新型インフルエンザ大流行時の時の医療体制(3)

秋田県医師会副会長 福田光之

 


1 はじめに
 「新型インフルエンザ」(「新イ」)はいつ起こるかのレベルまで可能性が高まった。 

 「新イ」は発生地域での初期封じ込めが重要であるが、発病前から感染源になりうるなど、SARSよりも遥かに困難とされている。初期封じ込めが出来なかった際は、ヒトは誰も新インフルエンザウイルス(「新イ・ウイルス」)に対する免疫を持たないこと、高速交通網で人間が自在に移動しているので、瞬く間に世界的規模の流行となり、甚大な健康被害や社会的被害がもたらされると考えられる。

 「新イ」は罹患率25%と見なされ、スペイン風邪、ホンコン風邪の時とは異なりウイルス性の肺炎を高率に生じ、死亡率は極めて高い、と推定されている。流行は何回か繰り返し、一回あたりの流行を約8週間と仮定すると、第一回目の流行では秋田県内の感染者は16万人近くに上り、その大部分は症状の激しさと恐怖心から医療機関を受診すると考えられる。そのうち入院が適応となる患者は12,000人前後、死者は1,300人ほどになると推定されている。

 秋田県の医療供給体制は、診療所が820余、病院数は78機関、病床数17,380床で、うち一般病床9,883床である。一般病院では通常から重症な患者を多数かかえており、「新イ」患者を優先することは出来ないし、マンパワー不足で「新イ」に対応する余力はない。従って、秋田県内で「新イ」大流行が生じた際には現状の医療供給体制の延長線上で対策を行う事は不可能である。

 「新イ」に対しては従来の経験にない特別な危機管理対策が必要となるので、ガイドラインを作成し一定の基準で対応する必要がある。対応ガイドライン作成は各々別々に作り上げては統一性を欠きむしろ混乱を増す。「新イ」対応では人権問題も生じ得るから、その根幹は国の指針に基づくものでなければならない。

 先般、厚労省はフェーズ4以降の対応ガイドライン案を公表し、パブリックコメントを求めた。私ども秋田県医師会感染症危機管理等対策委員会ではそれに基づいて検討を開始し、秋田県医師会版の「新イ」対策ガイドラインの作成作業を開始した。

 

2 厚労省のガイドラインは秋田の医療事情にそぐわない
 厚労省の医療体制のガイドラインは、「新イ」患者数の増加に応じた医療体制の確保として、

1)県内に「新イ」が発症し感染症病床が満床になる迄の対応、
2)患者が感染症指定医療機関、及び結核病床を持つ医療機関の入院に同意した場合の対応、
3)患者が入院に同意しなかった場合の対応、
4)「新イ」患者が増加し、県内の感染症病床、結核病床及び協力医療機関の一般病床が満床になった場合の対応、
5)県内の「新イ」を診療する医療機関が重症者で満床になった場合の対応

 
と段階を踏んで記載され、5)で初めて「医僚機関以外において医療提供を行う体制」について記載されている。要するに厚労省のガイドラインではSARSの時と同じく、始めから既存の病院に入院させる、と言う立場である。

 

3 秋田県内の入院医療体制について
 秋田で「新イ」の初期の封じ込め対応を行わなければならなくなった場合、感染症病床を持つ数カ所の病院に収容して行うが、その際、対応出来る患者はせいぜい1-3名程度であり、それでも当該病院の機能は大きく影響を受ける。 

 流行が始まった際、一般の医療機関に「新イ」患者を受け入れた場合には、例え、患者が一人であっても他の入院患者の安全を守るために病棟を専用にし、専任医療チームを組む、とかの対応が必要である。従って、病院への入院は患者の数を厳しく制限する必要があり、患者の状態から厳密に適応をトリアージしなければならない。それでも、いずれは全病院的に蔓延してしまうと考えられる。

 委員会の基本的考え方は、流行期の治療は、第一が在宅療養であり、第二に少数例に限り病院で、第三に早期に病院外に収容施設を開くこと、である。

 病院外施設としては食事の提供が出来ること、小部屋に区分されていることなどが必要である。ただし、この際には医療スタッフを如何にして派遣するか、医療器材の用意、治療薬等の整備などの難問を解決する必要がある。
 


4 患者のトリアージについて
 県内の感染者数は16万人近くと推定されている。これほどの感染者数を県内の医療機関で診療出来ない。大流行の際には国内外ほぼ均等に患者が発生するから、どこにも救助を求められず、県内で、各地域の中で解決していかなければならない。これが自然災害やテロなどの時と大きく異なる点である。

 まず必要になるのは患者のトリアージである。即ち、厳しい状態にある重症者は治療対象としない、回復が見込まれる重症者は医療機関に収容する、軽症者は在宅療養に振り分ける。その中間にある患者は地域の収容施設に収容する、という事になるだろう。

 このトリアージを、どこで、誰が、どんな基準でどんな権限で行うか、が問題となる。



5 医療機関、医療従事者の安全が脅かされる
 わが国でトリアージの重要性を理解しているのは第二次世界大戦への従軍経験者のみであろう。それ以外の世代の人間はトリアージの意義も理解できず、恐らく、医療現場はトリアージに納得できない住民で暴動騒ぎとなり、トリアージを担当する医師の身に危険も及ぶことが危惧される。

 従って医療機関、医療従事者への保安体制の確保が重要となる。


6 外来診療について

 厚労省の案では可及的早期に
発熟外来を設置すべきであるとしているがこれは正しい。基本的には入院施設のある病院は「新イ」の外来診療を院内では行うべきではない。外来診療は無床診療所及び地域に開設された発熱外来のみで行うようにすべきである。

 発熱外来は厚労省のガイドラインでは二次医療圏に一つとか記載があるが、小学校区に一つ程度は必要であろう。待合室を作ることは危険であり、広い駐車場が確保できることが必要である。

 この発熱外来にも医療スタッフを如何にして派遣するかの難問がある。



7 医師、医療従事者の動員について
 秋田県内に医師は2400名程度居ると考えられる。危機的状況であっても医療を行えるのはあくまでも医師である。「新イ」大流行時には元気な医師はすべての医師が治療の現場に出動が求められるだろう。この際、専門分野などは言っていられない。医師はまず自分と家族の健康状態をチェックし、第一線の現場に出なければならない。出るべき場所はいくらでもある。

 診療所の医師はそのまま外来診療を続ける事になろう。ただし、家族や従業員も罹患して診療所機能が維持出来なくなった際には最寄りの病院や地域の発熱外来、地域の患者収容施設を手伝うことになる。

 医師には応召義務が課せられている。しかし、「新イ」の流行などの際に個々の医師が如何に行動すべきか、何も規定がない。
 有事の際には秋田県では県知事を責任者とする対策本部を立ち上げ、県民の安全を守るために、知事は強権を発揮できることになっている。「新イ」の大流行時には当然対策本部を立ち上げると考えられ、恐らく、知事は県医師会に医師派遣の要請をしてくると考えられる。しかし、医師会はあくまでも任意参加の団体であり、出しうる派遣要請は協力願い程度で強制力は持ち得ない。

 県知事の権限は、県職員以外の医師、医療関係者についてどの様に及ぶのであろうか。まだ明らかになっていない。その際、医療法とかに拘泥せず、超法規的発想を導入して乗り切っていかなければならない。



8 医療施設におけるマンパワー、食料、医療材料の確保
 「新イ」の大流行時には医療関係者も感染するために医療体制は維持困難となるだろう。今ですらマンパワーが不足しているから一体どうなるのだろうか。どうすれば対応できるのか、正直言って名案はない。残った機能の範囲で出来るだけの対応するしかない、のかも知れない。

 「新イ」の大流行時には医療だけが問題になるわけではない、全ての社会機能が麻痺する可能性がある。生産、流通関連の職種員も当然感染する。ライフラインの維持は殆どが自動化されているために事故でも生じない限りどうにか維持可能と思われている。しかし、全世界的流行になると諸外国からの食料品の輸入もままならなくなるであろう。また、大都市に向けての食料品の国内流通も途切れる可能性がある。その場合、食料品確保をめぐってパニック状態になりうる。

 秋田では大都市に比較して若干状況は良いのかも知れないが大同小異と考えるべきであろう。病院や施設の食材確保も困難になる事態も考えなければならない。医療材料の確保も同様である。



9 おわりに
 県医師会感染症等危機管理対策委員会では「新イ」大流行時に備えての医療面からの対応ガイドラインの作成に着手した。まだ具体的には出来上がっていないが作成の骨子は上記に示したとおりで、これに沿って形でまとまると考えられる。

 県内でも各地域毎に医療事情はそれぞれ異なることから、当委員会の指針をそのまま当てはめることは出来ないだろう。

 各郡市医師会毎に地域の特性に見合った具体的対応方法を考えなければならない。まもなく郡市医師会感染症担当理事連絡協議会を開催し、方向性を協議する予定である。



(秋田医報2007.6.15号)



ご意見・ご感想をお待ちしています

これからの医療の在り方Send Mail