徒然日記
2013年1月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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先月の日記          来月の日記


1/31(木)晴れ・温暖 外来 
0:30起床、新聞・文献チェック他。夜間積雪は除雪不要レベル。7:00病院着。机上のパソコンシステム変更。8:45-13:30外来、予約数は少なかったが時間がかかる患者数名にて混乱す。16:00帰宅、文献、新聞など、自転車、夕食19:30、就寝20:30。

秋田の雪(4)今冬の雪の事故は昨年同期より多い
 今年は雪が多い。平成18年豪雪を上回るかもしれない。
 ただ、ここ2週間ほどは年末年始の頃と異なり、降るには降ったが間歇的に寒波が緩み、秋田市の主幹道路の路面からは雪が消失した。ただ、道路脇にうずたかく積まれた雪は排雪作業が進んでおらず交差点などでは視界を著しく悪くしている。私もここ一週間は朝の除雪が不要でとても嬉しい。

 先週25日の金曜日の午後、大曲の降雪は滅多に経験することのないほどの激しさであった。この日の19:00のNHK-TVニュースは近隣の横手市の降雪の映像から始まっている。

 帰路、タクシーで駅に向かったのだが先行する車の赤いテールライトがやっと見えるだけであった。こんな中、秋田に向かう下りの新幹線はわずか数分遅れで運行されていた。大曲近辺では降り続く激しい雪と新幹線車両が巻き上げる雪で窓外の景色は殆ど見えなかった。

 秋田県内の雪下ろしや除排雪による今冬の死傷者は28日午後4時の時点で141人に上り、前年同期を33人上回っている。このうち65歳以上の高齢者は約6割の83人。
 県総合防災課によると、死傷者141人の内訳は死者7人(前年同期比1人増)、重傷67人(同22人増)、軽傷67人(同10人増)。市町村別の死者は横手市と大館市各2人、羽後町、東成瀬村、由利本荘市各1人。由利本荘市の方は自宅敷地内で家庭用除雪機のロータリー部分に頭部を巻き込まれ、脳挫傷などで死亡した58歳の方である。作業中に転倒して巻き込まれたらしい。
 事故の形態では家の屋根やはしごからの転落78人、除排雪時の転倒など31人で、いずれも前年同期比9人の増。屋根からの落雪事故は32人に上り、同18人の増と言う(この項さきがけ新聞、一部改変)。

 私も除雪機を使用している。その便利さを享受している。早朝、まだ誰も通っていない道路の除雪はやりやすいし、やりがいもある。しかし、小形とは言えパワーがあり、走行可能状態では決して除雪機の前に出ないようにしている。細かいところの除雪の際には頻繁に前後に方向を変える必要があるが、時に前進後進のギヤチェンジを失念し思いがけない方向に進むことがある。
 何かあると65歳の高齢者の事故に分類されてしまう。心しなければなるまい。


1/30(水)曇り時に晴れ間 外来 
1:00起床。文献チェック他。徒然。蓄積データ整理。夜間降雪3-4cmで除雪せず。6:50病院着。回診他、8:40-13:00外来。余裕出てきた。4月からは外来日を縮小できそう。16:00帰宅。17:00睡魔に負けて1時間余午睡。20:00夕食、21:45就寝。

池永満氏 「患者の権利」の著者 元福岡県弁護士会長が死去された
 池永満氏、元福岡県弁護士会会長が12月1日、肝癌で死去された。1月下旬に新聞に紹介があって知った。66歳であった。私は氏の講演と氏の著作である「患者の権利」から大きく影響を受けた。

 患者の権利に関する世界宣言である「リスボン宣言」は1981年に採択された。これに触発されて、わが国でも消費者運動の一つとして「患者の権利」宣言等が次々と発表されていた。私は患者の立場に立って医療を行ってきたという自負を持っていたから、それらに触れた際、患者側の一方的権利のごり押しと言うべき主張、医療の場に「権利」という言葉を使われる事に抵抗があった。今から見れば、一人よがりの、自己満足的感覚で医療を行っていた,と言うべきだろう。

 そんな中、具体的期日は忘れたが秋田で池永氏の講演を聞き、私はショックを受けた。その後、「患者の権利」(1994年 九州大学出版会)が出版され私は何度も読み返した。私は真に患者の立場を考えた医療を展開できるようになったと思っているが、池永氏の講演とこの著作に追うところが大きい。
 
 2003年中通総合病院の「医療・福祉宣言」について、病院友の会の会合で解説した。2005年には秋田県放射線技師会総会特別講演「患者の権利について」と題する講演をする機会があった。その際「患者の権利」の高揚=「医療者の権利」の高揚と同義なのだと言う立場で講演した。

 1999年横浜市立大学付属病院で、2人の男性患者を取り違えて手術した忌まわしい医療事故がおきた。この事故以降、医療事故等の処理過程や裁判過程で医療界の閉鎖性等の古い体質が次々と明らかにされ、「患者の権利」の考えが一層高まった。ただ、その矛先が「患者 vs 医師」と言う如くに矮小化された形で語られた。その後、医療事故は決して医療関係者の個人的な判断ミスによるものではなく、その背景が広く考慮されるようになった。「人は誤りをおかす存在である」という基本にたち、医療の安全が語られるようになった。そのために1999年は医療安全元年とも呼ばれている。

 私は医師会で「危機管理」の担当として,また病院管理者として医療の安全に配慮してきた。私の書架には常に池永氏の「患者の権利」があった。氏は20年以上も前に今の議論をしていた。この著作は少しも色あせていない。
 氏は生涯を市民運動に捧げ、数々の業績を上げてこられた。私よりも若い。まだまだこれからの活躍が期待されていた。謹んでご冥福をお祈りいたします。


1/29(火)曇り・寒波・吹雪  外来
1:00起床。新聞チェック、徒然他. マックの再調整に手こずる。夜間降雪3-4cmで除雪すべきか迷ったが行わず。7:00病院着、回診他。8:45-12:30外来、比較的余裕。16:00帰宅、日中の積雪は除雪不要程度でたすかった。新聞チェック、夕食、20:25就寝。

日本語(2)日本語をやめて英語に、フランス語にしよう ローマ字表記にしては?など
 私は英語は医学論文はなんとか読める程度で、医学部で習ったドイツ語はからきしダメ。だから、日本語しか知らない、と言って良い。だから、こよなく日本語が好きである。

 日本語の文章はひらがな、カタカナ、漢字が混じって雑だからこそ視認性がとても良い。サッと目を通しただけでも大体どんなことが書いているか理解出来る。本や新聞等、文字を読む、文字を追っかけることを好む私にとっては最高の言葉だと思う。他を知らないからだが、アルファベット然り、ハングル、イスラム社会等の何だか分からない文字の羅列は整然としすぎて、文脈など現地ではどう判断しているのだろうか。多少理解出来る英文ですら長文になると私にはなかなか分からない。

 私は諸外国の言葉を見て奇異だと思う。だが、逆に日本語がムダに難しいから他の言語に変えるべきだとの提言を受けたことがある。明治維新の時と、GHQの占領下においてである。

 1872年(明治5年)森有礼(もりありのり)が日本語を止めて英語にすべきと、1874年(明治7年)に西周(にしあまね)は日本語をアルファベット表記にすることを提案した。たったの26文字で言葉を表す他国の合理的な文化に触れて驚いたと共に、日本語の複雑さを改めて認識して衝撃を受けたからであろう。

 幸いこれらの意見は実現しなかった。こんなことになっていたら大変であった。
 1946年にあの志賀直哉がフランス語を採用すべしと提言した。これは驚きであった。同じく1946年、GHQの占領下において日本の教育問題を改革すべく派遣された米国教育使節団は■漢字を減らすか、■漢字を廃止し仮名にするか、■ローマ字を採用をすべし、と提言している。
 文部省はこの提言を受けて国語審議会を設け、漢字数を減らす方針を採用し、当用漢字として1850字を制定した。この後も日本語に関していろいろ変遷していく(歴史的部分はWikipedia、Britanicaによった)。

 これで日本語は助かった。もう二度と日本語廃止論は出てこないだろうと思う。外国人が日本語の会話、文章、独特の表現法を超難解として意見を述べたのは理解出来るが、あの文豪の一人で、きれいな文章を書いた志賀直哉氏まで日本語の廃止論を述べていたとは、私は無学にしてつい最近まで知らなかった。


1/28(月)曇り・寒波 外来 
0:20起床、新聞チェック、蓄積画像処理、一部廃棄、本読み、徒然。夜間降雪2-3cmで除雪不要。7:00病院着。8:45-12:30外来、余裕あり。16:00帰宅、本読み、新聞、文献チェック、夕食、20:30就寝。

日本語(1)漢字、ひらがな、カタカナの混在が心地いい
 歳を重ねてくるにつれ、いろいろな事に興味を持ち始める。

 興味の対象は徐々に広がっていくが、その中の一つに日本語に対する興味も増してきた。かつては多少間違った使い方があろうと無視してきた。自身が書いた文章等を見ても、私もずいぶん間違った使い方をしてきた、と思う。

 同時に、最近は日本語の乱れにも気付く機会が増えてきた。かつては他の人に注意することなど無かったのであるが、最近は外来等で若いスタッフ達が妙な表現を使ったりしている場合、いろいろ気になってソフトに注意している。

 私たちは3種類の文字、すなわち、漢字、カタカナ、平仮名を駆使して日本語を書いている。これに加えて医学論文などは最小限ながらアルファベットも適宜用いている。厳密には日本語とは言えないだろうが、外来語としてカタカナで表記するよりも原文に沿ってアルファベットをそのまま用いる方がニュアンスが伝わり易いからである。

 この様に3種類、ときに4種類の言葉を表している国は恐らく日本だけではないのだろうか。
 韓国の事情はよく分からないが、ハングルと漢字は別々に使用されているらしいが、両者を混在させて用いることはないとされている。公式な廃止はされていないが、独立以降、漢字教育は重要視されておらず、今では国民の多くが漢字を読めなくなっているとのこと。ベトナムは漢字を廃止した。北朝鮮は公式に漢字を廃止し、国民には漢文の教育のみが行われている。

 漢字、カタカナ、平仮名はそれぞれ辿ってきた歴史がある。今ではこれを適宜駆使して文章を書いている。この混在がとても心地よい。現代人にとっては漢詩等の、趣味の世界を除けば漢字だけでは記述は不可能である。平仮名だけでも、カタカナだけでもとても読みがたい。カタカナだけで書かれた文学作品は森鴎外にあったと思う。瘋癲老人日記だったと思うがとても読みがたかった。。

 この3種類の混在が言葉のニュアンスを伝えるのにとてもよい。私も「いのち」、「命」や、「心」、「こころ」、「ココロ」など、標記を適宜使い分けている。 


1/27(日)夜間降雪10cm、曇りのち晴 除雪 飯川病院日直
0:50起床、本読み、文献・新聞チェック。録音データ整理。6:00-7:15除雪21回目、吹きだまりあり優に1時間はかかった。8:20-17:00飯川病院日直。重症者3名回診。本読み,文献、新聞等チェック。午睡若干、通町薬局、書店に立ち寄り、18:00帰宅。自転車こぎなど、19:00夕食、20:15就寝。

なんか変だが,まあいいか(15)マグロ初売りの狂想(2)
 古くなったニュースであるが、東京・築地の魚河岸で1月5日、マグロー本に1億5540万円の値がついてマスコミを賑わした。

 私はこのニュースをバカらしい、何処の世界のことか、と無視していたが、最近の景気対策、デフレ脱却への厳しいニュース、生活保護の減額等のニュースに触れているうちに疑問がわき、若干ながら調べてみた。

 東京・簗地の魚河岸は新年早々マグロの競りがおこなわれるが、二つの寿司チェーン店が6年連続で競り合って毎年高値を更新してきた。それの動きを見ていると異常としかいえない。
 いつもこの競りで注目されるのは「青森・大間産」のマグロであり、今年は200Kg台の大物に視線が集まった。築地を中心に50店舗を展開する「すしざんまい」と香港を中心に日本でも5店舗を出す「板前寿司」の2店が競った。2009年から4年連続で後者が高値を更新し、咋年は「すしざんまい」が5649万円で競り落とし大きな話題になった。

 年初はご祝儀相場として高値が付くのは例年のことである。
 しかしながら、1Kgあたりの値段の推移を比較すると、今年は70万円、2012年21万円、2010年と2009年が7.5万台、2008年は2.2万円で、私の手元のデータでは2000年から20008年までは2万円程度だったから、2009年以降年々急騰し、しかも、倍々と高値をつけ、かなり異常な経過を辿っている。「板前寿司」は2008年からこの競りに参加しているから、この異常高値は両店の競り合いによってつり上げてきたと推定できる。

 競り勝った「すしさんまい」は、大トロ2ヶの握りで4-5万円はするということであったが、通常と同じ値段の300円ほどで客に提供されたという。
 今年の競りには「青森・大間産」のマグロが他にも3本でていたというが、サイズが小さく、1Kgあたり2.8-4.3万円だったと言う。高値がついたこの大型1本のマグロの値段は狂乱としかいえない。通常の競りは数秒で値段が決まるというが、この1.5億の値ですら2分程度だったという。
 釣り上げた漁師には手数料を引いて1.45億円ほど支払われたという。

 日本は世界のマグロを食い尽くしているとも言われている。恐らく全世界的に話題になったと思われるが、どういう感覚でこのニュースを見たのだろうか。
 ご祝儀相場としても高すぎる。しかも、通常の値段で客に振る舞われたと言うからマグロ自体の価値の問題ではなく、マネーゲームそのものである。それにしてもあるところにはあるものだ、と思う。
 2つの私企業が展開したお遊びだから勝手にせい、と言うべきだろう。誰も口を挟めない。しかし、ちょっと引っかかる。


1/26(土)寒波 風雪 夜間から降雪7-8cm 除雪  
0:30 起床、新聞チェック、文献読み。朝方から激しい降雪。積雪7-8cmとなり11:00-12:00除雪20回目。午睡若干。居間・風除室を中心に掃除など。画像データ等整理。19:00夕食、20:30就寝。

馬子にも衣装とは(9)「装い」は第二の皮膚と言われている

 成人式の盛装を見て,身体のうちで露出しているのは手とクビから上だけなのに、80%近くの身体が隠れていて個性が乏しくなっているのに、すっかりその姿に成り切っているのを私は不思議に思ってきた。

 装いについて最近多少の文献を読んいるが,ファッション界ではかなり前から「装いは第二の皮膚である」と言われている事を知った。
 装った段階から内側にある自分の皮膚感覚はほぼ消失し,装いによって新たに作られた外表面が自分の皮膚,すなわち第二の皮膚として感じられてしまうと言うことだろう。こう考えるならなぜ人は装うのか,と言うことや、いつの世にあるファッションの隆盛は十分納得できる。

 衣服は一人で居るときに身につけているものを除けば、男女ともに他人の目を意識して着ていることになる。それには他人に見せるための服装、隠すための服装がある。

 前者の場合には自ら自信のある身体的特徴を一層引きたたせる装いが中心になるだろう。後者には文化的にアラブを中心とした目だけを隠して全身を黒衣で包む文化もある。すなわち、隠すことを目的とした衣装である。
 同じ事が、全年代を通じた,大多数の男女のファッションの目的なのだろうと思う。だとすれば、隠すためだけの服装というのは言い過ぎだろう。各人の個性を一部は覆い隠し,一部は一層引き立たせるための装い、と言わねばなるまい。

 装いは着る人の趣味とかセンスとかなのだ、と私は軽く考えていたが、他人の前に出る際の第二の皮膚としての演出になるから,服装は着る人の社会的な意識、人間関係の中の立場や相手に対する意識を映し出す。

 私はかつては公的な場所にも,私からみて非常識ではないだろうと思われる程度の、どちらかと言えばラフな,くたびれた服装で出ていた。
 あるときに市の医師会長から「服装は場とか、相手に対する敬意の表れだ。先生はこの辺のセンスが全く欠けていて見ていて呆れる・・・」と手厳しいアドバイスを受けた。
 確かにそうだろうと納得して間もなくスーツを新調した。還暦を迎えてからの3着目の購入であった。値段で目が飛び出た。この後、何着か仕立てたから「馬子にも衣装」を地で行ったことになる。が、私にとっては心理的に緊張もしたし、とても窮屈であった。

 私は現役を退いてから馬子に戻ってしまった。


1/25(金)曇り・大曲は激しい降雪 比較的温暖 大曲中通病院外来
1:00起床、文献チェック他本読み。夜間積雪殆ど無し。7:00病院着。道路はシャーベット状、回診せず、7:20病院のタクシープールで20分待ち。8:01こまち。9:00-15:00大曲外来.午後から激しい降雪で前も見えないほど。下りの新幹線は5分遅れで運行.秋田はそれほど積雪無し。17:00帰宅、除雪不要。新聞読みなど。19:00夕食、20:30就寝。

「子ほめ条例」 ユニークな試みと思う
 教育の現場はゆとり教育による学力低下、いじめ、体罰問題等で揺れている。
 また、大阪府の致育行政基本条例、釧路市の基礎学力保障条例など、教育に関わる条例の制定も増えているそうである。

 私が購読している岩手日報によると、岩手県金ケ崎町は、通称「子ほめ条例」と言われる児童表彰制度条例の施行を本年四月からの施行を目指していたが、拙速過ぎるといった反対論もあって、1年先送りする事となった。
 2月中旬に地域、学校、行政で構成する検討委を立ち上げ具体案を再考する。 去る1月16日に町内でPTA連絡協議会への説明会を開催した。参加者は子どもを地域ぐるみでほめ育てる趣旨に理解を示す一方、町側の提案の唐突だったこともあって異論が出た。
 この制度は地域全体で、家庭、地域、学校が児童の個性や能力を評価して、 健康、努力など各賞を想定し、小学6年生全員を表彰し、メダルや賞状を贈ると言う(上期は岩手日報)。

 同様の制度は1985年に栃木県国分寺町が全国に先駆けて制定して以来、比較的人口の少ない市町村を中心に20ヶ所ほどで制定している。子どもたちや卒業生は、自分の良い点が大人達にも認めて貰えた、思い出になった、と好評のようだ。

 私はこの記事を見るまで「子ほめ条例」などあることも、また、30年近くの歴史があることも一切知らなかった。

 人は、誰でもほめられると嬉しいし、ほめられれば、その意義を感じ、自信や意欲がわいてくる。私はこの試みは素晴らしいと思う。実際には選考の問題等、難しいところはあるだろうが、そんなにガチガチになることはない。住民からの推薦があっても良い。それに小学校卒業時に全員を表彰する、と言うのが公平で教育上も良い、と思う。

 私は子育ての段階でもかなりほめて育ててきた、と思っているが、子供達に確かめるとそうは思われていない。すっかり忘れている。一方、叱られたこと、体罰を受けたことはしっかり覚えている。私自身もそうである。私は小学校卒業式の証書をいただく際に、「字をもっと綺麗に書く様努力を要します」と読み上げられトラウマになっている。家庭での体罰も覚えているが、ほめられたことは気合いを入れなければ思い出さない。

 ほめるというのは日常的にドンドンやって欲しいものであるがいちいち対価をを与えるべきではない。だからこそ卒業等の節目の時に表彰するのは丁度良かろう。私は「子ほめ条例」のもと、記念品と共に表彰するのは良いことなのだと思っている。本音は条例化などは不要だと思うのだが、継続性も予算化も必要だろうから一つの方法である。


1/24(木)晴れ 放射冷却で寒い 外来 
0:30起床、新聞・文献チェック他。夜間は除雪不要レベル。7:00病院着、回診。8:45-14:30外来,検査等あったが比較的余裕。16:00帰宅、文献、新聞など、夕食19:30就寝。

安倍政権の経済税策(4):社会保障の一体改革はいったい何処へ? 
 安倍政権の最大の公約であるデフレ対策、成長路線を主とする経済政策が動き出した。

 首相は経済政策を「3本の矢」に例えている。日本銀行とタイアップしての金融緩和を「一の矢」、大型の補正予算を組んで財政支出を拡大する「二の矢」、そして、成長戦略が「三の矢」である。歳出が増える項目は政策としては数えていない。

 首相は経済政策は国債を発行して大型財政を組み積極的に経済を回そうということであり、押せ押せムードであるが、基本路線は今までの政権と変わらない。少しく規模が大きいと言うことと、日銀を巻き込んでの施策であり、ニュース性は高い。

 しかし、あまり一気に事を急げば国民生活は混乱する。
 国民は給与が上がらない中、2%の物価上昇、8%の消費税増税に耐えていかねばならない。これは低所得層には厳しい現実である。

 ところで、阿部政権の政策の中で、昨年あれほど騒いだ「税と社会保障一体改革」の姿が見えない。この面で目立つのは生活保護給付の10%削減だけ。これに関しては世論の反対論は少ない。生活保護に対する社会の偏見が背景にあるからである。

 実際には21日に社会保障国民会議が初会合を持った。麻生副総理の「さっさと死ねるように」発言はこの会議の席で飛び出した。

 社会保障は金がかかるから、押せ押せのムードで進めている首相にとっては同時に提起していくのは政策上苦しい。夏の参議院選挙で大幅に議席を伸ばしたいと考えている総理にとっては頭痛の種である。安倍氏の場合は腹痛でないことを臨む。

 日本の医療・社会保障の経済面の特徴を一言で言えば、■社会医療費が年間1兆円ずつ伸びている ■GNPに占める国民医療費の割合が常に低い ■日本の社会保障に対する国家支弁率がきわめて低い ■患者の窓口角担は極端に高い。■長年の医療費抑制策で医療の現場が混乱・・、ことである。

 日本の医療費はとても安い、と言われているが、患者の窓口角担は先進国の中では極端に高い。安いと言われる背景には、医療関係者が犠牲的と言っても良い状況の中で職務を果たして来たからで、そのために国の歳出がこの程度で済んできた。
 しかし、もう限界である。こんな状況の中で、これ以上の患者への負担増は新政権にとって痛手である。だからなのだろう、今回、予定されていた70-74歳の医療費負担1割から2割への増を早々に見送った。

 負担増が求められないから税金で埋め合わすしかない。税金の原資もないから消費税を上げた。民主党は「税と社会保障一体改革」についてはかなりのエネルギーを費やしたが、安倍政権ではちょっと影が薄い存在になっている。
 それも心配の種である。


1/23(水) 快晴・寒波  降雪無し 外来 
1:00起床。新聞・文献チェック、徒然。除雪不要で助かる。7:00病院着、回診他。8:45-14:00外来。紹介状記載。16:00帰宅、居間蛍光灯修理、文献チェック、自転車、19:00夕食、20:10就寝。

麻生氏「さっさと死ねるように」発言 よくぞ言ってくれた
 麻生副総理が高齢者の終末医療に関して「さっさと死ねるようにしてもらうとか…」と1月21日午前に社会保障制度改革国民会議の会合で発言した、と言われる。

 「私は遺書を書いて延命治療はしてもらう必要はない、さっさと死ぬんだからと渡してある。そういうことができないと、なかなか死ねない。いいかげん死にてえなと思っても、とにかく生きられますから。しかもその金は政府のお金でやってもらってるなんて思うと、ますます目覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらうとか、いろんなことを考えないと、これ一つの話だけじゃなくて総合的なことを考えないと、この種の話は解決することはないんだ…」と述べたと言う。

 不適切な発言では?と指摘され、「 私の個人的なことを申し上げた。別に終末医療のあるべき姿について意見を申し上げたものではない」 と釈明し発言を撤回したが、よくぞ言ってくれたと思う。私はいつも人生は何があるか分からん、一人一人が死生観を持つべき・・と講演や外来ではいつも強調している。私が言っても効果はない。麻生氏は年齢から言っても、役職から言っても適任である。

 ほとんどが在宅で死を迎えていた時代には、人々の生命に対する理解は率直かつ現実的であった。病人を自分たちで看取るのが当たり前であり、子供達までが命がつきる課程をまのあたりにしていたので、生の週末をごく自然に理解し受け入れていた。私の医療観・死生観は、祖父の往診に付いていって垣間見た、高齢者の在宅死の姿に負うところが大きい。

 国民の9割近くが病院で亡くなるようになり、終末期の治療やケアを他人任せにするようになってから、また、医療によって一時的に延命できるようになってから、人の死に対する感覚は変わってしまった。私は個人的には、どうせ「近々死ぬ」のであれば今更あがいてもムダ、お迎えが来たら逝く方が良い、と思っている。人生には誰でも、いずれは終末期を迎える。迎えなかった人はいない。それが何時、どのようなときに来るのか誰にも分からないだけ。

 人生の終末期を日本医師会、全日病、厚労省でも検討しているが、医療関係者、職能団体で論じても結論は出ない。ましてや法制化などは困難である。裁判所は治療の終始が適法と認められるには、(1)回復の見込みが無く死が避けられない、(2)その時点で中止の意思表示がある、 (3) ・・・を挙げている。かなり土壌は出来つつあるが、現時点では人任せには出来ない。自分で決めておくのが一番である。

 個人の段階ではナントでも出来る。あとは家族がその個人の意思を大事にしてくれるか否かだけ。麻生氏の場合は言った通りにして貰えばいい。私の場合ももう決めてある。

 マスコミも野党も妙に突っ込まないで、国民的議論に誘導すればいい。それが世界一の高齢国であるわが国がかかえる課題でもある。

 ちなみに、日本医師会の07年の推計によると、高齢者の終末期の入院医療費は年間約4600億円だが、高齢者医療費全体に占める割合は3.4%に過ぎない。多くは生きるための医療費である。


1/22(火) 曇り・寒波若干緩む 降雪無し 外来 
0:30起床、文献・新聞チェック,PDF化。夜間降雪無し。7:00病院着。回診、紹介状等。8:45-13:10外来。16:40資料探しに書店巡りし、帰宅。点検の除雪機が戻っていた。結果的に問題なく寒冷によるキャブの凍結等か、とのこと。PDFデータ整理他、19:00夕食、20:15就眠。

警察、検察、裁判官は何故業務上過失が問われない?(10)法制審議会特別部会の「基本構想案」
 東京電力の社員が殺害された事件では、被疑者は15年服役後、昨年再審無罪となった。同様の冤罪として足利事件もある。厚労省の局長が逮捕される事件があった。この場合には検察庁の証拠隠しもあって関係者が逮捕された。昨年のパソコンの遠隔操作による事件は4人が逮捕され、うち二人は罪を一度は認めたという。この場合にも自白強要があったと思う。検察は4人の被疑者について捜査の誤りを認め謝罪した。

 この様な事件において取り調べの過程で自白の強要があったと考えられる。このような取り調べでまとめた調書には誤りがあった。検察は偽証した事になるが、なんで偽証罪に当たらないのだろうか。また、裁判官も冤罪と分かった時点で何故罪が問われないのか、不思議に思う。

 日本の刑事事件の取り調べは密室で行われ、弁護士の同席も許されていない。実際には疲労のために、根負けしてやっていないことまで認めてしまう事もあるという。私は警察の取り調べ、検察の取り調べの可視化は絶対に必要と考え、可視化問題の推移をフォローしてきた。

 法制審議会の特別部会は刑事・司法のあり方を検討する会であるが、この18日にたたき台となる「基本構想案」を公表した。この部会は、容疑者らの自白を過度に重視してきた過去の捜査のあり方を見直し、時代に即した制度をつくるのを目的として設置された部会である。

 私は全文は見たわけでは無い。新聞報道の範囲からの情報であるが、構想案はこれまでの足跡について「取り調べによる徹底的な事案の解明などが良好な治安を保つことに大きく貢献してきた」などと自賛した総括をしている。死刑や無期懲役例等の重大事件のいくつかが冤罪であったこと、検察の不祥事に対しても反省の姿勢はない。
 私が注目している、取り調べの録音・録画をめぐっても、「対象範囲は取調官の裁量にゆだねる」などという信じ難い案になっている。この部分に関しては実際委員から厳しい意見が相次いだ、と言う。

 この中で、可視化について2つの案が併記されている。
(1)裁判員裁判となる事件で逮捕された容疑者の取り調べを対象とし、一定の例外を認めた上で、全過程の録音・録画を義務づける。
(2)録音・録画の対象範囲は、取調官の一定の裁量に委ねる。

 検察は裁判員裁判の対象事件の他、特捜部の事件、知的障害者などの事件ですでに可視化を試行してきた。しかし、この案は現状よりもむしろ後退している。
 
 私は (1)(2)案では全くダメだと思う。法制審議会の委員はどのような方が参加しているのだろうか?余りにも警察・検察・司法よりの案である。利権を守りたい内部関係者だけだろうか?
 私は被疑者の人権を配慮して、被疑者が希望した場合は取り調べの全過程の録音・録画を義務づける、としてはどうだろうか、と思う。


1/21(月)晴れ 中通看護学院講義 
 1:10起床。講義準備、本読み、新聞・文献チェック他。降雪なし。7:00病院着,路面は除排雪が進みつつある。8:50-10:10中通看護学院講義。入院1名対応。16:00帰宅、いつもの如く、文献読み、自転車30分、19:00夕食、20:15就寝。

看護学院講義(6) 学生・講師にとって、教務にとっても辛いカリキュラム
 昨年、これで最後にすると言って終わったはずの法人立の看護学院の教壇に不本意ながら今年も立った。
 本日3回目の講義が終わった。

 看護学院の講義は10数年ほど前に辞退した。その理由はカリキュラム上、私がどの様に工夫しても上手く教えることが出来なくなったからである。その後、どの様な形で続けられていたか不明であるが、昨年、講師が産休に入られたことで、やむなく代講を引き受けた。講義の範囲は「血液・免疫学」である。
 昔どれだけの時間が割り当てられていたか忘れたが、この広く、深い分野をたったの3回、270分とのことで唖然とした。しかも、1年生相手である。

 講師が引き続いて育休を取るということで、校長がわざわざ私のもとを訪れ代講の依頼があった。頑なに拒否する方法もあり得たが、義理で今年も引き受けざるを得なかった。義理で判断するのは止めようと退職時に固く誓っていたにもかかわらず、である。

 今回の3回の講義も実につらいものであった。よく寝られた。私以上に学生達はつらかったと思う。私が話した内容の10%も理解出来ただろうか。大いに疑問である。私も同じ立場なら、きっと寝たであろう。

 ただ、昨年も同じ感想を抱いたが、私は学生も教務も責める気持ちにはならない。
 看護教育の理念は非現実的なほど立派である。高邁な看護学を盛り込むなら、何かを削らなければならない。医学生が学ぶのと等しい様な難解な教科書を用いる一方で、他分野の講義時間を増やしていったから、そのあおりで入学間際の学生に難解な「血液・免疫学」を3回の講義で済ます羽目になっている。

 講義終了したので教務から試験について連絡があった。内科系3教科合わせて時間は1時間、そのうち点数配分から言えば私の分野はわずかに18分の相当である。これも驚きである。最低60分は欲しい。講義時間から見ても、試験時間から見てもこれでは教育ではなく、通過儀礼 or アリバイ作りでしかない。

 私は看護師教育のカリキュラムの問題を考えてしまう。末端の看育機関では何とも対策出来ない。文科省・厚労省の責任である。
 当学院の他の講師達、全国の看育機関の関係者達はこの問題をどう考えているのか、全然聞こえてこないのが不思議である。

 ただ、この問題を追及していくと看護師養成の高学歴化、4年生大学化が問題になる。しかし、現時点では非現実的である。


1/20(日)快晴 夜間積雪無し 飯川病院日直 
1:30起床。新聞・文献チェック。録音データ、PDFデータ整理。8:00-17:00飯川病院日直。CDにて音楽聞きつつ明日の講義準備。新聞、文献チェック、17:30帰宅、微睡、夕食、20:15就寝。

安倍政権の経済政策(3) 国民生活への波及効果は?
安倍首相の言う経済政策はアベノミクスと呼ばれている。
 内容的には、国債の発行、金融緩和策、公共工事中心の大型予算執行が中心で、これらについてはよく説明されているが、この政策の中で恩恵を売るのはあくまでも大企業であって、中小企業の活力や一般国民の生活はどうなるのか、については言及が不十分である。私は無責任ではないかと思う。

 この新政権が掲げる経済政策によって、恐らくは物価は2%は上昇するだろうと予想され、数字上は景気は回復し、デフレからの脱却の方向も期待出来る、とされる。
 しかし、国民の生活は一層厳しくなる可能性がある。

 本日夜のニュースで、日本経団連の春闘に対する姿勢が報じられていた。それによると、春闘によるベースアップはこの不景気の中では論外であり、それどころか、定期昇給の見直し、給与体系の見直しさえ必要になろう、と言っていた。少なくとも今年は、アベノミクスのもとでは、物価は上昇するが実質賃金は低下する状況が生まれると予想される。

 企業経営の面から見ると、物価が2%上昇することは仕入れ価格が上昇することになるから、余力のある強い企業しか対応できないと思われる。それで生じた経営上の困難な部分は下請け企業への締め付けという形が取られるだろう。中小企業は価格への転嫁が困難である。要するに、日本の産業の中の90数%締める中小企業にとってはアベノミクスによって大変な事態となる事が予想される。

 要するに、デフレから脱却して景気が改善しても企業の活力が低下する厳しい自体が生じうる。小泉構造改革路線において自由競争の旗印の下、確かに株価はほぼ倍になった。即ち景気は回復したのであるが、この間、企業は新しい戦略で国際社会に切り込むことなく内部留保の拡大に努め、安全生の確保に努めた。結果として、大企業の役員報酬は約2倍に、配当金は3倍に増加しているが、労働者の報酬は押さえられ、リストラ等でむしろ低下している。

 今回も同じことは生じうるこのとが危惧される。アベノミクスは上記の如く、強い一部の企業を一層伸ばすことになり、国民生活を一層厳しくする可能性がある。また、景気改善効果すら一過性である可能性がある。これに、更に、消費税が重くのしかかる。

 日本の経済を持続的に活性化する次の手として、政府や企業が何を打ちだすかにかかっている、と思う。


1/19 (土)降雪・曇り 夜間積雪12-3cm 午後寒波若干緩む 
 1:20起床。いつもの如く。古書、新聞文献PDF化。6:00-7:10除雪19回目。新除雪機エンジン不調、旧除雪機使用。以降、文献読み、本読み、録音データの整理。13:00除雪機修理に引き取られた。15:00プリウスリコールに引き取られ18:00戻る。先日潰したフェンダー修理見積もりは14万円と。微睡。夕食。20:00就寝。

安倍政権の経済政策(2) 国際的視点はあるのだろうか? 
 民主時代の世界経済は波瀾万丈であった。
 具体的には、ヨーロッパ債務危機、米国財政の壁が挙げられた。共に最悪の事態は回避されたが、安全域に達したわけではなく、全体的には各国が経済的に窮地に陥り、経済の切り盛りが困難になってきている。

 経済のグローバル化とよく言われる。
 確かにマネーは国境を簡単に越えるが、各国の経済政策は国境を越えられない。これは経済対策としては大きなジレンマである。この様な制約・限界の中、各国が独自で繰り出す財政出動程度の規模ではなかなか解決出来ない。
 今、国際的に求められているのは各国の知恵の分かち合いであり、個別の経済対策が世界にどう影響するか、本当の意味でのグローバル経済の考え方が求められている。

 安倍首相の言う経済政策、アベノミクスと呼ばれているが、その中では国債の発行、金融緩和策、公共工事中心の大型予算について言及されているが、あくまでも国内問題の考え方であって、わが国が持っている超スケールの富を如何に上手に崩して政策に入れ込むか・・等がよく分からない。

 小泉構造改革政策は大きな格差社会をもたらした。市場経済に任せ切りにしたために企業は思い切った投資は危険としてしなくなった。結果的にリストラ等による経営安定化で内部留保は増えたが、この間にもう経済的な活力は失われ、諸外国に売るものがなくなってきた。この中で、IT産業が失速したのは大きい。世界のソニー、シャープ、パナソニックの衰退がそれを物語っている。携帯端末は日本製が生き残れるか分からない状況にある。日本が決定的なノウハウを持っていた太陽光発電等はこの間に殆ど全て韓国と中国にお株を奪われてしまった。

 日本が今後どの様に進んで行くのか、世界一の負債を持ちながら、国全体としては国民と企業の内部留保を豊かに持っている経済大国の日本の進む道は、国際的にも注目されている。

 国民は、実は日本は豊かなのだと言われていても、実感がわかないのは富の分配が良くないからである。
 豊かな富を切り崩しながら、経済の再生に結びつけていくような方策が必要であろう。アベノミクスの効果は現状の政策だけでは一時的である可能性が高い。

 次の手として何を打ちだすかにかかっている、と思う。


1/18(金)厳しい寒気 夜間積雪3cm 大曲中通病院外来 
1:00起床。文献・新聞PDF化。夜間積雪3cmと少なく、除雪不要。6:45病院着、駐車場除雪。回診他、入院患者家族面談 7:30駅に向かう。8:01こまち、大曲駅でタクシー待ち15分。9:00-15:00大曲外来。帰りのこまち20分ほど遅れた。Alveにて印鑑証明発行受けて19:30帰宅、道路は相変わらずひどい。いつもと同じ文献等処理。非転写こぎ夕食、20:30就眠。

馬子にも衣装とは(8)「装い」は着る者の人となりを反映してこそ映える
 先日は成人式であった。TVニュースでは盛んに着飾った新成人を映し出していた。久々あった友人との再会なのだろう、互いに笑顔が一杯である。白いショールを巻いた和服姿は成人式スタイルという、一定の形があるように見えるが、寒さが一因か。今年はスーツ姿の女性の成人は、報道上は少なかった印象である。

 盛装した本人の姿は頸から上と腕だけである。更に、髪飾りも付け、顔もメリハリ良くメイクされて、私には没個性に見えるのであるが、総じて誇らしげな表情であった。これは「装い」,「化粧」のなせる技だと思う。「装い」の原点は「装い」をした姿をあたかも自分自身のように感じ取り、作られた姿に成りきることにあるのだろう。だから、誇らしげな表情は、自分を誇っているのではなく「装い」した一時的な自分の姿である。更に言うと、自分を知っている相手に対してこそその誇らしさが通じる。だから、じっとしている姿よりにこやかに談笑している表情の方が誇らしげである。

 「装い」の中で和服というのは不思議な装いである。私からみて、最も非個性的な服装にみえる。洋装の場合、プロポーションをを生かすようになっていると思うのであるが、着る人の体型上の特徴を出来るだけ目立たないように着付ける様である。詳細は解らないが着付けには腰紐を始め数多くの紐類がまかれ、その他にも帯枕 、帯板、帯締め等の小物も多い様で、これらを上手に用いてスタイル良く着付ける。
 和服を着慣れていなかった娘は「帯や腰紐がきつくて、食事も十分に出来なかった。もううんざり・・」と言いながらも満足げな表情をしていた。何でこのようにスタイルの特徴も、日常の表情も消し去る、没個性的な和服が着るものに喜びを与えるものなのか?

 不思議であるが、着ている本人は感覚的には「なりきっている」と言うこと,すなわち装った段階から内側にある自分の皮膚感覚は消失し,新たな外表が自分の皮膚として感じられてしまうのではないか。この「なりきり」の効用そのものは着る者に,見る者に強烈な個性となる。

 和服は無地に見える様な喪服であっても概して美しい。まして若い女性達が華やかに装うような和服は単体でも十分に美しい。展示場などでは広げられて陳列されているが、まるで美術品を見るようである。これを着たときに,露出部が少ないだけに、むしろ、着物に負けない、着る者の内面が強く表現される服装だと言えよう。


1/17(木)夜間降雪10cm、寒波 外来 
1:20起床、文献・新聞PDF化。5:20-6:15除雪18回目。ソリに満載の資源ゴミ出し。6:45病院着、駐車上も車の底がつきそうで15分ほど除雪。スノーヘルパーは大活躍。回診。 8:45-14:30外来,混雑して疲弊。16:00帰宅、文献・新聞チェックPDF化、古書PDF化。夕食、20:30就寝。

組織人(5)の体面保持・隠蔽  國松孝次警察庁長官銃撃事件で警視庁敗訴
 國松孝次警察庁長官銃撃事件は、1995年3月30日に長官が出勤のため玄関を出たところ、待ち伏せていた男が拳銃を発砲。長官は瀕死の重傷を負った。男は自転車で逃走した。長官は手術中に4度心停止に至ったとされたが、以降回復し無事業務に復帰した。
 捜査段階でオウム関係者が10人ほど逮捕されたが、証拠が不十分で不起訴となり迷宮入りした。

 事件の時効が成立した2010年3月、警視庁公安部長が「オウムの組織的テロだった」と公表したことで「アレフ」が名誉毀損で訴えた。東京地裁は、警視庁を所管する東京都に対し、「アレフ」の訴えを認め、賠償金100万円を教団に支払うことと、知事名の謝罪文を出すことを命じた。

 私がこの事件に関心を持ってフォローしてきたのは、役得で國松元長官と会食し、親しく意見を聞く機会を持ち、そのお人柄に感銘を受けた事からである。氏は警察庁長官停年退官後に何者かに憑かれたようにドクターヘリの実現化に尽力されていたが、恐らく自分の受傷体験が背景にあったためであろう。

 秋田県では、平成24年1月から ドクターヘリが運航開始されたが、2007年当時県はドクターヘリ導入の検討過程にあり、10月20日に「秋田ドクターヘリフォーラム2007」を開催した。その際「ヘリコプター救急のシステム設計と運動論」の講演を行ったのが国松氏で、当時はNPO救急ヘリ病院ネットワーク理事長であった。救急全体の機能の底上げに尽力され、秋田でドクターヘリ導入の必要性について積極的に意見を述べられた。私は県救急・災害検討委員会委員長の立場で国松氏の講演の座長をつとめた。

 犯人を検挙できずに時効を迎えたのに、警視庁の責任者がオウムの犯行と断じた見解を述べたのは負け惜しみで、実に感情的である。これなど法治国家のトップに相応しくないし、無罪推定の原則にも反している。

 この事件の時効が成立した2010年3月は、厚労省のフロッピー改竄事件で隠蔽の罪で特捜検事が起訴され、足利事件の被告が無罪判決を、福島県立大野病院の産婦人科医師の護逮捕・誤起訴も無罪判決となった。裁判所、検察、警察の過誤、不祥事が問題になった時期でもあった。
 そのような時期に警視庁の責任者が、公安警察の失態を覆いかくし、組織の体面をただ守るために則を越えた発言するなど、信じ難い気がしたもので忘れられない。

 大阪の高校体罰自殺事件でも、大津市の中学生いじめ自殺事件にしても、組織の中枢にいる人は組織の体面を維持することに腐心し、隠蔽を図る。この行動・発言がその人個人の問題から来たものであれば人として欠陥人間であろう。恐らく一人一人は個人の立場であれば、良き社会人、家庭人、常識人なのであろう。この様な乖離を来すような心理状態に陥らせることが、組織の持つ怖さである。


1/16(水)夜間降雪無し3cm  外来
0:20起床、文献チェック他、PDF化した本、数冊に目を通す。今朝はわが家は除雪不要。6:50病院着、駐車場を除雪した。回診他。8:45-13:45外来、16:00帰宅、文献チェック他、古書PDF化数冊、自転車30分、19:30夕食、20:30就寝。

SLが近所を通過 SLには人間らしさが感じられる


注:赤ちゃんの妨害のため手ブレがあります。音量を絞ってご覧下さい
 

 私の家は奥羽線秋田操車場駅の近くで、100mほどの所に線路がある。沿線沿いには自転車道路もあり、歩行で、自転車で、とよく利用していた。

 去る10月20-21日、JR東日本のプレ秋田ディスティネーションキャンペーンの一環として、また、秋田駅、土崎駅、追分駅や八郎潟駅など7駅の開業110周年を記念して、秋田駅〜東能代駅間(56.7km)をC6120形が「SLあきた路号 」として運転された。「C61」は東北で特急「はつかり」や特急寝台「はくつる」などに用いられた機種とのこと。「C61」が奥羽線を走るのはのは、昭和46年以来41年振り、「D51」号機が運転されてから10年振りのSL運転とのことである。

 私は直接は見ることは出来なかったが、10月21日(日)11:00頃に帰秋していた孫達に見せるために家族連れだって見た、と言う。 上記はその際の動画である。 客車6両をけん引し、目の前を力強く通り過ぎていった。運転の日には、沿線の自転車道路には多くの見物者が繰り出した、という。

 私は鉄道マニアでも何でもないが、小学校高学年の頃、盛岡のいとこの所に泊まりがけで遊びに行ったときには、朝5時頃起きだして夜道を3Km歩き、盛岡駅に見に行ったものである。駅構内の独特の石炭臭、頻回に聞こえる警笛、ボーッと明るい照明などはとても好きである。
 盛岡の冬の朝は寒い。ある朝、線路脇にたたずむ二人の子どもを不憫に思ったのか駅員が声をかけてくれ、ポイント切り替え所の2階で列車の通過をゆっくりと見ることが出来た。この時、降雪の中で新雪を蹴散らして通過した「D51」号機の勇姿はまぶたに焼き付いていて忘れることが出来ない。

 SLは私が大学生の時に徐々にディーゼルに置き換えられ姿を消していった。

 この年末年始休暇の時に、SLに関するNHKのドキュメンタリーの録画を見た。二度とつくられないであろう、SLに関する映像の集大成であった。私はかつての記憶を懐かしみながら引き込まれて見た。

 SLには姿・形へ懐かしさと美しさを感じると共に、なんか人間的な魅力、雰囲気を感じてしまう。それを強烈に感じるのは勾配のある路線を喘ぎながら必死に上っている姿である。頑張れ、頑張れと念じてしまう。マラソン選手の走りに似ている。マラソンのTV中継は一度見始めるととなかなか離れられないが、そこには限界に挑戦する美しい姿があるからだ、と思う。


1/15(火)曇り 夜間積雪5cm 除雪 外来 
1:00起床、溜まった新聞チェック、文献、古書など処理、PDF化。5:25-6:20除雪17回目、7:00病院着、駐車場が厳しい状況になりつつある。回診他、8:45-14:00外来、新入院一名、16:30帰宅、歴史関連読書、新聞。室内自転車25分、19:00夕食、20:30就寝。

日付が変わる時間の表示は0:00か、24:00か? 25:00からとは翌日の1:00か?
 
1月11日のある新聞に掲載されたTV番組の広告である。放送内容は何であるかはどうでも良いのであるが、放送時間の表示に目が引かれた。

 放送時間が、■TBSにて1月11日より毎週金曜25時55分〜、■BS-TBSにて1月12日より毎週土曜24時00分〜(初回は24時30分〜)、とある。 
 要するに、■毎週金曜25時55分〜、と言うことは毎週土曜日0:55分から、で、■毎週土曜24時00分〜(初回は24時30分〜)、は毎週日曜0:00からで、初回のみ0:30からと言うことだろう。

 こういう表示が許されて良いのだろうか? はたまた冗談か? 私の目に止まったように単に目を引くだけの表示か? 何か特別のメリットがあるのか? これを着に時間表示についてちょっと考えてみた。

 一般的にTV局の時刻出し、および、読み上げは「24:00」ではなく「0:00」を用いるのが普通で、ニュース等の開始も「午前0:00を迎えました。」で始まる。「午前24:00を迎えました。」というのは聞いたことはない。

 日本の時間表示のうち12時間制は、正午を基準にして前半を午前といい、後半を午後としている。正午を午前12:00とするか午後0:00と称すか、また真夜中は、午後12:00と称すか午前0:00と称すか、は一定していない。
 情報通信研究機構周波数標準課は「午前・午後とも12時00分00秒に終わる」としている(Britanica)。

 これを取れば夜中の24:00は一瞬で終了するから、それ以降の時間は0:00代に表示を変えるべきである。

 だから、上記の広告の時間表示はあり得ない表示、と言うことになる。
 電子機器には大抵デジタル表示の時計が付いている。12時間制のデジタル時計では12:00は一瞬で終る時間だから1:00までの時間帯は、例えは12:01の場合は0:01の方を用いるのが理にかなっていることになるが。わが家の機器は大抵12:01・・の表示である。

 何を目的としたのか分からない、上記の妙な時間表示の新聞広告を見たのを機会に時間について考えてみた。お陰でちょっと賢しくなったようだ。


1/14(月)成人の日 曇り・降雪若干 
3:10一旦起床。ほぼ18時間寝むり続けた。体調はまだ不良。文献検討.徒然など処理。その後も夕方まで2-3時間毎に横になりつつ過ごす。その間、新聞記事のチェックDPF化など。夜になり体調改善傾向に。本読み、PDF化したデータの整理など。22:00就寝。明朝から通常に戻る予定。本日も除雪は不要で助かった。

経験したことのない強度の全身倦怠感 アレは何だったのか
 13日(日)、早朝いつもの如く過ごしていたが、5:00頃強烈な睡魔があり30分ほど微睡んだ。この時は体調に問題なし。8:00過ぎに家内を秋田ゾンタクラブの例会会場であるビューホテルに送り届けた。

 途中で何名かの盛装した若い女性がいた。成人式は明日なのに、といぶかったが、秋田市は一日前倒しての開催だと後で知った。朝早くから美容院で着付けとかをしていたのであろう。「なぜ装うのか」を考察中なのでいつもとは違う目で眺めた。
 白いショールを巻いた和服姿は成人式スタイルという、一定の形があるように見える。盛装した本人の姿は頸から上の露出部だけで、髪飾りも付け顔もメリハリ良くメイクされて、誇らしげな表情であった。「装い」の原点は「装い」をした姿をあたかも自分自身のように感じ取り、作られた姿に成りきることにあるのだろう。どちらにせよ、若い女性の存在は、余り言葉を発しなければ、われわれに夢を与えてくれる存在である。

 帰宅後、新聞チェックしている時に、突然強烈な関節痛と腰痛、それに全身倦怠感が襲ってきた。熱感もあった。かなりひどくて全身から力が抜けてしまった感じである。

 13日(日)は午前から臥床した。よくまあこうも寝れるものだと言うほど熟睡もし、微睡みもした。本も読まず、音楽も聴かず、翌朝までのほぼ24時間ひたすら寝た。水分は多少摂ったが、食事もとらずベットから降りたのは2-3回のトイレだけ。
 14日(月)8:00頃になって若干改善傾向にあったので、少量の粥を摂った。新聞等若干読み再度ダウン、約12時間寝て、夜食として50gほどのご飯を何とか食べられた。22:00に至りかなり回復し、明日から通常のペースに戻すために再度就寝した。15日1:00に起床、病み上がりのけだるさはあったもののいつもの日常のペースに戻れそうである。

 経験したことのないほど強い全身倦怠感、一体これは何だったのだろうか? 若い女性をじっくり見たたたりか?

 これ程急に症状が発現したのだから急性の感染症の可能性は高い。カゼか?と思ったが、咳や咽頭痛、鼻水などの上気道の症状は一切無し、熱は計ってはいないが体感では微熱程度。私がカゼの時に先行して感じる事の多い上腹部の停滞感などは多少ともなっていたために何時もの如く絶食とした。肝炎か??他のウイルス感染か?こんなときには安静臥床・睡眠がベスト、とかつて教わったとおり徹底して休んだ。
 僅か二日間で解放に戻ったので急性のウイルス感染であったのだろう。

 この降雪期に降雪のことが気になったが幸い臥床していた二日間は積雪が2-3cmと少なく安堵した。15日朝は出勤前に除雪が必要な状態にある。

 私がいつも不思議に思うのは、私が寝込むのはほぼ休日だということである。昨秋から入院したりして業務に穴を開けたが、医師になってそれまで体調不良で外来を休んだという記憶はないが、年に何度かの上気道炎様の感染症、アキレス断裂、腰痛症、腸閉塞、脳梗塞など、全て休日に生じている。今回も同様であった。
 ウイークデイのストレスと休日の安堵感の格差が病を呼ぶのだろうか?不思議である。


1/13(日)降雪2-3cm 曇り 秋田ゾンタクラブ新春パーティ
1:30起床、新聞チェック、文献・録音データ整理。突然睡魔5:00-6:00微睡。8:00秋田ゾンタクラブ新春パーティのために家内を会場に送る。途中、成人式の盛装をした若者達にあう。成人式は明日なのに。9:30帰宅、その後より強度の倦怠感発来。以降は食事も摂らず、トイレ以外はほほ終日寝て過ごす。降雪がないのが救いである。

安倍政権の経済税策:大型借金と「コンクリートからコンクリートへ」への回帰 
 安倍政権の最大の公約であるデフレ対策、成長路線を主とする経済政策が動き出した。安倍総理は健康状態もとても良さそうにに見える。政権奪取を果たして意気揚々と動き始めている。

 ただ、安倍政権のデフレ対策、経済政策は私には民主党政権のばらまき政策にとても良く似ていると思う。民主党の場合のスローガンは「コンクリートから人間に」を政策の柱に置いたことを私は評価するが、何せそのための財政基盤の読みが甘く、政策がことごとく破綻していった。

 首相は、大胆な金融緩和と機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略を「3本の矢」にたとえている。日本銀行に圧力をかけて金融緩和を強化する「一の矢」、大型の補正予算を組んで財政支出を拡大する「二の矢」、これには4兆円を超える公共事業費を含む。そして、成長戦略が「三の矢」である。

 「一の、二の矢」はどちらにせよ借金してまでも大型財政を組むことであり、今までの政権と変わりはない。いずれは財政健全化に取り組まなければならない。当初は民間企業の発想の転換は困難と見て公共事業を拡大するとしている。それはやむを得ないだろうが、大企業に仕事が回るようでは何にもならない。企業全体では推計で200兆円に迫る内部留保、即ち、手元資金がある。これらの企業が今回の政策を利用して一層の利潤確保にいそしむばかりでは、経済成長などおぼつかない。出来るだけ雇用が生み出される様な、幅広い工夫が必要である。

 「三の矢」がこの政策の鍵を握るが、上手く行かなければ問題が先送りになるどころか、より重症化して日本の経済が破綻する可能性も秘めている。「三の矢」に関しては企業への援助、貿易や投資など海外とのパイプを太くする経済連携の強化と、国内のさまざまな規制・制度の改革を挙げている。右肩上がりの成長を遂げて行くには内外需用の刺激策が必要であるが、今の日本には世界の企業に立ち向かっていく活力はあるのだろうか。 
 これが上手く作動しなければ、安倍政権の経済政策は「将来の国民に借金をお願いする」従来の政策と大差ないことになる。安倍政権の政策は、にもかかわらず、ひとまず期待を集め、円安と株高で経済は明るさを増した。「三の矢」 の具体的内容を知りたい物である。「三の矢」が上手く行かなければ低成長下の物価・金利上昇と財政の一段の悪化という最悪の展開すら招きかねない。

 また、この政策の中で欠如しているのは国民生活への配慮ではないだろうか。「鶏が先か卵が先か」は別として、デフレ脱却のために2%の物価上昇を目標にしているが、この不景気の最中、給与の増加が伴わないうちに物価上昇は、国民生活にきつい影響を持つのではないだろうか。安倍首相は、日銀、経団連・・と対話を重ねている。しかし、国民生活について余りコメントしていない。このことも私の不満の一つである。


1/12(土)夜間降雪10cm超 降雪・寒波若干ゆるみ始めた  
1:10起床。新聞・文献チェックほか。古書PDF化。5:00の時点で降雪量少なく除雪不要と考えたが8:00頃までの積雪10cm。8:00-9:30除雪15回目。新除雪機のロックボルト破損で交換。、10:00微睡。古書PDF化など継続。15:00から16回目の除雪、近所のショベルローダーも参加、かなり処理できた。19:00夕食、21:00就眠。 

書評:マーティン・ファクラー著「本当のことを伝えない日本の新聞」双葉新書 2012/7/4発売 800円

 著者は1966年生まれ、米国アイオワ州出身でNYタイムズ東京支局長。日本取材歴12年の米国人ジャーナリスト
 2012年東日本大震災関連の報道で自身を含む東京支局スタッフはピュリッツァー賞国際部門の最終選考で次点に選出されている。

 目次は以下の如くになっている。
 ■ 第1章 青い目の3・11取材記、 ■ 第2章 情報寡占組織・記者クラブ、
 ■ 第3章 かくもおかしい新聞、  ■ 第4章 ジャーナリストがいない国、
 ■ 第5章 日本の新聞 生き残りの道

 3.11に引き続く福島第一原発事故の日本の各メディアの報道は、当局の発表をそのまま報じたためにどの新聞を読んでも大同小異であった。著者はこの中で最も力説しているのは、日本の主要メディアが設置している「記者クラブ」である。
 
 日本記者クラブはクラブへの加盟者以外の外国のメディア、フリーランスの記者などは幹事社の許可がないと記者会見にも参加出来ない仕組みになっている。「情報の寡占」である。この閉鎖性をこの本は、日本のジャーナリズムの最大の問題点、と論じている。外国の新聞社などはこの「不公正競争」について抗議を繰り返してきたが、日本の新聞協会は言を左右にしてまともに取りあっていない。

 情報を発表する側が参加を制限したとしてもおかしいが、情報を受ける側が取材を制限するなどあってはならないことである。日本医師会の記者会見も出席出来ないメディアがあったし、県の記者クラブも誰でも参加して情報を受け取ることは出来なかったように思う。

 何故日本の新聞は国民が知るべき事実を伝えず、「権力者の代弁」ばかりを伝える報道のか。新聞は誰のためにあるのか。単身乗り込んだ南相馬市役所では、「記者クラブ」にいるはずの記者は退避して誰も居なかった、と指摘する。

 著者は「記者クラブ」の問題点を排他性の他に、記者達が取材源と余りにも緊密な関係があることを指摘する。そのために権力を監視する立場の新聞記者達が権力者達と同じ感覚を持っている、とのべている。そして、日本のメディアの発表は、第二次世界大戦の大本営発表と同じレベルだ、と結論づけている。例えば、早々に生じていたメルトダウン、SPEEDIによる放射性物質の拡散予測についても記者達は追及することがなかった。結果として対策が後手に回り、住民は最も危険な地域への避難を余儀された

 だから、メディアの報道を鵜呑みにせず「本当のこと」を自分で「嗅ぎわける」感覚を育てる事は非常に大切である。しかしながら、NHK-TVを含め、大同小異の報道からはその視点は養えない。みんな似たような考えに立っている。だから、毛色の違う情報にも触れなければならない。もちろん、日本の新聞がダメで海外の新聞は文句がない、と言う視点には立っていない。外国のメディアに関しても問題点は挙げている。

 この著者の問いに対し、はたして日本の新聞は胸を張って反論出来るだろうか。 私は新聞や月刊誌の書評欄を目に付けばスクラップしているが、この本が紹介されたのは「記者クラブ」から排除されている「赤旗」だけであった。もうここでも情報の選択がなされている。


1/11(金)降雪・寒波続く 夜間積雪7-8cm、大曲中通病院外来
1:00起床。いつもの如くに読書他。5:30- 6:20除雪14回目、6:55病院。回診、7:20病院を出て駅に 。8:01こまち。2回指定席乗客とかち合い席移動。大曲駅でもタクシー待ち20分。9:00-15:00外来。多少余裕あり。17:00帰宅、積雪あれど明朝に。新聞、文献、夕食、21:00就寝。

馬子にも衣装とは(7)見せないために着る 、見せるために着る
 公衆の面前でみだりに裸体をさらしてはならない。軽犯罪法に触れる。わが国では社会秩序を守るために、軽微な違反行為を軽犯罪法に定めていて、拘留などの刑を課す様になっている。禁止事項として34項目あり、20番目に「公衆の目に触れるような場所で、公衆にけん悪の情を催させるような仕方でしり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者」 とある。ただ、この法は濫用されてはならない、ともある。

 社会生活を営んでいる以上これを守らなければならないが、その境界線は微妙である。時代と共にその範囲は小さくなっているが、しり、モモなら良いんじゃないかなァ、と思うのだが。

 それ以上に、身体の中で、公然と見せて良い体表部位、ダメな部位が法律で規制されていると言うのも面白い。要するに、人は社会的な動物だから、肌・皮膚は社会的に見せて良い部分、私的な部分に分けられている。私的な部分というのは生物としての生きるための排泄、生殖に関した重要な機能を持っていて、感覚的にとても敏感な部位である。乳房も公衆の前では許されない。原住民などでは集団のモラルとしての規制があるが、現代ではモラルが低下した分、勝手な行動しないよう、法で規制しなければならなくなった。

 多くの人は下着を身に付ける。下着の効能もいろいろあるが、体表のうち私的な部分を隠すという機能が大きい。下着姿で公衆の面前に出ても軽犯罪法には抵触しないが、下着姿で公衆の前に出ることは非常識な行動とみなされている。要するに下着姿は身体そのものではないがそれに類した、見せてはならない姿、即ち、裸と同じように、皮膚と同様に見なされる。だから、下着は、特に女性の下着は衣服の中でも特別な感情を込めて扱われることもある。

 これに対して、下着と同じ私的な部分を覆うタイプの水着は、ほぼ同じ形、同じサイズなのであるが、果たしている機能は100%異なって、こちらは見せる為のアイテムであり、これを着けていると堂々と全身を衆目にさらけ出すことができる。しかし、それとて海水浴場とかプールなどの相応しい環境に限られる。

 こんな小さな布きれに デザインの違い、素材の違い、 何で流行があるのかなど、私には分からない。

 ただ言えることは、下着にしろ水着にしろ、着てしまえばもはや自分の皮膚の一部に化してしまい、法律で露出が禁止されている身体の部位、敏感な部位をあまり意識しなくなる。そんな効用もある。


1/9(水)寒波 夜間降雪4cm 外来 
0:45起床。本読み中心。5:30-6:10除雪13回目、7:00病院着。回診+病棟業務、 8:45-14:25外来。新入院2名。16:00帰宅、メインストリート以外はひどい状態にある。新聞、本読みほか,室内自転車。19:30夕食、20:30就寝。

馬子にも衣装とは(6)私が装いに興味を抱いた理由 
 私は今は人目をそんなに気にしなくてもいいので、自分の服装は非常識なほどひどくなければ、風采の上がらない格好でも平気である。
 現役の時には、必要に応じその時だけTPOに合わせたフォーマルな恰好もしていた。日常がひどい恰好だからその違いは大きい、と知人からも言われる。今回の「馬子にも衣装とは」という見出しは私自身の事を指している。

 実際、「馬子にも衣装」という言葉は、衣装や服装の意義を讃えたたもので、同時に人をバカにした言葉である。しかし、私はそうは思わない。「馬子」に素晴らしい衣装を着せても、マネキンに着せた「物としての衣装」とは本質的に異なる。着る者によっては、マネキン以下の装いの効果しか得られないこともある。着物、服などの装い、アクセサリーなどが活きるか否かは、着る者の生き様に関わってくる。

 私は長い間、家内や娘を含めた女性の方々の装いの考え方、熱意を理解しようともしていなかったが、最近、この年になってから急にファッションについて興味を持ち始めた。

 それを誘ってくれた原因の一つは、一昨年夏から集中的に見始めた映画である。映画は、限られた時間の中で徹底して「見せることに」特化している芸術である。主人公を中心に関してあらゆる方向から画像にとらえ、単に外見だけでなく深い心理状況までも映し出す。その中で用いられる服装や姿、形は、例えぼろぼろの衣裳であっても重要な役割を持っている事に気が付いた。映画の中でドラマ系の作品は楽しめないが、そんな時は登場人物のファッションに注目すれば隠れた魅力を味わうことが出来る。

 次いで、和洋の人物絵画からであり、それの案内役は各種の画集、解説書、歴史の本などである。身近な解説書は、例を挙げれば、深井晃子著「ファッションから名画を見る」、中野京子著「名画で読み解くハプスブルグ家12の物語」、『「怖い絵」で人間を読む』などなどを挙げたい。解説を読みながら見ると、名画に画かれた装いからは、素材の質感などと共に、着るものの息づかいすら聞こえてくる様な気がする。これらの書籍は後に紹介したい、と考えている。

 更に、最近観る機会が増つつあるTVからも得られる情報は大きい。装いに注目しながら見ると、一見低俗に見えるバラエティ番組も、ドラマなども見るべき所がある。年末の紅白歌合戦は直接観れなかったから録画で細切れに見直しているが、いろんなことを教えられている。


1/8(火)夜間積雪3cm 曇り・時に晴れ間 外来
1:00起床。文献、古書チェック,PDF化。5:15の時点で積雪3cm除雪不用。7:00回診、8:45-13:00外来。文献整理他。16:00帰宅。除雪は不要。新聞他データ化、19:30夕食、20:30就寝。

今年は雪がよう降るなァ  駐車時の工夫を一つ
 本日から外来業務が始まった。予約患者を分配したので従来のような新年の混雑はなかった。また、いつもなら職員・患者と交わす新年の挨拶が煩わしかったが、本日は数人とだけだったので楽だった。

 今冬は例年に比しかなり積雪量が多い。
 私の除雪機使用も12回となった。少ないときは冬期間通して5-6回ということもあったが、これからが本格的降雪期を迎えると言うのに、今年はどうなるのだろうか。新たに除雪機を購入しておいてよかった。

 秋田市の12月の降雪量は108cmと、多かった昨年を9cm上回って観測史上4番目だったという。市は7日時点で6.8億円の除排雪委託費の殆どを使い尽くし、新たに7億円を補正予算に計上した(朝日新聞秋田版)、と言う。
 それでも市の除排雪は、私の通勤路からの判断では不十分である。何処にこれほどの経費が使われているのだろうか。

 わが家は何とか除雪ができていて、今のところ問題が少ないが、間もなく雪を飛ばす場所がなくなりそう。
 一昨日は路地で雪にはまった車を手助けしたが、私のスノーヘルパー、スコップが役に立った。1500ccほどの前輪駆動の乗用車であったが、4輪駆動車ならまだしも、2駆車にこれらの道具、牽引用ロープなどを持たずに車を利用するなど、信じ難いことである。ドライバーは若いサラリーマンらしく、防寒具、防寒靴も持っていなかった。雪道で立ち往生したら運転者一人では何とも出来ない。抜けているのか、始めから他人の援助をあてにしているのか?と思う。

 私が病院で用いている駐車場も除雪が不十分である。そのために数cmの圧雪がある。
 前方は建物に、左側には電気設備か何かの壁があり、かつては雪を積み上げたところで、駐車する場所としては条件は良くない。
 私は前輪駆動のプリウスを用いているから不用意に奥に駐車すると発進時に前輪が雪を掘って動けなくなる。無理すると横滑りして左の壁に近づく。スコップで掘るにしても右側だけだから万事休す、となる。
 そのために新たな試みとして、昨日から駐車時にあらかじめスノーヘルパーを左側に2枚、右側に1枚敷いて、これに前輪を乗せた状態で駐車している。まだ二日間だけであるが、この効果は抜群で、なかなか良い工夫だと悦にいっている。
 もっと積もったらどうするか?次の対策をいろいろ考えている。


1/7 (月)夜間積雪は3cmほど 曇り  
0:30起床、何時ものパターン。医学文献、新聞などチェック。古書PDF化。今朝は除雪なし、7:00病院、書類他。外来なく久々フリーで総括、書類対応。16:00帰宅、録音データ整理等。室内自転車、18;55夕食、20:45就寝。 

書評: 「コレキヨの恋文」三橋貴明著  2012年3月 小学館 1680円
 

 本年7月12日に書評として 三橋貴明著「それでも日本経済が世界最強という真実」を紹介した。
 私は経済に関心はあるが勉強不足で疎い。最近の日本経済に関する新聞の記事はどれをとっても方向性が同じで大差がない。疑問を感じつつも、日本は経済的にダメになっていくような暗いイメージが出来上がっていた。

 私はこの「コレキヨの恋文」を読んで政治と経済の絡みについて学ぶことが出来た。

 三橋貴明氏は作家・経済評論家・中小企業診断士で、■『本当はヤバイ!韓国経済』(彩図社) 、■2013年 大転換する世界 逆襲する日本、■グローバル経済に殺される韓国 打ち勝つ日本、などの著作がある。
 経済に政治が絡んでくると一層分かり難くなる。多分著者も同じ思いを抱いていたのかも知れない。そのために小説仕立てにしたのではないだろうか。

 高橋是清は1854年生まれの経済学者。日本銀行総裁、内閣総理大臣、農商務大臣などを歴任。大蔵大臣は6度就任、通算10年近く務めた。当時の日本が世界恐慌の影響でデフレ不況に陥ったとき、金本位制を中止、積極財政策を行い、見事にデフレから脱却させた。デフレ脱却後のインフレを避けるために軍事予算を削減しようとして軍部と対立、二・二六事件で暗殺された。

 三橋貴明氏は、高橋是清の時代と今の時代が酷似していると言うことに着眼して、当時と現代を結びつけて、30代の女性、経験不足で政治経済に疎い小娘「さくら子」を第97代首相にして、年に一度高橋是清に出会わせ、その対話から徐々に経済を学んでいくという構成にした。経験が乏しく、国を維持していく能力もない首相を主人公にしているあたり、示唆的である。

 当時と現代は関東大震災と東日本大震災、世界恐慌とリーマンショック以降の世界経済の混乱など類似点も多い。大正後期から昭和初期の事で具体的な数字も残っているし、当時の経済施策の歴史的評価も決まっている。歴史はスパイラル状に繰り返すと言われるが、この様な貴重な経験があることは重要である。高橋是清の功績から学ぶところは大きい。また、1920〜30年代にあった政治的混乱についても参考になった。


以下ネタバレあり







 高橋是清は小説の中で「さくら子」から二・二六事件について知らされ、逃げてくれるよう懇願されるが「それは出来ないのだ・・」と敢然と受け入れる。しかし、彼は殺されることを分かった上で自分の考えを書き残して置く、と言う構成になっている。それが「さくら子」の手に渡り話しは終焉をむかえる。この手紙は決して恋文ではないが、現代社会に生きるものへの提言の形になっている。読み終わるまで何故「是清の恋文」という書名であるか理解できなかった。老人と小娘「さくら子」との間で交わされた言葉の行間がらにじみ出るような、味のある題名である。

 いま、わが国が置かれている先が見えないデフレ、加えての消費税増税がどの様な意味を持つのか、TPPは?・・。私にこれらについて考える指針を与えてくれた。


1/6(日)夜間帯の積雪10cm、曇り・寒波 飯川病院日
1:30起床。新聞、文献、雑誌など読みPDF化。12月分のラジオ録音データ整理。6:00-7:00除雪12回目,8:15飯川病院日直。17:00帰宅、積雪殆どなし。何故か虚脱感あり微睡、19:00夕食、20:30就寝。これで年始休暇終了。

年末年始休暇は終了 (7) 除雪・孫・日当直で多忙であった  
 今年の年末年始は4日(金)は勤務日であったが、週末2日間含めて8日間の休暇となった。

 こんなにフリーの時間が多く得られたのは初めてである。
 昨年は嘱託で初めての正月を迎えたが病棟に重症患者が6人残り,新入院が2名あって連日対応に追われて休めなかったし、更に、飯川病院の日直が3回あった。今期は入院患者0人で病棟関係の出勤はなかったが、飯川病院の日直が3回,当直が1回あった。だから、自宅で過ごし得た時間はその割りに少なかった。

 前半の3日間は息子一家が来て、犬と3歳と1歳の孫の相手。とにかく二人とも知恵がついて目が離せず、ペースを合わせるのに実に大変であった。私は早々に別室に避難した。入れ替わって後半の4日間は長女夫婦が帰秋した。本日は私を除き家族が全員揃ったが、午後にはそれぞれが離秋した。
 日当直の3日間余は音楽を聴きながら、論文読みとか読書、データ整理が十分出来た。マーラーは映画の影響で苦手意識がなくなり、交響曲を5曲ほど楽しんだ。

 マアこんな状態なので予定していた家の書籍や文献の整理などは2割程度に留まったが、計画が欲張り過ぎていたと言うことである。私はフリーの時間が出来るとあれもこれもといろいろ計画するのだが、今年は少しのんびり行こうと思う。

 私はパソコンとか携帯電話でゲームはやったことはなかったが、昨日は4人揃ったので初めてネットを介して麻雀を楽しんだ。麻雀台は要らず,パイを積み上げる手間も点数の計算も要らず、自分の端末を持って勝手な姿で散らばっていてもできる。なかなか便利で楽しい。麻雀自体も10年振りくらいだっただろう、勘が戻らず振りに振りまくった。

 今期はとにかく雪が多い。年末休暇に入る日の段階でもう平年の約5倍の38cmに達していた。元旦以降更に降雪が続き、今日の段階で除雪機を出したのは12回目である。雪を飛ばす場所がもう一杯になりそうである。

 家内は端から見ている範囲では比較的ゆっくり出来たようである。この点は良かった。
 明朝から通常の仕事が始まる。本日は夕方帰宅後気分的に何となく乗らず、夕食後早々に就寝した。


1/5(土)曇り・寒波・降雪15cm  除雪 重症者回診 
 0:20起床。新聞、本読み、徒然など。昨夕から今朝にかけて5cm以上の積雪となった。7:00-8:10除雪11回目。13:00ー14:00蕎麦外食。携帯で4人麻雀楽しむ。午睡若干。夕方アトリオン内にある秋田物産展に初めて入ってみた。こんな施設があるとは知らなかった。19:00夕食は外食にて。20:30帰宅、21:30就寝。


馬子にも衣装とは(5) 裸族の腰布 下着の違い
 世界の民族の中で年中裸で過ごす裸族と呼ばれる部族もある。しかし、裸とは言え、幼児以外は何も身に付けない例はまずないそうである。部族によって身につける範囲と方法は各々異なるであろうが、男女ともヒップ付近は例外なく蔽っている。成長に合わせて男女ともに二次性徴が生じるが、それ以前から子供達も腰付近をおおうようになる。
 
 この腰布等は現代人の下着とも異なり、第一に「隠す」目的で身につけられるもので,本来の見せるための,自己表現のための「装い」とは異なるものである。

 現代人は習慣的に、例え室内に一人で居るときですら多くの人は下着を身に付けている、と思う。この辺のことは自分自身のことしか分からないから自信を持って言及できないが,私の場合はそうである。私にとって、下着を付けることによって身体の部分部分を意識しないようになるし、皮膚を柔らかく守ってくれる肌着としての役割と,身体の臭いや汗等を吸収する清潔保持の役割が主だから,質的にはそんなにこだわらない。しかし、装いとしての下着の役割はこんな低レベルではなく、装いを一層引き立たせるように整えるパーツとして、また、皮膚と衣服の間の滑りを良くする道具なのだという。

 通販等のカタログを見ると女性の下着は見事なデザインで模様も精緻である。モデルも概して素晴らしい。下着は見えない衣服、見せてはならない衣服とされているが、私は夏など自宅の庭には平気で出て顰蹙を買っている。

 女性は、時には身体を痛めながらも、時間的にも、経済的にもかなり頑張って、見えないところまでこれほどまで装うのだろうか。私にとっては謎である。


1/4(金)曇り・寒波降雪若干 大曲中通病院外来
 1:30 起床。昨年分の録音データ整理。年賀状追記。5:30-6:30降雪7-8cmで10回目除雪。ゴミ廃棄。7:00病院着。7:30秋田駅に。8:01こまち。帰省ラッシュもあるだろうから指定席を確保した。しかし、列車はガラガラで目論見が外れた。8:30-15:00大曲中通病院外来。外来は中等度混雑。1時間半遅れの列車で16:30中通総合病院に。次週入院予定患者の書類等入力。17:30帰宅。録音データ整理続行、新聞チェック。19:00夕食、20:20就寝。

秋田新幹線特別特急券 落ち着きなく私は嫌いだが、・・ 
 秋田新幹線こまちは全車指定席である。 但し、盛岡〜秋田間は特定特急券で、座席の指定を受けずに乗ることができる。私はいつも6枚綴りのこまち特定特急回数券を購入している。6枚で10800円で、1800円の割引になっている。この回数券は12月28日から1月6日間は利用できない。

 特定特急券というのは、立席特急券や自由席特急券とも異なり、座席の指定を受けずに乗ることができ、空席には座って良いという特急券である。

 私はこの特定特急券のシステムが嫌いである。空席だろうと思って座っていても指定券を持った乗客が現れた場合には席を移動しなければならない。だから座っていても発車するまで間落ち着けない。停まる度に落ち着かない。しかも、指定券を持った乗客は座席に関しては絶対的に優位だから、その態度は不遜で不快な思いをする。こんなことが結構ストレスになる。そのために、私は待合室で時間を調整して発車ぎりぎりに乗車する。

 そんなに嫌なら700円追加して指定券を購入すればいいのだが、わずか一駅、30分の乗車時間で、しかも、秋田始発だから空席が見つからなかったと言う経験ない。ただ、バッティングした際に席を移らなければならないと言う、その一瞬が嫌なだけである。ケチな私は、だから迷う。販売済みの席にはライトが点灯するとかの工夫が欲しい。

 本日は往路は帰省ラッシュにもあたると考え指定券を購入した。満席とのことであったが大曲駅までは指定がとれた。予想に反して秋田始発時は14号車は30%ほどの乗車率であった。それでもゆったりと出来た。
 復路はラッシュはないだろうと思って指定券は買わなかった。15:24発のこまちは大幅に遅れていたが、一時間半遅れて到着したその前のこまちに10分遅れでのることが出来た。これは特定特急券だったから出来たことである。

 何で盛岡〜秋田間は特定特急券で乗れるのか?そのルーツは知らないが、少しでも安くして乗客の便宜を図ったのかも知れない。

 積雪期のホームは滑る。注意を呼びかける放送も流れるが、新幹線のデッキも結構滑って危ない。滑り止めのシートでも敷いてはどうかと思う。


1/3(木)年始休暇 曇り降雪5cmほど  
0:30飯川病院で起床、BGM聴きつつ読書三昧、文献整理その他。7:00検食、9:00帰宅。文献、新聞チェック、読書、読マンガetcでのんびり過ごす。19:00夕食、20:00就寝。

「ゲシュタルト崩壊」と言う概念があったんだ 文字の図形化についても
 私は10年以上前から「謹賀新年 平成○○年元旦」とワンパターンでこの部分だけ毛筆で書く。習ったこともなく下手なのであるが、筆の雰囲気を好んでいる。デジタル時代だからこそ,私は年賀状は毛筆にこだわっている。

 今年の「平成二十五年」がなかなかバランス良くまとまらなかった。最初は「平成二十五年」と何度も書いて練習していたのであるが、「五」がうまく書けないから「五」だけを練習し始めたのであるが、そのうちに、何故か「五」と書けなくなった。どうしても「五」にならず、「丑」,「互」などになってしまう。もう一度「平成二十五年」と書いてみるときちんと書けた。

 このような現象は、同じ字を練習していたときに何度か経験していたが,今回、「ゲシュタルト崩壊」という名で一つの概念にまとめられていた事を知った。無知を恥じた。

 「ゲシュタルト崩壊」とは、Wikipediaによると、「知覚における現象のひとつ。全体性を持ったまとまりのある構造から全体性が失われ、個々の構成部分にバラバラに切り離して認識し直されてしまう現象をいう。幾何学図形、文字、顔など、視覚的なものがよく知られるが、聴覚や皮膚感覚においても生じうる。1947年、ファウストによって失認の一症候として報告されたが、持続的注視に伴って健常者にも生じることが知られるようになった」とある。さらに、「文字のゲシュタルト崩壊は、例えば同じ漢字を長時間注視しているとその漢字の各部分がバラバラに見え、その漢字が何という文字であったかわからなくなる現象である。この発生要因については未解明であるが、比較的高次な認知情報処理過程によって発生する」(上記より、一部改変)とある。

 今回は数字の「五」を長時間凝視したり、連続して何度も書き続けたので生じた現象である。

 私どもは、良く見知っている文字の場合、特に熟語の場合、一瞥しただけで読み取ることが出来るが、それは一つ一つの文字を文字として認識しているのではなく図形として認識するためなのだろう。それを脳内の「認知情報処機能」が文字として変換するのだろう。だから、一つ一つの文字を知らなければ読めても正しく書けないのだと思う。

 私はかつては万年筆で一字一字書いていたが、1990年ころからワープロを,93年からパソコンで大部分の文章を書いている。漢字を知らなくとも書ける。だから、漢字を文字でなく図形でとらえている事になる。ゲシュタルト崩壊は文字を手で書いていた時代からあった古い概念であるが、私は最近よく経験するようになった。その原因は、直接文字を書く機会が少なくなったことにもあると思う。

 孫達の成長過程を見ていると面白い。三歳になったばかりの孫は乗用車の名前、新幹線の愛称やN700系などの型番を画像を見て瞬時に言い当てることが出来る。しかし、判断基準は理屈でなく形だけである。何で?と聞いても答えられない。
 これからの子供達は字を書く機会が一層少なくなるだろう。漢字を含む日本語はもともと図形的要素は強いのであるが、文字を知っていればこその画像的判断だと思う。私共の識字が文字から画像に一層シフトしつつある様に思われる。


1/2(水)年始休暇 降雪・寒波 飯川病院日当直 
1:30 起床、徒然ほか。年賀状追記など対応。積雪10cmほど、若干湿った雪。6:15-7:15除雪9回目。8:00飯川病院へ移動、8:30日直に就く。病院のガレージの段差で、プリウスが雪で横に滑り左側のフェンダーとミラーを小破。当直料よりも何倍かの出費になりそう。実態の乏しい燃費競争はやめて、雪国用に四駆のプリウスを出して欲しい。微酔、新聞チェック。医学論文、本読み中心。20:00過ぎふな杉夫妻到着したらしい。20:30就寝。

年賀状(7) 勝手にランキングをつけて見た 
 1月1日、まず年賀状の配達が9:00前といつもより早かったことと,枚数が予想外に多かったことに驚いた。

 私は第一線を退いて2回目の正月である。退職後は診療上の最小限の対話だけで、会合にも出ず,誰とも会うことなく過ごしていた。こんな私だから、今年は昨年よりもかなり少ないだろうと考えていた。それが、今年も昨年と同様に300枚近く戴いた。感謝と共に、恐縮している。減少したのは業務上の賀状だけである。

 ところで,多くの方々は年賀状をどのように用意されているのだろうか。私はこの4−5年は元日に届くことにはこだわらない。正月気分もないうちから賀状を用意することに意味を感じないからである。年末休暇に入ってから手を付け始めている。

 また,どのようにお読みになっているのだろうか。私の場合は、返事の作業に追われて,また、多数が一気に届くものだから残念ながら一枚一枚をじっくりと読むことはない。文面がお元気そうであればそれだけで嬉しい。
 私の場合は,10数年もワンパターンのデザインで生存報告に徹している。

 頂いた年賀状の内容をざっと分類し、好みでランキングをつけて見た。
(1)手書きで個性的な内容、一言追記あり
(2)手書き,型どおりで素っ気ないが、一言追記あり
(3)ご本人、またはご本人を含む家族の写真入りで、 一言追記あり
(4)印刷だが本人の個性が発揮されている賀状。 一言追記あれば更に良い。
(5)印刷で型どおりで素っ気ないが、一言追記あり
(6)印刷。型どおりで素っ気なし、追記も無し
(7)子供の写真中心、ペットのみの写真
 いずれにせよ、一言が添えられているか否かが大きい。

 年賀状には50円以上の無形の力がある。良き日本の文化・風習だと思っている。年末に準備しながら、あるいは頂いた賀状を見つつ、大多数の方とはホントに年に一回だけの交流なのだが、その方とのお付き合いを思い出し、懐かしみながら感謝の気持ちを再確認出来ること、と思う。名刺を並べてみても、交友録等の名簿を見ても,記念写真からもこんな気持は味わえない。 

 今年も感謝の気持ちをこめて賀状を投函した。


2013/1/1(火)年始休暇 降雪若干・寒波 
 1:30 起床、新聞チェックほか,ほぼいつもと同じ。市の除雪活動が方々で目立つ。今朝は除雪を要するほどではない。午前録画の紅白楽しむ。午後、息子一家短時間来訪。17:00サッシ修理、新聞チェック。19:00夕食、20:00疲労にて就眠。

2013年元旦 今年も宜しくお願い致します 
 秋田地方は12月末日から正月にかけて、強風、寒波が続いているが、本日の段階ではそれほど降雪はない。多分今年は雪が多くなるだろう。 私は早朝、いつもの如く1:30amから起き出していつもの如くのワンパターン生活が始まった。

 新年を迎えられた喜びと共に早速新聞チェックから始めた。今年の年賀状の配達は早い。8:00amほどにはもう届いていた。今日からまた忙しくなる。 2013年の初日として特別変わったことはないのだが、開放感は大きい。まあ、なんだかんだで始まった新しい年の初日。我が家は夫婦とも健康状態は完全とは言えないがまずまずの体調で迎えることが出来た。これは大きな喜びである。明日は娘夫婦も来るらしい。それも楽しみである。

 今年一年がいい年になるよう,心から願っている。私どもも自ら足を踏み外さないように気をつけて過ごしたい。


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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
  日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。時間的に余裕無いのが悩みです。


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