徒然日記
2020年1月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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1/31(金)曇り小雨 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア WHO緊急事態宣言
 1:00起床、新型肺炎でWHO緊急事態宣言、ちょっと遅い。文献チェック他本読み等いつもと変わらず。5:50可燃ゴミ提出。7:30Taxi駅に。8:11こまち。駅病院間雨のために徒歩出来ず。秋田大曲ともに積雪はない。帰路こまち3分遅れ。13:45駅飯川病院徒歩で,
途中で降雨氷雨に会う。14:00ボランティア。微睡も。19:30帰宅、夕食、21:00就寝、歩数計Σ8557歩。


四季2020年(1) 私の冬はまだ来ない  1月末日現在の除雪機稼働回数比較
 今季は私にとって冬が来ていない。
 除雪するか否かを真面目に迷うような朝も1日もなかった。

 私にとっての冬の訪れ初除雪の日と決めている。だから、今はまだ秋である。
 私は、冬の定義を「除雪が必要になった日から不要になった日」の間にしている。

 私の四季は、狭くて長い我が家へのアクセス道路、私はそれを「胎盤・臍の緒道路」と呼んでいるが、50m以上あり、ここの除雪は結構大変である。除雪機はバックアップのために2台準備している。
 まだ経験ないが、ちょっとでも手抜きすると生活用品が届かなくなり得る。例えば、郵便物、宅急便、牛乳の宅配、灯油の宅配、宅配スーパーへの注文商品、タクシーなど。
 だから雪の季節は手が抜けないし、健康に注意し、緊張して朝を迎える。
 私の生活は除雪を中心に季節が回っている。

 こんなこともあって我が家では4WD車が手放せない。そのうちの一台、オールドボロボロレガシーは22年目で、あちこち不調だが、積雪があればまだ真価を発揮する。

 今季は雪が少ないことは長期予想の中で示されていて期待していたが、これほど甚だしく少雪であると、嬉しさを通り越して気持ちが悪い。
 私は毎年1月末日の段階での我が家の除雪機稼働回数を取り出して比較している。
 今季は0回である。
 
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■2010年 13回  ■2011年 9回   ■2012年 14回 
■2013年 21回  ■2014年 11回  ■2015年 7回 
■2016年 2回    ■2017年 8回 ■2018年 5回
■2019年 2回 ■今季(2019-20年) 0回


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 除雪回数では2013年をピークに、確実に少なくなっている。やはり温暖化だろうか?

 今期は予想としては降雪量が少ないとされていた。雪のない正月を迎え楽勝、楽勝と思っていたが、これで本当にいいのか??むしろ空恐ろしくなる。

 県内では冬本番を迎えて各自治体が、除雪予算、除雪機能を増強して準備していた、というが、今年は除雪業者の苦悩のニュース、スキー場運営困難のニュース、雪を前提とした秋田の正月小正月行事の中止や縮小のニュースが前面に出ている。

 最近の日差しには春の息吹が感じられるが、まだ大寒、そう甘いものではないだろう。緊張感を失わないよう、毎朝の積雪状況を見守り、対応したい。
 ちなみに、私の通勤姿はいつものスキーウエアでなく、ちょっと厚めの作業服上下の姿で通している。


1/30(木)降雨 飯川病院 
 1:00起床。新聞チェック、パソコン関係学習、徒然など。6:47バス飯川病院、。∴長くてあと1年か??11:50バス飯川病院、検食、微睡。14:00-19:00勤務、19:30帰宅、夕食。21:00就寝。ラジオ深夜便録音数回分聞く。Σ8674歩。

老医のつぶやき2020(1) 最近、辞書で調べたカタカナ語(2)
 今、日本人の言語表現が「カタカナ化」される傾向が大い。私はとても残念なことだ、と思っている。

 カタカナ語を好んで用いる方々は、かっこいい表現と考えているのではないか、と思う。これにメディアが、各界の専門家が、識者と言われる人たちが、無批判に便乗利用している。

 最近のカタカナの氾濫は、異常でないか?
 日本語に興味を持ち、できるだけ標準的な日本語を使いたいと思っている立場からは残念なことである。高齢者いじめにも当たるのでないか?

 美しく、機能的な日本語を大切に守りたい、と思う。

 年末から本日にかけて新聞を読みながら、
■意味が取れなかった単語 
■日本語表記できるのに無駄に置き換えられている単語、
■何でここでカタカナ語が使われなくてはならないのか?と疑問に思った単語を集めてみた。

 前回も挙げたが、その後以下の単語を抽出した。
 一つ一つの意味は省略する。
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○サブスクリプション○スピンオフ○メンター○ヘヴィメタル○ヒップポップ○ジリエント○インフラ○ワンオペ○オープンイノベーション○ゼロベース○ロスジェネ○レガシー○スノビズム○シームレスダウン○ギグワーカー○ピアポーター○リーディングスキルテスト○レバレッジ○リゾート○リカレント○プラットフォーマー○ダイナミックプライシング○ヘアドネーション○パラフィリア
○マミートラック○アーキビスト○ワーケーション○ヘルマフロディトス○プラットフォーマー
○クライムノベル
○カタルシス
○レイハラ
○ディープフェイク
○シャローフェイク
○スカイランニング
○ハビタブル
○ユマニテュード
○パノプティコン
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それに対して日本語は一目瞭然、難しくても意味が取れる。だから味わい深い。
四文字熟語をざっと挙げてみた。

○心機一転  ○悠々自適  ○泰然自若  ○一期一会  ○ 前途洋々  ○七転八起  ○不言実行  ○不撓不屈  ○一念発起  ○油断大敵  などなど

1/29(水)終日降雨 飯川病院ボランティア 武漢からの避難第一陣到着
 1:00起床。新聞チェック、徒然。午前自宅で座学。11:50バス飯川病院。19:00までボランティア。文庫本ほか5冊自炊のためにカット、微睡若干、19:30帰宅、夕食、21:00就寝。深夜便数篇聴く。Σ7913歩。

新型肺炎(6) 指定感染症化した 今回の政府の対応は意外と迅速
 1月27日に安倍総理大臣が新型コロナウイルス感染症を指定感染症にした。

 指定感染症とは、「人から人に感染する疾病について、政令で1年間(時に2年)に限定して患者の入院対応、入院勧告、建物の消毒などの対策をあらかじめ決め、流行を予防する」、というもの。感染症法に基づき、政令で指定される。

 感染症法はこれまでの「伝染病予防法」に替えて 1999年から施行された。
 2002年11月から7月初旬にかけて東アジアを中心として世界各国に広がったSARSなどに対応するため、2003年10月に改正、さらに2007年には「結核予防法」と統合された。
 また、高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)の感染拡大状況と新型インフルエンザが発生した場合のまん延に備え、 2008年にも改正された。

 「感染症法」では、症状の重さや病原体の感染力などから、感染症を1-5類の「5種の感染症」、「指定感染症」、「新感染症」の7種類に分類している。感染症のそれぞれの危険度に対応した医療機関の対処も可能としている。

 このように、新感染症、未知の感染症の出現に備えて、法体制を整え対策の充実が図られている。
 ペストやコレラ、インフルエンザなどは法定感染症に指定されている。その他の感染症で、国民の生命および健康に重大な影響を与えるおそれがあるものは、法律を改正することなく、政令で「指定感染症」と出来る。

 「指定感染症」に定められると、患者が発生した場合、都道府県は患者ごとに厚労省の指導を受ける必要がなく、従来よりも迅速な対応が可能となる。また、入院のときに医療保険が適用される。「指定感染症」は2014年の中東呼吸器症喫群(MERS)以来、5例目となる。

 これまで厚労省はWHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」が宣言されれば、指定を検討するとしていたが、感染拡大が止まらず患者の迅速な把握や医療提供をできるようにするために指定を判断した。

 「指定感染症」として、国内で発見された感染者、武官からの帰国者らに対して次々と行動制限が加えられている。患者の入院勧告や就業制限ができるようになり、入院勧告に従わなかったときは強制入院の対象になる。
 政府は「指定感染症」とともに「検疫感染症」にも指定する。感染が疑われる人に、空港などの検疫所が診察や検査などを受けさせることができるようになる。

 新型肺炎を診療した医師は届け出る必要がでてくる。


1/28(火)風強し降雨 外来 飯川病院
 1:10起床。本読み、文献チェック。5:30可燃ごみ対応など。降雨のために6:35レガシー飯川病院、8:45-14:00外来+紹介状返事記載。14:10飯川病院、勤務。新カルテシステムで疲弊、微睡1.5時間、19:15帰宅レガシー、夕食、21:10就寝。計Σ6119歩。関東関西では大雪。

新型肺炎(5) 疫病は社会、政治を変える
 中国・武漢で発生した新型コロナウイルスによる肺炎は、急激な感染拡大となり、武漢と外部を結ぶ鉄道や航空路、高速道路か閉鎖された。
 感染が広がる都市から脱出することかできなくなった市民たちの不安と怒りはいかばかりかと思う。

 インフルエンザのような感染症などは、初期のうちから正しく危機感を感じ取るのは容易でない。なかなか重大ごとして捉えられず、気づいた時にはなす術ない状況に巻き込まれていく。封じ込めは初期の段階でなければ効果が乏しい。詳細はわからないが、今回の中国の初動にも問題があったとされ、国内で批判が高まっている。

 新型肺炎はコロナウイルスか変異したもの。ウイルスには細胞がないため、抗生物質は効かない。頼りは自己の免疫力、いずれ開発されるであろうワクチンしかない。

 このような地域封鎖は歴史上でも行われてきた。
 ペストの例が有名である。それでも疫病とは何者かを知らぬ住民が次々にペストに倒れていった。

(ペストが蔓延した市内を描いたとされるミコ・スタバロ作の絵画。描かれている人物の8割方は死者。世話している生者も間も無く死んだだろうと推定されている)

 また、封鎖の意義を理解できずに強行突破した住民たちは世界中にペストを蔓延させた。海に逃れた住民は船の上で死亡し、流れ着いた海岸から病気が蔓延した。その頃の小説等を読むと死体を乗せた難破船、幽霊船のことが高頻度に取り上げられている。

 ■ 疫病は社会、政治を変えた
 ペストはヨーロッパの社会機構に大きな影響を与えた。
 ペストが下火になる前に、生き残った人たちの労働賃金が上がって、封建制度がくずれ去るきっかけとなった。
 また病気に対する古い考えもあらためられた。当時の人々は、まだ病気を神の罰と信じていたが、聖者も、貴族も罪人も区別なく殺戮したペストは、神の罰などではなく、現実的な何かがあることを人々に教えた。
 おぼろげながら伝染病についての考えが現われだし、罪とか不信心とかに代わって病気の原因とされるようになった。患者を隔離するという試みの効果は不十分ではあったが、とにかく公衆衛生の下地が出来た。

 ■ 疫病は戦争も終結させた
 過去の人間社会では、突然変異したウイルスよって多くの犠牲者を出した。とりわけ1918年から感染が広がった「スペイン風邪」は、インフルエンザウイルスの感染であったが、全世界で少なくとも5000万人以上が死亡した。このときは第1次世界大戦の最中。敵味方の区別なく多くの兵士が感染して死亡し、戦争継続が困難となり、終結が早まったとされている。

 中国は共産党一党支配の国であり、その体制は盤石に見えるが脆弱さも包含している。今回のような疫病等の対応があまりにも拙ければほころびが出る可能性がある。指導部は焦っていると思う。
 中国との往来がある北朝鮮の感染状態はどうなっているのだろうか?


1/27(月)くもり晴れ  健康クリニック  飯川病院
 1:15起床。本読み。文献チェック等々いつもと同じ。6:47バス飯川病院に。9:00-11:15健康クリニックドック10人+レ線チェック9名。11:15飯川病院。微睡、14:00-19;00勤務。入院患者対応、18:30バスにて、車中でiPad読みに集中、乗り過ごす。19:10帰宅、夕食、21:00就寝。計Σ13043歩。

私的徒然教育論(1) 教師志望者減が示すもの
 なんか得体がしれないが、今の教育現場ではいろいろな問題が渦巻いているようだ。
 生徒間のいじめ問題・・・、ばかりかと思っていたら陰鬱な教師間のいじめ問題もあった。不登校生も増えている。教師はブラック職業化しているのか、教員志望者は年々減少している。
 私は教育関連業ではない。一時、大学医学部の教官だったことはあるが、今の教育界の実態は知らない。あるのは三人の子供の親だったということ、今は就学期の孫もつ爺爺だということ。後者の立場から親とは異なった立場で、間接的に、教育に関して無関心ではいられない。
 身近に教職、元教職の方は何名かいるが、情報源にはならない。

 今、学校や教師への不信感がうず巻いている。メディアが不信をあおっている。ボヤ程度の問題点にメディアが介入すると火災になる。
 
 そんな背景があって、短絡的?な教育改革が性急に進められている。しかし、場当たり的改革は、決して教育をよりよいものにはしない。安倍総理は教育改革に意欲を燃やし、教育再生会議などを主催している。しかしどのような形で結果が出ているか、私はわからない。

 学校や教師への不信感を煽るような情報がメディアで報じられるようになったのは、1970年代以降。それまで教育者はある種の尊敬の念などがあり、教育界は聖域扱いであったから、報道の標的になることが少なかった。しかし、「落ちこぼれ」や「不登校」、「いじめ問題」、「管理教育」、「ゆとり教育」、「保護者とのトラブル」などが明らかになってからは、メディアにとっては格好の「社会ネタ」だった。

 その「ネタ」は次々と変化した。「校内暴力」が沈静化したら、次は「いじめ」や「体罰」がクローズアップされ、一通り報道・論評つくされると、次は「校則問題」・・・へ、といった具合である。
 確かに、メディア報道を契機に事態が改碧した部分はあった。体罰はずいぶん減少した。「ブラック校則」も姿を消しつつある。

 だが、そうした、メディア情報は二つの困った事態を生んでいる。
 ■一つに、少数の事件や事例がセンセーショナルに取りあげられること。
 ■一つは、この改善策を・・とやるたぴに、学校現場は余裕がなくなっていく。

 メディアが注目するのは、信じられないような事件や、とんでもない不祥事ぱかりである。そういうニュースだけに触れると多くの人は「今の学校は……」という不信感を抱く。
 大多数の学校が地逍に、それなりにうまくやっていることや、ほとんどの教員がまじめで職業意識に溢れていることなどは、「当たり前のこと」としてメディアで取りあげられることもない。だから、真の姿が人々にみえなくなっている。

 「よりよい教育」を手探りしている目の前の教師には目を同けないまま、多くの人は学校を語っている。
 1980年代の学校はは、ろくに教員も増員されないまま、次々と「改善」、「改革」の名のもとで、新しい試みの指示が上から降ってくるようになった。

 その結果、教師の職務は多方面へ広がった。会議や研修や書類作りの仕事が増えた。トラブルや苦情への対処の時間も増えた。
 教育活動そのものではなく、評価資料作成や評価のための時間も増えた。まじめで熱心な教師ほど、追いつめられる。近年の教員の精神病の増加は、おそらくその現れである。このままの方同では、さらに大量の教師が燃え尽きてしまいかねない。

 私は最近の小中学校が置かれている立場はこれでいいのかな?と思っている。
 詳細なことは門外漢である私にはわからない。ただ、教師志望者が激減していることが教育界の問題点を示しているように思う。


1/26(日) 寒波それほどならず曇り 積雪0cm
1:00起床。読書・新聞・文献チェックなどいつものごとく。終日読書、データ整理で過ごす。11:00-14:00漫画自炊作業、この間12:00NHK TVニュース、のど自慢楽しむ。微睡ご外旭川駅予定血を見に、電池購入、クリーニング回収して帰宅。本読み、19:00夕食、21:00就寝、歩行8153歩。

新型肺炎(3) 武漢からの邦人脱出 1985年イラン脱出にトルコ航空の英断を思い出す
 今回の武漢からの邦人脱出を見て、私は昭和60年(1985年3月17日)、イラン・イラク戦争の最中、イランからの退避の件を思い出した。
 イラクのフセイン大統領は48時間の猶予期限以降イラン上空を飛ぶ航空機は無差別に攻撃すると突然通告した。

 どの国もイラン在住の自国民の救出に全力を注いだ。
 日本は日本航空に依頼、救援機を派遣することとしたが、社内事情のために派遣が不可能となった。戦闘地区への派遣に労組が同意しなかったから、ともされている。

 イラン在住邦人40余名は各国の便で国を離れることが出来たが、なお200人以上日本人が取り残され、退避方法がなく窮地に陥った。迫り来る空爆の中、味わった恐怖感は如何ばかりかとおもわれた。
 伊藤忠商事の森永氏はトルコのオザル首相と親しく、オザル首相に援助を求めた。トルコ人も600名も取り残されていたが、オザル首相の指示でトルコ航空が2機用意、邦人はタイムリミットギリギリのところでイランからイスタンブールに向け脱出した。
 数日後、イスタンブールから羽田に到着した邦人たちの喜びの笑顔が毎日新聞の一面を飾ったが、その写真は私の脳裏に深く刻まれ、今でも鮮やかに思い出すことができる。

 一方、空路帰国することが出来なくなったトルコ人たちは、トルコ大使館が用意した車に分乗し、陸路でイランを脱出した、という。
 駐日トルコ大使は救援機を出した理由を「エルトゥールル号の借りを返しただけ」と述べた。

 エルトゥールル号難破事件は、明治23年(1890年)トルコの同名の軍艦が和歌山県串本付近で台風のため座礁し、約500名の乗組員が死亡した事件。
 村民・漁民たちは生存者を治療、看護し、助かった60余名をイスタンブールまで送り届けた。寒さの中、住民たちは低体温になった被害者を同衾して温めた、という話まで伝わっている。トルコでは教科書にも取り上げられ、誰もが知っている歴史的事件である。

 我が国から救援機を出せなかったこと、トルコ航空が代行してくれたことについて国会で取り上げられた。その時の記録を見れば、当事の安倍晋太郎外相は、現総理の父君であるが、「常々の日本・トルコ間の友好関係が成し得た結果・・・」、とさらりと言ってのけている。国として救援機を出せなかったことへの陳謝もなく、味も素っ気もない答弁であった。現総理の答弁とそっくり、親子って似るもんだなア、と改めて思った。

 最終的に、この退避劇を成功させたのは両国の民間人間の交流の歴史と力であり、トルコ政府の決断とそれを支えたトルコ国民の力である。
 結果良しで、被害が生じることがなかったために大きな問題として残っていないが、国民の生命を守れなかった国の失態は消すことが出来ない事実だ、と思う。

 トルコと日本の交流はその後も続いている。

 今回、安倍総理は武漢からの邦人避難を早々に決断したが、1985年イラン脱出がうまくいかなかったことの記憶もあったのかもしれない。史実を今に生かすことは重要である。


1/25(土)寒緩む曇り 曇天でパソコン生活 古本屋訪問購入 
 1:30 起床。録音データ整理他何時もの朝と変わらず。午前午後と読書とデータ整理。11:00書斎で座学、音楽録画見る。「らららクラシック:バレー」、「題名のない音楽会:天才児たち」他2本、「読売日本so演奏会:Vnでチェクナボーリアン登場」。19:00夕食、21:30就寝。歩数計Σ5234歩。

新型肺炎(2) 武漢からの法人帰国策はいい判断
 安倍首相は、本日26日新型コロナウイルスによる肺炎が発生した武漢に滞在する邦人について「中国政府との調整が整い次第、チャーター機などあらゆる手段を追求して希望者全員を帰国させる」と言及、今後一層加速して速やかに帰国を実現させたい」と強調した。

 政府関係者によると、チャーター機は成田−武漢間に定期便を飛ばす全日空が運航する見通し。28日から実施される。

 政府がチャーター機を派遣するのは、武漢市が閉鎖されており、在住する700人ほどの邦人が脱出する手段がないため、国家として救援に乗り出すもの。

 武漢には約1千人の米国人がいるとみられる。トランプ米大統領は24日、「中国はコロナウイルスを封じ込めるために懸命に取り組んでいる。米国は彼らの努力と透明性にとても感謝している。とツイート。中国政府の対応を高く評価した。また、武漢から米人を避難させるための交渉を開始した、と述べた。

 フランス政府も武漢市内在住のフランス人を約300キロ南の湖南省長沙市にバスで避難させる計画を立てているという。

 武漢及び中国国内での感染者はうなぎのぼりに増えている。

 今回の新型肺炎のウイルスにはワクチンがない。
 自分の持っている免疫能が頼りである。

 こんな状況の中、感染の拡大を防ぐ第一歩は、流行地からの渡航者に発熱やせきなどの症状があれば、ただちに検査し早期発見に努めること。感染が確認されたら、家庭や職場などで接触のあった人にも検査を拡大し早期発見に努めるべきである。
 また、中国政府がとった武漢閉鎖、団体旅行の抑制は伝播予防には不完全ながら効果はあるだろう。他の先進国では取り得ない強行手段である。

 今までの感染者の疫学から、感染力は弱くは無いが毒性は低いようである。ただ、潜伏期は意外と長いようだ。要するに症状がない人も感染源になりうることで、このことはパンデミックになりやすいことを示す。初期には各国とも水際作戦で早期発見に努めることである。WHOのもとで冷静・適切に対処していく必要がある。

 感染が長引けば、世界経済への打撃も小さくなかろう。東京五輪への影響もあり得る。
 国際的な緊急事態である。


1/24(金)曇り小雨 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床、文献チェック他本読み等いつもと変わらず。新積雪はない。5:50可燃ゴミ提出。7:30Taxi駅に。8:11こまち。駅病院間融雪状態徒歩出来ず。帰路こまち5分遅れ。13:45降雨あり駅飯川病院Taxi、14:00ボランティア。19:30帰宅、夕食、21:00就寝、歩数計Σ5719歩。本日は雨で歩行少なめ。

新型肺炎(1) ウイルスは航空機等で世界に運ばれる 人の移動を抑制するしかない
 昨年末に中国・武漢で発生した新型コロナウイルス肺炎について、世界保健機関(WHO)は「現時点では国際的なレベルでの緊急事態には当たらない」と判断した。中国の国外ではヒトからヒトへの感染が確認されていないことなどを踏まえた見解だ。

 しかしそうだろうか?? 発生数が少なければヒトからヒトへの感染頻度は低いのは当然。本質をついていない判断だ。私は対応が後手に回る可能性があり、世界的に危ない、と思う。中国内ではヒトからヒトへの感染を推定させる家族内発生が認められている。また、これだけの急速な伝播はその可能性を示す。もうすでに中国全土から患者が出ている、とも言われている。

 感染者を増やさない対策が必要である。
 感染者が多くなればなるほどウイルスの変異が高頻度に生じると考えられる。ワクチンがないレベルでは人の往来を抑制するしかない。ウイルスは人の体で守られながら航空機、列車等で世界に運ばれる。

 中国で多くの人が移動する春節の大型連休が始まった。感染の広がりの封じ込めに向けて、まさに正念場といえる。数少ない報告例から見ると、潜伏期間はインフルエンザの比でなく長いようだ。だから予防は困難。
 すでに感染して発病前状態の人が無症状のまま移動する。これに対しては水際作戦も無能である。

 事態の重大さを踏まえ、習国家主席は「感染症の拡散を断固防止する」と強調した。中国政府が行った中国武漢市の封鎖は英断である。武漢市では地下鉄や路線バスなどの公共交通機関がストップしているという。
 しかし、その効果は未知数である。一定の効果はあるだろうが決定的ではなかろう。武漢市で、春節を迎えた主要な観光地が休業し、例年のようなにぎわいはなくなった。市中心部での自家用車の使用が禁止されるなど市民への制約も強くなっており、市民の不満は高まっている。
 市内にある6千台のタクシーをすべて政府の管理下に置き、食料や医療品の買い出しや配達の依頼のために市民が無料で利用できるようにする、という。中国政府は武漢市と湖北省に約470億円を投入、450人の軍の医療部隊を派遣し、治療に当たらせている。ほかの省からも次々と医師団が派遣され、国を挙げた援助が行われている。

 こうした支援が盛んに打ち出される背景には、武漢や周辺地域での統制強化で住民の不満が強まっていくことへの懸念がある。


1/23(木)寒波快晴午後曇り 飯川病院 
 0:50起床、新聞・文献チェック他いつものごとく。朝までの新降雪0cm。午前は座学中心。11:50バス飯川病院。ボランティアと14:00から勤務。外来+入院患者対応。19:15帰宅、夕食、就寝21:00。歩数10110歩。

秋田市の話題2020(3) J3ブラウブリッツ秋田の本拠地新スタジアム
 私はプロのサッカーにはほとんど興味はないし知識もない。

 なんで新スタジアム問題に興味があるかというと、サッカーJ3ブラウブリッツ秋田の現在ホームスタジアムはJ2規格に見たないレベルであるが、チームは2017年J3で優勝し、J2昇格への期待が高まったことからJ2規格の新スタジアム整備の機運が盛り上がった。だが、2019年と18年は8位に終わった。過去の成績を眺めてみて、J2昇格の可能性は難しい。こんなあやふやな状態なのに建設費100億円もかける計画が進んでいるとは信じがたい。

 秋田県は2017年度にスタジアム整備を念頭に置いた検討委員会を設置、2018年1月に「多機能・複合型スタジアムを新設する必要がある」、「建設場所は秋田市の中心市街地エリア」、「全天候対応の開閉式ドームが望ましい」といった趣旨の提言をまとめた。秋田県知事はこの提言に難色を示している。私も賛成できない。
 にもかかわらず、スタジアム整備計画は進んでいるようである。

 新スタジアムを巡り、従来の3候補地に加えて第4の「有力な候補地」して市長は私が住む外旭川地区の可能性を初めて示した。

 他の候補地は立地条件から見て設置不可能であろう。だから、今後はスタジアムの候補地選定は外旭川地区を中心に進む可能性がある。
 外旭川地区はJR奥羽線の新駅が来年春に開業する。イオングループによる大規模複合商業施設の出店構想もある。より可能性の高い候補地になる。

 本県は人口減、少子高齢化が加速し、自治体財政は厳しさを増している。
 新スタジアムの整備費は100億円と見積もられている。整備を望む声は一部にはあるが全県のものとはなっていない。必要性を疑問視する声も根強い。

 秋田県の人口は減りに減って現在97万人、高齢化率も高い。こんな秋田にJ2規格の収容人数15.000人の大規模施設が必要なのか、疑問だらけである。私は無くても構わない、とおもう。

 ブラウブリッツ秋田はたまたま一度優勝したもののJ2昇格の可能性が低くてはスタジアム整備への市民、県民の理解を得るのは難しい。せめて常時4位以内を確保するとか、今後の成績向上なしに、整備構想を前に進める必要はない。


1/22(水)寒波降雪 院長外出あり、終日飯川病院
 1:00起床。文献チェック他。徒然。自炊。蓄積データ整理。午前降雪は2-3cm、除雪なし。8:45家内に同乗飯川病院、終日勤務。11:00-17:00院長大学病院に。外来入院患者対応数件。18:30バス帰宅,夕食、20:45就寝。歩数計Σ7001歩。

秋田市の話題2020(2) 新文化施設の中ホールに反響板を是非
 秋田市の千秋公園脇に建設中の新文化施設は、 大ホール2000席、一階部分使用で1300席、中ホール800席、という。老朽化した県民会館に代わる施設として期待されている。
 施設の中ホール(800席)を巡っては、県管弦楽連盟がこの設計では生演奏の音や声が客席に届かないとして、反響板の設置を県や県議会議員に要望していた。 

 しかし、県は設計変更しない方針を明らかにした。
 理由についてアトリオン音楽ホールなど同規模の施設が市内にあり、住み分けを図ることができるから、としている。 

 反響板は、音の響きを良くするため天井や壁に設けられる板のことで、吹奏楽や合唱、管弦楽などの生演奏の際には欠かせない装置である。 
 演劇など舞台芸術の関係者からは反響板があると舞台装置が設置できず、演出の妨げになる。舞台芸術に特化したホールが一つあつても良いとの声が上がつている。
 ならば、折衷案として移動式あるいは壁面、天井等への収納式を考えればいい。

 県管弦楽連盟の代表、県吹奏楽連盟理事長は音楽団体が中ホールを使うことが考えられるので、音響への配慮があることが望ましい、と言う。私もその通りだと思う。

 県文化振興課によると、秋田市には新文化施設の中ホール(中ホール800席)と同規模のものとして、アトリオン音楽ホール(700席)と、反響板を備えた県児童会館こども劇場(778席)があるから、という。

 新文化施設の建設の際、他の施設との競合があるにも関わらず県と市は計画を強行したが、この問題の蒸し返しであり、今更なんだ??と思う。

 音楽の愛好者にとってホールの音響は極めて重要である。ホールは楽器の一部と捉えるべきである。同様の施設があるから、ということで音響について配慮しないのであれば主客転倒の考えである。
 新施設に関するニュースは計画の時点から追っているが、音響工学の関与がどの程度なされたかのニュースはなかった。現在の音響科学の発展は目覚ましい。日本の技術が世界に生かされている。音響設計についてどのような過程を経て決まったのか、明らかにしてほしい。

 建設費用などの問題はあろうが、重要な設計の根幹が音響に、音楽に関心のない部局の判断で進められるのは納得できない。

 ちなみに、秋田市の中心部には以下の施設がある。
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 ■ 新文化施設(現在建設中) 大ホール2000席、一階部分使用で1300席、中ホール800席)
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 ■ 秋田市文化会館大ホール 1188席
 ■ アトリオン音楽ホール 700席
 ■ 県児童会館こども劇場 778席
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1/21(火)寒波 降雪少々  外来 飯川病院 
1:00起床。新聞チェック、徒然他。昨日からの積雪2cmほど。6:00可燃ごみ集積所に搬出。6:50バス飯川病院へ、8:45-13:10外来。14:00-18:45飯川病院、外来入院患者対応、19:30帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ7472歩。

秋田市の話題2020(1) 私の近所に仮称「泉・外旭川駅」ができる
 私は列車が大好きである。その定時制がいい。

 かつて、秋田市土崎港中央一丁目に居住し、勤務先が秋田駅からほど近い千秋公園脇の旧秋田大学病院に勤務していた時は頻回に列車通勤していた。特に、冬季間は積雪のために通勤路は激しい渋滞が生じ、駐車場も狭くなり不便したからである。
 しかし、私も転居し、大学病院が駅から遠い秋田市本道地区に新築移転してからは不便になり列車通勤は諦めていた。

 ところが、秋田市は奥羽線秋田ー土崎間に新駅、仮称「泉・外旭川駅」を設置することになった。新駅設置は穂積現市長が初当選した2009年から掲げてきた公約の一つ。

 実施費を盛り込んだ予算が2018年2月に議会で承認され、2019年1月に国土交通省東北運輸局が設置を認可し具体化した。
 計画では19年度着工、21年3月開業を目指す。

 秋田-土崎間7.1Kmは東北6県の県庁所在地の中で、中心駅との駅間距離が最も長く、沿線側の住民や施設にとって鉄道不便区間地域となっていた。
 高齢化の一層の進展を見据え、車依存からの脱却を図る意味でも新駅は周辺住民の悲願だつた。 

 計画では 新駅は秋田駅から約3Kmの現在秋田操車場の周辺に設置することになった。

(工事開始に伴いいつも通っている自転車・歩行者道路が通行できなくなった。右の建物の場所に駅舎が立つ予定)

 ホーム2本、待合室を備えた駅舎などバス停や駐輪場、タクシー乗降場などを設ける。

 市の試算では1日当たりの乗客薮は2118人で、開業から50年間の経済効果が48億3千万円と試算している。総事業費は20.5億円。地元要望設置駅のため事業費は全額市の負担となる。

 重い財政負担を理由に市民の間にはその必要性について賛否の声も寄せられる。
 市民へのアンケートでも設置賛成が泉・外旭川地区住民は76%、市内全域では62%と賛意が優位であった。全域での賛意が意外と高く、私は些か驚いた。 

 なぜ新駅が必要なのか、新駅設置で何がどう変わるのかについても丁寧に説明してほしい。また、市には新駅設置の効果が及ぶような手だても講じる必要がある。新駅をどう活用するかは市の重要課題となる。

 新駅設置でサッカーJ3プラウブリッツ秋田の本拠地となる新スタジアム建設や大型ショッピングモールのこの地区への誘致も取りざたされている。ただ、前者は人口30万未満の秋田市に15.000人収容できる施設を、100億円もかけて作る意義は問われてしかるべきだろう。今の観客動員数はせいぜい2.000人に過ぎない。

 新駅は中心市街地にほど近い。市は鉄道とバスによる新たな交週接点と位置づけるがバス会社の事情は厳しい。駅を設置しても駅と目的地をつなぐ交通網が脆弱では効果も限定的だろう。 

 人口減少と高齢化の元では公共交通網はしぼみ地域の活力は失われていく。社会機能が縮小していく中で都市機能をどう維持していくのかという視点でも論議を深めてほしい。
 
 個人的には、私が現在住んでいる地区は奥羽本線秋田駅と土崎駅の中間あたり、すなわち「泉・外旭川駅」設置場所付近に位置する。また、勤務先の中通総合病院、飯川病院は秋田駅から近いために列車通勤が便利となる。だから、私にとってはワンコインバスと同様に意味がある。

 ただし、いつまで仕事を続けられるのか?列車を利用できるような健康状態を維持できるのか?が問題となる。私にとってはやや遅きに失したか?とも思う。


1/20(月)曇りやや寒い 健康クリニック 飯川病院
 0:20起床、新聞データ化、本読み、徒然。時間配分まちがってバスに間に合わずレガシーにて出勤、7:15飯川病院着。9:00-10:30健康クリニックドック。10名と少ない。判定も先週休みのためなし
。10:45飯川病院へ。読書など、14:00-19:10勤務、入院患者対応。19:30帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計Σ7447歩。

秋田ゾンタクラブ 新春チャリティコンサート2020 楽しめた
 社会奉仕活動を謳っている団体としてロータリークラブ、ライオンズクラブ等が知られている。前者の国内会員は10万人程度、後者の会員数は全世界で140万人、国内で15万人とされ、共に巨大な団体である。
 一方、あまり知られていないが、女性だけによる奉仕団体としてソロプチミスト、ゾンタクラブがある。

 国際ゾンタは1919年に設立され、奉仕と支援を通して、世界中の女性の地位を高めるための活動をする団体で、会員数は約33.000人、国連認定のNGOである。
 秋田ゾンタクラブは現在10人の会員で超小規模であるが、和気藹々と、時間と体力を使って奉仕活動をしている。バザーやチャリティコンサートなどを開催し収益の殆どはユニセフ他を通して世界の女性と子供のために寄付している。そのほかに、健康セミナ一、子宮頸ガン予防の啓蒙運動も行っている。

 かつて家内が秋田ゾンタクラブ副会長であった事もあり、何かの際には動員がかかる。引きこもり・隠遁生活の私には辛いが、協力せざるを得ない。

 本年1月19日正午、すなわち昨日、秋田ViewHotelにおいて恒例の新年チャリティパーティが行われた。
 会は約280名もの出席で、9割以上が若くない女性達で占められていた。

 コンサートの前に秋大医学部5年宮地貴士さん、秋田八丈織物職人の奈良田登志子さんが表彰された。宮地さんは現在アフリカにて奉仕活動中のため代理として副代表の江頭さんが受け取った。お二人から受賞者挨拶があった。

 私は今回で5-6回目の出席であるが、今回は前々回と同様No2テーブルを指定された。舞台の正面、江頭さん奈良田さんに挟まれた席であった。いわば接待係というところ。両人とも気さくな方でありいろいろな話を聞くことが出来た。

 ランチョンコンサートは、ピアノ、チェロ、フルートのコラボであった。
 出演者はピアノが近藤美保子氏、チェロが森義丸氏、フルートがN響のフルート奏者の菅原潤氏。いずれも秋田出身の方々。

 10曲ほど演奏された。有名名曲集から、??愛の挨拶、??白鳥、??ユーモレスク、??リベルタンゴ。次いで、??ベルトミューラー作曲、ロマンチック組曲、??ダマーズ作曲、演奏会用ソナタ、??ビゼー作曲、組曲アルルの女から間奏曲であった。
 私は演奏者のすぐ目の前であったこともあって十二分に楽しめた。特にチェロが良かった。

 ランチも美味しかった。

 私は出口が混み合うのを避けるために、デザートをいただいた後すぐ退席し、19:00まで飯川病院の当直医の業務を一部代行した。


1/19(日)快晴  秋田ゾンタクラブ新春チャリティコンサート
1:00飯川病院で起床、雪ほとんどなし。データ整理、読書、時に微睡。当直業務11:00まで延長、11:50View秋田ゾンタクラブ新春チャリティコンサート、表彰される主賓のお二人の隣で対話要因としてメインテーブルに。表彰、ランチ、コンサートと十分楽しめた。15:00早々に引き上げ飯川病院に。15:20-18:45当直医補助。本読み、文献・新聞チェック。19:00帰宅、軽夕食、21:00就寝。歩数計6804歩。

徒歩通勤2020(2) 歩数計「新・平成の伊能忠敬」あれこれ
 偉人、伊能忠敬の足跡をそのまま辿って日本地図を完成するゲームで歩行距離19.000Kmを6.8年かかってこれを達成した。
 私の大好きは言葉に「継続は力なり・・」というのがある。
 この徒然日記もその考えで継続してきた。もう20年経つ。

 現在もコツコツと継続している習慣は以下の項目がある。
 ■ 当、徒然日記。
 ■ 歩数計「新・平成の伊能忠敬」で歩数を積算する。
 ■ 連日2:00am歩数計で一日の歩数を確認し自分の活動状態をチェックし翌日につなげる。
 ■ ラジオ深夜便録音を連日3時間分録音する。
 ■ ラジオ深夜便の全録音の目録を作成。可能な限り聞き直す。
 ■ N響定期公演、そのほか音楽番組を録画する。
 ■ N響定期公演、そのほかの録画の全目録を作成、可能な限り視聴する。
 ■ 東日本大震災で被災した岩手県に毎月収入の2割程度を送る。

 ■・・・・などなど。

 歩数計「新・平成の伊能忠敬」で6.8年かかって日本地図を完成した。
 この歩数計は到達目標がとても遠い。実際購入した方々の何%ほどが達成するのか??と思う。歩数計の製作販売元のヤマサにもデータはないようだが、予想するに日本地図を完成した人はかなり少ないのではないだろうか。1割にも満たないのではないか??

 私の場合、当初5ケ購入し子供達に配布したが、そのうちの3人は途中でギブアップしたらしい。現在、長男の分が続けられている。

 私が達成できた背景を考えてみた
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 ■ 「継続は力なり・・」という意識、持論があった。
 ■ 死ななかった。あるいは大きく健康を害さなかった。
 ■ 紛失しなかった。
 ■ 不用意に洗濯とかしなかった。
 ■ 一度故障したが、製造元で2台目にデータを移行できそのまま継続できた。
 ■ 地図が出来上がっていくのを確認するのは楽しい作業。
 ■ 歩数1万歩/日を達成すると伊能忠敬が褒めてくれる。
 ■ 各県通過ごとに地図でその地域を勉強したが、多くのことを知り得た。
 ■ ・・・などなど。
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 通常の、数値だけの表示の機種にはもう戻れない。
 私は無くしないようにポケット付きのテニスのリストバンドに入れ、足首につけていた。そのため入浴時以外は体から話すこともなく、着衣の着替えで忘れることもなかった。ただし、貧乏ゆすりも積算されたらしい。
 この歩数計は実に丈夫だし、電池交換時にも記憶されたデータはリセットされない。
 コンピューターの容量にも余裕があり、積算できる歩数も1億歩もあるという。
 電池部分の防水はOリングで確保されているが、ちょっと水や汗に弱いようだ。少なくとも5年ほども用いることを考えれば生活防水程度はあったほうがいい。

 これで私の自己満足生活に達成項目が一つ増えた。
 日本地図を完成したらおまけに530Kmの沖縄一周のプランが用意されていた。もちろんそのコースに乗る事とした。


1/18(土)快晴 家内初釜に出席 飯川病院日当直
1:00起床、仕切りカーテン工夫。新聞チェック、文献読み。11:30バス飯川病院。12:00
日当直業務に就く、検食、午後は微睡後、文献読み、読書、座学中心。18:00検食、家内孫連れて病院に。患者の看取り、見送りは代行す。21:00就寝。歩数計Σ7055歩。

徒歩通勤2020(1) 歩数計「新・平成の伊能忠孝」上で日本一周達成
 私は車が嫌いで、バイクで通勤していたこともあったが、60代になってから重いバイクの取り回しが困難になり、換金して東日本大震災の義援金に充てた。オールド・ボロ・ボロ・ハーレー(19)ついに別れの時が来た

 現役退職後、ドロップハンドルのクロスバイクで通勤していたが、高校生と接触して転倒し、その後腸閉塞、脳塞栓を発症し自転車通勤は諦めた。

 その後もなんとか運動したいと考え、片道7Kmを徒歩で通勤することとした。その時に購入したのが歩数計「新・平成の伊能忠敬」でる。伊能忠敬の足跡を、ゲーム感覚で日本一周約18.000Kmを地図を作りながら進んでいくというものであった。

 2013年4月に開始し、2020年1月17日だから6.8年かかって日本一周を達成した。歩数計には達成のメッセージが数種類現れお祝いしてくれた。


 この間の歩行距離を抜き出してみた。徐々に1日の歩行距離が下がっていった。
 開始当初は新しい試みに燃えて、やる気満々、さらに私も若かった。その頃1日25.000歩、20Kmにも達したことがあった。
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 ■2013年、徒歩通勤を始めた当初、最初の2ヶ月間は一日2時間程度、歩数1万3千~15000歩、距離は平均12−16Km/日程度。

 ■2015年4月時点、約2年目近く。山形を終了した時点で平均9.7Km/日と目標ギリギリ。

 ■2017年5月、4年目、7.7Km/日。

 ■ 2019年9月8日時点のデータ。 歩行平均7.56Km/日。

 ■ 2020年1月時点の最終的積算データ。
   2.290日目、6.8年。総歩数 Σ2.171万歩 (平均9.480歩/日)。歩行距離       Σ17.372Km(平均7.59Km/日)。
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 当初、最低1日10.000歩を目標にしていたが、結果的に9.439歩と目標には達しなかった。
 特に、昨年から1時間余の連続した徒歩は体調不良が生じうるため、基本をバス通勤にしたこと、さらに、天候や業務の都合で自分でボロ・レガシーを用いている機会が増えた。

 最近では自宅や病院周辺、病院の階段をこまめに歩いて歩数を稼いでいる。


1/17(金)曇り 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 日本一周達成!!!
1:00起床、文献チェック他本読み。5:30可燃ゴミ集積所に。降雪1cm。7:30Taxi、飯川病院に忘れ物とりに駅に。8:11こまちにギリギリ間に合う、大曲5cm。9:10-12:10大曲中通病院外来。往復Taxi。13:45市内も歩数調整のためTaxi。飯川病院ボランティア、読書など。16:00BookOff、数冊購入。19:00バス帰宅・夕食、21:30就寝。歩数計Σ10850歩。日本一周達成!!!ついで沖縄一周開始。

本 村山由佳著 「フェルマータ・イ ン・ブルー」集英社2000年(2) チェロについて

 老チェリストが日常弾く楽器は「ロジェリ」の作。ロジェリはイタリアのクレモナで1690年頃良質なヴァイオリン、チェロを数多く製作し、今でも名器の一つとして評価が高い。

 老チェリストは「ロジェリ」でイルカたちにチェロを弾いて聞かせていた。その時、主人公は聴いた印象を次のように記している。
 「ものすごい音量だった。今だに誰も到達したことのない海の底へ瞬時に連れて行かれたような思いがして、うなじの産毛が全部逆立った・・・」。
?
 主人公が弾く「フェルマータ・イ ン・ブルー」の美しい旋律が夜明けの海に響いたとき、同じように海のかなたから野生のイルカ達が現れて主人公との交流が始まる。

 さらに楽器の話が続く(一部略)。
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 老チェリストは現役引退後、自分の愛器を友人に貸してあったが、その友人が死去し楽器が戻ってきた。チェリストは口では貸すといっていたが、届けられたそのケースには所有者として主人公の名が刻まれた金属のプレートが固く貼り付けられていた。
 ケースの中には名器「ガダニーニ」が横たわっていた。体が震えた。「信じられない」、だってこれ「ガダニーニ!!!!!・・・」。

 月の光が200年以上も前にこの世に生まれた楽器を照らし出した。傷ひとつない、中央できゆつとくびれた胴体が金褐色に光っている。指で触れてみる。しつとりとしたニスの感触が指の腹に吸いつくようだ。
 わたしはケースから「ガダニーニ」を取り出した。まだ信じられない。それなのにもうこんなにいとおしい。 
 弓を取り、椅子にかけて後ろから抱え込む。不思議なほどすううと気持ちが落ち着いていく。G線からはじめの音が鳴り響いたとたん、まわりの部屋の壁が消えた。
 「ガダニーニ」はわたしにぴたりと寄り添い、わたしの意図を的確にくみとって応えようとしてくれた。とても初めてパートナーを組んだとは思えないほどだった。
 
 ただチェロを弾いているのではなくて、このチェロを弾いているのだから、どうにかしてその個性を最大限に活かす弾き方を見つけたいと躍起になる。 
 わたしが音を出しているわけではない。音ははじめからそこにあつて、わたしは息をひそめてそれをつかまえてくるだけ。自分が出している音に自分で心をかきむしられて震える。 
 わたしは、その頂点を操るかのようにフェルマータを操った。頭の中でこれくらいでいいかどうかなどとは一度も考えなかった。欲求のおもむくままに伸ばし、何事にも縛られずに、弾けば弾くほどその旋律は天に向かつて屹立するはしごのように立ちあがつていき、曲全体が青い透明感に包まれていく。

 3度目に主題が現れたところでわたしは無理やり弾くのをやめた。今やめておかないと二度とやめられずに弾き睨けてしまうような気がして怖かった(後略)。
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 楽器を楽しむものしか味わい得ない、見事な表現である。少なくともわたしはそう感じ、感嘆した。
 レベルは違うが、わたしも似たような経験が2度ある。より上位の楽器を入手したとき、同じような体験したが、わたしが表現するより村山氏の表現がはるかに的確だったので、長々と引用させていただいた。
 
 1980年頃、わたしはチェロを更新した。
 イタリアのクレモナにある工房の作で、底面のレッテルには「Benedikt Lung」とあった。新しい楽器で、形よく、音色もシャープ、私は充分気にいった。弓、ケース込みで60万円以上と、ど素人の私が持つには贅沢な楽器であった。しかし、短期間に寿命を迎えた。今は音の出ない状態で我が家の壁に飾られている。人生100年時代(19) 終活2019(2) チェロ解体 タンノイGRF memory旅たつ

 1983年頃、機会あってヴァイオリンを更新した。弦の魅カ一愛好家のたわごと
 Odoardi作とあった。この製作者は1746一1786年の生涯とある。 もし、この楽器が本物だとすると、少なくとも200年前に作られた楽器ということになり、評価から見ても悪くない楽器と言えるようである。実際によく鳴る楽器で気に入っている。残念ながら、わたしに問題があって最近はケースから出される機会はほとんどない。


1/16(木)雪1cm除雪不要  寒波小雪 飯川病院 
0:30起床、新聞・文献チェック他。夜間気温0℃夜間積雪1cm。11:40バス飯川病院。ボランティア、微睡、14:00勤務、入院患者対応。19:30帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ10979歩。ゴールまで4.4Km!!明日達成か!!

本 村山由佳著 「 フェルマータ・イン・ブルー」 集英社 2000(1) 自然、海、イルカ・・・
 数々の作品がある村山由佳氏が「ラ・ヴィアン・ローズ」で、家庭内暴力(DV)、倫理や道徳に反した嫌がらせ(モラルハラスメント)の実態を小説の上で明らかにした。私は美しい薔薇の表紙につられて本書を手にとったが、読んだあと、DV、モラルハラスメントに対する知識、考え方を勉強し直し修正した。

 村山氏の作品は好んで読んでいる。一つ一つの作品にテーマがあり単なる小説以上の価値を見出している。自身の経験、優れた感受性、調査を背景に、美しい文章で綴られるから私は好きである。

 先日、「 フェルマータ・イン・ブルー」を読んだ。
 この作品の主たるテーマをキーワードであげれば、イルカ、海のブルーカラー、フェルマータ、老チェリスト、楽器チェロ、心の癒し、自閉症の子、などである。

 村山氏が音楽に詳しいことは他の作品からも読み取ることができる。実際にチェロを嗜むか否かはわからない。この楽器について、演奏法、歴史のほか、奏者しか味わえない感動などについて、ヴァイオリンやチェロに親しんだことのある私は興味深く読んだが、その記述に違和感を感じなかった。かなり周到に準備を重ねたのであろう。

 小説の筋は単純。
 音大の付属高校を目指してチェロを習っていた中学生の主人公は、もともと不和であった両親の仲が自分の所為で決定的崩壊を招いたことで、声を完全に失った。父の赴任先であるオーストラリアに行き、とある島でイルカやイルカを取り巻く人々と触れ合を介しつつ、自分自身を取り戻そうとする。グレートバリアリーフの透明な海、サンゴが織りなす砂浜の様子が目に浮かぶような文体である。
 イルカ研究所で飼育されているイルカたち、自然界のイルカたち、とのふれあいの表現がいい。海の情景やイルカと一緒に泳ぐシーンなどはとても美しく表現されている。主人公の心理描写やオーストラリアの風景描写は秀逸で、安定感がある。
 PTSDに関連して、悲しいエピソードが幾つか交ぜられているが、全体を通してみると、海、イルカ、現地での人間を通じて心が暖まる作品となっている。

 地元の老チェリストからチェロを習う。
 この老チェリストは現役の時にカラヤンともなんども共演したことがある名手だったらしいが、神経の病気に罹患してから当地で余生を送っている。彼が語るギトリスとの共演、ロストロポービチの逸話、デュプレとの思い出などのシーンは興味深い。レッスンをつける時の様子の描写もいい。

 そのチェリストは主人公の弾くチェロを高く評価し「フェルマータ・イン・ブルー」と言う曲を贈ってくれた。曲は技術的には優しいが、音符にも休符にもフェルマータが、おびただしく付けられおり、解釈や表現がとても困難な曲だった。フェルマータは音楽記号の一つであるが、その意味するところは時代や作曲家によってニュアンスが異なり、型にはめられない自由さがある。この曲全体をフェルマータが支配し、この小説をフェルマータが支配する。この曲のフェルマータは作曲者は「青の永遠」だ、といった。
 「フェルマータ・イン・ブルー」の演奏を作曲者は完壁だと評したが、主人公のいくつもの経験とオーストリアでの時間とがフェルマータの解釈に役立った。


1/15(水)終日曇り、積雪なし 午後飯川病院ボランティア
1:00起床、いつもの如し。午前はデータ整理、12:10家人に送られ、当直医用のコーヒー購入後飯川病院に。ボランティア、外来対応。微睡、他。19:00帰宅、夕食、21:15就眠。歩数計Σ7814歩。ゴールの東京まで13Km!!天候によっては明後日達成か!!

全世代型社会保障改革2020(4)  検討会議の前評判は?
 全世代型社会保障改革検討会議の事務局は、「会議の役割は二段高い目線からの改革の基本方針を決めることだ」と説明する。会議で全体の方向性を示し、厚労省や内閣府などの審議会には、検討会議や与党の議論に耐えられる具体的な改革案を検討してもらう、と言う。首相は「人生100年時代」にとって今回の会議は「社会保障政策の集大成になる」と強い意気込みで語る。

 ただ、事務局の姿勢、首相の強気の発言とは裏腹にその実効性には疑問も挙げられる。

 首相が挙げたテーマは検討すべき論点も多い。改革によって生じる利害対立をどう調整するか難しい。にもかかわらず、会議の開催ペースは「月2回」程度??。年末の中間報告まで3回だけだった。スーケジュール限定は、あまりにも性急だ。わずか2,3ヵ月で議論が深まるとは思えない。

 会議の顔ぶれも経済界が中心で、労働者の社会保障の受け手である労働組合の代表者はおらず、女性の有識者も1人、医療界や介護看護、福祉関係の代表はいない。この陣容で、しかも短期間で果たして改革の名にふさわしい幅広い議論が展開されるものだろうか。「机上の空論??」、空論ですまないのが恐ろしい。
 もっと時間をかけ、さまざまな分野の人の意見を聴き、国民議論の喚起をしてほしい。

 はっきり言えばもう結論は出ている、と言っていいだろう。何ら根本的改革は出ない。従来の方向性の上でほころびを修正していくだけ、で終わるだろう。

 社会保障の抜本的改革は出来ない。
 将来にわたり、社会保障を賄うには消費税率を10%では全く足りず、さらなる増税が必要との指摘がある。
 首相は消費税率を10%に引き上けた後、「今後10年間ぐらいは消費税を上げる必要はないと思っている」と無責任な発言をした。リップサービスのつもりだろうが、先の改革議論を閉ざしてしまう無責任発言である。新たな財源の議論を首相自らが封印した。検討会議はこの点を議題にしないとしているが、経済的背景を持たない社会保障改革の議論だけで何ができるのか。

 だから、切り込んだ議論にはならない。社会保障給付の削減が中心となる。

 今回の「全世代型社会保障改革」には与党からも冷ややかな声があがっている。自民党の厚労相経験者は「大風呂敷だけ。大したことはできない」とコメント。某公明党議員は「本来は高齢者数がピークを迎える2040年までを見通して制度のあるべき姿を議論すべきだが、今回はパフォーマンスだろう」と冷ややか。

 高齢者が増える一方、それを支える若い世代が減っていくのだから、年金・医療・介護などの社会保障の維持が難しくなることははっきりしている。そもそも現行制度の線上でで大丈夫なのか。

 特に若い世代が将来に安心感を抱けるよう、持続可能な仕組みを作る必要があるが、その準備はあるのだろうか・・。
 日本の大きな方向性を示せるブレーンはいないのか??


1/14(火) 寒波曇り 
0:30起床、文献・新聞チェック,PDF化。降雪なし、これで良い??むしろ不安になる。寒波厳しい。7:10バス飯川病院着。8:45-13:45中通病院外来。新電子カルテで苦戦、14:00秋現経由飯川病院、14:10-19:00勤務、外来・入院患者対応。19:00帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ7814歩。

全世代型社会保障改革2020(3)  安倍内閣のスローガン集
 私は当初、全世代型社会保障改革は、必要以上に高齢者に厚い社会保障、すなわちシルバーデモクラシーから、保障対象を若い人を含む「全世代」に視点を移した、と思っていた。
 シルバーデモクラシーは、国が抱える問題点そっちのけで議員や政党、野党の保身のためで、結果的に現在の我が国が抱える諸問題のルーツになっている。
 すなわち、未婚率の増加、出生率の低下、少子化、人口減、高齢化、地方衰退、借金大国、日本衰退などに結びついたのだが、「全世代型社会保障改革」に手をつけたことでその問題点に政府や与党がやっと気づいた、と思っていた。

 しかしながら、内容を調べてみると「全世代型社会保障改革」は名称と目的とが完全に乖離している内容で、国民を欺いていた。
 目的は、全世代に対する負担増と社会保障の削減だけである。

 安倍内閣は過去に多くのスローガンを発表してきたが、空虚な内容が多い。
 何一つ総括もされず、次々と乗り換えていく。

 私が集めている新聞スクラップから安倍内閣が掲げてきたスローガンを拾って並べてると以下のが上がってきた。これでも一部かもしれない。

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 ■ 「美しい国づくり」2007年
 「美しい国づくりプロジェクト」を発表したが、立ち消え。

 ■ 「日本再興戦略」と「女性活躍社会」2013年
  話題になった。

 ■ 「3年間抱っこし放題プラン」2013年
  安倍首相のスピーチで「3歳になるまでは両親がともに子育てに専念でき、職場に復帰できるよう保証する」と話し、物議を醸した。

 ■ 「地方創生」2014年
 東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目的とした一連の政策。何も実体を伴っていなかった。

 ■ 「すべての女性が、輝く日本へ」2014年
 内閣府男女共同参画局が2014年に立ち上げた。

 ■ 「まち・ひと・しごと創生」2015年
 地方創生策を言い換えたもの。

 ■ 「一億総活躍社会」2015年
 「希望を生み出す強い経済」、「夢を育む子育て支援」、「安心につながる社会保障」の「新・三本の矢」を提唱。

 ■ 「この道を、力強く、前へ」2016年
 参議院選の党の選挙公約。

 ■ 「人づくり革命」2017年
 「すべての国民が活躍できる社会をつくるため、人材育成をはかる」として閣議決定されたプラン。

 ■ 「みんなにチャンス!構想」2017年
 安倍首相が2017年の記者会見で語った言葉。「人づくり革命」を断行し、日本を誰にでもチャンスがあふれる国へ変えていく、とした。

 ■ 「働き方改革」2017年
 多様な働き方を選択できる社会の実現を目指す。労働者側の不安定雇用につながった。先が読めない身分、低賃金など、

 ■ 「全世代型社会保障改革」
 目的は、全世代に対する負担増と社会保障の削減だけ。
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これに対して総理がしっかりと総括したのに接したことはない。


1/13(月)終日小雪 除雪は不要 飯川病院日当直 
1:00起床。本読み、新聞・文献チェック他。8:42バス飯川病院。微睡を挟み読書、データ整理大量。ラジオ深夜便数編聴く。12:00&18:00検食。20:15就寝。歩数計Σ7087歩。

全世代型社会保障改革2020(2)  国民を騙すウソ 「負担増と、社会保障の削減」だけ
 全世代型社会保障改革とは何かを検討してみた。
 驚いた。中身の実態は国民の「負担増と、社会保障の削減」でしかない。

 9月に第4次改造内閣を発足させた安倍首相は、「全世代型社会保障」を大胆に進めるため自らが議長となる検討会議を設置した。
 しかし、「全世代型社会保障」の正体は、その名称から受ける印象とは真逆の、「全世代にわたる負担増と、社会保障の削減」にほかならない。

 「全世代にわたる負担増」に関しては100%ウソがなかった。何しろ、10月から消費税を10%にアゲルことになっていた。消費税は全世代の国民に負担を強いることになる。だから、残るは「社会保障の削減」ということになる。
 
 この検討会議は「社会保障と税の一体改革」の流れを引き継ぐものである。
 2012年にスタートした「社会保障と税の一体改革」は、2014年に消費税を8%に引き上げるとともに、70-74歳の医療費窓口負担の2割化、介護保険の利用者負担3割の導入、生活保護基準の引き下げなどの負担増・給付減を実施した。診療報酬も引き下げであった。「全世代型社会保障」は、この流れの延長線にある。

 「全世代型社会保障」検討会議のメンバー16人の内訳は、安倍総理、麻生副総理以下6人の閣僚、民間有識者9人。この9人は、経団連会長、経済同友会代表幹事らを含めて、安倍内閣が乱発する会議で社会保障削減を主導してきた常連メンバーで、社会保障に濃厚に関連している医師や介護、福祉現場からの代表者は一人もいない。
 要するに、中身は給付内容削減中心になることはこれからだけでも自明の理である。

 私は当初、ついに必要以上に高齢者に厚いシルバーデモクラシーから全世代型社会保障に視点を移した、と思っていた。このことが出生率の低下、少子化、人口減に結びついているのだが、その認識がやっと全世代型社会保障に視点が移った、と思っていた。

 9月20日の第1回検討会議では、
 ■@社会保険の給付と負担、
 ■A医療提供体制、
 ■B雇用および年金制度等、の改革が必要という意見が出された。

 ■@については、「社会保険の給付と負担の見直し」は、75歳以上の後期高齢者の窓口負担2割化、薬店で販売している医薬品を保険給付から外す、などが提起された。また介護保険についても、利用者負担を原則2割に引き上げるべきだとしている。その他にも、ケアプラン作成費用を自己負担化、要介護1、2の生活援助サービスを介護保険給付から外すことなど検討された。

 ■A「医療提供体制の改革」については、地域医療構想を推進し、病床数を削減すべきとの意見が出され、9月末に厚労省が全国で424の病院について再編・統合の議論が必要と発表したが、地域医療構想が病床削減にあることが明確になった。2020年度診療報酬改定については、2%台半ばの削減方針が示された。また、過酷な保険料負担を軽減するために区市町村が実施している一般会計から国保特別会計への「法定外繰入金」は、早期解消を求められた。

 ■B「雇用および年金制度等の改革」は、65歳を超えても働けるようにし、年金の支給開始年齢を遅らせる方針が示された。

 以上のような議論を踏まえ、2020年春に中間報告、夏に最終報告が出される予定。

 要するに、まとめてみると「全世代型社会保障改革」は名称と目的は完全に乖離している内容である。


1/12(日)終日曇り 
1:00起床。文献読み・録音・PDFデータ整理など。終日データ整理大量。京都の女子駅伝実況放送を楽しむ。午睡など。19:00夕食、20:15就寝。歩数計Σ5423歩。

全世代型社会保障改革2020(1) 遅い!! 最後に退陣の花道にする気か? 
 安倍首相は今年の内政運営で、憲法改正と全世代型社会保障改革を最重要課題に挙げた。全世代型社会保障改革を成し遂げ、少子高齢化に立ち向う、という。

 首相の自民党総裁任期は2021年9月までで、残り約1年9ヵ月となった。
 ここにきて社会保障改革に意欲を示すのは、政権の総仕上げを視野に入れているからであろう。しかしながら、もう遅い。
 かつて多くの政権を揺さぶった社会保障問題で課題の総仕上げにあたる、とのことであるが、私はこのやり方に不満である。社会保障改革は不安定な短期政権によって場当たり的に扱われては困る。
 長期政権であればこそ、時間をかけて改革を成し得なければならないことがある。それが我が国の社会保障改革である。決して憲法改正ではないのだ。

 Integrated Resort(カジノを含む統合リゾート“IR”)、なんで英語表記なのか理解できないが、これの関連の汚職、首相主催の桜を見る会の問題も続いている。自衛隊の中東派遣も問題になろう。これらの問題について野党が通常国会の冒頭から攻勢をかけると社会保障改革の行方も不透明になる。

 かつては、わずか2年前頃まで、は高齢者中心の福祉、いわゆるシルバーデモクラシーが問題となっていた。選挙で有効投票の6割以上が高齢者のために必要以上に高齢者に政治的視点が反映されることをしめす。
 選挙による民主主義は、「老人の、老人による、老人のための政治」となっている。結果として若者への社会保障政策が薄くなった。このことが出生率の低下、少子化、人口減に結びついている。その認識がやっと全世代型社会保障に視点が移った、ということである。
 2019年11月19日 、安倍総理の在任期間は通算2886日となり、歴代最長の桂元総理と並んだ。約8年である。今頃になって全世代型社会保障の重要性に気づいた??もう遅い、と思う。

 わが国の人口が1億人を超えたのは1966年で、この時の65歳以上の高齢者人口は7%であった。現在は1.2億人で高齢化率27%、2050年の高齢化率は40%に達するものと考えられている。同じ1億人といっても中身が全然違ってくる。
 迫りくる異次元の高齢化社会をバランスよく運営していくには、理性的価値判断が必要になってくる。そんなことは数10年も前からわかっていたのに今日まで放置してきた。人口減はもう元には戻らない。

 ところで、全世代型社会保障ってなんなんだ??全世代型というような視点はあるのか?疑問である。


1/11(土)曇り小雪終日 飯川病院午前外来補助      
1:15起床。いつもの如く。新聞文献PDF化。文献読み、本読み。10:42バス飯川病院、担当医学会とかで午前外来補助。検食後微睡、外は水気を含んだ雪が積もっており若干滑る。18:30?21:00サンビーム友人と歓談。Taxiで帰宅、歩数計Σ10813歩。

地球環境2020(4) エネルギーは活用すべきであって浪費すべきでない

 私は1973年の第一次、1979年の第二次オイルショックを経験した
 この時、私は社会に出たばかりだった。それまではあまり制限なく、物品が入手できる現実を疑問を感じることなく享受していたが、電気や水、灯油・ガソリンなどを大切にする方向に考え方が変わった。

 2002年、徒然日記に「エネルギーは活用すべきであって、浪費すべきものではない」、「病院医局の1本40Wの天井灯が70数本ほど夜通し付けっ放しになっているのを見るのは辛い」、などとコメントしたことがある。
 私は1990年後半から病院の業務が立て込んできたために5:00am頃に出勤していた。出勤時に日課として医局の各部屋を巡回し、無人の部屋の天井灯を消灯して歩いた。この朝の行動は2011年に退職するまで、15年ほど続けたことになる。

 2004年には「エネルギーは有効利用を 浪費を見るのは辛い」と題し徒然日記に以下の小文を記載した。
――――――――――――――――――――――――――――――――
 (・・・略)
 無人の医局の中で夜通し付けっ放しになっている天井灯をみるのはつらい。病院の経費云々の問題とかではなく、エネルギーに対しての考え方、強いてはモラルの問題として、自然環境のことも含めて、私は心穏やかでない。?? 私は日祭日を除き、朝は殆どこの時間帯に出勤する。医局ではまず各室の電気を消して歩くことから始める。これは10年以上も続けてきた日課である。この間、全部が消灯されていた事は数回しかないと言っても良い。特に、当然であるが多人数の医局が問題である。誰かがまた戻ってくるだろう、とそのまま帰るのだろう。
 私の一見取るに足ら
ないようなこんな小さな行動も、これだけ長期になると省エネ効果もかなりになっているはずである。?? 水も含め、エネルギーは有効利用すべきものだが、実際には随分浪費されている。それを見るに付け心が痛む。あまりにも簡単に手に入るから感謝の念、畏怖の念が乏しいのではないかと思う。コンセントにプラグを差し込みスイッチを入れる、ただそれだけで電気が自由に使える。蛇口をひねる。ただそれだけできれいな水、湯が出る。これは、実はすごいことなのだ、恐れ多いことなのだ、と思う。
 こんなことを考えている私の方が異常なのだろうか。?? 私のこの考え方は、呆れるほどに、いや、今から見れば病的と言うべき程にまでケチで倹約家であった母の影響をモロに受けている。
 
 本音では、エネルギーの安易な使われ方にも文句はあるのだが、有効に使われている分には何も言わないことにしよう。
 ムダになっている分にだけ一言言いたくなる・・・・。
―――――――――――――――――――――――――――――――

 要するに、私は結構若い時からエネルギー使用などについては抑制的自覚がある方だと思っている。だから、地球温暖化が問題になってエネルギー消費の抑制が話題になっている今、誰もアクションを起こすことなく平然としている様に見えるのが、実に不思議である。

 私の病院での省エネ活動は誰にも話すことなく粛々とやっていたために組織的な動きにはならなかった。今はどうなっているのだろうか。
 我が家でもやはり私の意向は十分浸透しているとは言えない。部屋の電気、はコウコウと付いていることが多い。家族といえ同じ意識には成り難いものである。


 1/10(金)曇り 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床。文献・新聞PDF化。6:00可燃ゴミ廃棄、7:35Taxi飯川病院経由駅東に、8:11こまち。大曲駅・病院は往路は寒くTaxi、雪はほとんどない。9:00-12:00診察終了。駅まで徒歩、新幹線遅れなし。13:50業務用スーパー、ドレッシング等購入。14:30飯川病院ボランティア。18:50書店経由帰宅。19:30夕食、21:30就眠。 歩数計Σ13753歩。

地球環境2020(3) 代替エネルギー開発より代替ライフスタイル開発を

 地球温暖化そのものは、自然界のさまざまな異変を通じて多くの人は身近な問題として気がついているであろう。 
 温暖化すると気候の変化が激しくなる。現に最近の我が国が被っている気候変動は異常である。

 温暖化自体は現に測定されているから疑問の余地はない。あとは原因だが、フロンとかメタンもあげれれているが、二酸化炭素以外にいまのところ有効な説明がつけられない。 
 この温暖化か人為的か?自然の変化なのか? 今でも意見の分かれるところである。
 国運では人為的だという意見が主体を占めた。クリントン政権の副大統領だつたゴア氏はこの方面で先進的考えを持って世界を指導しているが、人為的だと断定する。多分正しいだろう。

 ただ、今に至っても地球温暖化については反論もある。
 マーク・モラノ著「地球温暖化の不都合な真実」は2019年に出版された新しい本である。著者は1970年代には地球寒冷化による食料危機が論じられていたが、一転、温暖化説に取って代わったことから、気候科学そのものの信頼性が問われても不思議はない、という。そして、国連の気候変動政府間パネル(IPCC)の報告書、ゴア氏が鳴らす警鐘にことごとく反論を試みているが、その論理には無理がある、と思う。

 この温暖化問題の根本はアメリカ文明だということは明白である。
 アメリカは二酸化炭素排出量は世界の1/4を占める。次いで、中国>EU>ロシアの順で、日本は5%程度である。その意味では日本がこの問則で具体的にいくら努力しても意味がない。温暖化はまさに国際問題である。しかしながら、先日のCOP25では日本は強い非難を受けた。

 温暖化問題は政治問題である。しかも、人類全体があまねく影響を受けるから地球規模の社会問題でもある。だれかが、あるいはどこのかの国に都合か悪いからといつて放置できる問題ではない。地球に住むものが均等に負うべき問題である。にも関わらず、COP25は国同士のエゴのぶつけ合いで終わった。

 日本は排泄量が少ないといえ、温暖化に関与している。
 日本が2050年までに二酸化炭素排出を半減可能かというなら、私は可能だと思う。
 ただし、再生可能エネルギーだけが注目されているが、それだけではダメ。いかにリチウムイオン電池が発展しても、増え続けるエネルギーを再生可能エネルギーで安定確保することはできない。

 「高エネルギー消費文明を許すべきではない!!!」 ここに地球を救う方法論の原点がある。
 人間の生活の質を落とすことになるが、止むを得ない。今までエネルギーを消費することで楽にできたことができなくなるだけ。
 代替エネルギー開発をいかに進めても消費に制限がなければ追いつかない。
 代替エネルギー開発だけが注目されているが、甘い。
 エネルギー消費の少ない代替ライフスタイルの開発の方が重要である。

 「エネルギーは上手に消費すべきであって、浪費すべきではない!!!」 これは古くからの私の持論。
 根本はエネルギーにあるのではなく、人間生活、エゴにある。ここを誤解しては解決しない。

 五輪の聖火を水素で賄う??くだらんアイデア!!! 東京大会から開会式と閉会式にのみ点火し、温暖化に警鐘を鳴らすべき。これは、人類の歴史に残る快挙となる。


1/9(木)比較的温暖 飯川病院
 1:10起床、文献・新聞PDF化。朝方から気温の上昇の感じとともに雨が降ってきた。暖房不要なほど。11:50バスで病院へ。 13:30秋銀スタッフ来訪、担当者交代に。最後の歓談。15:00患者処置、15:30-16:30健康クリニックドック判定。19:00帰宅、夕食、21:00就寝。歩数計Σ6782歩、日本一周最後の東京まで55Km 。

地球環境2020(2) 発熱し、自浄作用は低下しつつある

 ■ 地球は若い だから地殻は変動する
 地震とか、地殻変動とかの大きな地球の営みは人間の存在とは直接的には関連しないだろう。
 地殻変動は、地球自体が極めて重量のある水と陸地からなり、8-9千m級の切り立った鋭い山脈、日本海溝に代表される数千m級の海溝構造を持ち、さらに地層深くの高エネルギーのマグマの存在など、まだまだ地球自体は若くて不安定な惑星である事を考えれば、地殻変動は当然の営みである。これは人的にはなんともしようがない。
? 長い年月をかけてこれらの物理的な歪みはエネルギーを蓄積し、地層をめくり上げ、あるいは沈下させる。
 この様な構造を持つ以上、時折、地球は貯まったエネルギーを放出しなければいけないし、小さく頻回に放出しなければ、何時かは日本海溝側に日本の陸地がそっくりと飲み込まれるような、日本沈没の事態が生じうる、かも知れない。?? 母なる地球の、この自然の営みに関してヒトは全く無力である。だから、もっと謙虚にならなければならない。地殻変動が近々生じうかも知れないと言う発想、準備が必要である
 その意味では、限界近くまで機能している最先端の巨大システム、新幹線、ラッシュ時間帯の都内のJR、などでは惨事が予想される。
 阪神淡路大震災では新幹線は運転直前であったし、新潟中越地震では奇跡が生じたとしか言いようのない幸運さであった。原発は大丈夫なのか?と思ってしまう。?? 
 ここまで発達したらもう機能は中庸で良い。安全性の確保。追求でかろうか。

 ■ 閉鎖空間の地球 自浄作用に限界
 かけがえのない地球、ここは重力と大気に守られた完全閉鎖空間である。あらゆる自然の営みはこの閉鎖系の中で営まれて来た。例外中の例外は、宇宙空間、火星、木星などに向けて打ち上げられた探査機のみで、総じて何千トンあるか解らないが、地球という閉鎖系から外に出され、投棄された物質はこれくらいである。?? 大きめの水槽を窓際に置き、水草と少数の金魚を入れて飼育すると、しばらくたつと一定のバランス環境が成立する。金魚が生きるための酸素は水草の光合成で供給され、排泄物はバクテリアにより分解される。必要最小限の餌は必要であるが、この状況でかなり長い間、手を加えずとも水はきれいなままで保持される。これが身近で経験できる自浄作用であり、閉鎖系のモデルである。

 水槽のサイズの割りに多くの金魚を飼育する等バランスを欠くと、閉鎖系の自浄作用では維持できずに、外から空気を送り込む必要が生じ、排泄物を処理するためのフィルター等の装置が必要になってくる。今、地球環境はこれに近い状況に陥りつつある。生活で発生するゴミ等の処理にエネルギーを費やす。そのことがさらに環境汚染につながる。??
 数100億年という長い歴史を経つつ、地球の環境が徐々に変化をとげ、やがて48億年ほど前に命が誕生し、一部の生命体、植物類、とりわけシダ類がアンバランスなほど増殖した時期はあるが、自然淘汰を受け、各静物が共生しながら、自浄作用のある一定の環境が成立させた。
? 約300万年前、ヒトが誕生したが、もし、地球上にヒトが誕生しなかったら、恐らく地球は別の有り様を辿っていたのでは無かろうか、と思う。
 地球にとってヒトの誕生は、健康人に寄生している寄生虫、いや寄生虫でもそれなりの役目を果たしているとの学説もあるくらいだから例えとして不適切かも知れない。ならば、地球にとってヒトの誕生はガン細胞のようなものかも知れないと、今、つくずく思う。

 ヒトは誕生してもしばらくは自然の掟の範囲の中で細々と生きていたのであろうが、食料を生産する知恵を得たときから、バランスを欠くほどの人口増加が始まることになり、更に文明の発達がこれに拍車をかけることになる。
 人間の営みは自浄作用のレベルを超えてしまった。


1/8(水)寒波雨終日 飯川病院ボランティア 
1:00起床、文献チェック他、本、数冊に目を通す。自炊進める。11:10レガシー出勤、飯川病院ボランティア。14:00検食、文献、数冊裁断、19:00帰宅。夕食、20:30就寝。ラジオ深夜便数編聴く。歩数計Σ7033歩。予報に反して比較的温暖。今季除雪0回。こんな年は初めて。

地球環境2020(1) すっかり健康を害した地球 熱上昇中
 21世紀は、より希望に満ちた世紀になるはずであった。
 2001年(平成13年)9月11日米国同時多発テロが、2011年(平成23年)3月11日東日本大震災と東電福島原発事故が生じ、期待は脆くも崩壊した。?
 今年も、新春からガックリくるようなニュースが続いた。米イラン情勢の緊張、米ロ情勢の緊張、ゴーン逃亡、ウクライナ機墜落などなど。北朝鮮問題然りである。

 加えて、最近は我が国において予想を超える集中豪雨、立て続けに来襲する大型台風などなど異常気象が続き、特に昨年は甚大な被害を生じた。

 地球に今、一体何が起こっているのか?今後どうなるのか?

 私なんざ、もう先が短いから諦観めいたものを感じているが、やはり、それではいけない。私にも次世代、次々世代に生きる孫達がいる。彼らの時代には地球環境はどうなっていくのか??今の内から何とかしなければならない、とも思う。?? 1961年4月12日、ボストーク1号で有人宇宙飛行をした27歳のガガーリン少佐は、人類で初めて宇宙空間から地球を見たが、そのときの感動、美しさを「地球は青かった」という言葉で表した。その時代、米ソは熾烈な勢力争いをしていたわけだが、16歳だった私はその言葉に地球の大きな包容力を感じたものである。そして、今後は地球上の人間の営みも、社会もこれで良い方向に向かうんだと、何となくそう思って感動した。

 しかし、あれから60数年、地球はすっかり人間社会の営み、人間のエゴによって毒され、害され、障害を受け、自然の自浄力・回復力を失い、ついに包容力も失ってきた。

? 何千億年という長い長い時間をかけて、多くの生物を安定的に育んできた地球は、この地球上に現れてから僅か300万年程度の人間という、例えて言えばガン細胞の如くの新生物によって、それこそ僅か数100年程度の短い間に、大きく傷つけられている。
? かけがえのないこの地球はこのままでは、厳しい病気になってしまうだろう。

 ここ数年は特に全世界規模で異常気象が続いている。随分多くの死者も出ている。わが国はかつてはそれほどではなかったが、昨年は本当に異常気象が続いた。集中豪雨あり、熱暑あり、大型台風もかつて無いほど襲来し甚大は被害を被った。
 ただ、被害と言う発想はヒトから見たエゴ的発想ではないだろうか。体温が上昇した地球にとっては当たり前の現象の一つなのだから。

 地球環境については、誰しも参加できる対策がある。エネルギー消費の抑制である。

 一部の先進的考えの方々の活動には敬意を評したい。一方、99%(?)もの方々の無関心さ、傍観者的姿勢には恐ろしささえ感じてしまう。99%(?)は私の勝手な思い込みで根拠はない。


1/7(火)曇り小雪 中通外来 飯川病院
1:00起床。新聞チェック、文献、本読み。いつもと同じ。5:30大量の可燃ゴミ廃棄。6:47スキーウエアにバス優待券忘れた。400円払う。飯川病院へ。8:45-13:45中通病院外来、新カルテシステムで余裕なし。疲弊、飯川病院14:00-18:50勤務。病棟外来対応。疲れて午睡十分に。19:00帰宅、19:30夕食、20:45就寝。歩数Σ8001。

年末年始休暇2019-2020 例年より怠惰、読書音楽鑑賞三昧であった
 今期の年末年始休暇は前後が土日で、私としては9日間の休暇となった。これほどの大型の休みは久々だな、と思ったら昨年5月には10連休があった。10連休は天皇の代替わりがあって特別なことであったが、日本は週休二日制や暦上でも休祭日が増えてきていて、休日が広く受け入れられている。

 現役の頃は休日によって輸血用血液の入手が困難となり白血病などの治療スケジュールを変更せざるを得なくなるなど、連休を呪ったりしたものだが、嘱託の今はそんな悩みはなく休日はとても嬉しい。昔のことは思い出したくもない。

 2019-2020年の年末年始休暇は12月28日(土)に始まり1月5日(日)までとなった。

 この間の勤務状況は以下のごとく。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-
           午前     午後 ほか       1日歩数
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-
12月28日(土)   (フリー) (フリー)某医来訪歓談   Σ6828歩  
12月29日(日)   (フリー)   餅つきパーティ     Σ5613歩
12月30日(月)   (フリー)   飯川病院勤務     Σ9287歩
12月31日(火)   飯川病院日直  飯川病院日当直   Σ6750歩
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-
1月1日(水)    (フリー)    (フリー)        Σ6927歩
1月2日(木)   (フリー)    (フリー)       Σ6553歩
1月3日(金)    飯川病院日直   飯川病院日当直   Σ3528歩
1月4日(土)    (フリー)    (フリー)        Σ6791歩
1月5日(日)    (フリー)    (フリー)        Σ7540歩
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-

 飯川病院日当直は2回、午後勤務日1回であった。フリー日が6日間あり、かなりの時間を自宅で過ごし得た。

 横浜から舩杉一家来秋したが、孫に発熱がありインフルエンザAに罹患していた。楽しみにしていた餅つきは一家で欠席となった。

 私の休暇は読書、音楽鑑賞、微睡三昧であった。

 読書は内容的には死、終末期医療、自死、死刑、裁判制度関連の作品に集中した。
 音楽関連では録画で、「N響定期公演」、「N響第9特別演奏会」など録画をじっくりと楽しんだ。また、2019年分の「N響定期公演」を中心とした音楽会公演全録画を見返しつつインデックス完成した。これでいつでも再視聴ができる。実に貴重な資料である。
 
 家内も比較的ゆっくり出来たようである。私が当直する夜は次男の孫二人を宿泊させて悦に入っていた。
 ネコ7匹も元気。いたずらは徐々に少なくなってきている。私との関係も最近一層ホットになってきた。

 私は歳と共に体力気力の減退で何事も億劫になりつつある。
 身体的活動の指標として、この間の歩数をプロットしてみた。目標の1万歩に達したのは1日もない。低活動状態であった。
 除雪はいつもなら何度もやっている時期であるが、今年は積雪がなくまだ一度もやっていない。とても嬉しいが恐ろしさも感じる。

 二年ほど前から、新年に気持ちをリセットすることも止め、目標設定などは行わず、肩を張らず、あるがままに、気の向く方向で生きようと思っている。
 今年の休暇はそれなりに実践できた。


1/6(月)曇り 通常勤務初日 健康クリドック 飯川病院 
1:00起床。文献検討.徒然など処理。今春初スキーウエア着込んで6:47バス飯川病院、9:00-11:15健康クリニックドック10名+結果判定14名、飯川病院へ移動。微睡、検食、14:00勤務、入院患者対応。読書等座学中心。19:30帰宅・夕食、21:30就寝。歩行Σ8923歩。

人口減・少子化2020(3) 人口減問題を解決するには
 このような、人口にまつわる数字を見ていくと、日本の将来に希望を持つことは不可能に思える。
 人口減という事態に対する対応がないまま時間だけが過ぎ去っていけば、一日遅れるごとに、高齢化が進み、かつ若年層か極めて少ない国力の乏しい特異な国になる。そんな状態の国を支えるだけの経済力が将来の目本に残っているはずもない。今ですら超借金大国である。

 高齢化は日本だけの問題ではない。米国でもヨーロッパでも高齢化への対応は大き
な問題だ。近隣の韓国や中国をはじめ他のアジアの国も同様である。 
 しかし、他の国々では具体的対策を取り始めている。

 一方、日本の国民は人口減の影響をモロに受け始めているのに、国民は観覧席の客の姿を演じている。そのうち為政者達は何か対策をしてくれるだろうとのんびり構えて日々の生活を楽しんでいる様に見える。私の感覚がずれているのか?

 若者が漫然と抱えている危機感を為政者は先取りしなくてはならない。為政者達は、いじめ、不登校、引きこもりなどから、また、低婚姻率、出生率低下、出生数低下などから何を読み取ている?

 こんな日本、人口問題で未来をひらく鍵は何か??以下の二つしかない。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ■ このまま看過して、国が痩せ細るのを見て、社会保障とかの劣化に耐える??現在のレベルの生活は確実に維持できなくなる。若者が気の毒。
 勿論、下り坂をトロトロと、止まるまで行ってみる、という人生観もいい。個人的には。ただ、為政者の姿としては許せない。「桜を見る会」云々、「カジノ云々」、「野党再編」などに終始している場合ではない。

 ■ 何とかして人口増加を図る??
 若い女性が減った今、さらに減っていく今、日本人の子宮だけでは不足である。
―――――――――――――――――――――――――――――

 入口減問題を解く鍵は何か、移民の受入れしかない。

 なぜ移民受入れの議論をするかというと、このような逼迫した問題が目前に迫っており、悲惨な状況が予測できるのは自明のことである。

 人口問題は減少だけではない。地球上の人口の爆発的増加、歯止めのかからない温暖化は全世界のすべての人たちにじわじわと影響が迫っている。地球上の食糧生産率は温暖化によって減少に転じていき、国家間で食料の奪い合いが生じる。
 温暖化によって新しい病原体が生まれ、人類も含め、生物は未知の感染症に追いかけ回される・・・。

 いま、新たな冷戦が生じつつある。世界のトップの為政者たちは頭を冷やせ。
 冷戦より温暖化の方が重要は状況に至っている。さらに日本では人口減が・・・。


1/5(日)曇り降雪2cm 除雪不要 年始休暇最終日 
1:00起床、文献整理。読書、花村万年「イグナシオ」読了。読後感は良くなかった。1月1日録画の「ウイーンフィルNY con」一部視聴。BRレコーダーのハードディスク整理、内容一部廃棄。iPadにて「余命一月の花嫁」観る。病気話題の作品は見ていて悲しく辛い。19:00夕食、21:00就寝。Σ7540歩。12月分ラジオ深夜便データ移し終了。

人口減・少子化2020(2) 堺屋太一氏は現状を見事に予測していた
 堺屋太一氏は元通産官僚。1978年通産省を退官後、評論家、小説家、経済企画庁長官(第55〜57代)、内閣特別顧問、内閣官房参与などを歴任した。2019年没。
 近未来予測小説「平成30年(上)、(下)」は経済企画庁長官を歴任前後に「朝日新聞」に連載された小説である。

 20年以上も前の作品であるが、1997年(平成9年)の時点から 2018年(平成30年)の日本を予測した作品である。私は氏の没後に読んだが、氏の「先見の明」は、現在に生きて現実の問題として突きつけられている私から見てただただ驚くばかりである。

 「平成30年(上)」は「何もしなかった日本」、「平成30年(下)」には 「天下分け目の改革合戦」、という副題がついている。
 「何もしなかった日本」という副題は当を得ている。

 「平成30年(上)、(下)」を読み返して驚かされるのは、日本人の出生数が100万を切る年を平成30年と言い当てていたことである。その他、人口問題を介して明らかになる年金問題、医療介護等の諸問題などにも言及している。

 子供の減少は著しい。
 2016年(平成28年)の出生数は、政府の願いに反して100万人を割ってしまった。一因が、若い世代の晩婚化だという。その原因を作ったのは政府であり、何もしないで手を拱いていたのも政府でなかったか?

 わが国の「ベビーブーム」について。
 「第1次ベビーブーム」は終戦直後、1940年後半。このとき生まれた団塊世代が結婚・出産の適齢期を迎えた70年後半に「第2次ベビーブーム」は起きた。そして1990年代後半はその団塊ジュニア達(1971〜74年生まれ)が適齢期を迎え「第3次ベビーブーム」が来るは筈であった。厚労省が希望的予測をしていた。政府は何もせず看過していた。しかし、その期待は実現しなかった。

 平成に入って問もなく、バブル経済が崩壊。経営難に陥った企業は新卒採用を絞った。若者世代の非正規化が進んだ。団塊ジュニアはそのあおりを真正面から受けた。非正規願用だったり低収入の男性は結婚できなかった。雇用の劣化か未婚化を促進、少子化に拍車をかけたが、当時の政府は状況の厳しさを見抜けなかった。

 出生率低下に歯止めがかからず、政府も90年代後半にようやく本腰を入れる。政府は少子化対策相を置いた。歴代政権は少子化対策に取り組んでいる様に装ってきた。人気歌手を動員し、少子化対策キャンペーンを張るなどの牧歌的な対策に終始し、結果的に成果は何もみられていない。

 政治家は少子化が日本の最大の危機と捉えていなかった。将来的に、日本人の生活の基盤となっているあらゆる場面において危機が迫ってくる、というのに人口危機を正視できなかった。

 今に至って、やっと!!! 気づいた?? しかしながら、もう、非可逆的レベルに至ってしまった。今後どうすればいい??今後の政治家に課せられた問題は実に大きい。


1/4(土)比較的温暖 積雪なし
2:30飯川病院で起床。多少寝過ごした。正月だからいいか、と割り切る。新聞・文献チェックほか。7:00検食、9:10レガシー帰宅。昨夜次男の孫二人宿泊した、という。ラジオ深夜便データ移行、数篇再聴。昨夜録画したNHK新春オペラ他を見る。ディスクの整理も開始する。読書三昧で過ごす。19:00夕食、21:00就寝。歩数Σ6791歩。

人口減・少子化2020(1) 人口減問題は不可逆的レベル進展した
 厚生労働省が6月に人口動態調査を発表した。
 それによると、2018年に国内で生まれた日本人の子どもの数は91万8397人で、統計がある1899年以降で最少であった。出生数から死亡数を引いた自然減は44万4085人で過去最大の減少となった。

 2019年の見通しを2019年12月に発表したが、ついに出生数は90万人にも達しない見込みとなった。加えて、2020年1月1日時点で20歳を迎える予定の新成人は122万人になることが分かった。

 この出生数見込みと新成人の数は年末年始の新聞の社会面を大きく占拠した。

 私は医療関係者として日本の人口問題には早くから関心を持ってフォローしてきたが、その立場から見てその出生数の減少、新成人の減少は予てから予想されていた通りで何ら新しいニュースではない。

 何を今更、昔からわかり切っていたことを騒ぐのか??というのが感想である。

 日本の人口の推移は1960年代(昭和40年代)に予測された曲線の上を見事に辿って減少している。わが国の人口問題は、有志の中では戦後間もなくから指摘されてきたが、政府として何ら対策して来なかったから、推定どおりの経過をたどるのは当然である。

 出生率低下問題、人口減問題は個々人を含む社会全体の問題であるが、個々人には関心があっても対策のしようが無い。これは政治家と、学者の仕事である。

 政治家は自分の当選の事とか派閥の立場でしかモノを考えず、日本の将来を論じる程の力は無い。この一年の政治活動、野党の動きをみれば、一体彼らは大きな意味での日本の将来を何としようとしていたのか?と疑問をもつ。人口問題こそが最重要課題だったのだ。もう間に合わない。

 学者は理屈だけは述べている。学者にはかなりの経費を払っているはずだが、こんなに役立たないものなのか??我が国の国民は長いものには巻かれろ的で発想で、観覧席の客と同じで当事者感覚に欠ける。それをいいことに政治家は的がズレた政策しか出してこない。

 我が国の人口維持の分岐点は出生率2.07。今は1.43。積極的回復の為には2.5-3.0が必要。
 この出生率はどんなにガンバっても達成不可能である。

 私は辛いことであるが、日本の人口問題を解決方法として、日本人だけで解決は無理の段階に至った、と思う。それを本当に解決しようとするなら、学費無償化とかイクメン養成とかの小手先きの手段では無理。極言すれば若い女性の子宮を大量に輸入する・・・・しかない。換言すれば、大規模な移民に頼ることしかないと思う。

 人口減は国力の低下に直結する。日本の主権を守る国防を例に取っても、税収が少なくなれば先進的兵器を準備することもできないし、若い精鋭を養成することもできない。旧式の兵器を、視力の弱った、歯が欠けた高齢の操縦士が担うようになるかも。


1/3(金)曇り小雪小雨 飯川病院日当直
0:30起床。データ整理、歴史の本読み、新聞入力中心。8:20レガシー飯川病院へ経由駅に。8:50日当直業務に就く。10:00-11:30外来レセプト点検。12:00検食、入院患者は落ち着いている様子。データ整理、読書、音楽三昧で過ごす。18:00検食、21:00就寝。歩数計Σ6109歩。

ゴーン氏、秘密裏に出国?? いや国外に逃亡されたのだ
 ゴーン氏は12月30日レバノンに入国したことが報じられた。
 海外渡航が禁じられた状態のはず、何で? 初めてその報に接した31日、私は驚いた。

 メディアは「秘密裏に出国??」などとと報じていたが、「国外に逃亡された」と言うべきであろう。
 ゴーン氏はもう二度とわが国に戻って来ることはない、だろう。
 これは国家的に見ても屈辱的な失態でないのか??
 
 「国外に逃亡」には厳しい制約を潜らなければならない。その方法は明らかになっていないが、関係者は国内外に多数いるはずである。
 国は正規のルートを通じて氏の送還を申し出るだろうが、被疑者送還の協約に同意していないレバノンには通用しない。
 ゴーン氏は二度と戻ってこないから、国としては国内外の逃亡に関係した者の捜索に全力を挙げることしかできない。さりとてせいぜい協力者であって大きな罪は問えない。それで溜飲を下げるのか?

 日本の司法は甘かった??具体歴にはどんな制限があるのか私にはわからないが、ゴーン氏に完全に裏を書かれた。
 言って見れば、ゴーン氏の完全勝利である。ゴーン氏側を褒めるべきだろう。15億円の没収など、氏にとってみれば何ら負担にならないだろう。

 それにしてもどうやって??
 自家用機の管理はどうなっていたのだろう。最終的には給油だって? パイロットの都合は? 機の事前の整備は? 空港に提出する飛行計画は??
 パスポートの管理は? 出国手続きは? 
 渡航禁止処置下にあったとされるが、被疑者の管理観察はどうなっていた?
 などなど疑問は解けない。

 どの部分を取っても、どこでも不審な動きと捉えられなかったのか?? 実に不思議である。
 今回の国外逃亡の責任は、国の機関のどこが負うべきなのか??

 分からないことばかりである。
 要するに、こんな状態だとテロ犯人の侵入や逃亡、密輸など、日本がザル状態であることを世界に示してしまった様なものである。
 東京五輪に向けてまた一つの懸案ができてしまった。

 ゴーンは去った。Ghosn has gone。


1/2(木)曇り雪、午後時々晴れ 年始休暇二日目 除雪まだ不要
 1:00起床、医学文献、新聞などチェック。いつものごとく座学、データ移行。積雪なく除雪まだ不要が嬉しい。本日は午前・午後ともに書斎で録画クラッシックデータのインデックスに集中。昨年分完成、その他。読書。徒然記載、19:00夕食、21:00就寝。歩数計Σ3528歩。

2020年は「やる気を鼓舞しない生き方」をしてみよう
 私は外からの評価よりも自分自身の評価を重視し自己満足を楽しむ。
 自分を鼓舞しながら、達成感、満足感を楽しんできたが、70歳台になってその意欲は全般に低下傾向にある。

 最近はやたらに睡魔が襲ってくる。診療を始め、読書や種々の作業を3時間ほど続けると横になって休みたくなる。午睡の時間も長くなりつつある。身体が要求するから無理せずそれには従う。21:00pmに就眠し1:00am前後に起床するという変則的な生活を今も続けていることも関係しているのかもしれない。しかし、変えるつもりはない。

 私の好きな言葉は「継続は力なり」であるが、中身より継続することが主目的となり、本末転倒だと思うこともある。

 ここ数年来、「今年から、もっと無計画に、適当に生きてみたい・・・」と思い続け、徒然日記にも書いてきたが、まだ実行できていない。徒然日記に関して言えば、昨年も更新できなかったのは1日だけで、期せずして「継続は力なり」になってしまった。ダリアとか畑の手が抜けず疲弊した日でなんともならなかった。
 今年こそは途切れてもいい。無理せず自然体でいきたい。

 意欲の低下が著しいと言えども、仕事は減らないから、仕事を始める時には多少なりとも「やる気を育てない」とやっていけない。医師としての業務は報酬をいただいている以上手抜きはできない。

 私は我が家の仕事の分担として、食事・掃除洗濯以外のかなりの部分を担っている・・・と思っている。これらはやらなくとも大きく非難されることはないが、家の内外がゴミだらけになってしまう。そうそう、ネコどもの世話は生き物が相手だけに手を抜けない。

 意欲の高揚がなければできない仕事はすべてやめる、など選択ができればいいな、と思うが、私が手抜きすれば誰かが担わなければならない。面倒くさいからといって、やりがいがないから、とやめるわけにはいかない仕事が一杯ある。これから問題になる除雪作業はその代表である。

 でも、もう残り少ない人生なのだから手を抜けるところは抜きたい。
 すべて自分の心に聞きながら最小限にしよう、と思う。


1/1(水)終日小雪舞う 積雪数cm 年始休暇初日目 舩杉一家松坂に移動
 11:45飯川病院で起床。0:00ほぼ無音の中、静かに新年を迎えた。
 本読み、徒然などゆったり過ごす。微睡、読書、微睡など適宜。9:15レガシーにて帰宅、舩杉一家は10:00新幹線にて松坂に移動し、家の中がガラーンとしている。5日間の存在感は大きい。次男午前来訪、夜も泊まりに来た。新聞雑誌類データ化など。13:00-15:00午睡。その後もデータ移行に費やす。19:00おせちにて夕食、録画BRで「N響第九演奏会」視聴した。いい演奏であった。読書など、21:30就寝。Σ6947歩。

2020年元旦 明けましておめでとうございます。



新年あけましておめでとうございます。

 ちょっと焦って処理して来た書籍の電子化(自炊)は、蔵書のうちの2000年以前の作品はほぼ終了し、一段落したので今後はペースを落として進めることに。
 この事も含め、今年の私の生活の目標は「ゆるゆるとのんびり生きる」にしたい。


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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
  日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。時間的に余裕無いのが悩みです。


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