中通病院医報、28(1):36-37、1987


医療現場で知っておくべき予防の知識
                              内科 福田光之
 1987年1月17日に我が国初の女性AIDS患者が死亡しました。その患者は発症前数年間にわたり不特定多数の男性と性的交渉をもち感染したもので、わが国のAI DS対策は新たな局面を迎えました。この数年間、全世界で患者数が著しく増え続けており、今回の如き事態の発生は充分に予測されていたのですが、この間の厚生省の対応、特に国民への啓発に関しては不充分だったのではないでしょうか。
   マスコミもここ数週間こぞって記事にしておりますが、その取り挙げ方は興味本位で、いたずらに国民に不安感をつのらせる様な内容すらみられます。私達の病院にも電話による問い合わせや検査を求めて訪れた人も少なくありませんが、多くはAI DSについて正しい知識を持っておらず、漠然とした不安や誤解をいだいて訪れています。
   従って医療現場のわれわれが正しい知識を持って対応、指導しなければなりませんので、主に感染予防について最低限知って置くべき内容について解説します。
 AIDSは正式にはHIV(Human-Immunodeficiency  virus)と呼ばれるウイルスの感染によって生じる致死的な免疫不全状態で、健康人ならまずかかり得ない様な弱い病原体による感染症で殆どが死亡する恐ろしい病気です。HIV感染者の20%ほどがAI DSを発症します。
   HIVの性質は 
 @熱、エーテル、アセトン、アルコールに弱く、放射線、紫外線にも弱い。
 A血液、精液には多いが、唾液、涙には極めて少ない。 
 B生体内で性質が変化し易く、ワクチン開発が難しい。 
 C感染力は極めて弱く、輸血と性行為以外ではまずうつり得ない、
とされ、AIDS患者やウイルス保有者との日常生活上の付き合いからHIVが感染する事はあり得ないと考えられています。
 そのAIDS患者は1980年頃にはまだ散発的に報告される程度でしたが、急速に増加し、本年2月の調査では90数カ国、約4万5千人ほどが罹患していると推定されています。わが国では1985年の第一例以来、現在まで26名が認定され、既に半数が死亡していますが、これらの方々は総べて血友病と同性愛者の男性に限られていたのです。
 AI DS及びHIV感染の予防及び蔓延防止については、行政、病院レベル及び個人での対策が必要です。
行政側の対応として、
 ・防疫対策。
 ・血液事業への指導。
 ・国民に対する啓蒙、教育活動。
 ・医療機関に対する情報の提供。
 ・ハイリスク群の抗体検査の徹底。
 ・抗体陽性者に対する定期的経過観察。
 ・抗体陽性者の家族等へ指導、
などが求められます。行政指導を円滑に行なう為にAI DSを指定伝染病に加える働きもあります。
 民医連各院所レベルでの対応としては
 ・職員に対する教育、知識の普及。
 ・相談窓口を一本化して対応し、行政側との対応も行なう。
 ・相談者に対ししかるべき情報を提供する。
 ・希望者には診察の上で検査を行なうがプライバシーについては充分配慮する。
 ・ズクリ一二ング陽性者について次のステップヘ検査を進める。(スクリーニング陽性者の殆どは疑陽性である。〕
 ・陽性者には診察医を通じ告知する。この際、患者の心理状況などを考慮する。
 ・陽性者が見つかった場合、地域の保健所に届け、指示に従う、
などが必要です。
 個人での対応として重要なことは、
 ・素性の知れない相手と性交渉を持たない。
 ・感染の可能性のある機会を既に持った場合は2-3ヵ月後に必ず検査を受ける。
 ・少しでも感染の恐れがある場合、献血臓器の提供、予防措置を講じない性的交渉をしない。
 の3点でしょう。
 米国では抗体陽性者は約200万人と推定されており.そのうちの約90%を同性愛者、薬物中毒患者が占めています。健康供血者からも400人に1人の割合で抗体陽性者がみられ、頻度からみても身近な問題となっていますが、抗体陽性者も家庭で普通の生活を送っています。わが国では今の処、抗体陽性者は、同性愛者、血友病患者不特定多数と性交渉をもつ人々、及びそれらと交渉を持つ一部の人に限定されています。健康供血者の抗体陽性者は30万人に1人で極めて少なく、従って今なら充分予防措置が可能です。わが国では過去にも輸血用血液を介しての感染はありませんでしたし、昨年10月からは総べての血液は抗体チェック済みとなりより一層安全になっています。血液製剤も製法が変わったので感染の可能性は無くなりました。
 ウイルス感染の多くで予防ワクチンの開発が成功していますがHIVについては今の処、未だ見込みありません。
 抗ウイルス剤、免疫増強剤による治療も未だ不完全で実用には至っておりません。
 要するに、現在AIDSに対して出来る事はただ予防対策のみなのです。
 最後に強調しておきたい事は、AI DS及びHIV感染に関する診断は抗体の有無のみからだけでなく医学的に判断しなければならないので、検査は必ず医療機関、保健所で受けさせるべきであり、献血を装って日赤血液センターでAIDSの検査をする事は絶対に勧めてはなりません。又、血友病の患者さん方は最近このAI DS禍で二重、三重に苦しい立場に立たされています。これは、わが国の防疫行政の立ち遅れのためであり、個人的には防ぎようのなかったものです。あたたかい気持で接してあげたいものです。
 (民医連新聞より原稿依頼あり、一般職員を対象に上記の如く記述し投稿した。民医連新聞に1987年3月1日、11日の2回連載された)
 

                                (S62.2.21記)