医師数は人口比で評価すべきでない
---(含)勤務医の医師会活動


秋田県医師会副会長 福田光之

 日本の医療制度は国際的に評価が高い。WHOは日本の医療制度を総合評価で第1位に、医療の平等性では第3位に、医療費/GDPは18位と評価した。要するに安い費用で著しい成果を挙げたとの評価である。しかし、わが国の病院の医師・看護師は一人あたり米国の5倍の入院患者を受け持ち、外来では8倍の患者を診ている。しかも、患者一人あたりの診療単価は入院、外来とも安い。WHOは評価項目の中に医療関係者の「心理的・物理的・経済的な自己犠牲」の度合いも入れるべきだった。そうすれば日本の医療の評価は一気に下がっただろうが、その方が問題点が隠蔽されず良かったのだ。

 病院は低い診療報酬のもと、人件費その他をぎりぎりまで削減し、常に自転車操業で運営している。にもかかわらず日本の病院の72。8%は収支で赤字を計上している(2006年病院運営実態調査)。こんな異常事態が異常とされて来なかったのが日本の医療の実情である。

 一方、日本の患者は世界一恵まれている。受診のフリーアクセスは保障され、窓口の負担は徐々に高くなっているといえども安い。そのため一人あたりの受診率は先進国の数倍、世界一である。しかも、「患者様」と呼び、とても大切にしてくれる病院も多い。恵まれ過ぎていれば、それが当たり前になり感謝の気持は薄れていく。だから、「患者様」方の要求は増大し、ご不満も世界一で、「モンスターペイシャント」「モンスターファミリー」が病院管理者を悩ましている。

 「日本の医療は医療関係者の犠牲の上に成り立っている、このままでは維持できない」と私は健康講話などでずっと強調してきたが、全く分かって貰えなかった。しかし、ここ数年、地域医療の崩壊が社会問題化し、やっと話が通じるようになってきた。今の医療行政のもとでは、わが国の医療供給体制は今後も止まることなく悪化していく。医療砂漠のなかで国民は古き良き時代の医療を懐かしむだろう。

 小児科や産科、麻酔科医師の不足はよく知られてきているが、それだけでない。総合病院の基幹診療科である内科系、外科系の医師不足も生じてきた。勤務医不足は新臨床研修制度の発足と共に地方の公立病院等から始まったが、今や都市部でも問題になってきている。秋田県で昨年病院に対して行った調査では300人ほどの医師が不足しているとの結果であった。秋田市内の大規模病院は他の地域に比較すれば恵まれているが、内情は徐々に厳しくなってきている。麻酔科医師の減少で緊急手術を要するような重症救急患者の受け入れは各病院とも困難になりつつある。

 2006年7月、厚生労働省の「医師の需給に関する検討会」は最終報告をまとめた。この中にわが国の医師数は絶対的に不足しているとの記述は一切なく、現状の医師養成数でも2022年には医師が充足するので、今後も医学部定員増は不要、と結論付けた。要するに、今回の委員会の結論は10年ほど前の同名の検討会の報告と大差ない。そして、医師の偏在による地域医療維持は、行政、大学、学会、医師会などが協力して努力すべき、と無責任にも対応を地域に投げている。医師数に余裕など何処にもない。探しても居ない医師をどこからどの様にして秋田まで連れてきて偏在を解消せよというのか、具体的に教えて欲しいものである。

 10年前の「医師の需給に関する検討会」の結論に沿って医療行政を進めて来た結果、全国各地で地域医療の維持が困難な事態を迎えている。今後も、この誤った報告書に沿って医療行政が行われるならば、地域医療はより一層悪化していく。医療崩壊を止める唯一の方法は低医療費政策を改め、医師を大幅に増やすしかない。医師養成には時間がかかるから決断は早くなくてはならない。10年後には確実に医師が増え、医療環境が良くなる、という見込みがぜひ欲しい。

 わが国の医学部の入学定員数は、平成9年の閣議決定以降削減された。最も多かった時よりも養成数が年間750人も減少している。この間も各地で医師不足、医師確保困難の状況が深刻化しつつあったが、国は絶対的な医師不足を認めようとしなかった。本年2月に国会答弁書の中で医師の絶対数不足をやっと認めたが、時すでに遅しである。

 実際には政府・厚労省もここ1-2年、医師不足対策は進めていたようで、昨年、10年間に限って医師不足が深刻な10の地域と自治医科大学の医学部定員増を認めた。また、これとは別に10年間にわたって全国の医学部定員を285人/年増やす事も決めた。ただ、閣議の決定自体は変更されず、「医学部定員の暫定的な調整」という表現が用いられ、10年後には前倒しした分、養成数を減らす事になっている。この施策で今年から医学部入学者は計算上168人増えることになっている。しかし、平成21年度から医学部の定員増を予定しているのは12大学で、増員数は合計57名のみである。定員を増やすように言われても教官の数等に限りがあり、おいそれとは増やせない事情があるからであるが、これでは医療崩壊に歯止めはかからない。

 国は何を指標に将来の医師数が過剰になると判断していたのか?人口あたりの頭数での評価は時代と共に意義が小さくなっている。医師は確かに年間3.500-4.000人ほど増加している。人口比あたりの医師数を指標に論じれば、昭和45年頃、医師養成数の目標は150人/10万人であった。今や200人/10万人の医師数に至り、開業医も増えたが勤務医の総数も増えている。しかし、病院の医師不足感はむしろ顕著になっている。要するに、人口比の医師数は指標としてあてにならなくなっている。その理由は医師の業務内容が大幅に、かつ、急速に変化したからである。

 そうは言え、人口比の医師数は客観的指標の一つだから、まず頭数で比較し、次いで業務内容を加味して考えて見る。
 OECD加盟国の人口あたりの平均医師数を比較すると、わが国は100人/10万人も少ない。各国の医療事情が異なるとはいえ、これだけ違えばわが国の医師は絶対的に不足であると言いうる。現在のOECD加盟国の平均レベルにするには12万人の医師が必要で、今の養成ペースなら40年以上かかる。OECD加盟国の医師数は今も年々増加しているから、到底追い付くことは出来ない。

 次ぎに、医師の業務内容を加味して比較してみると、諸外国の医師は専門領域の診療に集中できるよう補助的業務は他職種が担っているのに対し、日本の医師は診療外の業務の大部分を自ら処理しなければならない。医療内容が高度化、複雑化し、インフォームド・コンセントに要する時間も増え、処理すべき書類も増えた。感染や医療安全の面などから委員会等への参加も求められる。在院日数短縮で患者回転が速くなり、勤務医が受け持つ患者数のトータルは倍増している。しかも、これらの変化は急速であり、個々の医師の対応能力を超えている。不公正な医療報道、医事紛争の増加と低レベルの医療裁判判決などもあって医師の満足感・達成感も稀薄になっている事も遠因の一つである。

 従って、人口10万人あたりの医師数がOECD加盟国の平均が310人に対しわが国は200人とされているが、医師の業務内容を加味して考えると、数値の比較以上の格差があることになる。

 だから、わが国の適正な医師数は、業務の増大量、女性医師問題、中堅医師の開業指向、専門医指向なども加味して再設定しなおされなければならない。

 こんな苦しい状況下なのに、医療レベルの標準化のためにと称して日本医療評価機構の受審が求められる。確かに受審過程で病院の環境は患者にとって一層良くなっていく。しかし、従業員の業務は確実に増え、労働環境は一層厳しくなっていく。私は、日本医療評価機構は各々の医療機関の評価をする前に、世界の中におけるわが国の医療行政のあり方を先に評価すべきだ、と主張して呆れられたことがあるが、そうなれば日本の医療は良くなっていくことは必定である。

 何故、これほどまでに日本の医療が荒廃していったのか、その主因は政府の低医療費政策にあり、医療崩壊の責任と解決のための鍵はすべて政府・財務省と厚労省が握っている、と言うのは間違いでないし、言うのも簡単である。

 しかし、それではあまりにも人ごと、傍観者的見方である。医療崩壊の別因にはサイレントマジョリティと表される、物言わぬ勤務医にもあったのではないか。勤務医は今まであまりにも医療情勢に無関心で、人任せであった、と私は思う。

 医師には国の医療を,住民の健康を守る使命がある。地域住民の健康を守る為に,患者に良い医療を提供するために,自らの生活を守るために、実地医家としての希望を実現するために、互いに結束して諸問題の実現解決に向けて自ら活動していかなければならない。これは勤務医・診療所医の別を問わず,医師であれば誰にとっても共通の認識であるはずである。これからの勤務医は医療の社会的側面に関心を持ち、病院の医療は病院医師が守るとの気概を持って医療環境,医療制度作りに参加する必要がある。

 その際、個々の医師は勿論、病院単位の医師集団としても全く無力な存在で何も出来ない。

 日本医師会(日医)は学術専門団体として国の保健・医療・福祉に関する政策審議に参加し提言、施策の調整を行っており,政府・厚労省に意見を述べられる唯一の団体である。

 日医会員の勤務医比率はすでに約半数に到達している。にもかかわらず日医勤務医会員に対し,会員としての資質の向上のために何ら有効な対応をしてこなかったし,病院医療問題に対する日医の対応は不十分であった。しかし、こんな日医を作ったのもまた勤務医の幽霊会員であった。率直に言って、勤務医を組織化,活性化するには、今の日医のままでは不十分である。日医自身も抜本的に変わらなければならない。そのためには勤務医会員自身も変わらなければならない。

 医師会に加入すれば何が得られるのか,ではなく,医師会を利用して医師として、勤務医としてやるべきことをやる、それが医師会加入のメリットだ、と思う。医師会に入っても受け身の目ではメリットは何もない。病院医療にまつわる諸問題は病院医師が自ら考えて対処して行くべきであるし,そう考えると勤務医の医師会活動は意義あることと考える。

 去る4月2日、日本医師会代議員会で挨拶に立った高久文麿日本医学会会長は今の医療危機を乗り切るためには闘う医師集団にならねばならぬ、と述べられ私は心底から驚いた。



(2008.4.10)
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