研修医諸君へ(9)  ある程度経験を積み始めた時が危い
 卒後2-3ヶ月もたつと新卒研修医も病院に慣れ、表情にも余裕が出てくる。そう言う研修医の表情を見ていて嬉しくなる。救急カンファレンスや医局カンファレンスでも研修医によるによる症例のプレゼンテーションの機会も増え、提示も上手になってきている。最初の頃は緊張もあり、知識も教科書的だし、断片的なものだからどうしても平面的、機械的な羅列に近かった。それは当然なことである。その頃は、学生時代どの程度勉強したのかよくわかる時期である。今くらいの時期になると、徐々に提示の内容が立体的になり始め、更に研修医個人個人の性格、着眼点、発想が豊か否かなどの特徴も出始めているので聞いていて面白くなって来る。これも成長の現れである。

 ところが、そろそろ問題も出始めてきている。
 患者の病状の解釈、各人の思考過程にかなりの思いこみとシャントが出始めている。数ヶ月の経験がなし得た到達点の一段階だとは思うが、言いようによっては少しずつ臨床医としての危険の入り口にさしかかった時期である共言いうる時期でもある。
 知識が豊かになり、患者の経過の予想が出てくることで適宜情報の取捨選択が行われていくのだが、その過程で大事なことがすっぽり抜けてしまうことがある。特に、最近経験したことに近い病気を疑わせるような症状や病態を持つ患者の診察に際しては思いこみの傾向が特に大きくなる。
 大事な理学所見をとらないで検査に頼る傾向もでてきている。「腹部所見は?」と聞かれて「所見をとってませんでした」・・・等と答えるケースが増えてきている。重症患者の場合、検査以上に理学所見が意味を持つことが少なくないからこれは絶対に駄目だ。レントゲンや検査結果の読みや解釈の場合でも思いこみが先行すると言うことは視野を狭めて診ることだから、他の部位に大きな異常が写っていても気が付かないことになるし、別の疾患が示唆されるようなデータが得られているのに、ある疾患・病態に無理矢理合わせるような解釈をするようになる。 
 
 実はこの様な傾向は徐々に臨床力がまして自信がついてくる数年間続いていく現象である。そして、教科書での確認を怠る、医師にコメントを求めなくなる、などで気づいた時には修復困難な状況に迄陥ってしまうこともある。そうならないように、常に謙虚さを忘れない姿勢が必要である。
 航空機のパイロット達の重要な仕事はフライト前後の点検過程なのだが、この部分はけっして暗記してはならないとされ、必ずマニュアル本を開いて一項目づつチェックし、シャントすることは許されないのだという。ジャンボクラスでは100項目以上にもなると言うが、超ベテランでも毎日毎日同じ事を繰り返しているのは気の毒にも思えるが空の安全のためには欠かせない作業である。このことはわれわれにも参考になる。

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