書評 -音楽関連書籍


チェロを弾く少女アニタ----アウシュヴィッツを生き抜いた女性の手記
アニタ・ラスカー=ウオルフィッシュ箸 藤島淳一訳 原書房 2003
 
 
著者のアニタはイギリス室内合奏団の設立者の一人。1925年生まれ,幼いことからチェロの才能を発揮していたとのことであるが,ユダヤ人弾圧でアウシュヴィッツに送られた。しかし,チェロを弾けたことで収容所内のオーケストラに入れられ,結果的にガス室行きを免れたとされ,餓死直前の状態でイギリス軍によって救出されたと言う。今も現役のチェリストである。

 この本の大部分は書簡の往復という形になっている為になかなか理解し難い。読み続けるのが苦痛のこともあったが,実際にアウシュヴィッツを訪れた一人として読み切らねばならぬ,と頑張ったというのが本音である。しかし随所に知るべき内容が記載され収容所の悲惨さが語られる。それとは別に,例えば,収容所オーケストラの指揮者はウイーンフィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターで歴史に残る「ロゼー弦楽四重奏団」の主催者でもあったアーノルト・ロゼーの娘のアルマ・ロゼーで,その母はマーラーの妹であった事などは,音楽を好きな立場で,私は驚きをもって読んだ。

 歴史上例を見ない、残虐を極めた、ナチスによる「アウシュヴィッツ強制収容所」と,米国による「原爆による広島・長崎の大量殺戮」は人類が二度と繰り返してはならない歴史上の汚点である。「日独伊」三国同盟を結んで戦争に参加した日本の国民は両者を永遠に語り継いで行く責務がある。しかし,終戦から半世紀以上を経て、戦後の世代が過半数を占める今日、人類に耐え難い大きな災害をもたらした大戦の悲惨さが風化し、忘れ去られようとしている。「戦争と抑圧の歴史」、「犠牲者の苦痛」、「平和の価値と生命の尊さ」などを後世に伝えることは、算数などの学課以上に重要なはずであるが日本の教育の中で完全に軽視されている。このことがもたらす弊害が今社会に現れつつある。


 ナチスドイツはポーランド全土に500を超える強制収容所を設置し、600万人以上のポーランド人を抹毅し、アウシュヴィッツでの虐殺は200万人以上に上ったとされる。囚われた各国のユダヤ人、各地占領地域の捕虜、抵抗者、ドイツの政治犯およぴポーランドの老若男女がここに連行された。
 強制収容所でナチス親衛隊は子供、老人、妊婦、病弱・障害者をシャワー室へと誘い、ガス集団毒殺を行い、その他の人は強制労働に回し、衰弱死、さまざまな生体実験死、大量虐殺など悲惨な行為を続けた。終戦時に生き残っていたものはそのうちの僅かに9200人であったと言う。

 私は3年前にこの地を訪れ,遺品、写真、記録集、囚人服、日中は食器に夜は便器にもなったとされる鉄製のボール、女挫の毛髪で織った毛布、人間の脂肪で作った石鹸、等を見て慄然とした。ヒトは何処まで残虐になれる存在なのか?? ある意味で広島・長崎以上のショックを受けた。

 日常の多忙さから私自身の心の中の「アウシュヴィッツ強制収容所」も記憶から薄れつつあるが,時には関連した著作に触れつつ温存していきたいし,語りたいものだ。価値ある一冊である。