秋田組合総合病院における「在宅ターミナルケア」について


                     秋田組合総合病院 消化器科 福田二代

当院の“在宅ターミナルケア”

 当院には確立した“在宅ターミナルケア”部門はありません。それぞれの医師がそのときの事情に沿ってケアを行っているというのが実情です。実際にこの数年間で末期がんの患者さんの“在宅ターミナルケア”に携わった医師は私以外にはいないようです。従って病院としての意見と言うより私個人の経験や意見と言うことになります。
 病院として積極的に取り上げてこなかった背景として、以前に当院では往診や在宅医療をしないと言うことで,地域の診療所の先生方と暗黙の了解があった事があげられます。そのために、最期のときを自宅で過ごさせたいと家族から希望が出されても,私どもに幾ばくかの躊躇があり,病院では希望に添えないとお断りしてきた様です。
 一方、私自身は末期状態にある患者さんや家族への病状説明の際に,希望があれば自宅で最期を過ごすことも出来ることを事あるごとに繰り返すようにして来ました。というのは,人生の最期迄の貴重な時間を過ごしている患者さんが,点滴など受けながら病院の白い天井ばかり見て過ごすのは,人間として尊厳のある生き方ではないと思うからです。勿論、ご本人が意欲を持って一日でも長く生きたいと希望した場合には,化学療法や輸液を十分に行います。中心静脈栄養法(IVH)が,ターミナル期の患者さんの寿命を長くするという証拠はないといわれますが,IVHだけで一年近く存命する方もいますので,各患者さんごとに適応を検討して施行することもあります。このような方の場合,早いうちに胃瘻を造設することが勧められていますが,少しでも食べられるうちから胃瘻を勧めるのはなかなか難しいことです。私は短期的在宅IVHの経験はありますが、長期の在宅 IVH の経験はありません。また,説明の際に近くで診てもらいたい診療所の医師がいる場合には往診や訪問診療をお願いしております。当院に紹介されて来院された方は紹介医に診てもらうことを希望されます。

当院の緩和ケア

 最近、当院にも「緩和ケアチーム委員会」を立ち上げ、ターミナルケアの充実,システム化を図っております。緩和ケアが旨く行っているかどうかの評価は,医療者側と患者さん側の意見を中立的な立場で聞くことが出来る第三者でなければ判断は困難ですが,私の目で見る範囲では疼痛の緩和はかなり上手く行っている様です。しかし、全身倦怠感や吐気,呼吸困難などの治療やコントロールに関してはまだ問題が多いように感じられます。ターミナルケアの場合は成書にもあるように,患者さんは身体的疼痛だけではなく,経済的,社会的,家族的,精神的などの諸問題で悩んでいるのであり、医療者側にはそれらを広く解決しようとする姿勢が必要です。そのためには院内の多職種の知恵と協力が必要になります。その視点から「緩和ケアチーム委員会」には中心となる看護師だけでなく,薬剤師,栄養師,訪問看護師,それに事務部門も参加しています。当院には,常勤の精神科医師がいないので現在は心のケアは不十分かもしれません。あの世に旅立つ人たちの心を少しでも癒してあげられればと思いますが,私どもにはまだまだ訓練が足りません。
 患者さんが若い場合には,告知された後に積極的な治療を最後まで受けたいと本人も家族も望むことが多いのですが,病気の進行は早く症状も強いので,在宅治療の機会がは多くありません。一方、患者さんが高齢の場合は,家族の納得も早く,身体的苦痛も軽い傾向があり、在宅で過ごしたいとの希望がある場合には希望に添うことが出来る機会はより多く見られます。

家族へのケア

 患者さんに寄り添って病室で共に過ごされる家族の方への肉体的,精神的ケアもターミナルケアの範疇と言われています。病室に家族用のソファーベットを用意し,床に布団を敷いて横になったり,椅子に寄りかかって眠ったりしなくてもすむようにと考えておりますが,まだ一脚しかありません。家族の方は表面を明るく取り繕っているため,その心のうちを医師も看護師もなかなか見抜けないのですが,大分たってから,精神科に通っている話を聞くこともあるので家族の心のケアへの配慮が不十分なのは明白です。私自身は,聖霊短大で行われている「癒しの会」に時々出席して,家族の方の苦しみを伺っておりますが、いつも考えさせられることばかりです。そういう意味では当院ではかけがえのない方を亡くされた家族に対する心のケアは何もしていないことになります。
 告知された患者さんであっても,家族と心のうちを明かさないままに時を過ごしてしまうようです。告知されていなければ,さらに上辺だけの会話に終始してしまいます。家族に対して患者さんへのアプローチの方法を,看護師から指導することも重要なケアの一項目と思われます。苦悩を表出しないという日本人の特性を,日本人自身が認識していないのです。

在宅ターミナルケアの実例

 最近、在宅ターミナルケアの方がより望ましいと考えられる例が増えてきています。完全を期すれば実行はより困難になりますので、今の段階で可能な援助を模索しながら進めて行きたいと考えております。

 今まで私が末期がんの方で,往診及び死亡確認のため患者さん宅を訪ねたのは,6人位でしょうか。良性疾患で死亡確認を行ったのは2人。いずれも患者さん本人からの強い要望に応えたものでした。

第一例
 その中で“在宅ターミナルケア”と言えるものは,最近の一例だけです。この方は84歳でしたが,しっかりした方で「胃にシコリがありますが、手術は出来ません」と伝えただけで事情を察したのだと思います。「それでは自宅で養生をしたいですが,よろしいでしょうか」と言われました。同居の嫁さんは,病気がちの方で当初はうろたえておりましたが協力的で最後までがんばってくれました。1ヶ月半ほど在宅で過ごされましたが、たまに嘔吐はあったものの疼痛は最期の一週間程度で,アンペック座薬と鎮静剤の座薬を使い,うなり続ける様な状態ではありませんでしたが,「早くあの世へ行かせてほしい」とたびたび話しておりましたので,決して安楽に過ごし得たとは言えないと思います。当院の訪問看護ステーションのスタッフが,最後の一週間は毎日のように訪れ,適切なアドバイスや,慰め,Drへの情報提供を行い,在宅ターミナルケアの中心的働きをしております。お孫さんが看護師であったのもいい条件でした。外の嫁さん達の参加が望ましかったのですが,実際には最後の数日だけしか付き添う事が出来ませんでした。夫の生家とは言っても、代替わりしていると兄弟の家でも入りにくいようでした。患者さんは見事な最期を迎えられましたが,私も自分の最期はこうありたいと思いました。

第二例
 10年以上も前の80歳代の胃癌の方のことも強く印象に残っております。田舎の人は良いなと羨ましく思いました。食べられなくなって再入院されたのですが,点滴に縛られて天井だけ見て暮らすのは嫌だ,家に帰りたいと奥さんを通じて希望されました。一ヶ月くらいの生活でしたが,途中二回だけの往診と死亡時の一回だけの訪問でした。奥さんは家事や畑仕事の合間に夫の面倒を見れて良かったとのことでした。孫も学校に行く前におじいさんに挨拶をして,帰ってくるとまた一番に顔を見に行ったようです。座敷の真ん中に布団を敷いて,大事にされて最期をすごしました。有効な鎮痛剤もない時代でしたが,苦しみを訴えることはなく全く投薬を必要としませんでした。朝から呼吸が弱くなっていたとのことですが、奥さんがちょっと畑を見回って帰ってきたら息絶えていたとのこと。長年連れ添った二人の深い思いやりが,可能にした在宅ターミナルでした。

第三例
 また,一人暮らしの84歳の女性が全身浮腫と嘔吐を主訴に紹介入院され,幽門部の胃癌と診断されました。本人は34歳の一人娘を卵巣癌で亡くしてからは現世の幸せを諦めたようで親戚とも付き合わず,夫に先立たれてからはまったくの一人暮らしでした。病院に一ヶ月入院しても良くならないので,事情を察したのだと思いますが,自宅での療養を強く希望されました。前医に往診をお願いし,当院の訪問看護ステーションを活用し,ケアマネージャーの力を発揮して頂いて,何とか自宅で過ごすことが出来ました。ヘルパーさんにも十分に介護をお願いしました。食べられなくなったときに,本人からの意志の確認が不十分であったため,在宅で点滴を行いましたが,全身浮腫となって,再入院となりました。患者さんの望むところではなかったと思われます。できれば自宅で看取りたかった次第です。再入院後は遠い親戚の方が付いてくれました。最期は数人の親戚が来てくれましたが,これらの人々のマンパワーを,うまく采配できれば,一人暮らしの患者さんのターミナルケアが,充実してくる可能性もあります

第四例
 最近の在宅ターミナルケアの失敗例です。84歳の胃癌の方です。少しの化学療法で食事を取ることができるようになり,呆けも軽くなり,頻りに家に帰りたがるようになりました。患者さんの兄弟方が,頑固に反対しましたが,遠くの娘さんが,母親の気持ちを大事にして自宅に連れて行ってくれました。一ヶ月ほど長男夫婦が面倒をみましたが,ボケがひどくなり目離しができず,嫁さんはかなり難儀したようです。失敗というのは,突然始まった腹痛に何の対処も考えていなかったことです。そのため再入院となりました。起こりうる事態に対して前もって対策を指示しておけば,再入院せずに4〜5日の看取りの往診で最期を迎えることができたかもしれないと考えております。

在宅ターミナルケアの不安の解消のために

 当院に訪問看護ステーションが出来てから,何人かの方に「在宅ターミナルケア」を勧めましたが,今の所同意された方はおりません。           
 どうなるやら,さっぱり分からないので,怖くて自宅に連れて帰るなんて思いもつかないというのが,患者さんの家族の共通した心情です。また、患者さん本人が,正しい病名および病状を伝えられていないと,病院での治療に期待を抱き,帰れるチャンスを失ってしまうのです。
 在宅ターミナルケアに必要なのは(1)病名告知(病院での治療の限界を伝えるため)(2)患者及び家族の教育 (3)訪問看護またはヘルパーなどのマンパワー、社会資源の利用を指導する。(4)いつでも病院がバックアップするという保障、などとされています。

 実際には開業の先生にお願いして在宅ターミナルケアを行った患者さんが何人かおられますがが、この場合、ほとんどが前に紹介受けた医師のお世話を受けました。患者さんご本人、ご家族、依頼を受ける診療所の医師にとっても、いつでも必要なときに病院がバックアップするという保障はとても重要です。在宅ターミナルケアの真の価値は在宅で最後を迎えることではありません。そのことにこだわると多方面で歪みを生じます。最後は病院で迎えても良いと思いますが、再入院された場合でも医療は患者さんの苦痛をとってあげる事のみで十分と考えます。

(203/1 秋田県臨床内科医会へ投稿)