書評 -音楽関連書籍

「誰がヴァイオリンを殺したか」:新潮社石井 宏 (著)
「ヴァイオリンはやさしく音楽はむずかしい」全音楽譜出版社 1985雨田 光弘, ルイ・グレーラー (著)
「世界最高のクラシック」光文社新書  2002許 光俊 (著)
癒しの楽器 パイプオルガンと政治    文春新書草野 厚 (著)
チェロを弾く少女アニタ----アウシュヴィッツを生き抜いた女性の手記  
      アニタ・ラスカー=ウオルフィッシュ箸 藤島淳一訳 原書房 2003

「小沢征爾 音楽ひとりひとりの夕陽」 講談社α新書 小池真一箸


石井 宏 (著)「誰がヴァイオリンを殺したか」:新潮社
価格:¥1,500
先日書店でたまたま見つけ購入,引き 込まれて3日間ほど余暇をこの本にあてた.作られた当時のスタイルのヴァイオリンが奏でる音色は今のと全く異なること,クレモナの名器がなぜ高額なのかを分かり易く解説する. 彼は今の演奏者を針金弾きと称している.その意味ではあまりにも保守的な論旨とも いえる展開をしているが,単に楽器論ではなく,パガニーニを中心にその時代の弦楽器の有り様、音楽史を彼の視点で示してくれている.私自身パガニーニに対し誤解していた部分も多い.目からまた鱗が一つおちた.
(2002/4/21)

雨田 光弘, ルイ・グレーラー (著)「ヴァイオリンはやさしく音楽はむずかしい」全音楽譜出版社1985
価格:¥1,700

先日アンサンブル用の楽譜を購入する際、たまたま目にとまった本。努力すれどもヴェイオリンがちっとも巧くならない私にとっては不満な題名だが、なんか奥ゆかしい感じがするし、いろんな楽器を奏でている猫を中心とした可愛い動物のイラスト(雨田光弘)も多数あり購入した。

著者は「NBC交響楽団」「シンフォニーオブザエアー」のコンマス等を務めたあと1960年以降日本に住み「日フィル」「札響」のコンマスを始め各種の活動で多くの若手も育て上げた著名なVn奏者である。

 この本は軽妙なタッチ、文体で淡々と語りかける。2〜3時間もあれば読み切れる内容である。その中で多くを占めているのが多くの指揮者の逸話である。しかも、著者の時代、彼のキャリアからからみて最も濃密に語られているのはトスカニーニ、ワルター、カンテルリ・・・と、私が音楽に興味を持ち始めいろいろな資料を集めて貪るように読んでいた頃の名指揮者達、名器楽奏者達の逸話がふんだんに盛り込まれている。特にトスカニーニとギド・カンテルリに関する部分の逸話は私が知っているどんな話より、よりリアルに、より人間的に語られている。私はさほどトスカニーニの演奏を好むわけではないが、音楽に対する妥協無き真摯な姿にはいつも心打たれる。

 すてきな挿絵を描いた雨田光弘氏は「日フィル」に長く属し現在フリーで室内楽等で活躍しているチェリストであるが、絵筆の世界でも異才を発揮している。一芸に秀でるだけでも大変なのに、世の中には多才な方がいるものだ。



許 光俊 (著)「世界最高のクラシック」光文社新書  2002

価格:¥720
本日東京駅で購入した本の一冊。著者をこの本で初めて知ったが、著者の許氏は37歳、慶應義塾大学法学部助教授で音楽関連の著書は過去に5冊ほどあるようだ。
 最近、音楽関係の本が新書版で出るとすっと手が行く。今日は「世界最高の」と言う言葉に惹かれて買ってしまった。私は少なくとも芸術の分野、特に音楽の世界には世界最高と言うことはあり得ないし、そう思ってはならないのだ、との立場をとっているから逆にピンと来たのであろう。発作的に買ってしまった。
 私はそこに音楽があれば何でも聴いてしまうタイプで、家でも職場の自室でも何かをならしているが許氏は全く音楽を聴かない日の方が多いという。音楽がなっているだけで嬉しいとは全然思わない、らしい。私は典型的な「違いの解らないタイプ」だが、この著者は私から見て対極にあり、読んでいてそんな私にはとても刺激的、この本で取り上げられている演奏の多くはしばらく聴いていないが、又聴きたくなった。その意欲を刺激してくれた点では良い本だと感じ入った。
一読の価値はあると思う。特に私のようにクラシック好きといっても中途半端に、不真面目に聴いているヒトにはお勧めである。


草野 厚 (著) 癒しの楽器 パイプオルガンと政治    文春新書
価格:¥680
パイプオルガンと政治はどんな関係があるのか?秋田在住の音楽好きの私にとってパイプオルガンはアトリオン音楽ホールを通じて身近なものになっているが、そのオルガンに対して特に政治的諸問題点は全く感じていなかった。それだけこの本にはインパクトがある。

 一般的にオルガンはサイズは大きなものであればパイプ数4000本以上、サイズ5x4x10m、重量10トンにも達する巨大なものであり、当然一台ごとに手作りで値段は5000万円から数億円まである。楽器はホールとか教会に設置されるもので通常は個人愛好家が購入して楽しむことは出来ない。
 オルガンは1990年を境に公共ホールに20数台一気に設置された。このことに著者は異常を感じ調査したのがこの本である。
 著者はオルガンはいわゆるバブル時期に一気に建築された音楽ホール等に飾りものとして設置され、その設置の切っ掛けは市長、町長等の個人的な強い意向、思いこみであり、必ずしも音楽関係者、愛好者の意向に沿って設置されたものではない事や今ではほとんど演奏もされていない本当の飾り物になっている実体などを明らかにする。また楽器の選定委員会のありようにも言及し、この楽器と政治の関連を考察している。

 アトリオンのオルガンがどう評価されているか興味を持って読んでみたが政治色や税金の投入が無かったことや全国的にも珍しいほど頻繁に使用されている実体が明かされ、秋田市民として、音楽愛好家の一人として正直なところホッとしたというのが実感である。それだけに、他のホールの飾り物になっているオルガンが将来どうなるのか気になってしょうがない。

 この本を読んでいる間中、20数年前に国際血液学会でモントリオール、ケベックを訪れたときに、大きな教会の中で聴いた壮大なオルガンの音に深く感動したことを懐かしく思い出された。