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地方創生

地方創世は出来るのか(1) 医療面から 不自然な施策は逆効果に
地方創世は出来るのか(2) 介護面から 介護職員の実態
地方創世は出来るのか(3) 少子化に逆らうことは出来る?
地方創生は出来るのか(4) 秋田の場合
地方創生は出来るのか(5) 実は、わが国には素晴らしい創生モデルがある
地方創生は出来るのか(6) 「出生率1.8」をどう考えるか
地方創生は出来るのか(7) 人口問題(1) 第二次世界大戦終戦まで
地方創生は出来るのか(8) 人口問題(2) 第二次世界大戦終戦以降



地方創世は出来るのか(1)医療面から 不自然な施策は逆効果に
 アベノミクスは一見成功しているように見えるが、効果を持続させて行くためには成長戦略が絶対的に必要である。景気は回復傾向にあるが,収入を増やした資金を大企業は内部留保に回している。これが企業投資に向くようであれば安心なのだが。

 第2次安倍改造内閣の成長戦略の目玉として地方創生担当省を置いた。
 地方の活性化のためには、地方に雇用を産む具体的な産業政策が必要であるが,その効果は不透明だと思う。

 地方が今抱えている問題点は、●人口減、●少子高齢化、●国内産業の低迷のあおりで企業誘致困難、などであり、これら三者は地方の活力低下の三大原因である。

 この状況のなか、活性化を産みだすことは困難である。  
 結果を急ぐあまり、早急な対策を導入するとむしろ地方と大都市部の格差拡大が広がってしまい、地域衰退を加速させる方向に動くことも考えられる。

 国の労働状況もどんどん変化している。
 時間給でなく成果主義の導入もその一つである。時間がかかる仕事の成果は評価し難い。現在は年収1000万円以上の従業員が対象で、低賃金の傾向にある地方にはすぐには影響がない様に見える。
 しかし、多くの政策は運用が軌道に乗り始めると適応範囲の拡大が行われる。すなわち、成果主義の対象の年収が切り下げられる可能性がある。そうなると地方にも影響が及ぶ。結果として正社員減少、非正規社員増加、すべてがサービス残業化することもある。このことは、若者の雇用を奪い、地方の少子高齢化の原因を強めていく。

 今、労働力の確保のために外国人労働者の受入れ強化も話題になっている。当面、看護介護労働市場が狙われることになる。わが国では看護師の無就業化,すなわち免許を持ちながら働いていない看護師、が問題である。この背景には厳しい労働環境や低賃金も原因になっている。この状況を改善し看護師の就労増加に結びつけることが肝要であるが、これを欠いたまま低賃金の外国労働者の受入れ拡大は地域の就労条件を変えてしまう。
 地方の低賃金化である。確かに、東南アジアの女性にとっては、例え低賃金であろうと、出稼ぎ労働者としてのわが国の賃金は魅力であろう。

 安易な外国人労働者の導入は地方の就労条件を悪化させかねない。 
(2014/9/8)




地方創世は出来るのか(2)介護面から 介護職員の実態
 少子高齢化が進んで医療・介護に金がかかりすぎる様になった。
 要支援の切り捨て、特養は要介護3以上でないと入所出来ない様になるなど、看護介護の分野も厳しさは増している。要支援の訪問介護が市町村に委ねられることになったが、経済基盤の弱い市町村は安い労働者を雇わなければならなくなる。
 これ以上安く人を雇えるのだろうか?介護職員は生活出来るのだろうか。

 介護労働者の実態は深刻な状況にある。
 厚労省が最近公表した2013年度の実態調査では、介護労働者の離職率は16.6%と高く、介護事業所の56.5%が「人手不足」にある。理由は低賃金と「仕事がきつい」ためである。

 全労連が公表した「介護施設で働く労働者の実態調査」は約6300人が回答している。正規職員の平均賃金は月20.8万で全産業労働者平均月29.7万円と比べ約9万円も低水準。「有給休暇とれず」は2割を超え、「腰痛」は63.0%、不眠などの精神的ストレスを原因とする症状が1割以上であった。

 7割近くが「やりがいのある仕事」と回答しているが、利用者に十分なサービスができていない、と3割が回答、余裕のない職場環境が、サービスの質を低下させ、利用者の安心と安全を脅かしている様子が窺い知れる。
 6割近くが「もうやめたいと思うときがある」と答えた。「健康」と「将来の生活」への不安を抱えている。在宅介護にたずさわるホームヘルパーの労働環境はさらに厳しい。

 安易な外国人労働者の参入拡大は介護労働がかかえる問題点をさらに広げる。

 高齢者人口がピークを迎えようとするなか、特に地方の介護労働者の役割はますます重要になる。介護の雇用条件を改善することは、地域活性化、創生の要の一つである。

 地域活性化、創生は重要な課題である。
 地方の課題として、●人口減、●少子高齢化、●国内産業の低迷のあおりで企業誘致困難、が挙げられる。どれも対応困難である。時代の流れがもたらした自然の姿でもある。だから,地方創生策は見方によっては時代に逆行する課題である。

 むしろ、地方創生のためには、生活基盤の集約化、効率化、切り捨てと言ったドラスティックな政策も必要ではなかろうか。
(2014/9/9)



地方創世は出来るのか(3)少子化に逆らうことは出来る?
 地方の課題として、●人口減、●少子高齢化、●企業誘致困難、が挙げられる。実際これらは互いにリンクしている。

 新設の地方創生担当相に、石破氏が就いた。若者が安定して働き、安心して子育てができる地方を目指すとの事、新しいことを始めるのに責任者のネームバリューは重要である。石破氏は鳥取県の出身で、地方の実情を熟知しているとされることから適任とされているが、地域のために石破氏はいままで何か対策をしてきたのだろうか。

 上記にあげた三項目はどれも対応困難である。日本の時代の流れ、世界的な経済の流れがもたらした自然の姿、一部人工的な姿である。だから,地方創生策は見方によっては時代に逆行する課題である。

 地方の人口減を全国知事会は「死に至る病」と表現し、非常事態を宣言したが、私は何を今更、と思う。
 少子化は、先進国では共通してみられる現象である。その中でも特に日本は韓国に次いで出生率の低下が著しい。

 国力はGDPとかで論じられる事が多いが、そんな指標以上に少子化は日本社会が抱える最重要課題であった。
 人口問題、少子化問題をわが国では軽視してきた。
 ●農耕社会で労働力の確保のために、家と血縁、財産を守るために子供が必要であった。  
 ●明治維新後には富国強兵のために若者が必要となった。1930年代には、日本は毎年100万人ずつ人口が増加した。
 ●日本の工業化と共に子供は工業地帯に出て働く様になると子供に対する価値観が変わり、少子化傾向が始まった。
 ●1938年には、日中戦争の影響もあって、突如として人口増がたった30万人という、驚くべき数字になった。その後は若者の出征により出生率は低迷。
 ●1947年第一次ベビーブーム。
 ●その後は出生率低迷、人口比の子どもの数は急激に減少。
 ●1990年(25年前)低出生率「1.57ショック」が契機となり少子化が社会問題化。
 ●1997年(15年前)「人口問題審議会」で少子化問題が中心議題となった。
 ●2003年(10年前)「少子化社会対策基本法」が成立。
 その時にはもう少子化が顕著となり、国の人口ピラミッドは高齢者側に頭でっかちになっていた。しかし、少子化問題はまだ個人的問題と考えられて来た。実際は、ここに問題があった、と思う。
 ●2014年5月「日本創世会議」の「人口減少問題分科会」が2040年の人口動向試算発表。地方の破滅的実態予測が示され、この後一気に少子化・人口減問題が取り上げられる様になり、地方創生本部を設けた。

 はっきり言って人口問題に対する国・政府の対策はお座なりであった、と思う。今更、多分、もう間に合わないだろう。
(2014/9/10)





地方創生は出来るのか(4)秋田の場合
 地方の課題として、●人口減、●少子高齢化、●企業誘致困難、が挙げられる。秋田県は深刻である。

 総務雀が公表した人口動態調査によると、日本の人口は2009年がピークであったがその後5年連続で減少し,本年1月時点で約1億2643万人となっている。これが2060年に8700万人まで落ち込むと推計されている。
 民間の「日本創生会議」は2040年には20〜39歳の出産年齢にある女性が2010年に比較して半数以下となる自治体は896市区町村に上るとの試算をまとめた。このままでは人口減少で行政機能を維持できず、いずれ消滅の可能性があると指摘した。5年近く前に限界集落などと言われた事があったが,何か対策された?? 状況は悪化し、限界自治体,絶滅危惧自治体などと言われかねない。
 この試算の発表は本年5月であったが、具体的な近未来像にショックを受けた人も多いが,今更何なのだ!!!の感は拭えない。

 秋田県の人口は7か月間で1万人減少し、6月1日現在104万人を切っている。人口減少率は47都道府県で最も大きい。出生率は昨年まで19年連続で全国最低。婚姻率も14年連続ワースト。知事は減少を抑える対策を打ち出したいと述べている。ずっと同じことを言っている。
 このままでは百年後に秋田県はなくなる、と冗談も出る。しかし、行政の動きは鈍い。

 私は具体的な数値は別として、この傾向と結果として生じる地域社会の機能低下、生活不能状態に陥る可能性は予想されていたのに,何で今更慌てるのか,疑問に思う。
 この人口問題は既に1990年(25年前)の低出生率「1.57ショック」で社会問題化したが,社会的に,政治的にそれほど関心を持たれていなかった。人口問題は単に数字上で人口が減少して行くだけではないあらゆる方面に多様な影響を与える事が分かっていたのに、である。あまりにも多方面への影響で,具体例を挙げるのはかえって困難である。少子化の影響を受けない領域はあるのだろうか。個々の領域への影響は区別して論じられない。一言で言えば「国力の衰退」である。

 2003年(10年前)に「少子化社会対策基本法」が成立した。その時にはもう少子化が顕著となり、国の人口ピラミッドは高齢者側に頭でっかちになっていた。しかし、少子化問題はまだ個人的問題と考えられて来た。実際は、ここに問題があった、と思う。
 「少子化社会対策基本法」は、少子化に対して従来の取組に加え、もう一段の対策を推進する目的で制定された。 少子化対策担当大臣が任命されている。この10年間で何か効果はあったのか? 不勉強であるが,見えない。

 はっきり言って人口問題に対する国・政府の対策はお座なりであった、と思う。今更、多分、もう間に合わないだろう。国の,地域の人口維持のためには、減りつつある出産年齢にある女性の数、晩婚化などを加味すると出生率を最小限2.5−3.0に、いや、それ以上に高めなくてはならない。そのためには、例えば、妊娠・出産・育児・教育への負担をゼロにするくらいの方策を論じられてしかるべきである。社会の仕組みも変えなければならない。
 
 本当に地方創生は出来るのか?
(2014/9/16)


地方創生は出来るのか(5) 実は、わが国には素晴らしい創生モデルがある
 私は地方創生政策に注目しているし、期待している。

 政府の人口減少問題や地域活性化策の司令塔である「まち・ひと・しごと創生本部」は本部長に安倍首相、副本部長兼担当大臣に石破氏を置いた。基本方針を「2060年時点で1億人程度の人口を維持するため、東京一極集中を是正、地方で安心して子育てができる環境を実現する」とし、従来とは異次元の大胆な政策をまとめると強調した。

 創生本部は本年末までに、「2020年まで実施する5ヵ年計画である総合戦略」と、「2060年までの長期ピジョン」を決定する。地方が自由な発想で、主体的に地方創生に取り組めるよう、実効性のある本部をつくってもらいたい。

 画策の一覧表を作っても、地域は喚起されない。全国一律の地域創生策をつくり、それに地方が従う方式では、地方の活性化は望めない。地域創生のためにはその地域に特徴ある施策でなければならない。それは霞ヶ関の机上の論理では到底出来ない。

 かつて、竹下政権の時に通称「ふるさと創生事業」の名の下に各市町村に対し地域振興に使える資金1億円を交付した政策があった。多くの自治体は資金だけ来たものだから使い道に困り、箱ものに投資した。日本各地にパイプオルガン付きのコンサートホールが林立したのはその頃であるが、そのほとんどは閉館同様である。こんなことは繰り返してはならない。

 地域の創生のアイデアが問われる所であるが、そんなものが地域にあれば今迄だって効果を上げているだろう。だから、「まち・ひと・しごと本部」の使命とノウハウを身につけたスタッフを各県に派遣してリーダーとしてはどうか。

 わが国には地方創生、「まち・ひと・しごと本部」がやるべき事業のモデルと見なすのに相応しい地域がある。すなわち、「東日本大震災の被災地と原発事故被災地」である。この地域の復興は主役は被災地域の住民、行政であるべきだが、私には地域のアイデアが見えてこない。3年半も経つのに復興は遅々としている。

 被災地の復興は日本全域でなく特定のエリアである。しかも、津波と原発事故で地域が物理的に、機能的にほぼ消滅している。考えようによっては新しい発想を盛り込み再生しやすい地域でもある。

 一方、アベノミクスの成長戦略としての地方創生は大都市圏を除く全国的規模にある。広く薄い対策になりかねない。
 私は地方創生政策に注目しているし、期待しているが、前途多難だと思う。
(2014/9/17)



地方創生は出来るのか(6) 「出生率1.8」をどう考えるか
 地方創生政策は時代の流れと自然の摂理に逆行する施策であり、私は人口減を含む根本的な課題に注目してみた場合、地方の活力創生の実現性は乏しいと思っている。しかし、「リニアの国家プロジェクト化」、「企業の地方移転」、「大学の地方移転」、「首都機能の一部移転」などの小項目毎にみれば、結果を出せるものもあるだろう。

 安倍政権が人口減対策の考え方をまとめた文書に、出生率1.8を「目指すべき水準」と記した、という。これに対し「出産の押しつけだ」等とメディアは騒ぎ、政権の方でも「数値目標ではない」と躍起になって説明しているようだ。「出産の押しつけだ」などと騒ぐ方がおかしい。出生率1.8など掲げてもそのために子供を産もうという女性がいるのだろうか。まさか!! と思う。

 何で出生率1.8に設定しているのかがよく分からない。おそらく日本の人口はこのままでは50年後に7000万人程度になることが考えられるため、人ロー億人を維持するために「当面は出生率を1.8程度を目標にしておく」と唱えたのであろう。日本の人口の将来像は第二次ベビーブームが落ち着いてしばらく経った頃から専門家の中では予測され始め、出生率の低下傾向の推移から将来日本が迎えるであろう状況は30年以上も前から予想されていた。ここまで放置しといて、今更慌ててもね。

 まず、なんで7000万人程度ではダメなのか。そうなると日本はどうなるのか?私はかねてから人口問題に関心があったから凡そのことは理解しているつもりであるが、政権の文書の中に出生率1.8と具体的に出すなら、なんで7000万人ではダメで、1億人ならいいのかの考え方を具体的に提示すべきである。

 次に、何で出生率が減少しているのか?その分析結果も提示してほしい。
 私でも20ケ程度の要因は挙げられる。その内の代表的原因は、現代の若い男女にとっては子供がいなくともそれほど困らない、ということ。子供を持つことの意義と子育てに楽しみを感じている夫婦にとってすらも、大多数は子供は1~2人で十分であり、もう一人欲しくても子育ての人的負担と経費、特に教育費の負担が大きくなりすぎて無理、と言う。それに、日本は出生率が低くて国が維持困難になろうとしているのに、妊婦や子連れに対して世間の目は一般的に冷たい。妊娠・子育て期間中の母親はひたすら忍従を強いられる。子供ができるまでは共同作業であろうが、子育てに夫の協力も得られ難い。社会もそれをサポートしてくれない。これでは女性は大変である。

 この、子供がいなくともそれほど困らないという考え方、子育ての負担を負いきれないと考えに対してどのように対処していくのか、また、「結婚、出産に関する国民の希望が実現すると、出生率は1.8程度に改善すると試算した」というが、これこそが至難事項である。どう対応するのか、地方創生本部の考え方に注目したい。
(2014/11/16)




地方創生は出来るのか(7) 人口問題(1) 第二次世界大戦終戦まで
 出生率をいかに目標値をあげたとしても「産む産まないを決めるのは個々人に任されるべきであって政府が口を出すべき問題ではない」、という考え方は、第二次世界大戦前までならいざ知らず、近年では国際的にも定着した考え方である。だから、こんな数値をあげても影響を受ける人はいない。参考になろうが、効果はない。

 そんなことよりも何で出生率低下が生じたのか、を考えなければ解決しない。
 私は、人口問題は自然の流れであり、流れに逆らうことはできない、と思う。例え、国が潰れるような、ドラスティックな環境整備をして、妊婦、出産前後の女性を保護し、子育てを支援し、教育費を補助したとしても、解決しない問題だと思う。ましてや今の日本はそんなことはできない。だから、7000万人時代に見合う社会を構築するよう発想の転換を考えたほうがいい。
 
 何で人は子供を産むのか?何で産まなくなったのか?そこから考えなければならない。
 思いつくまま人口問題の推移を挙げてみる。
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人類の発生。生物としての繁殖能・種の保存能のもと、高新生児死亡率による多産多死を乗り越え、人類が存続してきた。
社会化と共に、種族・部族の維持繁栄のため多産傾向強まる。
農耕文化の発展とともに種族・部族としてマンパワーの必要度高まる。
蓄財が始まり、貧富差が生じた。直系の血筋を重視する家族、家の概念。
貧富差の拡大、上層階級は血筋重視、下層階級は労働力としてマンパワー必要となる。
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安政の不平等条約の屈辱から、明治以降は富国強兵策を掲げ、国家の意図的な出産・育児・教育政策が画策され、人口が急激に増加。
明治時代には管理体制として「家」制度が再編成・強化され、女性には「家」を守るために男児の出産を半ば強要。
明治以降の農業生産力の増大、工業化による経済発展と国民の所得水準の向上と生活の安定、公衆衛生水準の向上等で、人口は増加の一途。
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軍国主義的人的資源の増強によって、女性に男児の出産が奨められた。
国は、人口問題を抱え、経済的に一層窮乏していくと考えられ、外に食料、エネルギーを求める大東亜共栄圏構想へ →日中戦争・第二次世界大戦に進展。
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戦後の従来の価値観の否定と民主化。第一次ベビーブーム、窮乏の時代を経て朝鮮特需で急速に経済復興。
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(2014/11/17)


地方創生は出来るのか(8) 人口問題(2) 第二次世界大戦終戦以降
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戦後の従来の価値観の否定と民主化。家中心の考え方の崩壊、徐々に個々人の時代に変わった。窮乏の時代を経たが、朝鮮特需で急速に経済復興。
第一次ベビーブームによって生まれた多数の若年労働人口は10歳程度でも簡単な労働力となり家庭を支えた。中学卒業後は田舎から都会の工業地帯に大量就職した。日本経済を支え、仕送り等で田舎を潤した。この頃は子供が多い家庭ほど親にとって見返りがあった。子供一人あたりの養育期間は15年間程度。この時代、「親の中に子供がいて、子供の中に親がいた」。良き時代だったかも。
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日本は高度成長期を迎え、国民全体が経済的に余裕が生じ、家庭内の人間関係に変化、より孤立性となる。子供は高校進学が当たり前となり、家庭内での労働力として当にならなくなったばかりでなく、手伝いもしなくなった。子供一人あたりの養育期間は18−19年程度。
子供達は家庭を持っても親と別居。古き良き家庭が持っていた養育・介護、世代間の生活協力等の機能が崩壊。子供から親に対する経済的援助は期待できなくなった。親にとって子育ては無償の労となった。この時代、「親の中に子供がいたが、子供の中の親の影は薄くなった」。時代の変遷かも。

子育ては夫婦単独で、主に母親が担うことになった。社会資源が乏しい中、妊娠・出産・子育、教育を含め、女性・母親の負担が増大。成長とともに教育費の負担が増大した。大学進学率は高まり、塾や予備校も含め教育費は子育て費用の中心となる。子供は一人又は二人程度。子供一人あたりの養育期間は22−24年程度。教育費の一部にするために母親がパート勤務などに。この時代、「親の中に子供がいたが、子供の中の父の影はどこかに行ってしまった」。
 とにかく、女性の負担が大きかった時代。子供はせいぜい二人が限度。だから、出生率は1.3程度で改善しない。

アベノミクスで一見持ちこたえているが、長期的には低成長時代を迎える。子育てにも当然影響を与えることになろう。

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 立川談志に次のような言葉がある。「現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしくなったと言ったって仕方がない。現実は事実だ。現状を理解、分析して見ろ。そこにはきっと何故そうなったのかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら、処理すればいいんだ(立川談春:「赤めだか」より)。」 

 この中で「現実は正解だ」は説得力がある。
 地方創生策が生きるかは人口減問題にどう対処するかにかかっている。人口減は純然たる事実である。人口減は文化・文明がもたらした自然の姿での結果である。どうすればいいのか。答えはこの中にある。
(2014/11/18)


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