管理職会議発言
SARSに対し中通総合病院は如何に関わっていくべきか
----秋田に発症すれば当院も渦中に。その時どうすべきか---


2003/5/31管理職会議が開催され求められてSARSについて発言した。以下はその発言要旨であるが、発言時は時間の関係で端折った部分もあるので若干加筆した。

SARSとは


 人類の歴史は感染症との闘いであった。しかし戦後抗生物質の発見,量産、汎用によって人類はあたかも感染症にうち勝ったような錯覚に陥った。しかし,振り返って見ると抗生物質登場の数年後には早くも耐性菌が出現,以降は開発と耐性菌とのいたちごっこを展開している。今後も果てしなく続く。
 人口密度の上昇,高速移動手段の発達,地球の温暖化,高齢化などはすべて感染症の歴史の色を塗り替えてきた。前世紀から今世紀にかけて従来人類が遭遇した事のない新感染症。エイズ、O-157,そして33番目がSARSである。


SARSの現状
最も新しい今朝の時点での状況は以下の如くである。
●世界 患者数8295人、死亡750人, 回復者4494人 
死亡率9.04%
●日本 患者数0人 疑い51人(うち否定46人) 可能性例16人(うち否定16人)
●「伝播確認地域」:トロント、北京、広東省、河北省、香港、湖北省、内モンゴル自治区、吉林省、江蘇省、山西省、陜西省、天津、台湾、シンガポール
(2003/5/26現在)
 
 
世界ではまだ4500人ほどがSARSで闘病している。
 一方、厚労省はSARSを不明で極めて危険性が高い「新感染症」として扱ってきたが、病原体の特定など解明が進んだことを受けて、より危険度の低い指定感染症に指定することにした。厚生科学審議会感染症分科会で意見聴取した上で、政令で指定すると言う。なるほど法的にはそうであろうが、われわれ医療機関にとってはかつて遭遇したことのない重大な疾患であることに変わりはない。



SARSの疫学的特徴。強い感染力
 東南アジアで発症し始めた本疾患は未だに増加の一途を辿っているが、中国、香港では若干減少の兆しが見られ始めてきている。しかし、台湾では現在猛威をふるっている。中国を始めとする東南アジアの蔓延は対応が後手に回った事から起因しているし、住民の衛生状態も些か問題があるようである。
 
 問題は公衆衛生思想が発達し、衛生観念が十分であり、環境も良く、政治的にも優れた采配が見られいるカナダトロントでの蔓延の状況である。これはわが国でも大いに参考にしなければならないし、医療機関の対応の問題点が示され大いに参考にしなければならない。

 かつてトロントはWHO蔓延地区に指定されていたが新規発症者が一定期間見られなかったことから解除されていた。それが約10日ほど前から再び同疾患に類似した呼吸器感染症例が見られ始め、結果的にSARS と判定された。新しい感染の元は90歳で肺炎で死亡した一人の患者であった。この例は始めからSARSと考えられておらず死後にSARSと判明した。従って十分な防御策は採られておらなかっために院内感染が生じ、62人がSARSと考えられており、107人がさらに疑われている。今朝の時点で実に7000人が自宅待機を含む隔離状態に置かれている。

 一人のSARS患者がいる場合にこれほどの大きな影響を社会に与えるのがSARSである。この様な状況が何時日本で、秋田で生じるか分からない状況にある。われわれはこの様な現実の真っ直中にいることを認識して対応を準備しなければならない。

SARSは日本に上陸するか
 現状で日本ではSARS患者は一人もいない。現時点でSARSコロナウイルスを国内に持ちもかせないようにするには鎖国しかない。それが不可能な以上、完全な防止は出来ない。3週ほど前に病識の欠如した台湾医師が何事もなく空港の検疫をくぐり抜けたが、実際、今後も同様なことは起こりうる状況にある。日本からの海外旅行客の1/3は東南アジアであり、産業を通じた交流は全国的に盛んである。
 検疫体制の一層の強化が望まれる。

厚労省の対応の方針
 厚労省は各地の医療機関でSARSの初期対応をするように求めていた。日本医師会では開業医を含めた対応を求めていた。日本医師会の方針には問題を感じる。一般診療所での対応ははじめから困難であるし,この指針は現場を混乱させるだけである。
 院内感染が明快になるに連れて一般の医療機関では対応が困難との不安の声が多く寄せられて来た。それを受けて厚労省では外来で対応できる機能を持つ医療機関に特定して初期診療を担うよう方向転換し、全国の自治体に医療体制を構築するよう指示した。

秋田県の対応の方針
 秋田県ではSARS診療体制として、
医療機関からSARS(=可能性例)が発生した場合は、大館・秋田中央一横手保健所に配備している搬送車(3台)により秋田組合総合病院又は由利組合総合病院へ搬送し治療する。

 疑い例の診療は第2種感染症指定医療機関として指名されている、鹿角組合総合病院(鹿角市)、大館市立総合病院(大館市)、公立米内沢総合病院(森吉町)、山本組合総合病院(能代市)、秋田組合総合病院(秋田市)、由利組合総合病院(本荘市)、仙北組合総合病院(大曲市)、公立横手病院(横手市)、雄勝中央病院(湯沢市)を指定した。
 
  更に、秋田市内では指定の1医療機関のみでは不足のために秋田市立総合病院、秋田赤十字病院、中通総合病院にも依頼している。


 厚労省の指導により,外来を中心とした初期診療医療機関として秋田県は上記13病院の了承を得てその体制を構築した。

当院の立場と承諾---消極的承諾
 当院では秋田県のSARS診療体制を担う医療機関の一つとしての参加の要請を受け,先に消極的な位置づけでの参加を表明した。消極的な位置づけと言う意味は行政主導の政策的医療の意味合いの強いSARS対策は本来公的医療機関が積極的に受け入れるべきものである,との認識からである。

私的医療機関として当病院はSARSに対し何をすべきか
 医療機関は診療を求めてくる病める方々に対して,持てる能力の範囲で責任を果たす必要がある,と言うよりは果たす義務がある。それがどのような疾患であろうと,基本的には医療機関側から患者を選別したり,診療を拒否することは許されない。SARSであっても医療機関の理念上同様である。疾患が特殊だからと診療を断るのではなく、その疾患に、持てる能力の範囲で、私的医療機関として担うべき範囲を明確にして、対応していく必要がある。

 そのために、中通総合病院はSARS初期診療を担う医療機関の一つとなった立場から
(1)厚労省の対策は疾患の性質上正しいとは言えない。行政に対しSARS診療体制の再構築を要求する。
(2)SARS診療に対して院内の体制造りを進める。
 
(1)については院長・副院長が進める。(2)は院内感染症委員会が担当する。

中核市として秋田市では個別に対応を用意する必要がある
 SARSが実際に秋田に入ってきた際には,方策を誤るといわゆる有事に相当するほどの大きな事態、即ち数千人に及ぶ大量の隔離または自宅待機が必要にさえもなり得る。これは今回のトロントの事件が教訓になる。

 すなわち,不用意に患者を扱った医療機関では院内感染,医療スタッフへの二次感染等が生じ,医療機関は診療スタッフの自宅待機や消毒などで、恐らく一定期間閉院を余儀なくされ,壊滅状態にもなり得る。

 秋田市は中核都市として秋田県内で特別な市である。即ち秋田県とほぼ対等の資格で国政と直接的に結びついている。従ってこのSARS問題についても独自に対応を求められる。秋田県の対応には県医師会が関与していると同様、秋田市の対策には秋田市医師会が実地医療を担う学術専門集団として強力に関与し、指導力を発揮しなければならない。

当院は秋田市医師会を通じて秋田市にSARS対策を強力に求める
そのコンセプトは
●住民の健康を守るための情報提供。特に不用意な外出、受診。特に直接の受診は絶対に阻止する。
●住民への適正な医療の提供。
●医療スタッフの安全性の確保。
●医療機関への各種のバックアップ,補償。
●SARSアウトブレークの防止
である。

 秋田市は中核市である立場にあるにもかかわらずSARS対応は生ぬるいと考えられる。従って、市医師会は指導的に活動する必要があるが、すでに市医師会にはこの点を役員を通じて伝達済みである。

1広報について

●放送,新聞メディアによる定期的・頻回の広報。
●家庭内に展示出来るパンフレット,電話機とかに貼り付けるシール状のパンフレット等の作成。
●市の広報誌にSARS特集を。

2SARS初期診療への対応


●秋田県では厚労省の方針に沿ってSARSの初期医療の概要を構築した。秋田市内では5大病院の外来を通じて行うことになった。しかし、SARSに関して言えば医療機関の中で通常の患者への診療と平行しての対応は極めて危険である。秋田市・秋田市保健所ではSARS初期診療の体制を独自に考えるべきである。

●SARSの初期診療は通常の外来患者とは異なる場所で行うべきである。即ち秋田市の公的施設の一角、例えば秋田市役所、秋田市保健所などである。広いスペースを要する医療機関の敷地内に専用の簡易型診察室を設置して用いるのも良い。その運営は秋田市医師会が責任を持つべきである。

●秋田市内5病院は設立母体もおのおの異なり,国立から私的医療機関まである。SARSの如く行政が主となって体制を進め特殊な医療は政策医療である。秋田市の場合,市立秋田総合病院の活用を第一と考え体制構築をすべきと考える。少なくとも私的医療機関である当院に大きな負担を求めるべきではない。

3SARS疑い例、否定できない例の入院経過観察


●入院経過観察が必要な患者を5病院に分散することはどの方向から見ても危険であり,一般医療の停滞を生む。この際,市立秋田総合病院の活用を第一と考え,体制構築をすべきと考える。

4SARS可能性例が増加した際の治療


●SARS可能性例が発生した際、県の指定医療機関に搬送することになるが直ぐに満床になる。その際も市立病院に収容するのが望ましい。その状況に応じて一般患者の転院等が必要になるが、市医師会は病院間の協議会等を通じてその調整をすべきである。また,緊急時の病床提供等の連携のために連絡協議会等を定期的に開催する必要がある。

4SARS蔓延時の治療

●場合によっては体育館とかの市の施設の提供も必要になりうると考える。

5医療スタッフの安全の確保 市内の病院・医療機関に対して

上記の如くの対応をしたとしても患者が直接来院し、院内で診療を受けてしまう可能性は残る。この問題は5指定病院に限ったことではない。その際には各病院で最善の対応をせざるを得ないが、対応レベルは可能な限り一致させておく必要がある。
●診療技術の向上のための講習会・講演会の開催。
●最小限の改築・改造へのバックアップ。
●N95マスク,ガウン等の診療機材の確保と提供。
●スタッフへの労災適応

4医療機関への救済体制の確立を


●5病院に初期診療を任せるのであれば、安全な診療のために、診察室に外から直接入る構造等に改築する必要もある。その際の費用の補助が必要である。
●N95マスク,ガウン等の診療機材の費用の補助。
●診療スタッフの危険手当等
●外来閉鎖,病棟閉鎖,最悪の場合には病院閉鎖もあり得るがその様な場合の救済について。
●病院閉鎖等の事態の場合,一般患者の収容などに関して,市内の全病院で連携する対応策が必要となる。
●医療機関の風評被害への対応

5そのほか

●インフルエンザとSARSの臨床上の区別は困難。従って今冬のインフルエンザ罹患者数を可及的に減じなければまともなSARS対策はあり得ない。
従って,ワクチン接種は強力に勧奨する必要がある。また,ワクチン確保も重要である。

●インフルエンザとSARSの臨床上の区別は困難。従って今冬はインフルエンザの迅速診断が必須となる。従って,秋田市としても診断キットの確保は強力に進める必要がある。

 
WHOの「SARS制圧宣言」と秋田県、秋田市がとるべきSARS対応
 中国を中心に猛威を振るったSARSは減少しつつあり、WHOはこのほど、事実上の制圧宣言を出した。厚労省は冬に備え対策を継続すると言うが、世界を揺るがせた感染症がピークを超えたという報道に一安心した人は多いであろう。しかし、医療関係者は恐らく複雑な気持ちでこのニュースに接したと考えられる。
 わが国では、感染者は一人もいないが、これはたまたま運が良かっただけであり、今後も気を緩めるべきでない。SARSコロナウイルスの性質上、夏場に発生する可能性は一段と少なくなるであろうが、この時期にこそ次に備えての危機管理対策を遂行すべきである。

  先ず、根本的に重要なことは、「厚労省の感染症危機管理対策の進め方は根本的に間違っている」事を認識する事から始めなければならない。省の方針決定にはわが国の先進的感染症対策を担う医療機関や学者が深く関わって作成されているが、あくまでも感染対策を備えた施設の論理でしかない。一般の医療機関に到底適応は出来ないものである。

 今月上旬、県はSARS感染の疑いがある患者を初期診祭する医療機関を県内13の総合病院に限定したが、これはあくまで厚労省の通知に沿った過渡的措置でしかない。この13病院は何れもSARSを引き受けるに足る設備、マンパワーを全く備えていない一般的医療機関である。初期診療を引き受けたのは、地域の患者を治療しなければならないと言う強い使命感だけであり、各病院では医療従事者、一般愚者への二次感染防止対策に頭を痛めている。更に、生じるであろう風評被害は病院に壊滅的影響を与えかねない。この様な対策で良しとする考え方は到底看過できない。

 SARS対策の根本は隔離である。従って、SARS感染の疑いがある患者を一般の医療機関に入れるべきでなく、別の施設で診療し、経過観察をすることに尽きる。
 秋田県、中核市である秋田市は医師会と連携のもと、疾患の特徴に沿った秋田方式のSARSの対策を進めるべきである。

2003/6/22


-----早速,以下のご意見がありました。了解が得られましたので掲載いたします。

(1)中通病院医師

 第一に、海外渡航者に対象をしぼった対策が重要と思います.海外からの移動の情報(出入国管理)を掌握している部門からの、情報の活用がキーになると思います.
これは、プライバシーの問題もありますが、国レベルでおこなわれなければなりません.県レベルでは、各種交通機関、飛行機、列車、高速道路パーキングエリア、インターチェンジでの情報提供と協力依頼、受診が必要となった場合の行動指導が重要と思われます.是非、先生の影響の及ぶ範囲でこの点を、日本医師会等を通じて強調して頂きたいと思います.

 秋田市レベルでは、先生の施策提案が妥当かと思います.

 当院での当面の対策ですが、診療拒否でない形で「通常診療の場」に海外渡航歴10日以内の受診者を立ち入らせない対策が最重要と思われます.表示、音声誘導、を、まるでデズニーランドのアトラクションの誘導のように受診者に気づかせる必要があると思います.診察するスペースは、歴然と「通常診療の場」と異なる場所に作り、訓練されたスタッフが対応にあたり、対応したスタッフは患者の容態によってはトレース可能な行動がとれ、その様な行動が可能な全体としてのバックアップ体制が必要と思われます.つまり、SARSを懸念した患者が当院を受診し、その患者が実際に「疑い」患者以上であった場合、その患者の診療にあたったスタッフの行動を検証しデフェンスに失敗があった可能性がある場合、一定期間(10日間)「通常の診療」から除外して特別の行動(自宅待機)をとってもらう必要があると云うことです.まず、ひとりの患者を想定して、計画を立ててみる必要があります.
おそらく、当院では、一人の「可能性例」を診療した段階で、通常診療が危機に陥ると思われます.我々の役割は、「SARS患者を診療する」ことではなく、SARS危機でも診療を受けなければならない「SARSと無縁の患者を診療する」ことだと思います.

病院の感染症対策委員会が「SARS患者を診療する」の立場で行動してしまうことを強く危惧しています.

今なすべきことは、限定診療の体制作りと万が一バリアーを突破された場合の後追い消毒、関係した職員・患者を特定し「通常診療の場」から隔離する方法の検討です.

民主主義や成り行き大切主義が誤った結論を導かないよう祈るばかりです.


sars対応などについてご意見をお聞かせください

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