秋田医報8/1号巻頭言予稿


巻頭言
SARS危機管理の諸問題

感染症等危機管理対策担当 常任理事    福田光之


 WHOはこのほどSARSの制圧宣言を出し,WHO、厚生省ともホームページ上でSARSの疫学情報の更新を停止した。
WHOが緊急警報を出した3月中旬以降、国内で、秋田でSARSが発症しないか、緊張の毎日であったが、やはり一段落したという安堵感はある。しかし、今後,冬場を迎えてコロナウイルスが活動性を獲得してくる可能性があり,危機管理体制構築に向けて決して手を緩められない。厚労省はSARSを「新感染症」からより危険度の低い「指定感染症」に格下げした。法的にはそれで良いだろうが、医療機関には今まで遭遇したことのない、重大な疾患であることに変わりはない。

(1)解っていないSARSの疫学
 SARSコロナウイルスは動物界に常在するとされるが,そうであればウイルスが消滅することはあり得ない。しかも、ヒトへの感染の経路,不顕性感染の状況、感染者・回復者の体内におけるウイルスの動向等が解っていないし、迅速診断の方法、確定診断の検査方法、ワクチン開発もまだ見えてこない。客観的に有効とされた治療法は何一つ無い。
 SARSは世界で8000人ほどと報告されているが,疾患の定義上,肺炎像、呼吸器症状,病原体検査陽性所見がないと含まれない。伝播地区でどれだけのヒトがウイルスに感染したのか,そのうちの何名が疑い例,可能性例になったのか,それすら解っていない。
 果たして、近代医療がSARSを制圧したと言えるのであろうか??飛沫感染対策はそれなりに功を奏したのであろうが、私はこの6月以降の急激な発症数の減少は,隔離対策と季節の移り変わりによる自然消退であって、近代的医療は何ら寄与していない、と思っている。

(2)SARSは今冬が正念場
 コロナウイルスはヒトにとっては風邪の原因となるウイルスである。従って、その性質を備えているとすればSARSコロナウイルスは冬場に活動性が高まっていく。従って,SARSは事実上今冬が正念場となる。
 秋から冬にかけて旧伝播地区のどこかで再び感染者が発生すれば,今まで以上に厳しい検疫対策をとる必要があるが、潜伏期にある感染者の発見は困難で盤石ではあり得ない。このことは台湾医師の関西旅行の件でも明らかになった。世界的に見て邦人の感染者は一人もいないが、これはたまたま運が良かっただけである。検疫体制で万全を期すには、人的交流を絶つしかないが、日本からの海外旅行者年間2000万人の2/3は東南アジア方面にであり、産業を通じた交流も盛んであることから事実上不可能である。
 最良の方法は伝播地域からの入国者に対して10日間の自宅待機、行動制限の協力を願う方法は重要である。
SARSの潜伏期間が10日間以内であり、未発病者にPCR検査をしても全く意味がないからである。それをせずに出かけて感染を広げた場合、甚大な被害をもたらしかねない。これは蔓延防止のために重要な方策であるが,この場合,感染防止に十分配慮した診療体制の整備が必要である。

(3)SARS対策の根本は隔離、厚労省の危機管理は間違っている
 厚労省は新感染症法に基づいて対策を進めているが、この法自体がSARSの如くの感染力が強く、アウトブレイクしうる疾患を想定していない。厚労省のSARS危機管理対策は根本的に間違っている,と言わざるを得ない。

 SARS対策の根本は隔離である。従って、SARS感染の疑いがある患者を一般の医療機関に入れるべきでなく、別の施設で診療し、経過観察をすることに尽きる。
 省の方針決定にはわが国の先進的感染症対策を担う医療機関や学者が深く関わっていると思われるが、その方針は感染対策を備えた一部の公的な施設向きの論理でしかなく、しかも少数の患者数しか想定していない対応である。一般の医療機関,特に基盤の弱い私的医療機関,中小の医療機関には適応出来ない対策である。

 厚労省は当初各地の医療機関それぞれでSARSの対応をするように求めていた。院内感染が明快になるにつれて一般の医療機関では対応が困難との不安の声が多く寄せられて来た。それを受けて厚労省では「外来で対応できる機能を持つ医療機関」に特定して初期診療を担うよう方向転換し、全国の自治体に医療体制を構築するよう指示し,かつ僅かばかりの補助金を出す方針を決めた。あくまでも誤った方策の上に立つ対応である。

 SARSは急性呼吸器感染症という性質上。新興・再興感染症を想定して立案された感染症法のもとでの対応には限界があり、万が一流行した場合,感染症法とは別枠で超法規的対応をして行かざるを得ない。今のうちから準備を開始しないと間に合わない。

(4)秋田県の入院治療の2病院と初期診療13医療機関
 県は可能性例の入院治療のために2病院,初期診療を担う医療機関を13の総合病院に指定した。これはあくまで厚労省の通知に沿った過渡的措置でしかなく、これで事足れりとしてはならない。
 入院治療の2病院は県内の他の施設に比して些かの優位点はあるもののSARS入院施設として相応しい基準とは言えないし、初期治療のための13病院は何れも「外来で診療できる能力を備えた病院」として引き受けるに足る設備、マンパワーを備えていない一般医療機関である。各病院とも指定を拒否することは出来たが、地域医療に対する強い責任感で引き受けたのであり、実際、各病院では一般患者、医療従事者への二次感染防止対策に頭を痛めている。更に、生じるであろう風評被害は病院に壊滅的影響を与えかねないことから、正直なところどの医療機関も指定を返上したいのが本音のはずである。
 
 県医師会としてもこれらの医療機関の指定は過渡的処置であって、この対策で良しとはしていない。県民の医療を守るとともに、これらの医療機関を如何にして守るか、秋田県、及び中核市である秋田市は医師会と連携のもと、ベトナム、台湾、トロント等の地域の貴重な経験から学び取り、より相応しいSARSの対策を進めるべきと主張している。

(5)SARSとインフルエンザ
 秋口以降に我が国で一例でもSARSが発症すればインフルエンザの流行と相まって大変な事態を迎える。
 そのためにはまずインフルエンザの罹患数を減へらすことが必要であり、その手法としてはワクチン接種を増やすことである。今年のインフルエンザの予防接種の本数は1445万本(昨年は1300万本で未使用が260万本)だという。危機管理の担当の立場からは不足ではないかとの印象は否めない。しかし,この本数は我が国における本年度の最大生産量というのでやむを得ない。場合によっては緊急輸入の措置が必要となろう。

 突然の発熱に驚いた住民は誰しも自分がSARSの可能性があるなどとは思っていないから次々と近所の医療機関を受診するであろう。その中に、いずれSARS患者が含まれる可能性が出てくるであろう。最大の問題は院内で発見されるすり抜け例である。すり抜け例はSARS初期治療13病院よりも地域の身近な医療機関で生じる可能性が高い。だからすべての医療機関は、その規模にかかわらず、心して危機管理対策を進めておかなければならない。

(6)日本医師会にのぞむ
 トロントで一人の肺炎患者が死後にSARSと診断され、無防備で接触した100名程度の院内感染者が発生、7000人にもの多数に対し自宅待機等の措置がなされてた。この様に、SARSコロナウイルスは伝染力が強く、たった一人の感染者の存在が社会に大きな影響を与える。日本医師会、行政はもっと現場の声に耳を傾け、納得のいく対策を行う必要がある。現状では全国何処の医療機関も安心しては居られない。われわれはこのトロントの例の様な現実を迎える可能性のある状況のまっただ中にいることを認識して対応を準備しなければならない。

 日本医師会では開業医を含めた医療機関での対応を求めていたが、厚労省に追従する対応指針には問題を感じる。一般診療所での対応ははじめから困難であるし、そのような指針は現場を混乱させるだけである。日本医師会は学術集団として,SARSと言うたぐいまれな疾患の性格を前面に押し出し,国民の安全と,会員を、医療機関を守るべき対応策を国に要求すべきである。少額の補助金の交付を評価しているようでは何も解決しない。



(7)私的医療機関はSARSに対しどう対応すべきか
 医療機関は診療を求めてくる病める方々に対して,持てる能力の範囲で責任を果たす必要がある,と言うよりは果たす義務がある。それがどのような疾患であろうと,基本的には医療機関側から患者を選別したり,診療を拒否することは許されない。SARSであっても医療機関の理念上は同様である。疾患が特殊だからと診療を断るのではなく、その疾患に、持てる能力の範囲で、私的医療機関として担うべき範囲を明確にして、対応していく必要がある。
 しかしながら,SARSに関しては,院内感染,医療スタッフへの二次感染等の諸問題から,医療機関は診療スタッフの自宅待機や消毒などで、恐らく一定期間病棟閉鎖や閉院を余儀なくされるであろう。国がこれらに関して十分な補償を用意しないとすれば,壊滅状態にもなり得るので,自衛手段として入院治療や初期診療機関の指定を返上するしかない。

(8)秋田県,秋田市には新しい体制を求める
 SARSが秋田県で国内初の例が発症する可能性は小さいだろう。そのために我が国で最初の例が発症するまでは通常の診療体制でも良い。しかし,我が国にSARSが散発する事態を迎えた際に,いつでも切り替えられるような体制を構築しておく必要がある。

SARSが国内で発見された場合の対応として県医師会では以下の体制を提起する。この際,医療面での運営は地域の医師会が責任を持つ。

外来レベルでのトリアージ体制をしっかりと整え、病院建物内の一般・救急外来を受診する患者との交叉感染を防ぐことが必須である。すなわち,SARS関連の初期診療は通常の外来患者とは異なる場所で「発熱専門外来」を設け行うべきである。各地区の公的施設の一角、例えば保健所などを使用する。広いスペースを要する医療機関の敷地内に専用の簡易型診察室を設置して用いても良い。

●入院治療や経過観察が必要な患者を総合病院病院に分散して収容することはどの方向から見ても危険であり,一般医療の停滞を生む。国または県の医療機関や施設をSARS治療専門施設として複数指定し,県内の患者を集中して治療すべきである。


(9)おわりに---秋田県,日本医師会に要望書を提出する
 感染症等危機管理の担当として県医師会のSARSについてその考え方をまとめた。また,上記の考え方について,秋田県との医療行政懇談会で話題提供し,
東北厚生局のSARS講演会でも発言し,日本医師会の感染症担当常任理事にも直接説明した。しかし,いずれも十分理解が得られたとは思えない。
 県医師会としては早急にこの件について
秋田県,日本医師会に要望書を提出したいと考えている。



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