徒然日記
2020年12月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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12/31(木)雪、午後時々晴れ 年始休暇三日目 飯川病院日直 除雪3回目
 1:00起床、医学文献、新聞などチェック。いつものごとく座学、データ移行。6:00-6:50除雪。8:42バス飯川病院。日直に就く。9:15患者死亡確認。NGテューブ際挿入一名。他は平穏。微睡、本読み、その他。18:30帰宅、19:00大晦日で年越しの夕食、紅白若干眺めるも興味湧かず、ネコ相手して21:00就寝。歩数計Σ12490歩。

2020年大晦日 雑感
 私は外からの評価よりも自分自身の評価を重視し自己満足を楽しむ。
 今年最大の喜びは無事生きられた、ということに尽きる。

 今年は地域の敬老会から初めて招待いただいた。
 また後期高齢者にも加入させていただいた。
 代わりに、と言ってはなんだが、私から辞退できることとしてとりあえず運転免許証を返上した。

 自分を鼓舞しながら、達成感、満足感を楽しんできたが、70歳台になってその意欲は全般に低下傾向にある。
 まずそれを止めたい。
 最近やたらに睡魔が生じてくる。身体が求めているのだから・・とできるだけ応じている。 
 21:00pmに就眠し1:00am前後に起床するという変則的な生活を今も続けていることも関係しているのかもしれない。

 私の好きな言葉は「継続は力なり」であるが、ここ数年来、「もっと無計画に、適当に生きてみたい・・・」と思い続け、徒然日記にも書いてきたが、まだ実行できていない。徒然日記に関して言えば、今年も更新できなかったのは1日もなく、期せずして「継続は力なり」になってしまった。

 今年こそは途切れてもいいから、無理せず自然体でいきたい。

 私は我が家の仕事の分担として、食事・掃除洗濯以外のかなりの部分を担っている・・・と思っている。これらはやらなくとも大きく非難されることはないが、家の内外がゴミだらけになってしまう。そうそう、ネコどもの世話は生き物が相手だけに手を抜けない。

 意欲の高揚を要する仕事はすべてやめる、など選択ができればいいな、と思うが、私が手抜きすれば誰かが担わなければならない。面倒くさいからといって、やりがいがないから、とやめるわけにはいかない仕事がまだまだ一杯ある。
 今年は除雪が増えるだろう。

 でも、手を抜けるところは抜きたいものだ、とウジウジ考える。

 あらゆることに感謝の気持ちを抱きながら・・・などなど、思いながら今年も無事終わった。
 ありがとうございました。


12/30(水)終日小雪舞う 積雪若干除雪なし 年始休暇二日目 
 1:30起床。静かに朝を迎えた。本読み、徒然などゆったり過ごす。本日から天候は荒れる予想。新聞雑誌類データ化など。12:02バスにて飯川病院に、ボランティア。データ移行に費やす。19:15帰宅、夕食、読書など、21:00就寝。Σ7578歩。

年末恒例のまとめ2020(5) 私自身の出来事   
 時間の経過は実に早い。本年も晦日を迎えた。
 私としては淡々と過ごし得た一年であった。

 私は、先に勤務していた病院の嘱託医として、また、家内が傭われ院長している飯川病院の補助医として診療を細々と続けているが、それ以外は外との接触・交流・対話は一切ない。今年も同様、家族とネコ、自分との対話を中心に引きこもり状態で過ごした。

 ずいぶん本を読んだ。
 ダリアを育てた。

 毎日の新聞、読書、文献整理その他などを通じていろいろ情報を仕入れ勉強し、データとしても蓄積した。無知であった自分を恥じながら新しい史実、事実を学んで日々一人で感激している。

 この一年間は、私は健康上のトラブルはほとんど無かったが、最近、体力・気力の衰えが顕著である。バランス感覚の衰えか筋力低下か、ふらつく。徒歩通勤は健康に自信なく一度もできなかったが、こまめにはよく歩いた。伊能忠敬の足跡をたどる歩数計は7年もかかったがトータル18.700Kmとなり彼の偉業をバーチャル上で達成した。今は性懲りも無く2周目に挑戦中で2.600Kmで岩手県の海岸線を北上している。

 まだまだ読書欲は衰えていない。この一年間に新しく購入した書籍だけでも100冊に近い。全部解体しデータ化している。よく読んだものである。

 家内はいろいろ病気を抱えているが今は元気で実に嬉しい。
 私自身はそろそろ引退を希望するが、家内が働いている間は補完的に、補助的に手伝わなければなるまい。引退するなら同時だろう。

 我が家はのネコたちは7匹とても元気、毎日笑いを提供してくれている。ただ、そのうちの一匹、横浜で拾われたユーは現在15歳で、この寒空健康面が心配である。

 私供がこうして無事年末を迎え得たのは、やはり多くの方々のお陰である。
 私の最近よく口にする標語は「寛容」、「忍耐」、「感謝」であるが、この一年、まだ一日あるがいつもより深い「感謝」の気持ちを込めて締めたい。


12/29(火)曇り小雨 年末休暇初日 午後飯川病院勤務
 1:00起床。新聞入力昨年文終了。本読み、徒然などゆったり過ごす。6:00可燃ゴミ3袋集積所に提出。本年最後。市の依頼を受けた業者のスタフの方々ご苦労様。午前座学、データ整理。12:02バスで飯川病院に。年末年始運行スケジュールに気づかず20分ほど待つ。すっかり冷えた。14:00勤務、検食後午後は読書、中心に。入院患者対応。19:00帰宅夕食。21:00就寝。Σ9262歩。

年末恒例のまとめ2020(4) 我が家の出来事   
 時間の経過は実に早い。本年も晦日を迎えた。

 この一年間は、我が家では全員健康上のトラブルはほとんどなく平穏に過ごした。
 家族達は、総じて元気に過ごしている。孫5人、何れも個性豊かにすくすくと育っている。賄いの石井さんも弱ってきたがなんとか頑張っている。

 新型コロナのために横浜在住の長女一家が一度も帰省できなかった。そのために横浜の孫とは会っていない。家内とはネットを通じた動画サイトを介して時折話しているようだ。長女はもともと帰郷願望が強い娘であった。年に数回はいろいろ理由を作って帰省していた。今年のように一度も帰省しなかったのは初めてのことになる。
 新型コロナ緊急事態宣言が解けた後には帰省することも不可能ではなかったが、次男は秋田大学病院で、私は中通総合病院で、家内は飯川病院で県外への出張や旅行、新型コロナ蔓延地区からの来客の受け入れなどにも厳しく制限されているために忸怩たる思いはあったが受け入れられなかった。娘一家は元気なようである。

 毎年年末には家内が主催して、休宝寺で餅つきパーティを行い、親戚の子供たちを中心に30名ほどで懇親会をするのであるが、これも中止になった。

 私供がこうして無事年末を迎え得たのは、やはり多くの方々のお陰である。私自身は引きこもりを自認しているが、そうは言っても多くの方々に間接的にはお世話になっている。

 私の最近よく口にする標語は「寛容」、「忍耐」、「感謝」であるが、この一年、まだ2日あるがいつもより深い「感謝」の気持ちを込めて、厳粛な気持ちで締めたい。


12/28(月)曇り 健康クリニック休診 飯川病院勤務 
 1:30起床。本読み、本、書類自炊、徒然などゆったり過ごす。午前の健康クリニックは年末休暇でなし、11:50バスにて飯川病院。データ整理など。14:00-19:00通常勤務。入院患者対応。19:30帰宅、夕食。21:00就寝。Σ9287歩。

年末恒例のまとめ2020(3) 医療界の出来事(新型コロナ関連)
 今年は新年早々から中国・武漢を中心に肺炎患者相次いだという不穏なニュースが飛び込んできた。中国当局がウイルス検出を公表した。
 私は医師会の役員時代にSARS、新型インフルエンザ対策に関与したことがあり、とても嫌な予感がした。
 このウイルスは世界各国に広まり、年末までの1年間途切れることなく報じられ、今でも右肩上がりに感染者は増加を続けている。世界的に8000万人が感染したとされ、過去のスペイン風邪るを思わせる状況にある。
 その中での朗報としてはワクチンが数種完成し接種が始まったことが挙げられるが、まだワクチンの評価は確定的とは言えない。
 そうこうしている間に恐れていた変異株が発生し、新たな脅威を迎えている。
 
 2020年はコロナで開け、コロナで暮れることになるが、コロナとの戦いはまだまだ続く。
 
(1)中国・武漢を中心に肺炎患者相次ぎ、中国当局がウイルス検出を公表
(2)クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号が横浜に入港、感染者が相次ぐ
(3)東京五輪・パラリンピックの延期決定
(4)志村けんさん新型コロナで死去、著名人の感染・死去が相次ぐ
(5)国内で初めての新型コロナ感染者判明(1月18日)
(6)安倍首相が辞任を表明、持病再発で
(7)WHOがパンデミックを宣言
(8)マスク・PPEなどが入手困難に
(9)政府が「緊急事態宣言」を発出、人との接触「極力8割」削減呼びかけ
(10)冬を迎え全国で感染者数が過去最多更新、1日3000人超え

医師が選んだ2020年のキーパーソン。やはりコロナが関連している。
(1)尾身 茂 政府の感染症対策分科会会長
(2)安倍晋三 病気再燃の影にコロナあり
(3)D トランプ
(4)菅 義偉
(5)忽那賢志  国際感染症センター医長
(6)西浦 博 京都大教授「8割おじさん」と呼ばれた
(7)小池百合子
(8)テドロス WHO事務局長
(9)岩田健太郎 神戸大教授
(10)中川俊男 日本医師会長

(m3comより引用 一部改変)


12/27(日) 積雪なし晴れ曇り 
 1:00起床、いつものごとくデータの更新・整理、コンピューター関連読書、徒然ほか、微睡。除雪不要。午前はデータ整理等で過ごす。午後はビス以後ガレージ整理中心に。ネコ餌2Fに運びついでに整頓。鉢植えシンビジウム自宅の玄関先に移動。16:00書斎にこもり秋山指揮N響演奏会録画「エグモント」、「セリオーソ」、「諏訪内ソロでVn協」、見事な演奏。19:00夕食、ワイン若干で不調に。20:30就寝。Σ9256歩。

年末恒例のまとめ2020(2) 2020国内の動き、世界の動き
 年末恒例のまとめ。備忘録として。
 今年は新年から全世界的に新型コロナ対応に追われた。日本も同様であった。

2020国内の動き
―――――――――――――――――――――――――――-
1 コロナ蔓延 政府が緊急事態宣言
2 東京五輪・パラ延期
3 歴代最長の安倍首相辞任 菅首相に
4 安倍首相 小中高に一斉休校
5 移動自粛・休業要請・GTトラブル
6 7月豪雨80人死亡
7 国民一人当たり当たり10万円 マスク
8 河合夫妻 
9 学術が異議会員任命拒否
10 安倍前首相不起訴
11 鬼滅の刃
番外 はやぶさ
―――――――――――――――――――――――――――-


2020国内の動き 世界の動き
―――――――――――――――――――――――――――
1 コロナ世界的蔓延
2 バイデン氏勝利 トランプ氏認めず
3 香港で民主化弾圧
4 黒人差別デモ世界に
5 英国EU離脱
6 米中対立激化
7 核兵器禁止条約発効
8 コロナワクチン接種開始
9 副大統領初の女性
10 イスラエルアラブと国交正常化
11 日韓関係元徴用工で関係悪化

―――――――――――――――――――――――――――
(朝日新聞の記事を参照した)

先には自分で重要事項を書き出していたこともあったが最近はその意欲、時間がなくなった。今年は新聞記事を参照し、若干改変して作成した。


12/26(土)年末年始休暇の始まり 曇りやや寒い 積雪なし
2:00飯川病院で起床、いつものごとくデータの更新・整理、コンピューター関連読書、徒然ほか。9:40バスにて帰宅。入浴ほか蓄積データ整理、自炊など。午後微睡後継続作業。16:00書斎にこもり音楽関連の録画見る。ベートーヴェン「三重協奏曲」。19:00夕食。21:00就寝。Σ7300歩。外仕事なし。

年末恒例のまとめ2020(1) 秋田県の動き
 年末恒例のまとめ。備忘録として。
 今年は新年から全世界的に新型コロナ対応に追われた。日本も秋田も同様であった。

(1)本県出身の初の総理大臣誕生ーーーーーーどこの出身でも政策が問われるのだ   
(2)新型コロナ 一斉休校や休業要請ーーーーその頃は国県とも過剰反応
(3)地上イージス計画撤回 ーーーーーーーーー防衛省自滅
(4)新品種米サキホコレ ーーーーーーーーーーあきたこまちに不満はないが
(5)新型コロナ 夏の行事軒並み中止に
(6) ブラウブリッツ秋田J2昇格
(7)漫画家矢口高雄氏他界ーーーーーーーーー貴重な作品を遺した方
(8)新型コロナ感染拡大 中高生の部活動に影響
(9)クマ襲撃 藤里町の女性死亡
(10) ナガマツペア東京五輪確実
――――――――――――――――――――――――――――
(11)昨年引退した元関脇豪風噺髪式
(12)記録的な暖冬少雪。冬の行事やスキー場などに影響
(13)秋田市出身の佐藤監督の映画「泣く子はいねえか」が国際映画祭で最優秀撮影賞
(14)高校バスケの名門能代工業の名称が来春消滅する
(15)世界ミスワールドの日本代表に大館市出身の金谷さん
(16)2019年に県内誕生新生児の数が5千人を下回った
(17)洋上風力発電施設を整備する区域として秋田沿岸が指定
(18)東京渋谷駅のハチ公前広場に置かれていた鉄道車両青ガエルが大館駅前に移設(19)1953年のボストンマラソン優勝の大館市出身の山田敬蔵氏死去(92歳)
(20)県内小中高校特別支援学校の2019年度のいじめが過去最多となつた
 --------------------------------------------------------------------------------------一

 光陰矢の如し 

2019年秋田県の動き
(1)地上イージス ずさんデータ記載発覚
(2)天皇・皇后両陛下が秋田市入り
(3)ナガマツペア世界V2、日本一も
(4)寺田静氏が初当選
(5)元関脇豪風が現役引退
(6)佐々木毅氏に文化勲章
(7)能代消防署員2人が殉職
(8)吉田輝星投手がプロ初白星
(9)人口減少率1.479%で全国最高
(10)佐藤彩乃選手が県勢五輪代表第1号
――――――――――――――――――――――――――――――――――
2018年秋田県の動き
(1)金足農業甲子園準優勝
(2)地上イージス 問題
(3)秋田犬がブームに
(4)男鹿のナマハゲ無形文化遺産に登録
(5)県内記録的大雨
(6)ナガマツペア世界金
(7)秋田おばこ累積赤字60億超に
(8)全国学力11回連続トップ級
(9)ハビネッツB1復帰
(10)県民会館閉館
――――――――――――――――――――――――――――――――――

2017年秋田県の動き
(1)記録的大雨
(2)北朝鮮 男鹿沖にミサイル
(3)県人口1万人割れ
(4)佐竹知事のゴルフ問題
(5)ブラウブリッツ秋田J3初制覇
(6)北朝鮮籍船漂着
(7)クマ目撃い千件超え
(8)ヨネタナバドSS初V
(9)衆院選小選挙区自民独占
(10)ねんりんピック秋田開催
――――――――――――――――――――――――――――――――――
(秋田魁新聞より引用。読者アンケによる。一部改変)


12/25(金) 曇り 大曲中通病院 飯川病院ボランディア+当直
 2:00飯川病院で起床。データの更新・整理、読書、徒然ほか。7:45徒歩秋田駅。8:11こまち、8:50-12:15大曲中通病院。今年最後の外来。午前中通病院医局からTEL、今夜も急遽当直となる。往復ともTaxi。秋田市内は徒歩。13:45飯川病院勤務。15:00サンタ姿で患者全員のベット訪問、写真撮影。16:30-18:00クスリを取りに院自宅Taxi往復、ついでに入浴雫石、当直に就く。18:00検食、20:00就寝。歩数Σ8035歩。

地球環境2020(6) 日本の温暖化ガスの具体的削減方針を打ち立てた(2)
 2050年までに温室効果ガスの排出を実質的にゼロにするため、政府が「グリーン成長戦略」をまとめた。
 50年の排出実質ゼロには相当な覚悟が要る。
 多分、影響を受けない国民はいないだろう。最小限物価が高騰する。
 ビジネスや暮らしを一変させる脱炭素化を進めるには、社会全体の合意が求められる。右肩上がりのGDP成長など望み得ないだろう。
 国民や企業に、生活や企業運営のリセットを迫らねばなるまい。十分説明することが必要である。

 目指すべき脱炭素社会の姿を的確に描き、正しい道筋を確実に進んでいけるかが問われる。
 私は脱原発の立場なのだが、国この「グリーン成長戦略」には老朽原発の活用、場合によっては原発の新設が含まれるようで、この点にはにわかには賛成できない。急速な変化は危険だから止むを得ないかしれない。

 温暖化ガス排出実質ゼロに必須なこと
 ■脱化石燃料。
 ■エネルギー多消費型の工業生産飲み直し。
 ■流通システムからの決別。
 ■産業構造の転換は痛みを伴う。
 ■新産業の育成による雇用創出へ、政策を総動員する必要がある。
 ■ハイブリッド車を脱炭素の手段に含めるのは過渡的なもの。

 火力発電を減らす、
 ■火力発電で二酸化炭素の回収が低コストで出来るなら過渡的意味がある。
 ■再生可能エネルギーを増やすとしても全電力を補い得ないとし、目安として「50〜60%」をあげた。これはEUの主要国が2030年にめざしている水準に過ぎない。
 ■蓄電技術が必要。
 ■老朽化する原子力発電にどこまで頼るのか。
 ■新増設の議論も避けて通れない。
 ■原子力利用は大いに疑問。「原発ゼロ」を想定するのがむしろ現実的だろう。不足分は節電もあげよう。

 水素エネの活用
 ■日本は他国に先駆け水素エネルギーの利用計画を進め一長の状態にある。
 ■水素戦略に関心を示すEUやオーストラリアと、普及へ向けた協力を深める好機だ。
 ■水素を得るには多大な電力を要する。
 ■水素のコストを如何に下げるか重要なポイント。

 洋上風力発電や水素産業など14分野をあげ、数値目標を提示している。
 国が具体的な見通しを示して高い目標を掲げ、企業などが研究開発に挑戦しやすい環境をつくる、ということ。国の補助も必要になるだろう。


12/24(木)寒波緩小雨 飯川病院勤務+当直 健康クリドック判定 
1:00起床。いつものごとく、文献読みデータ整理。自炊を含む座学中心。明朝可燃ゴミ提出できずまとめだけ済ます。11:50バス飯川病院、文献整理など。14:00飯川病院勤務、一時外出、健康クリドック判定。次年度の外来現状維持で決定。17:00当直勤務に、検食。21:00就寝。歩数Σ7490歩。

地球環境2020(5) 日本の温暖化ガスの具体的削減方針を打ち立てた(1)

 私は地球環境について危機感を抱いている。今まで地球環境、温暖化、気候変動等についての考えをまとめてきた。
 今年初春の項目は以下のごとく。
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1月08日 地球環境2020(1) すっかり健康を害した地球 熱上昇中
1月09日 地球環境2020(2) 発熱し、自浄作用は低下しつつある
1月10日 地球環境2020(3) 代替エネルギー開発より代替ライフスタイル開発を
1月11日 地球環境2020(4) エネルギーは活用すべきであって浪費すべきでない
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 菅首相は2050年に日本の温暖化ガス排出を実質ゼロにする目標を掲げた。
 驚くべき政治判断である。私は感心した。

 総理として学術問題で安倍内閣との違いを無理に強調しなくても、温暖化ガス排出問題の提案だけで十分に存在を示せたのに実に無駄をした、と思う。この間違いで支持率が急落した。もったいない事であった。

 温暖化ガス排出の目標設定なら誰でもできる。
 かつての二酸化炭素削減の数値目標は民主党の環境政策にあり、鳩山内閣が世界に向かって「二酸化炭素を2020年までに1990年比で25%、2005年比で33.3%削減して地球温暖化を防ぐ」、という内容のものであった。なんら実効性のない思いつきであった。

 菅内閣の目標達成は容易なことではない。大切なのは達成へ向けての具体的なアクションプランである。
 
 脱炭素化はコストがかかる。今は水に近いコスト原油を入手している。最もコストパフォーマンスがいい状態でエネルギー計画が作られている。
 例えば、将来化石燃料でなく水素エネルギーを用いるとするならばコスト多分数倍に跳ね上がる。そうなれば経済的成長は、多分できないだろう。国民生活は一層厳しくなる。経済界、産業界は大変な負担を強いることになるが、産業構造や社会構造の転換を急ぐべきだ。
 その際、国を挙げての省エネ行動を忘れてはならない。

 温暖化が引き金とみられる豪雨や熱波が頻発し、世界的に危機感が高まっている。新型コロナ問題も温暖化と無縁ではない。

 2020年以降の温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」の下で、EUを中心に削減加速の動きが出ていた。
 ■ EUは2050年の脱炭素化を打ち出した。
 ■ 中国も2060年までの実質ゼロを打ち出した。
 ■ 日本は2050年に近い時期の脱炭素化をめざすとしていた。脱石炭化が難しい鉄鋼、電力業界などに、慎重論が根強かったためだ。

 なんでもグローバルスタンダードに合わせるのは私は好まないが、日本は低資源国だから理論的に先んじてなくては産業自体が無に帰することもあり得る。
 自動車、素材、情報産業などからは、現状では世界の潮流に乗り遅れ競争上不利になると懸念が出ていた。

 政府の目標が明確になれば、企業は長期戦略をたてやすくなる。この効果は大きい。


12/23(水)降雨 歯科受診 飯川病院ボランティア  
 1:50起床、寝すぎた感あり。新聞チェックほか,自炊3冊、ほぼいつもと同じに過ごす。11:00佐々木歯科医院、無症状、定期メインテナンス。11:40自衛隊入口よりバス飯川病院、ボランティア、検食、19:30帰宅、夕食。21:30就寝。Σ6626歩。

秋田県の話題2020(10) 大曲近郊の山にみられた雲と山が織りなす景観 
 12/11(金)は週一回の大曲中通病院外来の診療応援の日である。8:11秋田発こまちで大曲に向かった。8:40途中通過した大曲近郊の山の麓は半分以上厚手の雲に覆われ、ほとんど見え難いほどであった。私は30年来この時間帯列車で通過するのであるが初めて見る山の姿であった。

 すぐにiPhoneを構えたがぐずぐずしている間に列車は住宅地に入ったために撮影の機会を失してしまった。
 到着後、丸子橋に急ぎ、iPhoneで撮影したが、山は市内から見ると遠く撮影には向いていない。しかし、再び見る機会はないだろうと考え写真に残すことにした。


 (ちょっと遠景すぎて魅力が表現できていない。車窓から見た感じとは大きく異なるのが残念である)


 (参考までに手持ちの富士山の絵葉書から類似の写真を選んでみた)

 過冷却状態の地表との温度差が著しくて霧が発生したのか、本当に雲なのかよくわからないが、車窓から見た時には周囲の状況から厚い雲だと思った。


12/22(火)晴れ寒気緩む 中通病院外来 飯川病院
 1:30起床、文献読み。データ整理、6:00可燃ゴミ出し、コンポスト処理。6:47バス飯川病院。8:45中通病院へ。13:30本年最後の外来終了、疲弊した。14:00-19:00飯川病院勤務。十分睡眠とる、入院対応は院長に依頼する。19:30帰宅、21:00就寝。Σ9240歩。

冬至2020 私には大きな節目の日 柚子湯・カボチャ小豆粥考 冬も到来

 昨日21日は冬至であった。
 私的分類では12月19日に私は冬を迎えた。

 冬至は1年のうちで日の出の時刻が最も遅く、日の入りの時刻が最も早い日。今後、朝が明るくなるだけでなく、朝の日差しが徐々に力強くなって行く。私にとっては希望の初日でもある。

 我が家では家事分担として掃除、洗濯、料理・調理関連は家族と、まかないの石井さんに100%お願いし、私は一切しないし、一切口を挟まない。
 代わりに、外仕事、家のメインテナンスは私が全部担っている。コンポストを含めゴミ処理も全て。私は分担している分野に家族の関与を許さない。発言も基本的には受け付けない。

 外仕事として、敷地内の掃除や草刈り、樹木の世話、花壇の整理、ガレージの整頓、廃棄物の処理などなど、意外と仕事は多い。積雪期は除雪も全て私が担う。屋内のメインテナンスも結構やるべきことは多い。

 可燃ごみは週2回5:00am頃に私が集積所に出す。
 10月末から12月末までは真っ暗闇の中の作業になる。自転車用ヘルメットを改造して作ったヘッドランプで手元、足元を照らしつつ作業を進める。

 秋田では通常は冬至は積雪状態で迎え、寒さはとても厳しい。
 本年の冬至は久々積雪があり今季2回目の除雪した。初回は12月19日でこの日私は冬を迎えた。
 実際の気温や天候は日照時間とは約二ケ月のズレがある。だから、秋田ではこれからが本格的な雪の季節である。
 
 今後、一週間単位で見れば夜が明けるの早くなることが実感できる。
 冬が長い北欧ではこの日を「太陽の力が再び力を持って来る日」として祝う、祭りが今でも盛んだという。
 私にとっても、冬至は除雪のストレスに悩み、春を待つ心が誰よりも強い私にとって新しいスタート日でもある。

 古代には冬至が1年の始まりだつたと言う。その気持ちはよくわかる。

 冬至といえば食卓には「カボチャと小豆」、風呂には「柚子」である。
 柚子湯は身体を温めて、風邪知らずに。この習慣は冬至と湯治の語呂あわせから来ているほか、柑橘系の芳香成分による保温効果や、沈静効果が期待できるという根拠も上げられている。

 冬至にカボチャを食すと健康によいといわれている。カボチャは16世紀に日本に伝わった渡来作物であり、一般に晋及したのは江戸時代とされている。だから、この風習は江戸時代以降に始まつたと考えられる。現在と違つて冬場は野菜類が少ないため、保存がきく、食昧などの点から珍重されたのであろう。ただ、この時期まで保存されたカボチャは皮が硬くなっており簡単には刃物が通らない。かつてはマサカリなどで破壊してから料理したものであるが、最近は電動のこぎりで裁断する。

 私たちにとつては暖かさの実感はまだまだ遠いが、小さな植物のなかにはいち早く太陽の恩恵を受けているものがある。ボタンの枝先には来春のための芽が硬く準備され、春の訪れを待っている。

 日が長くなリ始める毎日、来春への準備を怠らない植物たち、私も一緒に春までの日々を歩んで行きたい。


12/21(月)冬至 曇り小雪 除雪2回目 健康クリドック 飯川病院
 1:00起床、本日は嬉しい冬至。明日から夜明けが早くなる。徒然、文献読み。6:47バス飯川病院。9:00-11:45健康クリニックドック。結果判定15名。12:00飯川病院へ。データ処理とか微睡とか。14:00勤務、入院患者対応。19:30帰宅夕食、21:00就寝。Σ9821歩。小豆カボチャとユズ風呂楽しむ。

秋田県の話題2020(8) 知事選(3) 3期まで見た現知事の私の評価(2)
 佐竹氏は4期目も無所属で臨む方針だ。今回は幸いなことに対立候補が出るという。

 ■出馬表明の中で、新型コロナウイルス感染拡大の影響により価値観や経済構造が劇的に変化する可能性に言及。「今後の数年は大変革期であり、本県の将来を大きく左右する。次の世代に可能性に満ちた秋田を引き継ぐため、私の気力と体力、情熱をもう一度県政にささげたい」と決意を語った。佐竹氏の言葉からは社会の変革期に自身の3期12年の経験を生かし、引き続き県政運営を担いたいとの決意が見て取れる。
 その考えはいいが、それに基づく具体策を示してほしい。

 ■産業振興策としては自動車や航空機、再生可能エネルギーなどの分野の成長産業育成に力を入れてきた。横手市などで企業の受け入れが進んでおり、企業誘致で一定の実績を挙げた。
 しかしながら、本年度の県民意識調査によると、県の主要施策のうち「若者に魅力的な働く場の確保」への満足度は最低で、「企業誘致」も3番目に低かった。県民が県政の成果を実感しているとまでは言えないのが現状。人口問題もしかり。

 ■コロナ禍による社会の変化に対応し、大都市の企業の従業員が本県で生活しながらリモートワークする新たな移住促進策を進めようとしている。
 どこの県も求めている。なんで秋田なのか??実現への具体的な道筋を示すべき。

 ■12年間の県政運営で何を実現し、何を実現できなかったのか。佐竹氏はこれを検証し、根拠も明確に示すべきだ。県民目線での総括を求めたい。
 変革期のリーダーを決める選挙と主張するのなら、本県の進むべき方向性を明示し、3期までに踏み込み得なかったビジョンを打ち出す必要がある。それを出せないなら代わった方がいい。

 ■4選出馬にはただ継続するだけの「多選」は不要。県行政の緊張感が失われる。それを謙虚に受け止め、それでも自身が継続して県政を担おうとする理由や政策目標を分かりやすく示さなければならない。知事は2019年、3期目折り返し時点で自ら自己採点し50点であると評価した。謙虚だな・・と思った。今年も同じ評価だったら出馬を取りやめたらどうか。

 ■秋田県政の弱腰は、名門佐竹家の血筋を引くという点で秋田県にとってはエリート中のエリートで多少の不祥事があっても有権者から厳しく追及されることがない。それに無所属とはいえ、自公の厚い支持を受けて支えられていることが挙げられよう。
 そのために政府の施策に真っ向から異議を唱え難い環境もあるだろう。
 私はそう見なしている。

 ――――――――――――――――――――――――-
 国際的にはトランプの時代は終わった。
 国政では安倍長期政権が終焉し、いいようもない圧迫感から解放された気がする。
 次は、秋田県知事選である。対立候補の方々は現職に政策で挑むのは容易だろうが、佐竹というエリートに寄せる県民感情を切り崩すのはちょっと困難を伴うだろう。


12/20(日)小雪終日 飯川病院日直
1:00起床、本読み、新聞PDF化、徒然、自炊数冊。8:40バス飯川病院、9:00日直業務に。読書、データ整理。13:30微睡。病院入院患者は平穏。19:00帰宅、夕食、21:00就寝。Σ7749歩。

秋田県の話題2020(7) 知事選(2) 3期まで見た現知事の私の評価(1)
 秋田の佐竹知事(73)は任期満了に伴う来春の知事選に、4選を目指して出馬することを正式に表明した。
 私は佐竹氏を人間的には好きである。しかし次期知事選への立候補表明には賛成し難い。選挙は人気投票ではないのだ。
 4選出馬なら、3期12年の総括の総括を行い、県民に自ら成果を示してほしい。

 佐竹知事の政治的判断について私が感じたことを上げてみたい。

 ■防衛省の地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備について。 
 防衛省は昨年の地質調査報告書のずさんデータ問題を受け、政府は新屋演習場への配備は見直す方向で、新屋以外の秋田、青森、山形3県の国有地に配備可能かどうか再調査した。
 佐竹知事は「新屋は適地ではない」と明言し、配備回避に「政治生命をかける」と述べたが政府に向けての意見発信は弱いものであった。住宅地に近い場所に配備する計画に不安を抱える住民の声を重く捉え、配備を容認しない強い決意とは言えない。住民を守るためという視点で知事として責任を持って国と折衝し、配備回避に全力を挙げるべきだった。

 知事は独り言のように意見はマスコミに表明していたが、国に対して県政を預かる立場から何ら強い姿勢を示さなかった。私はイライラしながら眺めていた。
 結果的には防衛省は地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」は引っ込めイージス艦に頼ることとなったが、これは防衛省が自滅したのであって知事の業績とは言えない。

 ■歯止めがかからない人口減少への対策など重要課題が山積している。
 県人口の減少のペースは加速している。人口減対策は急務だ。3期目就任時の2017年4月に99.9万人だった県人口は直近本年11月には95.1万人台へ。約3年半で4.8万人超が減少した。
 県、市町村の移住促進、Aターン対策がじっくりと効果を上げている??そんな甘い評価も見られるが県の積極的施策によったとはいえない。具体的施策を上げることは困難を伴うがこの12年間ずっと壁に当たっていることをご自身はどう考えているのだろうか。

 ■新型コロナ対策。
 秋田県の事情を考慮した意味のある積極的な対応を示さなかった。全国一律の学校休校、緊急事態宣言はその時点で秋田県に適応する必要は全くなかった。国の施策を地方の現状を何ら評価することなくそのまま受け入れた。
 ウイルスを持っている秋田県民はほとんどいないと考えられたのになんで多発地域と同じ制限が必要だったのか。県境を越えた行動さえ制限すれば県内の生活はそのままで良かったのだ。
 秋田県の飲食業を中心とする比較的小規模な商店や企業は大幅に減収となった。私が知っているラーメン店も店を閉めた。
 安倍首相と佐竹知事が秋田の経済を落ち込ませた、と言っていい。
 秋田県の感染者は鳥取についで少ない。これは空が広いのと県勢が弱いこと、県民性(?)によっている。


12/19(土)降雪寒波 積雪10cm初除雪 
 1:00起床、新聞チェック、医学系論文読み、徒然ほか。自炊4冊ほど。10:30-11:30思いがけず積雪あり初除雪。本日から私は冬を迎えた。ここがネコ餌購入にDIY店に、約8け月分一気に購入。微睡、座学、読書三昧。19:00夕食。データ整理、21:00就眠。歩数Σ7608歩。

秋田県の話題2020(7) 知事選(1) 佐竹知事4選出馬!!! えっ!!!
 佐竹知事が12月の県議会で、来年4月の知事選に4選を目指して立候補することを正式に表明した。
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 うーん、これで良いのだろうか。

 佐竹氏はいい方である。私は現役の時に医師会員の立場で県の委員会などに多数関連してきた。特に、新型インフルエンザ流行期には知事を本部長とする感染症危機管理対策委員会にも参加し、医師として、医師会として色々助言してきた。知事とともに緊急記者会見にも何度か同席させていただいた。
 そのほか、県が主催または協賛しているような会合などでは何度か開会式や祝賀会などのひな壇に並んだこともある。
 その際、ちょっとした時間ではあるが、県の医療政策の進め方について会話したことも少なくない。

 佐竹氏は冗談も通じる気さくな方で、物静かで、血筋の良さ、育ちの良さを感じ取れる良い雰囲気を備えている。私はとても気に入っている。そんなこともあって佐竹県政には関心を寄せてきた。

 佐竹氏は2013年、本県知事選では史上初の無投票で再選された。最も力が発揮できる2期目は人口減対策、雇用創出や子育て環境の整備などを重点目標に掲げて取り組んできた。

 佐竹氏はこれまでの県政運営に「一定の成果が表れつつあり、県の発展に向けた流れをさらに拡大していくために3期目に挑戦する」と述べた。多分ご自身の総括はこのようなものだろうと思う。

 佐竹氏の2期8年の間に、秋田県は県勢は何かの点で発揚が出来たのか??
 この点に関しては私は佐竹県政は可もなく不可もなく無難に政策を進めてきた、と私は評価している。

 しかしながら、人口減少に歯止めはかからず、県人口は来年前半に100万人を割るだろう、出生率は全国最低。県民所得は全国で下位のまま、である。
 厚生労働省が発表した2015年の人口動態統計でこれらがさらに裏付けられた。すなわち以下の項目で全国ワーストであった。私はワーストという位置付けには関心はない。
 @ 出生率、    @ 婚姻率、    @ 死亡率、
 @ 人口自然増減、 @ 死因別死亡率のがん、 @ 脳血管疾患、 @ 自殺率。

 県政運営の指針の15年度の取り組みに対して、県が政策毎の数値目標について「おおむね達成」と自己評価したのに対し、県民意識調査では政策課題への「取り組みが十分」と感じている県民は平均で1割に満たなかった。中でも県政の最重要課題である人口減対策や地域活性化策を盛り込んだ「地域力創造」の分野では、評価する県民が3.2%にとどまった。

 このような実態をあげても佐竹氏が「一定の成果が表れつつあり・・」と、評価するだろう。私はそれで良いと思う。

 しかし、私が疑問に感じるのは県関連の政治家(??)、県議会議員の皆さん方はこれでいいと思っているのか、ということである。
 もっと何とかしなければ、秋田はダメになる!!!と、考えないのだろうか。
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 上記は2016年12月23日の記載内容である。
 私は当時、そろそろ交代の時期??と考えていたが、その後、佐竹氏は再出馬し、翌2017年4月無投票で3選を果たした。

 今、あれから4年経過した。次期の知事選の話題が出ているが佐竹氏は4選を目指して立候補するという。
 さいわい、今回は2名の方が立候補の意向を表明している。私は次回の知事選を介して秋田が長期の閉塞感から抜け出ることを期待している。


12/18(金)小雪終日 大曲中通病院 飯川病院 新積雪1-2cm、除雪不要
1:00起床、徒然、文献読み。5:30可燃ごみまとめだけ、提出無し。7:20Taxi駅東に。8:11こまちで大曲、大曲は積雪50cm以上、駅前のタクシーなく30分待ち。9:15-12:00外来業務、駅病院間はTaxiで。新幹線3分遅れ。 14:00飯川病院。微睡など。19:00焼肉店にて飯川病院忘年会。私にとって唯一の会。21:00Taxi帰宅、夕食、21:30就寝。歩数計Σ7808歩。プリウス右前照灯点灯せず修理、そのついでにスタッドレスタイヤ交換。

深刻な漁業の実態2020 秋田県のハタハタ漁(2)

 いまから50年以上前1970年代はハタハタは10K入りの木箱で売られていた。当時は漁獲量が右肩上がりで増えていたころ、八峰町などでは1箱の値段が40円のときもあつた。木箱の値段は70円で木箱よりハタハタの方が安かった時代もあった、らしい。
 県外から来た私など、ハタハタそのものについても、秋田のハタハタ文化についても理解できていないことも多い。

 それほどハタハタがあふれていた。防波堤からザルを落とすだけでハタハタがとれた。1960年代後半から70年代前半、1万トン以上の漁獲量が続いた。2万トンを超す年もあり、県民は安いハタハタを箱買いしてはハタハタ寿司を作り、保存食にしていた。 

 だが1976年に1万トンを割ってから漁獲量はみるみる減少、不漁につぐ不漁で1991年には7.1トンまで落ち込んだ。最盛期の1/300まで落ち込んだ。

 年が明けた1992年冬、資源が急激に減つていることは各漁師が肌で感じていた。このままではハタハタが絶滅してしまうとの強い危機感から全面禁漁を含めて資源対策に取り組むと合意した。 

 漁師たちが抱いていた最大の懸念は全面禁漁でハタハタの数は確実に増えるのか、ということだった。

 感覚で禁漁に踏み切ることはできない。禁漁にも再開にも根拠が必要だった。 

 全面禁漁で資源回復が期待できるいくつかの科学的根拠があった。 
 ■ 秋田沿岸で生まれた魚がまた戻ってくる回帰性も証明されていた。これは秋田の漁師たちが我慢すれば秋田に戻ってくることを意味する。
 ■ 漁の対象が2-3歳魚と若いため禁漁の効果が早く出ることも期待できた。
 ■ このままのペースでとり続けるとさらに減ってしまい
 ■ 短期間の休漁などの中途半端な管理ではあまり増えない。

 漁師にとって収入滅につながる決断、反対する声もあった。漁師たちはハタハタ漁に根ざした生活があり簡単には賛成というわけにはいかない事情があった。長年そこに生き、生活の場を共有している。ハタハタは漁師だけのものじゃない、冬の味覚として県民に親しまれた単なる漁業資源以上の存在で、秋田の文化でも
ある。
 漁師たちは1992年秋か3年間の全面禁漁に踏み切った。漁師たちはアンコウ等の魚をとったり県外へ出稼ぎに出たりして糊口を凌いだ。 

 解禁後の漁獲量は徐汝に回復し、2000年には1000トンを上回るまで戻った。しかし、近年は再び減少傾向が続く。2016年には1000トンを割り込んだまま増加していない。

 全面禁漁は漁師を疲弊させた。消費者のハタハタ離れが進めば漁業の衰退も加速する。前回の全面禁漁は苦渋の選択であった。一定の効果はあったが、二度とやってはならないんです、と関係者の苦悩は続く。

 秋田は県の経済低迷、人口減など深刻な話題が山積みである。
 今回は林業、漁業の面を学んで見たが、なかなか厳しい状況にある。


12/17(木)時に晴れ小雪寒波終日 午後飯川病院
1:50起床、新聞、文献読み。自炊5冊ほど。徒然ほか。天候悪く午前は座学。11:50バス飯川病院、14:00-19:00勤務、入院患者対応。今朝も寒波持続、寒い。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計Σ8740歩。

深刻な漁業の実態2020 秋田県のハタハタ漁(1)
 「秋田名物 八森ハタハタ 男鹿ブリコ・・・」、秋田音頭の冒頭である。
 毎年12月上旬のある日、突如としてハタハタは大挙して秋田男鹿この海岸におしよせて
来た。産卵である。漁のたちは正味二、三日の一獲千金の機会と家族総出で昼夜兼行で
協力、挑戦、作業する。積みすぎた舟は転覆することが稀でない。冷たい海で村人が溺死することも。
 ハタハタの日は嵐、雷も鳴る。獲れるのは夜、カンテラの光、かん高い女の声、トラックのエンジン音、殆ど無数のハタハタが跳ねる。その匂い。
 村中は年に一度のハタハタ漁で興奮の渦に巻き込まれる。漁に関係のない人も、子供までも浮き立つている。 

 ハタハタの長さは20cmぐらいか。鱗のない、この風変わりな魚を丸のまま煮えたぎつている味噌汁の鍋に放りこむ。すぐに食べられる。頭をおさえて箸でしごくと骨がすっぽりと抜けてくる。邪魔な小骨はひとつもない。シラコは雄の方、膨満したお腹の雌の方が断然多い。 
 ハタハタはどこの家でも飯寿司にする。二樽も三樽も漬けていた。春おそくまでとり出して食べる。

 ところがハタハタの大群は八森の海岸へやって来なくなつた。母は「もうこねいよ・・・」、と寂しげに言った。
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 上記は秋田県八森出身の某ウイルス学者の1991年の随筆の引用である(一部改変)。八森村々が産卵のためのハタハタの来襲で興奮の渦に巻き込まれる様子が描かれる。

 秋田の魚といえばハタハタである。
 それが近年、漁獲量の低迷に見舞われ、1992年3年間の禁漁を決めた。資源を次代につなぐために選んだ対策だった。地域の漁業者による自発的な全面禁漁は世界でも例を見ない取り組みだった。 

 本県のハタハタの年間漁獲量は一時は2万トンを超えたが昭和51年以降急減した。禁漁直前の1991年(平成3)年はわずか7トン余で、ピーク時の0.3%にとどまつた。 

 危機感を抱いた県漁業協同組合は92年(平成4)1月、全面禁漁は漁業関係者の生活に直接影響を及ぼすだけに反発は強かったがやむを得ないとの判断で決定された。 


12/16(水)時に晴れ小雪寒波終日 午後飯川病院ボランティア
11:30就寝中に寒くて目覚める。扇風機が回っていた、ネコのせいか。1:50起床、新聞、文献読み。自炊5冊ほど。徒然ほか。ヒーター式足温器持ち出して今季初使用。午前は座学。11:50バス飯川病院、14:00-19:00勤務、入院患者対応。今朝秋田市は-2度、盛岡は-7度、寒波持続、寒い。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計Σ8740歩。

深刻な林業の実態2020(4) 秋田県のナラ枯れ被害 
 松食い虫被害が十分コントロールできないでいる間に、県内ではナラ枯れ被害が悪化している。

 ナラ枯れ被害は県内では2006年度ににかほ市で被害が初確認され、12年度に民有林被害害が初めて1万本を超えた。 
 現在、被害市町村は秋田市や男鹿市のほか、内陸南部を含む8市町村に拡大し、被害材積も3,000立方メートルを超えるまでになっている。昨年度の被害は約1万6千立方m、5万3千本と全国で奈良県に次いで2番目に多かった。
 県/市町村は抜本的な対策を打ち出せておらず、さらに被害が増えるは確実。

 ナラ枯れは昆虫のカシノナガキクイムシが樹内に侵入した際に付着しているナラ菌によって樹木の細胞が死に、枯れる。
 ナラ枯れにより里山の景観が著しく損なわれるほか、土砂崩れや雪崩などの災害の引き金になることが懸念される。

 被害はかつての松食い虫と同様に東北地方を北上している。
 県内では2012年度に民有林被害害が初めて1万本を超えた。15年度1万9千本、16年度4万6千本と急激に増えている。
 昨年、能代、三種、泉北、美郷の4市町で新たに確認され 被害のあつた市町村は15に上った。 

 ナラ枯れが爆発的に増える様子は湯沢市の民有林被害状況で一目瞭然である。


(県南の湯沢付近のナラ枯れ状態。 秋田さきがけ新聞2000/12/07より勝手に借用)

 湯沢市では、県の「水と緑の森づくり予算」を活用して被害木の伐採、燻蒸処理に取り組んでいるが、手が付いているのは一部だけで被害拡大に歯止めがかかっていない。 

 同税の事業対象は、「景観を損ねる場所、人的被害の恐れがある場所」に限定されているから、男鹿、由利本荘横手など、被害が年間3千本を超える地域が湯沢市の二の舞になり得る状態にある。

 被害木は松食い虫被害と同様に高樹齢木が多い。県は17年度ムシが入りやすい高樹齢の未被害木を予防的に伐採する被害拡大防止緊急対策策事業に乗り出した。まだ被害の出ていない隣接地で重点的に高樹齢木を筏採し、林の若返りを図る事で被害の拡大を抑え込む狙いがある。

 ナラ枯れには伐期を迎えたナラが利用されなくなつていることが背景にある。
 本県のナラ材は良質なものが多いとされるだけに、林業関係者にはナラ材の多様な活用方法開発も進めてほしい。 

 ここまで深刻な事態に陥っているのは、枯れたナラの多くを放置してきた県などの対応が一因である。被害の初確認から14年、被害地域が県内の半分以上に及んでいる。この時点での緊急対策事業は遅きに失した感がある。

 人間社会でも高齢化、人口減、少子化などが進んでいる。もう対策は遅きに失して非可逆的状態にある。人間社会も樹木の世界にも共通の課題があるものだ、と思う。


12/15(火)寒波襲来小雪強風 中通病院外来 飯川病院 積雪3-4cm除雪不要
 0:40起床、文献チェックなど。寒波来ている。寒いが除雪不要でうれしい。
5:30可燃ごみ処理、二袋提出。6:47バス飯川病院。8:45-13:15中通病院外来。13:30飯川病院、14:00勤務、入院患者対応。微睡読書、19:00帰宅、夕食、20:00就寝。歩数計Σ7603歩。

深刻な林業の実態2020(3) 秋田県の松くい虫被害 
 本県の森林資源の主体は全国的なブランド力を持つ秋田スギであるが、これとともに、本県の海岸線263qには、飛砂防備や防風、保健休養の面で重要な役割を果たしているマツ林が広がり、豊かな景観美を誇っていた。
 しかし、その海岸マツ林は、近年松くい虫の被害により、多くが失われている。

 松は常葉樹であり、年中葉が枯れることはないが、最近は赤茶けた葉を持つ松の木を見ることができる。松くい虫のせいで枯れてしまった松である。

 松は塩分を含む風に強く養分や水分の少ない環境でも育つ。昔の人たちは海から吹き付ける風による砂や塩の害から家や畑を守ろうと海岸に松を植えた。
 そうしてできた美感あふれる防風林や防砂林が最近多くが松くい虫被害にさらされている。

 松くい虫というのは松に害を及ぼす虫をまとめた呼び名で、特にマツノザイセンチュウとマツノマダラカミキリを指す。
 前者は体長1ミリに満たない小さな虫で、松の幹に入り増殖して松を枯らす。自力では移動でないが、松を食べるマツノマダラカミキリにくっついて移動する。

 カミキリの体に入り込んだマツノザイセンチュウはカミキリがかじつた枝の傷口から侵入し増殖し元気な松を弱らせる。夏になるとカミキリは弱った松を好んで卵を産みつける。元気な松は松やにという粘り気の強い液体を出して卵を封じ込めるから増殖出来ない。

 老木の中で卵からかえつた幼虫か幹の中で冬を越して成長するがその間に松の中に潜んでいるカミキリが集まつてくる。六月中旬に羽が生えたカミキリりは体に入り込んだマツノザイセンチュウとマツノマダラカミキリと共に別の松へ移動していく。この繰り返しで松くい虫の被害は広がる。

 マツノザイセンチュウは北米国大陸から人つてきたようで、百年ほど前、長崎市で大量の松が枯れた記録があり、これか日本最初の松くい虫被害と見做されている。
 被害は徐々に北上し、最近では北海道を除き全土で見られる。

 秋田県では1982年(昭和57)に県南の旧象潟町で確認された。以来拡大を続け、被害面積は2019年に3,410haのピークを迎えた。その間、県をはじめとする関係者の懸命な防除によって、徐々に面積、材積ともに減少傾向になってきてい2018年度はピーク時の1/4程度に抑えられた。しかしながら、息の長い対策が必須だ、という。
 県の調査によると、被害の中心は県の北部に移動して活発化しており、依然として予断を許さない状況と認識されている。2018年度は松食い虫被害対策に2億9000万円をあてている。


 12/14(月)小雪 除雪なし 健康クリニック 飯川病院 道路凍結で危ない
 1:00起床、降雪若干、積雪は3~5cm。文献読み。PDF化書類。自炊4冊。6:47バス飯川病院。初冠雪なるも遅延渋滞なし。作業服の上にいつものスキーウエア着用、手袋、リング状首巻、スノーシューズを出した。9:00-11:50健康クリニックドック業務、15名+レ線判定14名。12:00飯川病院、道路は凍結し滑って危ない。本読み、微睡、14:00-18:30飯川病院勤務、入院患者対応。19:30帰宅、夕食、21:30就眠。Σ歩数計Σ8530歩。

深刻な林業の実態2020(2) 秋田県の森林保護対策 
 林業を再生するためには、林業・森林管理そのものの「川上」と呼ばれる対策から、林業によって産出された素材(木材)を製材・加工する木材業の「川下」と呼ばれる対策を一貫して成長させる必要がある。

 このうち、「川上」対策としては、適時適切な間伐や、林業の生産性向上が求められるほか、「川下」対策としては、製材工場等の大型化・効率化に加えて、近年、住宅業界などから求められる乾燥材の提供体制の充実などが課題となっている。

 具体的には、
――――――――――――――――――――――――――――――――
(1)川上対策
 林業の生産性の向上を図るためには以下の対策が必要。
??林道などの路網整備、
??高性能機械を活用した効率的な作業システム導入、
??国内林業は路網整備や施業の集約化の遅れから生産性が低く価格も低迷するなか、森林所有者の林業への関心低下も課題。

(2)川下対策
 川下対策の中心的役割を占める製材工場は零細・小規模工場が多いことに加え、機械設備の更新の遅れ等から生産効率が低いなどの課題を抱えている。
 加えて、販路対策として、以下が挙げられる。
??県外への木材製品の出荷促進や販売促進の強化。
??公共建物等の木造化・木質化の促進。
??発電や熱利用など木質バイオマス利用拡大システムの構築など。
――――――――――――――――――――――――――――――――

 県では、林業については「川上から川下まで競争力の高い木材・木製品の安定供給体制を整備し、全国最大級の木材総合加工産地確立を目指す」としている。
 長かった低迷から、ようやく脱却の動きが現れつつある林業、近年は国産材の利用が上向くなど、より明るい兆しも見え始めている。

 農水省では21年12月、「コンクリート社会から木の社会へ」を副題に「森林・林業再生プラン」を公表し、14年には18%台まで落ち込んだ木材自給率を10年後の32年までに50%へ引き上げる目標を打ち出している。

 本県の森林資源の主体は全国的なブランド力を持つ秋田スギで知名度はダントツに高い。これをバネに今後一層飛躍が期待される。それには若手の林業従事者の育成、木材価格の維持、就労環境の整備などが求められる。


12/13(日)寒波、曇り晴れ ダリア越冬準備 
 1:00起床、新聞チェック、そのほか文献読み等淡々と処理。PDF化書類、ラジオ深夜便のMP3データを整理。自炊6冊。午前もデータ整理など、12:30微睡後ダリアの越冬準備、やや乾燥進みすぎか?自宅内に保存のために箱詰めにし裁断した新聞紙のなかにしまい込む。16:00書斎にて音楽関連の録画確認、バーンスタイン指揮VPOの第九堪能する。19:00夕食、20:30就眠。歩数計Σ7150歩。
 
深刻な林業の実態2020(1) 世界の資源囲い込みで木材輸入難に 秋田県の取り組み
 衰退の一途をたどつてきた日本の林業がやっと見直されつつある。
 木材輸出国の資源囲い込みや、新興国の木材需要の高まりで外材調達が不透明になつて我が国の木材輸入量が激減、国産材の需要が相対的に増してきた。

 世界各国で資源囲い込みの動きがある。
 北米産の材木価格が新興国の輸入増などで高騰、燃料費高騰で運送コストも膨らんだ。輸入外材の約4割を占めていたロシアは木材の輸出関税の大幅アップを打ち出した。従来6.5%だった税率は2007年に20%、2009年に80%に上がった。
 これを受けて、国は国産材の利用促進は不可欠と判断した。

 国産材の利用拡大に向けた拠点づくりは全国各地に広がっている。その例として、秋田県男鹿市では地元の合板企業が加工設備を増強した。これまで売り物にならなかった間伐材や曲がった木を板状に加工する技術も向上し、直径10cmの間伐材も売れるようになったという。

 国も国産材の利用拡大を後押ししている。農水省は林業再生策を始めた。

 政府の旗振りで1950年代から全国の森林で植林したスギやヒノキが伐採期を迎え始めている。
 林業従事者は2005年の国勢調査によると約46.000人と30年前の約4分の1、しかも高齢者率が上がってきている。手入れを放棄する森林所有者が増え、山の荒廃が各地で深刻化する。
       
 新聞紙上などでは漁業や林業の記事はとても少ない。
 人手不足も深刻である。実態が知らされていない間に事態は深刻さを深めている。

 スギ人工資源量全国一を誇る本県は、農山村人口の減少や高齢化の進展、安価な外材の輸入などにより、林業の衰退がいわれて久しい。しかし、近年、林業復活に向けた明るい兆しも出てきている。
 本県は、森林面積が83万6千ヘクタールで県土の72%を占めており、東北で3位、全国でも6位の森林県である。スギ人工林面積は民有林、国有林ともに全国1位となっている。林業の総生産および1次産業に対する割合は高まっており、本県における林業の存在感は復活してきている。

 スギ立木価格の推移をみてみると、昭和50年頃は1立方メートル当たり17.000円前後だったが、近年は2.000円台と2割以下の水準にまで落ち込んでいる。ただ、下げ止まりの傾向もみられる。

 県は「国産材時代をリードする木材供給基地」を標榜して資源的基盤整備を積極的に進めている。県内の木材関連36社が東京で合同展示商談会を開催する動きもある。
 こうした積極的な攻めの姿勢をさらに推進するならば、県産材の未来は明るい方向にシフトできると考える。


  12/12(土)曇り時々晴れ 飯川病院日当直 祖父耕陽命日 1cm程度初冠雪
1:00起床、本読み、医学文献読みなど。午前は座学、本読みなど。12:00家内の車に同乗飯川病院、午後日直に就く。検食、文献整理自炊準備。当直業務に就く。検食後新聞文献切り抜き、ほか。読書三昧の午後。19:00まで当直医来院を待ち19:15迎えの家内に同乗帰宅、夕食。20:55就寝。ほとんど歩行せず。歩数計Σ5782歩。

日本で起きた災害一覧(3) 2009-2000
2009年 ???????????????????????-
??駿河湾地震 8月11日M6.5の地震。東名高速道路が路肩崩落により通行止となり、お盆の帰省ラッシュに大きな影響が出た。
?2008年???????????????????????-
??岩手県沿岸北部地震 7月24日M6.8の地震。
??岩手・宮城内陸地震。???茨城県沖地震。

2007年???????????????????????-
??新潟県中越沖地震 7月16日M6.8の地震。
??能登半島地震 3月25日M6.9の地震。
?2006年???????????????????????-
??2006年 豪雪 2005年11月から2006年2月にかけて発生した豪雪。死者行方不明者150人以上。
?2005年???????????????????????-
??台風14号 9月5日〜8日にかけ台風とそれに連なる前線の影響によって各地で大雨となった。渇水に陥っていた高知県の早明浦ダムなどでは貯水率が1日で0%から100%へ回復した。?
??福岡県西方沖地震 3月20日M7.0の地震。阪神大震災以降に政令市(福岡市)で震度6以上を観測した地震。死者1人。
?2004年???????????????????????-
??新潟県中越地震 10月23日M6.8の地震。21世紀に入って初めて震度7を記録した地震。死者68人。
??台風 台風16号が8月30日〜31日、18号が9月7日、23号が2004年10月19〜21日にかけて日本全国に暴風・大雨・高潮の被害をもたらした。3つ合計で死者不明者160人。この年は台風上陸が多く、これ以外の台風でも各地で被害が出ている。
?2003年???????????????????????-
??十勝沖地震 9月26日M8.0の巨大地震。津波に飲まれて死者行方不明者2人。???宮城県北部地震 7月26日M6.4の地震。宮城県で3回にわたり最大震度6弱〜6強を観測。
?2001年???????????????????????-
??芸予地震 3月24日M6.7の地震。特に広島県西部で被害が顕著であった。

2000年???????????????????????-
??鳥取県西部地震 10月6日M7.3の地震。???台風14号 9月11日〜12日にかけて東海地方で記録的大雨となり、名古屋市など愛知県・岐阜県を中心に大規模浸水(東海豪雨)。死者10人。???三宅島噴火 6月26日噴火した。この噴火以降火山性地震が相次ぎ、後に全島避難に。死傷者なし。???有珠山噴火 3月31日噴火した。地殻変動により周辺地域に被害が相次ぐ。死傷者なし。?

 ???????????????????????-
 これほどの高頻度で地震が起こったなどはまとめてみないとわからない。
 地震に最も弱い巨大システムは原発であろう。さらに私は新幹線が怖い。原発事故は現在の技術では制御不可能である。やはり脱原発に進まざるを得まい。

 電力に対しては再生可能エネの開発も必要であるが、その前に節電が必要である。福島原発以降、節電で乗り切ったことを忘れていないか??


12/11(金)曇り時に小雨 大曲中通外来 飯川病院ボランティア
 1:20起床、本読み他いつもの如く、自炊6冊、新聞入力。6:00家庭ゴミ処理、提出なし。7:30Taxi駅に、8:11こまち。9:50ー12:15大曲中通病院外来。往復歩行は小雨で足元Taxi。帰路のこまちは定刻。途中10分ほど緊急停止。徒歩病院、13:45飯川病院ボランティア。19:30帰宅、21:30就寝。歩数計Σ5787歩。

日本で起きた災害一覧(2) 2015-2010

2014年 ―――――――――――――――――――――――
??御嶽山噴火 9月27日11:52、登山客が山頂に多数居る時間に突然噴火。多
??8月20日豪雨 広島市北部の安佐北区・安佐南区の複数箇所にて大規模な土砂災害が発生。土石流などで死者74人・家屋の全半壊255軒。広島市内の地質が影響し被害が拡大した。
??2014年豪雪?普段は雪の少ない太平洋側でも大雪となり、首都圏などでスリップ事故が相次いだ。特に岐阜県・山梨県・長野県では大雪で孤立する集落が相次いだ。

?2013年―――――――――――――――――――――――-
??台風26号 東京都の伊豆大島にて記録的な大雨による土石流が発生。集落を飲み込み死者行方不明者39人。
??2013年猛暑 8月上旬から中旬にかけて全国的に猛暑となり、高知県四万十市江川崎で当時国内観測史上最高となる最高気温41.0℃を観測した。各地で熱中症による救急搬送多数。

?2011年―――――――――――――――――――――――-
??台風12号 9月2日〜3日にかけて、西日本各地に大雨を降らせた。特に紀伊半島の奈良県南部・和歌山県で被害が大きかった。死者・不明者92人???福島県浜通り地震 4月11日M7.0の地震。東北地方太平洋沖地震で誘発された余震。福島県いわき市で震度6弱を記録。また同市で土砂崩れにより3人が死亡した。またこの地震で復旧中の電力が途絶し最大約21万戸が停電した。翌日、同じような場所と深さでM6.4、最大震度6弱の地震が発生した。
???長野県北部地震(栄村大震災)3月12日M6.7の地震。長野県栄村では震度6強を記録しており、家屋の倒壊や土砂崩れなどの被害を受けた。?
??東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)3月11日に発生したM9.0の巨大地震。 国内観測史上最大の地震で最大震度7。東日本の太平洋沿岸部に大津波が襲来し多大な被害を与えた。福島第一原子力発電所事故も発生。日本は戦後最大ともいえる国難に直面した。
???新燃岳噴火 1月26日から噴火、その後噴火の規模が大きくなった。4月中旬の噴火以降は沈静化。


12/10(木)曇り雨 飯川病院 
1:00起床、徒然。文献・録音データの整理・処理など。11:40バス飯川病院、外来入院とも処置者なし。新聞、文献読みなど多数。19:30帰宅、夕食、21:30就寝。歩数計Σ8778歩。

日本で起きた災害一覧(1) 2000-2016
 日本は災害大国である。
 資料として2000年以降に日本で起きた自然災害を文献を基にまとめた。
 この間、わずか20年しか経っていないが、各災害は私の記憶からかなりが失われつつある。忘却防止に列挙した。

 今年も災害は各所で生じた。
 自然災害はいつ発生するか分からない。だから、日ごろの備えが必要であるが、わかっていてもなかなか実行できていない。

2020年 ―――――――――――――――――――――――-
??7月 豪雨 熊本県を中心に九州や中部地方など日本各地で発生した集中豪雨。

2019年 ―――――――――――――――――――――――-
??9月 台風19号。関東地方や甲信地方、東北地方などで記録的な大雨となり、甚大な被害をもたらした。
??9月 台風15号 関東上陸時の勢力では過去最強クラスの台風
??8月 九州北部豪雨 長崎県から佐賀県、福岡県までの広い範囲にかけて、長時間にわたる線状降水帯による集中豪雨が発生、8月28日を中心として各地点で観測史上1位の記録を更新

2018年 ―――――――――――――――――――――――-
??9月6日 北海道胆振東部地震  3:08に発生したM6.7の地震。厚真町で震度7、札幌市東区や新千歳空港などで6弱を観測。苫東厚真火力発電所の緊急停止から発生したブラックアウトにより全道295万戸が停電となった?
??2018年猛暑 5年ぶりに40度超え、熊谷市で最高気温記録を更新41.1℃を観測。都内の青梅市で40.8℃、名古屋市で40.3℃、京都市で39.8℃。?
??台風21号 1993年以来25年ぶりに「非常に強い」勢力で上陸した。大阪湾で第二室戸台風の時を上回る3mを超す高潮を観測し、関西国際空港では滑走路が浸水し、連絡橋にタンカーが衝突して孤立状態となった。?
??大阪北部地震 6月18日7:58に発生した大阪北部を震源とする巨大地震。
??7月豪雨。7月上旬に発生した豪雨災害。広島県、岡山県、愛媛県などに甚大な被害をもたらし、死者は200人越え。水害による死者100人越えは平成に入ってから初、昭和期に遡っても長崎豪雨以来である。

?2017年  ―――――――――――――――――――――――-
??7月九州北部豪雨 7月5日〜6日、福岡県と大分県で集中豪雨。死者行方不明者42人。

?2016年 ―――――――――――――――――――――――-
??台風第7号、第11号、第9号、第10号及び前線による大雨・暴風。8月16日〜8月31日に発生した台風及び北海道地方に停滞した前線による大雨により死者25名、住屋倒壊や浸水などの水害、農作物への甚大な被害
??大分県中部地震? 4月16日7:11に発生したM5.3の地震。平成28年熊本地震に誘発された地震。 大分県由布市で最大震度5弱を観測。熊本地震の本震で震度6弱の揺れに見舞われた由布市・別府市などでは、被害の拡大を招いた。?
??熊本地震4月14日21:26に前震(M6.5)が発生し、最大震度7を益城町で観測。その後、4月16日に本震(M7.3)が発生し、熊本県益城町(2回目)、西原村で最大震度7を観測したほか、熊本県と大分県の広範囲で震度6強〜6弱を観測。


12/09(水)曇り 飯川病院ボランティア 
1:15起床、文献読み。午前は残っていたダリア2本の球根掘り、水道のホース水抜き、など。12:30整形受診の石井さんの迎えの車に便乗飯川病院。ボランティア。外来対応。。19:30帰宅、夕食、21:30就寝。歩数計Σ5782歩。

師走2020(3)もう師走、お歳暮の季節 私はせっせと礼状をかく
 師走である。お歳暮の季節である。
私は物品のやりとりは好みではないが、社会的習慣だから無視もできない。私からは差し上げることはないが、家内が親戚の方々、日常お世話になった方々に私の名前で毎年差し上げているらしい。

 私宛に、家内宛に親戚の方、知人の方、患者さんからいろいろ物品が届く。その際、私はせっせと礼状をかいている。ほんの一部の方にはメールで済ますこともある。 

 ここ数10年来、病院内ではお礼や付け届け廃止運動がなされて来た。患者さんやそのご家族に要らぬ負担をかけないようにするためとても良いことだと思う。しかし、それ以降、宅配便でいろいろの品々をいただくことが増えてきており、痛し痒しではあるが、私はその際は有り難く頂戴している。

 私は、業務上お付き合いにおいては感謝の気持ちの表現は言葉、挨拶だけ、その時の笑顔だけで十分であり、金品の授受はあまり好きでない。いただきものは逆に私にとっては心理的に負荷になる。

 でも、それでもいただく。今は少なくなって現役のことろは比較にならないが、私は医師になってから半世紀近いが、今日まで、いただき物があった際、必ずと言っていいほど絵ハガキで礼状を書いてきた。

 これは、人間同士の対等のお付き合いの最小限のマナーだと思うからである。
 業務上では私はかなりビジネス調に仕事を進めているが、そんな私に対してでも何らかの感謝を表明したいと感じてくれたことは、患者-医師の関係では割り切れない、ヒトとヒトとしての何かの触れあいを感じていただいたからなのだと思う。

 確かに、患者さん方から、私の礼状に対して「改めて礼状をいただいたり」、その後にお会いした時に「礼状に対して丁寧にお礼の言葉をかけられる」事が多い。その際、「礼状をいただくのは先生からだけです・・・」とか、「先生のハガキは大切にとってあります・・・」などと告げられる。
 これらを勘案すると、医師からの礼状が届くことはとても少ないのでは?と思われた。確かに、家内関係では業務上お世話になる諸先生方に私的に中元や歳暮を送っているが、医師から礼状が届くことはまずない。

 何かをいただいた際に一方通行的にそのままにしているとすれば、それはやはり社会通念に反すると思う。いや、社会通念なんてものではない。

 感謝の表現はどんな立場の人であっても、とても大切なことだ、と思っている。


12/8(火)曇り 比較的 中通病院外来  飯川病院 太平洋戦争開戦日
1:00起床、データ処理。8:45バス飯川病院。8:45-13:20外来。西村書店日本医事新報1年分更新、郵便局で横浜に鬼滅送る。13:45飯川病院、14:00-19:00勤務に。疲れ果てて微睡1時間余、入院患者対応、19:20帰宅夕食。21:00就寝。歩数計Σ12387歩。

「割」と「%」 2020(2) 「割」の使用は日本人の心理がうまく利用されている??
 日本の財政の現状として、高齢化で医療や介護の給付費が膨張し、国と地方自治体の財政を悪化させている。さらに新型コロナ対策への補償などで国の財政は逼迫しつつある。

 社会保障費の中で給付費の増加ペースが最も高いのが介護である。2000年の制度開始時3.6兆円が20年度は12.4兆円に増えている。年金から天引きされる介護保険料は3000円からから6000円に上がっている。2018年8月からは、所得によっては自己負担額が3割となるように制度が改定された。

 医療保険についても75歳以上の後期高齢者の窓口負担を現役並み所得者は3割であるが、そこまで所得のない方の負担を原則1割から2割に上げることが必須と考えられている。現在、公明党と自民党がその内容をめぐって政治的駆け引きをしている。今日明日中に両党の主張の中央値あたりに決められる予定である。政治の駆け引きなんてそんなものである。

 高齢者の医療費は税財源で賄うべきものであるが、約5割が国、都道府県、市町村からの公費、4割が現役世代の健康保険料から、1割が高齢者の保険料で賄われている。現役世代の健康保険料から召し上げるやり方は見直す必要もある。

 国民健康保険、社会保険の自己負担が3割であることから見て、一般の後期高齢者の自己負担が介護でも医療費でも1割であることは問題があろう。2022年からは団塊の世代が暫時後期高齢者になって対象者は増えていく。こんな状況では制度の維持自体が困難となる。

 日本の高齢者は蓄財も預金も多く豊か、とされている。特殊詐欺事件などを見ると呆れるほど豊かな人もいるものだ、と思える一方、高齢者の貧富は二極化しているように思われる。私の外来に通院してくる患者はどちらかというと貧困層に属す。

 介護も医療費も、低所得者に配慮しながら、余裕がある高齢者には相応の負担を求めるべきである。
 その際、〇〇割負担のごとく「割」で論じるとあまりにも大雑把になる。今の負担額は現役並み所得者は3割に、一般の後期高齢者は1割であるが、これらの端境域にある人にとっては大きな問題となる。これを「%」で表示し、所得に応じた負担額をより細かく設定すべきである。そのためにマイナンバー制度を用いればいい。

 「割」が使われている身近なところとして代表的なのは野球の打率、出塁率等に用いられている。イチローの打率すら「三割八分五厘」と表現される。何故38.5%では駄目なのかな、と。割は基本的には10分割を基本とした大まかな表現に向いている。三割打者、四割打者等は称号としても用いられる。

 もう一方の代表は、医療の分野での使用である。患者負担比率等を表現する際には「割」が用いられ、細やかな数値を扱う場合には「%」で表示されている。即ち、患者窓口負担は「社会保険本人2割」とか「国保3割」と表現され、診療報酬などは「マイナス3.16%」等と表現される。何故このような差があるのだろうか?と思う。

 「1割」→「2割」→「3割」と増やされても、実際には200%の値上げにあたるが、国民はあまり異議を唱えない。
 世論形成などに日本人の心理がうまく利用されている様に思えてならない。


12/7(月)曇り小雨 健康クリドック 午後飯川病院
2:10起床、文献・新聞チェック、読書。7:10バス飯川病院着。9:00-11:20健康クリニックドック14名、結果判断14名分。11:40飯川病院、微睡など。14:00-18:45勤務、入院患者対応。19:00通町書店経由、鬼滅購入、帰宅、夕食、21:30就寝。歩数計Σ7293歩。

 割合、比率を表す単位として我が国では古くから「割」が用いられてきたが、今は大部分の表示が「%」となっている。私など「○%」ならばすぐに理解できるが、もう、「○割○分○厘」と表示されても直ぐには受け入れられない。そのレベルまで私の脳は劣化した。

 しかし、商業等中心に「○割」はまだ値引き率とかの表示に頻用されている。
 多くは「1割」「3割」「5割」などと数値は整数のことが多いから何となく潔いイメージを伴う。「○割引き」と言う表示には売り手側の思い切った、無理して付けた値段、のような雰囲気が漂う。だから、同じ値引き率でも「20%引き」と「2割引」では後者の方が目を引きつける。後者の方は、もしかしたらあまり儲けは出ていないのでは?と買う側が売り手の立場を心配してしまう、共感の雰囲気がある。

 一方、綺麗にワープロ書きされた「20%引き」ならば、やり方によってはもう2-3%安くできるのではないか?と、つい勘ぐってしまう。

 医療の分野でもまだ「○割」は用いられている。
 患者の窓口負担は何故か「○割」表示である。患者窓口負担は従来からクリアカットに「1割」→「2割」→「3割」と増やされて来たが、私はいつも巧妙な「マインドコントロール」なのだ、と思って来た。

 何故、患者の窓口負担表示が「10%」、「20%」、「30%」ではないのだろうか??
 政府、厚労省から提示されてくる患者窓口負担の表示は全て「○割」で、負担増の是非が論じられるが、負担増が決まれば「1割」→「2割」→「3割」と整然と増額される。この間、「1割5分」とか「2割7分5厘」にしましょう、と言う議論になったことは聞いたことが無い。

 「1割」→「2割」は倍額になることで、「2割」→「3割」は1.5倍になることを示す。支払い車から見ると大変な値上げである。それでも誰も声を上げない。

 私は「○割」表示を止めればいいと思う。「○%」表示ならば、必ず細かな調整の話題が出るはずである。今の時代、窓口負担が「12.5%」になったとしても計算上、誰も困りはしない。また、医療費など大まかに整数で区切って値上げされたら患者達は倍額倍額になり、大変である。

 「○割」表示は日本人が備えている節目を大事にする心理・心情から受け入れやすいのだろう。だから、何故か国民は素直に受け入れる。政府は今後も「○割」表示を使ってくるだろう。まず、これを止めさせよう。
 消費税は今は10%であるが、決して1割とは表現しない。


12/6(日)寒波、曇り、積雪なし 飯川病院日当直 ハヤブサUカプセル帰還 
 1:15起床、新聞電子化、読書など。自炊3冊。2:30ハヤブサUカプセル帰還、中継映像は意外と寂しかった。8:42バス飯川病院に。9:00から日当直に。午前はデータ整理。12:00検食、午後は外来レセプトチェック。微睡と読書中心、18:00検食、徒然など。21:00就寝。 歩数計Σ5170歩。

私の食事観(15) 箸の文化 箸の使い方について(4) 箸の文明史 

(参考文献) 斎藤たま著「箸の文明史」 論創社 (2010)
 (参考文献) 斎藤たま著「箸の文明史」 論創社 (2010)
 私が箸の使い方に過剰に興味を持っているのは、単に日本的な食事の作法からだけではなく、かつて、箸の歴史を本で読み感心したことも関係している。

 「箸の文明史」という書籍がある。
 これををまとめた斎藤たま氏は、1936年山形県生まれ。県立東高校定時制を卒業後、東京渋谷の書店に勤務していたが1971年退職、以降、子どもの遊びの歴史などの収集に入る。全国各地を訪れて、子どもの伝承遊びや、出産・葬礼・年中行事などに関わる民俗風習についての聞き取り調査を続けてきた。
 その記録は主として論創社から随筆や絵本として出版されている。山村・漁村・離島など、昔の生活スタイルが色濃く残る地域に暮す高齢者の話や唄の数々は、今では採録することができない 貴重なものとなっている。

 氏の主な作品に、■「便所の民俗誌」 (2011)、 ■「わらの民俗誌」 (2011) 、■「賽銭の民俗誌」 (2010) 、■「箸の民俗誌」 (2010)、 ■「まよけの民俗誌」 (2010) 、■「落し紙以前」 (2005) 、■「おしりをふく話」(たくさんのふしぎ 162) (1998) 絵:なかのひろたか 福音館書店・・・など多数。

 著者は約40年間にわたって古い暮らしをたずねて歩き民俗史を紡ぎ続けてきた。その著者は「箸はどうやら食品を口にに運ぶだけの道具ではなかった」、と気づく。箸は日常的な食事の道具だけでなく、ある指命、期待を帯びていたことに気づく。
 箸の任務・期待は何かというと、厄難よけ、ということになるのだが、全国的に、■箸にまつわる習わしの何と多岐にわたることか、■箸の材料となる各種の樹木は病の時には皆が頼む薬となり、■さらには魔ものから心身を守ってくれるお守りにも姿を変え、■信仰面での人とのかかわりがきわめて深いもの、だった・・・と記載されている。 

 いのちの儚さは今も昔も基本的には変わりはない。
 ほんの1世紀前のまでの民衆の暮らしは、現代の私たちには思い及ぱぬほどのいのちの脅威にさらされていた。私たちが現在迷信としてしかみなしていないものは、当時の民衆が、自らの、家族たちの身といのちを守る必死の願いと攻防だつたのだ。 
 かつては、出産はいのちがけであった。生まれてきた子どもの命もまた危ういものだった。病、けが、飢えに打ち勝って暮らすことは今よりもずつと困難で切実なことだつたのだ。

 その切実さから生まれる箸への数々の期待を探ることは、著者にとって人心の願いと知恵とを知る貴重な仕事であった。

 私は数多くの迷信や風習を直接知る最後の世代、だと思う。その面から見て氏の著作は私にとってどれも興味深いものがある。機会あれば読みたいものだ。


12/5(土)曇り 除雪機2台整備 落ち葉堆肥づくり スコップ左足甲に落とす
1:10起床。文献検索、徒然他何時もと同じ。新聞チェック、データ整理中心。午前除雪機2台整備、落ち葉堆肥づくり、途中でスコップ左足甲に落とす。靴履いており軽傷で済むが、その後の作業は中断。微睡。音楽関連録画視聴、横田めぐみさん拉致、三島由紀夫自死関連。新しい画像などもあり。19:15家内帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計Σ7074歩。

私の食事観(14) 箸の文化 箸の使い方について(3) 箸の持ち方の指導は箸にとどまらない
 私は結構他人の箸づかいを気にする。 
 TV番組や外食の場面で私は他人の箸づかいか気になって仕方がない。

 小さい頃、我が家では祖母が箸づかい、食事の作法などに厳しかった。きつく注意されたことが今でもよみかえる。でも、その厳しい注意あつてこそ自分が現在おおよそしっかりとした箸づかいができているものと感謝している。
 
 和食が世界の無形又化遺産に登録されてからはTVや書籍などで和食風景が取り上げられる。箸の持ち方を見ると、外国の方はぎこちなくても仕方がないと思うが、日本人の場合も千差万別である。中にはほとんど料理をつかむことができない人もいる。
 近年、画面に登場するタレントやアナウンサーの方々はTV時代を背景に若くてハッとするほど美形の方が多いが、食事風景になり箸づかいをはじめ食事のマナーを目の当たりにすると、評価が一変する。この方は、多分、家庭で十分指導をうけなかったためだろうな、などと勝手に思ったりすることが多い。 
 箸の作法が身についている人は食事のマナーが総じていい様に思う。箸の持ち方の指導は決してそれだけに止まらないからである。温かい家庭に育ったのだろうな、と思いを広げることもある。

 最近では親指や人差し指、中指などそれぞれの指をどのように使うか印の付いた練習用の箸も売られている。輪の中に指を通す矯正箸というのもある。悪い癖が一旦つくとなかなか治らない。何歳からでも矯正すべきだ、と思う。
 いずれにしても、箸づかいについて幼い時から家庭でしつかりと伝えられ、和食が美しい箸づかいに支えられたおいしい食として浸透するよう心から願つてやまない。

 やってはいけない箸のマナーとして以下のものがある。一つ一つの解説はしないが、■「寄せ箸」、■「拾い箸」、■「移り箸」、■「探り箸」、■「差し箸」、■「掻き箸」、■「渡し箸」、■「ねぶり箸」、■「涙箸」などがある。近年この様な使い方をする若者が増えてきているという。
 近年、核家族化、共働きの家庭が多いが、時間の関係でできるだけコンパクトに食事を準備し、済ませたいと思うことは理解できるが、食事のマナーの指導、箸の指導が二の次になっている様に思える。もちろん、指導の際には箸の作法だけではダメで食事のマナーも教えたいものだ。

 私が一番ショックを受けたのは箸でフキンを掴みこぼれた液体を拭き、そのまま食事を続けた若いお母さんであった。世も終わりが近い、と思った。

 箸使いの指導によって筆記用具の握り方も良くなる場合もある。

 なお、他人の箸遣いを指摘するのはいいが「差別的視点」で見るのはやめよう。個々人にはそれなりの背景があるのだ、


12/4(金)曇り冷える 大曲外来 飯川病院ボランティア
1:30起床。文献検索、読書、医学文献読み。自炊数冊。6:00家庭ゴミ収集所に。路面に雪無し。7:35Taxi駅、8:11こまち。9:00-12:15大曲中通病院外来。駅病院間は往復Taxi。秋田は徒歩13:30-18:40飯川病院ボランティア。微睡、読書。19:30帰宅。21:00就寝。
歩数計Σ8801歩。昨年、同曜日、秋田は積雪数cm、大曲は30cmほどの雪、隣の横手は1m近かったという。今年はまだ積雪はない。

私の食事観(13) 箸の文化 箸の使い方について(2) スパゲッティ、カレーは?
 世界では食事の時にどんな食器を使って食べているのだろう。
 約3割の人が箸で、4割が手で、残り3割がナイフ・フォーク・スプーンで食事をしているとされる(Wikipedia)。
 これは、食材の違いや調理法に起因すると考えられる。

 粘り気のある米を主食とする地域、麺を主食とする地方では箸で、肉類はナイフとフォーク、その他は手で食べる地域が多い。はさむ食材が多い料理には箸を、突く、切る、乗せる食材が多い料理には丈夫なナイフやフォークが発展したのだろう。

 私は家で洋食とされるものを食べる時も、やっぱり箸を使ってしまう。この世から箸が無くなるなんて考えられない。尤も、多様な食材がある以上なくはならないだろう。 
 
 例えば大好きなスパゲッティミートソース、これは私の人生を変えた食品の一つなのだが、それを箸で挑戦してみたことがあるが食べにくい。やはりフォークにスパゲッティをクルクルと巻きつける方がいい。

 カレーはどうだろう。カレーを箸で食べても味気ない。カレーの本場のインドなどでは手で食る。右手だけで彼らは実に器用にカレーを指先で口に運ぶ。わたしも試してみたがは手にや米粒かまとわりつき味わうこともできなかった。尤も、日本のカレーは水分か多く、指から垂れる。それに熱い。やはりカレーにはスプーンがベストである。

 各世界、地域毎に食事に関しては長い歴史がある。それなりにその国の文化に根ざした食べ方と美味さがあるのだろう。握りずしやおにぎりを手で食べる時の感覚は箸では味わえない。 

 料理のうまさは素材や調理法、味だけではない。どんな器に盛り、それを何を用いて食べるのかにもかかつている。

 それにしても箸の文化は素晴らしい、と思う。

 我が国で食事に用いられる箸は、基本的には木製で竹製のもある。漆などを塗った塗り箸がある。漆を塗り重ねた箸には独特の高級感がある。塗り箸の主なものに、津軽塗、若狭塗と輪島塗などがある。私は塗り箸は何セットか所持している。十分に美しいが、使い勝手は良くない。だから木目の美しさ、素朴な姿の無塗装の箸をこのむ。私どもは奈良県の峠喜十郎商店の素朴な箸を取り寄せている。
 割り箸も好きだ。


12/3(木)曇り 寒い 終日飯川病院勤務
1:10起床、新聞。医学文献読み。経済問題の文献読む。8;00家内に同乗して飯川病院。院長受診日で不在。終日勤務、午前は外来数名、午後は入院患者対応、読書。微睡、文献読書。19:30帰宅。夕食、21:20就眠。歩数計Σ6217歩。

私の食事観(13) 箸の文化 箸の使い方について(1)
 私は箸で食事をするのが好きだ。
 洋食で肉料理を食べる際に、ナイフとフォークを用いてカットするが、口に運ぶ際には箸に持ち替える。

 私は田舎者であった。
 ■ ひどい岩手なまりの言葉を意識して標準語を身につけるよう努力した。かなりうまくいった様である。私の言葉から岩手出身者であることを言い当てた人はほとんどいない。
 ■ 箸の持ち方の指導は食事の時に祖母からとても厳しいしつけを受けた。毎回具体的に握り方を手に取って教えてくれたが、うまく出来なかったときはお仕置きと称して右手の甲をつねられた。
 ■ 成人になってから初歩的テーブルマナーも学んだ。それなりの効果をあげた様であるが、やはりナイフとフォークで料理を口に運ぶのには違和感がある。だから、どんなところでも必ず箸を求める。

 私はやはり日本人なのだなあ、と思う。生まれた時から使い統けている箸に、身についた箸に勝る道具は無い、と思う。私に取って箸は手の指そのものである。手指が伸びた様なもの。

 我が国では生活の洋風化に伴い、米の消費量が減少し、日本の伝統的な食事よりも洋風料理の方が人気なのでは、と思う。たとえそうであったとしても、日本人は箸という遊具を手放してはならないと思う。素晴らしい文化である。ご飯が、味噌汁は
が廃れることはないだろう。ナイフとフォークでは食べれない。

 逆に、諸外国では日本食ブームでもある。外国人旅行者の食事風景などがTVで見られるが、一見、かなり上手に箸を使っている方もいる。しかし、しかしである。食べ物を挟み、口に運ぶという本来の目的は果たしているし、持ち方も誤ってはいないのだけれど、手と箸から漂う微妙な雰囲気が違う。私は密かに、そしてほんの少しであるがこんなに自由自在に箸を操ることかできる自分を誇らしく思う。 
 日本人が英語を学んで話してもどうしても日本語なまりの英語になってしまうように、普段ナイフとフォーク使っている人が箸を持つとやはり雰囲気が違う。

 日本人の箸使いもまた千差万別である。日本人だからといって必ずしも正しい持ち方をしている人ばかりではないし、箸のどの辺を持つかといったことも人それぞれ。さらには動かし方も人によって癖がある。
 箸の正しい持ち方ができる人が年々減ってきている、という。1984年は男女とも半数を超えていた、というが、25年後の2009年には2-3割りに減少した(目白大学保育学谷田貝名誉教授)。どんな調査がなされ、どんな持ち方が正しいのか、判断基準はわからないが、概ね納得できる。

 その原因として、親がきちんと使えないこと、きちんとした指導出来ないことが最も大きい、という。


12/2(水)曇り降雪少々寒波 飯川病院ボランティア
 1:10起床。医療文献PDF化、書類整理淡々と処理。文献・新聞読み。11:00受診の家族と同乗飯川へ、ボランティア、微睡、外来対応。小林よしのり著作集届く。19:20帰宅、夕食、20:50就眠。歩数計Σ4343歩。昨年防寒靴に。

師走2020(2)もう師走、心身が求めるままにゆったりと過ごしたいものだ(2)
 師走になると、世の中が見えない力で踊らされている。
 せき立てられるような、落ち着きのないこの師走、私はあまり好まない。
 この時期は節目として一年を振り返る時期でもある。
 いつも似たような結論になるが、元気で師走を迎えられての感想である。良かった良かった。

 私には濃密でない時間がもっとあってもいい。これからは時間を大切にすることは勿論であるが、お金で買えない、静かで豊かな時間の中に身を置くことが多分最高の贅沢になるだろう。

 特に私は、自分中心主義であるから心の中に絶えず「歪み」、「毒」、「葛藤」が形成される。私は罪作りである。生きるためにウソを重ねて社会に適合、他人に迎合せざるを得なかったから、心の中に常に他人に対しての「毒の感情」を発生させてきた。
 
 最近、心理学関連の書籍文献を読む機会が増えてきた。「美とは何か」「優しさとは」「差別感とは」など考えている。それ以上に自分の「毒」感情について考えている。

 人には五欲があると言う。
 【食欲】、【財欲】、【色欲】、【名誉欲 】、【睡眠欲】。
 このうち、流石に【財・色・名誉 】に関してはかなり萎えてしまったが、代わりに【読書欲 】なるものが頭をもたげてきた。

 私も大なり小なりこの五欲に追い立てられてきた。私はネクラで無気力人間であったから「他人を蹴落としても自分が・・・」と言う発想は乏しかった。生きる意欲も乏しかった。厳しい弱肉強食の世界に投げ込まれたら生きてはいけなかった、と思う。たまたま恵まれた世界で生きれたからしがみつけた。この弱さもコンプレックスの一つになっていた。それでもやっぱり五欲から逃れられず、様々な悪行を重ねてきた、と思う。

 私は年齢を重ねて自らの業の深さに思い至り、自らの過去を反省し、現役引退を機会に「終わった人」と、自身を否定しながら生きている。これ以上罪を重ねない様に社会、他人との間に距離を置いている。

 もう私には大きな目標はない。例外は、家内には一生付き合ってもらったとの感謝を込めて、良き人生を纏うしてもらいたい、と思っている。そのために、「寛容」・「忍耐」・「奉仕」に徹して支えたい。

 ボランティアとして彼女の仕事を手伝っているが、評価は低い。「外来には出したくない、患者が減るから」、「病棟は任せられない、患者が死ぬから・・・」と手厳しい。花壇の世話は略合格か?運転も否定され続け、ついに免許を返上した。
 もちろん、私にもプライドが若干残っている。私は彼女が言うほどひどい、役立たずの人間ではない、と密かに思っている。それが私を支えているが口には出さない。
 長年連れ添った間といえ、まだ駆け引きは続く。

 今後は、「こころ」が求めるママに静かに生きて生きたいものだ。


12/1(火)曇り小雪 中通病院外来ー新カルテシステム稼動一年 飯川病院 
 1:30起床、文献・新聞などPDF化。録音データ整理。5:20可燃ごみ集積所に。6:47バス飯川病院。新聞スクラップ。8:45-13:55中通病院外来、混雑のほか書類など。14:15飯川病院勤務に。入院患者対応、微睡。給与の明細の読み方習熟。19:00帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計Σ10430歩。バス待ちは冷える。作業服厚手に変更。

師走2020 (1)もう師走、心身が求めるままにゆったりと過ごしたいものだ(1)


 ついに師走となった。早いものだ。
 この月は多くの家で僧侶を家々に迎えて読経などの仏事を行ったため、師が東西に走り回るから師走と言った。年の暮れの往来の慌ただしさを絡めて、陽暦12月の異称として親しまれている。私はミニバイクで僧侶が檀家巡りをしている図が浮かぶ。

 2020新年を迎えてからはや11ケ月。時間が過ぎるのが早い。それだけ私自身の生きるテンポが遅くなって時間感覚が物理的時間に比較してスローペースになって追いつかないためである。全部の動作が遅くなっている。一番わかりやすいのは歩く速度が遅くなっていること。大曲駅ー病院間はかつては24分程度であったが最近は28分かかっている。これだとポール・ジャネの法則などの論理を持って来なくとも時間の過ぎるのが早くなっていることは簡単に説明できる。

 「忙しい」の「忙」は「心を亡くすこと」と言われる。昔の人はよくぞふさわしい文字を創ったものだ。

 ここ数年、多忙な業務から解放され、かなり自分を取り戻している。そうなると新しく見えてくる分野が広くなる。

 私は師走の慌ただしさがあまり好きでないが、今年の雰囲気はちょっと違う。
 新型コロナの影響である。第3波になったと報じている。東京大阪などの都市部では医療が崩壊しかかっているという。従業員の方々は大変な思いをしておられるだろう。

 私は淡々と、かつ静かに過ごしたい。師走になると世の中が喧騒になってくる。
 通勤路にはイルミネーション、商店街がクリスマスセール、お歳暮セールと、目や耳にうるさい。お歳暮は今なら10%引きなどと世の中を煽っている。半ば親切、半ば脅迫である。私は中元や歳暮など、意味の無い物品のやり取りは嫌いである。嬉しさよりも負担感で心に傷つく。
 新聞の折り込み広告がうるさい。ラジオ、TVも同様、商店街も「ジングルベル」。いつもならこれからますます市井が煩くなっていく。

 ただ、今年は違う。経済的活力の維持は生物学的「いのち」に劣らず重要であることがこのコロナ禍で示された。
 新型コロナの感染者は急増中で第3波が来ていると言われている。政府・自治体は水と油を使い分けてボヤの範囲で止めようとしている。いま感染蔓延のタガが外れ大火になったら大変なことになる。

 私も後期高齢者の範疇に入った。体調はそう悪くはないが加齢に由来する小さな不具合はある。だから、今年はできるだけ身体に相談し、体の求めるように、無理せずに、休息を適宜とりながら生活するよう心がけている。

 そんな中、いま集中しているのは読書である。これは体力を使うことはないが、運動不足になるのが辛い。

 今後は、「からだ」が求めるママに静かに生きて生きたいものだ


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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
  日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。時間的に余裕無いのが悩みです。


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