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私のバイクライフ

序文:

 私は幼少の時に祖父が所有していたアメリカ製のインディアン社のバイクに跨って遊んでいた。小学校4年頃からは父のホンダベンリー125ccを自宅敷地内で、中高生の頃は早朝や夜間に田舎道を走っていた。

平成2年に子供達も大きくなり、一人での移動が多くなったのでヤマハビラーゴ250ccを購入、次いで平成3年2月にハーレーダビッドソンFLSTOF1340ccを購入した。

 以降現在まで16年間乗っているが、この間、バイクについてのミニエッセイを多数書いてきた。

 それらを今回、前半をハーレー(1)-(9)に、後半をオールド・ボロ・ハーレー(1)-(11)としてまとめてみた。


ハーレー


■ハーレー(1) バイク乗りにとっておぞましい事故が秋田で

 2002/5/23、バイク愛好者の私にとって、考えるだけでもおぞましい事故が秋田市で起こった。バイクの青年(25)が、国道13号を茨島から河辺町方向に走行していたが、道路右側にある書店の駐車場に入ろうとしてロープに気付かないまま進行、ロープに首が引っ掛かる形で首を切って即死したと言う事故である。駐車場のロープは大抵は低い位置にあるので一体どのような状況下に首との関連が生じたのか全く理解できなかった.その後、新聞記事をみてかなりの部分で理解が出来た.

 ロープは太さ7mm、長さ18mで、高さ約70cm、全体が黄色のビニールで覆われていたという。バイクの前方は、車輪、車輪カバー、ライト、ウインカー、ミラー、ハンドルなどの装備で凹凸が多く、高さ約70cmのロープは常識的に考えるとこれらの装備品のどこかに引っかかり転倒するだろう。だが、この方のバイクは最近流行の大型スクーターであり、車輪は小さく、通常ならむき出しになっている前方の装備品はハンドルまで全て樹脂製のカバー内に収納され、更に風防まで装備されていたタイプである。

 その為にロープがカバー、風防に沿って持ち上げられ、物理的に張力が増したロープがかなりの反発力を持って瞬時に首を直撃し、この際、ロープに斜めに進行したからこういう惨事になったものと考えられる。

 彼は近くの工事現場に出勤途中だったとされ、 それほどのスピードで突っ込んでいくような場所でも無い。一瞬先に気付き風防内に身を伏せればかなりの衝撃がヘルメットにいっただろうし結果的には転倒しただろうが、ここまでの大事故にはならなかったかもしれない。

 彼が何のために駐車場に入ろうとしたのか、ロープに気付いた瞬間何を考えたのか、同じバイク愛好者としてとても残念に思う事故であった。
 駐車場の進入禁止用のロープにも事故防止のための配慮が求められるべきだろう。  
                                                  2002/8/16(金)







■ハーレー(2) バイクはいつも濡れ衣を着せられる。政府からさえも
 最近は多忙でメインテナンスも出来ずバイクから遠ざかっているが、基本的には車よりは好きである。車の閉塞感がとても嫌だ。新聞や雑誌のバイク関連の記事を見ると好意的なのもたまにはあるが、事故などの記事を見るとたいてい扱いは不利のようだ。

 事はベトナムの話だが、この国では1990年代には50cc以下のバイクは現在1000万台とされ、10数年間で20倍にも増えている。年間売り上げは中国、インドに次いで世界第3位である。アジア諸国の一般的傾向であるが、特にベトナムのバイクは普及率の増加はすごい。かつては日本製のホンダスーパーカブが主流であったが今では中国製のコピー版が飛ぶように売れている。事故も増えて月に1000人ほど死亡しているが、多くがバイク関連という。

 政府は事故の多発はバイクが多い為だとして輸入制限をしようとしている。真意は、外貨の流出防止と国内産業の育成に対する対応なのかもしれないが表向きは事故対策だ、としている。

 ベトナムでは利用者の1/2は無免許で運転しており、ヘル着用率は3%以下。夫婦と子供数人が一台のバイクに乗っているのも珍しくない国で、これで事故の責任を押しつけられるのではバイクがとてもかわいそうだ。

 道具が悪いのではない、なんであっても、それを使いこなす人間の問題なのだ。

                          2002/11/21(木)



■ハーレー(3) 久々に大型バイクの感触を楽しむ
 私は平成2年から突然バイクに乗り始めた。

 第一のルーツは幼少の頃に米国製大型バイク「インディアン」に跨って遊んでいたこと,小学4年から高校卒業まで自宅の本田「ドリーム」,「スーパーカブ」の無免許運転常習者として十分に技術を磨いていたこと,第二には中学・高校生の時には村の修理小屋に通っては時に「陸王」「メグロ」などにも親しんでいたこと。第三には子供たちも大きくなり一人での移動が増えたこと。第四に自動二輪の取得していたから限定解除を受けずに大型バイクも運転可能であった事かな。

  
とは言っても,バイクは危険でもあるからとりあえず250ccのバイクを購入,十分練習し感覚が戻ったところで大型車を考えた。

 いつかはハーレーかなと思っていたがその年,ハーレー・ダビッドソン社はグレイのモノトーンのみの仕様でファットボーイを発売,日本には150台輸入されていた。買うならこれしかないと一大決心し,バイク屋のネットワークで探したところ大宮と郡山に各一台残っており郡山から譲り受けたものである。 

 ちなみに,翌年からのファットボーイはツートンカラー化して初代で発揮された魅力は一気に失せている。

 ここ3年,多忙もあり車検も切れたので車庫の隅に眠らせていたが,先日良い陽気なので出してみたところ見るも無惨,見事なクロームメッキにも錆が浮き出しており大変な状態。もう素人では修理改修不能と判断,デーラーで修繕を依頼し,車検も通した。先週土曜に出来上がってきたので今週からバイク通勤を始めた。錆は落とさないことにした。もう12年ものだから当然の姿と諦めよう。

 1400ccもあって,音は刺激的でないが決して小さくはない。朝5時頃にエンジンをかけるのはやや気が引ける。なるべく回転数を上げずそっと家を出る。でも,早朝のバイクはいい気分だ。病院までの距離がたった6Kmしかないのが残念だ。一方,帰宅時,疲れた身体で車を運転して帰るのは距離が6Kmもあって嫌なものであるが,バイクの場合,ひんやりした風が実に心地よく,次第に活力が沸いてくるのが感じられる。一日2回,ほんのちょっとの時間だけれど,私にとっては貴重なオアシスタイムってところかな。
                                                   2003/6/17(火)





■ハーレー(4) バイク通勤  空を,風を読む楽しみもある 
 昨日は東京往復,難解な会議・・帰秋後患者さんの急変,死亡などあり,夜遅く帰ったが,やはり疲れと眠気と気怠さがあった。こんな時の帰宅は車よりもバイクの方がいい。爽やかな風でリフレッシュされるからである。

 確かに,天空には星も見え,爽快であったが,途中の風に雨の予感を感じてしまった。まずい,明朝の出勤時大丈夫かな?? 果たせるかな,夜半の起床時頃から雨が降り出した。それも結構な雨足である。結局,5時頃まで晴れずタクシー出勤となった。

 ハーレーを購入してから10年は越えた。一時期大曲の外来応援にはこれで出かけていたが,そのころは起床時から出発時まで時折空を見ては情報を集め,ラジオの天気予報を参考にして列車にするかバイクにするかを選択していた。

 私の選択肢にはマイカーは入っていない。くるまの運転自体が嫌だから一定以上の距離ではまず使用しない。このころは面白いように空を読めた。雲の読み方の本,天気予報の参考書も購入して勉強し,一層自然が近くなった。空を読み,風を読み,雲を読み,バイクで行くと決断するのだが,逆に大きく読みがはずれ,途中から大雨になったこともあった。雨具は当然常備しているものの,やはり途中で降られるのは正直言って辛い。それでも自分の判断に身をゆだねるのは楽しい。それ以上に自然のうつろいの妙が実感できて良いものである。

 最近は空や風から予想を立て,更に「Yahoo天気予報」を利用して決めていたが,昨夜は多忙のあまり事前の確認をすっかり忘れていた。更に,窓を開けて空を読まずに出てきたのが拙かった。途中で雨の予感を感じてもどうしようもない。ひとしきり反省した。
                                                     2003/7/4(金)



■ハーレー(5) 院内テニス部合宿 久し振りにハーレーの走りを楽しむ
 本日午後、岩城町で行われているテニス合宿に参加するためにバイクで出かけた。
 多忙で乗る機会が無いために車検を2年間ほど切らしていた。今年6月に通したが、昨日までは通勤時に市内を片道15分間ほど最短距離を乗るだけ。

 市内は道路も広くはないし信号も多いから40km/hほどでゆっくり走る。使用するギアは3速が主で、たまに4速に入れることがある程度。
 今日は約3年ぶりで郊外を走った。実にいい気分であった。と言っても片道20Kmほどだけ。ハーレーは715ccx2の2気筒、典型的な長ストロークの低回転エンジンだからトップギアの5速は60Km/h以上で入り、80-100Km程度が適当な振動とサウンド共に、最も快適に走るレンジである。それ以上でも能力的には十分余裕はあるが、エンジン音は連続音に変わっていくし、風圧も不快、ヘルメットから出る耳元の騒音も不快となる。

 バイクは1992年製だからもう10年以上になる。それでも積算計は21000Kmを示しているに過ぎない。晩秋から初秋の季節には乗れないし、通勤中心で、走ることを楽しむ目的のドライブを私は一切しないから、まあこんなものだと思う。車検に出すのも面倒で小屋の中に放置していたこの2年間の間にクロームメッキ部分には錆が浮いてかつての光沢はすっかり失われてしまった。でも、見るからに新しいと見える品を用いるのを好まない私にとっては、今の状態の方がずっと好い。

 米国製の製品を手にしたことはハーレー以外には万年筆ぐらいだが、これらからだけでも十分にお国柄を知ることが出来るような気がする。日本製のバイクに比較して造りが単純、実に大ざっぱである。プラスチックの部品等は殆ど使用されて居らず隅々まで無骨な鉄板で出来ている。だから無用に重くとり回しも楽ではない。購入当初はガソリンタンクの通気口のつまりとかの思いがけない、かつ単純な初期不良に悩まされたが、全て製造工程、最終チェックのミスと思われた。全体的に大陸的おおらかさを感じてしまう。

 バイクを買う機会がこれからもあるとしても、おそらくハーレーはもう購入しないと思う。今のは10年以上の古い製品だが、まだまだ乗れそうだから大事に使って行きたい。
                                                     2003/8/30(土)

ハーレー(6)  走行中に突然マフラーから火を噴いた
 
2-3日前にハーレーが走行中、自宅へあと1Kmほどのところで突然エンジンが不調になり、パン・パン・・と大きな音を立てながら頻回にマフラーから火を噴く様になった。所謂アフターファイアと言われる現象である。エンジンで燃焼出来なかったガソリンが高熱になったマフラーの中で自然発火し先端から火を噴くもの。私のバイクはショットガンマフラーと言われるような構造しているが、本当にショットガンのように連続的な爆発音と火を噴いた。道路を歩いていた人や後続の車などさぞや驚いたことと思う。こんな状態でもエンストさせずに、何とかヨロヨロと自宅まで到着出来た。しかし、エンジン周囲が通常よりも遙かに熱くて手が付けられないために点検は翌朝とした。

 翌朝もエンジンを回してみたが、同様の状態であり、マフラーも短時間で高熱になり、エンジン周辺のオイルが焦げはじめて煙が上がってきたのでこれ以上では火達磨になる危険があるのでその日は諦め、原因をいろいろ考えた。

 今朝、4:30から何とか時間作り、障害部位の見込みを付けて点火系、燃料系、吸気系を点検し、部分をちょっとばらしてみたが、予想通り主因はプラグのカブリで、丹念な清掃で結果的にはエンジンは復調した。カブリの原因は燃料と吸気との間に生じたアンバランスと考えられたが、吸気系には特に問題はなかった。原因は恐らく私がエンジンを低回転で使いすぎたためであろう。

 ハーレーは2気筒エンジンで適当な振動を楽しむためにV字形に配列され、総排気量は1430ccである。一つのシリンダーが715ccもあって特に始動時のチョークの調整が難しくコツが必要である。単純なエンジンの造りの割りには神経質なところもある。エンジンが不調になるとこの構造からものすごく振動が大きくなって全体を駄目にしてしまうのではないか?とまで思ってしまうほどである。しかし、エンジンを止めたが最後300Kgの鉄の塊に化して重くて手が付けられなくなり、人様に迷惑をかけることにもなりかねない。不調になると停めるべき場所まで何とかしなければと焦ってしまう。今回は何とか家まで着けて良かった。

 購入時の数ヶ月は種々の故障に悩まされたことが私に一端の判断力と簡単な修理をする能力を付けてくれた。今回もそれが役に立ちデーラーに持ち込まずに済んだ。 不調のハーレーも私をいろいろ導いてくれた。
                                                     2004/5/24(月)



ハーレー(7) 隣のシロネコがマフラーで足やけど 大事に至らず良かった
 今年は4月上旬にハーレーを乗り始めたが、そのころはまだバイクには寒い季節である。乗っている自分も凍えてしまう。乗り始めて二日後、その日も寒い日であった。隣の老ネコが私の観ている前で帰宅直後のハーレーに飛び乗り、マフラーで足を火傷した、らしい。更に、2-3日後には通常に近い状態で歩いていたから大事にならずに済んだのだろう。

 我が家に1匹、賄いの石井さんのが1匹、隣の義姉宅にもネコ2匹の都合4匹が我が家の敷地内で暮らしている。これに野良とかも混じることもありちょっとしたネコ屋敷である。隣の長毛種の「シロ」は年齢不詳だが老猫である。何故か家に入れて貰えないらしく外にいることが多い。毛も薄汚く汚れている。

 寒い季節は「シロ」にとっては大変な季節のだろう、私共が車で帰宅すると間もなく何処からとなく現れ、スキを窺ってボンネットの上に乗ってエンジンの余熱で暖をとっている。そのために私の車の屋根とボンネットはネコの足跡、爪の傷跡が絶えることがない。結構傷になるものだが、私なんかもう諦めムードである。

 雪の季節で車が濡れていたり、雪が上に積もっているときは車の下にもぐって暖をとっている。
 バイクで帰ってきた二日目、何処からとなく現れたので、もしかすればバイクにも乗るのでないかと思い、離れたところでしばらく見ていた。矢張り飛び乗った。飛び乗ったのは良いが、その先はなんと座席ではなく二本のうちの上部の方のマフラーである。座席の上にはヘルメットを置いていたことも関係しているだろうが、老猫の為に体力的に無理でマフラーを狙って飛び乗ったものだろう。車体が斜めになっていることからマフラーは丁度飛び乗りやすい、好い位置とも言えるし、太さもネコにとっては十分な太さである。だが、この辺のことは本人に聞いてみないと解らない。

 見ていた私も驚いたが、飛び乗った本人はもっとショックだったのだろう、1-2秒後に「ギャッ」と悲鳴を上げ2-3メートル飛び跳ね、その場で後足を盛んに舐めはじめた。エンジンを止めたばかりのバイクのマフラー、しかも大排気量のバイク。多分、卵焼きぐらいは出来るのではないかという熱さである・・・。

 その後、私はシロが飛び乗りやすいように座席にヘルメットを置くのは止めた。朝、座席はネコの汚れた足跡が付いているから今はうまく余熱を利用しているようだ。役に立っているのを感じて私の心も温かくなる。

 いつもバイクに乗りながら浮かぶのは、転倒したときに自分が車体の下敷きになり骨折などを負い、更にエンジンまたはマフラーでジワジワと火傷を負うイメージである。300Kgほどの重量もあるし、洩れた燃料で火達磨の構図も浮かぶ。その時はもう私は駄目だろう、と思う。バイクは何処から見ても恐い乗り物である。

 だから、私は、事故死、障害の危険性を意識しつつ、今日も乗る。降りたとき、ホッとする。いい一日を意識し味わうことが出来る瞬間である。                  
                                                    2004/5/25(火)


ハーレー(8) バイク乗りは天気を読む(1)だから自然がより身近になる
 
私は基本的には自然現象はそのまま受け入れる。暑ければ暑がり、寒ければ寒がる。小雨なら濡れる。勿論、程度次第ではあるが。

 そうは言っても例外がある。冬の降雪予報、夏の降雨予報については多少神経質に考える。冬は早朝夜半の雪かき作業のため、夏はバイク、自転車通勤と週一のテニスのため。それ以外は黙って受け入れる。

 天候を読むために気象関連の本も随分読んだし、雲の写真集も購入した。天候、天気予報も突っ込んでみればなかなか面白い世界である。自分も予報官あたりやってみたくなる。

 バイクは車より遙かに自然と親しめる。だから好きなのだが、雨の日は出来る限り乗りたくない。危険だからである。アスファルト舗装の道路は滑る、白線上が特に滑り、マンホール他の金属部分は特に滑る。

 ヘルメットのフードも濡れて曇り視野がぼけるのも嫌である。歩行者も車も視野が狭くなるのだろう、飛び出しなども増えてくる。対向車が激しく路上に溜まった水をはね飛ばし、頭から全身ひっかぶることもある。だから降っているときは乗らない。

 雨具はいつも携帯しているから濡れることはあまりないが、途中で降られるとやはり困ってしまう。だから天気を読む。これが結構楽しい作業であった。これが最近大きく様変わりした。かつては、新聞の天気図、天気予報から情報を入れ、あとは自分の感覚で決めていた。自分なりの確信の裏にも一抹の不安もあり、緊張感も、楽しみもあった。雲と風そのほかの雰囲気を身体で感じ取って天候の移り変わりを読む。

 この場合、意外と天候に関する言い伝えは役に立った。「朝焼けは雨、夕焼けは晴れ」「トンビが高く飛べば晴れ、低く飛べば雨」「雲が東へ進めば晴れ続く」「日がさ、月がさがは雨」「星がきらめけば雨」・・・等々。そうそう、「ネコの顔洗い」というのもあった。これらに加えて地方特有の言い伝えもある。

 先人は良い言葉を残していったと思う。
                                                    2004/6/18(金)

ハーレー(9) バイク乗りは天気を読む(2)でも最近、自己判断は放棄
 病院の自室の西側には新棟が建ったために空が見えない。帰宅時てっきり晴れているものと思いバイクでの帰宅の準備をして外にでたら、雨が降っていたと言うことも良くあった。バイクに乗るには荷物の整理からディバック、ウエア、靴、ヘルメット等、結構準備は大変で、知らずに出て雨だとかなりガックリ来る。

 今は帰宅時には先ずインターネットの天気予報で明日の秋田市内の天気を確認し、かつ東側の秘書室の窓から雨が降っていないことを確かめてからウエアを着る様にしている。

 最近は天気の予報を自分でしなくなった。インターネットの天気予報で秋田市内の天気の予想がリアルタイムに更新されているからである。これが結構精度が高くて十二分に実用的である。

 私が子供のころNHKラジオ第二放送ではかなりの時間天気状況放送にあてていた様に記憶する。「アムール川西方2Kmに◎◎ミリバール の低気圧・・・」「カムチャッカ半島東方・・・」等々、日本周辺の地名が良くあげられていてどんなところなのだろうかと思いをはせたものである。そのころは富士山測候所を始めとして日本周辺に天候観測定点があって毎日入電していたからである。

 時代柄、他の方法で情報を入手出来るようになって需要が無くなったのであろう。今は気象の情報は「 静止気象衛星ひまわり」「風船、気象ロケット」「気象レーダー、ブイロボット」「海洋気象観測船」「航空機・船舶」などから情報が集められているとのことでこれでは正確なのは当たり前。自己流の判断力なんてもう役に立たないと最近はすっかり放棄した。

 それでもバイクで感じる季節の自然、風、空気、空・・・はとてもいい。
 ちなみに秋田県にも気象予報士と言う国家資格を持つ方が16人居るのだそうだ。どんな形で資格を生かしているのか興味が持たれるところである。                   
                                                        2004/6/19(土)

オールド・ボロ・ハーレー(1) 錆びてすっかり地味になった 

 本日の日赤病院、医療関係者による男鹿南秋テニス同好会との年に一回の交流試合であった。市内から10数km郊外の太平山テニスコート。この日は年に何回かあるかないかの、郊外をオールドハーレーで走れる貴重な機会でもある。

 僅かに往復30Km、それでも快晴の中、エンジンをゆっくり回してゆっくり走った。実にいい気分であった。

 このバイク1992年製で、つい10日ほど前に6回目?に当たる車検が出来上がってきたばかりである。アルミ部分、クロームメッキ部分もすっかり錆びあがって、私にとってはやっと好みのスタイルになって来たという感じで、とても気に入っている。

 ハーレーの特徴であり、かつ、セールスポイントの一つにクロームメッキのギラギラ部分があるのだが、ギラ・ピカで私の好みには合わなかった。このFLSTOF(Fatboy)と呼ばれる型式の製品はかなり前にあった車式で、長く絶版となっていたものを1992年に復活させて新発売したものえある。

 全体に地味な作りである。私が一目で気に入ったのは色がグレイのモノトーンであったこと、前輪のフォークも車輪のリムもアルミ製、スポークは無くアルミ板で出来ており、全体的に光り物が少なく、旧式の地味なイメージを残していたことで、そのスタイルで購入を決めた。

 この年式車の輸入台数は150台。正規ディーラーには最早在庫なく、並行輸入車を取扱う店のネットワークで大宮と郡山に各一台残っていたのを取り寄せたものである。

 ハーレーと言えば、愛好者の多くはよくピカピカに磨き立て、いろいろアクセサリーを着けて飾り立てる。だから、ハーレーと言えばそのイメージらしく、私もそうやっている、としっかり誤解されているようだ。

 私の行き方はこれとは真っ向から異なっている。新車の頃は磨かなくても、ギラ・ピカであり、恥ずかしい思いで乗っていたものであるが、今は平静な気分である。その後、毎年その年式の新車が発売になる。基本構造は変わらないが、カラーも光り物も最早私の好みから遠く離れている。私が購入したタイプをあの年に見逃がしていれば、そして、秋田で手に入らないときいて簡単に諦めていれば、恐らく私はハーレーのユーザーにはならなかったであろう。

 今のが駄目になってももうハーレーを購入する気は一切無い。

                  2005/7/2(土)



オールド・ボロ・ハーレー(2)

 このバイク1992年製だからもう15年になるがオドメーターはまだ23000Km程度しか示していない。その内の15000Kmは最初の5年間ほどで到達し、その後は10年ほどかかっても高々10000Km程度である。要するに年間1000Km程度と殆ど乗っていない、と言うか、その気はあってもなかなか乗れない。

 購入した時期には週一回秋田から60Kmほど南にある大曲市、現在の大仙市にある大曲中通病院の外来に1/週行っていた。通常はJRを用いていたが、初春から初秋にかけて、天候に相談しつつ、時々ハーレーを利用していた。その時は若干遠回りして帰院することもあった。当時も忙しかったが、今に比べれば若干は余裕があったことだろう。大曲に行かなくなってからは、ほぼ市内の通勤だけで、往復でせいぜい9Km、に用いるだけとなった。

 ハーレーの弱点はとにかく重いこと、300Kgもある。とり回しは華奢な私にとってとにかく難しい。

 エンジンをかけた直後のチョークとアクセルのちょっとした操作ミスで不調になりやすいこと、寒冷期には乗っている私も凍えるが、キャブレターのオーバークール(?)によって不調になることも挙げなければならない。

 単純で頑丈な構造が幸いしてか、丈夫なことが最大の取り柄だろう。ただ、この丈夫さには当たりはずれがあるのだそうだ。運の悪い場合にはオイル漏れで悩むらしい。その面では良いのに当たったのかも知れない。

 このハーレーの1年前に購入したヤマハのXV-250は今はガレージの中で休息中である。フォークオイルの漏れ数回、クラッチ板の固着などもあったが、今度はキャブレターがいかれたらしい。エンジンは一応かかるがアクセルに充分反応してくれない。修理してもあまり乗れないのでもうしばらく放置しておくこととした。

 外国製のバイク、特にハーレーは金食い虫、やはり国産が良いと言う意見も聞くが、私の場合は逆でヤマハが金食い虫で、ハーレーへの出費は車検費用だけである。

 ホントはこの季節もっと乗りたいのだが、荷物が多いとまず駄目。大きめの革製のリュックに残業を積めるだけ詰めこむが、量によっては諦める。毎日天気予報を調べ、通勤時間帯の降雨率が20%以上の時は諦める。

 また、路面が濡れている時は考えてしまう。白線、マンホールの蓋、工事中の所に敷かれている金属板の上は滑って危険極まりない。大型バイクは不利な条件で斜めに傾いた状態で停止したとき等にはとても支えきれない。

 私は走る事を目的としたツーリングは一切しない。目的地に用事があるときだけの実用的な使用だけである。だから、多分、今後もせいぜい年間1000Kmほどしか乗らないだろうが、丈夫なだけまだまだ機械としては乗れそうである。長く楽しみたいものである。

                          2004/7/5(月)


オールド・ボロ・ハーレー(3) 早朝の出勤の気遣いvs プリウス
 早朝の車の騒音はトヨタのハイブリッド車のプリウスを購入して100%解決した。ドアもソフトに閉まるから迷惑なほどの音を立てない。自宅を出るときには電池だけで走るようセットすると車のメカは殆ど無音のまま走り出す。僅かにタイヤ音がするだけである。これで町内は抜けられる。心理的不可は全くない。早朝もさることながら帰宅の際や、時間外に患者急変とかで呼ばれて再出勤する際にもとても気が楽になった。

 現代社会は実に騒いが、このことはあまり話題にならない。騒音が当たり前の如くに受け入れられている。だから、私が一人で気遣うほどには町内では誰も気にしてはいないかもしれない。もし、そうだとしてもプリウスによって音ノイローゼの自分が満足出来ただけでも価値は高い。

 20年ほど前にマツダのロータリー車を購入した。第一の魅力はエンジン音が極めて静かだった事であった。それでもプリウスの無音状態には到底かなわない。良い車であったが、ガソリン大食いで大変な車であった。プリウスはこれの1/5のガソリンで走る。この点でも満足である。

 未解決、解決不可のもう一つの騒音源は大型バイクのハーレーである。

 1992製、磨かないからもうクロームメッキ部分は無惨にさびてボロボロである。しかし、機能的にはほぼ購入時と変わらない。私はわざわざツーリングなどはしないし、そんなことに興味もない。通勤や何かの用事で出かける際の足代わりとして使うだけである。

 これを早朝出勤時に引っ張り出して乗るにはエンジン音が高いだけに心理的にはかなりのストレスである。1440cc、2気筒のエンジンは始動直後はデリケートで直ぐには走れない。ちょっとした判断ミスでプラグを濡らしてしまう。こうなるとマフラーから火を噴くし、対応は面倒である。

 エンジンを安定させるには始動時に微妙なチョーク加減が必要で、音と回転の状況を耳で確認しながら少しずつ戻していく。この間若干回転数を上げなければ調整できない。だから、相当な音だし、心が痛くなる。これに要する時間は夏場は1分程度で済むが春秋には3-4分必要である。安定したらすぐさま一気に町内を抜ける。抜けてしまえばこっちのもの。エンジンの回転数を抑えてゆっくり走る。エンジンの音はバフ・バフ・・と力強い。早朝の冷たい風が心地よい。大きな開放感が訪れる。

 理屈抜きにハーレーは騒音源である。特に早朝は気になる。

 そんなことを考えながらも15年以上も騒音をまき散らしている。私の深刻な悩みの一つとなっている。

                          2006/5/17



オールド・ボロ・ハーレー(4)枯渇したバッテリーのパワーが戻る不思議(1)
 昨朝、5:00am、出勤のためにバイクを始動しようとしたがセルが勢いよく回らない。一日前に乗って帰宅したばかりで充電不足は考え難い。バッテリー寿命がまたもや突然来たかと訝りつつ、何とかかかってくれないか、と祈る気持ちで回したセル10回ほど。ついにかからず、セルも空しいスイッチ音をたてるだけで全く回らなくなった。バッテリー上がりである。またか!!と思いつつ、ホンダのCR-X デルソルに乗り換え出勤した。

 ハーレーは昔からオイル漏れが多く、電気系統に難ありと言われていたが、20年ほど前から日本のオートバイの技術を取り入れてから後者はかなり改善されたとされる。私のハーレーは初期不良は多少あったが、不明のオイル漏れが一度だけでそれ以外のトラブルは幸いにも少なく,メカニック系統の不調は全く生じていない。大概はバッテリーの劣化に関するものであった。外観は錆びてボロボロでドブネズミバイク調になりつつあるが、機械としての調子は良い。

 1430ccのエンジンであるが座席の下にあるバッテリーは1500ccクラスの自動車の1/3位のサイズしかない。始動時の負荷は大変なものであろう、実際に車のバッテリーの寿命よりは遙かに短い。始動の際、力強いセルの回転と十分なスパークが得られないとプラグがすぐにかぶってしまう。だから、弱ったバッテリーではまず始動せず、私の祈る気持ちも空しく空回りし、通じない。

 最初の頃はバッテリーの劣化・寿命がこんなに早いと思わずにいろいろ検討したが、結局はバッテリーの劣化であった。負荷が大きすぎて劣化が激しいのだろうと理解し、今は車検の度ごとに交換している。

 今のバッテリーは2シーズン目である。今までの経験から、多分、明日は恐かかるだろう、いや、かかってくれるだろう、そんな期待を残して昨朝は車で出勤した。理屈に合わないが、充電もしないで放置しているだけなのに翌朝はきちんとかかる、そんな経験が何度かあるからだ。

                     2006/8/22(火)



オールド・ボロ・ハーレー(5)枯渇したバッテリーのパワーが戻る不思議(2)  
 翌朝、5:00am、再度バイクを引き出し、祈るような気持ちで始動したが、予想・期待の通りセルが勢いよく回り、一発で始動した。

 このバイクは15年も乗り続けているが、始動に失敗して殆どバッテリー内にパワーが残っていないほど使い切っているはずなのに、一晩放置すると何事もなかったようにいつもの如く始動する。こんな経験が今までに10数回はある。しかも、力強く一発始動出来るレベルまでの回復である。今回も多分そうだろうと充電器につなぎもせずに一晩放置しておいた。バッテリーのパワーは何故かほぼ完全に戻っていた。

 このパワーはどこから戻ってきたのか?? 実に不思議である。どのように考えればいいのか、私にはまだ理解しきれていない。

 一般に蓄電池は連続使用には弱く、間欠的使用の方が能力を発揮するとされている。また、弱くなった電池でもスイッチを切って若干の休息を与えるとパワーが戻っていることはよく経験する。しかし、この様な場合、パワーが戻ると言ってもたかが知れており間もなく枯渇する。この連続使用の場合には恐らく、電池内で不均一な消費が行われ、休息を与えている間に電池内の残存エネルギーが均一化するためではないかと私は予想している。

 しかし、私のオールド・ボロ・ハーレーの電池の場合にはそのレベルだけでは到底理解が出来ない。殆ど枯渇したはずなのに翌朝にはほぼ通常に近くまでパワーが戻っていることは理解に苦しむ。1430ccのエンジンを始動させるときに如何に巨大な電気的パワーが必要であるかはライトを点灯したままセルを回すとライトがほぼ完全に消えてしまうことからも解る。本当にへたったバッテリーの場合は、翌朝に若干は回復していることはあるが、セルを回転させるほどのパワー迄は戻らない。だから、本当に枯渇しているのとは別の現象であることは明らかである。

 私が今の時点でこの現象に無理矢理持ち込んでいる理屈は、始動時に何らかの理由でバッテリーのエネルギーの一部しか取り出すことが出来ない状態が生じており、十分にエネルギーを供給できずにその範囲のエネルギーだけが早々に枯渇してしまったのではないか??と言うことである。だから、全体的にはまだ十分エネルギーが残っており、一日放置していた間に均質化し、次の始動の際にはうまく機能したのではないかと思う。その元となった原因は、恐らく、イグニッションスイッチを入れてからセルを回す迄の時間とかがたまたま不適で、いつもと異なる何らかの機序でそのようになったのだ、と思う。いや、そうしか思えない。

 これは改善されたとはいえハーレーに残っている電気的弱点の一部なのだろうか? この辺についておわかりの方がおられたらお教え願いたいものである。

                    2006/8/23(水)



オールド・ボロ・ハーレー(6)  春だ 車検をどうしようか  
 私のオールド・ボロ・ハーレーは1991年製のエボリューションエンジン1340ccを積んだファットボーイと言われる、今となってはオールドモデルである。15年以上も乗っているが大きな故障はない。実に丈夫である。これはエンジンを始めとして構造が単純だからだと思われる。

 最近、路上で見るハーレーの台数が随分増えて来た様に感じていたが、日本で2001年には750cc超の大型車シェアで首位を獲得したらしい。若い頃に二輪車に乗っていた、あるいは憧れていた世代が中年・初老年代となり、時間も経済的にも余裕が出来てきたことで改めて愛好者が増えてきているためとされる。当時、自動二輪の運転免許を取っていれば自動的に大型二輪免許に移行したからわざわざ教習所に通わずに乗れる、という事情もある。

 大型二輪免許は取得が困難で大型二輪の普及を妨げているから、意外とこれは大きい因子の一つである。大型二輪に再度挑戦するなら若い世代のころに憧れ、今でもその当時の雰囲気を維持しているハーレーを選びたくなるのは当然であろう。中年ライダーが欲しくなる様な国産の大型二輪車は意外と少ない。

 ハーレーはバイクとしての走りそのものよりも、音と振動を楽しむ乗り物と言うべきである。走りだけならハーレーを凌ぐ車種はいくらでもある。しかし、環境保護の観点から、ハーレーの音や鼓動は改良される毎に抑えられてきている、と言う。確かに私のハーレーは早朝に出かけるときには気が引けるほどうるさい。だから、毎日の出勤には使いがたい。

 保守的雰囲気を持ち続けているハーレーもメカは随分進化している様だ。1999年からツインカム1450ccへ移行が始まり、2001年からマフラーに触媒技術が導入され、今年のモデルから排気量が1584ccになり、さらに燃料噴射装置に変わった。トランスミッションは6速に、クラッチの操作が軽くなったと言う。

 私のハーレー、今車検切れ状態で車庫の中にある。車検をとっても乗る機会は殆どないからどうしようか、ちょっと迷っている。しかし、何時までも乗れるわけではないし、今回だけは取っておこうかな、と思い始めている。この鉄の塊は秋田では乗れる時期が限られており、クールに考えると実に無駄なしろものであるが、そう割り切れない魅力もあるから厄介なのだ。

                     2007/4/3(火)



オールド・ボロ・ハーレー(7) 8回目の車検でなぜか改造車と判定
 私のボロ・ハーレーが5月末、いつものディーラーを通じて8回目の車検を終了した。車検は通常一ヶ月前から申請でき、有効期限は前の有効期限終了後2年間である。6月末まで残っていたが、戻ってきた車検証の有効期間は2009/5/27となっている。通常は有効期間は変わらないはずである。

 これは何か単純な入力ミスであろうとディーラーを通じて陸運局に問い合わせた。結果的に思いがけない返事が返ってきた。「ハンドルがオリジナルと異なっており、違法ではないから問題ないが、改造車扱いになるから車検は認定された日から2年間」とのことである。

 勿論、私のバイクはボロにはなったがこの間ネジ一つ付け替えていない100%オリジナル車であり、今まで7回も何もクレームなく車検を通過した。ディーラー側も過去の記録とかも用意して主張してくれたらしいが、ついに諦めたとの報告であった。自ら関与していないので詳細は不明のままであるが、プロが説明しても通用しないという不可解な結果である。

 何を根拠にハンドル改造車と判断したのかは示されなかった、と言う。時間が出来たら私も秋田陸運局に掛け合ってみたいと思っている。

 直接関連無いが、今回の陸運局の対応はいま社会をにぎわしている社会保険庁の年金のずさんな管理となんか通じるような感覚で受け取ってしまった。権力を持つ御上の言うことには従わなければことが先には進まない、だから一旦は引き下がらざるを得ないが、先方の間違いであることは明らかである。納得のいく説明なんてあり得ないが、一度は説明が欲しい。

 本音は、マア、一ヶ月くらいの短縮ならどうって事のないレベルで、実害もそれほどない。しかも、2年先の私の人生なんてどうなっているかも分からない、とそんな軽い気持ちなのであるが、さりとて御上の言うことに黙って従うのは嫌だから、一度は自分でも問い合わせだけはする、そんな心境である。

                           2007/6/14(木)





オールド・ボロ・ハーレー(8) 私だけのオールド・ボロ・ハーレー
 私のボロ・ハーレーが5月末、8回目の車検を無事、ではなかったが、何とか終了し、先週から時折通勤に使っている。通勤を車にするかバイクにするか、今のところ天候,体調次第で決めている。自転車も候補なのだが、丹誠込めて調整したオールド・ボロ・マウンテンバイクは昨年病院の駐輪場で乗ってきたその晩に盗まれ、今は無い。

 バイクは平成3年に購入したのでもう16年経つ。この間殆ど磨いていないからハーレー売り物のクロームメッキ部分もすっかり錆びて、ドブネズミ調の無惨な姿をさらしている。鉄の塊と言われるだけあって随分丈夫で、今まで交換したのはタイヤとバッテリー、オイルだけである。

 ハーレーというと誰しもピカピカに磨かれ、更にゴテゴテといろいろな装備品が着いた派手な仕様のバイクを連想する様であるが、私のバイクは無駄な装備品は全くないシンプル仕様のもので、装備品としては自作の雨具入れのサイドバックだけである。

 道具類は使い込んで行くと機能面でも、形の面でも、徐々に自分だけのものと言えるような特徴が出て手に馴染んで来るが、バイクも同様である。古くなるにつれボロボロになりつつあるが、ますます愛着が湧いて来る。

 ピカピカに輝くハーレーなんてハーレー社の製品のコンセプトそのものであってユーザーのものではない。主役は使用する私なのであって、自分が気分良く使えればそれで良いのだ、と思う。バイクの方で私に合わせるべきなのだ。だから購入後のこの16年間、私の手入れは必要最小限である。そう言えば、プリウスもこの1年半洗車もワックスも一度もしていない。

 よく磨かれたバイクや車は私にとっては主客転倒しているように感じられて気恥ずかしいが、週末にはピカピカのハーレー様達が召使いを乗せて路上に繰り出してくる。乗っているのはハーレー様にご奉仕することに無上の喜びを感じておられる自己陶酔型のハーレー族の方々である。

 たまに出会うハーレー群団は異様である。マイクロバスとかに乗って一緒に移動すれば車中でビールも飲めるだろうし、会話も出来るだろう。特有の排気音を楽しむなら車中のスピーカーで大音量で流せばいいのだ。私は、人は皆それぞれと多様性を認める立場を取るが、あれは理解できない集団である。

 あの群団には私は近づかない様にしている。

                 2007/6/13(水)





オールド・ボロ・ハーレー(9)残暑厳しいが、早朝のバイクはもう寒い
 夏の盛り、全国的に猛暑が話題になっている時期に、私は秋の訪れを早めに察知して寂しくなる。子供の頃からお盆の早朝の墓参りの際に足下の草が露でしっとりと濡れていることで秋の訪れを感じたが、バイク通勤するようになってからはより一層早く、8月上旬から秋の訪れを感じ取る。

 春の中頃から初秋にかけては雨天以外の日はバイク通勤にしているが、全国的に猛暑だ、熱暑だと話題になっている8月初旬、中旬であっても早朝5時頃の時間帯の空気はひんやりと冷え始めている。それが下旬になると結構厳しく、寒さを感じるほどで、夏の間は風を入れるために緩くしておいたレザーウエアの襟元、袖口のファスナーを締め上げて乗る。

 私はバイクを好むと言っても通勤以外には例外的にしか乗らない。だから早朝5時前後と20時半前後が走る時間帯と言うことになるが、この時間帯だと快適なのは6月下旬から9月上旬までで、その前後の一ヶ月はやや寒くて苦痛を伴うし、初春、晩秋はかなりの苦行である。なるべく長く乗ろうと心がけているが年間を通して走れる期間は限られている。

 新聞配達とかで用いられる小型の実用バイクは別であるが、北国では大きめのバイクは冬期間は乗れない。更に、私の場合は走るのが早朝・夜間帯と言うこともあって用いる期間は更に短い。実に残念である。バイク通勤を始めたのは平成2年からだから18年用いているが、積算走行距離は2台のバイクを合わせても50,000Kmに満たない。

 平成3年から用いているボロ・ボロ・ハーレーはわずかに23,000Kmで、年間平均1,500Km程度でしかない。

 そう考えると北国の大型のバイクは実に贅沢な乗り物、と言うことが出来る。

                    2007/8/30(木)



オールド・ボロ・ハーレー(10)車が少ない早朝、ゆっくり走る 
 
私の場合、バイクは年間のうち半分くらいしか乗れないから乗れる季節には天気予報を確かめ、空を眺めて雨が降らないようであれば通勤時に出来るだけ乗るようにしている。第一、一人で移動するのに5人乗りの車は無駄である。

 乗るだけなら、療養休暇が明けた盆頃の出勤時から不可能ではなかったが、下腹に傷がある身では取り回しも困難、倒したときには起こせないだろうと思って我慢した。結局、その我慢は数日だけで今月20日から再び乗り始めた。

 ハーレーはクッションがとても固いから道路の凹凸はもろに下腹の傷に響いて痛いが、それも徐々に楽になってきている。

 早朝は気力も十分なのでやや遠回りであるが市内に入らずバイパスを通り、秋田市水道局手形山配水場の脇を通る片道約9kmのルートを選ぶ。このルートは右左折も殆どないし殆ど全ての交差点に信号が付いているから比較的安全なルートで快適に走れる。しかも、この時間帯は車も疎らである。ひんやりと空気が冷たい朝、空気を、風を感じながら、刻々と変わっていく夜明け前の空を楽しみながら、遠くの信号まで全て青になっている直線道路をゆっくり走るのは実に気分が良い。

 私がハーレーを好む大きな理由は、ゆっくりと、大体時速で45-60km程度で走るのに向いたバイクだからである。この速度だと、特徴的な低音域の音とV型二気筒エンジン固有の振動が快く身体に伝わってくる。音は文字で表すとバフ・バフ・バフ・・である。更にスピードを上げてもバイク自体は問題なく走るが、音も振動も変わってしまうし、ヘルメットの風切り音が高くなって私の楽しみが薄れてくる。単に高速で移動するだけなら、バイクが車に勝る点など何もない。だからバイクにまたがったらゆっくり走る。

 一日働いた後はさすがに気力が萎えている。このルートを選ぶのは3回に1回くらいで、多くは5kmほどの最短のルートを通って帰宅する。このルートだと車は多いし赤信号で停車することも頻回で右左折も多いから走る楽しみは半減する。このバイクは走っているときは安定して扱いやすいが、停車したときはうるさくて重くて、扱い困難な鉄の塊と化すからである。それでも、風、星、月などが楽しめる。バイクの楽しみの一つに自然との対話がある。だから私は乗り続けるのだ。

                        2007/8/31(金)





オールド・ボロ・ハーレー(11) 17年目で初のメカ不調に
 今年で17年目になる私のバイク、オールド・ボロ・ハーレーがブレーキが不調となって修理に出し、一昨日戻ってきた。この17年間で初の修理である。

 一般的にハーレーはオイル漏れや電気系統のトラブルが頻繁だと聞いていたが、私のはたまたま丈夫な車体にあたったのか、走行のメカは故障知らずであった。購入後今まで消耗品としてバッテリー3度、タイヤの交換を1度、1/年のオイル交換を行って来たが、それ以外は2年毎の車検のみで修理コストは一切かかっていない。外見維持のために経費をかけるとすれば相当な金額になっていたと思うが、私の場合は錆びようが一部の部品が無くなろうが機能的に関係なければすべて無視してきた。だから、外観はすごい状態である。

 今春乗り始めた頃から、前輪ブレーキのレバーの戻りが悪く、時々引きずるようになっていた。何度かレバーを握り直すと正常化した。だから、ブレーキワイヤの錆とかで引っかかりが出来たのであろうと予想したが、面倒なので修理に出さなかった。

 通常、私は前輪ブレーキをメインに、後輪ブレーキは補助的に用いているが、今年はやむなく後輪ブレーキを中心に、前輪を補助的に用いて来た。やっとその運転感覚に慣れたばかりであったが、今度は後輪ブレーキの不調である。後輪ブレーキを思い切り踏み込んでも殆ど効かない状態になった。320Kg程の重さのバイクに私が跨って走ったときの物理的エネルギーは大変なもので1系統のブレーキでは安全に走らせることは出来ない。

 不調な前輪ブレーキをこまめに使い何とかディーラーに持ち込んだが、故障の原因は前輪はワイヤの劣化、後輪はブレーキシステムへの空気の混入であったという。大げさな修理にならないで済み、機能的には完全に元に戻った。これでまた安心して乗れる様になった。

 しかしながら、実に残念なことであるが、もう早朝の通勤には寒くて利用できない。日祭日の昼の通勤に例外的にしか用いることができない季節になった。

 今年1年は何となく開放感の少ないバイクライフであった。来年こそは、と夢を託し間もなくガレージの隅で冬眠させる事になる。

                         2007/10/26(木)







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