患者塾 連続講座 第五回

「患者の権利をのばすには」


2006年2月5日 サンパル秋田
話題提供者:中通総合病院 院長 福田光之

<要旨>
 今日は患者の権利についての討論ですので、話題を提供します。病気の話とは違いますが、ある面では病気以上に大事なことです。

 患者の権利を伸ばすことが医療を良くする事につながる、と私は思いますが、患者からの権利等の主張、要求に対し医師や医療者側は過剰に身構える傾向がどうしてもあります。何故かというと、権利の主張という言葉には対立構造のイメージが付きまとうからです。物事の本質の検討を抜きに、権利だけを主張し合えばそこに紛争が起こります。これは医療者。患者双方にとって不幸なことです。

 最近、患者の権利が大きくなってきましたがそれにはいろいろな因子が関与しています。医学が発達し、医療も複雑になって医療内容が良く見えなくなった事も一因です。医師側の変化もあります。昔の医師は偉かった。説明も何もしてくれなくかったけど、何となく権威があって優しかった、という意見もあります。社会も変わり、情報もどんどん公開されるようになってきましたし、病気の質も変わっています。今、外来に通院している患者は、ほとんど無症状です。
 患者の意識も随分変わってきて無理な要求をする患者や家族が増えています。夜間の救急室で「主治医を呼んで欲しい」「ここは小児科もやっているハズだ。小児科の医師を呼べ」と言う家族がいます。呼ぶか否かは診察の上で判断すればいいことですがなかなか納得しません。
 入院患者の病状説明のために家族との面談の時間を設定しようと連絡すると「仕事で都合が付かないから土曜の午後または日曜に・・・」という方は結構います。医師は365日休日無しで24時間働いて当たり前、という考えて自分の都合を優先させているらしいのですが、こういうのは患者の権利云々という以前の問題です。

 更に、医療制度の背景もあるし、マスコミの問題もあります。医療事故やトラブルの報道は医師側が悪いという前提になっていて、対立構造を生じるように、不信と不安を煽るように構成されることが多いのです。それまで医師と患者とがどんなにいい関係でいても、一端報道されたらその関係は次々と壊れて行きます。

 マスコミ報道、特に医療問題では影響がとても大きいのです。NHKで本年1月上旬にガン治療に関する全国放送がありましたが、秋田のガン医療は日本中でとても遅れている、と言う趣旨で放送されました。あれは観る人に100%誤解を与えるような残念な内容でした。NHKが秋田がガン治療の面で遅れていると判断に用いたのは僅かに次の2点でした。ガン拠点病院がないこと、医師、患者として出演した方の個人的・一方的意見を過剰に重視したことです。更に、秋田の医療を語っているときのアナウンサーの不適切な表情、厚労省役人の不適切な発言がだめ押し的効果を上げました。結果的に、あの番組を見た視聴者の方々の大部分はすっかりそう思いこんでしまい、不安や不満を感じたと思います。放送の後、視聴者から県や県医師会を非難するファックスやメールが沢山届きましたが、100%真に受けての内容でした。実際には、秋田県でも全国レベルに遜色ない、すぐれたガンの治療はできますのでご安心下さい。

 このような時代の変化を背景に医療トラブルは年々増えています。医療トラブル件数は鰻上りに増え、訴訟は10年前の年100件程度から、一昨年は987件と10倍程度にもなっています。未だ結審していない件数が2000件も貯まっています。

 最近トラブルが増えている背景に患者の権利意識の高揚はあります。患者の権利主張があまりにも大きくなって、医療者側の方が困惑しています。日本の医師は、アメリカやヨーロッパの医師の10倍も患者を診ています。仕事量はさらに年々増えてきており、医療も高度化して注意すべき点も配慮すべき点も増えてきています。本当に余裕がありません。
 医療関係者には、自分たちは厳しい労働環境の中、奉仕の気持ちと共に地域医療をやっているのだ、という思いが背景にありますし、そのことが医師としての生き甲斐でもあります。しかし、最近は勤務医を中心に、激務で疲弊しきって、志半ばにして病院を去っていく医師が後を絶ちません。こんな状況の中で患者側の権利だけを主張されると正直困惑してしまいます。

 本来の患者の権利の主張は良い医療を受ける権利の要求の現れです。だから、現場のみの状況を、医師や看護師の対応のまずさだけを責めるのではなく、その背景にある問題点をも責めるべきです。医療関係者は労働環境を良くしよう、そのことが患者のためにもなるのだ、とそれなりに努力していますがなかなか改善されません。医療環境をもっと良くすれば問題の大部分は解消していくはずです。それには患者の声が必要です。
 例えば、秋田市では病院に恵まれていて、市民は簡単に病院にかかれますが、県北県南の県民の方々はそうはいきません。患者の医療を受ける権利が侵害されている、として国あるいは県に問題を訴えていく。そのぐらいの気持ちがなくては日本の医療は良くなりません。

 医療行為は大きなリスクを回避するために小さなリスクを与える行為です。危険を包含しない医療はありえません。どんなに細心の注意をしていても、採血や注射等の医療行為、薬の副作用で具合悪くなるときもあります。それをわかって医療を受けなければならないし、それをわかって診療しなくてはいけなません。だから、対話を欠いた状況での医療はありえないものです。対話を通じてはじめて親しみも信頼感も生まれてきます。だから 医師も患者も積極的に対話しなくてはなりません。これを欠いて、互いに期待して「あうん」の呼吸でやるからトラブルが起こるのです。医師が話してくれるはずだから私はだまってました、ではだめで、医師が言わなかったら聞けばいい。そうしなければ医療の安全は守れません。

 ヨーロッパでは1981年に「リスボン宣言」というのが作られました。患者の権利を11の権利にわけて保証しています。良い医療を受ける権利、医療機関や治療法を自由に選択する権利、自分で決める権利、意識喪失状態・法的無能力状態で医療を受ける権利、意志に反する処置や治療を受けない権利、個人情報が守られる権利、医療情報を受け取る権利、健康教育を受ける権利、尊厳性を維持される権利、宗教的な支援を受ける権利です。
 これは、ほとんど世界各国で共通の宣言として生きています。アンケートの中に「患者はどんな権利があるんですか?」と書いた方もいらっしゃいますが、こうゆう権利が既に成文化されてあるのです。今は多くの医療機関の玄関先に「患者の権利宣言」と書いたパネルが掲げられていると思います。

 あきたパートナーシップのリーフレット「患者と医師のいい関係」にもいろいろ書いてあります。「患者と医師が一緒になって」これはいいことです。そのほかの項目どれも患者の権利という視点で見れば当たり前すぎて、このように書かれると医師としてむしろ気恥ずかしい思いがいたします。

 最後に、皆さん方からのご質問についてお答えいたします。

Q1「お医師さんは忙しいそうで質問しにくい」。
A1 ウジウジ考えているより口に出して言って下さい。黙っていても解決しません。

Q2「薬に不安あるので止めていいですか?」。
A2 中には止めてはいけないものもあります。特に心臓の薬、ワーファリンという薬、ある種のホルモン剤は、勝手に止めると数日程度で心不全や、心筋梗塞、脳梗塞とかをおこす可能性がすごく高いものもあります。医師に直接相談して下さい。

Q3
「準備したメモを見ながらお医師さんに質問していいか?」
A3 それは当然です。私はそのメモを下さいと言って自分で読みます。短時間できちんと言いいたいことがわかってコミュニケーションができるからその方がいいのです。

Q4 病気のことを大声で話すので他の患者に聞こえるから嫌だ。
A4 それはそうだと思います。なんとかしてあげたいと思うのですが、場所に余裕が無くて、他の患者がいるところで言わざるを得ないんですね。それでも医師に言ってみてください。何らかの対応をしてくれると思います。

Q5 患者の気持ちを汲み取る医師が少ないのではないか。
A5 残念ながらその通りですが、そう感じたら皆さんの方からもアクションしなければダメです。黙っていては何も通じません。

Q6
 尋ねないと答えないのではなくて医師の方から説明して欲しい。
A6 まったくその通りなんですが、患者が何を感じているのか、わからない時もあるのです。その時は言って下さい。医師の大部分は「私は充分説明しました」と言います。その一方で患者の方はまったく聞いてないと言う。実は、言っていても聞いてないと言う人が多い。何しろ今は診察が終わって2-3分もたてば「さっきの血圧なんぼですか?」と戻ってくる患者が何人もいる。しかも1回でなく2回も3回も来ます。

Q7 病院の手違いで2時間も待たされました。
A7 病院によってはカルテの流れが違うので一概には言えませんが、手違いがあった様なときには黙って待っていると終わりまで待たされます。変だな?と思ったら看護婦がそばを通ったら手を挙げて一言確認すればいいのです。是非自分の方から言って下さい。

Q8 歯科で六ヶ月以上かかると言われて治療を始めたが、半年済んだところで一時休みたいと言ったら怒られた。
A8 そんなところは一段落したら、それ以上かかる必要はありません。転医が良いでしょう。

Q9 思っていることの半分も医師に伝わっているのかと思う時がある。
A9 それは確かめればいい。そうしないとトラブルになるんです。

Q10 患者があまりにも多いので聞きたいことが聞けない。
A10 皆さんそう思ってます。医師もそう思っています。患者が沢山来ないとなりたたない。来すぎると患者と対話する時間も無くなります。ジレンマです。

Q11 薬を長期服用するように言われたが副作用で苦しんでいると医師に伝えたら怒られた。
A11 こういう患者を怒るような、あぶない医師にはかからないことです。

Q12 話すことの出来ない患者なので付き添いが言いたい。
A12 それは当たり前のことです。何も遠慮は要りません。

Q13 患者に、どういう権利があるのかわかりません。一般にも知られていないと思う。
A13 ということで今日のような場がセットされたのだと思います。かなり解ってもらえたと思います。


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