうである。ポピュリズムには政治理論よりも生活実感が優先する。旧態依然とした論法を持つ候補者を攻撃し、駆逐する。

 最近の政治の風潮は何か怖いものがある。
 特に、世界第一の経済力、軍事力を持つ国の大統領がポピュリズム的価値観が優位であることは危険である。

 トランプ大統領の言動は私も興味ある。今後もフォローしていく。


1/21(土)晴れ比較的温暖   
 0:30 起床、新聞チェック、文献読み。寒波。降雪0cm。早朝は何時もの如く。午前は風除室のステップの改造中心に大工仕事。午睡若干、午後は棚の修理中心。BRながら録画:「題名のない演奏会:演奏困難な曲」など2本、19:00夕食、20:30就寝。歩数計Σ7983Km。ながらTV:「めしばな刑事:うどん編、コンビニアイス編」観る。家から一歩も出ず、それでも歩数計Σ10864歩10698Km。

生老病死2017(2) 自死 全国的に減少 秋田県の現状
 県警がまとめた2016年の県内自死者は263人で、前年より15人減少し、記録が残る1979年以降で最も少なかった。自死者の減少は2年ぶり。65歳以上の高齢者の減少が目立った。
 
 2016年は全国の集計でも、前年より2.2万人も下回った、という。何が減少の要因となっているのだろか。

 県警の統計は県内で自死した人が対象であるが、2003年に過去最多の559人を記録して以降減少傾向にあり、2013年から200人台となっている。
 16年の自死者の内訳は男性は20人滅の178人、女性は5人増85人.。
 年代別では70代47人 > 50代と80歳以上46人 > 40代39人 > 60代38人 > 30代25人 > 20代19人 > 20歳未満3人と続いた。65歳以上の高齢者は前年比19人滅の112人で全体の42.6%でのあった。

 複数因子の原因別では、健康問題118件(39・2%)>経済・生活問題34件(11・3%)が多く、職業別では学生・生徒含む無職が173人(全体の65.8%)であった。自死は個々のケースごとに事情が大きく異なる。個々のケースの比較すらできない。

 本県では民・学・官の連携による自死対策が進んでおり、「秋田モデル」と呼ぱれて全国的に高い評価を得ている。秋田県の自死者は2003年に559人、昨年は263人で47%と半減し、36.8%減少した全国統計よりも減少比率が大きい。これは関係者が10年以上の歳月をかけてつくり上げた連携の成果である。

 私は地道な活動をされていることは評価しているが、「ワースト連続何年間・・」とか、「ワースト返上・・」といった論調で新聞が取り上げることは不快で、賛同できない。

 自死をタブー視せず、社会の問題として関心を持つという機運は確実に高まっている。
とてもいいことと思う。自死を思いとどまった方々のその後の人生については知る由もないが、そのような方々への支援、フォローはどうなっているのだろうか、と思う。
(文中の数値は秋田さきがけ新聞を参照した)


1/20(金)晴れ 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア トランプ大統領就任
 1:00起床、なんかノリ悪く作業非効率、こんな日もあるさ。文献チェック他本読み。5:00可燃ゴミ集配所に。降雪なし。7:30Taxi駅に。8:10こまち。大曲雪溶けていた。9:00-12:10大曲中通病院外来。次年大曲どうなるか? 13:45飯川病院ボランティア。新聞読みなど。19:00帰宅・夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「アナザーストーリーず:CM黄金時代」。歩数計Σ9083歩10683Km。ながらTV:「めしばな刑事:ポテチ編、牛丼編」観る。

生老病死2017(1) 自死 全国的に減少 
 毎年この時期になると自殺に関する統計が発表になる。

 私は自殺という言葉には抵抗がある。自死ならまだ言いやすいし書きやすい。
 他の方の感覚はわからないが、私にとって死は決して不自然なことでなく、恐れるべきものではないと、身近な存在である。自死に対しても自分に関係のないことだ、とは考えていない。

 死はあらゆる苦痛、苦悩からの解放であり、安息の獲得なのだ。むしろ、死が、家族の価値観、他人の価値観、社会の価値観で、安易に医療に委ねられ、不自然な形で迎えなければならない現実に疑問すら抱いている。

 @ 全国の自死者
 2016年は2万1764人で、2.2万人も下回り、7年連続減少したという。2.2万人を下回ったのは1994年以来22年ぶり。最多だった2003年と比べると36.8%減少している。

 警察庁は1978年に自死の統計を取り始めた。しばらく2万人台で推移後、1998年に3万人超に、2003年に3万4423人となった。その後増減していたが、2012年以降は2万人台が続いてきた。昨年は、2015年より2261人減り、過去最大の減少となった。男性が10%減の1万5017人、女性が8%減の6747人。

 厚労省が2016年1-11月の自死者2万193人について原因・動機を複数因子でまとめたところ、健康問題1万63人 > 生活苦や負債など経済・生活問題 > 家族の不和、介護・看病疲れなど家庭問題 > 仕事や職場の人間関係など勤務上の問題、の順だった。
 自死は個々のケースごとに事情が大きく異なる。実際には個々のケースを比較することなどできない、と思う。

 全国的に見た場合、近年の自死者の減少は自殺対策基本法と関連施策が充実し、市民への啓発が進んだことやに加え、介護や家庭内暴力、いじめなど孤立しやすい人に向けた対応が改善してきていることに関連がある。
 今回の電通の長時間労働の問題もその一つで、おそらく労働に由来する因子の一つは改善していくことが期待される。


1/19(木)曇りのち晴れ 外来+飯川病院 
0:30起床、新聞・文献チェック他。寒波厳しいが夜間積雪なし。6:47バス飯川病院。8:45-13:15外来+クリニックドック判定総括。勤務1年延長となりそう。13:30飯川病院。入院患者対応。19:00帰宅、夕食、19:30就寝。BRながら視聴:「昭和は輝いていた:ロングセラー」、「サイエンスゼロ:探査機ジュノー」、「100分で名著;正法眼蔵(1)」,「知恵泉;東京誕生」。歩数計Σ9083歩10683Km。ながらTV:「めしばな刑事:缶詰編、カップ焼きそば編」観る。

ラジオ深夜便と共に過ごす2017(4) 『ピアノが奏でる七十二候』(3) 納得した
 2016年4月から火-金曜日の1:00amから『ピアノが奏でる七十二候』という、私にとって不可解なシリーズが始まった。番組の前にピアノソロで1-2分程度の小品が奏でられる。音楽は好きだが、違いがわかる程の実力も感性もない私にとって、「こりゃ一体何なんだ、何のために放送しているのか??」が、私の正直な気持ちである。

 暦で「二十四節気」があるが、これをさらに3分類した「七十二候」の印象をピアニスト・作曲家の川上ミネ氏が作曲のしたものである。

 現在まで50数曲も放送され、私はその殆どを聴いているが、私にはどれ一つも『七十二候』の雰囲気がイメージできない。

 これを聴く日本人はこれらの曲から「七十二候」をイメージできるのか? 意義を感じ取れないのは私の無知、無感性による私自身の問題なのか?・・・などの疑問が湧いてくる。

 そういえば、私が小学生の頃、NHK第一放送である音楽番組があった。
 視聴者参加の公開番組で舞台に音楽愛好家を登場させ、数分間の曲を聴かせ、その後にどんなイメージを抱いたのか、どんな情景を想い浮かべたのか・・・を語ってもらうという内容であった。私は何もイメージできなかったが、各登場者は各々心に浮かんだ情景をとくとくと披露した。私はこのような番組を理解できなかった。各人が披露した状況と曲との間に、私は何ら関連性を感じ取れなかったからである。
 今回の「七十二候」について考えている間にこの番組について突然思い出した。何という番組であったのかすら思い出せないが、そのような感受性を持った人がいるのだ、と改めて感心した。

 先日、音楽関係の文献を読んでいる際に、「曲を聴く度に色のついた情景が浮かんでくる」という投稿文が、また「美しい景色や絵画、写真などを見るとある自然と曲が心に浮かんでくるのです・・・」という投稿もあった。あたかも、「展覧会の絵」のラベル、「ボッティチェルリの三枚の絵」のレスピーギそのもののようである。

 それで、この項の結論である。
 結論(1) 「七十二候」の印象をピアノで表現した川上ミネ氏のような感受性が私には全く欠けている、と言うことがわかった。
 結論(2) 川上ミネ氏のCDのジャケットを見ると、氏はそう若くはないがかなり美形である。それを知ってから「七十二候」の各曲が突然聞きやすく、身近なものになった。

 音楽への感受性は乏しいが、私の美人に関する感受性は十分備わっているようである。


1/18(水) 快晴・寒波緩む 降雪1-2cm 飯川病院ボランティア
0:30起床、文献・新聞チェック,PDF化。 降雪1-2cm、除雪なし。8:11斎場初前でバスを待った。本読みながら30分待っても来ない。時間表に「雪のために迂回」との表示あった。急遽戻りフィットにて病院に。9:00-14:30飯川病院ボランティア。院長受診など。14:20帰宅、ネコ室清掃。BR視聴:院長室エアコン工事で見れなかった。19:00夕食、20:15就眠。歩数計Σ10114歩10676Km。家でながらTV:「めしばな刑事:立ち食いそば編、袋入りラーメン編」観る。

ながら勉強、ながら仕事の能率は低い??(3) 私はずっとながら勉強してきたが・・
 複数の作業を同時にこなす能力は、時間を大切にするために有効とのイメージがある。私は子供の時から現在に至るまでそう思ってきた。子供の時は鉱石ラジオで、次いでトランジスタラジオで、今ではネットラジオを通じて今に至るまでながら勉強、ながら作業を続けてきた。

 私のながら勉強、ながら作業は2011年以降、ラジオから映像に移った。
 私が映像に目覚めたのは2011年8月に一本の映画を観たことが切っ掛けであった。それ以降はDVD、Blu-rayでTVから録画した映画を見始め、ラジオは深夜番組のみとなった。
 
 私の映像番組視聴は1日数時間にも及ぶが、基本は音声中心のながら視聴である。音声を聞き、画像が期待される時だけ一瞬目を向けるだけである。一つの番組を流しながら一切画像を見ないこともある。そんな視聴であるが、それでも情報収集という面ではラジオよりは有用である。

 脳は同時に複数の作業を処理できないことがわかってきた。
 人間の脳は同時に複数の作業を処理しているのではなく、脳のスイッチを高速で切り替えているだけ、という。そのために作業内容にもよるが、40%も能率が低下する、とされている。

 私の今までの生活、勉強、業務などを考えた場合、私は多分、40%も非能率で無駄な時間を長年費やしてきたということになる。
 確かに、私の勉強は能率が悪く、人の倍も努力しなければ友人たちに着いていけなかった。私は自分を物覚えの悪いバカか、と思ったことも稀ではない。

 もしかすれば、これはながら勉強のためだったのではなかろうか??
 私は学生の時には脇目も振らずに勉強に勤しんできた。高校生活など楽しい思い出など一つもない。友人たちが寝ている時にも勉強した。それでも友人たちになかなか肩を並べることもできなかった。私は、ながら勉強のために大変な無駄をしてきたのではなかろうか??
 
 私は、ながら勉強せずに集中していたら、もしかして、今ある自分とは違った人生を歩んでいたのではないか??
 机上にある映像再生装置を横目でチラッと見ながらそんなことを思う。

 もう一つ、もしかしたら??と思うのは、私は乳児期いつ死んでもおかしくないほど虚弱であったという。食も細く、家族の弁では痩せこけたサルの子供を想定させるような子だった、という。もし、母親が健康で、ミルクで栄養よく育っていたら、脳の発達がより良くて、今より何倍か頭が良かったのではないか??などなど、萎縮が激しい私の脳のMRI画像をチラッと見ながらため息をつくこともある。(この項の後半は、ウソですけど)


1/17(火) 晴れ・寒波緩む 外来 飯川病院
 0:30起床、文献・新聞チェック,PDF化。雪2-3cm程度。5:00可燃ごみ準備、6:47バス飯川病院。8:45-12:30外来。12:50飯川病院、14:00-18:45勤務、19:15帰宅、夕食、20:15就眠。BRながら視聴:「プロファイラー:ニクソン」、「ガイア:医療を救う町工場」、「段階スタイル:死・がん哲学外来」、「新日本風土記:そば」。歩数計Σ13103歩10668Km。

ながら勉強、ながら仕事の能率は低い??(2) 脳は同時に複数の作業を処理できない
 複数の作業を同時にこなす能力は、時間を大切にするために有効とのイメージがあるが、脳は同時に複数の作業を処理できないことがわかってきた。
 特に、より高度の集中力を要する複数の作業、中でも運転中の携帯・スマホは共に高度の集中力を必要する作業なので極めて危険である。

 人間の脳は同時に複数の作業を処理しているのではなく、脳のスイッチを高速で切り替えているだけ。短時間で脳の処理の担当部位を切り替えて行っている。そのために作業内容にもよるが、40%も能率が低下する、とされている。

 運転中の携帯・スマホは共に高度の集中力を必要する作業なので極めて危険と考えられるが、具体的検討を行ったデータは少ないようで、私が調べた範囲では以下の一件のみであった。

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 道交法違反である運転中の「ながらスマホ」の影響をJAFが教習所のコースで検討した。被験者は29歳前後の男女5名。
 「通常の運転」では、ほとんど問題がなかったのに対して、「ながらスマホ」では、半数のモニターが、ハンズフリーでの通話も含めて、発進の遅れや信号、一時停止標識の見落としがあり、車などの陰から飛び出したボールを避けることができなかった。特に、画面を注視するメールやゲームの場合、安全に対処できないモニターが多く、ハンドル操作も不安定となり対向車線にはみ出すケースもあった。

 モニターの視線の動きを観察すると「通常の運転」では左右をよく見ていたのに対し、メールやゲームを使った運転では、視線は前方とスマホ画面に集中し、狭い範囲しか確認していなかった。
 使用が規制されていないハンズフリーでの通話もほぼ同様の結果であった。

 JAFの結論は「ながらスマホ」は運転に必要な周囲の情報が得られず危険、ハンドル操作も不安定になる。運転中に「ながらスマホ」は絶対にすべきでない。(JAF mate 17-1)
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 人間の脳は複数の情報処理をする場合、脳のスイッチを高速で切り替えているだけで、場合によっては40%も能率が低下する、とのデータも確認した。JAFの実験結果はその影響を具体的に示している。

 私の過去を考えた場合、私は多分、大変な無駄な努力をし、非能率で無駄な回り道をしてきたことになるのかもしれない、と思った。


1/16(月)雪のち晴れ 健康クリニックドック 午後飯川病院 除雪6回目
 1:00起床。本読み、新聞・文献チェック他。6:47バス出勤、飯川病院。9:00-11:00健康クリニックドック13名。11:15飯川病院へ。微睡。14:00-18:45飯川病院、入院患者対応、外来対応。19:10帰宅、夕食、20:15就寝。 BRながら視聴:「団塊スタイル:健康でいつまでも」、「久米書店:五木 & 外山」、「池上:沈黙の春」、「サイエンスゼロ:新・瞑想法」。歩数計Σ8135歩。近隣のM氏ブルで除雪感謝。

ながら勉強、ながら仕事の能率は低い??(1) 運転中の携帯・スマホはかなり危険
 道交法で運転中のながら携帯・スマホは禁止されたが、実態はどうだろうか。
 私の個人的感覚では運転中の携帯使用者はあまり減っていないないような気がしてならない。

 秋田県警は昨年7月27日、男性2人を携帯電話の使用道交法違反容疑で検挙した。いずれも事故などはなかった。反則金6千円が科せられ、違反点数も切られた。
 また、県警は、ゲームをやりながら自転車に乗っていた男子高校生2人に対し道交法に基づき、指導警告附置をした。ゲームをしながら自転車に乗っていたという。自転車も、軽車両として道交法の適用を受ける。

 ハンズフリー機器を除き運転中の携帯電話やスマホの使用は禁止されているが、平成26年の推帯電話使用による違反の収り締まり件数は100万件にも登り、携帯電話等の使用による人身事故も1729件に上っている。

 道交法では、運転に危険な運転中の行為としてスマフォを含む携帯を違反対象にした。ドライバーは自分の経験からも「ちょっと危ないな・・」、とは感じているだろうが、実感としては「禁止するまでもないのでは??」と、具体的にその重要性を理解していないのではないだろうか。

 スマフォを含む携帯を違反対象をしたのは以下の理由などと思われる。 
@ 手放し運転だから運転操作が不安定となる。
@ 会話に気がとられたり、画像を注視することにより、運転に必要な周囲の状況に対する注意を払うことが困難となる。携帯電話使用中の事故が現実に増えてきた。
@ 運転中の携帯電話使用は通話だけではなく、保持も違反対象になる。手で保持しなければ送受信できない自動車電話やトランシーバー型無線機など、機器の使用も禁止。
@ ハンズフリー装置は違反にならないが、都道府県の道路交通規則でイヤホンマイクによる通話が禁止されている地域もある。秋田ではイヤホンマイクは禁止されていない。
@ 携帯電話の使用が禁止されているのは運転中のみで、停止している時であれば使っても良い。しかし、赤信号で停止中であっても運転中ということで取り締まり対象になりうる。
@ ・・・などなど。

 私は自分の経験からと、最近の脳機能の分析結果のデータから、「脳は複数の懸案事項の処理を同時にこなせない??」、と考えを変えた。
 その面から見ると、私は時間を節約するためにながら勉強、ながら業務をこなしてきたが、結果としてかなり無駄な努力をしてきたのではないだろうか??むしろ貴重な時間を無駄にしてきたのでは??と思わざるを得ない。

 この「脳は複数の懸案事項の処理を同時にこなせない??」という脳機能が形に現れやすいのは、運転時のスマフォを含む携帯使用時なのだ、と思う。


1/15(日)降雪・寒波 秋田ゾンタ新春チャリティコンサート(欠)
大学入試センター試験。 1:00起床。文献読み・録音・PDFデータ整理など。10:30秋田ゾンタ新春チャリティコンサートに向け飯川病院で待機。不明の腹痛、席がオーバーセール?で急遽出席不要となる。むしろ都合よし、そのまま病院で微睡、改善。PDFデータ整理など。18:00帰宅、17:00夕食、20:15就寝。歩数計Σ8131歩10651Km。BRながら視聴:「BS1:オバマのホワイトハウス」、「ガイア:冷凍食品」、「初裏は輝いている:冷凍食品」。

地方新聞を読む楽しみ(2) 秋田魁新聞 vs 岩手日報
 岩手日報を自分が初めて知ったのは、いつだったのだろうか。ほとんど記憶にないが、多分小学校の高学年の時、担任に引率されて盛岡に行き、岩手日報社を見学したように思う。
 社内を案内してもらった。子どもながらに、とてつもない巨大さと活気を感じたことを覚えている。原稿を見ながら鉛の細かな活字を並べていた植字工の人たち、巨大な紙のロール、巨大な輪転機などが記憶に残る。私はこの見学の後、新聞が大好きになり、中学生新聞を購読していたこともある。新聞は現在まで欠かしたことはない。

 中央紙1紙と2紙の地方紙を毎日読むことは今の私にはできない。連日、ほぼ例外なく午前の業務開始前に、当日の中央紙1紙、前日の魁新聞、前々日の岩手日報に目を通し、興味ある記事を切り取り、その日の夜にスキャナーで電子化、分類する。これを連日繰り返している。スクラップ用に切り取る記事は連日40枚ほどでその作業量は結構きついが、その蓄積は私の宝の一つになっている。

 秋田魁新聞と岩手日報を比較してみると、2011年頃は魁の方が字がより大きく、カラー写真が多用されて一見ハイカラに見えた。それからみると日報は地味であった。いつ頃からか日報もカラー化が進んで両者は見た目でも大差なくなった。
 
 このことは情報の提供の上で無視できない価値がある。

 実際にモノクロ写真とカラー写真はたとえ鮮明度が同じであっても情報量が大きく異なる。NHKが所有している戦時下のモノクロの歴史的な記録映像などを人工的にカラー化する試みが行われているが、カラー化した映像では情報量が大きく異なっていた。新聞でも同様、モノクロ写真とカラーでは情報量が大きく異なる。日報はこの面で近年大きく進化した。

 両紙の編集姿勢では魁新聞はより日本一の高齢県という事情もあってか、高齢者に視点が当たっているように見え、日報はより若年者に視点を当てているように思われる。読者の論壇への投稿を見ても秋田魁新聞は投稿自体が少ない上、時に見られるのは高齢者が多い。これに対し、岩手日報の論壇は連日掲載されており、中高校生から30代、40代の働き盛の年代からの投稿が多い。10代の投稿を読むと内容的に未熟であってもこころがほっこりする。新年を迎えてからも3人の14歳の読者からの投稿があり、私は興味を感じている。
 これらの違いは県民性の違いによるのかもしれない。岩手は東日本大震災の被害県で若者たちの活力が刺激しているのかもしれない。

 岩手に関する情報は、基本的に岩手日報から得ている。岩手に特化した話題、課題をさらに深掘りしてほしい。岩手日報は県民共通の日記であり、変わらない使命を持ちながら、進化し続ける紙面をつくって欲しい。
 


1/14(土)降雪寒波 飯川病院午前外来補助 除雪5回目    
大学入試センター試験初日 1:15起床。いつもの如く。新聞文献PDF化。文献読み、本読み。9:00-10:00除雪5回目、除雪機アイシングか? 今後対応予定。10:40バス飯川病院、午前外来補助に。検食後微睡、15:00バス帰宅。秋田市の除雪車が入っていた。本読みなど、書類PDF化。20:00夕食、21:00就寝。BRながら視聴:「NHKアーカイブ:セザンヌ」、「サイエンスゼロ:ワイン」、「知恵泉:高橋是清」。歩数計Σ8991歩10644Km。

地方新聞を読む楽しみ(1) 秋田魁新聞 & 岩手日報
 新聞の地方紙は県単位のエリアで読まれているのが多い。
 私は、地方紙は県民のスタンスを確立するためにとても有用な存在と考えている。新聞社も地方紙の存在意義は何かを常に問い、地域に密着した情報を提供してほしいものである。

 地方紙は決して全国紙のミニ版であってはならない。
 地方で起きた大事件や選挙などのときは一面記事として報じて県民に情報を伝達するのは当然であるが、充実した地方関連記事を通じて、県民としての自覚を促す資料となる。そこに地方紙の存在意義がある。

 新聞の発行部数は減じているがその原因を、スマフォやネットの普及によるとする意見が聞かれる。それは正しい分析であろうが、それでも私は、より読者が求めるような、読者の視点に立つ地道な報道を紙面で続けていくことで地方紙の存在は大きい、と思っている。スマフォやネットの無味乾燥な情報は、有用ではあるが新聞以上のものではない。

 秋田魁新聞には秋田を知るための情報の提供を広範な視点で続けて欲しい。秋田は経済的には厳しい状況にあるが、秋田の地は決して捨てたものではない。豊かな文化の歴史があり、芸術の蓄積、優れた県民性もある。これらの紹介を通じて魁新聞は地方紙の意義を十分に果たしている。

 私は東日本大震災を機会に2年ほど岩手日報、福島民報、河北新報の三紙を追加購読していた。全国紙、魁新聞だけでは震災の被害状況、原発事故の被害状況をよく読み取れなかったためである。中央紙の報道は記者も読者も地域との関連が薄いことに関連するのか隔靴掻痒の感が否めなかったからである。

 私自身岩手生まれ、岩手育ちであることから郷里に関する情報が継続的に欲しかった。それで岩手日報のみを今も継続している。

 秋田魁新聞、岩手日報は共に国内や世界に関する情報、芸術文化欄の記事などの情報は共同通信社から提供を受けている。だから両者の紙面の3割近くは大同小異であるが、そのほかのオリジナルな編集部分は各々特徴があって面白い。

 秋田魁新聞、岩手日報社共に十分に存在意義は大きい。今後も、両県民に根差した記事を県民に向けて、国内外に向けどんどん発信して欲しいと思う。


1/13(金)小雪寒波 除雪4回目 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床。文献・新聞PDF化。5:00可燃ゴミ廃棄、5:30-6:20除雪4回目、7:30Taxi駅に、8:10こまち。大曲駅・病院はTaxi、大曲は昨週とは一変、各戸屋根の積雪60cmほど、圧巻。9:00病院着、12:10診察終了。新幹線10分遅れ。13:50飯川病院、ボランティア。15:00北都スタッフ来訪。18:50帰宅。19:00夕食、20:30就眠。 歩数計Σ9317歩10637Km。BRながら視聴:「そこまで委員会:本年はどうなる?」、「世界の今:トランプ」。

社会保障環境2017年(5) 介護環境(2) 在宅介護の悲劇がくり返されている
 介護保険の理念は自立を支えることにある。また、介護の社会化をうたっていた。
 しかし、この両面においても十分な効果を上げているとは言えない。

 介護保険のケアを受けていても、今も昔と変わらず家族たちは疲弊している。
 介護保険制度に含まれる問題点ではないのか??

 現行の介護保険は、「家族がいることを前提に、家族の負担軽減を目的」に作られておいるが、実際には家族の負担は減っていない。介護に関連した高齢者虐待、殺人事件も後を絶たない。

 介護保険にこれだけの費用と人材を用いながら決して良い方向にあるとは思えない。
 制度が硬直化している。例えば、認知症の場合には身体的状況は比較的良いから介護度が低く認定され、結局家族の見守りが必要となり、家族が追い詰められる。

 限度額を上手に使い、個々人に応じた使い勝手のいい柔軟性を備えた制度にしなければならない。介護、特に在宅介護については国は十分な配慮をしてこなかったために歪みが生じている。

 介護保険の介護計画はケアマネが作るが、今のケアマネには独立した自由度が与えられていない。ケアマネの技能では生活できないから9割以上は勤務している。その施設も経営はギリギリで余裕がなく、どうしても自分の施設に誘導する方向でケアプランを作らざるを得ない。
 すなわち、国は在宅を強調するが、在宅中心のプランを作られない。ケアマネの報酬をあげ、介護事業所が成り立つ状況にすれば、結果として在宅介護が充実し、介護保険の経費は軽減される。

 認知症高齢者の増加、介護サービスの縮小、施設や職員不足を背景に家族介護は深刻さを増している。

 その悲劇的な結果としての殺人や心中が後を絶たない。
 兵庫県で、妻を殺害し殺人罪に問われた82歳の夫の裁判で、昨年10月執行猶予判決を言い渡した。夫は、認知症、統合失調症、徘徊を繰り返す妻を十年間介護してきた。夫自身も体調悪く、同居家族も協力的ではなく、追い詰められた末の悲劇だった。夫や家族が市に30回以上相談していたが、悲劇を防げなかった。
 介護殺人が注目される契機となったのが、2006年に京都府で起きた認知症の母親の殺害事件である。50代の息子が介護疲れと生活苦から、合意の上で母を殺害。裁判で、息子か献身的な介護をしてきたことから執行猶予付きの判決が下された。

 2015年には、介護を苦に利根川で心中を図った親子の事件が注目を集めた。

 介護家族の苦しみの深さ、周囲のサポートの乏しさを浮き彫りにした京都の事件から10年、当時と今と、どれほど変わっただろうか。
 
 介護はある日突然降りかかってくる。
 もし私も似たような状況に陥ったならいつまで冷静な気持ちでいられるか自信はない。


1/12(木)寒波・降雪 3回目除雪 外来+飯川病院
 昨年初除雪日。1:00起床、プチ対応、文献・新聞PDF化。夜間降雪7cm。5:30-6:15除雪3回目除雪。6:48バス病院へ。 8:45-13:00外来、疲弊。14:00-18:40飯川病院勤務、19:00帰宅。夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「林:初耳学」2本、「日本人の3割しか知らないこと」、「昭和は輝いていた:心に残るこの一曲」、「久米書店:池上」。歩数計Σ8382歩10630Km。

社会保障環境2017年(4) 介護環境(1) 今回は大幅改訂なし 次の改訂が恐い
 2017年度の予算規模は97兆4547億円で過去最大の大型予算。このうち社会保障費は32兆4735億円で1.6%増となる。即ち、国家予算の3割が社会保障費。
 
 所得のある高齢者の医療費負担の増、年金の給付減などで政府は社会保障の費用を緊縮しようとする。経済再建のために将来に向けての方向性としては正しい。しかし、年金も、医療費負担も、介護のサービス縮小の方向などで高齢者世代の不安は一層高じてきているように思う。

 サービス縮小の背景には、膨らみ続ける介護保険の現状がある。
 介護保険にかかる費用は制度が始まった2000年度の3倍の10兆円になった。団塊の世代が75歳以上になる25年度には、20兆円に連するとみられる。これでは何らかの手を打たなければならない。

 介護の現場は国の方針を受けて混乱している。

 最終的には今回は大幅な改訂は見送りになった。今回は要介護度が低い「軽度者」が抑制の対象にっていた。全額自費にという甚だしい改訂も視野にあったが、今回は条件付きながら継続することになった。

 財務省は、軽度者の生活援助や用具レンタルの原則自己負担を求めていたが、見送られた。
 
 ヘルパーに関して「家政婦代わり」との批判もあるが、国内で80万人か使っている。不自由な体で在宅で過ごしている対象者にとって掃除や洗濯などのサービス必要とする人も多い。さらに、自費では払えないという利用者が多く、今回は切るわけにはいかなかった。ただ、次年度の改訂は恐らく厳しいものになるかもしれない。

 介護保険の制度は見直しの過程にあり、軽い要支援者向けの訪問・通所介護は段階的に市町村へ移行中である。市町村かまだ手探りの状況である。現状でのドラスティックな改訂は一層の混乱を生む。

 現場からの悲痛な声が政府を動かした形。市町村からの介護保険に関する要望や決議が200以上上がった、とされる。

 予定されている次の改定は、
 2018年から年金収入が383万以上の利用者は3割負担になる。
 高額介護費は戻ってくる基準が変わる。37200円以上から44200円以上になる。

 こんな風に、利用者の自己負担をチョビチョビと増やしながら介護保険の経費削減を意図しても限界が見えてくるだろう。
 今の介護保険制度は硬直化していないだろうか。


1/11(水)曇り降雪 除雪2回目  飯川病院ボランティア
0:20起床、文献チェック他、医学書、本、数冊に目を通す。積雪5cm、6:30-7:30今季2回目除雪。13:45家人の車で飯川病院、14:00-17:50ボランティア。入院患者対応、ポートの針刺し。18:00バス帰宅。19:00夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「映像の世紀プレミアム:女性の解放に関連した史実」、「健康生活:冬の家の危険、入浴、寝室」、「日本視察団:山手線」。計Σ10390歩Σ10623Km。

四季2017年(1) ついに私に冬が来た 
 ついに、1月6日、今季初除雪した。私にとって冬が来た。いつ降るのか期待半分、不安半分で過ごしていたが、これでむしろホッとした。

 今朝11日2回目の除雪した。
 私の家のアクセスは条件が悪く、自称胎盤道路である。へその緒に相当するような細い路地が50mほどあり、胎盤のごとくちょっと広めの我が家に至る。この細い路地は降雪期には手抜きしていると雪で狭まってしまい生活に支障が出る。私のところは一番奥だから手が抜けない。

 私は四季を勝手に以下のように分類している。
■春 除雪が不要になる時期から桜が散るまで(約2か月)。
■夏 桜が散った時期から8月13日まで(約3か月)
■秋 8月14日から除雪の時期まで(約4か月)
■冬 除雪が必要になる時から不要になるまで(約3か月) 

 私にとっての冬の訪れは、2013年は12月13日、2014年は12月16日、2015年は12月27日、昨年は1日12日、今季は1月6日。温暖化?のためか徐々に遅くなってきている。
 私独自の変な定義であるが、除雪の重要性と私が感じている除雪のプレッシャーのためにそう決めている。

 昨夕から北日本全体に寒気が襲い、強風と小雪が舞っていたが、今朝5:00の段階で5cmほどの積雪となった。5cmの積雪自体はそれほどひどくはないが明日からも荒天が続く予定なので大事をとって除雪した。

 私は昨年1月から水曜午前フリーとなった。午後は飯川病院のボランティアの予定である。だから、今朝は時間的には余裕があり、近所への迷惑を考えていつもより一時間遅らせて6:30-7:30に除雪した。

 私が用いている除雪機は雪を遠くにとばすタイプであり強風時には飛ばした雪が私に向かって戻ってくる。そのために雪だるまとなる。風の強い日は毛糸の帽子、ノイズキャンセリングヘッドフォン、ゴーグル、マスクの出で立ちである。
 ノイズキャンセリングヘッドフォンはエンジン音対策である。周辺には騒音を撒き散らせながら勝手なものであるが、エンジンの間近にいる私には必需品である。

 私の四季は胎盤道路の除雪を中心に一年が回る。いつも、冬の除雪をのことを思う。むしろ雪がないときほど深刻に思い、やや落ち込むこともある。
 雪が降ってしまえば、もう迷いは無い。降るなら降れ!!! 連日でもいい。朝早くから心は外に向かい、除雪をどのようにしようか、と考え、通常の日は5:30にエンジンを始動する。

 さあ、冬が来た。今季は雪が多い、と予測されている。これからの降雪はどうなのか。来年3月上旬迄、私は雪と闘い、戯れる。


1/10(火)寒波降雪 中通外来 飯川病院
1:00起床、新聞チェック、文献、本読み。5:00可燃ゴミ廃棄。6:46バス飯川病院へ。8:45-13:30外来混雑。14:00-18:30飯川病院勤務。病棟外来対応。19:00帰宅、夕食、20:00就寝。BRながら視聴:「100分で名著:正法眼蔵(4)」、「NHKsp:パナマ文書」、「知恵泉:野口英世」、「バクモン:サンシャイン水族館」。計Σ12110歩Σ10610Km。

年末年始休暇2016-2017 計画も目標も設定せず気ままに過ごすことに
 私は歳と共に体力気力の減退を感じるようになってきた。
 だから、今季から新年に気持ちをリセットすることも止めた。今年は目標設定などは行わず、肩を張らず、あるがままに、気の向く方向で生きようと思っている。新年のリセットは子供の時からの習慣であったが、やっと止める心境になった。これは大きな進歩である。

 私の年末・年始休暇は、午前勤務の中通総合病院と関連施設は12月29日(木)から1月3日(水)までの6日間、午後勤務の飯川病院は12月31日(土)から1月3日(火)までの4日間とであった。
 更に、私の個人的勤務スケジュールは両病院ともに水曜日は勤務がない。だから、実際には12月28日(水)から4日(水)まで二日間長かった。

 この間の勤務及びボランティア状況。
12月28日(水) 午後飯川病院ボランティア
12月29日(木) 午後飯川病院勤務
12月30日(金) 午後飯川病院ボランティア
12月31日(土) フリー

1月1日(日) フリー
1月2日(月) 飯川病院日直、外来レセプト処理
1月3日(火) フリー
1月4日(水) フリー

 飯川病院勤務とボランティアが3回、日直が1回であった。昨年は日当直は4回であった。飯川病院の日直・当直は中通総合病院、大学病院の若手のスタッフが担当し、私は穴埋め的存在であるが、今回は私には回ってこなかった。いい傾向である。

 フリーが4日間あり、かなりの時間を自宅で過ごした。

 私的には、前半に長女一家来秋、孫とともに数日一緒に過ごした。29日は休宝寺で餅つきと懇親会、30日は遠来の友人と会食した。後半は次男一家が来訪して夕食等をともにした。孫3人、活発でペースを合わせるのに大変であった。

 フリーの日はネコ対策、音楽を聴きながら、論文読みとか読書、データ整理に費やした。録画で「N響定期公演」数回分、年末の「第九演奏会」、「ウイーンフィルNYコンサート」、「読売日本交響楽団特別演奏会」、「NHKNYオペラコンサート」などをじっくりと楽しんだ。
 
 家内も比較的ゆっくり出来たようである。
 ネコ7匹、元気すぎる。対応が大変であった。

 この1月5日から通常の勤務体制が始まった。まず、それを喜びたい。

 今年は無計画に、気楽に生きる。どんな風になるか、楽しみである。


1/9(月)成人の日 曇り小雨 飯川病院日直 
2:00起床。文献検討.徒然など処理。新聞記事のチェックDPF化など。8:38バス飯川病院。9:00-17:00飯川病院日直。データの整理など。玄関脇の花壇の整理。人間ドック判定総括。19:20帰宅、夕食、20:30就寝。歩行Σ13592歩Σ10605Km。BRながら視聴:「日曜美術館:円山応挙の極意」、「団塊:冬のファッション」、「コズミックフロント:ハッブル望遠鏡」、「昭和:実演販売」、「ワイルドジャパン:北海道」。

本を読む(2) 電子辞書 辞典の脇役
 100冊以上の辞書や実用書などが手のひらに載る電子辞書は、これまた有用である。スマートフォン、タブレット等よりも時代遅れの観があるが、軽くて手軽で、私は結構重宝している。

 私が用いている電子辞書はカシオ計算機の「エクスワード」2機種。家内と息子からのお下がりである。両人共スマートフォン等を通じて調べ物しているから不要になったとのこと。
 家内からのは医学関連のデータが強化され、医学大辞典、治療薬集などの資料が豊富なタイプ、息子からの製品は特に中国語とかの外国語関連機能が強化された製品である。

 私が最初に手にしたのは電子辞書は辞書ごとにMDディスクを取り替えるタイプ。とても不便だった。
 電子辞書が便利になって急成長したのは2000年代。半導体メモリーの容量拡大を背景に、英和や和英辞典だけでなく、古語や歴史用語集、さらには家庭向けの医学書や冠婚葬祭などの実用書が内蔵された。本の辞書の場合100冊以上、30Kgにもなる分を幅148.0×奥行105.5×高さ15.7mm、265gのボディに収納する。

(私が用いている電子辞書 カシオ XD-SF5700MED)

 私は「日本語辞典」、「漢和辞典」、「和英・英和」、「ブリタニカ百科辞典」などを使用する。

 カシオは約10年間にわたって国内シェア首位を走り、2015年には国内市場の8割弱を占めたという。だが、スマホなどの普及で状況は一変。社会人向けを中心に販売が減り、ビジネス機械・情報システム産業協会によると、電子辞書の国内市場は2007年をピークに半分以下に縮んだ。

 スマホの急速な普及で電子辞書の市場は縮小している。2006年にソニーが、2015年セイコー社が撤退し、実質的にカシオの市場での存在感は逆に増した。カシオの昨年の調査では高校生の58%、大学生の76%が自分の電子辞書を持っているという。

 いつも言われることであるが、私が何か新しい機器を使い始めるとその機器はまもなく市場から消える・・・、と子供達から言われる。私は保守的で新しいものに飛びつかないからであり、私が目をつけ導入したときにはもう別方式のが主流になっている。オープンリールテープ、 MD、S-VHS、レーザーディスク然りであった。

 この電子辞書も同様であった。私が譲り受けたのは2009年頃で、もうそのときにはインターネットの方が優位となっていた。

 ところが最近、高齢者向きの製品が注目されて結構売れているらしい。たまたま大規模家電店を訪れた時に見たエクスワードXD-Y6500は「現代俳句歳時記」や「日本名城百選」、「健康」、「旅行」などのコンテンツも搭載している。シニア向けの機種は退職記念の贈り物としても喜ぱれているらしい。

 電子辞書の最大の利点は、「軽量」であること、「一発検索機能」である。後者は優れた機能であるだけ応用力がない。うろ覚えの字句を調べるのには全く向いていない。


1/8(日)曇りのち晴れ、温暖  飯川病院ボランティア
1:00起床、新聞チェック、文献・録音データ整理。入浴数回楽しむ。午前は主にデータ入力と整理。正午「NHKのど自慢」、微睡後、バラ等の雪対策、ガレージ整理など。16:30家人の車で飯川病院へ。17:00-18:45ボランティア。 19:00夕食、20:00就寝。Σ6348歩Σ10595Km。

本を読む(1) 国語辞典、日常の参考書の主役
 私は1日のうちの大部分を自宅の居間または書斎と、ウイークデイの午後は飯川病院の院長室の片隅で過ごす。後者は院長の好意で片隅に同居させていただいている。
 これら双方で医学書や新聞、雑誌を読んだり録画の視聴をして大部分の時間を机に向かって過ごしている。

 この両者の部屋、机上にはパソコン、DVD/Blu-rayプレイヤー、ちょっとしたオーディオ装置が置かれているが、そのほかに日本地図、日本語辞書、電子辞書、iPadを置いて適宜利用している。新聞にしても読書、録画にしても適宜これらの書籍を参照することで理解が深まり一層身近になる。時代がら、便利なインターネットも参照している。

 日本の国語辞書はすごい、これこそ日本人の知の集約だろう、といつも私は辞書を引くときに感服している。
 仕事上では、特別な表現することなくほぼ不要であるが、日常のちょっとしたことで疑問が湧けば私は辞書を引く。

 私が頻用している国語辞典はフルカラー版『日本語大辞典』の初版である。国語辞典と百科事典の両方の特徴をた編集されていることが気に入って発売直後、1990年頃に購入した。とにかく便利である。限られたすスペースの中に17万5千余語も詰め込んであるから記載そのものは詳しくはないが、いろいろな資料を検討する取っ掛かりとしては十分である。


(使用するたびに足元から持ち上げる辞書 4Kgありました)

 大型の辞書は重い。しかしながら、国語辞書にはそれを上回る価値がある。すなわち、辞書には上下左右を一望できるということに最大の価値がある、と思う。

 例えば、『雪」について辞書を引くと、「裄」から「往き」、「雪」をはじめとしてに、関連した漢字や熟語、言葉が2ページにわたって50項目以上並べられている。それらは必ずしも知りたい語彙ではないとしても、ざっと見ているだけで自分の知らない表現や言葉が並んでおり、自分の無知を自覚するとか、思いがけない刺激を受けることも少なくない。

 最近は思い出せない言葉、漢字が多くなって辞書の使用頻度が増えた。この場合には『日本語大辞典』は特に有用である。思い当たる語句の近辺を探すと大抵目的の字句に達する。

 それにしても、辞書はすごい。驚嘆に値する。こんなに素晴らしい書籍を身近における幸せを改めて感じ取る最近である。

 聞くところによると、辞書を読むのを趣味にしている方がいるという。その方の気持ちのホンの一部は私にもあるが、悔しいが、到底実行できない。 


1/7(土)晴れ時々曇り 比較的温暖  
1:00起床。新聞・文献チェックほか。古書PDF化。午前は10:00散髪に。伸びすぎて素人では困難というので千円の散髪屋に。待ち時間ゼロ、15分ほどで仕上がった。洗面所のネコトイレの改修など。午後は日当たりがいい時間帯にネコ室の大掃除した。夕方からBR録画:「NHKニューイヤーオペラコンサート」楽しむ。19:00検食、20:00就眠。Σ7227歩10589Km。 

ラジオ深夜便と共に過ごす2017(3) 『ピアノが奏でる七十二候』(2)曲想と題名
 このシリーズの存在意義はなんなのか? 「二十四節気」,「七十二候」は音楽でイメージできるほど日本人に深く知られているのか??
 私は全くイメージできない。私の方の問題なのか?

 「ピアノが奏でる七十二候」の作曲と演奏は、ピアニストで作曲家の川上ミネ氏。スペインのマドリッド国立音楽大学大学院に留学、現在もスペイン在住の方。2013年には日本・スペイン交流400周年事業の公式ピアニストとしてテーマ曲を作曲、演奏した。私は全く知らない方ではあるが、その道では有名な方らしい。

 ピアノでもオーケストラでも一部の作品では題名がつけられている。作品のイメージから後日愛好家が名称をつけたものが多い。例えば「運命」、「田園」、「合唱付」、「月光」、ショパンの「子犬のワルツ」、「雨だれ」、「別れの曲」など。これらはなんとなく聴いた側から発せられた題名で、曲には題名のイメージが感じられる。

 歌謡曲など、すべてに題名がついているが、この場合には歌詞があるから曲想のルーツがわかる。

 歌詞のないピアノ小品などの場合は、私は全くお手上げ状態になる。
 NHKのラジオ番組で曲が流される頻度の高いピアニストの西村由紀江氏の場合を例にとる。「Virgjin」というCDがあるが、その中のに12曲含まれる。各々の曲名は、「Pure water」、「はじまりの予感」、「前向きな瞳」、「鏡花水月」、「あなたに最高のしあわせを」、「すずしい風に吹かれながら」・・・である。個々の曲はいい曲と思うが、私には題名と曲想が100%一致しない。作曲者の意図がわからない。私にとってこの作品名は曲を探すインデックス代りでしかない。

 話を「ピアノが奏でる七十二候」に戻すと、「七十二候」を多少知っている私にとっても、各々の作品に「七十二候」のどれをもイメージできない。「芹乃栄」,「水泉動」,「雉始なく」,「土脉潤起」,「霞始靆」,「草木萠動」・・・。お手上げ状態である。

 はっきり言ってこの「ピアノが奏でる七十二候」は作曲者の独自の感覚で作られたもので、作曲者の意図がわからない。「ピアノが奏でる七十二候」は私にとって邪魔な存在であった。ラジオ深夜便はすぐにその日の話題に入って欲しい。


1/6(金)小雪のち晴れ 今季初除雪 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
12:45起床。いつもの如くに読書他。降雪若干。5:00可燃ゴミ集積所に。5:30-6:30今季初除雪、昨年は13日であった。7:20Taxiにて駅に、7:35駅着。8:10こまち。9:00-12:10外来。帰路の新幹線定刻運行。雪は大曲の方が少ない。14:00飯川病院病院ボランティア。15:00北都銀行スタッフ来訪。BRながら視聴:「林修:講座、インフルエンザ」、「バクモン:レインボ?ブリッジ」、「日本人の3割しか・・」,「林修:初耳学2本」。19:10帰宅、夕食、20:30就寝。歩数Σ7905歩10584Km。

ラジオ深夜便と共に過ごす2017(2) 『ピアノが奏でる七十二候』(1)意味不明だ
 ところで2016年4月から火曜日から金曜日の1:00amから『ピアノが奏でる七十二候』という、意味不明なコーナーが開始されている。ピアノソロで1-2分程度の小品が週4日間放送される。音楽分野は好きだが、違いがわかる程の実力も感性もない私にとって、こりゃ一体何なんだ、何のために放送しているのか??が、私の正直な気持ちである。

 「七十二候」とは何ぞや??その由来や意味については私も多少は知っている。

 季節は太陽の動きによって移ろう。月の満ち欠けを基準とする太陰暦、太陽の運行による太陰太陽暦も、厳密にいうと季節と月日にずれがあり、季節の目安になりにくい。そこで、古代中国では季節を24に分けて暦に取り入れた。これが「二十四節気」と呼ばれる。

 この「二十四節気」をさらに初候・次候・末候の三つに分け、季節の移ろいや変化、動植物等の成長・行動などを具体的に関連づけて表して、日常生活や農作業の目安とした。これが、「七十二候」である。奈良時代に日本に取り入れられ、江戸時代に、日本の四季、動物、植物に合わせて、読み方も改変された。

 この初春の今頃は「二十四節気」では「小寒」にあたる。
「七十二候」では、
初候 1月5日 「芹乃栄」 せりすなわちさかう
次候 1月10日「水泉動」しみずあたたかをふくむ
末候 1月15日「雉始なく」きじはじめてなく

以下、1月下旬から
 「土脉潤起」 つちのしょううるおいおこる
 「霞始靆」 かすみはじめてたなびく
 「草木萠動」 そうもくめばえいずる
・・・・・・と続く。これが72も続く。

 『ピアノが奏でる七十二候』は、アナウンサーは、『「七十二候」それぞれに、ピアニストで作曲家の川上ミネさんが曲をつけ、72の曲が生まれました。その候をイメージして作られたピアノ曲をお楽しみください』・・・とイントロする。
 個々の作品はピアノソロで1-2分程度の小品で、一つ一つの作品は曲としては聞きやすくそれなりに優れた曲と思う。4月以降現在まで50数曲放送され、私はその殆どを聴いていると思うが、そのつもりで聴き直しても『七十二候』のどれ一つもイメージできない。

 このシリーズの存在意義はなんなのか? NHKはどんなつもりで取り上げたのか? 日本人はこれらの曲からイメージすることができるほど「七十二候」それぞれを知っているのか? 意義を感じ取れないのは私の無知、無感性による私自身の問題なのか?・・・などの疑問が湧いてくる。


1/5(木)曇り 夜間積雪5cm 外来 飯川病院
1:00起床。本読み中心。夜間積雪5cmなるも湿り気の強い雪、除雪せず。バス7;10飯川病院着、8:45-13:00外来+クリニックドック判定9名分。14:00-18:30飯川病院、DYI経由してネコ砂4袋購入。19:30帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計Σ10624歩Σ10577Km。BRながら視聴:「フランケンの誘惑:水素爆弾」再視聴、「人間失格裁判」。

ラジオ深夜便と共に過ごした日々2017(1) 25年聞き、録音も膨大な量に達した
 私はいつも早朝早く起き出して活動している。大体は1:00am頃起床する。
 現役時代は早朝の時間も持ち込んだ業務をこなしていたが、今は自分の自由時間として読書、文献読み、音楽などを楽しんでいる。
 起床するとまず耳元に近い柱に吊るしてあるAMラジオにスイッチを入れる。音量はかそけく、ちょっと離れると聞こえない程度に絞っている。私にとってこの状況がいい。

 ラジオ深夜便は実際には11:30 pmから5:00amまでである。私はこの中の1:00am以降のを聞く。1:00am前は寝ているし、1:00am以降はNHK-FMでも同時放送されるから、別のラジオで3時間分デジタル録音しながら、実際には耳元のAMラジオを聴く。5:00am以降は引き続き「朝一番」を聞く。これもいい番組である。

 私が聞くラジオ深夜便は主に1:00am、3:00am、4:00am以降の3番組である。
 
 @ 1:00amからは毎日テーマが変わる。だいたい曜日ごとのシリーズもの。
 @ 3:00amからは日本の歌シリーズ。戦前から現在に至るまでの流行歌が聞ける。
 @ 4:00amからは明日への言葉。各界で活躍される方々のお話である。

 ラジオ深夜便は放送時間等曲折もあったが?、1991年4月より定時放送に移行した。私は番組の概要が決まる前から聴き続けているから25年も聞いていることになる。
 番組の案内役は20名ほどのちょっと旬を過ぎたベテランアナウンサーが担当している。そのため声も落ち着いていて、話す速度もゆっくりしていてとても聞きやすい。この担当者はアンカーと呼ばれる。英語で「錨」の意味で「番組の案内役、まとめ役」である。
 3:00amからは大好きな歌謡曲他が聞けるし、1:00am、4:00amからは、私が知らない各界の方々のお話が聞けて、情報蒐集にも役立っている。

 録音は2008年以降のを保存してある。その前のは録音状態も良くなく、あまりにもかさばるので全部をデジタル化できずに泣く泣く処分した。ラジオ深夜便の録音の足跡は、オープンリールテープ、S-VHSテープ、カセットテープ、MDと変遷した。時に録りこぼしもあったが、今はデジタルの自動的録音機を用いているので取りこぼしがない。
 ラジオ深夜便の録音を振り返ると私のオーディオの歴史を振り返ることになり懐かしい。
 かつての録音データは書架にも入りきれなかったが、デジタル化の今は手帳サイズのハードディスクに収納されており、パソコンを通じて検索をかけるとすぐに取り出して聞くことができる。1日3時間、9年間分の蓄積だから、1万時間にも達している。録音は適宜iPod shaffleに移して通勤時や外作業時に聴いている。
 録音は聴き直せるのは本の一部であることが悔しいが、私の貴重なライブラリーの一つとなっている。


1/4(水)曇り小雪 フリーで静かな1日過ごす
0:30起床。昭和、戦後の国際関係を中心に歴史の本読み、新聞入力中心。本日は休みトシクリーニング店ほか。散髪は休みで拍子抜け。家内の歩数計濡らして不調に、分解乾燥、調整、なんとか治ったか。BRながら視聴:「NHKso第九」再視聴、「紅白」後半視聴、「クールジャパン:世界が驚く日本」。19:00夕食、21:00就寝。私の歩数計若干不調でデータ一部ロス。

医療環境2017年(3) 年金は具体的にどう変わるのか 
 年末に成立した年金制度改革法は以下のような変更がなされることとなった。その骨子は以下のごとくである。
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 @ 従来行われてきた「マクロ経済スライド」は少子高齢化の進展に合わせて支給水準を毎年約1%ずつ抑えるという仕組みであったが、これを強化する。
 @ これまではデフレ時には年金支給減額を実施しないというルールがあったが、18年度以降は実施しなかった抑制分を翌年以降に持ち越し、景気が回復した段階でまとめて反映する。
 @ 将来の年金水準を確保する狙いで、2018年度から支給額の抑制を強化する。
 @ 毎年度の改定ルールも見直し、現役世代の賃金が下がれば高齢者への支給を減額する。
 @ 中小企業に動めるパートなどの短時間労働者は、労使が合意すれば厚生年金に加入できるようになる。
 @ 現行制度では、毎年度の支給額改定に際して高齢者の暮らしに大きな影響を与える物価の変動を重視してきた。21年度以降は年金制度を支える現役世代の賃金を重視し、賃金が下がった場合は年金も減額する。
 @ 厚生年金は2016年10月から従業員501人以上の大企業に勤務する、@勤務時間が逓20時間以上、A賃金が月88.000円以上、などの要件を満たす短時間労働者も適用の対象となった。17年4月からは500人以下の企業でも労使が合意すれば、厚生年金の対象になる。
 @ 国民年金に加入する女性は19年度から、出産前後4ヵ月間の保険料を免除される。
 @ 年金積立金を運用する年金.積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、組織を改革し、理事長に権限が集中する体制を変え、重要事項を合議制で決める。
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 「将来の年金水準を確保する」と総理や政府は今回の改革法の意義を強調している。しかしながら、今回の見直しには年金を受け取る高齢者、保今回の険料の支払いで制度を支える若者、双方から不満の声が上がっている。

 少子高齢化の影響で制度を支える現役世代が少なくなれば、年金水準も徐々に引き下げざるを得ない。今の高齢者に対する支給額の抑制を実施すれば、年金財政に余裕が生まれる。これは折衷案的政府の考え。

 一方、全日本年金者組合の11万人を超す組合員の中には、70歳を過ぎ、年金以外の所得がない人も多い。食費を捻出するために病院通いをやめる人もいる。年金がさらに減ると、暮らしが成り立たなくなる、と高齢者は窮状を訴える。

 だが、若者の将来の年金を確保するには、この法案では不十分、と年金制度を支える若い世代は疑問を投げ掛ける。

 年金は世代を超えた思いやりの制度で、世代間の歩み寄りは重要性である。
 しかしながら、双方の世代共に生活上で厳しい現実がある。

 私は若者世代からの徴収は一律でなく収入に応じた徴収が必要だと思う。年金受給世代には可能な限りの就業の延長が必要であろう。一定の収入があれば年金支給の一部は停止されることになるが、年金制度の維持には必要である。ちなみに、私は今も働いているので年金は50%以上カットされているため極めて少額である。
 年金のカットは、自分が長い間蓄えてきたお金がベースになっているのだから不満はないのかというと嘘になるが、元気で働ける環境にあることの方に喜びを見出す必要があろう、と今のところは納得している。


1/3(火)曇り時々晴れ 年始休暇三日目
 1:00起床、医学文献、新聞などチェック。本日はさすがに家庭ゴミ回収なし。午前は一般的な掃除ほか、ネコ室のトイレ砂飛ばし防止柵改良作成。BR視聴:「らららクラシック:インデックス作りながら数本見る」。17:00-20:00次男一家5人来訪、風呂や夕食とてんてこ舞い。歩数計Σ8993歩10569Km。21:00就寝。一応、年末年始休暇としては終了す。

医療環境2017年(2) 来年度予算から何を読み取るか
 2017年度の予算案の骨格が決まった。予算規模は97兆4547億円で過去最大の大型予算である。このうち社会保障費は32兆4735億円で1.6%増となる。これでも総理の一言で概算要求より医療・介護分野で1400億円圧縮している。

 我が国は世界一の高齢化国である。高齢者には社会保障が必要である。だから社会保障費は伸び続ける。一方、社会保障には多額の費用がかかるが、今の日本は財源は限られる。だから、国民は将来への不安を抱き、消費を控え貯蓄に励むから、日本経済が冷え、景気は良くならない。国の税収も減ってくる。

 何故か、政府は来年度の予算案は経済再生と財政再建を両立させた案だと自己評価している。
 問題はこの超大型予算を遂行するに見合う税収があるか否かだが、一般会計を税収で賄うには40兆円も不足で、他の方法はないから借金に、すなわち国債発行に頼らざるを得ない。

 現に、16年秋の「円高」で企業の業績が悪化し国の税収は減少した。これを救ったのがトランプ氏というのも皮肉である。

 安倍政権の発足後、アベノミクス策を大々的に打ち上げた。当初は大型の金融緩和策もあってで「円安」となり、企業業績は具体的な事業の改善ないままで増収となり税収が伸びた。要するに、我が国の税収の増減は、我が国の景気はアベノミクス策の効果ではなく、「円の相場」に左右されて業績が改善しているように見えるだけ、と言う厳しい評価になってきている。
 
 アベノミクスの経済成長策はここ数年の経過を見て判断すると明らかに行き詰まって来ている。限界だとの評価は正しいかもしれない。
 ただ、私は結果的にそうだったとしてもアベノミクスを失策だったとは言えないと思う。当初からアベノミクスの経済成長に疑問を呈する意見は多数あった。しかし、これに変わる説得力のある代案の提起はなかった。中には、座して死を待つような消極策もあった。そんなのに従っていては今の日本はもっと状況が悪くなっていただろうと思う。

 経済は水ものである。

 米大統領週後は「トランプ効果」の神風が吹き、為替は一気に「円安」へ転じた。政府は17年度も税収の伸びは大きく期待できないと予想していたが、トランプ氏に期待してやや増えると見積もり直した。しかし、トランプ氏の政策には懸念材料が多い。今後も円安が続くとは限らない。

 政府は甘い考えを口にしながら、一方では社会保障の費用を緊縮しようとする立場を鮮明にしている。方向性としては正しい。

 年末の国会審議で、年金の給付抑制や介護サービスの縮小をめぐる議論があった。政府は説明不足だと思う。だから、年金にしても、高齢者医療の自己負担増にしても額面の提示だけで、将来展望の説明がない。国民の不安は一層高じてきているように思う。

 具体的にはどうなっていくだろうか。


1/2(月)曇り降雨 年始休暇二日目 飯川病院日直
 3:10起床、二日間寝坊。新聞、文献、雑誌など読み。8:38バスにて飯川病院、9:00-17:00日直勤務。元旦の新聞チェック、外来レセプト点検チェック、病棟指示出し、など。BRながら視聴:「偉人伝:猪俣公章」、「プロファイラー:石田三成」、「コズミックフロント:リングースカ大爆発」、「フランケンの誘惑:水素爆弾」。18:20バス帰宅。19:00夕食、20:30就寝。歩数計Σ11009歩10561Km。

医療環境2017年(1) 新春雑感---感想
 ほとんどリタイヤした身とはいえ、まだ医療関係者の一員として働いている。
 年末に次年度の国家の予算案が発表になったが、それを見るとなかなか厳しい現実が待ち受けている。

 今年の医療界はどうなるのだろうか。はっきり言って経費の抑制が中心になるだろう。しかし、先が読めない。

 わが国の医療を支えているのは国民皆保険制度であることは疑問の余地がない。
 昨年はオプジーボ問題があった。いろいろ注文はないわけではないが、このような超高価薬を次々と承認していては国民皆保険制度はこのままの形で存続するとは考え難い。
 私も医師・患者の双方の立場で言いたいことは少なくない。

 私ども医療関係者は、ほぼ全て国民皆保険を堅持すべきだ、と考えていると思うし、私もそう思う。ならば、国民皆保険を堅持する方向で現実的方向に向けてシフトしていかなければならない。

 わが国の国民皆保険制度は、戦後、まだ発展途上であった1961年に、相互扶助による保険制度として確立された。当時の人口は約9,500万人、高齢化率5.7%であった。
 現在、わが国の人口は約1.3億人、経済成長率も低下、高齢化率26%で人口構成も疾病構造変わった。かつては感染症中心の時代、疾病は短期間で治癒するか、死亡するかが分かれたから医療を受ける期間は少なかった。
 現代は自覚症状もないのに生活習慣病予防と称して、異常発見時から医療を受け始め、死ぬ瞬間まで医療が続く。生活習慣の是正より医療に走る。ここまで状況や社会的要因が異なってきたのに、医療政策を過去の良き時代の発展型として伸ばしていくのには無理がある。

 やむを得ない判断だとは思うが、それほど頻度の多くない一定の疾患患者に一人当たり年間3500万円もの高価薬を承認していながら、高齢者の医療費を削減する方向は保険診療の趣旨からは外れている。尤も、オプジーボは特例として薬価が半額に減じられる事になったが、それだけ喫緊の課題であったことを示している。

 2017年度の予算案も骨格が決まった。予算規模は97兆4547億円。これは過去最大の大型予算規模である。このうち社会保障費は32兆4735億円で1.6%増となる。これでも概算要求より1400億円圧縮するという。

 内容的にはどうなっていくのだろうか。


1/1(日)晴れのち曇り 年始休暇初日目 
 1:20起床するもあえて再就眠。3:20起床、新聞入力昨年文終了。本読み、徒然などゆったり過ごす。10:30舩杉一家離秋松坂に向かう。午前は録画BRで「N響第九演奏会:ブロムシュテット指揮」,十分楽しめた。「クラッシック音楽界2016」観る。微睡、ネコ室改善、データ整理。19:00「ウイーンフィルNY con、G・ドウダメル」視聴。文献検討。新聞電子化、読書など。19:30夕食、20:30就寝。一歩も外に出ず、Σ4385歩10553Km。

2017年元旦 明けましておめでとうございます
 2017年元旦、明けましておめでとう。
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(今年の玄関のしめ縄)

 我が家は全員揃って新年を迎えることが出来た。これは大きな喜びである。

 私の今年の新年の朝は、1:20amに一旦目覚めるもあえて再就眠して3:20amに起床した。昨年一年間、いや数年間は3:00amに布団に入っていたという記憶はほとんどないが、今年から無目標・無計画に、意の赴くままに過ごすことに決めたこともあって、ちょっと眠かったのでそれに従ってみた。

 論語で、子曰、「吾十有五而志乎學、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而從心所欲、不踰矩」とある。「70歳になったら自分の心のままに行動しても人道を踏み外す事が無くなった。」ということらしいが、そんな高邁なことは考えていないが、今年から肩の荷を下ろして自分の意のままに生きてみようと思ったからである。
 その初日の最初の実行として、あえて寝坊してみたということ。これからはこの調子でいきたい。

 いつもの如くのワンパターン生活が始まった。
 今朝の日の出は7:00amころ、朝陽は快晴の空に見事に映えた。昼前から曇りがちになった。
 2017年の初日と言っても本質的に特別変わったことはない。昨年一年積み上げたパソコン上のデータを閉鎖し、本日から新規にスタートした。このリフレッシュ感は大きい。

 私は昨年末までは、水曜を除く午前は法人関連の3院所で、午後は3日間飯川病院勤務、2日間は私的にボランティアをして過ごして来た。午前の分は高齢でそろそろ引退の時期かと思うが、午後の飯川病院分は院長の体調が今ひとつと言う事なので現状を変えずに継続することになるだろう。

 なお、4年前から年賀状は欠礼させていただいている。

 今年一年がいい年になるよう,心から願っている。
 まずは新年のスタートが切れた事を喜びたい。


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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
  日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。時間的に余裕無いのが悩みです。


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