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平成16年9月26日


「どうしてこの病院において貰えないんですか?日本の医療・保険制度のふしぎ」

講師 中通総合病院 副院長 福田光之氏


<講演要旨>
 昔の病気は呼吸器や消化器系の感染症等が中心でしたので、1週間も入院すれば、助かるか否かの判断が大体はついたのですが、最近の病気の大部分は生活習慣病や老化に起因するものですのでなかなか治りません。場合によっては退院出来ずにずっと闘病しなければならない状況に陥ります。
 その際の、患者さんや家族にとっての悩みは、せっかく入院したのにその病院に長く入院していられないことです。私たちもずっとお世話してあげたいのですが、そうすると病院の収入が減って経営が成り立って行き難い状況に陥ります。
 これは日本の政府の医療費削減政策の結果です。将来はもっと厳しい状況になると考えられます。

 今日は患者・家族にとって日本の医療制度はどうなのか?あるいは私たち医療従事者にとって、どうなのか?その両面からお話し致します。

 日本の医療は世界的にみて高水準で、医療費はとても安いのです。結果的に平均寿命は世界一となっています。しかし、このことは国民には正しく評価されているとは言えません。何故かというと、国民の約90%はほぼ健康人ですから日常的には医療制度にはそれほど関心がありません。多くの方々はテレビや新聞、週刊誌、健康雑誌などのマスコミ報道や記事を通じて医療制度を知るわけですが、マスコミ自体が私たち医療人からみれば残念な報道姿勢をとり続けている事もあって、それから知識を得ている多くの国民は医療問題を誤解しています。マスコミは大きな影響力を持っているのですが、医療問題を深く掘り下げているわけではなく、「弱者の味方」の仮面をかぶり、興味本位に医師や医療機関をバッシングする様な表層的な報道をしています。特に医師会に対して敵対意識をあからさまに報道しています。

 昭和30年代は医師が尊敬された時代でした。昭和40年代は和田心臓移植や富士見産婦人科等に見られるように医師のおごりが目立った時代です。昭和50年代後半、医師と医師会の地位を高めた医師会長武見太郎氏が引退しました。武見氏の発想は「国民医療のためにどうやって国を動かすか」で、彼のワンマン的主導によって日本の医療はずいぶんよくなったと言えます。日本の医療政策の主導権は、その後、厚生省に移りましたが、結果的に我が国の医療政策は「国を維持するためにいかに医療を縮小するか」に変わってきました。

 病院の看護師さんの人数は、患者さんの平均在院日数によって決められています。急性期の医療中心の病院の場合、平均在院日数が25日以内の病院は患者さん2.5人に対して看護師を1人配置することが許されています。平均在院日数が21日以内の病院は患者さん2人に対して看護師1人です。患者さんの退院が長引けば病院に支払われる診療報酬は徐々に少なくなります。例えば、3ヶ月以上の長期入院の患者さんの基本的な診療報酬は、入院1週間以内の患者さんの約半分です。一般に思われているほど医療機関は経営状況に余裕はなく、ぎりぎりのところで運営されていますので長期入院の患者さんが増えることは医療機関にとっては死活問題に直結するのです。

 在院日数が21日以内としてスタッフを配置している500床規模の病院が、長期入院の患者さんが増えて在院日数が平均21日を越えた場合、年間約2億円分の収入減となります。そうなるともう病院の運営は困難になります。従って、何としても平均在院日数を21日以内にしなければなりません。そこで「そろそろ退院してください」と言うことになるわけです。患者さん達は平均在院日数の縛りがない介護中心の老人病院、老人保健施設、老人ホームなどへの入院や入所を希望するのですが、秋田市内では入院や入所の予約が2千人ほどとなっており、転院先がなかなか見つからなくて患者さんや家族の切実な悩みになっています。これは病院の立場でも同様です。小泉首相の方針もあって、急性期医療を行う病院の平均在院日数は、近い将来、アメリカ並みの14日ぐらいに減らされると予想されますがそんな状況になったら今より遥かに大変になります。
 20床未満のところは有床診療所と言われますが、ここも経営が悪化し、無床の診療所に変わってきています。

日本の国民皆保険制度はWHOから世界一素晴らしいと認められています。小泉さんが目標としているアメリカの医療制度は37位と低い評価です。従って、世界一と言う評価も危なくなってきました。アメリカでは医療保険に入っていない人が60%もいて、病気になれば医療費支払いのため大変な状態になります。その点我が国では国民の全てが何らかの保険に加入する皆保険制度をとっています。われわれから見れば、日本ほど医療費が安い国はありません。保険証1枚で誰でも平等に医療が受けられます。この様に優れた医療制度をとっている国はありません。

 医師には応召義務が課せられていますが、患者さんには何の義務も制限もありません。医者や医療機関側にとっては大変だけど、患者さん方は受診が自由で、決してよいことではありませんが「はしご受診」も禁止されているわけではありません。その結果、我が国の通院患者数は世界一多くなっています。日本一人当たり年間平均受診回数は21回、アメリカは5回、イギリス4回。そして1回受診当たりの医療費は日本7千円、アメリカ6万2千円、イギリス2万5千円となっています。

 なぜ日本の医療費は安いのでしょうか。それは我が国の医療従事者の技術料が徹底して低く抑えられているからです。日米の技術料を比較してみると、いかに我が国の技術料が低いかよくわかります。医療は人手と高度な判断が伴います。アメリカはその両方を大切にするからお金を払います。虫垂炎手術の費用を世界各国と比較してみますと、ニューヨークでは入院が1日で約250万円、ロンドンでは5日間で114万円、東京では7日間で37万円で、1日当たりにすれば6万円ぐらいで、アメリカの実に1/40です。医療費が安く押さえられていることで我が国の患者さん方は幸せなことかもしれません。アメリカの元大統領が閉塞性動脈硬化症と言う病気で片足切断の手術をしましたが、牧場を売って治療費に充てたとされています。日本で同じ手術をするならば、患者さんの窓口での支払いは1ヶ月6万円程度です。日本で救急車を呼んでも無料ですが、世界のほとんどの都市は1?2万円程度の有料で、原則無料の都市でも医者が緊急性を認めなければ有料となります。

 国民医療費は平成11年まで増え続けてきました。多くの人はこのままでは保険制度が破綻すると思っているでしょうが、事実は決してそうではありません。厚労省は過大な予測を出して国民の危機感をあおりましたが、平成12年度の国民医療費は30.4兆円で前年度より減っています。
 しかしながら、「国民皆険制度は限界に来ている」と言われるのは部分的には真実です。1961年の制定時に比べれば、疾病構造も変わりましたし、治療法も変わったために保険制度は限界を迎えるのは当然で制度自体を根本的に見直す必要があります。感染症が減って、治せない生活習慣病を中心とする慢性疾患を持つ患者さんが増えて膨大な医療費がかかるようになる一方、誰でも高度な治療を低額の自己負担で受けるようになりました。
 現実に、これ以上やっても助けられそうもない状態の患者さんに対し、家族の気持ちを優先して治療を続けているという現実もあります。亡くなる前の5日間に膨大な医療を使っているのも事実ですが、これを変えるにはまだ時代の変化が必要だと思われます。疾患別患者別に遣われる医療費の割合をみると、僅か1%の特別な病気の患者さんが保険の約26%を使っているというアンバランスもあります。これらは正す必要があります。

 ガン、脳卒中は治療した後も再発予防のために通院しています。生活習慣病の患者さん方もずっと通院し続けますが、高齢の方は徐々に弱ってきてやがて寝たきり状態となります。この様に、疾病構造が変わり、治療法が発達し、かつ、高齢者が増えてくれば医療費が増えるのは仕方がないことなのです。しかし、国は医療費・福祉の費用を縮小しようとしています。
 平成13年度の歳出のうち、社会保障費20%は諸外国と比べるとまだまだ低く、今後も増やせると思います。減らすべきなのは公共事業と国債費です。日本の国民医療費30兆円はGDP比でみると世界の18番目で寧ろ低い方です。30兆円はパチンコ産業の収益と同じ程度の金額です。国民の医療費は本人負担と事業主負担と国庫負担ですが、小泉さんは「三方一両損」と称して国民を騙し、自己負担と雇い主の負担を増やし、国庫負担を大幅に減らそうとしています。

 日本の医療制度はまだまだ使えますが、医療費の適正配分を考える時期にきています。日本では医療費に占める薬剤費の割合が31%と諸外国に比較してだんとつに高く、このことが保険制度をゆがめています。アメリカは11%、フランス19%でしかありません。例えば、ある花粉症薬はアメリカでは一錠1000円、日本では1710円。同じペースメーカーの値段をみますとアメリカで60万円、日本では160万円です。PTCDバルーンカテーテルの値段はアメリカの3倍、イギリスの5倍の26万円です。そのうち輸入原価は25%、医療機関差益は11%、流通マージン64%です。要するに、医療費は病院を素通りして、製薬会社、検査会社などの収入にまわります。

 平成14年診療報酬の改定の項目はほとんど医者いじめでした。医師の技術料としての再診料は4回目以降の通院の場合は半減され、年間の手術件数が規定に満たない病院は同じ手術を行っても手術料が3割カットされました。安全・褥瘡・院内感染対策への評価で診療報酬は減算される様になってきています。6ヶ月以上入院患者の保険給付見直し等も行われました、一般病院の収支は年々厳しい状況にあり、将来医療レベルや安全確保に障害が出てくることも心配されます。
 厚生労働省、財務省も、政治家も、時代に見合ったよい医療を求めることをそっちのけに医療費抑制策だけを論じています。

 いくら高額な医療を受けても我が国では自己負担が6万円なので患者さん方はそんな所に問題があるとは思っていません。しかし、上記の如くの問題があるのです。その結果「どうしてこの病院において貰えないんですか?」という疑問を問題が生じてから感じることになるのです。


 日本の医療制度のためには
○ 医療費抑制策を考え直す
○ 薄利多売方式を見直す
○ 医師としての技術料の適正評価をする
○ 薬剤、医療機器の低廉化
○ 医療にもっと人を
○ 救急医療の充実
○ 開業医・病院の役割分担をはっきりさせる
などが必要なことだと考えられます。


次回は
医療について話し合おう連続講座  第5回  
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