書評 -音楽関連書籍
小池真一箸「小沢征爾 音楽ひとりひとりの夕陽」 講談社α新書 2003年8月刊 840円
 小沢征爾の音楽活動のエネルギー、感動、行動力の始まりは、マニラの港で見た悲しみの味がする「夕陽」との出会いだったという。小沢征爾というたぐいまれな音楽家の内面を掘り下げようとした本で、「夕陽」と「実験」が主たるテーマである。

 作者は小沢から「夕陽」のこと聴いたときに最初はぴんとこなかったと言うが、このちぐはぐさ、違和感を解くために、たくさんの音楽家、芸術家と会って「夕陽とはどんな意味があるのか」と疑問を投げかけ、助言をもらい、小澤の過去の言葉を調べてみたと言う。思いがけず、多くの音楽家が「夕陽」について共通の思いを抱いていたことを知る。作者も調べるほど、夕陽の意味の深さを理解出来るようになり、小沢がよく言う「実験、多様性、普遍性、感情、自然、個」、そして「生とは何か、死とは何か、人間とは何か」という存在論がこの夕陽の中にあった、と共感するに至る。
 その過程がこの本になっている。だから、その間にインタビューした多くの音楽家芸術家の言葉が紹介されている。もしかすれば登場する人物は優に50人は超えているようだ。しかも、それらの言葉がばらばらに羅列されてあるのではなく適材適所に引用され一本の線で見事につながっている。

 日本の音楽家は世界的に通用するようになっても常にある種のジレンマにとりつかれていることがよく解る。要するに東洋人が何で西洋音楽をやるのか??と言う疑問であり、現実に周囲からの軋轢も強いという。「夕陽」について話しあっている途中で、「小沢さんの夕陽の意味よくわかります」と涙した音楽家がかなりいたと言う。夕陽はみんなの夕陽であることを痛感した、と作者は言う。そういう境地に達した音楽家だから、何千人、何万人の気持ちを個々にふるわせることが出来るのだろう、と。結局、夕陽とは人間の心のことであった、と結ぶ。

 そして沈みゆく夕陽は「死」への意識でもある。私も新潟の浜辺で見た夕陽、感動した日もある、それを思い出しつつ読み切った。文中に引用されている多くの音楽家・芸術家の音楽を語る、人生を語ることば、これもとても良い